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【無料】霊力使い小学四年生たちと21C最悪の人災とその具現救済 第三巻

坪内琢正

瑞洛書店



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第五話 独禁法緩和による従業員の融通

 瀋陽市にある国家財経社労委員会こと、旧国務院会議府は上空から見ると『一口』型の構造であり、『口』の字の箇所は上空から衛星写真などでも見ることができるが、特にそれ以上はバレることもないので、時折子どもたちの遊び場ともなっていた。
「わっ……!」
 珠洲は自分の方に来たドッジボール用のボールをさっと上に弾き、再び落ちてきたそれを両腕で抱えた。
「わ……さすがっ」
 耐がそれを褒めた。
「た、たまたまだよ」
 珠洲はそれを聞いて焦りつつ、ボールを美濃へ投げた。
「わっ」
 彼は焦りつつもそれを受け取った。
「雲雀ちゃん」
 続いて美濃は、雲雀に向けてそれを投げた。
「よっと」
 彼女は軽快にそれをキャッチした。
「フフフ……私のところに来てしまったね」
「げっ」
 雲雀の威嚇に耐は焦った。
「耐ちゃん……」
「ひっ」
 耐は不敵な笑みの雲雀に見られてたじろいだ。
「と見せかけてっ」
「いあっ!」
 雲雀の投げた球は、彼女の視線とは異なり、司の脇腹を直撃した。
「さ、さすが雲雀ちゃん……」
 その様子を見た耐は言葉を失った。
「ちょ、ちょっと休憩しない……?」
 司が言った。
「う、うん……」
 雲雀が少し焦りつつ言った。そして五人は、中庭への階段に腰掛け、その近くに用意しておいた水筒やタオルを手に取った。
「ふー、疲れたね……」
 耐が言った。
「うん……」
 司がそれに呼応した。
「お疲れ様」
 雲雀がぽんと労った。
「お茶……。うん……復活……」
 冷茶を飲んだ耐が続けた。
「うん……」
 珠洲と美濃も、コップを持ちながら小さく頷いた。
 そして少しの間、静かな時間が流れた。
「お仕事……戻りたい、かな……」
 珠洲がポツンと言った。
「え、うん……」
 司がそれに小声で頷いた。
「僕も……」
 美濃が珠洲に続けて小声で言った。
「……わかった……」
 雲雀もか細く同意した。
「大丈夫……?」
 耐が二人に聞いた。
「大丈夫だよ、耐ちゃん、みんな」
 珠洲が耐たちに笑顔で言った。
「うん。また、帰ってきて、ここで遊ぼ」
 美濃も珠洲に続けて笑みを浮かべながら言った。そしてすぐに立ち上がった。
「美濃くん、待って」
 司もそれに続き、会議室の方を向いた。彼の他の子どもたちも、中庭から会議室に進んでいった。

 子どもたち五人が部屋に入り、それに少し遅れて、次々と、他の子どもたち、正らがやってきた。するとまた、勝手にパソコンの電源が入り、モニターに映像が移された。
 そこは先日の瀋陽駅前の路地裏にある公民館の会議室だった。そこで、瀋陽市被服組合の会議がなされていた。
「皆様、他に、報告したいことなどはありませんか?」
 司会役の男性が、組合員らに尋ねた。
「ないようですね。それではこれで……」
 司会は、会議の終了を告げようとした。
「み、皆さん、少しよろしいでしょうか」
 その時、一人の男性が声を上げた。
「はい……?」
「どうしました?」
 室内はざわついた。
「実は先日は我が公司内でも会議を開いたのですが、どうしても今後の経営が困難と言わざるを得ないのです。わが公司にもいくつかの部署がありますが、私たちがよく使う機材の扱いに慣れた者も多くいるんです。申し訳ないのですが、順風満帆の黒字を得ている公司に、わが社の従業員の面倒を見てもらえないでしょうか……」
 彼は次第に顔を俯けながら言った。
「はい? それは無理だと思いますよ」
「そうですよ、確かに我が公司は順調に黒字が続いていますがね」
 他の組合員らが言った。
「そ、そんな、黒字なのに、なぜ……」
 最初に切り出した男性は声を震わせた。
「理由は、あなたの公司の会議でやっていることと、ここの会議とは同じメンタルで動いているからですよ」
「その通り! あなたの公司も会議では、殆ど何の具体的解決策も集めないまま、売上の低い部署を相互に汚く罵り合い、抽象的な英語のスローガンばかりを作成しているでしょう。ここの会議もそれと同じ場所なのです!」
「その通り! 相互に困ったときはお互い様、などという、フレーズのなんとおぞましい悪質なもののことか! 椅子取りゲームのように、潰し合うことこそとても美しい社会人としての在り方ではないですか!」
「その通り! あなた方は困窮していればよいのです、なんと愉快なことか! アッハッハッハッ!」
 組合員たちは彼に告げ続けた。
「あ……そんな……」
 彼は放心状態で立ち尽くした。
(な、なんか危ういぞ……。俺は最初は冗談だと思っていたが……、俺はみんなと違う……正反対だ、困りごとは自分のせいに限らず、順番に回ってくるだろうし、お互いに罵り合うのが正しい社会だ、なんて微塵も思えない……! なのに……俺は自分の思ったことを自由に話すことに抵抗を感じてしまう……今日もまた、ずるずると流されて、自分の思いを失って……この時間に何か意味の一つでもあるというのか……? 俺は一体何がしたいんだ……?)
 一方、組合員のうちの一人も黙って俯き、苦悶していた。
「え……」
「酷い……あんまりだよ、こんなの」
「この大人たち……」
 モニター越しにその光景を国家財経社労委員会の会議室で見ていた子どもたちは、各々ありのままに、悲嘆したり、憤慨したりしていた。
「公司内部の問題はすでに、この前のパワハラの防止策ですぐにでも片付きそうだけど……、この公司同士の関係はなんでこんなことに……」
 美濃が不審がった。
「『安くて』、『優れた』サービスでありさえすればいい、という非常に危ない風土が国家を覆っちゃってるから……。そこに、従業員も国家と次世代を担う存在であるという認識が抜けていて、まるでそれが実行できることまでもを競争の対象にして……、そして既に、少子化対応という状況は、老人たちが責め立てるような一部の可哀そうな人ではなく、若者の多数を占めている……。公司同士も競争賛美をした結果、浅はかにも全員が全員、お互いに、不適切な労働環境を強いられ、誰が最初にねを上げるかの状態になってる……これじゃ、たとえ出社していてもみんな引きこもりみたいなメンタルになるよ、むしろ引きこもりの方がより賢明だよ。これも結局、上からの規制やその緩和があって初めて、それを煽りたがる一部を排除でき、また面従腹背を強いられ強がりをしている多数も、『日常』という名の理想空間を形成できると思うよ」
 正が述懐した。
「そうだね……」
 耐が頷いた。
「競争の煽りの風潮が強すぎて、共助の考え方が蔑視されるようになってるのかな……。独占禁止法とかの影響もあるし、それはそれで大切だけど、共助までも、上から教えないといけない、そうするしかないんだ……個人単位の雇用は比較的守られているのに、法人単位がこれじゃ意味がないよ」
 弘明が呟いた。
「うん、そうだね……。例えば、おおよそ二〇年くらい……長期にわたって業務がなされた、同職種の企業間では、一つが倒産して、さらに、他の法人が、黒字経営が続いていて、そこの従業員を雇ってもその黒字に影響が出ないというのなら……そういったいくつかの条件が揃っているのなら……、雇用は斡旋どころか、ほぼ強制的なものにしないといけないみたい……。それから……単発での応援が不法にならないように、同業複数社との雇用契約が結びやすくしておく必要もあるかな……」
 珠洲もそれに続け、より具体的な内容を提示した。それからしばらく子どもたちは会議室で話し合いを続けた。

