spine
jacket

───────────────────────



ふたつの名前を持つ猫だけが知っている

ゴーストライター

さら・シリウス出版



───────────────────────




  この本はタチヨミ版です。

目次

第一章 真理子という女

第二章 直樹と沙理

第三章 山中湖のコテージ

第四章 耕太という男

第五章 毒婦

第六章 猫だけが知っている真実

    おわりに



第一章 真理子という女

 1

「どっかにイイ男いないかなあ」
 真理子はヘアアイロンで巻いた髪を弄りながら、口癖のように呟く。
 隣にいる悪友二人は笑った。
「もう、マリは、口を開けばいつも、そればっかりだね」
「ホント、周りに男がいない無人島にいたら孤独死しちゃうんじゃないかな?」
 そう言いながら、真理子と一緒にいる薫と鮎子は呆れ声を上げる。
 中高、そして大学生になっても、真理子の男癖の悪さは治らなかった。
 大学に入ってからの友人である薫と鮎子は少し真理子に辟易しながら、彼女の話を聞いていた。
 真理子は合コンと聞けば、片っ端から男の連絡先を聞いて回り、LINEの交換を怠らず、常に男をキープしておかなければならないような恋愛依存体質だった。同じクラスの女の子の彼氏を寝取って、相当な恨みを買ったこともある。
 そんな真理子が最近気になっているのは、同じ学部にいる坂東直樹という人物だった。同学年ということもあり、調べてみると、彼の父親は政治家、母親は声楽家。彼は代々、政治家の家系らしいのだ。
「私は優しそうな耕太君の方が好きかな」
「私も!」
 薫と鮎子は口々に言う。
 耕太は少し前に流行った言葉であるいわゆる草食系男子。塩顔系男子の系統で、髪型もさっぱりしたマッシュルームヘア。今風のお洒落なファッションで身を固めているひょろひょろのモヤシ体型……。真理子の耕太に対する印象はそれだった。真理子は中高生の頃、体育会系の部活のマネージャーをしていたので、筋肉質なイケメンの方が好きだった。
 いつも耕太と一緒につるんでいる、坂東直樹の方はもろに真理子のタイプだった。直樹は、耕太が周りの男友達からからかられている時、真理子の目の前に現れたのだ。

