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全回復ラスボスの無茶ぶりⅡ戦闘トイレの金隠し

嶋内正樹

記紀怪界書房



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 目 次


プロローグ 回る回るよ木馬は回る


第一部 ナツメ・デーツは動けない

第二部 銭湯潮流


第三部 進撃の巨人の星


第四部 熱き血のイレブンPM


第五部 ドクター・ストーン・オーシャン


第六部 妄想リベンジャーズ


第七部 エイジャの茶石


第八部 黄金虫体験


第九部 D.O.の異世界


第十部 ポニーテールは砕けない


エピローグ ファースト・カメムシ

 プロローグ 回る回るよ木馬は回る

 「あ~!あった、あった!回転木馬だ!ナツメ、こっち、こっち。早く~!」
 「分かってるよ。そんなに焦らなくても。」
 「何言ってるの。自分の方が焦ってるくせに。」
 二人は有名なテーマ・パーク、バイオレット・スパーガーデンに来ていた。アルファは念願のアトラクションの回転木馬を見つけ、乗り場に向かって走り出していた。
 「二名様ですね。」
 係員がチケットを確認し、二人はホワイトベースの姿をした乗り物に乗り込んだ。
 「お、艦橋が再現されているぞ。」
 「じゃあ、ボクはブライトさんの所に坐るかな。アルファはミライさんがいい?セイラさんがいい?フラウ・ボゥはここじゃないよな。」
 「何グダグダ言ってんのよ。あんたの望みはそんなんじゃないでしょ。さっさと服脱いでよ。」
 「え~!?ここですんの?すぐに一周しちゃうよ。」
 「ふん、どーせ、あっという間じゃないの。坊やだからさァ。」
 「何語尾上げてんの~・・・って、ほんとにいいの?」
 ナツメは大喜びでアルファに近づいた途端・・・
 『ドッカーン!!』
 キャノン砲がホワイトベースを貫いた。
 ・・・・・「あいたたたた・・・」
 ナツメはベッドから転げ落ちて目を覚ました。
 「くっそー!!マ・クベの奴、人の恋路を邪魔しやがって。ぜって―許さねえ。ってボクはベッドじゃなくて布団で寝てたはずだけど。話の都合上、ベッドでないと落ちがつかないってわけ?」
 非常に目覚め悪くナツメは体を起こした。何気に窓から外を見ると、オキタがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。ナツメは窓からオキタに呼びかけた。
 「お~い、オキタ、うちに用事かな?」
 オキタが手を振って答える。
 「あなたに渡したいものがあります。そちらに行きますね。」
 ナツメはオキタを家に迎え入れ、要件を聞き始めた。
 「ヒミコ様からターントリプルナインの切符と、バイオレット・スパーガーデンのフリーチケットを預かってきました。」
 「ヒミコ様、本当に用意してくれたんだ。」
 「そうです。ナツメ君の弟くんと妹さんの分もあります。アルファさん、いろはさんも一緒にどうぞ。テルーさんは行かないそうです。」
 「テルーは行かないの?なんでだろ?」
 「何でも、ナツメ君の冗談についていく自信がないそうです。」
 「いろいろ突っ込まれるの嫌なんだろうな・・・まあ、でも今回はテルーのネタ引き出すの難しそうだね。オキタの奥さんと子供たちも一緒に行くんだよね?」
 「彼女たちは先に行ってるんですよ。なんでも早く行かないと『ひとりでプリキュア・ショー』が終わってしまうというので。」
 「ひとりでプリキュア?よくスポンサーが許可したね。おもちゃの売り上げめっちゃ少なそうだよ。」
 ナツメは弟のロカトと妹のフィグを呼んだ。
 「お~い、ロカト、フィグ、あのバイオレット・スパーガーデンに行けることになったぞ。」
 「ほんと、いやっほ~い!俺は『がんばれ五右衛門風呂』に入るぞ~。」
 「なんか渋いの選択したね。」
 「わたしはお化け屋敷がいいな。『めぞん残酷』。」
 「なんか名前が不気味だね。どんな管理人さんなんだろ?声がナウシカだから、でっかい虫もいるかもね。」
 「兄貴は何がいいんだい?」
 「ボクは『ジョジョの奇妙な事件簿』かな。」
 「何それ?もしかして刑事コロンボが好きなスタンド使いが事件解決するの?宿帳にQ太郎って書かなきゃね。テーマ・パークでスタンド再現できるの?」
 「なんかね、子供の姿になって蘭ちゃんと風呂入って・・・いやいや、麻酔中毒のおじさんを使って事件解決するアトラクションだよ。」
 「そうだね、今まで何百回麻酔打たれてるんだろうね。」
 三人の話が盛り上がっているところへ、オキタがスパーガーデンのパンフレットを見せてくれた。
 「はい、これを見ておくといいですよ。いろいろ用意もあるでしょう。出発は二日後です。朝六時に99番ホームで会いましょう。」
 そう伝言してオキタは帰って行った。
 ロカトが思い出したようにナツメに尋ねる。
 「そう言えば兄貴、アルファさんと結婚したんじゃなかったっけ?」
 「そのはずなんだけどな~。なんか、なかったことにされてるような・・・パート2を始めるにあたってリセットされてしまったような・・・生殺しだよ。」
 「にいちゃん、スパーガーデンでデートしたら?」
 「そうだね、そのつもり。回転木馬に乗るぞ!」
 三人は明後日のバカンスに心を躍らせた。

 第一部 ナツメ・デーツは動けない

 「よ~し、駅に着いたぞ。あ、オキタといろははもう来てるね。おっはよう!」
 ナツメ、ロカト、フィグの三人は浮気駅の入り口に到着した。オキタといろはが三人に気づいて返事を返す。
 「おはよう。また一緒に旅行ね。」
 「皆さんおはようございます。ワクワクしてますね。表情で分かります。」
 三人はいろはとオキタにあいさつを交わす。
 「そう、楽しみだね。ムラムラすっぞ。なあ、いろは、変なんだけど、ボクとアルファ、なんでか結婚してないことになってるよ。」
 「そんなことわたしに言わないでよ。二人の問題でしょ。何よムラムラって。自分で言ってて恥ずかしくないの。」
 「いや~、大変なんだよ。それと第三者の介在があるような・・・」
 「にいちゃん、それはもういいじゃないの。あっちに着いてから考えたら。」
 フィグがいろはにあいさつする。
 「かぐや姉さん。今日もすてきな髪ですね。」
 「あら、ありがと。一緒に旅ができてうれしいわ。」
 ロカトはいろはの前で緊張している。
 「い、いろはさん、お久しぶりです。」
 「そんなに経ってないでしょ。先日帰還パーティーしたところだし。」
 「は、はい。・・・」
 ナツメがちゃちゃを入れる。
 「まあ、緊張するほどの美人だからね。NGワードさえ言わなければあけっぴろげに話せる人だよ。」
 「NGワードって何?」
 「それはねえ・・・」
 ナツメはいろはの鋭い視線に気が付いて言葉に詰まった。
 「と、とにかく、お世辞とかは嫌いで、正直者が好きな女性だよ。賢い人だから、ロカトと気が合うと思うよ。」
 「よ、よろしくお願いします。」
 「ナツメの態度で学んだら。そのうち慣れると思うわ。」
 いろははロカトの緊張が初々しかった。ナツメがまた余計なことを言う。
 「いろはは黄泉平坂でキュア・ドリームになったこともあるよ。」
 フィグが目を輝かせる。
 「え~、見たいなあ。」
 「変なこと言わないでよ。髪の毛ピンク色になってなかったでしょ。」
 「ほらね、ロカト、こんな感じでいろははかまってくれるから。」
 「そのうち彼は痛い目に遭うから、それもよく覚えておいてね。」
 いろははロカトに微笑んで忠告した。ロカトはずっと気になっていたことを聞いた。
 「兄貴、この駅『うわきえき』って言うの?なんだこの変な名前。兄貴にとっては危険な場所じゃね。」
 「危険てなんでだよ。ボクは浮気なんてしないぞ。それに、『うわき』じゃないよ、『ふけ』って言うんだよ。なんだこのローカルなネタは。わざわざここに使う理由がよくわからんぞ。」
 「おっはよ~!」
 そこへアルファがやって来た。
 「あ、アルファだ!おっはよ~。ボクはもう我慢できないよ。」
 「朝っぱなからいかれてんのか!前の話は無しになってるみたいじゃねえか。」
 「そんなあ、あんまりだ!ラダトーム城から君を抱っこして新世界に旅立って海賊王になったじゃないか。」
 「アレフガルドの横にグランドラインなんてねえだろうが。ああ、沼地の洞窟にローラ姫を置き去りにして、一人で旅立ったこととおんなじになってんじゃないか?」
 「そんでも竜王倒したらモンスターいなくなるから、ローラ姫一人でも帰って来れるんじゃない?」
 「もしかして、ローラ姫それを怨んで怨んで、その怨念がシドーになったとか。」
 「あり得るね。」
 「あるか!」
 いろはが話に割って入る。
 「もう、そういうやりとりは汽車の中でしてよ。ここで立ってないで、改札をすまして客車に入りましょ。」
 「あ、いろは、あいうえおチョコ持ってきてる?」
 「もちろんあるわ。」
 「また言葉遊びしようよ。」
 「NGワード出したら殺すわよ。」
 「出さない、出さない、出したこともない。」
 ナツメはもみ手をしながらいろはに向かってニヤニヤした。
 「ふん、どうだか。」
 ロカトとフィグも興味津々だ。
 「言葉遊びって何?やってみたい。」
 「チョコの文字をルールに沿って並べるんだ。NGワードを出すとHP1まで削られるんだ。」
 「もう、さっさと行くわよ。」
 いろはにせかされて一行は99番線ホームへ向かった。汽車はすでに停車しておりドアも開いていた。みんなは汽車に乗り込んで切符の番号の席を目指した。
 「なんか、あれだよ。999みたいに誰も乗ってないって感じだよ。どこに坐ってもいいんじゃない?」
 「煉獄さん乗ってないかな?」
 「駅弁頼んだら分かるかも。」
 めいめいが勝手なことを話していると、『ジリリリリリ・・』と発射のベルが鳴った。
 「いよいよ出発だ!テイキング・オフの歌で行きたいね。」
 「こんなふざけた話に使わせてもらえんだろ。」
 客車の使用は999とそっくりで、4人掛けの席だった。ナツメはアルファと向かい合わせに坐った。そうしないといろはがナツメと座るような気がして、アルファはしぶしぶ了承したようだった。
 「なんでしぶしぶなのさ、夫婦じゃないか。新婚旅行ってことでいいじゃないか。」
 「うるせえよ、頭リセットしてこの話に望みな。」
 「そんなあ。まあいいか、ホワイトベースまでの辛抱だ。」
 「なんだよそれ、木馬って言いな。」
 フィグはいろはと一緒に座りたがったので隣に座り、ロカトはいろはと向かい合わせに坐ることになった。女性陣は進行方向に向かって座った。オキタは連日の疲れがあるので眠りたいというので、一人で席に座った。ロカトはかなり緊張していた。そんなロカトを見て、ナツメが声をかける。
 「そんなに緊張するなよロカト、ただ、あいうえおチョコを侮辱すると、マッスル・インフェルノ喰らうけどね。」
 やはりというか、そういうなりゆきなのか、列車には自分たち以外の乗客はいないようだった。
 「ブオ―――」
 汽車は汽笛を鳴らして出発した。しばらく平地を走った後、いよいよ宇宙空間に向けて空に向かって伸びるレールに差し掛かった。いろはがハッとして叫ぶ。
 「え、どういうこと!?この列車は宇宙になんか行かないはずよ。バイオレット・スパーガーデンは海の向こうの島のはずだわ。」
 あせるいろはに対し、ナツメは相変わらず能天気だ。
 「まあ、いいんじゃない。これからまた冒険が始まるんだ。ゾクゾクすっぞ。」
 なんて言いながらも、汽車は徐々に垂直に近づいていく勾配を登って行った。進行方向とは逆に座っているナツメとロカトは手すりにつかまらないと座っていられなくなってきた。
 「そういえば、999にこんなシーンなかったぞ。しっかり窓開けて外見てた気がするし。」
 そして汽車はレールの端に到達し、いよいよ宙に浮いて飛び立った。そしてまったくの垂直となり、ナツメとロカトは席の反対側のアルファといろはに向かって落っこちてしまった。ただ、ナツメの顔には『しめた』と書いてあった。
 「ごめ~ん、アルファ♡仕方ないかな~。」
 「てっめー、わざと落ちただろ。とにかくさっさと横行けよ。」
 一応ナツメはアルファが怪我しないように着地していたので(抱きついてきたが)、邪険にはしなかった。一方のロカトはいろはの横にフィグがいたので、よけるスペースを見つけられず、まともにいろはの上に落っこちてしまった。
 「ご、ごめんなさい。こんなことになるなんて。わざとじゃないです。怪我は無いですか?」
 「いいわよ。予想外だったわ、こんなの。とりあえず宇宙空間で無重力になるまで待つしかないわね。・・・いえ、どこかに重力制御装置のスイッチがないかしら?」
 ナツメはいろはがそう言う前に、すでにスイッチを探していて、座席の横にあったボタンを見つけた。
 「あ、これだ、これだ。」
 ナツメはコンセントなどが一緒になっていた盤面の制御スイッチを押した。いろはとロカトは重力の向きが変わったので二人してよろめいた。
 「すみません。今すぐ座りなおしますので・・・」
 この時になって、ロカトは自分の体に起こった異変に気が付いた。ロカトがいろはに謝り続けている。
 「す、すみません。か、体がくっついて離れないんです。どうなってんのかな?」
 「ほっほ~、ロカトは積極的だねえ。」
 「兄貴、冗談はやめてくれよ。なんか変だよ。」
 ナツメはスイッチを押して席に戻ろうとした途端、吸い寄せられるようにアルファに倒れ込んでしまった。二人でじゃれ合う形になり、アルファが怒鳴り散らしている。
 「ナツメ、何のつもりだ、てめー!ベタベタすんな。」
 「い、いや、わざとじゃないよ。嘘じゃないよ。嘘じゃないのは嬉しいって気持ちだけ・・・」
 「何だとこらー!」
 「ほら見てよ、ロカトも同じことになってるんだよ。何かおかしいよ。」
 「兄貴、これって、足がグンバツの女のスタンドだよ!」
 「でも攻撃のきっかけなんてなかったぞ・・・あ、制御スイッチの横にコンセントがあった。ちょっとビリッとしたな、そういえば・・・」
 いろはが疑問をはさむ。
 「でもロカトは関係ないじゃない?」
 「・・・俺も触っちゃったよ。スーパー・ギャラクシアンのアダプターを差し込む時、ビリッと来たよ・・・」
 「なぜにレトロゲーム・・・とにかく、足がグンバツの女がどっかにいるんだ。だれか動ける人いないかい?オキタは寝てるか。フィグ、本体を探すんだ。」
 「にいちゃん、わたし無理だよ。スタンド使いじゃないし。」
 「まあ、無理に探さなくてもいいけどね。至福の時間だから。」
 「ぶっ殺されてーのか、てめー。フィグ、まずはトイレに誰か入ってないか確認するだけでもいいから、行くんだ。」
 「トイレにはきっと足がグンバツのお婆さんがいるぞ。」
 「いろはさん、ほんとにごめんなさい。」
 「いいから、解決の方法を考えなきゃ。」
 「そういえば、人とはくっつくけど、バステト女神みたいに何でもくっついてしまうわけじゃないんだね。まあ、まわりにくっつくものは何もないけど。」
 いろはは座席の手すりにしがみついて離れようとしたが無理だとあきらめ、ロカトの背中にじりじりと体を滑らせ、おんぶの形にまで何とか体を移動させた。くっつき方は磁石のようで、接着剤のようについているわけではなかった。ロカトは目を白黒させて恥ずかしがっていた。
 「これで動きやすくなったんじゃない。」
 ロカトは嬉しいやら恥ずかしいやら申し訳ないやら。
 「そっちの二人はどうなの?まだ身動き取れないの?」
 「いろは、うまくやったね。じゃあボクらも同じ手を使うか。」
 ナツメとアルファはいろはたちと同じように向かい合わせだったが、どさくさに紛れてナツメがアルファの背中に手を回しており、これがくっついて一筋縄ではいかなかった。ナツメが手を移動させようとするのだが、アルファの服まで引っ張ることになった。
 「てめー、なに服脱がそうとしてんだよ!ド変態め。」
 こうしてひどく怒られるので動きようがないのだった。
 「ねえ、アルファ、しっかりくっついてくれた方が動きやすい気がするんだけど。足をあげて後ろに回してくんないかな?他意はないんだよ。断じて。」
 「そのセクハラ行為に他意はないだと。じゃあ、動かんでいい。」
 「そうはいかないよ。早いとこ恩人、いや敵本体を見つけなきゃ。」
 「今てめー恩人って言っただろ。本心丸分かりだろうが。」
 「もう、二人はほんとあてにならないんだから。アルファもちょっと我慢しなさいよ。」
 「ボクも必死で我慢してるよ。」
 「てめーの我慢は意味がまるで違うだろ。」
 「だって、アルファがガードしたままくっついたから、肘が肋骨に、ひざがお腹に押し付けられて悶絶してるんだよ。」
 確かに二人は妙な体勢だった。アルファの両手は二人の顔の間にあり、前もよく見えないのだった。どう見ても、セクハラをしようとして拒否されたオヤジの姿だった。実のところ、ナツメはあまり楽しくないのだった。
 「仕方ないわね。わたしたちだけでなんとかするしかないわ。そうだ、オキタを忘れてた。」
 「そうだ、不寝子、オキタを起こすんだ。」
 「はいはい・・・」
 フィグはオキタを揺り動かして呼びかけた。
 「オキタ、大変よ。助けて。」
 「ん~~・・・どうかしましたか・・・」
 「大変なのよ。にいちゃんたちが引っ付いて取れないのよ。」
 「意味がさっぱり・・・」
 「とにかく起きて見てよ。」
 オキタは寝ぼけ眼をこすりながら、フィグに引っ張られて立ち上がり、事件の現場を見た。
 「よもやよもやだ。」
 誤解を招いていると察したいろはが手短に説明する。
 「変な想像しないでよね。スタンド攻撃を受けてるのよ。敵本体を見つけなきゃ。オキタ、フィグと一緒に探して。」
 そう言っていろはロカトを促すと、ロカトはいろはを背中にくっつけて歩き出した。オキタもすぐに後部車両に向かう。
 「敵本体か。エンムみたいに車両全体が本体だと厄介だな。煉獄さん乗ってたらいいのに。不寝子、いやフィグ、一緒に行こう。」
 オキタは不慣れなギャグを飛ばし、二人はすぐに最後尾の車両に到着したが、車掌室はなく、最後のドアを開けて遠ざかる青い地球を見ることになった。
 「見とれている余裕がありませんね。」
 二人は今来た通路を戻って行き、再びナツメたちのところに戻った。
 「後部車両まで誰も乗ってなかったです。」
 「誰も乗ってないって、まったく999だよ。でも停車駅によっては大勢の人が降りてるシーンもあるんだよな。漫画ではそういえば密航者がいたよな。車外に放り出されてたような気が・・・」
 オキタとフィグは今度は先頭車両に向かって進んでいった。何両か過ぎると、前方の車両を繫ぐドアの窓の向こうに、帽子をかぶった何者かの姿が見えた。二人はドアの陰から様子をうかがう。
 「車掌さんのようですね。」
 「あ、でも本体はあの車掌さんだよ。きっとそうだよ。にいちゃんだってそう思うはずだよ。早く戻ろう。車掌さんはこのままこっちへ来るし。」
 フィグに促されて二人は急いでナツメたちの元へ戻った。
 「にいちゃん、見つけたよ、本体だよ。車掌さんが本体だよ。」
 「何、ほんとか。どうしてわかったんだ?」
 「あの車掌さん、足がグンバツだったんだよ!足がグンバツの男になるけどね。もうすぐこっちに来るよ!」
 「車掌さんの足がグンバツ?変だね。」
 「変だけど、見ればわかるよ。」
 全員緊張しながら前方のドアが開くのを待った。しばらくしてドアが開いて車掌が入ってきた。ナツメは驚きの声を上げる。
 「ほんとだ!足がグンバツだ!」
 「でしょ!」
 「確かに車掌が本体のようだぞ。まさかまさかだ。車掌さんの足がドムのホバークラフトになっている!」
 アルファがつっこむ。
 「それって、鉄拳の漫画に出てくるドムの車掌さんだろうが!」
 「きっとドムドムの実を食べたんだよ。」
 騒ぐ全員に車掌が話しかける。
 「切符を拝見します。」
 ナツメが警戒を緩めない。
 「切符を切ったときに眠りに落ちるぞ。」
 車掌はナツメの言葉など意に介さず、話を始める。
 「おや、くっついておられるようですね。」
 「あんたスタンド使いだろ。」
 「行かんぞ歯科医?」
 「それ、本気でそう言った?」
 「ポッポポッポハトポッポー?」
 「なんだこの人?Tボーンステーキ食えなくなった爺さんかよ。」
 「とにかく、大変そうですね。どうされました?」
 「どうって、あんたのスタンド攻撃だろうが。」
 「もしかして、スイッチを押しましたか?」
 「ああ、そうだよ、おかげで楽しい時間を過ごせたよ。」
 「もう一度スイッチを押せば元に戻りますよ。」
 「なぬ?」
 汽車は地球の引力から脱し、宇宙空間飛行になっていたので地上での走行と同じ状態に戻っていた。ナツメトロカトはスイッチをもう一度押し、ようやくくっつきから解放された。
 「ふう、慌てることもなかったわけね。」
 「いろはさん、ほんとにすみませんでした。」
 「謝ることないわよ。」
 「脇腹いてえ。」
 「まったく、変なところに力が入ったぞ。体操がいるぜ。」
 みんなめいめいつぶやいていたが、席に戻って落ち着いた。
 「次の停車駅はかわ屋、かわ屋です。」
 「なんだそれ?便所かよ。」

 第二部 銭湯潮流

 「惑星かわ屋~かわ屋です。停車時間は地球時間で24時間です。」
 トリプルシックスは惑星かわ屋に停車し、車掌の案内の後ドアが開いた。
 「ずいぶん長く停車するんだな。」
 「汽車の中にいるのも退屈だし、外に出ようよ。」
 「まったく、どういう場所かもわからないよ。」
 「24時間ということは明日のこの時間に発車だよな。汽車で一泊することになるのかな。止まっている意味ないんじゃないかな。」
 「お腹すいたらよさそうなところで食べようよ。」
 みんなは汽車から降り、駅の改札で切符を見せてから外に出てみた。トンネルのような入り口から外に出ると、少し離れたところに奇妙な建物が建っているのが見えた。
 「何これ?千と千尋って感じなんだけど。」
 「もしそうなら、かなり危険だよ。」
 「まあ、とりあえず行ってみようか。ただし、何も食べないことだね。」
 バイオレット・スパーガーデンに行くはずが、異世界に迷い込んだようだった。
 「まあ、悩んでも仕方がないからね。まずはこの24時間を楽しもう。」
 そう言ったナツメだったが、建物に近づくにつれて便意を催してきた。
 「い、急ごう、っていうか、先行ってるね。」
 あっけにとられるみんなを後に、ナツメは一目散にかけていった。
 「ま、まずい。うんこしたい~!!トイレはどこだ~!もれる~・・・」
 ナツメは川の上に立っているトイレらしき建物を見つけた。
 「やったぞ。間に合った。」
 ナツメは急いでドアを開けてそこがトイレだと確認し、事なきを得た。
 「ふ~♡助かった。」
 ナツメがトイレから出てきたところにみんなもやって来た。
 「何やってんだよ。社会見学の小学生かよ。」
 「何を言うか。学校とか社会見学でうんこする男は勇者なんだぞ。女の子は分からんのだ。おしっことうんこのどちらも同じ場所でするからな。誰にもばれずに用を足せるじゃないか。しかし、男はそうはいかない。完全に大便とばれる。代弁できないんだぞ。それを勇気をもって挑む者こそが真の勇者となれるんだ。しかもボクは学校や社会見学の勇者を超え、宇宙の勇者となったんだ!」
 「にいちゃんすごいな。」
 「感心するようなことか?」
 ナツメの演説を聞いていると、突然、トイレの下を流れる川から何者かが姿を現した。
 「あなたが流したのは、この金のうんこですか?それともこちらの銀のうんこですか?」
 「なんだ~?泉の妖精ならぬ、厠の妖精か~?」
 「え~?何?そのどっちでもないよ。ボクが流したのは本物のうんこだよ。」
 「あなたは正直な人ですね。その正直さゆえに、この金のうんこを差し上げましょう。」
 そのもの・・・・の姿をした金のオブジェをナツメは受け取った。ずっしりと重いそれを、ナツメは恐る恐るにおいをかいでみたが、金属臭だったのでとりあえずホッとした。
 「それってほんとに金でできてるの?」
 「そうみたいだよ。金は水の約20倍の重さだから、5キロくらいだね。」
 「いやな計算してねえか。」
 「それにしても、どうしようね。こんなのもらっても、どうしようもないよ。ゴールドハンターだったら喉から手が出るほどほしいだろうけど。うんこを喉から手が出るほどなんて、だね。そうだ、オキタだったら換金できるんじゃない?」
 「まずは本当に金かどうか確かめないといけませんね。」
 「よくある、噛んで確かめるっていうやつかい?面白い絵になるね。」
 「噛みませんよ。」
 どうもこうもないので、ナツメは金のうんこを背中のカバンにしまった。
 「さあ、あの建物に行ってみよう。」
 みんなが想像していた食べ物屋さんや何やかやはなかったが、どこかで見たやつが橋の上でたたずんでいるのが見えた。
 「あ、あの黒いやつだ。ここにも来たんだ。」
 そう言うと同時に、ナツメはチラッといろはの動きをうかがった。急いで射程距離外に逃れる。ナツメはその黒いのに声をかける。
 「あのさ、ここって何の建物か知ってる?」
 黒いのは手を出すと、その手から金のうんこを出して見せた。
 「・・・余計訳が分からなくなった。」
 すると出し抜けに声がした。
 「ここで何をしている!」
 「よかった~ハクが来てくれたよ。」
 みんなが大きな期待を込めて声のするほうを見ると、まったく当てが外れてしまった。鼻はゾウ、目はサイ、尾はウシ、脚はトラの姿のおっさんがそこにいた。
 「ハクならぬバクかよ。どっと疲れたよ。」
 次から次へとおかしな展開に引き込まれ、みんなはしらけ気味だった。バクは一行を咎め始めた。
 「ここは湯ババーバ・バーババ様が経営するかわ屋であるぞ。貴様ら、ここのかわ屋を無許可で使ったであろう。無銭排便の罪により、ここで強制労働だ。よいな。」
 アルファが文句を言う。
 「なんだ~無銭排便だ~?湯ババーバ・バーババだ~?ここ、銭湯じゃなくて便所だろ、だったらクソババーバ・バーババだろうが。」
 「貴様、なぜ湯ババーバ・バーババ様の本名を知っている!?なんてことだ、いきなり呪いの解除呪文を使われてしまった!恐るべき女だ。」
 「なんだてめえー、ヌケサクかよ。」
 「貴様なぜ俺様の名前を知ってるんだ!」
 「やれやれだぜ。」
 「あのさ、ボクらはあと23時間くらいあるから、その間働いてもいいよ。」
 「何言ってやがる。あたしらを巻き込むな。」
 「いいじゃないか。面白そうだし。」
 しばらくアルファとナツメは言い合っていたが、いろはの一言で了承することになった。
 「まあ、やってみましょう。この変な世界の謎は中に入りこまないと解けないでしょうし。」
 「わかったわよ。ナツメの金のべらぼう、換金したら分け前もらうよ。」
 「じゃあ、これあげるよ。」
 「換金してからだ。」
 「おい、ヌケサク、案内しろ!」
 「いいだろう。湯ババーバ・バーババ様のところに案内しよう。」
 一行はバクの案内で、湯ババーバ・バーババのオフィスへ行った。
 ここでオープニングが流れる。

