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滋賀県大津市のJR近江舞子(おうみまいこ)駅から近い琵琶湖は、雄松崎の白汀(おまつざきのはくてい)と呼ばれる、白い砂浜を介して松林が続いていた。九月上旬で、この日は急に気温が下がっていたいうこともあって、朝夕の寒暖の差は激しく、また、平日ということもあって、湖水浴を愉しむ人の姿もなく、静かな湖畔の風景が広がっていた。
「ちょ、離してよ!」
突然、男性の声が松林の中から霞むように聞こえた。
「くく……」
「知らねえよ」
続いて二人の男性の声が聞こえた。その二人の、白いシャツの男子中学生は、もう一人の男子を一つの松の木を背に各々両腕を伸ばして掴み、その動きを封じていた。
「ククク、お前ら、そのまま掴んでいろ!」
そしてそれとは別の二人の男子中学生が、その正面におり、そのうちの一人が、腕を掴んでいる二人の男性に告げた。
「そ、そろそろやめた方が……」
一方、その隣にいた中学生は小さな声で彼に告げた。
「ん? なんだ? 心配ねえよ、誰も来ねえし! 飛び蹴りの練習がしたかったんだよな、俺たちは」
「そうそう! こいつはあんまり話さないが、実は読書が好きで、『ヤンチャ』……まあ刑法に触れる遊びだが、誘っても来ない、そんなこともできない、おそらく障害を持っているのだ、こういう奴は、それで俺たちの論理はとてもきれいに筋が通るのだ! そして当然、『うざい』者を正すという正義の下に、罰を与えてやるのだ!」
腕を掴んでいたうちの一人がそれに続けた。
(確かに俺もこいつは本ばかり読んでダメな奴だな、って、彼が笑って許してくれる限りそういうことをしていたし、そういう仲間を増やしたつもりだったのだが……何かおかしい気がする……こんな光景を俺は望んでいたのだろうか。俺はどうしたらいいんだ……)
一方、一度は制止しようとした中学生は、黙ったまま考えを巡らし、何もしようとはしなかった。
「よし、俺たちが押さえておくぞ! 一発やってやれ!」
腕を掴んでいたもう一人の中学生が煽った。
「ひっ……」
それを聞いた、掴まれていた中学生が怯えた。
「おう、任せとけ!」
その正面にいた中学生が言い放った。
「や、やめてよ……!」
掴まれていた中学生が嘆願した。
「嘆願してやがる……ククク、面白いぞ、そういうのを見ることを俺たちは面白いと思い、それを社会に広めていく者なのだ!」
もう片方の腕を掴んでいた中学生も告げた。
「クク……じゃあ、覚悟しろよ、あばらがいくかもな」
「い、嫌……」
正面にいた中学生が一歩後ずさりをした。それを見た、松の木の前で拘束されていた中学生が涙目になった。
「ふふふ……、末鏡が発動するというのは、こういうことなのか……! 我こそが鬼玉を喰らい、時空の秩序を変えてやろう!」
「へ……?」
そのとき、後ずさりをして飛び蹴りをしようとしていた中学生の背後から若い女性の声がした。彼が振り向くと、そこに、島田髷に桃色の小袖を着た若い女性が居て、つかつかと自分の方に歩み寄り、その首を掴んだ。
「痛っ、い、い……」
「ひっ」
「な、なんだ、歴史ドラマ……?」
掴まれた中学生は彼女の手の中でもがいたが、どうすることもできなかった。また、それを見ていた他の中学生も、怯えて何もできなかった。
程なく掴まれていた中学生の胸元から黒い霧が出始めた。すると小袖の女性は意図的にそれを吸うように呼吸をした。
「あああっ! 痛ああ!」
霧が吸われると同時に、掴まれていた中学生はこれまでにない叫び声を上げた。
その少し前、京都市下京区烏丸高辻にある宝心寺の庫裏の、縁側のある和室で、珠洲、美濃、耐、司、雲雀、唯の六人は、今日もテーブルの上にトランプを並べていた。
「あれ、八……? 六、さっき、この辺にあったよね」
司がそのうちの一枚をめくってきょとんとした。
「あ、うん……私もそんな感じがする……」
「うわ……ごめんなさい、作戦じゃなくて、本当にそれは忘れちゃった」
それに耐は同意し、唯は忘れていたので謝った。六人は今日は神経衰弱をしていたのだった。
「これだよ? ふふ」
司の隣にいた雲雀が苦笑しながら、八の隣のカードをめくった。それが六だった。
「あああっ」
それを見た耐が驚きの声を上げた。雲雀は続いて淡々と司が最初に開けていた六を再度開けた。
「え……」
「次、美濃くんだよ?」
固まっていた美濃に、珠洲が声を掛けた。
「う、うん……あてがどこにもない……また適当に開けるね……」
そう言って美濃は自分のすぐ前のカードをめくった。それは三だった。
「……三ってあったっけ?」
「なかった気がする……」
美濃の呟きに珠洲が答えた。
「あっ……」
そのとき、廊下から聞き慣れた足音がした。
「あの……」
開いていた襖の奥に白に薄茶袴の新蘭が現れた。
「新蘭さん……ちょうどいいところですよっ」
耐が苦笑交じりに言った。
「ああ……そう言えば、全員、気になるのがなくなったとこ……かな」
雲雀も苦笑して続けた。
「今日は……どこでしょうか」
そして唯が自分から新蘭に尋ねた。
「すみません……、滋賀の大津です……」
新蘭は少し俯きながら言った。
「少し近いね」
