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ラドニスの海賊退治

雨音多一

三日月編集室



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          一

光は影をつくる。光は影の親なのだ。影は集まって闇を生む。闇がなければ光は存在できない。闇は光の母なのだ。だから私には判らない。何故、光と闇が争うのか。光と闇は手をたずさえて、混沌《カオス》と戦うべきなのだ。光や闇の世界は、秩序で成り立っている。だから、アナーキーやカオスが敵なのである。闇は悪やカオスではない。闇は心を休める時空なのだ。夜が来れば人は憩う。心を休める。夜は休息の時間なのだ。だから冥界は悪やカオスの場所なのではない。闇の力とは安らぎの力なのだ。


 ひとりの剣士が、「ファーガ国」の第二首都ファルムを目ざしていた。剣士の実兄、ブラウンのもとを訪れるためだ。剣士の名は「ワイザー」といった。
 王都ララバルからファルムまでは、徒歩で六日余り。ワイザーは馬を駆り、ひとりファルムを目ざしていた。今、旅は三日目を迎え、曇天を睨《にら》んでは、少しずつ歩を進めねばならなかった。


 「兄者は、今もご健在か」
 早馬を遣わせたのは、三日前のことである。ワイザーは、兄ブラウンの住むファーガ国の隣国の重臣だった。
 ワイザーの住む国、「リドア国」は、三方を海に面した国である。海洋貿易が盛んであるのだが、今大きな課題に直面していた。
 「海賊」。
 近年、とみに問題なのだ。幾つか大きな海賊団があり、その対応に困っていたのだ。ワイザーの旅の目的もそこにある。実兄のブラウンは武芸百般の戦士である。その実兄の力を海賊退治に借りようという目算なのであった。

          二

 私は、カミル・ブラウン。ファーガ国の第二首都ファルムで、武道家として生業を立てている。平素は妻のフィムと二人で暮らしている。昨年より、王都ララバルの王族の少年、「ラドニス」が住み込みで剣の修行を行っていた。
 今、季節は初夏を迎え、日々の修行も熱をあげていた。

 私とフィム、そしてラドニスが、食堂に入った時だった。玄関に置いてある、呼び出し用のベルの音が聞こえた。
「誰かしら。私が見てきます」
 フィムはそう言うと、席を立ち玄関へと向かった。
「よろしく頼む」
 私は食堂のテーブル席に着いた。ラドニスも着席する。テーブルには既に昼食が並んでいた。

「あなた、リドアからの早馬よ」
 フィムが手に封書を持って食堂に入ってきた。私はそれを受け取ると、差出人を見た。
「ワイザーからか……」
 私は手紙を開封すると、急いで内容を確認した。

「親愛なる兄上へ。
 ご無沙汰いたしております。実は是非お願いしたい用件があるのです。兄上の剣の技、武の心を、私の仕えるリドア国にお貸し下さいませんでしょうか。
 現在、我がリドア国には懸案がございます。それは『海賊』です。ご承知だと存じますが、海洋交易は我がリドア国の重要な国益です。ここを痛めつけるような事件が数多く発生しているのです。
 調査の結果、リドア国の北に位置する『スーダの村』に海賊の根城があることがわかりました。この根城を攻める手勢を集めるのに、力を貸して頂きたいのであります」
 私は思わず唸った。

「どうしたの、あなた?」フィムが尋ねた。
「弟のワイザーからだよ。仕事の依頼だ」
「何の仕事ですか」ラドニスが真剣な面持ちで問う。
「傭兵の仕事だよ」
「先生、僕も一緒に戦いたいです」
 ラドニスが熱の込もった眼差しで私を見る。
「ラドニス君には、少し早いわ」
 フィムが優しくたしなめる。
「いや、いい機会だ。一緒に行ってみるか」
「是非、お願いします」
「分かった。魔法使いも要るな。ミルフィーと、それから……あの子。召喚士の……」
「ゼルさんね」フィムが口添えた。
「そう、その子だ。ミルフィーには、私から連絡を入れる。ゼルに、フィムの方から聞いてみてくれるかい?」
「承知しました」
 私とフィムが語る様子をラドニスは熱心にうかがっていた。
「料理がすっかり冷めてしまったな」
「続きは、食べてからにしましょう」とフィムがにこやかに語った。
「先生、僕は少し不安なんです。でも凄く嬉しく思います」ラドニスが複雑な心境を述べた。そうなのだろう、戦いに不安はつきものだからだ。
「新しい仲間にも会わせてあげられるぞ」
 そう私が伝えると、ラドニスはすこぶる嬉しそうに頷いた。
「どんどんお替りしてね」フィムが笑みをこぼした。
「はい」
「まずは腹ごしらえからだな」

