プロローグ
空缶から空が見える。
1 ぺぺがひろったふしぎなかんづめ
星がはげしく降った夜があけて、少年ペペは海辺でふしぎなかんづめをひろった。
消えかけたラベルには、こう書いてあった。
{空のかんづめを開けるまえに お読みください。
くれぐれも 季節と時こくを おまもりください。
なお 空のかんづめは むやみに開けたりすてたりしないで
ください。}
「空のかんづめ?」
ペペはふたをおもいっきり開けた。
シュルルルルー、その時いっしゅん空が・・・。でもすぐに朝の空にもどった。
「今のはいったいなんだ?」
ペペは おそるおそるかんの中をのぞいてみた。でも、なんにも入っていなかった。
2 虹の橋をわたろう
{お問い合わせは 地球商会まで。
おこしのさいは 虹の橋をおわたりください。}か・・・。
ペペはあたりを見まわした。朝の海辺は波の音がするだけで、だれもいない。
さっきまで気づかなかったけれど、遠くの雲に虹の橋がかかっている。
「よーし おいらは決めたぞ。」
ペペは虹の橋を追いかけた。いつもなら、にげていくはずの虹が追いかけるほど近づいてくる。やがてペペは雲の中に消えていった。
3 地球商会は変な店
まぼろし町かすみ通り38番地。
やっとさがしあてた地球商会は、へんてこな店だった。
「ここかー、なんかあやしいな・・・」
ペペは おそるおそる中に入った。店の中には、見たこともない品がならんでいる。
カミナリグッズ、しんきろうミラー、みぞれキャンデー・・・
4 ネコばば登場
「さあさあ、えんりょはいらないよ。世界中からとりよせた、じまんの品さ。」
店のおくから出てきたおばさんを見て、ペペはおどろいた。
「わしはネコばば みんなそうよんでいる。何がほしいんだい?」
ペペは店の中を見まわして言った。
「空のかんづめは、ないの?」
それを聞いたとたん、ネコばばの目がつりあがった。
「あいにく品切れだよ。それに売りものじゃない。でもどうしてかんづめのことを知っているんだい。」
ペペは、海辺でかんづめをひろったことや虹の橋をわたってきたことを話した。
「開けたりすてたりしちゃないだろうね。なに、開けた?それでどうだったんだい!」
ネコばばは、まさかという顔で目をかがやかせた。
「そーかい。見えたのかい。そりゃいい。」
「実はな、虹の橋をわたってきた客は10年ぶりなんだ。おまえならできるかもしれない・・・。」
「???。」
5 ぺぺを連れて外にでた
ネコばばは、ペペを連れて外にでた。
「どこに行くんだい。」
「空のかんづめがほしいんだろ。いいところへ連れてってやるよ。」
しばらく町を歩きまわって、ネコばばはビルのてっぺんを見あげた。
「あれ、人が・・・」
ペペには、高いビルからビルへとびうつる人かげが見えた。
「だれだい?」
「そのうちわかるさ。」
「うちのかんづめは、よその店のとはわけがちがう。でも、おまえならきっとできる。しっかり修行をつみな。」
そう言いのこすと、ネコばばはどこかに消えてしまった。
6 かんづめ職人に会う
しばらくして、どこからか声が聞こえた。
「かんづめをつくりたいってやつは、おまえか。」
ペペはあたりをさがした。
「だれだい? おいらは かんづめがほしいだけさ。」
「おんなじことだ。」
「おまえの足は 速いかい?」
「速くはないけど、じょうぶだよ。」
「そんなら、なおいい。」
「かんづめづくりはな、足が勝負なんだ。」
7 台風はほんの手はじめ
「材料はそろった。ぺぺよ、さいしょにすることは なんだかわかるか?」
「???。」
「わっはっは。よくかきまぜて空を洗うことじゃ。そーれ、はじまるぞ。」
みるみるうちにビルにかこまれた空がとぐろをまいて、はげしい雨と風がふきはじめた。まるで洗濯機の中みたいだ。
「わーっ、ふきとばされるー。」
あらしは丸一日つづいて、やっとおさまった。ほっとしているペペの耳もとで、また声がした。
「東へ向かって走るんだ。空をにがすんじゃないぞ。」
ペペは、わけのわからないまま走りに走った。
8 太陽でぐつぐつ
ペペは広い畑のど真ん中にいた。
「さて、つぎは空を煮るぞ。」
「えっ、どうやって?」
「太陽で朝から晩まで、ぐつぐつ煮るんだ。」
熱すぎても 冷たすぎてもいけない。
はじめ ちょろちょろ なかぱっぱ あとはゆっくりさます。
失敗した日にゃ どんよりにごって
あくが空いちめんおおってしまう。
ていねいに ていねいに あくをとるんだ。
これを 毎日くりかえす。いいな。
「どうして おいらがこんなことしなけりゃいけないのさ・・・」
9 いい月夜だろう
東へむかう夜行列車の屋根の上で、ペペはぼんやりしていた。もちろん空を追いかけて。ペペは仕事に疲れはてて、へとへとだった。
ふと気がつくと、となりにこしをおろして夜空をながめている人がいる。
「いい月夜だろ。いい風だろ。」
「じっくりと じんわりとだな 空をかわかすんだ。この月あかりと風のぐあいで、空の色がきまるんだ。」
