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【無料】霊力使い小学四年生たちの畿域信仰 第七話 兵庫豊岡・和尚狸の筆、温泉寺の泉

坪内琢正

瑞洛書店



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【無料】霊力使い小学生たちの畿域信仰 第七話 兵庫豊岡・和尚狸の筆、温泉寺の泉

 九月上旬の晴れ渡った午前中、揖保川の上流は、新緑の山々に覆われ、人間の手を離れた自然の世界が広がっていた。兵庫県宍粟(しそう)市東市場の集落も、揖保川沿いのそのような山々に囲まれていた。
 突然、その集落の上空に黒い霧が発生し、それは徐々に集落全体を暗くした。その霧は、集落から少し外れたところにある、伊和神社から発生していた。
「これは……末鏡ではないか……、復活したというのか、素晴らしい……。ならば、我は彼にその意思を委ねよう……」
 そして、上空から低い男性の呟きがした。しかし、人気もない集落では、それに気づいた人はいなかった。
 やがてその霧は引いていき、再び集落には光が差し込み始めた。

「なぁ、誰かどうにかならないのか、明後日の深夜は」 
 一方、その日の午後三時頃、同県北部豊岡市城崎町の温泉街の中に混じって在った百円均一ショップの奥の事務室で、スーツ姿の中年の男性が、店の制服を着用した三人の、若かったり、中年の女性の店員らに向かって憤りを見せて言った。
「すみません、うちは炊事があるので、もともと深夜は……」
「私も、その時間だと列車がなくなるので……」
「あの……お言葉ですが、そもそもそんな時間に文房具や日用品を急遽欲しがる人のためにまで開けるのは……」
 女性たちは皆渋い顔を見せた。
「勘弁してくれよ! 俺は一日一二時間、この一ヶ月一日も休んでないんだ! チェーンの契約でどうしようもないんだ! お前たちの次世代を担う少年少女たちのことなど知るか! 男性が団欒を取れないなんて、そんなのたまったものじゃない!」
 男性は大声を出した。
「そう言われても……」
「どうにかできたらいいのですが……」
「うぅ……付近に二四時間のコンビニができて、こちらの売り上げが危うくなったから、チェーンの募集に応じたんだ! おそらくあちらもうちと同じ状況なんじゃないか? 俺だって学校はちゃんと出ているからわかる。長らく続いてきたこの周辺も、このシステムでは次々と共倒れして、町では日用品も食料品も買えなくなるぞ。俺たちがこんな悲惨な目に遭う限りにおいて、それは回避されているがな! 此処は温泉街だからまだましかもしれないが、町は光り輝くネオンばかりで、でもそれと反比例するように、ゾンビのように、魂はどこからも抜けているみたいで、これはあまりに恐ろしい……。くそぅ……、ちょっと頭を冷やしてくる、一〇分ほど待っててくれ、また後で話し合おう」
「え……」
 男性はそう言うと、女性たちの言葉も聞かずに店を出て、付近にあった自動販売機の前に立った。
「ん……?」
 普段なら温泉への宿泊客で賑わっているはずの温泉街の道にしては珍しく、人の姿が全く見えなかった。彼は少しそれを奇妙に感じた。
「見つけたぞ」
「へ?」 
 その直後に、彼は別の男性の声を聞き、振り返り、少し驚いた。そこに、黒の法衣に、白の絡子を付けた中年の僧侶がいた。
「あの……どちらの和尚さんですか?」
「ふふ、我はどこの寺にも所属していない。そんなことより、お前の鬼玉を我によこせ!」
 店員の質問に彼は答えず、つかつかと歩み寄り、いきなりその胸倉を掴んだ。
「ぐ、うぐ、あ……」
 店員は喉が閊えて苦しみ、暴れたが、僧侶の力の方が強く逃げられなかった。そして程なくして、店員の肩や胸から黒い霧が溢れ出してきた。僧侶は呼吸しながら自然とそれを吸った。
「ああっ、ぎゃあっ」
 霧が吹き出てから男性はさらに雄叫びを上げた。

 その日の同時刻頃、京都市上京区の御所東、参道に萩の木の並ぶ、梨木神社の境内に、珠洲、耐、雲雀と、宝心寺の近所に住んでいて、図書館を通じてその三名と親しくなった大学二回生の青年、相川正(あいかわただし)の四人がいた。
「萩はまだシーズンじゃないけど、新緑でも綺麗かも……」
「うん……」
「そうだね……」
 耐が呟き、珠洲、雲雀、正が頷いた。
「そう言えば、ここも御苑に隣接してるよね」
 今度は雲雀が呟いた。
「うん……、ここは近代になってからの創建で、明治維新で、明治天皇さんの次の要職、太政大臣についていた、三条実美さんが祭神だよ」
 正が説明した。
「ああ、それで……」
 雲雀が頷いた。
「そういえば……ここと反対側、この前に行った御苑西側の護王神社さんは、平安遷都の進言をした和気清麻呂さんが祭神だったよね……」
 珠洲がはっとして言った。
「うん……特に言及はないけど、二社はある程度のリンクをしてると思う」
 正がそれにフォローをした。
「明治維新は、大勢の傑者がいて、集団指導的なイメージ、例えばキャラクターのバリエーションが多くて、『推し』とかいう言葉が生まれそうなイメージだけど、実際はそうでもなかったりするよ」
