spine
jacket

───────────────────────



空一杯カラフルに・他短編集

さら・シリウス

さら・シリウス出版



───────────────────────




  この本はタチヨミ版です。

 

目次

◆ 空一杯カラフルに

◆ アフリカ

◆ セロリの幸せ

◆ 魔法の石

◆ 海花大(うみなはだい)のアイドル

  おわりに



◆ 空一杯カラフルに

 加奈は下積みのイラストレーターをしている。
 小学生の時にコンクールに入賞して以来、周りからも称賛され、将来の夢はイラストで仕事をしたいと漠然と思っていた。中学校に入ってからはいくつかのSNSにイラストを載せるようになった。寄稿するようになってわかったことだが、ネットの世界は広く、加奈と同年代くらいでもっと上手い絵を描いている人間が沢山いる。周りからの反応を見ても、自分がいかに未熟かという事を思い知らされた。
 それでも、加奈は同年代や自分よりも上手い絵を描いているアマチュアのイラストレーターに負けじとSNSに投稿をし続けた。親にねだってデジタル機器を買い、画材を紙とペン、マーカーや色鉛筆からデジタルでの絵を描けるように努力した
 結果、中学校を卒業する間際には、それなりのファンが付くようになっていた。

 高校に入ってからは美術部に入り、再びアナログの絵を練習するようになった。美術部では、流行っていた漫画のキャラクターなどを水彩画やアクリル絵の具でキャンバスに描いたりした。その努力が実ってか、動物をテーマにした地方のコンクールで、見事金賞に輝いた。加奈としては金賞の上である大賞が欲しかったのだが、金賞でも周りは充分に称賛してくれた。
「加奈って、本当にプライド高いよね」
「人付き合いも悪いしさ」
 同級生の女の子達からは陰口を言われたり避けられるようになったけれど、自分は絵を描く事しか存在価値が無いのだと己を奮い立たせて絵を描き続けた。将来は絶対に画家やイラストレーターの仕事で食べていくのだと執念を燃やしていた。

 高校三年間の間に、幾つかのコンクールで入賞する事が出来た。
 加奈は多少、満足はしていたが納得いかなかった。
 そして、高校を卒業した後、アパレルメーカーの宣伝部に入る事が出来た。
 やがて出版社の少女向け雑誌と契約が取れた為に、加奈は念願のイラストの仕事をしたいという夢を叶える事が出来た。
 ただ、その仕事に就いて半年程経過した頃だろうか、徐々に、加奈へのイラストの依頼が少なくなってきた。
 次々と後続のイラストレーターが増えてきたせいもあるが、加奈の絵はいまいち魅力に欠けるといった趣旨の事を編集者が言ってきたのだ。
「貴方って。本当に、色々な絵柄を描けるし、画材やデジタルソフトにしたって、色々な技術があって凄いんだけど……。なんていうか、うーん…………」
 編集者の言っている意味がわからない。
「なんですか?」
 加奈は納得いかないまま、そう訊ねた。
「みんな言うのよね。魅力的な絵じゃない、というか……。なんでも、描けるし、絵柄も変えられるし、技術が凄いのは確かで、企業としては即戦力で欲しい人材なんだけど。そのね……」
「はっきり、言ってください」
「インパクトに欠ける、っていう人もいるし、個性が無い、っていう人もいるし……。今の時代、貴方みたいな人材が優秀な筈なんだけど……。個性が無さすぎるのも、やっぱり、ダメなのかも。貴方の描ける絵柄だと、どれも、もっと魅力的で上手い絵の人って幾らでもいるというか……」
 そう言って、女性編集者は困った顔をした。
 そう言われて以来、加奈は酷く落ち込んで筆を取る事が出来なくなっていった。
 確かに、加奈は万能タイプで、模写やトレースも上手かったが、人と比べて、突出した魅力のある絵を描く事が苦手だった。
 技術ばかり高いだけの絵だと高校生の頃に陰口を叩かれた事がある。
 でも、加奈はそんな陰口に惑わされずに今日まで頑張ってきた。
 けれども、編集者に困った顔で伝えられて以来、彼女の絵に精彩が無くなり、作画のアイディアが湧かなくなっていった。納期に余裕を持って完成させてはいたが、次第に納期ギリギリまで描き上げる事が出来なくなっていった。
 加奈の担当の女性編集者もただ厳しい事を言うわけではなく、何とかして加奈をスランプから抜け出させようと色々とアドバイスをしてくれたり、悩み相談を親身に聞いてくれたりしたが、加奈の絵に対しての評価は下がったままだった。