 SAY WAAAH! バババーババーババSTAND UP
 くたばってばっかいんな ブッ飛んで行こうじゃない
 ふんばってBOMBERって GO! GO! TRIKEY STYLE
 早く鳴らせゴング こんな時代だぜ 俺達は止められない
 come on… come on… come on!
 ・・・・・
 ビンビンマッチョでオーエーオーエー
 ガンガン行っとけオエオエオー
 バンバンハードなオーエーオー
 飢えたワイルドチャレンジャー

 「・・・いいのかな・・・こんな展開。」
 湯ババーバ・バーババは頭が金髪アフロのばあさんだった。
 「ここは八百万のトイレの神様が用を足しに来るかわ屋じゃ。それをお前たちは勝手に使いおって。罰としてトイレ掃除をしてもらう。」
 「なんで『たち』って括ってんだよ。クソしたのはナツメだけだろ。」
 「そうはいっても、君たちだっていずれはトイレに行くんじゃないの?」
 「駅ですりゃいいだろ。」
 「それは結果論であって・・・」
 「フフフフフ、ナツメとやら、おぬしは何かとトイレに縁があるようじゃの。」
 ナツメは便器をなめさせられそうになった(実際はなめたのか?)屋敷お化けを思い出した。
 「トイレの神様が用を足しに来るって、確かにまあ、自分で自分の中にうんこするわけにもいかないか。頭の池に飛び込んだ人の落語はあるけど」
 湯ババーバ・バーババは何やら紙切れを出して来た。
 「これがこの館の見取り図じゃ。厠のしるしは分かるな。」
 「ていうか、部屋全部便所じゃないか。」
 「トイレの神様って、どんなクソすんだろうな。」
 「なにウキウキしてんのよ。」
 「そういえば、最初はカマジイのとこに行くんだったはずだけど、展開が違うね。」
 「各便座に電気温水器ついてたら、ボイラー室はいらないんじゃないですか。」
 湯ババーバ・バーババは騒がしい連中にイライラして叫ぶ。
 「さあ、さっさと仕事しな。おい、エバ、お前がこいつらの面倒を見るんだ。」
 湯ババーバに呼ばれて若い女性がみんなの前に現れた。おどおどしていて、かなり湯ババーバを怖れているようだった。
 「エバです。し、仕事場に案内します・・・わたしについて来てください。」
 エバはみんなと目を合わすのも嫌がっているようだった。早速ナツメがペラペラ話しかける。
 「君はシャア・アズナブルという男を知っているかな。」
 「ナツメの奴、また始まったぞ。」
 「それはそうと、薄いピンクのマニキュアの女の子は恋に臆病。肝心なところで本当の恋を逃す。これは占いというより心理テストだな。恋でなくても今、何かを恐れているだろう。」
 「ビビッてんのは見たらわかるだろ。なんか違う展開に引き込もうとしてやがる。」
 「あ、あの、ゴム手袋するとはがれるので、マニキュアはつけてないんですよ。」
 「やーい、真面目に答えてもらってやんの。」
 「何を遊んでおる!さっさと仕事をしないか!」
 「は、はいっ。すみません。み、みなさん、仕事場へ向かいます。」
 湯ババーバにどやしつけられ、エバはあわててみんなを部屋から連れ出した。
 「ねえ、エバさん、何をそんなに怖れているんです?よかったら話してくれませんか。ここにいるみんなは頼りになりますよ。」
 オキタがエバに道々話しかける。
 「・・・・す、すみません。」
 「い、いや、謝らなくても。」
 今度はいろはが尋ねる。
 「何か弱みを握られてるのね。安心してよ、今日中に解決してあげるわ。」
 「お、いろはも大きく出たね。エバ、元気出してよ。彼女は髪型がサザエさんみたいって言うとマッスル・インフェルノするいろはで、こっちのミンキー・モモみたいのはアルファっていうんだ。この二人は強いよ。」
 言うやいなや、ナツメは二人にマッスル・キングダムを喰らってしまった。
 「ほ、ほらね・・・」
 「あ、あの、早く仕事に取り掛らないと・・・」
 何を言っても彼女は上の空のようだった。彼女はまず最上階へみんなを連れて行き、掃除用具入れの部屋に入った。入った途端、ナツメが素っ頓狂な声を上げる。
 「何だこりゃ。」
 そこはとても掃除湯具入れに見えなかった。ほうきや塵取り、バケツもあったが、なぜかバールやスコップ、巨大ハンマー、ドリルやセメントなどの左官用具もあり、おまけにビームサーベルやバズーカや防具類まで置いてあった。
 みんなが辺りを観察している間に、エバはいきなり服を脱ぎ始めた。
 「な、何ですかー!・・・」
 彼女は服の下にバトルスーツを着ていて、武器類の選択に取り掛かった。
 「ひゃー、びっくりした。」
 「今日はお腹を壊している方が多かったので、何かと手間取ると思います。重装備で行きましょう。」
 「何の話?」
 「まずはわたしが適当な道具をあつらえます。」
 エバはみんなの体形に合わせてバトルスーツと武器類をチョイスしてくれた。それとは別に、小さな掃除機のようなものを手渡された。
 「この掃除機のようなものはスイーパーといいます。破壊したターゲットをこれで回収します。」
 しばらくして全員着替え終わったのだが、アルファがナツメに切れた。
 「ナツメ、てめー、なんの冗談だこれは!」
 アルファはハマーンの服を着てアッガイを従えていた。
 「そう言いつつも、ポーズ決めてドヤ顔じゃないか。そもそも、選んだのボクじゃないよ。それに、ハマーン様は戦闘服を着ないし。」
 「うっせーぞ。」
 いろはは自分に用意された服を着て、いや~な顔をしている。ナツメはそれを見て笑い転げている。
 「なによこれ。」
 ナツメが笑いながら説明する。
 「メガロマンだ。髪の毛振り回して攻撃するんだ。裏番組は新巨人の星だったなあ。」
 早速いろはは髪の毛を振り回してナツメを薙ぎ倒した。
 「うぎゃー・・・」
 「皆さん、用意はいいですか?」
 「エバちゃん、その服なんか、かっこいいね。綾波のコスプレみたいだよ。」
 「い、いや、体の線が出て嫌なんですけど。」
 「ちょっと、このメガロマンの服、嫌なんだけど。何とかならないの?」
 エバは目を回しているナツメを見ながら答えた。
 「す、すみません。髪の毛に合わせたんですけど・・・攻撃力は十分かと。お気に召しませんでしたか?」
 「嫌よ!」
 ナツメが起き上がって茶化す。
 「律儀に着込んでいるところはすごいね。」
 「うるさい!」
 「それでは武器の種類で考えてみますか? ソードマスターがいいですか? ガンマスター? 素手や蹴りのキャラもありますが。」
 「ソードマスターにしてよ。」
 エバは別の着替えを持ってきて見せた。
 「じゃあ、長い黒髪に合わせて、無限戦士ヴァリスでいいですか?」
 ナツメが早速反応する。
 「いいねー!似合うと思うよ。しかも、この短いスカート、鉄芯が入ってて絶対めくれないんだよ。」
 「つまんない部分を強調しないで!」
 いろはが着替えるのを待って、みんなはようやく仕事に向かった。オキタは沖田艦長の服を着ていたが、腰に無重力サーベルを下げていたので、これはハーロック使用のようだった。ナツメはバンダナをまいたスケベ青年、ロカトとフィグはオーソドックスに剣士と魔法使いの恰好をしていた。
 「それでは皆さん、スイーパーは持ってますね。覚悟はいいですか?ドアを通ったらすぐに閉めますので気を付けてください。」
 エバはドアに付いているタッチパネルにパスコードを入力した。
 「パスコードは『37564』、『皆殺し』と覚えておいてくださいね。」
 「物騒だな~。」
 「それでは行きますよ。」
 重いドアが『プシュー』という音とともに開いていった。ドアの内側から異様な匂いが噴き出してきた。
 「うえっ、トイレの匂いにいろんなのが混ざってるぞ。」
 「ではドアを閉めます。まずはお客様が入っていないルームからスイープしてください。油断すると増殖や巨大化しますので、残さず吸い取ってくださいね。まずはわたしが手本を見せます。」
 仕事に取り掛ったエバは、先ほどと打って変わって凛々しくなっている。エバは一番近くにあったルームのドアの前にみんなを案内した。
 「このルームは使用後の状態です。誰か入っていれば使用中のランプが点きます。それでは見ててください。」
 トイレと聞いていたので、みんな便器がある狭い部屋を想像していたのだが、ドアを開けるとキラキラの大きな部屋の真ん中にプールがある光景が広がっていた。エバはビームライフルとシールドを構えてプールに近づいて行った。すると突然プールの中からミミズのような姿の巨大な生き物が飛び出してきた。
 「何だ!」
 エバは素早くライフルを構え、引き金を引いた。
 『ズキューン!ズキューン!』
 ミミズのような生き物は粉々に四散し、エバは腰に下げていたスイーパーで残骸を吸い取って行った。
 「とりあえずここは1匹だけのようです。それでは皆さん、始めましょうか。スイープが終わりましたら、ドアの前に掃除完了のチェックボタンがありますので、それを押してくださいね。」
 「何あれ?」
 「お客様が用を足した時、お腹の中の蟲が排泄物と一緒に出て来るんです。それをスイープするのがわたしの仕事です。」
 「聞いてないよー! スイープってゴーストスイーパーのこと~? 助けて~ミカミさ~ん!」
 「誰呼んでんだよ。意気地のない横島なやつめ。」
 「もう、ごちゃごちゃ言ってないで、仕事するわよ。」
 いろはに急かされて、彼女が指差すルームのドアを開けて中に入っていった。そこは草原のルームで、真ん中に池があった。戦い方も知らない状態でぶっつけ本番のため、みんなは固まって池に近づいて行った。ロカトにはいろはの姿がまぶしく映った。
 「いろはさんって、度胸ありますね。格好いいです。」
 「今回はエロかっこいいんだよね。いろはは高く飛べるの?」
 「変態め、期待したってヴァリスのスカートはめくれないんだぞ。」
 「そのスカートは重力制御で、どんなポーズでも通常の位置に収まるように出来てますよ。」
 「鉄芯じゃあなかったんだ。あのブーメランぶん投げる女の子や甘露寺さんやカナヲさんのスカートもそうなんだろうなあ。ああ、アニメのかごめもそうだな。足がどこから生えてるかわからなくしてるんだよなあ。昔のタツノコはよかったなあ。」
 「どこ見てるのよ!」
 「いやあ、意識してなくても視界に入ってしまうよ。」
 「仕事に集中しろ。」
 「そうだよ、兄貴、いろはさんは真面目にやってるんだから。」
 「メガロマンで真面目にやればよかったのでは?」
 「いちいちうるさい。」
 3人が騒いでいると、池の中から先ほどのミミズと似たやつが現れた。
 「出たぞ。しまった。打ち合わせしてなかったよ。」
 「兄貴が太ももばっかり見てるからだ。」
 「もう、しょうがないわね。」
 いろははサーベルを構えてミミズに走り寄る。コスチューム全体に重力制御装置がついているので、いろはは天井高くジャンプし、体勢を逆さまにして虚空を地面のように蹴って急降下し、サーベルをミミズに打ちおろした。
 「兄貴、どさくさに紛れてスカート覗いていただろ。」
 「見えなかったからセーフだろ。」
 「そういう問題じゃないだろ。」
 「何やってるのよ!細かい残骸はスイーパーで吸い取ってよ。」
 二人はあわてて作業に入った。ロカトはちぎれて蠢いているミミズを剣でさらにミンチにした。手伝い不要と見たアルファはアッガイにもたれてオキタと共に傍観者を決め込んでいた。ナツメとフィグは次から次へと散らばる残骸をスイーパーで吸い取って行った。
 「う~ん、気持ち悪いよ~。」
 「フィグ、兄貴、その調子。」
 そう言ってロカトは剣で薙ぎ払っていった。
 「ふ~。ま、上手く行ったようね。次行くわよ。」
 「次はわたしの手番が来るかな。」
 アルファはもっと強いのに出て来て欲しいようだ。
 次の便所は森のような木々が生い茂る部屋だった。森の中に泉のように見える便槽があった。
 「森の中の泉ってやつかな。それこそさっきの厠の妖精の出る感じだよ。」
 今回もいきなり泉の中からミミズのような生き物が飛び出してきたが、今度のは黒い色をしていて、2匹以上いるようだった。
 「今回はわたしが先制するぞ。」
 アルファがアッガイのガトリング砲を撃ちこんだ。
 『キン、キン、キン』
 なんと黒い奴は弾丸を弾き返した。ナツメが面喰ったように叫ぶ。
 「ありゃりゃ、ハリガネムシかよ。こいつ固いぞ。ここでクソしたのはカマキリの神様かよ。」
 アルファはなおも続けて撃ちこむが、ハリガネムシはのけぞるだけでダメージがないようだった。
 いろははサーベルを抜いてハリガネムシに切りかかった。
 『ガッキーン』
 「硬いわねえ。オキタはどう?」
 「無重力サーベルだと傷はつけられるようです。でも、とどめを刺すのは少し時間がかかりそうです。」
 ロカトの剣攻撃も、ハリガネムシは風に流れる柳のようで、みんなの攻撃はハリガネムシの足止め程度にしかなっていなかった。
 「どうすりゃいいんだ、こりゃ。」
 みんながジリジリしていると、フィグが自分の職業を思い出した。
 「そういやわたし、魔法使いだ。何か魔法が使えるのかな?」
 「ハリガネムシの駆除にはフェロモンを使うらしいぞ。」
 ナツメが妙なことを言うので、フィグが混乱してしまった。
 「フェロモンの魔法って、叶姉妹でも呼び出せたらいいけど。」
 「ナツメをカマキリに変えて腹の中に戻したらどうだ?」
 「そりゃないよ~。」
 フィグはエバのアドバイスを思い出した。
 そういやエバ姉ちゃんが『魔法使いは想像力がカギを握っています。アイデアを具現化できるのがフィグさんの魔法使いコスチュームの特質です。』って言ってたわ。」
 「フィグ、これは勝ったも同然じゃねえか?」
 「そうだ! 変換魔法って思いついちゃった。ハリガネムシを柔らかくしちゃお。にいちゃん、なんか名前考えて。」
 「よし来た。ハリガネラーメンってどうだ!」
 「フィグ、ナツメにそれをかけてやれ!」
 「いやああ・・・」
 「じゃあ、ハリガネソーメンで。」
 「どうでもいいから速く魔法を発動してよ!」
 「ラーメン、ソーメン、ぼくキシメン!」
 そう言ってフィグがステッキを振ると淡い光がハリガネムシに放たれた。とたんにありファのガトリングガンでハリガネムシはバラバラになり、いろはとオキタのサーベルでもスパスパ切れ始めた。
 「よし、回収回収。」
 スイーパーを持ったナツメは掃除のあんちゃんにしか見えなかった。
 「フィグ、お手柄だねえ。」
 一行が部屋から出ると、エバが両手をついてうずくまり、肩で息をしていた。体のあちこちに傷もあるようだった。エバはみんなに気づいて顔を上げた。
 「皆さん、戦いに慣れてらっしゃるようですね。次は相当な難敵です。こんなのは今まで経験したことがありません。今何とか逃げてきたところです。」
 「え~?!君がこんな目に遭う敵ってどんなだよ。」
 「面白そうじゃないの。」
 アルファは俄然やる気満々だ。
 「わたしもまだ消化不良だし。」
 いろはも戦闘モード全開になっている。
 「一体どんな敵なのやら。」
 一行はエバが退散してしまったその部屋のドアを開けた。エバもみんなの姿を見て勇気を得たのか、立ち上がってついてきた。
 『ブオーオー、ブオーオー』
 「何だ?法螺貝か?」
 「あれはサナダムシの軍勢です。サナダムシが真田丸という砦を築いて待ち構えているんです。あらゆる攻撃を跳ね返してしまうんです。」
 「何だそりゃ。悪趣味なダジャレだな。」
 「あの砦は背後が壁で、盛り土をして前面を塀で囲んでいます。塀に近づくと上から粘液を落としてきます。重力制御スーツで上空から攻撃しようとすると、ひものような体を巻きつけて来て、動きを止められるんです。」
 「うえ~、サナダムシに巻きつかれるなんて、麺類を食べられなくなるぞ。」
 「しかもサナダムシはかなり硬いんです。」
 「コシの強いきしめんだね。」
 「気分悪くなるからやめろ!」
 「ようやくわたしの出番のようね。オイ、どけ。」
 アルファがアッガイとともに不敵な笑みを浮かべた自信満々の顔で、わざわざナツメの顔を押しのけて進み出た。そんなナツメはチャンスとばかりにセリフを言う。
 「この感じ、シャア・アズナブルか?」
 「言うと思った。出撃!」
 アルファはアッガイの背中に乗って飛び上がり、真田丸に向かっていった。大勢のサナダムシがアルファとアッガイに向かって飛びかかってきた。アッガイは六連バルカン砲を発射してサナダムシを蹴散らし、城壁の内部に飛び下りていった。いろはが慌てて真田丸に向かって走っていった。
 「もう、無謀なんだから。背中に乗ってるだけなんだから、後ろから狙われたら一たまりもないじゃないの。」
 いろはに続いてナツメやロカトたちも駆け出した。いろはが心配したとおり、アッガイが着陸した途端、サナダムシはアッガイの脚に巻きついて動きを止め、上に乗っているアルファを縛り上げようと狙いを定めた。アルファはアッガイのビーム法を撃ちまくって防いだが、なにせ数が数だ。
 「アルファ、今助けるぞ。『よかった、強い子に会えて』なんて遺言しちゃだめだぞ。」
 「うるさい、俗物!」
 いろはが一足早く壁際に到着し、高く跳躍して城壁の内部に入り込み、サーベルでサナダムシを蹴散らし始めた。ナツメたちは城壁に来てからそこを登る手立てを持っていないことに気づくというへまをやらかした。
 「しまった! 徳川軍と同じ失敗をしてしまうとは! 調査兵団の装備にしておくんだった!」
 フィグは魔法で壁を透視して隠し通路を見つけた。
 「にいちゃん、隠し扉を見つけたよ。中に階段で上に登れるみたいだよ。」
 「でかした、フィグ。よし、突撃!」
 ナツメ、ロカト、フィグ、エバは急いで階段を登っていった。階段は城壁の中のやぐらの下に通じていた。みんなは敵のど真ん中に出た。
 「うわっ! サナダムシがうじゃじゃいるぞ!」
 「一匹残らず駆逐してやる。フィグ、魔法で焼き払えないか?『焼き払え! 薙ぎ払え! どうした、それでも最も邪悪な者の末裔か?』ってやるんだぜ。」
 ナツメが待ってましたとばかりにドヤ顔で宣言した。
 全員体力のかぎりにサナダムシを駆除し、スイーパーで残骸を吸い取った。ここで苦労したのはサナダムシが造った真田丸の解体だった。
 「どわー、これは疲れたね。エバちゃん、ぼくたちがいなけりゃ、これ一人でやらなきゃいけなかったの?」
 「無理だったと思います。皆さんが来ていただいたのは、まさに奇跡です。」
 「あれまあ、最高級の褒め言葉で。」