 それから数か月後に、労働者融通の法案が施行された。その後の初の瀋陽市被服組合において、倒産の予定を宣告した男性の公司の従業員について、希望者は、同市内のいくつかの健常な状態の同業他社へ振り分けられることとなった。
「本当に良かった……皆さん、この度はご迷惑をおかけしました、また、彼らを救済していただき、本当にありがとうございますっ」
 その公司の男性は深々と他の組合員らに頭を下げた。そしてその直後にいったん会議は休憩となった。
「ちょっと、廊下に出ませんか?」
「ええ、そうですね」
「では、私も……」
 それと同時に、三名の組合員が会議室から出た。
「はぁ……まったく、忌々しい国の法律です」
「まったくです。確かに融通雇用でも経営に悪影響はほぼありませんが、問題はそこではないのです!」
 廊下を出るなり、彼らは不機嫌さを露わにした。
「そうですとも、まるで、これまで差別を楽しめた対象が、法で守られ、今後はその差別の対象を渋々神棚に上げなければならないのに似ています!」
「そうですね、競争、攻撃、これらにより、少しでも悪ができるなら最大限したいのが我々なのに、従業員融通のシステムにより、それらが出来なくなり、実行可能な悪の範囲が減ってしまった!」
「これでは大手を振って室内で攻撃的な発言をして、それが美しい社会なのだ! と爽快に言うこともできず、こうして廊下の隅で愚痴るだけです。室内は今やお花畑……即ち、最低限度の相互人権が尊重される、『日常』と呼ばれる『理想』が形成され、我々にとって完全におぞましい空間となってしまいました。ですが、廊下の愚痴であったとしても、策を練り、突然の大破壊を起こせる場合だってあるはずですが……」
「いえ、今回は本当に陰での愚痴以上は何も為せません! だからこそ、あんな平穏な空間の会議室など、忌々しくて仕方がないのです!」
「まったくです!」
 彼らは口々に言い合った。
「ほほう……ならば、壊してみるか?」
「そんなことができるのであれば……え……?」
「今、誰が言いましたか?」
 廊下にいた組合員たちはお互いにきょとんとしながら顔を見合わせた。彼らは誰も『壊してみる』と言ってはいなかった。
「私だ、私」
「え……わああ!」
 組合員たちは廊下のさらに奥を見て驚かされた。そこに、藍色の肌に、頬まである大きな口と、鋭い牙の生えた女性——鬼女がいた。
「この建物でよいのだな?」
 鬼女は左を向いて言った。そこに黒い霧が充満していた。
「ああ、その通りだ」
 その霧の中から男性の声がした。
「ふむ……よかろう」
 鬼女は頷き、再び組合員たちを睨んだ。
「ひ、ひいい!」
「たすけt……」
 彼らは慌てて会議室に戻ろうとした。
「待てい!」
 鬼女は彼らを追った。いつの間にかその右手に、一本の包丁が握られていた。
「ぎゃああ!」
 それを見た彼らはさらに驚き、慌てて会議室に飛び込んだ。
「な……え……」
「ど、どうしましたか?」
 室内にいた他の組合員らが、その様子に驚き、彼らに声をかけた。
「鬼が……」
「妖怪の……包丁の……」
 入ってきた組合員らは蒼褪めながら片言を口にした。
「へ……?」
「おに……」
 中の彼らは顔を見合わせた。そのすぐ脇を包丁が通過した。
「え……」
「あ……」 
 それを見た他の組合員のうちの一人の顔が強張った。また、別の組合員は、入り口の方を向いて強張った。そこに先ほどの鬼女がおり、自分の周囲の空中に何十本もの包丁を浮かせていた。
「ひぃ……」
 廊下から入ってきた組合員らも、その光景を見てあらためて怯えた。

