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【無料】霊力使い小学四年生たちの日本信仰 第九話 埼玉本庄・オサキの銭、産泰様の抜け柄杓

坪内琢正

瑞洛書店



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霊力使い小学生たちの日本信仰 第九話 埼玉本庄・オサキの銭、産泰様の抜け柄杓

 九月上旬、埼玉県本庄(ほんじょう)市の上越新幹線本庄早稲田駅の周囲は空が晴れ渡り、また、まだまだ夏の暑さが残っていた。
 この駅は並行在来線であるJR高崎線はもちろんのこと、どの鉄道路線とも乗換をしておらず、本庄駅とは五キロ程度離れた場所にあった。東京駅から約九〇キロの位置にはあるものの、高頻度での通勤をするには価格が高額であった。JR高崎線が列車の本数が多い割には駅の数が異常に少ないこともあって、この周辺ではマイカーでの移動を選択する市民も多かった。
 また列車は基本的には上野東京ラインなどに直通しているが、距離が長いため在来線でもこの辺りからだと距離が遠すぎ、同じく通勤圏からは外れ気味であった。とは言え東京の影響を受け比較的郊外都市としての機能があった。しかしそのため、人々と社寺との距離は遠いものとなりつつあった。
 即ち、ストレートに通勤圏として発展したわけでもなく、かといって都市化は進み社寺への畏敬も薄れており、相対的に市民の生活満足度も低い地域となっていた。
 その駅前は四車線の広い幹線道路が多くあり、自動車も多く往来していた。しかし歩道を行く人は少なく、また道路沿いも、新しい商店が立ち並んでいたが、一方で田園風景も垣間見えていた。
「えっと……お調べしますので、少しお待ちくださいませ」
「あ、ええ」
 そんな商店の中の一つに、大手被服チェーンの店舗があり、その中で若い男性の従業員が、同じく若い女性の利用客の質問に答え、そして一旦彼はレジコーナーの一角にあった、パソコンが三台ほど並んでいるテーブルの方へと向かった。
 そしてそのパソコンのキーボードを操作して、先ほどの女性客が頼んだ少し厚手のジャケットを探すと、五分程度で再びその女性の方へと戻って、在庫状況の説明をし始めた。
「あらら……取り寄せになるんですね。私は寒がりだから、もう少し急ぐべきでした。すまないのですが、他のお店であのくらいの厚めのを探そうかと……」
 女性客は在庫がないことを知ると、残念そうにその店では間に合わないという趣旨のことを告げた。但しそれは遅かった自分にも非があると思っていたようで、店員に向かって不服を言うようなことはなかった。
「かしこまりました、こちらこそ、お役に立てずに申し訳ございません」
 男性の従業員の側も申し訳なさそうに詫びた。
「あ、いえ、とんでもないです」
 女性客は苦笑しながら言って、従業員のもとを離れた。
(ふう……、取り寄せでは間に合わなかったんだ……、ご案内の件はここまでにして、また、陳列の続きをしよう)
「君、ちょっと」
 そのとき、彼は別の若い女性従業員に呼ばれた。
「はい?」
 男性の従業員は返事をして、彼女についていき、二人でフロアの奥の事務室へと入っていった。そこには壁に向かってテーブルが並んでおり、その上には衣服の事典やパソコンが並んでいた。
「いくらお客さんを待たせているの!  あんなにもたもたして、もっと早くしなさい! ちゃんと見てたんだからね! あんなに遅いから、あなたは美しい社会に美しく適応できないって言われるのよ!」
 女性の上司は事務室に入るなり、彼を怒鳴りつけた。それはあたかも、大人が子どもに向かって、その赤信号の無謀横断を叱るかの如き態度だった。
「す、すみません……」
 叱責された方の男性は、どれほど元気で明るい人間であっても、真摯に謝ることも大切と考え、あるべき姿である萎縮の態度で女性の上司に謝った。
「もういいわ! わかったら、さっさと陳列に戻って頂戴!」
「は、はい」
 女性は声を荒げ、男性の従業員はそれに恐縮しながら頷いた。

 それから数時間程度が経った。先ほどの若い男性の従業員は再び店舗のフロアで陳列の作業をしていた。
「すみません、ちょっといいでしょうか」
 そのとき、今度は初老の女性の利用客が彼に声をかけた。
「あ、はい、どうしました?」
 男性従業員は取り繕うでもなく自然と出てくる笑顔で彼女に尋ねた。
「この厚めのジャケットなんだけど、サイズはちょうどなんだけど、もう少し薄着なのを探してて……」
 女性客は薄い茶色のジャケットを手にしながら、困惑の表情で言った。
「あ、はい、かしこまりました、ええとそれは確かあの棚……、いえ、ちゃんとお調べいたしますので少しお待ち……、……?」
 そこまで言って、男性は奇妙な視線を感じてその方を向いた。そこに先ほどの女性の上司がいて、自分の方を睨みながら観察していた。
「失礼しました、こちらの棚になります」
 男性の従業員は女性を連れて目的の棚へと向かった。
「ええ、この辺りのはず……、あ、このシリーズになります」
 男性はその棚から、始めに初老の女性が手にしていた厚めのジャケットと同じ薄茶色のジャケットを一つ取って彼女に見せた。
「え……これは……さっきとあまり変わらないのね」
「はい? 少しお待ち……あ、大変失礼しました、これはメーカーは違いますが、厚さは大して変わらないです。より薄いとなるとこちらの棚です……、何度も来ていただいて申し訳ありません……」
「あはは……まあ気にしないでくださいね」
 初老の女性は快活に笑いながら彼を励まし、そしてその後についていった。

 それからしばらくして、初老の女性は目当てのジャケットを手にしてレジコーナーへと向かった。その背中を少し見た後で、男性の従業員は再び、乱れていた商品のたたみ直しに取りかかろうとした。
「ちょっと、また来てもらっていい?」
「えっ」
 そのとき、女性の上司が再び彼を呼んだ。そして、事務室へと連れて行った。
「お疲れ様です」
 事務室に女性の上司が入るや否や、中から、パソコンの前に座っていた、別の若い女性の従業員が彼女に挨拶をした。
「ええ、お疲れ様」
 上司も事務室の入り口でいったん立ち止まり返事をした。
「あの……」
 彼女が入り口で立ち止まったことで、事務室の中に入れなかった男性の従業員が、そのことを彼女に伝えようとした。
「——」
 それを見た上司は彼を睨んだ。

