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ふしぎの国の運動会
その一、台風のあとの大人たち
町を台風が、まっすぐにとおりぬけようとしていた。
クジラが小さな魚をひとのみするように一面、真暗にかわり、不気味なうなりと地ひびきが空気をふるわせ、全校児童が体育館に避難していた。
「あっち向いてホイ、ひっかかった!」
指さしたケンタが、はずんだ声で笑った。
友だちのケンタとふざけていても、明日がどうなるかでツトムの頭の中はいっぱいだ。
運動場は、まるで水をためた大ざらがなんまいもあり、雨水がえだわかれしたあとは爪みたいで、恐竜の足あとのように見える。
一瞬、風がやみ、外がオレンジ色にそまった。
バキバキと空をかきむしるするどいうなりと、まばゆい光が地面になだれおち、大きな衝撃が走った。
雷だ。
生木が裂ける鈍いひびきとともにツトムの鼓膜ははりさけんばかりになった。
ツトムはとっさに両手で耳をおさえた。
全校児童がざわめきたった。
運動会は、明日だ。
ツトムとケンタは、数人の子どもがいる戸口へ駆けよった。
さっきまで必死に強風に耐えていたセンダンの巨木が、幹の中ほどから真っ二つに折れ、体育館の東側から運動場へかけ倒れている。折れたあたりからは、うっすらけむりが立ち上っている。
子どもたちからは、悲鳴とも歓声ともつかぬ叫び声が上がった。
緊急の会議にいっていた先生が数人もどってきた。
「静かに、静かに」
注意しながらも、顔色は青ざめている。これは延期どころか、もしかすると中止になるかもしれないぞ。
ツトムの期待はふくらんだ。
ところが、それから三十分くらいたったころ、雨と風がうそのようにパタリとやんだ。
あつい雲におおわれていた空に、きれまが見えだし、日ざしがわずかだが顔をのぞかせはじめた。つぶのような光がさわさわと地面におり、ガラスのように水たまりに反射した。
雫が消え、水面が静まりかえり、ツトムにはいっそうさびしく見えた。
それぞれ教室にもどり、いつもの授業となった。 センダンの木が、氷河期に絶えたマンモスのように毛をびっしょりぬらし、グラウンドにへばりついている。ちょうど徒競走のスタートラインをふさぐ形だ。
ツトムは、しずんだ顔で正門に目をやった。荷台に小山のように砂をつんだトラックがやってきていた。
トラックはツトムの眼ざしをよそに深いわだちをつくり、ぬかるんだ運動場へ走りこんできた。荷台をななめにし、砂をひろげていく。五年生と六年生が歩きにくそうに運動場へ集まりだした。何人かはトラックの後ろをのろのろついて、トンボで砂をならしている。「おーい、こっちだこっち」
体育主任の五島先生が、職員室から短パンとはだし姿で出てきた。
「おい、こうするんだ。よく見てろよ」
まわりにいる子どもたちに、お手本を見せている。腕を動かすたびに、あつい胸板がユサユサゆれ、スコップをにぎった腕や肩が弓矢のようにしなり、それに応えるように砂粒は扇形にひろがった。
「ちぇっ、やっぱり運動会はあるのか」
四年の教室を出てから、下駄箱でくつにはきかえていたケンタが言った。
「でも、あのセンダンの木はどうなるのかな」
まだケンタは、あきらめがつかないようだ。
ちょうど二人が、運動場をとりかこむ歩道へ出たときだ。
ゴーッといううなり声をたて、フォークリフトがあらわれた。
小さいわりに、ぶ厚いタイヤをつけ、地面を力強くはうように走ってくる。
運転手は野球帽にサングラスだ。リフトの先に鉄板が乗せてあり、その上にハチマキ姿の男が片ひざを立て、しゃがみこんでいる。片方の腕ですべり落ちないようしっかり車体をにぎり、もう一方の腕にはギザギザの長ひょろい歯をつきだしたチェーンソーをかかえていた。
そんなちょっとかわった二人は、小きざみにスピードを上げ下げし、ツトムとケンタからあまりはなれていない、倒れたセンダンの木へやってきた。
リフトでかなり高い位置まで上げられたハチマキ男は、裂けた幹の厚い皮や折れた枝を切っていく。チェーンソーは、歯がくいこんだしゅんかん、甲高い音を張り上げ、あたり一面に枝と金属がぶつかりあう音をひびきわたらせた。
ツトムとケンタは、感心したようにそれに見入っていた。
ハチマキが下りた後、きれいに切断された幹の下へリフトが差し込まれた。のっそりとマンモスはかかえられ、すみにかたづけられたのだった。
「五島先生、あとはオレにまかせといてくださいよ」
黄色いヘルメットの男が、工事現場でよく見かけるオレンジ色のタンクローラーを運転し、地面を均しながらやってきた。
運転席から、スコップやトンボをもった人だかりへ向け、声がとぶ。
「おい、危ないからどいてろよ」
「ねえ、ツトムくん、せっかくだからもう少し見ていこう」
「ん、ううん‥‥」
二人は、運動場の西側のすみの鉄棒にぶらさがりながらながめることにした。
リレーや徒競走のコースをていねいに何回もまわっては均し、へっこみが大きいときはわざわざ降りて、地面の様子をたしかめていた。
ひととおり終えるとヘルメットから陽にやけた顔と口ひげがのぞき、いかにも満足そうな笑いを浮かべた。胸ポケットからタバコをとりだし、五島先生のところへ歩いていく。
トラックを運転していたリーゼントも、ひと休みのつもりでやってきた。
そこにいる人たちは、よく見ると、行事があるたびに学校で見かける顔だ。
「次郎さん、どうもお世話になります」
「いやいや、先生、おれも台風がきたときにはどうなるかと思ったけど、ぎりぎりセーフってとこですかね。こいつがこんどは会長なもんで、恥はかかせられねえし、あわてましたよ。まあ、土建屋のおれたちにゃあ、これぐらい朝めし前だけど」
口ひげがもぞもぞひげを動かし、嗄れた低い声で言うと、
「いやあ、兄貴がいつでもやれるよう段どっとけって、念をおしてくれてたもんで」
リーゼントが、それよりやや高い口調でつけたす。
「ねえ、ねえ、あの二人知っている?」
ケンタが逆上がりを一回成功させ、言った。
「もしかして、PTAの会長と副会長」
ツトムも、記憶をたどり、そろりと答えた。
「兄弟でやってんだよ。少し前までは上のお兄さんが会長やって、今年は反対に入れかわったんだ。あの二人のお父さんも、そのまたお父さんも、ずっとPTAの会長やってたんだって。父さん言ってたよ」
