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【無料】霊力使い小学四年生たちと21C最悪の人災とその具現救済 第四巻(最終巻)

坪内琢正

瑞洛書店



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第七話 迂闊な輸送計画のまま国土が滅びるのを防げ

「朝霧委員長、今日は念のためお伺いしておきたいことがありやってまいりました……」
 瀋陽市国家財経社労委員会の委員長執務室にて、交通部の高速鉄道司長が面会にやってきた。執務室内にて、珠洲の他、美濃、耐、司、桂創の五名と、彼が来ることを知って事前に珠洲に呼ばれていた正は、司長まではばらしていた4子ども姿のまま、執務室のテーブルの周りに、座っていた珠洲を取り囲むように立った。
「え……?」
 珠洲はきょとんとした。高鉄司長は数枚の資料をテーブルに広げた。
「一九九二年より韓国において京釜高速鉄道線が着工され、再来年、二〇〇四年に完成の予定です。アジアでは二番目の高速鉄道の導入国ですが、日本とは異なり、土地も広く、地震も少なく、線路幅も在来線と同じなため柔軟な直通運転ができ、在来線とのシステムとの乖離が少ないフランスの技術を導入しています。我が国も同じような方向で数年以内の着工を目指しています。但し車両部分については、車内の接客設備や安全性能などの観点から、両端に機関車をつけたフランス式ではなく、客車自体が電力により自走する『動車』、日本で言う『電車』の技術を日本から導入する予定ですが……大丈夫でしょうか……」
 司長が珠洲たちに説明した。
「はい……。完全にどこか一か国の国の技術に拘らなくてもいいと思います。関東は関東として、各国のいいところ取りでも構わないと思いますよ」
 珠洲はそれに同意した。
「なるほど……ありがとうございます。次に路線なのですが、まずは長春から遼陽までの路線を計画しています。こちらがその図です」
 高鉄司長は地図を広げた。
「遼陽……?」
 珠洲は違和感を感じて呟いた。
「珠洲ちゃん……?」
 耐はその様子を気にした。
「あの……ちょっとよく見せてもらってもいいでしょうか」
「どうぞ」
 司長は頷いた。
「たあくん……これ……」
「え……。……」
 珠洲と、彼に呼ばれた正の二人は図をまじまじと眺めた。
「遼陽……そこから撫順、そして鉄嶺……え……?」
「うん……」
「珠洲ちゃん、たあくん、どうしたの……?」
 耐が不安そうに聞いた。
「委員長、どうされたのですか?」
 司長も彼女に尋ねた。
「瀋陽北駅を経由していないのはなぜですか?」
 珠洲は驚いた様子で司長に尋ねた。
「ああ、それでしたら……、確かに瀋陽は、長春が首都となった今も、いにしえの清の前身、この地域に金以来出来た独自の国家、後金の首都盛京の首都として、観光都市として栄えているのですが……、後金はその前には東京、即ち今の遼陽を首都としていました。規模はさほどのものではないのですが、上古の首都ということもあり、瀋陽を訪問する者は、ついでに遼陽を訪問することもしばしばあり、『瀋陽・遼陽』としてセットで紹介されることも多いのです。そのため、今から約四〇年前、日本の新幹線ができた頃に、もし我が国にあれを敷くならどうするかという議論があり、その時に瀋陽は既に在来線の高速化の整備が進んでいるので、広域の各地に高速化を図るという観点から、遼陽が選ばれたのです」
「え……?」
 珠洲はそれを聞いて訝しがった。
「その手の議論は遊び心が多く、いざ実際に建設するとなった場合、真剣に再検討を迫られるのが常だと予想されるものだと思いますが……、どうしてそのまますることになったのですか」
「そ、それは……、た、確かに委員長の仰る通りですが、高鉄の建設、運営主体は民間でして、  交通部でも言われるがままにするしかなかったのです」
 司長がたじろいだ。
「なぜその民間がそんな力を……?」
「実は現在の並行在来線の特快列車などの収益は、その高鉄へ回送し、これを支援することになっているんです。なので高鉄はもはや交通部をも好きに動かすクラスの民間企業になってしまい……」
「なるほど……。では、潤沢な資金に群がることが上手く、にもかかわらず、沿線民の最大利益の計算などの知的な計算の苦手、あげくはその行為を嘲笑するような者ばかりが高鉄には集ってしまっている印象を受けます……」
 正が指摘した。
「あの……、そこの、瀋陽北駅ですが、あらためて、どのような系統の列車を捌いているのかよく見てください。首都が長春となってから、通常の百万都市となってからも、あたかも巨大都市の如くの水準の各方面への特快を結集させています。これは瀋陽が観光都市となり、公共交通への依存度が、通常の人口比率を大きく上回ることと関係していると思われます。もちろん、瀋陽北から遼陽へもです。そこに、一つだけ、瀋陽北を通らないものを作るつもりですか」
 珠洲がそれに続けた。
「そ、それは……」
 司長は口ごもった。
「加えて、それによる損失なのですが、端の方に書かれてありますが……。確かここ数年程前から、旧中国黒竜江省に所属していてもともと未開のエリアの多かった牡丹江地区にて、過疎化による公共交通の衰微が著しく、高齢者、学生など、自動車を運転できない者の移動の困難さが社会問題となっており、国庫にてこれを負担するようになりましたが……その金額のおよそ半分には上っていますよね。なぜこれが国土の破滅を招くような行為だと気付かないのですか。瀋陽の移動への料金収入で、牡丹江は半額は賄えるのですが……」
 珠洲にしては珍しく、若干憤りの感情を見せた。
「—―」
 その様子を見た耐や司は少し怯えた。
「実は瀋陽へという意見もあったのですが……先ほど委員長が仰った通り、実際の建設段階云々という話が本来は慎重になされるものなのですが……、高鉄はそれをすっ飛ばしました。あたかも子どもが動かす戦車が通るが如く、まだ土地買収もできていない段階から、開業年度、料金設定などをやっているという有様です。また瀋陽の側も論理的に重大さを説明できておらず、その結果国民には、単なる過去の首都の非論理的なプライドと映ってしまい、もはや迷路のような鉄路網となり、この国始まって以来有数の国策の過ちとなることは止められない情勢となっています」
 司長が説明した。
「そうですか。随分と阿漕な鉄路運営の組織を生み出してしまいましたね……。別に民間でも構いませんが……特殊な法によって出来た民間です、法人税率で国庫に回収しないといけないでしょう。それと……もう止められないというのであれば、速やかに瀋陽北への別線を計画、着工すべきですが……、世論がそんな調子であるというのであれば、国民にはあたかも私の玩具のように映り、一見するとその私の姿は独善的で、非論理を力で押し通しているように見えますね……しかも厄介なことに、そう言った力がないと為しえないところまで来てしまっています……」
 珠洲は肩を震わせながら言った。
「私も、それがいいと思いますよ」
 正が珠洲をフォローした。
「—―」
 それを聞いた珠洲の表情は少し和らいだ。
「は、はい……わかりました……」
 司長は顔を強張らせながら頷いた。
「珠洲ちゃん……」
 耐が珠洲に声をかけた。
「大丈夫……、此処で泥を被るのは私はもう慣れたから……、あ、でも、それはみんなもそれなりにだよね」
 珠洲は笑顔を耐に作って見せた。
「ふふ……私も被るよって言う前に、掛けられちゃったかな」
 唯が苦笑した。
「えへへ、ごめん……」
 珠洲は苦笑しながら唯に謝罪した。
「珠洲ちゃん……ほんと強くなったね……」
「うん、私もそう思う……、ていうか美濃くんも、みんなも……かな」
 弘明と雲雀も苦笑しながら言った。
「え……」
 そう言われて美濃は少し紅潮した。
「うん……自分でも少し気づいてる……。前に来た時に、人を殺めることもたくさん……。平和を享受していて、ちょっとぐらいいいやと、人を悲しませることも厭わない出来事が通常になっているところに行ってしまったら……きっと私も、みんなも、その場所の普通に
比べてよりちょっとしたことですぐに泣いたり、笑ってはしゃいだり、酷いことに憤ったりしちゃいそう……。でも……私はそんな自分は、それが自然体なんだから、それで善いし、それが理由で私と敵対する人のことは……きっと憤ると思う……」
 珠洲はそこまで言うとまた笑顔になった。
「高鉄司長さん、あなたがさっき了解してくれたことで、少し肩の荷が降りた気がしています。高鉄司のみならず、全交通部を挙げて、厳重に、よろしくお願いします」
 珠洲は高鉄司長に再度指示した。
「はい、了解です」
 司長もそれに頷いた。
「少し肩の荷が降りたっていうの、なんとなくわかる……。この国の人々は、豊かになるにつれ、正義に対して次々と反抗する選択をし続けてきた……それが正義と呼べないからと、社会、適応、と言った、言い訳じみた言葉を用い続けて……。でもそれは完全に悪だ。そしてそれをのさばらせた結果、このような歪な計画を作る民間を生み出した……。彼らは常にこれしか言えない、『それは独善的だ、みんなというのが大事だ』と。でも、本当は少し違った。みんなというのは次第に広がるけど、そんなことよりも、独善であること、それでも正義であることが出現してしまったんだ……、そして、珠洲ちゃんたちがここに来たことでそれが証明されたんだよね」
 正が言った。
「え……」
 それを聞いた珠洲は少し頬を赤らめた。またそれは、他の子どもたちも同様だった。

