spine
jacket

───────────────────────



缶詰屋

宮本誠一

夢ブックス



───────────────────────


          缶詰屋

           一
 赫い夕日に照り映えた丘の一つまた向こうの尾根に、牛たちが草を食む姿が切り絵のように数頭列をつくっている。牛たちが、どんな顔で草を食しているのかそこからは遠くてわからない。ただその影は、見事な輪郭を保ち、張り出した骨格まで鮮やかに浮き彫りにしている。それがなぜ、今、佐伯の目の前に提示され、ひとつの景色として見えてきたのか。
 彼は、今日一日の会社勤めの疲れともいえる気怠さを感じながらも、車を道脇に止め、土手を上り始めた。すぐにそこが牧草地であるため、森林組合の立てた看板と、針金の柵があらわれた。ススキの穂が風になびき、夏の間に生い茂った蔦が錆びた鉄柱に絡まっていた。用心深く隙間から背中を丸め忍びこみ、歩き始めた。
 永遠につづきそうだった記録的な猛暑の夏も終わり、あれほど肌を焦げつかせるように落ちていた陽ざしも来るべきときが来たかのようにおとなしくなりかけ、秋アカネが赤トンボにすっかり場所を譲ってしまおうとしている最中でのことだ。彼は、夕暮れになる少し前、たまたま盛り返したようにやってきたその日の残暑の反動で、心地よい風に誘われるように、いつもの国道を通って会社からアパートヘ帰るつもりが、日頃通らぬ山間の道を選び遠出してしまった。
 どんな気持ちで、このような行動に出たのか簡単には言いあらわせなかった。
 仕事が珍しく早めにひと段落し、帰路についた。その日回った相手は八件だった。新車の注文から事故処理の書類づくりとその届け、保険会社との折衝もあった。昨日今日こそ変わった仕事はなかったが、ときには、保険切り替えどきに、別会社との二重契約を相談され自腹を切ることさえあり、彼は多少の出費は惜しまぬことで有名だった。客の持ち込む雑多な処理が、新車一台で返ってくれば安いものだ。割り切った中にも客とのつき合いを一番に考える男だった。
 丘を少しずつ上りながら、今、彼の目の前にそうした細々とした現実が思い出され、また強く実感された。
 そんな彼が、最近、目がいくのがアパートから数百メートル東へ行った古ぼけた一建屋だった。自転車と歩行者の専用道路を引き伸ばそうと市が区画整理を進めたがうまくいかず、途中で工事の止まった空き地の奥に、干上がった孤島のようにポツンとあった。以前そこに住んでいた者は、町外れに鉄工所を営み、借金苦で夜逃げしたというもっぱらの噂だったが、佐伯は詳しくは知らなかった。ただ彼は、その家にある奇妙な『缶詰屋』という、どこから拾ってきたものかわからぬ一枚板の杉に、ペンキで無造作に書いた看板が気になっていた。
 あれは二週間前だ。
 彼が、六つと四つの子どもの手をとり、荒っぽく刷いた文字を眺めぼんやり立ち止まっていると、今まで人気がないと思っていた開き戸からいきなり佐伯より三つか四つ年上らしい男が何の衒いもなく、さも今ここで初対面するのが当然のように飄然と姿を見せた。細面で頬骨が突き出し、見るからに華奢な男だった。だが、暗く陰湿な神経質さはなく、どこか無邪気ささえ感じさせるこだわりのない率直な光をその瞳は発していた。
「よかったら、入って見てください」
 男は、佐伯の顔を見るなりそう言って軽く頬笑み、家屋の中に案内した。佐伯もなぜか躊躇せず、子どもを引き連れ敷居を跨いだ。
 框はなく、床板は全て剥がされ、荒打ちのセメントが露出していた。どうやらそこが仕事場兼店頭らしかった。今はその店づくりの途中らしく、さほど大きくない赤く塗装された製缶機らしきものが、右隅の木製のテーブルの上に置いてあった。そのうち縁側を打ち払い、そこからも出入りできるようにしたいことを男は言った。子どもたちは、まるで水の抜かれたプールの底を彷彿させる冷んやりした空間をじっと見ていた。
「缶は、業者から仕入れるんですよ。私はこれを使って、蓋を締めつけ密封していけばいいんです」
 男は、かき氷機を思わせるような丸いハンドルに手をやると、ゆっくり回転させ実演してみせた。
「それにしても、このごろは、こうやって簡単に機械や材料が手に入るんで、便利になりましたよ」
 テーブルから離れ、佐伯や子どもの方は見ず、お茶でもいれてくれるつもりか、奥の台所へ行きながら独り言のようにしゃべった。佐伯は、店の様相はともかく、人通りも多くない、というよりむしろひっそりした場所で、しかも手動の簡素な機械を使って商売を成り立たせようとしていることを面白く思った。
 彼自身、ニ年ほど前から、今勤めている車の営業の仕事を辞めたいと、妻にしばしば口にし、口論も増えていた。
 そもそも車のメーカーは、営業の力など信じていなかったし、尊重してもいなかった。売れれば車の性能のよさにされ、売れなければ営業の怠慢のせいにされた。だが、それは彼も承知のことで、いまさらどうでもいいことだ。彼は、むしろ、自分のメーカーから新型の車種がでるたびにこんどこそいけるという確信をもつこともしばしばな、きわめてごくありふれた営業マンだ。
 彼のやめる理由は他にあった。それは単純に体力と言おうか、体調のことだった。
 佐伯は、早期の退職を選択の一つとして考え始める一年ほど前から、仕事の途中で眼球がいたく、体が重くなることが増えた。それは予期せぬとき突然やってくる今までに経験したことのない疲労感だった。細胞そのものが痛むというより、弛緩し力がぬけていく感じだ。徴候があらわれた初めの時期は、過労が原因と思い、深夜の酒を控え睡眠をできるだけ多くとるよう心がけたりしたが、あまり効果がなかった。それどころか一年ごとに症状はひどくなった。一瞬目の前が朦朧とし、宙に浮いたようになる。気をとりなおし体を立て直すと、今何をしようとしていたのかさえ忘れている。もしかして神経そのものが病んでいるのかもしれなかった。
 次第に妻と話すことも減り、風呂の中に一人でいることが多くなった。たまに仕事が早く終わったとき子どもをいれる前に、早々と自分だけで風呂にはいり、湯かげんを調節し、お湯を溜めるのだ。
 しばらく滝のような音を耳にしながら、窪んだ隙間にいると、不思議とその音と間段なくしめきられたサッシ戸のせいで外部から遮断された気分になり、落ち着けるのだった。最初湯がないときは、お湯が底に跳ね、屈めた腰に戻ってくる。それが、少しずつ溜まるにしたがい、低くくぐもった音へ変わり、踝から脛、膝へ嵩を増していく。
 佐伯が、一人営業の途中で郊外へいくことが多くなったのもそのころからだ。農道の脇に車をとめ、けもの道へ入るだけで、充分一人になることができた。長い傾斜を上りきったところで、脇水でもえたのか涼しい風が頬をかすめる。そんなとき、山はときおり小高い丘陵を満たすように杉の木立ちを揺らし、波動のように彼をつつみ込んだ。
 彼の興味をひくものが、もう一つあった。坂本という顧客の勤める車椅子工場だ。坂本は、まだあどけなさの残る車好きの青年で、以前から佐伯の勤める販売所から車を買っており、担当が転勤になったため、引きつぐ形となった。
 新型の車の話や部品の話になると仕事の手を休めず器用に動かし、話しこんできた。少し離れた場所で、無口な職人肌ともいえる北沢という坂本より一つ年上の男がいて、彼は、もっぱら大型のバイク通だった。そしてそんな彼らの車の話に適当に加わりこそすれ、あまり深入りせず、どことなく味わい深い顔のもち主に山田勇次という男がいた。若い二人のまとめ役のようだが、無関係すぎるほど冷たく感じることもある。仕事をしているというより、そこにただいて体を動かしている感じさえあった。
 工場といっても、工員はわずか三人の小さなものだった。社長はかなりのワンマンで、佐伯は好きになれないタイプだったが、勇次たちの見せる仕事ぶりが彼の目をひいた。

