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人それぞれの人生のカタチを短編で描いてみました。

この話はフィクションであり、登場人物等は全て架空です。

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いろんなカタチ

すい

柊出版



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 目 次 ※このエントリを使う場合は「記事非表示」チェックを外してください

私は冨田聖美・25歳の一人暮らし。スポーツ用品店「5rings」長野店で販売員をやっている。
この店は店長はいるが部長の方が店長っぽいのが現状。その部長は袴田光輝・35歳。独身だが✖️が複数ついてるらしい。✖️の数は聞いてはいけない雰囲気を醸し出してるので、誰も聞いていない。今私が何となく気になっている存在だ。

私にはちょっと変わった能力がある。
気になった人が現れ、接していて気になった事が頭に残ったまま眠ると、その人の夢を観る事がある。その夢はその人の日常の姿が映るのだ。言葉は一切聞こえない。ただ日常が見えるのだ。それが気になった事の答えになっていた事もあったけど、どうなのか判らない事の方が多い気がする。
最初はただの夢だと思った。たまたま出て来ただけだと思った。夢の内容の殆どは他愛無かったからだ。昨日何処に出かけたとか、誰といたとか、何してたとか…。ただ夢見た後に耳にした当事者の行動が夢と重なった。俄かに信じ難かったので、カマかけて聞いてみたらやっぱり合致していた。お陰で恋愛がうまく行かない。付き合っていた彼氏が浮気したのも判ってしまった。その後良いなと思う人が居ても、他の子に気があると判ってしまって打ち明けずに挫けた。

そんな私が出逢ったのはこの部長。やる気はあるけど詰めの甘い店長とは違い、バリバリで詳細に気がつくやり手の部長だ。テコ入れの為に店長の補佐で結構常駐している時間が長い。見た目はまぁ7割位のイケメン。身長もマァマァ。女性に対しての接し方はド下手クソで、男性スタッフとは明るく喋っているのに、女性スタッフだと妙なソーシャル・ディスタンスで、やたら人懐こいと思いきや突き放した様な態度をとったりする。でもまぁ面倒見も良いし、好感持てる部長だと思った。

そんなある日、事務所に伝票を取りに行くと部長が溜息をついていた。
「どうしたんですか?」
「いや、シフトがね、どうしてもこの日入れる人がいないんだよ」
「祭日が続いたせいですかね」
「俺も店長も目一杯だから変えられなくて」
「って、何で部長がシフト作ってるんですか?」
「店長が今日休みだろう?佐藤君が急用でどうしてもこの日出れなくなったって言うからさ」
「仕方ないですね。私入りますよ?」
「本当か!?助かる。有難う」
有難うと言った部長の笑顔がとてもキラキラして見えて、ドキッとしてしまった…やばい。
案の定、私はその夜夢を観た。

部長がニコニコしながら誰かにDMを送っていた。誰だろうか。部長は明日から東京に行く。暫くはこちらに戻らない。誰か会う人がいるのだろうか…。

それから暫く部長は長野には居なかった。
うちの店はオリンピックに因んだ地域に店舗を作っているので、東京に西と東の二店舗と札幌に店舗があった。部長は各店舗のテコ入れをするのが役目だ。私が入る前には例外的に横浜にも店舗があったらしく、開店当初は部長が店長をやっていたそうだ。詳細は知らないが、何でも店長を交代した後に業績不振が続いて閉店したらしい。

ひと月ぶりに長野に戻ってきた部長と、たまたま昼休憩が一緒になった。ちょっとドキドキしながら踏み入った話を聞いてみようと思った。どうしてもニコニコしながらDMしていた相手が気になった。
「部長ってこちらにはホテル住まいでしたっけ?」
「そうだよ。最初店長兼任だと思ったから引っ越そうと思ったけど、直ぐに部長専任になったからね。とりあえず大きな荷物はストレージに預けて、東京では仮住まいしていたんだけど、会社から早く何処かに落ち着けと言われたんで、東京の仮住まいで申請中」
「仮住まいって誰かの家を借りてるんですか?」
「いや……、そうだな、間借りって意味ではそうかな。シェアハウスで部屋を借りてる」
「面白いですね」
「またどうなるか判らないから、暫くはそれでもいいかなと思ってね」
今日は良く喋るなと思ったけれど、これまで余り多く話をした事がないので、実は普段からこうなのかもしれない。

その夜、また夢を観た。
部長が電話で誰かと喋っている。「えっ!?」と言う顔と一瞬溢れる笑み。口尻を引き締めて返事をしているけれど、電話を切るとニコニコ笑顔になっていた。見た事のない笑顔だ。そして今度は誰かにDMをしていた。笑みを堪えている様だけど嬉しそうだった。

