spine
jacket

───────────────────────



【無料】霊力使い小学四年生たちの京域信仰 第九話 堀川寺之内 妙蓮寺・妙顕寺と水蜜桃

坪内琢正

瑞洛書店



───────────────────────

第九話 堀川寺之内 妙蓮寺・妙顕寺と水蜜桃

「おい! レジ担当! 今月もまた売上の合計が計算と合ってないぞ!」
 七月中旬、黄昏時に、京都市上京区堀川寺之内に在ったとあるスーパーの事務室で、三十代前後の若い店長がパソコンの置かれていた机に向かって座っていた事務員の四十代の女性に対し声を荒げた。
「あ……すみません、すぐに修正しますね」
 事務員は彼に詫びた。
「まったく……俺は朝6時から夜十一時までこの店に貼り付きなんだ、少しは俺の苦労もわかってくれ」
「え……どうしてそんなに働いているんですか? あなたも法律で守られているはずですよ?」
 事務員の女性は彼に問うた。
「俺はこの店のバイトたちの管理監督者なんだ……、管理監督者は労働基準法の適用の対象にはならないんだよ!」
 店長の男性は言い放った。
「そんなはずはないですよ……、たかがスーパーの店長クラスでは、労働基準法上の管理監督者には該当しないのでは……」
 事務員の女性は彼に言った。
「ひょっとしたらそうなのかもしれないが……俺は訴訟など大それたするつもりはない! さあ、わかったら元帳の修正をするんだ。俺はちょっとコーヒーを買いに出てくる」
 店長の男性は事務員の女性に言った。
「わかりました……」
 事務員の女性は渋々頷いた。店長は店の裏口から外に出た。ドアを開ける瞬間、彼の胸元に濃い霧が出来たが、彼はそれには気づかなかった。
「上の者には簡単に従う癖に、人使いが荒い人だな……」
 事務員の女性はその様子を見て呟いた。

   *

「はい……!」
 宝心寺の庭に耐の軽快な声が聞こえた。
「ええっ……!」
 続いて珠洲の慌てる声がした。
 一方、母屋の廊下を駆ける足音がしていた。
「ほりゃ……!」
 続いて司は掛け声と共にバトミントンの羽を返した。 
 母屋では、慌てて靴を履く者の足があった。
「あっ……」
 美濃はラケットを振ったが、羽を返しきれず、羽は地面に落ちた。
そのとき、母屋から新蘭が慌ててやってきた。
「あ、新蘭さん……」
「もしかして、また鬼玉ですか?」
 珠洲たちは彼女の様子を見て言い合った。
「あ、そうです……、いつものことで、察していただいて申し訳ありません……」
 新蘭は子どもたちに詫びた。
「いえ……いいですよ」
「僕たちにできることがあれば……行きます」
 珠洲と美濃は言った。
「申し訳ありません……、では、いつものように他の皆さまもお呼びしましょう……」
 新蘭が言った。
「はい……」
 耐がそれに頷いた。
「そういえば、北山さんと、謝さんは、夏休みではないのですか……?」
 新蘭が尋ねた。
「あっ、あの二人も夏休みです……、でも、ときどき委員会のお仕事で、登校しているみたいなんです」
 美濃が答えた。
「メールを送っておきましょうか……」
「すみません、お願いします……」
 耐の提案を新蘭は呑んだ。