ケンタのお父さんは、昔、ここの学校で先生をやっていて、それをやめ、今はパン屋をはじめたかわった人だ。だからケンタはツトムの知らない学校のことをいろいろ知っている。パンのお店は少し遠いところにあるせいで、ふだん、二人ははなれて暮らしている。
ツトムもケンタと同じ、お母さんとの二人暮らしだ。
ツトムのお父さんは、三年前、クモ膜下出血で死んでしまった。でも今では、あまり思い出したくない記憶だ。そう言えば、ケンタもお母さんの前では、お父さんの話をあまりしないようにしていると言っていた。
「いやいや、おつかれさん」
リーゼントの会長は、一人一人にあいさつしてまわっていた。まず、フォークリフトのサングラスのとこへ、いそいそとでかける。
「古賀さん、さっそくありがとうございます」
「富岡会長。まあ、これでなんとか運動会もやれそうだね。なんてったって、運動会は、学校の一世一代の花だし、子どもも楽しみにしてるし。教育委員会や保護者にぶざまなものは見せられんでしょう」
「すいませんね。ほんとうならおれがもう一年か二年、体育委員長やらなきゃいけなかったのに。古賀さんより早く会長になんかさせてもらって」
「いや、いいんだよ。あんたの兄貴とは幼なじみだし、いろいろこっちも世話になってるんだから。それに下の娘ができたのがおそかったんで、まだまだ先があるんだよ」
そこで、少し照れたように口もとをほころばせた。
「でも、センダンの木がなくっちゃ、ちょっとさびしいな。たしか校歌にもこの木のことはあったでしょう」
ハチマキ男が、折れた幹をあごでしゃくりながら言った。
「まあ、心配しないでください。おれに考えがありますから」
リーゼントは自信ありげに、目をほそめた。
そのとき、なんの前ぶれもなく上空で、大きくはれつする音がした。バクチクだ。ツトムとケンタは、心臓がおどり上がるほどびっくりした。
「五島先生、とうとうやったみたいだな」
会長は、ふり向くとあわてて音の方へかけだした。見ると、そこに五島先生の大がらな影がちらちらしている。グランドで準備していた子どもたちも、何人か集まっていた。
バクチクは児童用の椅子の脚にガムテープでくくりつけられ、発砲されていた。
「事故ですか」
会長のあわてた声のあと、体育委員長も、子どもたちの輪へ入ってきた。
ところが五島先生は、
「ちょっと景気づけに、予行練習しとこうと思いまして」
大きな二の腕でてれくさそうに頭をかくだけだ。
「先生、練習もいいけど、こんなに子どもがいたんじゃ、危ないですよ」
会長は、半分あきれ顔だ。それからつけくわえるように、
「明日は、入場行進の始まりと閉会式の終わりの合図の二本だけは、ちゃんと古賀さんにさせてくださいね。計画案でそうなってるんだから」
ひきたてられたサングラスも、まんざらでなさそうに白い歯を見せる。
五島先生は、そちらを見ながら、わかってますと何度も頭をかいた。
その二、ある人の、ちょっとかわったじゅんび
ツトムが家に帰ると母のマサミが、いつもより早く物産館の仕事を終え、待っていた。「ツトム、お母さん、明日の運動会のお弁当の材料、何にもそろえてないの。だからすぐに買いにいきましょう」
ツトムとマサミが車でデパートへ行くと、台風でこれなかったぶん、とくに食品売り場はこんでいた。一階のフロアで、あれこれ見ているうちに、買いものかごはいっぱいになった。運動会だけではなく、ここ一週間の食材も買いそろえたころ、ついでに二階の衣料品売り場ものぞいてみることにした。
「あらっ、古賀さん、お買いものですか」
エスカレーターをおりてしばらく歩いていたときのことだ。マサミが、男物の下着売り場で品物を見ていた女の人に声をかけた。相手はハッとして、手にしていたものを台にもどした。
「ああ、夏木さん」
それからちらりとツトムを見て、
「今日は、息子さんとお買い物?」
少し愛想よくし、落ち着きはらうように肩口に力を入れた。
「ええ、台風でなにもできなかったものであわててきたんですよ。古賀さんもですか」
「そうそう、うちも息子のをね」
今度は、さっきより早口だった。マサミも急いでいたので、かるく頭を下げ、それ以上は聞かなかった。それからツトムをうながすように目くばせし、くつ下がおいてある方へ向かった。
「ねえ、さっきの人だれ?」
「古賀さんて言ってね。農業してて、とれたての野菜とかを物産館に出荷してる人よ。今、だんなさんが体育委員長だったかしら」
ツトムは、今日の放課後、学校で見た野球帽でサングラスの男の顔を思い出した。
マサミとツトムがべつの売り場へいなくなってから、体育委員長夫人、古賀道子も、手早く下着をかごにいれ、レジへもっていった。
道子は財布からお金を払いながら、なぜあんなにドギマギしたのか自分の心の中を探るように、さっきまでいた下着売り場をボンヤリながめた。
とっさに息子のだと嘘をついたのはまずかっただろうか。息子は今年高校生一年だ。小学校には年の離れた末娘のジュンがいる。
道子の脳裏に、夫の直人のニヤケた顔が浮かんだ。
直人は、運動会には新しい下着をきていかないと気がすまない。
なんでも小さいときから運動会の朝になると、親が体育服の下をすべて新しいものにかえさせていたそうだ。
新品のメリヤスに肌がふれ、首やうでをとおしたときのにおいや感触がたまらないと、今でもうれしげなのだから仕方ない。そのうえ、今年は体育委員長になったことで、ジャージと運動ぐつまで新しいものを買いそろえさせられた。そのとき下着も準備しておけばよかったのだが、台風のさわぎですっかりわすれてしまっていた。ちょうどトマトの出荷の最中で、ビニールハウスが飛ばないよう、あれこれ動きまわるので必死だった。何気なく洗濯しようと夫の下着を見て気づき、今、大あわてで店にきたしだいだ。
そんな道子が家に帰りつくのとほぼ同時に、直人も準備からもどってきた。
道子はデパートであったことはだまっていた。今さら夫に言う気になれない。
その夜のことだ。娘のジュンとお風呂に入り、上きげんのままふたりで寝室へいった直人のまくらもとには、くつ下とジャージ、下着、それにマジックテープの真新しいくつが、きちんとそろえ、置かれていた。直人は、道子が自分が注文したとおりのことを、ちゃんとやったことにじゅうぶん満足した。
ふとんを肩にかけようとしたときだ。枕もとに置いたばかりの携帯電話が鳴った。
「いよいよ、明日、よろしくたのむな」
PTA副会長、富岡一郎の低い声が、受話器の向こうからとどいてきた。直人と一郎は、本人だけでなく、お互いの息子同士も小中学校で同級だった。
一郎はつづけた。