 やっと納期に間に合わせた今月分の仕事をしたあと、加奈は三日間休暇を取る事にした。何もかも忘れて実家でのんびりしたい……実家には姉弟みたいに仲良しのハスキーのチャミーがいる。
 大きいがおとなしい。
 加奈が中学に入った時に父がプレゼントしてくれたから、もう八歳になる。
 絵や人間関係や、様々なことで辛い時、いつも慰めてくれたのは、チャミーだった気がする。加奈には小中高と、親友と呼べる友達が出来なかった。
 姉妹もなく、いつも一人ぽっちだった加奈に、中学からチャミーという心の支えができた。
 加奈は、実家から通勤するには会社が遠いという理由でワンルームマンションを借り、終末には実家に帰るようにしていたが、連休は久しぶりである。
 実家の玄関を開ける前からガラス扉の向こうで尻尾を振っているチャミーの姿が見えた。
 
 そんなある日の事だった。
 加奈は、出版社の編集長に呼ばれて、契約は打ち切りだと言われた。
 人と比べて魅力的な絵を描けていない、技術だけの絵で、それなら他に替わりは幾らでもいる。うちも決して大きい会社では無い。申し訳ないが、加奈をこれ以上、使えないと告げられた。
 加奈は、小中高と培ってきた技術は一体、何だったんだろうと、会社の帰り道に泣きそうになりながら考えていた。というか、殆ど涙を押し殺していた。
 加奈が中、高校生に見つけた、ネットで尊敬していたプロのイラストレーターは、今の時代、個性的な絵だと企業からの依頼が貰えない、個性はあっても良いけど、個性的過ぎる絵は企業が毛嫌いするのだと、ホームページにくどいほど書いていた。それを信じて、加奈はどんな絵柄でも描けるように努力を続けてきた。
 今まで自分の実力を信じていたけれども、全て終わってしまった、と、加奈は涙を流しながら電車に乗るのも忘れ、夕焼けに染まった街をトボトボと歩き続けた。
 一応、アパレルメーカーの仕事はある。
 月収が高いとは言えないが、食べるのには困らないだろう。
 ただ、自分の培ってきたもの、自分の全存在を否定されてしまったような気分になって、加奈はアパレルの仕事もマトモに続けていけられるかどうか不安になりながら帰りの路地を歩いていたのだった。
 家に帰って、絵を描いている液晶タブレットを見てみる。
 加奈はそれを見ているだけで目頭が熱くなった。
 今まで使ってきた画材。コピック、アクリル絵の具、水彩絵の具、筆、キャンバス……それらの存在の全てが虚しくなり、加奈は目を背けるとベッドに潜り込んで疲れ果てるまで泣いた。
 
 それから、何日もの間、加奈は抜け殻のようになっていた。
 アパレルの仕事を業務的にはしているが、仕事に身が入らない。
 ただただ、言われるままにやっていた。営業成績も当然、落ちる。上司から叱られる。
 加奈はアパレルの仕事も退職して、少ない貯金でやりくりをして、次の仕事を探すべきか悩んでいた。あるいは、高校時代の頃のようにSNSでデジタルの絵を売って、お小遣い程度に稼ごうか…………。ただ。一度、プロのイラストレーターとして仕事をし続けてきた実績上、素人に毛の生えたような人間でも絵が売れるSNSでの依頼をこなしていくなど、彼女のプライドが許さなかった。
 そうしているうちに、アパレルの仕事でも、度々、ミスが多発して、上司から注意を受け、加奈は心底、落ち込んでいった。
 そんな精神的に切羽詰まった時期の事だった。
 学生時代の頃に、数少ない友達だった同じ美術部の留美子から電話があった。
「加奈、元気してる?」
 留美子は相変わらず、屈託の無い声のトーンをしていた。
 思い詰めていた加奈にとって、少しだけ心が安らいだ。
「うん。……ちょっと、元気じゃないかも…………」
「今度、久しぶりに会わない? 私の彼と、彼の男友達なんかも一緒に来たいって言っているんだけどさあ。人数が足りなくて」
「ねえ、それって、合コン?」
「うーん。どうだろ? まあ、とにかく来ない?」
「……OKだよ。最近、面白い事も無いし…………」
 
