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この本はタチヨミ版です。
SAKITUBAKI (幻冬舎SAKIMORIの続編)第一項
SAKIは助手のケイコに語る。
「『椿姫』は過去に映画になっているけど、原作通りの作品って、あまりないわね」
「あの墓場から彼女の遺体を掘り出すところ。どうなんでしょう?。フランス人の愛って、そこまで徹底しているんでしょうか?」
「昔の流行歌の『骨まで愛して』を、私はよく引用するの。
彼は気が済まないのよ。最後は彼女の骨を愛したいのよ」
企画会議行われた。お題は「椿姫」だった。
製作者の英次が説明する。
「えっと。病弱だが、フランス一の美貌で、椿姫と言われた娼婦と、
田舎出の金持ちの息子(ボンボン)とのすれ違いのラブストーリーだ。
『椿姫』は、フランスでは恋愛の古典となるだろう。
イギリスでは『プライド(高慢)と偏見』
日本では『源氏物語』に匹敵する。
オペラ化されて、La traviata(ラ・トラヴィアータ)
『堕落した女』を意味する題がついている。
映画『プリティウーマン』で、ジュリアロバーツがこのオペラを観劇して、涙したシーンがある。
『プリティウーマン』で流れる
『オペラ椿姫・第2幕第一場神様、力をお与え下さいまし』は、名曲だ」
会議が終わって、英次は沙樹子に、脚本家に渡す『椿姫』の原案を依頼した。
白い椿と赤い椿の使い分けをする椿姫。
原作はアレクサンドル・デュマ・フィス(デュマの息子、ジュニア)が、
実際の体験を元にしてつくった小説。
椿姫(マルグリット)のモデルは、ジュニアが交際していたマリー・デュプレシという高級娼婦。
生理の日以外は白い椿を、生理期間は赤い椿だった。
椿姫と呼ばれたのは、マルグリットは芝居が好きで、初日からあらわれた。
その時には一階の小部屋の入口前に、三つの品がそろえてあった。
観劇眼鏡とボンボン菓子の袋と椿の花束。マルグリットは椿しか注文しないので、いつしか花屋が「椿姫」とあだなをつけてしまったようだ。
日本の女性では、恥ずかしくて生理中と表示できるだろうか。
まさに、コンチネンタル(大陸的)だ。
僕は椿姫ことマルグリットをはじめてみかけたのは
ブティックの前を歩いて通り過ぎる時だった。
ちょうど馬車が止まって、中から白い衣装をつけた女が
おりてきた。
店に入るマルグリットに店内から賞賛のささやき声が聞こえてきた。
ところで僕は、マルグリットが店に入った瞬間から出てくるまで、そこにクギづけにされていた。
このときはマルグリットがどういう女性かは知らなかった。
二度目の出会いはオペラコミック座だった。
大作が演じられるということで、僕は友人と出かけた。
劇場に入って、最初に僕の目に入ったのは、マルグリットだった。
友人の目にも入ったようで、友人が言った「見たまえ、あの美人を」
マルグリットはオペラグラスで友人を発見したらしく、にっこりと笑って、自分の席へ来ないかという合図してきた。
「ちょっと挨拶をしてくるから」
「君は幸せ者だなあ」と思わずそう言わずにおれなかった。
「なにがさ?」
「あんな美人に会いに行けてさ」
「なんだ。君は、あの女に気があるのかい?」
「いや!ただ近づきになりたいような気がするんだ」
「じゃ!いっしょに行こう。紹介するよ」
「でも。会ってくれるかどうか先に聞いてくれないか」
「なにを言っているんだ! あんな女にそんな遠慮がいるものか。さあ行こう」
友人の言った言葉が気になった。あんな女とは・・・。
これほどまでに恋焦がれている女性が、ふさわしくない女性であることが、はっきりしてきそうで、恐ろしくなってきた。
「君を紹介する女がどんな女だか知っているだろうね?