「うん……」
司の呟きに、珠洲が頷いた。
「あらためて……お願いします……」
「はい……、了解です……」
新蘭の願いに美濃が静かに、少し微笑みながら言った。
「痛い、いだいっ! 助げでぐれっ!」
一方、近江舞子の湖岸では、引き続き、小袖の若い女性が、いじめの主犯格の中学生の首を掴み、胸から出る黒い霧を吸っていた。彼は付近にいた他の中学生をチラ見したが、彼らは動こうとはしなかった。
「お、おい……」
「無理だよ、そんな……」
彼らも怯えながら言い合った。
「そこの人、待ってくださいっ!」
そのとき、小袖の女性の背後から司の声がした。
「……?」
彼女は不審に思いながら振り返り、そこにいた司と、さらにその周囲にいた耐、珠洲、美濃、雲雀、唯と新蘭とを睨んだ。
「く……貴様は運がいいな、後回しだ」
小袖の女性は中学生を掴んでいた手を離した。
「は、はぁ……」
彼は地面にへたり込んだ。また、その胸から出ていた黒い霧が出なくなった。
「天路の巫女と従者たち……早いな。先に始末しないとどうしようもなさそうだ」
小袖の女性は呟いた。
「え……」
それを一番前で聞いていた耐と司は一瞬怯んだ。
「あの、あなたはどちらの神霊さんですか、末鏡に惑わされないでください……!」
そして司は彼女に尋ね告げた。
「すでに遅し。私はここ琵琶湖近江舞子、雄松崎の神霊だ……。古より近江の貴重な景勝地として知られ、戦後まもなく策定された琵琶湖八景においては、雄松崎の白汀と呼ばれ、人々の心を癒してきた……だがしかし、湖水浴場としては知られているが、雄松崎の白汀の景勝は、他の琵琶湖八景と比べても風化されつつある……、ちょうどそこにいる者どもの悪事の場としてはいいのかもしれないが……」
彼女は雄松崎の神霊と名乗り、また耐と司を睨んだ。
「耐ちゃん……」
「うん」
彼女と目が合った二人は、そのまま呼びかけ合った。それとほぼ同時に、雄松崎の神霊はさっと右手を上げ、その先を白く光らせ、神幹を作った。
「天路よ、失せよ!」
雄松崎の神霊はそこから二人の方に向けそれを放った。
ヒュンーー。
その神幹の弾線は、誰にも当たらずそのまま宙を飛翔していった。
「な……?」
雄松崎の神霊が目を凝らすと、他の子どもたちは弾線からずれたところにいたが、自分が狙った耐と司の姿がなかった。
「やろう……!」
「うんっ……!」
一方、光筒による瞬間移動で、雄松崎の神霊の背後にジャンプしてきていた司と耐とが合図を合わせた。
そして二人は無意識のうちに光筒を胸の前まで持ち上げた。
「……! 後ろ……?」
雄松崎の神霊はそれに気づき振り返った。それと同時に二人の持つ光筒から薄緑色の光弾が飛び出した。
「ぐっ……!」
それを二発とも左胸に受け、雄松崎の神霊は苦しみながらその傷口から濃い紫色の霧を吹きださせた。それは急速に広がり、彼女の姿を覆い尽くした。
「……やったかな……」
「うーん……」
それを見た司と耐とは再び言葉を交わした。司は耐の疑問に答えられなかった。
「気をつけていよう……」
司は再び耐に言った。
「——」
耐は返事をしなかった。
「耐ちゃ……ん……!」
司が奇妙に感じて彼女の方を向くと、ちょうど彼女の右肩を白い神幹が貫通して、それに連れて彼女は仰向けに倒れていくところだった。
「あぐ……」
耐はそのまま地面に倒れた。
「耐ちゃん……!」
それを見た司が思わず叫んだ。
「まだいるな……、我が前にも……」
次第に傷口に吸い込まれて、晴れていく霧の中から、衣服の胸は濃い紫色に染まっていたものの、立っていた雄松崎が呟いた。
「あっ……!」
「――!」
雄松崎の神霊と、さらにその奥で倒れていた耐を見て、前の方にいた雲雀と美濃とが驚かされた。
「こちらは四人か」
雄松崎の神霊は引き続き、そして右手を上げた。するとそこからクネクネと松の木の枝が飛び出した。
「え……」
「へ……? あああっ!」
それを見た珠洲、雲雀、司、唯の四人が驚く間もなく、その延々と伸びる松の枝は四人を縛り付けた。
「ぎゃああ!」
「いたっ! 痛い……!」
四人はそれに縛り絡まれ悶えた。松の枝は硬く、また曲線も多く、枝の一部は彼らの腕や腹部に少し深めの傷を付けた。
続いて雄松崎の神霊の、伸ばしながら松の枝を出している右手の人差し指に、周囲の白砂が渦を巻きながら集まり始めた。
「え……」
「今度は……?」
それを見た四人はさらに蒼褪めた。
「……いっ?」
そのすぐ直後、その白砂は雄松崎の神霊の人差し指の向きと平行に一直線に高速で飛翔し、司の左の膝を掠めた。司が慌ててそこを見ると、割れたガラスに触れた時のような切り傷ができていた。
「これ……砂の粒の形が変わってる……ガラスみたいに鋭いよ……」
「へ……?」
怯えながらも伝える司の言葉を聞き、松の枝で自由に動けない他の三人はさらに震えた。
「クク……体内を破片だらけにしてやる……!」
その様子を見た雄松崎の神霊は怒鳴った。
「ひっ……え……?」
それを聞いて怯えた直後、珠洲は自分の背後に誰かの気配を感じた。
「――!」
さらに次の瞬間、珠洲たちを睨みながら腕を伸ばしていた雄松崎の神霊の顔のすぐ右を神幹の弾線が通過した。
「……?」
雄松崎の神霊は目を凝らしながら珠洲の右斜め後ろを見た。