 正は続けて言った。
「え……」
「それはどういう……?」
 雲雀や耐が目を白黒させた。
「太政大臣に三条さん、そして、参議であり、また省卿の中でも重要だった内務卿は、大久保さんや伊藤さんが務めていたけど……、太政大臣の補佐として、右大臣に岩倉さんがやはったから……。彼は、議論好きだけど、妥協を好まない、欧米人のような、言い換えれば京都らしい性格……、殆どの決裁は、彼が首を縦に振らないと難しかったんじゃないかな」
 正が説明した。
「えっ……だとすると、岩倉さんの独裁のような感じだったの……?」
 耐が質問した。
「パッと見はそんな感じじゃないよ。それをやると信長みたいになっちゃう。彼は、上にはお飾りを、下には有能な部下を置いて、あくまであたかも各参議や省卿が戦隊もののように集団指導を取っているように見せていたんだ……。でも実は、明治維新の諸改革の過程の殆どは、岩倉さんがおおそよ肝心な場面でいつも出てくるよ」
 正はそれに答える格好でまた説明した。
「ここは太政大臣の三条さんしかやはらへん……、岩倉さんは……確か実相院の近くで幽棲していたときの旧宅の方がかえって有名だよね。実際には東京で、三条さん以上の活躍をしてはったのに」
 雲雀がしみじみと言った。
「うん……そして、自身が裁定した東京奠都の推移に一番敏感でもあった……。御所の保存、伊藤さんに作成を指示した旧憲法での、大典の京都執行、本願寺など、社寺の再度の融和……、東西の往復が目立つのも彼の特徴だよ。江戸時代にできていた三都の均衡維持に常に目を配らせていたみたい。明治憲法は、ロシアとの戦争に勝つことすら『先の話』として対応していないもので……本当は後の世の者が、その時代に合わせて高頻度に変えるべき代物だったけど、東京奠都も、三都均衡がその目的で、それが崩れるようならすぐにでも変えるつもりだったんだろうね。議論好きということは、一定のリアリストでもあったということ、だから彼の行動には経世済民的な動きが目立つ……。それは大阪は言うに及ばず、近代以後の天皇の在所となった東京ですら、集団主義をその最高の思想とし、それより上はないと開き直るくらいで、この国にあって、京都ほど経世済民の思想を育み、それを貫徹する場所もない……、その京都が埋没することは、反抗期が反抗した結果、思いもよらない惨事を招いてしまうことに近似している、そういう危惧を抱いていたことは想像に難くないと思うよ……」
 正が言った。
「なるほど……」
 それを聞いた珠洲たちはまた頷いた。
「そんな岩倉さんと、彼を表に立って支えた三条さん……、だからこそ、堀川今出川で鬼玉が発生した時も、危機を感じて、早く来てくれたのかも……」
 雲雀がそれに続けて言った。
「うん……そうかも……」
 正はそれに頷いた。
「ここには三条さんしかいないけど、三条さんと岩倉さんのコンビは、幕末から明治初期ずっと続いていたから、彼らをセットにする感じで、お祈りしてみよう」
「うんっ」
「了解だよ」
 正の提案に三人は頷き、そして拝殿の方へと向かい、参拝した。
「ときどき関わりのあった神霊さんの社寺は、行ってみるのもいいかもしれないね」
「うん」
「そうだね」
 正の言葉に、珠洲、耐たちも頷いた。
 その後四人は梨木神社の境内を後にし、すぐ近くの河原町広小路まで来た。
「晩御飯が近いから、ひとまず、水分補給だけだけど……」
 正は交差点にあった自動販売機の前に立った。
「わぁ、やった! また炭酸のグレープでっ」
 耐が歓喜して注文した。
「はいな。えっと、二人は……」
「あ、私、今度はオレンジで……」
「私はまた緑茶を……」
 雲雀と珠洲は少し照れながら注文した。
「うん、わかった……僕もコーヒーを貰うね」
 そう言って正は自動販売機の前に立ち、計四つの缶やペットボトルを出し、三人に一つずつ渡した。
「えへへ、たあくん、ありがとうっ」
 珠洲が珍しく快活に言った。
「うん、たあくん、ありがとう……」
「ありがとう」
 耐、雲雀もそれにすぐ続いた。
「あ、いや、どういたしまして……、水分補給は大事なので……」
 正も少し照れながら返礼した。
 そして四人はそれらを飲み、少しの間呆けた。
「あの、皆さん……」
「あっ……」
 そのとき、そこに新蘭の声がした。四人がその方を向くと、彼女の他、美濃、司、唯の計四人がいた。
「……まただよ、みんな」
 唯が言った。
「……うん、わかった……」
 珠洲がそれに頷いた。
「即答だね、珠洲ちゃん。……私もだけど」
 耐は苦笑しながら言った。
「うん、私も」
 雲雀がそれに続けて言った。
「光筒の移動……いつもあっという間だよね……。それでいいので、また、あっという間に帰ってきてほしいな」
 正が子どもたちに向かって言った。
「うん……大丈夫だよ」
 珠洲が正に言った。
「すぐに行って、またすぐ戻ってくる」
 耐がそれに続いた。
「あ、もちろん、全員だよ」
 雲雀がそれの補足をした。
「うん……わかった、みんな、気をつけて……」
「うん……」
 正に向かって、珠洲は再度頷いた。
「新蘭さん、よろしくお願いしますね」
「はい……」
 正は続いて新蘭に告げ、それに対し彼女も頷いた。
