───────────────────────
───────────────────────
この本はタチヨミ版です。
◆辻 小春……女子高生。ヘアスタイルはおさげ髪。食べることが好き。
◆寺村早香……青峰(せいほう)大学二年生。ボブカット。ややきつい性格。
◆ねねね………同一年生。ゆるふわ髪のちょっと変わった娘。運転免許あり。本名は大塚清美。
◆辻 竹子……小春の祖母。かつて腕利きのイタコとして名を馳せた。
◆西村警部……秋田市警の警官。
◆堀 江……神主。辻家とも親交がある。
◆曽 我……青峰大学二年生。本編の語り手。趣味は読書と、古い洋楽を聴くこと。
『イタコに首ったけ!(上)』もくじ
◆本編(上巻)
第一話 神様が言っている
第二話 ナマハゲ祓い
第三話 悪魔
第四話 仮面の研究
最終話 ふたつの時計
◆番外編
「東日本大震災被災編」
「ミニ小説集」
おまけまんが
あとがき

第一話 神様が言っている
一
夕暮れの墓地である。
「これはこの世のことならず」
前方を歩いていた小春(こはる)が、唐突にそう口にした。
「え、なんだい?」
僕は眼鏡の位置を整えながら聞き返すが、彼女はただ続ける。
「これはこの世のことならず。三途の川の向こうなる、黄泉の国の物語。一夜二夜に聞こえたる、冥土に響くその声は、この世の声とは事変わり、悲しさ骨身を通すなり……」
何かの詩だろうか。まるで子供がわらべ歌を口ずさむように、小春はそれを唱えているのだった。
後ろを歩く僕がぽかんとしていると、彼女はくるりと全身を翻すようにして振り向いた。二本のおさげが揺れ、悪戯っぽい微笑みが僕を見つめてくる。
「今のが呪文です」
「呪文って、おばあちゃんの? 暗記してるの」
「はい」
彼女は頷いた。彼女の祖母の名は辻竹子(つじ・たけこ)という。かつては腕利きのイタコとして名を馳せた人だったらしい。
「お祖母ちゃんの口寄せなら、小さい頃から見てましたからね。これくらいは暗唱できますよ」
「すごいな」
すると彼女は、誇らしげな顔で暗唱を続ける。
「寄せて返すは千鳥なる。波間に別れし親子供、一目見んとて踏み出しは、冷たき水の深みとて」
僕らは墓石の間を歩く。枯葉を踏みしだきながら、少女は口寄せの呪文を止めようとしない。
「我が子恋しと積む小石、父母恋しと積む小石。別れし親子の呼ぶ声が、黄泉の山辺に響くなり」
その瞳は悦に入ったように輝いている。彼女の声の調子に合わせて風が強くなった気がして、僕は少し怖くなった。イタコの呪文――それは死者を呼ぶ文句に他ならない。
「山ぎは飛びたるしら鳥の、声なき声ぞ呼ばうなり」
「もういいよ」
「いざ梓の弓をかき鳴らし、世ならぬ人の声ぞ呼ばうなり。南無観自在菩薩、南無延命地蔵大菩薩……」
「もういいよ小春ちゃん」
「いいんですか?」
小春は首をかしげて僕を見上げた。制止されたのが心外そうだ。
「さっき、呪文を聞いてみたいって言ったのは曽我(そが)さんなのに」
そして「むっ」と声を出して頬を膨らませた。
その通りである。要望を出したのは僕だ。
彼女とはさっき、スーパーで出くわして、今はその帰り道である。一緒に店を出たタイミングで、僕はふと思いついてこう言ったのだ――イタコの口寄せの呪文を一度聞いてみたいな、と。
だが彼女は良い顔をしなかった。好奇心を向けられたのが不快そうだった。それでその時の僕はすぐに話題を変えたのだが、まさかここでそれを披露してくれるなんて思ってもみなかった。完全な不意打ちである。
「ごめん」
僕は謝る。
「ただ、思いのほか迫力があってね。場所も場所だし真に迫るというか」
弁解すると、小春は我に返ったように周囲を見回した。僕の言葉によって、ここがひと気のない墓地だと初めて気付いたようだった。しかも今は逢魔が刻である。
「言われてみると、演出に凝りすぎかな」
彼女は笑って、
「でも曽我さんって、意外に怖がりさん」
僕は苦笑してごまかした。
「恥ずかしながらね。怖いものは怖いよ」
「やっぱりたこ焼き、いま一緒に食べちゃいませんか?」
次に、彼女はそんなことを言い出した。急に呪文を口にしたかと思えばたこ焼きを食べたがる。気まぐれなことだ。
「いいのかい?」
僕は聞いた。さっき彼女が買った「あじまん」のたこ焼きは、今はその買い物袋の中にある。だがさっき駐車場の屋台で買い求めた時は、それをおばあちゃんへのお土産だと言っていなかったか。だが彼女は屈託なく答えた。
「いいんです。気が変わりました」
たこ焼きならば僕も好きだ。断る理由もないので、促されるままに腰を下ろした。肩にかけていたバッグを傍らに置く。
そこは、なんとか家の墓、と掘られた墓石の前の石段である。僕らはそこで爪楊枝を分け合った。
二
秋田県秋田市。
二十世紀の最後となる年を、僕はこの街で迎えた。
一九八〇年の生まれなので、二〇〇〇年は二十歳である。実に数えやすいし、人類の歴史と一緒に節目を迎えると考えれば、なかなかいい気分だ。
