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1.風邪の初期の漢方薬の使い方。
{1} まず傷寒(しょうかん)か温病(うんびょう)を見分ける。傷寒は寒気がする。温病はほてる。温病の薬は医療用エキス製剤には無く、薬局でクラシエの銀翹散(ぎんぎょうさん)を飲ませる。ただしクラシエの銀翹散は非常に弱いので、一回に9包飲ませなければいけない。
{2}. 傷寒は寒気がする。これに2種類ある。汗が出ないのと出るのである。前者は傷寒の中の傷寒、後者は傷寒の中の中風(ちゅうぶう)である。
汗が出ず悪寒がする者には麻黄湯を、汗がじくじく出て風が当たると寒気を感じる程度(悪風)なのは桂枝湯を与える。汗は出ないが悪寒と言うほどでは無く風に当たると寒気がするという中間型には葛根湯を与える。すべて一回3包飲ませ、飲んだら布団か厚着をして横になる。実際の体温がどれほど高いかは問題では無い。悪寒して無汗なら麻黄湯。悪風して汗ばむのは桂枝湯。悪風して無汗なら葛根湯だ。つまり葛根湯は傷寒と中風の中間である。くり返すが、エキスで治す場合は、一回に3包飲ませなければならない。ただし西洋医学の風邪薬と違って、上記の薬は皆3回分で良い。2,3時間ごとに3回。これで治る。治らなければ貴方の診断が間違っているのである。
これらの薬は初期に飲まなければならないから、患者に使い方を教えてあらかじめ常備薬として家庭に置いておくのが良い。具合が悪くて病院に来てからでは間に合わない。
2.拗れた風邪の漢方
風邪の引き始めの漢方について説明したが、風邪の引き始めに医療機関を受診する患者は実際には少ない。拗れたから医者に掛かるのだ。
拗れ方に二通りある。
一つは、高熱が何日も続くもの。これは今であれば新型コロナや肺炎を鑑別しなければならない。最初から漢方の頭で診てはいけない。
新型コロナでも無い、肺炎でも無いのに高熱が続くなら、これは陽明病である。陽明病の代表的な治療法は下痢を起こさせることで、程度に応じて大承気湯、小承気湯、麻子仁丸などがある。
麻子仁丸は効果が穏やかなので通常の便秘に下剤として使っても良いが、漢方をきちんと勉強していない人が大承気湯などを処方してはならない。まあ、ツムラ大承気湯エキスは相当効力を弱めてあるので心配は要らないが、その代わり通常量では全く効かない。私はかつてムンプスワクチンの副反応で髄膜炎を来した症例に大承気湯を使って著効を得たことがあるが、ものすごい下痢を起こすので、ほとんどICUに近い管理が必要になる。またツムラ大承気湯エキス顆粒(医療用)でなんにも効かなかった人に生薬の煎じ薬で大承気湯を出したら、下痢で脱水になって点滴したこともある。こう言う薬は外来で使うものではない。
拗れ方のその二。熱が上がったり下がったりして、本人も熱っぽかったり寒気がしたりしてにっちもさっちも行かなくなるもの。これは少陽病である。このとき使うのが小柴胡湯なのだ。咽頭痛があれば小柴胡湯加桔梗石膏を用いる。
少陽病の症状は多彩であって、原典の傷寒論にも「全ての症状が揃う必要は無い」とある。ただ往来寒熱、つまり寒気がしたりほてったりをくり返すのは特徴的だ。日本漢方ではこれに胸脇部を押すと痛いという「胸脇苦満」を加えるが、必ずしも常に現れる症状では無い。胸脇苦満は急性炎症期より、慢性疾患に小柴胡湯を転用するときに一つの目安になると思う。
これらの段階を過ぎると消耗期に入るのだが、それはまた別に記す。
3.足がつるのに芍薬甘草湯
足がつるのに芍薬甘草湯が効くというのは整形外科医には広まっていて、よく処方される。だが嘆かわしいことに、1日3回一回一包30日分、などという処方をしばしば見かける。芍薬甘草湯は甘草の含量が多いので、こう言う出し方をすると低カリウム血症を起こす。一方この薬は極めて即効性が高いから、「攣ったら2包」という頓用が正しい。
中には「夜中かならず攣る」という患者がいる。こういう人には眠前に一方飲ませてみると良い。攣らなくなることが多い。
ともかく芍薬甘草湯をフルドーズで定期処方してはいけない。
4.5.甘草の薬効