 数週間後、国務院部令にて高鉄公司の建設経由地が変更され、瀋陽北駅に直結することが明記された。
 また、公共交通網が比較的未整備で、住民の関心も低かった遼陽から、瀋陽北駅までの線路改良についても、瀋陽特別市と遼陽地区とが中心になって実施することとなった。遼陽への線路改良を実施することで、高鉄の遼陽新駅の位置の悪さも影響し、結果的には瀋陽北駅を経由した方が、長春から遼陽まで直接高鉄を敷く以上にアクセスも向上してしまうという有様だった。
 また国家議会では既に法人税率をおよそ二〇%、三〇%、四〇%の三段階とするよう法改正がなされていたが、高鉄公司を始めとするインフラ関係の公司のうち、内部留保が六五〇億元を超過しているものについてはそれを七〇%とし、原則としてこの税収は、一般財源、とりわけ安全保障と社会保障へ、また高鉄公司からの税収は公共交通整備への特定財源とされ、全国の各地方の鉄路の高速化、バリアフリー化、赤字路線の補填への用途とされた。
 国家議会で税法の改正がなされる際、珠洲と美濃は、国家財経社労委員会委員長、副委員長として陪席していた。法改正案が可決され、拍手が起こり、国務院各部部長と王総理が頭を下げるとき、二人も頭を下げた。そして再びそれを上げた時、二人は顔を見合わせ、そしてお互いに軽く会釈しあった。

