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【無料】霊力使い小学四年生たちの京域信仰 第三話 松尾 月読神社・天龍寺と鵙

坪内琢正

瑞洛書店



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第三話 松尾 月読神社・天龍寺と鵙

 それから数日経ったとある日の午後、よく晴れていた京都市右京(うきょう)区の空が突然曇り始め、黒い霧が嵯峨鳥居本(さがとりいもと)の空の周辺に出現した。
「な……これは……末鏡が再び発動したというのか……ならば我は……、現世と幽世の境の破壊を望まん」
 そのとき、付近の化野(あだしの)にあった念仏寺(ねんぶつじ)の上空から、低い男性の声がした。
 やがて、右京区の空は再び晴れていった。

   *

 一方、西京(にしきょう)区の松尾(まつお)中学校の校庭では野球の試合が行われていた。
 キャッチャーがピッチャーにミットの中央部に球を投げるようにサインをした。
 ところが、ピッチャーの少年は手元が狂ったのか、キャッチャーの指示からはかなり逸れたところに球を投げた。そのカウントはボールになった。
 キャッチャーは再度ミットの中央部に投げるようにピッチャーにサインを出した。
「ボール」
 次の球も彼の指示とは異なったところに投げられてボールカウントになった。
「……」
 キャッチャーは舌打ちをした。
「タイム!」
 コーチによるタイムの指示が出され、チームのコーチがグランドに出て、ピッチャーの所まで歩いてきた。

   *

 プシューという音がして、電車のドアが閉まった。
 そしてマルーン色一色に塗られていた電車が駅を発車し、狭い歩行者専用の踏み切りを通過した。
 その踏み切りを、先ほどの野球チームのピッチャーとキャッチャーの少年が遮断棒が上がったのを待って渡り出した。
「お前さあ、今日のあれはどういうことだよ」
 程無くしてキャッチャーの少年がピッチャーの少年を詰問し始めた。
「え? 知らないよ」
「……ったく、最近弛んでんじゃないのか?」
 彼は吐き捨てるように言った。
 それと同時に、突然、彼の胸元に黒い霧が発生し始めた。
「それじゃあな」
「ああ」
 踏み切りを渡り終えると、二人は挨拶をしてそれぞれ別の方に歩き始めた。

   *

 一方、下京区の洛央小学校の校庭では、児童たちがドッジボールをしていた。
「……! フフフ……」
 弘明がボールを受け取った。そして、不敵な笑みを浮かべながらボールを投げた。
「……!」
 それは珠洲のいる方に向かって飛んでいった。珠洲は驚いて目を瞑った。
 ポン、と軽い音がして珠洲の肩にボールが当たると、ボールは空中に高く跳ね上がった。
「危ない!」
 そのボールを耐がキャッチした。
「……あ……、耐ちゃん、ごめん……」
「ふふ……、いいのいいの、せっかくのスポーツ日和なんだし、面白くないと意味ないで
しょ」
 耐は笑った。
「あ……うん……、そうだね、ありがとう」
 珠洲も笑顔になった。
「では……仕返しといきますか……それっ!」
 耐は相手のチームにボールを投げた。
 再びポンと音がして、相手チームにいた雲雀にボールが当たった。

   *

 その頃、先ほど野球をしていた二人の前を走った列車の上空に、黒い霧が発生していた。やがてそれは洛西の松尾の方に向かった。

   *

 洛央小学校では授業が終わり、児童たちはそれぞれ教室から退出し帰宅し始めていた。
「弘くん……、淡水ちゃん……、今日は……クラス委員のお仕事ないの……?」
 耐が恐る恐るドア付近でランドセルを背負って立ち話をしていた二人に聞いた。
「あ……うん……」
「今日はないんだって。一緒に帰る……?」
 弘明と淡水も少し俯きながら返事をした。
「うん……、なるべく、みんなと一緒の方がいいよね……、まぁ、何もないのが一番いいんだけど……」
 耐が言った。
「うん……」
「そうだね……」
 弘明と淡水も相槌を打った。
「ちょっと待ってて、みんなを呼んでくるね」
 耐はそう言うと笑顔になった。