「淡水ちゃんと、弘くんはまた……」
 続いて、耐が口ごもった。
「うん……、クラス委員のお仕事だよ。ひとまず……僕たちでなんとかしよう」
 司が耐に応えた。
「そうだね……」
 珠洲がそれに頷いた。
「今度はどこですか」
「兵庫の豊岡です」
「なるほど……」
 続く新蘭の回答に、今度は正が頷いた。
「それでは……参りますっ」
 新蘭が少し大きめの声で告げた。その直後に、六人の子どもたちと、彼女は一つの半球体でできた薄緑色の光に包まれ、そしてさらにその直後に、その光ごとその場から消えた。
「待つしかない……よね、今は……」
 それを見届けた正は呟いた。

「う……うぐっ……」
 一方、誰の姿もいない豊岡市の城崎温泉街の一路では、先の僧侶が店員の男性の胸倉をつかみ続け、また、彼から出る黒い霧、鬼玉を吸い続けていた。すると次第に、男性の背後に、ブラックホールのような穴が出来始めていた。
「くく……現世、壊れ始めたな……もう少しすれば……」
 それを見た僧侶はほくそ笑んだ。
「待ってくださいっ!」
「その人を離してっ!」
 それとほぼ同時に、耐と司の大きな声が聞こえた。
「ん……? ——」
「うっ……」
 その僧侶は無言のまま二人、そしてその左右背後にいる子どもたちと新蘭の姿を見て、沈黙したまま、男性を突き飛ばして離した。男性は力なく少しその後ろで倒れこんだ。また、ブラックホールはすぐに縮んで消えた。
「虚空に居られる者……天路の巫女と、同じくその従者か。始末しない限り先に進めぬな」
 僧侶は呟いた。
「末鏡に惑わされた神霊さんですよね、そのまま、幽世にお戻りください」
 光筒を少し持ち上げながら、美濃が僧侶に言った。
「断る」
 その僧侶はさっと右手を上げ、その先から神幹の白い光を発した。
「失せろ!」
 そしてそれを子どもたちのうち、耐と司に向かって二発投げた。それは弾丸並みの高速で二人の方へと向かった。
「あっ」
「わっ!」
 その弾線が傍を通過したことで、雲雀や美濃は驚かされた。
「ん……?」
 一方、自分が視線で狙いを定めた耐と司の姿はその場からいなくなっていた。
「減っている? ど、どこに……?」
 その僧侶は慌てて左右をきょろきょろした。
「こっちですっ」
 そのとき、耐の声が彼の背後から響いた。
「へっ?」
 僧侶が振り返ると、背後の道路に耐と司は、光筒による、視線の先への瞬間移動でやってきていた。また、その光筒は既に薄緑色に光っていて、それを持つ二人も彼の姿に注目していた。
「しまっ……」
 僧侶の側も慌てて右手に神幹を作成し始めた。
(撃ちたい場所に注目して……)
(意識を強く……撃って!)
 その間に耐と司は自身の光筒による光弾を発射した。それは二発ともその僧侶の胴を直撃した。
「ぎゃあああ!」
 その僧侶の叫び声とともに、胴の傷口から濃紫の霧が噴き出し、彼の姿を覆い尽くした。
「やった……?」
「わからない……」
 耐と司は警戒しながらその霧の渦に注目し続けた。
「あれ、今光っ……」
「え……?」
 雲雀は、濃紫の霧の中が一瞬白く光ったのを目にして声を上げた。司はその声に反応した。
「さっき光っ……ああああっ!」
 霧に注目しながら司たちに説明しようとした直後、その右肩に神幹の弾線が貫通し、雲雀は悲鳴を上げて仰向けに倒れた。また、濃紫の霧は徐々に晴れ、立っていた僧侶の胴の傷口に吸収されていっていた。
「雲雀ちゃん!」
 僧侶の反対側にいた耐と司もその光景に驚き、僧侶から目を離した。
「二人とも!」
 今度は美濃が、耐と司に向かって叫んだ。
「え?」
 きょとんとした瞬間、二人に向かって各々約一〇本ほどの毛筆が飛翔してきた。
「わっ、なっ」
「ひっ、ちょ……」
 それを見て二人はたじろいだ。
「耐ちゃん、司くん!」
 美濃は再度叫び、自分の光筒を僧侶の方に向けようとした。
「おっと……、我の神幹の方が早いと思うが」
 僧侶は美濃に言い放った。確かに彼の右手は既に白く光っていた。
「わっ、ちょ、くすぐったいっ」
「やめ、ひっ、たすk、あふっ……」
 一方、耐と司に飛翔した数多の毛筆は、脇腹を中心に彼らをくすぐり始めた。
「お坊さん、あなたは……?」
 美濃が尋ねた。
「先も言ったであろう、我は寺を持たぬ、大徳寺の周囲に住まう狸和尚だ。かつて、病に伏せる塔頭の住持に代わり、尾を筆に変え、札を人々に授ける遊行をしていた……。あの筆はそのときのものの神能だ。くすぐりは笑いを嫌でも発生させる。甘く見てもらっては困るな、数分もすれば呼吸がしづらくなり、笑いながらにして激しい苦痛を発生させるものだ」
「え……」
 狸和尚と名乗ったその僧侶の言葉に美濃は愕然とした。
「あひっ、はぁ、はぁ、はひっ……」
「くるs、ひっ、はっ、ふ、はぁ……」
 耐と司は笑いながらも転倒し、その呼吸は不自然になっていった。
「司くん……」
「お前へは、この神幹だ!」
 引き続き耐と司の身を案じる美濃の方を向きながら、狸和尚は右手を上げた。
「え……あ……」
 その声を聞き、狸和尚の方を向いた美濃はそれを見て震えた。
「喰らうがいい!」
 狸和尚は叫んだ。
「——!」
 美濃は目を強く瞑った。
――バン!