 その日の黄昏時に、瀋陽特別市にある、国家財経社労委員会会議室のドアが開いた。そしてその中に、珠洲、美濃ら子どもたち八人が入ってきた。
「お疲れ様」
 会議室の中にいた正と桂創が立って笑顔で子どもたちを迎えた。
「ただいま……」
「うん、ただいま……」
「たあくん、桂創くん、ただいま」
 珠洲、美濃、雲雀ら、子どもたちも、二人に笑顔で返事をした。
「あの、みんな、実は、お知らせしたいことがあるんだ……」
 桂創が彼らに言った。
「え……?」
 それを聞いて耐、司らはきょとんとした。
「大丈夫……良いお知らせだよ、小瓶が砂で満たされたんだ、実は」
 桂創は笑顔で告げた。
「えっ……」
「え……」
「それは……やったっ」
 唯、珠洲らは驚き、耐は歓喜の声を上げた。
「うん……」
「よかった……」
 美濃、弘明らも安堵した。
「でも……桂創くんとは、もうすぐお別れだね……」
 司が細々と言った。
「うん……でも、僕はそれで本望だから……、みんな、本当にありがとう!」
 桂創は笑顔で彼らに言った。
「こ……、こ、こちらこそ、どういたしまして」
 珠洲は紅潮しながら桂創に返礼した。
「ど、どういたしまして……」
 美濃も珠洲に続いた。
「みんなが二回来たことは、この国の人々にとっては不自然だから、人々には以前の記憶を戻して、代わりに今回のことは、なかったことになるけど……」
 桂創があらためて説明した。
「うん、大丈夫だよ」
「私も……桂創くん、気にしないで」
 耐と司が言った。
「あの、ところで……」
 そのとき、雲雀が桂創に向かって声をかけた。
「え……?」
「私たちが入ってきた入り口から、なんか濃い紫色の霧が入り込んで来てる……」
 雲雀が少し強張った表情で言った。桂創がその方を見ると、確かにドアから濃い紫色の霧が入り込んで来ていた。
「あ……」
 桂創も顔を強張らせた。
「え……」
「わ……」
 それを見た珠洲と美濃も驚きの表情になった。
 一方霧の方は、濃い紫色の他に、次第に漆黒色のものも混じり始めていた。次第に二色の霧は会議室内に充満しつつあった。
「これ……妖怪だよね……?」
「うん……」
 雲雀の呟きに弘明が頷いた。
「……! みんな、中庭に避難して、ここじゃ狭くて危ないからー!」
 正がはっとして呼びかけた。
「……はいっ」
「了解っ」
 それを聞き、唯、淡水らが次々と、返事しつつ、窓から中庭に飛び出した。
「おのれ……逃がしはしない……」
「—―」
 そのとき、漆黒の霧から、低い男性の声がし、中庭に逃げる途中、一瞬だけ珠洲はそちらに顔を向けた。
 子どもたちは全員が中庭に出た。一方、濃い紫色の霧と、漆黒の霧も、窓から彼らを追い、それは今度は中庭で、彼らを囲むように充満した。
「あの……あなたは、話せますね……?」
 珠洲が聞いた。
「そう……以前にも鉄西区政府庁舎で言ったはずだ……、この国が、無知な国民たちによってせっかく滅んでいくというのに、これ以上その邪魔をするなと言ったはず……。なのに貴様らは、その智恵によって、もう殆どの深刻なはずだった社会問題を解消してしまった……、我はもはや我慢が出来ぬ! 未来の者どもよ、我らが妖によって幽世にいくがよい!」
 黒い霧の声は珠洲に告げた。
「あなたは誰なのですか?」
「我は黄龍の一部の変化……、四神相応の中心を担当する守護神から分離、零落し、この国の滅びを歓迎するモノだ……!」
 その黒い霧は怒鳴り声を上げた。それと同時に、濃い紫色の方が子どもたちの手前に広がり、次第にそれは四つに分離し始めた。
「え……?」
「な、何が……」
 耐や司もそれを見て目を白黒させた。
 やがて珠洲、美濃、正、桂創の前には灰色の大型の犬が、耐と司の前にはトラのような大きさの黒猫が、雲雀と弘明の前には耳のない豚が、唯と淡水の前には巨大な右手が空中に浮かんで出現した。
「こ、これは……?」
 美濃が怯えながら呟いた。
「こっちにもいるよ……」
 弘明が美濃に言った。
「うん……、こっちにもモノがいる……」
 唯も続けて震えながら言った。
「ふふ、それはただの犬ではない。わが大陸では、特定のモノではなく、次々と変化し、奇談となるモノも多いのだ。また、猫の死霊は古来よりわが大陸では呪詛を実行する妖である。あまりに猫を利用した呪詛が流行したため、猫が国から全て殺処分されたこともある」
 黄龍の変化した黒い霧がほくそ笑みながら告げた。
「ひ……」
「なんでそんな……」
 それを聞いた司や珠洲が驚愕した。
「お前の前にいる豚は、耳がないが、音は聞こえているだろう。もしその豚がお前の股をくぐれば、毒気が体中を支配する。またその巨大な手の主は、繋がってはいないが、この付近にある樹木だ」
 黄龍はさらに続けた。
「え……」
「—―」
 それを聞いた弘明や淡水も動揺した。
「たあくん、桂創くん、こっそり避難して……」
「うん、みんなも無理しない程度に頑張って……」
 珠洲が小声で二人に告げ、正も小声でそれに返答し、子どもたちを応援した。
「おっと……そんな必要はないぞ」
「!」
 その小声を聞き取っていた黄龍の霧が嘲笑いながら言った。そしてその直後に、霧からは人の体ほどの大きさのあるシャボン玉のような泡が次々と出現した。
「え?」
「な、何」
 それを見た耐や雲雀はさらに驚かされた。その隙を突いて、泡は次々と子どもたちをその内部に取り込んだ。
「……空気は……外と繋がってる……」
 同じく泡に取り込まれていた美濃が恐る恐る言った。
 そしてその後すぐに、一人ずつ取り込んでいたシャボン玉は合流していった。
「みんな、大丈夫?」
 一方、その泡は正と桂創は取り込んでいなかった。
「たあくん……うん……」
 珠洲がそれを聞いて震えながらも頷いた。続いてその泡は、四つの妖をも一気に取り込んだ。そして、四つの妖と、八人の子どもたちとが巨大な一つの泡の中に取り込まれた。
「—―」
 正はその外から泡を押してみたが、泡には何の変化もなかった。
「中からはどうかな……」
 泡の中から、外の正の手に自分の手を雲雀は合わせ、そして強く押したが、同じく何も起きなかった。
「なんで、私たちを選んで……?」
「それはお前たち、霊力のペンを使用する者を先に、逃がすことなく妖によって幽世に送るためだ!」
 耐の問いに黄龍の霧が怒鳴った。
「え……」
 司はそれを聞いてさらに怯えた。一方、それを尻目に、灰色の大型犬は、珠洲と美濃の方へと駆け出し、跳ね上がった。
「珠洲ちゃん! 美濃くん……!」
 雲雀がそれを見て叫んだ。犬は地面に着地した。そこは本来、珠洲と美濃がいるところだった。いつの間にか二人の姿は消えていた。
 一方、唯と淡水の傍まで来ていた巨大な手が淡水に向かって襲い掛かった。しかしその手が握ったとき、そこには誰もいなかった。
 犬の方は勢いを失いつつ、その周りを一、二周した。
その直後に、犬に向かって薄い緑色の光弾が二発飛翔、腹部に直撃した。光弾が飛んできた方には、ペンでジャンプをしていた珠洲と美濃の姿があった。犬の傷口からは濃紫色の霧が吹き出し、すぐにそれは犬の姿を覆い尽くした。
「やった……?」
 珠洲の顔が少し和らいだ。その直後に、濃紫の霧の中から珠洲に向かって件の犬が襲い掛かってきた。
「—―」
 珠洲は慌てて逃げようとし、犬はその左腕に噛みついた。
「いやあああ!」
 珠洲の悲鳴が泡の内外に響き渡った。
「すっ……」
 それを聞いた耐は驚いて彼女の方を向いた。
「耐ちゃん!」
 その背後から司の声がした。すると、そのさらに奥から、司と自分に向かって巨大な黒猫が突進してきていた。
「す……く……司くん、移るね!」
「うん!」
 二人は呼応し、ペンの力を借りて、猫につかまる前にその場から瞬間移動をした。
「えい!」
 一方、美濃は直ちに犬の背中に向かって発砲した。その犬は珠洲の腕を離し、横に倒れた。同時に光弾の当たった背中からは再び霧が発生した。
「うう……」
 珠洲は苦痛を堪えながら、ペンを、噛まれて血まみれになっている左腕のジャケットの上に翳し、すぐにそこに薄緑色の光を発生させた。
 また、唯と淡水に襲い掛かろうとした巨大な手は何度か握っては開けていた。その様子を、少し離れたところから、ジャンプでやってきていた二人が注目していた。
「やろう……!」
「うんっ」
 唯と淡水は互いに声を掛け合った。
 また、雲雀と弘明の方へも、耳のない豚が突進してきていた。
「あ……」
 それを見た弘明は、わざとその豚から目を逸らした。豚が二人のいる場所に足を入れようとした瞬間に、二人の姿は薄い緑色の光に包まれ、そしてその光ごと二人の姿は消えた
 変わって美濃の光弾を受けた大型犬を包んでいた霧の中から、パチパチと火が枝を燃やす音が聞こえてきた。その火はすぐに霧をも炎に変化させた。
「え……?」
「犬が火に……これが形の定まっていない妖の奇談……?」
 珠洲と美濃もそれを見て驚かされた。一方炎はまるで意思があるかのように、何の影響も受けずに自ら、犬に噛まれた傷口にペンの光を宛がっていた珠洲の方へと突進した。
(撃つしか間に合わない……自分から動けるなら、炎でも、光弾が聞くはず……だめなら……熱そう……私の意識、持つかな……それともラストかな……)
 珠洲はペンを炎に向けた。
(撃つしかないけど……意味がなかったら炎に飛び込まないと……珠洲ちゃんが危ない……一瞬で……激痛を感じていられるうちに珠洲ちゃんを抱えて飛ばないと……)
 美濃も無意識に思案しながら、自分のペンを炎に向けた。
(撃って……!)
(えいっ!)
 二人は同時に炎に向かってペンから、薄緑色の弾線を引く光弾を放った。それを受けた炎の動きは止まり、そして一気に濃紫の霧へと変わっていった。
「み……、美濃くん、ありがとう」
「どういたしまして、同時だったね……。霧のまま戻れなくて消えてくれるか、また何になるかわからないよ……」
「うん……」
 珠洲は傷口に再びペンを宛がい、座りながら少しずつ、霧から距離を取り続けた。
