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マイ・ロック・ツイート・ラプソディー
憂鬱
・本は一冊だけ。漫画はダメ。図鑑や事典、専門書よし。イラスト描くのは休憩時のみ。仕事場ってこと忘れるなって、注文多いんだよな、まったく。今度ばかり我慢しとこうと思ってた私も、ついに見ざる聞かざるの得意のポーズで両耳ふさいだんだけど、その掌をむりやりはがし、逃げた私を追いかけてきた。
・あんまりしつこいもんだから、逃げるついでにわざと事務所の扉に二の腕はさんで、自傷行為、自傷行為ってわめきたてたら、急に声色変えて落ち着けだなんて、思った以上に情けないやつ。でも、あの目にはほっとけないっていう憐みが満ち満ちてたし、レモラ・ハウスに通所できる、きっと。
・面接から一週間目。令和元年一一月十一日の一が続く日。案の定、やつからの電話で文子は大喜び。美糸ちゃん、レモラの堀さんから来年一月の一か月、テスト期間で来てみてだって。またも一か。はしゃぎすぎだぞ、まったく。あんなとこ行かなくていいって帰りの車でほざいてたのだれ。
・よほど嬉しいのか文子は、スタンドの小太鼓を叩きだした。高校の時、ロックバンドでドラムやってたのが自慢で、ドラムセットはさすがにないけど、私のおもちゃだった太鼓を気分が乗ったときだけ叩く。素早いスティックさばきで、へッドやリムを小刻みに鳴らすのはなかなかのもの。
・でもまあいいか。これでなんとか侵入できそう。私は二度とあのSでの十九人の殺戮事件のようなむごいことを他のどこでも起こさせたくない。だからまずは手っ取り早く支援学校の時、実習に行ったあそこから捜査することにした。と言って、あのときも五日の予定を一日で切りあげられたけど。
・あれは二年前の高三の一月。皆、実習はとっくに終わってんのに私だけやってなく、これじゃ卒業できないって焦った担任が見つけてきた。先生と堀、それと文子の三人で勝手に話すすめて。最初、行かないって言い張ってたけど、パン作りはやんなくて好きなことしてればいいって担任言うから行ったんだ。
・でもあれ騙してたんだよね。二枚舌使って担任が。行くには行ったけど、いきなり粉、計れって何? やったこともないよ、そんなこと。パン作りもむりやりさせようとして、めんどいったらありゃしない。したいことできるんじゃなかったの? 話違う。泣きわめいて駄々こねたら、堀がすぐに学校に電話したんだ。
・そんな一日の実習でもなんとか卒業できた私は、これから先は金輪際、やりたくないことはせず、行きたくない場所へも行かないって決めた。好きな本を読み、イラストを描きまくった。そのときやってきたのが、大地震。揺れるだけじゃなく、トランポリンみたいに跳ねるんだから、マジ死ぬかと思ったよ。
・うちは築四〇年の小さな平屋で文子との二人暮らし。文子の実家なんだけど両親は死んでて、耐久年数はとうに過ぎてる感じ。いきなりどんって突き落とされ、激しい横揺れと縦揺れ。食器は落ちてくるし、起き上がれないもんだから、文子に抱きつきギャーギャー泣いてた。
・余震の大きなのがいつ来るかわからない。避難所へも行かず、最低限の日用品積んで車中泊。ポータブルのガスコンロ。薬缶。鍋。あるだけのお菓子とカップ麺。ティッシュペーパー。本は世界シリーズの家編。狙いを定めた森林公園には先客あったけど隙間に入れた。屋根が落ちてくる心配ないだけ安心。
・誤算は公園の水道壊れてたこと。文子に文句言ってたら飲み水隣の人分けてくれた。ポリ罐ごと。あとはトイレ。これも先に来てた人が近くの川岸に敷居立て簡易トイレ作ってた。『世界の家』のトイレで見たボルネオ島のパジャウ族みたい。四角い穴開いてるだけ。あっちは海でこっちは川。問題なし。