「あっちのだんどりもつけといたよ」
「じゃあ、いよいよ虎男さんと勲さんを連れだせるんだな」
直人は思わず声を上げそうになり、ジュンの寝顔を見て抑えた。
「ああ、医者は命の保証はしないなんてぬかしやがったが、富岡の家は、運動会なくして語れないんだ。しゃにむにうんと言わせたさ」
「そりゃ、よかった。親子四代のそろいぶみだね」
「よりによってこんなとき親父まで入院したときはゾッとしたが、じいさんはもう先がないし、めいどのみやげに、孫やひ孫の晴れ姿を一度は見せてやりたいと思ってね」
「まあ、おれにできることがあったら、なんでも言ってくれよ」
電話を切ると、直人は深い息をし、ジュンとならんでようやく横になった。
道子の蒲団もしいてはあるが、明日のお弁当やもっていくものの準備で、まだやすむわけにはいかない。これもまた、道子にとっては毎年のことだ。
つかれはてた道子が寝室に行くとジュンの横で直人が大きないびきをかいていた。横になるや道子を怒涛のように睡魔が襲い、彼女はこのまま明日も、どこにも出かけず横になっていたい気分だった。
ベルはそんなことを知るよしもなく、まぶたをこじあけるように鳴りひびいた。
記念すべく、直人自らが体育委員長の運動会がやってきたのだ。
道子は目が覚めたが起きずにいた。これも毎年のことだ。直人はそんなことも知らず、二人が眠っていると思い、急いでベルをとめた。
下着を着がえたあと、新しいジャージにそでをとおす。新品のあまいかおりが鼻先ににおってくる。そして、そろりとふすまをあけ、縁側に出た。サッシ戸をひらくと、まだ十月のはじめとはいえ、かなり冷え込んだ空気が流れ込み、ほほにあたった。
直人は、手にもっていたくつを庭の芝生におき、指先から、かかと、くるぶしへとそっとつつみこむようにはいていった。今年は、下着だけでなく、くつも、ジャージも新しいことに胸の高鳴りはいっそうはげしさをましていくようだ。
つづいて、ゆっくり地面の感触をたしかめ立ち上がった。
なにもかもが今、このときから始まる、そんな気がした。地球がゆっくり自分を中心にまわっている、ふしぎな爽快感だ。
直人は、いよいよこらえきれぬといったように大きく深呼吸した。体のすみずみまで、新鮮な空気がいきわたり、血液の流れがドクドクときこえてくるようだ。ピーンとはりつめたものがやってきた。今だ。直人は、そう直感し、毎年やっていることをはじめた。それは、除夜の鐘にひたりながら年越しそばを食べるようなものだ。
まず、大きくジャンプだ。
二回、三回、からだが宙に飛ぶたびに、全身にエネルギーがみなぎってくる。地面に着地したところで、やおら両手をひろげ、ラジオ体操第一番目の序曲は開始された。ひざをまげ、ひろげたり、とじたりし、くっしん運動をやっていく。
うでを大きくまわし、腰の回転をつかって、外まわし、内まわしがくりかえされる。リズムがリズムをうみ、つぎつぎとからだはほぐされていった。
直人は、関節の節々を動かしながらも、耳だけはたえず冷静さを保ち、ある一点の方向へ集中していた。直人の中ではいよいよ、クライマックスが近づきつつある。やがて、あの音とともに直人自身のからだも天までまいあがることになる。
二度つづけて地面を思いっきりけり、最後に大きくジャンプしたそのしゅんかんだった。
パンッ、パーンッ
どこか遠くの空の彼方で、風船がはじけたような破裂音がした。予想より小さい、気のぬけたしめっぽい音だった。油断していたら、保護者や子どもらが聞きのがすのではないかと心配したほどだ。直人も思わず足首から力がぬけ、よろけそうになった。
─五島先生、しくじったな。
それでもフィニッシュはやりとげねばならない。
かたむきかかったからだをもとにもどし、自分なりに考えた決まりわざにうつった。
思いきって背中をまげ、胸をそらし、後ろをのぞきこむ。ひっくりかえった姿勢でVサインだ。
そのとき、縁側の廊下にねてたと思っていた娘のジュンが、口をポカンとあけ、立っていた。 あどけない顔が、湖面にうつったように逆さまに見える。
「おっ、トイレか」
「 ‥‥」
「お父さん、一足さきにおきてね、こうやっていつも体操やってんだよ」
直人は、慌てて弁解した。
こうして、ちょっとしぶめのバクチクの音とともに、それぞれの運動会の日は始まっていった。
その三、へんな人たちのへんな会話
ツトムも、その音に耳をかたむけていた。
毎年、場所取りをまかせられているツトムは、なんとなくそわそわしていた。
バクチクは迫力にかけ、地味なものだった。
昨日までふりしきっていた台風のひきおこす雨や風の方が、よっぽどツトムの胸をわくわくさせてくれた。
「ツトム、お願いね」
「わかってるよ。いつもやってんだから」
マサミは、台所でツトムの大好物なエビフライをあげていた。ジュージューとあぶらのはじける音といっしょに、こおばしいかおりがぺこぺこのおなかをくすぐる。
「まだうすぐらいから、車には気をつけてね」
運動会でいいのは、朝ごはんにおべんとうのおかずが出てくることだ。ツトムは、食べたいのをぐっとこらえ、シートを自転車のかごに入れ、学校へ向かった。
ペダルをこぎながら、ツトムは去年のことを思いだしていた。少しねぼうしていったばかりに
、かなりはなれた花だんのところしか空いていなかった。早くいこうと気はあせるが、台風が過ぎ去ったばかりで空缶がころがっていたり、泥や石ころが道路に流れた跡がある。おまけに曇り空で目の前がぼんやりし、カーブのところではせっかくでたスピードをおとし、ゆっくりすすんだ。
学校についたころには、グラウンドの外には、さまざまな色とがらのシートが、たて向きや横向きにしいてあった。
「あれっ」
ツトムは自分の目をうたがった。
折れたセンダンの木がもとどおりになっている。少しこぶりになった感じはするが、充分な風格をもち、朝もやのグラウンドを見下ろしていた。
幹の四方はツトムの胴体ぐらいの丸太が支え、囲いで近づけないようになっていた。つなぎめにはグルグルと縄が巻かれ、きっとその内側は、鉄のボルトや太い針金や、いろんな工夫がされているにちがいない。根もとから枝先まで感心したようにツトムは見た。
場所とりも去年より早かったかいあって、徒競走の直線ぞいの見やすいところが残っていた。ツトムはそこへシートをひろげ、重しの石を置いた。 職員室を見ると明かりがつき、人影が動いた。─もう先生たちは、きてるんだよな。
ツトムはじっとその影を目で追った。
─おや、なんだあの人?