   *

「ん……どういうことだ……人もいないし車も走っていない……?」
 堀川通りに出たスーパーの店長の男性は周囲をきょろきょろと見渡した。歩道には誰もおらず、また車道にも全く動いている自動車が来なかった。
「お主の鬼玉を我によこせ……」
 そのとき、店長の男性の背後から低い男性の声がした。
「……?」
 店長の男性が振り返ると、そこに、白の法衣をまとった中年の僧侶がいた。
「な……?」
 店長の男性が驚く間もなく、その僧侶はつかつかと彼の前までやってきて、そして彼の胸倉を掴んだ。
「う……おい! 何をする……!」
 店長の男性が叫ぶと同時に、彼の胸からは黒い霧が出始めた。僧侶は大きく息を吐くと、それを吸い始めた。
「う……い、痛っ、痛い、やめろ、やめてくれ!」
 店長の男性は叫んだが、僧侶の手から逃れることはできなかった。
「逃げようとしても無駄だ……自分でも気付いていたのではないか。お主は、普通の正論と偽りの正論とを取り違え、普通の正論から逃げ続けてきているくらいなのだから」
 僧侶は彼に告げた。
「そこの神霊……おやめください……!」
 そのとき、彼らの傍から新蘭の声がした。
「……?」
 僧侶はスーパーの店長の男性から手を離すと新蘭の方を向いた。そこに、彼女と珠洲、美濃ら六人の子どもたちがいた。一方スーパーの店長の男性はへなへなとその場に座り込んだ。
「高尚な神霊とお見受けしますが……あなたはいずこの……」
 新蘭が彼に尋ねた。
「天路の巫女と従者か……面倒なことになったな……先に始末してくれよう。我はここ堀川寺之内西入るにある本門法華宗大本山妙蓮寺の神霊である。日蓮の高弟日朗の遺命によって日像が京都での布教の拠点とするために建立されたもので、当初は五条西洞院にあり、一五八七年に秀吉の命により現在地に移転したものである……」
 その僧侶は妙蓮寺の神霊と名乗った。
「その男性の鬼玉を喰らっていたということは……あなたもやはり末鏡の影響を……」
「ああ、その通りだ」
 妙蓮寺の神霊は新蘭の問いに答えるとすぐに右手を上げ、神幹を発した。
「……!」
 それは並んでいた珠洲と美濃の間をすり抜けた。二人は慌ててそれを避けた。
「く……」
 妙蓮寺の神霊は続けて耐と雲雀の方を睨んだ。その瞬間、二人の姿はその場から消えた。
「な……?」
 その状況を見た妙蓮寺の神霊は驚かされた。一方耐と雲雀は妙蓮寺の神霊のさらに奥に光筒で移動していた。
「耐ちゃん、いくよ……!」
「え、えっ!?」
 雲雀の呼びかけに耐は戸惑い、慌てて光筒を手から落とした。
「耐ちゃん……!」
 雲雀は叫んだ。
「あっ……、うん」
 耐も慌てて光筒を拾い、そして、光筒を前に出し、二人でほぼ同時に『撃って』と念じた。すると、二人の光筒から薄い緑色の光線が飛び出した。
「光筒……! これは……いかん、下手をすれば私が幽世に戻される……!」
 妙蓮寺の神霊は慌てて両腕で顔を覆った。彼は光筒の光を避けることもできず、その直撃を受けた。すぐにその場には土煙が俟った。
「やった……?」
 司が呟いた。
「わからない……」
 唯が答えた。
 その直後、彼女の頭上五メートル程度の高さの空中の一部分が白く光った。
「……?」
 唯はその気配を感じて上を見た。それとほぼ同時に彼女の頭上に直径一メートル程度の巨大な水蜜桃が落ちてきた。
「えっ……」
 それは唯の頭に当たり、彼女はその場に倒れた。
「唯ちゃ……!」