・一台一台、日ごと減り、出ていくたび、残った水や食料くれた。だからなんとかやれた。今思えばあんな避難生活なら、私に合ってるかも。学校ないし、人と会わなくてすむからストレスもなし。でも文子はそうはいかない。普段の生活戻って、何より働かなくちゃお金なくなるだけ。うまくいかないもんだな。
・文子の勤めてるスーパーは、しばらく休み。だからか、真剣なメールのやりとり始まった。相手は私が小学三年になる時、家を出ていった父親のアキラ。こっちの様子を伝え、金だけはきちんと振り込んでくれって念を押してたみたい。結局、最後までそこにいたのは私んち。家に戻ったのは五月に入ってから。
・あらためて驚いた。足の踏み場なんてあったもんじゃない。茶碗やガラスここまで割れるかっていうぐらい、あちこち散らばってた。テレビは真後ろにひっくり返り、テーブルや椅子も反対側の壁まで動いてた。床に引きずられたへこみ残って、舌打ちと見ざる聞かざるポーズでその場にへたりこんじゃった。
・片付け手伝った。面倒臭いのはスルー。皿やカップを布巾で拭くけど、どうしても模様が気になる。花がらにストライプ。リボンに格子。私の絵も焼き付けたいな。見てたら早くってせかされた。二人しかいないんだよ。これからもずっと。ウィズ・オア・ウィズ・アウト・ユー。たまに文子はロック調で叫ぶ。
・どうにか部屋らしさを取り戻し、文子もスーパーに行き出した。私は本読み、イラスト描いた。『世界の家』の家具の章。おしゃれな椅子。脚はあたかも背伸びした猫みたい。白基調の北欧家具なんか雪の世界。アジアだとバンブー、丸みのある竹。それに比べたら私んちゴミに等しい。なんでこんなに違うの。
・夏到来。あの日も、文子はいつもどおりスーパーに出かけ、私もテレビつけた。突然だった。ワイドショーの司会のおじさんのひきつった声。施設でのS殺戮事件。十九人を包丁やナイフで殺し、二十六人もの人に傷を負わせた。戦後殺人事件では最悪。これって本当のこと? 自分の耳を疑った。背筋がぞっー。
・霧に包まれた建物に忍び寄る一人の男の影。スポーツバックから取り出される凶器。やがてその鋭い切っ先が次々と肌を抉り裂いていく。声上げる間なく死んでいく人たち。血みどろのベッドやシーツに拘束に使ったバンド。滑って転びそうなぬめぬめの廊下。現実と想像のごちゃまぜ。ああ、憂鬱で仕方ない。
・犯人も、最近まで入院してたらしい。もし私がそこにいたら自由に動く手足を使って、助け求めに行けたか。誰より早く計画見抜き、未然に阻止できたか。いや、ぜったいやらなくちゃ。だって私は言葉が話せる。ワーッて叫ぶだけじゃなく、名前も住所も、犯人のこともくわしく伝えることができるんだから。
・二度とあんなむごいことはやらせない。自傷行為の偽物ポーズと見ざる聞かざるのフル活用。舌打ちにも磨きをかけてきたことだし。敵を翻弄させるなんて超簡単。ついでに、『世界の家』のトイレの章で得た知識。お気に入りの中国のニイハオトイレみたいに、丸見えにしてやるんだ。犯人のすべてを。
・そんなとき。また気になるやつがテレビに出てきた。長いおさげの十五歳の外国の少女。あれ、なんとなく私に似てる。四つ年下。とても生意気そう。だけど真剣な眼差し。地球の気候変動の問題、訴えている。『未来のための金曜日』だなんて。こっちの金曜はいつも地獄なのに。完璧にやられたって感じ。
・彼女は国連でも堂々とスピーチした。あせったよ、まったく。私も世界に宣言しなきゃ、S事件を起こさせないだけじゃだめ。革命を。そうだ世の中を変えなくちゃ。あの子が地球の温暖化なら私は人間の温暖化を阻止してやるんだ。体温を二度ぐらい下げて、勝利の舌打ちしてやる。世界に向かって大きくね。
