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アーサー・マンデヴィルの
不合理な冒険

宮田珠己・著
網代幸介・画

Daifukushorin



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目次

世界全図

第一章 アーサー・マンデヴィル、 ローマ教皇に謁見する
第二章 スキタイの子羊を求めて
第三章 女軍団の島アマゾニア
第四章 犬頭人の舟
第五章 マンドラゴラを採る方法
第六章 海を漂う少女
第七章 巨大蟻と金の山
第八章 ワークワークの美人果
第九章 最果ての国
第十章 プレスター・ジョンの祈り

参考文献

第一章 
アーサー・マンデヴィル、ローマ教皇に謁見する。

 男が、突然わが屋敷へやってきたのは、ある年の暮れのことであった。
 その日もわたしは、ひまにあかせて庭仕事をしていたのである。
 庭といえば、人は花壇を作って、薔薇だ、ユリだ、パンジーだ、ウォールフラワーだといった派手な色合いの草花を、まるでそれが上品な人間の特権だとでもいうように植えたがるが、わたしの庭にはそのようなものはいっさいない。あるのは、苔と羊歯のみである。
 屋敷の壁を必要以上に高くつくり、中庭をなるべく日の光と外からの視線がとどかぬように囲い込んで、そこに苔と羊歯を植え、気分が鬱屈してくると、それを眺めるようにしている。
 気が滅入ると明るい花を愛でて立ちなおるような人間は、それは本当に滅入ったことがない偽者であって、わたしぐらいの本格派になると、日陰の植物である羊歯・苔に心の底から親近感をおぼえ、それら植物が健気にも鬱屈したまま甘んじて生きている姿を眺めることで、心身が鬱々と冴えわたり、明日も存分に屈折しようという気力が充実してくるのだ。
 その日は、新しく手に入れた苔の苗床を、ときおり太陽が南中して日が差す一画にも根づかせるべく、混ぜ返した土の上に配置して、バフバフと押さえつけていたところであった。
 どういうわけか、わたしは苔が好きなくせに、いざそれを植える段になると、わざとぞんざいに手のひらで上から叩く癖があって、ある種の近親憎悪ではないかと自分では思うのだが、おかげでせっかくの苗が土にめりこんでへしゃげたりする。
 へしゃげるぐらいならまだよくて、ときには根づかずに枯れてしまうこともあった。
 さすがに、何度もそうやってせっかくの苗を台無しにしていると、自分の庭さえも思い通りにならない非力さに少しばかり卑屈な気分になってくる。それでも最後はその卑屈こそがわが友人であったことを思い出して、また立ちなおるのであった。
 とにかくそうやって自らを鼓舞しながら新しい苗をバフバフやっているところへ、執事が客の来訪を伝えにきたのである。
 わたしが玄関へまわると、日に焼けたずいぶんと大柄な男が馬車から降りてきて、わたしを見るなり、
「アーサー・マンデヴィルか?」
と居丈高にいった。
「その通りだが、何の御用でしょう?」
 わたしが慇懃に答えると、男はローマ教皇ウルバヌス六世から派遣された修道士だと名乗り、わたしに、すぐに旅に出かける準備をするように、と命じた。
 わたしは混乱して、しばらく戸口に立ち尽くした。
 なにゆえ、イングランドの片田舎で陽にあたらぬようにして暮らしているわたしのような人間に、ウルバヌス六世がはるばる遣いをよこすのか。そもそもローマ教皇のような天上人とわたしに何の関係が? これまで教皇庁などとは何のかかわりもなく生きてきたわたしである。
 だが、次の瞬間には、あることを思い出していた。
 仮にわたしと教皇庁に何か接点があるとすれば、それはただひとつ、あのことしか考えられない。それは深い深い記憶の井戸の底にとうの昔に葬り去った思い出したくもない事柄であった。