 耐が慌てて彼女の元に寄ろうとした。ところが耐の頭上からも水蜜桃が落下し、彼女の後頭部を直撃した。すぐに彼女も倒れた。
「え……」
「これは……」
 その様子を見た司と雲雀は仰天した。
「水蜜桃……秋の季語だ。明治になって中国から輸入され、白桃のもととなった……。今の時期の神能としては十分な効果が期待できよう」
 土煙がひいていき、姿を現した妙蓮寺の神霊がうすら笑いを浮かべながら言った。
「……妙蓮寺さん……」
 珠洲は驚きながらも光筒を前に出そうとした。
「おっと……同じ手は通用せぬ」
 それより先に妙蓮寺の神霊は右手を上げた。
「――」
 それを見た珠洲は憔悴した。
「妙蓮寺、待ちなさい……!」
 そのとき、司や雲雀たちのさらに背後から若い男性の声がした。
「……?」
 妙蓮寺の神霊と子どもたちが振り返ると、そこに、白の法衣に緋色の袈裟の、二〇代くらいの若い僧侶がいた。
「え……」
「あなたは……?」
 子どもたちや新蘭は彼の名を尋ねた。
「あ……これは失礼しました、私は妙蓮寺と同じ堀川寺之内の、東入るにある法華宗大本山妙顕寺の神霊です。日像が当初は大宮綾小路周辺に建立、後醍醐天皇から勅願寺の綸旨を賜り、京都における法華宗の拠点となりました。秀吉の命により現在地に移転に今に至っています……」
 その僧侶は妙顕寺の神霊と名乗り、頭を下げた。
「妙顕寺……なぜ私の邪魔を……、お主は末鏡には……」
 妙蓮寺の神霊が怪訝な顔つきで言った。
「さあ、それはどうでしょう……、さて、天路の従者の皆さん、妙蓮寺の鎮魂にご協力いただけませんか」
 妙顕寺の神霊は二コりと笑いながら言った。
「えっ、あ……」
「はい……」
 それを見た司と雲雀は頷いた。そのときの妙顕寺の神霊の笑みが司には少し不気味に感じられた。
「妙顕寺……!」
 そのとき、彼のさらに背後から別の若い男性の声がするとともに、一筋の神幹が飛来してきた。
「……?」
それは雲雀の脇を通過した。
「あっ……しまっ……」
 その男性の声は慌てているように見えた。子どもたちが見ると、そこに白の法衣に薄い墨色の袈裟を着用した若い僧侶がいた。
「……?」
 雲雀たちはその彼の姿を奇妙に思った。
「ほぅ……天路の従者に神幹とは……、また新たに神霊が現れたようですね、末鏡に惑わされた……ならば、まとめて幽世にお戻しいたしましょう!」
妙顕寺の神霊は言い放った。そして、右手を掲げ神幹をさっと放った。
「――え……?」
「?」
 ところがその神幹は黒衣の僧侶の方には行かず、雲雀と司の脇と足を貫通した。
「あ……」
 そこから激しく血しぶきが飛び、二人はその場に倒れた。
「ひ、ひば……」
「司くん……?」
 珠洲たちはその様子に驚愕した。美濃は改めて妙顕寺の神霊の方を向いた。
「妙顕寺さん、これは一体……?」
「ええ……、簡単なことです。実は……、私も末鏡に惑わされた神霊であった、ということだけです」
 妙顕寺の神霊はうすら笑いを浮かべながら言った。
「え……」
 その言葉に美濃は驚かされた。
「では……続けてあなた方にも幽世に行っていただきましょう、残る天路の従者」
 妙顕寺の神霊はさらに続けて右手を掲げ、そこから神幹を発した。
「――」
 避け切れない――、そう感じた美濃は強く目を閉じた。その直後に、彼の眼前でバン!と大きな音がした。
「……?」
 美濃が恐る恐る目を開けると、そこで土煙が俟っていた。
「え……」
 美濃はその様子を見て再度驚いた。その目線の先で珠洲も驚きの表情で黒衣の僧侶の方を見つめていた。