先に甘草の悪口を色々書いたが、勿論甘草にも意味があって使われているのである。
代表的なのは、胃薬。胃腸の調子を整えないと、何を治療するにも始まらないという考えが漢方にはあって、その為に使用する。
次に甘草はその名の通り甘いので、飲みにくい漢方薬を飲みやすくするために使われる。
第三の、あまり知られていない効果として、甘草は清熱薬、つまり抗炎症剤としても使われる。桔梗湯などに大量に入っているのがその例である。だから「甘草が低カリウムを起こすなら、甘草抜きでやれば良い」とは行かないのである。
5.認知症の精神症状(BPSD)に抑肝散
BPSD というのは、認知症の患者が訳もなく怒ったり、暴言、暴力、幻覚、妄想などを引き起こすことを言う。BPSDに抑肝散というのは私たちの報告以来あまりにも有名になってしまったが、抑肝散にも甘草が1日量で2g入っているので、低カリウム血症を起こす人は起こす。甘草による低カリウム血症は近位尿細管のチャネルの個人差によるので、起こす人は起こすし起こさない人は起こさないのである。
そもそもBPSDの薬を出しっぱなしにしてはいけない。BPSDというのは1,2週間単位で寛解。増悪をくり返すので、だいたい2週間を目安にして、落ち着いたら一度止めてみる。再発したらまた出す。BPSDの本質は認知症における不安なので、ここを取り除かないと薬物だけでは根治しない。よくメジャートランキライザーを出しっぱなしにしている症例を見かけるが、あれは危険である。
われわれが抑肝散のレビー小体病(DLB)の幻視に対する効果を見た研究では、効果は顕著だったが6%程度に正常値を割る低カリウム血症を認めた。DLBの幻視の原因は不安では無いから、長期に使わざるを得ないが、そういう時は一月に一回は必ずカリウムを測る必要がある。
DLB以外の認知症のBPSDに抑肝散も含めた薬物治療を漫然と続けてはいけない。悪化したときは薬物を加え、安定したら減薬して、根本である不安の解消に努めるべきである。
5.「高齢者の安全な薬物治療ガイドライン」
これはちょっと難しい話になる。2015年、日本老年医学会は「高齢者の安全な薬物治療ガイドライン」を10年ぶりに更新した。その中で、漢方を含む東アジア伝統医学については、委員の理解が乏しいこともあり、全体リストとしてでは無く、「第12章・漢方薬・東アジア伝統医薬品」として独立した章として取り上げることになった。私はその作成委員を担当した。
大規模なシステマティック・レビューとすったもんだの議論のあげく、我々は高齢者に推奨出来るだけのエビデンスの質が担保されており、かつ推奨度が中等度以上の漢方薬として以下のものを選んだ。
① 抑肝散は認知症(アルツハイマー型、レビー小体型、脳血管性)に伴う行動・心理症状のうち易怒、幻覚、妄想、昼夜逆転、興奮、暴言、暴力、徘徊に有効である。ただし意欲減退、鬱、引きこもり、食欲不振、悲哀などの症状には無効である。
② 半夏厚朴湯は誤嚥性肺炎の既往を持つ患者における嚥下反射、咳反射を改善させ、肺炎発症の抑制に有効である。
③ 大建中湯は脳卒中後遺症における機能性便秘に対して有効である。また腹部術後早期の腸管蠕動運動促進に有効である。
④ 麻子仁丸は高齢者の便秘に有効である。
⑤ 補中益気湯は慢性閉塞性肺疾患における自他覚症状、炎症指標及び栄養状態の改善に有効である。
一方で、以下の生薬含有製剤について有害事象について注意を喚起した。
① 甘草を含む処方は低カリウム血症とそれによる様々な病態を生じうる。
② 麻黄はエフェドリン含有生薬であり、アドレナリン様作用を有する。
③ 附子は本来、不整脈、血圧低下、呼吸困難などを引き起こす毒性を有するため、適切に修治加工されたものを用いる。
④ 黄芩を含む処方は間質性肺炎を生じることがある。一般的に稀な有害事象であるが、インターフェロンとの併用では発症頻度が増加するため併用は禁忌とされる。
⑤ 山梔子を含む処方を数年、あるいは10年以上使用し続けると、 静脈硬化性大腸炎を生じる恐れがある。
有害事象について注意喚起した処方を併せると、日本の医療保健で認められる漢方薬の約8割に達する。