   *

 その耐の表情が少し後に硬直した。
「あ……」
「あの、皆さん……、すみません……。今日もまた、お願いします……」
 通学路で、耐を含めた、珠洲、美濃、司、雲雀、唯、弘明、淡水の計八名の前に立っていた新蘭が申し訳なさそうに彼女たちに光筒による末鏡の騒動の収拾を依頼した。
「あ……」
「……はい……」
 珠洲と美濃は淡々と頷いた。
「……やむを得ないですね……」
 淡水がやれやれといった表情で少し笑いながら耐の方を向いた。
「あ……、うん……」
 耐もその表情を見て頷いた。
「それでは……今日もまた皆さんがいらっしゃるので、クジでメンバーを決めませんか……」
 そういうと新蘭は八本の割り箸を出した。
「はい……」
 珠洲たちはそれに頷いた。
「それじゃ……また、せーので引こう」
「うん」
 雲雀と唯が言った。
 そして子どもたちはそれぞれ新蘭が持った八本の割り箸を一本ずつ握り始めた。
「私が言うね……、みんな、持った……?」
「うん……」
「いいよ」
 雲雀の呼びかけに司、美濃らが返事をした。
「それじゃ……せーのっ!」
 雲雀は少し声を大きくして言った。同時に子どもたちはその割り箸を引いた。
「あ……」
「あれ……?」
「また……?」
 子どもたちはその結果を見て驚いた。先が赤いマジックで塗られた割り箸を引いたのはまた弘明と淡水だった。
「これは……どういうことでしょうか……」
 美濃が新蘭に尋ねた。
「確信致しました……。やはり、他の作業のある者は、そちらを優先してほしい……、天路の神の思し召しがあるのでしょう……」
「え……」
「そうなのですか……」
 弘明と淡水はそれを聞いてさらに驚かされた。
「次回からはクジはやめにしましょう……、えっと、クラスでのお仕事のあることもあるお二人は……ええと、そうですね、連絡を……」
「あ、それでしたら、普通に携帯電話のメールでいいと思います」
 雲雀が言った。
「え……あ、そうでしたね、そういったものがあったのでした……。それでは……お手数ですが、お二人にはメールでご連絡ということで……」
 新蘭が言った。
「あ、はい……」
「わかりました、作業が終わったら、すぐに僕たちも追板を使います」
 淡水と弘明は頷いた。
「それでは……今回も、お二人を除いた皆様、どうかよろしくお願い申し上げます……」
「はい……」
「大丈夫です……」
 司と耐が少し緊張気味に言った。
「それでは参りましょう……」
 新蘭は移板を持つ右手を掲げた。すると、薄い緑色の光が放たれ、新蘭と珠洲、美濃、耐、司、雲雀、唯の六人の周囲に光の竜巻が巻き起こった。竜巻が完全に七人の姿を隠すと同時にその竜巻の姿は消えた。竜巻の中にいたはずの七人の姿も消えていた。
「僕たちも……追板の能源が満ちたらすぐに行こう」
「うん……!」
 その場に残された弘明と淡水も頷きあった。