「え、これは……」
 美濃が珠洲に聞いた。
「あ、美濃くん……、あのお坊さんが……妙顕寺さんの神幹の方に向かって神幹を……」
 珠洲が美濃に説明した。
「え……?」
 美濃もその黒衣の僧侶の方を向いた。
「あ……これは申し遅れました……私はここ堀川寺の内から近い本法寺の神霊です」
 その僧侶は本法寺の神霊と名乗った。
「一四三六年に日親が建立した日蓮宗の大本山の一です、日親は足利義教に一時投獄されますが、獄中で本阿弥清信の帰依を受け、当時は本阿弥家の菩提寺となりました……。巴の庭といわれる本阿弥光悦作庭の名勝庭園でも知られています……」
 本法寺の神霊は続けて出自を述べた。
「本法寺ですか……厄介ですね……、これは早めに幽世に送った方がよさそうですね……」
 妙顕寺の神霊はそう言うと右手を挙げた。その手には神幹が光っていた。
「く……妙顕寺……!」
 本法寺の神霊はそれに気づいた。
「本法寺……!」
 妙顕寺の神霊はその神幹を本法寺の神霊に向けて放った。
「あなたこそ……!」
 本法寺の神霊はそれをさっとかわすと、自らも神幹を放った。
「なっ……」
 妙顕寺の神霊もその神幹をかわした。
「ええい……!」
 そのとき、妙蓮寺の神霊が神幹を放った。
「……! 本法寺さ……」
「あっ! 耐ちゃ……」
 珠洲と美濃は叫んだ。その神幹は本法寺と耐の方に向かって飛翔し、二人の体と接触しながら進んだ。
「うっ……」
「え……」
 本法寺の神霊と耐はその場に倒れた。
「耐ちゃ……!」
「本法寺さん……!」
 珠洲と美濃の二人は慌てて彼女たちの方に向かおうとした。
「おっと……、そこを動くな、残る天路の従者よ……」
「え――」
 そのとき、妙蓮寺の神霊の声が二人の背後から聞こえた。恐る恐る振り向くと、彼は神幹を持つ手を挙げていた。
「――」
 その様子を見た珠洲と美濃は硬直した。
「これで終わりだ、天路の従者……!」
 妙蓮寺の神霊は神幹を二人に向けて放った。
「……っ!」
 避け切れないと悟った珠洲は強く目を閉じた。
 そのとき、彼女の眼前でバン!という音がした。
「な……」
「これは……?」
 妙蓮寺の神霊と妙顕寺の神霊はその様子を見て驚いた。
「……?」
 珠洲と美濃もやがて怯えながら目を開けた。
「二人とも、大丈夫……?」
「耐ちゃんがメールで……間に合った……!」
 その二人の背後から弘明と淡水の声がした。
「た……!」
 珠洲と美濃は涙交じりに歓喜の声を上げた。そこに弘明と淡水がいた。
「珠洲ちゃ……!」
「よかった……間に合ったかな……」
 淡水と弘明は珠洲と美濃の様子を見て安堵した。
「く……天路の従者の加勢か……、ならば……!」
その二人の姿を見た妙蓮寺の神霊はさっと右手を上げた。
「……淡水ちゃん!」
「弘くん……!」
 珠洲と美濃は二人に向かって悲痛な面持ちで叫んだ。その二人に向かって、妙蓮寺の神霊が放った神幹が飛翔していた。
「……!」
 二人は慌ててそれをさっとかわした。
「く……」
 それを見た妙蓮寺の神霊は険しい表情になった。一方珠洲と美濃はさらに安堵した。
「妙蓮寺、これは私が……」
 そのとき、妙顕寺の神霊が妙蓮寺の神霊に声をかけた。
「あなたもですか……鬼玉に惑わされた神霊……」
 淡水は妙顕寺の神霊の様子を見て彼に言った。
「……ええ、そうですとも、天路の従者……!」
 淡水の声を聞いた妙顕寺の神霊は彼女を睨むと、さっと右手を挙げてそこから神幹を彼女に向けて放った。それは一直線に彼女の方に向かって飛翔した。