 修道士の背後に立っている、頭にかぼちゃを載せたようなおかしな髪形をしたもうひとりの人間を見つけたとき、わたしの悪い予感は見事に的中していることがわかった。
「エドガーじゃないか!」
「兄さん!」
 少しばかり疲れた様子で修道士につき従っていたのは、もう何年も会っていなかった異母弟エドガーであった。弟は、最後に見たときよりずっと大人びて立派な青年に成長しており、かつてはなかった賢しさのようなものがその面差しに付け加わっていたものの、実の兄であるわたしには、垢抜けない頭の形ですぐに本人だとわかった。家具職人になって修行の旅に出たという話を人づてに聞いていたが、いかに研鑽を積んでも生まれ持ったかぼちゃ型を脱することはできなかったらしい。
 ともあれ弟とわたしが教皇庁から呼び出されたということは、やはりこれが、あの一冊の本、今は亡きわれらが父ジョン・マンデヴィルがかつて教皇へ献上した『東方旅行記』なる書物に関連した件であることを示している。
「やれやれ」
 わたしはため息をついた。
 われわれは、亡き父にかわって、教皇を欺いた責任をとらされるのだ。
 この場合、そうとしか考えられないのだった。

 『東方旅行記』は、父ジョン・マンデヴィルが生前、故郷イングランドからコンスタンティノープル〔イスタンブール〕を経て、エルサレムやバビロン、さらにその東方にあるはるかなオリエントの国々を三十四年もの長い年月をかけて巡り、その旅先で見聞きした諸々の事柄を書き記したものである。
 いまだ知られざる神秘と怪異のうごめく東方世界に関する書物としては、ヴェニスのミリオーネことマルコ・ポーロの『大ぶろしきマルコの物語』や、ポルデノーネのオドリコ修道士による報告、アンコーナのユダヤ人商人ヤーコポが記した『光の都市』などが知られているが、それらの書物とともに『東方旅行記』は、出版当時広く読まれたものであった。誰もが、果たしてこの世界はどこまで続いているのか、そして、世界の果てには何があるのかを知りたがっていたのである。『東方旅行記』はその疑問と好奇心に見事に応えた書物であった。
 ところが、である。
 これが真実を記した書であるならば何も問題はないのだが、この父の手による『東方旅行記』の記述は、実はまったくのでたらめ、嘘八百なのである。
 なぜそうと断言できるかといえば、父がオリエント世界を旅していたとするまさにその期間に、このわたしアーサー・マンデヴィルがイングランドのセント・オールバンズで生まれ、かの地で両親に育てられていたからである。
 少なくともわたしが生まれてから父が亡くなるまで、父本人はせいぜいベルギーやフランス、それからローマ教皇のもとへ件の『東方旅行記』を献上しに出かけたことはあっても、オリエントについては、エルサレムどころかコンスタンティノープルにさえ出かけていないのは疑い得ない事実である。
『東方旅行記』は、出版された当時大ヒットした『大ぶろしきマルコの物語』に勝るとも劣らぬ内容ともてはやされ、それが教皇に献上されたとの噂が広まるや、教皇庁の威光と世論に押される形でエドワード三世も父にサーの称号を奮発するなど、父の成りあがりぶりといったら尋常とは思えないほどだった。
 だが、すでに爵位の授与式がとりおこなわれる頃には、巷では『東方旅行記』イカモノ説がささやかれていたし、その後父の人となりが世に知られるにつれ、数年も経ずして父そのものがイカモノと呼ばれるようになり、やがて亡くなる時分には、イカモノ、ジョン・マンデヴィルの死を悼む人間など家の者を含めてもせいぜい十人もいたかどうかという体たらくであった。
 あれからすでに十三年もの月日がたち、世間は父のことなどとっくに忘れ、『大ぶろしきマルコの物語』は読まれていても、『東方旅行記』を読んでいる人間はとんと見なくなった。そういう意味では、父の捏造疑惑はとっくの昔に決着のついた問題であり、ローマ教皇庁から何音沙汰もなかったので、教皇庁も狂人の戯言と見逃してくれたのかと思っていた。
 だが、そうではなかったのだ。今さら何を、と思わなくもないが、教皇庁としてはやはり、教皇をうろんな書物で欺かんとしたペテン師の存在を黙って見過ごすわけにはいかないのだろう。あるいは、天上人の反応は物事がはっきりしてから何年か遅れてやってくるものなのかもしれない。
 ──あの、イカモノ親父め!
 わたしは、自分の父親のいかがわしさを呪わずにはいられなかった。
 本人はとうの昔にベルギーで死んでおり、今頃は天国か地獄か知らんが、いや、きっと地獄に違いないが、その地獄で我関せずとのうのうと生きている、否、死んでいることだろう。もはや責任のとらせようもない。しかし残されたわれわれにとっては迷惑千万極まりない話であった。