   *

(全く……今日はムシャクシャする……全部野球のせいだ……)
 踏み切りでピッチャーの少年と別れたキャッチャーの少年、幸治(こうじ)は一人で不機嫌そうに住宅街の中を歩いていた。彼の胸の前には黒い霧がかかったままだったが、幸治はそれに気づかなかった。
 やがて彼は月読(つきよみ)神社の鳥居の前まで来た。そのとき、突然彼の前の上空に黒の濃い霧が発生し始めた。
「……!?」
 そして、その霧の中から一人の、紅梅色の狩衣を着た若い男性が幸治の方に歩いてきた。
「少年よ……その鬼玉を我によこせ……」
 男性は幸治に言った。
「え……鬼だ……?」
 幸治が男性の方を向いた瞬間、彼の顔を目掛けて体長一五から二〇センチメートル程度の鵙(もず)が一〇羽ほど飛来してきた。
「う……うわ……!」
 幸治はたじろぐと反転して逃げようとした。
「待て……!」
 その男性が言うと、鵙は幸治の顔を突き始めた。幸治はその場で腕で顔を隠してうろたえた。
「少年よ……鬼玉を我によこせ……」
 狩衣の男性はじりじりと幸治に近づいた。
 そのとき、彼の足元にシュッと光線が飛翔し、その光線が当たった地面が爆発した。
「何……」
 狩衣の男性は顔前を手で充てて舞う土埃から顔をガードした。
「末鏡に惑わされ、鬼玉を喰らおうとする神霊はあなたですか……?」
 幸治の背後から新蘭の声がした。その場には珠洲、美濃、耐、司、雲雀、唯もいた。
「天路の従者か……しかし我の目的を阻むことはさせぬ」
 狩衣の男性は呟いた。
「あなたは……何者ですか。時空が破壊されます、神霊が鬼玉を喰らうことはやめてください」
 新蘭はその男性に言った。
「我はこの鳥居の奥に本殿のある月読神社の神霊……祭神は月読尊(つくよみのみこと)、顕宗(けんそう)天皇三年こと四八七年に鎮座し延喜(えんぎ)六年こと九〇七年に正一位の神階を受けている……。明治一〇年こと一八七七年より松尾大社の境外摂社となったが、式内名神大社に列せられる名神である」
 その男性は月読の神霊と名乗った。
「え……月読さんが、末鏡に惑わされたというのですか……!?」
 新蘭はその男性の説明に驚いた。
「そういうことだ……我に鬼玉をよこせ……」
 月読はそう言うと、右腕を上から下に下ろした。すると彼の左右にも飛んでいた鵙が新蘭と子どもたちに向けて飛翔した。
「なっ……」
「うわっ……」
 その鵙は新蘭の右腕と耐の左足を突いた。
「……新蘭さん……!」
「耐ちゃん……!」
 珠洲と美濃は慌てて光筆による光線をその鵙に向かって放った。光線が鵙に当たると、その鵙は消滅した。
「七二候の二六番に鵙始めて鳴くとあるように、新暦の六月一一から一五日は鵙が初めて鳴き始める季節と言われており、鵙の神能は能力を増すのだが……おのれ天路の従者よ……、我の行く手を阻むか、ならば神幹でどうだ……!」
 月読は右手に持っていた蝙蝠を上に掲げた。するとそこから白い光線が放たれ、時速一五〇キロメートル程度の速さで珠洲と美濃に向けて飛翔した。
「あっ……!」
 その光線を見た珠洲と美濃の光筆が薄い緑色に光り始めた。そしてその直後に二人の姿はその場から消えた。
「な……天路の従者よ、いずこ……」
 月読が驚いて周囲を見渡した。珠洲と美濃は彼の背後にいた。
「彼の姿を視界に入れながら……」
「発砲……!」
 そして、二人は同時に光筆による光線を月読に向けて放った。
「なっ……!」
 月読は狩衣の袖露で顔を覆った。光線は彼の胸元に直撃し、周囲には煙が舞った。
「やった……?」
 美濃が恐る恐る呟いた。
「え……」
 珠洲は月読の様子を確かめようとした。
 そのとき、十羽ほどの鵙が珠洲と司の顔に向かって飛んできた。
「わっ……!」
二人は慌てて顔を袖で覆った。ところが鵙のうちの一匹が、珠洲のわき腹を啄んだ。
「な……いっ?」
 珠洲は激痛に耐えかねてその場に倒れた。
「珠洲ちゃん……!」
「く……!」
 しかし珠洲は腹部から出血させたまま倒れていた。
「すぐに神能の鵙たちを消して治癒しないと……!」
 美濃たちは彼女の元に駆け寄ろうとした。
「次は……神幹を使う……」