          二
 佐伯が初めてこの工場をたずねたのも。やはり体調に異変を感じ始めた三年前になる。そのとき、坂本は、リムとハブのあいだにスポークをはめこむ仕事を、来る日も来る日もくりかえしていた。彼に技術を教えてくれたのが山田勇次で、その勇次に手ほどきをした男は、佐伯がたずねるようになったころにはすでに工場をやめていた。社長のもとでは期待がもてないとさっさと見きりをつけたそうだ。
 初め、スポークをはめこみながら数時間たつと坂本の指先は熱をもち腫れあがった。もともと手先の器用さには自信があったが、実際に力をいれねじこんだり、小さな金具をひねっていく作業は予想以上にきつい仕事だった。一つ一つゆるんでいたスポークは、ニップルをねじこむたびに張りがでて、生きた動物の骨格のようにしなり、艶まで生まれてくる。『ふりとり』という作業台の上でくるくるまわすと、あざやかな模様が連続してつくりだされ、数十本のスポークの間から風が湧き立ってくるかのようだ。 
 佐伯は、来始めのころそれを飽きもせず横からしゃがんで見ていた。
 仕事に慣れてくるにしたがい坂本は、パイプをベンダーを使って曲げたり、骨格をつくっていく作業をまかせられ、そのうち溶接も手がけるようになった。溶接も、勇次が鉄工所につとめていた関係でくわしく教えてくれたそうだ。ふつうの鉄工とちがい部品が小さいことをのぞくと、あとは要領は同じと言うことだった。ただ、ステンレスのかんじゃく棒をつかったアルゴン溶接は、鉄が自動的にでてくる溶接機を使うのと比べ、デリケートなだけにより神経を配った。
 佐伯自身、それらの作業を見ながら、つくづく感心せずにはいられなかった。ただの長いパイプと数百、数十のねじやボルトやスポンジ、それにバンドがいくつかの工程をたどるうちにたとえ百キロちかい大人が乗ったとしてもびくともしない車椅子にかわってくる。しかも驚くのは、出荷数だ。小さな工場でも日に平均二台ちょっととして、年間六百近くだしている。以前、坂本に聞いた話によると、職場の旅行をかね関西の工場見学に行ったとき、日に何百という車椅子が、オートメーション化したシステムでつくられていたそうだ。
 人はまちがいなく老いていく。ハンディキャップをもつ人間も生まれている。健常な者は、そんなことに無頓着か、わざと関心をしめさない。その証拠に、ためしに数十人の人間に車椅子の車輪の数をたずねてみるといい。おそらく半分以上が、二つと答えるにちがいない。前についているキャスターやステップなどまったくイメージしてない。これは社長の言葉だった。近くの小学校から、工場見学にやってきたとき、六十になっても頑強な男は、ときに自慢気な笑みをうかべ話して聞かせたそうである。そのとき、坂本は、ふりとりにつけたリムにスポークをはめながら、うわのそらで聞いていたらしい。
 佐伯は、そんな話を彼らから耳にするにつけ真新しい金属片のにおいが鼻さきまで立ちのぼってくるように思えるのだった。
 だが、そんな思いにひたれるのも、佐伯にはやはり一瞬だった。小気味よく回転する車輪も、そのうちだんだん重たく、この工場全体のしめつける空気のようなものに押しつぶされていくように感じられる。
 あれは、一年ほど前のある日、たまたま営業の一番目にこの工場へ立ち寄ったときのことだ。
 工場は、この町の誘致したパソコン部品や半導体をつくる工場の建ち並ぶ通りの一番奥に、東向きにシャッターを構え、風のつよい日は換気をよくするため筒抜けにし、吹きさらし状態だ。その日佐伯は、朝一番で、テニスコートやら社員用のクラブハウスのある巨大な敷地の工場を横目に、勇次たちの仕事場へ向かった。
 半導体の工場へは、社員はほとんど車でくるので、その日の朝も渋滞だった。
 出勤時の車には、様々な顔があった。オートマチック車のブレーキペダルを押し押し、肘を窓わくにのせ、カーステレオからながれてくる曲に退屈そうにリズムを合わせている者。電気カミソリを頬から顎にあて転がすように髭を剃る者、神妙な顔で祈りでもするように俯いたかと思えばまた天を仰ぎだす者。そして正面を、ただじっと車のストップランプだけを見つめ進んでいく者……、そこには朝のおそらく数十分か一時間ほど前までいた家庭や個人の生活をつなぐ気配が感じられ、それをふりほどこうとしてか、あるいは無意識に切り換えようとしているのか、どことなく血の気のうすい浅い表情があった。
 そして、佐伯には、たまたまでかけた車椅子工場への行き道で、朝のラッシュ時の情景と遭遇し、なぜ自分が車を買ってもらうには率の高いはずの工場へ行かず、これ以上顧客が増えるとも思われない車椅子工場へ向かうのかが不思議だった。

