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『〈岡村詩野音楽ライター講座オンライン 2021年10月期〉』

OTOTOY

OTOTOY出版



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2021年のべスト楽曲

girl in red「Serotonin」
文:吉澤奈々

「Serotonin」の歌詞は、葛藤する心を明らかにしている。薬で自身を抑える違和感、本音を隠すことへの抵抗。そこには覆いかぶさる気持ちに抗う、彼女の姿があった。生きづらさをオープンに綴るのは、自分でありたい強い意志でもあるだろう。まっすぐな心の内は、そのままの彼女らしさだ。

ビリー・アイリッシュの兄フィニアスと、共同プロデュースしたサウンドも特徴がある。ビートとボーカルは、リズミカルに連携していて心地良い。厚みを次々にかえる重低音は、フィニアスならではといえる効果だ。それに、彼女のラップはユーモアを感じさせる場面もあり、印象的だった。それぞれの個性が際立つ、明瞭なサウンドに仕上がっている。

2021年のベスト楽曲に「Serotonin」を選んだ理由は、マイノリティの生きづらさを鮮やかに表現したことだ。彼女はレズビアンであることを公言している。好きになった女の子が赤い服を着ていたことから、ガール・イン・レッドと名付けたように。「Serotonin」での彼女の思惑は、体験した出来事を日記のように記す、自然な表現なのだろう。苦悩を明るみにする中で、彼女のアイデンティティは強く存在している。

Ado「うっせぇわ」
文:柏子見公昭

「日本では若者であることがマイノリティなのだ」

ネットシーンから登場したAdoのデビュー曲「うっせぇわ」はまたたく間にストリーミング2億回再生を突破、幅広い世代を巻き込んだヒットとなった。10月20日NHK「あさイチ」でも取り上げられるほどのちょっとした社会現象となっている。なぜここまで支持されているのか。それは令和の日本では若者であることがマイノリティであることを表した歌だからだ。
令和の日本の10代の人口は約1100万人、総人口に占める割合はわずか8%程度であり立派なマイノリティだ。「うっせぇわ」自体は社会人になってから若者が受ける気持ちや不満を表した曲だが、小学生の頃からボカロ曲に親しんでいたという生粋のボカロネイティブAdoが類まれなる表現力でこれまでの嫌なことを全て表現して歌ったという感情が見事に結実した傑作曲となった。2020年代の日本の若者の本音を見事に切り取っていながら大人には面と向かって抗議はしない。「絶対絶対現代の代弁者は私やろがい」「丸々と肉付いたその顔面にバツ」と心の中で言いながら「どうだっていいぜ 問題はナシ」と最後は諦観してしまうことこそがこの国のZ世代の生きづらさを表しているのではないか。

原田郁子「アップライトピアノ」
文:鷲津隼平

『大切なみんなの居場所』

吉祥寺にある小さなカフェ『キチム』(2010年~)。おいしい匂いがいっぱいで、ときどき音楽が鳴り響く。大切なみんなの居場所。昨年は、さびしい空気の中、10歳になりました。それを思い、2021年、産みの親の1人であるクラムボンの原田郁子さんは、お店にある赤茶色の「アップライトピアノ」を題名に音楽を創りました。
お話はアップライトピアノが過ごしたお店での日々について。例えば、お店が産まれた時のこと。例えば、ワイワイ賑やかな楽しい時のこと。例えば、人がいなくなって、哀しみに包まれた時のこと。様々な情景が、原田郁子さんのピアノ(と時々サンプラー)によって、ある時はちょっぴりファンクで楽しそうに、またある時は切なく叙情的に弾き語られる。物語の最後では、いつかまた楽しい時間がくることを願い、赤茶色のアップライトピアノの音色と唄声が、淡い光を帯びてお店の中に響いていきます。
今まであった身近な場所が、どれだけ大切だったか伝わってくる音楽。昨年、自分の場所を幾つも無くし、空っぽになった私を満たしてくれる。まだ行ったことがないから、自分にとっても大切な居場所にするため、今度のお休みに足を運んでみようと思う。