          三

 闇の中にある灯火は、人を導くことができる。もし、それが昼の光のなかにあったのなら、誰にも分からず、人を導くことは無いだろう。光と闇は、その時を間違えれば無意味となる。人生もまた然り。生きる時を間違えたのなら、あだ花となるのみなのである。

「傭兵の募集が出ているんだ」
 私がミルフィーの家を訪れたのは、翌日のことだった。ワイザーからの手紙を受け、思案すること半日。精霊魔法の得意な「精霊使いのミルフィー」という女性に白羽の矢を立てたのである。
「ブラウン先生のご依頼なら、お話をお伺いいたします」
 ミルフィーは二十代半ばの女性で、気品のある顔立ちだった。普段からドレスを着る女性らしさも持ち合わせていた。

「どうぞ」
 木の杯には沢の水が入っていた。それを飲みながら、私たちは心を通わせた。
「いつ頃からの仕事ですか?」
「急ぐんだ。できれば二〜三日後に出発したい」
「わかりました」ミルフィーが頷いた。
「報酬は弟のワイザーが来てからの話し合いになるが、良いだろうか」
「勿論です」
「他の仲間はいらっしゃいますか」
「いる。私の弟子のラドニスという少年と、召喚士のゼルという娘だ」
「ゼルさんには、何度かフィムさんのところでお会いしたことがございます」
「なら良かった。強力な召喚術を使えるとフィムから聞いている」
「ラドニスさんという方は……?」
「王都ララバルの貴族の子で、今私が預かって剣の修行をしているんだ」
「そうでしたか」
「なかなか、いい筋をしている。純粋なところもまた良い」
「ならば、精霊魔法も使えそうですね」
「確かに」私は頷いた。
「どうのような魔法があるだろうか。ラドニスは、光の精霊の宿るペンダントを持っている」私は、そう続けた。
「ならば『閃光』や『光球』。強力な攻撃魔法では『雷撃』がございます」
「ラドニスに教えてあげることは、出来るだろうか」
「可能でございます。しかし……」
「しかし?」私は問いを返した。
「幾つか、相性がございます。光の精霊を呼び出すのならば、天使魔術もございます」
「なるほど。易しい魔法を幾つか教えてやって欲しい」
「わかりました」
 ミルフィーは力強く頷いた。

          四

 その日の午後、邸宅にゼルという娘が会いに来た。ゼルは今年十六才になる女性で、フィムと仲が良く、時々私の邸宅に遊びに来ていた。

「こんにちは、ブラウン先生」
「久しいな、ゼル。話はフィムから聞いたかな」
「はい。大体のところは……」
「旅立ちが迫っているのだ」
「私なら、いつでも大丈夫です」
「宜しく頼む」

「ブラウン先生。傭兵なら屈強な方の方が良いのではないでしょうか。私では力不足かも知れません」
「その点は心配に及ばない。私が率いるのは奇襲する別働隊なのだよ」
「そうなのですね」
 私は頷いた。
「本体が港の方で陽動している隙に、別働隊の私たちが、根城を急撃する手筈なのだ」
「成程」