 一方、耐と司の立っている場所に飛びかかった猫は、その場に誰もいないことを奇妙に思い、少し周囲をうろつき始めた。
「やろう……」
「わかった……!」
 二人は再度呼びかけ合い、猫の方に注目した。すぐに二人の持つペンから光弾がそれぞれ一発ずつ飛び出し、猫の背と腰を直撃した。その猫はその場に倒れ、また、傷口からは濃紫の霧が吹き出し、すぐにその体を隠した。
「どうなったのかな……」
「わからない……」
 司と耐は引き続きその霧に注目し続けた。
「ぎゃあああああ!」
 一方、巨大な人の手のひらからは、低い男性の叫び声がした。唯と淡水が放った計二発の光弾がそれに当たったのだった。
「いたああっ!」
 その一方で、突如司も悲鳴を上げた。彼の右肩に猫が噛み付いていた。その歯はいつの間にか牙のように巨大化していた。
「司くん……!」
 耐はすぐにその猫の背に向かって発砲した。
「にあああ!」
 猫は司を離し、再び横たわり、背から吹き出す霧に包まれた。
「つか……」
 耐はさらに司の元に向かった。彼は意識を失っていた。耐は慌てて出血している右肩の服の上からペンの光を浴びせつつ、猫を包んでいる霧の方を向いた。
(今は来ないで……お願い……ペンが使えないよ……)
 耐は次第にペンを持つ手を震わせていった。
しかし彼女の願いとは裏腹に、一時広がっていった濃紫の霧は、徐々に収束していき、背の傷口にそれを吸収していく猫の姿が現れた。
「え……」
「あ……」
 それを見た耐も司も怯えた。猫は耐と目を合わせて彼女を睨んだ。また傷口は全ての霧を吸収した。
「いや……やめて……来ないで……」
 耐は薄っすらと目に涙を浮かべた。しかしその猫は無言で耐に向かって飛び上がった。
「いやあっ!」
 耐は叫び目を閉じた。
「にいいあああっ!」
 猫の方も鳴き声をあげた。ところが耐には何の衝撃もなかった。
「へ……?」
 耐が恐る恐る目を開けると、目の前で再び横たわっていた猫の胴体から濃紫の霧が発生していた。そしてその奥で、血の色が染まったままのジャケットを着て、霊力のペンを持つ手を前に突き出した珠洲が、耐の方を向いていた。
「す、珠洲ちゃん……!」
 耐は歓喜の声を上げた。また、珠洲のさらに奥に、美濃が立っているのが目に入った。
「私たちを襲っていた炎……完全に霧になって消えたので……」
 珠洲は少し照れながら耐に告げた。
「よかった……珠洲ちゃん……ありがとう……」
 耐は少しずつ再び涙を浮かべながら礼を言った。
「どういたしまして……」
 珠洲は少し紅潮しながら返礼した。
「これ……消えてくれるかな……」
「わからないよ……」
 一方、唯と淡水は巨大な手から噴き出しそれを覆い尽くしている濃紫の霧を監視した。すぐにそれは少し薄らいだ。
「あ……」
 淡水はその変化に気づき、さらに警戒した。
「……?」
 唯はそんな淡水の変化を気にした。
「あっ……!」
 次の瞬間、霧の中から巨大な腕が、霧を傷口から吸い込みながら飛び出し、唯の銅から膝までを強く掴んだ。
「いやあああっ」
 唯はその手の中でもがいたが、握力の方が強く、意味はなかった。
「唯ちゃん……!」
 淡水は驚き、一瞬たじろいだ後、ペンを持つ手を前に出した。
「あっ」
「きゃあああ!」
 しかしその瞬間にその腕は唯を球体の泡の中で高さ一〇メートルくらいまで吊り上げ、持つ箇所を両足に変え、彼女を逆さ吊りにした。
「あ……あ……」
 唯からは体力が大きく奪われた。そのため彼女は霊力のペンを持つ手を離した。
「わっ」
 淡水は落ちてきたそれを受け取った。
「どこを撃てば……唯ちゃんが落ちちゃう……」
「淡水ちゃん……、一旦攻撃して私を落として……地面に着いた瞬間に、でんぐり返ししてみる……」
 唯が迷っている淡水に言った。
「な、唯ちゃん、何を言って……高すぎて回転する前に腕がもたないよ……そのまま頭も……」
「だって、このままじゃ、私どっちにしても、もうすぐ複雑骨折だよ……、それで意識ももう……」
「それは……あ、待って……唯ちゃん……」
「え?」
 淡水が唯に告げ、唯は戸惑った。
「撃ってすぐ、唯ちゃんの方にもジャンプする。空中で抱える。落下中に再度地面に向かってジャンプする……一秒以内に飛ぶ先を決めて……」
「ありがとう。私は……それが無理だったときのために、でんぐり返しの準備をするね」
 唯は淡水の言葉を聞いて笑顔で彼女に言った。
「うん……それじゃあ、いくね……数秒あとで、またお話しよ……」
「いいよ」
 唯は笑顔のまま言った。
「……いち、にの、さん!」
 耐が叫び終わると同時に、一筋の薄い緑色の光が巨大な手の薬指に当たった。
「ぎああああ!」
 その手は雄叫びを上げ、左右に少し振った。その手は一番遠い親指の方から徐々に濃紫の霧と化し出し、その霧は光弾の当たった薬指の傷口に吸い込まれていった。唯は逆さのまま、その薬指と、小指の間に左足を挟まれた。すぐにその二つの指も霧と化しつつあった。
「!」
 淡水の全身はその瞬間おなじ色の光に包まれ、そしてその光ごと消えた。
 続いて、二つの指がさらに霧になったため、左足を開放され、何も自分を支えるものがなくなった唯の腰に、淡水が、彼女とは直角に重なるように抱きついた。
「え……」
 唯が驚くのと同時に淡水は顔を上げ、上空の泡を目に入れた。
 その次の瞬間に、二人の姿はそこからは消え、そして、上空を覆っていた泡の手前に結衣と、彼女の腰を抱いていた淡水が出現した。さらにまたそれは消え、そして今度はその真下の地面に、仰向けに唯と、彼女の腰を抱き、頭と足はずれているものの、他の体の部分を覆い被さっている淡水の姿が現れた。
「—―」
「……」
 その二人は動かなかった。
「唯ちゃん……?」
 少しして淡水が声を発した。
「……ちょっと恥ずかしいかも……」
「あっ……」
 二人は目を合わせ、お互いに一時紅潮した。そしてすぐに淡水は唯の体の上から退いた。
 その後、また少し二人は黙った。
「樹の手は……」
「あ……忘れてた……」
 唯の呟きに淡水は苦笑した。淡水は寝そべったまま、上空をちらりと見た。霧は全て消えていた。
「えへへ」
 それを見て淡水は再度苦笑した。
「ふふ」
 それを受けて唯も貰い笑いをした。
「ふぅ……」
 今度は、それを見た淡水は軽く深呼吸をした。
「ギャアアアア!」
 一方その頃、雲雀と弘明の方へと突進していた豚が突然、苦痛の鳴き声を大きく発した。そしてそれはすぐに濃紫の霧へと姿を変え、元の豚の姿を覆い尽くした。そこから数メートルほど離れたところから、雲雀と弘明は光弾を発した後の霊力のペンをそのまま胸元にあげながら、その光景を監視し続けていた。
 すこしして突然その霧の中から、胴の傷口から霧を吸い込みつつ、豚が雲雀に向かって突進してきた。
「え……?」
 雲雀は一瞬それをみてきょとんとした。
「くぐられたら毒が回るよ、逃げて、雲雀ちゃん!」
 弘明が彼女に向かって叫んだ。
「あっ……わっ」
 それを聞いた雲雀が我に帰ると同時に豚は彼女の両足に当たり、それをこじ開けようとした。
「やばっ……」
 雲雀は膝を折り曲げ、豚の背に跨った。
「ひとまずこれで……」
 そして霊力のペンをその背に向けようとした。
 その直後にその豚の姿が濃紫色に光った。
「え……?」
 すぐにその光は消えた。そしてその豚は骨だけの姿になっていた。
「あれ、まだ撃ってないけど……」
 雲雀はそれを見て困惑した。
 そしてまたすぐにその骨は濃紫色に光った。
「また……いたあっ!」
 今度はその骨は長方台の筒になった。また地面からは少し浮き上がり、四角い角を地面に立てていた。雲雀も自然にそれに跨る格好になり、股に痛みが走った。
「雲雀ちゃん!」
 弘明もその変化を見て驚かされ叫んだ。
「だ、大丈夫……え……?」
 雲雀は痛みに堪えながら再度その筒に注目しようとした。またそのすぐ後に、上からコックコートが飛来してきた。
「わ、ちょ、待って、離して……!」
 そのコックコートは雲雀の両手に絡みつき、腕を少し引き上げた。
「ああっ!」
 その衝撃で雲雀は霊力のペンを落とした。コックコートはそのまま上空に留まった。
「嫌……降ろして……痛いよ……ここから……」
「雲雀ちゃん、撃つね……!」
 それを見た弘明は直ちにその筒状の骨に向かって発砲しようとした。
 その直後に、筒状の骨の周囲に円形に炎が燃え上がった。
「え……」
 その炎は弘明から彼女の姿を隠した。
「ひ……熱い……!」
 雲雀もそれを見て驚き、怯えた。
「熱い……痛いよ……助けて……降ろして……」
 雲雀の声は次第にか細くなっていった。
(炎で見えない……)
 一方弘明は炎を見て立ち尽くしていた。
「弘くん! 炎も筒ももとは同一の妖怪だよ!」
 そのとき、美濃が弘明に向かって叫んだ。
「え? う、うん、わかった!」
 弘明はそれを聞いて直ちに炎に向かって発砲した。するとすぐにその炎は濃紫の霧へと変わっていった。
「わ……」
 またさらに、炎の円の中にあった骨の筒や、コックコートも霧に変化し、それらに囚われていた雲雀は力なく地面に落下した。
「雲雀ちゃん……!」
 弘明は慌てて彼女の元に駆けた。
「あ、弘くん……、大丈夫だよ、間に合ったよ……、それより霧は……」
 雲雀は地面に横たわり、声をまだ震わせながらも絞り出して彼に言った。
「うん……薄らいできた……全部消えかかってるよ」
 弘明はほぼ消えかけの霧を見てその様子を雲雀に告げた。
「よかった……」
 雲雀はほっとしながら力なく言った。
「疲弊しているみたいだから、治癒するね……」
「うん……」
 弘明の呼びかけに雲雀は頷いた。そして弘明は立ち上がると、霊力のペンの光を彼女の脇を中心に全身に浴びせ始めた。
「あ……弘くん、ありがと……」
 少しして雲雀は弘明に礼を言うと、腰を下ろしたまま起き上がった。
「大丈夫……?」
「うん……」
 弘明の声に彼女は頷いた。
――ヒュン。
 その直後に、雲雀の眼前を、バレーボールくらいの大きさの火の玉が通過した。
「へ……?」
 雲雀はそれを見て硬直した。