 直後に大きな破裂音がした。
「……、え……?」
 自分に衝撃が来ないことを不審に思い、美濃は恐る恐る目を開けた。その先で、狸和尚も目を白黒させていた。
「放たれる前の神幹でしたから……追撃できたようですね」
 そのとき、狸和尚の背後で、悶えている耐と司の傍にいつの間にかいた、小袖の朱色の巫女装束を着た若い女性が呟いた。
「え……?」
「だ、誰……」
 その姿を見た美濃や唯は驚かされた。
「きっと、末鏡に惑わされていない神霊さん……」
「う、うん……」
「そうかも……」
 一方珠洲は、自分の推測を二人に告げた。それを聞いた二人も頷いた。
「——!」
 そして珠洲は倒れながらくすぐり責めに遭っている耐と司の上部に向けて二発、自らの光筒を放った。
「あ、ああ……」
「あふ……」
 すると二人に取り付いていた沢山の筆が一気に消えた。続いて、珠洲は二人の元に飛んだ。
「耐ちゃん、司くん……?」
 珠洲は声をかけながら、二人の上部に光筒の薄緑色の光を当て、治癒を始めた。
「あ、珠洲ちゃん……、ありがとう、司くんの方が、私よりたくさんの筆が行っていて、呼吸が大変だったみたい……」
 耐が珠洲の姿に気づき、その声に反応した。
「司くん……?」
「う……あ……」
 耐の言った通り、司の方がダメージが大きく、まだ意識が朦朧としているようだった。
「ん……よい……しょ……」
「え、大丈夫……?」
「うん……そろそろ、なんとか……」
 一方、珠洲の治癒を受けた耐は徐に起き上がり、珠洲の声にも応えた。
「自己紹介が遅れましたね……、私はこの城崎の七つの外湯の一、御所の湯の脇にある、四所(ししょ)神社の神霊です」
 その一方で、小袖の女性は美濃と唯に、四所神社の神霊と名乗った。
「四所神社さん……?」
 唯は聞き返した。
「はい……ここ城崎の開湯は養老元(717)年、道智に依ると伝わっていますが、私の創建はそれより九年早い和銅元(708)年です。いずれにしても、この地の鎮守です……ので……」
 四所神社の神霊と名乗った彼女は唯から目を逸らし、和尚狸の方を向いた。
「和尚狸の幽世返しに、ご協力をお願いしたいです、天路の従者の皆様……」
 そして唯と美濃に告げた。
「は、はい……」
「了解ですっ」
 二人は彼女に応えた。
「では……ん……?」
「四所、止まれ!」
 四所神社の神霊はそのとき、自分や唯、美濃の背後から何者かの声を聞き、動きを止めた。
「四所神社さん……? ひっ?」
「あっ」 
美濃は徐に四所神社の神霊の方へと近づいた。その直後に自分のすぐ後ろを神幹の弾線が通過し、彼女は驚愕した。一方、それが来た方からも、驚きの声が聞こえた。
「い、今のは……」
 唯もそれを見て、後ろに振り返った。
 そこに、木欄の法衣に紫の袈裟を付けた一人の若い僧侶がいた。彼は少し狼狽しているように窺えた。
「え……」
「む……、天路殿を狙うとは……危ういところでしたが、あの者もおそらく末鏡に惑わされた神霊に違いありません、背後にいられては危険……、先にあの者から始末すべきです」
 四所神社の神霊は珠洲や美濃に告げた。
「え……、そうですね……」
「あの神霊に……」
 それを聞いた二人は、後ろにいたその僧侶の方を注視し、光筒を持つ手を自然と少し持ち上げた。
「では、私から……」
 四所神社の神霊は二人に告げた。
「……?」
 一方、耐と司の傍から、司の治癒をしつつも珠洲、美濃や四所神社の神霊の様子を見ていた唯はそのとき、四所神社の神霊がやや俯きげだったことを少し気にした。
「はいっ」
 一方美濃は四所神社の神霊の言葉に返事をした。同時に四所神社の神霊は手に神幹を光らせていた。
「うっ……、天路の従者殿……」
 また一方で、珠洲や美濃に視線を捉えられていた僧侶はさらに狼狽した。そのため、二人は彼に視線を向けるために少し左右に首や肩を動かした。
「――!」
「あああああっ!」
 そして四所神社の神霊は神幹を放った。それは美濃の肩を貫通した。そのため彼は悲鳴を上げ、血を流しながらうつ伏せに倒れた。
「え」
 その様子を見た珠洲は言葉を失った。
「——」
 さらに続いて、彼女の瞳孔が縮んだ。チラ見すると、自分の肩にも血がついていて、神幹が貫通されていた。
「あ……あ……」
 珠洲もそのままうつ伏せに倒れた。その前に四所神社の神霊の足が立った。
「四所神社さん……?」
「もう気づいておられるかもですね……、そう、私も末鏡に惑わされているのです」
「え……」 
 それを聞いて珠洲はさらに蒼褪めた。一方、珠洲に告げた後、四所神社の神霊はさっと向きを変えた。
「二人とm……あ……」
 珠洲と美濃の惨状を見、唯は光筒を手に叫ぼうとしてやめた。先に四所神社の神霊の方が自分に視線を注いでいた。
「神能だ、喰らえ!」
 四所神社の神霊は唯に向かって叫び、さっと手を降ろした。すると空中に、あたかも水路があるかのように、ぬるめのお湯が流れ、唯の方へと突き進んだ。
「ひ……わっ!」
 宙を流れるお湯の流れが顔に当たり、唯は仰向けに倒れた。