 それから約ひと月後、迎えにきたペトルスというイタリア人の大柄な修道士に連れられローマまで出向いたわたしは、弟とともに教皇庁の謁見室に通され、ウルバヌス六世の前にうやうやしく跪いて頭を垂れていた。
「ジョン・マンデヴィルの息子、アーサーならびにエドガー、仰せにより、ただいまここに参上いたしました。教皇さまには、ご機嫌うるわしく、なによりのこととお喜び申し上げます」
「来たか、マンデヴィルの息子たちよ」
 教皇は実際にご機嫌うるわしかった。厳しい叱責を受けるものと思っていたのでわれわれは面食らった。
「ふたりとも立派な若者だのう。まことにもって武勇でならしたお父上の血筋である」
 まさか本気のお言葉ではあるまい。あのお調子者が武勇でならしたとは、冗談にしてもまったく笑えない。
「実は、そなたたちを呼びだてしたのはほかでもない。かのお父上の著書のことで折り入って話がしたいと思ってな」
 やはりその話であった。われわれ兄弟は父にかわってローマ教皇庁を欺いた責任をとらされるのだ。
 おお、主よ、あわれみたまえ。どうか哀れなマンデヴィル兄弟をお救いください。
 ところが続けて教皇が口にしたのは意外な言葉だった。
「あれは素晴らしい書物であるのう。マンデヴィルの息子たちよ」
 わたしは唖然とした。
 いったい何の話であろうか。
 わたしは教皇がどんな面もちでそう言うのか上目遣いで盗み見ようとした。しかし大胆に見つめるのは憚られ、よくわからなかった。皮肉たっぷりな表情を浮かべているのではないか?
 そんな憶測で身が縮む思いだったが、その口調はあくまで柔らかく慈愛に満ちていた。
 理由は不明だ。不明だけれども事態は平和的に推移しようとしている。ここは、下手なことを言ってやぶ蛇になるのは避けなければならない。
 われわれは沈黙を守った。
「そなたたちも聞き及んでいることとは思うが」
 穏やかに教皇は話し続ける。
「目下ローマは、異教徒どもの謀略によって未曾有の危機に瀕しておる。サラセン人〔イスラム教徒〕どもが、ビザンツ帝国に侵入し、アドリアノープルまで征服したうえに、セルビアやボスニア、ワラキア〔ルーマニア南部〕までをも手中に収めようと西へ向かっておるのだ。コンスタンティノープルだけは陥落せずに持ちこたえておるが、これも果たしていつまで持つか。コンスタンティノープルが落ちれば、奴らは一気にアドリア海に攻め込んでこよう。そうなれば聖地奪回どころの話ではない。おそろしいことに、われわれの住むこの栄光のローマさえもが、異教徒の手によって蹂躙されるやもしれぬのだ。まったく神の正義も何もあったものではない」
 教皇は、まことに嘆かわしいといった口ぶりで、ため息までついた。
「そのうえこともあろうにだ。異教徒の脅威がすぐそこまで迫っておるというのに、この教皇庁さえもが団結してことにあたれぬありさま。もはや神の審判が下る日も近いということであろうか」
 ローマ・カトリック教会は、いかなる理由によってかは俗人の知るところではないが、現在ローマとアヴィニョンとのふたつに分裂している。ウルバヌス六世はローマ側の教皇であった。
 アヴィニョンにはフランスの枢機卿によって別の教皇クレメンス七世が立てられている。
「しかし今は、アヴィニョンの似非司祭ごときにかかずらってる場合ではないのだ!」
 教皇は、不意に強い口調で言った。
「いつかアヴィニョンには思い知らせてやらねばならんが、ここにきて大変残念なことは、アヴィニョンよりも、ローマのほうが東にあるということだ......。サラセン人と相対するのは、こちらのほうが先になる。それゆえたとえ異教徒どもを撃破し得たとしてもだ。彼らとの戦闘で疲弊したところを、アヴィニョンの連中につけこまれる可能性がある」
 教会が分裂したのは、ウルバヌス六世の即位とともに、アヴィニョン側がふたたびクレメンス七世なる教皇を立てたときからである。それだけに教皇のアヴィニョンへの対抗意識は尋常ならざるものがあるのだろう。そしてそうであるがゆえに、自分たちだけがサラセン人と対峙させられ、その間アヴィニョンがのうのうと高みの見物をするようなことは断じて容認できないと考えているようすであった。
