───────────────────────
───────────────────────
ハーティがファーガ国の王都ララバルに赤子を無事送り届けてから、十四年が過ぎた。この物語は、少年ラドニスの成長の物語である。
一
四月のうららかな陽の光が、辺りを照らしていた。陽だまりに、憩うような気持ちは、平和な時にしか抱かないだろう。私は、「カミル・ブラウン」。長い間武道家として生きてきた。この十年間は全く戦争のない日々が続き、剣の腕を磨くことは「たしなみ」となっている風潮さえある。
今日は訪問者がある予定だ。私が住むファーガ国第二首都ファルムから、北へ百五十キロほどに位置する、王都ララバルの貴族のご子息と聞いている。
二年間の修行をしたいとの申し入れがあったのは、昨年のことだ。
「あなた、お客様よ」
妻のフィムが声を掛けてくれた。
「今、行くよ」
玄関先に、若い男性が立っている。革鎧に身を包み、腰には小剣をさしている。気品あふれる顔立ちだった。
「君がラドニス君か、話は聞いている。私がカミル・ブラウンだ、よろしく」
私はそう言って右手を差し出した。
「ブラウン先生、よろしくお願いします」
少年はにこやかに微笑んだ。
それが私とラドニスの出会いだった。
―― 昼下がり。私とラドニスは邸宅の武道場にいた。
「えい、やぁ!」
武道場に気合の声が響く。
「早速稽古をつけて欲しい」と、ラドニス願い出た。
なかなか良い太刀筋をしている、と褒めてはみたものの、まだまだ未熟な様子だ。
「剣の重さを使うんだ」
二言三言をアドバイスすると、ラドニスは格段に上手くなった。
「あなた、ラドニス君。一息ついたら?」
フィムが冷たい沢の水を木の杯に入れて持ってきてくれた。
「有難い」
私は汗を拭うと、フィムから杯を受け取った。ラドニスも私に倣(なら)う。
「あー、生き返る」
ラドニスが勢い良く杯の水を飲み干した。
「よかった」フィムが嬉しそうに微笑んだ。
「ご馳走様でした」
ラドニスは、そう言って杯を戻すと、また素振りを始めた。
星が天に瞬きはじめた。
風が凪いだ。闇の精霊がゆっくりと大地に立ち並ぶ。
大気は夜の呼気に変わっていく。
「では、今日の一日を、平和の神『アリウス神』に感謝しよう」
私は夕食の席で、祈りの言葉を主導した。
夕食は黒パンとシチュー、そしてラパのミルク。色とりどりの鮮やかな色彩がテーブルに並ぶ。
「どんどん食べてね、ラドニス君」
フィムがにこやかに笑った。
二
翌朝、目覚めると庭の方から音がする。
「ブラウン先生、おはようございます」
ラドニスだ。薪を斧で割っていたのだ。
「おはよう。朝から元気だな」
「まだ十四ですから」
ラドニスはそういうと、笑い声をあげた。
「薪割りは、体の鍛錬になりますね、先生」
私は頷いた。「あまり力を入れすぎるなよ」
「はい、先生」
朝食の時間となった。食堂に、私とフィム、そしてラドニスが集った。
朝の鐘が鳴る。
「ブラウン先生、僕立派な人物になりたいんです。どうしたらなれますか?」
「日々の修練が大事だよ。根気強く一つのことを続けることかな」私は噛むように、ゆっくりと語りかけた。
「分かりました、先生」
「ラドニス君、スープのおかわりはいかが?」
「はい、いただきます」
フィムはスープのおかわりをよそうと、ラドニスに手渡した。
「そうそう、今日は宝石職人のベルベリーさんがいらっしゃるそうよ」
フィムの言葉に、私は驚いた。
「珍しい来客だな、なんの要件だろう」
「さあ、詳しくは分からないけれど、お昼頃になるそうよ」
「判った。有難う」
「……先生、多分僕への用事だと思います」
「ラドニスに?」
「はい。先日お願いしていたペンダントが完成した件だと思います」
「ペンダントって、もしかして精霊魔法かしら」