 やがて煙の中から月読が現れて呟いた。彼は美濃たちを睨みながら蝙蝠を持つ手を胸の前に翳した。
「――!」
 珠洲に気を取られていた美濃は月読の姿を見ると恐怖心から目を瞑った。
「月読、待て……!」 
 そのとき、若い女性の声がするとともに、珠洲の背後から月読に向けて白い光が放たれた。
「な……っ……!」
 月読はその光を慌ててかわすと、それが飛来してきた方を向いた。そこに、黒の法衣に白の頭巾を被った尼僧がいた。
「く……」
 彼女の姿を見た月読は焦った。
 一方、その女性は右手から白い光を放った。それは珠洲の周囲にいた鵙の姿を消した。
「え……」
「誰……?」
 耐、司らはその姿を見た後顔を見合わせた。
「山号は霊亀(れいき)山、臨済宗京都五山第一位、私は天龍寺の神霊です」
その尼僧は名乗った。
「え……天龍寺さんですか……ですが何故尼僧の姿に……?」
 新蘭が聞き返した。
「それは……、天龍寺の開山、夢窓疎石を中心とする嵯峨門派の拠点であった嵯峨の地には重要な尼寺が散在しており、嵯峨門派と尼僧とが密接な関係にあるからです……」
 天龍寺の神霊と答えたその尼僧は答えた。
「それより今は……月読の神霊を幽世に戻さなければ……」
 彼女はさらに続けた。
「あ……はい、そうですね」
 新蘭も返事をした。天龍寺の神霊は右手をさっと上げた。
「天龍寺……待ちなさい……!」
そのとき、天龍寺の神霊と、子どもたちの更に背後から若い女性の声がした。子どもたちが振り返ると、そこに、打袴(うちばかま)、単(ひとえ)の上に表が淡い紅梅、裏が萌黄(もえぎ・黄緑)の小袿(こうちき)を纏った若い女性がいた。その女性は天龍寺の神霊を睨むと、すぐに、右手にしていた衵扇(あこめおおぎ)から白い光を放った。その光は耐の頬を掠めた。また、天龍寺の神霊には当たらなかった。
「え……」
「あ……しまっ……」
 その女性は憔悴した。
「天路の従者殿、大丈夫ですか……?」
 天龍寺の神霊が耐を気遣った。
「え………あ、はい……」
「あの者も末鏡に惑わされた神霊に違いありません……、月読神社の神霊と共に幽世に戻しましょう……」
 天竜寺の神霊はそう言うとニッと笑った。美濃はそれを奇妙に思った。
「え……はい……」
 耐は天竜寺の神霊に返事をした。天龍寺の神霊はさっと右手を振り下ろした。すると地面から突然、雲雀、美濃の足元に深さ五〇センチメートルほどの小さな池が出現し、二人はそこに嵌った。
さらに、その池に、葉を水面に浮かべ、茎を水中に下ろした蓴菜(じゅんさい)が現れ、その茎は水に浸かっていた三人の体を縛り始めた。
「現在は数を減らしつつある水生植物である蓴菜は、茎や葉から寒天のような粘液を分泌するため、かつて京都では六月から七月にかけて蓴菜採りが盛んに行われていた。上賀茂の深泥池(みどろがいけ)も蓴菜の産地として知られています。この時期の神能の素材にはちょうどいいでしょう……」
 天龍寺の神霊はそう言うとほくそ笑んだ。
「天龍寺さん……あなたはまさか……」
 新蘭が怯えながら尋ねた。
「おや、察しがいいですね……、その通り、実は私も末鏡に惑わされている側なのです」
 天龍寺の神霊はそういうと笑みを浮かべた。
「これ……動けない」
「どうしよ……」
 雲雀と美濃は蓴菜に絡まって身動きが取れなくなっていた。
「さて……それでは、残りの天路の従者の皆さんも幽世に送るとしますか」
 天龍寺の神霊はそう言うと耐、司、唯の方を睨んだ。彼女と目が合った三人は怯んだ。
「天龍寺……そうはさせません……」
 そのとき、子どもたちの背後にいた女性が声を上げた。
「え……」
「あの、あなたは……?」
 耐、司らが彼女の名を問うた。
「あ……申し遅れました……、私の祭神は弁天と合一視された市杵島姫(いちきしまひめ)こと中津島姫(なかつしまひめ)、都の洛西の総氏神を司っております……、永保(えいほう)元年こと一〇八一年に確立された明神二十二社にて第四位、明治四年制定の近代社格制度では官幣大社第四位に列格しております」
その女性は口上を述べた。
「え……もしかして……松尾さんですか?」
 新蘭が少し身震いしながら名を聞いた。
「あ、はい、ええ」