「珠洲ちゃん、これは……」
「うん……、行こう……」
 美濃と珠洲は、瀋陽市国家財経社労委員会の会議室のモニター越しにその光景を見、お互いに呼応した。
「二人とも、気を付けて……」
 正が二人に告げた。
「うん……、無理はしないで……」
 耐もそれに続けた。
「じゃあ……行ってくるね」
「いってらっしゃい」
 二人の挨拶を、雲雀と弘明が返した。その直後に、二人の体は薄い緑色の光に包まれ、そしてその光ごと消えた。

「ひっ、ああああっ」
 駅前公民館の会議室の中では、引き続き組合員らが悲鳴を上げて逃げ惑っていた。
「逃がすか!」
 鬼女は四方に包丁を放った。
「ひぎっ!」
「あああっ!」
 そのうち、壁の付近まで行った三人、ちょうど、先ほどまで廊下に出ていた男性らに向かったそれは、ちょうど彼らのズボンと壁とをまとめて刺した。
「うっ、うっ……」
 包丁は壁の奥まで入っており、三人はそれで身動きが取れなくなった。一方、鬼女は引き続き自分の周囲の空中に多数の包丁を浮かせていた。
「くく……」
 彼女は笑いながら彼に一歩歩み寄った。
「や、やめ……」
「た……助けてくれ……」
 その男性らはさらに怯えた。
――ヒュン!
 そのとき、鬼女の眼前を一筋の光弾が通過した。それは鬼女から数メートルほど離れた床に当たり、爆発した。
「……ん?」
 鬼女はそれが来た左の方を睨んだ。そこに珠洲と美濃の姿があった。
「……っ!」
「目を閉じてくださいっ……!」
「へ……?」 
 男性らは珠洲の叫ぶままに目を閉じた。彼女は叫ぶと同時に、彼女と美濃はそれぞれ、男性らのズボンに刺さっていた包丁を見て、そこに光弾を放った。するとそれと包丁とが当たり粉々になり、また爆風が俟った。
「破片に気を付けてください……!」
 珠洲が続けて叫んだ。
「霊力を使う者か……ちょっとした虫が来ただけだ」
 鬼女はそれを見て呟き、軽く右手を振った。すると彼女の周囲の包丁のうち二本がそれぞれ珠洲と美濃の方に飛翔した。
「あっ……!」
「わっ……」
 二人はそれを避けようとしたが、服の袖と、合わせて後ろの壁に刺さった。
「地獄を見ろ」
 鬼女はまた軽く手を動かした。すると今度は、一〇本以上の包丁が二人に向かった。
「!」
 しかし二人の姿はその直後に光に包まれ、そしてその場から消えた。
「な……?」
 鬼女は慌ててきょろきょろと左右に首を振った。二人は自分の背後の方にジャンプしていた。
「やろう……!」
「うん……!」
 二人のペンを持つ手に少し力が入った。
「た、助けてくれえ!」
 その時、まだ一人だけ残っていた、包丁によってズボンが壁に刺さりっぱなしになっていた男性が子どもたちに向かって叫んだ。
「え……?」
「美濃くん……!」
 それを聞いた美濃はその男性の方に顔を向けた。その次の瞬間、一本の包丁が美濃の腹部目掛けて飛んできた。
「……っ」
 美濃はすんでのところでそれをかわした。
「ふう……危な……、今度こそやろう……!」
「うんっ……!」
 美濃は再度珠洲に呼び掛け、鬼女の姿に注目した。珠洲もそれに答え、美濃と同じように鬼女を眺めた。
「なっ……」
 隙を突かれた鬼女はたじろいだ。
 それとほぼ同時に、少し前に差し出された、交差された二つのペンの柄が薄い緑色に光り、そしてすぐにそれは鬼女に向かって飛翔した。
「ああああっ!」
 それは鬼女の腹部に当たり爆発し、周囲は俟った。そしてそれが止んだとき、彼女の姿は消滅していた。
「……」
「……やった……」
 珠洲と美濃はほっと胸をなでおろし、お互いの顔を見合わせた。
「……く……ここはいったんひくべきか……」
「……?」
 一方、会議室の出口の奥の廊下になびいていた黒い霧から男性の声がしたのを二人は聞いた。彼らが奇妙に思っているうちにそれはひいていった。

 関東共和国国家財経社労委員会瀋陽本部会議室の一角が直径二メートル程度の薄い緑色の球体に光り、すぐにそれは二人の子どもの姿になり、光が消えそれは珠洲と美濃の姿になった。
「……」
 二人は虚ろに室内を見た。
「珠洲ちゃん!」
「美濃くん……!」
 すぐに耐と司の叫ぶ声がした。
「え……わっ」
 耐が躊躇なく自分の胸に飛び込んできたため珠洲は慌てつつも笑みを浮かべた。
「おかえり」
 司、弘明も並んで美濃を笑顔で迎えた。また、雲雀、唯と淡水も、珠洲と耐の様子を見て笑顔で迎えた。さらにその後ろにいた桂創と正も笑顔でその様子を見ていた。
「えへへ……ただいま」
 珠洲もそれを見て挨拶を彼女らにもした。