フィムが口をはさんだ。
「ええ、光の精霊を召喚する際の呪具として、ダイヤを組み込んでもらったんです。
「さすがだこと」
フィムが相槌をうった。
フィムは精霊魔法や古代魔術、そして神聖魔法にも通じていた。「魔法や魔術も習いたい」というのが、ラドニスの実家からの要望だった。
「フィムさん、魔術とは何でしょうか」
ラドニスがフィムに問うた。フィムは優しく応じる。
「それは象徴の体系よ」
「ええ」
ラドニスは不可解そうな表情で、次の言葉を待った。
「呪術的な思考様式を使うの。魔法とは違ってね」
「なるほど」
「類推による思考方法よ」
「難しいですね」
ラドニスは溜息をついた。
「まあ、ゆっくりと覚えればいいさ」
私が言葉をかけると、ラドニスは頷いた。
「それもそうね。ご免なさい、急ぎすぎてしまって……。さあ食事を続けましょう」
「そうだな」
私はフォークを手に取った。
三
宝石職人のベルベリーがブラウン邸を訪れたのは、正午の鐘の鳴る直前だった。
「ブラウン様、ご無沙汰しております。今日はラドニス様のところにペンダントの納品に参りました」
小柄でがっしりとした体躯を持つベルベリーが、丁寧に挨拶の言葉を述べた。いつになく、機嫌が良いようだ。私は右手を差し出した。
「久しぶり、よく参られた。後でフィムの方にも立ち寄ってくれ。話があるそうだ」
「ブラウン夫人も、お変わりございませんか」
「相変わらずだよ。今日は、サファイアがどうとか言っていたな」
「分かりました。後でお伺いします」
ベルベリーと話していると、ラドニスが応接の間にやってきた。
「丁度良かった、ラドニス。宝石職人のベルベリーさんだ」
「こんにちは」
「ご注文の品になります」
ベルベリーは木箱を取り出して、開けて見せた。
「素晴らしいですね。限りなく美しい」
ラドニスが驚嘆の声をあげる。
「自信作でございます」ベルベリーが誇らし気に述べた。
「ブラウン先生、どうですか?」
ラドニスが早速身につけて私に見せてくれた。昼の日ざしがダイヤに乱反射する。なかなかの逸品だった。素養のあるものならば、そこに光の精霊の存在を感じ取っただろう。美しさと力強さを秘めたペンダントだった。
「よく似合うよ、ラドニス」
「先生、有難う」
「では、私はこれにて。お代はご実家の方へ取りに伺います」
ベルベリーは丁寧にそう告げると、会釈をして部屋を出た。
「ラドニス、明日から三日の間、野営の訓練をしたいのだが、良いかな」
「勿論、喜んで参ります」
「では仕度を頼む。テントと毛布、食料をラパにつけていて欲しい」
「わかりました。楽しみです」
「あなた、ラドニス君、お昼にしましょう」
フィムだった。多分宝石職人のベルベリーが、あの後訪ねたのだろう。手にはパンの包みを持っていた。
「有難う、すぐに行くよ」
次の日の朝方、ラドニスは厩舎へ行き、野営の仕度をする予定だった。しかし、私が朝早くに厩舎へ出向いた時には、まだ誰もいなかった。
「ラドニス、起きているか?」
私はそう言って、ドアをノックした。
「……神さま、どうか、母上の命が末長く続きますように……」
ラドニスは、神さまに祈りを捧げていた。
「ラドニス、入るよ」
「先生」
ラドニスの両の眼には、光る粒があった。
「すいません、遅くなってしまって」
「いや、大丈夫だ。母君は病に臥しておられるのか」
「はい。もう余り長くないのかもしれないのです」
「そうか。夏の陽が陰る季節に入ったら、すこし修行に休みを入れよう。十日の間休みにするから、その間に母君にあってくるといい」
私はラドニスの肩に手を置いて、言葉を紡いだ。ラドニスが静かに頷く。
「先生、有難うございます。母上もきっと喜んでくれると存じます」
「……今日は野営に行くが、大丈夫か」
私はラドニスの目を見て、言葉を発した。