「え……?」
珠洲も松の枝の中で藻掻きながらその方を向いた。そこに、緋色の闕腋袍で、数本の矢を背負った武官束帯に、白髪の顎鬚を伸ばした老翁がいて、雄松崎の神霊の方へと右手を伸ばしていた。
「白髭のおじいさん……?」
彼を見た珠洲は呟いた。
「はい……、天路の従者ですね、こちらにお越しになられた皆々方は」
老人は珠洲に返事をし、聞き返した。
「は、はい……」
「あの、あなたは……」
珠洲は少し緊張しながら頷いた。また、唯が彼の名を問うた。
「ふふ……、この顎の白髭が自慢なもので……、そのまま、白髭とお呼びくださいな」
老人は笑いながら言った。
「え……?」
それを聞いた雲雀と司は怪訝そうな顔になった。
「名乗れない……、不自然ですが……あの、既に被惑されているのですか?」
そして雲雀が彼に問うた。
「はは、ご心配なく! 私はそのまま、白髭の神霊で良いのです」
老人は高笑いをしながら答えた。
「……?」
「松並木が近くて見え辛いですが、比良山がこの近くからも良く見えることでしょう。私はその比良の神霊でもありますが、この容貌たる白髭の名の方が通っているでしょう、ここから一〇キロほど湖岸沿いに北にある、その名の通り白髭の神霊です。安芸の厳島同様、琵琶湖の湖上に朱塗りの鳥居を設けております」
きょとんとする珠洲の顔を見つつ、彼は訂正することもなく、白髭の神霊と名乗った。
「え……そうなのですか……疑ってすみません……」
それを聞いた雲雀は白髭の神霊に詫びた。
「はは、謝罪には及びませんな」
白髭の神霊はそれを聞いてまた笑った。
「私が気にしているのは、そのようなことよりも……」
そして、雄松崎の神霊の方に目をやった。
「——」
珠洲もそれにつれて雄松崎の神霊の方を向いた。
「く……白髭か……!」
それと目が合った雄松崎の神霊は悔し気に珠洲をまた睨んだ。
「あの神霊の幽世返し……ですな」
「……はい」
一方、白髭の神霊は珠洲の背後から告げ、それを聞いた珠洲も相槌を打ち、右手に持つ光筒を軽く少し持ち上げ、一歩前に出た。
ヒュン——。
それとほぼ同時に、白髭の神霊、雄松崎の神霊とちょうど三角になる角度、湖岸の方から神幹の弾が、今度は珠洲の背後、ちょうど歩む前にいたところよりもう少し後ろを横切った。
「ひ……?」
「あっ……!」
その湖岸から続けて男性の声がした。珠洲が振り向くと、縫腋袍の黒の文官束帯の者が自分の方を向いていた。
「文官束帯……高官っぽい……?」
それを見た司も呟いた。
「うん……でも、なんでこんなところにそんな服装で……」
唯が司に続けて呟き、そして自然に光筒を胸元まで持ち上げた。
「びっくりしました……、他にも天路に向かって撃つ、被惑済の神霊がいたとは……。天路殿、あの神霊から先に幽世に返しましょう!」
白髭の神霊も目を白黒させつつ、珠洲たちに呼びかけた。
「はい……!」
それに唯が返事し、白髭の隣辺りまで歩み寄った。
「あっ……」
一方、黒束帯の男性も、白髭や唯たちが自分の方を注目していることに気づき、慌てる様子を見せた。
「では……」
白髭も右手を前に伸ばした。しかし顔はやや俯いていた。
「……?」
一方、その二人の様子を、司と雲雀は数歩後ろから見ていた。雲雀は白髭の視線が黒束帯の方を向いていない印象を受け、彼の様子をあらためて窺おうとした。
「……っ」
さらに他方、白髭の傍にいた唯は、黒束帯の男性の方を引き続き向きながら、自身の持つ光筒を発光させ始めた。
「あああっ!」
その直後に叫び声が響いた。
その声の主は雲雀だった。
「え……!」
唯はそれに驚き背後を振り返った。雲雀は仰向けに倒れており、その傍で司が呆然としていた。
「ひっ……」
唯はその光景を見てさらに驚かされた。
「ひばr……きゃあああ!」
そして、黒束帯の男性のことを一瞬だけ失念し、雲雀に声を掛けようとして唯も悲鳴を上げ、うつ伏せに倒れた。
「どちらもまだ浅かった……」
その奥で、彼女を凝視していた白髭の神霊が呟いた。
「……っ!」
それを見てすぐ、珠洲は白髭の方に視線を向けた。
「待てっ! 降ろせ!」
「……?」
さらにそのすぐ後、雄松崎の神霊が叫び、珠洲はその方をチラ見し、そして驚愕しながら、自然に少し持ち上げていた光筒を徐々に降ろした。
「私なら……こやつの頭を撃てるぞ。白髭、とくと見よ」
雄松崎の神霊は白く光る右手を上げ、珠洲の方を注視しながら、白髭に言った。
「あ……」
それを聞いた珠洲はさらに怯えた。
「ぐっ……」
「えっ……」
そのすぐ後、雄松崎の神霊の右胸を、その向かって右側から飛んできた神幹が貫通し、呻く彼を見た珠洲も小さな声を漏らした。そして恐る恐る顔を右に向け、右手を降ろしつつあった黒束帯の男性を目に入れた。
「ううっ……」
一方雄松崎の神霊はその場に倒れ、すぐに濃い紫の霧に包まれた。
「なっ……!」
それを見た白髭の神霊も慌てて黒束帯の男性の方に目をやった。
「……っ!」
一方、黒束帯の男性もそれに気づき、白髭の神霊よりも早く手元を光らせた。
「く……」
その手元を見て、白髭の動きは止まった。一方黒束帯の男性は珠洲たちの方を向き、そのままゆっくりと歩きだした。
「——」
