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写真は光と闇から生まれる。光と闇は対になって「影」を生む。写真はその「影」を定着させたものである。闇に光があてられ、無限の色彩が生まれる。写真は孔雀の羽根のように、世界へと現れてくるのだ。
「ハイ、にっこり笑ってー」
山田テツローは、同級会の集合写真を撮っていた。二十才の成人式、メモリアルな一枚だった。
「カナタ、もし良かったら、ウチの写真館でバイトしないか?」
カナタはその声に振り返った。初めてスーツを着たカナタは、今日成人式を迎えていた。
「今、ハンバーガーショップでバイトしてるんだ。かけ持ちでも良いなら……」
「たのむよ。今年の春先が大変そうなんだ」
テツローはそう言うと、カメラを構え直した。
山田写真館は、古びた旧商店街の一角にあった。造りは古いが、レンガを積み重ねた洋風の外観は、重厚な歴史を感じさせた。朝九時半の開店時間に、カナタは自転車でのりつけた。毎週土日のこの時間が、タツローの指定したバイトの時間だった。
「おはよう、カナタ君」
テツローの母親の絹子さんだ。山田写真館の受付をしている。色白の美人だった。
「絹子さん、おはようございます」
「今日も暑くなりそうね」
「ええ」
カナタが山田写真館のバイトをはじめて、半年が経とうとしていた。カナタは大学三年生。文化人類学を専攻している。カナタの通う学校は山河大学といった。平日はハンバーガーショップでアルバイトをしながら大学に通い、土日は山田写真館で記念写真の撮影や、写真のプリントを行う日々だった。写真をプリントする作業は単純なものだった。しかし、流れてゆくイメージに意識を合わせる作業は、イメージの海を泳ぐような快楽があった。一枚の写真には、一つのストーリーがある。それは、無数の短篇小説を読むような感覚に似ていた。
人生とは短篇小説の連なりのようなものである。小さなストーリーの連なりが、大きな物語を生む。綺羅星のような毎日が続くのではない。平凡な毎日が砂時計のように流れてゆくのである。
「今日、夕方から同窓会の記念撮影が山河旅館であるから」
山田写真館の会長、山田真琴がテツローとカナタに向かって告げた。朝のミーティングのことだった。山田真琴は三代続く写真館の三代目で、敏腕でならしたカメラマンだ。今はテツローが跡取りとなり、山田真琴はその育成に四苦八苦していた。歳は五十二才で、白髪交じりのミドルエイジだった。
「それから、明日の日曜日は山河中学校のアルバムの撮影。野球部の試合が野球場であるから、準備をぬかりなく」
朝のミーティングは十五分位で終わった。午前中は写真館の中での内勤業務となる。夕方からは出張の撮影で旅館に出向き、同窓会の記念撮影だ。場所は近くの秋島旅館で行われる。
「会長、明日はカナタ君にも撮影を手伝ってもらいたいんですが……」
ミーティングの最後にテツローが申し出た。
「ああ、良いよ」
「じゃ、カナタ君、よろしく頼みます」
「はい」
初夏の日差しが陰ってきた。今は一年で一番日が長い時期。暑さは時間とともにやわらいできた。汗ばんだシャツがエアコンの風で乾いてゆく。それは時の涙のようだった。
「カナタ、そろそろ行くよ」
テツローはそう言うと、カメラを掴んだ。大きめの一眼レフ。望遠レンズがついている。テツローはレンズを手早く広角レンズに替えると、ストロボの電池も交換した。カナタはカメラの三脚を両手に持って、車の方へと向かった。
車が秋島旅館に着いた。二人は機材を手に取ると、旅館の中へと入って行く。
「ここか」
「失礼します」
「桜」という部屋に二人は通された。宴会は盛りを迎えており、賑やかな声が室内を満たしていた。
「山田写真館です。同窓会の写真を撮りに参りました」
「ああ、有難う。宜しく頼むよ」
五十才くらいの男女が大部屋で、杯を交わしていた。
