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MAMA

R

LAY-RON出版



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  この本はタチヨミ版です。

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つかみどころがないのよ。
どうせ私のことなんて真剣じゃないんでしょう?
どうして連絡してくれないの?
あの子って本当あなたの優しさを利用しているよね。
ねえ聞いてる?

聞いてないです。
そうも言えないからとりあえずほほ笑んでおく。俺ってとりあえずの人生だった。とりあえず学歴って必要そうだから大学まで行ったし、とりあえず必要そうだったから資格もとった、とりあえずモテそうだったから読者モデルもした、どちあえず彼女がいるほうがいいらしいから高校生になってから彼女を作るようにした。
でもどれもこれもとりあえず。俺が進んでやりたいことはひとつもなかった。

先輩は言うんだ、「あなたがまだ出会っていないだけよ」って。そうですかあって思ってとりあえず笑っておいたんだ。でもあの人不思議で、後追いしてこなかった。
俺がとりあえずでしていることって必ず相手は後追いするんだ。ねえ聞いてる?とか、わかってるの?とか、本当はそう思ってないんでしょうとか。自分で言っておいてなんで確認取るのかがわからない。そう思って言ったんじゃないの?って俺はいつも不思議だった。
その不思議さが普通になって、だから逆にあの人がおってこないことが不思議だったん。
それから気にするようになった。会話をしたいと思うようになった。男子って狩人の性質があるから謎を解きたくなるものなのよ、とあの人は俺の行動を解明してくれた。そうかと思って、俺が黙ってまじめな顔をしていると逆に「ふふふ」と笑って「じゃあまた」と仕事に戻っていってしまった。
あの人は自分の言葉に自信があるんだと思う。そして言ったことに後悔がないんだ。だから人生も後悔したことがないのかもしれないと思った。
俺はデートに誘った。
俺が出かけること誘うと相手の人が予定調整してくれるし、舞い上がっていろんなところに言いふらしてしまう嫌な経験しかなかったけれど、(言いふらされると知り合いでもない多くの人から嫌がらせされるんだ、よくわかんないけどね)。
彼女の名前は秘密。あだ名はライチさん。ライチが何より好物だから。
ライチさんとの最初のデートは悩んだ。どこがいいのかな?とか、どんな服なら隣を歩いても格好つくかな?とか、車を出した方がいいだろうなとか、でもそもそも何が好きなんだろうと思ったり。
ルームメイトに相談しても、ただただ目を丸くするだけでろくに相談に乗ってくれなかった。
「お前がデートなんて信じられない。信じられない」
うわごとみたいにそう言ってた。男友達っていざってときは役に立たねえな。

翌日のデートでライチさんは恐ろしくおしゃれな格好をしてきた。いや、うちの会社がスーツ着用の会社だから私服を見るのが初めてだったからかもしれない。もともと背が高い人だったけれどジーパンと白いTシャツをさらっと格好よく着て、バッグのバランスとか靴のバランスとかすごく素敵だった。
「ハイヒールじゃないの?」
ライチさんは笑った。すごく子供っぽく。
「私、長時間歩くと靴擦れしちゃうのよ」
言葉を失った。驚いて黙ったのは初めてかもしれない。
「あれ、園村くんって目がまん丸なのね!いつもしかめっ面している印象だから」
また言葉を失う。
「俺、けっこう愛想よくしてるつもりだったんだけど、、、」
自然とため口になったことに、思わず口を手で覆う。このしぐさはいつもライチさんがやるしぐさだと思って、すぐに手を後ろに回した。同じ仕草をしてるなんてばれたら恥ずかしすぎる。
「常にオンで壁作ってる感じだからしかめっ面に見えたのかもしれないね。愛想の良いオフィシャルっていうか」
ライチさんは俺より先に歩くことがなかった。電車でも、店のドアでも俺の後ろを歩こうとした。かと思えば車道側に俺がポジショニングすると「ありがとう」と、さらっとお礼を言ってくれる。
これが大人の女性なのか?とまた疑問が沸き起こった。
翌週はライチさんと同い年の人とマッチングアプリでマッチングしてデートした。真逆でデートの最後には笑ってしまった。翌週も同じようにライチさんと同い年の人とマッチしてデートして、そんなことを2か月して10人くらいの人とデートをしてみた。ライチさんがマイノリティなんだってよくよくわかった。

俺はライチさんが欲しくなった。男として、彼女を女として求めた。
とりあえずじゃない。心底欲しいと思った。とりあえず就職したこともとりあえず資格を取ったこともとりあえず大学に行ったこともこの時意味を持った。ひとつでも欠けていたら、この会社に就職することもなくてライチさんと知り合えることもなかったからだ。

園村牧夫、これが俺の名前。ライチさんは俺のことをまきくんと呼んだ。
恋人になれたかって?まさか!
ライチさんは想像以上に難攻不落だった。
もうすでにデートを3回もしているのに恋人がいるのかもわからないし、3回目のデートにこぎつけるまでに、理由不明のお断りを2回受けている。聞けば教えてくれる人だから、怖くて聞けていない。
そう、ライチさんはそういう人。俺が聞くことに関しては何一つ秘密にせずに答えてくれる。でも自分から俺に質問することはほとんどなかった。

昔の俺ならライチさんの気持ちがわからなかったと思う。でも今俺はライチさんが欲しくて恋をしたからその言動が何を意味するのかよくわかる。
―――きっと彼女は俺に興味がない。
昔の俺みたいにとりあえず誘われたからデートしてくれているんだ。それ以上の気持ちもないし、断るほど嫌いな仲でもない。特別な感情を抱かない普通の存在。無関心の存在。

―――そんなことないよ。
女の声がよみがえる。俺を捨てたあの女の声がした。母親だ。正真正銘、俺はあの女の腹から生まれた。何かを急に傷つけたくなる衝動を久しぶりに思い起こした。胸の奥に沈めたはずなのに。
精神安定剤もないから、マッチングアプリを開く。おかげさまで見てくれはいいからすぐに相手が見つかる。ありがたい話だ。
寒い夜はひとりでは眠れない。記憶に殺されかける。だから女に抱いてもらう。そういう欲求を抑え込むのにかなり努力したのに。

翌朝、ライチさんと会った時すごく嫌な気分になって俺は彼女をはじめて無視した。戸惑った顔をしたライチさんに心底座間あみろと思った。母親を重ねていたんだ。育ててくれた母じゃない。生みの親だ。



  タチヨミ版はここまでとなります。


MAMA

2021年11月7日 発行 初版

著  者:R
発  行:LAY-RON出版

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