宇多田ヒカル「One Last Kiss」
文:尾谷昂大


映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のテーマソングとしても話題になった、宇多田ヒカルの「One Last Kiss」。彼女らしいオールドなシンセサウンドと現代風なエレクトロサウンドを組み合わせた楽曲。プレーンな曲調と、シンプルな構成で魅せる歌は、宇多田ヒカルの歌を中心に据え、見事にエヴァンゲリオンの物語を完結させた。

イントロのシンセから入り、1番は抽象的なサウンドで宇宙空間を漂っているような浮遊感がある。2番からはベース音が入り、ビートを刻むことで、曲を前に進めていく。メロディラインは繰り返しが多いが、彼女の独特な歌い回しで飽きさせない。曲が後半に向かうに連れて、サウンドがどんどん展開されていくが、構成としては、1,2番で使用されているフレーズが重なっていくのみ。そして、最終的に彼女の歌声に帰結する。

喪失をテーマとした同曲。過去の自分に囚われつつも、何とか未来に向かって歩もうとする姿が碇シンジと重なる。2021年は、YOASOBI / millennium paradeなど、楽曲とエンタメコンテンツのコラボが時代を席巻した。その中で、宇多田ヒカルと碇シンジは、誰よりもシンクロしていた。

The Kid LAROI, Justin Bieber「STAY」
文:江田仁美

2021年、多くの場面で耳にする機会があった「STAY」。
今や時代の寵児であるザ・キッド・ラロイと、かつては自身もSNSからチャンスを掴んだジャスティン・ビーバーによる華麗なコラボレート楽曲第2弾である。

イントロから1番のコーラスまではラロイが歌っている。歌詞がラッパーならでは、なのか「僕は、僕は!」と前のめりで性急な歌い回しが復縁を望み、感情を乱した男の姿を容易に想像させる。一方でビーバーが歌う2番のパートは、息継ぎさえも聴こえるほどに親密で、至近的で、内省的な歌い方が印象的だ。二人がようやく出会う2番のプリコーラスではラロイの主旋律、ビーバーのハーモニーでコーラスが重なり合うように歌われる。パートナーから愛想をつかされ途方に暮れるという共通の境遇をもつ”僕”らによる、弱音混じりのウェットなボーイズ・トークのようだ。

2010年代以降、女々しいと揶揄された「男性の泣き言をつらつらと並べたラップ」が多く存在した。しかしながら「Stay」を歌う彼らは抑圧者たる自身から責任を反らそうとする内省的な態度は非常に男権的であり、無意識のジェンダーロールに苛まれているように受け取れる。Z世代のヒーローである彼ら、ひいては現在を生きる私たちが抱える「自分らしさ」と「自分」の葛藤を軽快に、そしてあっさりと露出したメガトン級の問題作である。







2021年のべストMV

Daichi Yamamoto「Love+」
文:吉澤奈々

「Love +」の映像は、一見するとDaichi Yamamoto1人の出演に見える。だが、ジェンダー・セクシュアリティ・国籍・人種問わない、さまざまな人が映し出されている。サンプリングは、アーティスト集団ダムタイプの中心メンバーだった古橋悌二だ。古橋悌二はゲイであることを公表し、HIVに感染して亡くなっている。

映像では、さまざまな存在をライトの光で表現した。あるときは人の姿や古橋悌二の語る原動力として、きらめきを放つ。トンネルを進むシーンは、ひとつずつライトが過ぎ去る。その明かりは、ダムタイプの代表作「S/N」から、声を上げては消えゆく人を呼び起こすようだった。象徴的なのは、レインボーのライトがビルを照らすシーンだろう。激しいフラッシュで、セクシュアリティを主張している。下を向き、賛同するDaichi Yamamotoは、現代で使われるバーチャルアイコンの青年と同じ衣装だ。