「では、三列に整列して下さい」
テツローが指示を送った。テキパキと整列させ、カメラを構える。
「では撮ります。ハイ。もう一枚。ハイ。有難うございました」
どの顔も、喜びに満ちていた。その中で、カナタは一人だけ深刻な表情だった。
「どうかしたか」テツローが訊いた。
「いや、何でもない」
車に乗り込むとテツローはエンジンをかけた。カナタは宙を見つめた。
「テツロー……」
「ん?」
「僕たちの写真って、一体なんの役に立つのかな」
「それは、記録じゃないかな」
「キロク?」
「うん。一生の想い出になる記録なんだ。今日のこの瞬間を永遠に定着させるんだ」
「永遠か……。ある意味そうだよね。アルバムの中の写真が、宝石のように思える時がよく有るんだ」カナタは言葉を洩らした。
「ああ、確かに」
「前、二十才の時のクラス会の後、アルバムを見たんだ。あんなに幸せな時間は今まで無かったな」
「……ん。明日、山河中学校野球部の試合の撮影があるだろ」
「ああ、今朝のミーティングの話か」
「うん。でさ、その野球部ってここ三年間、一勝もしたことが無いんだって」
「ああ」
「実は、ウチの親戚の子がその野球部にいて『今回の試合は絶対に勝ちたい』って言うんだ」
「テツローの親族?」
「うん。だから明日の試合の撮影は、絶対に失敗したくないんだ」
「だから二人体制か……」
テツローは頷いた。
時を同じくした人々は、歴史の証人となる。写真もまた。同一の時空に居ることのすばらしさ。私たちはバラバラな世界、バラバラな時間を生きているから。それが集い、力を合わせることの偉大さ。時空を一致させるのは、技ではない。志や理念、そして理想である。
朝十時半。日曜日の球場に、カナタとテツローは来ていた。卒業アルバムは、学校の指定する業者が一年をかけて撮影する。運動会や文化祭などを写真におさめ、三年間撮り溜めたものを、卒業の時にアルバムとして一冊にまとめる。山田写真館では、同じ学区の山河中学校のアルバムを長年請け負っていた。
「さあ、試合開始だ」
テツローがサイレンの音と共に呟いた。
一列に並んだ坊主頭が、観客席にむかって一礼する。青空がレンズに煌めいた。
試合は均衡していた。九回裏ツーアウト。一対一の同点。後攻、山河中学。三番のキャプテンが打席に入った。ランナーは二塁。二球目、打者は大きく空振りした。
「ガンバレ」
カナタは望遠レンズ越しに、打者を追っていた。思わず声が洩れる。
三球目、金属音が球場に響いた。センターオーバーの打球だ。
ランナーが三塁を蹴った。センターから矢のようなボールが、ホームベースのキャッターに届く。ランナーがヘッドスライディングした。
クロスプレーだ。
「セーフ!」
その瞬間、グラウンドに山河中学校のチームメイトが飛び出した。歓声が青空を震わせた。カナタは無心にシャッターを切り続けた。
歴史には証人が必要である。写真は良き証人となるだろう。一瞬のプレイを永遠に留めてくれる魔法の道具。けれど、カメラは万能ではない。一番重要なのは、「心」である。一瞬一瞬を僕らは心に留める。カメラはその補助に過ぎない。今見たこの感動を永遠に止めるのは、いつの世も「人」なのである。伝説は語り継がれる。写真はそれを固着させるのだ。
カナタがテツローに話しかけた。
「僕らの写真が歴史をつくるのかな」とカナタ。
「少なくとも、アルバムを見た人にはね」
「だから撮り続けるんだね」
テツローは何も言わず、もう一度歓喜あふれる球場にカメラを向けた。カナタもそれに倣う。
試合終了のサイレンが、大空にこだました。それは、高らかな勝利の報告だった。カナタがもう一度汗を拭った。太陽が力を増してゆく季節の事だった。
(結)
2020年5月22日 発行 初版
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