spine
jacket

おっぱいアンソロジー

───────────────────────



おっぱいアンソロジー

おっぱいアンソロジー企画

おっぱいアンソロジー企画



───────────────────────

 おっぱいイラスト

 守田 うせき

 ニセオジロ

 
 おっぱい小説

 

 彼女は美しい女戦士                       
                                 笛吹 ヒサコ
 よろず屋 外伝 じゅげむじゅげむ、ぱいぽぱいぽちゅーちゅーちゅー! の巻 
                                  菊華 紫苑

 
 スターダスト・ミルキーウェイ
                              PAULA0125      
 吉川君のおっぱいが気になる。   
                                   猫目 青
 勇気をくれた魔法のドレス 
                                  こむらさき
 おっぱいが触りたかっただけなのになぜかコミケで告白までされたOLの話 
                                扶桑のイーグル
 月の表面でおっぱいを語る  
                                   成井露丸
 あなたからは、百万倍の勇気をもらいました 
                                 枡多部とある
 後書き

 おっぱいイラスト

 守田 うせき

 ニセオジロ

 おっぱい小説

 彼女は美しい女戦士                 笛吹 ヒサコ

 おっぱいは、女のシンボルだろうか。
 あたしは、違うと思うんだ。
 メンズブラも見たことないけどあるし、男の乳がんだってあるらしいし……珍しいらしいけど。
 てか、男も乳首ついているんだから、実用性あってもいいんじゃいの。母乳、出せよってこと。あ、男だから父に乳って書くのかな……なんて読むんだこれ? 【ふにゅう】? 【ちちにゅう】……は、ないな。それじゃ【ちちちち】でもよくなっちゃうし。
 でもまぁ、男も授乳できたら、男女平等に一歩近づくんじゃない。平和で優しい世界にさ。知らんけど。
 実用性のついでっておかしいかもだけど、男もおっぱいが膨らめばいいよね。だって男も谷間とかあったら、いちいち女のおっぱいをジロジロ見ないと思うんだよね。自分たちにないから、見てるってのもあるんじゃないって思ったわけ。そんなに欲しいなら、分けてあげるっつーの。ま、あたしには、分けるほどないけどねー。
 とにかく、男も乳首ついてんなら、実用性を持つように人類は今からでも進化すべきってこと。
 これからは、男女平等の時代なんだから、だんじょびょーどーだんじょびょーどー、おーけー?


 …………私は、何を聞かされているんだろうか。



 彼女とは、偶然ばったり再会した。
 嬉しさよりも懐かしさで、彼女に誘われるがままにカフェに入る前は、こんなことになるなんて夢にも思わなかった。
 アイスコーヒーのストローをくわえながら、どうしてこうなったのかじっくり思い返す。


 今朝、私はふと思い立って先週公開されたばかりの映画を観に来た。レディースデーだと気がつかなかったら、たぶんわざわざ人の多いところに足を運ぼうなんて気にならなかっただろう。私はシネコンよりもミニシアターでしか上映されない映画のほうが好きだ。マニアックと言ってしまえばそれまでかもしれない。けど、それが先月、半年付き合った男と別れた原因の一つだったかもしれない。あとになって、気がついたことだけど。
 まぁ、そんなことはどうでもいい。割りと早い段階に長続きしない予感があった過去の関係の話は。
 ついでに、思っていたよりもハラハラさせられた映画の内容も、この際どうでもいい。

 私にとって今、重要なのは、映画を観たあとで立ち寄ったトイレで彼女と再会したことだけだ。

 手洗いをすませて、一つ上の階にあるフードコートで何を食べようか考えながら出ていこうとしたときだ。
 名前を呼ばれた気がして、不審に思うよりも先に振り返ってしまった。すると、手洗い場の向こう側にあるパウダールームから出てきたばかりだろう彼女が、嬉しそうに笑っていたのだ。
「あ、やっぱりそうだ」
 嬉しそうに、今度は懐かしいけどちょっと恥ずかしい中学時代のあだ名を呼びながら、彼女は駆け寄ってきた。
 けれども、私はすぐに彼女が誰だかわからなかった。
 明るいブラウンのセミロングは、毛先が内側にカールしている。ベージュのニットに、カーマインレッドのカーデガンの裾はモスグリーンの膝丈スカートよりも少し長めだ。
 くらべて私は、無地の黒い長袖Tシャツにアンクル丈のよれたデニムパンツ。髪だって、鬱陶しくないように一つに束ねているだけ。
 オシャレにしっかり気を遣っている美人の部類に入るだろう彼女と、地味で冴えない私。少なくとも、中学時代で接点はあったのだろうけど、タイプが違いすぎてすぐにわからなかった。
 戸惑いがしっかりと彼女に伝わってしまったようで、苦笑いされてしまった。
「やっぱり、わからないか……」
「あ……」
 彼女がちょっとだけ寂しそうに尖らせた唇の横にあるホクロで、ようやくわかった。
 戸惑いがちに中学時代の彼女のあだ名を口にすると、彼女は嬉しそうに首を縦に振る。
「あたし、ずいぶん変わったでしょ?」
「うん。びっくりした」
 素直に答えると、私もなんだか彼女につられるように笑ってしまった。

 そういうことだ。
 すぐにわからなかったのは、彼女があまりにも変わっていたからだ。
 私が知っている彼女は、いつもベリーショートヘアで髪を染めたりなんかしなかった。その髪型がよく似合う凛々しい顔立ちは、人目を引きつけた。私も例外ではなくて、三年間、ふと気がつけば彼女を目で追いかけていた。
 彼女のファンクラブがあるとかないとか、中学一年の夏休みまでにまことしやかに噂されるようになっていた。
 外見のよさだけが、彼女をひきつけた理由ではない。その内面もまた、素敵だった。
 ベリーショートの彼女は、ガサツでも男っぽくもなかった。むしろ、私よりも女らしいと感じていた。それはきっと、彼女が教師とかなんかそういう見えるモノや、無言の圧力のような見えないモノが、押し付けてくる「女子らしさ」に、はっきりと声を上げて反発していたからだろう。
 彼女は、私にとって美しい女戦士だった。
 男子なんかよりも大量のバレンタインチョコをもらっていたから、おそらく女子のほうからもモテていた。
 私も、直接関わる機会はほとんどなかったけれども、彼女のことを初恋だと錯覚するほど、夢中になっていた時期がある。同性を好きになるなんてとか悩んでいた当時を振り返るのは、なんだか恥ずかしいから手短に切り上げよう。
 当然のように彼女は生徒会長になって、推薦でいいところの私立高校に進学していった。私が実際に知っている彼女は、そこまでだ。噂で、大学進学と同時に上京してそのまま東京で就職したと聞いていた。いまだに独身で実家ぐらしの冴えない私と違って、彼女は彼女らしく人生を歩んでいるなと感心していた。

 そこまで親しかったわけじゃないけど、アラサーど真ん中に差し掛かっての再会だった。
 かつて憧れていた彼女に誘われて、特に予定もないからと、上の階のフードコートではなく、下の階にあったコスパの悪いカフェにやってきた。ランチメニューのオムライス――彼女はトマトソースで、私はデミグラスソース――を食べながら、彼女にうながされるままに、私の薄っぺらくて冴えない近況を話した。面白みなんてないのに、彼女は適当に聞き流したりはしなかった。話すつもりもなかったことまで、打ち明けているうちに、すっかりおしゃべりが楽しくなった。
 オムライスを食べ終えたタイミングで、彼女の話を聞こうとするまでは、思いがけない再会を楽しんでいたのだ。



 それなのに、なんだかよくわからない話を聞かされている。どういう流れで、おっぱいの話になったのか、思い返してもわからずじまい。
 まぁでも、私が知っている彼女とは別人みたいで新鮮だ。彼女の気がすむようにしてもらおう。……もちろん、お店に迷惑にならない程度に、だけど。
「ああ、そうだ。雄の字を使った【雄っぱい】ってあるじゃん」
 さっきから、なんか背中に視線が刺さっている気がする。ま、気にしなければいっか。
 おっぱい談話なのか、雄っぱい談話なのか、いまいちよくわからない話だけど、そこから男女平等とか熱くなれるのは、彼女らしい。
 分けるほどないとか言っていた彼女のおっぱいは、ベージュのニットの下からはっきりと小さくないと主張しているではないか。肩がこりそうだから、分けてもらわなくてもいいけど。
 外見はフェミニンに変わったけど、彼女はあいかわらず理不尽なジェンダーロールに怒っているんだ。それがなんだか嬉しくて、周囲の視線を気にしないで、彼女の気がすむまで話を聞いていたくなった。
 氷が溶けてアイスコーヒーがすっかり薄くなった頃、彼女はふいに我に返ったように口を閉じた。それから、整った眉をハの字にして軽く頭を下げた。
「あ、ごめんね。なんか、あたしばかりしゃべっちゃって……」
「いいよ。暇だから気にしないで。それに、なんだか聞いていて面白かったし」
 ならよかったと、彼女はぬるくなっているだろう輪切りのレモンが浮かんでいるティーカップを口に運んだ。
 なんとなく気がついてしまった。
 もしかして彼女は、あまり親しかったわけじゃないから、私に声をかけたのではないだろうか、と。
 あいかわらず彼女らしいところもあれば、やっぱり変わってしまったこところもある。すぐに彼女だと気がつかなかった外面が、そうだ。
「実は今、無職なんだよね」
「えっ……」
 少し目を伏せるだけで、彼女の印象は物憂げにがらりと変わる。
 それにしても、無職という告白にはなんと言えばいいのかわからない。戸惑うばかりだ。
 フッと彼女はため息に限りなく近い短い息を吐いて、笑った。どこか自嘲じみていたけど、彼女のフェミニンな顔には笑顔が広がった。
「いい感じだったんだけどね、公私共に順調ってやつで、言い方が古臭いけど、あたしは勝ち組なんだって思ってたんだよね。もちろん、それなりに努力したし苦労もしたつもりだよ。女でも、男に負けてないんだぞってさ」
 穏やかな顔と声で語られた、私の知らない彼女の人生の一部。決して穏やかだったわけじゃないだろう。
 彼女と違って、私はたいして人に自慢できるような人生を歩んできたわけでもない。それでも、それなりに努力や苦労はしてきた。今でもしている、つもりだ。もちろん、彼女と比べるのもおこがましいレベルに違いない。……そもそも、比べること自体間違っているけど。
「大事なプロジェクトにかかわらせてもらえるようになったり、人生のパートナーだと柄でもなく運命感じるような男に出会えた。本当に、順調だったんだけどねぇ」
 たぶん、彼女は話を聞いてほしいだけなんだろう。
 けれども、誰でもよかったわけではないのだろう。
 それほど親しかったわけでもないけど、決して険悪な関係ではなかった。むしろ、私のほうは、彼女のことが好きだった。もっと、お近づきになりたかったくらいだ。
 私は、彼女の話に耳を傾けている。かつて、私と同じように彼女に惹きつけられた同志たちが、知り得ない彼女の人生の一部を、私は知るチャンスに恵まれたのだ。
 私は、今でもどうやら彼女のことが好きらしい。独占したいとは思わない。ただ、彼女のことが好きだと今でも言える。そんな感じ。
 彼女はティーカップをソーサーに戻して、右胸に手を当てる。
「順調だったのに、まさかの乳がん」
「え、乳、がん?」
 あまりにも何気なく言われたから、すぐに受け止められなかった。そんな戸惑う私に、彼女はあーあとわざとらしくため息をついていたずらっぽく笑う。
「今思えば、自覚なかったのが不思議なくらい無理してたんだろうね。女だからってなめられたくないとか、片意地を張っててさ。ほんと、馬鹿みたいにさ」
 なんとなく、彼女に何があったのか想像がついた。だから、何を言えばいいのかわからない。彼女は、話を聞いてもらいたいだけなのかもしれない。けれども、それは私が嫌だ。きっと後悔する。
「治療とか手術とかも大変だったけど、なんかメンタルのほうがボロボロになっちゃってね。なんで、上司にすぐに相談しなかったのかとか、同棲してた相手のことを信じられなかったのかとか……あたし、もっと強い女のつもりだったんだけどね」
 自虐的なそのため息を、彼女は今まで何回吐き出したのだろうか。
 私は、まだ彼女にかける言葉を見つけられないでいる。
「ま、自殺まで考えるようになって、ふとリセットしようって、東京で築きあげたあたしを全部捨てて実家に帰ってきたわけよ」
 でも甘かったなぁと、彼女は軽く首を横に振った。
 当たり前だ。簡単にリセットできたら、自殺まで考えることもなかったのだから。
「ごめんね、なんか変な話聞かせちゃって」
「全然変な話じゃないよ」
 変な話だと、どうして困ったように笑いながら言えるのだろうか。
「私なんか、話を聞くくらいしかできないけど、それでいいなら気がすむまでしてくれればいいよ。とことんつき合うよ」
「ありがと。なんか嬉しい」
 きっと実家に帰ったあとも、大変だったに違いない。
 親しかったわけじゃない私は話を聞くことしかできないけど、彼女が今それを求めているなら、気がすむまで聞きたい。
 飲み残したレモンティーは口に合わなかったのか、彼女はコップが汗をかいたお冷で喉を潤した。
「あなたって、昔もそうだったよね」
「え? 昔も?」
 戸惑う私に、彼女はフフッと笑う。
「聞き上手っていうのとは、ちょっと違うかな。あなたって、不思議となんでも打ち明けたくなる雰囲気というかなんか、そんな存在感があったんだよね」
「なにそれ」
 たしかに、昔から話すよりも聞くことのほうが多かった。でも、彼女の言ってることは、なんだか違う。買いかぶりもいいところだ。
「前のあたしなら、距離をおかなきゃいけないタイプ。あ、全然悪い意味じゃないよ。ただ、あたしが弱みとか悩みとかみせたくなかっただけってこと。今日だって、あなたにここまで話しをするつもりはなかった」
 ひと息ついて、彼女は続ける。まるで、ここまで話してしまったから、最後まで一気に話しきってしまおうとしているみたいに。きっとそれは、間違っていない。
「あたしは、うらやましかった。女であることを自然に受け入れているあなたが、うらやましかったんだ。あたしは乳がんになって初めて、女だって受け入れられた。時間はかかったし、周りにさんざん迷惑かけながらだったけどね。こうしてオシャレを楽しめるようになったのは、本当につい最近。それで…………、ようやくまた上京して新しい別の人生をスタートさせたいなぁって、ちょっと前向きに考えられるようになったところ」
「それはちょっと前向きどころじゃないよ」
 なんだか、彼女は彼女で私に自分にないものを見ていたようだ。それが、幻想に過ぎなくても、私は私で勝手に彼女に憧れていたのだから、否定するほどのことじゃない。なにしろ、中学の頃の幻想なのだから、今さらだ。
 それに彼女の外見が変わったのには、ちゃんと理由がったみたいだ。彼女なりに、時間をかけたメイクやファッションは、女らしさを求めた結果だったのだろう。それに気がつけて、なぜだかほっとした。
 彼女の顔は、パウダールームで顔を合わせたときよりも、ずっと輝いている。
「あなたに聞いてもらえてよかった。まだはっきりしたことはなんにもだけど、なんだか頑張れる気がしてきた」
「本当に聞いていただけだったけど、そう言ってくれて嬉しいな」
 奢ると言った彼女に、無職のくせにと言って別々で会計を済ませる。さすがに、私が奢るのはなんだか彼女に失礼な気がした。
 それに、別々で会計を済ませたほうが後腐れがなくていい。
 まだしばらくこの商業施設にいると言う彼女と、カフェを出たところで別れることになった。結局、話しを聞くことしかできなかった。たとえ、彼女はそれで充分だったとしても、なんだか――ふいに、彼女にぴったりな言葉が閃いた。
 立ち去ろうとした彼女を、慌てて呼び止める。
「ねぇ、アマゾネスの語源、知ってる?」
「アマゾネスって、女戦士か何かのだよね。ううん、知らないけど」
 首を傾げた彼女に、私はいたずらっぽく笑ってみせた。
「調べてみたらいいよ。あなたなら、きっと気にいると思うから」
 じゃあまた機会があったらと、軽く手を上げて、私は彼女に背を向けて歩きだす。
 ああ言ったけども、二度と彼女と話しをする機会はないだろう。そんな予感めいた確信がある。それでいい。私にとっても彼女にとっても、きっと停滞していた日常に、なにかしらのいい刺激になっただろう。ちょっとした変化を求めていたから、波長が合ってばったり再会してしまったのかもしれない。ただそれだけだ。それで充分。
 映画よりも、ずっといい気分転換になった。ここ数ヶ月の間で、一番スッキリした気分だ。

 駅に繋がる歩道橋の人の流れの一部に、私はなる。
 私は彼女のようになれない。モブのような冴えない人生が、私にはお似合いだ。
 でも、彼女は違う。
 自分で言った通り、また東京で新しい別の人生をスタートさせるだろう。もう二度と、私のような女と交わることのない人生に違いない。
 アマゾネスの語源は、【乳なし】。女戦士集団が、弓を引くのに邪魔な右の乳房を切り落としたことから、【乳なし】。まぁ、今では後付だと否定されているらしいけど、語源や意味なんて後付上等ではないか。
 私なりの、彼女へのエールだ。
 彼女は、美しい女戦士。
 これからも、これまでとは違った形で社会とかそういうものと、女として戦っていくのだろう。


 ――おっぱいは、女のシンボルだろうか。


 歩道橋の真ん中で、ふと足が止まった。人の流れの中で邪魔な石になったけど、気にならない。
 彼女ほど魅力的ではない右の乳房に手を当てる。
 そういえば、彼女は女特有のものではないと否定したくせに、女を意識したと言ったのは、この膨らみではないか。
 矛盾している。まぁ、そもそも彼女も人間だ。人間なら、誰だって言動に多少の矛盾はあるものだ。
 じゃあ、私にとって、この胸の膨らみはいったい何なのだろうか。

 そもそも、女っていったい何なのだろうか。

 冴えない人生の中で、私は答えを見つけられるだろうか。
 再び歩きだしながら、なんとなくだけれども、ほんの少しだけ冴えない人生が上方修正された気がした。

 よろず屋 外伝 じゅげむじゅげむ、ぱいぽぱいぽちゅーちゅーちゅー! の巻                                                                                          菊華 紫苑