彼と目が合った珠洲は、意を決した。
「あの、あなたは惑わされてはいないのですか……?」
「あっ……はい、先ほどは、小刻みに皆様が動いていましたので、白髭を狙ったのですが、危うく天路殿にも恐ろしい目に遭わせてしまい、申し訳ない……」
そう言いながら、彼は珠洲の数メートルほど前まで進んできた。珠洲と司の方も、念じ次第彼を撃てる心境になった。
「このような長閑な場所には不相応とお疑いかもしれませんね……、私はここから南に一〇キロほど南にある、小野神社の神霊です。京都では小野小町で知られる小野随心院が有名ですが、もともと小野神社の周辺は小野氏の根拠地でした……。室町時代初期からは、著名な出身者を祀るため、境内や境外社として、篁神社、道風神社などが建立されました。篁は優れた高官、昼は朝廷に出仕する一方、夜になると、六道辻近くの珍皇寺の井戸を使って冥界に行き、閻魔庁の裁判の補佐をしていました……彼は朝廷、冥界を問わず中枢に頻繁に赴くので、正装たる黒の文官束帯で描かれることが多いため、その神霊となった私も同じような姿なのですが……それはさておき……」
小野の神霊と名乗ったその男性は、右手を白く光らせたまま、再び白髭の神霊の方に体を向けた。
「時の流れを忘れ、次世代の出生すらをも奪い合いの対象にするような時期では、さすがに私のこともわからない者で満たされており、私の神幹も衰えは隠せませんが……雄松崎程度であれば、十分幽世に返せるでしょう……、後はあの白髭……、念のため、お二人にもお力をお借りしたいです」
小野の神霊は白髭の方を向きつつも、残って立っていた珠洲と司に告げた。
「……はい」
「……OKですっ」
珠洲と司はそれに答え、各々光筒を光らせ始めた。
「はっ、いかん、これは私が幽世に……っ!」
それを見た白髭の神霊は狼狽した。
「――」
一方、司はより白髭の神霊を凝視し、その光筒を光らせ、発砲を念じようとした。
――バタッ。
それと殆ど同時に、砂浜を何かが叩きつける音がした。
「……?」
「え……?」
珠洲と司はそれを見てすぐに焦った。いつの間にか小野の神霊が倒れていた。
「う……この私が……何故……」
小野の神霊は呟いた。濃い紫の霧もその周囲に出ていたが、彼が押さえているのか、一定以上は出なくなっていた。
「小野……民らはお主の言う通り、この時局の問題を自覚しているが……、同時に、その解決を探るどころか、言わば、弱い者がさらに弱い者を見つけた時にそれを攻撃することしか見出さず、その問題の傷口をさらに広げることしかしていない……。それは我々への畏敬をさらに損なわさせる……、小野、お主の霊力の弱体化は、お主が思う以上に酷かったぞ!」
松林の方から、殆どの霧を既に吸収し直し、立ち上がり、右手を上げていた雄松崎の神霊が大声で言った。
「あ、ああ……」
「戻ってる……」
小野の神霊がやられたこと、また雄松崎の神霊が回復していることに、珠洲と司は慄かされた。
「では……私も……!」
続いて白髭の神霊が右手を上げた。すると、地面と垂直に、長さ五メートルほどの朱塗りの丸太が浮かんで出現した。
「丸太……?」
それを見た司が怯えながら呟いた。
「安芸の厳島同様、琵琶湖にも、湖上に建立されている鳥居があります……それは私の代表的な光景です。次第に知る者も減っているのだが……それと同様、朱く塗られた丸太は、強力な私の神能です!」
白髭はその丸太を二本続けて放った。
「ひっ」
「あっ……」
それらはそれぞれ珠洲と司の方に飛んできた。二人は慌ててそれを避けた。ただ、珠洲は砂の上の小石に躓き、仰向けに倒れた。
「いっ……」
珠洲は空を仰いだ。
「珠洲ちゃん!」
そのとき、司の叫び声がした。
「え」
青空の一部が黒くなった。その黒さは棒のように長く伸びた。それは垂直に上から珠洲に向かって落下してくる朱塗りの丸太だった。
「……!」
珠洲は慌てて寝転びながら右に一回転した。
そして徐に左右に腕を伸ばした。
「あっ、左腕は伸ばしちゃだm……ぎゃあああ!」
珠洲の叫び声がした。砂地は思ったよりも硬く、左腕は丸太の下敷きになり、その部分の骨は粉砕されていた。
「珠洲ちゃん!」
司が叫んだ。
「……! つか……さく……n先n……たたかt……」
珠洲は自分に意識があると気付き、司に、先に戦うように、声を絞り出して言った。
「わ、わかったよ……」
司は再度白髭と雄松崎の方を向いた。
(意識が……ふらついて……。自分で治癒……、……無理……だよね……。この左腕……もう使えないよね……せめて切り落とそ……。……。……まあいいや、やろう)
珠洲は考えを逡巡させ、そして自力で光筒を持ち上げようとした。一方、離れた場所からではあったが、珠洲が治癒を展開するのではなく、光弾を自分の腕に向けて撃とうとしているのを察した新蘭は慌てた。
「朝霧さん! 待ってください……! みんな移板で包みますっ……!」
新蘭は珠洲に向かって叫ぶとともに、袖から移板を取り出した。
「……っ、まだ無理……ですが……これを朝霧さんに伝えるべきか……」
新蘭は逡巡した。
(移板の光は……来そうにないや……)
珠洲は苦笑しつつ、丸太と、その下敷きになっていた自分の左腕の方に光筒を向けた。
(……あ、あれ?)