「淡水ちゃん……!」
 その様子を見た珠洲が叫んだ。しかし神幹はそのまま空中を飛び続けていた。淡水の姿はいつの間にかその場から消えていた。
「な……?」
 その様子を見た妙顕寺の神霊は驚いた。
「こっちです……!」
 その時、淡水がいた方角の反対側、妙顕寺の背後から弘明の声がした。彼は光筒を胸の前に翳していた。
「な……」
 その様子を見た妙顕寺の神霊は慌てた。
(視界に入れて……撃って……!)
 弘明は心の中で念じた。するとすぐに、薄い緑色の光線が妙顕寺の神霊に向かって飛んだ。
「う……く……!」
 妙顕寺の神霊は慌てて袖で顔を覆った。すぐに光筒は彼の胸元に直撃し、同時に彼の周囲を土煙が俟った。
「妙顕寺……!」
「やった……?」
 その様子を見た妙蓮寺の神霊が驚いた。一方美濃が呟いた。
「……」
 弘明は警戒しながらじっとその土煙の様子を覗った。
「く……!」
 その直後に土煙の中から妙顕寺の神霊のうめき声がした。
「……!」
「?」
 その声を聞いた弘明と淡水は驚かされた。その直後に、一筋の神幹が土煙の中から美濃の方に飛んでいった。
「え……」
 それは一瞬で美濃のわき腹を貫通した。そこから出血し、彼はその場に倒れた。
「……!」
 その様子を目にした弘明と淡水はさらに驚愕した。
「まだだ……」 
 次第にその土煙の中から妙顕寺の神霊が姿を現した。そして彼はすぐに二本の神幹を放った。それは淡水と弘明の方に飛来した。
「え……」
「――!」
 その日本の神幹もすぐに二人に直撃した。二人は激痛からその場に倒れた。
「え……あ……ひ……」
 珠洲はその様子に驚愕した。
「残るは……お前か」
 妙顕寺の神霊はニヤリと珠洲の方を向いた。
「あ……」
 珠洲は震える手で光筒を挙げようとした。
「おっと……手遅れだ、最後の天路の従者」
 妙蓮寺の神霊が言った。
「あ……ああ……」
 珠洲の体が自然に震え始めた。また独りでに目に涙が溜まった。
「く……、……?」
 新蘭もその状況を慚愧の思いで見ていたが、はっと袖から移板を取り出した。
「……朝霧さん、移板できます……!」
 新蘭は叫んだ。直後に彼女、珠洲と、倒れていた美濃ら他の子どもたちと、本法寺の神霊、男性の周囲を薄い緑色の光が覆い、そしてすぐにその光ごと彼らの姿は消えた。
「……!」
「な……?」
 その場に残された妙蓮寺、妙顕寺の両神霊はその光景に驚かされた。
「これは……鬼玉は一体……」
 二人の神霊は慌ててきょろきょろと周囲を見渡した。
「戸惑っているようであるな……神霊共……」
 そのとき、二人の背後から男性の声がした。
「……!」
 二人はさっと背後を振り返った。その空中数メートルのほどの高さのところにいつのまにか濃い霧が発生していた。
「な……」
「何奴……?」
「案ずることはない……、我は上高野祟道帝の神霊……、末鏡の意思と一体となったものだ……」
 濃い霧の中から低い男性の声がした。
「末鏡の意思と一体ですと……?」
「ああ、そうだ……、天路の従者共が使ったのは移板だ……、あれで一度に大量の者を同時に別の場所に移動させることができる。しかしよく見るといい……、移板には霊気の跡が残っているはずだ」
 祟道の神霊は二人に向かって言った。
「む……」
「そういえば……」
「それをつけていけばいい……自ずと奴らが向かった先に辿り着く」
「なるほど……」
 それを聞いた二人の神霊はほくそ笑んだ。