・大人には任せてられない。だから私にとって、レモラは実験台みたいなもの。一日もたなかった実習のときより成長してる。今は革命という目標があるんだから。あの子に負けられない。いっそ世界おさげ同盟でもつくっちゃおうか。捜査結果はツイートで一挙に公表するつもり。だから百四十字内で書いていく。
とうとう
・年明けの新年令和二年、二〇二〇年がついにスタート。今月から研修と言っても、さすがに正月元旦からはむりで、二週目の七日から、月末三十一日まで。どんなことになるやら、ちょっと心配。文子、動揺の色なし。泰然自若。まさか。常にそわそわ、落ち着きなし。太鼓叩きまくってた。
・研修初日、玄関出るとき文子、くるっとスティック回した後、大きく振り上げフルストロークでカウント開始。カンカンカーン。なるほど、これずっと考えてたんだな。どんな形で送り出すか。私は舌打ちと二の腕バンバン。ついでに地団太踏んで、わめいてやった。うるさいー、わかったから、もうやめてー。
・送迎場所は、くらちゃんの公営住宅前。徒歩で十五分ほど。くらちゃんは小中一緒の同級生で江里口蔵人。支援学校に行かずレモラへ。話すのはできず、歩くのもよちよち。つまりSの殺戮理由に従うなら、狙われるのはまずこの子。レモラは通所だから家では安全として乗車から帰るまで目を光らせなきゃ。
・堀のやつ、今朝、開口一番私の髪見るなり、衛生キャップに納まらないからどうにかしろって言い出した。編むだけじゃなく結ってこいって。世界おさげ同盟知らないの。自慢じゃないけど十九の今まで一度も切ったことない。面接では何も言わなかったくせに今頃ずるい。イラついて何回も舌打ちしてやった。
・堀はくらちゃんちの呼び鈴鳴らすと猫撫で声で挨拶。中まで入って支えながら連れてきた。他人の家にぬけぬけと。図々しいったらありゃしない。それに甘やかしすぎじゃ。一々文句言われる私とは大違い。絶対、魂胆があるはず。気を許しちゃだめ。Sで殺したやつも最初は熱心で親切だったじゃないか。
・くらちゃんは隣で両腕をシートにつき、ウーッ、ウーッうめいて体、動かしてた。にしてもずいぶん大きくなったなあ。五年ぶりだし当たり前か。力も強くなってぎゅっと手握られたときは骨が折れるかと思った。窓に何度も頭をぶつけて平気かな。まっ、中学のときも黒板や机にやってたし、鍛えてんだろ。
・だけど、おさげを引っぱられたときはブチ切れた。ギャーッて叫んで頭を思いっきり平手で叩いてやった。堀が、すごい剣幕で車を急停車し、暴力はぜったいだめって怒ったけど。急いで荷台から座布団とりだしてパワーウインドウに挟み、くらちゃんの攻撃を防ぐ指南をあれこれ始めた。
・素早く相手の動きを察知し、手首をつかめばいいって空手の型そのもの。いいか、こうだってくらちゃんのかわりに手をのばし、私がうまくやれないと、遅い!遅い!の繰り返し。ふん、そっちが座布団、忘れてたくせに。そのうち二度ほどうまくいき、ようやく運転始めやがった。
・堀が言うにはくらちゃん、決して悪気あって髪引っ張ってない。もちろんやんちゃもあるけど試してるって。どんな人か。人柄わかってくればやめるはず。もちろん同級生だってことも覚えてるから、なおさらやってみたいんだって。ただし気は抜くなとのこと。確かにやりあってたら、引っ張る数減ってきた。
・コンビニに寄るかと思ったら、横の細い道路通って、小さな神社の境内入り口に停車。丹須倫子て人が助手席に乗ってきた。二重の瞳に卵型。笑顔似合いそうなのにちょー暗め。三年前の実習のときもいた人。皆、リンさんて呼んでる。あのときは文子に送ってもらってたから、ここから乗るとは知らなかった。