 それから二週間後の、留美子に誘われた合コンの開催日。加奈はいつものダサい眼鏡をやめてコンタクトをはめることにした。いつもより丁寧に化粧を施した顔に濃い目のルージュをひいて、無難なコンサバ系の服で決める。姿見に映る自分を遠めに見ると、落ち込んでいた気分が少し晴れやかになった。
 合コン会場であるお洒落な洋風の居酒屋には、留美子の彼氏の隣に、一人の美形の男の子がいた。加奈の好きなイケメンキャラクターに似ている。
 加奈達女性陣は四人。
 留美子の彼氏も入れて相手も四人。
 留美子は彼氏と上手くいっていないのか、彼氏以外の男子とばかり話している。
 ――なんか、留美子の彼氏、派手なファッションの留美子と違って、地味で冴えない感じだなあ。留美子、高校時代から浮気性あったよな。つまんないし、物足りないのかなあ――
 その日、皆は居酒屋で大いに盛り上がった。
 数日後、留美子からLINEで連絡が入った。あのイケメンキャラクター似の男子が加奈を気に入ったと言って、連絡してきたのだと言う。そして、出来るなら、会って二人でお茶でもしたいと。
 加奈はしばし逡巡しゅんじゅんしたけれど、もとより彼氏もいない身である。
 何より、今、一人でいるのは辛かった。
 そして、次の週の日曜日にあの美形の男子と会う事になった。
 彼の名前は、津山卓郎と言うらしい。
 改めて見ると、ファッション・センスも良く清潔感があった。香水の選び方もいい。
 その日から加奈は卓郎と仕事帰りに待ち合わせて食事に行ったり、休日にデートをするようになった。
 卓郎は加奈の描いた自信作の絵を見て、大層褒めてくれた。
「動物の絵が一番、上手いんだね?」
「うん。これは高校の時に銀賞を取った絵。アクリル絵の具を使っている。今の絵も見る?」
「うん。見せてよ」
 加奈はクビになった職場で否定されていた絵の数々を卓郎に見せる。卓郎は屈託無く褒めてくれた。
 こんなに実力のある加奈をクビにする会社なんて、すぐに潰れるよ、と卓郎は言ってくれた。加奈は仕事をクビになって以来、ずっと曇っていた心が晴れ渡ったような気持ちになった。
 それから、しばらくの間、卓郎と幸せな日々が続いた。
 ……しかし、それも長くは続かなかった。
 どうも、彼氏と別れた留美子と卓郎が付き合っている事を、高校時代の他の友人から聞かされたのだ。留美子は浮気性だし、卓郎も自分と釣り合わないくらいの美形で年収も高い。加奈は自宅の部屋の中で泣きじゃくった。
 卓郎と出会い楽しい日々を過ごすことで、自分の傷付いた心が薄紙を剥がすように徐々に癒されていくような気がしていた。けれども、それは幻想だったのだ…………。
 
 しばらくの間、加奈は傷心を抱え、立ち直ることができなかった。
 思えば、高校を卒業して、アパレル会社、そしてイラストレーターの職業に就いて以来、若い女の子らしい事など何もした事が無かった。自分の人生はと言えば、ひたすらに絵ばかりだった。それで良いと思っていた。
 地味な自分は他に何も取り得が無い。体力もなく、偏差値の高い大学に入れるだけの学力もない。それから、正直な処、異性に余り興味が無かった。加奈の中の異性と言えば、デジタル世界の中の美男子だったり、漫画の中のイケメンキャラクターだったりした。
 そう言えば、二十歳の成人式の時も、自分が着る振袖を選ぶよりも、仕事の合間のあまった時間を使って、成人式の日の記念として振袖を着た今風の絵柄の女の子を描いてSNSに投稿した。それが沢山のネットの人間達から称賛を得て、それがとても嬉しかったことを覚えている。他にも、夏になれば海水浴に花火大会、冬になればクリスマス。そしてバレンタイン。全て、その季節に合わせたイラストを描いてきた。それが職業になっても、会社の企画としてそうだった。加奈は女としての人生なんて、余り興味が無かった。
 けれども卓郎と出会ってから、こんな地味な自分でも好きになってくれる男がいるんだと錯覚した。恋愛感情を異性に抱いたのは、小学校低学年くらいの頃で、何となく仲良くなった男子。今では顔も名前も覚えていないけれど。
 