   *
 
 鬱蒼と茂る林の中の参道の空中に、突然、直径5メートルほどの、薄い緑色の光の玉が出現した。そして、すぐにその中から、珠洲、美濃、耐、司、雲雀、唯、弘明、淡水、新蘭と、本法寺の神霊、そして会社員の男性の計一〇名の姿が現れた。珠洲以外の子どもたちは負傷し横たわっていた。薄い緑色の光は彼らが出現するとすぐに徐々に消えていった。
「え……ここは……」
 珠洲が不思議がって呟いた。
「すみません、急なものだったので位置はわかりません……、ですが、神霊たちと何らかの関わりがある場所ではないかと推測されます」
 新蘭はそれに答えた。
「……! あ、先に治癒を……!」
 はっと珠洲は言うと、横たわっていた美濃の元に駆け寄った。
「珠洲ちゃん……」
 そのとき、淡水がうめきながら珠洲の名を呼んだ。
「え……淡水ちゃん……?」
「これ……私の光筒……前の六条河原町のときから筒爪がついてるんだ……、珠洲ちゃんのにつけて……何かあったらそれで……」
「え、わ、わかった……」
 珠洲は慌てて淡水の光筒についていた筒爪を切り離し、それを自分の光筒につけた。
「おっと……残る天路の従者よ……、もはやお主にそのようなことをしている余裕はあるのかな?」
 そのとき、彼女の背後から妙顕寺の神霊の声がした。
「――」
 珠洲はその声を聞いて硬直し、恐る恐る背後を振り返った。そこに妙顕寺、妙蓮寺の両神霊の姿があった。
「……」
 珠洲は怯えながらも彼らの姿を凝視した。一方妙顕寺の神霊はさっと右腕を挙げた。
「……?」
 珠洲はそれを奇妙に思った。
「朝霧さん、上です……!」
 新蘭が叫んだ。珠洲はちらりと上を見てすぐにさっとその場から避けた。そこにすぐに、直径一メートルほどの巨大な茄子が落ちてきた。
「……?」
 珠洲は土埃を上げながら落下してきたその茄子を見て驚いた。
「賀茂茄子だ……、上賀茂などで採れる。黒紫色で、江戸時代の地書『雍州府市』などには、洛東河原の茄子は特によい」と記されており、近代以降は洛東から上賀茂周辺にも拡大した。この時期我の神能にはちょうどいいであろう」
 妙顕寺の神霊はうすら笑いを浮かべながら再び右手を上げた。すると珠洲の上空二〇メートルほどのところに同じような巨大な賀茂茄子が五個ほど出現した。
「――」
 珠洲はそれを見て憔悴した。すぐにその茄子は地上に落下してきた。
「ひっ……」
 珠洲は必死にそれらをかわした。その額からは恐怖のあまり脂汗が出ていた。疲労から彼女の動きは次第に鈍くなっていった。
「大分弱っているな……これでどうだ、最後の天路の従者」
 妙顕寺の神霊は右手を前に出した。その手は神幹を発していた。
「あ……」
 最後の賀茂茄子から逃れた珠洲はそれを見て驚愕した。
「待て! 末鏡に惑わされた神霊よ!」
 そのとき、珠洲の背後から若い男性の声がするとともに、一筋の神幹が妙蓮寺の神霊をめがけて飛翔した。
「……?」
 妙蓮寺の神霊は慌ててそれを避けた。
「な、何奴……」
 妙顕寺の神霊もたじろいだ。彼の目線の先に、紅の狩衣を着用した若い男性がいた。
「私はここ、上御霊の神霊です……。もとは出雲氏の氏寺『出雲寺』でした。正式には『御靈神社』なのですが、下御霊神社と合わせられることが多いのでこちらの方が有名です。松尾芭蕉がここに来て『半日は神を友にや年忘れ』と詠んだそうですが、これは楽観的な意味なのか、それとも彼の孤独を現わしているのでしょうか……ともあれ当社は奈良、平安初期に怨霊とされた八所御霊を祭っています……。私の鎮魂でも、八所御霊の一人、祟道帝の暴走は止められなかったようですね……」
 その男性は上御霊神社の神霊と名乗った。
「な……上御霊の神霊だと……ここは上御霊の境内であったのか」
 妙蓮寺の神霊は震えた。
「く……たとえ上御霊の神霊が相手であっても我らの意思は変わらぬ……!」
 妙顕寺の神霊は手から神幹を彼に向って放った。