しかし目の焦点が合わず、視界がぼやけ始めた。
(ヤバいかな……腕は打つのも無理……。司くん、みんな……、私の意識、戻るといいな……)
珠洲は心の中でそう思いつつ目を閉じた。持ち上げていた首も自然に降りた。
「ククク……あやつの意識も飛んだようだ」
司から一瞬目を逸らし、珠洲の方を向いた白髭の神霊が言った。
「――!」
しかし司はその言葉を聞き流し、隙のできた白髭に自分の光筒を向けた。
「ん……、貴様、動揺しないのか?」
「後で助けるもんっ!」
司は少し目を潤ませつつも白髭の方に目を向け続けた。
「な、何……」
それを聞いた白髭は少したじろいだ。
「待て! 我を忘れるなっ!」
そこに雄松崎の神霊の声が響いた。
「え……」
司が今度は雄松崎の方を向くと、彼女も自分の方を向き、右手を白く光らせていた。
「雄松崎殿、かたじけない……」
「なんの、これでようやく、ゆっくりと鬼玉をいただけるではないか、ハハハハッ!」
白髭の言葉を聞き雄松崎は笑い飛ばした。
「ひっ……」
一方それを聞いた司の方が焦り目を見開いた。
ヒュウーー。
「は……へ……」
そのすぐ後に、光筒の光弾が雄松崎の左前から飛翔し、その心臓の付近を貫通した。
「あああ」
雄松崎はそのまま仰向けに倒れた。また傷口から再び濃い紫色の霧が吹き溢れた。
「え……」
司はその様子をあっけに取られて見ていた。
「司くん、セーフだよね!」
続いて弘明の声がした。
「えっ……」
振り向くと、司の右隣に弘明がジャンプしてきていた。
「う、うん……」
「委員会の仕事終わったんだ……、淡水ちゃんはもう少し片付けがあるから……でもすぐ後に来ると思うよ」
弘明が司に告げた。
「よかった……弘くん、ありがとう」
「どういたしまして……、それより、もう一人神霊さんがいるよね」
弘明はそう言いながら白髭の神霊の方を向いた。
「な……増援か……!」
弘明の姿を認めた白髭の神霊は再び少し狼狽えたが、すぐに右手を白く光らせた。
「先に増えた方から覚悟するがいい!」
白髭は弘明の方を見ながら怒鳴った。
「あ……僕を狙ってるみたい……」
弘明は少し震えつつ、司に目配せした。
「任せてっ……!」
司はそう言うなり白髭の神霊に注目した。彼の光筒を持つ手は少し上がり、薄い緑色の発光を始めた。
「……! もう一人、しまっ……」
司の様子を見た白髭は再度狼狽した。
(照準は視点だけだけどよく見て……撃って!)
司は心の中で念じた。するとすぐに彼の光筒から光弾が飛び出し、曲線を引きながら、右手をまだ白く光らせていた白髭の神霊の左胸を貫通した。
「ああああっ!」
そして悲鳴と共に白髭も仰向けに倒れた。その傷口からは一気に濃紫の霧が吹き出した。
「……」
「え……」
司と弘明は少しの間その様子を殆ど黙ったまま見つめていた。
「もしかして、終わった……?」
「そうかも……、あっ、すぐにみんなの治癒に行かないとっ!」
弘明の呟きに司が応じた。
「そ、そだねっ……、え……?」
それを聞いた弘明も頷き、倒れている美濃、耐らの方に向かおうとしたが、目の前の空中が白く光り始めたのを見て歩みを止めた。その光は人の形になり次第に薄れていき、それは淡水の姿になった。
「淡水ちゃん……!」
「わ、びっくりした……弘くん、お待たせ」
淡水はジャンプしてきた目先に弘明がいたため驚きながら彼に挨拶した。
「今から、みんなの治癒に向かうところだよ」
弘明が少しはにかみながら淡水に告げた。
「えっ……? そうなんだ、よかった……」
被惑の神霊が既にいなくなったと思った淡水は胸をなでおろした。
「淡水ちゃんも行こうっ」
司も淡水に呼びかけた。
「うん、わかった……。……ん?」
司に返事をした直後に、淡水は小さく声を漏らした。
「淡水ちゃん……?」
それを聞いた弘明はきょとんとした。
「ああああ!」
その直後に淡水は大声を出しながら前のめりに倒れた。
「え」
弘明はそれを茫然と眺めた。
「淡s……、……っ!」
司もそれを見て驚き、咄嗟に再度雄松崎の神霊の方を見て目を見開いた。彼女の体の基となっていた大量の霧はまだ彼女の周囲に残っていたが、それでもその体を立たせ、淡水に神幹を撃つには十分な程度に回復していた。
「あ……」
弘明も司に連れて雄松崎の神霊の方を向き、彼女の姿を目に入れた。
「あああっ!」
そしてそのすぐ後に叫び声を上げてうつ伏せに倒れた。
「——」
今度は司がその様子を見て茫然となった。
「フフ……」
背後から白髭の神霊の笑い声がした。
「あ……」
司はそれを聞いて彼の方を振り返った。
「急所への光弾……急激な霧の飛散……決死の回収をせねば……、復活できたのが不思議なくらいだ……、しかも雄松崎殿も……」
白髭はゆっくりと述べた。
「まだ復活……? そんな……。こんなときに能源の自然増加はまだ……、……?」
二人の神霊の復活した姿を見て新蘭も慌てながら、袖から移板を取り出し、そして少し目の色を変えた。