「何違う商品を案内しているのよ! クレームが来たら、あなたなんかが処理できるとでもいうの? できないあなたには無理でしょ! できる私と違って!」
「す、すみません……」 
 女性の上司は彼を再び叱責した。男性の従業員は委縮し謝罪した。
 一方、二人の様子を気にして、始めから事務室内にいた女性はパソコンの作業の手を止めた。
(そういえば、前にいた職場が、熱中症とかにも罹りやすい、危険な作業のところだったからわかるけど……。本当に危険なところだと、どれだけ間違っていても構わない、赤でも青でもいいから、タイムリミットが来たら、ひとまずはっきり伝えることが大事で……、もし間違っていたら、また再び、堂々と、はっきりと、訂正! と伝えてくれて構わない、って言われたな……。本当に危険な場所だと、正確さでの間違いを担保に、早さを優先しているみたいだったね。一方ここは危険じゃないから、お客さんには、何分か待ってもらって、調べて正確に商品を案内する方が大事で、あやふやなまま案内するとマズいから、時間をもらうことを担保に、正確さを優先している……。危険さとは無縁の、冷暖房の効いた室内の作業で、本当に危険な場所、例えば軍隊みたいにやる、なんて言って、早さを競うのは、軍隊「ごっこ」だし、仕事「ごっこ」だそれは。こんな安全な室内の、体力のない男性や女性ほど、かえってそんなみっともないことをやりたがる……。実は彼はとっくにできる人になっている……。数か月以上もいるのに、連日、正義の名の下の叱責が多発しているとしたら、その発信者が、実はただの悪人である可能性を疑った方がいいだろう。危険な作業の場所なのに、訂正発報についてとやかく言う愚をなす如く、こんな安全な場所で早さについてとやかく言うあの正社員の女の指示は、誤った指示だ。つまり叱責のネタを発見次第それに飛びついて必死に乱射している彼女の方が出来損ないだ。でも、彼の居場所としての立場は危ういし、そうなると間もなく病むだろう……。収入や転職について、私たち女性は、遊びの間隔も強い傾向があるし、彼ら男性とは全く違って何とも思わないけど、残念だが、代わってあげることはできないや……)
 上司と男性従業員のやり取りを見ながら彼女は思考した。
「もう……、私は朝から納品のチェックをして、店が閉まった後も深夜まで残って、毎日終電間際までここにいるのよ! だってお客さんにより安く快適にって、ずっと、ずーっと、そう店長会議で言われ続けてきたんだから! 私が今後こんな状態から救われるのか全く見えないわ! だからあなたみたいな出来損ないにも、ちょっとは手伝ってもらわないと割に合わないって言ってんのよ!」
 上司の女性はさらにまくし立てた。
「は、はい……」
 男性はさらに委縮した。
(見えるよ、それ。詰むだけだ。ここ埼玉のこの町も新しくはないが、時間軸が見えない、世代の繋がりが見えないなら、そこは普通に町ごと詰む。あの女は主体性がないのだろう。その代わりに周囲のせいにはしやすい。でも詰む方向に包囲されても気づく頭さえ持っていないし、方向の変え方に気付く頭もないだろう。彼女もいくらなんでも高校くらいは出ているだろうし、本当はそれだけでも十分な機会があったはずなのに……学習しない者が愚に陥っているのは不憫だが……かくいう私も、どうすればいいのかわからない……)
 一方二人を見ていた側の女性も再び思案した。その表情は次第に曇っていった。
「はあ……。もう、気分転換するわ。みんな?」
「へ?」
 上司の女性に言われて、パソコンの前にいた女性も、叱られていた男性も、その言葉を聞いてきょとんとした。
「ちょっとコーヒーを買いに行くわ。二人とも、ついてきなさい」
 彼女は二人に告げた。
「え? あ、はい」
「わかりました……」
 女性の上司に言われ、男性も、パソコンの前で座っていた女性も彼女に続いて店の事務室から屋外の歩道に出た。
「え」
「はい?」
 そして三人は驚き立ち止まった。歩道に歩行者がいないのはよくあることだったが、車道に走行している自動車が一台もなかった。ただ信号機だけが作動していた。
「何があったの?」
「さ、さあ」
「スマホを開けてみます……交通規制かもしれません」
 パソコンの前にいた女性がそう言ってスマホの画面を見たが、電源が入っていなかった。
「あれ?」
 彼女はあらためて電源ボタンを押したが、電源は入らなかった。
「充電切れたのかな……」
「いえ、私のスマホも入りません……」
 男性の従業員も言った。
「きゃああ!」
 そのとき、上司の女性の悲鳴がした。
「えっ……」
 男女の従業員がその方を向くと、彼女は二人からいつの間にか一〇メートルほど離れており、そしてさらにその奥にいた一匹のキツネに睨まれて怯えていた。
「あ、危ない……!」
「マネージャー、ゆっくり、目を合わせて下がってください!」
 二人は彼女に呼びかけた。
「う、うん……」
 マネージャーは女性に言われた通り、キツネと目を合わせた。
「貴様の鬼玉をよこせ」
「は……?」
「喋った……」
 そのとき、そのキツネは低い声で言葉を彼女に放った。それを聞いた彼女も、離れていた男女の従業員も驚かされた。

 京都市下京区の洛内小学校の校庭はいくつか遊具や、遊びの助けになる設備があった。土の小高い山と、その頂上に刺さっている木の幹のような鉄の棒もその一つだった。耐と雲雀の二人は向かい合わせになりその棒に向かって立ち、両手の甲を目の上で重ね合わせていた。
「きゅうじゅーきゅ、ひゃーくっ!」
 そして、二人はそれまで声に出していた数字のカウントを百でやめ、山の上から周囲を見渡した。
「これ……ここからだとよく見えるんだけど……」
 耐が呟いた。
「そうだよね……、でも、降りたら、かえって、みんながどこに隠れているのかわからなくなるよ、山の裏側とか……、やっぱりハンデだよね」
 雲雀がそれに相槌を打ちながら彼女に言った。
「うん、鬼二人でちょうどくらいな気がする……、雲雀ちゃん、よろしくねっ」
「もちろん、こちらこそ」
 二人はヒソヒソと言い合った。
「じゃあ、ほーたえは校舎の方をお願いー」
「了解っ」
 そして再度言い合い、二人は土の山から慎重に降りた。
「まあ定番なんだけど……」
 雲雀は降りてまず、土の山に横向けに刺さっていた土管でできていたトンネルの入り口の傍に向かい、そこに居た珠洲を目視した。
「はーい、珠洲ちゃん、けった」
「わっ……はや……」
 雲雀の声を聞き珠洲は驚いた。そして渋々トンネルから出てきて、土の山に登った。
「あ、珠洲ちゃんが……。雲雀ちゃん、見つけるの早い……」
 それを、土の山から離れた校舎の近くでチラ見した耐が呟いた。
「私も……非常階段の下だよね、多分」
 引き続き呟き、耐は非常階段の方へと向かった。
「——」
 校舎につけられていた非常階段の一番下の階は、裏側に死角にされやすい、ときどきは秘密基地としても遊ばれているスペースがあった。耐は階段の壁に近づくと、その傍まで進み、『秘密基地』の方からもなるべく気づかれないようにした。
 そしてゆっくりと『秘密基地』の方に進み、そのまま次の一歩でその内部が見られるというところまで来た。
「わ!」
「きゃっ」
 続いて耐は、内部の状態を知らないまま、誰かがいることを前提にして、内部が見られるようになる一歩を歩むと同時に叫んだ。そしてそこに一人で潜んでいた唯と目が合った。
「あれ、唯ちゃん一人……?」
「う、うん、そうだよ」
 唯は少し焦りながら耐に言った。
「んー、ここは隠れやすいし、他にも誰かいるかも……」
「い、いないよ……?」
 唯は挙動不審な様子で否定した。それが嘘をついているからなのか、それとも単純に、隠れているのが見つかったことが恥ずかしいからなのかは、耐にはわからなかった。
「階段の表側に逃げた子がいるかも……あれ、そうでもない……?」
 耐は呟きながら非常階段の一階の裏側から表側に回ったが、そこには誰もいなかった。
「じゃあ、他はどこに……あああっ!」
 耐は周囲を見渡して突然叫んだ。土山の頂上に向かってまさに司が駆け上がっていた。
「つ、つかs……」
「はい、けったっ!」
 耐が彼の名を呼ぶ前に、司が、頂上の柱に触れ、それと同時に叫んだ。
「ええ? ど、どこにいたの?」
 耐とは反対側から登ってきた雲雀が司に尋ねた。
「あの雑木林の中だよ。耐ちゃんに見つかるかと思ったけど、耐ちゃんは非常階段の方に先に行ったみたいだったし」
 司が雲雀に軽く説明した。
「うぅ……また鬼かぁ」
 雲雀はそれを聞きながらため息を吐いた。
「ちょ、ちょっと疲れたし、水飲んでからでいいかな……」
 司が雲雀に尋ねた。
「あ、そうだね、私も飲みに行こ。おーい、ほーたえー!」
 雲雀が耐に呼びかけた。それを聞いて美濃や、珠洲、唯らも徐々に集まり、校舎の外側についていた、飲み水用に蛇口が上を向く水道のところまで向かい、一人ずつそれを少し口にして、その手前の数段の階段に腰を下ろした。
「秋……だし、青空が綺麗に見えるね……」
 美濃が呟いた。
「うん……。でも、被惑の神霊さんが鬼玉を喰らうと、あの青空もなくなっちゃうのかも……」
 司がそれに続いた。
「そんなのいやだな……、あんなにきれいな青空が見られるのに……、あれはずっとずっと、毎年見たいな、私」
 耐が言った。
「うん……そうだね……、というかほーたえ、恥ずかしいこと言うね」
「え、あ、なんとなく……」
 雲雀の苦笑に耐は慌てた。
「いや……いいんじゃないかな、詩みたいな言葉も言いたくなることだってあるし……、でもそれは、同時に恥ずかしくて、時にはたどたどしくもなるよね」
 唯が続けた。
「進んでコミュ障になりますか、それとも人間から堕ちますか、ってことかもしれない……」
「そだね……」
 美濃が呟き、珠洲がそれに頷いた。
 その直後に、子どもたちに近づく人の気配がした。
「あれ? ええと……」
 そこに現れたのは新蘭だった。美濃は新蘭の後ろにいた。新蘭は自分が美濃と間違われたことに少し困惑した。
「あ……またみたい……」
「うん……」
 一方、土山の上から、耐たちの様子を見ていた珠洲たちも、そこに新蘭の姿を認め、お互いに頷き合った。