「待たんかこらぁぁぁぁぁ‼」
「武蔵ぃ、もうそれくらいでえいってばさぁ!」
 ひー! いつもおらだちの財布くすねて、そばがき食いに行くときよりも早ェ! そんなにてぇしたもんじゃねえんだから、てげてげでえっちゃっちゃがに、何をおらより怒ってんだべさ。町ン中からまあ、こったら森ン中まで逃げたンなら、許してやるのも武士の情けってもんじゃろ。
「武蔵ー! 殺さない程度にね!」
「おめーもノるな種子島! あと白虎に乗るな! 走れ! 田力じゃろ!」
「だって早いんだもん! 日向も乗りなよ、バテちゃうよ」
「武蔵ー! 待ってー!」
 出雲の出した白虎の背中に乗って、種子島が追いついてくる。忍の端くれたるもの、自分の脚を使わんとは何事か、と、ちんちんかかせて説教しようとしたども、段々白虎の方ば早くなってって、仕方すかたなく背中に乗った。出雲、種子島、おらと乗っても失速せん、流石は霊獣って所なんじゃろけんど、そいだとしてもおらの脚がこいつよりのろいんは屈辱じゃがね。武蔵ばふん縛ったら、しゃんしゃん修行のし直しじゃ。
「捕まえたぞオラァ‼」
 武蔵が一際大きく踏み込んだかと思うと、思い切り跳び蹴りを繰り出した。べんっ! と、遠くからでも分かる、何かが突っ伏して転んだ。
「こんにゃろ、日向のお女子めご覗きやがって‼」
「子供の前じゃ。なんちゅう言葉使うんじゃこのボケナス‼」
 慌てて種子島の耳を塞ぎ、白虎の上から咄嗟に枝を折って投げる。ん? 出雲はえいのかって? 八つと十じゃ、十の方が大人じゃけん、問題なか。今からとんでもなく卑猥な口喧嘩が始まりそうだったんにき、出雲に種子島の耳を塞がせて、白虎から飛び降りのっしのっしと武蔵に近づいた。武蔵はずる禿げた農民の上に跨がって、往復ビンタならぬ往復拳固喰らわしちょる。
「えいっちゃがえいっちゃが、くノ一の身体なんて見て触って嬲ってなんぼやぞ、武蔵」
「良くねえよ! 俺が良くねえ! 個人的に!」
「アホ」
 しょんもない、おらが武蔵を蹴り転がして退かし、おっちゃんの前にしゃがみ込む。
「す、すんまへん……」
「今、ごろつきから助けてやったろ? おらのほと見よったやろ? ひーふーみーよーと、ひーふーみーよーで、しめて八文で手ェ打っちゃるよ。も一度見たいならもう四文、触りたかったらもう四文、突っ込みたかったら一円じゃ。どや?」
「は、はあ……」
「どや? じゃねえよ! 売るなそんなもん!」
 鼻を押さえながら尚も武蔵が向かって来よるんえ、拳の裏でもう一度ひっくり返した。
 さて、おらの身体ばいくらまで膨らみよるかな、と待っちょると、男は胸元から六文出して、ハハーッとおらに土下座した。
「お願いします! この金の分だけでいい、わしの子に乳をやってくだされ!」
「は?」
「生娘だったら、乳がでない。でも子供を産んだことのある女なら、きっと乳が出る。それで、嫁に行ったあとか、出来れば後家の女がいないかと思って、風呂屋で捲ってたんです……」
「…………」
 そんな度胸があんにゃら、往来で「乳を吸わせてくろー!」とでも言った方がよかったんじゃなかろうか。まあえいがじゃ。八文には届かねえが、お銭はお銭じゃ。
「ええで。おらがおまんのチビを腹一杯にさしちゃるわ! どーんと任せんしゃい」
「ありがてえ、ありがてえ!」
「有り難ェよ、ホント……」
 武蔵が溜息をつきよったので、乳の出ない乳首を着物の袷から捻り上げといた。


 道々、武蔵がことあるごとに男に突っかかっとった。キンタマのちっせえやつだな、と思いつつ、おらの身体のことばぁ、そんなに大事に思っといてくろてんのは、まあ、悪い気はしねえわな。もう仕事もろたし、あこぎに売りつけることもし。だども、種子島が「何て意味?」なんて途中で聞くもんじゃけ、てげぇ焦ったわ。
「こちらです。……ほら、ちびちゃん、乳だぞ」
「乳とか言うな!」
 ぽかっと武蔵が小突く。どうでもえいがじゃ、そろそろこん男の頭が不憫になってきよる。
 まあ、こんアホウの心配してお銭が貰えんやったら、いくらでも言葉も掌も、それこそ谷間も貸してやるけんど、生憎そんな仕事は無んだし、さっさとあかんぼ腹一杯にさしてやんねえとな。
「種子島、おめえ、この三文使って、クズ米買ってこい」
 ひょいひょいひょい、と、種子島の前に放ると、種子島は一つ一つ空中で掴――もうとして、一つ落とした。まだまだじゃな。
「三文で? 一撮みも買えないよ!」
「米屋は米屋でも、丁稚が若いか、跡取り息子が赤んぼの店に行け。ほがなとこは、見習いが稲こぎ失敗しよって、売り物になんねえ砕けた米ば、床に落ちとるもんじゃ。虫さえ食ってなけりゃ洗ってなんぼでも食える。ほら! しゃんしゃんしい!」
 不思議そうな顔をしつつも、種子島は走って行った。うんうん、いついかなる時も、移動は迅速に。基本じゃな!
「すいません、粟も稗もないもんで」
「なんなんなんなん、乳も出やんねえ、その代わりもねえ、って所でわかっとるわ。ほれ、武蔵。おめえは井戸水汲んでこい。そこの釜一杯にじゃ。出雲、お前は煮炊きの準備やで」
「おい、俺がいねえ間に……」
「いいから仕事せんかいこのダラてめぇを搗いて上澄み掬ってやってもいいんがやぜ‼」
「なんだよ、心配してるだけなのに! はいはい、行きますよ、行きゃぁ良いんだろ、バーカ!」
 うーん、あのダラはなんね、おらが何しようとしとんのか、何も思いつかねえんだろかねえ。
 簡単に言うと、おらが作ろうとしてたんのは重湯だ。おらは別に生娘じゃねんだども、流石に乳ばぁ出ねえかんな。ほんとはてげてげの米を煮炊きしねえといけねんだけど、仕方すかたねえもんなあ。おらだってお銭がねえと、重湯も飲めんからな。
 種子島にクズ米を買いに行かして、さび付いた釜でちんちんに煮て、どうにか薄い重湯を作った。……うーん、透明じゃのう。父親の持ってた襷をちくっと千切って、重湯を含ませて吸わせると、じゅうじゅうと吸い込んでくれた。この分なら、腹は膨れるじゃろ。……栄養のことを考えると無念じゃが。
「うゎぁっ、うあっ、うー」
「お? もう腹一杯か?」
「ぱー、ぱー」
 おらが抱きかかえて重湯を飲ませてると、突然赤んぼがおらの乳を握った。そういえば、赤んぼって、乳を吸ってない方の乳首を握るんだっけか。着物の上からじゃと、鈍く拡がって痛い。よいしょと着物の袷から片乳を引っ張りだし、乳首を握らせると、赤んぼは幸せそうな顔して、じゅうじゅうとまた吸い出した。
「赤ちゃんて、おっぱい握ると、安心すんの?」
「なんじゃ種子島、オメエも握りてえのか?」
 種子島が赤くなって、武蔵が青くなる。……別にそんなに心配せんでも、おらは夜鷹の真似なんかしねえんだけどなあ。赤んぼはぎゅっぎゅっとおらの乳首を握って、重湯で顔の下半分をべちゃべちゃにすんだけども、中々腹は膨れないらしい。……まあ、殆ど湯だしなあ。
「おいおっとさん、こん子、生まれてどんくらいじゃ?」
「三月ほどでさ」
 うーん、三月となると、本当に乳しか飲まねえし、飲ませらんねえよなあ。果物の汁とかだと、腹ば壊してそのまま干からびてまうもんなあ。
「おっとさん、今作った容量で、重湯ば飲ましちゃれば、まあ、乳ほどじゃないにしても、餓えるこたねえと思うから、これからはクズ米ばぁ集めときや」
「はい、はい」
「そいから、おなごっちゅうもんは、乳ばぁやると身体ガタガタになんねや。せやから、飯の一杯も馳走できんじゃったら、諦めて後家の女ば嫁じょするしかねえのお」
「そうなんですか?」
「おん、乳ってなぁ、体力使うんじゃよ。まあ、重湯の米てげてげな量集められたら、一人でも育てられっぺよ。こぴっと父親やり」
「ありがとう、ありがとう。」
 おらが重湯の話をしている間に、赤んぼが重湯を吸わなくなった。栄養がなくても、湯を啜ってんやき、まあ腹膨れるわぁな。
「あ、飲み終わったみたいですね。ちょっと吐き戻すから、もう少し飲んでくれるといいんですが」
 …………おい。
「ほいだらな、おっとさん。こうやって抱っこしてな」
 おらが赤んぼを抱えなおして、おくびを出させると、おっとさんは目を丸くした。
「これ、ちゃんとやらんと、吐き出したもんで喉が詰まって、死んでまうど。ちゃんと出させえ」
「なるほど……。病気じゃなかったんだな、良かった」
 さて、あとは寝かせれば終わりなんじゃけど、なんや赤んぼは、おらの乳首から手を離してくれない。……仕方すかたねえなあ。おらはもう一度抱えなおし、横向けに寝て、おらの乳の布団をかけてやった。
「お前、脱ぐと乳あるんだな。いつも湯煙で見えねえけど」
「しっ、赤んぼ寝かせるけん、黙ってぇ」
 なんや、武蔵が複雑そうな顔で、おらの乳に埋もれてる赤んぼ見とるけど、この子、おなごやぞ。乳の価値なんて分かりゃせんよ。
「すごい、今までこんなに幸せそうに寝てることなんてなかったのに」
「しっ」
 すぴー、すぴー、と、赤んぼは幸せそうに寝とるけど、おらの乳首はまだ離してくれへん。なんでやろ、貴重なもんて分かってんやろか。
「おっとさん、一晩宿さしてくれたら、残りの三文で夕餉作っちゃるけど、どうする?」
「はあ⁉ ――ほげっ」
 武蔵、お前はちいと落ち着け。
 おっとさんはぺこぺこ土下座して頼んできた。まあ、おら達だって野宿はイヤじゃき、宿代に六文使ったと思えばとんとんじゃろ。
 も一度種子島を使いに出し、ついでに飴も一文買ってこさせる。武蔵が薪を集めに行って、出雲は白虎に乗って、辺りの村々から芋がらばもらってきた。やっと乳首離してくれた赤んぼを、さっき千切った襷で背負い、芋がらの下ごしらえを教える。
「芋がらっちゅうんは、灰汁が只管出るんじゃ。この灰汁ごと煮汁を畑に蒔くと、ええ肥やしになる。田畑がちっちゃくても、出来た野菜を煮たん使って、重湯を作っちゃれば、まあ、育つには育つやろ。けんど、何を使って重湯を作るかは、こぴっと調べんとあかんやで。粥が食えるくらいになるんは、一年くらいかかるけん、そいだら寺に行って、粥をもらって、人肌くらいに冷まして食わせるんじゃ」
「ほうほう」
「その間におっとさん、アンタが死んだらあかんのじゃよ」
「分かった」
 芋がらを五回くらい煮て、真っ黒になった煮汁は、裏の六畳半くらいの小さな畑に蒔いて、武蔵にかまさせた。今はびちゃびちゃした泥にしかならんけど、まあ、繰り返してたら少しはマシになるじゃろもん、千里の道も一歩から、じゃ。
「ねーねー日向、今日の夕飯、芋がらだけ?」
「お前が買うてきたごまと豆腐があるけん、今日は芋がらの黒和えと白和えじゃ」
「じゃあ、味が一個だけじゃないんだね! やったー!」
 種子島は意気揚々と欠けた茶碗と、拾ってきた大きなヤツデの葉でおら達の分の皿を作る。箸はおっとさんと、死んだんじゃろうおっかさんの分しかないから、おら達は手づかみで食うしかない。それも見越して、和え物にしたんじゃけど、武蔵は腹が減ってひっくり返っとった。
「芋がらなんて十人前食っても腹に堪んねえよぉ、そばがき五人前食っても腹減ってんのに」
「種子島、夕餉はあのダラの分も食ってえいよ」
「ごめんなさいやめてくださいしんでしまいます」
 あまりにも不憫に思ったのか、出雲はすりこぎで潰した胡麻を、一撮み武蔵の口に入れてやってた。まあ、それくらいならえいじゃろ。
 醤油もみりんも酒もないけん、そんな豪勢な味もせん。だども、久しぶりに腹の膨れた赤んぼが、幸せそうな顔をして寝とるのを見ながら食う夕餉は、おっとさんは何よりも美味そうに食べてくれた。

 まあ、お銭の割に合う仕事ではなかったんけど、たまにゃあこんな、心がぽかぽかするよなお銭でもよかろ。おら達は、寂しいおっとさんと一晩だけ家族になったださ。

 

 スターダスト・ミルキーウェイ         PAULA0125

 知恵のある者の教えはいのちの泉、これによって、死の罠を逃れることができる。
 良い思慮は好意を産む。裏切り者の行いは荒い。
 全て利口な者は知識によって行動し、愚かな者は自分の愚かさを言い広める。
 悪い死者は災いに陥り、忠実な死者は人を癒す。
 貧乏と恥とは訓戒を無視する者に来る。しかし叱責を大事にする者は誉められる。
 望みが叶えられるのは心地よい。愚かな者は悪から離れることを忌み嫌う。
 知恵のある者とともに歩む者は知恵を得る。愚かな者の友となる者は害を受ける。
 災いは罪人を追いかけ、幸いは正しい者に報いる。
 善良な人は子孫にゆずりの血を残す。罪人の財宝は正しい者のために蓄えられる。
―――箴言十三節より抜粋。
 ✠

「ここの人たちが英語を使えないのは、残念でしたね、ジャネット姉妹。」
「アメリカでの語学研修、活きますかね? ジャネット姉妹。」
「大丈夫よ、マレック兄弟、ウィルソン兄弟。私が翻訳できない言語なんてないんだから。聖書だって、作れるんだもん。」
「ええそうですね。私達の聖書、彼等は受け取ってくれるでしょうか。」
「わたし達がお父様の真の後継者だと知ってくれれば、きっと神に立ち返ってくれるわ。だって真実なんだもの。」
 ジープにがたごとと揺られ、わたしは真のお父様の教えを伝えるべく、この秘境までやってきた。ここはにっくき叔父(語るも恐ろしい!)……の、息子の片方の領域で、有り体に言えば偽預言者に騙された人々の暮らす、可哀相な村だ。
 この辺りは叔父の支配下だが、それが逆にわたし達に有利に働いてくれることもある。つまり、今の支配者が過ちであるということを知ってくれているからだ。本当に崇められるべき真なる支配者が誰か分かってくれれば、彼等は目を覚まして、偽りの支配者を捨て、水によって生まれ変わることを望むだろう。今の支配者が正しいと信じ込んでいる人よりも容易い事だ。未だこの地域が戦争の地獄の中にいることは、光り輝く神へ立ち返る為に必要なことなのだ。否や、この戦争という毒こそが、わたし達が正しいという救いを分かりやすくしてくれていることでもあるのだ。
 二人の男性だけなら、アメリカ人が来た、と言って隠れられるかも知れない。けれども幼気な少女の姿をしたわたしが、彼等にも分かる言語で書かれた冊子を見せると、それだけなら、と、受け取ってくれる人がいるのも確かだ。信者なかまの子供を連れてくるワケにはいかないので、そのものわたしが来た。かくなる上は、この村を丸ごと、偉大なる父に献上奉りたい。
「さあ! サタンに惑わされた人たちが沢山います。一刻も早く、救い出しましょう。この世の終わりハルマゲドンが来る前に! えい、えい、おー!」
「えい、えい、おー!」
 車の中で気合いを入れ、村の入り口にジープを停めてもらう。沢山の冊子と、研究用に持ってきたオリジナルの聖書。それらをお手製のバックに詰め込んで、村の中へ向かって叫ぶ。
「こんにちは! 貴方方を助けて下さる方について、お話にきました! 良い知らせです。とても良い知らせなのです。聞いてください! 今からお宅へ向かいます!」
 ちらちらと、家の窓や隙間から、人々が顔を出す。マレック兄弟とウィルソン兄弟は、直ぐに現地の言葉が出てこない様だけど、なればこそ、わたしが進んで彼等の心に語りかけなければ。

 この村は神の愛にも食料にも餓えていた。わたし達が炊き出しを始めるとすぐに人は集まり、金も宿も要求せず、ただ話を聞いて欲しいというわたし達を、不思議そうにも受け入れてくれた。
 マレック兄弟とウィルソン兄弟、そして、わたしは肉体上の家族ではないこと、けれども霊的に家族であること。霊的家族とはどういうものなのか。神の親友になるとはどういうことなのか。そういうことを切々と話して、薄い冊子を沢山配った。
「ねえ、きみはどうして、そんなにちいちゃなお帽子を被ってるの?」
 ある家で、そう尋ねられた。わたしがオリジナル聖書を手渡した家の少年が言ったのだ。わたしはフフンと得意になって言った。
「これは、男性であるマレック兄弟とウィルソン兄弟を尊ぶ為です。」
「とうとぶってなに?」
「大事にするって言う意味です。一緒にお勉強しませんか?」
「なにを?」
「この聖書を、です! これは神様からの素晴らしいラブレターなんですよ。コレさえ知っていれば、死んでも死なないのです。」
「???」
「今この村を虐げてる人は皆死にます。でもこの聖書を読んで、神を受け入れれば、永遠に生きることが出来るのです。死ぬのも、病気も、年を取ることもありません。」
「じゃあ、きみもぼくも、いつまでも子どものままなの?」
「いいえ、子供は大人になります。」
「じゃ、何才になれるの?」
「二十歳まで成長します。それ以降、老いることはありません。」
「成長するのと、おいるってのは、どうちがうの?」
「それは、一緒にお勉強しましょう! あがってもイイですか?」
「兄ちゃんに聞いてくる。」
 私の後ろで、二人の仲間が拍手をしている。これが模範的な奉仕というものだ。わたしが二百年の伝統の中で磨いてきた、信者なかまを増やす為の武器だ。
 ―――信者を増やす為に、剣や銃を翳す、異父兄達と、わたしは違うのだ。非暴力に訴えてこそ、神は喜んで下さるのだ。
「さすがですね、流石は我らの名を冠する御方。ただの幼女ではなかったんですね。」
「聞こえてますよ、マレック兄弟。」
 ぱたぱた、と、少年が戻ってくる。その顔は、興味に輝いている。
「良いってさ! ぼく、デーン。きみは?」
 わたしは、人に名前を問われることが好きだ。わたしの名前が、いつか世界を席巻し、異父兄たちをその傲慢な玉座から追い落とすことを確信している。その時、わたしを受け入れた人は、わたしと共に、お父様と、真なる神の御許で平和に永遠に暮らすことが出来るからだ。
「ジャネット・ウィリアムズよ。ジェーンと呼んで、こっちは仲間のマレック兄弟とウィルソン兄弟。」
「きょうだいなのに、ファミリーネームが違うの?」
「いいえ、それはね…………。」
 デーンに促されるままに、わたし達は家に入った。家の中では、許可をしてくれた兄だという青年と、数人の男の子達が、既に座って話を聞くのを待っている。
「ねえ、お兄ちゃん。お話の前に、ちょっと果物を潰すの、手伝ってくれない?」
 その家の娘が、背中に赤ん坊を背負いながら、おずおずと出てくる。兄は機嫌を悪くして、娘に怒鳴りつけた。
「それくらい、自分でやれ! おれは客をもてなすんで忙しい!」
「でもお兄ちゃん、この子、昨日もシーアさんとこのお嫁さんにお乳を貰ったのよ。今日も貰いに行けって言うの?」
「乳の世話なんて、女の仕事だろ! 自分で出せないんだったら、自分でどうにかしろ! この役立たず、男の子なんだから死なせるなよ!」
「………。わかったわ、あの人も今日は帰ってこないだろうし……。貰ってきます。」
 娘はそう言って、なんの器もバックも無く、家を出て行った。
「あれはうちの母親でね。といっても後妻で、あの赤ん坊以外産んではいないんだけど。都市部から来たせいか、頭がよくって、すぐにおれたちにむつかしい話をする、嫌味な女なんだ。」
「まあ! それはいけないわ。神様は、女は男に服従するようにとお創りになったのよ。でもその話をする前に、世界の話をしましょう。マレック兄弟、冊子を皆さんにお配りして。」
 その日、わたし達は夜遅くまで彼等の家で奉仕をしていたが、娘と、彼女の夫であるデーンたちの父親は帰ってこなかった。