       三
「坂本さん、車の調子はどうです?」
 坂本は、つい三週間前に、軽自動車を買った。それまでもっていた中古の普通車が二度目の車検となり、ちょうど新型のスポーツカータイプがでたこともあって、思いきって買いかえたのだ。
 一カ月目の無料点検が真近だったため、佐伯は知らせにきた。
「調子、いいですよ。快適。大きさも独身にはちょうどいいみたい」
「坂本、つけたしたらどうだ? あとローンがなかったら、もっと最高だって」
 社長が、めずらしくいっしょに作業していた。いかにも皮肉たっぷりな口調だ。滑らかな言葉のわりに眼光は鋭い。
「社長、そこまで言うんだったら、さらに給料あがったらもっといいって言わなきゃいかんでしょう」
 勇次だった。彼はそんなとき、冗談とも本音ともつかぬことを躊躇なく言う。佐伯から見ていても、びっくりするほどつっけんどんに聞こえるときがある。社長は閉口した感じで、思わずしぶい顔になった。あとのふたりは急に黙りこんでしまった。社長が癇癪もちで、カッと血がのぼったときどうなるか、嫌というほど知っているのだ。
「お前なんか、ぶっ殺してやるからな」
 坂本も一度、社長に怒鳴られたとき、すてぜりふに言ったことがあるそうだ。もちろん社長が事務所へ通じる扉をいっきに閉めたのと同時にわめいた。
 勇次はそんなとき冷静に、そばに来てなだめてくれた。
 坂本も、ここを辞めてほかに仕事は見込めない。彼は、中学時代からの窃盗の常習犯で少年院に送られた経験があった。今となっては、それが大きなハンディとなっている。たまたま彼の保護観察を引きうけてくれた養豚業をいとなむ老人と社長の友人とが知りあいだったこともあり、工場を紹介してもらった。佐伯と出会う四年前のことだ。年長の勇次はそんな坂本に根気強く手とり足とり車椅子のつくり方を教えてくれた。勇次には頭があがらない。
 工場の業務は、八時に始まり六時に終わるが、つい半年前まで、残業は社長の気分で強いられることもしばしばだった。そのことをあるとき、勇次が堪りかね抗議した。
「とにかく、小さな工場だし、残業が必要なことはよくわかる。でも、毎日じゃ、こっちだって身がもちませんよ。せめて、ぜったい残業を入れない日を、一日だけでも決めてもらえませんか」
 その結果、木曜日になった。ある水曜日のことだ。社長が珍しく機嫌がよく、「今日は、はやくかえっていいぞ」急かせるように言った。
 ちょうどその日は、初孫の誕生日だったらしく、勇次たち三人は、残業日にあたっていたが、社長の言葉を誠意に受けとり、五時半に仕事を終え、片づけにかかった。
次の木曜日は、もちろん残業日にあたらない、定刻に帰れる日だった。勇次たちは、そのことをまったく疑わなかった。
 ところがその日、
「おい、昨日早く帰ったんだから、今日は残っといてくれよな」
 社長のその言葉を聞いたとき、三人は呆れ返った。しかし、それも社長にとっては当然かと思える言葉だった。互いに情ない顔で見合わせ、しばらく黙ってしまった。
 そのとき坂本と北沢は、勇次の言葉を待っていた。しかし、勇次の口からは一言も発せられなかった。ところが、蓋を開けるとそうでなかったことがわかった。事務を手伝っている社長の次女の佳子が坂本に教えてくれた。佳子は、父親に内緒で坂本とつきあっていた。
 佳子は、数日後、シャッターも締め終わり、勇次のあのときの態度が納得できないとぼやき、車に乗りこもうとした坂本に、「あなた、なんにも知らないのね」そう言いながら、喫茶店で詳しく教えてくれた。
 勇次は一人で社長に話をもちこみ、今後二度とこんなことがないように約束までさせていた。
勇次が、どんな切り札を使ったのか、佳子も話してはくれなかった。もしかすると彼女自身、本当に知らないのかもしれなかった。
「うちのお父さんも言ってたわ。あいつの目を見ているとウムをいわさず怖いときがあるって」
 坂本はコーヒーをすすりながら、あらためて自分たちが、勇次のことを何もわかっていないことに愕然とさせられた。
 社長も事務所に消え、佐伯が工場をしばらく見学してから去ろうとしたとき、一台のベンツが工場の入口に横づけしてきた。滝川という、営業だけを専門にやっている男だ。
 彼は学生時代、山岳部に属していて、北アルプスを走破しているとき、事故にあった。谷から転げ落ち、ワイヤーで宙づりになったあと、ふたたび落下し、奇跡的に助かった。脊髄損傷による下半身不随というハンディがそのときから彼についてくるようになった。
 さいわい、その当時からつきあっていた女性もいて、相手は、車椅子での生活になった彼を見ても、それまでの関係を絶とうとはせず、それどころか彼の自立のため前向きに協力してくれた……、かに見えた。ところが、ある日、彼女は滝川の目の前から忽然と姿を消してしまったのだ。
「けっきょく、すぐに離れれば、世間の目もあったし、できなかったのさ。いや、もしかすると、実際、下半身不随の俺とつきあってみて、疲れてしまったのかもしれないな」
 それ以上、滝川はあまりしゃべらない。
 その後、彼は、上半身がしっかりしていれば運転できる改造車のことを知り、それを両親に無理して買ってもらい、福祉事務所の便宜で車椅子の営業を始めることになった。
 もともと活動的だった彼は、車での外出が可能になると、持っていた力を発揮し始め、あれよあれよという間に営業成績を上げ、今や、ついさきごろまでアメリカで使用されていたベンツに乗りこみ、西へ東へ動きまわっているのだ。
「山ちゃん」
 滝川は勇次のことを親しみをこめ、そう呼んだ。
「こないだ納車したやつ、右まわりするとき、板のねじが一か所だけ指の甲にすれるところがあるって」
 発注者は、重度の肢体不自由の女の子だ。母親に連れて来られ納車したとき、本人も嬉しさのあまり泣いていた。親の泣く姿は、よく見かけることがあった。だが、本人がポロポロと涙をながすのはめずらしく、工員たちもそのときはさすがに胸の内が熱くなるものを感じた。
「どっちみちあの子の場合、少しつかってもらってから修正しようって考えてたから、見てみるよ」
 勇次は、仕事の手をやすめ、ゆっくり滝川の方に歩みよりながら言った。
 勇次は、そうやって金にならない仕事をすすんでやっていく。社長が、もし、今のひと言を聞いたら、形相を変え怒るに違いない。
「ひとつガワ板やりなおすのに、どれだけ金がかかると思ってんだ。ネジがすれるぐらい大したことないだろう」
 しかし、一か所でも突起物があることは、自分でコントロールできぬ肉体をもつ者にとって重大問題だ。いつもそろばん勘定しかしない社長を見ていると、勇次たちは、ほとほと愛想がつきてしまう。
「社長、この車椅子、こんなに喜んでくれてるんだから、タダでやったらどうです?」
 そう言い返せるものなら返したい。彼らはいつもそんなとき一工員にすぎぬ自分らの立場に苦虫を噛みつぶしている。
 滝川は、新しい発注のためやって来たのだった。よく見ると後部座席に十六、七の少年が乗っている。悟という名であると滝川が紹介した。勇次たちに、これまで使っている古い型の車椅子をトランクから出してもらい、車から乗り移った。
 悟は、少しずつ工場の雰囲気に慣れるにしたがい饒舌になり、今の生活のことを熱心に語り始めた。
 今、通っている作業所は、母親が同じ障害を持つ子どもの親たちと始めたらしかった。母親は、このときのためにパンづくりの勉強をして満を持していたと言う。メンバー全員でパン作業を手分けしてやった後、親の運転する車でそれぞれ分担した場所へ配達している。悟は空気抜きの工程を任せられているが、作業所自体の実績も運営年数も少ないため、今のところ、どこからの助成もない。
 悟は、言葉の端々に力を込めて話した。
 工場の者や佐伯らが黙って聞いていると、アメリカに行きたい話もした。
 アメリカへ行った彼の友人が、旅行している間は、自分が障害者だということを忘れてしまったと感激を持って語ったと言う。だれもが自然に手を貸し、目線も気にしなくてすんだらしい。そして公共施設の設備面も当事者側に立って考えられ、至れり尽くせりだったそうだ。
ところが、そんな彼も、日本の空港についたとたん、自分はやはり障害者だったかと、思い知らされたらしい。
「どんなところが、ちがうんだろうね」
 いじわるげに訊ねた。
「とにかく障害者に対する考え方がそもそもちがうんだよ」
「そもそもって?」
 佐伯がなお聞くと、そんなことわかりきってるじゃないかというように、周りにいる数人の顔をまじまじと見つめた。
 佐伯は、つぎの日、久しぶりに缶詰屋にいた。
「ああ、どうも」
 缶詰屋は微笑みながら軽く会釈した。彼の子どもは、きょろきょろしたところもなく、ずいぶん慣れてきていた。缶詰屋は、以前来たときよりも、かなり店らしくなっていた。数種類の大きさの、まだ蓋のしてない缶が棚に数十個、きちんと並べてあった。
「やっぱり、少しずつやってたんですね」
「ええ、そりゃまあ、あれじゃあ、仕事になりませんから」
 佐伯が言ったことが店のつくりのことであるとわかると、苦笑いしながら一言つけたすように呟いた。
「なんとかなるもんですよ」
 佐伯は、その言葉を聞くと、ホッとした。  