「Love +」の映像と古橋悌二は、時代を超えて同じ場所から愛を投げかける。そのメッセージは、あるままの肯定だろう。今も、目に見えない偏見と愛を持つ私たち人について問う。真摯なコミュニケーションを、促す映像なのだ。

Måneskin「ZITTI E BUONI」(ジッティ・エ・ブオーニ)
文:柏子見公昭

イタリアのロックバンド、マネスキンの最新ビデオ「ZITTI E BUONI」(ジッティ・エ・ブオーニ)は横スライドのフレームワークでリードボーカルのダミアーノ・ダヴィド、ギタリストのトーマス・ラッジ、ベーシストで紅一点のヴィクトリア・デ・アンジェリス、ドラマーのエタン・トルキオらメンバーの美しくもしなやかな外見を見せ付ける。それぞれのカラーで仕切られたスペースでパフォーマンスをするメンバーたちのジェンダーフリュイドなファッションも彼らが2021年仕様のロックバンドであることを示している。
後半は60年代風のシンプルなバンドセットのスタジオにチェンジ、メンバー全員がスーツでキメた伝統的なバンドに扮しながらもダミアーノのヴォーカルが一気にスピードアップ、サウンドの熱量も倍になる。クローズなカメラワークでバンドの自由奔放でふてぶてしい姿を捉える演出もマネスキンからの「ロックンロールは不滅だ」というメッセージと受け取れそれはまるで「俺たちはバンドでショービズの世界を生き抜いて見せるぜ!」宣言のように思える。彼らはロックンロールの救世主になるのか?デジタルストリーミングの時代の突如現れたヨーロッパの若者達の動向に注目していきたい。

amazarashi「馬鹿騒ぎはもう終わり]
文:鷲津隼平

青森県を拠点とするバンドamazarashi(2007年)。秋田ひろむ〈Vo./Gt.〉を中心に、素顔を明かさずに活動を続けている。素顔を見せない分、映像表現に趣向が凝らされ、4月に公開された「馬鹿騒ぎはもう終わり」は2021年を生々しく表すものだった。
映像は、巨大な大仏の前でちっぽけな存在として秋田ひろむが救いを求めるように、悲壮感を帯びたフォークをギターで弾き語る姿を映し出す。この対比は、巨躯で永遠を見通す大仏にとって、現世の状況は些事に過ぎず、目の前で助けを乞う人間は掌の上で喚く孫悟空と大差なく、救うに値しないことを暗に突きつけているように思える。加えてプロジェクションマッピングでガスマスクを覆っており、一片の慈悲も感じられない。そんな中、ふとした時に大仏は普段のご尊顔を薄っすらと浮かべる。それは、事態を少しずつだけど収束させようとする私たちの奮闘を肯定し、この救いの無い馬鹿騒ぎが何時か終わり、明ける。それに気づくように伝えているように思え、私の中に儚い明りが灯る。
現在までに募った救いの無さと、芽生えた明くる日への期待感が入り混じる。混沌とした2021年を表しているように思う。

星野源「創造」
文:尾谷昂大

任天堂スーパーマリオブラザーズ35周年テーマソングとして制作された星野源の『創造』のMVは、我々日本人としての誇りを思い出させてくれる。

本作には、マリオがパワーアップする様子などが取り入れられており、楽曲同様に任天堂へのオマージュが散りばめられている。歌詞と音楽から浮かぶゲーム情景と映像が連動するギミックは、情緒的かつ的確にゲームファンの心を掴む。監督には、奥山由之(30)を起用。2021年話題を呼んだポカリのCM監督を務めるなど、今や日本を牽引する表現者の一人だ。多彩な色と細かな映像技術を使用したMVだが、素材は、1つのスタジオでiPhone片手に撮影したもの。画素数の粗い映像や淡い色使いは35年前の映像を連想させる。最先端技術を用いるのではなく、1980年代への郷愁とイマジネーションで勝負する作品は、他作品とは一風変わった輝きを放つ。