「えいっ!」
 上越新幹線本庄早稲田駅に近い服屋の事務室から出てきて、人語を話すキツネに睨まれていた上司の女性は、ポケットに入れていた社用車の鍵を、キツネからわざと外れた、数メートルほど離れたところに向かって投げた。
「……?」
 キツネはその方を向いた。
「……っ!」
 それを見た上司の女性は一気にキツネに背を向けて逃げ出した。
「ちょ、待ってくださいっ」
「私も行きます!」
 二人の従業員もそれについてきた。
「逃げたらかえって危な……」
 男性の従業員が女性に言おうとした。
「あんな人語喋るの、普通の獣じゃないでしょ! 目で威嚇したってダメよ!」
 彼女は走りながら、それを遮って否定した。
「無駄だ……!」
 一方件のキツネも一気に駆け出し、すぐに三人を追い越し、その前に立った。
「ひっ……」
 それを見た三人は慌てて立ち止まり、蒼褪めた。
「見つけた……、女……貴様から発せられている鬼玉をよこせ……、それを喰らうのが我の定めだ……!」
「お、おにだm……、な、何を言って……」
 キツネに睨まれた上司の女性はさらに顔を強張らせた。
「問答無用だな」
 そう言うとキツネはじわじわと彼女に歩み寄った。
「ひ……」
 女性は恐怖で逃げることもできなかった。
ヒュッーー。
「……!」
 そのとき、キツネの眼前を、薄緑色の弾線が通過し、キツネは怯み、それが来た歩道の先に顔を向けた。そこに、それを放った珠洲と、その他に美濃、耐、司、雲雀、唯の計六人の子どもたちと、新蘭の姿があった。
「人の言葉を喋ってる……あの、あなたはどちらの神霊さんですか」
 珠洲はすかさず、そのキツネに尋ねた。
「我はオサキと呼ばれる、キツネの霊だ。関東北部辺りに在るモノだ。末鏡の被惑となったのは、我は特に人畜に害を及ぼすモノと言われていないためであろうな。我は見えるモノでもないが、人の家を住処としていて、我がいる家は、お金に困るようなことが起こらなくなる。この時代で言うならば依存症などを患っていた者も、それが治ったりするということだ。もちろん実際には、我が何かを時間空間に対してなしたわけではなく、我を信仰することでそれが治っただけなのだが……。ちなみに、我の住む家はオサキモチなどと呼ばれたが、それは婚姻などにより広がってゆく。そのため、我のいる家を巡っての婚姻の争いが起きたこともあったが……オサキモチと言われている家は、同じようにオサキモチと言われている家としか婚姻しない風習があるので、その争いは一般的には回避されている」
 そのキツネはオサキと名乗り自己紹介をした。
「……福の神のような側面があるんですね……でも……風習が婚姻に影響を与えてしまっているなんて……」
 美濃はそれを聞いて少し俯いた。
「クク、首都圏と呼べるほどの距離でもないが、かといって地方でもないので、その風習は今では廃れているだろう。その代わりに、そのどっちつかずな位置であることで、都市のアイデンティティが築きにくく、無気力……まるでゾンビの街のような静かさが生まれているがな。社寺などは我にはないが……そのような無気力な街に残る俗信である我こそが、鬼玉を喰らうことも……そして……、お前たち天路を倒すことも相応しい!」
「! 珠洲ちゃん、離れて!」
「……!」
 オサキの口上は次第に高揚していき、そして珠洲の隣にいた雲雀を睨みながら大きく口を開けた。その口内が白く光り出したのを見て、雲雀は珠洲に向かって叫んだ。
「雲雀ちゃんも……!」
「うん!」
 美濃も雲雀に向かって叫び、雲雀はそれに返事をした。
「はああ!」
 オサキは唸りながら、その口内にある白い光を球状にして雲雀に向けて放った。しかしそれは彼女に触れず、珠洲の脇を通過した。
「な……?」
 それを見たオサキは困惑した。その背後の少し離れたところに、雲雀と美濃はジャンプして来ていた。その二人は目配せをし合い、そして再び前を向き、オサキの背中に注視した。
「! そっちか!」
 オサキも二人の気配に気づき、首の向きを変えた。
「ああっ!」
 そしてオサキはすぐに、自分が捕捉されていることに気づき強張った。
(撃って……!)
(えい!)
 それとほぼ同時に、美濃と雲雀の持つ光筒から、薄緑色の光弾がそれぞれ飛び出し、オサキの背中を貫通した。
「ぎゃあああ!」
 オサキが雄叫びをあげると同時に、血の代わりに、その傷口から一気に濃い紫の煙が吹き出し、その全身を覆い尽くした。
「また……戻るのかな……」
「どうだろ……」
 二人は不安そうにそれを見つめた。
「まだ濃いなぁ……、もう少しだけ注意しよう……、……?」
 雲雀は美濃に呼びかけたが、彼から返事がなかった。
「美濃くん……? え」
 雲雀は彼の方を向き、そしてすぐにその目を見開いた。
「う……」
 美濃はいつの間にか右脇に深い傷を負っており、その付近が血に染まっていた。
「あ……」
 雲雀がそれを見てさらに顔を強張らせるのと、彼が苦痛に耐えられずに仰向けに倒れるのとがほぼ同時だった。
「あの、美濃くん、美濃くん、ね、ねえ」
 雲雀はそれを見て狼狽した。
「美……、そ、そうだ、治癒を……、……?」
 雲雀は光筒を自分の右手から落としていて、またその腕も持ち上がらないことに気づいた。
「あ」
 そして、自分の左肩の周囲も、血で染まっていることにも気づいた。
(今、慌ててたときかな、仕方ないや……)
 雲雀は心で感じながらも、徐々に力を失い、蹲り、そして前に倒れた。
「大人しくしていろ」
 その直後に、霧の中からオサキの声がした。
「へ……?」
「なんで……美濃くんたちは……?」
 それを聞いた司や耐が驚き狼狽え、また美濃と雲雀のことを気にした。
「あっ、あ……」
「嘘……」
 次第に霧は晴れていった。それはオサキの傷口が激しく吸い込んでいた。また、その先で美濃と雲雀とが血を流して倒れているのも見え、珠洲と唯も目を見開いた。
「貴様らもだ」
 続いてオサキは、珠洲たちの方を向き、今度は右の前足を少し上げた。
「え……?」
 珠洲たちが驚く間もなく、その前足は、空中に現れた棒状の白い光を掴んでいた。その光はすぐに、多くの古銭を通している紐になった。