 わたし達も一つの家にずっと居る訳にはいかない。聖書の勉強は難しくて、何度も復習したり、予習したりしなければならない。聖書は一人では読めるものではないのだ。必ずわたし達が牧してやらなければならない。幸いにも一日は三分割できて、そんな日が七日間ある。わたし達は一週間で村の全ての家に、奉仕に行けるようになった。
 この村は家父長制だからか、聖書の話と親和性が高く、人々はすぐに受け入れた。けれども、新しいわたし達の教えに逆らうサタンの手先は狡猾で、その家の中にいる人数は、徐々に減っていった。
 サタンは弱い者や、親しい者を唆して神の輩を追い出そうとするが、この村は幸いなことに男が優位で、女達は男が引き留めれば、わたし達の話をしぶしぶ聞いた。今はしぶしぶでもいいのだ。子供を持つ親なら、今どんな悍ましい世界に子供達が生まれたのか分かるはずだ。女が苦しみ、子を産むのだから。男が発言している間、女は例え母親であっても言葉を遮るべきではない。そのように最初に教えられたのが良かった。元々の風土もあって、女達は男達に従順で、それが神に求められていることで、当然の摂理であり、その秩序を守る者から神の楽園を受け継ぐのだ、というと、彼女達の不安そうな、不審そうな顔が、徐々に明るくなっていった、神の国が染み渡っていくのが、目に見えて分かる。
 無論、そのようにならない家もあった。デーンの家がそうだ。わたし達が行くと、どうやってもあの若い嫁は、赤ん坊を連れて外に行ってしまう。シーアとやらの家に行っているのだろう、と、初めはシーアの家にも行こう、と、話し合った。
 けれども、村の誰もが否定した。それだけは止めておけ、アンタ達のような頭の良い、賢い人たちが行くようなところじゃない。村の者だって、用がある人の家でさえ嫌煙するのに。
 色々な人が色々なように言っていたが、包括すると、シーアというのは、どうやら女ではなく男の名前らしい。時々女のフリをして男と寄り添う男や、女になりたいとサタンに唆されている男がいたりするが、そうではなく、どうやら愛称が『シーア』であって、本名は違うという。ヨーロッパやアメリカなんかの言葉だとそうなのかねェ、などととぼけたことを言われたので、断じて違うとだけ言っておいた。この村にやってきたのは、わたし達が来るよりも七年ほど昔で、その時シーアは息子と一緒に居たそうだ。息子の方の名前を覚えている者はいなかった。
 ところがいつしか息子がいなくなり、シーアを父と呼ぶロマーナという女が居着くようになった。恐らく息子の嫁なのだろうが、それ以降息子を見なくなったので、さてはシーアが息子の嫁を寝取って、息子は出ていったのではないか、という噂があった。しかし驚くべきは、ロマーナの日々の過ごし方だった。
 ロマーナは七年前から、この村の乳児に乳を分けてやっているのだという。それも、七年間絶え間なく。赤ん坊が乳を吸うのは大体一年、長くても二年だ。その間、乳児が複数いる時期もあるし、全く居ない時期もある。それでも、乳を貰いに行くと、誰も断られた事が無い。それどころか、ロマーナに頼るなときつく家人に言いつけられた嫁の元に、どこからともなく現れては乳をやり、何も言わずに立ち去っていくのだという。なんだそれは、本当に亡霊の様じゃないか、と、わたしは反論したのだが、実際に彼女の乳で育ったという者も何人も居たし、なんなら一緒に乳を貰いに行くか? とまで言われてしまった。……わたしの外見年齢はそんなに幼いのだろうか。一応、生まれたのは十九世紀なのだけど。
 ロマーナは何も、乳をやるためだけに村に現れる訳ではないらしく、母親達の井戸端会議に参加したりもするらしい。わたしも一度、彼女を遠目で見たが、ロマーナは日焼けしているものの完全な白人だったのと、明らかに出身国が違うと顔立ちで分かった。どうも、わたしは彼女を知っているような気がする。ヨーロッパ人は皆あんな顔だっただろうか? ヨーロッパにはベルギーとフランスでかなり盛大に拒絶されたので、あまり良い思い出がないから、分からないのだろうか。本来ならそのような井戸端会議にも、神の知らせを話しに行くのだけれども、彼女達はさっとロマーナを家に帰して、自分達も二言三言挨拶して、そそくさと帰って行ってしまう。そして彼女達は、家に居ると家長に従い、わたし達の話をふんふんと良く聞くし、次は聖書研究をすっぽかさないように、と、きつく言いつけても、暇を見つけては井戸端会議に行ってしまう。熱心になってきた家長が、あんなのはサタンの手先に違いないのだから行くな、と言うと、赤ん坊の居る母親達は泣いて嫌がった。しかし、言いつけを守った結果死んだ、赤子の救いを丁寧に説くと、納得したのかどうなのか、驚くほど彼女達は従順になる。―――の、だが、ロマーナと会っていることは臭いで分かる。
 人間には分からないのだろうか、この異常なまでのチチ臭さは。わたしだけが分かる、となると、いよいよロマーナとやらは、サタンの力を強く受け継いだ魔女か何かに違いない。

 村の殆どが、わたし達の仲間になり、多くの赤子が神の楽園の為に正しく死に、また多くの夫婦が神の前に操を立てた。未だ、デーンの家の後妻ミレイヤだけが、しつこくロマーナに乳を貰いに行っている。
「ミレイヤさん、今日は、赤ちゃんはとても、良い子でしたね。泣かないし、よく眠っています。」
「あ……、ジェーン先生、でしたか。いいえ、眠っているのではありません。ずっとちちを貰っていないから、弱っているのです。お願いします、一日この子にちちを戴けたら、私が一週間断食をします。翌日にちちを貰ったなら、更に翌週も、その翌日にも貰ったなら、その更に翌週も断食をします。お願いします、あの家に行かせて下さい。この子が死んでしまいます。」
「もう間もなく、神の楽園がやってきます。世界が滅び去るまで、もしかしたらこの国の圧政も貧困も続くかもしれない。それなら、より清い生き方をする方が、神はその子を慰めて下さいます。今その子に必要なのは、穢れた女の乳房ではなく、神の教育です。神の霊が守って下さらなければ、神に不従順な霊に拐かされ、子供は永遠の地獄に堕ちて滅ぼされてしまいます。肉体は愚か、魂すら残らないで、貴方の家族のように神の国で年若く永遠に暮らすことも無いのです。その方がどんなに孤独で残酷か、分かりませんか? 『全世界は邪悪な者の配下にあります』と、ヨハネという人が手紙で述べています。わたし達は、サタンの邪悪が作り上げてきた有害な文化と戦わなければならないと、同じイエスも仰っています。その文化の大部分は、去年より一昨年よりそのずっと前よりも、どんどん下品で危険になり、悪影響に満ちています。テモテという人へ当てられた手紙に書いてあります。そのような恐ろしい世界に生まれたのに、きちんとした教育を受けなければ、子供は簡単に打ち負かされてしまう、と、エフェソという教会に書かれた手紙にも書いてあります。そういうものに負けてしまうのは、仲間の圧力の所為なのです。奥さん、聖書が言っているのです、神が言っているのです。『愚鈍な者達と交渉を持つ者は苦しい目に遭う』と、聖書は二千年も前から、繰り返し繰り返し、警告しているのです。神が定められた原則に対する従順こそが、最善の生き方なのです。わたしではありません、聖書が言っているのです。」
「それは、ですか?」
「いいえ、です。最も誤訳の少ない、唯一の聖書です。」
「………。貴方は、を信じているのですか?」
「わたし達は唯一正しいキリスト教です。だから、を信じています。それは使徒達の教会の時から、ずっと続いている伝統なのです。わたし達は、カトリックやプロテスタントのようなではありません。」
 それを聞くと、ミレイヤはハッとしたような顔になった。良かった、分かってくれたのだ。私はにこやかに別れを告げて、その日は眠ることにした。
 清く生きる為に、短く終わる命もある。だがわたし達はそれが絶望ではない事を知っている。彼女にもいずれ分かる時が来るだろう、身を穢し、魂を穢して生きながらえた命に、楽園みらいが無いことを。

 その日の深夜、明け方だったと思う。わたしは誰かに揺り動かされて目を覚ました。
「起きなさい、ジャネット。オレの娘、ジャネット。お前を呼んでいる者がいる。起きて、行きなさい、ジャネット。」
 眠たい目が爆発するかと思うほどの衝撃に、私は目を見開いた。そこに居たのは、今居るはずの無い―――隠居した筈の、わたしに全てを託した筈の、初代教会ちちおやの姿だったからだ。
「お、おとうさま……! な、何故いまここに⁉ もうこの世の終わりハルマゲドンが来たのですか⁉」
 あはは、と、力なく父は笑った。
「そうじゃないよ、呼びに来たんだ、ジャネット。お前に会いたがっている者がいる。起きて、ロマーナの家に行きなさい。そこでお前を待っている者がいる。」
「ロマーナ? では、ついにあの魔女との決戦なのですね、おとうさま! 大丈夫、ジャネットはこの日のために、聖書を全部覚えています!」
「そうかそうか。なら、道は分かっているな。オレは先に行っているから、きちんと仲間を連れてきなさい。仲間達を全員、集めて連れてくるんだ。いいね、全員だよ。行くべき者達は、既に起こしておいたから。」
「はい、おとうさま! このジャネット、見事おとうさまの仇敵を討ち滅ぼして見せます!」
 父は少し僅かに笑って、夜の闇に消えていった。こうしちゃいられない。

 ✠

 松明の火が大分近くなってきた。喧噪の言葉が聞き取れる。
「ほら、お飲み。三日ぶりだ、美味しいぞ。」
「お願い、少しで良いから、飲んで頂戴、ああ、かみさま…………。」
「坊や、お飲み。全部お前のものだ。だれも横取りしないよ、全部飲んでいいんだよ。」
 優しく語りかけても、息子の乳首を咥える唇に力は無い。呼吸はしているが、乳は吸い出せないだろう。母親は今にも号泣しそうだというのに、赤ん坊は何も言わず、ただ息をしているだけだ。震える彼女が、なんの仕切りもされていない窓を見ているだけのオレに縋って泣く。
「シーアさま、どうかお取り次ぎ下さい。私が私が、悪かったのです。夫よりも長男よりも末っ子よりも、私がこの子がどんなに餓えているか知っていたのに、私が部屋に引きこもったのですから、私が悪かったのです。私が私が、私だけが、悪かったのです。お願いします、一週間とは申しません、この子が私よりほんの少しでも長く生きてくれるのなら、私は死ぬまで何も口にしません。唇を水で湿らすこともしません。ですからどうかお取り次ぎ下さい、お取り次ぎください、シーアさま!」
「……ミレイヤ、大丈夫、お前は悪くないよ。お前の苦しみは、何よりもちちが知っている。安心しなさい、誰もお前を責めないし、誰もお前の家族を責めない。誰も責める必要はないんだよ。」
 号泣する母親の気配を、坊やは知る由もない。息子が必死に揺すって、乳首の位置を変えてみても、坊やはすんすんと鼻を鳴らすことすらしない。母親はしばらくオレの手に縋って泣いていたが、ふと何かを思い立つと、奥へ走って行った。
 吁々、取りに行ってしまうのか。お前自ら、いくのか。
「………さま、私の命を、この子に分け与えて下さい。そしてどうか、貴方様の子として、お育て下さい。あの娘の元には、やらないで下さい。この子が神さまに愛されて、この世に愛されて生きることだけを望みます。」
 暗がりの中で、何かがきらりと光る。え、と、息子が応える前に、物凄い勢いで何かが顔に掛かった。それに驚いたのか、息子の腕の中の坊やが突然、ぴえっぴえっと泣き出す。母親が、天へ自分の命を直訴しに行ったことに、気付いたのだろうか。
「……ミレイヤ? おい、おいミレイヤ⁉ どうした、何を―――。」
「ローマン、その子を抱いていなさい。だ。ミレイヤの傍にいて、ミサをたててあげなさい。それが終わったら、その子だけ連れて、外に来るんだ。いいね? ―――オレは、ちょっとお説教の時間だ。」
 自分はどんな顔をしているのか、あの子は分かるだろうか。
「乳の魔女ロマーナ、出て行け!」
「出て行け!」
「魔術師シーア、出て行け!」
「出て行け!」
 あの子と、オレが起こした仲間達が叫んでいる。息子が後ろで涙を堪えながらミサを立てているのに、彼等は血の臭いではなく、ちちの臭いにばかり気が行っているようだ。
「―――うるさいね、魔女ならたった今廃業したよ。今夜限りで消えるから、少しは別の気配も感じ取れ、この愚鈍ども。仮にも神の国について、証してるんだろう? なら、神がときくらい気付け。」
 ああ、お前は、本当に、気付かなかったのだね。
 父は悲しいよ。お前が気付かなかったことがじゃない。が対立したことだ、ちちのありかを巡って。
「おとうさま……。おとうさまが、なぜ、魔女の家に……。」
「何故? 何故だって? お前はそもそも気付かなかったのか。シーアという名前が、教会エクレシアから来ているのに。そもそもお前のきょうかいは、父なる神の伴侶、信者たちの母であるのに。」
「ば、ばかな! だって、男が女の格好をすることも、女が男の格好をすることも、聖書は禁じているのに!」
「その通り、。それについては言い訳しないよ。聖書は、女や母親に、男や父親への隷属を求めている。事実、オレの息子たちもそう解釈してきた。……そうだったな? ローマン・。お前が百年戦争で殺し、数百年後に列聖した聖女は、そういう名目だったな? なら、今こそお前の答えを見せてやれ。お前は村の母親達に、ミレイヤに、その息子に、何を授けた?」
 背後の気配を探った上で、オレはそう問いかけた。
 さあ、出てきなさい。イエスを育てた者を模したその姿を。第二六六代ローマ教皇によって示された、次代へ進むお前の姿を。今、父の楽園へ帰ろうと言うお前の妹に。お前の罪科により生まれた妹に、贖罪を見せておやり。
を。神は、どんな我が子でも、幸福に生き、幸福になることに、責任を感じておられる。―――そのように、父の声を、聞いたので。」
 血に塗れた上半身を隠しもせず、片方だけ幼子に乳房を与えながら、悍ましいほどに美しい女人に変化した姿を、民衆の松明が照らす。
「ミレイヤに必要だったのは、天のちちではない。彼女は自分の救いなんて知ったことじゃない。我が子が育ちさえすれば、それで良かったんだ。―――その為に、ミレイヤの信仰が、俺に、息子の形を取った俺に、教会エクレシアが本来取るべきだった姿を―――乳を与える姿を呼び起こさせた。俺はそれを受け入れた。―――まさか、中世に伯父を侮辱するための芸術品を、二十一世紀になって思い出すなんてな!」
 腕の中で、血塗れの赤ん坊が泣いている。血色は良く、その泣き声は力強い。だが、この子を支える腕は、僅かに震えている。オレが赤子を受け取ると、ローマンは僅かに肩にかかっていた上着をビリリと破き、ジャネット―――否、民衆に詰め寄った。ほんの僅か、七年の長きに渡り、赤ん坊達が吸っただけ、皮膚が伸びてこそいるが、その胸には決して蜜壺など入ってはいない。
「……まんぞくだろ? うれしいだろ? 自分の信仰を貫き通せて、を与えて、ああ、そうさ、あの子達は間違いなく神の国にいる。―――俺達の信仰の犠牲になったんだからな。」
「く、来るな……来るな、おとうさまを誑かす悪魔サタンのかしらめ‼」
 ジャネットが吠えた。だがローマンは止まらず、全身を尚も滴り落ちるミレイヤのいのちと共に涙を流して吠えた。
「そんなに嬉しいかァーーーッ‼ 乳も出ないほどに弱った妻を、母を、捨ててまでもぎ取ったその天国が、そんなに嬉しいか‼ ああ、そうだろうな、俺も分かるよ、男でもあるから、汚くてうるさい赤ん坊なんて仕事の邪魔だ。でもその世話をするのがお前の妻の仕事なんだろうが‼ 乳なんてな! 出なくたって子供は抱けるんだ! 女の乳みたいな柔らかさなんかなくっても、家族の温もりだけで子供は喜んで安心して何でも口に入れるくらい元気になるんだよ‼
お前達が父に現を抜かして冊子を捲ったその指の腹、どうして乳飲み子に吸わせてやらなかった‼ ちち親でなくても出来ることなのに‼ どうしてお前達の胸を終末みらいなんかで満たした‼ どうして終わっていくみらいから目をそらした‼ ジャネットに茶を出すその器で、どうして生水の一杯も煮出してやらなかった⁉ どうして乳房が無いからって、乳をやる義務を放棄した⁉ どうして‼ お前達がちちおやなのに‼」
「来るなーッ‼ 火を投げろ、投げろーっ!」
 民衆達が松明を投げる。ジャネットが投擲した一本目の松明は腕で弾かれたが、二本目以降はローマンの身体をすり抜けた。
「褒めてやるよ。お前の勝ちだ、ジャネット・ウィリアムズ。ミレイアが死んで、最早ここにローマン・カトリック信者なかまはいない。この村にはジャネット、お前の信者なかまだけだ! あばよ、お前達の猛進もうしんする文明に神の加護が在らんことを‼」
 月が雲に隠れるように、息子は姿を消した。まるで幽霊でも見たかのように、怯えきった娘に、オレは一度だけ問いかけた。
「ジャネット。」
「お、おとう……さま……?」
「ミレイヤが遺したこの子は、ローマンには育てられない。ここにはあの子の信仰みらいはない。お前達が育てるのなら返そう。お前達の思うとおりに育てるといい。どうする?」
「―――何を、仰っています、おとうさま。を育てる事など出来ません。」
「そうか。分かった。なら、そうするといい。お前は死体は要らないのだったね、ジャネット。お前は火葬場に骨すら置いてきてしまうのだから。」
「……死体を祭ることは、偶像崇拝です。死後の世界も死者の慰めも必要ありません。わたしは、天の父が書いた聖書に従っています。それはつまり、おとうさま、貴方の事です。」
「良いだろう。二人の亡骸はオレが引き取る。明日の朝には、この家諸共、オレが持っていくから、安心して帰りなさい。」
 オレの後ろで炎が燃える。彼等はその炎が何に見えただろうか、己が投げた松明が起こした火事を。そしてそれに巻き込まれた母子が、骨を残すことも出来ない程に燃え上がり、燃え続けたのに、誰も消火しなかった。
 ただそれだけのことが、彼等にはどれほど恐ろしい記憶として語り継がれるのだろうか。語り継げば、きっとジャネットがこの村に巣くう悪霊を追い出した武勇伝になる。だからきっと、この母子のことは忘れ去られない。
 精々いきると良い、ジャネット。
 我が子を見殺しにしたという罪悪感を、お前が背負い、何世代も苛まれる事に打ち勝つのなら―――。
 いつか乳の川で遊ぶ我が子の御霊を夢見る男とて、現れるだろう。