 あれは春の終わり頃、教室内での事だった。
「おい。耕太さあ。お前、華奢で顔も女っぽいし、なんか女物の服とか似合うんじゃない?」
「そうそう、メイクも似合いそう! ギャル風のブレザーがいいか、セーラー服がいいか、それとも女王様のようなボンテージとかどうだ? 選ばせてやるからさ、着なよ!」
 耕太の男友達は意地悪そうに彼に言う。
「ちょっと、ちょっと待ってよ、みんな!」
「いいじゃん。大学生活最後の想い出作りにさ。お前、去年の文化祭の時も言われていて、結局、やらなかったじゃん。だからさ!」
 そう言いながら、耕太の男友達は下品に笑っていた。
 すると突然、ドアが勢いよく開き、入ってきたのは長身の男だった。
 イケメンというよりも、昔の言葉で言う処のハンサム、男らしいという言葉が似合う。端正な顔立ちの男だった。その男が耕太に絡んでいた学生達を睨み付ける。すると、気まずそうに、俺、そろそろサークル活動があるから、などと言って、絡んでいた男達は教室を出ていった。
「おい。耕太、お前さ、性格も少し直せよ。嫌な事は嫌ってはっきり言った方がいいぜ」
「ごめんよ。なんか、みんなの言うことをきかないと変な雰囲気になるかな、と思って。断るのも悪い気がしてさ……」
「謝るなよ。ったく」
 そう言うと、その端正な顔の美男子は教室を出ていった。
 独特の、人とは違うオーラのようなものを放っている彼の男らしい顔付き、身体付きは、どこかの男性芸能人に似ていた。
 真理子はその男に一目惚れしてしまった。
 彼の名は坂東直樹。同学年。サークルは幾つか掛け持ちしているが、テニス部、バスケ部、サッカー部とどれも好成績らしい。なんでも三年生の終わりに、家の事情の引っ越しで転入学してきたという話だった。なんと一か月近くもその存在に気付かなかったことになる。
 真理子は日を追うごとに直樹に夢中になっていった。
 相変わらずだなあ、と、鮎子は言う。
「今度は、あの男の子好きになったんだ。耕太君の方は駄目なの?」
 鮎子は訊ねた。真理子は口元に指先を当てると、少し考えて言う。
「耕太君はねえ。私のタイプじゃないってのもあるけど。なんだろ、その、薫と同じ匂いがするというかね」
 真理子はくすくすと笑う。
「あたしと同じ匂いってなによ」
 薫は不貞腐れる。
「なんだろ? 猫を被ってる、っていうか。何か、いつも、よこしまな感じがするんだよね、うん」
 真理子は意味深に言う。
「それ、あたしが邪な性格だって言うの?」
 夜の仕事をしている薫は、散々あくどい事をしてきたのだ。薫のせいで、財産の殆どを失った男もいれば、自殺未遂までした男もいた。けれども、そんな薫の男を不幸にした話も、仲間内ではある種の笑い話みたいになっていた。
 三人の中では、比較的素行も性格も良い方である鮎子には、分からないみたいだった。耕太は遊び人。そして、沢山の女を泣かせている。更に言えば、悪い事も沢山してきている。けれども、草食系男子、という皮を被って隠している、といった感じだ。
 真理子と薫には、すぐに分かる。
 だから、人気者である耕太に対して、どうしても素直に好感を持てなかった。
「直樹も騙されているよ、耕太に」
 真理子は言う。
「いや、あれは耕太の本性分かっていて仲良くしているでしょ?」
 薫は茶化す。
「そんなお人好しそうな直樹、私、付き合ってみたいな」
「あー。彼女いたらどうするの?」
 薫は訊ねる。
「その時は奪い取る。略奪愛!」
 真理子は当たり前のように言った。
「あー、それ、面白いよね」
 薫はけらけらと笑う。
 鮎子は、二人に付いていけなかった。

   2

 大学も四年生になれば就活を考えないといけない時期だ。いや、そもそも四年では遅い。早い人は二年生の頃には考えているし、大学入学からすぐに卒業後の進路の事ばかり考えている学生だって多い。
 内定の話、企業の面接の話で持ち切りになると、真理子はよくうんざりした。薫と鮎子は安定な人生設計を考えていたが、真理子はどうにも無理だった。実感も湧かない。
 それよりはロマンに満ちた理想の男性をゲットして玉の輿に乗りたい。直樹の実家はかなりの金持ちだと聞く。なら、彼と結婚して養って貰うのも悪くない。
 この就職難の時代、皆が必死で就活に命を掛けている様子を見ていると、真理子は本当に馬鹿馬鹿しく思えてくるのだ。
 実際、真理子に貢ぐ男は多かった。
「男ってチョロい生き物だから!」
 真理子は口癖のように女友達によく言っていた。だから直樹も簡単に落とせると思っていた。実際、時間が掛かっても真理子が落とせなかった男はこれまでいない。高校時代にタイプだったサッカー部のエースは皆の憧れの的で、やはりと言うべきか彼女持ちだったが、一年近く掛けて彼女と倦怠期でギスギスしている時期を狙い寝取ってやった。その時のサッカー部のエースの彼女が、悔しさのあまり皆の前で泣きじゃくる顔を思い出すと、腹の底から笑いが止まらない。そうして真理子は、いつもこう思うのだった。
 ……そう、私は誰もを魅了する魔性の女。手に入らない男なんていない!
 