赤いシャツにマント姿が、まどぎわに映ったように思えた。ツトムは中をのぞいてみたくなり、近づいた。
念のため、校庭がわでなく、中庭へうつった。わくに手をかけ、からだを持ち上げた。
黒い眼帯をつけたキャプテンクックが、急須にお湯を入れていた。クマがその横で湯のみをならべている。バスガイドさんとチョンマゲをつけたサムライ、それにマント姿のスーパーマンもいた。そんなへんなかっこうの人たちが、テーブルにあつまっていた。
予想もしていない光景に、ツトムは息をのんだ。
「しかし、センダンの木も、ぶじなおせてよかったですな。あれだけの大きな木も、富岡さんたちにはなんていうことはないんですから。でもプログラムは若干、天候も考え、早くすすめる必要があるでしょう。五島先生、職員会議のときまでに案を考えておいてくださいよ」
チョンマゲが椅子に座り、細かい注文をつけている。刀をぬき、切り先を見ていた。
「それはそうと先生、予行練習までしていたにしてはバクチクの勢いが今ひとつでしたが‥‥」
チョンマゲは、からかうように聞いた。それでも目つきは疑ぐりぶかかった。
「校長先生、バクチクは、風向きも時間もすべてが最高の条件がととのっておりました。ただちょっと、このマントがじゃましまして」
スーパーマンは、マントのできぐあいをたしかめでもするように、なんどもえりもとをひっぱり上げた。
「まさか、そのかっこうで行ったんですか」
チョンマゲは驚きとともに首を左右に動かした。反動でカツラが少しずれ、地毛が飛び出した。
「上がるほんの一瞬、ちょっとマントがひっかかり斜めに飛びまして‥‥」
スーパーマンは、悪びれたところも見せない。
キャプテンクックが、重箱をもってきた。
「母が先生がたに召し上がっていただきなさいって持たせまして」
「ほーお、おはぎですね。林先生は採用されてはじめての運動会ですから、さぞご両親もおよろこびでしょう。それに放送担当で、美声が生かせるし」
バスガイドは、両手で大きな胸のふくらみをおさえながら、箱の中をのぞきこんだ。
「はい、かならずビデオにとってやるから、みっともないまねだけはするなって、うるさいんです」
クック船長はそこで、はずかしそうに眼帯をはずした。二重の大きな瞳があらわれた。
「それじゃあ、みなさん、せっかくですからえんりょなくいただきましょうか」
どうやらバスガイドは、甘いものに目がなさそうだ。
「でもやっぱり、食べる前にこれははずさないと、さっきから息苦しくて」
胸もとに手をいれ、ふくらみにつまったものをひっぱりだした。大きな二個の風船が、はずむように出てきた。
「あははは。教頭先生のその姿を見たら、子どもたちもさぞびっくりするでしょうな」
「PTAの父親たちが興奮するんじゃないですか。奥さんよりグラマーだって」
スーパーマンはそう言うが早いか、チョンマゲの横で、いよいよジャンプまではじめた。
ツトムが不思議に思ったのは、クマだ。クマのぬいぐるみだけが、さっきからだまったままだ。
「しかし、五島先生、この仮装リレーだけはなんとかなりませんか」
胸がはだけ、すっきりしたバスガイドはそう言うと、おはぎをほおばったままスーパーマンをうらめしげに見た。
「開校百年の記念ですから。PTAも、どんな出しものをするか楽しみにしてますし」
「だったらどうです五島先生、いっそ組体操の指揮もその格好でされたら」
思いもしないアイデアに、まんざらでもなさそうにマントを一、二度振ったスーパーマンは笑顔になった。
「校長先生のお墨付きがあれば喜んで。でも、組体操も、一度やるかやらないかで、たいへんだった年があるって聞いてますが‥‥」
前から聞きたかったのか、急に改まった口調になった。
「ああ、あの年のことか」
チョンマゲが、あまり思い出したくなさそうに眉をしかめた。
クマがかぶりものをとったのは、そのときだ。中にいたのは、担任の田口先生だ。
「今からちょうど七年前ですかな、わたしがこの学校の教頭をしておりまして、障害児が一人いたんですよ。そうでしたな。教頭先生」
チョンマゲはいきなりバスガイドを名指しした。
「あなたが、その子の受け持ちをなさったときのことでしたね」
「えっ、教頭先生が‥‥ですか」
スーパーマンが、意外そうにマントをひるがえした。
「ええまあ‥‥、担任といっても私はあくまでも支援学級の方で、子どもはできるだけ原学級にかえしていましたが‥‥」
バスガイドがはっきりしないので、チョンマゲがかわりに話しはじめた。
「たしか、あなたはあれが最後の担任で、その後、別の学校へ転任され、そこで教頭になられたんでしたな」
出世の話となると、たちまちバスガイドからもじもじは消え、背筋をピンと伸ばした。
「二つ学校を異動し、教頭としてまたここへもどってきたのです」
「まあ、とにかくあの年は、いろいろもめました」
チョンマゲが再び目をしかめ、厳しい表情で言った。
「校長先生、私も体育主任としてぜひ知っておきたいので、お聞かせ願えませんか」
スーパーマンがマントでくるりと身をつつみ、直立の姿勢で言った。
「わかりました。そこまでおっしゃるんなら、お話ししましょう」
チョンマゲはさらに椅子に深く腰を下ろした。
「障害児が一人おりまして、恒例の組体操をやめてちがう種目にするかどうかでこじれたんです」
「どんな障害だったんですか」
スーパーマンが、マントをひっぱりあげ聞いた。
「自閉的傾向が強かったんです。集中力がたもてなくて、練習していてもふっと力をぬいてしまうんですよ。それに、いろいろこだわりもつよいですし」
チョンマゲは眉間に力を入れ、真剣になった。
するとバスガイドが、開き直ったように声を大きくして、いかにも手柄話のように演説口調で言った。
「わたしは、当時の校長や教頭先生の意も汲み、組体操は保護者も楽しみにしてるので、なんならその子には見学させてはどうかと原学級の先生にお願いしたんですが、本人とクラスの子がいっしょにやりたい気持ちを大事にしたいと折れませんで、それでごたつきまして」
「うわあ、組体操がなけりゃ、運動会らしさがぜんぜんないじゃありませんか」
スーパーマンは、両手を広げ大仰にさけんだ。
「そうでしょうか」
そこで初めて田口先生が声を出した。
「私は、その気持ちは一番大切にすべきと思いますが」
スーパーマンは田口先生をちらりと見ると、まるで邪魔者が入ったように咳払いし、チョンマゲをおだてるように、そちらへ身を乗り出し催促した。
「それで、どうなったんです?」
「富岡一家の登場ですよ。お兄さんの一郎さんが会長のときで、それに今、体育委員長をしている古賀さんの長男も同じ学年にいたもんで、みんなで一致団結しましてね、まあ、かなり内容を簡単にするということで妥協させまして、いつもの形を貫いたんです。まっ、そのおかげというか、私もごたごたを乗り切ったということでそのままここの校長になり、退職の今年までいさせてはいただいてはおるんですが」 」
田口先生が、打ち明けるように強く言った。
「そのとき原学級の担任をしていた教師が今、私のクラスにいる竹本健太のお父さんなんです」
バスガイドが何で今、ここでそんなことを言うのかというように血相をかえ、その姿を見たチョンマゲは、いかにもふきげんそうに立ち上がった。
「組体操の件はもう終わったことです。とにかく、今年、この記念すべき仮装リレーに出れることは名誉なことなのですから、しっかり目立ってくださいよ」
