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北京の春節

老舎

duotianminhong出版



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北京の春節

 北京の伝統的なしきたりに照らせば、旧暦の新年(春節)の祝福は、だいたい旧暦十二月の上旬に始まる。「十二月の七日や八日には、カラスも凍え死ぬ」という言葉があるくらいで、一年で最も寒い時期だ。しかし、厳冬が来たのなら、春もそんなに遠くない。それゆえ、寒いからといって年越しと迎春の熱意が冷めることはない。旧暦十二月八日には、人々の家でも、寺でも、みな臘八粥を炊く。

この特製の粥は先祖や神様を祭るためのものなのだが、農業社会の誇りの表現でもある。この粥は各種の穀物と豆類、果物(杏仁、クルミの実、ライチの実、ウリの種、ハスの実、ピーナッツ、干しブドウ、ヒシの実……)を煮て作るからだ。粥と言うより、小型の農業展覧会と言ったほうがいい。
 旧暦十二月八日にはニンニクの漬物も作る。

ニンニクを酢に入れて封をし、年越しの餃子を作るときに使うのだ。年末になると、ニンニクは翡翠のような色になり、酢にも辛い味がつく。色も味も美しく、餃子を多めに食べたくなるのである。北京では、年越しの時、それぞれの家で餃子を食べるのだ。
 この日から、商店では正月用品を盛んに売り始める。街には露店が増え、春聯

や年画、

お供えの菓子、水仙の花など、この時期しか見られないものを販売する。これらの年末の露店を見ると、子供たちは胸をはずませる。路地では、物売りの声がふだんより多く飛び交い、暦や松の枝、ハトムギの実、年越し用の餅菓子などは、十二月になってやっと出現するのである。
 皇帝がいたころは、十二月十九日から一か月、学校は冬休みになった。子供たちは年越しの準備を、まず果物の砂糖漬けを買うことから始めた。これは各種のドライフルーツ(ピーナッツ、ナツメ、ハシバミ、クリなど)をシロップで漬けたもので、普通のものには皮があったが、高級なものにはなかった。

子供たちはこれが大好きで、たとえ食べる餃子がなくても、これを買うことだけは忘れなかった。子供たち、とくに男の子にとって次に大切なのは爆竹を買うことだ。三番目は凧、唐独楽、ハーモニカなどの玩具と年画を買うことだろう。
 子供たちも忙しいが、大人たちも緊張する。年越しの時に食べたり飲んだり使ったりするものを揃えなければならないからだ。新年に新しい気分を添えるため、子供たちに新しい靴や服を作ってやる必要もあった。
 二十三日に「小年」を祝うが、これは「新年」のリハーサルのようなものだ。旧社会では、この日の晩はそれぞれの家でかまどの神様を祭った。

爆竹の音とともに、かまどの神様の絵を燃やすのだが、これは「かまどの神様の昇天」と呼ばれている。この数日前、街では長方形やウリの形をしたキャンディーが売りに出される。古い時代の言い伝えでは、このキャンディーでかまどの神様の口をふさいでおけば、天に行っても玉帝に家の中の悪いことを告げ口されないということだ。現在でも、キャンディーは売っているが、みんなが食べるためで、かまどの神様の口をふさぐためではない。
 二十三日を過ぎると、忙しさが増す。あっという間に新年だからだ。大みそかまでに、春聯を貼り、大掃除をしなければならない。肉や鶏、魚や野菜、年越し用の餅菓子なども、少なくとも一週間分の予備を揃えておかなければならない。大部分の商店は五日間店を休み、正月六日にやっと店を開けるのが習慣だからだ。簡単に補給できないので、数日分の食べ物を揃えておかないといけないのである。それに、旧社会のおばさんたちによれば、大みそかに切るべきものはできるだけ切っておくという。正月一日から五日の間に刃物を使うのは不吉だというのだ。迷信とも言えるが、平和を愛しているとも言える。一年の初めには包丁さえ使いたくないというのだから。
 大みそかは本当ににぎやかだ。それぞれの家で忙しく正月料理を作り、いたるところに酒と肉の香りが漂う。老若男女すべてが新しい服を着て、門に赤い対聯を貼り、家の中に様々な色の年画を貼る。どの家でも夜通し明かりがつき、爆竹の音が絶え間なく鳴り響く。他地方で仕事や勉強をしている人も、よほどのことがない限り、必ず家に帰って、一家で食事をとり、先祖を祭る。この夜は、小さな子供以外は、誰も眠らず、年明けを迎えるのである。
 元旦の光景は大みそかとは全く異なる。大みそかは、街は人でいっぱいだ。が、元旦は、商店はみな板戸を閉め、その前には前の晩に燃やした爆竹の包装紙が積まれている。都市全体が休息しているのだ。
 男たちは午前中に、親戚や友人の家へ新年のあいさつに行く。女たちは家で客をもてなす。同時に、街の中や郊外の多くの寺院が開放され、人々はそこへお参りに行く。商人たちはその外に露店を出し、茶や食品、玩具などを売るのである。北部郊外の大鐘寺、西部郊外の白雲観、南部の火神廟が最も有名だ。しかし、最初の二、三日は、人はあまり多くない。人々は新年のあいさつで忙しく、行く暇がないからだ。五、六日たつと、にぎやかになり始める。野の景色を見たり、ロバに乗ったり、新年特有の玩具を買ったりできるので、子供たちは特に熱心だ。白雲観の外の広場では箱馬車や馬の競走をやっている。昔は、ラクダの競走もやっていたそうだ。これらの競走は順番は大切ではなく、観衆の面前で馬と騎手の姿や技能を表現することが大切なのだ。
 多くの商店は正月六日に店を開けるが、爆竹は鳴り続ける。夜明けから朝まで、街全体で鳴り響いている。店は開くが、食品や重要な日用品を売っている店舗以外は、あまり忙しくない。店員たちは交代で初もうでをしたり、芝居を見にいったりだ。
 元宵(あん入りだんご)が売りに出されると、