第二章 直樹と沙理

  1

 真理子は非常に甘やかされて育った。
 両親は一人娘に対し、病的なまでの過剰で偏った愛情を注ぎ続けた。
 幼い頃から容姿が並外れて美しかった真理子は、将来は女優かアイドル、モデルにでもなるのでは、と周囲の者達からもてはやされた。父親は上場企業の会社員ではあったが、平社員の身、そんなに裕福とは言えない家庭だったにもかかわらず、母親は真理子にアイドルが着るような服を着せて、一緒に街を練り歩くのを喜びとしていた。
 母親の偏愛の中にどっぷりつかり、ひとの欠点ばかりを耳元で囁かれて育った真理子は、いつしかひとをひととも思わない悪鬼のような性根をその美しい仮面の下に隠し持つようになっていった。
 物心付いた頃から、真理子は常に異性から注目されていたいという思いがあった。美しい私が注目されないはずはないと。小学生の頃から男子生徒にばかり話しかける真理子は、女子生徒から恨みを買っていた。そんな真理子に女友達が出来るはずもなかった。
 ますます、女子達への嫌悪が募るばかりだった。
 やがて中学生になり、陸上部のマネージャーを務めるようになった彼女は、男をゲットする上で、同性の協力も必要なのだと悟った。
 初体験は、陸上部のエースだったとし。中学二年の修学旅行に仲良くなって帰った後、陸上部の部室で何度も俊樹と人に言えない行為にふけった。
「ねえ、こんな事して、妊娠しないかな?」
 俊樹はゴムを付けたがらなかった。真理子は不安になってそうたずねた。
「大丈夫でしょ? とにかく、気持ち良ければいいじゃん」
 俊樹はそんな軽いノリだった。
 結局、中学三年生の時に真理子は俊樹の子を妊娠した。堕胎費は俊樹の両親が持ってきてくれた。
 学校中に妊娠と堕胎の噂が流れたが、真理子はそれでも男漁りを止められなかった。すぐに水泳部一番のイケメンのなおに乗り換えて、水泳部の更衣室で尚哉と毎日のように交わった。
 母親になる実感も、一人の男を愛するという考えも、真理子は持てなかった。ただ、欲望の赴くままに男に抱かれたい。だから、同性の女の子達が大嫌いだった。自分を疎外した当時のクラスの女子達に、復讐のように嫌がらせを行った。鞄の中に毛虫の死体を入れる事から始まり、スマホを盗んではその女の子の個人情報をSNSに流出させたり、同級生が大切にしているキーホルダーに呪いの人形をくくり付けてやったりした。
 
 過剰な承認欲求による男癖の悪さと、同級生女子への過剰な復讐心ばかりが真理子の十代を占めていた。サッカー部のエースの恋人であった女が部室内で小鳥を飼っていると耳にしたときには、殺虫剤を入れた団子を食べさせ続けて殺してやった事もあった。
 ――全部、周りが悪い。私は悪くない。私は悲劇のヒロインだもの――
 真理子のアイデンティティはそういう風に形成されていった。
 高校二年の時にも、出会い系サイトで知り合った医学生と何度もホテルに行った際に妊娠してしまい、医学生の両親から多額の堕胎費用と慰謝料を貰った。
 ――男は金になる――
 ――男を好きになれば、自分は幸福になれる――
 真理子にとって、男が全てだった。いや、一人でも多くの男にモテる事が幸福になる術だった。
 大学生になっても、それは変わらなかった。キャバクラなどの水商売のバイトもしたが、不細工な親父に媚びなければならない事、そして、同僚の女達と仲良くなれない事が分かって、水商売は続かなかった。風俗で働く事も考えたが、それよりも真理子は良い事を思い付いた。
 それは、売春だった。
 高校の頃から売春行為に近い事は何度もやっていた。数万で男に身体を売った事は何度もある。真理子は面食いだった為に、相手は必ず選んだ。
 不潔な親父は嫌。
 イケメンがいい。
 SNSや出会い系サイトを通して、真理子の売春行為は続いた。
 やがて、大学生活に入っても、真理子の周りには女友達が少なかった。
 唯一、周りにいてくれたのは薫と鮎子の二人だけだった。薫はキャバ嬢。鮎子はマイナー雑誌のモデルをしている。二人共、男癖が悪い。だから、波長が合ったのだと思う。
 二人共何処か刹那的で、将来の事なんて考えていない。ファッションとメイクと流行の音楽と、そして男の話さえしていれば会話が続く。