 ゼルは頷いてから、しばしの間沈黙した。何か考えを巡らせているようだった。
「どういう方を召喚したら良いでしょうか?」
「身軽に動けるようになることは、可能だろうか」
「それならば、『大虎さま』が良いかと存じます」
「『大虎さま』か」
「はい。身軽に動けるだけでなく、相手の弱き箇所を突く剣さばきを鋭くしたり、弓の命中する度合いを高めてくれます」
「素晴らしいな」私は頷いた。
「夕方ならば、より力を増すことが出来ます。ご参考までですが……」
「どの位の間、持続できる?」
「三十を数える間は大丈夫です」
「ならば良いかもしれないな」私はそう応じた。


 それからしばらくの間、私とゼルは言葉を交わし、作戦を練った。話がラドニスのことになった。
「ラドニス殿も参戦なされるのですか」
「ああ、力になってくれるそうだ」
「ラドニスに会ったことは?」
「何度かございます」
 私は、そうかと頷き、言葉を続けた。
「ちょっと会ってもらった方がいいな」
 私は部屋を出ると、ラドニスを呼んだ。

「ラドニス、ちょっと客間まで来てくれないか」
「先生、何でしょうか」
 ラドニスが入室した。ゼルと目が合った。ゼルは赤面して、良い日ですね、とラドニスに言葉をかけた。

 私は、今作戦を立案している最中なのだとラドニスに告げた。
 ラドニスも席につき、説明を共に受けてくれた。その話し合いは、それから夕刻まで及んだ。日が暮れようとしていた。

「ラドニス、済まないが、ゼルを家まで送って来てはくれないだろうか」私はラドニスにゼルのことを頼んだ。
「承知しました。ゼルさん、ご仕度を」
「かしこまりました」

 日没になれば、辺りが暗くなり、街の外では魔物も出没する。幸いゼルの家はファルムの街なかにあった。この街、ファルムは割に治安が良い。東の果ての街、ライザスなどでは野盗が街を荒らす場合もある。

「ブラウン先生、街はずれの区画へゼルさんを送りに行って参ります」ラドニスが玄関から告げた。
「宜しく頼む」


         五

 いよいよ出立の日が迫っていた。私とラドニスは旅の準備に追われていた。早馬を遣わしたワイザーがファルムの街に到着したのは、三日後の事だった。

「兄上、ワイザーでございます」
 玄関のドアをノックする音で、私は目覚めた。まだ朝靄のかかる時刻のことだった。
「しばらく会わぬうちに年をとったな、ワイザー」
「兄上こそ」

 ワイザーと私は、再会の固い握手を交わした。実に三年ぶりの再会だった。
 ワイザーは長身で、私よりすこし上背があった。その腕は長く、得物の槍を握らせたら、右に出るものの無い戦士だった。肌は浅黒く焼けており、精悍な表情をしていた。

「ブラウン先生、お客様ですか」
 私とワイザーが歓談していると、ラドニスが顔をみせた。
「ワイザー、紹介しよう。弟子のラドニスだ」
「ブラウン兄上の弟のワイザーと申す。以後、お見知りおきを」ワイザーはそう言うと右手を差し出した。ラドニスは緊張した面持ちで、握手を受ける。
「ラドニスです。ブラウン先生から、剣を学んでいます。賊を討つ戦いにも加わる予定です」
「頼もしいな、ラドニス君。ひとつ、よしなに」
 ワイザーはそう言うと快活に笑った。私とラドニスも、笑みを零《こぼ》した。

 それから私とワイザーは客間で煮詰まっていた作戦を討議した。途中でフィムが朝食がわりのトウモロコシのスープを差し入れてくれた。打ち合わせは、昼近くまで掛かった。そして、出立の日は明後日に決まったのだった。

          六

「皆、準備は良いか」
 私は、初夏の朝の中に四人の戦士を見た。槍使いのワイザー、剣術士見習いのラドニス、精霊使いのミルフィー、召喚士のゼル。
 皆、一様に緊張した面持ちをしている。
「戦うのは賊とではない。自分自身の慢心と、正義の心を惑わす欲望と戦うのだ。気を引きしめなくてなならないが、心にゆとりを持って歩を進めよう」
「はい、先生」ラドニスが熱っぽく頷いた。