第六話 社会保障の時代への適合

 初秋に差し掛かり、瀋陽市も過ごしやすい季節となった。
 屋外で遊び疲れた子どもたちは、国家財経社労委員会会議室の隣の控室に入り、今度はババ抜きに興じていた。
「はい、次、珠洲ちゃんだよ」
 耐が珠洲に五枚ほどの手札を示した。
「え、う、うん」
 珠洲は慌てながら耐の手札を眺めながら少し悩み、すっとそのうちの一枚を取った。
「ぎゃ」
 珠洲は小さく呟いた。
「ちょ、ぎゃって何」
 唯が苦笑した。
「珠洲ちゃん……戦いのときはポーカーフェイスな感じなのに、今の方が慌ててる気がする……」
 耐もそれに続いて苦笑した。
「え、そ、そうなの?」
 珠洲は聞き返した。
「うん、そうかも……ほい、上がり、っと」
「あっ」
 唯は珠洲の手札の中から一枚を取り、それともう一枚自分が持っていた手札と合わせて捨てた。
「唯ちゃん、もう上がったの?」
「早いなぁ……」
「うん……」 
 もう一つのグループから、淡水や正、司が驚きの声を上げた。
「えへへ。誕生日が一番早いから……かな……?」
 それを聞いた唯ははにかんだ。
「そ、それはどうだろ」
 弘明が焦りながら呟いた。
「う、うん……あれ、もうこんな時間……」
 美濃もそれに続こうとして唯から目を逸らすと、たまたま掛けてあった時計が目に入った。それは朝の九時を少し過ぎていた。
「あ……そろそろ行かないと……」
 それを見た美濃が言った。
「うん……」
 司や珠洲も頷いた。
「また、帰ったらやろう」
「うん、そうだね」
 雲雀や弘明が言い合った。そして正と八名の子どもたちは、隣の会議室に入った。するとそこに桂創がいて、ぼうっと晴れた窓の外を眺めていたが、彼もすぐに珠洲たちに気づいた。
「あ、みんな、おはよう」
 桂創は彼らに挨拶した。
「桂創くん……おはよう……」
 珠洲が彼に返答した。
「うん、おはよう……」
 それに耐が続いた。
 そして一瞬、全員が沈黙した。
「……あの……モニター、付くかな……」
「うん、付くよ……、ありがとう」
 桂創は珠洲の問いに答え、礼を言うと、すぐにパソコンのモニターのうちの一つに触れた。すると自動で電源が入り、とある、たくさんの引き出しのある木製の棚が映し出された。
「部品の保管庫みたい……」
「うん……。……あ……」
 美濃が指摘し、珠洲も頷き、すぐに画面の奥に目をやった。
 モニターも自動でその奥に進んだ。そこは広い空きスペースだったが、二、三〇名程度の私服姿の男性たちが集まっていた。また彼らの前に三名ほどのスーツ姿の初老の男性もいた。
「ここの保管庫閉鎖するだと? どういうことだ!」
「我々もクビ? まともそうに言って、他の方法がある癖に!」
 私服姿の男性たちが、スーツ姿の男性らを睨みながら怒鳴り合った。
「そうではないのです……」
「はい……我々も最善を尽くしましたが……ここの部品は旧式のものも多いので……」
「確かにこれは解雇ですが……失業保険はきちんと手続きを取ります……」 
スーツ姿の男性らが渋い表情で言った。
「あ……失業保険はあるんだ……」
 モニター越しに珠洲が呟いた。
「騙すな!」
 一方画面の中では、男性らがまだ憤っていた。
「我々は殆どが、あの西部の工場も閉鎖になり、クビになったからと、西部工場のあっせんでここにやってきたんだ! まだ数か月ほどしか経っていないじゃないか! お前たちは我々を騙したんだ!」
「そうだ! 期間が短すぎて、保険の対象にならないじゃないか!」
「すぐに見つかるとは思えない……低保受給者になれとでもいうのか!」
「今の低保は名ばかりで、我が国の人権の基準に達していないじゃないだろうが!」
「そ、それは……どうしようもないではないですか!」
 私服の男性らに言われ続けて、スーツ姿の男性も声を荒げて言った。
「え……これはもしかして……これまでとは違って、モニターの中の誰も、悪くなくて、最善を尽くしたの……」
 珠洲が言った。
「……かもしれない……」
 正が続けた。
「でも、社保のセーフティネットも税金で成り立っているから……みんながマズしくなると、社保も危ういことになるよ」
 美濃が言った。
「ううん、わからない……。大規模な財政がかかる政策ならわかるけど……制度を作ったときに、細かいところまで配慮が行っていないだけで、実行可能なことだってあるかもしれないよ……。その見落としで、大変なことになる人だっているはず……」
 珠洲が言った。
「それはそうかも……。王首相に頼んで、社保関係の資料や、それを作ったときの議事録などを集めて貰う?」
 雲雀が珠洲の発言に頷きながら言った。
「うん……やってみる……」
 珠洲も雲雀の言葉に頷いた。