「ゆけ!」
 オサキは弧線を通した紐を前足から離し、珠洲たちに向かって投げた。紐はオサキが投げた直接の力とは違い、空中に浮き、珠洲たちの方へと飛んできた。また、その紐はオサキの足に掴まれていたときには数十センチほどだったが、飛びながら数メートル程度に伸びた。
「わっ」
「危なっ……わっ!」
 また、その紐は一本ではなく四本に増えていた。それはあっという間に、四人それぞれの体に巻き付き、動きを封じた。
「痛っ……苦し……」
「う、動けない……」
 耐、司も、もがいたが、金属の古銭が脇を締め付けていて苦痛もあり、逃れることはできなかった。
「言ったであろう、我は社寺の類はないが、アヤカシにはならない、むしろ富をもたらす存在……、古銭は我の得意とする神能だ」
 オサキは悠然と言った。
「う……」
 珠洲はそれを聞きつつも、もがくのが精いっぱいで、特に言葉を返せなかった。
「ふぐっ……こんなのっ……!」
 耐もその傍で、珠洲以上に激しくもがいていた。
「さあ」
 続いて、オサキが声を上げた。その口内は白く光っていた。
「え……。……!」
 それを見た珠洲は蒼褪めつつ、オサキの表情が気になりそこに注目した。オサキは耐の方を睨んでいた。
「耐ちゃん! 逃げて!」
「え」
 珠洲の叫び声を、耐はきょとんとしながら聞いた。そしてあらためてオサキの方を向き、それが放った神幹が目に入った。
「あ……」
 直前までもがいていたこともあり、神幹による追尾は偶然少し急所を外し、耐の脇を貫通した。そして古銭に巻かれたまま耐は仰向けに倒れた。
「ああっ……!」
「耐ちゃん!」
 それを見て、同じように古銭に巻かれていた唯、司らが驚き彼女に声を掛けた。
「おっと……神幹はまだ続くぞ?」
 その様子を見たオサキが不敵に笑いながら、残りの三人、珠洲、司、唯に告げた。
「ひっ……」
「い、いや……」
 一方それを聞いて司も唯も怯えた。
「はああ!」
 オサキの側は再び口を大きく開いた。その中に白い神幹の光が見えた。
ヒューー。
「ぎゃああ!」
 その直後に、光筒による薄緑色の弾丸がオサキの腹部を直撃し、その体は再び濃紫色の霧に包まれ始めた。
「え……」
 同時に珠洲たちの体を縛っていた、古銭を付けた紐も緩んだ。古銭の縛りがきつく、体力を消耗していた彼女たちはその場にへたり込んだ。
「みんな、大丈夫?」
「さっきのキツネだよね……、あ、クラス委員の方は終わったよ」
 続けて弘明と淡水が呼びかける声がした。
「あ……」
「二人とも……早いね、今日は」
「うん……ありがとう」
 唯、珠洲、司の三人は二人に言葉を返した。
「きつそうな縛りに見えたけど……さきに、あそこにいる、美濃くんと雲雀ちゃんのところにいってもいいかな」
 淡水が三人に言った。
「うんっ、もちろんだよ……、あ、それと、耐ちゃんもヤバいので……」
 唯が淡水と弘明に言った。
「あ、待って……多分あのキツネ、まだ還されてないかもしれないから、僕はもう少し見張るね」
 弘明が淡水たちに言った。
「わ、わかった……」
 珠洲が弘明に向かって頷いた。
 一方淡水はその直後に瞬間移動をし、オサキの反対側で倒れていた美濃と雲雀の傍に行き、美濃の手前で膝を降ろした。
「……え……淡水ちゃん……?」
「うん……もう少しだよ……」
 辛うじて意識のあった美濃は淡水の姿を見て呼びかけ、淡水もそれに答えつつ、光筒による薄緑色の光を彼の全身に浴びせた。
「う……ううっ……」
「だ、大丈夫?」
 美濃の呻き声を聞き、淡水は呼びかけた。
「あ、うん……」
 美濃は横になりながらも、自分の手の指を伸ばして、また曲げた。
「おっけー……大丈夫、治った……淡水ちゃん、ありがとう」
 美濃はそう言うと起き上がり、淡水に礼を言った。
「ど、どういたしまして……、みんなはあっちにいるよ……、私は雲雀ちゃんも治すね」
「わかった……」
 二人は言葉を交わし合った。そして美濃の姿はその場から消えた。一方淡水は、今度は、美濃と同じように倒れていた雲雀の傍に寄った。
「えっ?」
 弘明や珠洲たちの前に薄緑色の光が出現し、その中から美濃が現れた。
「わ、美濃くん……」
「治ったの?」
 その姿を見た司と唯とが声を上げ聞いた。
 一方、オサキを包んでいた霧は、徐々に傷口に向かって急速に集まり始めていた。
「……淡s……?」
「雲雀ちゃん、気を確かに……」
「う、うん……」
 他方、淡水の気配を感じた雲雀は彼女に呼びかけ、淡水も彼女に声を掛けた。
 また一方、濃紫の霧はさらにオサキの体に吸われ続けていた。
「あれ……?」
 霧の動きが不自然なことには、弘明も気づいた。
「うん……淡水ちゃんのおかげで……。弘くん、見張りをそのままお願い……、僕は耐ちゃ……」
 美濃は弘明に呼びかけ、自分は耐の治癒に向かおうとした。
「待って、美濃k……」
「え……?」
 そのとき、弘明が美濃の方を向き、彼を呼び止めた。
「ありがと……よろしく……。……?」
 一方、オサキの反対側で横たわっていた雲雀は、か細い声で淡水に礼を言った。しかし彼女は、声が届かなかったのか返事をしなかった。
――ドサッ。
 続いて何かが地面に落ちる音がした。
「……? あ……え……嫌……」
 それは衣服の左脇を地に染めた淡水の体だった。雲雀はか細く、しかし心の中で大きく泣き叫んだ。
「オサキが、美濃くんの方を狙っ」
「あ……」
 他方弘明は、オサキが淡水を撃つ前の段階で、美濃を狙っていたことに気づき、それを美濃に伝えようとした。しかし美濃はそれに反応しなかった。
「え」
 その直後に、淡水に続いて、美濃の右脇腹を神幹が貫いた。そのため、美濃が前のめりに倒れるのを弘明は目の当たりにする格好となった。
「あ……」
「いやああ!」
 珠洲、唯、司もそれを眼前で見た。
「……! あっ……」
 弘明も慌てて再度オサキの方を向いたが、霧の中から、オサキの方も既に自分たちの方を向いていた。
「ふふふ、遅いわ」
 オサキは笑いながらまた右前足を挙げた。すると再びそのすぐ上に、白い光で包まれた物体が出現した。
「あ……」