このリストを、漢方シンパは「漢方が始めて西洋医学のガイドラインに独立した章として載せられた」と宣伝し、アンチ漢方は「ほらこんなに有害事象がある」と強調するが、それはどちらも間違いで、
「漢方もれっきとした薬なのだから、きちんと効果効能・有害事象を理解して使って下さい」という意味である。そしてこのリストの行間には、中国伝統医学に比べて日本漢方のエビデンスは非常に少ない。漢方もっとしっかりしろ、と言う意図が含まれている。中医学、つまり traditional Chinese MedicineでPubmed検索すると10万を超える英論文が出るのに、kampoはたった二千しかないからだ。その乏しいエビデンスの中でも、「どうにかこれなら物になるだろう」というのが上記のリストだと理解して欲しい。
漢方もっと頑張らないと行けない。
6.八味地黄丸
ツムラの7番に八味地黄丸という薬がある。適応を見ると、「疲労、倦怠感著しく、尿利減少または頻数、口渇し、手足に交互的に冷感と熱感のあるものの次の諸症」とあり、病名として「腎炎、糖尿病、陰萎、坐骨神経痛、腰痛、脚気、膀胱カタル、前立腺肥大、高血圧」となっている。
実はこの漢方エキス製剤の適応症というのは昭和36年の法律制定以来ほとんど変わっていないので、全く当てにならない。腎炎と糖尿病と坐骨神経痛と高血圧に効く薬など、あるはずが無い。
しかし上の適応症をざっくり全体的に眺めてみると、どう見ても健常成人のそれでは無い。高齢者が年齢を重ねるに従って生じてくる種々の症状、症候と考えれば、ある程度合点がいくのでは無かろうか。つまり八味地黄丸の適応症は、「加齢によるフレイル」である。昭和36年にはそんな概念は無かったので、こういうわけの分からない記述になっているのだ。
西洋医学に老年医学が出来たのは20世紀も後半のことで、それまでは歳を取って衰えるのは仕方が無いと放置されてきた。それが今ではフレイルという概念、老年期症候群という概念が生まれ、人は加齢と共にフレイルになり、やがて老年期症候群となって亡くなっていくと考えられるようになった。
一方中国伝統医学では、紀元前に書き始められたとする「黄帝内経(こうていだいけい、フアンディネイジン)に人が歳を取るとどうなるかという議論がある。そこでは人は加齢と共に
• 顔はやつれ、歯が抜け、髪も抜ける
• 耳目が遠くなる
• 免疫低下
• 健忘、易怒、不眠多夢、昼夜逆転。甚だしければ認知症
• 味覚変化、食欲不振、少食、便秘
• 腰、膝などの痛み痺れ、四肢心熱、あるいは冷え。甚だしければ脊柱弯曲、振戦、歩行不正、姿勢保持困難
• 陰萎
などが生ずると書かれている。現代の目から見ても、非常に適切で要を得た記述である。そしてこうした状態に使う基本的な薬が、八味地黄丸であり、膝関節症があれば八味地黄丸に牛膝(ごしつ)と車前子(しゃぜんし)を足した牛車腎気丸を使う。
ところが、である。こう言う考えが生まれ、八味地黄丸が作られたときの人の平均寿命は50に達していなかった。日本で平均寿命が50を超えたのは、やっと高度経済成長が始まってからである。だから漱石の小説に「50の老人」という記述が出てくるし、サザエさんのお父さんの波平さんは54だ。波平さん54なんですよ。それで当時の定年は55で、その歳から年金が出たわけだ。57才の自分と比べると、いやはや、なんとも言う言葉が無い。
話が逸れた。でまあ、人生50年と仮定して冒頭にあげた八味地黄丸の適応症を見ると、だいたい50代から60代に始まる症候、症状であることが分かる。つまり八味地黄丸はフレイルの薬だと言っても、実は一番奏効するのは50代、60代なのだ。今の年寄りは元気だから、70代でも適応はあるが、80代になるとちょっと怪しい。
要するに八味地黄丸は、50の坂を越えて、「俺も歳を取ったなあ」という人に使うと良いのである。ツムラの手帳の効能効果に拘る必要は無い。あんなものエビデンス無いんだから。患者さんが「最近歳の衰えが」と言ったら八味地黄丸だ。
出し方だが、地黄が胃もたれを起こす人がいるので、最初は朝晩一包ずつ出してみる。それでなんでも無かったら、朝晩2包ずつにする。50〜60代だとまだ働いている人も多いので、飲み忘れを防ぐために昼は出さない。