 その翌日、長春にある国家財経社労委員会は、王首相らと、各部の第一事務副部長らと、珠洲たちとの間による、税制、社会保障制度の総点検となった。
「えっと、まず、法人税が低いように感じるのですが……」
 まず、美濃が切り出した。
「日本のようにはいかないですよ。二〇パーセント程度でないと、事業所が成り立ちません」
 財政部第一事務副部長が美濃に反論した。
「はい。法人税で入る歳入自体は今のままでもいいと思います。ですが、世帯への所得税と同様に、彼らが所属する事業所にも様々な格差があります。今の二〇パーセントを、一〇、二〇、三〇の三段階に分類すべきです」
 美濃がさらにそれに反論した。
「えっ……」
「それは……」
 副部長たちは戸惑った。
「責任は私の政権が取りますよ。これは政務ですから」
 王が言った。
「わかりました、総理が言うなら、労社部はそれでいいです」
「財政部もです」
 実質的に政務を担当している事務副部長たちは頷き合った。
「政権に押し付けするようで申し訳ないですね」
 経済企画部の事務副部長が言った。
「いいのですよ。繰り返しますがこれは事務ではなく政務です。あなた方は、何もしなくても、日々の作業をこなしていれば自然に評価されるでしょう。むしろ、たとえ善意であったとしても、目立つ動きをすると、責任が伴いますので、賭け事のようになってしまうでしょう。だから政務でやると言っているんです。いや、正直私も、あなた方のことをよく知らなかったのですが……ここに集った少年少女たちに、そのことを教えられたのです」
 王総理は苦笑しながら言った。
「あの、次なのですが……」
 それに続いて珠洲が言った。
「あっ、はいっ」
 王は慌てて彼女に返事をした。
「養老保険の補填をするものとして、政府や事業所の補助なしで、一般養老保険には一般養老保険付加基金がありますね。これは一般養老保険よりも安定した収入となる労働者養老保険にはない制度です。一方、一般養老保険は、実質的には、もはや付加基金と合わせて加入しないと困窮する状態です」
「そうですね……」
 珠洲の言葉に、労社部の事務副部長が頷いた。
「付加基金は、あくまで一般養老保険加入者のための制度なので、労働者養老保険の加入者は入れないことになっていますね」
「ええ、そうです」
「でも……昨今は、ずっと同じ事業所にいられる労働者は全体の半分ほどにまで減っています。労働者の大半はもはや、履歴書の経歴の行数が大変な数に上っています。逆に言うと、そういう人が大半なので、昔と違って、そういう経歴であっても、老人たちの言うような批判は当たらないし、労働者個人単位では開き直ってもいいのですが……、社会保障はこれに合わせないといけません。労働者養老保険に加入できる事業所には、規模人数による制限があります。このため、大半の労働者たちは、一般養老保険と、労働者養老保険とを渡り歩ける状態にあります。ですが、先ほどの付加基金の関係上、労働者養老保険に入れる状態であっても、一般養老保険のままにする人が殆どです」
「あっ……」
「確かに……」
 労社部事務副部長、財政部事務副部長らが相槌を打った。
「労働者養老保険に加入している人々も、一般養老保険付加基金への加入を認めるべきです。これも、さほどの費用の掛かることではないはずです」
 珠洲が言った。
「ふむ……」
 財政部事務副部長が腕組みをした。
「なるほど……わかりました」
 王が言った。
「総理が言うなら……早速、制度の原案作成を指示しますね」
 労社部事務副部長が言った。
「そして……あとは低保こと最低生活保障です。まず、プライバシー権などが発達していますが、住居費用がそれに合っていません。例えば四名の世帯であれば、3LDK程度でないといけないでしょう」
「え、それは……」
 財政部事務副部長が口ごもった。
「それから、家具や家電の更新です。これらは現在原則として毎月の支給額からの捻出とするように言われていますが……家電が壊れるのは突然でしょう。そして、例えば単身世帯では、捻出できるのはおおよそ一万円程度……、これは現実的な政策とは言えません。たとえ予算の幅を取るとしても、やむを得ない水準であると考えます……」
 珠洲は続けた。
「ううむ……確かに、あなた方の言う通り、セーフティネットにときどき穴が開いているようだ。そして、そんな小さな穴だけでも、セーフティネット全体を壊してしまうのか……」
 王が言った。
「はい、その指摘の通りだと思います……」
 美濃がそれに同意した。
「私たちの点検で気になったものはおおよそこの程度です……、皆さんも独自で穴が開いていると思ったところは補填の協力をお願いします……」
 珠洲が言った。
「はい、了解しました。では……それらを元に、社保制度の総改革をさせてください」
「ええ」
 王の言葉に珠洲も頷いた。