「また銭の紐……?」
 それを見て司と唯とが怯えた。
「えっ……違う……」
 また、珠洲は怯えながら小さく呟いた。オサキが出した白い光は楕円状に大きくなった。
「ええ?」
 その光景に弘明も驚かされた。白い光の楕円は、長さ二メートル強、幅一、五メートル程度にまで巨大化した。そしてその光が消え、それは黄金色に変わった。また、一部が文字が書かれたように黒くなっていた。
「あ、あれは……」
 それを見て司も驚愕した。一方、その物体はさらにもう三,四枚ほど増えた。
「『大判小判』というが、大判は流通を主目的とされず、贈与や褒章などに用いられた。純金ではなく、小判一〇枚からやや少なかった。桃山時代から鋳造され、慶長六年に発行された慶長大判が基本とされた……、慶長大判は、縦約一五センチ、横約一〇センチの楕円形で、小判約八両二分に相当した……。流通しなかったとはいえ、貨幣、ひいては富裕の象徴的存在であり……、そしてまた、これも我の得意とする神能のひとつだ……!」
 オサキは高らかに述べた。そして、彼が話し終わると同時に、それらは子どもたちの方に向かって空中を飛翔した。
「わっ」
「あっ」
 速度は神幹ほど早くはなく、時速百キロ程度で、追尾もしてこなかったので、子どもたちはそれを必死で交わした。
「大判……金属だし、当たったら危ないよ……、バットとかと一緒だし……」
「うん……」
 唯が他の三人に呼びかけ、弘明が焦りながらもそれに頷いた。
「まだだ……!」
 一方、オサキは再び前足を上げ、巨大な大判を出現させた。
「え……」
「また……」
 それを見た司も再び怯えた。そして彼は、自分と同じように怯えている珠洲たちの様子もチラリと見た。
「それい!」
 オサキはそれらを順次子どもたちの方に向けた。
「えっ」
 弘明は慌てて自分の方に飛んできた大判を避けた。すると偶然、司の体が視界に入り、さらに続いて、司が気づいていないうちに、大判が彼の方に飛翔しているのも目に入った。
「司くん、逃げて!」
 弘明は慌てて彼に叫んだ。
「わっ!」
 司はそれを聞いて、慌てて大判を避けた。
「ふぅ……」
 そして小さく深呼吸をした。
「あああ!」
 その直後に弘明が叫ぶ声がした。
「……え……」
 それを聞いた司は驚いて彼の方を向いた。弘明はその場に倒れていた。転倒したときに顔が少し汚れた他、外傷は見当たらなかった。
「弘くん……なんで……」
 司が声を震わせ、彼が巨大な大判に当たったことは察しながらも、激しく疲弊しているのをみて疑問を口にした。
「避けられなくて……肩……骨……だめで……」
「え……そんな……。外傷はよくある漫画みたいに、殆どないのに……」
 それを聞いた司はさらに愕然とした。
「おっと、あと三人か」
 一方オサキも、わざと残った三名に聞こえる声で呟いた。その周囲には、引き続き数枚の巨大な大判が宙に浮かんでいた。
「――」
「あ……」
 それを見て珠洲、唯も茫然とした。
――バン!
「……!」
 その直後に白い光弾がその大判のうちの一枚に直撃し、それは音を立てて割れ、そしてすぐに消えた。それを聞いたオサキは驚かされた。
――バン! バン!
 その隙を突いて光弾はさらに飛翔し、次々と大判を当て、消滅させた。すぐに、オサキが用意していた大判の全てが消えた。
「え……」
「白……神幹……?」
 その光景を見た司や珠洲も驚かされた。
「これで全部ですね」
 続いて、子どもたちの傍らから、高い女性の声がした。
「え……」
 珠洲たちが振り向くと、そこにいた女性は、高めの髷に、薄い緑や橙の衣を着、濃い緑、橙の袴を重ね、その上に、下半身の正面には細い青の紕帯を垂れ降ろし、腕の袖の半分より下の辺りから、袴と同じ濃い緑や橙の内衣を着た、唐風時代の女官の衣装姿だった。また、背が高く、髪も長く、モデルのような美的に優れた体格だった。
「あ、あの、神霊さん……?」
 珠洲が恐る恐る尋ねた。
「かなり古い衣装……、この地にあんなのが本当に伝わっていたのかな……」
 唯が疑問を、司に向かって小声で口にした。
「あ……そう言われれば……被惑さんの可能性も……」
 司も唯の言葉を聞いて少し怪訝に思った。
「はい……、私はこの、新しい新幹線の駅から西沿いに一キロほど進んだところにある、金佐奈、もしくは他の名として産泰神社の神霊です」
「産泰さん……?」
 司が繰り返して聞いた。
「さん付け……はは、都の優しい響きですね。同名の社は、ここより北、群馬県前橋市などにもあります……、もとはあそこにいるオサキと同じ……産泰様という、安産の神でしたが、近世、この地域の発展に伴い、領主が社を建て、民族宗教的存在であるとともに、社のある神ともなったものです」
 その女性は産泰様77と名乗った。
「あ……それで、かなり古い、延暦時代頃の出で立ちを……」
 唯は納得したように言った。
「待って……そうすると今度は、安産の神様とは縁のなさそうな、モデルさんみたいなスタイルが気になるよ……」
 珠洲が唯と司に言った。
「あ、それもわけがございます。安産を掌っていますので、同じ女性ながら、産婆のような容貌のこともあります。また一方、安産の願いは人からのもので、私はそれを叶える存在とされてきましたから、自身の安産とは異なるということが強調され、今日のような事態ですよ、妊婦でも、既婚の女性でもない、しかし神霊の力は強い……それらが合わさり、婚姻などもあまり感じさせない、モデルのような出で立ちにもなるのです」
 産泰様が珠洲たちに説明した。
「なるほど……」
 司がそれを聞いて頷いた。
「まずは、今回の事態をなんとかしなければ……」
 一方、産泰様はオサキの方を向いた。
「……!」
「そうですね……」
 唯と珠洲も、司に続いて頷き、そしてオサキの方を向いた。一方、産泰様はその右手を中心に白い光を発生させていた。
 それを見た司や珠洲たちも、無意識のうちに光筒を少し持ち上げて、オサキの方をさらに注視した。すると彼らの光筒は薄緑色に光り始めた。
「産泰だと……! いかん、この形勢では……!」
 それを見たオサキは憔悴し始め、自然と少し後退した。