・リンさん、聴力ほとんどない。ずっとスマホやってる。私もやりたいけど持ってこない約束。代わりにバッグに本入れてある。世界シリーズ六作目。『世界のカップル』恋愛情報満載。いつもは図書館で借りるけど、これだけは文子にねだって買ってもらった。おかげで世界百九十六か国の国名と国旗覚えた。
・これまで読んだ世界シリーズは『世界の家』『世界の科学』『世界の食べ物』『世界の自然』『世界の風習』。自慢じゃないけどスイーツやお菓子、パンのことも詳しいんだから。ただ私の場合、つくりたいとは思わない。見て想像するだけで大満足。気に入ったものをイラストに描けば、お腹いっぱいになっちゃう。
・くらちゃんからすごい臭いがしてきたのは、レモラまであと少しんとこ。堀も運転しながらまずいとつぶやきスピード上げた。お漏らし、しかも大きい方。思わず汚いって叫んだら誰だってするだろうって。私はトイレでするって答えると、そういう問題じゃないって。やだあ、もう初日からうんざり。
・駐車場についた。レモラは道を挟んだ向かい側。商店街の脇道で人通りは少ない。でも私の一日だけの実習の記憶だと、昼近くには、高齢の人たちがわりかし歩いてた。惣菜とか買いにくるみたい。表のシャッターは閉まってて。裏の勝手口の方へ堀がふらつくくらちゃんの手を引いてった。
・そこから中へ入るかと思ったら、堀は、リンさんに手話で着替えの準備の指示。私にはこれ持ってといつの間に用意したのかビニール袋。勝手口を過ぎた角に洗濯機と大人一人入れそうなプレハブで、扉を開けるとシャワー室。タオルかけを握らせ、ズボンと紙パンツを下すや目を覆いたくなる光景。
・袋広げろって言われても近寄れず、あとずさりする私を堀がすごい顔でにらんだ。早くしないと、まだお腹にたまってんのが出てくるって。一度落ちたら逆戻りなし。一秒が勝負。嫌々、腕を伸ばし、ビニールに重たくなったのを押し込まれ、思わず顔むけたら余計、臭いがあおられてくるみたい。
・堀は、後ろ向きに立たせたくらちゃんのお尻から股間にシャワー当て素手で洗ってる。くらちゃんの声は大きくなって、体を激しく揺すって嬉しそう。緊張がほどけたのか、おしりから出るわ出るわ、ぼとぼと床に落ちて溜まっていく。こんな風景まじかで見るの初めて。なんだか興奮してしまった。
・リンさんが差し出したタオルをさっと受け取った堀は体をふき、次に新しい紙パンツに。踵が引っかかると破れちゃうから片足ずつ慎重に、そつない連係プレイ。リンさんが袋を指さし、鼻つまんで結ぶ動作した。そうか、そしたら匂いもしなくなるわけか。おぼつかない手で、どうにか密封完了。
・両脇抱えられ、くらちゃん、部屋に到着。リンさんから、渡されたのはくらちゃんが着てた服。なんだかむっと匂ってきそう。グーの手こすり合わせ、キツネマークで何かを指示してる。こっちはぴんとこず。痺れ切らしたみたいに外を指差し、曲げた手首でぐるぐる宙かき混ぜだした。洗濯機に投げ込めってことか。
・思わず舌打ちすると、堀からその舌打ち、いい加減やめろよって注意。私は、なんだか頭に来て服を床に放り投げてやった。堀は呆れた顔で、今度も一日で帰る気かって、攻めてきた。そうだ。ここは我慢のしどころ。むかつきながら拾うとぷいっとそっぽ向き、二の腕ばんばん叩きながら裏へ走った。
・くらちゃんは、クッションのきいた長椅子にヨガの安楽座のポーズ。両ひざに手を置き、屈伸運動してる。まるで空中浮揚を試みる修行者のよう。私もようやくテーブルで『世界のカップル』読み始めた。メンバー全員がそろうまでは、自由にやっていいって言われている。