 するとそのお湯は、倒れた唯の周りを円型に周り始めた。
「これもいるか?」
 四所神社の神霊は再度手を挙げ、そしてまた降ろした。すると、小さなストローが唯の方へと飛んでいった。
「?……、んん?」
 そのストローは唯の口に入った。
「向きに関係なく飲むことができるぞ、外湯御所の湯の温泉を」
 四所神社の神霊が言った通り、唯を囲んで流れていたお湯の一部がそのストローの入り口へと吸い込まれていった。
「んん、んんう、んんっ!」
 流れる力が強く、唯はそれを気孔で止めるのに必死になった。
「ふふ、その勢い、やがて気孔よりも強くなるだろう……」
 四所神社の神霊は言い放った。
「ゆ、唯ちゃん、もうすぐ行くから、ちょっと待って……」
 それを怯えながら見ていた耐は、自分の光筒で自分を治癒しながら、声を唯に向けて絞り出した。
「んんっ、ううんっ、あうんんっ!」
「ゆ、唯ちゃん! うぅ……あと少し……」
 唯がさらに激しく悶えるのを見て、耐も悲痛な表情になった。自分も最低限の治癒ができておらず、唯の救助に間に合わないかもしれないという不安が増大した。
ヒュンーー。
 そのとき、唯を宙で取り巻く温泉を神幹の弾線が貫通した。するとそれらの温泉と、唯の口に入っていたストローが消えた。
「う……ふ……」
 唯は力なく呼吸をした。また、その意識も混濁していた。
「え……?」
「ん?」
 一方、耐も四所神社の神霊も、その神幹が飛んできた方に顔を向けた。そこに、先ほど唯を狙ったように見えた僧侶がいた。
「天路殿、私は惑わされてはおりません!」
 僧侶は耐に向かって叫んだ。
「え……、……それなら……」
 ちょうど体を大きく動かせる程度まで自分への治癒ができた耐は、それを聞き少し迷ったが、ペンによるジャンプでその僧侶の傍まで飛んだ。
「あの、あなたは……?」
「私はこの温泉街を見下ろす大師山にある温泉寺の神霊です……。さっきは四所神社を狙ったのですが、追撃が叶わず、天路殿にも危ない目に遭わせてしまい申し訳ない……」
 僧侶は温泉寺の神霊と名乗った。
「惑わされてはいないんですね」
「はい、そうです。城崎温泉を開湯した道智による、天平一〇(738)年の開基で、山号の末代山という名称と共に、聖武天皇から賜ったものとされています。ロープウェイがあることで知られています。それよりも、今は……」
 彼は話すのをやめ、四所神社の神霊の方を向いた。
「彼女を幽世に返すことを、手伝っていただけないでしょうか」
「はい……、そうなると思って、こちらに来たんですっ」
 温泉寺の神霊の呼びかけに耐は笑顔で答えた。
「! 温泉寺のところに……一人回復したというのか!」
 二人の様子を見た四所神社の神霊は慌てた。
「よかった……では参りますっ」
「はいっ」
 耐に告げながら温泉寺の神霊は白く光らせる右手を上げた。耐もそれに呼応しながら、光筒を少し持ち上げ、四所神社の神霊に注目した。
「あ……いかんっ」
 視線を向けられた四所神社の神霊はさらに慌てて、自分も神幹の用意をしようとした。
「……!」
(——撃って!)
 しかしそれとほぼ同時に、温泉寺の神霊と耐は、四所神社の神霊に向かってそれぞれ、神幹と光筒の弾を放った。
「しまっ……」
 四所神社の神霊はそれを避ける間もなく、直撃を受けた。すぐに胸部のその二つの傷口から、濃紫色の霧が一気に噴き出し、彼女の体を覆った。
「やった……かな……」
 耐は引き続きその霧に注目し続けた。
「今、現世の彼女の体は徐々に霧に……」
 温泉寺の神霊が耐に説明した。
「このまま……ん?」
 温泉寺の神霊は、耐への説明を突然やめた。
「……え?」
「——」
 そして、耐の目の前で、神幹の光弾を胸に受け、濃紫の霧を噴き出しつつ、仰向けに倒れた。
「な……何……これ……」
 耐は呆けながらも温泉寺の神霊を見た。
「うぅ……」
 周囲に濃紫の霧が俟っていたが、右胸に傷を受けていた彼自身も意識があり、それ以上霧が出るのを必死に堪えていた。
「う……ぐ……、だ、大丈夫です、浅い傷なので……、ただ、私の霊力が少なく、霧を吸収するのはすぐには難しいです、すみません……」
「……温泉寺さん……」
 耐は蚊の鳴くような声で彼に呼び掛けた。
「く……恐ろしい目に遭った……」
 一方四所神社の神霊の声もした。彼女は再び多数の霧を自分の傷口から吸い込み、その姿を顕し始めていた。
「ああ、そうか……、四所、お主も惑わされていたのだな」
 さらにそこから離れた箇所から、和尚狸の声もした。
「はい」
 四所神社の神霊はそれに返事をしつつ、含み笑いをしながら耐の方を向いた。
「あ……」
 耐も彼女と目が合い、そして怯えた。
「っ……移板……! ……まだ……」
 様子を見て危機を感じた新蘭は、移板の能源量を見たが、それはまだ使用に堪えるものではなかった。
「ようやく……貴様で最後だな」
 四所神社の神霊は耐に目を合わせながら言い放ち、同時に白く光る右手を上げた。
「いや……」
 耐はそれを見て蒼褪めた。
――バン!