「あ……」
 一方の珠洲は、オサキへの視線が合わず、少し右前に進んだ。
――ヒュ。
「……!」
 そのとき、珠洲が動く前にいたところに、神幹の弾線が通過した。それを見た珠洲も、司、唯も驚かされた。
「い、今のは……」
 司が恐る恐るそれが来た方、オサキとは左斜めに反対の方に、中世の戦時に武将が着用する鎧姿の若い男性がいた。
「武将……神霊さん……、いつの間に……」
 それを見た司がさらに驚きの声を上げた。
「あっ、いかんっ」
 一方、その武将姿の男性も狼狽しているように見えた。
「あやつ……このままでは形勢がまた逆転されます、急ぎ、あの武将から撃ちます!」
 産泰様が早口で司たちに告げた。
「は、はいっ」
 それを聞いた珠洲も頷いた。
「え……?」
 その一瞬の間、唯から見て、産泰様はオサキではなく、ずっと珠洲の方を向き続けていた。唯はそれを少し不自然に感じた。
「ひあ……ああっ!」
 その直後に珠洲が悲鳴を上げて前のめりに倒れた。彼女の急所から少しそれた左肩を撃ったのは産泰様の神幹だった。
「少し狙いが逸れましたが……まあいいでしょう」
 産泰様は呟いた。
「へ?」
「あ、あれ……」
 それを見た唯と司は蒼褪めながらその光景を訝しがった。
「もうお気づきかもしれませんが……実は被惑は私もですよ」
 産泰様は二人に向かって笑みを浮かべながら告げた。さらに続いて、彼女の周囲の空中に、直径一〇センチから二〇センチ程度、円型の薄い木の板が五枚ほど出現した。
「え……」
「そんな……気をつけてたのに……、……?」
 神霊には被惑済の者もいる――それはこのところ、とりわけ天路の子どもたちも注意していたつもりだった。それ故、二人の悔しさも大きかった。続いて、産泰様の周囲の木の板を見て、さらに不審に思わされた。
「安産をつかさどる私の社には、水を止めない、底のない柄杓、『抜け柄杓』がございましてね……これは抜かれた柄杓の底板……、柄杓は木でできていますが、研ぎ澄ませば凶器にもなりますね」
 産泰様が言った。
「! 逃げて!」
 それを少しの間凝視した唯は司に向かって叫んだ。
「え……? わっ」
 至近距離から産泰様は司に向かって四、五枚の、柄杓の底板を飛ばした。司は慌ててそれをかわした。
「いやあああ!」
 そのとき、司の背後から、今度は唯の悲鳴がした。
「え……」
 司が恐る恐る振り返ると、唯はその場に倒れていた。また、そのシャツの左脇が赤く染まっていた。
「……!」
 司は慌てて産泰様の方を再度向いた。
「おっと……、我もいるぞ」
 その直後にオサキの声がした。見るとオサキも体勢を既に立て直し、新たな神幹を既に手中にしていた。
「立っていられているのは貴様で最後の一人だな……、後で一人ずつとどめを刺してやろう!」
「え……あ……あ……」
 オサキの言い放った言葉を聞いて司は声にならない声を上げて震えた。
「いけない……! 移板は……、……く、まだ……」
 その様子を大人たちとともに見ていた新蘭は慌てて胸にしまっていた移板を確かめたが、その能源はまだ不足していた。
「ぎゃああ!」
「え……」
 その直後に新蘭の耳に届いた悲鳴は産泰様のものだった。
「へ……」
 産泰様があおむけに倒れているのを見て司も驚かされた。
「今度は上手く当たりましたか……」
「……?」
 そのとき、オサキとは別の方向にいた鎧姿の若い武将の声がして、司は彼の方を向いた。彼は産泰様の方へ右腕を伸ばしていた。
「あ、あの……あなたは神霊さんですよね……?」
「あっ、そ、そうです」
 武将姿の男性も恐る恐る司に向かって答えた。
「末鏡の影響で、たくさんの神霊さんが被惑されているのですが……」
 司は苦笑交じりに彼に言った。
「あ……そういえば、先ほどは大変失礼しました、産泰を狙おうとして、同じ天路殿を……。私は惑わされてはいません。私は民間信仰にあって信仰の対象となった石、いわば石神、石の神です」
 彼は石神、石の神と名乗った。
「はい……、この新幹線の駅のある辺りから北に約五キロのところに、神保原という集落があります……。産泰と同様、私も民間信仰の神でしたが……、創建時期は不明ですが、今では社を持ち、石(せき)神社と呼ばれています。社もありますから、全国の石の神の総社とも言われます。中世に、付近の烏川(からすがわ)から引き揚げられたという石剣が神体で、鎌倉攻略の際、元弘三(1333)年、新田義貞がここに立ち寄り、戦勝祈願をしたとの由緒があります……その新田の着用していた、中世の武者の姿が、顕現するにあたってのイメージとして用いられやすいようです」
「な、なるほど……、さっきは、僕も危うかったけど……助けてくれてありがとうございます……」
 石神の話を司は頷き、そして彼に礼を言った。
「そ、それは、どういたしまして……ですが、まだオサキが……」
「あ、……そうですね……」
 石神と司は二人とも、石神の加勢を見て茫然としていたオサキのほうを向いた。
「な、なっ……!」
 それと目が合ったオサキは狼狽えた。一方石神は袖から小さな石の剣を取り出した。
「これに私の神幹を載せますね」
「あ、はい……、僕も撃ちますっ」
 石神と司は再度言い合った。
「い、いかん、我も……!」
 オサキも改めて神幹を作り直そうとした。しかし既に石神の剣と、司の光筒は薄緑色に光り始めていた。
「なっ……」
 それを見たオサキはさらに強張った。
「あがっ!」
 その直後に石神は小さく呻いた。
「え……?」
 司が気になって石神を目をやると、彼の胸部に濃い紫色の小さな穴が開いていた。
「あ……」
 司はそれを見て再び蒼褪めた。そうしている間にも石神の胸からは急速に紫色の霧が吹きだし、石神は片膝をついた。
「な、なんで……」
「ふふふ、石神の撃った神幹の傷が浅かったからです」
「!」
 狼狽する司の後ろから、濃紫色の霧を巻いた産泰様が説明し、司は驚かされた。
「う……ぐ」
 一方石神は座っていられず倒れた。ただ意識はあり、その代わりにそれ以上傷口から霧が出るのは止めた。
「く……このままでは……移板はまだ……、……!」
 一方彼らの様子を見ていた新蘭は表情を変えた。
「産泰! 無事で何よりだ!」
「ひっ」
 オサキは産泰様に向かって叫んだ。それを聞いた司はさらに強張った。
「ええ。回復しました、例えば……神幹もこの通り……」
 産泰様はオサキの声に頷くと、右手に神幹を作った。
「あ……ああ……」
 それを見た司は蒼褪めながらすすり泣いた。
「長田さん、皆さん、移板行けます!」
 そのとき新蘭が大声で叫んだ。
「えっ」
「やった……」
 それを聞いた司はきょとんと彼女のほうを向いた。また、それを聞いた耐は倒れながらもほくそ笑んだ。
 その直後に新蘭の移板が発動し、体力の残っていた司の他、全ての天路の子どもたち、石神、そしてその場にいた大人たちの全員がその場から、一瞬各々白い光に包まれた後、直ちに消えた。
「な……?」
「何が起こったんです?」
 それを見て、その場に取り残されたオサキと産泰様とが目を白黒させた。
「霊気が……、ん? かすかに残っているが……」
 オサキはわずかな霊気があるのを認め、そしてまたその首を傾げた。
「ハハハハハ!」
「!」
 そのとき、オサキと産泰様の背後、道路の先から低い男性の高笑いがして、二人は慌てて向きを変えた。その道路は黒い霧で覆われており、奥が殆ど見えなくなっていた。
「なっ……いつの間にこのような……」
「何者か!」
 それを見た産泰様とオサキが言った。またオサキは神幹を手に作ろうとした。
「ハハハ! 案ずるでない、我はお主らに危害は加えない……。末鏡にとっても好都合に……、自由意思を放棄した人間の町のシンボル的存在の名を欲しいままにしている江戸の総鎮守、末鏡にその意思を委ねた、神田明神である」
「な……?」
「かんだ……末鏡に意思を委ねたと?」
 黒霧の口上を聞いた二人は再び目を白黒させた。
「その通りだ……天路の連中を確実に葬り去りたいのでな……。奴らが用いた移板……、確かに一斉に遠距離に赴くことができるが……そうそう頻繁にかなう技ではなかろう。加えてその通った跡は霊気がかすかに残るのだ……」
 神田明神と名乗った低い声が告げた。
「な、なるほど……」
「では、その跡をつけることもできますな」
 それを聞いた産泰様がニッと笑った。