「はい、勿論です」
「よし、すぐに仕度を」
「はい」
四
初夏のすがすがしい朝の空気の中、ラパを曳きながら私とラドニスは野営地に向かった。場所は、「ファルム」から「ラドスの村」へ向かう街道の途中で、東へ半日ほど歩いた場所であった。
朝の煌めくような風が、本当に滅入った気分を吹き飛ばしてくれた。それはラドニスもそうらしかった。
「先生、僕……」
「どうした、ラドニス」
「朝、気分が落ち込んでいて、本当にすいませんでした」
私はにこやかに応じた。
「気にするな。人を想う心こそ、戦士に必要なものなのだよ」
「そうなのですか」
「ああ。人を守るために、剣を持つのが本当の戦士なのだ」
「はい」
「ラドニスの剣で、弱い者たちを守ってやるのだよ」
「分かりました」
私はラドニスと言葉を交わしながら、歩を進めた。東へ半日歩いたところにある野営地を目指していた。途中、野犬のようなモンスターが現れる時もある街道だった。だから、気を抜くことは許されなかった。
私たちは野営地へ着いた。ラパからテントを下ろして、大地へ設営する。野営地はこの街道を行く者たちがほとんど利用する場所で、同じように野営する人が集っていた。
「こんにちは、何かご入用ですか?」
旅の行商人だった。
「ラパのミルクは如何です? それとも黒パンがお好みですか?」
気さくに若い男性の行商人が話しかけてきた。
「いや、今は結構。また後で来てくれ」
「分かりました」
行商人を見送ると、私はラドニスを呼んだ。
「ブラウン先生、次はどうしますか?」
「ラドニス、まず細い枯れ枝を向こうの草原から集めてきてくれ」
「はい、先生」
「それから、水を西の井戸から汲んでくるんだ」
私は野営の仕方をかいつまんで説明し、テントの中へと入った。
夜が更けてきた。
夕食には、黒パンと煮た肉団子を食べた。肉団子は、豚肉の塩漬けを主としたもので、それを湯がき、ソースをかけたものだった。下味が濃いので、ソースは控えめな味付けにしてある。
「先生、僕、立派な『旅人』になれるでしょうか」
「修行をしっかりすれば大丈夫だよ」
五
このファーガ国には、「旅人」という習わしがある。十六才の誕生日から一カ年の間、親元を離れて旅をするのだ。それは通過儀礼のひとつで、その時を経てはじめて成人だと認定されるのである。
エール酒などのアルコールの類も、旅人の期間は禁止であり、「旅人」を終えた後の「成人の儀」を行わないと飲むことは出来ない。しかしながら、それは名ばかりの法で、実際には「旅人」の期間中に、酒の呑み方を覚えるというのが正しいだろう。
また「結婚」も「旅人」の修行を終えてから行えるようになるのであった。
ラドニスは十四才だが、十三才位から、旅人の準備をすることが多い。今回のように、野営の仕方を覚えたり、旅の料理や、馬――多くは馬の亜種であるラパという動物――の乗り方を教わったりする。
旅人の習わしは、子どもの期間を経て一人前の成人となるための、重要な習わしなのであった。これは主にファーガ国とその近隣の国で行われている。西の海洋国家リドアや、南西の国リガロなどである。それは旅人の仕事の多くが、「輸送・配達」系の仕事であるのとも関係している。
旅人は路銀を稼ぐために、本当に様々な仕事を行う。その中に、手紙や物品の配達がある。旅人の多くがこの仕事に就くのは、旅人の習いである「移動」が、輸送・配達の仕事と合致しているからだ。そのため、ファーガ国と割に近い隣国にも、旅人との関連のある店が数多く存在するのであった。
六
時は深夜を経て、明け方に向かおうとしていた。明け染める空。東の空が白んできていた。
テントの中、ラドニスのペンダントが輝きだした。ラドニスが目覚めた。
「先生、これ……」
ラドニスは驚いてペンダントを外し、右の手のひらの上に乗せた。