 一行は次々と仕事をこなしていき、ようやくすべての部屋を掃除した。
 「みなさん、ありがとうございました。今日の分は完了しました。何とお礼を言っていいのか・・・」
 「ああ、楽しかったよ。」
 「それでは皆さん、入浴と着替えに行きましょう。」
 エバはみんなを休憩室へ案内した。着替え終わるとエバが食事を持ってきた。
 「ゆっくり休んでください。」
 食事をしながらいろはが言った
 「まだ仕事は終わってないわ。」
 「え?」
 「あなたの問題を解決しなきゃね。」
 「で、でも・・・」
 「あの湯ババーバに名前を奪われて、記憶もなくしてるみたいね。」
 「わ、わたし、実を言えば、思い出したくないんだと思います。」
 「『思い出したくないものだな、若さゆえの過ちというものを』って感じだね。このままだとずっとローププレイが続いちゃうよ。」
 「変な例えはやめろ。」
 「とにかく、エバさんのエバってのがヒントだよね。名前をビンゴすればいいんじゃないでしょうか?」
 ロカトが何とか助けになりたいという顔をして言った。
「ハクの場合はハクの前後をコとヌシではさまれてたよね。エバの前後の文字を連想してみようよ。」
 「なるほど、兄貴、さすがだ。」
 「どうせ変なの思いつくぞ。試しに言ってみなよ。」
 「わたしにも古い名前があってね、エバータ。アスワンツエツエバエ・・・」
 「どうしてそれを・・・」
 「おい、嘘だろ。」
 「あ、いえ、気のせいでした。」
 「それが正解だったら思い出したくないのは当然だけど。」
 「惜しかったみたいだよ、にいちゃん。」
 「どこかだよ。」
 「そうだな、この調子だ。みんなも連想ゲームだぜ。エとバに何かはさまるんだったら難しいぞ。プリプリエビバーガーとか。」
 「エバさん、見た目綾波みたいだから、エバンゲリオンでいいんじゃないですか? もしくはエバーガーデンなんてそれっぽいですが。戦ってるときはミカサみたいでしたし。」
 「エババーバ・バーババってことはないよね。」
 「エバン・・・」
 「あ、やっぱりエバンゲリオンが近いんだよ。」
 しかし、エバは頭をかかえて嫌がってるようだった。
 「エバン・・・その先は聞きたくない。」
 「エバ、思い出したくないものでも、真実と向き合うべきだと思うわ。たとえ残酷な事実でも。」
 「もしかしたら、残酷なことというより、恥ずかしいことじゃないかな。」
 ナツメのその言葉にエバは激しく反応した。
 「ああ、ああ、やめて・・・」
 「え、え、もしかして・・・」
 「やめてください、お願いします。」
 「にいちゃん、何を思いついたの。」
 「エバちゃん、そういうときは『野郎、なんてことを思いつくんだ』って言うんだよ。」
 「そうそう、エバ、ナイフをしこたまナツメに投げつけるんだ。」
 「わかりました。」
 「いやー、本気にしないで。」
 「よほど触れられたくない過去なのね。記憶がなくても心底嫌悪してることなのね。」
 「ごめん、その触れられたくない過去はわかっちゃったよ。」
 ナツメの言葉にみんなは驚き、エバは泣き出した。
 「エバちゃん、『真実はいつももひとつ』なんだよ。うーん、励ましになるかどうかわからないけど、アルファの恥ずかしいことよりましだと思うよ。エバちゃんは鉄格子が好きかな・・・」
 「それ以上言うんじゃねえ。」
 間髪入れずにアルファの膝蹴りがナツメをとらえた。
 「いたたたた、いいじゃないか、君の歴史が人助けになるんだから。」
 「アルファねえちゃん、鉄格子が好きなの?」
 「ナツメが余計なこと言うからややこしくなっただろうが。」
 「めぞん残酷にはあるかもしれませんよ。」
 「ロカトも黙れ。」
 「す、すみません。」
 「もう、人が悩んでるんだから。エバ、湯ババーバはあなたの弱みを利用してウハウハが止まらないのよ。悪しき流れを断ち切る必要があると思うわ。真実を知って前を向いて進まなきゃね。あなたのことを苦しい思いで探してる家族もいると思うわ。それでも、あなた自身が決断しなきゃならないけどね。どう、真実を知る勇気があなたにあるかしら?」
 「・・・・・」
 「兄貴、ここは兄貴の奇跡を起こす力の見せ所だよ。」
 「そんな大層な・・・エバちゃん、名前だけでもビンゴしていいかな?」
 「・・・わかりました。名前を思い出すのを嫌がるのはやめます。」
 「ようし、みんな、恥ずかしそうな名前を片っ端から思いつこう!」
 「なんだその悪質な罰ゲームみたいなのは。」
 「あ。」
 「どうしたの、にいちゃん?」
 「この流れで行くと、名前までそのネタがらみかも。」
 「どういうことよ。」
 「名前と恥ずかしいことがコラボってるんじゃないかと思うんだよ。」
 「結局はエバの気持ち次第ってことね。エバ、自分の過去と向き合う覚悟がいるようよ。どうかしら。」
 「ローラ姫と宿に泊まって宿屋の主人にのぞき見される勇者の覚悟だよ。それが世界を、いや、今回は君を救うんだ。」
 「にいちゃんすごいね。」
 「感心するな。」
 「わかりました。わたしも覚悟を決めます。自分が何者かを知るのは確かに怖いです。でも、きっと家族はわたしと会いたくてたまらないと思います。わたしも会いたい。会いたいわ。」
 「そうね。わたしも生き別れたお父さんを探しているわ。何をしてるのかはわかってるんだけど、その場所がわからないの。」
 「そうか、ラジオを聞いてジャンプ読んでるんだったね。しかもまだ千代の富士が現役なんだよ。」
 「いちいちうるさい!」
 「じゃあ、エバちゃん、まず名前を聞く勇気があるかい? 家族に会いたい気持ちを強く持とうよ。」
 「ど、どうぞ。」
 「兄貴、一体どんな・・・」
 「じゃあ、言うよ。君の名はゲリピー、エバンゲリピーだ。」
 「いや、それ、恥ずかしいというより、エバンゲリオンファンに殺される方が問題だろ。」
 「でも、まだ半分だと思うよ。それ苗字だから。ということで、話の流れと殺される流れで行くと、名前も想像がつくよ。もともとバイオレット・スパーガーデンに行く予定だったから、バイオレットがらみだね。なので、君の本当の名は、バイオレンス・エバンゲリピーだね!」
 「もう、そのネタやめた方がよかったんじゃない?」
 「わ、わたし・・・」
 エバはボロボロ泣き出した。と、そのとき、遠くから奇妙な叫び声が聞こえてきた。
 「グオオオオオー、あの名前を言い当てる奴がいるとは! まさか、そんなことが、ま、まさか、伝説の勇者が実在したとは・・・・」
 「ナツメさん、あなたが伝説の勇者だったとは・・・」
 「やっぱりにいちゃんはすごいね。」
 遠くからエバを呼ぶ声が聞こえてきた。
 「バイオレンス、バイオレンス、どこにいるの?」
 「お父さん、お母さん、ここよ、ここにいるよ。」
 エバは休憩室から飛び出し、みんなもあとに続いた。
 「あ、あれは・・・」
 まだ変化が解けていなかったのだが、こちらへ向かってかけてくるのはバクと厠の妖精だった。それぞれエバの父と母だった。
 「お父さん、お母さん!」
 「バイオレンス!」
 三人は駆け寄って抱き合い、うれし泣きに泣いた。
 「よかった、よかった。」
 「みなさん、ありがとうございます。元に戻れる日が来るなんて、夢のようです。湯ババーバ、いや、クソババーバ・バーババの呪いをとく伝説の勇者が実在したなんて、奇跡の中の奇跡です。」
 「一体、どうなってんのよ!?」
 エバはナツメの方を見た。ナツメはニコニコしていたが、それ以上語らなかった。エバはホッとしたようだった。しかし、心の中に決意を固めていた。そしてみんなに話し始めた
 「みなさん、改めてお礼を申し上げます。わたしはこの国の王女で、両親は王と王妃なんです。ぜひとも皆さんに感謝を贈らせていただきたいです。なぜこんなことになったのか、その顛末もお話ししたいので、準備ができ次第王宮にお招きします。いいですよね、お父さん、お母さん。」
 「ああ、もちろんだよ。わたしたちからも心からのお礼をしたい。」
 「でも、わたしたち、明日の昼には汽車に乗らないといけないんです。」
 「はい。承知しています。急いで用意します。」
 「あのヌケサクが国王だったとは・・・」
 「お礼ってでも、元に戻ったばかりで無理しなくてもいいのにな。」
 翌日、一行は王宮の広間に案内された。そこは湯ババーバのオフィスだったところだった。
 「湯ババーバはどこへいったんだろう?」
 広間には三つの玉座が並んでいて、国王、王妃、そして王女のエバが腰かけていた。どうやら従業員はもともと家臣や兵士であったようで、みんな整列していた。エバが立ち上がり、一行の前に進み出た。
 「皆さん、この国をお救いくださり、ありがとうございます。湯ババーバの呪いによってこの国は乗っ取られ、国民は惨めな思いを強いられました。それもこれも、みんなわたしのささいなこと、いや、わたしにとっては人生を左右する重大なことのために、この災いを招いてしまったのです。
 わたしに勇気があれば、そう、ナツメさんという偉大な勇者のように振る舞えれば、こんなことにはならなかったのです。わたしにもナツメさんのような勇気が一握りでもあれば・・・
 だから、わたしは勇気を振り絞って自分を変えようと思います。その第一歩として、何が起こったのか、一同の前で告白します。それがわたしの勤めであり、勇気の印だと思います。
 ナツメさんがこの星に来て最初に駆け込んだのが厠でした。」
 「ああ、あれね。そこで妖精が出てきたんだけど、まさか女王さまだったとは・・・」
 「兄貴、静かに!」
 「正直に言います・・・その厠、お化けが出ると言う噂のトイレでした。わたしの知る限り、誰も入った者はいませんでした。しかし、わたしはどうしても入らなきゃいけなくなったのです。どうしても間に合わなかったです。ちょうど社会見学のときでした。そこでまさかあんなことになろうとは・・・
 現れたのです、妖精が。その妖精とは、湯ババーバ・バーババ、いや、クソババーバ・バーババだったのです。彼女は『おまえのしたのはこの金のうんこか、それとも銀のうんこか?』と聞いてきました。わたしは正直に言えなかった。恥ずかしくてどうしても言えなかった。そこでわたしは『銀の方』と言ってしまったのです。
 湯バーババは『正直に言わなかったね。その呪いとしてわたしがこの国とお前の名前をもらうぞ』と言いました。そして父である国王はバクに姿を変えられ、母は湯ババーバがやっていた厠の妖精にさせられ、わたしはトイレ掃除人となりました。実はわたしは自分の名前も好きではなかったのです。その名前を忘れることができるのなら構わないとも思ってしまいました。
 あれからどのくらいたったでしょうか。そこへ伝説の勇者、ナツメさんが来てくださったのです。そして堂々と厠に入り、堂々と自分のしたありのままの事実を妖精つまりわたしの母に告げたのです。なんと勇気のある方でしょう。そしてその勇気と知恵は、わたしの閉ざされた心を開いてくれました。わたしに事実を受け入れ、告白する勇気をくれたのです。
 ここでわたしは告白します。わたしの名前はバイオレンス・エバンゲリピーです。あの日、わたしは厠でうんこをしました。本物のうんこをしたのに、銀のうんこと答えてしまいました。どうしても本当のことが言えなかった。わたしがしたのは本物のうんこです。
 やっと言えました。ああ、この日が来るなんて。なんとすばらしい日でしょう。どうか厠の勇者たち、そしてうんこの勇者たちに栄光あれ!」
 「たち・・って、いっしょにすんじゃねえよ。うんこ野郎はナツメ一人だろうが。」
 「やっぱりにいちゃんはすごいね。」
 「さすがだ、兄貴。」
 「ああ、そうだ、あのときもらった金のうんこなんだけど、お返しします。もしかして、この国の宝物じゃないですか?」
 「どうか受け取ってください。金のうんこはあなたが持つにふさわしい。」
 「いや、いいですよ。たしかに自分のとそっくりですけどね。」
 「・・・・・」
 なぜかそこでエバは黙ってしまった。
 「どうしたんですか。」
 「いえ、わたしのも同じなので・・・」
 「・・・・・」
 「何だあの二人。」
 そうこうするうちに、汽車の発車時刻が近づいてきた。
 「行ってしまわれるの?」
 「ああ、怖い車掌さんが待ってるからね。」
 「わたしも行きたい! 古いギャグはまだわからないけど、きっと覚えます。いっしょに行きたい!」
 そういってエバはナツメに抱きついた。ナツメはかわいいエバに抱きつかれて気持ちよくなり、髪の毛が逆立ってゾワゾワした。
 「ご、ごめん、先にいっちゃっ・・・」
 「クソかてめーは!」
 ナツメが言い終わる前にアルファが飛び蹴りを入れた。
 「さ、汽車に乗るわよ。」
 いろはがみんなを促した。
 「バイオレンスちゃん・・・」
 まるでセリフのなかったオキタがようやく口を開いた。
 「ま、周りはブドウ畑ということにしておきましょう。」
 「エバちゃん、また会えるといいね。楽しかったよ。」
 「ありがとう。たくさんの勇気をくれて。」
 「単に恥知らずだと思うけどなあ。」
 「この魔法使いの服、もらってもいいかな?」
 「どうぞ、魔法の効力は星を出ても有効ですよ。どうぞ活用してください。」
 「でもこのスケベ青年の服は使い道がないなあ。」
 「ナツメさんには金のうんこがあります。きっと役に立ちますよ。ただの金でもうんこでもありません。賢者の石なんですよ。」
 「これが? 世界の誰もが探し求めてる?」
 「そうです。」
 「磨いてみてください。もっとよくわかります。」
 そこでナツメはうんこをこすってみた。するとみるみるうちに本物のうんこの色になった。
 「それは心を映す鏡になっているんです。ナツメさんは湯ババーバに『本物』と答えたので、あなたの美しい正直な心が形になったのです。まさに賢者の石です。」
 「やーい、うんこ野郎。」
 「その通りです、アルファさん、それこそ最高の褒め言葉です。まさにナツメさんにふさわしい称号です。」
 「・・・・・」
 「勇者うんこに栄光あれ!」

 第三部 進撃の巨人の星

 「次の星は進撃の巨人の星、進撃の巨人の星です。停車時間は15時間です。」
 「今度はなんだ? どっちのネタだ。巨人倒すの? 野球すんの?」
 汽車が高度を下げるにつれ、星の名の通り、巨人がうようよいた。
 「なにこれ、降りた途端に食われてしまうよ。」
 やがて汽車は駅に着いた。車掌がアナウンスを始めた。
 「汽車を下りられる方はもれなく調査球団に入ってもらいます。ユニフォームは支給されます。」
 「調査球団? なにそれ?」
 「駅の前には球場があります。そこで毛野茂の巨人が待ち構えています。この星の住民は彼の球を打てないために苦しんでいます。住民だけでなくこの星に来た乗客も一人として打つことができなかったのです。今や入団する人もいなくなりました。」
 「ケノモの巨人? リヴァイ兵長に任せておけば?」
 「リヴァイじゃなくて、コボイ兵長がいます。」
 「コボイ? 誰それ?」
 「入団されるなら紹介します。」
 「みんなどうする?」
 「面白そうね。」
 「侍ジャイアンツの番場蛮と弓月やオズマとの対戦みたいなものですね。」
 「で、そいつのボールを打ったらどうなるの?」
 「放送終了となります。」
 「アニメ版か。よかった。原作は死んじゃうんだよなあ。」
 「え、そうなの? にいちゃん?」
 「あしたのジョーの力石といい、死ぬまでやっちゃうんだよ。」
 「毛野茂の巨人はそのつもりですよ。」
 「死ぬんじゃなくて、相手を全滅させる方ですが。」
 「仕留めるのは俺だ、てめえらは的になれ。」
 そう言ってやって来たのはコボイ兵長だった。
 「なるほどね。」
 ナツメがそう言ったのでコボイが怪訝な顔をした。
 「なるほどってなんだよ。」
 「いや、髪型がコボちゃんだったから。」
 「どっちもいっしょだろ。てめーらは入団希望者だな。さっさと着替えろ。」
 コボイに連れられてみんなは着替え室に行き、調査球団の団服に着替えた。そして毛野茂の巨人の待つ球場へと向かった。
 「ゲームが始まったらあいつは無数の石を投げてくる。それを打ち返すかキャッチするのがてめーらの役割だ。俺が奴の最後の石を仕留めるまで続けるんだ。なお、石を打ち損ねたら汽車に当たるからな。」
 「なにそれ、罰ゲーム? 死刑?」
 「打ち返せ、それだけだ。」
 離れたところからいきなり大声が聞こえてきた。
 「プレイボール!」
 「ほら、始まったぞ!」
 直後に風切り音が聞こえてきて石つぶてが飛んで来た。
 アルファはアッガイのバルカン砲で応戦し、いろはとロカトが剣で応戦した。フィグは魔法で記者全体を覆うバリアを張ってあっさり防いでしまった。
 「フフフフフ、それではファールにしかならんな。泥仕合だよ。」
 声の主は石を投げている巨人だった。毛の模様がドジャースになっている。
 「さあ、本番だ。」
 大きく振りかぶり、体をひねって毛野茂の巨人の投げる石がフォークになった。いろはとロカトは空振りを始め、アッガイのバルカン砲も当たらなくなった。フィグのバリアが無ければトリプルシックスに当たるところだった。みんなのように魔法の道具を持っていないナツメはフィグのバリアの後ろでぼんやりしていた。
 「にいちゃん、エバさんからもらったうんこを使えば?」
 ナツメはかばんからうんこを取り出した。
 「何の役にも立ちそうもないけどな。」
 「賢者の石なんでしょ。それ。願い事がかなうんじゃない? 賢者の石だから、人間の都合には合わせてくれないと思うけど。欲しいものを言っても答えてくれないと思うよ。欲しいものじゃなくて必要なものって願うんじゃないかな?」
 「フィグは魔法使いじゃなくて、まさに賢者じゃないの?」
 ナツメはうんこを持って必要なものを考えてみた。
 「なんだっけ? あの巨人、みんながやってるのはファールにしかならんと言ってたな。もしかして、ホームラン打たなきゃならんのかな? 石を砕いたり止めたりしてるだけでは永遠に終わらないってわけか。15時間過ぎちゃったら負ける上にこの星に閉じこめられてしまうというわけか。壁の中の人類だな、こりゃ。うーん、ホームラン打つしかないのか。」
 そう考えた途端、うんこがバットの形に変化した。いや、長くなったうんこだった。
 「やはり、ホームランを打てというわけか。よし、やってやるぜ!」
 ナツメはうんこバットを持ってバリアの前に出た。そして飛んでくるフォークを打とうとしたが当たりそうもなかった。
 「おい、てめー、15時間以内にバッティングをマスターするんだ。」
 コボイに言われてうんこバットを振るが、当たる気配がない。それが2時間ほど続いただろうか。ほかのみんなはルールを理解してバリアの後ろに行き、観客を決め込んでいた。
 「応援くらいしてくれよ!」
 巨人は疲れる気配もなく、投げるのが楽しくて仕方がないようだった。いつの間にやら石でははなく野球ボールに変わっていた。
 「ルールを理解した者に最大限の礼儀だよ。打てればいいがね。」
 巨人は余裕だった。自分のピッチングに絶対の自信を持っているようだった。確かにかすりもしなかった。
 「なんだあの余裕。それにしても、急に野球っぽくなったな。消耗戦には違いないがな。」
 さらに2時間が経過した。
 「フフフフフ、大したものだな。4時間もバットを振り続けるとは。ここまでやったのは君が初めてだよ。君のバット、ボールを打てるようにはしてくれないが、スイングする体力は供給してくれるらしいね。何とすがすがしいバットなんだ。努力あるのみ、と言いたげだね。」
 ナツメはバットの機能に相当鍛えられたらしく、筋力や動体視力がアップし、ボールをとららえられるようになってきた。
 「ようし、自信がついて来たぞ。よし、見切った!」
 そう言ってナツメはついにボールを芯でとらえ、ホームランを放った。
 「わあ、ホームランってこんな気持ちいいもんなんだ!」
 「本番はこれからだよ。君はホームランを打つことはできたね。長時間の訓練と体力供給の賜物だよ。あのバットでしか実現できなかったことだよ。だが、ほかのメンバーはどうかな? 彼と同じような訓練を経ないとわたしのボールをとらえるのは不可能だろう。それにはそのバットの機能が必要だ。さて、それを持てる人間がいるかね?」
 バットは見れば見るほどうんこだった。ぬめりといい、てかりといい、温度といい、湯気といい、においといい、まさにそのものだった。誰も手に取ろうとも近寄ろうともしないと思われた。しかし、そこはきょうだいである。ロカトがまず手に取った。
 「確かにうんこのだ。」
 「よく持ったな、ロカト、勇者2号の称号を贈ろう。」
 アルファが気味悪そうに言った。
 「よし、来い、毛野茂の巨人!」
 ロカトは2時間ほどでボールをとらえ、スタンドへ運んだ。続いてフィグは3時間かかった。
 「上出来、上出来。あとは3人だな。さあ、どうする? あと5時間だ。」
 オキタ、アルファ、いろははとても無理そうだった。そこでオキタは手袋をして持って見たが、そうするとまったく効力が発揮されず、ボールをとらえる前に普通にばててしまった。
 「必要なのは開き直ることのようですよ。」
 オキタは意を決してうんこを握り、やがてボールをとらえることに成功した。
 「よし、あとは女二人だ。」
 「まずてめーがやれよ!」
 「俺は最後だ。そう決まってる。」
 アルファはいつまでも手を洗い、においを嗅いでいるロカト、フィグ、オキタをながめていた。
 ナツメがいらぬ応援をする。
 「君に必要なのは一かけらの勇気だ!」
 「やかましい。それを勇気とは言わん。変態と言うんだ。」
 「じゃあ、変態になるのを恐れるな!」
 アルファはとりあえず頭の中で未来を思い描いてみた。ここでうんこを持たなかったらこの星で囚われの身になるのは確定だ。『なんでこんなのに首を突っこんでしまったのか』とは思わないことにした。『あの時そうしておけば』という言葉を使いたくなかった。
 うんこは80パーセントは水分だと言い聞かせようともした。残りが食べかすと腸内細菌の死骸とナツメの腸粘膜だ。いや、そもそも金だったじゃないか。なんで金からうんこに変わってんだ? 賢者の石? ただの嫌がらせじゃねえか。許さねえ! 賢者ってのはうんこ博士のことかよ。」
 怒りで目覚めたアルファは、うんこを握って巨人のボールを一発で仕留めた。
 「あとはいろは、あんただよ。」
 「わかってるわよ。」
 そう言っていろはもうんこを持った。嫌な感触だったが、流されそうになる自分を必死で抑えていた。粘土遊びを思い出し、思い出にひたろうとする自分に気づいて怒りでいっぱいになった。いろはもまた巨人のボールを一発で仕留めた。
 「すばらしい! ナイスゲーム! さあ、コボイ、ついにゲームセットになるのか?」
 きれい好きだろうと推定されるコボイ兵長が果たしてうんこにさわるのか、みんなが注目した。
 「チッ、こんな形でこの日を迎えるとはな。」
 コボイはハンカチでうんこを包んで持った。
 「それでは打てないことを目の前で見ただろう?」
 「ふん、能書きはいいからさっさと投げろ。」
 巨人は大きく振りかぶってボールを投げ込んできた。誰もが無理だと思っていたが、コボイはみごとに一発で仕留めた。
 「なぜだー?」
 「ふん、アルファといろはといったか、てめーらも素手で持つ必要はなかったんだ。十分身体能力があったからな。このバットは必要な能力を身に着けるまで訓練をサポートしてくれるものだったんだ。
 それと、テメーらの持ち物のうち、あいつのボールを跳ね返す強度を持つバットはそれしかなかったというのもある。俺が欲していたのはその強度だけ。打ち返す力も技術もすでにあったからな。でなかったら、ハンカチ越しでもこんなもの持つかよ。」
 「おめでとう諸君、ゲームセットだ。」
 「みんな見てるか、これが俺たちの未来だ。」
 「ホームランって気持ちいいな。もう一回打ちたいな。」
 「じゃあ、投げてやるよ。」
 「ホームランを打つまで、何度でも放つ。ボールを打つのは道具でも技術でもない、王女にもらったお前自身のうんこだ。」
 「この変態め。今日は食事抜きだ。」
 ナツメをのぞいてみんなはとにかく早く風呂に入りたかった。
 「時間がねえぞ、急いで体を洗うぞ!」
 一行は進撃の巨人の星を後にした。
 「そして彼らはその星から巨人軍(?)を駆逐した。」