   四
 次の日、営業の途中、またしても糸に引かれるようにするすると国道から山間部の道へ入ると、途中、激しい聚雨に襲われた。雨は斜め前から差し込むようにぶつかっては、まっすぐにフロントガラスを流れ落ち、バラバラと大きな地響きを立てた。
 佐伯は一度、家を出るまねごとをしたことがあった。丁度、二年前の梅雨入りして間もなくのころだ。
 会社を辞める気持ちが抑えがたくなり、妻との話し合いも増えた時期だった。あらかじめ車に寝袋や懐中電灯もつんでいた。
 今思えば発作的なものだったのかもしれない。会社が休業の日に実行した。
 計画の日、心は不思議と穏やかだった。珍しく妻と口論せず、子どもを風呂に入れ終わり、一息つくと家族の者たちは眠りについた。しかも昼のうちに、部屋をきれいに掃除しておいた。
 彼の掃除は徹底していた。
 奥の部屋から順番に空にすることから始めた。まずここと決めたところから、荷物や散らかったものをすべてとなりへ放りやる。そして掃除機をかけ、必要なものだけを整理してまた置きなおし、つぎの部屋へとすすむ。不必要なものはつぎの部屋へ投げ出され、ゴミ類だけが移動していく。最終的には、廃棄すべきものがあぶり出され、大きなビニール袋に四つほどになった。それを直接、ゴミ焼却場へもっていくのだ。
 終わるころには全身に汗がにじんでいた。掃除に没頭しながらそう自分にさせているものが何か、考えても考えてもわからなかった。
 妻は部屋を見て、「まるで、引っ越しでもするみたいじゃない」と驚いていた。何かを彼女が察したような気がし、思わずハッとなったが、それからは視線をできるだけ合わさないようにして過ごした。
 夜中、寝静まった後、できるだけ音を立てないよう服を着替え、バックだけもった。
 ちょっとした軋みも暗闇に冴えわたり、そのたびに妻がむっくり起き出しはしないかと、冷や冷やした。だが、妻はこのことをわかっていてもおそらく起きては来ないはずだという確信もどこかにあった。彼女もたぶん、しばらくは、自分から離れたいにちがいない。今さら彼の行動を止める理由などどこを探してみても見当たらないのだ。
 玄関をしめ、階段を一歩ずつ下りるたびに、体から重荷がひとつづつとれていくような気がした。エンジンをかけアクセルを踏み、窓を一杯にあけ、ハンドルを切り駐車場の出口へと向かった。
 そのときちらりと、今出てきたばかりの部屋へ視線を向けた。カーテンごしにうすい光が見えた。レースの向こうに妻が立ち、こちらを黙って見ている気がしたが気のせいだろうと頭を振った。時計を見ると二時を少しまわっていた。
 行き先は、今いる場所からほど近い公園だった。佐伯は以前からこんなときはそこへいってみようと考えていた。彼も疲れていた。仕事を休むつもりはなかったので、そのことも気にかかった。そこへつけば今日こそは久し振りになにもかもわすれぐっすり休めると考えていた。   
 公園につくと、さっそく運転席を倒し寝袋を広げ、身体をゆっくりすべり込ませた。サイドガラスから外の闇が迫っていた。月がくっきり輝いて見えた。その光が車内を照らし、視界は眩しすぎるくらいだった。彼は窓に張るシートをもってきていないのを悔いた。
 浅い眠りがやってきては彼をつつみ、まどろみ、またしばらくうたた寝したようになり、また覚めた。その連続だった。明け方、とても信じられぬくらい真っ青な空が窓の外にあらわれた。佐伯は、突然夜が明け、真昼にでもなったのかと錯覚したが、それはほんの一瞬で、また本来のその日の天気らしいどんよりと曇った雲をうつしだした。その透きとおるような青の鮮やかさは、今でも彼の目に焼きついている。
 会社に出かけても家を出たことを悟られまいと、同僚らとあまりしゃべらないようにしていた。そうしてその日も営業が終わると、ねぐらとすべく車中へ乗り込んだ。
 二日目は、公園よりさらに奥へ行った丘陵ぞいにあるオートキャンプ場でと決めていた。同じ場所に二晩つづけるのは、さすがに通りがかりの人間に奇異に思われる恐れがあるととってのことだ。季節はずれであるため客もなく、森の中なので怪しまれる心配もない。
 その夜、キャンプ場はすばらしい星空だった。梅雨の真っただ中にもこんな晴れた日があることを佐伯は初めて知った。うとうととなりかけたとき、外を人の歩く気配を感じた。ツーリング客か気ままな旅人の部類だろうと考えようとしても、やはり心中は穏やかではなかった。
 トイレに行こうと降り立ち、常夜灯へ向かって歩きだした。手洗いをすませ出ようとしたときだった。
「こんばんは」
 斜め前から初老の男性がぬーっとあらわれ、突然声をかけてきた。先に用をすませわざわざ待っていたのか、周到なタイミングだった。前髪がかなり剥げ上がり、小太りの体に、色あせたジーパンと長袖のシャツというラフな格好だった。
 彼がどぎまぎし、少しまごついていると、
「こちらは長いんですか」相手は笑いながら「いやねえ、わたしも、この時期はよくここを利用するんですよ」そう言い、「よかったらいっしょに飲みませんか。特上のウイスキーをもってきてるんです」
 まるで佐伯がキャンプ場へやってくるのを知っていたかと思えるほど落ち着き払っていた。あまりの馴れ馴れしさに彼も観念し、後ろをのこのこ着いていった。
 男はテント暮らしだった。中に入ると持ち物は実に少なかった。
「私は、近くに住んでいる者なんですが、かれこれ八年ぐらい、仕事を退職してから、きまって この時期に一人でやってくるんです。そしてしばらくいて、また帰るんですけどね」
 男は、おそらく彼が警戒していることを察したのであろう、空気を和ませるため、安心できる話題を選んでいるようだった。ただそれが本当の話かどうか、佐伯にわかるはずもなかった。
「去年まではシーズンになってから、料金を払ってたんですが、なんだかばかばかしくなりましてね。混んでいる上に、夏場はよく台風がくるでしょう。それで今度はぜったいに、梅雨でもいいから、シーズン前に、こっそり来てやろうと決めてたんです。今年はその記念すべき第一回目ってわけですよ」
 カンテラの形をした懐中電灯で照らされたテントの中で二人、向き合い、それぞれ紙コップに入ったウイスキーを口にした。
「ここは、なかなか静かでいい所ですね」
 佐伯は、できるだけさし障りのないことを言った。すると男は、すかさず「この辺りは地区名を蓬莱と言うんです」
「蓬莱?」佐伯も初めて聞く名だった。