 その直後に、二人の中間の空中で破裂音がした。
「な……?」
「え……」
 それを見た四所神社の神霊も、涙目の耐も驚いた。
「ほーたえ!」
 その直後に、弘明の声がした。
「……大丈夫?」
 続いて淡水の声がした。そして彼女は、愕然としている耐の眼前までやってきた。
「委員会のお仕事が終わったから……あの神霊さんの神幹は迎撃したよ……。でも、みんなやられてる……、あの神霊さんには、僕がもう一度撃つから、淡水ちゃんは、ほーたえや、みんなをお願い……」
「うん、わかった」
 弘明は淡水に告げ、そして反転し、四所神社の神霊の方を向いた。
「あ……あっ、違うの、淡水ちゃん、私は既に大丈夫だから、他のみんなを……」
「え……?」
 耐は淡水に他の子どもたちを治癒するよう促した。またその脳裏には、自分はまだ四所神社の神霊の射線上にいて、そこに淡水が入っているかもしれないという不安もあった。
「く……増援か……!」
 弘明を前に、四所神社の神霊はまた狼狽えた。一方弘明は光筒を薄い緑色に光らせた。
「させるか……」
四所神社の神霊も慌てて神幹を作成しようとした。一方弘明は彼女の姿を注視し、さらに光筒の光を強くさせ、一歩前に出た。
「ぎゃあああっ!」
 しかしその直後に、その場に弘明の叫び声が響いた。
「増援の天路よ、我のことも覚えることだな」
 そして和尚狸の声がした。彼の神幹が、直前に動いたことで肩の端を貫通した弘明はその場に倒れた。
「弘くん……?」
 その様子を見た淡水は耐の傍で硬直し震えた。
「ふむ……、かたじけない、これで安心して私も、わざわざ射線に入ってくれている増援の天路を狙える」
 そう言って四所神社の神霊は淡水を見つつ手を挙げた。
「……?」
 淡水は少し顔を逸らし、そして目を見開いた。自分を四所神社の神霊が捉えていることに気づいた。
「あっ……」
「くたばれ」
 四所神社の神霊は呟いた。そして彼女の放った神幹が、逃げようとした淡水の太腿に当たり、淡水も倒れた。
「ひっ……」
 それを目の前で見た耐は息を呑んだ。
「く……能源はまだ……、……? いえ……!」
 一方新蘭は再度移板を眺めて呟いた。
「今度こそ、全員ですね。とはいえ負傷させただけなのばかり……、順番に、またすぐ会えますよ」
 また、四所神社の神霊は、今度は自分の目の照準を、耐の額にして彼女に言った。
「あ……ああ……」
 それを見た耐はまた目に涙をためて怯えた。
「宝塚さん、能源オーライ、移板行きますっ!」
「えっ……」
 新蘭が叫んだ。耐が驚くと同時に、彼女たちや他の子どもたち、温泉寺の神霊、ショップの店長が各々白色の球体に包まれ、そして直ちにその光ごとその場から消えた。
「な……?」
「いったい何が……」
 その様子を見た和尚狸、四所神社それぞれの神霊は当惑した。
「ふふ、様子を見に来たが……我に集う神霊どもよ、難儀しているな」
 そのとき、二人の背後から低い男性の声がした。
「!」
「なっ!」
 二人は慌てて振り返った。狸和尚による虚空は効いていて、そこには誰の姿もなかった。しかしすぐ手前の、二、三メートルほどの上空には黒い霧がかかっていた。
「我は播磨一宮、伊和神社の神霊だ……」
 黒い霧の中からしたその声は伊和神社の神霊と名乗った。
「伊和殿?」
「狸和尚、四所、お主らであれば我のこともしっておろう。幽世では我は知られているのが自然だ。だが、現代の人間はどうだと思うか」
 伊和神社の神霊が尋ねた。
「そ、それは……これは申し上げてよいものか……私的には、おそらく、伊和殿の存在すら知らず、そのため、播磨一宮というものも知られていないのでは、という危惧もございます……」
 四所神社の神霊が言った。
「その通りだ!」
 伊和神社の神霊は声を荒げた。
「確かに我らを通じての人間への倫理思想が詰んでおり、そのために末鏡が復活しているのだが……播磨は一際酷いものだ。人々は都市を築き、秩序を構成してはいるが、それは言わば狡猾な動物のような姿だ。善悪よりもそれへの反発が秩序の主軸となって吹き荒れている。その結果、宍粟の我が社は存在すら知られてはいなくなった。末鏡が復活したとき、我は決めた。この末鏡の目的と我は一致する、ならばその意思も末鏡に捧げようとな」
「なっ……」
「即ち末鏡と一体化し、それにより末鏡が意思を持ったということですか!」
 四所神社、狸和尚両神霊とも、伊和神社の神霊の言葉に驚いた。
「その通りだ……、そして、貴様たちのように、鬼玉を求めようとしつつも、難儀しておる被惑の神霊の助力になろうと思ったのだ」
「うっ……」
「天路の従者共は、その巫女の持つ力に依り一度に多勢で退却した。移板を用いたようだ……」
 伊和神社の神霊が告げた。
「な……」
「そ、それでは、我らはどうすれば……」
 二人の神霊は困惑した。
「心配はいらない。移板を用いたジャンプには霊気の跡が残っておるぞ。人の足なら時間がかかるだろうが、馬などであればさほど遠くでないところにいるであろう」
「なるほど……、では、その跡をつけていけば……」