 王政権が国家議会に提出した各種の法令は、その約一ヶ月後に可決された。
「よかった……」
「うん……」
 事前に可決の見通しが報道されていたため、安心して瀋陽の国家財経社労委員会の会議室でその様子をパソコンのモニターで見ていた、珠洲と美濃は安堵した。その他の子どもたちもその場に居合わせ、胸をなでおろした。
 その直後に、モニターの画面が切り替わり、どこかの事務所の、ブースで仕切られた窓口が映し出された。事務所側からは一人の若いスーツ姿の男性が、通路側からは初老の平服の男性が椅子に座り、机を介して話し合っていた。
 またその背後の通路に置かれていた長椅子にも、七,八名程度の男女が腰かけたり、その付近で立っていたりした。
「ここ……どこ……?」
 雲雀が言った。
「瀋陽の鉄西区政府みたい……。低保支給の窓口だよ」
 桂創が雲雀に言った。
「結構並んでない?」
「そういえばそうかも……?」
 司と耐が言った。
「ふむ……自動車も中古で売りに出したのですね。これであなたの支給要件は満たされました。直ちに振り込みましょう。なお、来月からは一五日に振り込みます」
「はい……、何分突然のことで……公司も雇用保険を無視していたので……」
「求職の状況は定期的に確認します。安定所へは頻繁にお越しください」
「わかりました、本当にありがとうございます」
「どういたしまして」
 机を挟んで向かい合わせに座っていた男性らは会話を止めた。
「低保の窓口みたい……。法律の施行はまだ先なんだけど、成立したことで、これまで受給を躊躇っていた人たちが安心して駆け込んできたみたいだね」
 桂創が言った。
「そろそろ……交代しようか」
「あ、そうですね」
 一方窓口の側でも職員の若い男性が初老のスーツ姿の男性に呼び掛けられ、その場から離れた。
「では……次、四一番の方どうぞ」
 そして、初老の方の職員の男性が廊下に向かって大きめの声で呼びかけた。
「あ……はい、私です」
「どうぞ、こちらに座ってください」
「はい……」
 彼に言われた通り、別の私服姿の男性が座席の元にやってきた。一方、若い職員は部屋の奥にあった、自分の作業用の机の元まで戻った。
「低保担当者を増員して対応するようにとの通達が市から来ていたんだが……、やはりそれで正解だったみたいだね。急な呼び出しで済まない。臨時勤務の分は、市からの通達で、残業とするようにとの通達も来ているので、堪忍してほしい」
 その奥に座っていた責任者らしき初老の男性が、若い男性に言った。
「はは、了解しました」
 若い男性の方も苦笑した。
「えっと、それでは、こちらの申請用紙にご記入をお願いし……え?」
 一方そのとき、窓口の座席の方にいた初老の男性は、廊下の奥にあった、駐車場への出入り口の方から、濃い霧がなびいているのを目にした。
「あれ、あの霧、前もあったような……」
 珠洲がそれを見て口にした。
「え、どれ……?」
「……あ、本当だ……」
 画面を見ていた子どもたちもそれに気づいた。
「この庁舎も、このままでは危ういかも」
「そうだね……」
 美濃と司が頷き合った。
「す……」
 唯が不安そうな表情で珠洲を見た時、既に彼女はポケットから霊力のペンを取り出し、画面の中の光景に集中していた。
「また、行くんだね……」
「うん」
 耐の呟きに彼女は答えた。そして美濃の方を向いた。彼も珠洲の方を向いていた。
「二人とも、気を付けてね……」
 弘明が二人に言った。
「うん……ありがとう」
 二人は笑顔で彼に礼を言った。その直後に二人の姿は光に包まれ、そしてその場から消えた。