 第四部 熱き血のイレブンPM

 「次の星は、ゴールデン・バームクーヘン、ゴールデン、バームクーヘンです。停車時間は2時間です。」
 「2時間て、短くない?」
 「下りなくてもいいんじゃない?」
 汽車は惑星ゴールデン・バームクーヘンに向かって降下し始めた。車窓から駅が見えたが、そのすぐそばにあったものが目をひいた。
 「何あれ? バームクーヘンみたいなのが見えるよ。」
 「星の名前のまんまじゃない?」
 「お菓子の家のたぐいかな?」
 汽車が高度を下げるにつれ、そのバームクーヘンのようなものの中に四角い枠があるのが見えてきた。
 「あれ、スタジアムみたいだよ。サッカーか何かの。」
 「まあ、今見たところ、ゲームもしてないし、お客さんもいないみたいだから、わたしたちが見に行くことはなさそうね。」
 一行はこのまま発車まで車内にとどまろうかと考えていたが、一つ大きな問題が発生していた。ナツメの具合が悪いのだ。どんな時でも、特に停車などの場合に一番騒ぐはずのキャラがぐったりして静かなのだ。みんな意外な出来事に気が気でなくなった。
 「にいちゃん、風邪でもひいたの?」
 フィグがナツメの額に手を当ててみた。
 「微熱があるみたいね。」
 「兄貴が具合が悪いなんて初めて見るよ。」
 「ああ、なんでもない。」
 「医者に診てもらわなくていいの?」
 いろはの言葉を聞いてオキタが駅近くの病院を検索してみたが、待ち時間だけでも3時間だったので行くこともないと判断した。
 「病院はどこもいっぱいのようです。列車の中で療養した方がいいでしょう。」
 「でもわたしは勝たねばならない。わたしは銀河を手に入れるのだ。亡き友との約束なのだ。」
 「どうしたんだ? 何言ってるんだ? 銀河を手に入れるってなんだよ。亡き友って誰だよ?」
 「兄貴、死んだ友達なんていないだろ?」
 「にいちゃん、熱でうなされてるの?」
 「あの男は、わたし以外の者に負けることは許されない。わたしはあの男に勝たねばならぬ。」
 そう言ってナツメはフラフラと立ちあがり、荷物を持って列車を降りる準備を始めた。
 「おい、何やってるんだよ? 降りるつもりか?」
 「あの男が戦場で待っている。オキタ、急いでここに書いてあるものを手に入れてくれるか? 決戦開始まで間に合わせてくれ。みんなはどうする? わたしは一人でも戦う。」
 「みんなで押さえつけて寝かしたほうがよくないか? 頭いっちまってるぜ。」
 「このゴールデン・バームクーヘンの命運がかかった戦いなのだ。逃げることは負けることよりも忌避すべき悪だ。」
 みんなはすっかり呆気にとられてしまった。ナツメはフラフラしながら今にも汽車を降りようとしている。
 「ねえ、ロカトにいちゃん、どうしたらいいと思う?」
 「う~ん。あのセリフ回し、どこかで聞いたような読んだような・・・」
 いろははナツメの行動に意味があるのかどうか確かめたくなり、オキタにナツメの頼んだものを確認してみようと思った。
 「オキタ、ナツメは一体何を頼んだのかメモを見せてくれる?」
 「メモは商品番号と数だけでした。すぐに来ると思ったのでとりあえずそのままオーダーしました。一応何なのか確認しようとしましたが、画像は出てこなかったんですよ。」
 「どういうことなの? でも、品物はオキタのところにワープ配送されるんだよね。え、ちょっと待って、この世界でも超空間配達のサービスが使えるわけ?」
 「そうなんですよ。驚きました。と、それより、ちょっと確認してみますね。」
 オキタはタブレットの発注履歴を見て驚いた。
 「あれあれ、受取人の名前が匿名なんですが、説明がドイツ語なんですよ。」
 「なんなのそれ。それでもオキタのところに届くの?」
 「いえ、匿名なので隠されてますが、恐らくナツメ君に届くんじゃないでしょうか。」
 みんながタブレットに気を取られている間に、ナツメはすでに汽車を降りてしまっていた。
 「しまった。どこいったんだ?」
 「まだそんなに遠くに行ってないはずだよ。」
 みんなは急いで汽車を降りたが、不思議なことにナツメの姿はどこにも見当たらなかった。
 「そんなはずはないわ。目の届くところにいるはずよ。テレポートでもしたのかしら?」
 「おーい、ナツメ、どこいったんだ?」
 アルファが声を張り上げたので、立ち止まったり驚いたりしてアルファの方を見る人がいたが、ナツメの返事はなかった。
 すると突然、サイレンが駅の構内に鳴り響き、緊急の館内放送が流れ始めた。
 『緊急警報! 緊急警報! 不自由同盟軍が襲来! ゴールデン・バームクーヘン軍はただちに応戦準備に向かってください!」
 「なんだ? 戦争が始まるのか? こんな時にナツメの奴!」
 手分けして探そうにも見知らぬ土地で時間もないし、しかもナツメの頭がどうかしてるきたら、一体どうすればいいのか?
 「ナツメはタブレットを持っていってない?」
 いろはの言葉を聞いて、急いでオキタはタブレットのGPSを確認した。
 「さすがはいろはさん。よかった。ここでも使えます。これがわたしたちのいるところです。ナツメ君はと・・・ああ、ここです。ん~、汽車から見たバームクーヘンのような建物に向かってるようですよ。追いかけましょう。」
 オキタの呼びかけに応じ、みんなはナツメのポイントまで駆け出した。ナツメはゆっくり歩いていたのですぐに追いつくと思われたが、おかしなことが起こった。
 「え、もう見えていてもおかしくないんですが・・・」
 ナツメを示す光点のすぐ後ろにいるはずなのに、ナツメの姿が見えない。大勢の人がサイレンと警報を聞いて慌ててはいるが、人の流れはそれなりにまばらでスムーズだ。すぐ目の前にナツメが見えるはずなのだ。
 「どうなってるんだ? あいつは透明人間にでもなったのか?」
 オキタはもう一度タブレットの画面を見つめた。この歩くスピードと自分たちからの位置関係に該当する人物がいないかどうか。すると、目の前に見事な金髪の青年が荷物を抱えた軍人とともに歩いているのが見えた。軍人のために頭しか見えなかった。
 「みなさん、金髪の青年がナツメ君の光点の示していますよ。」
 「なんだって?」
 アルファが走ってその金髪の青年に追いつき、前に回って顔を見てすぐ戻ってきた。
 「肌が真っ白で目が真っ青の男だったよ。声をかけてみる? 服は違ったよ。」
 「とりあえず、ついて行ってみましょう。タブレットは彼を示していますし、それ以外に手がかりはないですし。荷物を持っている軍人とトラブルになっては困るので、今は様子を見るだけにしましょう。」
 一行は金髪の青年たちのあとをついていった。そして上空から見たバームクーヘンのような建物に到着した。そこはスポーツのスタジアムに違いなかった。しかし、大勢の軍人がいて入場制限がかけられていて、限られた人間しか入れないようだった。金髪の青年は入場門に躊躇なく進んでいったが、そこにいた軍人は最敬礼の形で青年を迎えた。軍人は黒を基調として銀の装飾をあしらった美しい服を着ていた。
 「閣下、到着をお持ちしておりました。敵はすでに布陣を敷いております。」
 「うむ、こちらも準備はできている。勝利する準備がな。」
 「ハッ! ジーク・カイザー!」
 「なんなんだ?」
 「どうする? ついていくにも、銃殺される可能性が高くない?」
 みんながどうするか考えていると、突然軍人たちに取り囲まれてしまった。
 「え、え?」
 驚いて硬直してしまった一行に対し、軍人たちは先ほどの青年に対するのと同じように最敬礼で話しかけてきた。
 「あなたがたが今回のミッションの精鋭ですね。こちらです。」
 何が何だかわからないまま、一行は原人たちに連れられてスタジアムに入って行った。連れていかれた先は、選手の控室だった。ドアを開けるとそこには先ほどの金髪の青年が立っていた。彼は軍人と同じ黒を基調として銀の装飾をあしらった軍服を着ていたが、下は半パンだった。
 みんなは笑っていいものかどうか判断に苦しんだ。その青年はみんなに声をかけた。声はナツメのものだが、先ほどと同じように口調はナツメっぽくなかった。
 「よし、勝利の布陣がそろったな。我々は銀河統一のための最終決戦に臨むのだ。今日こそは不自由同盟軍を完膚なきまでに叩きのめし、我がゴールデン・バームクーヘンに栄光をもたらすのだ。このカール・ハインツ・フォン・ローエングラムはここに勝利を宣言する。勝利はすでに確定している。このうえはそれを完全なものにせねばならぬ。」
 「やっぱり兄貴だな。」
 「え? なんでそうなるの?」
 「兄貴はいつもシャアのものまねばかりするけどね。あれだけセリフ真似するの、兄貴しかいないよ。でも、名前、なんか変だね。なんか混じってるよ。下半身も変だし。」
 みんなの考えがまとまらないまま、カール・ハインツ・フォン・ローエングラムは側近に命じてみんなに服らしきものを配った。
 「それを身にまとうのだ。我が帝国軍人の誇りだ。急げ、開戦まであと30分だ。」
 「何言ってんだ。てめえは自分が誰かわかって言ってるのか?」
 「わたしほど自分が誰であるかを知っている者はいない。そしてこの90分で銀河の運命が決まるのだ。心してかかれ。」
 ロカトがナツメの性格を考慮してアルファに告げた。
 「アルファさん、ここはそのまま流れに乗るしかないと思いますよ。90分で答えが出ると思います。なんでああなっちゃたのか、さっぱりわかりませんけど。でも、実は俺、この状況面白いと思っちゃってるんですよ。」
 「まあ、この変な世界、首突っこんでとことん突き進むしかないかもね。」
 前の二つの星が排泄ネタだったので、今回の硬派な展開はみんな歓迎モードと言えた。が、あの短パンで笑いを誘っているようにも見えた。
 全員が着替えを済ませたが、なぜ短パンなのか、その理由がわかった。銀河の命運がかかった戦いだと言っていたが、その決着をサッカーでつけるのだった。汽車でナツメがオキタに注文を頼んだのはこれだったらしい。
 「この展開はナツメが突っこんで一人で笑っているものなのに、あいつがあれでは収拾つかないぞ。」
 「俺とフィグとで何とかしますよ。」
 「いや、そんな真面目に取り組むものじゃないと思うが。」
 「それにしても、練習も作戦もなしにいきなりサッカーの試合なの?」
 「相手は見限り屋ンだ。」
 「え、今何と?」
 「不自由同盟軍のキャプテンで、見限り屋ンという名前だ。」
 「ミラクル・ヤンじゃなくて、見限り屋ン? だしゃれが苦しい上になんか裏切り者って感じだけど?」
 「今日こそは奴の思い通りにはさせん。」
 「何か作戦は?」
 「各個撃破だ。」
 「いや、意味わかんないし。」
 「我々が敵より圧倒的に有利な態勢にあるからだ。わが軍は敵に対し、兵力の集中と機動性の両点において優位に立っている。これを勝利の条件と言わずして何と呼ぶか!」
 「いやいや、相手のこと、何にも知らないし。サッカーなんていきなりできないし。」
 「明日には君たちはその目で実績を確認することになるだろう。」
 「いや、明日じゃ間に合わないし。」
 「もうすぐ、宇宙は我々のものになる。」
 ナツメが好きそうなやり取りが続いていたが、ついにキック・オフの時間が来てしまった。
 ピッチに立ったメンバーは、ゴールキーパーがオキタ、ロカトがディフェンス、アルファいろはフィグで三角形の中盤を形成し、カール・ハインツ・フォン・ローエングラムがトップ下に入った。フットサルのような感じになった。
 対する不自由同盟のメンバーなんて誰も知る由もなかったが、一人だけ思いっきり外れているのがいた。もはや笑いを全部持っていきそうな男だった。みんな『こいつが屋だな(見限り屋の屋が名前らしかった)』と思った。見限り屋ンは何とゴールマウスの上にあぐらをかいていたのだ。
 「なんだあれ? ゴール守る気ないじゃん。何か得体が知れないけど。」
 そしてついに銀河帝国軍のキックオフで運命の一戦が始まった。
 カール・ハインツ・フォン・ローエングラムはボールを持つと、いきなりシュートの体勢となった。
 「くらえ! ヒルダ―・ショット!」
 『バシッ!』
 なんと開始数秒で放たれたシュートは、ごくごく当たり前といった感じでゴールに吸い込まれた。
 『ピー! ゴーーール!帝国軍に1点が入った!』
 「そうか! ヒルダ―・ショットだ!」
 「ロカト兄ちゃん、知ってるの?」
 「ああ、100パーセントせいこうするシュートだよ。でも・・・」
 「でも?」
 「たぶん、一回きりだと思う・・・」
 「なんでせいこうをひらがなで書いてんだよ!」
 アルファがあえて突っ込みを入れた。
 「何で一回きりなの?」
 「一発で決めちゃったから・・・」
 「二回目はないの?」
 「恐らくね。」
 ロカトの予想通り、カール・ハインツ・フォン・ローエングラムはそれからベンチに引っこんで寝転んでしまい、すっかり病気が悪化したようだった。
 「そうか、汽車の中でぐったりしてたのはそういうことだったのか。やっぱり兄貴だ。」
 「1点だけ取ってさようならとは、試合前の態度はなんだったんだよ!」
 アルファがブーブー言ったが、もはや上の空だった。
 見限り屋ンはゴールマウスの上からピッチ上の選手に指示を飛ばしていたが、なにせゴールががら空きだったので、進撃の巨人の星で鍛えられたロカトとフィグ、運動神経のいいアルファといろはのシュートはかなりの確率で決めることができた。
 しかし、所詮は素人集団だった。普通にぼろ負け状態となっていた。負けず嫌いのアルファといろははひたすら悔しがっていた。
 「これ、負けたらどうなるんだろ。銀河の命運とか言ってたけど。」
 「ただのサッカーの試合だろ。内容には納得いかないけどな。本人寝てるし。」
 試合は不自由同盟軍ペースで進み、帝国軍の勝利はあり得ないものと思われた。そしていよいよ審判が時計を見始め、ホイッスルと思われた瞬間、何と相手チームの監督が試合放棄してしまった! 結果、帝国軍の不戦勝となったのだった。
 「何だそれ?」
 「もしかして、ヒルダ―・ショット場外乱闘バージョンってことかな?」
 そのとおりだった。不自由同盟軍は外交圧力に屈し、ピッチの試合が決まってしまったのだった。
 「結局わけのわからんネタで試合が決まったってことかよ。」
 「それよりも、時間がないわ。もうすぐ列車の発車時刻よ。」
 「ナツメはどうするんだ?」
 「どうせ寝てるから、あのまま連れ去って行こう。」
 そこへとてもきれいな女性がみんなの前に現れた。
 「もしかしてヒルダさん?」
 ロカトは『もしや』と思って聞いてみた。
 「え、そうです。わたしのことをご存じなんですか?」
 「ま、まあ、詳しく話している時間はないんですけども。」
 そこへフラフラしながらカール・ハインツ・フォン・ローエングラムが歩いてきた。
 「ああ、ふろ入らないんか?」
 「ど、どうしたんですか? それに、名前を微妙に間違えてますよ。」
 「ヒルダさん、この人、カール・ハインツ・フォン・ローエングラムじゃないんですよ。俺たちも信じられないんですけど、彼は俺の兄でナツメというんですよ。」
 「そうなんですか。名前も微妙に違いますもんね。カール・ハインツ・フォン・ローエングラムだなんて。本物はそのうち帰って来ると思います。あの汽車がやって来て、なんか変だなとは思ったんです。もう、『ヒルダ―・ショット』なんて変なシュート打ったりして。どうしたら元の世界に戻せるんでしょう? 本物の皇帝は帰って来るんでしょう?」
 「とにかくナツメを元に戻すのが第一歩かな。それにはあんたのような美人がうってつけだね。しかも結婚するんでしょ?」
 「え? え?」
 「あ、まだ時系列は後だったかな。」
 「歴史の先走りはダメなんじゃないの?」
 「もう、話の腰が折れてるじゃないの。それでアルファ、どうしたらいいというわけ?」
 「そう、ヒルダさん、ちょっと。」
 と言ってアルファはヒルダに耳打ちした。
 「ええ? そんなこと言うんですか。彼が本物だったらわたし、一生顔を合わせられませんよ。」
 「時間がないのよ。頼むよ。」
 みんなの焦りを感じてヒルダはカール・ハインツ・フォン・ローエングラムに向かってこう言った。
 「あ、あなたのパンツ、洗わせてください!」
 「何を言ってるんだ、ヒルダ、どうしたんだ?」
 「なにー! なぜまともな態度なんだー? まさか本物なのかー?」
 「アルファさん、ちょっと違うんじゃ・・・?」
 「どう違うのさ?」
 「こんな時に兄ちゃんがいればなあ。」
 「あのいかれた発想が必要だってのか?」
 今度はロカトがヒルダに耳打ちした。
 「そ、そんなー。」
 「お願いします!」
 ヒルダは仕方なくロカトの言った言葉を口にした。
 「あ、あの、わたしのパンツ、洗ってくださいますか・・・ひどい、こんなこと言わなきゃならないなんて・・・」
 するとカール・ハインツ・フォン・ローエングラムは何も言わず、回れ右してロッカールームへ消えていった。
 「なんだ? どこいったんだ?」
 しばらくしてカール・ハインツ・フォン・ローエングラムが帰ってきた。手に何か持っている。彼はヒルダの前に来ると、その持ってきたものを示して言った。
 「これが足りないよ。」
 そしてそれをヒルダにセットした! それはかつらと眼鏡だった。
 「ムッシュ・ナカノにならないと完成じゃないぞ。じゃあ、もう一度。」
 ヒルダはさっきの言葉を恥ずかしくて泣きながらくり返した。すると、『ポンッ』という音とともに煙が出てカール・ハインツ・フォン・ローエングラムはナツメの姿になった。
 「あれ、どうなってるんだ? あ、今プロポーズだった?」
 「い、いえ、気のせいです。全部ウソです。」
 なんとかヒルダはそう言った。
 「急がなきゃ。もう発車まで時間がないよ。」
 「ヒルダ―・ショットなら一発だよ。」
 「だまれ!」
 マグマのような怒りをこめてナツメはヒルダに蹴られてしまった。
 「あいたたたた、なんでこうなるの?」
 とにもかくにも一行はロッカールームに駆け戻って荷物をかき集め、走って汽車に戻った。駅に着いたときにはすでに発車のベルが鳴っており、滑り込みセーフで発車に間に合った。
 「ハー、ハー、今日はいっぱい走ったね。」
 「まったくだよ。」
 「一体全体、ナツメ、一体どういうつもりだったんだ?」
 「ぼくもよく分からないよ。なんで変身しちゃったのやら。夢とも現実ともつかなかったよ。すっかりなりきってたけどね。自分は皇帝なんだって。そういえば、駅に着く前、例の金のうんこが熱くなってきたんだよ。そこで夢と現実がごちゃ混ぜになった感じがしたかな。」
 「にいちゃん、また賢者の石が発動したんじゃないかな?」
 「え? どんなふうに?」
 「結構あの星、危ないことが起こりそうだったのかも。にいちゃんのふざけた発想を必要としてたんじゃないかな。特にあの女の人、平和に物事を解決したいと願ってたんじゃないかな。そんなときにわたしたちがあの星に引き寄せられたんだと思うよ。」
 「でも、最後に蹴られて痛かったよー。」
 「グーパンでなくてよかったな。おい、これ書いてるやつ、今回の話は蹴りりれられても反論できないぞ。」