 加奈は小学校から望み続けていたイラストレーターとしての仕事をクビになり、初めて出来た恋人の裏切り……。学生の頃なら、嫌な事があれば、すぐに絵の世界に逃げ込んだ。絵で自分の気持ちを表現し続けてきた。……けれども、加奈はあれから、絵を描く気力が湧いてこない。加奈は気付けば、部屋で一人、泣いている事が多くなった。
 ――いっそ、このまま眠って死ねたら、どれだけ楽だろう―――
 最近はそんな事ばかり考えてしまう。
 アプリゲームも、美術館巡りも、喫茶店での憩いも、読書も、全て絵を描く事が基盤にあったからこそやってきた趣味だ。アプリゲームに出てくるキャラを見て、流行りの絵柄を勉強して、美術館で昔の画家達の技術を真剣に学んだ。喫茶店で液晶タブレットを片手に絵を描き、読書は西洋建築や花の本、世界遺産の本など、全てが絵に反映されるように他の趣味にも没頭していた。

 絵を否定された自分には何もない。
 更に、同い年の女の子がやっているような恋愛でもボロボロになった。
 加奈は気付けば、アパレルの仕事が終わった後、頻繁に居酒屋やBARに通うようになっていた。何もかも嫌な気持ちを忘れたい。お酒の力で嫌な事を全部、頭の中から消去したい。彼女はとにかく、現実で生きていくのが嫌だった。
 そんな時、ふと立ち寄った庶民的な居酒屋でひとり飲んでいると、男性から声を掛けられた。加奈は酔った勢いで、イラストレーターの仕事をクビになった事を男に話した。男はスマートフォンにデータが入っているのなら見せてよ、と言う。
 加奈は動物を描くのが特に好きだった。猫の絵とパンダの絵、鳥の絵と狼の絵を次々と見せていく。男は、君って孤高な感じで、特にこの絵の狼に似ているね、それにしても本当に絵が上手いんだね、と男は加奈の作品をこれでもかというくらいに褒めちぎってくれた。加奈は男の言葉に涙を流していたと思う。此処は俺が奢るよ、と男は言う。男は二十代後半か、三十代前半くらいの年齢だった。
 それから、二時間後、加奈は男のアパートの部屋にいた。
 ふらふらとしながら、加奈は男の部屋のベッドに座る。
 もう、優しくしてくれるなら、誰でもいいやと加奈は思った。
 男は加奈を抱き締めて、加奈の眼鏡を外す。野暮ったい眼鏡を取った君は本当に可愛いよ、やっぱり、俺の見立て通りだ、と男は言う。
 そして、男は加奈に覆いかぶさった。
 加奈は男と抱き合った。
 そこで、加奈の記憶が途切れていた。
 気付けば、朝になっていた。
 加奈はすっかり酔いが覚めていた。
 隣には、男が寝ていた。
 酔い潰れていてあまり覚えてはいないが、おそらく昨日の夜彼と肉体関係があったんだろう、と加奈は判断する。
 明日……今日も、仕事だ。行かなければならない。
「君、はじめてだった?」
 男は言う。
 加奈は首を横に振る。
 卓郎との肉体関係が先だった。
「へえ。君、ちょっと痩せすぎかなあ。胸も案外、小さいんだね。もう、始発だろ? 帰っていいよ。ウブな感じで、気持ちよかったなあ」



  タチヨミ版はここまでとなります。


空一杯カラフルに・他短編集

2021年12月14日 発行 初版

著  者:さら・シリウス
発  行:さら・シリウス出版

bb_B_00171800
bcck: http://bccks.jp/bcck/00171800/info
user: http://bccks.jp/user/149942
format:#002t

Powered by BCCKS

株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp

さら・シリウス

私がヒーリングを生業としてかなりの年月が経ちました。  いつからか瞑想中に小説のプロットが天空から降りてくるようになりました。  最初は気にもとめていませんでしたけれど、それがちゃんと起承転結のある面白いストーリーだと気付き、そしてそれがハイアーセルフからもたらされているというのにも気付きました。  自力で肉付けをして書いた物が十冊ほどになりましたが、やはり中々時間がとれません。  暫くは多忙を言い訳に、数年間、プロットの山を放っておきました。  けれど、ハイアーセルフがプロットを下さったのにも訳があるのだと思い立ち、形にしなければと一念発起したのです。    そこで2021年の始めから、才能のある人に私が書いたプロットを渡して書いて貰うことにしました。  小説は時間がかかります。筆の遅い私が一人でこのプロットの山を形にするには、数百年かかります。  私のプロットと、才能ある方のコラボ、どこまでできるかわかりませんが、形にしていきたいと思っています。  勿論、時間の許すかぎり、自分でも書いていきたいと思っています。  宜しかったら応援してくださいね(#^.^#)               さら・シリウス

jacket