はぐらかすような一言後、校長室へ消えるや、職員室は水をうったように静かになった。
教頭先生は、急いでおはぎをもう一個口にいれ、風船をもったまま、あとを追うように職員室を後にした。
残った先生たちは、ホッとしたように椅子にすわって食べたり飲んだりのつづきとなった。
そんな光景を見ながら、ツトムもマサミのことを思い出した。
早く帰らないと心配している。ケンタのお父さんのことが出たのには驚いたが、今は、そんなことはどうでもいい。
ツトムは、ありったけの力で自転車をこいだ。
校長室では、チョンマゲとバスガイドがソファーにもたれ話し合っていた。
机の上の花瓶には、豪華な生け花が飾られていた。
「校長先生も、さぞお困りになったでしょう。まさかあの竹本先生が今日、久保田良とパンを売りたいから、許可してほしいと言ってきてるなんて口がさけても言えませんからな」
「まあ、我が校の卒業生ですし、いい加減にもできませんし。あなたの提案どおりチラシを配るぐらいならいいということでどうでしょうか。販売は、ほかの業者のこともあるし、あくまで学校の外でやってくれということで」
「ありがとうございます。さっそく電話しておきます。わたしも、一応、元受け持った身としては、そうしていただけるとたすかります」
「でもまあ、教頭先生、あなた竹本先生には何かと頭があがりませんなあ」
「へっ?」
バスガイドは、とぼけたように首をかしげ、その場をどうつくろっていいかわからないふうに風船をぎゅっとつかんだり、スカートのすそをひっぱったりした。
そのころ、ケンタも、バクチクが鳴ってから、そわそわしながら居間にいた。
父親のアキオがやってくる時刻が近づいていた。ケンタがアキオと会うのは、一と月ぶりだ。
「お父さん、あなたをむかえにきてから、いっしょに学校へ行くそうよ。だから待っててね」
母親のミドリがどうしても仕事の都合がつかず、アキオと行くことになったのだ。ミドリは、運動会の持ち物をまとめだした。
ケンタは、トイレにいったり、リモコンでテレビのチャンネルをあちこちかえたりし、落ち着かなかった。
やがて車のエンジン音がし、反射的にテレビのスイッチを切った。タイヤが砂利とこすれ、ブレーキのきしむ音がつたわってきた。
ケンタが玄関へ出ると、見たことのないかわった箱型のバンがとまっていた。
「よう、ケンタ、元気か」
前の扉以外、出口はなく、車体の中央に大きな窓があり、『おいしいパン、やきたてのパン』とかいてあった。
「リョウ、出ておいで」
助手席から、いがぐり頭の少しでっぷりした子がおりてきた。
ケンタより年がひとまわり上だろうか、ブツブツ小さな声でなにやらつぶやいている。
伏し目がちに外を見て、諦めたのか、ふんぎりがついたように二度ほどうなずくとおりてきた。力任せに閉めたため、扉がすごい勢いで閉まった。
「ここ、タケモっちゃんち?」
「そうだよ。紹介するよ。タケモっちゃんの息子のケンタ」
ケンタはあっけにとられ、おどおどした。その子は、ケンタの顔をじろじろ見た。
「この子は、お父さんが前にうけもっていた久保田良くんって言うんだ」
リョウは、そのとき初めて目を細め、右手の甲で鼻をかむように、グスンと笑った。
「運動会のプログラム、見せて」
それから白い歯をニッとのぞかせ、ケンタにいきなり、左手をさしだしてきた。
「ああ、リョウは、そのことがずっと気になってたもんな。ケンタ、たのむよ」
アキオは、まだ家に上がろうとしない。
「うん、わかったけど‥‥プログラムは家にあるんだ」
ケンタは、ミドリのことが気になり玄関の方を見た。
「じゃあ、リョウ、中へちょっとだけ入ろうか」
アキオもリョウを誘った。
リョウは、なんの合図か、右手で拳をつくり、それを左の掌にたたきつけた。それからうれしそうに甲高い声を上げ、ステップを踏み、数歩踊るように歩いた。
「組たいそうあるかなあ‥‥」
いきなり方向をかえ、アキオに近づくと、相手の顔をのぞきこんだ。
「さあな、おれにもわからないよ」
アキオは、肩をだき、ふたたびリョウをうながした。
「組たいそう、あるかどうかしんぱいだなあ‥‥」
「そうだね。まあ、あってもだいじょうぶだよ。もうお前は卒業したんだから」
アキオは、気にするなというように微笑んだ。
その四、はじまったそれぞれの運動会
車の荷台には、さまざまな道具がつまれていた。小さなスクリューのついた細長いボールと、こね機に小型のガスボンベ、青いゴム管がつながったオーブンと鉄板が数枚あった。
「お父さん、なにする気?」
リョウの後ろから、ガタガタ音を立てる道具を背中ごしに見ていたケンタが聞いた。
「きまってるだろう、パンをつくって売るんだよ」
意外な返事に、ケンタの声は上ずった。
「そんなことできるの」
「路上販売の許可証はもってるから、どこでだってだいじょうぶさ」
ケンタは安心し、おもしろそうに思えてきた。
「組たいそう、やっぱりあるよ」
リョウが、プログラムを突き出すなりジロリとアキオを見た。
「あっ、そうか。ずっとつづいてんだな」
アキオは、またあいている手でリョウの肩をポンポンたたいた。
ケンタは学校の少し手前でおろしてもらった。
「ここから歩いていくよ」
アキオはうなずくと、道路の端に横づけした。
校門をくぐってケンタはおどろいた。
センダンの木が立っていた。雷でたおれる前とかわらず、ごつごつした木肌をさらし、体育館真横によみがえっていた。囲いの外にオールバックと口ひげがニンマリ自信ありげに眺めていた。
「だめだぞ。さわっちゃ」
口ひげが手を伸ばそうとしたケンタを注意した。ケンタはだまって教室へ行った。
「ツトムくん、見た? 木がもとにもどってるよ」
「うん、場所とりにきたときから知ってたよ」
二人は、応援のため自分たちの椅子を運動場のテントへもっていった。整地されたばかりの地面は砂でやわらかかった。
「椅子をならべた人は、入場門前にいって色別にならびなさい。入場行進が始まるわよ」
田口先生が、テントをまわってきた。
ふちなし眼鏡をかけ、黄色いシャツに紺のジャージだ。田口先生の担当は黄色で、ツトムやケンタの青団ではなかった。
「さあ、どの色が早くならぶか。団長、しっかりたのむぞ」
五島先生が真赤なシャツのそでをいつものようにまくりあげ、あらわれた。下は昨日と同じ短パンにはだし、筋肉でパンパンに張った太腿がのぞいていた。
「おーい、青はこっちだぞ」
ツトムとケンタは聞きおぼえのする六年の方へいそいだ。
ツトムたちの横にかがんでいる低学年の子は砂で山をつくり、小石を上からころがしていた。 おしりをつき、足の指を砂でうめては毛虫のようによじって、砂から出すことをくりかえしている子や熱心に小えだで絵をかく子もいる。だれも先生や六年生に耳をかたむけていない感じだ。
ツトムとケンタも、楽しそうなので砂いじりをはじめた。
「よーし、全員起立!」
五島先生の笛を合図に、全校児童が立ち上がった。いかにも重そうにおしりをあげ、砂をはたいたため、しめっぽいほこりがたった。
「前にならい! なおれ!」
ツトムも緊張し、口の中がかわきだした。
「先生、おなかがいたいそうです」
急にしゃがみこみ、脇腹をおさえる一年生を、五年の女子が、だきかかえた。
田口先生が近づき、うでをとって、その子を列からはずした。
「足ぶみはじめ」
五島先生はそんなことにおかまいなく、自分のペースでやっていく。
パーン、パーンパーンッ
サングラスがバクチクを上げたようだ。
野球帽を目深にかぶり、鉄棒横で両耳をおさえ、小さくしゃがみこんでいた。