   2

 ある日の事だった。
 真理子がキャンバス内を歩いていると、直樹とストレートな黒髪の女が歩いているのを見かけた。二人の雰囲気から、明らかに付き合っているように思えた。真理子は何とかして、直樹と歩いている女の素性を知りたくなった。

 鮎子からの情報で真理子は直樹が頻繁に行くBARを知り、彼を待ち伏せする事にした。
 真理子、薫、鮎子の三人は、意中の男に対してはストーカーチックなところもあった。最近はストーカー規制法も厳しくなって、男だけでなく女も規制の対象になりやすいのだが、よほど他の犯罪に抵触するような事を繰り返さない限り、警察はストーカーと聞いても鼻で笑うだけだ。 その為に出会い系サイトでよく遊ぶ薫は、頻繁に怖い目にあったと言っているが、それもスリルの一つなのだと言う。
 ――男なんて、強引にでもモノにしてしまえばいいのよ――
 それが三人共通の考えだった。
 薫と鮎子は耕太のような今風の男がタイプである為に、真理子とは恋敵になったことがない。だから、薫はすんなりと協力してくれた。
「上手くいったら、今度は直樹を通して、私にも男紹介してよね」
「分かったわ、薫」
 真理子は妖艶な微笑を浮かべる。
 そして、直樹が頻繁に通っているBARへと向かった。
 BARの内装は洒落ていて、店内には情熱的なハンガリーの音楽が流れている。プロジェクターも設置されており、スクリーンには昔のモノクロの恋愛映画が流れていた。
 BARの一番奥の席でマティーニを注文しながらプロシュートのハムを食べていると、直樹が女を連れて店の中へと入ってきた。
 真理子は耳を澄ませる。
 どうやら、直樹の隣にいる女は早川沙理という名前らしい。一、二年前から直樹と付き合っているそうだ。
 二人して、大学卒業後は子供を生んで結婚したいね、と、そんな話をしていた。
 略奪愛。



  タチヨミ版はここまでとなります。


ふたつの名前を持つ猫だけが知っている

2022年2月7日 発行 初版

著  者:ゴーストライター
発  行:さら・シリウス出版

bb_B_00172559
bcck: http://bccks.jp/bcck/00172559/info
user: http://bccks.jp/user/149942
format:#002t

Powered by BCCKS

株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp

さら・シリウス

 私がヒーリングを生業としてかなりの年月が経ちました。  いつからか瞑想中に小説のプロットが天空から降りてくるようになりました。  最初は気にもとめていませんでしたけれど、それがちゃんと起承転結のある面白いストーリーだと気付き、そしてそれがハイアーセルフからもたらされているというのにも気付きました。  自力で肉付けをして書いた物が十冊ほどになりましたが、やはり中々時間がとれません。  暫くは多忙を言い訳に、数年間、プロットの山を放っておきました。  けれど、ハイアーセルフがプロットを下さったのにも訳があるのだと思い立ち、形にしなければと一念発起したのです。    そこで2021年の始めから、才能のある人に私が書いたプロットを渡して書いて貰うことにしました。  小説は時間がかかります。筆の遅い私が一人でこのプロットの山を形にするには、数百年かかります。  私のプロットと、才能ある方のコラボ、どこまでできるかわかりませんが、形にしていきたいと思っています。  勿論、時間の許すかぎり、自分でも書いていきたいと思っています。  宜しかったら応援してくださいね(#^.^#)               さら・シリウス

jacket