「再び天路らに……」
 伊和神社の神霊の言葉を聞いた二人の神霊はほくそ笑んだ。



 その頃、同じ豊岡市出石町のとある山中に、直径五メートル程度の半球体の薄い緑色の光が出現した。すぐにその光は薄らいでいき、その中から、新蘭、耐と、ショップの店長と、倒れているままの温泉寺の神霊、及び耐以外の子どもたちの姿が顕れた。
「え……どこ……」
 耐はたじろぎながら周囲を一瞥したが、そこは何もない山の中だった。
「行先は決めていなかったのですが、それでも何らかの霊的な場所に出るはずなのですが……おかしいですね……」
 新蘭も首を傾げた。
「仕方ないです……あっ、それよりも」
 耐は傍らで倒れていた唯に目をやり、慌ててその上半身を中心に光筒の薄い光を浴びせた。
「あ……あふ……」
 唯は窒息はしていなかったが、幾度もそうなりかけたため、体力を激しく消耗していた。
「唯ちゃん、もう少しだよ」
「あ……耐ちゃん……」
「気がついた……? もう少しだよ」
 耐は少しほっとした。
「あの、私の光筒……、前に宇治で筒爪貰ったから……、耐ちゃんのに取り付けて……」
 唯は声を絞り出して言った。
「えっ、あ、うん、わかった……」
 耐は彼女の言葉に頷き、唯のスカートのポケットを探り始めた。
「そこまでだ、天路の従者」
「あ……」
 その直後に狸和尚の声がした。
「数十キロほどしかなかった……、すぐだったな」
 四所神社の神霊も耐に言った。耐は振り向き、二人の神霊の姿を捉え怯えた。
「い……いや……」
 耐はまた目に涙を浮かべながら、光筒を震えながら持ち上げようとした。
「遅いな」
 狸和尚の神霊はさっと右手を上げ、そこから神幹を光らせた。
「ひ、ひぃぃっ」
 また、その恐ろしい姿を見たショップの店長も腰を抜かし震えた。
「やめてっ」
 耐は嘆願した。
「喰らえ!」
 狸和尚の神霊にはその声は届かず、彼は神幹を放った。
――バン!
 しかし目を閉じた耐に衝撃は来ず、代わりに迎撃の破裂音がした。
「……え……」
「なっ」
 狸和尚の神霊はその神幹が来た方を見て愕然としていた。耐もそちらに首を向けた。そこに緋色の縫腋袍の束帯を着た男性がいた。
「まだだ!」
 その男性は引き続き手を上げたまま、もう一つ神幹を作った。
「あっ……な……!」
 それを見た狸和尚の神霊は慌てた。
「はあっ!」
「しまっ……ああああぎゃああっ!」
 その男性の放った神幹は、同じく神幹を放とうとした狸和尚の神霊に直撃し、彼の傷口から濃紫色の霧が噴き出し、その姿を覆った。
「あ、あの……あなたは……」
 耐は意を決してその男性に呼び掛けた。
「私は……ここ有子山の山麓に築かれた出石城の鎮守、有子山稲荷(ありこやまいなり)と申す神霊です。出石城は室町期の山名氏が初めに築き、今の城跡は慶長九(1604)年、小出氏が築いたものです。宝永三(1706)年以降は仙石氏の居城となります。この城跡に登るときに一際目につくのが石段の千本鳥居です。実は城の鎮守たる我が城よりも上に鎮座しており、城郭内ではあるものの、貴賤を問わず創建時から参拝が認められていました……」
 有子山稲荷の神霊と名乗った男性は、じわじわと近づいてくる耐に向かって話した。
「えっ……千本鳥居……それはどこに……?」
「え……? そう言えば、ここからは城跡の石垣の跡に隠れていますね」
 有子山稲荷の神霊は、千本鳥居の代わりに山中に見え隠れする人工の石垣を指さした。
「あ……」
 それを見た耐も納得した。
「く……出石城跡だと……、だがそのようなものであろうと……!」
 そのとき、四所神社の神霊の声がした。
「ですが、天路殿、今はそれより……」
 有子山稲荷の神霊は耐に言った。
「は、はいっ」
 耐も頷き、そして二人は四所神社の神霊の方を向き、それぞれ、神幹と、光筒の光弾の用意をした。
「なっ……、我とて……!」
 一方それを見た四所神社の神霊も慌てて有子山稲荷の神霊の方を向き、右手を挙げた。
(視線がそのまま射線に……、四所神社さんをよく見て……)
 耐はその四所神社の神霊を注視した。
「いけえぃ!」
「ええいっ!」
 有子山稲荷、四所神社、共に同時であったため、その神幹二本は空中で衝突した。
「よし……ん……あ……」
 それを見た四所神社の神霊は一瞬ほくそ笑み、そして憔悴した。耐も光弾を放った。
「あああああ!」
 狸和尚に続き、四所神社の神霊も被弾し、傷口から発せられる濃紫の霧に包まれた。耐はそれを引き続き注視した。
 やがて二つの霧は次第に晴れていき、元の山麓の風景が広がっていった。
「やった……?」
「む……間違いありません、二人の霊力が消えています……」
 耐の傍にいた有子山稲荷の神霊が言った。
「よかった……」
 胸を撫で下ろした耐は、右手に持つ光筒が少し軽くなっていることに気づいた。
「……?」
 よく見ると、唯から貰って付けた筒爪が消滅していた。
(唯ちゃんの筒爪……もしもなかったら、まだ四所神社さんを返せなかったのかも……。……あ、唯ちゃん、みんな……!)