行進曲が鳴り出した。
中央テントでは林先生が机にひじをついて、マイクを両手でにぎり、話し出すタイミングをはかりながららじっと動きを見ていた。
「昨年の優勝チーム、黄色を先頭に、青、赤がつづき、入場してきました」
やがて、つやとはりのある声が、運動場にとりつけられた三つのスピーカーからこだました。
入場行進だけは放送係の児童も出場しているため、林先生は大張りきりだ。次のアナウンスのため口を大きくあけた。
運動場を半周したころ、曲はかわった。
「おお、洋子がいたぞ」
林先生の両親がテントの真横へあらわれた、父親が手を振っていた。
「洋子、こっちを向いてくれ。ビデオとるから」
テントの斜め前へまわり、声をかけた。
林先生は注文に応じ立ち上がり、プロレスのリングアナウンサーのように、仁王立ちになり、さらにつよくマイクをにぎりしめた。
腹の底からしぼりあげた声は、すでに絶叫に近かった。
「さあ、常葉小学校、全校児童、ここに集結しました」
本部テント前にはリーゼントに口ひげ、サングラス、ハチマキたちが直立し、その流れを見守っていた。
異様な熱気の中で全員が整列し終わった。
児童代表の誓いの言葉が始まった。
各団の一年生三人が、ぎこちない足取りで朝礼台へかけよってきた。チョンマゲ校長が台へのぼり、その言葉をさも優し気に笑顔で聞きとどけた。
つづいて校長のあいさつになった。
「全校児童のみなさん、台風が昨日まであばれておりましたが、みなさんの日頃の努力を知ったのか雨もやみ、さわやかな風が‥‥」
言いかけたとき、突風がとどろき、渦を巻いて運動場を走りぬけた。リーゼントがあわててセンダンの木へ目をやったが、びくともしていなかった。他の役員も誇らしげに大きく息をし、胸をはった。
「どうです、みなさん。あれほど心配していた我が校を象徴するセンダンの木も、このようにたくましくよみがえりました」
この機をのがすまいと、校長は調子にのってきた。
「センダンの木あるところ常葉小あり、常葉小あるところセンダンの木あり。常葉小は永遠に不滅なのであります」
口ひげは満足そうにうなずいた。
「そして、みなさん、ちょっと後ろを見てください」
児童たちは、突然の注文に、重たげに首を動かした。
「かつてこの学校を、PTA会長としてささえてくださった富岡虎男さん、勲さん親子が病身をおし、かけつけてくださいました」
そこには、車から下ろされた二台のストレッチャーと、その上に白い布でおおわれた人影が二つ、横たわったままこちらを向いていた。いつのまに来たのか救急車もいて、サイレン灯を点滅させ待機していた。
すすり泣きのようなものが聞こえたのでツトムは正面をふり向いた。
リーゼント、口ひげがうつむき、タオルで目がしらをおさえている。サングラス、ハチマキも肩をたたき、だき合っていた。
チョンマゲ校長は思わず声をふるわせだした。
「あああ‥‥、みなさん。かくもすばらしき人たちによってつくられてきたこの大運動会を、今年も成功にみちびきましょう」
目を赤くしたリーゼントが朝礼台に上がった。
児童をすみからすみまで見わたし、ふーっと一息いれるとPTA会長のあいさつを始めた。それはいつもどおりのとても退屈なものだった。
開会式が終わり、テントへもどると競技が開始された。
児童のアナウンスで、いつくずれるかも知れない天気を考慮し、プログラムが省略されることが伝えられた。
「ツトム、がんばれ!」
四年の徒競走が始まった。
マサミが、シートの上で声援を送っていた。声はツトムの耳の中で反響し、うんうんうなった。スタートすると前の走者はスローモーションのように動き、追いつけそうで差はなかなかちぢまらなかった。ツトムは三位でゴールした。
テントに帰っても六年生は全員、応援団や係でいなく、五年生、四年生はいるにはいたが数が少なかった。
「ゲームしに、教室にいってんだよ」
ケンタがツトムに言った。
「相談してるの聞いたんだ。ソフトなにもってくるかって」
ツトムは、合点したようにうなずいた。
「さあ、ごらんください。すばらしき新入生のダンス、『朝からファイトで、おサルさん』です」
タンブリンと鈴の音が、スピーカーから鳴りひびきだした。
ビニールのポリ袋でつくった衣装をきた一年生たちが小走りに運動場をうめつくしていった。
ふたてにわかれ円をつくり、児童はみな、両手にポンポンをもっている。林先生が手本となっておどった。
「ご観覧のみなさん、林先生の迫力満点の踊りにもご注目ください」
エアロビの経験がある林先生は、台の上で回るとき、腰を大きくくねくねゆらす。あちこちのテントから歓声がわきおこった。中には指笛をふく六年生の男子もいる。林先生はさらにのってきた。両足を左右交互に上げ下げし、チアリーダーのように踊りだした。おしりにつけたテープのしっぽがそのたびに跳ね上がって、背中にむちのように当たった。
「洋子、がんばって」
今度は母親の声がした。
音楽は、やがて終わった。
一年生は、しゃがみ、ポンポンをゆらす決まりのポーズで待っていた。ところが林先生は、まだからだを前後左右に動かしおどっている。われんばかりの拍手だった場内にも、失笑がこぼれはじめ、あわてた教頭がテント手前から声をかけ、両腕をクロスさせバッテンをした。
「先生、先生、終わってる、終わってる」
林先生はキョトンとし、ポンポンを宙にさしだしたまま、しばらくたちつくしていた。
やがて周囲を見まわし我にかえると、照れたように赤くなり、さっと決まりのポーズをとり、終わりの笛を吹いたのだった。
「パンはいかがですか。やきたてのおいしいパンは、いかがですか」
どこからか演技におかまいなく叫ぶ、甲高い声がした。
リョウだ。
一声発するたびに、周囲の子どもたちがふり向くが、本人は一向に気にするふうでもなかった。
後ろをチラシくばりをしているのはアキオだ。
ケンタは恥ずかしくて知らんぷりしておこうと思ったが、アキオの方がさきに気づいてしまった。
「ようケンタ、ここにいたのか。よかったら友だちにパンすすめてくれないか」
「お父さん、だめだよ、ここは学校なんだから」
ケンタは、こまったふうに眉をしかめた。
「ちゃんと校長には話をつけてるからだいじょうぶだよ。リョウはここの卒業生だし、チラシくばって宣伝するだけならいいんだって」
リョウはそう言っている間も、つぎつぎとテントをまわって行っている。
「じゃあ、またな」
アキオも、あわてるように追っていった。
「ねえ、あの子だれ?」
ツトムが聞いてきた。
「お父さんの教え子なんだって」
「へええ‥‥」
ツトムは、しばらく珍しそうに見ていた。
ケンタはそんなツトムの眼ざしをさけるように、グランドへ目をうつした。万国旗がパタパタ音立ててゆれていた。ゆれはしだいに強くなり、空には、厚い灰色の雲がにごった絵の具のように広がりだした。
本部テントでは、天気の予想以上の急転を察し、校長、教頭、PTA会長たちが集まり相談しはじめた。
「ええ、ただいま入りました情報によりますと、午後から今以上の天候悪化が考えられます。そのためプログラムをさらに早めたいと思います」
林先生が緊張した面持ちでしゃべりだした。場内が気のせいかしんとなったようだった。
「我が校の伝統ある種目、六年生によります組体操を先に行います」
場内にどよめきがおこった。
シートにすわった保護者からわれんばかりの拍手がわき起こった。
六年生がいっせいに入場門と退場門にわかれならびだした。