・ページをめくってても、堀の動き監視した。朝からこんなことがあってるってことは、労働環境も条件も相当劣悪。メンバーもそうだけど、きっと堀自身、不満がかなり鬱積のはず。ひょんな拍子でS事件と同様、くらちゃんに生きる値打ちねえぞってレッテル貼って、ナイフでぶすっといきかねない。
・だけど私の結婚はいつかなあ。かわいいベビーちゃんの誕生は。『世界のカップル』開くたびにうらやましくなる。昨日も赤ちゃんの絵,たくさん描いた。名前はアストロ。宇宙。男でも女でもない。二重でブルーの瞳、髪はない。小指くらいから鉛筆くらいの十段階の大きさで皆、裸。肉づきよくて丸っこい。
・玄関に人影。一本調子でぶつぶつつぶやきながら男の人入ってきた。背高く、無表情。目が合った。えっ、もしかして新メンバー。学校の実習の時はいなかった。物珍しげにこっち見てる。私の顔に何か書いてある? でもすぐに興味なさげにルーティンぽい流れへ。だいたい堀、今日私が来るの伝えてんのかな。
・バックをテーブルにどんと置くと、右拳で左の掌ポンと叩き、体の向き変え出てった。庭に面したサッシ窓から顔が見えた。痩せ顔にメガネかけ、鼻高く彫り深し。あれっ、体操なの? ジャンプしてる。両腕を腰へ伸ばしピーンって突っ張って。イチ、ニー、サンで。爽快って感じ。しばらく見とれてた。
・次に、両手にジョウロでプランターに水かけ始めた。ハスの実ない。びゅーって二方向へすごい勢い。側溝に土が飛び散ってる。このままじゃパンジー折れちゃう。でも、またさっきの調子で体を跳ね、スキップも軽快。あれ、ジョウロ、また地面に置いて派手なジャンプ。これじゃいつ終わるかわかんない。
・気づいたら飛び出してた。ハスの実拾って。目が合ってバチッ。心臓バクバク。空気薄くなったみたい。ハスの実二つ、はめてあげた。相変わらず撒き方アバウト。でも惹かれる。これってどういうこと。ついにあらわれたの? 私のお相手。帰って文子に言ったら一言、ホールド・ザ・ライン。下がるなって。
フィクション・ファイブ
・名前は古賀丈士。歩いて来てるって堀が教えてくれた。身長は堀よりちょっと高め。かなり目立つ感じ。私の理想の外国人に近い。もしかしてカップリングできるかも。二人で住むなら北欧風家具にトイレはおがくず敷いたバイオ。皆はジョージって呼ぶけど、私はジョー様をぐっとこらえジョー君にした。
・堀からの紹介終わり、自転車でもう一人やってきた。スタンドを蹴り下す音小気味いい。グレーのブルゾンにピッタリなスキニーのデニムパンツ。おまけにベリーショートだから、てっきり男子かと思ったら、十八歳女子。彼女も私には初顔。友里みくちゃん。やるべきことを、てきぱきするって感じ。
・みくちゃんは私の右隣。おはようございますって言うからおはようございますで返したら、またおはようございますの繰り返し。ハンガー掛けからエプロンとって着替え始めた。ネイビーのギャルソン。腰紐しぼり、へそ下キュっでりりしい。座るとき、おはようございますってまた言うから今度は黙ってた。
・ハンガーに派手なフリルとリボンのついたピンクの花柄エプロン。きっとリンさんのだと思ったらさにあらず、彼女は、いかにも業務用のブラウンのH型。それからグリーンの首かけエプロンを屈伸運動止めないくらちゃんに、すっぽりかぶせた。
だとすれば花柄は一体? まさか。胸はざわつくばかり。
・期待してんだか見たくないのか、よくわかんない。まるきり時間が止まってしまったよう。ジョー君、空になったジョウロまだ振り回してる。文子がたまにベランダでやる肩甲骨ほぐす体操みたい。平泳ぎのように両手で円を描く。大きくタクト振る指揮者にも似てる。プランターはきっと濁流と洪水だろうな。