「……っ!」
司は白髭の方を向き、歯に少し力を入れ、また右手に持つ光筒を少し持ち上げた。
「おっと……下げろ!」
それを見た雄松崎の神霊が司に向けて怒鳴った。
「え……」
それを聞いた司は雄松崎の方を垣間見、彼女が既に右手を白く光らせていることに気づき、やるせなく光筒を下げた。
「雄松崎殿、忝い……。私もいる……、今度こそ天路の最期だな」
白髭の神霊は雄松崎の神霊に礼を言い、不敵に笑った。
「あ、嫌、嫌だよ……」
司は雄松崎の神霊の神幹を見つめながら、恐ろしさでその目に涙を浮かべ始めた。
「長田さん! 他の方も……! 移板使いますっ!」
そのとき新蘭が叫んだ。その直後から、司と、他に倒れていた天路の従者の子どもたち、小野の神霊、そして男子中学生らの体を、各々白い光が包み込み、そしてすぐにその光ごと消えた。
「……は……?」
「何が起こった……」
取り残された白髭、雄松崎の両神霊は目を白黒させた。その一方、彼らの背後は次第に、高さ数メートルの辺りを中心に黒い霧がなびき始めていた。
「むあっ……! この霧は何事か?」
その霧に気付いた雄松崎の神霊が言った。白髭の神霊も、それを見て顔をしかめた。
「クク、被惑ども、我が怖ろしいか?」
黒い霧の中から低い男性の声がした。
「なっ……?」
「貴様は?」
それを聞いて二人の神霊は警戒した。
「怯えることはない。我は寺門、三井寺の神霊にて、その意思を末鏡に委ねたものだ……」
再び放たれた声は三井寺の神霊と名乗った。
「む……!」
「なんと……寺門殿は末鏡に一体となったのですか!」
それを聞いた二人は驚かされた。
「その通りだ……、やはり、天路の従者どもを相手に、苦戦しているとみたが」
「は……恥ずかしながらその通りで……」
「もう少しのところだったのですが、鬼玉を発生させている者共々、退避したようなのです」
寺門と呼ばれた三井寺の神霊の言葉に、二人の神霊は渋々頷いた。
「ほう……天路が用いたのは移板であろう。あれであれば一度に大量に退避できたとしてもおかしくはない」
「そんな……」
雄松崎の神霊が悔しがった。
「ハハハ、心配は無用だ。移板にも欠点がある。通った霊気の跡がしばらくは残るのだ」
「なんと」
「では、その跡を辿っていけば……」
二人の神霊はまた驚き、そして互いの顔を見合わせ不敵に笑みを浮かべ合った。
民家が比較的多く立ち並ぶ幹線道路があった。しかしそこには、光景とは異なり、人や動いている自動車が見当たらなかった。
その道路の中央部の空中が突然白く光り出し、道路を覆って、直径一〇メートルほどの光の半球体となった。続いてその光は徐々に薄らいでゆき、その中から新蘭、司と、近江舞子にいた学生たちと、倒れながら他の子どもたちと小野の神霊とがいた。
「……え……ここは……」
「虚空内部ですが……どこかの集落の中のようです……、霊威にゆかりのある場所でもある……はずなのですが……、普通の道路……?」
司に説明しながら、新蘭は次第に肩を落としていった。
「いえ、逃げられただけでも……今のうちに治癒をして勢いを立て直せば……っ!」
司はそう言うと、自身もよろめきながらも、まずは一番近くで倒れていた雲雀に上から光筒の薄緑の光を浴びせた。
「う……うっ……」
「雲雀ちゃん、しっかり……」
司は、呻き声を上げる雲雀に呼びかけた。
「ぐ……あ、あれ、鳥居かも……?」
「え……?」
か細い声で雲雀は道路の先を見ながら言った。司も彼女に治癒の光を当てながらその方向を見ると、道路沿いに小さな駐車場があり、その奥には石の鳥居のようなものが見えた。
「そう言われれば……。でも、湖西のこの辺りで有名な神社さんってあったっけ……」
司は首をかしげた。
「ま、まあいいや……それより……、司くん、筒爪……、私、前に綾部で貰ったから、それあげる……ね……」
雲雀は引き続きか細く言った。
「え、わ、わかった……ありがとう……、僕のにつけるから、もう回復するまで喋らないで……」
「う、うん……」
司の言葉を聞いて雲雀はそっと目を閉じた。
「……」
司は雲雀に光を当てながら、彼女のポケットから別の光筒を取り出し始めた。
「その光を、止めてもらおうか」
「え」
その直後に、後ろから雄松崎の神霊の声がして、司は目を見開いた。そして、治癒の光を止め、そのままゆっくりと後ろを振り返った。
そこで雄松崎の神霊が右手を白く光らせて胸の前で止めていた。またその傍らに白髭の神霊もいた。
「フフ、思ったよりも速い、と驚いているようだな」
そして二人の神霊の背後に、いつの間にかできていた漆黒の霧の中から三井寺の神霊のほくそ笑む声がした。
「み、三井寺さん……」
その霧を見て司が怯え、目に涙を溜めながら呟いた。
「やっと追い詰めたな……」
白髭の神霊がその様子を見ながら言った。
「うむ……消えよ、最後の天路……! ん……?」
雄松崎の神霊が怒鳴り、そしてその直後に、自分の足元に、松ぼっくりが転がってくるのを目に止めた。