 夏の日ざしが近づく季節。旅は優しい風と共にはじまった。まず、ファルムから二日歩いてラドスの村を目指す。そこから、王都ララバルへ入る。ラドスの村から王都までは二日かかる。ララバルから、西山の国境を通過し、リドア国へ。リドア国の首都リドアまでは三日。リドア国のリドアからスーダの村まで二日。計十日の旅程である。

 荷馬車に積んだ野営用具を用い、テントを張って、野営しながら旅は続いた。途中の町や村で水と食料を補充しながら、私たち五人は歩を進めた。


それは四日目のことだった。野犬のような魔物に襲われたのだ。

――何か来る!
 たき火の番をしていた私は、物音に気づいた。
「皆、急ぎ起きよ! 何か来る!」
 私はテントに向かった大声で叫び、剣を抜かずにすぐ手元で燃えている、たき火の大枝を手にした。

 私が目にしたのは、恐ろしい形相をした、魔犬だった。魔気が黒い体から発せられ、辺りを侵蝕していた。その姿が、たき火の大枝に照らされて、闇から浮かび上がったのだ。その数、二体。
「兄上、何となされた!?」
 ワイザーがテントから飛び出してきてた。手に槍を携えている。
「見よ! 魔犬だ!」
「ジャッカルか」
「ブラウン先生、今、助太刀に参ります!」
 ミルフィーもテントを飛び出していた。

「ガルル!」
 私の前にいたジャッカルが、鋭い牙で噛みついてきた。
「なんの!」
 私は大枝でその攻撃を巧みに受け流した。ずしりとした衝撃が右手に残る。

「やあ!」
 ワイザーの槍が、鋭く閃いた。一撃が私の前の魔犬ジャッカルに加えられる。もう一体いたジャッカルが、こちらへと向き直った。

「猛き炎のサラマンダーよ。今、その力をここに示し給え!」
 ミルフィーの声と同時に、右手にかざしたカンテラから紅蓮の炎が飛び出した。辺りを炎が照らし出す。
「火球の魔法か!」ワイザーが叫んだ。
「グルガル……」
 ジャッカルは、火球の魔法に恐れおののき、一斉に引き始めた。

「ブラウン先生!」
 ラドニスとゼルが、テントを飛び出してきた。

 体勢が一気に変わった。無勢とみた魔犬が逃げ出したのだ。


「皆、怪我は無いか?」
「大丈夫です。先生は?」
 ラドニスが答えを返した。その顔は、恐怖でこわばっているようだった。
「何とも無い」
「良かった」
 ゼルとミルフィーが、安堵の声を洩らした。ワイザーが、槍についた魔犬の血を布で拭いた。そして、たき火の中へと放った。
「しばらく、交替で見張りを続けよう」
「はい、先生」
 ラドニスはそう答えると、剣を握りしめた。その声は強張っていた。私はラドニスの心中を察し、声を掛けた。
「大丈夫だ。二度は来ないだろう。私も起きて、寝ずの番を手伝おう」
 ラドニスは安心した様子で、はい、とだけ答えた。優しくミルフィーが、よろしくね、とラドニスに声を掛ける。
「あと少しで夜明けだ。それまで持ち堪えよう」

 それから夜明けまでの数時間、私とラドニスで見張り番を続けた。魔犬ジャッカルはもう襲ってこなかった。辺りは白じんできていた。


          七

 リドア国へと、今日入国する予定だった。私たちは国境関所のある山合いの詰所に来ていた。リドア国は、今から九十年前の神聖暦七二三年に十年戦争を経て、ファーガ国から独立した。当時、リドアの城主だったバロー四世が内乱を起こし、武装蜂起したのが七一三年。十年にわたる長い内戦の末、ファーガ国の第五王子だった「フィルド王子」がバロー四世を討ち取った。当時、内戦の為に千々に乱れていたこの地をフィルド王子は割譲してもらい、現在の位置に「リドア国」を建国したのである。

「リドア国か、懐かしいな」
 私は二十代の頃、リドア国に住んでいたことがあり、友人も少なからずいる。弟のワイザーがリドア国家に仕えるようになったのも、二十年前のある事件が契機だった。