 吉川君のおっぱいが気になる。              猫目 青

 吉川君のおっぱいが気になる。そう、男子である吉川君には、おっぱいがあるのだ。自分の胸を鏡の前で揉みながら、私は吉川君のおっぱいについて考えを巡らせる。
 男にもおっぱいがあること知ったのはつい最近だ。ネットで『雄っぱい』なる言葉に遭遇し、それを調べていくうちに男の人でもおっぱいが膨れることがあることを知った。
 それは女性化乳房というらしい。胸部の脂肪が多い偽性女性化乳房と乳腺が肥大化した真性女性化乳房の二つの種類がある。偽性女性化乳房は肥満によって、乳房が大きくなる現象。いわゆる、肥満によっておっぱいが大きくなることだ。
 それに対して、真性女性化乳房はホルモンバランスの乱れにより、女性のように男性のおっぽいが膨らんでしまうことを言うのだそう。
 それも、ホルモンバランスの崩れやすい思春期の男子に多く見られるというのだ。
 そう思春期の男子に多く見られる現象……。その現象に見舞われている男子が、クラスにいたなんて誰が想像するだろうか。
 それも、クラスでも小さくて目立たない吉川君が、そんなおっぱいを持っているだなんて、誰が想像できるだろうか。
 小動物みたいな吉川君。私が名前を呼ぶと、はいっと女の子みたいな声で返事をしてくれる吉川くん。
 そんな吉川君が、私のようにささやかな胸を持っている。男の子である吉川君が。
「きゃああああ‼」
 その事実に声をあげながら、私は自分のちっぱいを揉んでいた。そう私は見たのだ。吉川君のおっぱいをこの目で!
 その日から、私の脳裏には吉川君が住み着いている。小さな胸にさらしを巻く、恥じらう彼の姿が。
「はぁはぁ! 吉川君! 吉川君‼」
 自分のおっぱいを揉みながら、私は吉川君のおっぱいを妄想する。柔らかくて小さな彼のおっぱいを。
「その……呼んだ?」
 愛らしい声が聞こえて、私はびくりとおっぱいを揉んでいた手を止める。誰であろう、吉川君本人が部屋のドアから私のことを見つめていた。
 さらさらの茶色い髪に、大きな眼。顔は女の子みたいに愛らしくて、小さな背は私よりも低い。
 密かにクラスのヒロインとして崇められている吉川君が、私の目の前にいる。あの、可愛い吉川君が、悩ましげな目で私を見つめている。
 ああ、なんて可愛いの吉川君! そんな! そんなに熱心に、私を見つめないで‼
「あの……」
 か細い彼の声が、私の耳朶を叩く。潤んだ眼をそっと伏せ、彼は言葉を継いだ。
「その……おっぱい……丸見えだよ……」
「あ……きゃああああああ‼」
 吉川君の言葉に、私は我に返っていた。そして、叫ぶ。よりにもよって、憧れの男子の前で裸を晒すなんて、痴女そのものじゃないか。
「その……。僕のより、大きいんだね……」
 私から顔を逸らし、吉川君はぶかぶかなワイシャツの袖で口元を覆う。その仕草に、私はどきんと胸を高鳴らせていた。
 やっぱり、吉川君て可愛い……。可愛いから、私は彼を家に呼ぶなんて大胆なことをしたのだ。
 私のブラジャー。よかったらあげるよって。
「その、これは……あくまで親密さを得るものであって……」
「女の子のブラジャーだけでもドキドキするのに……そんな……」
 彼はドアを後ろ手に閉めながら部屋へと入ってくる。私は、そんな吉川君と向かい合っていた。ふるりと、その弾みで私のささやかな胸がゆれる。その胸を両手で持ち上げて、私は彼に問いかけていた。
「さわって……みる……?」
 私の手の中で白い胸がゆれる。ごくりと吉川君は唾を飲み込み、そっと私の胸へと手を伸ばしていた。吉川君の指が、私の小さな乳房に呑まれていく。初めて他人に自分の胸をさわられて、私はびくりと体を震わせていた。
「胸水さん……」
 吉川君が私を呼んでくれる。熱っぽい声で。
「あん……」
 つんと彼に胸の先端に芽吹いた花を摘ままれて、私は甘い声をはっしていた。吉川君はびっくりした様子で、私の胸から手を離す。
「ご……ごめんなさい」
「なんで、謝るの……」
 さわられて、気持ちよかったなんていったら、彼はどんな表情をするだろうか。そんな吉川君の表情を想像するだけで、胸の高鳴りが激しくなっていく。
「次は、吉川君の番だよ……」
 熱っぽい言葉が、私の唇から飛び出していた。吉川君は顔を真っ赤にしながら、そっと自分のワイシャツへと手を伸ばしていく。彼の震える指がワイシャツのボタンを一つ一つ外していき、彼をありのままの姿へと変えていく。
 ワイシャツのボタンをとった吉川君は、するりとそれを床に落としていた。細い彼の上半身が露になる。その胸にはさらしが巻かれていた。
「三か月前ぐらいから……急に大きくなってきて……」
 震える手で、吉川君がゆっくりとさらしをほどいていく。ほどかれたさらしの向こう側に、うっすらと膨らんだ胸が見える。桜色の蕾を先端にそなえたそれは、ゼリーのようにぷるんと震えるのだ。
 その様子を見て、私は思わず息を呑んでいた。
 男の子におっぱいがついている。そのありえない光景のなんと倒錯的なことだろう。食い入るように見つめる私の視線が気になるのか、吉川君は両腕で自身の胸を覆う。
「その、親に相談しても、恥ずかしいから隠しとけって言われるだけだし……。包帯巻いて隠してるけど胸が痛くなるし、その包帯に乳首が擦れて……」
「あ……乳首がこすれ……」
「あの……胸水さん?」
 思わぬシュチュエーションに鼻息が荒くなってしまう。吉川君は、こんな可憐な胸を隠し、日々を過ごしていたのだ。それも、痛い思いをしながら。
 なんて、なんて健気なの‼ 思わず涙腺が潤むのを感じながら、私は彼を抱きしめていた。うわっと彼は驚いた様子で声をはっするが、私は気にしない。腕の中の彼が、何よりも愛おしい。
「胸水さん……」
 固い彼の声と、伝わってくる早鐘のような心音にこちらまでドキドキしてくる。私は彼を抱き寄せ、密着いている彼の胸の柔らかさを堪能していた。私と彼の胸はぶつかり合い、先端の蕾をこすり合わせながら上下に動く。
 乳首が痛い。でも、その乳首から気持ちのいい快楽がせりあがってきて、私の脳裏に語りかけるのだ。もっともっと、彼を堪能したいと。彼の胸を弄びたいと。
「吉川君……」
 甘い息を吐いて、私は吉川君の体から離れていた。そっと自由になった腕を、彼の胸へと伸ばす。
「ひゃん……」
 柔らかい胸の感触に、私は思わず声をもらしていた。甘い吉川君の吐息が頬にかかって、顔が熱くなるのが分かる。
「吉川君……可愛い……」
「胸水さん……あ……だめ……」
 私の手の中に納まるほど小さな胸を揉めば、吉川君の唇から甘い声が漏れる。なんだかそれが楽しくて、私は吉川君の胸を夢中になって揉んでいた。
 両手で私は吉川君の胸を揉み続ける。
「痛いっ!」
 彼を床に押し倒し、私は彼の胸の突起を両手で摘まんでいた。
「や……やめて……」
 吉川君の声がする。いけないと分かっていてもやめられない。だって、だれも知らない吉川君の秘密を、私だけが手にしているのだ。
 女の子みたいな吉川君。可愛い吉川君。
 なかなかクラスになじめない私に声をかけてくれた人。いつも、独りぼっちの私を気にかけてくれた人。
 ずっと、彼と二人っきりになりたかった。そんな彼が目の前にいるのだ。『男の子のおっぱい』という秘密をぶらさげて。
「痛いよっ!」
 吉川君の両手が、私の体を突っぱねる。勢いあまって、私の体は床に倒れていた。
「痛い!」
 頭に激痛が走って、私は叫んでしまう。吉川君は眼を見開いて、急いで私の顔を覗き込んできた。
「ごめん! その驚いて……あ……」
「ぐえっ!」
 そんな吉川君の手を私は引いていた。吉川君の体が自分の体にのしかかってきて、奇妙な声をあげてしまう。それでも彼の柔らかい胸が私の胸を押しつぶしてきて、思わず甘い声をはっしてしまう。
「あん……」
「胸水さん……」
 甘い吉川君の声が聞こえる。その声がもっと聴きたくて、私は吉川君の乳首をそっと両手でつねっていた。
「あんっ!」
「あぁ……かわいい……吉田君……」
「だ……だめえ……胸水さん……」
 頬を赤らめて、いやいやと首を振る吉川君が可愛らしい。
「ああ、吉川君……」
「胸水さん……」
「ブラ……つけてみよっか……」
 熱い吐息を吐けば、吉川君の体がぶるりと震える。そんな彼を見て、私は言いようのない快感を覚えていた。

「ふわっ!」
 クラスメイトたちの弾けるような笑い声を聞いて、私は顔をあげていた。眠たい数学の授業は終わり、私の机の上には涎で濡れた教科書が開かれている。先ほどまでの夢の内容を思い出して、私は顔が熱くなるのを感じていた。
 吉川君とのあのひとときを、私は忘れることができない。何かあるとすぐに吉川君が夢に出てきて、私の前で魅力的なおっぱいをゆらしながら喘ぎ声を漏らすのだ。そんな吉川君の夢を見るたびに、股間が熱くなって切ない気分になるのはなぜだろう。
 吉川君のことは本当に一目見たときから可愛いと思っていた。押し倒したいとも思っていた。でも、思っていただけで実行に移す気なんて本当になかったんだ。
 おっぱいが悪い。吉川君のおっぱいがすべて悪いとしか言いようがない。
 あの、魅力的なおっぱいが、私を狂わせた。
「胸水さん」
「ひゃうううう‼」
 吉川君の声が聞こえて、私は悲鳴をあげてしまう。びくりと吉川君は私を見つめながら、固まってしまっていた。そんな吉川君に私は声をかける。
「あ、ご、ごめんなさい」
「僕こそ……その……」
 吉川君が恥ずかしそうに内股になりながら、私から視線を逸らす。彼はそっと私を見つめ、私の手を握ってきた。
「吉川君?」
「来て……胸水さん……」
 彼に手を引かれ、私は教室を出ていく。クラスメイトたちがニヤニヤと私たちを見つめてくるが、きっと睨み返してやった。
 廊下を歩いて私たちがやって来たのは、使われていない空き教室だ。吉川君は教室の扉を開けて、中へと入っていく。カーテンの引かれた暗い室内に、私と吉川君は入っていく。
「閉めて……」
 吉川君の言葉に、私は慌てて扉を閉めていた。扉が閉まると同時に、彼はそっと纏っていたワイシャツを脱ぎだす。ぱさりと床に落ちたそれを見つめ、私は吉川君の胸へと視線を移していた。
 吉川君の膨らんだ胸は、私があげたスポーツブラで覆われている。彼は、そのスポーツブラを私の目の前でとっていた。
 白い彼の胸がゆれ、私はその光景に釘付けになる。吉川君は両手にスポーツブラを持ち、私に差し出してきた。
「その、せっかくもらったんだけど……きつくなってきちゃって。新しいのくれるかな?」
 頬を赤く染め、吉川君は熱っぽい視線を私に向けてきた。ふるりと大きくなった彼の胸がゆれる。ごくりと私は唾を飲み込み、そっと彼の手からスポーツブラを受け取っていた。
「次は、うさちゃん柄でもいい?」
 甘い吐息を、吉川君の耳元に吹きかける。吉川君は体を震わせて、首を縦に振った。
「胸水さんのブラジャーなら、なんでもいいよ……」
「吉川君……」
 熱っぽい彼の言葉に心がときめきそうになる。私は柔らかな彼の乳房をさわっていた。私の手のひらの中で、吉川君のおっぱいは自由自在に形を変えていくのだ。ああ、柔らかい。吉川君のおっぱいって、とっても柔らかい。
「胸水さん……」
 求めるように吉川君は私に眼を向けていた。そんな彼にそっと微笑んで、私は纏っていた上着を脱ぐ。白い水色のスポーツブラをとると、自分のささやかな胸がゆれているのを感じられた。
「いいよ、触って……」
 そっと両手で胸を持ち上げ、吉川君に微笑む。吉川君はごくりと唾を飲み込んで、自分のおっぱいを私のそれに押し付けてきた。
「あん……」
 乳首同士が擦れ合い、言いようのない甘い快感が私を支配する。
「胸水さん……」
「だめ……続きは、ね……」
 なおも胸を押し付けてこようとする吉川君を、私は窘めていた。残念そうな顔をして、吉川君は私の胸から自分の胸を離す。
 そんな彼の耳に私は甘い吐息を吹きかけていた。
「この続きは、私の家で……。吉川君がう柄のうさぎ柄のブラするとこ、見てみたいな……」
 私の囁きに、吉川君は顔を真っ赤にして頷いてくれた。
 

 勇気をくれた魔法のドレス               こむらさき

 一

「わた…わたしのおっぱいは……別に……恥ずかしいものじゃないです……」

 絞り出すように言った言葉。
 怖くて足が震える。
 喉が熱くて乾いて張り付いてしまいそう。
 顔は耳まで熱くてまるでインフルエンザにでもなったみたい。
 
 キーンと耳鳴りがしそうなくらいの静寂の中、閉じた目を開いた。
 わたしは……わたしは……。

※※※

「いい加減そのだらしない体をどうにかしたらどうなの? 恥ずかしいったらありゃしないわよ」

 純白のウエディングドレスに身を包んだ姉からの叱咤の声。
 小さな声で謝るわたしを見て、年の離れた姉と母は冷たい視線を寄越す。
 せっかく用意してくれたドレスが合わなかったのだ。
 開かれた胸元に乗ってしまったドレスの布地は可哀想なくらいに張り詰めている。

「こんなことなら李衣りえは披露宴に出ないほうがいいんじゃない?」

「でも、たけるさんのお兄様も披露宴に出てくださるのに、うちだけ妹を除け者にするわけにもねぇ……」

 わたしだって出たくない。こんな恥ずかしい体を晒したり、姉と母に恥をかかせてしまうのは嫌だから。
 でも、ここで「はい」なんて言ったら怒られるのはわかってる。二人共、わたしが嫌いなんじゃない。努力をしないわたしのことが嫌いなだけだ。
 だから、わたしはがんばって彼女たちの方を見て望まれている答えを口にする。

「ごめんなさい。海菜みなさんの晴れ舞台に泥を塗るような真似なんて出来ません。両家の顔合わせまでに痩せるように努力します……」

 わたしは、胸元を押さえながら試着室へ戻って涙を指で拭った。

 わたしと母姉の血はつながっていない。
 姉の。海菜みなは母を亡くした父が再婚した母である海奈かいなさんの連れ子である。
 彼女は、いや、彼女たちはわたしと違ってとても美しかった。二人共スラリとした手足、大きすぎない乳房、それに小さな顔と大きな目と真っ直ぐな黒い髪の毛が印象的な誰が見ても美人と言える女性だ。
 それにくらべてわたしは、背も低くて手足は短いし、体もぶくぶくに太っていて醜い。髪の毛だって赤みを帯びた茶色でくるくると癖がついていて梅雨のときには爆発してしまう。

 だから……父さんが死んでしまって五年……赤の他人であるわたしを家に置いてくれる二人にはとても感謝してる。こんな出来損ないにも母も姉も良くしてくれた。
 姉さんが結婚をするのを機にわたしも自立しなければならない。母と姉、そして姉の夫が住む家に欠陥品で醜いわたしは必要じゃない。

 試着室から出たとき、姉と母はもういなかった。気の毒そうな顔をした係員さんがコートを手渡してくれる。
 式場になるホテルから出ると、しとしとと雨が降ってきた。嫌だな……また髪の毛がくるくるになっちゃう。
 早足で駅まで向かおうとしたけれど雨はどんどん強くなってあっという間にどしゃぶりになってしまう。
 無駄遣いはよくないけど……傘を買おうかな。
 そう思ってコンビニを見ようとして足が滑った。慣れないヒールを履いていたから……。
 数少ない外出用の服が汚れちゃう……わたしって駄目だなーって後悔しながらお尻にくる衝撃に備えて目を閉じた。けど、転ぶ代わりにわたしの背中が誰かに支えられた。

「大丈夫?」

 急に傘を差し出されて驚いて固まっているわたしに、彼は微笑んだ。セピア色のおしゃれな傘の黒い持ち手には白い彫刻がしてある。メーカー名かな? よく見えない。
 慌てて顔を上げると、私に微笑んだままの彼と目があった。
 前髪を真ん中でわけているせいか顔がよく見える。真っ白で毛穴の一つも見えないお肌と、右目の下に二つ並んだ小さな泣きぼくろが特徴的な整った顔に思わず目が奪われる。
 
「ありがとうございます……で、でもだいじょぶです……その、濡れちゃいますよ?」

「君だってずぶ濡れだけど?」

 おしゃれには疎いけど、どうみても高そうな服を着ている彼は、服が雨でびしょびしょになっているにも拘わらずわたしに傘を差し出したまま目尻を下げて笑う。
 姉や母も綺麗だけどどことなく冷たい。キレイな人でもこんな温かく笑う人がいるんだなぁと思っていると、その男の人はおもむろにわたしの肩に手を回して隣に並んだ。
 慌てている間に彼はわたしの肩に手を回したまま相合い傘で歩き始める。でも、傘は小さくて太っているわたしのせいなのか、傘からはみ出した彼の肩には激しくなった雨が容赦なく降り注いでいる。

「こっちの方向に歩いていたから、駅に行くんだと思ったんだけど大丈夫だった?」

「あの……その……ごめんなさい」

「変わってるね。こういうときはありがとうございますでいいのに」

 口の両端を持ち上げて微笑む彼の顔をまっすぐに見れない。こんなにいい人に自分のブスな顔を見られたくないし……わたしみたいなブスがかっこいい人の隣を歩いてるのがつらい。
 
「その……わたし、太ってるから……そのせいで貴方が傘からはみ出して……肩濡れちゃってるので……」

「ああ……肩? 気が付かなかったよ。よく人のことを見ているんだね」

 肩を確認して驚いた顔をした彼は、すぐわたしの顔を見るものだから、また視線をそらしてしまう。
 せっかく傘に入れてくれたのに、失礼なことしか出来ない自分に辟易をしながら足元を見る。

「自分のことももっとよく見てあげなよ。じゃあ、俺はこれで」

 気がついたら改札の前まで送ってもらっていた。
 わたしが改札を通ったのを見送って笑った彼は、改札越しにいる私に畳んだ自分の傘を手渡すと回れ右をして来た道を戻っていった。
 駅に来るついでに送ってくれたわけじゃないことにしばらくしてから気がついて、あっけにとられて彼の背中を見つめる。
 そして、しばらくしてから傘のお礼を言うのを忘れていたことに気がついて胸がソワソワとする。でもどうしようも……ないか。

 それにしても……自分のことをもっとよく見てあげなよっていうのはどういうことだろう……。今日の服……変だったかな。
 モヤモヤした気持ちを抱えたまま家に戻る。玄関を空けても誰もいない。二人は夕飯でも食べてくるのだろうか。
 階段の下にある狭い自室に入って髪をタオルで拭いながら、今日あったやたらキレイな顔をした男の人のことを考える。
 ただ駅まで歩いただけだし、わたしはほとんど地面しか見ていなかったけど……楽しかった。素敵な人だったな。
 もう会えることはないだろうけど、こんなわたしに優しくしてくれた人のことを考えるだけならいいよね。また会いたいなんて贅沢なことは言わないから。

「ねえ? どういうこと?」

 いつのまにか寝ていたみたいで姉の大きな声で起こされる。
 ドアを勝手に開けていた姉が手にしていたのは、男の人から貰った傘だった。
 わけがわからないまま首を傾げていると、姉は目を吊り上げて怒りを露わにしたまま傘をこちらに投げつけてきた。
 傘はわたしの肩に当たって床に落ちる。

「黙ってないでなんとかいいなさいよ。なんであんたがこの傘を持ってるわけ?」

「え、あ……ごめんなさい」

 意図が掴めなくて咄嗟に謝罪の言葉が口から出てくる。困っていたら知らない人が急に傘をくれただけなのになんで姉がここまで怒っているのか理解できない。

「ごめんなさいじゃねーよ! 理由を言えって言ってんだよ」

「あら、海菜みなちゃん、どうしたのそんな怒って……」

「この子が! たけるさんの傘持ってたの! この恥ずかしい胸で人の婚約者を誘惑したんでしょ? 最低!」

「……そんなわけないじゃない。雨宮あめみやさんはブス専じゃないんでしょ? 胸さえ大きければ顔なんてどうでもいいって人も確かにいるけれど……そういう人は海菜みなちゃんみたいな子と結婚しようなんて言わないじゃない」

「でも! じゃあなんで!」

「あの……わたし、たけるさんに会ったこともなくて……その……昨日の帰りに雨が降ってきて困って雨宿りをしていたら知らない人が傘をくれたんです……」

たけるさんに確認する! 紛らわしいことしないでよ! ブスのくせに」

李衣りえさんも、紛らわしいことには気をつけてよね。海菜みなは今デリケートな時期で、はずかしいそのだらしない体で平気な貴女とはちがうんだから」

「ごめんなさい」

「傘、返して」

 わたしが両手でもっていた傘は再び姉によってひったくられるようにとられてしまう。

「あの、お礼を……いいたいんですけど」

「私から言っておくから余計なことしないで」

 勇気を出して言った一言も当たり前のように拒否されて、ドタドタと大きな足音を響かせて姉はリビングへ戻っていった。
 母は何も言わないでくるりと背中を向けると部屋の扉を閉める。
 どうしてこうなったんだろう。もしかして……なんて淡い希望を少しでも持ったから駄目だったのかな。
 流石に、婚約者が居るのに他の女の人を口説くような酷い人には見えなかったし……きっとあまりにも惨めな人がいたから声をかけて助けただけなんだろうな。
 自分にそう言い聞かせながら芽生えかけた恋心を胸の中に押し込んでなかったことにする。
 わたしが……もっと姉みたいに綺麗だったら……彼みたいなひとに好かれて……幸せになれたのかな。
 ダイエットをがんばろう。せめて姉に近づいたキレイな姿をあの人に見てもらいたい。
 体を折りたたまないと窮屈なベッドも今日はなんだかそれが心地よい。悲しいことや胸の痛みを自分で抱きしめるみたいに丸まったわたしは、そのまま眠りについた。