「させません……!」
 上御霊の神霊も神幹を放った。二つの神幹は衝突して爆発した。その様子を見た妙顕寺の神霊はたじろいだ。
「天路の従者殿、今です……!」
 上御霊の神霊は珠洲に向かって叫んだ。
「あっ……、はい!」
 珠洲は返事をすると、妙蓮寺、妙顕寺二人の神霊の姿を凝視した。
「視界に入れて……撃って……!」
 珠洲の手にする光筒から薄い緑色の光が発せられた。それは妙蓮寺と妙顕寺の神霊に向かって一直線に飛翔した。
「な……」
「しまっ……!」
 二人の神霊はたじろいだがときは既に遅く、その光は二人の胴を貫通し、同時に土埃を上げた。
「あああああ!」
「ぐわぁぁぁ!」
 二人の神霊は雄叫びを上げた。
「……」
 珠洲は緊張した面持ちでその様子を眺めていた。やがて土埃が徐々に引いていったとき、二人の神霊の姿はその場から消えていた。
「終わった……かな……」
「あ、はい……。二人の神霊は現世から消えたようです……」
 新蘭もほっとした表情で珠洲に言った。
「……?」
 珠洲は自分の光筒が少し軽くなっていることに気づきそれを見た。淡水からもらった筒爪は消えていた。
(あの筒爪がなかったら、また、危なかったのかな……)
 彼女は苦笑した。
「……あっ! みんなの治癒を……」
 その直後にはっと気付くと、珠洲はすぐに倒れている美濃たちのもとに駆け寄った。
「な……あ……あ……」
 一方、その光景の一部始終を見ていた男性が怯えながら新蘭に近づいてきた。
「……?」
「あの、巫女さん、これは一体……」
 彼は恐る恐る新蘭に尋ねた。
「あなたの行いによって、神霊たちを惑わす事態が発生したのです……何か、心当たりはありませんか……?」
 新蘭は男性に逆に尋ねた。
「あ……そういえば……、俺は、売り上げを言い訳にして、大切な仲間たちに、『厳しい』という美名の失礼を働いていました……売り上げなど言い訳、しょせん愚かなことをしたかっただけ……本当に売り上げを伸ばしたいのなら、彼らに心を通わせて、彼らとの絆を大事にしないといけなかったのに、『それじゃだめだ』と真逆の価値観を……。しかも下には攻撃力を高め、上からの不法な命令にはへこへこと流されて。それならうまくいく、と……俺は自分の本当の願いに正直でありませんでした……。本当は、こんなことをやっている方がうまくいくはずがない、登っているのはしょせん枯れ木ですぐ折れる、そう気付いていたくせに、自分の願いにすらないがしろにしていた……気づきました、私は、恥ずかしいことをしていました……慚愧の念に堪えません……」
 男性は項垂れながら言った。
「そうですか……それは確かに末鏡の狙いになりやすいかもしれないですね……」
 新蘭も相槌を打った。
 一方、珠洲の治癒を受けながらも耐は俯いていた。
「耐ちゃん……?」
 珠洲はその様子を気遣った。
「あ……ごめんね、雲雀ちゃん、それと、みんな……、私、どんくさいから……」 
 耐は俯きながら言った。それを聞いた雲雀ははっとした。
「ちが……耐ちゃん、そうじゃない! 私があのとき叫んだのは、ただ、同時に光筒を使ってほしかったからってだけで……耐ちゃんのことが嫌いなんじゃない、むしろ……一緒に天路の従者でいたい、耐ちゃんと、これからも……!」  
 雲雀は少し涙目になりながら言った。それを聞いた耐は少し落ちついた表情になった。
「えっ、ひば……へへ、びっくりしちゃった、雲雀ちゃんがそんな顔になるなんて」
 耐は苦笑した。
「耐ちゃん……」
 それを見た珠洲が切り出した。
「耐ちゃんにも、雲雀ちゃんと一緒にいたいっていう気持ちが大事なのかも……」
 珠洲はややうつむきながら淡々と言った。それを見た耐ははっと眼を見開いた。
「……! そうだよね……。ごめん、珠洲ちゃん、みんな……、私、すぐに調子にのっちゃって……」 
 耐は再び俯いた。それを見た珠洲の眼が今度は見開いた。
「あっ……耐ちゃん、ごめん。私も……、耐ちゃんと一緒にいたい!」 