メロディ、歌詞、映像、タイアップテーマ、全てが巧妙に組み合わさっている本作。日本を代表する企業、アーティスト、映像作家がタッグを組み、日本のクリエイティブ市場がまだまだ世界に負けていないことを証明した、まさにYELLOW MAGICなMVと言えるだろう。

Lil Nas X, Jack Harlow 「 INDUSTRY BABY 」
文:江田仁美

2021年話題アーティストといえば、真っ先にリル・ナズ・Xを思い浮かべる。
本作は投獄の身となったリル・ナズ・Xが他の囚人を引き連れて刑務所から脱獄するストーリー。コラボしたジャック・ハーロウも囚人役として出演しており、リルの脱獄に一役買っている。

どっしりとしたテンポに乗ってラップが刻まれ、物語は軽快に進んでいく。リルとダンサーによるシャワー室であられもない姿でセクシーに舞い踊る姿や、ショッキングピンクの囚人服を纏ったラストのダンスシーンは圧巻。刑務所という場所だからこそ、我々視聴者は受刑者役のほとんどが有色人種であることへの違和感や、刑務所での同性間での性的暴行を理解し、受け止めることができる。しかしこれらは、世界中で起きている現実だ。

(便宜的にカテゴライズするが)黒人ラッパーのMVでは女性とのセクシーなキス、筋骨隆々な肉体美がお決まりのシチュエーションであるが、それこそホモフォビアの裏返しである。リル自身ゲイであることカミングアウトし、世の中に大きな波紋を呼んだが、同性愛嫌悪について述べるのは大きな危険が伴う行為であると彼は言う。鉛のように重たい現実を「INDUSTRY BABY」ではハーレムや楽園のように痛烈な皮肉たっぷりに表現し、最後には夜明けとともに脱獄を成功させる場面も描かれている。

業界、世の中の不都合にスポットを当てたチャレンジングで責任ある彼に今後も目が離せない。







2021年のべストアーティスト

Indigo De Souza
文:吉澤奈々

「コミュニティと育むマイノリティとしての独創性」

インディゴ・デ・ソウザの活動は、自身の個性を理解されづらい環境から、ノースカロライナ州アッシュビルへと移り住んだことが、大きな転機となる。保守的な街では、特異だと見られる部分を、気にしない自由な空気がアッシュビルには流れる。アッシュビルという地域は、アート・音楽の文化が根付き、あらゆるタイプの音楽が至るところで演奏されている。彼女がクリエイティブな活動をしていくのに、最適な地域だろう。そんなアッシュビルを拠点に、アーティストとして、また自身を取り戻す、拠り所となっていく。

セカンド・アルバム『Any Shape You Take』の制作は、地域のコミュニティやチームを組んで行われた。これまでのセルフ・プロデュースから、共同プロデュースにブラッド・クックを迎えたことで、大きく作風を拡げたことになる。ブラッド・クックは、ボン・イヴェール、スネイル・メイル、ザ・ウォー・オン・ドラッグス、など昨今のUSインディー・ロックを支える敏腕と言えるだろう。レコーディングを、同郷であるシルヴァン・エッソのスタジオで行ったことも、手法を増やす要因となる。

『Any Shape You Take』のサウンドは、オルタナティブでファンクな面が強調されている。前作は、ノイジーなガレージロックまたはフォーキーな語りのあるサウンドだった。あくまで、彼女のメランコリックなフレーズ、歌声にフォーカスしているのは変わらない。しかし、より浮き彫りになった印象がある。「Real Pain」は、率直なタイトル名通り、叫び声を重ねる実験的なアプローチがありつつ、スムーズな統一感がある。「Die/Cry」は、感傷的でソリッドなギターが、歌声に寄り添うように反復する。どこか聞きながら、The 1975のファースト・アルバム『The 1975』に通じるような、センチメンタルで洗練されたムードを彷彿とさせた。