 ちなみに、父ジョン・マンデヴィルが『東方旅行記』をローマに持ち込んだときには、教皇はアヴィニョンに一本化されていた。おそらく教会のバビロン捕囚のことなど父は知らなかっのだろう。浮世離れした父にとって、教皇といえばずっとローマにおわすものと決まっていたのだ。
 父が、教皇のいないローマでいったい誰に『東方旅行記』を手渡したのかはっきりしないが、たがの外れた父のことだから、教皇のいるいないにかかわらず、そのまま献本してきたものと思われる。
 ──待てよ。
 わたしは、ふと思った。
 ──ひょっとすると『東方旅行記』は、一三七七年にグレゴリウス十一世がアヴィニョンからローマに復帰した時点で初めて、つまり世の流行からはるかに遅れて、教皇の目に入った可能性もあるのではないか。なぜならそれまでローマに教皇はいなかったのだから。
 そしてウルバヌス六世は、グレゴリウス十一世から教皇職を継いだばかりであった。
 ──もしかすると、教皇は、最近になってはじめて『東方旅行記』の存在を知ったのではないか。
 なにやら不吉な予感がしてきた。
「聞くところによれば──」
 教皇は続ける。
「異教徒どもの土地のさらにその先には三つのインドがあり、そのすべてを祭司ヨーハンネス、すなわちプレスター・ジョンなるキリスト教徒の王が治めているという」
 その噂はもちろんわたしもよく知っている。むしろヨーロッパ中で知らない者を探すほうが難しいだろう。
 聖地エルサレムより東には、チグリス、ユーフラテスのふたつの大河を擁するカルデア〔バグダッド〕の地があり、その向こうに広大無辺な三つのインドが広がっている。すなわち聖トマスの亡骸の眠る大インドと、小インド、そして北方のインドである。プレスター・ジョンなる王は、その三つのインドのみならず、はるか荒野を通り太陽の昇る地点までをも支配しているという話であった。
「かの祭司が配下に従える王国の数は六十二とも七十二とも言われておる。遠征時には金と宝石でできた十三の大きく高い十字架を掲げて進み、そのそれぞれに一万の騎兵と十万の歩兵がつき従うのだそうだ」
 脳裏に、強大な軍隊を従えて進軍する異郷の王の姿が浮かぶ。
 軍隊の強大さもさることながら、わたしが巷で聞いて驚いたのは、その国土の、にわかには信じられない豊かさと奇怪さであった。
 プレスター・ジョンの広大な領土には蜜と乳のあふれる川が流れ、さらに宝石の河と、ふんだんに胡椒を収穫できる森があるほか、食を断った状態で三度その水を飲めば一切病に罹ることなく常に三十二歳のままでいられる奇跡の泉があると、人々は夢見心地に語っていた。それだけではない。そこには砂のみでできた海があり、週に三日、石の転がる河があり、ありとあらゆる不可思議な動物、グリフォンや一角獣、不死鳥、角の生えた人間、鶴と戦う小人、巨人、全身真っ黒で目がひとつの人間、食人種などが住むということであった。
 これらがすべて事実だとすれば、ビサンツ帝国や神聖ローマ帝国をはるかに凌ぐ強大な軍隊と、謎に満ちた豊穣な国土とを併せ持つ、全世界最大の王国が存在することになる。
「もし、その広大な国の王が、まことのキリスト教徒であるならば」
 教皇は言った。
「わがローマ教皇庁は、かの王国と同盟関係を結び、サラセン人を挟み撃ちにして撃破したうえに、アヴィニョンの異端者どもも一気に蹴散らすことができるだろう」
 わたしは頭が混乱してきた。教皇はいったいなぜ一介の市民に過ぎないわれわれにそのような話をされるのか。
「だが残念なことに、同盟を結ぼうにも、プレスター・ジョンの所在についてははっきりしたことがわかっておらぬ。そのせいでグレゴリウス九世の御世には、東方より来たりてグルジア、ロシア、ハンガリー帝国を侵略したタルタル人どもを、プレスター・ジョンの軍隊と取り違えたこともあった」
 それはたしかに教皇の言う通りだった。