「そもそもは中国の伝説から来ているらしくて、海に浮かぶ山の名前だそうですが、なんでも黄金や白銀の宮殿が立っていて、白衣の仙人が住んでいたそうです」
 まるで手柄話でもするように自慢げだった。
「まっ、私は仙人には遠く及ばぬ凡人のそのまた凡人に過ぎませんがね」
 男の調子の良さに半ば呆れ気味に黙っていると、今度は真面目な顔つきになり、「いやいや、そうです、そうです。確かにあなたのおっしゃるとおり、ここも、伝説に負けず劣らず素晴らしいところですな。でも、シーズンになれば、ぎっしり人間で埋まって、とくに最近は、今流行りのジープみたいな車やキャンピングカーで満員になるんです」
 嘆くように言った。
「今見たら、全然想像もつきませんけどね」
 彼も気を取り直し、芝の敷き詰められた広大な敷地をテントからまじまじと見渡した。
 境目が闇に溶け、それでも天空から届く星明かりとトイレの常夜灯で所々に生き生きと草が伸び、しっとりと露に濡れた濃緑の葉を映しだしていた。高原特有の爽やかな香りも漂っている。
佐伯は、男がなぜこの数年、一人でここへ来るようになったのかその理由を知りたいではなかったが、聞かない方がいいような気もしたので黙っていた。
「いやあ、実に滑稽ですよ」
 沈黙の後、男の口から甲高い声が出た。男も酔いがまわってきているらしかった。
「車があって、均等に割り当てられた場所にシートを敷いて、テントを立てるでしょう。その横では決まってバーベキューです。父親はビール片手に炭火の当番、母親は野菜や肉を長箸でころがし、子どもは皿をもって煙たがりながら待機している」
 男が何を言わんとしているのか、大体わかってきた。それで素っ気なく、「なるほど、キャンプのガイドブックみたいなものですね」酒で軽くなった舌を動かし、相槌を打った。
「それがね、滑稽だけじゃなくて、つくづくわからなくなってくるんですな」
「何がです?」
 相手が少々しつこく思えてきて、一々聞くのが面倒臭くなってきた。
「せっかくわたしは、下界とは違う空気を吸いたくてここに来ても、家にいるのとちっとも変わらないんですから」
 佐伯は、この男がここに来ている理由がいかにもありきたりなものであるとわかってくると急に興味が冷めてきた。
「まあ、どこも所詮は似たりよったりとは思いますけどね」
 それで皮肉まじりにそう答えた。そんな佐伯に事はそう単純ではないとでも言いたげに、少し声色を変え、荒げた口調になり、
「オーバーに見なくても、そうですねなあ、多くて三十分くらいの誤差でしょうか、どこも同じことを一斉にやってるんですよ。朝起きてから、食事の準備、片づけ、川や山へ遊びにでかけ、昼寝、それからまた食事の準備と夜の花火、消灯……、中には、携帯用のテレビを一日中つけっぱなしでごろんと寝たままになって、夜はプロ野球見ながら卓をかこんでマージャンなんかやってる連中もおりますが、大方家族づれは同じようなものなんです。全部見えるっていうんですか……。そうすると、気持ちがわるいほど似てると言うか、もう、まるっきりそっくりなんですよ、これが……」
 やはり男は、このオートキャンプ場の情景が自分の期待していたのとは違うことに愚痴をこぼしているようだった。毒つく相手に、見ず知らずの彼が最適ととったのかもしれない。
「ここにいるからと言っても、それぞれの家から生活のパターンはもってきているでしょうからね」
 彼も、そんな男のくどさに押されまいと強い口調で答えた。
「ええ、だからですよ、ああ明からさまに見ますと、今度は余計なことまで考えてしまうんです」
「と言うと?」彼も急いた。
「つまり、もってきてるってことはですよ、普通の家も、その殻をとって上から覗いてみれば、だいたい同じことやってるってことですよね」
「まあ、そういうことになりますね」
「人が生まれて死ぬまで、ほとんど同じ行動をして……出たり入ったり、あっちにいったり、こっちにきたりしてる」
「出たり入ったり……、ですか」
 惚けたように、彼は言った。
「そう、女房が出たり、亭主が出たり、年とった私のような爺さんや婆さんが出たり、子どもが出たり入ったり、たまに死人も出るし、赤ん坊も生まれる。他の家と入れ代わったりってこともあるかもしれないな」
「考えようによっちゃ、ここも、そこいらへんにある住宅地と同じなんでしょうけどね」
 佐伯も、そろそろ話にけりをつけたいと、結論めいたことを呟いた。
「そうですよ。なんにも変わることなんかありゃしないんですな、まったく。隣を見ながら、かわりばえもしない生活にせっせと枝葉をつけて、少しでも人とちがうように見えるよう競争してるんですわ。それがまた、そっくりな姿だとも気づかないでですよ。ようやく自分のテントで一息つけても、誰ひとり満足してる者なんていやしないんですから」
「でも、一息つけるってことも大事なんじゃないですか」
「そうですな。でも納得はしていないでしょう」
 そう言うあんたはどうなんだ、と佐伯は重ねて聞きたかったがそれは言わず、
「満足は一生できないんでしょうね。もししている人がいるとしたら、よっぽど幸せか、単純で鈍感な人ですよ」
 わざと男が気に入るような返事をしてみせた。
「おそらく、そうでしょうな」
 狙いが的中し、予想どおり同意した。それから男はしみじみ感じ入ったというように気持ちをこめ最後にこう言ったのだった。
「人はこの世で一人きりにならないかぎり、他人と引きくらべる生き物ですからな。だいたい集団生活なんか向いてない生き物だとわたしは思っております。そうそう、蓬莱山のことですが」少し間を置き「大事なことを言い忘れてました。見るからに豊かそうな山なんで、誰もが船で近づこうとしたらしいですが、そのたびに水中に沈んで見えなくなったそうです。没したところへ行こうにも、決まって大風が吹いて流され、けっきょく誰一人辿り着いた者はいなかったという話です」
 彼は、いつのまにかこの男のところへきたことを後悔していた。やはり誰にも会わずいるべきだった。今の自分の気持ちなど、他人にわかるはずもない。
 酒の礼を言い、そそくさと車にもどると明日からここにいるべきか考えた。既に一人、彼から見れば充分にわずらわしい人間が、同じように何十メートルしか離れていない場所でテント生活を始めていることがなんとも鬱陶しかった。
 翌日、仕事が終わると、彼は妻や子どものいる場所へ車を走らせていた。
 アパートにつくと、いつもと変わらぬ顔で妻は出迎え、二人の子どもも後ろをついてきた。二日間、家を開けたことを妻は、何も聞かなかった。 