その中でも「Hold U」は、彼女のポジティブな変化、コミュニティの影響が可視化された曲だろう。つまり、これまでの痛み、悲しみ、シリアスな感情は、“同じような仲間”へのラブソングとして送られた。「きっと大丈夫だよ。大丈夫だよ。」やさしく友人へ話すような、温かい歌声は一転して、サビで高音のハミングに変わる。その歌詞のない伸びやかな声は、彼女の他者への愛を示すようだ。実際に、ギターのカッティングと太いベースラインのファンク要素が、ドラマティックに盛り上がる。バンドサウンドならではと言えるグルーブで、魅せ場を飾っている。

「Hold U」はMVも同様に、サビ部分がハイライトになっている。彼女の変わりに、クィアの友人がハミングを歌い、仲間たちで抱きしめる、シンプルで力強い映像だ。自分らしいヘアメイクと衣装に着替えて、繰り広げられるパーティーは、一人じゃないというメッセージに思えた。MVの最後に、楽しそうな笑顔のメイキング写真が載っている。自由なパーティーの一幕は、彼女が語る「恵まれたコミュニティ」を印象付けていた。

そんなインディゴ・デ・ソウザの音楽は、現代のマイノリティの生い立ちを物語るようだ。自ら過ごしやすい環境を求め、連携し合うコミュニティと出会い、その夢を具現化した彼女。しかし、これで彼女の理想を探す旅は終わることはないだろう。これからこのコミュニティとより一層深く関わり合うことで、今後の彼女の活動や作品にどのように影響するのだろう。と同時に、いまもまだ、世界中のどこかの路上で起きている、かつての彼女と同じ葛藤に苦しむマイノリティたちの背中を押していくことだろう。

フィッシュマンズ
文:柏子見公昭

フィッシュマンズは90年代の伝説的なバンドだ。19991年にデビューし、7枚のユニークなアルバム(と2枚のライブ・アルバム)をリリースしたが当時はそれほど売れることがなかった。1999年3月にヴォーカル/ソングライターの佐藤伸治が急逝して一旦はその活動を止めたものの、バンドへの評価は佐藤の死後かえって高まることとなり、唯一のオリジナルメンバーでありドラマーの茂木欣一がかつてのメンバーたちに加えクラムボンの原田郁子、ハナレグミの永瀬タカシと言ったゲストヴォーカリストを迎えて再始動、単発ながらライブも行い全盛期と変わらないライブパフォーマンスを展開し90年代以上の人気を集めている。

2021年はちょうどバンドのデビュー30周年に当たり「映画フィッシュマンズ」も公開された。3時間近くの上映時間や少ない公開館数にも関わらず全国各地で上映される異例のロングランになり、彼らの代表曲「いかれたBaby」は上白石萌音、モトーラ世理奈、大比良瑞希ら多くの女性シンガーたちにカバーされサカナクションやcero、カネコアヤノ、踊ってばかりの国、崎山蒼志ら後輩アーティストからのリスペクトを一手に受ける事となり若いリスナーたちをさらに増やす一種の現象になりつつある。

さらに注目したいのが海外からのフィッシュマンズに対する再評価だ。海外で評価の高い日本のロックバンドは古くはサディスティック・ミカ・バンド、YMO、ボアダムス、コーネリアスらが挙げられるが、Youtube、Spotifyと言ったインターネットツールや音楽配信サービスにより2021年に於いてのフィッシュマンズの評価はそれらよりずば抜けて高い。米国の音楽投票サイト「Rate Your Music」では総合チャート的な全時代のアルバムランキングでの評価は最高14位を獲得、他の上位のアーティストはレディオヘッド、ピンク・フロイド、ケンドリック・ラマー、ビートルズ、ベルベッツと言った歴史的なアーティストたちばかりだ。41位に「ロング・シーズン」と178位に「サイレントヒル2」以外、日本のアーティストのアルバムはランクインしていない。メジャーチャートではなく音楽好きのオルタナティブなサイトとはいえ日本語で歌うアーティストがここまで海外で評価されるのはフィッシュマンズが初めてだろう。