「光の精霊だな」
私はペンダントの美しい光に、思わず息を呑んだ。
「こんにちは、おにいさん」
「ラドニス、光の精霊が君に話しかけているんだ。答えてあげなさい」
ラドニスは驚いた様子で頷いた。
「こんにちは、光の精霊さん。ええと……君はどういう方なの?」
ラドニスが尋ねた。
「僕らは、太陽の子なんだ。朝露の精霊だからね。朝のこの時間だけ力が増すのさ」
「君、名前は?」私が尋ねた。
「ウィルだよ」
「ウィル、もっと君のことが知りたいな」
ラドニスがそう言うと、ペンダントの光が揺れた。
「君が、精霊魔法を使えるようにしてあげるよ。僕の輝きを何千倍・何万倍にして相手にぶつけるんだ」
「『閃光』の魔法だね」私が口添えた。
ラドニスが頷く。
「友だちになったシルシだよ」
「ありがとう、ウィル」
ペンダントの光がゆっくりと収っていった。
七
私たちは三日間の野営の旅から我が家に帰ってきた。「光の精霊魔法の習得」という、思いもかけない出来事もあり、ラドニスと私にとって充実した三日間だった。
「あなた、ラドニス君、お帰りなさい。すぐ夕食にしましょう」
「ありがとう。着替えたら、すぐ食堂に向かうよ」
「フィムさん、僕もうお腹ぺこぺこです」
その言葉に、フィムは思わず笑みを零(こぼ)した。
「たくさん食べてね、ラドニス君」
その、夕食の席のことだった。
「あなた、明日ナユッコが遊びに来たいと言っていたわ」
「ナユッコが? 私は構わないが……」
私はナユッコを思い返していた。
楽才にとんだナユッコと出会ったのは、五年前の夏のことだった。音楽会に、若い娘が出演して素晴らしい演奏を披露していたのだ。巧みなリュートの演奏は、その年齢からして驚くべき才能であった。その時に私とナユッコは知り合いとなり、現在も親交があった。時々我が家を訪れては、唄やリュートなどを聞かせてくれるのだった。
「明日はいつ頃くるのかな」
私は、フィムにそう尋ねた。
「お昼の鐘が鳴る頃だと思います」
フィムはそう答えて、スープに手を付けた。
「こんにちは」
「いらっしゃい、ナユッコ」
翌日のことだった。ナユッコがお昼頃遊びに来たのだ。フィムが玄関で出迎える。私も、食堂を出て玄関へと向かった。
「ラドニスも、ちょっと来てくれ」
「はい、先生」
私は食堂にいたラドニスに声をかけた。
「久方ぶりだな、ナユッコ」
「ご無沙汰いたしておりました」
ナユッコが会釈した。背は余り高くないが、細身で優美な佇まいをしていた。
居間で、ナユッコがリュートを奏ではじめた。それは平和の曲だった。戦いと戦いの間にある、つかの間の平和。ファーガ国は今、安定した政治・治安であり、戦争はこの十年間全く無かった。だが、私のように剣の腕を磨くことを怠らない者も大勢いた。
ナユッコのリュートの音が響く。
「先生、リュートの音色を聞いていると、戦いを忘れてしまいそうです」
ラドニスが優し気な表情で、私に語りかけてくる。
「そうだね。『争う』ことは必要ではない。けれど、平和の中にあっても、『戦う』ことは必要なのだよ」
ラドニスはその言葉に頷いた。
「先生、平和の中にいても『自分自身と戦う』ことは必要なのですね」
ナユッコのリュートが、窓を抜けて晴天の空へと昇っていく。それは、戦いの中にある休息のひと時だった。
(結)
2020年12月6日 発行 初版
bb_B_00166805
bcck: http://bccks.jp/bcck/00166805/info
user: http://bccks.jp/user/147921
format:#002t
Powered by BCCKS
株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp
ポエムと小説、ときどきピアノ。