 第五部 ドクター・ストーン・オーシャン

 「それにしても、ナツメが金髪の奇行種になるとはね。」
 「貴公子でしょ。」
 「貴公子だったらヒルダは蹴り入れないでしょ。」
 「自分の姿を見てないからわからなかったけど、結構かっこよかったの?」
 「にいちゃんはにいちゃんのままのほうがかっこいいよ。」
 「そうかい? あんがとよ。まあ、ボクはビジュアル系じゃないけどね。賢者のうんこの力かな、触れたものを金に変えるって言うからね。」
 いつものように車掌がドアを開けて入ってきて次の停車駅を告げた。
 「次の停車駅は『ミドリイルカ通り刑務所、ミドリイルカ通り刑務所です。停車時間は72時間つまり三日です。」
 「ミドリイルカ通り刑務所? なんで刑務所なんか止まるわけ?」
 「面会人がいるのですよ。それから、刑務所の慰問のためでもあります。歌手や芸人さんがここで興行をやるのです。結構な報酬らしいですよ。」
 いろはが刑務所の名前をしばらく考えていて、『あっ』と声をあげた。
 「どうしたんだい?」
 「ミドリイルカ通り刑務所と言ったわね。英語にすると・・・え? 嘘でしょ? まさか・・・そんなはずは・・・こんなところにあるはずが・・・」
 「ここに覚えがあるわけ?」
 「まさかそんなはずはないと思うけど、父の囚われてる刑務所と同じ名前なのよ。ただ、この世界のこんな星にいるわけないと思うけど。」
 「行って確かめようよ。三日間もここで何しようか考えものだったけど、何か目的があれば俄然やる気が出るよ。」
 「あの、いろはさん、一つ聞いてもいいですか?」
 ロカトはいろはの父が刑務所にいる理由を聞きたくても聞けないことだろうと思ったが、誰かが質問するまで待つのもズルいと思った。そこで思い切って聞いてみることにしたのだ。
 「ええ、何で父が捕まってるかってことでしょ?」
 「え、ええ、まあ、そうです・・・」
 「そんなに気を遣わなくてもいいわよ。わざと刑務所に入ったんだから。悪霊に憑りつかれたと言って。」
 「ああ、前に言ってたね。スター・プラチナのためだったよね?」
 「勝手にそう言ってなさい。」
 「これまでお父さんとは連絡を取ってたんですか?」
 「いいえ、収監先を告げてわたしの前から姿を消した後はぱったり。その刑務所がどこにあるのか調べてもわからなかったのよ。いろいろ探して旅先の老婦人の家に住まわせてもらっていたところへみんなと出会ったわけ。」
 「その話はにいちゃんから聞いたよ。十二単を着ていたから、おまるで用を足してたって言ってたよ。」
 「話を盛るな、ナツメ!」
 「い、いや、でも歴史的事実だったでしょ? それで今回は登場しないテルーのやつがおまるの中身を物色しようとしていたんだよね?」
 「どんなスカトロなんだ。ここにいなくてもコケにされる男だな。」
 「いい加減おまるから離れなさいよ!」
 「いろはさん、お父さんに会いたいですか?」
 「ええ、悪霊なんて信じられないけど、何かおかしなことに巻きこまれてるなら、力になりたいわ。」
 「ここで何か手がかりがつかめるかもしれませんね。」
 「ええ、ありがとう。」
 みんなの意見は一致した。一行はミドリイルカ通り刑務所へ向かった。いろはは緊張しながら入り口の受け付けで父の名前を検索してもらった。事務員がコンピューターで囚人のデータを照合している間、胃がむかむかした。
 いろはの感が当たるのが幸なのか不幸なのか何とも言えないが、いろはの父の名前と生年月日が一致する人物がそこに確かにいた。事務員がいろはに尋ねた。
 「面会しますか?」
 「え、ええ。」
 「それではここに面会される方のサインと必要事項を記入してください。身分証明書を持っていますか?」
 「トリプルシックスのパスポートでいいかしら?」
 「構いません。お連れの方も面会されるのですか?」
 「はい。」
 「面会時間は30分です。時間前の退出は構いませんが、延長はできません。それから、囚人から何も受け取ってはいけません。特に、火のついたライターなどは厳禁です。」
 「いや、最後のセリフ、ギャグか何か?」
 一行は厳重なセキュリティ・チェックを受けて刑務所内を案内されていった。ところが、『面会室』と書かれた部屋を通り過ぎ、ガラス張りの囚人室に案内された。
 「おいおい、何か展開がおかしいぞ。意味不明にベッドがデブの囚人に変化するとか、バナナと一緒に指食ってるやつがいるとかしないだろうな。」
 案内していた看守が一行を振り向いて言った。
 「すみません、部屋を間違えました。」
 「なんなんだよ。あれだけセキュリティ強化しときながら、まったくもってザルじゃねえか。」
 「でも、そこにいる人、ちょっと見たかったな。」
 看守は今度は牢屋にみんなを案内した。牢屋の中から何かくぐもった声が聞こえている。
 『・・・千代の富士五十三連勝です!・・・」
 「あ、そのまんまだ! すごいすごい!」
 「いろはカグツチ。友人からは『は』と『カ』をつなげて『ジョジョジョ』と呼ばれているそうだ。おい、ジョジョジョ。面会人だ!」
 「あ、そのまんまだ! ジャンプ読んでたら完璧だね。しかもまだ昭和なんだよね。」
 「どこに『ジョ』なんて文字が入ってるんだ! なんだ、ジョジョジョって、ふざけんな!」
 そう言って背の高い男が立ちあがって牢屋ごしに現れた。
 「お父さん、ほんとにいたのね! わたしよ、かぐやよ!」
 「なんでお前がここにいる? どうやってここに?」
 「わたしもよくわからないのよ。間違って変な汽車に乗ったらここに着いたってわけ。ねえ、どうしてこんなところにいるの?」
 「俺をここから出すな。俺は悪霊に憑りつかれているんだ。」
 「おお、まさに待ってましたの展開だね。」
 「誰だ、貴様?」
 「お父さん、この人、ナツメといって、おかしな出来事にはもってこいの人物なのよ。きっと力になってくれるわ。」
 「え、いろは、ボクのことをそんな風に手放しでほめてくれるなんて、なんて嬉しいこと。」
 「消えな! 何が力になるだ。見ろ、あっさりカバンの中身をすられやがって。」
 そう言ってカグツチはナツメのカバンから取り出したものを見せた。
 「あ、それ、賢者の石! いつの間に! このボクを出しぬくとは!」
 「いやー! お父さん、それよく見てよ!」
 「何? 何だこれは! クソじゃねえか!」
 あわててカグツチは持っていた賢者のクソを牢屋に設置してある便器に放り込んだ。
 「ああ、待って、流しちゃだめー!」
 『ジャー・・・』
 「おい、ナツメとかいったな、頭いかれてんのか? カバンにクソなど入れやがって。」
 「いや、あれはクソじゃなくて賢者の石なんですよ。トイレの水使うの、アブドゥルさんが来てからなのに・・・」
 「貴様もトイレに流してやろうか?」
 「落ち着いて、お父さん。ここにいるみんなは頼りになる仲間よ。まずはわけを話してよ。」
 「いいだろう。俺が悪霊に憑りつかれていることを見せてやる。」
 そう言ってカグツチは右手をかざすような動きを見せた。すると牢屋の外にいた警官の腰からひとりでに拳銃がひっぱられ、カグツチのもとに飛んでいくように移動した。
 「何だ? 拳銃が勝手に。おい、カグツチ、やめろ!」
 ナツメ以外の全員がこおりついた。カグツチが拳銃を頭に向けて引き金を引いたのだ!
 『ピュー!』
 カグツチの言う悪霊が弾丸を止めようとしたところ、銃口から発射されたのは水だったために、顔がびしょびしょになってしまった。それを見て拳銃を取られた警官が言った。
 「デヒ、デヒ、デヒヒヒ、焦ったなカグツチ、それはモデルガンだもんねー!」
 全員が口をあんぐりした。
 「三部と四部がくっついてるよ!」
 ナツメがどうでもいいつっこみを入れた。
 「結局アブドゥルさんが来なくても水をかぶってしまったね。それにしても、あの便器を割って水を出したけど、中にうんこが入ってたら最悪だったね。ああ、それと、刑事さん、お酒のびんには気を付けたほうがいいよ。」
 「お父さん、悪霊の正体が何かわからないの?」
 「ああ、突然こんなのに憑りつかれてしまったんだ。」
 「インスタントカメラぶっ壊したらわかるかも?」
 「てめーの頭もぶっ壊したほうがいいな。」
 「そんなー! オキタ、何かいい道具はないかな?」
 「とりあえず、インスタントカメラでいきますか?」
 みんなが意味なく話し合っていると、突然あたりが騒がしくなってきた。
 「なんだ?」
 すると牢屋の前に何人かの警官が走り込んできた。
 「緊急事態です。刑務所内のあちこちのトイレから怪物が出現しました。」
 その報告を聞くのとほぼ同時に館内へ緊急警報のサイレンが鳴り響き始めた。
 「館内は何者かの襲撃を受けています。警察官はただちに対テロモードに切り替えてください。繰り返します・・・」
 「何が起こったんだ?」
 「あ~あ、たぶんあれだよ。」
 ナツメがため息交じりに行った。
 「カグツチさんがトイレに流した賢者の石のせいだと思うよ。」
 「あんなクソのことをまだ言ってるのか。」
 「だからクソじゃないんですよ。あの石の力でうんこのスタンド使いが出てきたんじゃないかな。フー・ファイターズみたいな感じ。こうなったらカグツチさんのスタンドで倒してもらうしか。それと、あの石を探さなきゃ。」
 「いろは、こいつの言ってること、信じられるのか?」
 「ええ、今は彼の言う通りだと思う。」
 「なんてこった! おい、いろは。お前のタブレットでこの刑務所の見取り図を出せるか?」
 「うん、刑務所のPCにアクセスしておいたわ。」
 「よし、このトイレの下水管の行き先を調べろ。まずはそのクソ石を探さないと、怪物は増える一方だ。」
 「湯ババーバの旅館の再現だね、こりゃ。」
 「みんな、かわや星の武器を転送するわ。みんなナツメを援護してね。」
 「ボクも戦うよ。」
 「あなたは下水管の中に入ってもらうから。」
 「えー!?」
 「あのクソまみれの中からあのクソ石を探せるのはあなただけでしょ。」
 「というより、みんな『それはやりたくない』ってことじゃないの?」
 「多数決取る? 誰がふさわしいかって?」
 「こんな選挙戦嫌だよ~。」
 「お願いします。」
 「え、いろはが頭下げるなんて。ちょっとうるっときちゃった。」
 「それだけ嫌だってことじゃねえか?」
 「・・・・・アルファもかわいく頼んでくれない?」
 「恐喝でいいか?」
 「・・・・・」
 そんなやり取りをしていると、牢屋のトイレから巨大なうじ虫が現れた。
 「これは気持ち悪い! 寄生虫がかわいく見えるぞ!」
 「サーベルで切ったら体液が飛び散りそうだ。」
 「オラオラできない相手だね。」
 「ナツメ、とにかく石を探せ!」
 「よし、このセリフを使う時が来たぞ。逃げるんだよー。どけー、警官ども!」
 これは敵の強弱の問題ではなかった。みんな、こんなに逃げたいと思ったことはなかった。とにかく気持ち悪かった。
 「かわやでの戦いが初心者レベルに思えるよ。エバちゃん、来てくんないかな。」
 「この刑務所は浄化設備があるんだな。下水はすべてそこへ流れ込んでいる。下水処理場に向かうぞ。」
 「兄貴、俺が援護するよ。気持ち悪いとか言ってられない。いろはさん、行き先を指示してください。」
 「まず、さっきのガラス張りの部屋に向かって!」
 「了解。」
 ロカトは先頭に立って走り始めた。ナツメがそのあとに続いた。ガラス張りの部屋まですぐだ。
 『バリーン!』
 ガラスが割れる音がして、ガラス張りの部屋からグネグネしたものが出てきた。それは巨大なナメクジだった。
 「これはうじ虫よりましかな。」
 ロカトがそう言うやいなや、ナメクジは背中から回転する刃物のようなものを飛ばしてきた。
 「なんだ、こいつ、攻撃力高そうだな。」
 「コウラナメクジの化け物か? 背中の貝殻を飛ばして来てるぞ。」
 ロカトは剣でナメクジのカッターを粉砕しながら間合いを詰めた。
 「下水の呼吸、三の処理。」
 「兄貴、変なこと言うなよ。」
 ロカトの剣は炎をまとい、ナメクジを真っ二つにした。ナメクジの体は焼け焦げて縮み上がった。
 「ナメクジだから意外に貝を焼いたいいにおいだね。」
 「いちいち説明すんな。」
 「右へ曲って。」
 「はい。」
 「中庭が右に見えるでしょ。剣でガラスを壊して外へ出て!」
 ロカトは大きなガラス戸を破壊し、外へ出た。外には巨大化したミミズやうじ虫、ナメクジ、そしてみんなが知らない(ナツメはわかったらしい)寄生虫がうごめいていた。
 「よし、広い所に出たぞ。アッガイ召喚! バルカン砲で殲滅だぜ!」
 アルファが待ってましたとばかりにアッガイ(身長は人間と同じ)で虫たちを蹴散らし始めた。
 「いろは、どっちに道を開ければいい?」
 「正面の通路をとおって左にまっすぐ行けば下水処理場に着くわ。」
 「どおりゃー!」
 アルファは先頭に立つとアッガイの爪で虫たちを蹴散らし、通路まで突き進んだ。
 「ナツメ、急げ! 敵は増える一方だぞ。」
 「あれが下水処理場ね。」
 「怪物が湧いて出てくるところに石があるんじゃない?」
 「たぶん、あれだよ。」
 下水処理場に目をやって、みんな見たことを後悔した。そこにはうじ虫の山が出来上がっていた。何百匹、いや何千匹いるだろうか。
 「よし、ナツメ突っこめ!」
 「無慈悲すぎる! アッガイを突入させてくれたらいいのに。」
 「そんな気持ち悪いことできるか!」
 「それはボクも同じだよ。」
 「ナツメならできる!」
 「だったら君のパンツ洗わせてくれよ!」
 「二回も言うか!」
 「兄貴、手伝うよ。」
 「なんと勇敢な! トイレの勇者を超えたぞ。ならばボクもそれに応えねばなるまい。よし、突撃! 下水の呼吸奥義・・・」
 「いくぞ、兄貴!」
 「は、はい。」
 ロカトが剣から渦巻きの炎を放射し、うじ虫の山に穴をあけた。あたりに香ばしいにおいが立ち込め、見た目とにおいのギャップは見て見ぬふりをして山の中央部に突進した。うじ虫はあとからあとから湧いて出ていたが、その中心部はちょうど下水の沈殿池があり、光のドームができていた。
 「あそこだ、兄貴! あの池の中だ! うわっ、取り囲まれる!」
 ロカトは必死で剣をふるい、体中どろどろにしながら池まで進んでいった。
 「兄貴、ついて来てるかい?」
 「しまった。水着持ってないぞ!」
 「ごめん、兄貴。」
 そう言ってロカトはナツメを持ち上げると池に放り込んだ。
 「わー!」
 ナツメはうじ虫の海に投げこまれ、ぶよぶよ滑りながら池に落ちた。
 『ドッボーン!』
 ナツメは臭くて汚い水の中を目をつぶって手足をバタバタしていたが、ついにうんこの中のうんこを探すという難事業を手の感覚だけで成し遂げた!
 「これだ! この大きさ、手触り。まさにこれだ!」
 ナツメはこれだと思ったうんこを握ると、うんこは如意棒のように伸びてナツメを池の外へ送り出した。そしてナツメがうんこ棒を掲げると、うじ虫を始め、寄生虫たちは姿を消した。
 「やった、やったぞ! 見たか! トイレの勇者をなめんじゃねえぜ!」
 「すげーぞ兄貴、汚れ役を押し付けてごめんね。」
 「いや、先頭に立ってくれた勇気は感謝するよ。」
 「にいちゃーん!」
 「おお、フィグ。トイレの勇者は二度奇跡を起こしたぞ!」
 「早くからだ洗ってよー。」
 その後、みんなを面喰わせる出来事が待っていようとは思わなかった。
 「なにー、下水処理場が壊れたために水道が使えないだって!? このくさいままでいろっての?」
 「とりあえず、そばに寄るな、中に入るなよ。」
 「あんまりだよ。」
 「そうだ、ここは川に囲まれてるんだから、水はあるじゃないか。」
 「ワニがいるけどね。でも、くさいから行くべきかもな。」
 「それじゃあ、先に汽車に帰ってるからな。」
 「ひどいよー。」
 「まあまあ、みんなそう意地悪しないで。ナツメ君、超空間配達で簡易風呂を送ってもらいましたよ。服も用意してます。ロカト君もドロドロになりましたからね。二人のお手柄です。きれいさっぱりしてください。」
 「さすがはオキタ、頼りになるね。ついでに何か食べ物も頼んでいい?」
 「どうぞ好きなだけ。」
 「やったね。ああ、それから、この石を入れる入れ物も頼んでくれないかな?」
 「それにしてもますます本物になりましたね。」
 「最初の金ピカからどうなってるの?」
 ナツメとロカトだけでなく、みんな体を洗いたかった。予想通りナツメの順番は最後にされた。使用後は速やかに処分された。
 「すまなかったな。ナツメ。こんな大騒動になるなんて。」
 みんなが一休みしたあと、刑務所の食堂で食事しながら話し合うことにした。30分はとっくに過ぎていたが、この騒ぎでそれどころではなかったらしい。
 「下水の池で泳ぐ日が来るなんて思わなかったですよ。それより、これからどうします? ここにいるんです?」
 「君はどう思う?」
 「と言うと?」
 「君はこれからの未来をどう予想する?」
 「え? ボクが考えるとおかしなことになるよ。」
 「それを聞きたい。」
 「まあ、カグツチさんの悪霊の正体はスタンドで、ディオってやつの呪いで発生したんじゃないかと。」
 「そのまんまじゃないか。」
 「でも、ここがミドリイルカ通りなら、敵はもう一人いることになるかな。またドロドロだよ。」
 「どんな敵だよ。」
 「石になって素数数えるんだ。」
 「どんだけめんどくさいやつなんだよ。もしかして、この話のタイトルに無理矢理こじつけただけだろ。もうネタ擦り切れてるっぽいぞ。」
 「屋敷お化け再登場かもね。」
 「三つしか覚えられずにおしっこ飲むことになるかもよ。」
 「このうんこにシール貼ってはがすと破壊が起こるぞ。」
 「やめろ! しびんよりひでえぞ。」
 「よし、神父を問い詰めよう!」
 「この三日のうちにくるかな?」
 「教誨師が来るのは明日だ。」
 「じゃあ、いったん汽車に戻ろうよ。ここにいても何にもないし。」
 カグツチも刑務所から出ることにした。刑務所側も出ていって欲しかったらしい。
 「ようし、今度はディオを探すぞ。いよいよラスボスって感じ。」
 「もう骨だけになっているとか。」
 「緑色の赤ちゃんが生まれたら嫌だなあ。」
 そんなこんなでトリプルシックスの車内で一晩を過ごし、翌日また刑務所を訪れた。下水は復旧したらしかった。
 「教誨師に会いたいんです。」
 「懺悔でもなさるんですか。」
 「懺悔させに行くんですよ。」
 「ナツメはだまってて。」
 「はい。囚人の更生のお役にたちたいもので。」
 「それは素晴らしい心がけですね。こちらに必要事項を記入の上、指示に従ってください。」
 「わかりました。」
 「それにしても、あの神父に会いたいなんて変わってますね。ここの囚人は神父の話を聞くくらいなら、まじめに更生するほどですよ。」
 アポイントメントがなかったが、神父の話を聞く囚人は一人もいなかったので、すぐに面会してもらえることになった。そして神父が面会室に現れた。
 「2、3、5、7、11、13、17、19・・・」
 「もう素数数えてるけど。」
 「21、23、29、31、37・・・」
 神父の素数数えは終わりそうもなかった。
 「どうしたものかな?」
 「もう帰ろうよ。」
 「そうだな。」
 みんながしらけて帰ろうとしたが、そこで異変に気づいた。
 「おい、体が動かないぞ。」
 「なんてことだ。すでに攻撃されている!」
 神父はみんなの動揺をよそに、素数を数え続けている。
 「しまった! ほんとにドクター・ストーン・オーシャンだ! カグツチさん、あんたのスタンドで何とかしてよ!」
 「もう体が動かなくなってきた。」
 「41、43、47、53,59・・・」
 「全員が動けなくなるまで数え続けるつもりかしら?」
 「61,67,71、73,79・・・」
 みんなはついに口を動かすことができなくなってきた。しかし、なぜかナツメだけは動きが鈍くなったとはいえ、動けなくはなかった。
 「みんな、しっかりしろ!」
 「・・・・・」
 みんなの返事はなく、目線も一点を見つめたままになってしまった。
 「89、97・・・なぜだ? なぜおまえは動ける?」
 神父は急に素数を数えるのを止め、ナツメに問いかけた。
 「なぜって言われてもね。それより、あんたの目的はなんだよ? なんのつもりだ?」
 「お前たちも同じ目的ではなかったのか? いろはカグツチに会いに来ているではないか。」
 「ここに来たのはたまたまだよ。偶然立ち寄ったこの星にたまたま彼がいたってことだよ。」
 「信じられんな。」
 「だったら本人に聞いてみなよ。」
 「まあよい。わたしの目的はカグツチの能力だ。おまえ一人でどうにかできるわけもないからな。」
 「能力? スタンドのこと?」
 「まあ、そう思うならそう思えばいい。カグツチの能力は時間操作、言い換えれば、歴史を操作する力だ。」
 「そんなこと言ってなかったけど。」
 「まだ彼は自分の能力に気づいていないのだろう。それではいただくとするか。」
 すると出しぬけにカグツチがしゃべった。
 「なるほど。俺にそんな能力が憑りついていたとはな。D.O.の影響か。」
 「カグツチ、動けるのか?」
 「貴様の目的が知りたかったからな。行動を起こすタイミングを待っていたんだ。だがな、貴様が欲しいって言うなら、この面倒な悪霊を連れてけよ。」
 「ふふふふふ、お前がそんなことを言うとはな。事の重大さがわかっていないようだな。」
 「能書きはいい。さっさとやれ。」
 「いいんですか? なんか、こいつ、たくらんでますけど?」
 「ああ。構わない。おい、神父、わかってねえのは貴様の方だ。俺の能力を手に入れて世界が手に入ると思ったら大間違いだぜ。貴様は試されることになるぞ。それがどんなにめんどくさいことか、思い知るがいい。」
 「ずいぶんでかい口を叩くもんだな。だが、それはお前が無知だからだ。世界はわたしに感謝するのだ。まさに神としてわたしをあがめるのだ。」
 ナツメはその能力とやらがディスクの形で取られると思っていたが、神父は何やら得体のしれない能力で吸い取ったようだった。

 第六部 妄想リベンジャーズ

 「わっはははははー! ついに手に入れたぞ! 愚か者め! この世界を手に入れる力を簡単に手放すとはな。おかげで労せずして神となれる!」
 「何をするつもりだ!」
 「不安か? そうじゃろう。人は神の前に立つとき、同じ気持ちを感じるのだからな。だが、お前たちは大きな勘違いをしている。お前たちの恐怖や憂い、不安はすべてなくなるのだ。お前たちだけではない。世界のすべての者は真の幸福を手に入れるのだ。さあ、お前たちを自由にしてやろう。そして神を始めて目にしたお前たちへのプレゼントとして、わたしの力を披露しようではないか。」
 神父がそう言いうと、全員が体の自由を取り戻した。アルファがすぐに神父に飛びかかろうとしたが、カグツチが止めた。
 「まあ、落ち着け。君たち自身の力を信じろ。」
 「どういうことさ。」
 「まあ、あいつの説明を聞こうではないか。」
 「いい心がけだ。説明を聞くより実際に体験した方がよくわかるだろう。その凶暴なミンキー・モモからわからせてやろう。」
 「てめー、ぶっ殺してやる。」
 「おお、すまんすまん、ジャンキー・モモの間違いだったか。」
 ナツメとロカトはアルファをつかまえてなんとか思いとどまらせた。
 「では始めようか。」
 神父がそう言うと、突然部屋の景色がグルグル回って消え去り、しばらくおぼろげだったが、そのうちに別の景色が現れ始めた。
 「こ、ここは、わたしの子どもの頃住んでたところじゃねえか。」
 アルファは自分の故郷の風景が現れて驚いた。そしてそこには二人の子供が見えた。
 「あれはわたしだ。そしてもう一人は、定春君!」
 定春君がアルファにプレゼントの包みを渡していた。
 「あ、あれは、あの時のプレゼント!」
 アルファは苦い苦いあの日のことを思い出した。定春君がくれたプレゼント。中にはあいうえおチョコレートが入っていた。
 「結婚しようって、言ってくれてたのにね。勘違いして、あんなひどいこと言って・・・」
 「アルファは『うんこしよっ』て読んじゃったんだよね?」
 「口に出すな、クソ野郎が!」
 「どうだ? つらいか? つらいだろう。人間、思い出すのが苦痛な思い出は山のようにあるだろう。しかし、わたしの手に入れた能力は人を苦しみから解放することができるのだ。人は消したい記憶、恥ずかしい思い出が無数にある。そして過去を変えられないことに苦しむ。それで人は何とか過去を忘れようとし、あろうことか改竄する者までいるではないか。わたしの力はその過去さえも変えてしまうことができるのだ。娘よ、あの歴史を変えたくはないか? 自分がそうであってほしいと願う人生に出来るのだ。どうだ? わたしの力を知る最初の者にならないか?」
 アルファは返事が出来なかった。返事ができないまま、アルファは続きを見た。定春君から受け取ったプレゼントをアルファは家に持ち帰り、包みを開けていきなり一つチョコを口に入れた。
 「あれは『け』の文字だったんだね・・・」
 アルファは目をこらしてそのチョコを見つめた。神父の力なのか、見たいシーンはスローモーションのように見えた。アルファは確かにチョコの文字を見た。そこには『は』の文字があった。
 「な、なに! 『け』のはずじゃあないのか? どういうことだ? 『は』ってなんだ? 『はっこんしよ』ってなんだよ?」
 「それって、『は』じゃなくて『ば』じゃないかな?」
 と、ナツメがついつい言ってしまった。
 アルファは心の中で、ほろ苦い思い出が音を立てて崩れていく音を聞いた。
 「ナツメ、てめー、人の思い出をよくもぶち壊してくれたな―!」
 「え、なんでボク? ちょ、ちょっと待ってよ―、助けてー!」
 ナツメはさんざんアルファに叩かれながら(ロカトとフィグが必死に止めようとしたが無理だった)、必死に訴えた。
 「もうちょっと先の方から見てみたらいいんじゃない? 定春君が手紙を書く時に答えを言ってると思うよ。」
 アルファはようやく怒りを抑えた。そして意識を自分が知らない定春君の時間に向けた。すると、定春君の自宅の様子が見えてきた。定春君はアルファにプレゼントする包みを用意していた。そしてアルファは見た。不思議なことに、定春君が用意して並べていたチョコの文字は『けっこんしよ』だった。
 「ほら、見てよ。やっぱり『けっこんしよ』だったんだ!」
 と、ナツメが指さして言った。
 「どうなってるんだ、一体? さっきわたしが見たのは確かに『は』だった!」
 「続きを見ようよ。」
 定春君はチョコと手紙を包みに入れた。そして少しの間席を離れた。
 「ああ、電話をするんだ。わたしに電話をしてきたのがこの時なんだ。」
 定春君がアルファに電話して待ち合わせをしている声が小さく聞こえてきている。ところがその時、何かゴソゴソと音がし始めた。そしてひょっこり何者かが姿を現わした。
 「え、なに? なんで? どうなってるの?」
 一番驚いたのはナツメだった。そこに現れたのはナツメだったのだ。呆気にとられて全員がただ見ていた。定春君の部屋に突然現れたナツメはプレゼントの包みを開け、中のチョコを取り出すと、『け』の字を『は』に取り換えてしまった!
 「よーし、これでアルファは定春君と結婚することはないぞ。でも『ばっこん』に大喜びするかもね。それはそれで面白いぞ。」
 定春君の部屋にいたナツメは忍び足で出ていったが、こちらのナツメは忍び足でその場を離れようとしても逃げ場はなかった。
 「覚悟はできてんだろうな!」
 「そんなはずは! ありえない! おかしいよ! だまされているよ!」
 「おかしいのはてめーだ! だましたのもてめーだ!」
 「ちょっと待って、アルファさん、兄貴はそんなことしない! 信じてあげて!」
 ロカトはアルファの前に立って懇願した。
 「かばうならてめーも同罪だ!」
 「ちょっといい加減にしなさいよ、アルファ。頭を冷やしたら。神父が手に入れたのは歴史を作り変えてしまう能力なのよ。こんなことは朝飯前なのよ。」
 「どうじゃ、こんな歴史など捨ててしまったらどうだ? ヤンキー・モモよ、お前がそうであってほしい人生にしてやるぞ。」
 「アルファ、ボクは君が好きだよ。でも、あんな真似してまで自分の思いどおりになってほしいとは思わないよ。」
 「悪かったよ。ナツメがあそこで出てきてもおかしくないキャラだから、つい本気にしてしまったよ。ごめん。」
 「う、うん、それってほめてんだかけなしてんだか・・・」
 「わたしはそのままの歴史と記憶でいい。変えたいとも思わない!」
 「そうか、まあいいだろう。経験も記憶も一つではないからな。また考えも変わるだろう。では次はカグツチの娘の番だ。わたしの力は人の思いに反応する。さて、どんな歴史を見せてくれるか?」
 また景色が変わり始め、一軒の古民家が現れた。
 「あ、あれはわたしが世話になってたおじいさんとおばあさんの家だわ。」
 やがて家の中の情景が見え始めた。いろはは十二単を着てそこにいた。ナツメたちがいろはと初めて会ったときの姿だ。場面が変わり、おばあさんは何か長方形の箱を持って外に出るところだった。そこでいろはは悲鳴を上げた。
 「いやあああああー。」
 「どうしたのさ? 急に。」
 「あ、あれはしのはこだ!」
 「しのはこってなんだ?」
 「おまるのことだよ。」
 おばあさんは外に出ると人を呼んだ。そこに現れたのはナツメだった。おばあさんはおまるの中身の処分をナツメに頼んだ。
 「や、やめて、なにするの! なんでナツメがその役をやってるの。やめて、やめてー!」
 「え、まさか、あれは、いろはのだったの?」
 「それ以上言ったら殺すわよ! いいえ、殺してやる、殺してやるわ! これ以上見ないで!」
 ロカトとフィグは今度は暴れ出したいろはを必死で止めることになった。一方アルファは笑みを浮かべていた。
 「まあ、続きを見ようぜ。」
 「何言ってるのよ! あなたも殺すわよ!」
 「心配すんなって。」
 喚き散らすいろはのことなど露知らず、しのはこを持ったナツメは中身を処理する場所を探していた。そしてふたを開けようとした。
 「殺してやる!」
 と、次の瞬間、何者かがナツメのもとに駆け寄り、かかと落としを見舞った! ナツメは声も立てずに失神した。
 「まったく、この変質者め。とは言うものの、処理はナツメにやらせるんだったかな。これはしまった。わたしが掃除しなきゃいけないじゃないか。まあ、いいか。埋めてしまおう。」
 蹴りを入れたのはアルファだった。彼女は穴を掘って箱を埋めてしまった。
 「な、特に問題ないだろ?」
 「・・・・・命拾いしたわね、ナツメ。」
 「いろはさん、兄貴はまじめに仕事をこなそうとしただけです。他意はないんです。」
 「わかってるわ。それでも、嫌なものは嫌よ。」
 「どうだね? 君は恥ずかしい記憶を根底から変えてみないか? 人は思いが昂じると真実を知る者を抹殺しようとまでするのだ。だが、わたしの力ならそんな悲劇もなくせるのだ。」
 「ふん、大きなお世話よ。あなたのやってることは、ただの嫌がらせじゃない。」
 「そうだそうだ、ジャイ子と結婚する予定だったのに、しずかちゃんに変えたのはお前か!」
 「ではお前はジャイ子と結婚する未来の方を支持するのか? 世界を敵に回すというのはそういうことだ。」
 「何言ってる。しずかちゃんのお父さんはのび太のことをベタほめしているけど、ボクはだまされないぞ。あんだけ女性のお風呂を覗いてる犯罪者の少年なんて聞いたことねえや。」
 「だが、世界は彼を支持するのだ。人間とはそういうものだ。わたしの力の素晴らしさをもっと教えてやろう。
 車の運転で無事故無違反を誇りにしていた者が、ほんのささいなことで違反切符を切られたとしよう。その者の心痛は計り知れない。だが、わたしの力をもってすればそれをなかったことに出来るのだ。よってすべての人間を無事故無違反にし、全員がゴールド免許を保持するのだ。」
 「ラスボスの言葉とは思えないなあ。」
 「だが、骨身にしみてる人間は数多いのだ。億万長者になる? 金メダルを取る? 戦争で勝つ? 一握りの人間のために存在する神など、誰も信じない。『あんなことしなければよかった』『ああしておけばよかった』と悔やむ歴史を変えてくれる者を無数の人が望んでいるのだ。わたしにはそれが出来る。わたしがこの世界を救うのだ。まあ、その女たちは恥を背負いながら生きるつもりらしいがな。」
 「おかしいな。」
 「なんだと。」
 「さっきから変じゃないか。」
 「何を言っている?」
 「ボクは定春君の家に行ってないぞ。それに、いろはのしのはこは確かに掃除したぞ。」
 「きいいやあああー! 何言っているの? アルファが始末したはずでしょ。」
 「この野郎、黙ってりゃあいいものを。」
 「だって、ボクの記憶では・・・」
 ナツメは言うんじゃなかったと後悔したが、すでに遅かった。ナツメはHPを1まで削られた。
 「作られた歴史に救われたのに、そして知らなければお互いに平和だったのに、マヌケな男だ。」
 「だが、これはあんたの手によるものじゃあないんだろ。あんたはそのままの歴史を見せようとしてただけだ。けど、それはすでに改竄されている歴史だった。あんたもだまされてるじゃないか。」
 「なんだと。」
 「なんか変だと思ったんだ。ボクとアルファは結婚したはずなのにしてないし。マクベは邪魔するし。あるはずのないベッドから落ちるし。そして極めつけは、トリプルシックスなんていう変な汽車に乗るし。」
 「貴様、何を言いたい。」
 「たぶんだけど、カグツチさんが知らず知らずに力を発現してたんじゃないかな。ラジオもジャンプも昭和のままだし、ここでは三部と四部と六部がくっついてるし、まあ、ボクは面白かったけどね。この力は使えば使うほど世の中こんがらがるだけなんだよ。変なことしたらまた別の余計に変なことが起こるんだよ。
 たぶん、人の人生っていうのは、あんたの思い描いてるようなものじゃないんだと思うよ。恥ずかしいことでも意味があるんじゃないかな。ボクの頭ではそれ以上のことは思いつかないけどね。ボクの人生は恥ずかしいことばかりだけど、それを変えたいとは思わないかな。だからあんたの能力、ホワイト・スカンクかな、それにかからずに済んだのかもね。」
 「まあよい。お前の変態ぶりはよくわかった。改変された絶対平和の世界からお前たちはふるい落とされることになるだろう。そしておまえたちはわたしこそ神であったことを知るのだ。」
 そう言って神父はみんなの前から去っていった。