と思っていたら先日外来で、「最近私も歳を取りまして」という女性がいた。今お幾つですか、と訊いたら「90です」。参りましたと言うほか無い。こう言う時代の高齢者の漢方には、新しくそれにふさわしい薬を作ってきちんと治験してやるべきだ。
7.冷え症
冷え症、と言うのがあって、これがなかなか厄介である。
何しろ、現在のICD10には「冷え症」という疾患は無い。次に出るICD11で漸く国際的にも疾病と認められるようになる。と言うことで今現在では疾病で無いのだから、その治療法も何も研究されていない。ICD11が普及すれば変わってくるかもしれないが。
ICDに載ろうが載るまいが、手足、特に下半身が冷える人は多い。漢方やその源流である中医学(私の専門は中医学だが)は「冷え症」を昔から病態と捉えていて、その治療法を編み出してきた。
一口に冷え症と言っても、その原因は様々である。オパルモン出して全然効かない冷え症多いでしょう?原因をしっかり診断していないからだ。
診断していないと言っても、これまでICD10まではそもそも「冷え症」という疾病が無かったのだから、診断のしようが無い。ICD11が普及すれば冷え症が疾病である以上、どういう冷え症なのか、と言うような研究が進むだろうが、今はまだその状態に達していない。
中国伝統医学では、冷え症は下記の原因で起こるとされている。
1. 老化によるもの
2. 女性の更年期や閉経以後のホルモン状態によるもの
3. 若くても体力が不足しているもの
4. 情緒不安定によるもの
これらによって冷え症は生じる。だからその原因によって、治療法は異なる。
とは言え、冷え症なのだから、身体を冷やすような日常生活をしてはいけない。夏、クーラーの効いた部屋にいなければならないのなら、腹巻きをして厚手の靴下をはかなければいけない。冬場は身体を温めるような食べ物を摂ること。勿論唐辛子がきいたものでもいいが、辛みが苦手な人はショウガを切って陰干ししたものを鍋などに加えると良い。ショウガは生姜と書くでしょう。あれは八百屋で売っている「生のショウガ」である。生のショウガに身体を温める作用は無い。それをスライスして陰干しすると、非常に個性が強い、「乾姜(かんきょう)」、つまり干したショウガになる。生の生姜は魚の臭み消し、腐敗防止に使われるが、乾姜は身体を芯から温めるのに使うのである。どちらもれっきとした生薬だ。
今回は薬の話にたどり着かなかった。しかし昔から中医学では「名医は未病を治す」と言い、日頃の心がけで健康を維持するのが名医なのである。拠って冷え症に悩む人はまず上記を実践すること。薬についてはまた次回。
8.冷え症の薬その1:加齢に伴う冷え症
前回はショウガで話が終わってしまったので、今回は薬の話。
さて、中国伝統医学では、冷え症は下記の原因で起こるとされていると書いた。
1. 老化によるもの
2. 女性の更年期や閉経以後のホルモン状態によるもの
3. 若くても体力が不足しているもの
4. 情緒不安定によるもの
これらによって冷え症は生じる。だからその原因によって、治療法は異なる。
1. 老化によるものは、ある程度どうしようも無い。しかし私は昔、夜に足が冷えて眠れないという80代の女性に八味地黄丸を出した。まだ経験が浅かったので、一回一包1日3回で出してしまった。そうしたらその晩、高血圧緊急症で救急搬送されてしまった。
参ったなあと思い、別の薬にしたが、当の本人、あの薬を飲むと確かに血圧は上がったが足の冷えはなくなって気持ちよかったと。それで息子が隠した棚から息子夫婦が寝静まるのを待って、あのツムラのエキスを2,3粒、ペロッと舐めたそうである。そうしたら血圧も上がらず冷えも収まって丁度良い。と言う話を次回外来でされて、息子さんが怒り出してしまって対応に苦慮したという落ちが付いている。
ウェブでは一回の話は短くしなければならないので今回はこれくらいにするがともかく加齢にともなう冷えのファーストチョイスは八味地黄丸だ。ただし高齢者には眠前一包から始めて様子を見ながら増量すること。
9.女性の冷え性その1