特にラストライブ・アルバムである「98.12.28男たちの別れ」に対するコメントが熱い。「彼らが何を歌い、何を話しているか、残念ながら俺にはさっぱりわからないが、このすごい演奏からもたらされる、夢のような感情にすっかり浸りきってしまった。」「残念なことに、この伝説的なラストライブは、本当の意味での彼らの最後の別れとなってしまった。このライブに本当に命をかけていたとしても驚くべきことではない。」「魔法のようで、何度聴いても新鮮。つまり永遠の名盤なんだ。」日本語の歌詞が理解できなくてもフィッシュマンズの強靭な演奏と響き渡るサウンドの美しさ、ライブの特別な雰囲気、緊張感について日本のリスナー以上に彼らは理解している。佐藤伸治が放っていた孤独感を20年以上も経っても変わらずに日本語を知らないリスナーたちがきちんと受け止めているということにフィッシュマンズが今まで数多くの日本のアーティストがこれなかった場所に来ていることが分かった2021年だった。

「Rate Your Music」の10月24日の公式ツイッターが「映画フィッシュマンズ」酒井プロデューサーに行ったインタビューよると英語字幕版をまもなく用意できる予定となっておりそれにより北米や海外での上映も行われさらにフィッシュマンズの海外フェスへの参加が実現すれば言葉の壁を超えた最初の日本のロックバンドになれると僕は信じている。

七尾旅人
文:鷲津隼平

「寄り添う人」

 神奈川県は横須賀のはじっこの方の集落に住まいを構えて、ワンちゃんの兄妹と一緒に日々を過ごすシンガーソングライター七尾旅人。1998年から本格的に音楽を奏で始めて、かれこれ20年以上インディーシーンで活動している。時にフォークロア、時にヒップホップ、時にシティポップなどなど、ボーダレスに多彩な音楽を描き出す。最近は、noteやsoundcloudなどのプラットフォーム上を用いて、自身の感じたこと、思ったことをギターの弾き語り等の音源として発信している。詩やメロディは表面的にはファンタジーな世界観になっているけれど、内容は戦争・内紛に関する事、法律に関する事、差別に関する事、政治に関する事など。私たちが住む日本だけに限らない、世界で起こっている社会的な問題なども少なくない。このような状況を何とか改善しようと、東日本大震災の復興を支援するために「DIY HEARTS」(2011年)、世界の貧困地域、紛争地域から募った作品を流通して、収益全てを現地に還元する「DIY WORLD」(2015年~)などの支援プロジェクトも行っていて、今年、2021年からはフードレスキューの活動を行っている。

 フードレスキューとは、生活する上で困難を抱えていて、買い出しが出来ない人に、食べ物などの生活に必要なモノを置き配などのによって支援する取組。本来であれば、このような活動は然るべき人間の指示によって行われそうなものだけれども、一向に行われる気配が無く。このままでは、自宅療養を余儀なくされ、公的な機関への連絡がつかず、外へ出ることも出来ずに孤立してしまう人達の明日が途絶えてしまう。そんな苦しむ人達を助けるため、8月22日、Twitter上でフードレスキューを始めるツイートを投稿。最初は自分が配達が出来る範囲として、住んでいる神奈川県の横須賀付近を対象としていたけれど、より多くの困っている人たちのためにネットスーパーや郵送を駆使することで対象の範囲を全国まで拡大している。また、活動開始のツイートを投稿後、直ぐに大勢の人たちに賛同され、フードレスキューの活動を募るような言葉では無かったけれど、賛同者の中から自発的に活動する人たちも現れ、この取り組みが日本各地に広がっていった。現在も活動は継続していて、沢山の人たちの支えになっている。このように拡散していったのは、他ならぬ七尾旅人という一ミュージシャンが始めた活動であったことが大きいと思う。