スーパーマンの恰好をした五島先生が朝礼台に立った。それだけで場内はさらにざわめき立った。
左右確認し、高らかに笛を鳴らすと、六年児童がわーっと歓声を上げ、グラウンドへなだれこんできた。
まずは音楽に合わせうでをつなぎながら、からだをくねらせ波をつくった。大波小波バランスよく、リズムよく押しだされていった。
そのときだ。
足をひきずるように、奇妙なステップをふみながら一番後ろの列に参加した私服の子がいた。でっぷりと肩のあたりに肉がつき、お腹も出て、どう見ても小学生ではない。波の一番後ろの端で、合わないながらからだをくねらせていた。
思いもよらぬことに、みんながその存在に気づくまで少し間があった。
「あれは、さっきの子だよね?」
ツトムが指さした。まちがいない、リョウだ。リーゼントたちも驚いた様子だった。
「息子と同級だったリョウじゃないか」
口ひげが叫ぶとサングラスもうなずいた。
すかさず体育委員長と副会長の二人は、グラウンドへつかまえに行った。
その五、 おいしいパンはいかが‥‥
リョウはいきなり倒立する児童の間に入ったかと思うと、しゃがんで下へもぐりこみ、意外な方向へとびだしていった。
ここぞというときのからだの動きは素早く、回りの目を気にし気にし追いかける二人には、なかなかつかまらなかった。
そうこうするうちに、児童たちは十文字に隊列をつくり、行進しながら正面から一人ずつ隙間に入り交差しあう演技へうつった。
整然と混じっては離れ、たて糸とよこ糸のように編み目模様を織りなしていく見ごたえのあるシーンだ。
「あっ、いたぞ」
サングラスが叫んだ。
リョウは、交差し合うその真中に、ひざをかかえ小さくなってすわり込んでいた。列が右や左、中央から外側へいったりきたりするので、近づくのは困難だ。じっと最後のクライマックスの三段やぐらを待つしかない。
シンフォニーが鳴りやみ、ビートのきいたロック調へかわった。
いよいよ大音響とともに、最後の演技が始まる。
自分の役に集中する児童と児童とのすきまがみつかると、サングラスと口ひげはぬうように、 リョウを挟み撃ちにするつもりでじわじわ歩みよった。
ちょうどその後ろではいよいよ一段目が立ち上がり、その肩に足を置いた二段、さらにしゃがんだ三段目が空へ向け、背を伸ばしだしていた。
「ごらんください。三段やぐらが完成します」
見学者が、いっせいに注目したそのときだ。二人は、うんむとリョウのうでをつかんだ。
リョウはようやくつかまったことにまるで安心したように唇を半開きにし、いたずらっ子のように笑った。
サングラスと口ひげは、静まったグラウンドの中で少し冷静になり、ようやく事態がのみこめてきたようだ。
互いに顏を見合わせた後、すぐに真剣な表情にかわった。まるで打ち合わせでもしていたように満面の笑顔をつくり、正面を向いた。
リョウの手を祝福でもするように頭上高々とあげ、からだを倒し、おうぎの形をつくった。
後ろでは三段やぐらも完成し、周りを六年がつくりだす波や倒立、ひざの上に立っての万歳のポーズ、腕立て、親亀小亀とあざやかな模様がなされていった。
場内に、水をうった静けさが流れた。
沈黙の中、口ひげとサングラスはさらに白い歯をこぼし、観客にサービスした。
「きまつた!! 記念すべき百周年、組体操最後の三段やぐらが決まりました。お見事です。そしてみなさんごらんください。三段やぐらの前をかざるのは、PTA副会長と体育委員長、そして卒業生、えーっと、えーっと‥‥、ハイ、久保田良くんです」
まずは本部テントから拍手がおこり、場内に広がると、われんばかりの喝采になった。
「リョウ、いいぞ」
アキオの声だ。
どこで見ているのだろうか。
ケンタは立ち上がり、ぐるりを見回すと、本部テント横に、頭にタオルを巻き、前掛けしたアキオが両掌を口にかざし、声をあげていた。
林先生にリョウの名前を教えたのはアキオらしい。
そのとなりには校長と教頭が、口をあんぐり開け、呆然とした様子で腕組している。
「リョウ、よかったな」
グラウンドからもどってきたリョウは、アキオの声に耳もかさず、すたすた教頭の前に歩いてきた。
「あっあっ‥‥。ひさしぶりだね。リョウくん」
教頭は、椅子から立ち上がりしな、握手しようと手を差し出してきた。リョウも腕を出し、お互いに握り合いながら、
「もう、なれた?、岩松先生、もう、なれた?」
「いったいなんのことかなあ‥‥」
教頭は困り果てたように首をかしげた。校長に視線を送るが、相手は知らんふりだ。
「教頭先生に、もうなれた?」
そばで聞いていたアキオが、意味ありげに微笑んだ。
そこへ顔中汗だらけの口ひげとサングラスももどってき、リーゼントたちといっしょに、その場を取り囲みだした。
「教頭先生の試験だから、ぼくもタケモッチャのとこイッテキマース。教頭先生なれるように、ぼくもガンバリマース」
リョウは、掌を拳でたたくポーズをした。
からだを大きくゆすりながら、その場でジャンプし、ニヤリと不敵な笑いを浮かべた。
「えっ、なんのこと、それ。リョウくん、こんなところで、先生いそがしいんだよ」
「リョウ、もうパンつくりがあるからいくぞ」
アキオは、どこまでもハッキリさせたそうな、目のすわりかかったリョウに声をかけた。
赤面した教頭のとなりでは、相かわらず校長が他人ごとのように椅子に深々と腰をおろし、天気のなりゆきでも心配するようにわざとらしく空を仰いでいた。
プログラムは、まだまだ省略されてきた。
「常葉小、創立百周年、先生方によります仮装チームが、PTA役員のみなさんのチームと競います。こりにこったコスチューム、さあ、いったいだれでしょうか。お楽しみください」
林先生もが出場するため、児童によるアナウンスがグラウンドに流れた。
「さあ、登場しました。まずは、常葉小のサムライ、心づよい用心棒の登場です。武士は食わねど高楊枝。チョンマゲつけてハカマきて、さてさて、わたしはだれでしょう」
このとき、チョンマゲ校長は、クスクス笑っていた児童に刀をぬき、大立ち回りをしてみせた。ところが、ふりまわすまではよかったが、バランスをくずし、刀がうまくサヤにおさまらず転び、かつらがぽろりと落ちてしまった。あわててかぶりなおすと今度は前後反対で、場内がどっと笑いにつつまれた。
「つづいて登場は、グラマーバスガイド。ハッシャオーライ、どこまでも。あれあれだれです? オレもこんな人といっしょに旅行したいって言ってるお父さんは」
ウエーッ、とか吐きそうとか男の子が叫べば、気持ちわるいと言って目をふせる女の子もあらわれる始末。特に母親たちは、なんとも言えない表情だ。
それでもバスガイド教頭は意にも解さず、胸に入れた風船をむんずと両手でにぎり、ひきあげると、腰を左右へゆさゆさ動かした。黒のアミタイツからすね毛が、モジャモジャはみだしている。
「そして、クック船長がやってきました」
「洋子、いいぞお」
父親はグラウンドの中へずけずけ進み、足もとから頭までなめるようにズームで撮影に入った。
母親は、こんなときにもチョンマゲやバスガイドに娘をよろしくと頭を下げて回っている。
「おやおや、かわいいクマのプーさんですね」
田口先生だ。中にいるのはだれだろう、回りの子たちがうわさし合うが、ツトムは自分だけ知っていることに、少しばかり優越感をもった。
やがて、リーゼントやサングラス、口ひげ、ハチマキといったPTA組も入場し、すべてが終わったときだ。
場内にシンバルが鳴り響き、ファンファーレがとどろいた。