 庁舎内の廊下に広がった濃い霧は三名の人の形を作り出した。それはすぐに大人の大きさよりも一回り大きくなった。やがてその霧は、口が通常の人の倍程度まで裂けており、斧や包丁を持ち、身長も二メートル五〇を超え、肌も青い、三名の男性たちになった
「ひっ……」
「わ、なっ!」
「な、なんだ?」
 その出現に庁舎内はどよめいた。
「い、いや、単なる身体障害の方では……」
「限界を超えているだろ!」
「鬼だろあれらは!」
「しかし角は……?」 
 庁舎の奥の方にいた職員らが言い合った。
「その通り!」
 その時、霧から発生した大男のうちの一人が言った。それは自然と大声になった。
「お主たちも最近は、旧中国より日本からの知識が先に入る者も多いらしいが……、角がない鬼とているわ!」
「ひっ……」
 その隣にいた別の大男も怒鳴り声を上げ、庁舎内にいた人々らは震えあがった。
「なぜそのような異形のモノが……」
 そのうちの一人、初老の男性が怯えながら呟いた。
「決まっておろう! せっかく、数百年レベルの水準で、世帯の連続性が国家社会全体で想像できない、即ち人類の破滅を意味し、かつそれを指摘する声も冷笑の対象となるくらいに自浄作用を失い、悲嘆憤慨などの人間の自然的発露を為す者を病人として扱い、いよいよ、我らが待ち望んだ、人間の崩壊がやってくるところだったというのに!」
「その通りだ! それを『あの時と同じように』、また復旧されかけるとは!」
「まさにもう一歩で崩壊なのだ! かくなる上は我らも他の『モノ』と同様、現世に働きかけるまで!」
 彼はそういうと持っていた斧を振り下げて威嚇した。
「ひ……あ……」
「うぅ……」
 その勢いを見て庁舎内の人々は一瞬沈黙した。
「くっ……!」
 その隙を見て、鬼たちの背後にいた、一人の若い男性が、手にしていたハサミを鬼の脇を刺そうとした。
「ふ」
 その鬼はさっとそれをかわした。
「あ……」
 鬼を背後に回した男性の顔から脂汗が出た。
「まずは貴様からということでいいな」
 その鬼は、彼の背を見ながら言い放った。
ヒュン――。
 その脇を、一筋の薄緑色の光が飛び、窓ガラスを割った。
「……?」
 彼は訝しげに後ろを見た。そこに、ペンを右手にした珠洲と美濃の二人がいて、自分の方を見つめていた。
「珠洲ちゃん……!」
「うん……!」
 二人は声を掛け合った。
「く……霊力……」
「現れたか……」
 三人の鬼たちは二人を睨みつけた。
「……!」
 その次の瞬間には、二人の姿はその場からこつ然と消えていた。鬼たちは一瞬唖然とした。
「ど、どこに……」
 そしてすぐに左右に首を振り始めた。
「……!」
「ああっ……」
 そして背後を振り返り、硬直した。二人は正面、庁舎のオフィスの机の上から自分たちを見下ろし、光りつつあるペンを握りしめていた。
「なっ……」
「そこか!」
 鬼たちも二人を睨んだ。
(撃って……!)
 二人はすぐに念じた。するとすぐにそれぞれそのペンから薄緑色の光弾がそれぞれ一発ずつ飛び出し、そのうちの一つが青鬼の膝を貫通した。
「があああ!」
 その膝はすぐに濃い霧に、即ち固形から気体と化した。それは元の膝より多くの周囲を、覆い、鬼たちの姿も見えなくなった。
「やった……?」
 二人はその光景を注視した。
「わああっ!」
「来るなああ!」
 その直後に、霧の奥から男性たちの悲鳴が聞こえた。
「!」
「あっち……?」
 珠洲と美濃は慌てて霧の奥へと進んだ。
「厄介な者から片づけるべきだろうが……、この際もうどうでもよいだろう!」
「はは、そうだな!」
 怒鳴りながら鬼たちは部屋の奥の方にいた一〇名程度の職員や来客らを追った。
「ぎゃっ!」
 室内を逃げ惑う彼らのうち一人の初老の男性が前のめりに転倒した。
「ひっ……」
 彼は慌ててすぐに体の向きを変え、そして血相も変えた。青鬼の一人が斧を手に自分に向かって進んでいた。
「覚悟しろ!」
 鬼は男性に怒鳴りつけた。
(えい……!)
 それとほぼ同時に、美濃が放った光弾が、鬼の眼前を尾を引いて通過した。
「――」
 珠洲も美濃の隣で鬼たちに注目した。
「おのれ、お前たちも纏めて始末してやる!」
 鬼の一人がそう怒鳴りながらさっと右手を上げた。するとそこから、蔓が一気にあふれ出た。
「な……」
「え……?」
 二人はそれを見て唖然とした。
「あ、あれは……」
「草のツルではないか、なんであんなものが!」
「わからないよ!」
 一方、フロアにいた職員や来客らは再び騒ぎ合い、出口の方へと逃げようとした。
「行け」
 蔓を放った鬼が言った。するとすぐにその蔓は数多に別れ、人々の後を追った。
「わあああ」
「来るな、来るなぁ!」
 逃げ遅れた人々はその蔓に怯えた。
「フフフ」
 その様子を見た鬼たちは満足げに笑った。
「あああっ」
「ぎゃああ」
「痛い、やめてくれえ!」
「あっちへ行け、放せ!」
 その直後に約二〇名ほどの市民らが蔓に絡まり、動きが取れなくなった。
「あっ……」
「あれは……」
 それを見た珠洲と美濃はその蔓を放っている元の鬼の右手に目をやった。
「君も早く行くんだ!」
 そのとき、前から走ってきた一人の男性が珠洲の手を一瞬掴み、そしてまた後ろに逃げていった。
「えっ……」
「わっ……!」
 珠洲は男性の思惑とは逆に態勢を崩した。そしてさらに、彼女は美濃の頭に自分の頭をぶつけた。そのため美濃もよろけた。
「ご、ごめん」
「う、ううん、大丈夫。……?」
 美濃は珠洲を擁護し、再度鬼の方を向こうとして、異常に気付いた。自分が手にしていたはずのペンが数歩前に落ちていた。その少し隣にあった机の下からは、珠洲のペンがはみ出ていた。
「え……」
「――」
 それを見た二人の目の瞳孔が縮んだ。
「あ……」
「……マズい」
「どうしよう……」
 一方、その様子をモニター越しに見ていた、国家財経社労委員会会議室の子どもたちも各々顔を蒼褪めた。
「—―」
 珠洲はそっと足を一歩ペンの方に進めた。そして上を向いたとき、自分を見下ろしていた鬼と目が合った。
「あそこに行きたい!」
 その時、国家財経社労委員会会議室に居た耐が叫んだ。
「うん……」
 司は頷きつつ、桂創の方を見た。
「……うん……」
 桂創も頷いた。
「できるかもしれないから、祈ってみるよ……。『行きたい』と思った子が行けるように……、みんな、何も言わなくてもいいよ、心の中で自由に思ってみて……」
 桂創はそう言うと静かに目を閉じ、手を合わせた。その直後に、耐や司の体が薄い緑色に光り出し、すぐにその光に包まれて見えなくなった。そしてその光ごと二人は消えた。
「あ……」
 耐は一瞬目を閉じていた。再び開けた時、目の前に、仰向けになって腕を立てている珠洲と、それを見降ろしている鬼がいた。
「そこの鬼さん! 待って!」
 耐は迷うことなく叫んだ。
「……?」
「—ー」
 その姿を見た二人は共に目を白黒させた。
「た……」
「あ? 仲間がいたのか」
 鬼は向きを変え、一歩耐の方へと進んだ。
「……!」
 その勢いに、耐も怯え始めた。
「耐ちゃん」
 そのとき、後ろから司が呼びかけ、彼女の隣に来た。
「撃つね」
 司はそう言うと同時に鬼の方を見、右手にしていたペンを少し上げた。
「えっ……、司くん……? あっ……!」
 耐は司がペンを手にしていることに驚き、すぐにはっと自分の足元を見た。するとそこに、珠洲や美濃たちのそれとは別のペンが落ちていた。
 一方司のペンからは薄い緑色の光弾が飛び出し、鬼の胸部に衝撃した。
「あがあああ!」
 すぐに当たった場所から濃い紫色の霧が溢れ出、その鬼の姿はその霧に包まれた。
「貴様……!」
「え……?」
 直後に別の鬼が司に向かって飛びかかろうとした。司はそれを仰ぎ見た。
「司くん……!」
 それを見ていた耐が悲痛な声で叫んだ。その直後に空中でその鬼は背後から腹部に光弾を貫通され、司の傍らに落下した。
「ああああっ!」
 その鬼も雄叫びを上げるとともに濃い霧に包まれた。
「っ……?」
 耐と司は驚いてその光弾の飛来してきた方を向いた。そこに、雲雀、弘明、唯、淡水の四人が立っていた。
「えっ……」
 それを見た珠洲と美濃も驚き、そしてすぐに歓喜の表情になった。
「結局子ども全員なの?」
 雲雀が苦笑した。
「いや私はそんな気はしたよ」
 淡水も照れ笑いをしながら言った。