部長は翌日、緊急の会議があると、早々にまた東京に戻っていった。こちらに戻るのは一週間後だと言う。とりあえず接すればまた夢を観るかもしれない、そう思って駆け寄って話をした。内容に困って「今度勉強の為、東京の店舗にも寄ってみたいと思うんですけど」と言ってしまった。
「あぁそれは良いね。是非どうぞ。今度の休みは何時だっけ?」
「今週は金曜です。部長はどちらに居ますか?」
「その日俺は西店にいるよ」
「じゃあ行ってみます」
「遠いから気をつけてね」
行く事になってしまった…。一人で東京までなんて行った事ないのに。
その夜夢は観なかった。そう言う日もある。何か理由があるのかもしれないけど、そこまで力を把握してない。とにかく夢は観なかった。

そして休日。行くと言ってしまった手前、行かないと…と思ったけど、平日だから友達にも付き合って貰えない。電車で行く?車で行く?悩んで悩んで車で行く事にした。
ナビはあるけどそれ以前に店舗のある町の位置さえ知らない。地図で確認したが、比較的高速から遠くない場所だったので助かった。

何とか店に着いた。
近隣に大きな店舗が点在しているせいか、車も人も思いの外多かった。店舗の中も思ったより広く、なるほどと思いながら観ていると、背中をポンと叩かれた。
「本当に来たね。お疲れ様」
本当に…って…と顔を観てちょっと驚いた。長野で観ている顔と違うのだ。何となく元気度が違う。キビキビ度も違う、笑顔も違う…。何と無くだけど。
「あ、山西君、彼女長野店の子なんだけど、せっかく遠くから来たから案内してあげてくれる?」
部長はそう言って近くにいたスタッフの一人に声をかけた。声かけられた私と同じ位の年齢であろう青年があいさつをして来た。
「お疲れ様です。案内って言ってもそんなに広くないっすけどね」
そう言って山西さんは悪戯っぽい笑顔で私を案内してくれた。

「これで一通りです。ものの10分で終わっちゃいましたね。あはは」
山西さんは屈託のない笑顔で笑った。
「でも雰囲気が違うので勉強になりました」
「そうっすか?」
「ええ、それと…。あの…」
「なんすか?」
「部長って何時もあんな感じですか?」
「え?部長?そうですね。いつもあんな感じですよ。長野では違うんですか?」
「違うって程でもないんですけど、気のせいか明るいなって」
「そうなのかな?だいたい何時もあんなですよ」
山西さんはそう言うと、「ゆっくりしていって下さい」と言って接客に走って行った。
部長も忙しそうだったので、一人で店内をあちこち一通り見て帰宅する事にした。

帰宅するともう真っ暗になっていた。運転疲れで食事と風呂を済ますと早々にベッドに入った。
そして夢を観た。

部長が仕事を終えて家に帰る。家は一戸建てだった。
玄関を開け、キッチンと隣り合わせのリビングに向かって声をかけている。リビングにいるらしい人がキッチンに現れた。それは女性だった。どう観ても部長よりは年上だが年寄りではない。50歳位だろうか。眠そうに目を擦りながら鍋のスイッチを入れた。
部長は風呂場らしき扉を開けて中に入り、女性はテーブルに食事を並べるとまたリビングに戻った。やがて部長はタオルを首にかけた姿で登場し、用意された食事を口にした。何か女性と話してるようにも見えた。部長は食事を終えると食器を洗い始めた。女性はそのまま何か言って2階へと上がってしまった。部長は片付け終わると一階の一間に入り、同時に廊下のライトが消された所で夢の記憶が終わる。

目が覚めても暫くはぼーっとした。
同棲してるのだろうか。それにしても年齢差がありそうだった。部長に姉がいるとは聞いた事ないが親戚なのだろうか。部長は終始穏やかだった。

部長が長野に戻り、大した会話もないまま時が過ぎた。
その日、店内循環していると背の高い穏やかな男性客が声をかけて来た。
「袴田さんはいらっしゃいますか?今日いるって聞いてるんですけど」
「少々お待ち下さい」
インカムで部長を呼び出した。
「わざわざ有難う」
「いえ、ちょっとドライブがてら来てみました」
「冨田さん、この人は元社員の中野淳也さん。横浜に店舗があった時のスタッフで、家業の不動産業を継ぐ事になって退社したんだ」
「そうなんですか。初めまして」
「結構やり手だったんで惜しかったんだけどね」
「いやいやそんな事ないですよ。あ、これ持って来ましたよ」
「助かったよ」
「暫くはそこにするんですか」
「うん、まぁ…わかんないけどね。何時また移動させられるかわかんないし」
部長はチラッと私を見た。居てはいけない気がして「では」とその場を去ったけど、何だったのだろうか。