        五
「人は、どこかで生きていくもんですね」
 佐伯は、別れ際、缶詰屋がポツリと囁いた言葉が気になっていた。
 ひょんなことから滝川や悟の話になったときだ。
「だれでも、けっきょくは死にたくないんじゃないんですか」
 缶詰屋は、そうも言った。
 死にあらがい生きているということだろうか。死にあらがい生きる人の力がいったいどの程度のものか佐伯にはわからなかった。彼は、最近、自分の死のことばかり考えていた。
 死にあらがうより、死に近づくその力でかろうじて生きているように思えた。なぜ生きたいのか、しゃべり、伝えたい何があるというのか、佐伯にはわからなかった。今の彼には、一人こもった風呂の中で訊く水しぶきだけが真実味を持って響いてきた。それだけを聞きながら生まれ、 その響きだけに包まれこれからも生き、死んでいくように思えた。
 佐伯は、しばらく腰痛で寝こんだことがあった。なんの気なしにしゃがんだとき、腰に鋭い痛みを感じ、前屈みもできなくなった。
 動いていると疼きは増し、尻部から膝にかけさらにひどくなり痺れに変わった。骨と骨の隙間から軋んだ音がしてきそうだった。実際に捩じると首と肩のつけ根から不吉な音がした。健康骨が突起物にあたり擦れている感覚だ。整骨院に行った。筋肉剥離だと言われた。疲労が蓄積しているらしく、しばらくの安静が必要だった。
 そこでの治療は、徹底した冷湿布だった。ただの湿布では、筋の奥に届かないということで、院長が考案したのは、紙コップにあらかじめ水をいれ凍らせておき、その先端部をだし腰の患部に擦りつけていくというものだった。
 擦るにしたがい、摩擦で氷はとけ、水は背中からしみでる汗のように表面をすべり落ち、したたっていく。それをタオルでふきとりながら、フライパンに油をひく要領で小さな円を何度も描き冷やしていくのだ。冷覚は、やがて痛覚へとかわり、感覚は、ほどなく麻痺していった。焼ける痛みは腰といわず背中全体に走り、患部は、ぬるっとした中にもさわると乾き冷えきった粘土となって、異質なものが張りついた感覚になった。
 その方法で冷やすと風呂に入らない方がいいに決まっていた。わざわざ温めれば、再度冷やすか、かなり根気強く冷湿布をやり直さなければならなくなる。それでも佐伯は、さもそうすることが当然のように風呂に入った。しかも長い時間、じっくりとである。
 水とお湯の調整をし、クリーム色の浴槽に、体を沈め湯が埋まっていくのを待った。流れ落ちる水の音をただ聞くために、腰痛をこらえ浴槽のへりにつかまり腰を落とした。歩くことも、一人で着がえることもままならず、いつ肉体が崩れ落ちるかもしれぬ恐怖に脅かされながら、湿疹が消えていくような長い目で回復を待つのだった。
 佐伯は思う。
 あの少年も滝川も、そしてオートキャンプ場の男も、やはり似たようにして生きているのではないか。体のどこかで、あの水音をききながら生きているのではないか。
「子どもを入れる前が、だいたいあなた長すぎるのよ」
 赤く茹だった体で部屋に戻ってきた彼を、妻は呆れたように見つめた。
 それから一週間後、佐伯は会社を休んだ。じつは、彼自身、いよいよ今年の期日も迫ってきたこともあり、ここずっと辞表を出すか出さないかで迷っていた。会社に今さら未練はない。未練といえば、彼はできるだけそのようなものを残さぬよう注意深く生きてきた。先輩格の社員にも必要以上にかかわらぬようしてきたと思う。
 彼が足を運んだのは、やはりあの缶詰屋だった。
 缶詰屋では、いよいよ店舗も完成し、細かな荷物の整理をやっていた。
「引っ越しはだれも手伝ってはくれませんから」
 缶詰屋は、そう言って、黙々と手を動かしていた。その日は子連れではなかったので、佐伯も手を借したかったが、どこになにを置けばいいのかいちいち聞くのも面倒くさく、縁側もなくなり開け放され、日の入りもよくなった店内をゆっくり見回していた。しばらくしてから扉が開き、一杯になった買い物袋をさげた女が入ってきた。肩口まで髪を伸ばし、目鼻がはっきりしている。佐伯がいることもさほど気にならないかのように軽やかな動きだ。軽く会釈すると目があった。
 男が「ああ、ぼくの連れ合いですよ」気さくに紹介した。女は、男より少し年下に見えた。彼女は、両手がふさがった状態のまま言葉をしゃべらず、表情と目で缶詰屋に合図した。買物袋には、いろんな雑貨品が見えた。
「店もできたし、昨日から奥の部屋に二人で住んでるんです」
 女は、手でカップをもち飲む格好をした。
「ああ、ありがとう。コーヒーいれてくれ」缶詰屋が、言った。
 女はニッコリしてうなずくと奥の部屋に消えていった。
「彼女は、ぼくのよく行っている理髪店で仕事をしているんです。今日は、午後からむりして休暇をとってきてくれたんです」