 二

 ふらふらする。
 披露宴までの数週間……とりあえず痩せるにはこうするしかないと決めたけれど、やっぱり朝くらいはちゃんと食べればよかった。
 満員電車に揺られてげんなりしたわたしは、駅構内のベンチに座って休憩をしようとした。
 今日は休みだけど……披露宴で着るドレスをいい加減選ばないといけない。気が重すぎるのもあって会社を休むことにしたのは正解だったかも……。

「元気ないね、どうしたの?」

「は……わ……」

 隣に人が座ったなと思っていたら急に話しかけられて顔をあげる。
 目に入ったのは長いまつげに縁取られた大きな目と、その下に二つ連なる小さな涙ボクロ。

「た……じゃなくて、雨宮さん……」

 下の名前で呼ぶところだった。流石に会って二回目なのに下の名前で呼ぶのは図々しいよね。
 たけるさんは、一瞬不思議そうな顔をして、それからこの前みたいに穏やかに笑って私の方を見ている。

「俺、今から出勤なんだけどさ」

 いきなり手を取られて固まってしまう。フランクな人なのかな。
 婚約者の妹だから、誤解されないと思ってるのかな。
 ドキドキしているのを気取られないように平静を保とうと深呼吸するけど、彼から漂ってきた仄かな花のようないい香りを吸い込んでしまって余計にどきどきしてしまう。

「この前迷惑かけちゃったみたいだから、お詫びさせてよ」

 わたしの気持ちを知ってか知らずか、たけるさんはにこにこしたままわたしの手を引いて歩いていく。

「め、迷惑? え?」

 断れないまま、わたしは彼の後についていってしまう。駄目だって思ってるのに……婚約者の妹だから良くしてくれるだけってわかってるのにわたしの心は勝手に高鳴ってしまって、それと同時に「姉の婚約者に色目を使うなんてはしたない」と姉と母が言っている気がして自己嫌悪に陥る。

 たけるさんに連れてこられたのは、この前試着をしに来たお店だった。
 濃いブラウンを基調とした落ち着いた店内は自分なんかはふさわしくない気がしてそわそわしてしまう。

「ドレス、選びに来たんでしょ? 俺が君のドレスを選ぶよ」

 彼はそういうと、慌てるわたしを試着室に連れて行って背中を押した。
 わけもわからず、試着室の中で固まっているとカーテン越しに女性店員さんから声がかけられて、隙間から何着かドレスを手渡された。

 青みがかった明るいグレーのドレスを手にとって着てみる。
 レースがあるとはいえデコルトがほぼ丸出しになってる……それに……腰元にあるリボンのおかげでウエストがくびれて体のラインがすごく出てる……。
 恥ずかしくなっていると、外側からのんきな声で「着たら出てきてごらんよ」と言われてしまって、とりあえずこれを着てでないといけなくなってしまった。
 こんなにお尻のラインも胸のラインも出て、また「みっともない」なんてたけるさんにまで言われたらどうしよう……不安になりながら試着室のカーテンを開いて半歩だけ踏み出してみる。
 怖くて踏みとどまっていると、手がグイと引かれてたけるさんに抱きとめられた。
 思わずキュッと目を閉じて体を強張らせる。でも、わたしの耳に聞こえてきたのは罵倒や非難の声ではなかった。

「ああ、やっぱり。スタイルがいいからこういう体のラインが出る服のほうが似合うよ」

 スタイルが……いい?
 鏡の前に連れて行かれたわたしの後ろにたけるさんが立つ。驚いているわたしの肩にそっとネイビーのストールをかけたたけるさんは、満足そうな顔でうなずいた。

「わ、わたし……こんな……胸も目立つし……みっともないものを……お見せするのは……」

「みっともなくないよ。すごく綺麗だ」

 触れるか触れないかの絶妙な距離感で、彼がわたしの服の上から体のラインをなぞってみせる。
 それが恥ずかしくて顔を赤くしていると、鼻と鼻がくっつきそうな距離に彼の顔が現れた。

「前に太ってるって気にしてたじゃん? でも、それは大きめの服を着ているせいで、君はスタイルがすごいいいんだよ? 自信を持っていい」

 店員さんが持ってきた白いシュシュを手にした尊さんの手によって私の髪の毛はひとつにまとめられて高い位置で括られる。

「変に胸を隠そうとするよりもこうして、デコルテを出してウエストのくびれをしっかりと出せばメリハリの効いたキレイなラインで胸も目立ちすぎない。顔もせっかく可愛いんだからこうしてまとめて……と」

 瞼に触れられて何かを塗られる。そのまま、頬、鼻と触れられ、最後に顎を持ち上げられて唇に彼の指が触れる。

「ほら、鏡に写った自分を見てごらん?」

 やっと鏡を見て、目の前に写っている姿が自分だと信じられなくて動揺する。
 多分、そんなに厚化粧はしていないのに顔はどことなく明るくて、もじゃもじゃの髪の毛もまとめられているからかパーマをかけているみたいに見えるし、なにより自分が思っているよりも自分は太っていないんだな……って思った。

「この前迷惑かけちゃったみたいだからさ、俺から君へのお詫びってことで」

 跪いたたけるさんは、シルバーのパンプスをわたしの足元に差し出す。ドキドキしながら彼の差し出したパンプスに足を差し込んでいる自分を鏡で見て、シンデレラのワンシーンみたいで少しどきどきしてしまった。
 彼はわたしの王子様じゃなくて、姉の王子様なのに。でも、今のこの思い出を、わたしの胸の中だけに大切にしまっておくくらいはいいよね。

「あと、親族顔合わせに着る服もおまけしちゃおう!」

 そう言って彼は、わたしにお店のロゴが入った紙袋を押し付けるように渡してきた。

「え……あ」

「楽しみにしてるからさ、着てきてよ」

 なにも聞けないまま、彼はウインクをして店の外に出ていってしまった。店員さんは呆れたように笑いながら彼の後ろ姿を見送ると、にこにこしてわたしを試着室まで案内してくれる。

「雨宮さんったら、お客様が来たときからずっと勿体ないって気にしていらしたんですよ。強引なんですけど、悪気はないので……嫌だったならキチンと返品していただいて好きなものをお選びいただいても大丈夫ですよ」

「いえ……これにします」

 そういえば、姉はたけるさんのことアパレルの役員って言ってたっけ。すっかり忘れてた。偉い人なのに店舗に出たりするんだななんて今更思ったりして内心ビクビクしてる。
 こっそり値札を見てみたけど、変な汗が出るくらいの値段だった。
 ウキウキして踊り出したいような気持ちと、でも彼は姉の婚約者で、親族になるから親切にしてくれてるだけだから調子に乗るなって自分に言い聞かせて家に帰る。
 彼が「お詫び」だって買ってくれたドレスは家に帰る前に駅のコインロッカーに隠してきた。姉に見つかって怒られるのも嫌だったし、せっかく彼からプレゼントしてもらった気持ちを台無しにされたくなかったから。

 家に帰っても誰もいない。
 ほっとしながら階段下にある狭い部屋の扉を開いてベッドに横たわる。眼を閉じてわたしは、彼から言ってもらった言葉を何度も反芻しながら眠りにつく。かなわない恋だけど、せめて今だけは……想像の中ではわたしだけの王子様でいて欲しい。

 夢の中でわたしは、ガラスの靴をたけるさんに履かせてもらっていた。

 三

 顔合わせの日、わたしは仕事があるので後から合流すると言って家を出た。
 母と姉は不満そうだったけれど、見ないふりをして早足で家を出る。家からあのワンピースを着ていったら文句を言われるのはわかってる。
 でも、どうしても、彼から貰ったワンピースを着て行きたかったわたしは姉と母を裏切ったのだ。
 彼好みの服を着たって彼と姉が結婚する事実は変わらない。でも、ちょっとだけ。
 時間までは魔法できらびやかなドレスを着て舞踏会で踊るシンデレラみたいに、彼を姉が結婚するその時まで少しだけこの恋心を大切にしたい。

 会社でメールの確認と雑務をちょっとだけして足早に会社を出る。美容院へ行って着替えとメイクをしてもらう。
 彼からプレゼントしてもらったもう一着のドレスは、上品な光沢がキレイな淡いピンクのワンピースだった。
 デコルテは出ているけど胸元は出すぎていないし、袖は肩から先はレースになっていて二の腕も気にしないですむ。なにより、ウエストのベルトのような可愛らしいリボンとふんわりと広がるスカートのお陰でこの前選んでもらったドレスと同じく太って見えないのがすごくうれしい。
 あの日と同じように髪をあげてもらって薄いメイクをしてもらうだけで、少しだけ勇気がもらえた気がしてくる。
 
「なんなの? そのはしたない格好は」

 意気揚々と控室に入った……つもりだったわたしの心は姉の一声で粉々と母の冷ややかな視線で粉々に打ち砕かれそうになる。

「恥でもかかせたいってわけ? それとも尊さんに色気でもつかうの?」

 ツカツカと歩いてきた姉に胸をドンッと突き飛ばされる。
 姉は海菜みなという名前に合わせてなのか淡いブルーのワンピースを着て黒くてまっすぐな髪をハーフアップにまとめている。
 キレイなネイビーのAラインロング丈のワンピースを身に纏っている母が席を立ってこちらに近づいてきた。

李衣りえさん、まだ時間はあるから、その恥ずかしい胸元を隠せる服にしていらっしゃい」

「わた……わたしのおっぱいは……別に……恥ずかしいものじゃないです……」

 絞り出すように言った言葉。
 怖くて足が震える。
 喉が熱くて乾いて張り付いてしまいそう。
 顔は耳まで熱くてまるでインフルエンザにでもなったみたい。
 
 キーンと耳鳴りがしそうなくらいの静寂の中、閉じた目を開いた。
 わたしは……わたしは、彼が行ってくれた言葉を信じたいんだ。
 キッと目を吊り上げた姉がテーブルの上にあるコップを掴んだのが見える。
 水をかけられる……と咄嗟に目を閉じたけれど、水は飛んでこなかった。その代わり、目を開くとそこには穏やかな笑みを浮かべて姉の手首を掴んだたけるさんが立っていた。

「せっかくの日に怒るのは良くないなー海菜みなちゃん。様子を見に来たのがアイツじゃなくて俺でよかったね」

 たけるさんは呆然としている姉の手からグラスを取り上げ、中の水を一気に飲み干した。

「ああ、李衣りえちゃん、着てきてくれたんだね。よかったー。やっぱりすごく綺麗だよ」

ひろむさん……なんで……」

 姉は、たけるさんを見て力がぬけたようにへなへなと椅子に座り込んだ。母は、そんな姉を心配して背中を誘っている。
 というか、あれ? 宏さんって今言ったの?

「んー? ちょっとお詫びにプレゼントした服が見たくて覗き見してたら修羅場だったからついおせっかいを……ね?」

「え? たけるさんじゃ……」

「俺はひろむだよ。たけるの兄貴」

 さっきまでどことなくくすんでいた世界のフィルターが破れて、いきなり周りが色鮮やかになった錯覚をしてしまう。
 わたしの王子様は……姉の婚約者じゃなかった。
 あまりのうれしさに泣き出すわたしを見ても、ひろむさんは怒ったりしないでそっとやわらかなハンカチでわたしの目元を拭ってくれる。

「傘、勝手に弟のを持ってたみたいで、海菜ちゃんが怒って電話をしてきたから説明したつもりなんだけど……もしかして俺を尊だと思ってたの?」

「は、はい……」

「どおりでよそよそしかったわけだ」

 彼は困ったような顔で笑うと、わたしの頭を軽くなでてくれた。どうしよう。がんばって抑えていた好きって気持ちが止まらなくなる。

「柄になくまどろっこしい真似をしたからダメなんだな。わかった」

 わたしを抱きしめながらひろむさんは腕に力を込める。胸に顔が埋まって少し息苦しいけど、彼の匂いに包まれながら体温を感じてドキドキしてしまう。

李衣りえちゃんが好きだ。一目惚れした。だから、君にドレスをプレゼントして、自分の魅力に気がついて欲しかった」

 泣きじゃくるわたしの額に自分の額をコツンと当てて、優しい声でそう囁くひろむさんは、シンデレラを迎えに来た王子様よりもずっとずっとかっこよかった。

「兄さん、何してるんだよ」

 バタバタと足音が聞こえて、わたしと向き合っているひろむさんの肩越しにたけるさんらしき人が扉を開いて入ってきたのが見えた。
 慌てて髪の毛を直す姉と母を見て、咄嗟に頭を下げた尊さんの方へひろむさんはわたしの肩を抱いたまま振り返る。

「この子、俺の婚約者。そういうことでよろしく!」

「は?」


 四


 こうして、バタバタしている間に私達も婚約という形になり、姉と母はわたしの体型にも格好にも口を出すことはほとんどなくなった。
 嵐のように現れて、わたしの世界を変えてしまった大切な彼は今でも出会ったときのことを話すとき、すごく恥ずかしそうな顔をする。
 誓いの言葉を言い終わって向かい合っている今も、ひろむは少し照れくさそうに鼻の頭をポリポリと掻いてみせた。

李衣りえの胸だけが目当てなんじゃないからな? ただ、自信を持ってもらいたかっただけで……」

「知ってる。ひろむがドレスを選んで、わたしに魔法をかけてくれたから、わたしは勇気が出せたんだよ。でも……ちょっと幸せ太りしちゃったからダイエットもしたいけど……」

「自分で自分の体をこうしたいって思って自分を変えるのと、人から言われて萎縮するのは違うだろ? 自分で色々選べる後押しをしただけさ」

「ありがとう。ずっとずっと……ひろむのことを愛してる」

李衣りえが太っても痩せても……どうなってもずっと愛してるよ」

 唇と唇が触れ合って温かい拍手にわたしたちは包まれた。

 おっぱいが触りたかっただけなのになぜかコミケで告白までされたOLの話                                                                                          扶桑のイーグル

「おっぱいを触りたぁーい!」

 社会人1年目。仕事と社会という荒波に揉まれて230日だかそのくらいが経過した日に、伸びをした私の口から飛び出した言葉。
 我ながらとんでもないものを、同僚と同居している狭いアパートの中で言ったものだなと思う。

 視線を感じて振り返ると、同僚はPCを打つ手を止め、ものっすごい顔で私を見ていた。どういう顔かって言うと、般若はんにゃみたいな顔。なんだいつもと変わんないじゃん、とか言うと怒られるので止めておこう。

 でも、こいつにそんな顔されたくない。いつも百合の同人誌、それもエロいやつをコミケで出してる人間に「意味不明すぎて宇宙が見えてます」って目を向けられたくない。
 しかもそんなEカップだかFカップだかぐらいのおっぱいぶら下げて、いや机に乗せて、だって乗せてるんだよ⁉ 揉ませろよ! 風呂上がりだからかシャツが張り付いて乳袋になってんじゃん! もう揉むためのおっぱいだよそれは! 

「……い、いきなり何……怖いんだけど……」

 私の同僚は、シャツから見える谷間を手で隠した。谷間を隠しても、乳は隠れてないのが凄い。うらやましい。むしろ煽ってる。

「いやあ揉まれるのは飽きたというか、りだからさあ……揉みたくなった?」

「はあ? 何言ってんの? バカじゃないの?」

 ナチュラルな罵倒ばとうが心のみぞおちに入る入る。自分でも何言ってるか分からないし、バカみたいだなと思ってるから余計に。もう泣きそう。心のHPはゼロに等しい。
 これがいい感じの関係だったら受け入れてくれるんだろうか。生憎あいにく、私はそういう気が無いから何をどう間違ってもいい感じの関係にはならないが。

 私はコホン、と1つせき払いをして、弁明と懇願こんがんを織り交ぜた演説を彼女の目の前で行う。

「いやね? 社会人になってから200……30……」

「232日目ね」

「そう、232日が経ったわけですよ! ってめっちゃ正確じゃん。頭カレンダーか?」

 なんだかんだ言いながら助け舟出してくれる同僚、(友達として)大好きだよ。はーと。ウソごめん盛った。
 でも実際嫌いじゃないし上手くやってるとは思ってる。補い合える関係ってやつ? いつも補われてるけど。

 しかしそんな、友情という感傷に浸る私を無視し、同僚は「ふっ……」と鼻で笑う。今広がった鼻の穴に指突っ込んでやろうか。

「コミケがあるから色んな事の日数は頭に入れてるし逐一チェックしてんの。壁サーなら当たり前」

 らしい。壁サーがなんなのか分かんないけど、多分凄いんだろうって事は理解できる。

「へー……で、そう! その悪しき232日間、私は社会の悪しき風習と使えない上司とムカつく取引先っていう荒波に揉まれながらやってきたわけ! だからっ、いやしが欲しいっ……!」

「そっか……大変だったね……」

 おお……! 同僚はついに、私の熱弁に共感してくれたらしい。私に優しい目を向け、胸をガードしていた腕を解く。
 その隙間から見える谷間は、新雪だけが積み上げられた山に空くクレバスのようで……! 

「そんなに触りたいなら自分の触れば?」

「ん゛ー!」

 クレバスがどうこう思った自分を殴りたい。知ってた、知ってたよ。こいつが同情でおっぱい触らせてくれるようなやつじゃ無いことはさあ! それでも期待するじゃんかよ! そこまで分かっててこの女はぁ! 
 しかしここで引き下がれるほど私も弱くない! 断じて触らせてもらう! 

「あのねぇ……自分のじゃダメなんだよ……分かる? ちょっと面白いけどそこに癒しなんかないんだよ! 楽しく揉んでて、ふと我に返ったりしようものなら後に残るのは100パーセント濃縮還元、綾鷹あや●か並みの濃ゆい、オヤジ共の加齢臭くらい強烈な、虚無! それはやだ!」

「なるほど。それは一理ある」

 同僚は、腕を組んだまま深く頷いた。おお分かってくれるか友よ。
 しかしその次に来た質問が東大入試レベルの難問だった。

「なら別の誰かにお願いすれば? なんで私なの?」

「……へ?」

 あれ? そういえばなんでこいつの触る事になってるんだ? 
 そうだ、ただ単に私は誰かのおっぱいを揉みたいのであって、言ってしまえば自分以外なら誰でもいいのだ。

 誰でもいい、のだが。

「んんー? どうしたー?」

 目の前の同僚は、嫌らしくニタニタと笑っている。元が悪そうな顔なので、エサに引っかかった人間を理詰めで追い詰めたヤクザみたいな顔になってる。

 しまった、と思った。こいつは最初から、私がこいつのおっぱいを触る事を前提とするように、言葉と行動を選んでいたんだ。それにまんまと引っかかった私。
 ヤクザみたいな、じゃなくて、まんまヤクザだこの女。

 それが分かった瞬間に、フツフツと怒りのような意地が湧いてくる。今この瞬間すら、手のひらの上で踊っているのだとしても、これはやり遂げなきゃならない。
 なんでお前なのか! それは、ムカつくから! そして、他に触らせてくれる人がいないから! うん、良く考えれば、私におっぱいを触らせてくれる友人なんて居なかった。

 しかし、その2つを理由にすることはできない。前者はしらばっくれられて終わるし、後者は……認めるのがしゃくだから。

「ほらほらー。理由を言ってみんしゃい?」

 そう、これは戦いであり駆け引き……例えるなら、彼女に「どうして私を選んでくれたの?」っていう質問をされた彼氏と同じ状況! 
 絶対に不躾ぶしつけな答えを言ってはいけない、人生という不条理なゲームの中でも中ボスくらいに位置する、面倒臭い質問! 

 それでいて、答えに詰まってもいけない。私は頭をフル回転させる。
 時間の進みが鈍化する。きゅう覚が、聴覚が、味覚が排除され、思考にのみ脳のリソースが割り当てられる。
 極限状況の中、スーツがビシッと決まるくらいイケメンの顔をしているだろう私から、究極のアンサーが口を突いて同僚に浴びせかけられた! 