その夜、また夢を見た。
中野さんと部長と例の女の人が一緒にいた。
書類を広げて何か書いたり、印鑑を押したりしている様だ。契約書だろうか。
その後聞いた話では、部長は東京に住まいを借りたそうだ。
あちこち転々とする部長は社宅代わりに会社名義で賃貸住宅を借りていた事が多いらしいけど、今回も会社から借りているらしい。夢から考えるとあの女の人の家を間借りしたのだろうか。

それから暫くして、私は仕事で一週間ほど東京の店舗に応援に行く事になった。
西店で案内して貰った山西さんがいたので、割とすぐに馴染む事が出来た。
他に元横浜店スタッフだった人がいた事もあり、話題が部長の話になった。
部長は以前はそれなりにモテていたしそれなりに遊んでいたのが、最後の✖️以降全く女性に興味を示さなくなったらしい。最後の✖️は横浜の店舗にいた頃らしいけれど、それからは仕事オンリーだそうだ。
でも最近妙に小綺麗になっているし穏やかになっているから、何かあったかも…と言う話だった。

その後もしばしば夢は観た。
例の女の人はセットの様に登場したが、何処まで親しいのか判らない距離感で過ごすのを観るのが殆どだった。
ただ休日らしい部長が決まった場所に行くのを観る事が時々あった。それが何処かは判らなかったが、自分の休日にする事もなくフラっと出かけた先の景色が何となく似ていたので、その先を追ってみた。

「あ…」

見つけてしまった。
ここは公園の案内所。そこにいたのはあの女性だった。向こうが私を知る筈はないが、こちらは知っている。どうやらあの女性の仕事場らしい。
思わずじっと見てしまったので目が合ってしまった。思わず「こんにちは」と言っていた。
「こんにちは。何かご用でしょうか?」
「あ…いえ…」
穏やかな笑みと落ち着いた声。その人のネームプレートには『池沢塔子』と書いてあった。
「(池沢塔子さんって言うのか…)」
万が一でも部長に会ったら困るので、そそくさとその場を去った。
ほんの僅か接触しただけだったけど、今度は彼女の夢を観た。

池沢さんは仕事が終わったのだろうか。早々に引き上げる彼女を待っていたのは部長ではない別の男性。ご主人だろうか。でも夢の中ではその男性がご主人と思わせる物は何もなかった。ただその男性ととても仲良さげに親密な雰囲気で何処かに行った。
その笑顔はとても素敵だった。

応援の最終日、飲み会があった。
酔った部長は周りから冷やかされていた。
「部長、良い人隠してないですかー?」
「隠してないよ。何でだよ」
「時々やたらニヤついてるじゃないですかー(笑)」
「ニヤついてねーよ(笑)バカ言ってんじゃねーって」
「いやいや怪しい」
「うるせぇって」
笑いながら逃げ出す様に席を立ち、私の隣に座って来た。
「ほんとうるせぇなぁ、あいつら」
そう笑いながら呟く部長に思わず言ってしまった。
「あの人は?」
「は?」
酔った部長の顔が一瞬真顔になったが、直ぐにその顔は元に戻された。
「誰の事だよ(笑)」
話は流されたけど、真顔になった事が事実を伝えた。
[あの人]は部長にとって本命だと。

その後幾度か観た夢で判った事がある。
池沢さんは今どう言う理由でかは解らないが一人住まいで、時々来る男性は部長だけではなかったが、その人とはかなり親密そうだった。
他にも訪ねて来た男性はいたけど、その相手は部長と同じ距離感で接していた。
部長と池沢さんは元々一緒に仕事をしていたようで、中野さんと部長と池沢さんが一緒に仕事している場面が見えた。中野さんが居なくなって二人になった途端に顔を見合わせてニコッと微笑んだ顔が二人の親密さを感じさせた。
だが今はそこまでの関係はないらしい。それでも部長は彼女の近くにいる時、嬉しそうな笑顔と寂しそうな笑顔をする。

何度も結婚に失敗した部長にとっては、今の距離感が寂しくはあっても心地良いのかもしれない。
池沢さんは特に綺麗とかスタイルが良いとか言う感じではないけれど、包容力のありそうな女性だった。だから彼女の様な女性を求める男性は少なくないのかもしれない。
側から見れば異様だけれど、こんなカタチもあるんだなと思った。
また恋には発展できなかったなぁ…。

いろんなカタチ

2021年10月4日 発行 初版

著  者:すい
発  行:柊出版

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すい

すいです。
この本を手にとって頂き有難うこざいます。
最近ではエッセーを書く事が多かったのですが、久しぶりに新作の妄想劇を書いてみました。
固定観念や視野の狭い常識に縛られない生き方を描きたいと思って考えた話です。
事実は小説よりも奇なりなのでエッセンス程度の事実はありますが、何処が事実は秘密です。
唯一言える事は夢を観た事が話を作るきっかけになったって事でしょうか。
楽しんで頂けたら嬉しいです。

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