「スーダの村に入る前に、一度リドア城へと参りますか?」
 ワイザーがそう尋ねてきた。「目は心を映す」と云うが、その瞳には焦りの影があった。
「日程は、少し遅れているかな」
 ワイザーが頷いた。「若干ですが、遅れております」
「今回は立ち寄らずに行こう。帰りの旅路で、海賊退治の報告を行おう」
「左様ですな」

 私とワイザーが話していると、ラドニスがこちらをうかがっている様子だった。
「どうした、ラドニス」
「はい、先生。海賊は何故、悪事を働くのでしょうか。漁師や船便など、生きる術なら幾らでも有るでしょうに……」

 私は言葉を探した。だが、良い言葉が見つからず、詰まってしまった。

−−人は何故、悪事を働くのだろうか。

 ワイザーが脇から口を挟んだ。
「育ちが良くない、ということがありますな。教育の問題です。盗賊の子は、かっぱらいにしかなれないでしょう」
 ラドニスは複雑な表情をした。
「食べ物に困って、人に迷惑をかけることをしでかすのでしょうか」
「『衣食たりて、礼節を知る』ともうしますな」
 ワイザーが答えた。
 荒くれ者の集まりですので。ワイザーはそう付け加えると、私の方を見た。私の言葉を待っているようだった。

「『成りたいもの』が見つからないからでは、ないだろうか」
「『成りたいもの』ですか」ラドニスが反復した。その目は生き生きと輝いている。
「人は目ざすものがないと、全力で走れないのだよ」私はそう答えた。
 ワイザーが頷く。
「名言ですな。確かに、全力で生きることなど無いでしょう。『目ざすもの』は、一人一人違うでしょうが……」
「人は、『自分がどう生きるか』を決めることができる。牛や馬ではそれを決められないだろう。だから、人は獣とは違うのだよ。海賊は、自分の欲求にだけ従う『獣』なのだ」

 ラドニスは何も言わず、私を見つめていた。続く言葉を待っているようだった。
「だから、人には『成りたいもの』が必要なのだよ」
「平たく言うと『夢』ですな」ワイザーが私の言葉に続けて語った。
「『夢を持つこと』はそんなに大事なことなんですか? 僕、夢を余り持ったことが無くて……」
 ラドニスは辛そうに告白した。
「ラドニスは、いつも『早く一人前になりたい』とか『剣の腕をあげたい』と言っているではないか。それが『夢』なのだよ」
 ワイザーが頷く。「立派な夢だと思いますぞ」
 ラドニスは、上気した様子で言葉を紡いだ。
「それならば、いつも思っております。叶うでしょうか」
「必ず、叶うとも」
 私は力強く、ラドニスを励ました。
「大丈夫ですぞ」ワイザーも力を添える。

「さぁ、これから海賊のいる国へと入る。皆、力を入れすぎず、だが気を張って旅を続けよう」
「はい、先生」ラドニスの返事が、山間の谷に響いた。

          八

 狭い岩場の道が続いている。ファーガ国とリドア国の関所の入り口である。出国と入国の手続きはそれほど厳しくはない。それはリドア国が、半ばファーガ国の属国となっているからである。リドア国の国土はファーガ国の十分の一。人口もおよそ十分の一である。歴史的にみても、ファーガ国の第五王子だった「解放者フィルド」の息子が治めているため、属領扱いであった。その歴史も短い。
 ただし、文化・風土面は大きく異なっていた。まず正装が白い詰襟の服装であり、サーベルを帯刀する。礼儀正しい者を重んじる風土である。髪の毛は、赤毛が多く見受けられる。身長もファーガ国の者より少し高い。

「まずはこちらの書類にご記入ください。これが貴殿の出国許可証・入国許可証ですか、ちょっと拝見します……」

「今、フィルド王のお孫さまは、幾つになられたのかな」
 手続きの間、私がそう問うとワイザーは即答した。
「先日、皇太子のラミトル様は、十六才の誕生日を迎えられました」
 ラドニスが反応する。
「ラミトル様は、僕と同い年なのですね。何か少し嬉しく思います」
 私は頷き、言葉を返した。
「ラドニスも十六才。ファーガ国でもリドア国でも『旅人の誓い』の時だな」
「そうでございますな。私も兄者も、その時にはリドア国に居たのですぞ」
 ワイザーが懐かしそうに語り始めた。