「おっぱいが大きいから」

「最低」

 ここぞと言うところで放つ魔法間違えた上に、即死技食らって棺桶かんおけに入れられる勇者の気分です。ありがとうございました。

 現実はもっと非情で、棺桶どころか顔を突っ込むための穴もない。目をキツく閉じて下唇を噛み、情けなさと恥ずかしさとで泣きたくなる感情をこらえる事しかできない。

「それでオッケー貰えるとでも? ナメてんの?」

「すいませんっ……思ってないです……ナメてないですっ……」

 私は半べそをかきながら謝ることしかできない。残念私の冒険はここで終わってしまった。

「はー……そんなに触りたいならおっパブ行ってこいよ……」

「お金ないですっ……」

「そーね」

 もう何かに目覚めてしまいそうなくらい冷えっ冷えな相槌あいづちが、私の頭を叩く。めっちゃ痛い。

「単にそこにあるおっぱいが私だったから、私を見たんでしょ? 本当に触りたいだけじゃん。あんたのやろうとしてる事はお遊びなのよ」

「まったくもって……おっしゃる通りですっ……」

 なぜお遊びをここまで否定されなきゃいかんのか分からないが、悪いのは自分なので大人しく謝る。それが大人というものだ。なりたくなかった。

 しかし我が同僚、これでも優しいところがある。顔が般若なのに、ファンが多いのは優しいからだ。あとおっぱい。比率は2対8だと思ってる。

「はー……はいテイクツー。次はちゃんと考えなさい」

 もうそれ触らせてくれるって言ってるようなもんじゃん。

 などとは口が裂けても言えないので、「あじゃじゃじゃっ! (※ありがとうございます)」と言って目を閉じ、思考に移る。普通にありがとうございますを言わせない限界運動部の刷り込み凄い。

 さて、いつの間にか「おっぱいが触りたいと叫んだだけ」から「同僚におっぱいを触らせてくださいと頼み込む」になり「何かを犠牲ぎせいにおっぱいを触らせていただく」と、貴族につき従えさせられる平民みたいな立場を強いられてるわけですが。
 ここで本当におっぱいを触らせてもらうには、私の強みを活かさねばならない。そこまで分かってる。ついでに言うと、解決策も分かってる。

 私の強みは3つ。
 まずは同僚と同居していること。風呂にキッチン、クローゼットまで共有範囲。今いる寝室兼同人作家の作業スペースもだ。
 次に、私はSNSをやっており、壁サー作家と仲がいいことを公言しているのでそっち方面のフォロワーが多いこと。
 最後に、同僚の趣味を一応理解しており、知識として知っていること。

 つまり、同僚が次のコミケに向けて何を書いているのか見ており、コミケでは何が欲しいかを理解しており、それらに嫌悪感は無いので、とある役ができるという事だ! 
 ただし私の大事な何かを捨てて! 

 お父さんお母さんごめんなさい。女の子がみだりに肌をさらしてはいけないという教えを、私はずっと守ってきました。
 ですが娘は現に、おっぱいを揉みたいなどと言い出す変態になってしまいました。
 子供の頃に抑制したものは、大人になると爆発するそうです。つまりお父さんとお母さんのせいだから私は悪くない。
 よし言いわけ終わり。

 次に、私は目を開き、同僚を真っ直ぐ見据えた。
 同僚も、私を真っ直ぐ見つめてくる。これは勝負。野球の、投手とバッターのような、真剣勝負。だけど、これは私の勝ちだ……! 

「次のコミケで売り子やるから」

「よし! お願いします!」

「いや全部は脱がなくていいよ」

 直球火の玉120キロストレート。さっきの辛辣しんらつな態度は夢だったかのように、一瞬で堕ちる同僚。シャツどころか、ブラまで脱ぎ出す彼女を慌てて止める。

 かくして私はあまりにも呆気ない勝ちと、しかしそれによってすぐ訪れるであろう最悪の休日を想像し、虚無を見据えた目で、同僚がタオル姿になるのを1人待つのだった。




「……」

「……」

 私と同僚はベッドの上で、無言で向かい合っている。監獄かんごくのような狭い部屋に、なんとか押し込んだ2つのベッド。その片方に正座して。
 双方共に家事なんかしないものだから、シーツはヨレヨレ。お世辞にもいい香りはしないし、柔らかいゴムみたいな感触になってる。
 枕元には充電器の線がビロビロ伸びていて、とても機能的だし合理的だけどカッコ悪い。ベッド横の床には漫画まで置いてあった。今片付けたけど。

 そんな部屋に、女子二人。片方は半裸でおっぱいをさらけ出している。
 デカい。いやいつも思ってたことなんだけど、こうしてまじまじ見るとよく分かる。
 組まれた腕で持ち上がってるのはあるけど、デカい。ひたすらにデカい。

 デカい。

 メロンかって突っ込みたくなるくらいデカい。私は蜜柑、あなたはメロン。誰がミカンだちくしょう。

 なのに、表面はツルっツルの艶っつやで、真珠みたいな輝きを放ってる。ぼんやりとした雲の下に、隠れた血管が見えそうなくらい透明感があって、でもしっかり皮膚はある。
 間近で見ると硬いのか柔らかいのかよく分からなくなってくるのに、ふと視界を広げると無限に柔らかそう。人をダメにするソファーより柔らかそう。

 フワリと漂ってくる香気も凄い。舌の奥にまとわりつく、甘くて濃厚な清流。シロップで味付けしたミルクを顔全面から飲み込んでるような、そんな香り。

 それだけで、私は後頭部を掴まれ優しく抱きしめられている錯覚さっかくおちいる。お母さんの胸に飛び込んで、思いっきり優しく撫でられてる。

 断じてまだ触ってなどいない。けど、冬に入るコタツ、疲れた時のお風呂、深夜に潜り込む布団、そんな暖かい優しさに包まれてる。
 断じて私にレズの気はない。けど、もうおかしくなりそう。目と鼻を強烈に満たしてくるおっぱいに、私という存在がとろけていく。

 触りたい。触りたいけど、あまりにも艶やかなおっぱいは、雲かかすみの詰まったシャボン玉のようで、触ったら弾けて消えてしまいそうで。
 だけど同僚に急かされて、私は固まっていた手を伸ばす。

「……あっ、あんまりジロジロ見ないでよ……恥ずかしい……」

「えっ? あっ、うん……」

 心臓が痛い。全身心臓になってしまったかのような、強烈な脈が私を内から叩く。顔とか腕とかが、脈動で膨らむ。
 実際そんな事は無い。分かってる。でも、今にも吹き飛んでしまいそう。
 どこか遠くで耳鳴りがする。視界が揺れ、二つに分かれる。

 焦点が合わなかったせいで、接触の感覚は唐突に、指先から脳へと飛び込む。
 霧の塊に、手を突っ込んだ感触。そこにあるのに、そこに無い。無いのに、感じる。
 それは手が深く触れるほどにはっきりと姿を現し、優しい反発を以て私を止める。
 私と同じ、マシュマロみたいに柔らかくて、でも水袋のように重い不思議な物体。

 その中に隠された果実が、手のひらの一点を押す。ミルクの海から顔を出したイチゴは、これ以上触られるのを、それはもう可愛らしく嫌がって。
 猫が手を伸ばして嫌がるように、プニプニが私を押し止める。

 私はそれ以上押すのをやめて、何度か持ち上げるように揉んだ。
 中に詰まってるホイップクリームが、柔軟に形を変えて、だけど力を抜くと断固として同じ形……綺麗な丸みを帯びた丘の形へと戻る。
 リンゴのようにツルツルで、シュークリームのシューよりも薄くて柔らかくて、何度でも遊べるスフレ。

 思わず息が漏れる。付け根に寄るシワも硬いソレも、重い弾力もありながら、どこまでも柔らかくて綺麗。
 美しい矛盾が目の前にある。

 自分のおっぱいは何度も触ってきた。けど、こんなに近くでじっくり触るのは初めて。

 呑まれてく……。

「んっ……ちょっと、もう終わり……んひゃっ」

 私は同僚の声を無視し、胸元に口付けする。2度、唇の先でついばむ。
 なんでそんなことをしたのか、自分でも分からない。けど凄く愛しいから、したかったから、した。

 胸と胸の間に顔を埋める。甘い香りと感触に包み込まれる。
 眠くなってくる。暖かな深海、優しい宇宙。そんな所を、裸で歩いてる。
 天国って言葉がピッタリ似合う場所。どこまでも吸い付いてくる肌が、私の全てを覆っていく。

 耳を付けると、血潮の脈動が聞こえてきた。結構早い鼓動。クスリと笑う。コイツも緊張してんじゃん。

 眠気に誘われる。心のどこかを埋めてくれる存在に安心しきって、私は目を閉じる。
 ヤバいかもしれない。これは私のものだって、思い始めてる。このおっぱいが欲しい。どこまでも優しくて、柔らかくて、だけど不安にならない程度に形があって。
 絶対に、他の人に渡したくない。いつまでも触れていたい。一生、私が、無くなることは許さない。相手が何者だとしても……。

 溺れていく。消えていく。天使のはらわたに全てを捧げてしまいたくなる。桜色のリボンに抱きしめられて意識が混濁こんだくし、脈動に流れていく。

 ああ、暖かい……。




 熱い。

 熱い熱い熱い無理死ぬ。幸せな夢を見たのは何日前だったか。
 私はおっぱいを堪能たんのうし、あまつさえそのまま寝てしまった代償を、現在進行形で払っている。
 夏真っただ中。コミケ会場でコスプレをして、お客の呼び込みと雑務。
 同僚が書いていたのが、厚着するタイプのキャラじゃなくてほんとに良かった。

 エロゲが原作の、某人気ソシャゲの新キャラは、ぴっちりスーツでお腹が出てる。え? 新キャラじゃなくて主人公の衣装? そこまで知らないよやってないもん。
 設定によると戦闘服らしいけど、戦闘するのにお腹空いてて良いのだろうか。なんて心配は、無粋というものだろう。

 とにかく、このセクシーなコスプレによって、同僚のエロ同人誌は滅茶苦茶な勢いで売れまくり、完売した。ソルドアウト! 満員御礼! ビバ! 達成感すごい。
 まあ私のコスプレに引かれた人が何割いるかは知らないけど。

 かくして、私たちは人も少なくなった会場から一足先に撤退しようと、片付けを始めていたのだった。

「いやー助かったー。お疲れ様」

「はい、お疲れ様ですー!」

 同僚が声をかけ、それにハートが付いてそうな声で返事してるのは、いつもサークルを手伝ってくれてる売り子さんらしい。
 本人曰く「この声は元からなんですよー」はーと「作ってるわけじゃないんですー」はーと。らしい。ほんとか? 

 私の疑心暗鬼はさておいて、旗を綺麗に畳んでいるその子は話しかけられられたついでか、同僚に質問をする。

「そーいえば、この子彼女さんですかー?」

 あらぬ質問ふっかけるなお前。可愛い声してなんてやつだ。
 当然同僚は笑って、いや爆笑して否定する。と思ったのだが、私の予想に反して、同僚は顔を赤くしながら私の方をチラチラと見始めた。

「なっ⁉ ちっ、ちがっ……あいつはただの同僚で……」

 ええー何その反応待って待って。ちょっ、マジ困るー。
 じゃなくて、いやほんとに困る。そういうキャラじゃないだろ。

 私と同僚が固まり、お互いの目を見て気まずくなる。そこへすかさず、語尾ハートの子が爆弾をぶん投げてきた。

「えー? でも彼女さんいるって言ってたじゃないですかー? 毎日のように会ってるってー。それでその反応はー、もしかしてぇー?」

 爆弾、爆弾、爆弾。お前はボンバーマンか。

 その子はすっごく悪い笑顔で同僚を責め立て、同僚は更に私を見る頻度ひんどを上げながらたじたじになる。
 私はと言うと、口をあんぐり開けて、間違いなくアホ面晒しながら同僚を見ている。それしかできない。

「まっ、待って……」

 いやそのセリフ私のー。毎日のように会ってる彼女ってなによ、毎日会ってるの私しかいねーじゃんこのザ・インドア女。どーゆー事だよマジで。

 同僚は観念したのか、口を開く。ちっさい声を出して。

「すっ、きだけど……まだそういう関係じゃ……」

 頭真っ白になる。もう完全に、好きと言われたようなものだ。空いた口が塞がらないとは正にこの事。あヤベ驚きすぎて鼻水垂れてないかな。
 しかし告白をこんな所でされるとは。具体的に言うと、熱帯雨林に天井つけて木を人に置き換えたせいで、コミケ雲という汗でできた蒸気による雲が発生した場所。最悪。

 にもかかわらず、語尾ハート女はニッタニッタ笑いながら私の方を向いた。

「ですって」はーと。なーにが、ですって、じゃ。

 先に言っておくが、断じて私にレズの気は無い。それに、同僚がレズだったなんて聞いてない。
 だから、お断りさせていただく。

「へ、へ〜え? そお……でも、やだ」

 その瞬間、同僚の顔が落胆の、目を見開き眉を歪め、涙目の絶望を湛える。
 胸がチクリと痛む。空気すら冷えた気がした。けど許せ。天邪鬼あまのじゃくだから、1回断らないと気が済まなかったんだ。

「……ま、まだじゃなくて……今すぐなら……その……いい……」

 あ〜……なんで言っちゃったんだろう。しかも最後なんか消えかかった声で、今視界には、床しか入ってない。
 顔なんかきっと真っ赤なんだろう。それは周りの歓声と共に、更に色味を増す。熱い、熱い熱い熱い無理だ。
 っていうか周りも聞いてたの恥ずかしすぎる。まだコミケ会場に残ってたオタク達が、いつの間に聞き耳を立てていたのか。

 それでも私は、なんとか顔を上げて前を見る。同僚は口に手を当て、目から涙を零している。自分だって天邪鬼なクセに。
 同僚は自分の手を口から離す。泣きそうで、でも嬉しくて仕方が無いといった様子の、口の中に巻き込まれた唇。
 次いで、涙を拭いた彼女は、いたずらに笑いながらこう言ったのだった。

「……今、好きになったから……!」

 沸き立つ大歓声、興奮してツイッター始めるやつ、同人誌を旗代わりにして振るやつ。
 私は天を仰ぐ。こいつ予想以上の天邪鬼だわ。どうやって「ずっと好きでした」って言わせようか。

 あー、熱い。熱い熱い熱い無理尊い。そうか尊いとはこういう感性か。

 死にそうなほどの熱に囲まれ、私は上を見たまま口角を上げる。
 同時に、嬉しさと1つの膨大な感情が湧き上がってくる。無粋で、本能的で、でもみんなが抱く当たり前的な感情。
 だから私は、ボソッと誰にも気づかれないように、歓声の中で呟いた。

「あー……おっぱいを触りたい」

 月の表面でおっぱいを語る                成井露丸

 「――私のこと、どう思っているの?」
 美しいフェザーボブの髪を垂らし、物憂げに言葉を漏らす女性。
 研究開発機構アナルハイル社の上級研究員――ユキト・スメラギは思わずエスプレッソを喉に詰まらせた。若くしてすでに『月のエリート』とでも言うべき地位にある男だ。
 ここは月面都市ネオジャパン。人工都市の最上層に立つビルのカフェテラスで、結婚適齢期を迎えたカップルがお茶に興じていた。そこで飛び出した一言だった。
「――どうって。一言で的確な答えを返すのは難しいなぁ。問題定義って言うのかな?」
「はぁ〜、ユキトはいつも、そういう風に誤魔化すよね? そういう理屈っぽいことじゃなくて、もっと簡単なことなんだけどね? 本当は」
 黒髪の女性は溜息をつく。恋人の名前はエリカ・ディードライト。
 彫りの深い顔立ちは、彼女に得も言われぬ色香を与えている。
「そうは言われてもなぁ〜。その『簡単なこと』が、意外と難しいんだよ?」
「そうかしら?」
 美女が小首を傾げる。
 黒髪が揺れて、その先端がVネックに開かれたセーターの胸元に掛かった。
 その下には大きな胸の膨らみがある。
 ユキトの視線は不可抗力によって、その谷間へと引き寄せられた。
 ユキト・スメラギは思考する。「彼女のことをどう思っているのか?」という問いは「彼女のことをどう認識しているのか?」という問いに酷似していると。
 認識とはこれすなわち自らが得る五感の観測から対象の持つ属性を明らかにすることである。だとすれば、彼女の問いに答えるには彼女をよく見つめなければならない。
 ユキトの視線がそのエリカの二つの膨らみの上に固定される。
 瞳は真摯さを湛える。それは本質を見抜こうとする哲学者の目でもあり、情熱に溢れた少年の瞳でもあった。
 彼はVネックのセーター越しにエリカ・ディードライトのおっぱいを見つめる。
 刹那の時が流れ、やおらエリカは頬を赤らめてその胸を両腕で隠した。
「ちょっと、何、凝視しているのよ! 恥ずかしいじゃない……」
 常識人的な反応。
 男は弾かれたように顔を上げ、心外だと言わんばかりの表情を浮かべる。
「すまない。恥ずかしがらせるつもりはないんだ。ただ、僕が君のことをどう思っているのかを真剣に考えようとする時、僕は君のことをあらためて見つめないといけないと思ったんだ。
 『重大な決断』を下す時、人間は物事に真摯に向き合うべきなんだ。 
 真摯に向き合う。それは、しっかりと見つめるっていうことを言うんだよ。――エリカ」
「え? ――重大な決断?」
 エリカはまた少し頬を赤らめる。今度は胸を見つめられての恥ずかしさではなかった。――重大な決断。その言葉の意味することを深読みすれば、その答えは一つだった。
 それはつまり、自らの望む未来をユキトが考え始めてくれているということに他ならなかった。もしかして、今日こそ、待ちに待ったユキトからのプロポーズがあるかもしれない。
「でも、どうしてそんな胸ばっかり見るの? ……恥ずかしいじゃない」
 今恥ずかしいのは胸を凝視されたことよりも、「重大な決断」という言葉が頭の中で鳴り響いているせいなのだけれど、エリカは照れ隠しも含めて胸を隠す。
 しかし、それでも隠しきれないのが彼女の胸なのである。
 そう、端的に言って、――それは、巨乳。
「いや、そうじゃないよ。そうじゃないんだよ、エリカ。僕は必ずしも君のおっぱいばかりを見ていたわけじゃない。君のことを見ていたんだ」
 そう言うと、ユキトは手を上げてウェイターを呼ぶ。
 天才研究者は追加のエスプレッソと、オリーブを頼む。
 頬杖をつくエリカの前で、メニューを閉じると、彼はシングルソファの椅子に深く沈み込んだ。両手を組み、瞳は彼女のことを優しく見つめる。
 黒髪の美女は困ったように溜息を吐いて、唇を尖らせた。
「そうよね。男の人って昔から大きなおっぱいが好きって言うものね? 女の子のこと考えているって言っても、結局、おっぱいだとか、そういう体目当てで考えちゃうって言うし?」
 そうやって拗ねるように唇を尖らせる。冗談っぽく。困らせるように。
 ユキトは驚いたように眉を顰めて心外だと言わんばかりに首を左右に振る。
「たしかに僕は、旧人類オールドタイプの古典文学や文化を好きだし、古風なところもあると自覚しているよ? でも、エリカ。君が僕のことをそういう旧人類オールドタイプの延長線上で捉えていたのだとしたら、僕は――辛いよ」
「――ユキト」
「確かに女性のおっぱいは素晴らしい。それは第二次性徴期に現れ出る女性としての変化。いかに二〇世紀以降のジェンダー論が社会構成主義の議論に基づいて、性差を恣意的な差異だと論じても、やっぱり消えないものがあるんだ」
 エリカには、この天才科学者な恋人が何を言っているのか良くわからない。でも、それはいつものことだったし、なんなら、ちょっと頭良い風に話すユキトのことを「格好いい」とすら思っている。だから問題ないのである。
「……それに、――僕は、大きなおっぱいのことが好きなわけじゃないんだ」
「――えっ⁉」
 エリカは両手で押さえた自らの胸に視線を落とす。
 そこにあるのは大きなおっぱい。そう、控えめに言って巨乳のおっぱいだ。
「あ、いや、違うんだ、エリカ! 君のおっぱいのことを好きじゃないって言っているわけじゃない! むしろ、好きだ! 君のおっぱいは素敵だ!」
 ユキトも今度ばかりはエリカの心の機微に気付いて、右手のひらを広げる。
 「そうなの?」と、エリカは上目遣い。
 「あぁ」とユキトは一切の迷いをその瞳に浮かべずに頷いた。
 やがて、エリカは安心したように、胸の前に結んでいた両腕を解く。
 再び顕になるVネックセーターの下の豊かな膨らみ。
「誤解の無いように言っておくよ、エリカ。
 おっぱいを異性視点から評価する時に、――そういう社会的行為がフェミニズム的に許されるかどうかという論点は脇に置こう、――評価するとした際に、どのような評価軸があるか。
 これに対して、ある文献ではシェイプ大きさボリューム感度センシティビティを挙げている。
 そういう前提を踏まえれば、僕の『大きなおっぱいが好きなわけじゃない』という発言は、とりもなおさず僕がシェイプ感度センシティビティに重きを置くということを言っているかのように解釈されるだろう。
 でも、信じて欲しい、エリカ。僕の言っていることはそういうことではないんだ!」
 濁流のような言葉。エリカは一つ息を吸う。
 ユキトの言葉を反芻し、解釈しようとする。でも、良くわからない。
 ただ、彼が自分に重要なことを伝えようとしていることだけは分かった。
「――ユキト。それじゃあ、どういうことなの?」
「OK、エリカ。僕のこの思い――いや、自分自身の哲学フィロソフィーに基づいた信念を君に伝えるには、やっぱり君におっぱいにまつわる人類史――いや、僕たち、月に住む新人類ニュータイプの歴史を伝える必要があるのだろう。禁忌タブーとされたおっぱいの百年史Oppai Century:オッパイセンチュリーをね」
「――おっぱいの百年史Oppai Century:オッパイセンチュリー?」
 初めて聞く言葉だった。でも、彼女にも分かった。それは自分たちが未来に進むために、大切な歴史であるということが。彼女の胸元でGカップが揺れた。
 最先端技術で構成される多層構造の月面都市ネオジャパン。
 輝きある未来ばかりに目を眩ませた人類が作り上げた新たな文化では、教育においても、ビジネスにおいても、歴史の重要性が認識されることは少なくなった
 そんな文明にあって、歴史に関する正確な知識を持っているのは、本当に選ばれた一部の知識階級のみに限られるだろう。
 この男――アナルハイル社の上級研究員ユキト・スメラギはそのような限られた知識階級の一人なのである。だから、彼は歴史の本質を知っており、そして、歴史を――語ることが出来た。
 上空を見上げる。吹き抜けになっているカフェテラス。
 透明なダイヤモンドガラスで覆われた天井の先は宇宙そら
 頭上にはちょうど青い地球が見えた。――母なる惑星マザープラネット
 そして、ユキト・スメラギは言葉を紡ぎ始める。それは、一般市民の知らないこの一〇〇年間の歴史。宇宙へと自らの生存圏を広げた人類の歴史。
 夢と現実と葛藤の――おっぱいの百年史Oppai Century:オッパイセンチュリー