 第七部 エイジャの茶石

 「あれ、兄貴、いつの間に金髪リーゼントになってたわけ?」
 「また金髪キャラになったんだなあ。泣き虫じゃないけどね。さて、いろは。お父さんは見つかったし、神父はどっか行っちゃったし、もうここには用はないね。」
 「話しかけないで。」
 いろははこの世の終わりよりひどい場所にいるように落ち込んでいた。いろはの父カグツチが彼女に声をかけた。
 「かぐや、お前たちは明日トリプルシックスに乗って出発するんだな。わたしはこの星に残って神父の動向を伺うことにする。どこにいるかわからないあの男、D.O.ディオの居場所がつかめるかもしれない。」
 「D.O.ってあの、100年間海の底で寝てて、起きたら4年で死んじゃった男?」
 「誰のことを言ってる?」
 「え、いえ、何でもないです。」
 「お父さん、神父がこの世界をめちゃくちゃにしてしまわないかしら?」
 「案ずるな。奴の野望など何も実現出来ない。そのうちわかる。だからお前も自分の記憶に振り回されるな。」
 「・・・・・」
 アルファはずっとナツメをにらみつけていた。全員がこのどんよりした空気にビクビクしていた。いろはは神父の歴史改変の誘いの言葉を振り払おうと躍起になった。自分が打ちのめされている理由のしょうもなさに滅入っていた。
 『ナツメも「言わなきゃよかった」って思ってるでしょうけど。』
 いろははあの神父が人から神としてあがめられるのは至極当然のように思えてきた。
 『なによ! あの金髪リーゼント。過去を変えたいオーラ全開じゃないの!』
 ふと見ると、ロカトが自分を心配そうに見ているのに気づいた。
 「ごめんね。変な気、使わせて。」
 「あ、いえ、もう一日停車時間がありますけど、どうしましょうか?」
 ロカトはみんなの気を紛らそうと、行動計画を立てることを提案した。ナツメはしばらくみんなとしゃべらないでおこうと思った。
 「そうだ、刑務所で何か興行をするんじゃないかな? それを見ようよ。」
 フィグが車掌の言葉を思い出して言った。ところが、このフィグの提案がとんでもない事態に巻きこまれる第一歩となったのだった。
 いろはは刑務所のPCにアクセスしたままだったので、興行の予定を調べてみた。
 「うん。明日の朝11時から12時まで劇団の公演があるわね。発車時刻は昼の3時だから、時間は十分あるわ。」
 それからみんなは列車に戻り、カグツチは刑務所の職員としてとどまる手続きに行った。立場としては刑事と探偵の間くらいの扱いになっているらしい。
 「腹減ったな。」
 アルファが食堂車に行くと言うので、みんなもついていったが、ナツメは座席で待つことにした。
 「にいちゃん、お弁当頼んでおくね。」
 「ああ、ありがとう。やさしいねえ。」
 過去をほじくり返すという神父の攻撃に、ロカトが名前をつけた。
 「あれって、ヒストリー・ハラスメントってことになるかな。思い出したくない過去を利用して人を苦しめるっていう。」
 「ヒス・ハラ? 流行るかな?」
 「まあ、何でも『ハラスメント』って名前付けたら流行るからな。それにしても、過去を改変するってのは、ほとんどの人間が賛成するかもしれないな。」
 料理を待つ間、そんな話をしていると、食堂車に別の団体がやって来た。なにやら口論しているようだった。結構大きな声で話していたので、話が筒抜けだった。それで彼らが何者なのか伝わってきた。
 彼らは刑務所で興行を行うためにやってきた劇団だった。この二日はどこかでリハーサルをしていたんだろう。歌と踊りを披露するらしい。しかし、先日の怪物(うじ虫)騒ぎのことを聞き、団員のほとんどが公演をやめたがっていた。
 「ついさっき怪物が出たって言うじゃないか! そんなところでやってられるか! 食われちまうかもしれないだろうが!」
 「でも、前金でもらってるのよ。かなりの額をね。それを今までの赤字の返済に充てたから半分も残ってないのよ。今更返せないわ。」
 「そうは言うが、命あってのことだぞ。」
 彼らはだんだんエキサイトしてきて、注文の確認に来たウエイトレスの呼びかけも聞こえていないようだった。
 そんなやり取りを聞いていて、フィグが驚くべきことをみんなに提案した。
 「ねえ、わたしたちが代わりに公演やったらどうかな?」
 「そんな無茶な。」
 「あの人たち、すごく困ってるよ。お金のことと命の安全のことで悩んでるよ。それってすごく苦しいと思うよ。」
 オキタも意見を出した。
 「恐らく彼らはやってもいい、あるいはやらなければならないという人だけで興行をやるでしょう。人数はもちろん減るでしょうね。それでは満足いかないでしょうね。彼らもお客さんも。我々みんながその気なら、わたしもいろいろ準備しますよ。彼らにもかけあってみましょう。どうです? ナツメ君も呼んでこないとね。」
 フィグがナツメを呼びに行き、みんな揃ったところで劇団員を助けるかどうか話し合った。それほどはしゃいではいなかったが、ナツメとアルファ、ロカトとフィグは乗り気だった。いろはは乗り気でなかったが、協力はすると約束してくれた。オキタはみんなの意向を聞いて食事もしないでまだ議論している劇団員に声をかけた。
 「すみません、お取組み中。みなさんの話を聞いてしまったことをまずはお詫びします。ところで、刑務所での公演についてお困りのようですね。急な申し出ではありますが、わたしたちも馬曲団のはしくれみたいなものですので、代わりに出てもいいですか?
 いえ、報酬はいただかなくても結構ですよ。うちらはお祭り騒ぎの好きな集まりですが、暇を持て余してるんですよ。よければあなたたちの予定を譲ってもらえないでしょうか?」
 劇団員はオキタの話を聞いてお互い顔を見合わせた。そしてもう一度少し話し合い、代表と思われる男性がオキタに話しかけた。
 「ちょっと信じられない話だけど、あんたらを信用してもいいのか? 話がうますぎやしないか?」
 「ほんとのことを言いますと、あの怪物騒ぎの元凶はわたしたちなんですよ。少なくとも責任を取らなくてはと考えています。いかがですか?」
 「あんたら一体何者なんだ? まあ、いい。うちらはみんなおびえちまってどうしようもないしな。代わってもらってもいいのか?」
 「ええ、いいですよ。」
 そういうわけで、一行は公演を引き受けることになった。
 「さて、何しよう? 歌は何曲かいるよね。」
 フィグはウキウキしながら話した。
 「いろはさん、刀剣演武をしましょうよ。」
 「ええ、いいわよ。」
 ロカトは剣術の腕前が上がったのを意識していたので、いろはに掛け合ったところ、快諾をもらって喜んだ。
 「にいちゃんとアルファ姉ちゃんはヒゲダンスがいいんじゃない?」
 「アルファがよければやるよ。」
 「まあ、いいだろう。オキタは裏方でいいのか?」
 「ええ、大道具係が要りますからね。」
 「学芸会みたいだね。」
 みんなが学生のノリで盛り上がり、ウキウキしていたその陰で、うじ虫大発生や邪悪な神父を超える恐怖が刑務所に迫っていた。実はこの刑務所は古代遺跡の上に建てられていた。石造りの大きくて頑丈な建物だったため、監房にちょうどいいということで、そのまま利用されたのだ。
 その遺跡は地下深くまで構造物があったが、誰にも知られていない空間がたくさんあった。昨日の怪物騒ぎで下水管がいくつか壊れ、汚水が地下にあった遺跡にも流れ込んでいた。その汚水を吸って古代の恐怖がよみがえろうとしていた。
 翌朝、リハーサルやネタの確認のために、一行は控室へやって来た。オキタがすでに取り寄せていた衣装や小道具などを持ちこみ、それぞれに手渡した。
 「ヒゲダンスの黒い燕尾服だね。なつかしい。オキタが用意してくれたネタの小道具は、と。ああ、リンゴを投げて剣で刺すやつと、水を入れたバケツを振り回すやつね。リンゴは練習して落としたり穴をあけるわけにいかないから、ぶっつけ本番だね。アルファ、投げるのと剣とどっちをやる?」
 「わたしは投げる方だね。」
 「じゃあ、よろしくね。フィグは何を歌うか決めてるのかい?」
 「うん、オキタが曲を準備してくれているよ。」
 「何を歌うんだい?」
 「残酷な電車の停電とか。」
 「そんな曲あったっけ?」
 「あと、ロカト兄ちゃんが好きなめぞん残酷の『金縛りよこんにちわ』も歌うよ。」
 みんなが打ち合わせをしているその真下の地下深くでは、邪悪な存在が念願の野望を達成する機会を待っていた。地下にある広々とした空間の中央には、巨大な岩の柱があった。その岩の柱には三体の異形の生命体が二千年の眠りについていた。それが下水の栄養を吸ってついに目覚めたのだ!
 「ラスクリ!」
 まず一人が目を覚まして自分の名前を呼び、岩からその身を伸ばしてジョジョ立ちを決めた。
 「ダーティ・チープ様、ドライブ様!」
 ラスクリが残りの二人に呼びかけ、二人も目を覚まして岩から飛び出した。
 「我々は預言の日に目を覚ましたようだな。つまり、太陽を克服する時が来たのだ。一体どれほどの年月、日の光を怖れ、日陰に追いやられて来たことか。しかし、この屈辱の日々は終わり、ついに我々がこの世界の覇者となるのだ。さて、世の中はどうなっておるか。」
 「どうやら、地面の下になっているようです。」
 「預言では、我々が眠っていたまさにこの地に預言された者がやってくるという。」
 「その通りです。『その者、黒き衣をまといてこの地に降り立たん。失われし太陽との絆を結び、ついに我らををまぶしき真昼の地に導かん。』」
 「そしてその者は黒きアダムとエバと呼ばれている。始祖エバがアダムに禁断のリンゴを渡して人類が生じたように、黒きエバがアダムに永遠の命のリンゴを渡したとき、それはまさに新しき人類、すなわち我ら究極生物の誕生を意味するのだ。
 そして太陽を克服するには『エイジャの茶石』の力が必要だ。エイジャの茶石は黒きアダムが持っているはずだ。その者はすでに地上にやって来ているに違いない。いくぞ。」
 三人の柱の男たちのかしらのドライブが先頭に立ち、ダーティ・チープとラスクリがあとに続いた。
 「何か騒がしいな。大勢の人がいるらしい。」
 「黒きアダムは我々の敵だろうか?」
 「そこまでは分からぬ。そしてエイジャの茶石がどのような形をしているのかもわからぬ。さぞかし光り輝く美しい結晶体なのだろう。まずは黒きアダムを探し出し、茶石を持っているか確かめるのだ。」
 刑務所内の体育館を使ってナツメたちの公演が始まっていた。若い女の子が歌うので、フィグを見て囚人たちは大喜びだった。

 ♪残酷な電車のように 終電よ始発になれ~
 朝の改札口 客車のドアをたたいても
 白線だけをただ見つめて 落ち込んでるわたし
 きっと不満だけ 遅れることにがっかりで
 運悪いまだ着かない 痛いこの遅刻
 だけどいつか気づくでしょう その電車には
 何も未定機械故障 誰も乗れない
 残酷な電車の停電 まだ来ないあせる通勤
 へとへとに 朝に疲れて
 重いカバン 腕が痛くて
 この朝に 悲しい遅刻
 終電よ 始発になれ
 
 フィグの歌の後。いろはとロカトの刀剣演武を見て囚人たちは息を飲んだ。中には死線をくぐり抜けてきた猛者もいるだろうが、そんな彼らでさえ恐れを抱くほどのものだった。
 「あの二人、すげえな。」
 そしてアルファとナツメの番がやって来た。
 『チャー、チャチャチャチャー、チャー、チャチャチャチャ―・・・・・』
 「まずはバケツパフォーマンスだね。」
 役割としては、ナツメが水の入ったバケツで実演し、アルファがさらに難しいことを要求して笑いを誘うというものだった。いわば、ナツメがケンちゃんでアルファがカトちゃんだ。最後のオチは、水が入っていると囚人たちに思わせておいて、バケツの紙ふぶき客席にぶちまけるというものだった。
 「わー!!」
 と、期待通りにウケて二人は満足だった。次はアルファがリンゴを投げて、ナツメが剣先に刺してキャッチするというパフォーマンスだ。アルファの放物線を描いての一投目をナツメは難なくキャッチした。
 「よおし!」
 アルファの二投目はさっきよりかなり速かったが、それもしっかりキャッチした。
 「その調子だ、ナツメ、覚悟しな!」
 「へ? 覚悟って・・・」
 次にアルファは大きく振りかぶってから足を高く上げ、全力でリンゴを投げてきた!
 「おりゃー!」
 「わー!!」
 そしてナツメに向かって即死レベルのスピードのリンゴが飛んで来た。ナツメが『死ぬ―!』と叫ぶ間もなかったはずだが、しかしそのリンゴはナツメの剣にも体にも届かなかった。いつの間にかステージに三人の大男が現れ、そのリンゴをキャッチしていたのだ。
 「なんだー? 誰だ?」
 アルファが驚いて叫んだ。囚人たちは突然の出来事にざわめいていた。誰もが唖然とする中、ラスクリがナツメに向かって話し始めた。
 「お前が黒きアダムだな。まさに預言の通りに現れた。さあ、お前の持つエイジャの茶石を渡してもらおう。」
 「なんのこと? 黒きアダム? エイジャの茶石?」
 「ふふふふ、知らぬのも無理はない。もう二千年も前の預言だ。お前が知らずとも、お前は持っているはずだ。さあ、持っているものを見せてみろ。」
 「持っているものといってもねえ。」
 「渡さぬと言うのか。」
 「いや、今は演技中だから、私物は持ってないし。」
 「そうか、やはり渡さぬか。しかし、エイジャの茶石の力を手に入れることは我らにとっての悲願。力づくでも手に入れるぞ。」
 そう言ってラスクリはナツメにつかみかかってきた。
 「危ない、兄貴!」
 ロカトが走り寄ってナツメを突き飛ばした。
 「何者だ、お前たちは?」
 「そうだな、まずは自己紹介しておこうか。お前たちの神々となる者の名をとくと憶えよ。」
 彼らが名乗る前に、ナツメが横槍を入れた。
 「あー、柱の男たちだ! どこから来たんだ? 確かローマの地下にいるんじゃなかったっけ? 神父の次は究極生物だよ。ラスボス連発だ。あれ、エイジャの茶石と言った? 赤石じゃなかったっけ?」
 「やはり知っていたか。」
 「あ、ごめん、名前言うとこだったんだよね? ボクの予想では、ラスクリにダーティ・チープにドライブじゃないかな?」
 「我らの名を知っているとは、やはりお前は黒き衣の聖者だな。」
 「黒き衣?」
 「そうだ。我らに伝わる預言『その者、黒き衣をまといてこの地に降り立たん。失われし太陽との絆を結び、ついに我らををまぶしき真昼の地に導かん。』お前はまさに黒き衣の聖者なのだ。」
 「あれま、あれノーパン疑惑のナウシカの預言そっくりだ。」
 「なんと、預言まで知っていたか。」
 「いや、少なくともボクのことじゃないよ。パンツはいてるし。」
 「あくまでもしらをきるというのだな。」
 「まいったな。なんのことやら。じゃあ、その茶石を使って何をするつもりなんだい?」
 「我らは太陽の光を浴びることができない。しかし、その石の力によって我らは太陽を克服し、完全体となるのだ。」
 「太陽の光に茶石の力ね。ああ、じゃあ、これのことかな?」
 そう言ってナツメはポケットからスライダーバッグに入れたべちょべちょの茶色い泥みたいなものを取り出した。
 「うーん、少しにおうかな。密封されてるはずだけど。」
 「何だそれは?」
 「もともと金色だったけど、茶色になっちゃって、それから昨日下水に落ちてべちょべちょになった賢者の石。」
 「まさかそれがエイジャの茶石と言うつもりか?」
 「それしか思いつくものはないよ。」
 「ふざけるな!」
 「いや、大真面目だよ。ああ、そうだ。ドライブがおでこに穴の開いた石仮面持ってるんじゃない? そこにこのうんこ、あ、言っちゃった。この賢者の石を丸めて入れたらいいんじゃない? そうすれば太陽を克服できるよ。」
 「貴様、我らを侮辱したな! ドライブ様の顔に泥を塗りおって。」
 「いや、泥じゃなくてうんこ、いや、賢者の石だよ。」
 「もう我慢できん!」
 「あ、じゃあ早くトイレに行ったら?」
 「どこまでもクソ野郎め!」
 「兄貴、下がって! こいつらやる気だ。よし、俺が相手になってやる。まず初めに言っておくが、兄貴の言ってることは真実だ。それを受け入れないお前たちはいつまでも太陽を克服できないんだ!」
 「なるほど、真実のクソにひそむ真実だ! 柱の男にぴったりの言葉だね。」
 「きっさまー!」
 「俺が相手だと言っただろ。」
 そう言ってロカトが剣を構えた。
 「無知とは哀れなことだ。我らの実力を知る時は死ぬ時なのだからな。だが、全力で相手しよう。それが敵に対する礼儀というものだ。」
 「ロカト、気をつけろ! 紙砂おしりを使ってくるぞ。砂漠の民はうんこの後、砂でお尻を拭くんだ。」
 「兄貴は賢者の石を渡しちゃだめだ。」
 「いや、受け取らなかったけど。」
 「ふふふ、俺も戦いに参加させてもらうとするか。」
 ダーティ・チープも進み出てきた。
 「あなたの相手はわたしがするわ。」
 いろはが剣を持ってステージに来た。囚人たちはおもしろい劇が始まったものと思い込み、やんやの声援を送った。
 「わたしはあのドライブってボスが相手だ。」
 ナツメと柱の男たちとのマヌケなやり取りを傍観していたアルファがドライブの前に立った。
 「気をつけろ、アルファ、君の足をすりすりしてウィンウィンとか言ってくる変態だぞ。」
 「なんだ、てめーと同じタイプかよ。」
 「えー、ボクそんなキャラじゃないよー。」
 そして戦闘が始まった。いろはとロカトの剣術は確かに本物だった。ラスクリとダーティ・チープも強い敵に会えて喜んでいた。アルファもアッガイを召還してドライブにつかみかかった。
 「アルファが危ないな。すりすりウィンウィンは避けねばならない。ボクだってまだやってないのに。よし、ネタバレ攻撃で行くぜ。」
 ナツメはスライダーバッグから賢者の石を取り出した。そして賢者の石は進撃の巨人の星で使ったようなバットの形になった。ただし、まだべっちょりしていたが。そしてナツメはアルファとドライブの戦っている所とは関係のない、舞台の脇のカーテンをバットで殴りつけた。
 「ギャー!」
 突然悲鳴が上がり、ドライブは顔をクソまみれにしてうずくまった。
 「予想通り本人は陰に隠れていたなあ。アルファが変態行為されなくてよかった。よし、もう一発お見舞いしておこう。」
 そう言ってナツメはもう一度ドライブに打ちかかった。するとドライブは懐から石仮面を取り出し、顔にかぶった。ナツメはドライブの企みに気づき、バットを止めたが途中でぐにゃりと曲がってちぎれ、ちぎれた先が石仮面の額のくぼみにべチャッとついた。
 「し、しまった!」
 ドライブのかぶった石仮面が光り輝き、場内にいる囚人たちを照らした。そして作動を開始し、ドライブは完全体への変身を始めた。
 「おお、ドライブ様! ついに究極生命体へとなられるのですね!」

 第八部 黄金虫体験

 「ついに、ついにこの日が来たのだ。太陽を克服する日が。完全体すなわち神となる日が!」
 ドライブの顔から石仮面が取れ、勝ち誇った笑みを浮かべた表情が現れた。
 「さて、太陽を拝みに行くとするか。」
 ドライブが歩き出そうとしたその瞬間、会場にいた囚人たちがうめき声をあげ始めた。
 「なんだ?」
 囚人たちはお腹やらお尻やらを押さえて出口に殺到した。制止すべき刑務官までもが出口から出て行き、囚人は殺到しすぎて入り口がふさがってしまった。みんな口々に叫んだ。
 「も、漏れる。だ、だめだ。間に合わない!」
 『あぁー』というあきらめと切なさが混じったような声を上げ、囚人たちは脱糞してしまった。するとドライブの体が輝き始め、囚人たちのうんこを引き寄せ始めた。石仮面から発せられた光は囚人たちに強烈な便意を催すものだったらしい。
 「な、なんだこれは!? なぜわたしの周りにクソが集まってくる! や、やめろ。う、うわー!」
 うんこは次から次へとドライブの周りに集まり、ドライブはうんこに閉じこめられてまん丸のボールのようになった。ドライブの叫び声は小さくなっていった。
 「ドライブ様、一体これはどうなっているんだ?」
 「助けたいならどうぞ、止めないわ。」
 いろはが冷たく言った。
 「どうやって助ければいいんだ?」
 「そりゃあもちろん、勇気を出して飛び込む、それっきゃないね。」
 柱の男二人は躊躇していた。
 「おら、速く行けよ!」
 そう言ってロカトは二人に蹴りを入れてうんこボールに突入させた。二人は叫び声をあげてうんこに飲みこまれていった。
 「おーい、聞こえるかい?」
 ナツメが声をかけた。ナツメの髪型はリーゼントの金髪の前髪が666の形になっていた。
 「このナツメ・デーツにはおかしいと信じる夢がある!」
 「なに言ってんだてめー。」
 うんこボールの中からかすかに声が漏れていた。
 「た、助けてくれ。ここからどうやって出たらいいんだ? わたしは完全体になったのではなかったのか?」
 「うーん、スカラベとかフンコロガシって黄金虫知ってる? うんこを丸めて玉みたいにして中に卵を産むんだ。君が入っているボールみたいにね。卵からかえった幼虫はうんこを食べて成長し、さなぎになって成虫になるんだ。幼虫のときは芋虫だよ。それが成虫になったらメタリックでピカピカの黄金虫になるんだ。
 言い換えれば、ピカピカの黄金虫になるにはうんこを食べなきゃいけないんだよ。だから、君も完全体つまり成虫になるにはそのうんこを食べればいいんだよ。そしてスカラベの丸くしたうんこが何を表すかが重要だね、あれは太陽の象徴なんだ。太陽を克服するとはすなわち、それを平らげることっていうわけさ。神になるっていうことは、そこまでやらなきゃならないんじゃないかな?
 あれだけうんこを嫌がっておいて、結局石仮面にうんこ、いやエイジャの茶石をつけて変身したのは君だからね。
 貴様、そこまで計算していたのか、と言う。」
 「き、貴様、そこまで計算していたのか? は!」
 「まあ、柱の中で寝るのも、うんこの中で寝るのも、寝るのは同じじゃない? それともしっかり食べるかのどちらかだね。」
 「にいちゃん、すごい! 究極生命体までやっつけちゃったね。」
 「ははは、このうんこ、いや賢者の石のおかげだね。なんで金髪キャラになるのか疑問だったんだけど、簡単なことだったよ。賢者の石は触れたものを黄金に変えるんだ。まさに、黄金虫体験ゴールド・エクスペリエンスだね! フィグ、今度ダイコクコガネを探しに行こうよ。ピカピカで角があってかっこいいぞ。」
 「ええ、見たい見たい! どこにいるの?」
 「牧場の牛の糞の中にいるよ。」
 「えー!?」
 「糞に入らずんばこがねを得ずってわけさ。鬼舞辻無惨もうんこ食べればよかったのに。」
 「そんなこと言ってると、鬼舞辻じゃなくてファンに殺されるよ。」
 「このうんこボールどうする? ここに置いとくのか?」
 「結局のところ、本人たちはどうしたいかな? おーい、ドライブ、ダーティ・チープ、ラスクリ、君たちはどうしたい?」
 「・・・・・」
 「どうやら、考えることをやめたみたいだね。たぶん、地下に彼らがいた空間があるだろうから、そこに運ぼうよ。」
 「てめーがやれよ、フンコロガシ野郎。逆立ちして足で押してけよ。」
 結局それ・・は囚人たちが自分で出したものだったので、かわりばんこに運ばされた。
 「さあ、トリプルシックスに帰る用意をしましょう。」
 「オキタ、またシャワールーム出してよ。」
 「ええ、そう思って外に用意しておきました。急いでください。」
 「さすが、気が利くねえ。」
 「ナツメは最後ね。」
 「まあ、常にレディーファーストだから。」
 「よく言うぜ。」
 トリプルシックスは定刻通りミドリイルカ通り刑務所星を出発した。ナツメを除くみんなは頼むから今度こそうんこは御免こうむると思っていた。
 「今回、短けえじゃねいか! 作者め、ネタがなくてとんずらこきやがったな!」