 彼が今まで奏でてきた音楽や支援の活動は、何かの都合で意図的に隠されているモノや、目を背けられてしまい日向に追いやられているモノに光を当てる。不条理な状況下で苦しんでいる人たちに寄り添ってくれるもの。そのことが特に感じられるのは、彼のSNS上における対応だと思う。送られてくるメッセージに関して彼が綴る言葉、あるいは楽曲。それらの文章を眺めたり、唄を聴いたりしていると、送られてきた誰かの思いを自分自身のことのように真摯に受け止めていることが感じられる。そんな、人物だからこそ、フードレスキューのような活動を思い付いて行動するに至り、信頼されているから多くの人たちを巻き込むものとなっていったような気がする。

 これは、インディーシーンに身を置き、自分ができることを地道に、ローカルに活動していた七尾旅人だからこそ成し得たのことだと思う。彼が繋げた明日の向こう側で、どれだけの人と人が繋がってネットワークが広がっていくのかは定かではないけれど、いつか世界中を覆って欲しいと願わずにはいられない。2021年の出来事。

アイナ・ジ・エンド
文:尾谷昂大

2021年は、コロナの広がりにより今まで通りの生活ができなくなった世界の2年目を迎えた。案の定とも言えないし、予想だにしていなかったとも言えない。先の見えない世の中で、政治家・医師からの忠告や家族・友人との物理的/心理的距離の確立を受け、世の中の空気は疲弊しきっていたようだった。そんな混沌とした世の中に、一筋の光が差し込んだ。BiSHのメンバー『アイナ・ジ・エンド』の歌声は、気力を失った人々に色取り取りの感情を芽生えさせた。

彼女の最たる特徴は、唯一無二の「歌声」である。誰もが歌声を聴いた瞬間、「いま歌っている人誰?」と無条件に身体が反応し、スマホの検索画面に指を走らせる。
アイナ節と呼ばれる(筆者が呼んでいるだけかもしれません笑)エッジボイスと裏声をミックスしたような声は強烈なインパクトを残す。芯の強さと弱さを併せ持った二面性のある、ある意味矛盾した歌声は、2021年を生きた人々の心の奥深くに刺さって留まる。無条件に突きつけられた理不尽な生活の中で、時に人々は立ち上がって必死に生き、時に弱くなり身の回りの人の優しさを知った。常に相反する感情と戦ってきた私たちに、光と影のある彼女の歌声は密接にリンクし、人々の心と身体に響き渡ったのだ。

アイナ・ジ・エンドの持つ強さと弱さは、歌声だけでなく、歌い方にも表れる。「抑揚」と「言葉のイントネーション」がさらに力強く、優しく、彼女の歌を引き立たせる。亀田誠司がサウンドプロデュースを務めた2021年2月にリリースのファーストアルバム「THE END」に収録されている「きえないで」を例に取り上げたい。
優しいピアノの音から入る同楽曲は、1A→1B→2A→2Bと展開されていく。初めは、今にも消え入りそうなかすれ声と、子音が弱めの少しぼやかした言葉の伝え方で歌い始める。曲が展開されていっても、常に彼女の歌は一定して、まるで隣で会話をしているような感覚で聴衆をうっとりさせる。サビに入ると一転、アイナ節を表出させ、ビブラートを使わない軸のブレない声と、子音を立てたイントネーションで、1つ1つの言葉をはっきりと伝えてくる。全身に血が駆け巡り、鳥肌が立っていることにも、口が開けっ放しになっていることにも気付かないくらい、その歌声に観客の身体全てが奪われる。サビ以降はまた一気にテンションを下げ、楽曲のタイトルである「きえないで」を4回呟き、3Aを楽曲の始まりよりも弱く震えた声で歌い、曲を終える。サビで感情が高められたままの観客は、再度彼女の優しさに触れ、湧き上がる心は落ち着きを取り戻し、彼女の歌を最後まで大切に聴く。
彼女の歌い方が持つ強さと弱さは、非常に大きな高低差があり、観客の心を掴んで離さない。特に、歌声の柔らかい部分に触れた時は、彼女の人間的な部分が垣間見え、圧倒的な歌声と歌い方であるにも関わらず、親近感すら覚える。刺激と優しさを交互に求める人間の本質的な欲求を、彼女の歌が満たしてくれているのかもしれない。