 二一〇〇年が近づいた二〇〇〇年代の末。人類は遂にその生存圏を地球という惑星外へと広げ始めた。その第一の場所に選ばれたのが月だった。
 二〇〇〇年代上半期の情報処理技術の進歩は人工知能技術や最適化計算技術の発展を促し、また、情報表現された物体の構造を実世界に生み出す3Dプリンタを端緒としたデジタルファブリケーション技術は、ものづくりの革新を産んだ。
 統計的学習と最適化計算に基づいて次々と生み出される物質形状、そしてそれを、自在に加工するデジタルファブリケーション技術はミクロからマクロまで無限の物質を生み出し、汎ゆる技術分野を激しく前進させた。
 宇宙関連技術も例外ではなかった。安価で強度の高い素材によりマスドライバーの建設が容易になり、世界中で宇宙へと宇宙旅客機を射出可能になった。
 二〇五〇年頃にインターネットビジネスの巨人である一民間企業によって月面都市建設構想がぶち上げられた。多くの人が非現実的だと嘲笑した。しかし、巨人は、五〇年の歳月を掛けてこの壮大な計画を完遂することになる。
 この人類史に残る偉業の果てに、当該企業の月面における研究開発組織として生まれたのが、ユキトの所属するアナルハイル社なのである。

「そこまでは私も知っているわ。中学校でも習う話よ?」
「――ああ、ここまでは学校レベルの話さ。でも、ここからが禁忌タブーの歴史なんだ。これから語ることは歴史の中で忘れ去られた事実。闇に葬られた新人類ニュータイプの真実なのさ」
新人類ニュータイプって……私たち、月面の人間よね?」
「ああ。僕たちはしばしば地球の重力に縛られた人間たちを旧人類オールドタイプ、それから離れて月面の小さな重力下で暮らす僕達のことを新人類ニュータイプだなんて呼ぶだろ?」
「そうね。時々言うわ」
「その時にどこかで新人類ニュータイプのほうが、旧人類オールドタイプより優れているんだっていう自負みたいなもの無いかな?」
「う〜ん。無いって言えば嘘になるかなぁ? みんなそうじゃない?」
 素朴な疑問で首を傾げるエリカに、ユキトは一つ頷く。
「じゃあ、一体、新人類ニュータイプ旧人類オールドタイプで何が具体的に変わった? どんな進化があったか――知っているかい?」
「そう言えば、知らないわ。具体的には」
「そうなんだ。新人類ニュータイプ旧人類オールドタイプの違い。それが、おっぱいの百年史Oppai Century:オッパイセンチュリーの本質なのさ」
 驚いて目を見開くエリカに一つ頷き、ユキトは歴史の真相を語りだす。

 二一〇〇年代に突入し、人類は月面にその生存圏を拡大した。
 第一世代は地球から移民した者たち、やがて第二世代が生まれた。
 その新人類ニュータイプとでも言うべき月生まれ月育ちの子供が誕生した時期、その子供たちに各業界が注目した。医学、心理学、スポーツ科学、脳科学といった様々な領域の研究者が新人類ニュータイプにどのような変化が生まれるのか固唾を呑んで見守った。
 しかし、何も変化は見出されなかった。生まれた子供たちは地球上で生まれた子供とほとんど何も変わらない身体能力を持ち、知的能力を持った。
 考えてみれば当たり前である。いかに生存環境が劇的に変化すれども、人間の遺伝情報を表現するゲノムが劇的に変化するわけではない。
 五年から十年ほど続いた新人類ニュータイプブームの熱は冷め、そして、歴史の中で忘れ去られた。
 結論は一つ。――新人類ニュータイプ旧人類オールドタイプの間に有意な差は存在しない。そこでこの議論は終了したというのが、表で語られる歴史。
 しかし、それから二十年ほどが経った時に、実は「有意な差」を示す発見がなされていた。アナルハイル社の研究者が、月面に生まれた人々と地球上の人々の間に統計的な有意差を見出したのだ。それは新人類ニュータイプ旧人類オールドタイプの間に質的な違いが存在することを証拠付ける重大な発見であると、その研究グループは確信した。
 ――新人類ニュータイプのおっぱいは、旧人類オールドタイプよりも大きかったのだ!
 日本人に関して言えば地球上に住まう旧人類オールドタイプの女性のおっぱいの大きさは、その頃で、平均でB〜Cカップあたりだった。しかし、ここ月面都市ネオジャパンでは日本人女性のおっぱいは平均でDカップある。
 これは、地球の重力から解き放たれた人類のおっぱいが、地球の六分の一という月の重力下で健康に発育した結果ではないかと考えられた。この仮説を裏付けるために、アナルハイル社の研究者は何度も再現実験を行い、さらにそこから生まれた新たな仮説を検証しては、その理論の詳細化を進めていった。
 月面と地球上で集められた母集団のおっぱいの形状シェイプ大きさボリューム、果てには感度センシティビティに関して統計が取られた。そしてそれら全ての項目に関して、月面生まれの女性は地球生まれの女性よりも、高い数値を示すことが統計的仮説検定を通して実証された。
 また、おっぱいの経年変化に関しても研究がなされた。新人類ニュータイプのおっぱいは頑強性ロバストネスを有することが示された。つまり、新人類ニュータイプのおっぱいは垂れにくかったのである。
 一連の研究成果は、その研究代表者の名前を冠して『ミズサワ理論』と呼ばれた。
 この理論はそれまで新人類ニュータイプ旧人類オールドタイプには「差異はない」としてきた各学会の考え方を根底から覆すものだった。しかし、その『ミズサワ理論』を社会が受け入れて方針転換をするには、時代が混迷を極めていた。
 その頃、すでに地球連邦と月面の地方政府の間、そして、地球に住む人達と、月面に住む植民地の人々の間には、政治的緊張が高まっていたのだ。このような新人類ニュータイプ旧人類オールドタイプの差異を示す情報が公になることは、高度に政治的な利用がなされ、最悪の事態へと発展する可能性が否定できなかったのだ。
 新人類ニュータイプ旧人類オールドタイプの身体的差異は、容易に優生学的な思想へと大衆を導きかねない。優生学的な思想は二〇世紀のナチスドイツの再来を招きかねない。そういう思いが心ある有識者や権力者の間で共有されていたのだ。
 こうして、『ミズサワ理論』は高度に政治的な意図を持って、時代の闇の中に葬られることになった。
 しかし、各学会の知識人や関係者など、『ミズサワ理論』を知っている者は、知っているのだ。この時に流れた情報から、じわじわと噂話のような形で、『ミズサワ理論』は口伝され、そこから又聞きした人々の間で「新人類ニュータイプ旧人類オールドタイプの間には違いがある」という単純化された言説と信念のみが独り歩きしていくようになったのだ。これが真実だ。

「じゃあ、私がGカップなのも……?」
「あぁ。きっと、エリカが旧人類オールドタイプで、地球に生まれていたら、Dカップくらいだったんじゃないかな?」
「私のお父さんもお母さんも新人類ニュータイプだったから。きっと、そうなんだね」
 そう言って、エリカは自分の胸にそっと触れる。
 若くして死んでいった両親のことに思いを馳せるように。
「そうなんだ。新人類ニュータイプの女性たちのおっぱいの大きさ。これが宇宙世紀において人類が抱えた大きな十字架。そして、人類の進歩の象徴でもあるんだ。――でも、それは僕らの変節の象徴でもあるんだ」
「……どういうこと?」
 まだ二一〇〇年代前半の話しかしていない。
 そう。人類史はまだ続くのだ。
 ここからが人類を新たな世界へ導く――おっぱいの百年史Oppai Century:オッパイセンチュリー

 新人類ニュータイプの歴史は、ただ、おっぱいを大きくして終わったわけではない。
 人間社会とはそれほどに単純なものではないのだ。
 異なるおっぱいの大きさは、異なる文化を生んでいく。
 おっぱいの大きさボリューム増加は単純に体積的な視点に立てば物質的な現象に過ぎないのかもしれない。しかし、人間社会においておっぱいの大きさの持つ意味は社会構成的なものなのだ。
 二〇〇〇年代、地球上では多くの男たちが巨乳を愛したと言われる。
 サブカルチャーにおいて、貧乳や微乳を支持する男も一定数存在したが、やはり、大きいおっぱいを支持する男性が多かったのは事実だ。
 なお、二〇〇〇年代の資料を読み解くと、そのような巨乳支持者のことを『おっぱい星人』として記述されていることがある。なんとも個性的な表現である。
 二二〇〇年代の学者たちは、ついつい、この手の資料におけるこの表現を、字義通り、巨乳好きの男性が宇宙からの外来種であったとか、おっぱい星という星を二〇〇〇年代においてすでに植民地化していたというように誤読してしまいがちであるが、それは事実ではない。
 むしろ、地球上に暮らす旧人類オールドタイプの男たちの多くが『おっぱい星人』であったということが真実に近いのだ。
 なお、この『おっぱい星人』という二〇〇年前の表現に対して、『ミズサワ理論』を推進したグループに含まれる言語学者の一人が野心的な仮説を述べた。
『地球上の旧人類オールドタイプの多くが巨乳好きであることを勘案すれば、『おっぱい星人』という表現は地球そのものがおっぱいであるというメタファーではないか?』
 学会に於いて一世を風靡した議論には、特に明確な結論が得られていない。
 しかし、「おっぱいが地球」であり、「地球がおっぱい」であるというこの説には、私たちの集合的無意識に語りかける説得力が存在することも、また事実だろう。
 やがて、新人類ニュータイプの社会において、おっぱいの価値は変化を遂げていく。価値観の変節。
 新人類ニュータイプの多くが大きなおっぱいを持ったために、巨乳の希少性が低下し始めた。もちろん、第二次性徴として発達するおっぱいは、女性性の象徴として記号性を創発的に有することとなり、その大きさに比例した性徴を観測者に認識させる。しかし、そのように性徴を認知させることと、「どのようなおっぱいがその社会においてより魅力的であるか?」ということは、別問題なのである。
 やがて訪れた社会の変革。それは貧乳と微乳の復権だった。
 希少性の高いおっぱいはより美しい女性の価値として月面のファッション業界やアイドル業界を徐々に変化させていった。お見合いマッチング業界においても、より小さなおっぱいが高い人気を得るようになっていった。
 月面の人々はこれらの現象の中に晒されながらも、なおも、そのおっぱいに対する感受性の変化と、人類が宇宙へと漕ぎ出したという人類史との関係性に気付いてはいなかった。皆、無意識の中で、その影響を受けて、生きているのだ。
 闇に葬られた『ミズサワ理論』。それこそが月面世界のラプラスの箱。
 研究開発機構アナルハイル社が隠し持つ禁断の果実。
 それが知られた時、地球連邦からの独立に向けた機運は高まり、新人類ニュータイプ旧人類オールドタイプの血で血を洗う戦争に向けた時計の針が動き出すだろう。
 ――そう、アナルハイル社のアナリストは予測していた。
 そう、これが、隠蔽された――おっぱいの百年史Oppai Century:オッパイセンチュリーなのだ。

「――分かってくれたかい? エリカ?」
 ユキトは一息に話すと、ソファの中で一つ溜息をついた。
 流石に疲れたようだ。エスプレッソを一口に煽る。
 彼とて、アナルハイル社の上級研究員。
 『ミズサワ理論』を知り、その禁忌タブー性を知るもの。
 幾ら恋人にであっても、この話をするのは気が引けた。
 もちろん、それが上層部にばれた時には懲戒処分ものである。
 それでも話したかったのだ。
 なぜならば、彼にとって彼女との未来を考えて行うべきは、人類史をも上回る重大な決断だったから。そう、それは二人の愛についての決断だったからだ。
 そんなユキトに、エリカは目を細める。
「だから、ユキトは私のおっぱいが目的で恋人をやっているわけじゃないってことね?」
「そうだね。僕たちの社会じゃ『おっぱいは小さいほうが良い』っていう文化があるけどさ。少なくとも、僕は、そういう価値観に縛られてエリカと恋人をやっているってわけじゃないんだ」
「――知ってる」
 エリカは少し恥ずかしそうに、唇を突き出す。
 ユキトが天才で変な人間であることは確かだけれど、彼がエリカのことを心の底から好きでいてくれることは、いつも伝わってくるのだ。
 口では悪戯っぽく言ってしまったけれど、ユキトが体目的でエリカと付き合っているなんて、そんな風に思ったことは――一度だってない。
「僕たち二人の関係性もさ。文明を発展させて、この月面都市を築き上げた先人たちの努力の上にあるんだと思うんだ。――僕たちは新人類ニュータイプ。そして、また、未来を作っていく新人類ニュータイプなんだ」
「――うん」
 大切な宝石を一つ一つ並べるように、ユキトが話す言葉。
 自らが選んだ男性が並べる、その煌めきを聞き漏らすまいとエリカは耳を傾ける。
「僕は確かに『大きなおっぱいのことが好きなわけじゃない』って言った。
 でも、それはある意味で正しくて、ある意味では間違っている。
 エリカ――君の大きなおっぱいは、これまで歩んできた僕ら新人類ニュータイプの思いの象徴なんだ。君の大きなおっぱいは、月に来て子を成して、そして月の表面に生きてきた僕たちの繋がり。――家族としての繋がりの象徴なんだ。
 その意味で、僕は君のおっぱいを見つめる時、そこに未来の家族の姿を見ているんだよ」
 そう言って、ユキトはエリカの瞳を見つめる。
 そして、その視線を、ゆっくりと頬に沿わし、項を辿り、Vネックに開かれた胸元を舐めるように下へと動かし、その美しくもたわわに実った歴史の果実へと注いだ。
 未来の家族の姿。――その言葉が、エリカの心を強く打った。
「――ユキト……、それって?」
 エリカ・ディードライトが待っている言葉はプロポーズ。
 一年間の交際を続けた大好きなユキト。
 結婚を意識し始めたのは、昨日今日の話ではない。
「エリカ。ここまで僕はおっぱいのことを色々語ってきたけれど、……本当はそんなこと、どうだって良いんだよ。僕は君といるときに、君のおっぱいの大きさなんて気にしたことは一切無いよ」
 ユキトは断言する。
「結局大切なのはおっぱいとか、クビレとか、お尻とか、そういうものじゃないんだ。男性か女性かだっていう、ジェンダーだってナンセンスさ。さらに言えば、新人類ニュータイプ旧人類オールドタイプかとかでもない。僕はちゃんと旧人類オールドタイプの文化や芸術に対する尊敬リスペクトだって持っている。
 そんなんじゃなくて、その相手と、一つになって、同じ人生を歩んでいきたいか。
 それが、全てなんだよ。――愛しているかどうか。それが全てなんだ」
 真摯に注がれる恋人の視線を、エリカは潤んだ瞳で受け止める。
 ――「愛している」の言葉が欲しかった。
 それがユキトからのプロポーズの言葉になるって知っていたから。
 彼女はその言葉をひたすら待っていたのだ。
 エリカも初めから、正直、おっぱいの話はどうでもよかった。
「じゃあ、ユキト――私のこと、どう思っているの?」
 おっぱいについて語り尽くした恋人に、尋ねる。 それは、始まりの問いであり、そして一番大切な問い。青年が視線を浮かべる。
「二〇世紀の日本の文豪がね。 愛しているっていう英語を訳す時に『月が綺麗ですね』って訳したらしいんだ。月に住む僕たちにはピンとこない言葉だけどね」
 ユキトは肩を竦める。
 エリカはきょとんとした顔で、首を傾げて、フェザーボブの艶かな黒髪が流れた。
 ユキトはその姿に微笑を浮かべて、言葉を継いだ。
宇宙そらに浮かんだ大きな星を好きな人と一緒に見上げる。そして、その星を一緒に見続けたいと思う。それはきっと、アイ・ラヴ・ユーよりも温かで、深みのある言葉なんだよ」
 宇宙を見上げる。目を細めた。
 つられてエリカもその視線を追う。
 透明なダイヤモンドガラスで覆われた天井の先には、青い地球が浮かんでいた。
 ――美しい母なる惑星マザープラネットだ。
「だから、僕なら、今、君にこう言うべきかなって思うんだ――」
 天に上げていた視線を自分たちの地平へと戻す。月の表面の世界へ。
 いつの間にか、ユキトの手には一つの小箱が握られていた。
 やがて、その箱がゆっくりと開かれていく。
 ユキトが微笑んで――唇を動かす。
 自分の恋人にどんな宝石よりも大切なものを届けるために。
「エリカ――『地球が綺麗ですね』」
 その小箱の中には、指輪があり、青く美しい宝石がその上で輝いていた。
 まるでそれは宇宙に輝くたった一つの宝石。エリカは思わず口元を覆う。
 それは月の上での愛の物語。二二〇〇年代も変わらず続く男と女の愛の物語。
 ユキトははにかむように笑い、エリカは瞳を潤ませた。