 男の顔は日当たりがよくなった部屋で見てみると、思いのほか若かった。もしかすると佐伯と同じか、むしろ年下かも知れなかった。
 佐伯は、退職願いを書き、それをずっと鞄の中に持っていた。最初は、簡単に出せると思っていた。しかし、家族もちの今の状況では手かせ足枷が自ずとついてくることはわかりきっているし、出せばさらに拍車をかけ、わずらわしいことが上積みされていくこともわかっていた。
 自分の意志で円満退社する場合、一応の期日が設けてある。感情的にやめるわけではないので、最後の仕事まで、周囲の者へ隙を見せたくはなかった。隙を見せたらおそらくそこに辞める根拠を他人は見つけたがる。それが嫌だった。佐伯と折り合いのうまくいっていない上司やその部下たちはなおさらのことだ。少しのマイナス面も残して去りたくはなかったのだ。そのことを、感情のバランスとして保つためにも退職願いを期日前に早々と出すことは、彼にとって何のためにもならないことだった。
 缶詰屋へ行った日は、いよいよその期日が二日後に迫っていたのだ。
 佐伯は二日後のことがよくわからなかった。会社を辞めることが決定的になったあと、自分がどんな心理状態になっているか、正直、自信が持てなかった。
「人は、脆いものですよ」
 缶詰屋は、静かな口調でそう言った。
「だれも、人のために泣く人間なんていませんね」
 やがて、女の用意してきたコーヒーを三人で飲みながら、缶詰屋がぽつんと言った言葉は印象的だった。
「私が彼女といっしょになるとき、私の母親は難病にかかっていましてね。私自身、高校で数学を教えていたんですが、それも辞めて、そのことを母に伝えにいったんです。そしたら、母は病院のベッドで人目も気にせずおいおい泣きましたよ」
 缶詰屋は、結婚もし、子どもも一人いたと言う。ちょうど佐伯の子と同じくらいの幼い子どもだったそうだ。
「妻には、彼女を愛していることをずいぶん前に話していました。やっぱりいっしょに住んでいればなんとなくわかってくるものですね。私も隠しごとをするのはいやだったんで、思いきって告白したんです。そのときは妻と別れ、彼女ととにかく住みたい一心でした。でも、妻の涙を見ながら一度は彼女と別れようかとも思ったんです。揺れましたよ。ずいぶんとですね。子どももいましたし。人に憎まれるのはいやなんですよ、私も……。でも、けっきょくは彼女を思う気持ちにかわりはなかったですよ。いやそれどころかますます思いは深くなりましてね。彼女なしには、息が苦しくて、つまってくるんです。自分の存在が薄くなる感じで……。もうやっぱり生きれないってことがよくわかりました」
 缶詰屋はそれからコーヒーをゆっくりすすり、なにも話さなくなった。
 彼が妻と別れることができたのかどうか、はっきりわからなかった。子どもも、あるいは病に伏していた母親がその後どうなったのか佐伯には自分の想像の域を出るものではなかった。ただ間違いないことは、目の前にいる男が教師をやめ、今、缶詰屋という店を出し、愛する女と二人で準備を始めているということだけだった。
 次の日の晩、佐伯は家にかえってから妻に、退職願いのうすっぺらい紙を見せた。
「これをだすつもりだ」
 これまで何度も話しあいをしてきたはずだった。そのたびに、最初冷静に聞いていた妻もヒステリックになり、ちょっとした言葉じりで攻め合うようになった。悪循環であることはわかっていても、おさえることができずそれでも佐伯の方から切り出すことがしばしばだった。だが、感情と理性とは別物であることはわかりきっていた。
 あるときから、佐伯は自分のやり方に限界を感じ出し、始めからわかっているのに相手をわざわざ苛立たせることもないと、ひと月ほど前からついに退職のことはいっさい口に出さぬやり方に変えた。そして、いつの間にか期日の前日になっていた。本心を言えば、どこかで避けようと思っていた妻だったので、突然一枚の紙を目の前に突きつけられ辞める決心を告げられたとき、さすがにショックだったのか、顔色をかえ、たちまち涙声になってしまった。
「どうせ、私がなんといっても出すすんでしょう」
「いや、だから、こうして見てもらって、お前の考えを聞こうと思って……」
「でも、やっぱりあなたは出すんでしょう」
 佐伯は黙っていた。彼の今、出すにあたっての思いを打ち砕く論理があればそちらの方が欲しかった。仕事をやめない理由が、今、自分にあるのなら、そっちの方が、今、知りたい。彼は願うような気持ちだった。
 次の日の朝、出勤前に、昨日の夜から目の前に置いていた一枚の紙切れを身動きしない妻の目の前からかすめ取るように手にとると、玄関の方へ急いだ。テーブルにすわり食事をしていた子どもたちは、そんな佐伯と妻のやりとりをきょとんとした目で見ていた。