 珠洲は叫んだ。
「……珠洲ちゃん……? ……!」
 耐の眼も見開いた。そして彼女はすぐに珠洲に飛びついた。
「ごめん……ごめんなさい……」 
 そして彼女は涙目になりながら珠洲に詫びた。
「大丈夫……耐ちゃんと一緒にいたいよ。変わらないよ、私は……。知ってるんだ。『お花畑』なんて言われて、それはみんなを乱すなんて言われるかもしれないけど、私は実はそれは正反対だって。修復できたらいいけどできずに、相手と一緒にいたいっていう、『お花畑』を失った途端に、どんな集まりもその瞬間に壊れるって……。だから、たとえ適正な発声であっても、もしそれで相手が凹んだら、凹ませた方の謝罪は不可欠だって……。本当は、そんなときって、部下が上司への敬語を省かざるを得ないときくらいだよね……」
 珠洲は自分を抱く耐の頭をなでながら優しい口調で言った。
「あの……巫女さんと、あの子どもたちは、もしや、これからもあのような恐ろしい異形との戦いを……?」
 一方、男性が恐る恐る新蘭に尋ねた。
「それは……。はい、おそらく……」
 新蘭は俯きながら答えた。
「そんな……、あの、何か僕にできることはないのでしょうか……」
 彼は言った。
「それでしたら……そうですね、ええと、朝霧さん、すみません、少しこちらに来ていただけないでしょうか……」
 新蘭は珠洲を呼んだ。
「え……? あ、耐ちゃん、ちょっと待ってて」
「うん……」
 耐は微笑みながら答えた。
「……朝霧さん、お手持ちの光筒を、彼の前に差し出していただけますか」
 新蘭はやってきた珠洲に言った。
「あ……、はい」
 珠洲光筒を男性の前に出した。
「この筒に手を当て、少しの間、祈っていただけないでしょうか……。もしも、他に、同じような目に遭う人がいたら、その人が助かりますように、と……、ほんの少しでいいので……」
「え……? は、はい……」
 男性は奇妙に思いながらも珠洲の光筒に手を当て、そして目を閉じた。
するとその光筒の先端と反対側が薄い緑色のように光り、数センチほど、先ほど濃い緑色に伸びた。
「この、伸びた分だけ……彼女の光筒の威力が上がりました」
 新蘭は男性に告げた。
「そ、そうなのですか……。あ、あの、他には……」
 男性は驚きながらもさらに尋ねた。
「それは……今は……あなたの周囲で、鬼玉を発生させそうな方がいたら、注意をしていただくくらいしか……」
 新蘭は俯きながら言った。
「……。わかりました……、この程度のことくらいしかできず、申し訳ありません……」
 男性は頭を下げた。
「あっ、いえ……」
 その様子を見た珠洲が声を出した。
「え……?」
 男性は顔を再び上げた。
「あの、応援してくださってうれしいです……、ありがとうございます」
 珠洲は笑顔で彼に礼を言った。


【無料】霊力使い小学四年生たちの京域信仰 第九話 堀川寺之内 妙蓮寺・妙顕寺と水蜜桃

2021年1月17日 発行 初版

著  者:坪内琢正
発  行:瑞洛書店

bb_B_00167714
bcck: http://bccks.jp/bcck/00167714/info
user: http://bccks.jp/user/138478
format:#002t

Powered by BCCKS

株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp

坪内琢正

※ 改行多数のため、ツイプロ及びブログメッセージボードをご参照ください。 〇ツイプロ:http://twpf.jp/sigure_pc 〇ブログメッセージボード: http://blog.livedoor.jp/t_finepc/ ※ アイコンの下のイラストはつばさちゃん/しいねちゃんですが、小説の珠洲ちゃん、美濃くんの外見イメージにも近いです。二人のイラストも募集しております。

jacket