第八話 再び、国の行方

「え……?」
「……!」
 弘明はその火の玉が来た方を向いた。また珠洲や美濃もその方を向いた。
 その先で、黄龍が頭や手の一部を泡の中に入れて口を開けていた。
「—―!」
 それを見た正も泡に触れ、また、強く拳で叩いてみた。しかしその中に入ることはできなかった。
「あれだけか……」
 正は悔しそうに呟いた。
「まだその泡は使える……。我が直々に貴様たちを幽世に送ってくれよう……!」
 黄龍はゆっくりと全身を、自分が作った泡の中に入れた。そしてすぐに口を開け、その中から、珠洲と美濃に向かって火の玉を二発放った。
「—―!」
 しかしそれに当たる直前に、二人の姿は一瞬薄緑色の光に包まれる形で消えた。火の玉はそのまま中庭の奥へと進んでいった。
「ぬ……どこだ……」
 黄龍はゆっくりと顔を回した。
「珠洲ちゃん!」
「うん、美濃くん……!」
 二人は先ほどまでいた場所の真上の空中から、黄龍に向かって光弾を放った。
「な……!」
 その光弾は弧を描きながら、二人の注視した黄龍の頭部に向かって飛翔し、一瞬でそれに衝撃した。
「あああがああ!」
 黄龍は雄叫びを上げながら、頭部から噴き出す、これまでの妖とは違う漆黒の霧に全身を包まれていった。一方珠洲と美濃は、再び先ほどまでいた地上に出現した。
「多分……まだだよね……」
「うん……もう一回やろう……」
 二人は激しく変えた立ち位置の関係で少し朦朧としつつも呼びかけ合った。しかしその直後に霧の中から火の玉が二発飛び出してきた。
「え……」
「あっ……」
 二人はそれを避けきれずそれぞれ左脇と右腰にそれを受け、その場に倒れた。ジャケットにも炎が少し延焼し始めたが、倒れた瞬間にそれは消えた。
「二人とも……!」
 司が叫び、瞬間移動のジャンプでその場に飛んできた。
「私も行くよ!」
 雲雀もジャンプをしようとした。
「待って!」
 その時、雲雀の背後にジャンプしてきた耐が彼女に呼びかけた。
「え?」
「弘くんと雲雀ちゃん、黄龍から逃げられることをメインにして、当たらなくてもいいから、黄龍を陽動して……私と司くんとで、その間に珠洲ちゃんと美濃くんを絶対回復させたいんだ……」
「え、二人を助けたいのは、それは私たちも……」
 耐の提案に雲雀は困惑した。
「ううん、そうじゃなくて、ここにいる八人が全員無事な状態を作りたいんだ……。今までなかなかできなかったことだけど……みんなで同時に発砲したい」
「!」
「そういえば……というか、耐ちゃんからそんな戦略を聞かされるなんて……強くなったんだね……」
 雲雀は苦笑して言った。
「え、そ、そんな……、と、とりあえずやろう、難しいことを頼んじゃって、本当にごめん……」
 耐は照れ、そして二人に向かって詫びた。
「ドンマイ、後で一斉射撃だよ」
「うん、了解だよ」
 雲雀と弘明はそう言うと笑って、そしてすぐにその場から消えた。
「私は……今は珠洲ちゃんと美濃くんのところへ……」
 そう呟いて、耐は彼らの元へと飛んだ。
「あ……耐ちゃん……」
 地面に横たわっている自分と美濃を治癒している司の背後に現れた耐の姿を見て、珠洲は安堵して呼びかけた。
「珠洲ちゃん、美濃くん、私も傷を塞ぐね」
 耐も二人になるべく自分を落ち着かせながら言い、珠洲の左脇の傍で膝をついた。
「ははは! そのような余裕はないだろう! わざわざやってくるとは好都合だ、四人まとめて始末してやろう!」
「—―」 
その直後、珠洲から見て司たちと反対側から黄龍の声が轟いた。それを聞いた珠洲や司は硬直した。
「……」
その四人の中で耐だけはじっと黄龍を睨んでいた。
「耐ちゃん……?」
 さほど怯えていない様子の耐を、珠洲は気にし始めた。
「黄龍、こっちだよっ!」
 その時、珠洲から離れた背後から、弘明が黄龍に大きめの声で呼びかけたのが聞こえた。
「私たちは既に捕捉してるよっ」
 雲雀もその隣で叫んだ。
「何……!」
 黄龍は不意の呼びかけに驚き、雲雀と弘明の方を向いた。
「まぁ、ハッタリなんだけど……」
「うん、雲雀ちゃん、一〇〇メートル位……、この指先の泡の縁まで飛ぼう」
 二人は少しだけひそひそと話し合った。
「いや、我の方が早い!」
 そのとき黄龍は二人に向かって再度怒鳴り、火の玉を二発口の奥から放った。
「二人とも……!」
 その様子を見ていた珠洲が声を絞り出した。
しかしその玉が雲雀と弘明に衝撃する前に、二人の姿は一瞬薄緑色の光に包まれ、そして消失した。それを見た珠洲はため息をついた。
「みんな……私たちもいるよ」
「うん……」
 その時、横たわっている珠洲、美濃と、その治癒をしている耐、司の傍で、唯と淡水の声がした。
「えっ……」
「唯ちゃん、淡水ちゃん……」
「黄龍が攻撃しそうで、四人に近づけなかった……、ごめんなさい……」
 耐や司が驚く前で、二人は頭を下げた。
「ううん、それは仕方ないよ」
「どうしようもないときも、僕にもあるし……」
 耐と司が、唯と淡水を擁護した。
「ごめんね……、ありがとう、私も二人の治癒に加わるね」
「うん、私もだよ」
 淡水と唯はそう言って、それぞれ、司と耐の隣でしゃがんだ。
「あの……耐ちゃんがさっき、雲雀ちゃんと弘くんのところに行ってたけど……、もしかして、私たちから黄龍を遠ざけることを伝えたの、耐ちゃんなの……?」
 珠洲が苦痛を抑えながら小声で耐に尋ねた。
「う、うん……」
 耐は紅潮して小さく頷いた。
「えへへ、凄いよ、耐ちゃん……、私たちを助けてくれてありがとう……。強い子になったね……」
 珠洲は引き続きか細く、しかしなるべく声を絞って言った。
「そ、そんなことないよ……」
 それを聞いた耐はさらに紅潮して少し俯き顔を隠した。
「く……どこだ!」
 一方、黄龍は雲雀と弘明の行方を探し、目をきょろきょろさせた。すると泡の右奥に二人がいるのが目に入った。
「ここだよ、黄龍!」
「あなたの玉は当たらない!」
 二人は黄龍に向かって叫んだ。
「また、さっきいた場所に戻ろう」
「うん」
 弘明と雲雀はまた小声でささやき合った。
「小賢しい!」
 黄龍は二人に向かってさらに怒鳴り、また二発の火の玉を放った。
「—―」
 珠洲たちの治癒をしつつも、唯と淡水はその行方を注視した。二人はまた一瞬光に包まれて消え、その玉には当たらなかった。
「ぐうぉ……!」
 黄龍はいら立ちを覚え、首を振り、今度はすぐに雲雀と弘明がジャンプした位置を見つけた。
「また付いたね」
「うん……。そろそろ反撃を……」
 雲雀と弘明はまた顔を見合わせながら小声でささやき合った。
「そこか!」
「……え……?」
「—―」
 黄龍の怒鳴り声を聞いて、二人は硬直した。
「逃げて!」
 直後に唯の叫び声がした。二人は火の玉を避けようとしたが間に合わず、それぞれ右の肩や腰にそれを受け転倒した。一瞬火も衣服についたが、倒れた際にそれは消えた。しかし火傷は大きかった。
「もう一発……これで終わりだ……!」
 黄龍は倒れている雲雀と弘明に向かって言った。
「雲雀ちゃん……?」
「あ、弘くん……私たち、そろそろヤバいかな……」  
「うん……」
 二人は苦笑しながら言い合った。しかしその目には涙が浮かんでいた。そして雲雀は黄龍の方をチラ見した。その口の内部は既に火の玉を発生させていた。
「ううっ……」
 雲雀はそれを見て涙を散らした。
「淡水ちゃん……!」
「え、あっ……!」
 一方その様子を見て唯が淡水を呼んだ。
「喰らえ……!」
 黄龍はその玉を口内でさらに大きくさせ、そして放とうとした。
「ひっ……」
 それを見た弘明の瞳孔が縮んだ。
「ぐあああっ!」
 その直後に、黄龍は火の玉を放たないまま雄叫びを上げた。そしてその胴の一部に小さな丸い穴が二つ開いており、そこから漆黒の霧が吹き出していた。
「へ……?」
 雲雀は虚ろに珠洲たちの方を見た。そこで唯と淡水とが黄龍の方を向いて立っていて、それぞれ霊力のペンを胸元にまで上げていた。
「唯ちゃん……淡水ちゃん……ん?」
 その様子を見て雲雀は安堵し、そのさらに直後に、二人の姿が消え、そして自分の目の前に現れたのを見た。
「よかった……」
「二人とも、すぐに治癒するね」
 唯と淡水は、雲雀と弘明に向かって言った。
「うん……」
「ありがとう……」
 弘明と雲雀は横たわりながらもながらも頷いた。
「そういえば黄龍は……」
 雲雀が唯に聞いた。
「わからない……まだ霧の中……」
 唯が呟いた。
「あれ……?」
 一方、泡の外にいた正と桂創が声を上げた。黄龍自身と子どもたちを中に閉じ込めていた泡の玉が一瞬漆黒に光り、そして消えた。
「雲雀ちゃん……」
「弘くん……!」
 叫ぶと同時に正と桂創は二人と、二人を治癒している唯、淡水の元に向かって走ってきた。
「酷い傷……。ごめんね……やってきても、僕ができるのは応援くらいだよ……」
 正は、地面に落ちていた弘明の霊力のペンを手にして呟いた。
「ううん、ありがとう……」
 雲雀が正に向かって呟いた。
「どういたしまして……あれ……?」
 正は雲雀に返礼した後、突然強く光り出した、手にしていたペンを見つめた。
「強く呼応してる……?」
 桂創もそれを見て驚いた。
「え……?」
 そのペンは勝手に正の右手から抜け出し、彼の胸の前の宙で光りながら一旦止まった。そして驚いている正や、桂創、唯ら子どもたちを尻目に、正の身体にするりと、実体のないもののように入り込んだ。
「……!」
 一瞬正の胸元は光ったが、それはすぐに消えた。
「……内蔵した……?」
