この本はタチヨミ版です。
電子雑誌『澪標(みおつくし)』を創刊してから、早いもので五年が経ちました。
かつて『澪標』を発行した「身を尽くす会」のメンバーは、都内のとある大学にて文芸創作や出版編集について学ぶ学生たちでした。
程度に差はありましたが、大学で専門的に学んでいるだけあって、創造力や編集力を持ち合わせている人が多かったです。
しかし、その力を披露する場が講義における課題やサークルの部誌に限られていて、もったいないと私は感じていました。
彼らが能力を発揮できる新たな場所を作ろうという想いから『澪標』は創刊され、定期的に出版を行ってきました。
BCCKSを利用したセルフパブリッシング。Amazonや楽天をはじめとした複数の電子書店への配信。
紙媒体でも制作し、文学フリマやコミックマーケットなどの同人誌即売会で頒布を行いました。
『澪標文庫』も創刊しましたね。
他にも様々なエピソードがあります。楽しかったこと、辛かったこと……。
いつまでも、そうした日々が続けば良いなと、当時の私は思っていました。
しかし、モラトリアムには必ず終わりがおとずれます。大学からの卒業、就職、転居。
ともに学び、能力を発揮してきた仲間たちは、それぞれ新たな生活をはじめました。
もう『澪標』を作ることはないと気づいたときの絶望を忘れることは、きっとないでしょう。
『澪標』の五周年を記念した同人誌を作ろうという話が出たとき、私は本当に嬉しかったです。
今回『気楽な辞世』の制作を通じて、私には本や物語が必要なんだと再確認しました。
どこへ進めば良いか分からないとき、進む勇気が出ないとき。
そんなとき、本や物語という道標があったから、私はこれまで生きてこられました。
『澪標』という誌名は、船の航路を示す同名の標識から名付けられました。
その名の通り『澪標』も誰かの道標になれていたら幸いです。
二〇二〇年九月二五日
身を尽くす会 代表 小桜店子
花は、秋風に吹かれて散るのだろうか。
<新作読み切り・小説>
私と友人のユヅキは、喫茶店で退屈な午後を過ごしていた。ユヅキはぼうっと中空を眺めながら煙草をふかし、私はコーヒーを啜りながら読書を進める。
彼はふとなにかを思い出したかのように煙草を口端に咥えると、「死ぬってどんな感じなんだろうな」と言った。
それについて私はしばらく考えてみたが、気の利いた答えは思い浮かばなかった。
「さあね。でも死は人生の体験に含まれてないらしいよ。ヴィトゲンか誰かの言葉」
そう、とりあえず答えておいた。
ユヅキは、「ふうん。それもそうかも知れない。だとしたら、みんなはなにを怖がっているんだろうか」と、独り呟いた。
私は肩を竦めてから、再び読書に戻った。平凡な大学生と死とはあまりにも遠すぎる関係にあるし、そんなことを取り立てて考える機会もない。死は路傍の石ころとなんら変わりないのだ。
ユヅキが自殺をしたのはその翌日で、うら寂しい夏の終わりの日だった。私はそれを、別の友人から聞かされた。
茫然とし、何度となく「自殺」という言葉を反芻した。
ユヅキが死んだ――それは本当だろうか。実は生きていて、私をただからかっているのではないだろうか。だって、そうじゃなきゃおかしい。昨日だって、馬鹿みたいに煙草を吸って、幸せそうな顔をしていたじゃないか。
やがてなにを考えるのも億劫になり、ほとんど無意識の内に、いつもの喫茶店へと足を運んでいた。コーヒーを頼むと、マスターがユヅキの吸っていたピースの箱を私に渡した。昨日、我々が帰った後に彼は一人戻って来て、マスターにこれを託したらしい。
箱から一本取り出してみると、一緒に折りたたまれた紙片が出てきた。内容はこうだった。
・下宿先の机の引き出しに入っているノートを処分して欲しい。
・もし迷惑でなければ、我々の過ごした日々をなにかに書き留めておいて欲しい。
私は急いで勘定を済ませ、ユヅキの下宿先へと向かった。
すぐに管理人を呼び、頼み込んで部屋へ上がらせてもらう。
日に焼けて薄汚くなった机、その引き出しを開けると一冊のキャンパスノートがあった。私はその中身を見ることなく、管理人に礼を述べてから部屋を後にした。
ピースの箱に入っていたライターを手で弄りながら、下宿近くの河原へと向かう。
途中、悪いとは思いつつもノートをめくった。そこには映画のだろうか、前半には脚本が、残りのページには絵コンテが書きこまれていた。ユヅキは映画が好きで、日頃からなにかをノートに書き殴っているのは知っていたが、シナリオだということは今はじめて知った。
ノートを読み進めていくと、最後のページに「怖い」と震える字で書かれていた。私は昨日の会話を思い出し、胸が苦しくなった。
ユヅキは言った。
「ふうん。それもそうかも知れない。だとしたら、みんなはなにを怖がっているんだろうか」
昨日はまともに考えもしなかったが、あるいは、死――それの怖さは〈忘却〉なのかもしれない。それを、ユヅキは感じていながらも、あえて私に訊いたのではないだろうか。死に向かう本人もそうだろうが、同時に自分のような関係のある人間にとっても、〈忘却〉は身を蝕むような恐怖だ。自分が忘れてしまうと彼は、ユヅキは本当に死んでしまう。そんな気がした。
彼の二つ目の遺言が、痛々しく、分かりやすいくらいに、それを表している。あの言葉には死にゆくユヅキの不安と恐怖とが込められていたのだ。だから、私にそれを遺してほしいと、死に際で頼んだのではないだろうか。
私は死と、その恐ろしさとを、彼の死で文字通り痛感した。虚しさでも哀しみでもなく、痛い。ある人に言わせれば当然なのかもしれないが、死の匂いが遮断された平和の中にいる我々は、この恐怖を知らなかった。
河原に着き、秋風の中に腰を下ろした。木々は葉を赤く染めはじめ、鳶が空に弧を描いている。視界の端に紫が映ったのに気が付き、ふと目を遣ると、そこには桔梗の花が咲いていた。花は、秋風に吹かれて散るのだろうか。それとも、自分の意志で、散るのだろうか。
散華。そんな小説を、太宰治が書いていたことを不意に思い出す。ユヅキは散ったのだ。誰一人として理由も知らず、そしてただの一人にもその孤独と恐怖とを知られずに。
ユヅキのノートに火を点けた。燃えろ、と思った。
夢の残骸、人知れぬ恐怖、ユヅキの躰。それらすべてが煙になって、空に昇って、
新しい風を知らせる目印となってくれ、と私は願う。
誰かが迷ったときの目印となってくれ、と私は願う。
今を忘れないための目印となってくれ、と私は願う。
煙が細くなってきたあたりで、私は凛と佇む桔梗を見ながら、原稿用紙を買って帰ろうと思った。
そして、燃え尽きそうなユヅキのノートから火を貰い、ロングピースを大きく一息吸った。
〈了〉
タチヨミ版はここまでとなります。
2020年9月25日 発行 初版
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