今回は女性特有に冷えについて。女性は若い頃から冷え症の人が多い。これについて中国伝統医学(中医学)では、女性は生理で大量の血を失うから冷えると考えている。血というのは、全身を巡り体温を保つ液体なので、それが毎月どっと失われるとどうしても冷え症になる。
血が失われるのだから、血を補えば良い。その基本薬は四物湯だ。だが中医学には気と血はセットであるという考えがあり、血を補うのなら気も補えという話になる。それは十全大補湯だ。
いやいや、単に補うだけではダメだ、補ったら巡らせなければいけないという考えもあって、そこで出てくるのが当帰芍薬散だ。これは血を補うだけで無く、巡らしもする。ただし気血を補う能力そのものは四物湯や十全大補湯より弱い。月経による冷えだけならこれだけで良い。当帰芍薬散の適応症を説明するのに、竹久夢二が書いたような女性だという人がいる。こういうのを口訣と言って、日本漢方は重宝がるが、私は好きじゃ無い。好きじゃ無いが、この表現は実に的を得ている。
更年期障害だ、更年期以後の障害の一つだとなるとまた別の薬になるが、今回はここまで。
10.女性の冷え性その2:桂枝茯苓丸
えー、桂枝茯苓丸はそもそも冷え症の薬じゃありません。終わり。
なんだけれども、現実にはよく冷え症に使われている。元はと言えば、この薬は何らかの女性器の腫瘤に用いるものだった。下腹部に腫瘤を触知し、痛み、それに関連して月経不順、月経困難をともなうときに使ったのである。当然こう言う状態では性ホルモンが乱れているから、上半身がのぼせ、下半身が冷えると言うこともある。そこからどうも冷え症の薬と言うことになってしまったようだ。
桂枝茯苓丸で女性器の腫瘤が治るとは思えない。しかし腫瘤によるものであっても無くても、月経不順や月経困難症にともなう冷えのぼせの病理は同じだろうから、現代ではそういう時に用いる。つまり、月経不順も月経困難も無いのに冷えるという人は本来適応で無い。冷え症に桂枝茯苓丸を使ってみたけど効かないなあと言う人は、そこを確かめると良い。
11.女性の冷え性その3:女神散と加味逍遙散
先ほどは本来女性器に腫瘤があって女性ホルモンが乱れて、と言う話をして桂枝茯苓丸の説明をしたが、腫瘤なんか無くてともかく更年期障害で月経不順で冷えのぼせがあるのは女神散(にょしんさん)だ。この場合、冷えは二の次で上半身がのぼせる方が酷い。更年期の冷えのぼせのファーストチョイスと思って良い。
加味逍遙散とどう違うか。加味逍遙散は、情緒不安定、精神的ストレスが加わっているときに使う。そう言う状況下で月経不順が来て上半身がのぼせて下半身が冷えるなら加味逍遙散だ。昔私が東北大の漢方内科にいた時講師だった関隆先生は、女性と言うとこれを出していた。多分歩留まりが良かったんだろう。しかし情緒不安定、精神的ストレスが病態に絡んでいなければ、適応では無い。きっと彼の外来にはそうした女性が多く集まったのだろうと思う。
追記。更年期症状に精神的ストレスは必ず絡む。だからどちらが元なのかという話である。更年期が先なら女神散だし、精神的ストレスが元にあるなら加味逍遙散だ。実際は、この区別は難しい。
12.男性で冷え上せというのは少ない。が、いないわけではない。これはもう間違いなくストレスである。中間管理職で上から売り上げを煩く言われ周囲とも孤立しどうしたこうした。そんな人だ。だからそう言う人は状況が変わらない限りあまり良くならない。ただ受け止め方で多少は変わってくるので抑肝散を出す。一回二包、朝晩2回。
しかし長いことストレスで痛めつけられていると、気力体力の根本のようなものが失せてくる(中医学用語なら腎虚になる)。従って抑肝散に八味地黄丸を足す。朝晩2回、一回一包。抑肝散でストレスを受け止められるように一息つかせ、八味地黄丸で元気を付けてやる。まあ先ほども言ったように、状況が変わらなければ根本解決には到らないが、どうにかしのげるようになることは多い。
なお男性に拘ることは無い。私は以前女性経営者の患者にこれを出して良かったことがある。女だてらにバリバリ働くのは、凄いストレスのようだ。
13.慢性疲労症候群に漢方は効くのか?