 彼女は笑顔で新蘭に返事した。
「それでは……末鏡に惑わされた神霊の鎮魂をしなければなりませんね」
 そう言うと彼女は表情を一変させて天龍寺の神霊を睨み、再び衵扇から神幹を天龍寺の神霊に向けて放った。
「おっと……」
 ところが天龍寺の神霊はぎりぎりのところでそれをかわした。
「喰らうがいい、松尾の神霊……!」
 続けて天龍寺の神霊は松尾大社の神霊に向けて神幹を放った。それは松尾大社の神霊の右脇を直撃した。
「うっ……」
 松尾大社の神霊はその場に倒れ込んだ。
「さて……残るは天路の従者が三名ほどだが……」
 それを聞いた耐、司、唯は憔悴した。
「天龍寺さん……待って……!」
 そのとき、弘明の声がした。耐たちが驚いて振り返ると、そこに弘明と淡水がいた。
「弘くん……! 淡水ちゃん……!」
 耐は歓喜の表情で二人の名を呼んだ。
「幽世に帰ってください、天龍寺と月読の神霊……!」
 そう言うと淡水は光筒で天龍寺を狙い、そして撃った。その光は天龍寺を直撃した。彼の周囲を土埃が俟った。
「う……く……」
 一方光筒の光が直撃した天龍寺の神霊は顔を腕で拭っていた。
「く……天路の従者……!」
 そのとき、月読神社の神霊が蝙蝠を掲げ、そこから神幹を出した。
「え……」
 それを見た淡水はきょとんとした。すぐにその光は弘明と淡水の胸部に直撃し、二人はそこから血を出して倒れた。
「弘くん……!」
「淡水ちゃん……!」
 雲雀、唯らは慌てて彼らの元に駆け寄ろうとした。
「おっと……貴様らも、道連れだ……!」
 そう言うと、天龍寺の神霊は右手を上げた。そこから神幹が発され、それは二人に直撃した。
「え……」
「あ……」
 その神幹は二人の腹部と足に当たり、二人はその場に倒れた。
「え……あ……」
 耐は驚き、慌てて、唯と雲雀の元に駆け寄ろうとした。
「おっと……貴様に治癒をしている余裕などあるのかな?」
 月読の神霊はニヤリと笑いながら耐に言った。
「え……」
 耐は慌てて周囲を見渡した。新蘭以外、珠洲、司、唯、雲雀は神幹に倒れ、雲雀、美濃は蓴菜に絡まって身動きが取れなくなっており、耐以外、誰も光筒を使える者はいなくなっていた。
「あ……」
「次は貴様だ……これで全ての天路の従者が倒れたことになる。これでようやく安心して鬼玉を喰らうことができる」
 天龍寺の神霊は耐を睨んだ。
「ああ……」
 耐は恐怖で声が出なくなっていた。
「……!」 
 そのとき、新蘭が脇に入れていた移板に気付いた。
「宝塚さん……、皆さん、移板を使います……!」
 新蘭はそう言うと、移板を額の前に翳した。するとそこから薄い緑色の光が発せられた。
「え……?」 
 そして、すぐに、耐を含めた子どもたち八人と、幸治と、松尾大社の神霊の姿はそれと同じ色の光に包まれ、そしてすぐにその光ごと消滅した。
「な……?」
「これは一体……、鬼玉はいずこに……?」
 月読神社の神霊と天龍寺の神霊はその様子を見て慌てた。
「心配はいらない……」
 そのとき、二人の神霊たちの背後の空中に黒い霧が出現し、そこから低い男性の声が聞こえた。
「な……?」
「お主はいったい……?」
 二人の神霊は声を揃えて名を問うた。
「我はここより北、洛西の清滝に至る愛宕街道沿いにある化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)の神霊である……、徒然草の第七段『あだし野の露消ゆるときなく、鳥部山の煙立ち去らでのみ、住み果つるならひならば、いかにもののあはれもなからん』とあるように古来より風葬の地と知られ、境内には掘り出された無縁仏約八千体を有する……、この度末鏡の意思に同調し、現世と幽世の破壊に取り組まんと思い、もってこれと一体化したもの……」
 その霧からの男性の声は答えた。
「な……化野の神霊でしたか……」
 天龍寺の神霊は答えた。
「天路の従者たちが使ったのは移板だ……これで何キロかは一瞬で大勢の者を移動させることができる……。しかし、移板には霊気の跡が残っている……。その跡をつけていっけば、自ずと連中の居場所にたどり着けるであろう」
 化野の神霊は二人の神霊に告げた。