 耐は一瞬苦笑した後、他の子どもたちのことを思い出した。
「有子山稲荷さんありがとうございます、みんなの治癒に行ってきますっ」
 そして、有子山稲荷の神霊に礼を述べ、慌てて倒れている彼らの方へと走っていった。
「あ……耐ちゃん……、私、司くんを今治癒してるとこ……、雲雀ちゃんたちをお願い……」
 耐がある程度治癒したことで、自力で光筒を続けていた唯は回復しており、駆けてきた耐に告げた。
「うん、わかったっ」
 耐もそれに応え、雲雀の傍へ行き、肩の傷を中心に光筒の光を浴びせた。
「あ……耐ちゃん……おおきに……」
「どういたしまして……まだ、喋らないで……」
 雲雀の言葉に耐は答えた。
「あ、あの……この騒ぎの元は……ひょっとすると……」
 一方、店長の男性がいつの間にか新蘭に接近し、か細い声で不安を打ち明けた。
「え……、おや、これは……。お察しの通りです。元から自分がどういう者かを知っていない者が感情を爆発させた……、確かにそれはあなただけの責任ではなく、あなたを取り巻く様々な遠因がありましたが……直接はそれが原因です」
 新蘭は店長に淡々と説明した。
「そんな……だがしかし、俺だって、自然科学に基づいた人間らしい生活を侵害されている……。なのに、俺にはどうすることもできない。自然物のように、酷い目に遭っても流されて、そしてそれは酷いことだから自分のところで止めようという気持ちもなく、そのまま自分より弱い者へも、ネットスラングなんてものを使って……、自分から人間らしさを壊している……。俺はあんな怖ろしいモノからターゲットにされる……、自分がどういう者かを理解してないんだ、だから……これは気まぐれだと思われるかもしれないんですが……、あの子たちが可哀想なんだ、何とか力になりたいんです」
 店長が新蘭に言った。
「そ、それは……。そうですね、方法がないというわけでもないのです」
「え……」
 新蘭の言葉に彼は相槌を打った。
「宝塚さん」
 新蘭は耐を呼んだ。
「あ、新蘭さんが呼んでる……雲雀ちゃん、まだ早いよね……」
「耐ちゃん、それなら大丈夫だよ」
 そのとき、司が耐の背後から呼びかけた。
「え……司くん……、怪我は……」
「ある程度唯ちゃんに治してもらったんだ、だから自力で治せたよ、雲雀ちゃんのことは僕に任せて、新蘭さんのところに向かって……」
「わ、わかった……、司くん、ありがとう」
 耐は司に礼を言い、新蘭と店長の傍に言った。
「宝塚さん、筒爪、いただけるかもしれません」
「わかりました……」
 耐は頷いた。
 そして二人は新蘭の説明に従い、耐の光筒に筒爪を付けることに成功した。
「わ……」
 それを見た耐は少しはにかんだ。
「あ、あの、他にも何か……」
 一方店長はなおも新蘭に言った。
「そうですね、これは直接ではないのですが……、ええと、特に問題がなければ、誰にでも見せてよかったのですね、あれは……」
「あ、はい、そうですよっ」
 耐は新蘭に言った。
「……?」
 店長は二人の会話についていけずにきょとんとした。
「実は……こちらの子どもたちは、この前、過去の中国……と言っても何千年も昔とかではなく、僅か六〇年ほど前なのですが、そこに行き、一つの国家を拵えたんです、私たちとは別の時間軸で……」
「ええっ」
 それを聞いた店長は驚きの声を上げた。
「その国は成長し、経済的には日本とさほど変わらない生活ができるようになりました。禾為替換算で一人当たりのGDPは通貨格差もあるのでさほど高くはないですが……。ですがその国でも、今の日本と同じような、悪いことをしている人を叱っても、社会がこのように持続性を考えていないレベルなのだからよいではないか、との開き直りが蔓延するような、ワンフレーズだけでは解決しない、構造上の問題が発生しました。子どもたちは再び、今度は二〇〇二年のその時間軸のその国に赴き、国家財経社労委員として、概ねその問題を解決させました……」
「え……」
 新蘭の説明に店長は再び驚いた。
「その時のことがわかる、いわばムービーのようなものを、直接頭に送ることができます。これは参考になるかもしれません、時間以外は何もいりませんし……」
「そ、それは……、私にも、見せていただけないでしょうか」
「はい、いいですよ」
 新蘭は店長の頼みを了承した。
「ええと、後、他には……」
「ううん……大きなことはできないです、まずは周囲の方々との関係を良好にするようにしてほしい、というくらいです……」
 新蘭は店長に告げた。
「そ、そうですか……」
 店長は落ち込んだように肩を落とした。
「あ、あのっ」
 そのとき、耐が店長に声をかけた。
「え……」
 彼は再び顔を上げ、虚ろな目で彼女を見た。
「筒爪も……、いえ、それだけじゃない……、あの時間軸、関東での私たちのことを知ろうとしてくださってありがとうございます、凄くうれしいですっ」
 耐は満面の笑顔で店長に言った。
「あ、ああ……、はは……」
 それを見た店長も苦笑した。




【無料】霊力使い小学四年生たちの畿域信仰 第七話 兵庫豊岡・和尚狸の筆、温泉寺の泉

2021年4月12日 発行 初版

著  者:坪内琢正
発  行:瑞洛書店

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坪内琢正

※ 改行多数のため、ツイプロ及びブログメッセージボードをご参照ください。 〇ツイプロ:http://twpf.jp/sigure_pc 〇ブログメッセージボード: http://blog.livedoor.jp/t_finepc/ ※ アイコンは諸作品からキャラの外見イメージです。左上から右に、珠洲ちゃん、美濃くん、耐ちゃん、司くん、左下から右に、雲雀ちゃん、弘明くん、唯ちゃん、淡水ちゃんです。

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