「先生、そうなのですか。先生は若い時に、この国を旅されたのですね」
 私とワイザーは目を合わせて笑い声をあげた。
「左様、若かりし日の思い出は、いささか面映ゆいものですな」


 私たちがそんな話に興じていると、手続きが済み、ようやくリドア国内に入ることが許可された。海賊団「海の刃」が根城としているスーダの村までは、徒歩で二日余り。海が近い大河オーラバに沿って歩を進める。

「雲行きが怪しいな」
「ひと雨来るのでしょうか」
 私に召喚士のゼルが語りかけてきた。
「召喚できる神さまの中には、雨の神さまもいらっしゃるのですよ」
「雨の神さまですか?」興味深そうに、ラドニスが尋ねた。
「はい。小雨から大雨まで、自由自在に雨を降らすことができるのです」

「奇襲の時に使えないだろうか」
 私がそう問うと、ゼルは頷いて答えた。
「今のような曇りならば、可能でございます。晴れている時には、お呼びできませぬ」
 ゼルの説明をラドニスが受けて答えた。
「海賊のなかには、短筒を使う者も居ると、ワイザー殿が申しておりました。種火を封鎖することが出来るのではないでしょうか」
「ラドニス、良い発案だね」
 私がそう褒めると、ラドニスは嬉しそうに笑みを返した。
「名案ですね、ラドニス様」
 ゼルの言葉で、ラドニスの頰に朱がさした。
「皆さん、有難うございます」ラドニスはそれだけをやっと吐き出した。

「ワイザー、確認だが海賊の頭数は何人位だろうか」
 ワイザーが即答する。
「およそ二十名でございます。頭目の『バラズン』は巨漢で怪力の猛者という話です。そして副頭目は『ウーフル・ザガ』。投げナイフの使い手にございます」
「手強いな……」私は思案しながら言葉を紡いだ。
「討伐隊本隊の方の動きはどうか」
「先程、詰所の者に確認したところ、明日、スーダの村に到着予定だそうです」
「そうか、滞りないようだな」
「上手くいくと良いのですが……」

 それから私たちは、スーダの村へ向けて歩を進めた。そして二日後の昼頃、遠くにスーダの村を確認出来る所までたどり着いたのだった。

「スーダの村の人口は二百名余り。西のはずれの酒場に、時々海賊が現れるとの情報が入っております」
 ワイザーの説明を受けて、私は語を継いだ。
「そうか。賊の根城の場所は判明したのだろうか」
「大丈夫でございます。村の西の入江を根城にしているそうですな。根城というよりも、要塞に近いという報告が入ってきております」
「……要塞ですか」
 ミルフィーが青ざめた。
「そこを急撃するのですね」ラドニスが力を込めて、そう確認する。
「左様、討伐隊本隊が海の沖の方から船団で陽動します。我々はその隙に、陸から根城へ急撃するのです」
「だとすると、やはり『大虎さま』を召喚するのが良いかと存じます」
 召喚士ゼルが進言する。「『大虎さま』のご加護で、皆素早く動けるようになるのです」ゼルの語に熱が入った。
「名案ですな」ワイザーが頷いた。

「その間に、私とワイザー、そしてラドニスが急撃する。ミルフィー殿は何か策をお持ちだろうか?」
 私がミルフィーに話を振ると、皆の視線が精霊使いに集まった。
「急撃する際に、我々の足音を消すことが可能です。『サイレンス』という魔法を用いるのです」
 ミルフィーは一息にそう告げた。
「正確には音波魔術の一つで、通常は歌唄い系の術者が用いる魔術です。足音だけでなく、鎧などの物音を全て消し去ることが出来るのです」
「素晴らしいな」
 私は新しい作戦に、心動かされた。