・至福の表情で帰ってきたジョー君、バッグを所定の棚に置くと私なんか見向きもせずハンガーへ。顔はほがらか、拳をポンして軽くジャンプ。堀が、部屋の中はダメだぞって注意した。思わず息をのむ。うわあ、ついに決定的瞬間。ジョー君の手は迷うことなく花柄へ。あやとりみたいなタスキに腕通した。
・裾を広げ、フリルをしげしげ眺め満足そう。おっ、今日もよく似合ってるなっておだてる堀。こいつ、ジョー君喜ばせてどうするつもり。もしかするとくらちゃんの次はジョー君。お姫様気分で油断させた隙にナイフでぐさって。向こうが用意周到ならこっちもしっかりしなくちゃ。絶対ジョー君、守ってやる。
・私も持参のエプロンに。ポケット二つ付いた撥水加工のオリーブの首かけ。ポケットには魚の群れが描かれたチャコールのハンカチ。気に入ったのは手をポケットにいれておけるとこ。堀のくれたMサイズの衛生キャップしたら、髪が多すぎてなだれ落ちちゃう。しかたなくハンカチで三角巾してごまかした。
・リビングには、くらちゃん専用のソファと事務用長机を二つくっつけたテーブルに折り畳み椅子。隣に工房。間の廊下の突き当りが事務所とトイレ。エプロンに着替えたメンバー五人、ぐるっと顔を見合わせ座った。一番玄関に近い場所に堀。ジョー君の動きも落ち着いたところで、あらためて自己紹介。
・まずはジョー君から。小声で呪文みたいにつぶやいてる。堀に促され、一応頭下げて、思い出し笑いみたいにニンマリなった。みくちゃんは、おはようございます、ありがとうございます、がんばりますとかの決め台詞だけ。リンさんは面倒臭げに手話で、鼻の上にグー作ってからパッと縦に広げて、よろしく。
・話せる話せないで考えれば標的はくらちゃん、ジョー君かな。だけどリンさん。みくちゃんだって咄嗟の反応はやばそう。と言うことは、くらちゃん入れて四人か。私の使命重大。全員に目を配るのは難しいし、体の自由のきかないくらちゃん中心に見守るしかない。あれっと思ったら私の番。意気込んで今度は一日で帰らないって宣言したけど、誰もリアクションなし。
・くらちゃんを堀が紹介したとき、スマホ鳴った。ええ、了解しました。準備はできてます。五分後にどうぞ。自信ありげに答えてる。これからテレビ局の取材クルー三人がやってくるんだって。皆はいつもどおり活動してもらえばいいって言われても、何も聞いてない私、めちゃくちゃ緊張するんですけど。
・窓の外に一台の大型ワゴン車到着。橙色のロゴで派手な放送局のステッカー入り。ドア開くや、あれこれ手にし降りてきた。堀が戸を開けると女一人に男二人。女は超薄PC手にしてる。男は肩にカメラ、もう一人はサブって感じ。既に気合十分。真っ先にくらちゃん撮り始めた。やっぱインパクトあるんだな。
・タイミングよく、雄叫び上げるくらちゃん。さっすがー。室内を一通りぐるっと回してひとまず終了。女ディレクターの桜見が、カメラマン吉木、運転兼サブの鍬田を紹介。私は緊張ほぐそうと『世界のカップル』開いてた。なにそれ、面白い本ねって、なれなれしく聞いてくる桜見をグイッとにらんでやった。
・堀が三十歳で小学教師やめ開いたレモラ、今年五周年。紹介で私も新メンバーって力説。それってどういうこと。研修じゃん。読めた。撮影のために受け入れたんだ。多い方が見栄えするから。計算高いやつ。ますますS事件の匂いしてきたぞ。文子言ってた。真実はいつもシンプル。エイ・ビー・シーって。
・いつも通りリラックスで、撮影のこと意識しないでって桜見からのお願い。それじゃあ、やるかと堀の一声で仕事開始。あれっ、いつのまに? 裾がよれよれのジャンバーから新品のコックコートに着替えてる。赤いスカーフとコック帽までかぶり。なにめかし込んでんだ。似合わないよ、まったく。