だけど僕の学生生活はうすぼんやりしていた。時代に取り残された感の否めない、極めて凡庸な日々だった。
東北の空気が好きだからという理由で、地元の山形県よりもさらに北の大学を選んだ僕である。どちらかというと変わり者の部類に入るかも知れない。だが、もとより都会的なキャンパスライフというものには関心がなかったし、地道に好きなことを勉強して、新しい環境に身を置ければそれで充分と考えていた。
殊更に新しい環境を欲したことについては、少しばかり特殊な理由もあった。それについては後述する。とにかく、当時の僕が必要としていた「新しさ」とは、モノや流行に関するそれではなかった。ただ、環境が今までと違うのであれば、まずはそれで良かった。必要なのは僕自身にとっての新鮮さだった。
とはいえ、秋田という土地が、モノや流行について遅れていたわけでもない。少なくとも僕にとって、この街は山形よりもずっと都会的に思われた。秋田駅に最初に降り立った時の感想が「東京の文化が、山形を飛び越えてこっちに来ている!」というものだったのだ。なにせ駅前にタワレコがあり、アニメイトがある。僕が知っている山形のアニメ専門店といえば、知る人ぞ知る個人経営の店「アニメっこ」ぐらいのものだった(念のため断っておくと、僕はアニオタではない)。
そして僕は、間もなく知ることになる。秋田というのは、僕の第一印象だけでは到底汲み尽くしえないほど、豊かな歴史と文化を持つ土地なのだった。なにせ料理から芸能、方言に至るまで多くの古い伝統が保存されており、民俗物の宝庫とも言われていたのだ。
もっとも、僕が知らないだけで、山形にもそういう部分はあったのだろう。しかし地元民でないからこその感慨というのはある。僕が秋田という土地に対して感じたのは、よそ者ならではの興味関心だったと思う。
とはいえ最初は、ただ面白いと思っていただけだ。しばらくはのんべんだらりと過ごした。市の中心部から少し外れた学生街で、人生初の一人暮らしを始めたのである。本を読み、音楽を聴き、勉強をして友人と交流する。だけど就職など先のことはよく分からない――。毎日がそんな調子で、きっとこんな調子で学生時代というのは過ぎていくものなのだろう、と僕は漠然と考えていた。
そう。想像もしていなかったのである。この秋田市という街で、僕はいくつかの不可思議な出来事に遭遇したり、異常な出来事に巻き込まれる運命にあったのだ。それらは後で思い返してみても、どれもこれも一生涯忘れることができない、全く驚くべきものばかりだった。
これから書くのは、記録というよりも思い出話である。
語り部は、二十歳になった僕。昨日まで十代だった自分が、今日から二十歳になることになんの意味があるのかさっぱり分からないままに、とにかく誕生日を迎えてしまった僕だ。
そして語られるのは小春という一人の少女である。人間離れした不可思議な能力を持つ、おさげ髪のイタコ少女――。
これは、僕と彼女との物語なのだ。
☆
二人でたこ焼きを咀嚼する。僕は言った。
「お墓は好きだな」
「だからよく通るんですか?」
小春は尋ねてくる。その通りだ。僕は買い物の行き帰りにこの墓地をよく通るのだが、その理由は近道だからということばかりではない。単純に好きなのだ。
「小学生の頃、夏休みの図画の宿題でよく墓地の絵を描こうとしてね。家族に止められてたよ」
「おばあちゃんも墓地は好きだと言ってましたよ」
一瞬なるほどと思った。イタコと墓地、いかにもありそうな組み合わせだ。だが小春はすぐにこう言った。
「あ、曽我さんの考えてること、想像がつきます。……イタコなだけに、墓地なんかに来たらあちこちから霊の声が聞こえるんじゃないかって考えてますね」
「正解」
「それとこれとは別ですよ。イタコだからって、常にそういうのが見えたり聞こえたりするわけじゃありません」
「そうなの?」
「そうですよ。だって霊を呼び出すのがイタコの仕事なんですから。最初からそこらへんにいるのなら、わざわざ呼ぶ意味ないですって」
「それもそうか」
至極もっともだ。
「それに、亡くなった人の魂は、墓地にはいないんですよ」
「どういうこと?」
死者は墓の下にいるものじゃないのか。
「お墓って電話機みたいなもので、あくまでも交信のための目印なんです。霊はここにはいません」
「イタコは人間電話機ってことかな」
「そうですね。依り代です」
小春がそう口にしたその時である。思いも寄らないことが起きた。近くの墓石の陰から、いきなり飛び出してきた人影があったのだ。
タチヨミ版はここまでとなります。
2013年12月13日 発行 初版
bb_B_00163275
bcck: http://bccks.jp/bcck/00163275/info
user: http://bccks.jp/user/127511
format:#002t
Powered by BCCKS
株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp
名前:きうり小説書き。山形県在住。