新年のピーク、元宵節(正月十三日から十七日まで)だ。大みそかはにぎやかだが、月明かりがない。元宵節は明月が見られる。元旦は美しい。それぞれの家の門に鮮やかな赤の春聯が貼られ、人々は新しい服に袖を通す。だが物足りない。元宵節は、いたるところに提灯がつるされ色布で装飾される。

街全体で祝い事をやっているようで、熱気があってあでやかだ。有名な老舗は数百の提灯をつるす。ガラスでできたものや牛の角でできたもの、薄絹でできたものなど、いろいろだ。「紅楼夢」や「水滸伝」の場面を描いたものもある。これは、当年は、広告でもあった。提灯がつるされると、店に入って見物してもいいことになっていた。夜になって提灯の中のろうそくに火をともすと、見物客はずっと多くなる。この広告は俗っぽいものではない。ドライフルーツの店は元宵節で砂糖漬けを売らなければならないので、独創的なものを作った。さまざまな氷灯籠を作ったり、麦の穂で緑色の長い竜を作って、客を呼んだ。
 提灯のほかに、広場ではゲームもやっている。城隍廟では中空の土人形を燃やしたりもする。炎が人形の口や耳、鼻や目からちろちろ出る。公園にはランタンが据えられるが、空へ飛んでいく巨星のようだ。
 男も女もみな月明かりの中を散歩し、提灯や炎を見る。街は人でいっぱいだ。旧社会では、女性は軽々しく外へは出られなかった。元宵節の時だけいくらかの自由を得たのである。
 子供たちは花火や爆竹で遊ぶ。街へ出かけなくても、いつも通り家の中で楽しく過ごせるのである。家の中にも提灯がある。走馬灯や房飾り付きの灯籠、紙でできた提灯などだ。薄絹製の提灯の中には小さな鈴があり、リンリンと鳴る。みんなあん入りだんごを食べる。確かに、美しくて楽しい日々だ。
 あっという間に、楽しい行事は終わり、学生は学校に行き、大人は仕事をやらねばならなくなる。新年は正月十九日に終わるのだ。旧暦十二月と正月は、農村社会では一番暇な時だ。そして豚や牛や羊は大きくなっているので、屠殺して一年の苦労に報いるのである。元宵節が過ぎると、天気が暖かくなるので、みんな仕事が忙しくなる。北京は都会だが、農村社会と同様に年越しを祝う。それも格別にぎやかに。
 旧社会では、年越しは迷信と結びついていた。臘八粥、麦芽糖、大みそかの餃子、みな先に仏様にお供えをしてから、人が食べた。大みそかには神様を迎えていた。正月二日に財神を祭り、ワンタンを食べ、中には財神廟に行って紙の賽銭を供え、香をたく人もいた。正月八日には「順星」という儀式を行い、老人たちのために祈祷をした。それゆえ当時はロウソクや供え物を買うために大金を浪費していた。現在は、迷信を信じる人はいなくなり、これらのことに使っていた金銭を有用なことに使うようになった。とくに注目に値するのは現在の子供たちは迷信に染まらず、楽しく新年を祝っていることだ。ひたすらに楽しみ、妖怪の類を恐れることがなくなったのである。現在の年越しは以前ほどにぎやかではなくなったのかもしれないが、はるかに健康的で冷静なものになった。以前、人々は年越しの時に神様や霊魂の庇護を祈ったが、現在は労働して年を終えるので、みんな楽しく新年を祝っているのだろう。
  1951年1月「新観察」第二巻第二期
 (訳者注:中国では旧暦正月を「春節」として盛大に祝う習慣がある)

北京の春節


著者   老舎
*本書は(株)ボイジャーのRomancerで作成されました。

北京の春節

2022年2月5日 発行 初版

著  者:老舎
発  行:duotianminhong出版

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