 第五回十字軍が、はるか東方の国モンゴリアから西進してきたタルタル人の軍隊をプレスター・ジョンの軍隊と読み誤り、その到来を期待してエジプトのスルタンに無謀な戦いを仕掛けてこてんぱんに撃破され、全軍がエジプト軍の捕虜となった屈辱の歴史は、キリスト教徒なら誰もが知るところである。
「以来、プレスター・ジョンの王国の所在は広大な地平の彼方に霧のようにかき消え、その存在が人々の口の端にのぼることも絶えて久しい。今ではカルデアの先にはモンゴリアやカタイ〔中国〕など異教徒どもの国があることがわかっているが、プレスター・ジョンの王国はどこにも見つかっておらぬ」
 教皇は嘆いた。
「昨今ではあれは空想の産物以外の何物でもなかったという者まであらわれる始末。だが、余は王国がどこかにあると信じておる。かつてアレクサンデル三世〔ローマ教皇(一一五九〜一一八一年)〕に、そのプレスター・ジョンなる王より書簡が届いたこともあるのだから。
 問題は、ではいったい王国はどこにあるのかということだ。いまだわからぬその所在についてはさまざまな憶測が飛び交って錯綜しておる。たとえば、かのミリオーネ、大ぶろしきのマルコは、プレスター・ジョンの帝国はカタイの平原にあって、モンゴリアのチンギス・カーンに滅ぼされたと記しておる。
 また、ルブルクのウィリアム修道士は、プレスター・ジョンがカラカタイ[西遼]のナイマン人の君主で、のちに王を名乗ったに過ぎないと報告してきた。
 それだけではない。モンテコルヴィーノのヨハネス修道士は、かつてのプレスター・ジョンの信徒たちは、すでにカタイの一地方で、ネストリウス教徒に堕してしまったと書き送ってきた。
 ポルデノーネのオドリコ修道士に至っては、プレスター・ジョンの噂は百分の一も真実でないといい、それはカタイの西五十日のところにあるが、帝国第一の都市はヴィチェンツァほどでもないと話しておったそうだ。
 まだある。昨今、ジェノヴァのアンジェリーノ・ダ=ダロルトなる者が上梓した地図によれば、プレスター・ジョンの王国はナイル川の上流に描かれているというではないか。しかも彼はエチオピア人だという。みな言っておることがバラバラだ」
 教皇はため息をついた。
「なぜ、そのような混乱が生じておるかといえば、それは、この者たちが、実際に現地へ赴いたかのように見せかけながら、実は伝聞によって、それを書き記したからだ。そしてそのすべてがでたらめなのだ。
 なぜ、でたらめと断定できるかといえば、そんなことは造作もない。なんとなれば、プレスター・ジョンの王国が真のキリスト教徒の国であるならば、それは神の御国のある絶対的東方になければならないはずだからだ。
 にもかかわらず、マルコもヨハネスも、王国がカタイのなかにあると書いておる。オドリコ、カタイから西へ五十日進んだ場所にあるなどと、馬鹿げたことをぬかしおる。アンジェリーノ某にいたってはナイル川の上流だと、ふん、いくら嘘でももっとうまくつくものだ。
 もし彼らの記述が正しいとするならば、真のキリスト教国のさらに東側にカタイがあることになるではないか。カタイは蛮族の国であり、そのような国が絶対的東方に接しているはずがない。約束の地が異教徒のものであることなど天が許すはずがないのだ。すなわち彼らの書いておることはすべて嘘っぱちだということだ」
 教皇はそこで、いったん言葉を切った。話しているうちに激昂してきたらしい。しばらく深い息をして気持ちを鎮めている気配が感じられた。われわれはひたすら黙って拝聴するだけである。
「しかしだ。幸いなるかな、ここに真実を記した書がある」
 教皇はこれまでにも増して温かみのこもった言葉をわれわれに投げかけた。
「そう、そなたたちの偉大な父、サー・ジョン・マンデヴィルの手による『東方旅行記』だ」
 ──えええっ!
 全身から血の気が引いた。
 あれは全部作り話です。そう言おうとしたが、咄嗟に声が出なかった。
「どうか面をあげてそちたちのうるわしい顔を余に見せてくれぬか、マンデヴィル兄弟よ。
 余もこのような素晴らしい書物がこの世に存在していようとは、想像だにしておらなんだ。