今までに経験したことがない生活を送り、さまざまな感情に振り回された2021年。どこにも向けることが出来ない心情をどうしようもなく見捨ててしまうこともあった。そんな時、喜怒哀楽の全ての想いに、アイナ・ジ・エンドの歌が結びつき、そして寄り添ってくれた。2021年の情緒とアイナ・ジ・エンドの歌をそっと自分の内に大切に収め、私たちは前を向いて、新たな一歩を踏み出す。

BTS
文:江田仁美

コロナ禍の不自由を自由に駆け巡った新時代のボーイ・バンド、BTS。

いつの時代も、人々の衝動を突き動かし、時には盾となり、またある時には傷づいた心を癒すアンセムがある。従前のボーイ・バンドは楽器を掻き鳴らし、感情を剥き出しにシンガロングする姿で大衆を熱狂させた。
しかしBTSの7人は爽やかで透明感のあるハイトーンボイスやメッセージ性の強いラップと、息の揃ったハイクオリティなダンスでファンを魅了する。何より特筆すべきは英語圏出身のメンバーはおらず、全員が韓国・K-POP出身という世界と闘うには大きなビハインドを背負っている点だ。

彼らについては楽曲面だけでなくプロモーション面なども広く言及されているが、およそ2年に及ぶコロナ禍での躍進で今まで以上に多くのファン(ARMY)を獲得した。今までは「LOVE YOURSELF」、自分自身を愛そうとメッセージを訴え続けた彼らがひとまわりも二回りも逞しくなって世界を席巻している。

今年9月、第76回国連総会で行われたSDGsの関連イベントにてスピーチを行った。
実は3度目となるBTSの国連での演説には一部批判的な声もあるが、届けたい世代へのメッセンジャーとしては一定の効果をあげたことだろう。かつてはビヨンセも人道支援キャンペーンの一環で「I Was Here」をパフォーマンスしたこともあり、世界的人気アーティストが起用されることは珍しくない。
国連の会議室で撮影された「Permission to Dance」はYouTubeで配信され多くの関心を集めた。7月にリリースされ、楽曲クレジットにはエド・シーランも名を連ねた聞き馴染みのいい爽やかなサウンドが魅力的で、一聴するどどこか懐かしさすら感じる王道のサマーソングだ。昨年スマッシュヒットとなった「Dynamite」三部作の再度とも呼ばれている今作でも英語詞にチャレンジ。ラップを歌うメンバーも今回は全員が歌唱に徹し、リスナーにとっても安心してシンガロングできる構成となっている。


ついで9月下旬には世界的バンド・Coldplayとのコラボ楽曲、「My Universe」をリリース。
リモートでも楽曲制作ができる現代で、BTSとの楽曲制作のためにクリス・マーティンは極秘で渡韓。短くない隔離期間を経て、最大級の敬意を表した。ふんだんに散りばめられた韓国語の歌詞と、ダンスグループであるBTSのためにダンスブレイクのパートが設けられた。きらやかなシンセと美しい歌声が融合し、スペイシーな空間を幾重にも増幅させる。それぞれの人種や国籍を超越した調和、世界に国境や区別はないというシンプルかつ壮大なメッセージが余すことなく盛り込まれている。

ともすれば薄寒いくらい直球で優等生的なメッセージを、彼らは真正面から背負ったのだ。BTSのポップスターたる姿勢には、コロナ禍で変容したニューヒーロー像の輪郭がぼんやりと見える。

『〈岡村詩野音楽ライター講座オンライン 2021年10月期〉』

2021年8月22日 発行 初版

著  者:OTOTOY
発  行:OTOTOY出版

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