 私たちは、海賊の根城のすぐ傍に近づいていた。近くの林の向こう五十メートルほど先に、見張りの者が見える。三日月刀を装備し、鎧を着込んでいるようだった。建物の上に、海賊団「海の刃」の旗が掲げられていた。

 私たちは作戦を練りながら、本隊からの合図を待った。近くの山上から烽火《のろし》をあげる予定なのだ。決行は正午頃の予定だった。

「先生、あの山から烽火が上がっています!」
 ラドニスが小さな声をあげた。指さす方向に、煙が見える。
「皆、いざ参る!」私は抜刀して走り出した。
「御意!」ワイザーが続く。
「先生に遅れをとる訳にはいきませんぬ」
 皆、一斉に駆け出した。

 辺りが不思議な静寂に包まれた。
「サイレンスの魔法か!」
 私は自分の言葉が全て打ち消されていることに驚きながら、剣を構えた。

 見張りの一人が、こちらに気づいた。大きく口を開いているが、何も音は聞こえない。
「笑止!」
 私は見張りの賊の一人を一刀のもとに切り捨てた。
 その隣のもう一人の見張りを、ワイザーの槍が刺し貫いた。


 一瞬の出来事だった。
 私たちは、倒れた海賊を縄で縛り、猿ぐつわを噛ませた。ゼルが手当と止血をする。

 辺りに、音が戻ってきた。サイレンスの魔法が解けたのだ。
 私たちは海賊の根城の入口から海を見た。海上に本隊の船が二隻見え、そこへ海賊のガレー船が近づいているのが確認できた。

「根城の中に、あと数名居るだろう」私は辺りを警戒しながら、そうつぶやいた。
「左様ですな。気を抜けませぬ」
「ブラウン先生、生体探知の魔法を使いましょうか」
 少し遅れて、根城の入口にやってきたミルフィーが言葉を掛けてきた。
「それがいいですな。兄上、お願いしましょう」
「そうだな、使ってくれるか」
「はい」ミルフィーは、静かに何かをつぶやき、念をこらしていた。
「……中には、あと二名おります。体が大きく、生体エネルギーが高いもの、おそらく巨漢だと思われます。もう一人は女性のようです」

「多分、頭目の『バラズン』でしょう。もう一人の女性は『ウーフル・ザガ』かも知れませんな」ワイザーが小さくうなった。
「どうするか……」
 私は考えを巡らした。
「中に煙を入れて、いぶり出したらどうでしょうか?」
 ミルフィーが進言する。根城は岩場の狭間にある木造建ての建物で、煙を入れれば間違いなく外に出てくるだろうと思われた。
「そうしよう」私は頷いた。
「ならば……」ラドニスが腰に下げた革袋から種火の木箱を取り出し、近くの枯木に着火した。その煙を、海賊の根城の入口へと送る。
 私たちは武器を構えた。


「何だ、この煙は!?」
 大声を上げて、巨漢の男が出てきた。続いて女性も現れた。
「今だ!」私は捕縛のための網を投げた。
 網の先に鉄の鎖がついている、太い縄である。巨漢の男と細身の女性は、倒れてもがいた。
「覚悟!」
 ワイザーが槍の柄の部分で、男の頭を殴打した。巨漢の男は気絶し、その場に倒れた。私が素早く縄で縛る。
 もう一人の女は、網の中でもがいていたが、ラドニスが刃を近づけると、おとなしくなったようだ。

 その時、ドンという大砲の音が響いた。
「先生、海賊の船が沈んでいきます!」
 海上の様子を探っていたゼルが叫んだ。見ると本隊の船の主砲が、海賊のガレー船に命中し、ガレー船が沈んでいく所だった。