         六
「ああ、そうですか。やめられますか」
 缶詰屋は、退職願いを出した次の日やってきた佐伯に、一言そう呟いた。
 これから事務的な手つづきがすすめられ、決まった段取りの下、とどこおりなく終わっていく。天変地異でもないかぎり一か月後、佐伯は数十人の社員に見送られ退社することになるのだ。
 缶詰屋は、すでに商売を始めていて、店には客が依頼した品物が並んでいた。
「いろいろもってきますよ。やっぱり贈物が多いですね」
 缶詰屋は、蓋を巻き締めるため体重をかけながらハンドルを回し、手際よく一個一個封缶していっていた。
「急ぐなら、その場でしてあげるんですが、今のところボチボチやっています」
 佐伯は、缶詰屋の仕事ぶりを見ながら、いつのまにか彼と自分とが逆さまになった気になっていた。自分の方がこれまであった足場がなくなり不安定になっていく気がした。
 書類を出してからの時間の流れがおそく感じられた。
 簡単に時間が過ぎていくと思ってもいなかったが、想像以上に一日一日を自分なりに整理していかなければ、またもとにもどってしまうのではないかという不安感が過った。波打ち際に打ちよせられた木切れのように、波にふたたび呑まれないよう注意深くしなければならなかった。神経がますます細かくなるようで、彼にとって予想していない緊張の日々だった。
 妻は、いよいよ彼に愛想がついたのか、果てはなにを言っても無駄と肝をくくったか、退職のことは、一切言わなくなった。ただ会社をやめたことは、近いうちに佐伯本人からそれぞれの両親に説明するよう求められた。
「おれはしないよ。わざわざ理解できないことを言って、苦しめることはないんだから」
 佐伯は、妻にそう言った。彼は実際に、逃げて逃げぬく、避けて避けぬくつもりでいた。なぜ自分の選んで行動したことを周囲に説明し、理解をえなければならないのか。
 これまで彼のやってきた生き方がまさしくそれだったし、同じことをくりかえす気はなかった。佐伯には、自分のことをまわりの人間に説明しなければならないその理由がわからなかったし、理解してほしいとも思わなかった。そのような労力のすべてが、彼には無駄のように思えた。
 佐伯には責任ということさえなにに対してもてばいいのか、考えれば疑わしかったし、もはやどうでもいいものになっていた。相手からすれば、じつに蟲のいい話だったろう。
妻は、事立ててそんな彼のやり方を拒否しようともしなかったが、受け入れもしなかった。ただ時々、退職について、少しずつ整理できつつあると言った。整理とはいったい何か。佐伯自身、くわしく知りたかったが、あまりしつこくきいて話がこじれるのも気がひけてできなかった。
 けっきょくそんな形で具体的なことは順繰りされ、どちらも口にしなくなった。そうして毎日の生活は単調に過ぎて行った。
 退職の前日、これまで世話になったお礼がてら出かけてみようと、彼は車椅子工場へハンドルを動かした。
 途中、例の半導体の工場の前に、ちょっとした人だかりができていた。車を道路端にとめ、下りてみた。
 人の輪の中に大柄な男がいた。車椅子工場の社長だった。
「しっかり見てくれないと危ないじゃないか」
 その前に突っ立った男が、伏し目がちに社長を見ながら、「すいません、すいません」と平謝りしていた。
 社長のすぐ横に電動式の車椅子に乗った悟を見つけたとき、だいたいの見当がついた。
どうやら、いま頭を下げている男が、悟を見落として追突か、接触したらしかった。 
 佐伯は勇次たちがいないことを妙に思い、急いで車に乗りこむと、工場へ向かった。
 工場につくと三人は、いつものようにそれぞれの場所で仕事をしていた。
 坂本がすぐに手を休め、佐伯のそばにやってきた。
「社長、なんか言ってましたか?」
「車の運転手に注意してましたよ」
 佐伯が答えるやいなや、坂本は、
「おれたちが真っ先にかけつけたんですが、社長はすぐにここは俺にまかせておけって追い返したんですよ」と説明した。
「人前に出ると社長、カッコつけたがるんです」
 坂本によると、車の急ブレーキが聞こえすぐに出ていったのは、社長ではなく、やはり勇次たちだった。さっそく運転手が降りてきて勇次が話をつけた。接触も追突もしておらず、互いにやや角度をかえて危ういところで止まったに過ぎなかった。それでも謝罪すべきところは謝罪させ、隣に勤める者どうし、これから注意してほしいことを話しているところへ社長が血相をかえあらわれた。そして、せっかくまとまりかけていたところをまた振出しにもどしたらしい。
「社長、ああ見えても正義感でもの言っているつもりらしいんです」
 勇次は、そんな坂本の言葉に耳もかさず黙々と溶接の仕事をしていた。現場にいる悟が今どんな気持ちでいるかを考え、佐伯は、彼に一言も言葉をかけず工場へきた自分を悔いた。
 しばらくして社長が意気揚々として帰っててき、横に悟の思いのほか明るい顔を見て、少し安堵した。
 翌日、退職辞令の交付式が、会社の一番広い研修室で行われた。
 十五名の退職者が控えていた。一枚のプリントが机上に置いてあり、それには、それぞれの勤続年数と最後にいた部署が書かれてあった。佐伯の年齢で辞める人間は他にはいなく、彼は一番若く、席も一番後ろだった。辞令をもらいにいくとき名前が読み上げられ、一文が機械的に述べられ、労いの言葉がそえられた。佐伯の場合、願いによって退職とするとか、そんな文面だった。適当に頭を下げ席へ戻った。花束をもらうときも、ほとんどその場のことはどうでもいい心理状態だった。ああ、これでようやく辞められる、そんな嬉しさの方が先立っていた。隙を見せまいと緊張しつづけていたこの一月の箍が一挙にゆるむ感じだった。
 気恥ずかしさはあとでやってきた。
 同じ営業で働いていた者たちが企画してくれた昼食会のとき、日頃、それほど口べたではないと思っている彼ではあるが挨拶も、もうほとんど神経を集中できず、大雑把なものになってしまった。それほど、佐伯は会社の方には既に気持ちがいっておらず、距離が離れてしまっていたことが実感された。繋いでいたものは、ただ隙を見せまいとしていた彼の、会社ではなく、自分自身へのこだわりに過ぎなかった。
 送る側の者たちは、気をきかしているのがありありと見えるほど、佐伯が会社を辞める理由や、辞めた後どんな仕事をするつもりなのか、申し合わせたように訊ねることをしなかった。もちろん佐伯も、この後の仕事など決めてはおらず、はっきり答えることはできなかったが、よくよく考えてみるとそんな理由などそもそも他人にはどうでもいいことなのかもしれなかった。
 計画どおり会がすすみながらも、佐伯の頭の中に浮かぶのはやはり缶詰屋のことだった。
 缶詰屋が、今どんな顔でどんな仕事をしているのかが気になった。ホテルのラウンジばりの社交用の部屋にシャンデリアが眩しく光っていた。
 彼はようやく、缶詰屋に会いにいこうと思えばいつでも会いに行ける時間を取りもどした気がした。
「退職されたら、記念になにか缶詰にしてあげますよ」
 佐伯は二日前の帰り際、缶詰屋にそう言われ、なにを缶詰にしてもらいたいかずっと考えていた。
 だが、焦点がはっきりしてくればくるほど、佐伯はいったい自分がなにを缶詰にしたいのかわからなくなっていた。
 缶詰にしてほしいものがあるのかないのか、それさえはっきりしなかった。あれこれ浮かんでくるものを、一つ一つくわしく想像しけっきょくは打ち消し、それでもこれだといえるものがなかった。
 佐伯は宴もたけなわで、いよいよ最後のしめに向かう中、男女入り交じった歓声を聞きながら、なにを缶詰にしたいのか、今自分が缶詰にしたいものがなんなのかと、必死に思い浮かべようとした。そうすればするほど、缶詰屋の言った好意が思いのほか、難しい宿題であったことに気づいた。
「なんとかなるもんですよ」
 缶詰屋がそんな自分を見ながら、どこかで笑ったような気がして、佐伯もいっしょに微笑んだ。

缶詰屋

2020年4月29日 発行 初版

著  者:宮本誠一
発  行:夢ブックス

bb_B_00163690
bcck: http://bccks.jp/bcck/00163690/info
user: http://bccks.jp/user/147880
format:#002t

Powered by BCCKS

株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp

宮本誠一

1961年熊本県荒尾市生まれ。北九州大学文学部国文科卒業後、学習塾講師、大検(高卒認定)専門予備校職員などを経て、熊本県小学校教諭に採用。二校目の赴任地(阿蘇市立宮地小学校)で、卒業生である発達障害の青年との出会いをきっかけに33歳で退職し、当時阿蘇郡市では初めての民間での小規模作業所「夢屋」を立ち上げました。その後、自立支援法施行に伴い、「NPO夢屋プラネットワークス(http://www.asoyumeya.org/)」を設立し、地域活動支援センター(Ⅲ型)代表兼支援員として阿蘇市から委託を受けながら現在に至っています。 運営の傍ら、小説、ノンフィクション、児童文学、書評などを発表してきました。部落解放文学賞に5回入選、九州芸術祭文学賞熊本県地区優秀賞2回、熊本県民文芸賞、家の光童話賞優秀賞などを受賞させていただいています。

jacket