かんづめ職人は しずかに話しはじめた。
「わしらかんづめ職人はな、北極のオーロラから南の島の空まで、世界中の空を追いかけて旅しているのさ。」
ペペはたずねた。
「今は何のかんづめをつくっているの?」
「そのうちわかるさ。」
「いつできるんだい?」
「まだまだ。かんじんの味つけがのこっている。」
それを聞いてペペのからだは重くなった。ペペはそっと目を閉じた。子守歌のようにレールをひびかせて進む夜行列車を、真夜中の月がてらしていた。
10 おっといけない、砂あらし
「おっといけない、砂あらしがきつすぎる。ちっと、色がにごってしまう。」
「どうするんだい おじさん。」
「どうもこうもない、まつしかないんだ。空は気まぐれなのさ。」
二人は毛布にくるまって、カラカラにかわいた大地にへばりついていた。そして砂あらしがとおりすぎるのを、じっと待った。
11 ピリッとしまる味つけ
二人は空を追いかけて、とうとう海に出た。なにやら雲のようすがいつもとちがう。
「さいごのしあげにとりかかるとするか。」
ぶきみな雲のかたまりが近づいてきて、空をやぶるものすごい音と稲妻が走りはじめた。ペペはおもわず耳をふさいだ。しばらくすると音も色も消え、切れかけた蛍光灯のようにチカチカと空がまたたきだした。
「これでピリッとしまるんだ。これが空の味というもんさ。」
かんづめ職人は、つぶやいた。
「あとはつめるだけだ。」
12 さて どうやってつめる?
「おーい、こっちだよー」
港の町で でむかえてくれたのはネコばばだった。おんぼろトラックに、山のようにかんづめのかんを積んでいる。ネコばばに会えるとは、ペペはうれしかった。
「ちっと見ぬまに、たくましくなったじゃないか。」
「さてと、どうやってかんにつめるかな・・・。」
「そーだね、ここには高いビルも山もないしね。」
「何かいい知恵はないかね・・・」
今日という日をのがしてしまえば、空の味は落ちていく。ぺぺも西の空をみつめながら、しばらく考えこんだ。
「そうだ、あれを使うんだ! おいらにいい考えがある。」
「おばさん。あの丘に向かってトラックをはやく!」
「どうしようってのさ。」
「いいから、すぐにわかるから!」
13 夕ぐれの遊園地
港の見える丘の上には、ひろい遊園地があった。三人をのせたトラックは遊園地をめざして突っ走った。だれもいなくなった夕ぐれの遊園地。丘のてっぺんにある観覧車の下で、トラックは急ブレーキをかけた。西の空は・・・。
14 急げ!日がくれる前に
まもなく空につきでた、でっかい観覧車がまわりだした。
「急げ!日がくれる前に、あの夕やけをすくいとるんだ!」
観覧室を大きなバケツがわりにして、つぎからつぎへと空をすくいとって降りてくる。
「こりゃいいペペ! でかした。」
「いいかい!休むんじゃないよ。」
ネコばばの声が、だれもいない夕ぐれの遊園地にひびいた。
ペペは、すくいとった空をかんにつめたつめた。
15 これが夕やけさ
「あとはわしにまかせな。」
ネコばばに言われて、ペペは丘の上でひと休みした。あせでぬれた体に、夕ぐれの風がきもちよかった。
さっき見た空、今見ている空。まるでスローモーション映画のように空が変わっていく。
そして、のこり少なくなるほどに、空は、もえるようにかがやきはじめた。
じーとながめているペペの胸は、だんだん熱くなってきた。
「これが おいらが追いかけてきた空か・・・」
「ペペよ、これが夕やけというもんさ。」
ペペとネコばばは、いつまでも西の空をながめていた。
16 ありがとうペペ
「ありがとうペペよ。おかげでネコばばの注文に間にあった。」
かんづめ職人は、できあがったばかりのかんづめをひとつ、ペペにわたした。
「これは おまえのものだ。持って帰りな。」
「ありがとう!」
かんづめは まだあたたかかった。
「じゃ二人とも、元気でな。」
かんづめ職人は、すたすたと貨物船に乗りこんでいった。いつのまにか日もすっかりくれて、港の町のネオンサインがかがやいていた。
17 あっ、流れ星だ
「どーれ、わしらも帰るとするか。」
ペペとネコばばは、空のかんづめをどっさり積んだ、おんぼろトラックに乗った。
「あっ、流れ星だ。」
ペペは夜空に流れるひとすじの光を見た。
「だれかが、流れ星のかんづめを開けたんだね。きっと。」
「ところで、おいらはどうやってうちに帰ればいいんだい?」
「・・・。まっ なんとかなるだろうよ。」
二人を乗せたおんぼろトラックは、港の町をぬけてくらやみの中へ消えていった。
星が降ってきそうな夜のことだった。
エピローグ
うちにたどりついたペペは、もらったかんづめを開けたかって?
それはペペに聞かないとわからない・・・
でも、真新しいラベルには こう書いてあった。
「空のかんづめをむやみに開けたり すてたりしないように。」
2020年12月27日 発行 初版
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