 ――ここは月の表面。
 おっぱいの百年史Oppai Century:オッパイセンチュリーを越えて人々が暮らす未来の社会。
 世界の真理『ミズサワ理論』は闇に葬られたまま、人々は今日も生きていく。
 その『ミズサワ理論』を推進した研究者の一人がこう言った。
 おっぱいは地球のメタファーだと。
 地球はおっぱいのメタファーだと。
 ならば、この物語を締め括るにあたって、私たちはあらためて愛の言葉を語る必要があるのだろう。
 そう――
 ――『地球が綺麗ですね』
 人類が宇宙に進出しても、おっぱいは永遠である。
 宇宙に煌めく幾億の星のように。
 未来の世界で愛を奏でる恋人たちが紡ぐ物語。
 きっと、それこそが本当の――おっぱいの百年史Oppai Century:オッパイセンチュリー

 あなたからは、百万倍の勇気をもらいました      枡多部とある

「……いいんですか⁉」
 目の前のおばちゃんは俺に向かって喜びの声を発した。
「月二十回ほどの出勤。毎月三日程度の連続の休み。別に問題はないでしょう」
「ありがとうございます!」
 俺の結果報告に、おばちゃんは何度も頭を下げた。
「こちらとしてもありがたい話ですよ。よくぞ」
 俺は丸椅子に腰かけるおばちゃんに笑顔を向ける。
「生きて帰って来てくれました」

 俺はとあるホテルの清掃を管理している。このおばちゃんは半年ほど前このホテルで客室の清掃をしていたのだがとある理由で一度会社を辞した。
 その理由は……、まぁ、この仕事長年やっているとよくある話なのだが、乳がんが見つかり入院したからだった。そして今日、退院したので復帰したいと事務所を訪れていた。勤務条件は先ほど述べた通り。問題はなかった。
「胸が半分亡くなって、なんか変な気分でねぇ。体が半分ない感じで」
「でしょうねぇ」
 俺は男だからこの感覚はわからない……、話によると男にも乳がんはごくまれに発生するらしいのだが。
「ホントに心配しましたよ」
「またまたー!」
 大柄だが痩せがちのおばちゃんは、俺の肩を小突いて笑う。
「いやねぇ、俺が好きだったアイドル、あ、卒業して今はナレーターしてる子なんですがね、が、まだ二〇代の若さで乳がんになっておっぱいとっちゃったなんてニュース聞いたばかりでして」
「まぁ……」
 おばちゃんは口に手をやって驚いた様子を見せた。
「二十代で⁉」
 俺は頷く。
「それに〇〇さん、覚えてますか?」
「はいはい!」
 俺は三年位前に辞めた人の名前を出す。
「あの人も乳がんだったんですよ」
「え! ガンというのは知ってたけど、あの人も……」
「あの人はもっと長生きできるはずだったんですけどね」
 俺は天を仰ぐ。
「あの人、なんでやめたんですか?」
「ほら、俺の前の上司が、辞めさせたんですよ」
「あ!」
 俺は前のここの管理職、俺の元上司の名前を挙げた。
「掃除が汚かったからというのが理由で。今なら考えられない理由ですよ」

 おばちゃんが俺のいる事務所を辞し、俺はノートパソコンを開き昔の資料を引っ張り出す。三年前、俺は当時出世の決まった上司の後を継ぐために修行をしていたころ。俺は先ほどのおばちゃんたちの先頭に立ち客室の清掃を実際にしていた。うちのホテルは六つから七つの班があり、一つの班には班長たる『鍵もち』が指揮を取り、二~三人の『子』と呼ばれる清掃パートが付いて階単位で清掃に入る。当時俺は『鍵もち』の一人として清掃パートさんを指揮していた。当時の資料では俺の今日帰ってきたおばちゃん、そして○○さんが俺の部下となる旨が記されていた。
 ○○さんは古株のパートさん、俺がこの会社に入る前から働いている人だった。この人がうちでパートをしてる理由は文字通り、『生きるため』だった。前の上司の話では、この人は面接でうちのホテルに初めて来たときからすでに乳がんになっていたらしい。採用条件は月一回、月の初めにこの人が指定した三日程度の連続した休みをもらうこと。三日程度の連続した休みとは、月に一回、抗がん剤治療のため大学病院に行くための休みだった。抗がん剤治療そのものは日帰りなのだが、前日は安静にしないといけないのと次の日は抗がん剤の副作用で体が動かなくなる、そのため三日の休みがいるとのことだった。そして彼女は抗がん剤治療の金を稼ぐためにパートに来ていたのだった。
 さて、この○○さん。困ったことに掃除がすごく汚かった。掃除機を掛けたはずなのにゴミが落ちている。トイレの掃除を忘れる。ゴミ箱のゴミを捨ててない。こんなことがしょっちゅうであった。普通首だろ! と思われるかもしれないが、彼女はこちら管理職側からしたらすごく便利だった。というのも彼女はいつも家で暇していて、朝のこちらからの電話一本ですぐ駆けつけてくれて客室の清掃数が急に増えた時は人手として非常に役に立ってくれていたのだ。正直、汚いというのは鍵もちの点検の際に手直しをすれば何とかなるレベルであり、清掃を最初からやり直しというほどのレベルではなかったのだ。
 前の上司はこの人をものすごく嫌っていた、他の鍵もちも嫌っている人は多かったが、俺はこの人をありがたいと思って大切にしてきたつもりだった。しかしこの方も七〇過ぎ。うちの会社では七〇歳を過ぎた方の場合半年に一度の契約更改を行い、上司がもう無理と判断したら解雇することができる。これは労働基準法上でも問題ない行為である。そして彼女は七〇過ぎての最初の契約更改で上司は契約しないことを彼女に告げた。俺は大反対したが、上司は聞く耳を持たなかった。そして彼女は会社に来なくなった。○○さんがやめて一年後、退社した後も付き合いがあったパートさんからの情報で彼女が虹の橋を渡ったことを知った。

「とあるさん、失礼します」
 別のパートさんが事務所に入ってくる。まだ二十代の女の子だが十六からここにきている俺より古株だ。
「あの人、帰ってくるんですね!」
 彼女は嬉しそうに言う。
「まだガンの治療中だからね、前みたいにフルタイムは難しいとさ。月二〇日ぐらいが限度だろうね」
 俺は淡々と現状を述べる。
「君も胸触って癌がないか毎日調べぇよ」
「とあるさん、セクハラ」
 彼女は抗議する。
「馬鹿野郎。俺がファンだったアイドルがおっぱい切り取ったってニュース聞いたばかりなんだよ」
「えー」
 それでも彼女は俺を非難する。
「とあるさんアイドル好きだったんですかぁ? 知ってたけど」
「知ってたならつっこむなや」
 俺が非難する番だった。
「だけどあの人手術で取っちゃったんですよね。そこからなんで抗がん剤治療なんかするんだろ? 切り取って終わりじゃないんですか?」
 俺に聞いてくる。
「あ? ケースにもよるけど乳がんはどうしても脇にあるリンパ節って厄介なもんと関係があってな」
「りんぱせつ?」
 彼女はリンパ節を知らなかった。
「リンパ管と言うのが人体にあるの。全身を駆け巡ってる血管みたいなもんで、リンパ球という白血球の一種しか通らない警察専用道路みたいなもんだ。その途中途中にあるのがリンパ節で、交番と考えたら話は早い」
 彼女は頷く。どうやら俺の説明を聞いてくれるらしい。
「普通増殖したがん細胞は全身にばら撒かれる前にリンパ節で止まる。近傍転移っていうんだけど、こうなったらこのリンパ節を除けてしまえばそこでおしまい、普通はな」
 彼女、再び頷く。
「しかし残念ながら血管伝ってとかリンパ節から漏れたがん細胞が全身を駆け巡るってことがあり得る。そうなってくると抗がん剤を定期的に投与してがん細胞を押さえるしかなくなる。乳がんはリンパ節のすぐ近くで発生することが多くて、手術後に抗がん剤を打つ治療が絶対いるんよ。リンパ節に乳がん細胞が潜んでることが多いから」
「へー」
 彼女は感心してくれた。
「○○さん、覚えてる? あの人の場合も治せないガンになってて、抗がん剤で抑え込むしかなくなってたんよ。それで毎月三日休んで抗がん剤治療してたんよ」
「そやったねー。あの人も乳がん?」
「だったらしいよ」
 俺は答えた。
「んで、会社首になって金の切れ目が縁の切れ目どころか命の切れ目、一昨年死んじまったぞあの人」
「あー、そんなこと言ってたねー」
 つまらなさそうに彼女は言う。まぁ、この子も○○さん嫌い派の鍵もちの一人だったから仕方はない。
「若い言うても何が起こるかわからんぞ、な」
「はーい」
 そう言って彼女は事務所から必要なものを取ると部屋を辞した。
「全く、健康なんていつなくなるかわからんというのに」
 俺はそうひとりごちてパソコンにヘッドホンを繋ぎ音楽を聴くことにする。音楽聞きながらだとパソコンの作業が早くなるのだ。百曲は入れてるパソコンからランダムに曲が流れるはずなのだが、流れ出した曲に俺は自分の目に涙が浮かぶのが分かった。
「そういやこの人も乳がんで死んだんだったなぁ……」
 最初に流れたのは、数年前にやはり虹の橋を渡っていたアニメ声優さんの曲だった。自身がDJをやってる番組のオープニングに使ってた曲で、もう三〇年近く前の曲だったはずだ。
゛靴音、踏み鳴らし……♪″
「この曲は天気のいい日に聞きてえなぁ、それも外で」
 俺は曲を聞きながら、いつもしている仕事の集計作業のためにエクセルを立ち上げた。今日の終業はもうすぐだった。

 後書き

 笛吹ヒサコ

 なんか、書きたいことあったのに、忘れてしまったので、今思ったことを……死ぬまでに、揉みがいのある雄っぱいを揉んでみたい!

 菊華 紫苑

 相方のPAULA0125と一緒に参加したのですが、『おっぱいに困っている人』と言われて、『授乳出来ない人』しか思いつきませんでした。ただ私の手持ちのキャラクターでとなると、授乳できないネタが出来ませんでした。そこで、『お乳がない人』として、男やもめにしてみました。
 ところで作中の時代って江戸時代なんですけど、この頃っておっぱいってエッチなものじゃないんですよね。普通に混浴してるし手拭い巻いてないし。男もぶらぶら、女もたゆんたゆんで入浴しています。じゃあ当時のエッチなものって何かというと、もっぱら結合部だったりします。なのでおっぱいは性器じゃないのです。あくまでも授乳の場所。尚のことPAULA0125と被りそうだった(笑)
 作中に出てくる重湯ですが、現代だとちゃんとおかゆから作ってるみたいですね。クックパッ○先生にはそう載ってました。江戸時代は玄米が主流で、白米は上流階級しか食べられなかったので、果たしてくず米でどこまで重湯になったのかは謎です……。
 『よろず屋』本編は、Amazon Kindleにて好評配信中です。もし他のキャラクターや日向が気になったら、見てみて下さいね!

 PAULA0125

 おっぱいアンソロジーというキャッチーなアンソロに、キリスト教宗派擬人化という弊サークルのコンテンツで殴りに行きました。めちゃくちゃ楽しかった。やっぱり雄っぱいは良いものですね!
このアンソロジーは元々チャリティだったのですが、私もチャリティ先を色々調べた結果、授乳ネタに落ち着きました。雄っぱいに授乳機能があるのかどうかは考えてはいけない。だってこのキャラ人外だし。擬人化だし。キリスト教の思想史やカルト問題も混ぜ込んで、おっぱいの大切さを力説してもらいました。なので、少し補足をしておきます。
 主人公の幼女の名前は、Jenet Williamsです。この名前から連想できる某キリスト教三大異端の擬人化です。それに対して、ロマーナことローマンは、作中にあるとおりローマン・カトリックの擬人化ですので、日本でいうところの神父の教派です。「中世に伯父を冒涜するための芸術」については、「エクレシアとシナゴーガ」でググってもらうと、西洋における擬人化の業の深さが垣間見えて楽しいです。是非画像検索してください。擬人化シリーズには、アブラハムの宗教こと、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教は既に設定だけはありまして、『父親世代』と呼んでいます。彼等は『政治と一体化した段階で息子世代に代替わり』と定義しているので、この話で登場するシーアことエクレシアは、キリスト教が国教化する四世紀以前の姿の擬人化です。政治の複雑な事情に捕らわれず、原初的な信仰の持ち主が『父親世代』です。
 本編では、乳と父というダブルミーニングが為されていますが、これはジャネットの仲間と三位一体議論をしていたとき、如何様にも議論が進まず、「乳アレルギーならぬ父アレルギー」と言ったのがバカ受けしたのを思い出したからです。あれは我ながら良いギャグだった……。
と言うわけで、乳と父の話でした。人はパンおっぱいのみで生きるに非ず、ですね!

 こむらさき

 今回はこのような企画に参加させていただき、ありがとうございます。
 おっぱいが好きな生き物としてこういった本に携われたことはとてもうれしく思います。
 僕はおっぱいさえ大きければ性格も体型も顔面の造形も実害がない限りは不問ですという好みの人間ですが、それとは別に他人から言われた悪口で自分の体を嫌いになる人が減ってほしいとも思っています。
 このおっぱい企画で、ほんの少しでも「自分の体を誇っていい」とか「自分を好きになれそう」と勇気をもらえる方がいたらとてもうれしく思います。
 お声がけをしてくださった猫目青さんと、参加者のみなさん、この作品を手に取ってくださったみなさん、本当にありがとうございました。
 これからもおっぱいを愛していこうと思います。

 扶桑のイーグル

 どうもおっぱい大好き星人イーグルです。おっぱおっぱ。いやあおっぱいは良いですよねえ……マシュマロとは良く言ったものですよ。ほんとにマシュマロみたいな感触ですよね。同意を求められても困る?まあまあそう言わずに(何がだ)

 んまあ、そんなおっぱいをうにゃうにゃと比喩表現してみたのが(プラスで百合にしたのが)、今回の作品です。楽しんでいただけたでしょうか。
 おっぱいには、実際に癒し効果があると言われています。だから女の人でも触っていいんです! 触っていけ!  俺に!  俺に百合をもっと見せろぉっ!

 成井露丸

 『月の表面でおっぱいを語る』(略称『月面おっぱい』)を書かせていただいた。貴重な機会を下さった主催の猫目青さまにまずは御礼を申し上げたい。さて、「あとがき」という紙幅をいただいたからには、多少なりとも自作の振り返りめいたことを書きたいと思う。
 『月面おっぱい』は空の彼方、人類の未来を見つめた時に自然と浮かび上がってくる世界について僕が書き上げた社会派SF作品である。その世界でも、現代と変わらず「おっぱい」は人類社会の根幹たる存在であり続けている。
 定量的アプローチに基づいて本作を振り返るために、ここでは本作において「おっぱい」という言葉が何回使われたのか確認してみたい。全文検索をかけてみるとタイトルを含めて「おっぱい」は六五回用いられていることが分かる。「おっぱい」という文字列が平仮名四文字により構成されていることを考慮すれば、合計二六〇文字が「おっぱい」という文字列に費やされたことになるのだ。――これは本文全体の約三パーセントにあたる。
 三パーセントという「おっぱい」の露出は過剰だろうか? 否。僕はそう思わない。世の半分――約五〇パーセントの人間は女性であり、そこには大小を問わず「おっぱい」が存在している。このことを鑑みれば、僕たちの語る未来の三パーセントが「おっぱい」であることに違和感など存在するはずもないのだ。「三パーセントなどむしろ少ないくらいの数字だ!」と拳を握りしめて共感する読者もきっと多いことだろう。
 ……さて、「あとがき」に許された千文字の紙幅も早々に尽きた。「あとがき」を締めくくるにあたり、作中で語られた一つのメッセージを読者各位とあらためて共有したいと思う。

 ――おっぱいは地球のメタファーであり、地球はおっぱいのメタファーである。

 二〇二〇年、地球上を新型コロナウィルスの恐怖が包む中、それでも僕たちは「おっぱい」に癒やされながら、包まれながら生きている。僕たちがいくら望めど抗えど、未来に向かって時計の針は進み、歴史は積み重なっていく。
 だからこそ僕らは恐れることなく屹立し、共に歩んでいきたいと願うのだ。
 僕たち自身が創る本当の未来――これから始まる現実のおっぱいの百年史Oppai Century:オッパイセンチュリーを!
 美しい地球の上でピンと立ちながら――

二〇二〇年四月 京都の自宅で平常心を失いながら

 桝多部とある

 初めまして。桝多部とあるという趣味の物書きです。
 今回古い創作における知り合いであるナマケモノさんこと猫目さんに誘われ参加させていただきました。
 今回の作品つーか駄文ですが、すべて実話だったりします。正確には『ガンから復帰した人』『ガンで亡くなった方』『乳がんで乳房切除する羽目になった元アイドル』『乳がんで亡くなった声優』全員モデルがいます。ちなみに元アイドルとは現在名古屋でリポーターとかタレントをしている矢方美紀ちゃん、声優は4年前に亡くなられた水谷優子さんのことです。『百万倍の勇気』というのはまんま優子さんの曲で、DJをされていた番組のオープニング曲でした。ようつべやニコ動で聞けるのでよかったら検索してみてください(とりあえず単曲でituneでは売ってませんでした)。
 ええと、今回あとがきで「おっぱいについて語れ」とケモノさんに言われたので少し。
 ワタシは男ですが実際のところ巨乳より微乳・貧乳の方が好きです。でかいと気持ち悪く思えるんですよね。中性っぽいスレンダーな女の人とか最高です!だからと言って巨乳死ねとまでは言いませんが。
 今回の小説の主なテーマの乳がんですが、巨乳と貧乳、どっちが出やすいかというと『そんな区別はない』が正解だそうです。胸の大小は胸部にたまる脂肪細胞で決まるのですが、乳がんは『乳腺』という器官にできるがん。脂肪は全く関係ないそうです(笑)。老若男女美醜大小を問わず死神は容赦なく鎌をふるってきます。女性の皆様、セルフチェックを欠かせずに。なお件の矢方美紀ちゃんはセルフチェックしてて本当にビンゴだったとか。若いとがん細胞が回るのが早いので、やばいと思ったらすぐ病院に駆け込んでください。本当に。
 あ、余談ですが普段ワタシはノベルアップ+やカクヨムに出入りしてます。ツイッターでもし見かけましたら生暖かい目で見守ってください。

 猫目 青

 こんにちは。企画主催者の猫目 青です。
 今回はTwitterで日ごろ繰り広げられている、フェミニストの方々とオタクの方々の対立からヒントを得てこのアンソロジー集を作りました。
 とある献血キャンペーンのキャラクターにフェミニストの方々が抗議したことから私はこのアンソロジー企画を思いつきました。曰く、キャラクターの女の子のおっぱいが嫌らしいというのです。騒ぎはそれだけでは終わらず、キャンペーンの第二弾では、手の平を返したように彼女たちは私たちの意見を聞いて、キャンペーンのイラストがよくなったと言い出しました。
 それに対しての作者様の回答は、震災で大変な目にあったから恩返しをしたかったからと言うもの。そして、フェミニストの方のご意見はイラストに取り入れていないというのです。
 何とも不思議な出来事でした。
 フェミニストという思想自体はとても素晴らしいものだと思います。ただ、ネットで見かけるフェミニストの方々は、それを超えてその思想を他者に押し付けるような言動が時々見受けられ、強い違和感を覚えてしまうこともあります。
 胸の大きなキャラを描いたら、それは女性への冒涜なのでしょうか。創作物には様々な解釈が纏わりつきます。どのようにその創作物を解釈するのもその人の自由ですし、それはその人の価値観によって異なったものになります。
 みんながみんな、自分と同じ目線で物事を見つめられる訳ではないのです。
 そんな思いから私はこの企画を立ち上げました。企画途中で色々とトラブルもありましたが、参加者の皆様のおかげでこうしてアンソロジー集を世に出すことができます。
 本当にご参加いただきありがとうございました。

おっぱいアンソロジー

2020年4月14日 発行 初版

著  者:おっぱいアンソロジー企画
発  行:おっぱいアンソロジー企画

bb_B_00163548
bcck: http://bccks.jp/bcck/00163548/info
user: http://bccks.jp/user/142196
format:#002t

Powered by BCCKS

株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp

ナマケモノ

摩訶不思議な物語を生産する『けもの書房』へようこそ。 管理人のナマケモノが神話に関する本から、個性的なSF、ファンタジーの世界に至るまであらゆる異世界をあなたにお届けします。

jacket