 それが先日教会の書庫を調べておるときに、余の頭のうえにこの本が偶然落っこちてきたのだ。おそらく神の思し召しであろうな。読んでみた余は驚きを禁じえなかった。この素晴らしい書には、プレスター・ジョンの王国についての詳細なる記述があるではないか。なかでもこの稀有なる書物が、他の凡百のイカサマ本と異なるのは、王国の位置を正しく確定していることだ。
 第三十章にこのようにある。
《とはいえ、カタイといえど、そう近いわけではなく、ヴェネチアあるいはジェノアから出発 して、海路と陸路でカタイの国まで達するには、十一ヶ月、もしくは十二ヶ月を要するのである。だが、プレスター・ジョンの国土となると、そのうえなお、多くの日子がかかる》
 プレスター・ジョンの王国は、カタイよりも遠いのだ。断じてカタイのなかにあるわけでも、西にあるわけでもない。いかがわしい商人であるマルコはともかく、オドリコやヨハネスのような神の使徒たるべき者がそのような初歩的なミスを犯すとは、まったくもって許しがたい。キリスト教徒の風上にもおけぬ輩じゃ。そなたたちのお父上の篤行がなければ、危うく真実は間違って伝わるところであった。『東方旅行記』を余の頭のうえに落としてくれた神に感謝する。神のなされることに意味のないことは何ひとつないのだ」
 いつの間にか咽喉がからからに渇いて、気道の奥がぺったりとはりついていた。声を出したくても、うめくことしかできない。
 思わず弟のほうを見やったが、弟はこの重大な局面で、わたしに代わって発言しよう、機転を効かせて苦境を打破しよう、というような気概は微塵もみせておらず、ただ萎びたかぼちゃのような頭をうやうやしく床に擦りつけているだけであった。わたしは愚鈍な弟への怒りと焦りで、口の端から泡を吹きそうになった。
「どうしたマンデヴィル兄弟よ、なぜ面をあげぬ」
 わたしはおそるおそる顔をあげて、畏れ多くも教皇ウルバヌス六世の顔を仰ぎ見た。
 そして渾身の力をふり絞り、やっとの思いで声をあげたのだった。
「お、畏れながら、申し上げます......われらが父、ジョン・マンデヴィルが書き記しましたる、と、『東方旅行記』なる書物は......」
「そなたは兄のアーサーであるな。さそがしお父上に似て博識なことであろう。うるわしいその顔に聡明さがあらわれておる」
 ウルバヌス六世は、慈悲深い眼差しをわたしに向けた。
「は......あ、いえ、決してそんなことは......」
「アーサー、謙遜せずともよい。そなたのお父上は立派な仕事をなされた。そなたは誇ってよいのだ」
 ──ちがうのです。ああ、そうじゃない。
「余は、プレスター・ジョンへの書簡と『東方旅行記』を持たせて、すでに何人かの使節を東へ向かわせた。ところが彼らは数ヶ月前から何の連絡もよこしてこぬ。あるいは蛮族や怪物の食にでもなって神のもとに召されたのかもしれん。なんでも東方には恐ろしい怪異が満ち満ちておるというからな。使節にはなるべく屈強な修道士たちを選んだつもりだったが、それでもだめであった」
 ──屈強な修道士が、蛮族や怪物の餌食に......。なんということだ。
 そしてウルバヌス六世は最後にこう言ったのだった。
「そこでだ、そなたたちにあらためて書簡を託すゆえ、それをプレスター・ジョンに届けてもらいたいのだ」
「......な、......われらに、プ、プレスター・ジョンの王国へ出向けとの仰せでございましょうか」
「さよう。そなたら兄弟に書簡を託すことをなぜ今まで思いつかなかったのか。かの偉大なるジョン・マンデヴィルの息子たちならば、必ずやその崇高な使命を果たしてくれるであろう。そなたらの行く先にあまねく神の恩寵が降り注がんことを」
 わたしは、その場に卒倒した。

アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険

2021年11月25日 発行 初版

著  者:宮田珠己
絵   :網代幸介
装  丁:大島依提亜
発  行:大福書林

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