「やめて!」
そのとき、雄松崎にいた学生たちのうち、いじめの群れに入りながらも、結局は何もしなかった少年が叫んだ。
「へ? お、おい、お前、何を……」
「大人しく下を向いて、そう、俯いてい続けろよ、毎日毎日そうしてきたみたいに」
周囲の学生たちは口々に彼に告げた。
「そうだよ、どうしたらいいのかわからなくて、ずっと僕は俯いてきたんだ……。ほんとはヒーローになるべきだったけど、それはそんな簡単なことじゃなくて、君たちを止めさせることも、ヒーローめいた行動をしただけじゃもはや意味がなくて、今はきっと昔よりずっと、どうやったらいいのかわかりにくくなってるんだ……。ただ薄っすらと判明してきたことは……僕たちがやっているような、こんな方向はいずれ全滅ってこと、そして、あの小さな男の子が僕たちの代わりにその最初の犠牲者になろうとしてるってこと……。少しだけわかったよ、僕は今、俯き続けることより……君たちの群れから抜け出して、少しでも彼の役に立ちたいんだ!」
その少年は他の少年たちに告げ、そしてまだポケットにいくつか入れていた松ぼっくりのうちの一つを、雄松崎の神霊の方に向けて投げた。
それは雄松崎の神霊に届かず地に落ちた。
「無駄だ……!」
彼女はその少年を睨みつけ、そして神幹を光らせていた手を彼の方へと向けた。
「ひっ……」
その少年も、司と同じように怯えた。
――ヒュ。
「な……ああ!」
そのとき、司の右脇を神幹が一筋通過し、雄松崎の神霊の左胸を貫通した。そこから濃い紫色の霧を吹きだし始め、彼女は悶えながら右手でそこを抑えた。
「雄松崎殿、こ、これは……?」
その様子を見た白髭の神霊も慌て、司の方を向いた。
「えっ……」
司も恐る恐る自分の背後に目をやった。そこに、灰色の小袖の上に藍色の裃を羽織った初老の男性がいた。
「近世風……、だ、誰……、こんな集落に……」
司はいつの間にかそこにいたその男性の姿を見て驚いた。
「そこの祠の神霊にございますよ」
男性は笑顔で言った。
「え、あの祠の方が……あんな強い神幹を……」
司は再び疑問を口にした。
「はい……あの祠は近代に入ってからできたもの……、私の祭神は近世……、既に宗教は思想となり、教義が中心となり、大きな施設を必要としなくなった時代の者ですので」
「し、思想……?」
「はい、私の祠の祭神は中江藤樹、近江聖人と呼ばれた、陽明学の祖です。都の思想家たちにも大きな影響を与えていますよ。藤樹は通称、与右衛門(よえもん)と呼ばれていましたので、ここから近いJRの安曇川駅からの道はよえもんさん通りと呼ばれ、彼の逸話や言葉の看板が並んでいます」
「そ、そうなのですか」
司はそれを聞いてさらに驚かされた。
「はい、そう言えばあなたも、控えめな少年に見えますが……、その看板によると、藤樹もあなたのような静かな少年だったそうです……、末鏡を招いた今は、そういう者を障害と呼ぶのでしたっけ?」
「あ……はい……」
藤樹神社の神霊を名乗ったその男性は、少し語気を強めて述べ、司も残念そうにそれを聞いて頷いた。
「く……藤樹だと……!」
「白髭殿、心配には及ばぬ、この傷は浅い……」
一方、それを聞いていた白髭の神霊はさらに慌てたが、雄松崎の神霊がそれを宥めた。
「やはりそうですか……お気になさらず、長い歴史を振り返れば、そっちの方を障害とする時期は今この時だけのこと、過ちであることは明らかです……、それはそうと……」
藤樹の神霊はあらためて雄松崎と白髭の神霊の方へ目をやった。
「……」
司もそれにつられて二人の神霊の方を向いた。
「被惑の二人へ、幽世にお戻りいただきたい……天路殿、お力をお貸しくだされ」
「は、はいっ」
右手に白い神幹を作りながら藤樹の神霊が告げた言葉と合わせ、司も光筒を握りながら、二人の神霊に注目した。
「今度こそ、藤樹、そして最後の一人の天路の子どもを……」
「ま、待たれよ、雄松崎殿、今は退避……あっ」
一方、雄松崎の神霊は白髭の神霊に攻撃を呼びかけ、左手で胸を抑えながら、右手で神幹を作り出そうとした。しかし白髭の神霊は、藤樹の神霊が既に神幹を、司が既に自分たちに注目していることに慌てた。
「参りますっ」
「はいっ」
一方藤樹の神霊と司とは、同時にそれぞれ白い神幹と薄緑の光弾とを発した。
「わ、なああ!」
「ぎゃああ!」
雄松崎の神霊と白髭の神霊とは、またそれぞれ、それらの直撃を受けた。すぐに二人の周囲に一気に濃い紫の霧が広がり、二人の姿はそれに覆い隠された。
「やった……?」
「う……」
司が疑問を口にした。新蘭は答えに窮した。
「く……この勢力は分が悪い……」
一方、濃い紫の霧からさらに奥になびいていた黒い霧の中から声が漏れ、そしてそれは次第に薄らいでいった。
「む……、二人の霊力が消滅しました……」
続いて新蘭が司に告げた。
「よ、よかった……」
司はほっと溜息を吐き、胸を撫で下ろそうとして、光筒が少し軽くなっていることに気づいた。
