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中性子

T

LAY-RON出版



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  この本はタチヨミ版です。

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落ちぶれたとは言われないのが俺の運の悪いところだと正直に言ったところぶん殴られた。生意気な口をききやがってと捨て台詞をはいて。ダセぇ男だなって笑った。だから女に飽きられるんだよ。
自慢でもなくて事実、俺は女に捨てられたことはない。笑っていればかわいいって言われるし、むすっとしていればご機嫌をとってきた。わがままな奴だって野郎は言うよ?でもこの顔に生まれてきたことを大切にさせてもらいますよ。やりやすいように人生を歩んで何が悪いんだよ。

大企業を辞めさせられたんだ。
有名国立大学を卒業して、イケイケの商社に就職した。わりと体育会系のノリがすきだったけれど、色恋にも体育会系持ち込んできやがって、俺の女に手を出したとかなんだとかくだらないことを言いやがってさ、それでクビ。バカじゃねえのって思った。いい年して。まあ、いい年してって言っても俺よりも3つくらいしか変わらないんだけどね。しかも年下。私立大学卒業って言ってたかな。根性ねえなって思ったし、俺はひとりでもいくらでもやっていけるって逆に自信をもらった。
その手を付けた女ってのは割合頭がいいやつで、俺たちは寝たことなんて一度もなかったし、付き合ったこともなかった。ただオフィスの裏で弁当を食ってた時に俺が少し話しかけただけ。一瞬だよ?「こんにちは、ひとりで食べてるんですか?」
そしたらその女は「そうよ。どこ行ってもうるさいから」って。それでお互い笑って、「それじゃあまた」って。ものの3分もなかったと思う。
上司よりも7つ年上、俺よりも2つ年下。

俺が辞めた後、わざわざ餞別くれた。小さな手紙にただひところ「ご迷惑をおかけして申し訳なかったです」って。なんであんな頭のいい女があんな男と付き合ってるんだかわからないけれど、金輪際あのカップルにかかわらなくてすむんだと思うと、解放感がすごかったからありがたくその餞別はいただいておいた。
ガラスのコップだった。江戸切子ってやつ。しゃれたチョイスだけど毎日使うものをくれるのも何考えてんだかなあとは思ったけれどね。

俺が辞めて、それから、3か月くらいしたら、その女と偶然また街中で出会った。美術館で偶然出会うなんてロマンチックだなあとは思ったけれど、俺たちは互いに無視しあった。しょうがないじゃん、ご無沙汰していますって言いたかったし、あの時のこと互いに答え合わせしたかったけれど、どこにだれがいるかわかんないし、あの彼氏のことだから彼女に盗聴器しかけているかもしれないし、俺はようやく仕事が軌道にのってきたんだから、邪魔されたくなかったんだよ。

次に再会したのは、うちの近所のコンビニだった。夜中3時頃、ひとりで化粧もせずにふわふわ歩いていた。あんなにふわふわしていた人だったかなと思いつつ目で追って、気づいたら後を追いかけていた。あの彼氏と同棲しているのかなとか、今日は土曜日だしなあとかそんな単純な好奇心で後をつけたんだ。
彼女の家はふつうのアパートだった。俺の家の真向い。心臓飛び出るかと思った。でも、あの彼氏がいる雰囲気はなくて、あ、別れたんだなって妙に嬉しかった。もちろん彼女に恋をしていたわけじゃない。あの彼氏に対しざまあみろってそんな気持ちだけ。

会社を辞めて1年した時、またあの女と再会した。どうもあの女とは3か月おきに再会しているような気がしていたから、最後の再会から半年過ぎてしまったことに関して変な焦りはあった。もう二度と会えないのかなあってそんな変な焦りが。会えなくても何もまらないのに。
気づけば毎日あのグラスを使うようになっていた。赤い江戸切子。赤の江戸切子だというのに少し青みがかっている。そんな細かいことまでわかるほど俺はグラスを見つめ続けていたんだ。女々しい男だよ、心底自分に呆れた。

一年後の再会で彼女は全くの別人のようになっていた。ピアスをあけていたし、化粧もけばくなっていた。どうしたんだ?ってくらい変わっていた。30過ぎてピアス開けるなんて痛すぎだろって笑いそうになったけれど、彼女と目が合ったときに身震いがした。武者震いっていうのかな、鳥肌が立ったんだ。ヤバいなって。
彼女もぎょっとした顔をして俺の目を見つめた。なんか怒ってる顔をして。見つめ続けた。怒ってんならスルーしろよと思いつつも俺も目を離せなかった。変な魔法にとらわれてしまったようなそんな感じ。

「覚えていますか?」
柔らかく彼女が笑う。俺もつられて「ああ、はい」とだけへらへらして答える。
「ああ、よかった。家が近所なのは前から知っていたけれど。。。元気でしたか?」



  タチヨミ版はここまでとなります。


中性子

2021年11月9日 発行 初版

著  者:T
発  行:LAY-RON出版

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