(僕ではペンが持てないだろう……。何の援護もできないのかな……、みんな、負けないで……)
 一方、国家財経社労委員会会議室に残った正は、モニター越しに祈った。

「てか……あれ……」
 鉄西区政府の低保担当のフロアでは、弘明が雲雀と淡水に神妙な表情を向け、そしてその向きを変えた。
「え……?」
 二人も弘明が向いた方に首を曲げた。
「うっ……うう……」
「降ろして……」
「痛い……離してくれぇ……」
 そこでは十数名ほどの男女の職員や来客らが蔓に絡まって身動きが取れなくなっていた。
「やろう」
 唯が淡水の隣で呼びかけた。
「うん!」
 淡水も返事をし、そして各々一歩ずつ前に出、蔓に注目した。するとすぐに二つの光弾が飛び出し、市民らに絡まっている蔓にのみ当たった。そして当たった部分からそれは濃い霧となって市民たちの縛りを解いた。
「僕たちも……」
「そだね」
 弘明と雲雀も呼びかけ合った。そして前方の蔓を注視した。するとすぐに二人の手氏似ていたペンからもそれぞれ光弾が飛び出し、その蔓に直撃した。するとその蔓は濃い紫霧になった。
「あっ……」
「ふぅ……」
 蔓が霧に変わったことで、それに絡まれていた市民たちは解放された。
「おのれ、貴様ら!」
 蔓を発生させていた、最後に残っていた青鬼が怒鳴り、右手から光弾を放った。それは弘明の方へ飛翔した。
「え……」
「弘くん……!」
 それを見た雲雀が悲痛な声で叫んだ。
ヒュン――。
 しかしそこに一筋の別の光弾が誘導され、二つの光弾はフロアの空中で衝突し爆発した。
「わっ……」
「えっ……?」
 弘明と雲雀はそれを見て驚き、その光弾が来た方を向いた。そこに司がこちらを向いて立っていた。
「司くん……! ありがとう!」
 弘明は歓喜の声で礼を述べた。
「ど、どういたしまして……」
 司は照れながら返事をした。
「小賢しいやつらめ……!」
 青鬼は再び右手を光らせた。
「あっ……」
「美濃くん」
 美濃と珠洲はそれを見て当惑した。
――パラン。
 その時、青鬼の足元に三角定規が飛んできた。
「ん……?」
 青鬼がその方向を向くと、初老の男性が腰を抜かして尻餅をついて怯えながらも、自分の方を向いていた。
「消えろよ、この化け物……!」
 彼は震える声を絞り出した。
「いいだろう、貴様から始末してやる」
 青鬼はそのまま右手の光弾をさらに光らせた。
「珠洲ちゃん!」
「うんっ」
 一方、美濃の呼びかけに珠洲は呼応した。そして二人は同時に各自の持つペンを光らせ、青鬼よりも先に光弾を発射させた。
「な……ああっ! しまっ……!」
 その青鬼は間に合わず、二つの光弾を胸部と腰部に受けた。そこから紫霧が吹き出し、すぐに彼を包んだ。そして程なくしてその霧は晴れ、また青鬼の姿も消えていた。
「や……やった……?」
「……のかな……?」
 耐や唯が呟いた。
「いや、まだ……」
 その時、いつの間にか室内に出現してきていた桂創が言い、指をフロアの奥の窓際に指した。
「え……」
「あれは……色がもっと濃い……」
 そこには別の黒い霧がかかっていた。
「お前たちがここに来た時に、我は中止を警告したはずだ……。今日は引くが、今後もこのようなことが続くのであれば、我とて容赦はしない……」
 その霧の中から低い男性の声がし、そしてその霧は少しずつ窓から屋外の方へと去っていった。
「な、何あれ……」
「わからない……」
 淡水や弘明が困惑した。
「桂創くん……?」
 一方、美濃は桂創の方を見て唖然とした。桂創自身もその霧を見て少し震えながら唖然としていた。
「えっ、あ、うん……、幽世のモノの一つだよ、今回は撤退したみたい……」
「そ、そう……」
 桂創の説明を聞いて、美濃はひとまず相槌を打った。
 そして、数秒ほど全員が沈黙した。
「じゃ、じゃあ……今回はこれでOK……?」
 耐が桂創に聞いた。
「うん……そうだね……」
 桂創はまだ少し震えながらも、少し笑顔を取り戻し、耐に言った。
「よかった……」
「うん……」
 司と弘明も頷き合った。
 
(ほんと、よかった……)
 国家財経社労委員会会議室でモニターを見ていた正もほっと安堵した。

 一方、鉄西区政府庁舎から、珠洲は窓の外の方をぼうっと見ていた。
「また、黒い霧も来るのかな……」
 それを見た美濃が、珠洲の傍らで呟いた。
「わからない……、来そうだけど……」
 珠洲も美濃に言った。
 そして、二人とも窓の外を眺めた。

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2021年1月4日 発行 初版

著  者:坪内琢正
発  行:瑞洛書店

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坪内琢正

※ 改行多数のため、ツイプロ及びブログメッセージボードをご参照ください。 〇ツイプロ:http://twpf.jp/sigure_pc 〇ブログメッセージボード: http://blog.livedoor.jp/t_finepc/ ※ アイコンの下のイラストはつばさちゃん/しいねちゃんですが、小説の珠洲ちゃん、美濃くんの外見イメージにも近いです。二人のイラストも募集しております。

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