 第九部 D.O.の異世界

 「次の停車駅はティナー・サックス、ティナーサックスです。停車時間は55時間55分55秒です。」
 「なんじゃそりゃ。」
 「そうか、兄貴、ゴゴゴゴゴゴだ!」
 「なるほど。」
 「なるほどじゃねえだろ。」
 「ゴゴゴゴゴゴってことは、誰か出てくるんだな。」
 「敵しか考えられないよ。」
 「また困った事件が起こるのかな? 55時間ということは2日ほどあるんだね。ここはどんな星かな。何しようかな?」
 「おいしいものがないかな。気持ち悪いことばっかりで、今まで食欲あまりなかったもん。お腹すいたよ。」
 「うん、食堂車のメニューもあらかた食べたから、外食三昧で行こうよ。ここは現金かな? オキタ、まだ旅費は残ってるの?」
 「ええ、そもそも食堂車の食事はチケットにコミコミでしたからね。」
 「列車を乗り間違えてるのにチケットが有効なのは不思議ね。」
 「共通切符のようです。」
 「ターントリプルナインは今頃どこにいってるのかな?」
 「少なくとも宇宙には行ってないと思います。」
 「バイオレット・スパーガーデンか~。回転木馬乗りたかったな。」
 「なんだ、ナツメも乗りたいのか?」
 「え、あ、う、うん、マクベのやつに邪魔されたけどね。」
 「なに言ってんだか。」
 一行は駅のホームから繁華街へ向かったが、そこはまるで迷路のような街並みだった。
 「こりゃ迷っちまうぞ。」
 「タブレットに地図を表示しましたよ。駅の場所と目印はしっかり憶えておきましょう。駅の時計台は結構目立ちますね。ん? 今の時刻・・・あの時計止まってますね。5時55分55秒のところで。」
 「なんでもゴゴゴゴゴかよ。」
 「なんだ、お前たち、ここに来ていたのか?」
 「後ろから突然誰かに話しかけられ、みんなは驚いて振り向いた。」
 「あ、カグツチさんだ。」
 「お父さん、どうしてここに?」
 「これは偶然か。あの神父を追いかけて来たら、ここに着いたというわけだ。そして、ここにあのD.O.もいるはずだ。」
 「ラスボスが二人? 神父は時代を改変する能力だよね。D.O.も時間を操る能力かな。例によって。というより、時間を止める能力だよね?」
 「まあ、それはわからん。新たな能力を見につけた神父とD.O.が出会えばろくなことにはならんだろう。」
 「それを阻止しなきゃね。」
 「ああ。」
 「この世界を自分の思い通りの形にしたら、そのあとどうするつもりなのかしら?」
 「D.O.のやつはやっぱり太陽が苦手なのかな?」
 「少なくとも、神という存在になろうとしているのは確かだ。だが、なにをもって神とするのかが疑問だがな。」
 「ごくごく普通に思われていそうなのは、何でも命令、何でも手に入れる、何でも壊す、かな?」
 「それってジャイアン?」
 「全人類をのび太にするつもりなのかな?」
 「でもおかしいよね。誰もネコドラ君にはなろうとしない。ネコドラ君にいてほしいと思っても、自分がそれになるのは遠慮するみたい。」
 「ロボットにはなりたくないんだ。」
 「生身の人間でいて、なおかつ不死身で、それから永遠に好きなこと、やりたいことをするってのが理想なのかな?」
 「したがって、その『やりたいこと』が重要になるな。神父の動機は神父らしいといえば神父らしい願いだ。世の中からすべての間違いや憂いを強制的になくしたいのだからな。」
 「理想郷ってわけ?」
 「そこだな。みんなは理想郷があるとすれば、どんな世界を思い描く?」
 「う~ん、よく聞くのが酒池肉林のたとえだけど、体壊す元だね。酒池肉林で体壊さないために不老不死になろうとするのかな? でも、あの神父はそんなこと考えてなさそうだね。ずっと若い女の人をかこって好きなだけ好きなことをするっていう気はさらさらないみたいだし。」
 「なんでそう言い切れるのよ?」
 「神父は素数聞かせてみんなの体を動かせなくしても、アルファやかぐやにセクハラしてないし。ヒスハラで痛めつけるのが趣味みたいだけど。」
 「やつの動機は絶対正義と言えるだろう。何一つ罪や間違いが存在しないようにしたいのだから。神父の目的は分かりやすいと言える。」
 「ではD.O.の動機が気になるわね。どんな神を思い描いているのか。」
 「もしかしたらだ、まったく俺の推測にすぎないがな。D.O.と神父は惹かれあうものがあるのだろう。惹かれあう者は反対のものに惹かれるという。そこでだ。
 神父は人々からすべての苦しみを取り除こうとしている。神父版理想郷だな。一方のD.O.がその反対の性質を持っているとすれば、すべての人間にすべての苦しみを与えて苦しめ、それを見て楽しむと言ったところか。」
 「つまり、サディストの変態というわけ?」
 「そういうことになるな。みんなの意見を聞こう。神をどう思う? その答えがD.O.と神父を倒す答えを導き出すかもしれない。」
 「わたしは優しい人かな。お日さまみたいにポカポカしてる。ひなたぼっこの精みたいにね。それと暑い夏の日の木陰のそよ風ね。あの気持ちよさは人間には作れないよ。」
 「俺は真の知識と力かな。体の動きを完全に理解して理想の動きと結果を出す存在かなあ。食べ物や飲み物でも運動でも、それがどうやって体に作用するかすべて把握してるんだ。それで理想のパワーを手に入れてるんだ。」
 「ん~、古いギャグで笑ってくれる存在かなあ? ああ、大事だと思うことがあるよ。神様は何でもナンバーワンだけど、宇宙で一番気配を消すのが得意な恥ずかしがり屋なんだ。人に気づかれないようにしてるんだ。だって、トイレでもお風呂でもなんか恥ずかしいことしてるときでも、神様がじっと見てるのがはっきりわかれば嫌だもん。」
 「それはてめーが世界で一番恥ずかしいやつだからだろ。」
 「アルファの考えが聞きたいなあ。」
 「ふん、わたしは、わたしは・・・」
 アルファは口ごもってしまった。
 「無理に言わなくてもいいんじゃない?」
 「言いたくても言えないようなことを話せる人だな・・・」
 「わたしはこの気持ちを解決してほしいわ。」
 いろはが沈痛な表情で言うので、ナツメは申し訳なく思った。あれは心からの願いなのだろう。そしてその願いを叶えるかもしれないのがあの神父なのだ。
 「カグツチさんはどう思ってるの?」
 「ずるい意見だが、みんなが言ってくれたことと同じだ。もう一つ付け加えるとすれば、全部を見る存在だと思う。一部分を切り取ってそれですべてとみなすことはなく、原因、動機、行動、経過、結果、影響まですべて把握している存在だ。
 よし、行くぞ。神父のことは放っておいて構わない。倒すべきはD.O.だ。やつの居所を示す手がかりがあるはずだ。」
 「たぶん、玄関に凶暴な鳥がいて、中は迷宮の幻になっていて、テレビゲームで勝負するんだ。ああ、振り向いてはいけないという落書きもあるよ。ああ、そうだ。本物のヌケサクがいるよ!」
 「ヌケサクはてめーだ。」
 「いろは、ここの警察のPCにアクセスして、防犯カメラの映像を出してくれ。そして神父の顔写真と照合してくれ。神父はまず宇宙船に乗って来て宇宙空港に降りたはずだ。そこからのルートを推定してみてくれ。」
 「ええ、すぐ出るわ。宇宙空港での神父はこれね。あれ、スコップ持ってる人にからまれてるわ。」
 「涙目のルカがいるんだ。もしかして頭にスコップぶっこまれてるかな?」
 「いいえ、そのぶっこまれたのをなしにしてもらってるわ。」
 「どうやって?」
 「それから、イヤミみたいな髪型の人にからまれてるわ。」
 「ここで『おかしいと信じる夢がある』って言うんだ。」
 「まあ、神父の夢はおかしいがな。」
 「今度は刑務所に行ったわ。」
 「ライター持って出てきてない?」
 「もう、うるさい!」
 「おや、トイレに行ったわ。」
 「トイレの中までカメラはないよね。」
 「でも、そこから出てきてないわ。」
 「では、そこがD.O.の居場所の可能性が高い。」
 「え~、またトイレ~。」
 「しつこいくらいそれだな。」
 「いろは、場所を案内できるか?」
 「ええ、ついてきて。」
 一行はいろはを先頭にそのトイレに向かって急いだ。D.O.と神父が最悪な世界を創造しないように、その野望を食い止めねばならないと、みんな決意を固めた。しかし、D.O.の能力はいったいどんなものなのか?
 「ここよ、このトイレよ。」
 「男子のほうだね。」
 「よし、中に入るぞ。」
 みんなは忍び足でトイレに入った。小さな汚いトイレだった。
 「まさか便器が入り口なのかな?」
 「それだけはやめてよね。」
 「ジッパーで開くようになってるのかな?」
 「ねえ、これじゃない?」
 「どれだい、フィグ?」
 「ここ見て。」
 フィグが指さしたのは突き当りの壁だった。そこには『土土土土土土土土土土・・・』の模様が四角くあしらわれていた。人によってはクロスタッチに見えたかもしれないが、フィグにはそう見えたのだ。
 「これ、ドドドドドドドドドドだよ!」
 「ずいぶんわかりやすい目印だな。」
 「そう思うのはてめーだけだ。」
 「ドアになってるのか?」
 カグツチが壁を調べてみた。
 「合言葉があるのか?」
 いろはが四角く区切られた『土』の部分を縦横で数えてみた。
 「上下に10マス、100マスね。」
 「もしかして・・・神父の癖を考えると、1から100までのマス目のうち、素数の位置が関係してるんじゃねえか?」
 「その場所を押すのかな?」
 「やってみよう。」
 カグツチが左上を起点に2、3、5、7、11、13,17、19番目のマス目・・・というように順番に押していった。そして97の位置を押したところ、どこかできしむような音がした。
 「よし、どこかで入り口が開いたようだ。」
 「もう、またこのパターンよ。いい加減にしてよね。」
 トイレ内を調べたところ、ポルポの財産があった小便器の方ではなく、大便器の方で入り口が開いていた。便器の横に地下に続く階段が現れていたのだ。
 「仕方がない、行こう。」
 ナツメ以外はうんざりしながら階段を下りていった。
 「もう、くさいわね。」
 「わざわざ言わなくても十分わかってるわよ。」
 するといきなり階段が揺れ、一行はいろはとロカトにオキタと、アルファとフィグとカグツチ、そしてナツメ一人の三つに分かれてしまった。
 「あちゃー、どっちかがテレビゲームでどっちかが『振り向いたら死ぬ』だよ。でももう一つはどこだ?」
 というナツメの声をみんなが聞いた。
 いろはたちはものの見事にテレビゲーム会場にいた。
 「これで勝負ってわけか。おい、出て来い。相手を待ってたんだろ。」
 「あれ、今回はナツメちゃんこっちに来なかったんだ。別ルートとは残念。」
 「???」
 「その声は、レイミなの?」
 現れたのは黄泉平坂にいたレイミだった。
 「またゲームで勝負ね、いろはちゃん。今度は負けないわよ。」
 「なによあなた、D.O.の手先なわけ?」
 「ううん、あの神父が勝手に作り出した場所に縛られてるのよ。まったく、困ったわ。ここを抜けたければまずわたしに勝つ以外ないのよね。」
 「あなたが兄貴の話していたレイミさんですか? 俺、ロカトっていいます。」
 「さん・・なんてつけなくていいわよ。ロカトちゃん。」
 「は、はい・・・」
 「じゃあ、ルールを説明するね。勝負はUNOで。」
 「テレビゲーム関係ないのでは?」
 「アルファちゃんがいないからね。UNOでいいんじゃない? 彼女が聞いたらブチ切れるでしょうけど。」
 みんなはしばらくUNOをして遊んだ。何回もやったので勝ち負けがわからなくなってしまった。
 「あ~面白かった。こっちのルートはゆるゆるでしょ。オキタさん、UNO言うの忘れ過ぎ。ここを抜けるためにはアルファちゃんたちの踏ん張りに寄るわね。」
 そう話したとき、どこかでマシンガンのような音が聞こえてきた。
 アルファたちは迷宮のような場所に来ていた。
 「クソッ、こういう時はナツメがいる方がいいんだがな。」
 アルファがぼやいた。
 「にいちゃん、変なこと言ってたよ、『振り向いたら死ぬ』なんて物騒なこと。」
 「ああ、気をつけろ。何があるかわからん。」
 一行が壁に手をついて手探りで進んでいくと、アルファがふと目をやった壁に落書きがしてあった。
 『この落書きを見て振り向いた者は死ぬ・・・』
 「なにー! まさか、何かいるのか?」
 「どうした、アルファ?」
 カグツチが声をかけた。
 「ああ、死の危険とは信じたくないけど。」
 アルファはいやな汗をかき始めた。
 『どうする?』
 こんな時にナツメがいればと考えてしまうアルファだった。
 「あいつならどうする? ていうか、あいつ、前にも振り向いたことあったな。振り向くのは勇気なのか自暴自棄なのか・・・」
 「これしかねえ。アッガイ召喚!」
 アルファはアッガイを呼び出し、思い切って後ろを向いた。そこには異形の物体がいた。目の部分と口の部分にぽっかり黒い闇があった。
 「なんだ、こいつわ!」
 そこには両手にアイスを持った埴輪がいた。
 「ハニワアイス・・・ふざけんな!」
 怒り狂ったアルファはアッガイのバルカン砲で攻撃した。ところがマヌケな姿からは想像もできないスピードでハニワアイスは攻撃をかわし、アイスを振り回してしずくを飛ばしてきた。
 「何だこれ! アイスかと思ったらセメントじゃねえか!」
 アルファは間合いを詰めて爪で捕らえようとするが、ハニワアイスは素早くかわしてしまう。そのうちに体に着いたセメントが渇き、体の動きが鈍ってきた。
 「何やってんだよカグツチ、立って見てるだけかよ。」
 そう言われてもカグツチは動かなかった。
 「アルファ姉ちゃん、助けるよ。」
 そう言ってフィグは魔法の杖でアルファだけ有効になる自在空間を作りだした。かわや星のトイレでいろはが着ていた無重力スーツの性能を具現化したものだ。アルファは宇宙空間でバーニア制御するように部屋内を動いて攻撃を始めた。
 「こりゃいいな。常に自分中心で動ける。けど、このフィールド、ハニワアイスにもかけてくれよ。」
 「え、なんで?」
 「同じ条件でぶっつぶしてやる。ハンデはなしだ。」
 「うん、わかった。」
 ハニワアイスは重力制御ができると気づき、空中に浮かんで攻撃してきた。
 「へっ、この空間の中じゃ、セメントの縛りはあまり意味がねえぜ。」
 調子が乗ってきたアルファはハニワアイスに爪とバルカン砲を見舞い始めた。焼き物でできているハニワアイスはあちこちを欠けさせ始めた。
 「とどめだ!」
 アルファは爪でハニワアイスを貫いたあと、ボコボコになぐりつけた。ハニワアイスは崩れて瓦礫となった。
 「やったぜ!」
 アルファは勝ち誇ったが、それもつかの間だった。ハニワアイスの砕けた破片が破片のままハニワアイスの形となり、再び襲いかかってきた。今度はバルカン砲もすり抜けてしまうし、爪も手ごたえがなかった。
 「クッ、またこのパターンかよ。」
 「アルファ姉ちゃん、なんかアイデアない? 何でもできるけど、わたしじゃ思いつかないよ。」
 「そうだな、あいつを固められないか?」
 「うん、固める材料・・・アルファ姉ちゃん、また同じだ・・・どうしよう・・・」
 「どうした? いいから言ってみろ!」
 「固める材料を出してもいい?」
 「急げ! この際気にしてられない。言い訳は後で聞く!」
 それを聞いてフィグは粘土のようなものを空中に出現させた。それをフィグはハニワアイスにこびりつかせた。ドロドロになったハニワアイスをアッガイは壁に塗りたくった。
 「よし、もう攻撃してこねえな。」
 「ごめんね、アルファ姉ちゃん。」
 「く、くっせー! この粘土、もしかして・・・」
 「うん、このトイレの下水・・・」
 「嫌なダジャレだな。」
 ハニワアイスを倒したことで、レイミのところにいたメンバーが合流した。
 「あとはナツメだな。どこ行った?」
 ナツメはまっすぐにD.O.のところに招き寄せられていた。D.O.の部屋に向かう廊下で神父に出くわした。
 「あれ、神父だ。」
 「また会ったな。小僧。」
 「あんたがそこにいるってことは、ヌケサクのポジションだ! おい、ヌケサク、D.O.のところに案内しろ!」
 「ずいぶんでかい口を叩くじゃあないか。この恥の固まりめ。貴様のような存在がこの世を穢すのだ。この世界からゴミを排除してやる。」
 「それはゴミの処分の仕方を考えてないやつの言い方だよ。この世からモノってのは消えてなくならないんだ。排除なんて、見て見ぬふりをするのと同じだよ。あんたたちがゴミ以下と考えてるものが最強だっておしえてやるぞ!」
 ナツメはカバンからべちょべちょの賢者の石(うんこ)を取り出すと、それは再びバットの形になった。
 「これを受ける度量があんたにあるかな?」
 ナツメはバットを横に振ると、バットは餅(ある意味うんち)のように伸び、神父に巻きつかせた。
 「お、おのれ!」
 「ボクはこれ以上何もしないよ。あとはあんたの気持ち次第だ。賢者の石は触れたものを金に変える。もしくは、菌かもね。」
 神父は動かなくなった。
 「これで勝ったと思うなよ。わたしには歴史を変える力があるということを憶えておけ。」
 神父をその場に残してナツメは先を進んだ。そして長い長い階段の下に来た。何段か登ると階段の上に人影が見えた。
 「ドドドドドドドド・・・」
 としゃべっているD.O.がいた。
 「あんたがD.O.か。」
 『パチパチパチパチ』
 D.O.が手をたたいている。
 「よく素数の暗号が分かったな。褒めてやる。そこでだ、今その階段を降りれば仲間にしてやろう。ヌケサクのポジションくらいは用意してやる。」
 「ボクの666の髪型を見ろよ。誰かさんの息子と同じだぞ。ヌケサクなんぞなるもんか。」
 そう言ってナツメは階段を登り始めた。すると自分が思っていた以上に登っていた。
 「どうなっているんだ。」
 ナツメはもう一度階段を登ったが、またもっと登っていた。
 「おのれ、勝負だ。D.O.!」
 ナツメは一気に階段を駆け上った。
 『ボッカーン!』
 急に近くの壁が崩れて合流したみんなが姿を現わした。
 「安楽死するんじゃ、ナツメ!」
 「いや、安心するんじゃ、でしょ・・・それより、みんな聞いてくれ、今D.O.の能力を少しだけ味わったよ。自分が何を言ってるのか分からないだろうが、今ボクは階段を登ったら登っていた。」
 「ほんとに何を言ってるのかわからんわ。登ったから上ったんだろうが!」
 「いや、だから登ったと思ったら上っていたんだよ。」
 「だから登ったら上るだろうが。」
 「頭がどうかしたと思うかもしれないけど、本当なんだ。」
 「頭がどうかしたのが本当だな。」
 「やれやれ、困った連中だ。頭のいかれた貴様らにタネ明かしをしてやろう。この階段、エスカレーターのスイッチをナツメとやらが登るときに入り切りしただけだ。」
 「な~んだ。びっくりしたよ。」
 「てめーの情けなさにびっくりするぜ。」
 「全員がそろったところでだ。思い知るがいい、我が能力、異世界ザ・ワールドの真の能力を。」
 「ん、何が起こったんだ? 何も起きないぞ。5秒間だけ時を止めるにしたって、気がつかないよね?」
 「フフフフ、5秒と気づいたのは褒めてやる。だが、止めるのは時ではない。我が異世界ザ・ワールドの能力は、5秒間だけ時計を止めることができるのだ!」
 「どんだけどうでもいい能力なんだよ!」
 「おい女、貴様は分かっていない。ドーハの悲劇のときに審判の時計を5秒間止めたのはこのわたしだ!」
 「このクソ野郎め!」
 「この時代、時計を止めれば何でも止まってしまうぞ。髪の長い女、貴様のタブレットを見てみろ。」
 「何よ。」
 いろはがタブレットを見ると、バグって動かなくなっていた。
 「覚えているか、2000年問題というつまらん騒ぎがあったのを。PCが誤作動を起こして世界中が大混乱に陥ると言われていた問題だ。結局大したことは起こらなかったがな。
 だが、わたしの能力は2000年問題で起こると言われていた現象を引き起こすことができるのだ。5秒間時計を止めるだけでな。水道が止まり、企業活動は停止し、銀行はストップする。ネットで注文した品はややこしいことになるぞ。貴様らが大好きな下水も止まる。これが一番こたえるのではないかね。」
 「大好きってなんだ! どいつもこいつもナツメと一緒にするな。」
 「なるほど、うんこできないって拷問だね。あんたはどうするのさ。あんただってうんこできないぞ。」
 「だから神父を呼んだのだ。奴の力でなかったことに出来る。」
 「いや、全然意味わかんないし。うんこほど楽しい時間はないのに。」
 「てめーはしゃべるな!」
 「あれ、もしかして、トイレに行きたくないから神になろうとしてるの? ボクは神様のトイレを掃除したよ。面白かったよ。あれ、もしかしたら、あんたは神父の力に縛られちゃうんじゃないかな。さっき神父をうんこで縛ってきたから、うんこが好きにならないかぎり逃げられないんだよ。太陽の神様、すなわちフンコロガシにあこがれなければ太陽も克服できないし、神にもなれないよ。そして、このままでは二人ともトイレ行けないよ。時計は止めないことをお勧めするよ。」
 「神父が縛られてるだと。ナツメ、なぜ貴様がここまで来れたのかを分かっていなかった。貴様、よくも・・・」
 「まあ、いいんじゃない? 神様になるのは簡単だよ。神父を縛ってるうんこを食べればいいんだから。」
 カグツチが最後にD.O.に宣言した。
 「さあ、どうする、このままトイレを我慢するか、漏らすか。どっちにしても、俺たちには関係ないがな。」
 「こ、このD.O.が気分が悪いだと!」
 「そりゃ、気分悪いよね。トイレに行けないんだから。」