 とある丘陵につけられた二車線の道路に、幅いっぱいに白い球体の光が現れた。また、それとほぼ同時に、その道路を走っているのが見えた数台ほどの車両の姿が消えた。
 一方白い球体からは、立っていた司、新蘭と、本庄にいた三名の大人たちと、臥せていた石神と、司以外七名の天路の従者である子どもたちとが現れた。
「あの……、やはり、場所は未指定……?」
「あ……はい、ですが、それでも霊的な場所に飛べることが多いのですが……」
 その道路の周囲を見渡す限り、そこは普通の丘陵だった。
「自動車が来ないのは……移板が同時に、虚空を敷いたためでしょう……」
 続けて新蘭が説明した。
「は、はい……。霊的な場所なのはちょっとわからないですが……あっ」
 そういうや否や、司は向きを変え、ひとまず眼前に倒れていた弘明のもとで膝をついた。
「今のうちにみんなの治癒をするね……、オサキたちも、移板の霊気の跡には気づくかもしれないし……」
「う……うん……」
 上半身を中心に光筒の薄緑色の光を浴びせられながら話す司の言葉に弘明は小声で頷いた。
「あの……司……くん……」
「あ、まだ話さないほうが……」
 弘明の言葉を司は遮ろうとした。
「筒爪……、前、宮崎で貰ったのがあるんだ……、僕の光筒は……。あれ、司くんが使って……」
「えっ、あっ、うん、わかった……、わかったから、安静にしよ……」
 司は弘明に呼びかけながら、光筒を宛がうのを中止し、弘明のズボンのポケットに入っていた彼の光筒についていた筒爪を取り外した。
「ふぅ……」
 それを眺めていた弘明は安堵した。
「もう少しで、もう一度治癒の光を浴びせるね」
 司も彼に説明し、筒爪が付き少し長くなった光筒を再び持ち上げた。
「おっと、そのままにしてください」
「——」
 それと同時に産泰様の声が後ろから聞こえ、司は硬直しながらも、恐る恐る振り返った。すると、自分たちが入ってきた移板の球体から数十メートルほど離れた道路上に、産泰様とオサキとが並んで自分のほうを向きながら、それぞれ神幹を手にしているのが目に入った。
「天路でまだ立っているのは貴様で最後のようだな」
 司と目が合ったオサキも笑いながら言った。
「え……あ……」
 それを聞いた司はさらに強張った。
「我が神幹を喰らいなさい!」
 産泰様が叫んだ。
「い、嫌……」
 司はさらに怯え、目にうっすらと涙を浮かべた。
「ん……?」
 そのとき、一本の太めの木の筒が産泰様の傍を通過した。産泰様がそのほうを見ると、司と同じ移板の球体があった内側にいた大人たちのうち、部下の女性と目が合った。
「へ……なんで……」
 それを見た司も驚かされた。
「わ、なんてことを……!」
 上司の女性はそれを見て狼狽えた。
「オサキ様も、産泰様もおかしくなってしまって……少年たちに向かってあんな酷い攻撃を……そんなの日本がおかしいのと一緒ですよ! でもああいう見てわかることじゃなくても、同じようなことが見えないうちに進んでるってことですよね、これは……!」
 その女性は新蘭のほうを向きながら行った。
「私は正社員として今の会社にいるけど、結婚したら退職するつもりだった……、一番に大切なことは、その間に異性を探すこと! そして会社では、そこでなされている、かえって経営をおかしくする体育系の風潮につき従い、どのみち早く辞める女性こそが、女性としての自負を持ち、先だってその提灯持ちをすること! ……それが私が得られる最高の満足……! ……やっぱりおかしいですよね、会社が産育を理解しないのもそうだし……、社内は指導の名を借りて隠れての精神的虐待が楽しめて、いい人のはずのみんなもうつむくしかない、虐待者の格好のパラダイスになっていて……、そしてこの私も、それを指摘されたら反論できないからって、開き直ってそれを加速させる側に回って……、全部がおかしくなった時……次の世代が構成され得ないっていう、目に見えない仕打ちとして、人間社会全体にそれは襲い掛かってきます……、悪いけど、もう私はそれは抜けさせてもらいますよっ! 私が私を保てるのは、こういう行動だけなのですから……そしてそれは一部のかわいそうな人だけのことじゃない……よくよく客観的に見たら、もう若者は半分はそれを選ぶ決断を迫られています……しかも過去に、世代の継続を考えていたという意味で、私の仲間は大勢います、それなら……神霊様を生身の人間が相手にするはめになったとしても……かまいませんっ!」
 そういうとその女性は、先ほど事務所の前で拾っていた木の筒をまた産泰様の方に向かって投げた。
「——」
「あ……」
 しかしそれも産泰様から外れた。産泰様がそれを一瞥しているのを見て、部下の女性は蒼褪めた。
「いいでしょう。いずれそこにいるその者が発生させてしまっている鬼玉を喰らえば、こんな宇内など滅び、人間とて居られまい、貴様は一足先に幽世に向かってもらいます!」
 産泰様はその女性に向かって叫び、神幹を持つ手を挙げた。
「あ……ひっ……」
 その女性も、司と同じく狼狽え、目に涙を溜めた。
ヒュンーー。
「ぎゃあああっ!」
 その次の瞬間、司の脇を白い光線が通過し、それは産泰様の胸を直撃した。
「くっ……」
「お、おいっ、産泰殿!」
 その光弾を受けたところから若干の濃紫の霧が出た。産泰様は跪いてそこから霧がそれ以上噴き出すのを止めた。一方、それを見て驚いたオサキも産泰様の傍まで歩み寄った。
「い、今のは……」
 司は驚き自分たちの前を再度向いた。するとそこに、黒の法衣に木蘭の如法衣の修行僧姿の若い男性がいた。
「……? 神霊さん……?」
「む……、はい」
 司のつぶやきを受け、その男性は返事をした。
「あ、あなたはいったい……」
「や、これは申し遅れました、あの寺院の神霊ですよ」
「寺院……?」
 その僧侶は道路の背後を指さしたが、そこは普通の道路だった。
「あ……ここからは少し見えにくいですね、二〇〇メートルも進めば、朱塗りの門が見えてきます。そこが私の寺院……金鑚大師(かなさなだいし)です、まあ、京洛に比べれば、小さな本堂があるだけではありますが……その由来は古いです。もともとこの付近では六世紀後半から七世紀、白鳳時代から奈良時代にかけて製鉄・鋳造が行われていた跡があります。その作業の安全を願うための社寺も設けられました。それが、それぞれ今日の金鑚神社と、我が金鑚大師です。八世紀はもう製鉄・鋳造はなされなくなりましたが、もともとはそういう場所であったため、社寺も残り、霊験のあらたかな聖地として周囲の信仰を集めています。金鑚神社は付近の小高い御室山(みむろやま)そのものをご神体とした自然崇拝ですし、我が金鑚大師も、慈覚大師円仁の時代の創建で、その約一〇〇年以上後の天台座主、元三大師(がんざんだいし)こと良源を本尊としています。元三大師には東日本を中心に民間信仰が多く、彼が仏法を広める際に変化した姿を描いた護符が各地に分布しているのです……とはいえ、このような私ですら忘れ去られ、この周辺には何もないと、そしてそのようなこの周辺の虚しさこそが人々の思考の主流となっていることは、やはり末鏡の復活を招いてしまったようですね……!」
 そこまで言うと、金鑚大師と名乗ったその僧侶は再度前を向いた。
「あ……はい……」
 司も金鑚大師と同じように、オサキと産泰様のほうを向き、また、光筒を持つ手を少し上げた。
「はっ……」
「元三……!」
 一方、オサキと産泰様も、金鑚大師の姿に気づいた。
「天路殿、光筒をお願いします」
「は、はいっ」
 ほぼ同時に、金鑚大師は司に呼びかけ、司もそれに答えた。続いて金鑚大師は一瞬自分の身を白煙で隠した。次に顕れたとき、彼の姿は、痩せこけ、全身に火傷を負い、日本の角の生えた姿となっていた。
「え……」
「ご心配なく……これは私が護符で登場する際の姿……疫病を鎮めるときに恐ろしい夜叉の姿を借りたものです……」
「な、なるほど……」
 金鑚大師の説明を聞き、司は安心した。
「なっ……しまっ……」
 一方、それを見た産泰様の顔が青くなった。
「参りますっ!」
「はいっ」
 金鑚大師は一瞬煙に包まれると右手から白い神幹を、司は光筒から薄緑色の光弾を発射した。それはお互いに近寄っていたオサキと産泰様のほうに飛翔した。
「あああ!」
「ぎゃああ!」
 二人に着弾し、雄叫びとともに急速に紫色の霧が各々を包み込んだ。
「……!」
 二人の姿が見えなくなったことで司は無意識のうちに光筒を持ち上げた。一方今回霧の噴き出しは急速で、そしてそれはすぐに薄れていった。それがひいていった跡に、二人の神霊の姿は消えていた。
「……幽世に戻ったようです」
 それを見た新蘭が呟いた。
「……」
 それを聞いた司はほっと光筒を持つ手を自然におろした。
「……?」
 すると彼には、いつの間にか光筒が少し軽くなっているように感じられた。
「あ……」
 あらためてそれを見ると、弘明からもらった筒爪の部分がすべて消えていた。
「筒爪……全部使ってた……あってよかった……弘くんの……あっ、弘くんたちっ」
 司は胸をなでおろし、その直後に慌てて少し後ろで倒れていたほかの子どもたちの治癒に向かった。
「す、すみません、巫女……さん?」
 その直後に、新蘭の背後から、産泰様に向けて枝を投げた女性が恐る恐る声をかけた。
「え……」
「こんな怪異に遭遇して……まだ震えているんですが……、私たちはたまたま居合わせただけじゃない気がするんですが……」
「あ……、はい、仰る通りです。そちらの奥の女性が鬼玉……ええと、宇内……世界にとって危ない物質を発生させてしまい、また本庄周辺の神霊たちがいわば操られて、それを喰らい、より危険な存在になろうと目論んだのです」
「へ……」
 奥にいた上役の女性が強張った。
「そんな……私たちも一因だったなんて……。本当にすみません……な、何かできることはないでしょうか……」
 新蘭に、手前の女性が尋ねた。
「あ、それでしたら、私たちも、お願いしたいことが……ええと……長田さん!」
 新蘭は司を呼んだ。