   *

 とある山中の空中に薄い緑色の光が出現し、その中から耐、新蘭と、横たわっている
洲、美濃、司、雲雀、唯、弘明、淡水と、幸治の姿が現れた。
「ここは……」
「山の中……?」
 耐は周囲を見渡して訝しんだ。
「おかしいですね……、通常、行き先が決められなかった場合であっても、移板はなんらかの霊気と関係のある場所に誘導するはずなのですが……ひとまず、宝塚さん、皆さんの治癒を……」
 新蘭も奇妙に思った後、耐にみんなの治癒をするよう促した。
「あ、あの……、この騒動は一体……」
 そのとき、幸治が恐る恐る声を上げた。
「あ……それはですね……、おそらく、あなたの心持ちに原因があると思われるのです。鬼玉を発生させているのはあなたです。これを奪われると、あなたの命も危ないのですよ」
 新蘭は淡々と言った。
「え……?」
 幸治はきょとんとした。
「見つけたぞ……、鬼玉と天路の従者……!」
 直後に彼らの背後から女性の声がした。幸治、新蘭らが驚いて振り返るとそこに天龍寺、月読神社の神霊と、その背後の空中に黒い霧があった。
「あ……ああ……」
 幸治は彼らの姿を見て震え始めた。
「……」
 耐は光筒を持つ手を前に出そうとした。
「おっと、そこまでだ、天路の従者」
 その様子を見た月読神社の神霊が蝙蝠を上げ、耐に言い放った。 
「今、お主以外に、光筒を使える者はいるのかな……?」 
 天龍寺の神霊もうすら笑いを浮かべながら右手を上げた。
「え……あ……」
 耐はあらためて周囲を見渡した。新蘭、幸治以外の全員が何らかの怪我を負って倒れていた。続けて耐は再度目の前を見た。そこで月読神社と天龍寺の神霊が自分に向けて神幹を放とうとしていた。耐は孤独と絶望に襲われた。
「みんな……ごめん……私が弱いばっかりに……」
 耐は涙を浮かべながら目を強く閉じた。
「月読、天龍寺、待たれよ……!」
 そのとき、子どもたちの背後から若い女性の声がすると共に、一筋の神幹が二人めがけて飛翔した。
「な……」
「これは……?」
 二人の神霊はそれをさっとかわすと、その神幹が飛んできた方を向いた。耐たちもそちらを向いた。そこに、紅色で縫腋袍の束帯を着た二〇代前後の男性がいた。
「え……?」
 耐はその姿を見て驚いた。
「あ……これは失礼しました……名乗りがまだでしたね……、私はここ、愛宕(あたご)山の神霊です。現在社殿本殿は伊弉冉尊(いざなみのみこと)、埴山姫神(はにやまひめのみこと)など五柱を祭神としています」
「え……愛宕さんですか……」
 耐は聞き返した。
「はい」
 愛宕の神霊と名乗ったその男性は頷いた。
「こんな深い山の中まで……失礼ですが、よく末鏡の居場所がおわかりになられましたね」
 新蘭が愛宕の神霊に言った。
「はは、何を仰る……、私の社殿は、このすぐ上ですよ」
 愛宕の神霊は笑いながら言った。
「え……」
 新蘭たちは驚いて彼の振り向いた方を見た。その山影の上に社殿の一部が見えていた。
「ああ……」
 それを見た新蘭たちは溜息を吐いた。
「私は比叡山などとともに自然神として都を守護する立場にあります……、末鏡の発動は見逃せませんね」
 愛宕の神霊は言った。
「愛宕よ……、お主も我々とともに鬼玉を喰らい、時空の破壊に加わらぬか」
 月読の神霊が愛宕の神霊に言った。
「私は……まだ末鏡に惑わされてはおらぬのでな……!」
 愛宕の神霊は右手にしていた笏から白い光を放った。それは目に見える程度の速さで月読の神霊の元に飛来した。
「……!」
 月読の神霊はそれをさっとかわした。
「ならば……我の神幹を喰らうがいい」
 天龍寺の神霊がそう言うと、右手から白い光を出し、それを愛宕の神霊に向けて放った。
「く……!」
 愛宕の神霊もそれをかわした。
「天路の従者さん……、今です……!」
 続けて、愛宕の神霊が耐に呼びかけた。
「あ……はい……!」
 耐は頷くと、並んで立っていた月読神社の神霊と天龍寺の神霊を視界に入れ、光筒をまっすぐ彼らに向けた。すぐにその光筒の柄には『Ht』という文字が浮かび上がった。
「な……」
「しまっ……」
 それを見た二人の神霊も慌てて手を上げようとした。