慢性疲労症候群に補中益気湯というのはよく聞くが、実際に効いた症例は乏しい。まあ私が大学時代やっていた漢方内科は、心療内科などが持て余して送ってくる症例が多かったが、そのバイアスを加味しても補中益気湯や十全大補湯が効いた例は記憶に無い。
一例だけ、柴胡桂枝乾姜湯が劇的に効いたことがあるが、私は柴胡桂枝乾姜湯の薬効薬理をきちんと理解出来ておらず、ダメ元で出したので何故効いたか説明出来ない。柴胡桂枝乾姜湯というのは精神的ストレスが絡むときに使うから、その人は本当の慢性疲労症候群では無かったかもしれない。本来の慢性疲労症候群に効く漢方薬があるかどうか、私は知らない。
14.小柴胡湯
小柴胡湯で間質性肺炎が起こるというのは国試勉強で一度は習っただろう。しかし小柴胡湯の効果については誰も知らない。副作用だけ覚えて何の薬か知らないというのは、ちょっと変では無かろうか。
小柴胡湯の作用は2つある。
1つは、傷寒(今の新型コロナみたいな感染症)が少し進行して、発熱し、熱は上がったり下がったりをくり返し、胸脇部が張って苦しい。その他にも傷寒のこのステージ、つまり少陽病には咳だの食欲減退、目がくらむなどいろいろな症状があるが、全部揃うことは少ない。熱感と悪寒がくり返す、往来寒熱というのは一番特徴的だと思う。こう言う、きわどい中間地点にあるときに短期的(一週間は超えない)に出す。これが本来の小柴胡湯の使い方。
もう一つはストレスにやられたときの代表薬。ゆううつ、いらいら、怒りっぽい、口が苦い、脇腹が痛む、寝付きが悪いなどストレス性の症状に、元気がない、食欲が無い、疲れやすいなどストレスで体力が落ちてしまっているのに使う。
かつて小柴胡湯は肝炎の薬だと勘違いされて、爆発的に処方された。ちょっとALT, ASTが高いだけで「はい小柴胡湯」と処方された。これは「肝」の「勘違い」である。元々中医学では、上に挙げたストレス性の病態を、肝鬱化火というのである。西洋医学の肝臓の話では無い。中医学の肝は情動と自律神経系を統合したような概念だ。脳の機能の一種である。そこがやられてコントロールが乱れているのが「肝郁化火」である。これも上記のような症状があるときにだけ使う。何年も出しっぱなしにするものではない。
医療の現場では、こう言うストレスを抱えるスタッフは多い。高齢者向けの薬では無いが、ああ、あのスタッフ相当ストレス溜まってるな、と思ったら1,2週間出してみれば良い。その程度なら間質性肺炎の心配はまず無い。出し方は例によって一回二包、朝晩二回。
15.補中益気湯
補中益気湯には二通りの使い方がある。
1つはともかく元気がない、疲れやすい、四肢が怠い、動作がおっくう、眠くなる、頭がぼーっとする、息切れなど、何しろ元気がなくなってしまったとき。中医学では中気下陥という。
もう一つは慢性にくり返す微熱で精神的・肉体的疲労にともなって発症するもの。中医学では気虚発熱だ。
先日誰かがフレイルに補中益気湯と言っていて、ひえーとひっくり返ってしまった。加齢に伴うフレイルに補中益気湯は使わない。それは八味地黄丸だ。
昔、更年期障害のおばちゃんが補中益気湯を出されていたことがあった。精神科の医者が出したそうである。なんの薬と説明されました?と訊いたら元気が出る薬だと。おいおいおい、である。その人は更年期障害でのぼせたり冷えたりしているのだから、補中益気湯で元気を出そうとしたってそうは行かない。既に説明したように女神散などを使うべきである。