「あっ……ペンの柄が伸び……?」
 少しして、司の両手、さらにその上から女性の両手で覆われていた司の光筒は薄緑色に光り、数センチほど長さが伸びた。意識を集中していた二人のうち女性はそれを見て声を上げた。
「筒爪……ついた……」
 司も胸をなでおろした。
「これで、彼のこの筆の威力が少し増しました……」
 新蘭は女性に説明した。
「そ、それはよかったです……。あの、ほ、他にも何か……」
 女性も喜びながらも、戸惑い再び尋ねた。
「それは……。何しろ皆さんの時代は、一人ひとりのお気持ちも、市民社会全体の法や慣例も、矛盾を多く抱えていますから……。各自が、俯かずに状況を改善するように進み続けることと、そして全体でも、法やルールなんですが……、えっと、かつてこの天路の従者たる子どもたちは、別の時間軸にあって、今から約20年前、日本と同じようなことになっていた大陸の小国で、法政そのものも変革したんです」
 新蘭が言った。
「えっ……」
「すごい……」
 それを聞いた大人たちは驚きの声を上げた。
「そのときの出来事の数々は直接お見せすることまではできません。ですが、この時代の記録装置……DVDですか、その形にすることはできますし、それで概要はお伝えできると思いますので、それをお渡しします……」
「あ、ありがとうございます」
 新蘭はそう言いながら、左手の上に光を出現させた。それはすぐに一枚のDVDになった。女性は礼を言いながらそれを受け取った。
「ほ、他には、なにかありませんでしょうか」
 女性は三度聞いた。
「それは……先ほども申しましたが、皆さんの一人ひとりの日常の中でより『自由』たることを大事に思っていただくということに……」
「そんな……私たちでは、とても微力で……」
 新蘭の言葉を聞きながら、女性は徐々に俯いて言った。
「いえ……大丈夫だと思います……」
「へ……?」
 そのとき司が小声を発した。女性は虚ろに彼のほうを向いた。
「筒爪をいただいて、僕は大変うれしかったです、あ、ありがとうございます……。ほかの人との関係でも、自分のベストを尽くすことが大事だと思います……もちろん、それはとても驕れるようなものではないかもしれないですが……」
「え……」
 司はそう言って万面の笑顔になった。それを見た女性も、次第に目に正気を戻していった。






【無料】霊力使い小学四年生たちの日本信仰 第九話 埼玉本庄・オサキの銭、産泰様の抜け柄杓

2021年11月29日 発行 初版

著  者:坪内琢正
発  行:瑞洛書店

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坪内琢正

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