 こうして、海賊たちとの戦いは、終わったのだった。私たちは勝利の声を上げ、本隊と合流した。捕らえた頭目のバラズンと副頭目のウーフル・ザガは、捕虜となった。


          九

 海賊団「海の刃」はこうして壊滅した。私たち一行は、討伐軍本隊と合流し、リドア城へと向かった。勝利の報告をするためである。

「久しいな、ブラウン殿」
「これは近衛兵長殿、五年ぶりですか」
 私たちは、リドア王城の謁見の間に通された。
 謁見の間には、リドア国の正装である白い詰襟を来た兵士たちが二十数名、直立していた。奥の入り口から、フィルド二世と王妃、次いで皇太子が現れた。フィルド二世は、リドア城を反乱軍の手から奪還した英雄フィルド一世の息子である。齢七十五を数える。フィルド一世が他界してからも、善政を続けてきた。子にあまり恵まれず、現在の皇太子ラミトルが生まれたのが、十六年前の事である。

「国王陛下、今回の海賊退治で労のあったファーガ国のカミル・ブラウン殿でございます」
 近衛兵長から、紹介を受けた私たちは、深く一礼した。私とワイザー、ラドニスが前列。後列にミルフィーとゼルが並んでいる。皆の注目が集まる。ワイザーが口を開いた。
「カミル・ブラウンの実弟、カミル・ワイザーでございます。この度、ブラウン兄上は手練れの武将を率いてご活躍なさいました。その功績は大きく、リドア国として手柄に報いて差し上げたいと存じます」
「そうか、ワイザーにも苦労をかけたな。ブラウン殿、礼を申す。後ほど褒美をとらせよう」
 私はフィルド二世の言葉に深く一礼し、言葉を発した。
「身に余る光栄にございます。ワイザーはじめ、私に付き従ってくれた者にも、報いてやりたいと存じます」
 ワイザーが口を開いた。
「兄上、我らは皆、兄上の統率のもと、戦った故の勝利でございました」
「そのようだな。ワイザー並びに、ブラウン殿の部下にも褒美をやることにしよう。今日は、ゆるりとしてゆくが良い」
 フィルド二世はそう言うと、ゆっくりと王座から立ち上がり、握手を求めてきた。私はそれを受けて、力強く王を励ました。
「この度、大勢の海賊を討ち取りました故、どうぞご安心下さいませ」

 それから、私たちは褒美の品をもらい、王城を後にした。ワイザーは、王城に残り、私とラドニス、ミルフィーとゼルは、ファルムへの帰路に着いたのだった。


「ブラウン先生、僕は本当にこの魔法の小剣をいただいても宜しいのですか」
 ラドニスが上気して尋ねてきた。私はにこやかにラドニスに応じた。
「勿論だとも。その小剣には『風の精霊』の力が込められてあるそうだ。念じながら振るえば風を巻き起こし、『風の刃』で敵を討つことが出来るのだよ」
 私がそう言うと、ラドニスは本当に嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「良かったですね、ラドニス様」ゼルが言葉を掛けた。
「これから、ブラウン先生とラドニス様はどのようになさるおつもりですか」
 精霊使いのミルフィーが、私たちにそう問うた。

「ラドニスの修行は、これで完了だ。ラドニスはもう一人前の戦士である。これからは、自らの剣の腕を磨く旅に出るのが良いだろう」
 私がそう語ると、神妙な面持ちで聞いていたラドニスが、思いつめた様子で答えた。
「僕は今年で十六才。『旅人の誓い』で、旅に出なければなりません。もし良かったら、同い年のゼルさんと共に旅をしたいのです」
 ゼルが嬉しそうに答える。
「私で宜しければ、是非お供に連れて行って下さいませ。微力ながら、全力を尽くします」
 私は優しい気持ちで頷いた。
「ラドニスとゼルなら、きっと上手くいくだろう。ふたりとも、頑張るのだよ」
「はい、先生」ラドニスが朗らかに答えた。


 それから、私たちはファルムへと戻り、新しい日常が始まった。
 私とラドニスの師弟関係は永遠である。だが、その修行期間はこの旅をもって終わったのだった。

 ラドニスの旅は続く。それは、新たなる楽章へと入ったのだった。


                            「ラドニスの海賊退治」 (結)

ラドニスの海賊退治

2022年1月3日 発行 初版

著  者:雨音多一
発  行:三日月編集室

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雨音多一

ポエムと小説、ときどきピアノ。

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