(……本当は私は気が弱くて、すぐに緊張して、コミュニケーションがうまくとれないこともあるんだけど……でも、ここには、そんな私でも、暖かく迎えてくれた仲間がいる……。沢山お金をもらっても、どれだけ高い名誉を約束されても、その場所にいるのがつまらない、という人は大勢いる……、でも、私はここにいたい、みんなとずっと一緒にいたい、それが、私がこの戦いに参加することを選んだ理由……。この絆がなかったら、私はもうとっくに、この場所を離れていたと思う……、この絆がなくて、人を道具のように思う人しか集まっていなかったら、私たちはもうとっくに負けていたと思う……。私がここにいて、みんなと一緒にいたいと思う理由、それはここに、こんな弱い私でも、大切にしてくれるし、私もみんなを大切に思える、友達の絆があるから……、っそれは私にとって、ほんの小さな……、でもとても大切な場所だから……!)
 すぐに耐の光筒から光弾が発せられ、二人の神霊に直撃した。
「ああ……」
「ううう……」
 土埃が俟った後、二人の神霊の姿はその場所から消滅していた。
「く……天路の従者……しかしこのままで終わらせるわけにもいくまい……」
 一方二人の神霊の背後から仏野の声がし、同時に彼を包んでいた霧が消えていった。
「終わりましたか……」
 新蘭が呟いた。
「ええ……」
 愛宕神社の神霊も頷いた。
「あ……そうだ、みんなの治癒を……!」
 耐は慌てて珠洲たちの元に駆け寄った。
「あ……耐ちゃん……今日は耐ちゃんが一人で頑張ってくれたの……?」
 珠洲は横たわりながら耐に尋ねた。
「え……うん……てか、しゃべっちゃだめだよ」
「あ……うん……、ありがとう……」
 珠洲はそれだけ言うと黙った。
「皆さん……、今回もまた怖い思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした……」
 新蘭が珠洲の治癒をしている耐の後から謝罪した。
「新蘭さん……?」
「少し気になることが……。こんなことを申し上げていいものか……。皆さんがご協力してくださり、私はとてもありがたく思っています。でも、それは、皆さんが、御自身のことを、まだ弱くて、何も成せることがないとお思いなからなのかもしれないのでは、と……」
「あっ、それでしたら……」
 珠洲は耐の方を向いた。二人は笑顔になりそれを見合わせた。
「耐ちゃん、ごめんね、ちょっとだけ……。新蘭さん、大丈夫です……。私も……おそらく、みんなも、いろんなことをこれまでできたと思っています。でも、私は、そうするとまた次のことをしたくなって……。変な言い方かもしれませんが、私は、頑張ったけどダメだった、っていうのも有りかな、と思ってるんです」
 珠洲は少し紅潮させながら言った。
「あの……」
そのとき、新蘭の背後から幸治が声を上げた。
「この騒動は……もともとは俺が原因なんですよね……。俺はさっきまで野球をやっていたんですけど、相方が、自分の思い通りに動かないからって、イライラしちゃって……」
幸治は俯いた。
「確かに……そういう苛立ちは鬼玉を作りやすいですね」
新蘭が言った。
「俺はスポーツは、ほかのみんなと楽しみながらやるものだということを忘れていた……それでこんなことに……。もうああいうことで苛立つことはしないよ。みんな、ごめん……」
 幸治は子どもたちと新蘭に詫びた。
「そうですね……、スポーツは周囲の者と楽しむためにするものですね、その理解があれば、もうこんな恐ろしい目には遭わないですよ」
 新蘭は幸治を宥めると、再び珠洲と耐の方に目を向けた。二人は彼女と目を合わせるとはにかんだ。



【無料】霊力使い小学四年生たちの京域信仰 第三話 松尾 月読神社・天龍寺と鵙

2021年1月17日 発行 初版

著  者:坪内琢正
発  行:瑞洛書店

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坪内琢正

※ 改行多数のため、ツイプロ及びブログメッセージボードをご参照ください。 〇ツイプロ:http://twpf.jp/sigure_pc 〇ブログメッセージボード: http://blog.livedoor.jp/t_finepc/ ※ アイコンの下のイラストはつばさちゃん/しいねちゃんですが、小説の珠洲ちゃん、美濃くんの外見イメージにも近いです。二人のイラストも募集しております。

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