それに合わせるように、児童のアナウンスが叫んだ。
「おっ、この音楽。どこかで聞いた感じ‥‥。いったいなんでしょう」
ファンファーレとは不釣合いな、どこかばかばかしげな冷めた声でもあった。
「鳥よ、飛行機よ、トンボよ。いいえ、われらが常葉小のスーパーマンよ」
入場門から、さっそうとマントをひるがえし走ってきたのは、Sの字をマジックで書いたランニングシャツにオレンジのタイツ、顔には白粉をたっぷりつけた五島先生だ。
両手をひろげ、グラウンドを大きくジグザグに、波打たせながら一周する。
場内からすでに組体操で見ていただけにさして驚きは起きず、白けたような空気が満ちだした。そんなことはお構いなく五島先生は、筋肉モリモリのからだをこれ見よがしに、ゆっくり大回りに走っていく。
そのときだ。
ふいに五島先生のからだが、前傾のままストップモーションのように静止した。だれかがマントをにぎったらしい。カーブを描き、真ん中よりへ移動しようとしていた五島先生の足は棒立ちになり、石につまずいたようにつんのめると、前へドサンと倒れてしまった。びりっと音がし、マントも途中からやぶれてしまった。
白粉がまぶされた頬やオデコは砂まみれで目や口もとは醜くゆがみ、今にも泣きそうだ。
場内にこれまでで一番の笑いの渦が巻き起こった。
マントの切れはしをにぎっている児童をキッとにらんだ五島先生は、盛り上がりにマジギレできず、つくり笑いとオーバーな動作で立ち上がるとチョンマゲたちのところへ隠れるように駆けていった。
「今、常葉小の歴史を刻む英雄たちが、さっそうと勢ぞろいしました。‥‥わーっ、コワーッ、この風‥‥」
思わず児童がマイクで叫んだ。
グウオーッ、グウオーッ、ギイュー。
それはまるで嵐の夜に海岸の堤防に打ち寄せる大波のようだった。グラウンドにいただれもが、その勢いに煽られるように上空を見た。
開会式で吹いたとき以上の突風が、グラウンドを駆け回っていた。
洞窟を吹き抜ける風が低い音をたて凄むように、今、常葉小にあらわれた突風のかたまりも、 一頭の竜となり巨大な羽を動かし、透明の火を吹きだし始めていた。
万国旗がせわしくはためき、中の一本がついにひきちぎれた。
旗はつぎつぎと糸から放たれ、紙くずのように空の彼方へ消え、国旗も、団旗もすべてがバタバタと激しくゆれていた。テントのポールが布地といっしょに地面から浮き上がった。。
一分ほどたっただろうか。
風がすこし弱まったとき、センダンの木の異変に気づいたのは、向かい側にいた児童と親たちだった。
「あぶない!!」
「たおれかかってるぞ!!」
林先生が、クック船長のままアナウンス席に駆けもどった。
「みなさん避難してください。センダンの木のそばにいる人はすぐに離れてください」
スーパーマンも、児童や見学者の誘導のため、千切れたマントをゆらし飛び出した。サングラスたちも、根もとに近づき、倒れる方向からどんどん手を引いて移動させた。
チョンマゲやバスガイドは、センダンの木がたおれてもとどかない場所で、おろおろしながら見守っている。
「林先生、そのテントにいたらあぶないですよ」
プーさんから顔だけだした田口先生が、無我夢中でマイクをはなさない初任教師をつれだした。
「そっちへいくぞ」
叫んだのは、サングラスだった。
センダンの木はゆっくり傾き、ささえていた四本の丸太を髪どめのようにやすやすとはねとばすと、巻かれていた太い縄や針金をきゅうくつそうにひきちぎり、中で固定されていた鉄板とボルトをあっけなくねじまげた。ギギーッという鈍い音とともに、加速がつくと空気を切るような鋭い摩擦音へかわり、最後は波しぶきのような破裂音で地面にたたきつけられた。
マンモスはふたたび、倒れてしまった。
本部テントへもどった林先生が、袴を引きずり遅れてきた校長に耳打ちされながらアナウンスを再開した。
「みなさんだいじょうぶでしたか。各先生は児童の安否確認の上、すぐに連絡に来てください。それが終わり次第、急ではありますが閉会式にうつりたいと思います」
「ねえ、なにがあったの?」
ゲームをしに教室と運動場を行き来していた子が数人、キョトンとした顔でもどってきた。つぶさに見ていたツトムとケンタも、呆れて答える気になれなかった。
どよめいていた見学客も、じょじょにもとの場所へもどりはじめた。
「パンがやけました。パンがやけました。やきたてパンです」
リョウの声がした。
試食のパンをカゴに入れ、自分もくるみパンをかじりながら、少々青ざめている保護者の方へ入っていっている。
焼き立ての香りがツトムやケンタたちのテントにもとどき、鼻をくすぐった。
「数、あんまりないです。安全なパンです」
徐々に反響があっているようだ。
「児童もみんな無事です。見学者にもけが人は一人もおられません。皆さんのお力の賜物です。それでは閉会式に移りますので児童の皆さんは、開会式のように整列してください」。
アナウンスが拍車をかけたように食べた客から、おいしい。素朴な味、と声が上がり、一人、二人と気を取りなおしたように車道にとめてある店舗へ行きだした。
買ってきた人たちがもどってくるや、さっそくもらって味見している人もいる。
閉会式が始まったときには、車には長い列ができていた。
運動場の見学席はガランとなった。
ケンタたちはセンダンの木を横目に整列した。
口ひげやリーゼントたちは肩を落とし、マンモスをどける気力も体力も残ってなさそうだ。
すべてのあいさつが終わったときだった。
パーン、パーン、パーーン
体育委員長の上げたバクチクが、曇り空をつきぬけるようにひびきわたった。
運動会は午前中で終わってしまった。
簡単な片づけも終わり、ケンタが校門を出ようとしたときだ。
「ケンタ、てつだってくれよ。これが終わったら母さんの作った弁当とパン、一緒にたべような」
アキオの声がした。
焼き上がったパンをザルにならべ、お客さんの注文を聞いては一個ずつ袋づめしている。
「ケンタくんのお父さん、パンづくりじょうずね」
同じクラスのみっちゃんが紙袋をかかえ、横をとおりすぎた。ケンタは照れくさそうに下を向いた。
「ケンタくん、じゃあーね」
ツトムがマサミといっしょに帰っていく。
パンのふくろづめを手伝うため、ケンタが車の方へ行こうとしたときだ。
「ねえ、組たいそう、やっぱりあってたね」
ふり向くとカゴをもったリョウがいて、まだそのことにこだわっているようだった。
2020年4月29日 発行 初版
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1961年熊本県荒尾市生まれ。北九州大学文学部国文科卒業後、学習塾講師、大検(高卒認定)専門予備校職員などを経て、熊本県小学校教諭に採用。二校目の赴任地(阿蘇市立宮地小学校)で、卒業生である発達障害の青年との出会いをきっかけに33歳で退職し、当時阿蘇郡市では初めての民間での小規模作業所「夢屋」を立ち上げました。その後、自立支援法施行に伴い、「NPO夢屋プラネットワークス(http://www.asoyumeya.org/)」を設立し、地域活動支援センター(Ⅲ型)代表兼支援員として阿蘇市から委託を受けながら現在に至っています。 運営の傍ら、小説、ノンフィクション、児童文学、書評などを発表してきました。部落解放文学賞に5回入選、九州芸術祭文学賞熊本県地区優秀賞2回、熊本県民文芸賞、家の光童話賞優秀賞などを受賞させていただいています。