公爵夫人だなんて思い違いをしていはいけないよ。
男に囲われている女なんだ。だから遠慮なんかいらない。
思ったことを自由に言えばいい」
彼女に会うと、僕は顔を赤くしてしまった。
それを見て、彼女は笑ってしまった。
笑われると、ますます緊張して、声も出ずに、僕は案山子のように立つすくんでいる。
友人が弁護のためか、「彼はあなたに惚れているんで、どぎまぎしているようです」と言った。
彼女は「ご冗談でしょう」と言って、また笑ってしまった。
僕は何も返す言葉がなく、「失礼します」と言って、彼女の元を去ってしまった。
友人は僕を追いかけて来て、「いったいどうしたんだ」と尋ねた。
「彼女はなんて言っていた?」
「あんな変な男性は初めてだと言っていたよ。でも気にする必要はないさ」
席に戻った僕は、マルグリットのいる席をずっと観ていて観劇どころではなかった。
入れ替わり立ち代り男の往来が激しかった。
僕は思った。全財産をはたいても彼女を囲ってやる。
翌日から話しかける機会をうかがうが、あっというまに一週間が過ぎた頃に、彼女が病気で療養の旅に出てしまったことを聞いた。そしていつのまにか2年が過ぎてしまった。
2年後のこと、劇場でマルグリットをみかけた。
マルグリットはすっかり変っていた。どうも病気で悩んでいて落ち込んでいる。
ひとりでマルグリットは観劇しているので、僕は話しかけようと機会をうかがったが、
どうしてもためらってしまう。チャンスがおとずれた。
マルグリットの隣で、いっしょに観劇する女性が知人だったのだ。僕は知人に声をかけた。
「マルグリットさんと知り合いになりたいんだ」
「じゃ、あなたの観客席に来るようにいいましょうか?」
「いや、それよりも、僕は、君からあの女を紹介してもらいたいんだ」
「あの人の家でなの?」
「ああ」
「それはむずかしいわ」
「なぜ?」
「だってあの人、ヤキモチ焼きの公爵のお爺さんに保護されているのよ」
「保護って?」
「そうなの!旦那さんにはなりたくないらしく。
娘のような存在なんだって」
「だから ひとりで来ているんだ」
「そうなのよ」
「だけど!帰りは、誰かお供するのだろうか?」
「それは公爵よ」
「じゃ 迎えに来るんだね?」
「今にやって来るわよ」
数日してマルグリットが知人の女性に来て欲しいというので、
知人女性と友人に混じって、マルグリットの家を訪問した。
友人は二年前に、僕を紹介したが、そのことにはふれずに、
マルグリットに、僕を紹介した。
僕は言った。「実は二年前に、一度彼から紹介してもらったことがあるんです」
マルグリットの魅惑的な目は、一瞬自分の思い出の中を探るような表情となったが、思い出せないようだった。
「紹介されたことをお忘れ下さい。あの時コミック座で馬鹿げた真似をしました。お許し下さい」
「思い出したわ。あなたが馬鹿げた真似をしたわけではないと思うわ。私、意地悪なんです。はじめての方を困らせたがる悪い癖があるんです。
それは医者が言うには、私が神経質で、始終体調が悪いせいだって」
「でも、元気そうですよね」
「あら、ひどい病気をしたんですよ」
「知ってますよ」
「まあ、誰からお聞きになりまして?」
「誰でも知ってますよ。僕は何度かあなたのご容態を伺いに行きました。
そしてあなたが、よくおなりになったと聞いた時は、ほっとしました」
「私!あなたの名刺をいただいていませんわ」
「名刺は一度も置いていったことはありません」
「あなたなんですね。毎日見舞いに来てくださって、名前を告げないで、お帰りなっていた若い方は」
「ええ、僕です」
僕はマルグリットに会える常連の一員になることを許された。
マルグリットは言った。
「来てくださいね。五時から六時までと、十一から十二時までのあいだでしたら、いつでも」
マルグリットの魅力は少女のようで、決して娼婦に見えない。
処女かもしれないと思わせる雰囲気があった。
恋焦がれて訪れる男が多かった。部屋にはメイドがいて、家の中を案内する機会があった。部屋中に男から贈られた品物の数々が点在していた。マルグリットに熱をあげて破産していった者たちの贈り物ものも含まれていた。
こんなかよわい体で、毎晩夜遅くまで飲んで、はしゃいでいたら、おしまいにどんなことになるだろうと、僕は心配でならなかった。
ある日マルグリットが急いで化粧室にかけこんだ。
「どうしたんだい?」と友人が尋ねると、「あんまり笑いすぎて喀血したのよ。毎日のことだわ。時期なおって戻ってくるから」と知人の女性が言う。
僕はいたたまれなくなって、マルグリットを追いかけると、
マルグリットは長椅子に倒れている。
そばに寄って、マルグリットの手をとると。
「あら!あなたなの?」
さらにマルグリットは「あなたもお悪いの?」と言った。
「いいえ。どうです。まだ苦しいですか?」
「ええ。ほんのちょっとだけ。このごろはもう慣れっこになっていますの」
「あなたは、自分で命を縮めているようなものですよ」
僕は涙があふれてきました。
「おやおや、赤ん坊だわね」
「あなたには僕が馬鹿に見えるでしょう。けれど僕は、あなたが心配で、胸がいっぱいになるんです」
「私みたいなヤクザな女など、いてもいなくても、なんのかかわりもないじゃありませんか」
「あなたが、僕の一生に、どんな影響をおよぼすかは、わかりません。けれど今の僕に分かっていることは、自分の肉親以上に、あなたほど僕の気になる人は、この世にいないことです。これははじめてお目にかかった時からそうでした。
くれぐれも体を大事に。もうこんな生活はなさらないでください」
「だって。もしあたしが自分の体なんていたわっていたら、
死んでしまいますわ。あたしの体がどうにか保っているのは、
こうした気狂いじみた生活をしていればこそですわ。
私のような者は、一度男たちの虚栄心や楽しみの役に立たなくなったら最後、すぐその日から捨てられてしまって、それからは退屈な日がいつまでも続くばかりですの。
あたしにはそれがよくわかっているわ。私が二ヶ月床についていた時だって、
三週間目の終わりには、もう誰ひとり見舞いに来る人はいませんでした」
「僕はあなたさえよかったら兄弟のような気持ちで、看護してあげたい。
あなたのおそばを離れません。
そして、あなたを必ずなおしてみせます。あなたが今のような生活をしたいのであれば、体がすっかりなおってから、またお始めになれば、いいじゃありませんか」
タチヨミ版はここまでとなります。
2021年11月4日 発行 初版
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