 第十部 ポニーテールは砕けない

 「じゃ、みんな帰ろう。もう、放っておいても構わないと思うよ。トイレに行くか、悪夢の我慢をしながら野望を優先するか、簡単な選択なんだけどね。」
 ナツメがみんなに言った。
 「どうやら迎えが来たようだな。」
 カグツチが言った。
 「迎えって?」
 「ターントリプルシックスが到着したんだ。みんなはそれに乗ってバイオレット・スパーガーデンに行くといい。オキタの家族も首を長くして待っているだろう。」
 「あなたは誰?」
 いろはがカグツチをにらみつけるように言った。
 「わたしも古い秘密の名前を持っているんだよ、いろはかぐや、わたしの名は・・・」
 「うるさい! てめーは黙ってろ!」
 ナツメはアルファにげんこつをもらった。
 「かぐや、何を言っている?」
 「とぼけないで。偶然にあの星にいえ、会った時から変だと思ってた。」
 「何のことだ? 分からないな。」
 「見えているのかと聞いているのだ、Q太郎・・・」
 「いいかがんにしろ、てめー!」
 「お父さんは青リンゴのにおいのする香水なんてつけないわ。神父のこと、初めから何もかも知ってるような感じだったし。能力まで渡しちゃったのも変だし。あなた、一体誰なの?」
 「よく気づいたな。まあ、少し時間がある。ゆっくり話そうじゃないか。」
 みんなは怪訝な表情をしながらD.O.の館をあとにし、トイレの入り口から出た。もし彼の正体がカグツチではないとしても、まあ信頼できる人だろうとみんなは考えた。
 「メッタメタハウスというホテルを予約しているから、そこでシャワーを浴びて少し休むといい。」
 みんなカグツチにしたがい、案内されたホテルでさっぱりするとレストランで食事をとった。それからホテルの中庭の林に行って話すことになった。
 「少しは落ち着いたか? では、聞きたいことがあるなら聞こう。」
 「まずはあなたが誰であるかを教えて。お父さんじゃないでしょ?」
 「それは最後に答えることにしよう。」
 「なぜよ。」
 「かぐやも答えを焦って聞きたがるタイプなのか? 推理小説を最後から読んでしまうとか?」
 「ああ、それ、ボクも困るんだよね。すぐネタバラシする人いるもんね。映画を見てて、次のシーンをいちいち先に言うんだよ。それと、昔の映画館ってひどかったんだよ。お客さんの入れ替えを映画がまだ終わってないのに始めるんだ。おかげでさらば宇宙戦艦ヤマトのラストシーンを初めに見ちゃったんだよ。」
 「いいからてめーは黙ってろ!」
 「じゃあ別のことを聞くわ。どうして神父を放っておいても大丈夫と言ったの? 彼を知っていたの?」
 「知っていたのはその能力だ。まだ使いこなせていなくて、知らないふりをしていたがな。あれは自分にとって都合のいい過去を見せる能力だ。つまり、虚像や幻だ。過去は何も変わっていない。人の記憶が改変されてしまうだけなんだ。しかし、改変された記憶ほど嬉しいものはないのかもしれないがな。ものすごい誘惑だろう。」
 「そんな記憶欲しくないってきっぱりと返事が出来ないわ。情けない・・・」
 「人とはそういうものだ。」
 「じゃあ、どうすればいいと言うの?」
 「わたしに聞くのか? 父とは思っていないのだろう?」
 「答えてよ、誰よ、あなた。」
 「今回はスカウターを着けてないのだな。」
 「・・・なんでスカウターのこと知ってるのよ?」
 「さて、なぜかのう。」
 「その何でも知ってそうな口ぶり、わかったわ。あなた、ヒミコ様ね!」
 「ホホホホホ、よくわかったの。正解じゃ。」
 「なんで父に化けてるの?」
 「究極生物を調べに行っておったのだ。目を覚ますのはまだ先だと思っておったのだが、遺跡の上に刑務所が建てられ、トリプルシックスが走るようになってから覚醒が早まったのじゃ。人が来るようになって時が来たとみなしたのじゃな。
 そんな時におぬしたちが列車を乗り間違えてしまったのじゃ。これは偶然ではなく必然といってもよいじゃろう。間違いは間違いだと言いきれないわけじゃの。そしていくつかの星で経験を積んで、究極下水生物と妄想神父と時計じかけのサディストに対処してくれて感謝するぞよ。
 不測の事態に備えていろはの父に化けて同行したがの。心配無用じゃったな。ハニワアイスにもうまく対応できておったの。それから、気の毒な王女を助けてくれたな。単に呪いを解くだけでなく、前向きに生きる力も得たようじゃし。」
 「前向きというより恥知らずになっただけじゃねえか? ナツメみたいに。おまけに、最後、それはそれはひどいことしてくれたからな。あれ、なにハラって言うんだ。」
 「ただの痴漢でしょ。相手が王女だから処刑でもよかったんじゃない。」
 「二人ともひどい~。」
 「いろはよ。カグツチについて少し話しておこう。」
 「父はどうしているの?」
 「元気じゃよ。そのうち会えるて。一つ変わったことがあるがの。」
 「え? なに?」
 いろはは不安になった。
 「なに、ジャンプからコロコロコミックに鞍替えしたそうだ。」
 「ナツメだったら殴ってたところね。」
 「いや、コロコロコミックに対して失礼だろ。」
 「うるさい! もうあんたの顔も見たくないし、声も聞きたくないし、二度と会わないから!」
 「そんなあ~。」
 「ええ、ええ、こんなことを言うのは悪いことよ。ごめん。でも、許せないの! それじゃあ、さようなら!」
 ナツメが何か言おうとする前に、ロカトが慌てて声をかけた。
 「いろはさん、あ、あの・・・」
 「ナツメのための弁解なら聞きたくないわ。」
 「い、いえ・・・」
 「何よ!」
 「あ、あの・・・」
 「どうしたのよ?」
 「あなたに伝えたいことがあって・・・」
 「なに?」
 「こんなタイミングで言うのは変だと思うけど。」
 「一体何なの? 大事なこと?」
 「大事、自分にとっては、かな。」
 ロカトはいろはがもうここからいなくなろうとしている様子を見て焦った。自分の思いを今告げなければ二度と言う機会がないのではと苦しんだ。しかし、『好きです』の一言が出てこない。
 「あ、あの、お願いがあって・・・」
 「だからなに?」
 「そ、その、ポ、ポニーテールにしてください!」
 いろはもみんなもポカンとしてしまった。
 「どんな重大なことかと思ったら、そんなこと。いいわよ。フィグ、髪ひも持ってる?」
 「うん、あるよ! ロカト兄ちゃんは赤いリボンが好きだと思うよ。」
 ロカトはフィグが自然に『好き』という言葉を使ったのを聞いてうらやましく思った。
 『ああ、なんでその一言が今言えなかったんだ! 終わった・・・』
 いろははシュシュッと髪を結んだ。
 「はい。できたわよ。」
 「・・・はい。素敵です・・・とっても・・・」
 「なにその魂抜けたような感想は。あんまり似合ってないからがっかりしたのかしら?」
 「い、いえ、そんなことは決して・・・」
 「じゃ、もう行くね。ここでみんなとはお別れするわ。わたしはもう一度トリプルシックスに乗るから。もううすぐ発車時刻ね。」
 みんな何も言わなかった。言うべき言葉も見つからなかった。ナツメが一番落ち込んでいた。
みんなはいろはを見送るために駅へ向かった。反対車線にはターントリプルナインが止まっていた。
 「それじゃあね、みんな。楽しかったわ。ごめんね、こんな心の小さなわたしで・・・」
 「何言ってる! いろははかっこいいぞ。」
 「ありがと、アルファ。」
 ロカトも何か声をかけようと焦ったが、やはり口が開かなかった。
 『ああ、俺には真の勇気がない・・・』
 「ボーーー!」
 汽笛が鳴りいろははトリプルシックスに乗り込んだ。いつもだったらナツメが『999のメーテルだ!』と言って騒いだに違いないが(それから『メーテルー!』と叫んで汽車を追いかけて走ったに違いない)、うつむいて黙っていたのを見ていろはは心が痛んだ。
 『ごめんね、何も悪くないのに。わたしはあなたのような真の勇気がないわ。』
 そして汽車はホームを離れ、ゆっくりと速度を上げていった。
 しばらく重い沈黙が流れた。真っ先に口を開いたのはヒミコ様だった。
 「これでいいのか? わらわが口をはさむのは気が引けるが。ナツメよ、なぜすべて話さんのだ。」
 「え、だって。」
 「一つヒントをやろう。真実を話すのと全部話すのとは少し違うぞ。」
 「そしてみんなにも言おう。特にロカト、そなたに告げよう。」
 「な、なんでしょう!」
 「ナツメはすべてを話さなかった。そしてみんなはすべてを聞かなかった、いや、聞こうとしなかった。なぜじゃ? こういう質問はナツメが一番分かっていると思うが。」
 「ボクが?」
 「今回の不幸はそなたがしのはこを開けてしまったことを告げたことじゃろ?」
 「そ、そうです。それを口にしなかったらこんなことにはならなかったのに。」
 「そうじゃな、『あんなことしなければよかった』『言わなければよかった』の典型例かしれぬの。ただし、その反対もまたある。『あの時ああしておけばよかった』『聞いておけばよかった』『言っておけばよかった』のようにな。どうじゃ、心当たりがあるかの?」
 それを聞いてロカトは心を刺された。
 「その通りです。」
 「それでじゃ、ナツメ、もし、しのはこを処理したナツメの役をロカトがやっておったらどうする?」
 「え、ロカトがやったら・・・」
 ナツメはアルファの方を見た。
 「なんでこっち見んだよ!」
 「た、たぶん、殺されるから。」
 「いいから言ってみろ! 言っても言わなくても殺すから。」
 「そんな無茶な!」
 「兄貴、兄貴だけしかわからないことがあるってことなのか?」
 「そ、そうなのかな?」
 「言ってくれよ、兄貴。俺を兄貴に一歩でも近付けてくれよ!」
 「じゃ、じゃあ言うぞ。よかったらアルファを押さえといてくれるかな。もしロカトがボクの役をやっていたらロカトに言うのはこれだ! 『中身はどんなだった?』」
 それからしばらくナツメは気を失っていた。ロカトの制止よりも速くアルファがかかと落としを決めていたのだ。しばらくしてナツメは意識を取り戻した。
 「結局あの偽りの記憶そのものになったじゃないか!」
 「てめーが変態だからだ!」
 「さて、その質問をナツメに聞ける者はおるかの?」
 みんな黙っていた。ロカトとフィグはチラチラとアルファを見た。
 「だからなんでこっち見んだよ!」
 ロカトは今こそ真の勇気を試されるときだと感じ、ついに口を開いた。
 「兄貴、い、いろはさんのしのはこの中身はどんなだった?」
 「興味あるの?」
 「いらんこと言うな!」
 またアルファの一撃を喰らってしまった。
 「そう言ってもね、これだけは言えないんだ。」
 「それはそうだ。」
 「仕方がないの、わらわが助け舟を出そう。言うのじゃ、ナツメ、何を見たのかを。ああ皆の者、耳をふさがんでもよい。」
 「言えないよ。言ったらいろははもっとひどいことになる。」
 「一体何を見たんだ! 言え!」
 しびれを切らしてアルファが言った。
 「え、う、あ・・・じゃ、じゃあ言うよ。しのはこの中には・・・」
 「中には?」
 「中にはカメムシが大量に入っていたんだ。」
 「なんだとー!」
 「まさかいろはがお腹の中にカメムシを飼ってるなんて、とても言えることじゃないよ。」
 「てめー、思いやりのポイントがずれまくってんだよ! いろはのクソがカメムシなわけないだろうが!」
 「ほっほっほっほ、この話は誰も悪いことをしとらんのにの。おばあさんがナツメにしのはこを渡したのは勘違いだったのじゃ。その当時、照彦がいろはのストーカーをしておって、しのはこの中身を物色しようと考えておったのじゃ。そこでおばあさんは照彦をぎゃふんと言わせようと、しのはこの中にカメムシをつかまえてきて入れたのじゃ。
 そうとは知らないナツメは、まじめにしのはこを洗おうとふたを開けたら大量のカメムシを見たというわけじゃ。」
 「そうだったんだ! よかった、いろははカメムシ怪獣かと思ってたよ。」
 「その一言でも傷つくと思うよ。」
 「さてさて、時間がかかってしもうたの。かかと落とし何ぞするから時間が足りなくなるかと思うたぞ。もう限界じゃ。トリプルシックスが動き出すぞよ。」
 「え、どういうこと?」
 「時計を5秒間だけ止めて、トリプルシックスのコンピューターを機能停止させておいたのじゃ。それももう復旧する。いろはにすべての真実を伝えなくてよいのかの?」
 そのころ、いろははトリプルシックスが急に停車してちっとも動かないのでイライラし始めていた。
 「なんなのよ、もう!」
 ロカトは考えた。
 『列車が止まってる!? 今聞いたことをいろはさんに伝えなきゃ! いや、それ以上に大事なことを・・・なにい、列車が動き出したぞ。どうする、どうする!』
 「兄貴、お願いがあるよ!」
 「なんだい?」
 「俺に勇気を分けてくれよ。兄貴の持ってる真の勇気を!」
 「そう言われてもなあ・・・勇気なんてないぞ。」
 「何言ってるんだ! 自分でトイレの勇者だと言ってたじゃないか! 真の勇気を持つ者とも言ってたんじゃなかったか!」
 「それはそれなんだけど・・・え、なんで今勇気なんか必要なわけ?」
 「俺、俺、いろはさんが好きなんだ。でも、言えなかった。言う勇気がなかったんだ。今ヒミコ様が列車を遅らせてくれてるから、今言って言いたいんだ。自分の思いをね。もちろん兄貴の誤解も解きたいし。」
 「そうか、じゃあ、急がなきゃ! ようし、偉大な弟のためだ。とっておきの魔法を教えてあげるよ!」
 「おお、頼むよ。」
 「その魔法はこれだ! 『君のパンツを洗わせてください!』って、勇気を出して言うんだ!」
 「てめーには反省とか進歩とかがないのか!」
 「ありがとう、兄貴、肩の力が抜けたよ。」
 「やる気が全部失せたの間違いじゃねえのか?」
 「ロカト君、いいじゃないですか、急ぎましょう! これを使ってください。変身フルーツです。前はモノマネの実なんて言ってましたがね。これで今必要な力を得るでしょう。」
 オキタはロカトに変身フルーツを手渡した。
 「え、結構おいしい。」
 「ずいぶん改良が進みましたよ。」
 食べ終わったロカトは顔などは特に変わらなかったが、白い服に赤いマフラーを巻いた姿に変わっていた。するとどこからかサイボーグ009の曲が流れてきた。

 ♪1,2,3,4,5,6,7,8,009
 赤いマフラー なびかせて
 すすめ サイボーグ
 われらの 勇士
 平和を 守る
 正義の ひとみ
 ああ サイボーグ 009

 ロカトは猛然とダッシュしてトリプルシックスを追いかけはじめた。
 「いけー、ロカト!」
 「ロカト兄ちゃん、しっかりー!」
 「009か、そりゃ、鉄郎のガニマタ走りでは追いつけないだろうからな。」
 ロカトはさらに加速し、服の色が赤に変わっていった。

 ♪吹きすさぶ風が よく似合う
 九人の戦鬼と 人の言う
 だがわれわれは 愛のため
 戦い忘れた 人のため
 涙で渡る 血の大河

 列車は速度を増し、空中へとのびるスロープに向かっていった。ロカトは列車との距離を詰めていった。
 「もう少しだ! 急げ!」
 何かの気配を感じ、いろはは窓から外を見た。ちょうど線路がカーブしていて後方の車両とその後ろの景色も見えた。
 「あ、あれ、なんなの? 誰か後ろを走ってる! あれはロカトなの!? 一体何してるの!?」
 いろはは驚いて立ち上がり、すぐさま後方車両へと走っていった。途中の食堂車で氷を食っていたアゴの異様に大きいマンモーニから釣竿を奪い取った。
 線路は再びまっすぐになり、空中へとのびるスロープとなった。そしてさらに加速し、トリプルシックスは先が曲げられた線路の先端から空中に飛び出した。

 夢見て走る 死の荒野
 サイボーグ戦士 誰がために戦う
 サイボーグ戦士 誰がために戦う

 それに続いてロカトが線路を蹴って列車に飛びついた。ほぼ同時にいろはが最後尾車両のドアを開けてロカトの姿を確認した。
 それを見てロカトが叫んだ!
 「かぐやー! 君のパンッ、いや、君が好きだー! 大好きだー!」
 アルファがぼやいた。
 「ナツメェ、もう少しであの二人を破滅させるとこだったぞ。」
 ロカトの声を聞き、いろはも叫んだ。
 「わたしも好きよ!」
 ロカトが手を伸ばし、いろははその手をつかもうと伸ばしたが、もう少しというところでロカトが失速してしまった。
 「と、届かない!」
 すぐにいろはは奪い取った釣竿を振り回し、釣り針を投げた。釣り針はロカトの服に引っかかり、いろははリールを巻き始めた。
 「もう少しよ、つかまって!」
 巻き取りに引き寄せられたロカトに片手を伸ばし、いろははロカトの手をしっかり握った。
 「もうちょっと!」
 いろはは釣竿を捨てて手すりを握り、ロカトをつかんでいる手にさらに力を込めた。そしてロカトが客車に乗り上げ、いろはと抱き合ったその時、『ガシャン』という音とともにいきなり手すりが根もとから外れてしまった!
 「うそでしょー!」
 いろはとロカトは抱き合ったまま車両後方の空中に放り出されてしまった! と同時に最後尾車両のドアが開き、車掌が飛び出してきた。そして右手から鞭のようなものを伸ばし、二人をからめとった。その直後、二人は見た。車掌の帽子が脱げて飛んで行き、その素顔があらわになったのだ。
 二人は足がグンバツなドムの顔を想像していた。しかし車掌は青いザクのような顔をしていた。車掌はヒートロッドで二人を引き揚げながら言った。
 「ザクとは違うのだよ、ザクとは。」

 エピローグ ファースト・カメムシ

 「あの、かぐや、もう一つ言いたいことがあるんだ。」
 「なに?」
 「君が兄貴の言葉で取り乱してたでしょ。その姿、とってもキュートだったよ。」
 「もう、やーね。」
 ドムだと思ったらグフの車掌に助け上げられ、二人は食堂車に行った。するとマンモーニがいろはを見つけて文句を言ってきた。
 「ピチピチ・ボーイをどこへやったんだ!」
 「ごめん、外に落としちゃった。」
 「拾って来いよ!」
 「あれってスタンドじゃないの? また出せないの?」
 「出せるか! おれはマンモーニなんだ。兄貴がいないと何にもできないんだ。」
 そこへ車掌がやって来た。
 「この釣竿はあなたのですか?」
 「お、おう。そうだ。」
 「車掌さん、どうやって回収したの?」
 「まあ、ドダイがありますんで。ああ、それから、次はバイオレット・スパーガーデンに止まりますよ。」
 二人は顔を見合わせた。
 思いっきり絶交宣言したはずのいろはだが、ロカトから詳しい事情を聞き、しばらくごめんなさいを連発していた。そして、そんなに日が経っていないのにみんなと、特にナツメとバイオレット・スパーガーデンで会うと思うと気が気でなかった。
 「兄貴は気にしないよ。かぐやとまた会って話せるのを大喜びするよ。まあ、しばらくカメムシネタで騒ぐだろうけど。」
 「それは嫌だなあ。でも笑って聞いとくかな。それに、本物見られても動じない精神を身に着けなきゃね。」
 バイオレット・スパーガーデンの駅のホームに再びトリプルシックスとターントリプルナインが並んで止まった。そしてスパーガーデンの入り口の前でみんなは再会した。いろはが開口一番ナツメに謝った。
 「ごめんね。ひどいこと言って。わたしともう口をきいてくれないと思ったわ。」
 「ああ、いいんだよ。トイレの勇者だからね。いろはが元のようにかっこよくいてくれたら嬉しいよ。」
 「ありがとう。でも、正直、本物を見たかったの?」
 「わー、それは禁止ワードだよ。」
 「別にもう気にしないわよ。」
 「君が気にしなくても、自動追尾かかと落とし弾が待ってるんだよ。」
 「ほっほっほ、みんな元通り仲良くなったようだの。どうじゃ、記憶に振り回される人生はつらいものかの?」
 「その通りよ。」
 「じゃが、なぜ恥ずかしい経験や自分の選びの結果生じた不具合をいつまでも忘れられないと思うかの?」
 「わからないよ。苦しくて何もかも投げ出したくなることもあるよ。」
 「なぜそう思う?」
 「なぜと言われても・・・」
 「それはな、生きておるからじゃ。あの時ああしなければ、ああしておけばと思うのは生きていてこそ言えるものじゃ。たとえばじゃ、振り向いてはいけない場所で振り向いたり、見てはいけないものを見てしまったら、振り向かなければよかったとか、見なきゃよかった、とか言えないじゃろ。」
 「てめーは振り向いただろ。なんで生きてんだよ。」
 「いや、フィグに聞いたけど、君も振り向いたじゃないか。」
 「まれにみる二人じゃの。お似合いじゃ。」
 「いっしょにすんな!」
 「そうじゃ、見てはいけないものを見てしまった話は有名じゃの。」
 「浦島太郎ね。」
 「ナツメ、あの話をどう思う?」
 「う~ん、何で見てしまったのかな? あー! わかったぞ。あの箱の中身・・・」
 ナツメはえぐり取るような殺意の視線を感じた。しかし、ナツメはこう宣言した。
 「ボクは学んだぞ。トイレの勇者は真の勇気を持つ者なんだ。だから勇気を持って言うぞ。玉手箱の中身は乙姫のうんこだったんだ。だから白い煙が出て・・・」
 ナツメはかかと落としで気を失った。
 いろははカグツチに化けた卑弥呼のにおいを思い出して言った。
 「ねえ、ヒミコ様、なんで青リンゴのにおいをさせてたの? そんな香水あるの?」
 「ふふふ、なぜじゃと思う?」
 そこでちょうどナツメが目を覚ました。
 「ん? 青リンゴのにおいがどうしたの? ヒミコ様のにおいの正体? いろははそのにおいが嫌い?」
 「青リンゴのにおいは好きよ。ヒミコ様にしては詰めが甘いんじゃないの? 簡単にばれてしまうじゃない。」
 「どうじゃ、ナツメ、何か言うことはないか?」
 「まさか!」
 「どうしたの、にいちゃん?」
 「キバラヘリカメムシ!」
 「なにそれ? カメムシってどういうこと?」
 「キバラヘリカメムシっていうカメムシは、青リンゴのにおいの屁をするんだよ。」
 「それって・・・」
 「ヒミコ様のおなら・・・!」
 「浦島太郎は何を助けたと言われているかの?」
 「そりゃ、亀だよ。ってまさかカメムシを助けたって言いたいの?」
 「そのほうが合理的に説明できるじゃろ。ゴキブリみたいに気持ち悪いという理由だけで殺されてしまうのは、何とも無慈悲で残酷ではないか。
 一方カメムシは殺すとくさいからという理由で助かっている。しかし、最初に死んだカメムシがいたから今のカメムシは死なずに済むのじゃ。人は最初のカメムシにだけはなりたくないものじゃ。いくら後に続く者がそのおかげで生きられるとしてもじゃ。初めのくさいものを甘んじて受けるものが未来の礎となってくれる。
 乙姫はいわばファースト・カメムシじゃ。別の物語では玉手箱の中身は人魚の肉となっておる。人魚の肉は永遠の命を授けるもの。まさに太陽の象徴であるフンコロガシの糞と同じじゃて。
 そして消し去りたい過去の記憶は、自分自身の魂のファースト・カメムシなんじゃ。過去の自分がファースト・カメムシになって死んでくれたおかげで、さらによい未来へ命をつないでくれてるのじゃ。じゃから、つらい過去の自分を褒めてやってくれぬかの。」
 「ファースト・カメムシねえ。いろはのしのはこにキバラヘリカメムシが入ってたら、真相を聞いてもカメムシのうんこをする女性だと言い張ったかもね。ファースト・カメムシの称号はいろはのものさ。」
 「やっぱり絶交しちゃおうかな。」
 「冗談だよ! まさにブラックボックスだ。」
 「また謎かけをしてやるかの。『あんなことしなければよかった、言わなければよかった』は真実なのかどうかじゃ。人は過去のその瞬間だけで人生が決まるものではないからの。人生は取り返しがつかないと思わせて、自分の側へ引き寄せようとしたのがあの神父じゃったの。じゃから次の者たちの『じゃなければよかった』を聞いたら、何と言ってあげるかの。
 さあ、行くぞよ。」
 『海賊王に、俺はなるんじゃなかった。』
 「あんだけ長期連載しておいて、最後にそりゃないよ。」
 『悪名だろうがなんだろうが、俺の名を世界に轟かせてやるんじゃなかった。』
 「ルフィに続いてゾロまでネガティブキャンペーンですか?」
 『俺は火影になるんじゃなかったってばよ。』
 「勝者の憂鬱ですか?」
 『だが、断らなければよかった。』
 「『岸辺露伴は断らない』ってタイトルにしないと。」
 『その日、人類は思い出すんじゃなかった。』
 「まあ、壁の中の人類の真の望みかもね。」
 『一匹残らず駆逐するんじゃなかった。』
 「あんだけやっといて、最後にそれかよ!」
 「さあ、どうじゃ、人生失敗ばかりで悩みは尽きんが、『じゃなかった』と言う言葉は必要ないじゃろ。まあ、そう言ってしまうのが人生じゃが。とりあえず、今日はみんなで楽しく遊んでくるがよいぞよ。」
 「さあ、遊びに行こうぜ。」
 「よーし、アルファ、早速回転木馬に行こう。」
 「なんだよその張り切り方は? 気持ち悪いな。」
 「真相を聞きたい?」
 「ナツメ、いきまーす、とか言うんじゃないだろうな。」
 「ゲッ!」
 「かぐや、めぞん残酷に行かない?」
 「やだー、お化け屋敷は怖いわ。」
 「嘘だろ? 普通に化け物退治してるのに。」
 「それとこれとは別なの!」
 アルファとナツメは回転木馬の列に並び、順番を待った。やがて自分たちの番が来た。ナツメはウキウキしまくっていた。大勢の人がいるのに。やがてナツメたちの番が回ってきた。そしてスタッフが案内を始めた。
 「回転木馬の搭乗者の方、回転木馬の搭乗者の方、回転木馬へようこそお越しくださいました。ガイドを務めます真久部と申します。搭乗前にいくつかのお願いがあります。
 搭乗中はくれぐれもふざけたまねをしないよう、お願いいたします。なお、不謹慎な行為が見られましたら、容赦なくキャノン砲で撃ち抜きますのでご注意ください。」
 「なんでここにマクベがいるんだよー!」

 おしまい

全回復ラスボスの無茶ぶりⅡ戦闘トイレの金隠し

2021年12月1日 発行 初版

著  者:嶋内正樹
発  行:記紀怪界書房

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嶋内正樹

昭和48年(1973年)1月22日生まれ。 会社員。 旋盤工。 自称妖怪研究家。 古代日本最大の謎、邪馬台国と卑弥呼の正体に迫ります。

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