 正はもちろん、そこにいた子どもたちも皆それを見てさらに驚かされた。
「と……とりあえず、今は二人の治癒を続けよう……」
 正は唯たちに言った。
「う、うん……」
「そうだね……」
 そう言われて、唯は雲雀の、淡水は弘明の治癒を再開した。
「え……唯ちゃん、ちょっと止めて……」
 それからわずかの後、雲雀が唯に言った。
「へ……?」
「痛くない……傷も塞がって……多分、私治ってる」
 驚く唯に向かって恐る恐る雲雀が言った。
「え……よかった……。あっ、弘くんは……?」
「……! そう言えば……」
 今度は唯が弘明に向かって言った。それを聞いた弘明と、彼を治癒していた淡水ははっと服の下の傷口の部分を開けてみた。
 その一方、黄龍の姿を覆っていた黒霧は再び収拾していき、やがて、胴部の光弾に撃ち抜かれた場所を中心に集まっていき、そして頭部と尻尾の方からその姿を再度形成していった。
「……」
「黄龍……!」
 雲雀と弘明は起き上がり、その姿を認め息を呑んだ。一方、耐、司と、彼らに治癒をされていた珠洲、美濃もそれに気づいた。
「ぐおおおおぉ!」
 黄龍はほぼ完全に黒霧から体を取り戻しつつあった。
そして子どもたちの上空を飛んだ。すると、雲雀、正と、耐、珠洲の四人に限り、先ほど中庭に広がっていた球体の泡の檻と同じものに一人ずつ取り込まれた。
「えっ……何これ……」
「—―」
「雲雀ちゃん! たあくん……!」
 それを見て雲雀や正は泡の中から驚き、外からは唯が彼らに呼びかけた。
「美濃くん……!」
「珠洲ちゃん!」
 一方珠洲たちのところでも、耐と司が彼らの名を叫んでいた。
 そしてその泡の檻は黄龍自身の周囲にも出現し、そして、彼をも取り込んだ。
「え……わっ」
「ええっ?」
 続いて、珠洲、耐、雲雀、正の全四名を取り込んでいた泡の檻は、少し宙に浮きつつ、一つの泡の檻として合流した。
「す、珠洲ちゃん……」
「うん……」
 耐はそっと珠洲に右手を差し出し、それを珠洲の右手がそっと握った。一方、合流して一時停止をした泡は再び少し浮いて動き出し、そして黄龍を包んでいる泡の方へと進んだ。
「え……」
「まさか……」
 その動きを見た珠洲や正に冷や汗が走った。またそれを外から見ていた唯や司もそれは同じだった。
「小分けだ、幽世送りは!」
 黄龍は彼らに向かって怒鳴った。
「ひっ……」
「ああ……」
 その気迫と、自分たちが限定して取り込まれた恐怖で、耐、雲雀は慄いた。
「みんな、黄龍の真下だよ」
 その時、正が小声で中にいる三人の子どもたちに向かって囁いた。
「う、うん……」
 珠洲たちは小さく頷いた。
「—―」
 その一方、黄龍は既に口内に火の玉を発生させ、それを四発、すぐに珠洲たち四人の方に向かって放った。
しかしそれは誰にも当たらなかった。黄龍が睨んでいた場所に彼らの姿は既になかった。
「な、またしても……どこだ……!」
 黄龍は首をきょろきょろと左右に振った。そして、自分の真下から自分を見つめている珠洲、耐、雲雀、正の四人を見つけた。
「そこかぁ……!」
 黄龍は再度口を開けた。
「みんな……!」
 泡の外からそれを見ていた美濃や唯が叫んだ。
 その直後に、子どもたち三名の持つペンからと、正の人差し指の先から、尾を引いて薄い緑色の光弾が飛び出し、四発とも黄龍の胴を貫通した。
「あ……あああ、ぐああ!」
 黄龍はまたしても雄叫びを上げ、その姿は、貫通した光弾から噴き出す黒い霧に包まれていった。
「今度こそ……かな……」
「わからない……、霧の力の方が弱かったら、また黄龍の姿になるんだよね……」
 黄龍の真下にいた子どもたちらは霧を見ながら呟き合った。
「あれ……?」
「美濃くん、どうしたの……?」
 一方、泡の外にいて、突然きょとんとし始めた美濃の様子を見て弘明が尋ねた。
「あの、泡の皮、薄くなってない……?」
「え……そう言えばさっきより少し……」
 美濃の指摘を聞いて淡水も頷いた。
「今度は霧がかかるの、長いよね……」
「うん……」
 その一方、泡の中の霧の下にいた耐と珠洲とが引き続き呟き合った。
――ヒュン。
「え……」
 その時、霧の中から火発の火の玉が飛翔した。それはそのまま、耐と雲雀の肩に接触した後飛翔していった。
「あ……」
 それを受けた二人は仰向けに倒れた。服に延焼はしなかったものの、肩は火傷を負っていた。
「二人とも……!」
 珠洲と正は慌ててその二人を治癒しようとし、珠洲はペンを、正は右掌を向けた。
「いっ……ま、待って、二人とも……」
 それを見た雲雀は、横たわり、痛みを堪えながら二人に呼び掛けた。
「え……」
 同じく火傷で倒れた耐も、珠洲と正もそれを聞いて治癒のための手を止めた。
「黄龍、さっき私たちがやったみたいに、誘導して……。私たちの治癒をしていたら、誰も黄龍を攻撃できない……」
「……!」
「え……あ……」
 雲雀の提案を聞いて正ははっとし、珠洲や耐も顔を強張らせた。
「出血は止まってる……?」
 正が聞いた。
「ううん……じわじわ……多分静脈だけ……、耐ちゃんは……?」
 雲雀が苦笑して耐に聞いた。
「私も同じ……、ローブは血染めだけど」
 耐も苦笑交じりに言った。
「あの……珠洲ちゃん、たあくん……、後で治してね……」
 耐は引き続き苦笑しながら言った。
「あっ、それと、黄龍の誘導も……。私たちが先に見つかったら、そのまま先にまた火の玉だから」
 雲雀も苦笑しながら二人に頼んだ。
「うん……後で……、何も心配しなくても大丈夫だよ」
「私もちゃんと治しに来るよ……、安心して……」
 正と珠洲は肩を震わせながらも断言した。
「うん……それじゃ、また後で」
「また後で……」
 雲雀と耐とが、それぞれ、珠洲と正に挨拶をした。
「うん……また後で……」
 二人もそれに返礼した。
「珠洲ちゃん……この泡の中で、黄龍から見て一番右に行こう……」
「うん……」
 続いて正が珠洲に告げ、それを聞いた珠洲は小さく、しかしはっきりと頷いた。
 そしてその直後に、二人は一瞬薄い緑色の光に包まれ、そしてその光ごとその場から消えた。
「言っちゃったね……」
「うん……」
 出血して横たわったまま残された二人、雲雀が耐に向かって呟き、耐はそれに相槌を打った。
「いっ……ひぃっ……!」
 その直後に雲雀は叫び声を上げた。
「ひ、雲雀ちゃん……?」
 それを聞いた耐は驚いた。
「傷口……広がったのかな……。ちょっと意識ヤバいかも……」
 雲雀が呟いた。
「雲雀ちゃん……?」
 しかし雲雀は返答するより、自分の意識を保つのに必死だった。
「雲雀ちゃん……ちょ、ねぇ、飛んじゃダメだよ……、ねぇって……」
 呼びかける耐の声に次第に涙が混じってきた。
(う……耐ちゃん……大丈夫だよ……)
 雲雀は心の中で呟いた。しかしそれに耐はそれには気づかなかった。
「黄龍さん、こっちです、既に捉えていますっ!」
 珠洲は黒霧の中から、胴や手足の一部が姿を現しつつある黄龍に向かって叫んだ。
「な……?」
 黄龍は珠洲の声を聞いて不審がった。
「ハッタリだけど、なんとかなった……次はこの向こう、黄龍から見て左端だよっ」
「うんっ」
 正の指示に珠洲は返答した。
「その程度か! 我の方が早いわ!」
 霧はその傷口に吸い込まれていき、やがて黄龍の顔の前からも晴れた。その口は既に火の玉を咥えていた。
「喰らうがいい……!」
 黄龍はその火の玉を続けて二発放った。
 しかしまたしても、黄龍が狙った場所からは二人の姿は消えていた。
「おのれ、またか……! 今度はどこn……ぐぎああああっ!」
 憤っていた黄龍はまた雄叫びを上げた。
それに向かって左側の泡の檻の端から、珠洲はペンを、正は人差し指を差し出し、その姿に注目していた。胴の被弾した箇所からまた黒い霧が噴き出し、その姿を覆っていった。
「また……当たった……」
「うん……霧で見えないのが厄介なんだけど……」
 珠洲と正は呟き合った。
「珠洲ちゃんとたあくん、黄龍の誘導に成功してるみたい」
 一方、球体の外から、唯が彼らの様子を見て呟いた。
「うん……」
 美濃は頷きながら、ペンを持つ手を、宙に浮いている黄龍を覆う霧の後方の地面に横たわっていた耐と雲雀に向けた。
「美濃くん……?」
 それを見た司は不思議に思った。
「—―」
 美濃はそっと耐と雲雀の方を注視した。すると彼のペンから薄い緑色の光が出現した。
 それは泡の檻をすり抜け、二人に向かって、陽の光のように降り注いだ。
「あっ……!」
 それを見た唯や弘明も、慌ててペンを取り出し、それを持つ手を少し上げた。
「!」
 一方、黒霧が黄龍の体を半分程度覆ったところで、そこから二発の火の玉が珠洲と正に向かって飛んできた。
「痛っ!」
「っ……!」
 二人は小さく叫んだ。
「珠洲ちゃん、大丈夫?」
「うん……左の腕…ちょっと深いけど掠っただけ……たあくんは……?」
「僕も同じくらい……、太ももだけど」
 珠洲の問いかけに正は答えた。
「左足はかなり痛いんだけど……珠洲ちゃんたちと同じような火傷をしたこと、なんか、かえって暖かいかも……」
「えっ……」
 正の呟きに珠洲は意表を突かれ、少し赤面した。
「黄龍の口に……、……!」
「あ……」
 その直後に、正と珠洲は黄龍の方を向いて絶句した。黄龍の方が早く、その口内に火の玉を生成していた。
「あの、たあくん、聞いてほしいことがあるの……」
「え……」
 突如珠洲が、顔を黄龍の方を向けたまま言い、正はそれに相槌を打った。