実はこの薬、李東垣(りとうえん)という名医が作ったのだが彼がこの薬を作った理由は今とは異なる。昔、李東垣が住んでいた金がモンゴル軍に攻められて籠城戦になった。その時城内で疫病が流行したという。その疫病には、それまで知られていたどの薬も無効だった。そこで李東垣は、これは籠城で食料が乏しく、胃腸が弱って体力が無いから疫病に勝てないのだと考え、それでこれを作ったのである。つまり感染症の薬だった。体力を付けて疫病に打ち勝とうというのが本来のこの薬の由来である。
ただ、李東垣が作った補中益気湯は、感染症による炎症を抑えるために柴胡の量などが今のエキスよりずっと多い。日本のエキス顆粒では、上に説明した効果しか望めないのである。
16.四君子湯と六君子湯
六君子湯は割と頻用される漢方薬だが、本来は四君子湯という漢方薬のバリエーションである。四君子湯が人参、白朮、茯苓、炙甘草という4種の生薬から成るのに対し、六君子湯はそれに陳皮と半夏が加わる。四君子湯は胃腸が弱い人の基本薬だ。疲れやすい、元気がない、食欲不振、消化が悪い、泥状あるいは水様便、手足の無力感など、要するに胃腸が弱く消化吸収が上手く行かないので全体として体力が落ちている人に使う。
それに対して六君子湯は、そこに陳皮と半夏が加わり、胸やけ、胃もたれがする、悪心、嘔吐などをともなうときに使う。逆流性食道炎にも使われるが、今は逆流性食道炎には西洋薬で胃酸を抑えるのが主流であまり使われない。だが中には、胃酸の逆流は無いのにまるで逆流があるのとそっくりな胸やけ、胃もたれ、悪心などを呈する人がいる。こういう人は、胃酸が逆流していないのだから、幾ら胃酸を抑えても症状はなくならない。胃酸が逆流していないのにどうしてそう言う症状が起こるのかよく分かっていないが、六君子湯がよく効く。
17.四物湯、十全大補湯など
先に四君子湯の話をした。四物湯もちょっと冷え症で触れたが、あまり説明しなかった。四物湯というのは当帰、川芎、芍薬、熟地黄からなる。この四種はいずれも血を補う生薬だ。では漢方で血が足りないとはどういう病態かというと、目がかすむ、めまい、ふらつき、頭がぼーっとする、顔色が悪くつやが無い、唇が荒れる、毛髪につやが無い、爪が脆くつやが無い、等々、要するに「つやが無い」のだ。採血で言う貧血の有無にかかわらず、「見た目が貧血」のことである。
これと胃腸を補って元気を付ける四君子湯を併せると、八珍湯という薬になる。八珍湯自体のエキスは無いが、更に黄耆と桂皮を足した十全大補湯というのならある。四君子湯と四物湯の効果を併せたものだと思えば良い。黄耆は更に免疫力を付け、桂皮は気を巡らせる、つまり四君子湯で戻った元気を全身に巡らせるために入っている。しばしば癌の化学療法の回復期に使われる。
18,ブロッカー
ややめんどくさい話だが、西洋医学の薬は基本的にブロッカーで有る。例えば血圧の薬にしろ高血圧の薬にしろ、生体機能のどこかをブロックしたものがほとんど全てだ。認知症の薬アリセプトだってブロッカーだし、抗うつ剤のようにセロトニンを貯めると言っても、セロトニンの産生を増やすのでは無くセロトニンの分解をブロックして結果としてセロトニンが溜まる。
薬の細かいことは牧野利明先生にでも訊いて戴くほかは無いが、漢方薬、生薬の薬理はどうなのだろう。やはり何かをブロックするものが多いのだろうか?それとも産生を促す薬もあるのだろうか?もしあるならそれこそ補剤と言えようが・・・?
2022年1月26日 発行 初版
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