「あ……雲雀ちゃんの筒爪が全部消えてる……あれがなかったらもしかしてまだ……。まあ、いいや、あまり考えないでいよう……」
司はそれを見て呟いた。
「……! そだ、雲雀ちゃんたちが……治癒しないと……!」
そしてはっと目を見開き、慌てて、倒れている雲雀たちの方へと駆けて行った。
「よかったです……」
「はい……」
一方、藤樹の神霊は新蘭に告げた。
「私は……引き続きこの地域を護り続けます……、天路の皆々方……致し方ないのですが……他の場所のこと、何卒お願いしたいです」
「……はい、かしこまりました……」
そして二人はお互いに恭しく頭を下げた。
「す、すみません……」
そのとき、新蘭の後ろから男性の声がした。
「え?」
彼女が振り向くと、そこに雄松崎にいた学生たちがいて、先ほどその神霊に向かって松ぼっくりを投げた少年が新蘭の方を向いていた。
「この出来事って、直接は、やっぱり、僕たちが……」
「あ……、はい、その通りです……とくに、嫌々ではなく、判断ができず、低い次元で本当に楽しんでいて鬼玉を発生させた方……」
新蘭は項垂れる彼らに向かって、遺憾そうに告げた。
「本当にすみませんでした……。僕も途中から、向かう方向の全体がおかしいし、何かしたいと思ったんですが……どうしたらいいのか、昔のような簡単なことじゃないから、複雑すぎてわからなくて……」
松ぼっくりを投げた少年が謝罪とともに悩んでいたことを打ち明けた。
「そうですね、えっと、まず、直接のお願いなんですが……、あの子どもたちに、祈りの力を分けてほしいです……」
新蘭は少年に告げた。
「え、それはどうやって……」
少年は少し緊張しながら新蘭に尋ねた。
「あ、はい、ちょっと待ってください……えっと、長田さぁん!」
新蘭は離れたところで他の子どもたちの治癒をしていた司を呼んだ。
「あ……新蘭さんが呼んでる……、多分筒爪だと思う……」
「わかった……少し待ってるよ」
司は雲雀にそれを告げ、横たわりながら治癒の光を浴びていた雲雀は頷いた。そして司はすぐに新蘭たちの方へと駆けて行った。
「え……筒の先が長くなった……」
程なくして、松ぼっくりを投げた少年は、司の両手のさらに上から覆っていた、彼の光筒を見て呟きながら驚いた。
「これで……この子の祈りの力が増したと思います」
新蘭はその少年に告げた。
「そ、それはよかったです……。でも……僕のモヤモヤするのは、まだ消えてなくて……、もっと、僕たちみんな、世の中の全体のこととか、それをどうしたらいいのか……」
少年は再び苦悶しながら言った。
「む……それは……。そうですね、実はこの子どもたちは、こことは別の時間軸の世界で、一つの国の制度を作り変えたこともあるのですが……」
「え……」
少年たちはそれを聞いて驚かされた。
「2002年、今から二〇年ほど前にタイムリープしたのですが……、その時の出来事を、霊力は映像化しています、ちょうど皆さんのDVDのようなものです。そこに間接的、そして根本的な解決の答えがあると思います……、長田さん……」
「はい、いいですよ……、みんな、いつもそう言っていると思います……」
司はその時の様子を少年たちに見せることに同意した。一方新蘭は話しながら、胸の前を両手で光らせ、その手の中に一枚のDVDを出現させた。
「よかった……。これをどうぞ……」
新蘭は司の方を向いて頷き、そして少年にそのDVDを渡した。
「あ、ありがとうございます……、でも、これを見ても、僕たちは微力で、そして僕たちが実際にそのような力を手にするには、きっと長い時間がかかってしまうと思います……、今日の皆さんのしていたことに比べたら、諦める必要はないとは思うのですが……」
少年は次第に顔を俯かせながら言った。
「いえ……大丈夫ですよ……」
そのとき、司が彼に呼びかけた。
「え……?」
「少年はきょとんとした表情で再び顔を上げ、司の方を向いた。
「諦めなかったら、それでいいと思います……、僕たちのことも、筒爪で支えてくれて……本当にありがとうございます……」
司は頬を赤らめ、照れながらも晴れやかに言った。
「へ……」
それを見た少年はさらに驚かされ、目を丸くした。
2021年8月2日 発行 初版
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※ 改行多数のため、ツイプロ及びブログメッセージボードをご参照ください。 〇ツイプロ:http://twpf.jp/sigure_pc 〇ブログメッセージボード: http://blog.livedoor.jp/t_finepc/ ※ アイコンは好きな二次キャラの着せ替えです。但しもしかしたら小説のキャラの外見が似ているかもしれません。左上から右に、珠洲ちゃん、美濃くん、耐ちゃん、司くん、左下から右に、雲雀ちゃん、弘明くん、唯ちゃん、淡水ちゃんです。