「まずは耐ちゃん、雲雀ちゃんが先だったっけ、たあくんが図書館で出会ったの……、その後私もやってきて……、私を見つけてくれて、ありがとう、これからも、たあくんと一緒にいたいな」
「うん……どういたしまして、こちらこそ、暖かさをありがとう、これからもよろしくだよ」
「えへへ、私も……どういたしまして」
二人は黄龍の方を向き、苦笑交じりに告げた。
「小賢しい!」
 黄龍は一発、珠洲に向かって火の玉を放とうとした。
(さよなら、世界――)
 それを見た珠洲は涙交じりに目を閉じた。
「ぎゃあああっ!」
 その時叫んだのは黄龍だった。
「え……」
 正がその胴を貫いた光弾が来た方を向くと、治癒がされていないはずの耐と雲雀が、服の血は拭えていないものの、しっかりとした足で立ってその胴の方を向いていた。
そしてすぐに二人の姿はその場から消えた。続いて二人は、正と珠洲の目の前にジャンプしてきた。
「二人とも、どうやって治癒を……」
 正は驚き声を震わせながら尋ねた。
「あれを……」
 耐が苦笑しながら首を右の、泡の檻の外の方へと向けた。
「わ……」
「あ……」
 その先を見て二人はさらに驚かされた。そこには残り五人の子どもたちと桂創とがいたが、司は先ほどまで二人が居た場所に向かって、遠距離にもかかわらず、空中に弧を描きながら、薄い緑色の光のシャワーを放っていた。
「多分、黄龍も弱ってるから、治癒の光はすり抜けられたみたい……」
 耐が笑顔で言った。
「私たちで、少しだけ時間を稼ぐね……」
 続いて雲雀が二人に言った。
「わ……わかった」
「後で戻ってきて……、私たち、まだ傷は浅い方だから、本当に少しだけで大丈夫だよ」
 正が頷き、珠洲が耐と雲雀に告げた。
「うん……」
「ちゃんと戻ってくるよ」
 雲雀と耐は頷き、返答した。
「耐ちゃん、黄龍の反対側まで行こう」
「うん……珠洲ちゃん、たあくん、また後でね」
 雲雀の呼びかけに耐はか細い声で答え、二人にも挨拶した。
「うん、また後で……」
「元気になって待ってるよ」
 珠洲と正もそれに笑顔で答えた。
「わかった……行ってくるね」
 耐は俯いたまま、雲雀同様、二人に背を向けた。そしてその次の瞬間、二人の姿はその場所から消えた。二人を運ぶ光の残滓が飛散した。
「たあくん、あの、お互いに……」
「うん、そうだね……、ひとまずは向かい合わせになって座ろう」
 それを見届けた珠洲と正とは、その場で話し合い、互いの治癒を始めた。
 その一方、黒霧に覆われながらも宙に浮いている黄龍の正反対に耐と雲雀は瞬間移動で飛び、その姿を仰いだ。すぐに霧は胴の傷穴に吸い込まれ、徐々に黄龍の姿が見え始めた。
「黄龍、こっちだよ! 既に捉えてるよっ!」
 雲雀が黄龍に向かって霊力のペンを向けて叫んだ。
「なんだと……!」
「—―!」
 頭部の黒霧が晴れた時、黄龍も既に口内に火の玉を生成し終わっているのが見え、雲雀と耐は一瞬怯んだ。しかし黄龍の側も、雲雀の呼びかけを聞き、一時彼女らの様子をうかがっていた。
「耐ちゃん、撃てるよ!」
「うんっ!」
 二人は呼びかけ合うと、すぐに、あらためて黄龍の頭部を狙い光弾を放った。
「があああっ!」
 黄龍が動いたため頭部を外したものの、二発の光弾は再び黄龍の胴を貫き、そこから黒霧が噴き出した。
「待て! この程度ではっ……!」
 黄龍の側も、黒霧で見え隠れする口から火の玉を一発放った。
「くく……」
「――」
狼狽していたものの、それは耐の正面へと飛翔した。しかしその玉が耐に当たる直前に、彼女と雲雀はその場からジャンプした。
「く……おのれ……!」
 次第に黒霧に覆われながら、黄龍は悔しがった。
「……」
「……」
 そして耐と雲雀は、再度珠洲と正の元に出現した。
すぐに、治癒が完了して立っていた珠洲と、耐との目が合った。二人は少しの間沈黙しあった。
「……おかえり……」
「……! ただいまっ」
 珠洲の呟きにも近い挨拶を聞いて、耐は顔を歪ませ、目から涙を溢れ出させながら返事をした。
「耐ちゃん、まだだよ」
 正が耐に優しく声をかけた。
「う、うん……」
 耐は慌てて顔を両袖で交互に拭った。
「ぐ……そこか……!」
 その時、また黄龍の声がした。それを聞いて、四人は宙に浮かぶ黒霧と、そこから垣間見える黄龍の頭部や胴体を注視した。
「そういえば、四人って珍しいね」
「うん……」
 耐の言葉に正が頷いた。
「それじゃ、いきますか」
 雲雀が言った。
「みんな、準備はどう?」
 耐が言った。
「オッケーだよ」
「私も」
 正と珠洲とが続けて言った。
「させるか……!」
 一方黄龍は黒霧から頭部を出し、火の玉を生成し終わった口を開け、それを四人に向けた。
「わかった、それじゃ、せーのっ!」
 耐は黄龍を無視して四人に呼び掛けた。すると、珠洲、耐、雲雀の三人の持つ霊力のペンからと、正の左人差し指の先から、計四つの薄い緑色の光弾が飛び出し、それは弧を描き、黒霧から顔を出していた黄龍の頭部に直撃した。
「が?……」
 そこから一気に、これまでよりも多い黒霧が噴き出し、すぐに黄龍の全身を覆った。
シュン――。
「え……」
 一方、美濃たち五人と桂創らを入れないようにしていた泡の檻が消え、それを見た彼らは一様に驚かされた。
「—―、あっ……」
 一方、黒霧に引き続き警戒していた、中の四人も、その霧が徐々に薄くなり、その内部には何もいない様子がうかがえ、まずは驚かされた。
 程なくしてその霧は殆ど晴れた。そして黄龍の姿は消えていた。
「やった……?」
「うん……」
 耐の呟きに、雲雀が頷いた。
「やったの……?」
 耐は再び呟いた。
「うん、そうだよ……」
 続いて珠洲が優しく呼びかけた。
「やった……!」
 今度は耐は叫ぶとともに、歓喜の表情で、珠洲、雲雀、正らを巻き込み飛びついた。
「うん……やったよ……」
「やったよね……」
「そだね……」
 三人も耐に巻かれながらも、安堵と歓喜の合わさった表情でそれに返事をした。
「よかった……」
「うん……」
 一方、泡の檻のあった場所からその様子を見ていた司、美濃ら六人も安堵しあった。
「茨木副委員長……!」
 そのとき、美濃の背後から王首相の声がした。
「え……王首相……?」
 彼が振り返ると、そこに王首相とその秘書官数名らが慌てて彼の元にやってきた。
「どうしたんですか?」
「瀋陽本部庁舎で怪異が発生したと聞いて……、ガセネタで戒厳令を敷き、ここを国軍で固めたところです」
 首相は慌てて説明した。
「あ、王首相たちが……」
「ほんとだ……」
 泡の檻のあった場所にいた珠洲、耐たち四人もそれに気づき、その方へと向かった。
「もう大丈夫です、戒厳令を解いても」
 美濃は首相に苦笑交じりに言った。
「え……」
「それよりも……多分間もなく、国務院の司長以上、私たちのことを知っている人たち以外はみんな、珠洲ちゃんや僕の名前は、過去にこの国を建国した歴史上の人物、っていう、元通りの記憶になると思います」
「はい……、首相、これを見てください」
 美濃が首相に説明し、桂創が霊力の砂の詰まった小瓶を見せた。
「GDPは……多少上がる程度かもしれませんが、出生率の方は、やや時間が経てば、国が滅亡するような数値から抜け出すと思います」
 唯が続けて言った。
「そ、それは……、うっ」
 首相は一瞬、涙を呑んだ。
「別れを惜しむ前に……ありがとうございます、まず、お礼を言わなければいけませんでしたね」
 首相は笑顔を作り、美濃たちに言った。
「えへへ、どういたしまして」
 美濃ははにかんで見せ、それに返礼した。
「どういたしまして」
 続いて美濃の後ろにやってきた珠洲も、彼に続けて返礼した。
「わ、珠洲ちゃん」
 美濃はその姿を見てびっくりした。
「えへへ」
 珠洲はそれを見て苦笑した。
「ふふっ」
 さらにそれを見た美濃も苦笑した。
「え……?」
 それを見た王首相はあっけにとられていた。
「あっ、ごめんなさいっ」
 その様子に気づいた珠洲が首相に苦笑しつつも謝った。
「桂創くん、また、そろそろなのかな……」
 一方美濃は桂創に目配せしながら尋ねた。
「うん……そうだよ、みんな、何度もごめんね、そして、ありがとう、さよなら」
 桂創は子どもたちと正に挨拶した。
「うん……わかった……さよなら……」
 美濃も桂創らに別れの挨拶をした。
「えっ、突然なのですか?」
 首相はそのやりとりを見て驚いた。
「あっ、はい、そうです、前もそうでした……」
 それを見た耐が彼に説明した。
「こ、心の準備が……いえ、仕方ありません、皆さん、あらためてありがとうございました、そして、さようなら……」
 首相は深々と頭を下げて言った。
「うん、皆さん、さよなら……」
 それを聞いた正も、首相や桂創らに挨拶した。
 そのとき、少しずつ、八名の子どもたちと正の姿は、薄い緑色の光に包まれつつあった。
「みんな、さよならだよ」
「うん、さよなら……」
 それを見て、雲雀、司と、それに続き子どもたちは次々と別れの挨拶をした。
「こちらこそ……本当にありがとう……」
 桂創は珠洲に向かってまた告げた。
「えへへ、どういたしましてっ……」
 珠洲は涙交じりに笑顔でそれに返事をした。
 その次の瞬間には、彼らの姿は完全に光に包まれ、そしてその光ごと消えた。
「言ってしまわれた……」
 首相が呟いた。
「王首相、僕もまもなく消えますが……、彼らが言った通り、普通にやれば、国の破滅は防げます……、どうかよろしくお願いしますね」
「はい、承知しました!」
 桂創の言葉に王首相は返事をした。
 
「—―」
 教室によく似た天井が目に入ってきた。ただその部屋は少し薄暗かった。
「え……?」
 珠洲は自分が横たわっていることに気づき、ゆっくりと起き上がった。痛みなどはどこも感じなかった。
 そしてそこが、学校の図書室であることに気づいた。また、時計は九月三日の四時過ぎを指していた。
「……!」
 さらに、自分の周囲に、他の子どもたち七名と正が横たわっていることに気づいた。
「わっ……みんな……!」
 珠洲は小声で呼びかけた。
「え……」
「珠洲ちゃん……?」
 彼らはそれを聞いて徐々に起きた。
「みんな、大丈夫? 怪我とかは……?」
「私は大丈夫だよ」
「うん……僕もだよ」
 珠洲の問いかけに、耐や美濃が答えた。彼らはどこも怪我などはなかった。また、衣服についていた血も取れていた。
「よかった……」
「そだね……」
 そしてお互いに安堵しあった。
「あっ……」
 また、子どもたちの傍にはそれぞれ、役目を終えた霊力のペンが転がっていた。弘明が自分のそれを最初に見つけ、それを拾い上げた。
「もう、何も起きないと思うよ」
 司が苦笑しながら弘明に言った。
「そうだね……」
 弘明もそれを聞いて苦笑した。
「ていうか、四時なんだけど……先生に会ったらどう説明しよう……」
「親しい大学生も呼んで自習していたらいつの間にかこんな時間になってました、かな……」
 淡水の言った悩みに雲雀が答えた。
「ま、まあ、それでいこう」
 唯も同意した。
「僕は、呼ばれたことになるんだよね」
 正はそれを聞いて苦笑した。
「うん、そうだよ」
「ふふっ」
 それを見た耐と珠洲も苦笑した。
「ふふ」
 珠洲はもう少し苦笑し続けた。
「珠洲ちゃん……?」
 美濃がそれを気にした。
「あ、ごめん……。実はね、なんか、今回の私たちって……したこと自体は、とても簡単に解決できた……なのに、その力、権力、それを得るのが大変そうだなあって、その奇妙さが面白いなって思った……」
「それは……そうかも……」
 耐が相槌を打った。
「でも……その権力がどのくらいあるかなんて、上か下かなんて関係ない、どんな状態でも、これは目指さないといけないってことばっかりだったし、それができて、一安心したよ……。そして……、私たちがまた呼ばれたことも、それでよかったって思った……」
「うん……ほんと、そうだよね」
 美濃が珠洲に続けた。
「それじゃ、出よう……みんな、また、一緒に」
 珠洲はそう言って、出口の方へと向かった。
「そうだね……」
 美濃もそれに頷き、彼女に続いた。
「うん……」
「行こうっ」
 司、耐を始め、他の子どもたちと正もそれに頷くと、順番に図書室の外へと出て行った。



【無料】霊力使い小学四年生たちと21C最悪の人災とその具現救済 第四巻(最終巻)

2021年2月15日 発行 初版

著  者:坪内琢正
発  行:瑞洛書店

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坪内琢正

※ 改行多数のため、ツイプロ及びブログメッセージボードをご参照ください。 〇ツイプロ:http://twpf.jp/sigure_pc 〇ブログメッセージボード: http://blog.livedoor.jp/t_finepc/ ※ アイコンの拾い物のつばさちゃんとしいねちゃんはそれぞれ珠洲ちゃんと美濃くんの外見イメージキャラです。

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