・ほら、これ忘れてるぞって、わざとらしく五人分の緑のスカーフ差し出す堀。リンさんは露骨に嫌そう。だってこんなもの、いつもやってないはず、きっと。でも他は無表情、いや一人ジョー君が、鼻の下、伸ばしでれーと。かなり好みのスタイルみたい。堀はくらちゃんの首にも巻く抜け目のなさ。
・さっそくパン作り開始。強力粉、イースト、スキムミルク、塩、砂糖と細かく計るのは堀。ばね計りに小さじで慎重にのせてる。家庭用こね機スイッチ・オン。『世界の食べ物』パン章でいろいろ知ってんだから。天然酵母でないのはガックリ。ラクダの糞で焼いて食べるベドウィンパンも知らないんだろうな。
・ジョー君の呪文、慣れるに従い聞き取れてきた。彗星の季節、さよなら天使たち、神と悪魔の間、破滅の香りとか。好きなテレビドラマのタイトルだと堀が教えてくれた。だけど全然知らない。それもそのはず。堀が中学の頃流行ったやつらしい。ジョー君、DVDも全巻揃えてるって世界シリーズの強敵現る。
・食パンの焼型を木箱から出し、内側にショートニング塗ってるジョー君。底に刷毛を伸ばし、真剣な目が素敵。美糸さんもやってみてっていきなり堀からの指示。すかさず吉木のカメラ。ドキドキ感、半端じゃない。角ぬればいいらしいけど。とりあえず、見よう見まねでやるしかないか。
・やっぱりダメ。ほらこうやるんだって何度見せられても刷毛の先を薄く当てるのが難しい。力が入りすぎてペっちゃんこに折れちゃう。だから全部ベタベタ。必要ないところがテカテカしてる。吉木のカメラはなめるように私を撮ってる。こいつセクハラ? 他にやることないのかよ。イライラはつのるばかり。
・リンさんは、あんこやカスタードクリームをゴムベラでボールへ移し始めた。みくちゃんは店舗に行って編みかごやトレーやトングの準備。一通りやらせてあきらめたか、タオルたたんでおけって言ったあと、堀は、背もたれで強く頭を打ち出したくらちゃんの下へ。額、かなり真っ赤に腫れてるみたい。
・私は気を引きしめた。どさくさに何するかわからない。だってS事件は、皆が油断したから起きたんだ。なぜ油断したかって言えば疑問持たなかったから。なんで考えないの。『世界シリーズ』見てないからに決まってんじゃん。海の向こうのこと知らなきゃ、あの子に笑われるぞ。
・にしてもあいかわらずでかいな、これ。大人が立ったまますっぽり入れそう。発酵させるホイロ。確か前に実習にきたのと同じ年に寄付してもらったんだよな。苦労して手に入れたってそのとき言ってたの覚えてる。最近は故障も多く、そのたび自分が直してるって、堀が桜見に自慢ぽく話し出した。
・モーター、ヒューズ、スパナ、動力って。こっそり聞いて思ったんだけど、いっそ、そんな部品や配線、全部とって、中にスチーマー入れたらどうかな。世界の科学シリーズの発電とボイラー編に出てたけどな。しかも原子力じゃなく風とか太陽とか水力。えへへ、我ながら自分のアイディアにうっとり。
・ホイロは、早めに動かしといた方がいいらしく、わざわざ吉木を連れ、カメラ前で堀がスイッチオン。グイーンって甲高い音。なるほど寿命はあとわずかみたい。耳鳴りだけじゃなく匂いも鉄の焦げた変なの混ざってる。これ以上、部屋にいるのはむりっぽい。でもなんとしても耐えねば。
・チンと鳴ってこね機がとまった。リンさんが生地をスケッパーで切り落とし、素早く計量。ミクさんが指を立てくるくるって回すとピンポン玉より大きめのが出来ていく。堀がまたもやってみろと催促。意外とできそうだったから挑戦したけど、やっぱりダメ。掌にべたつくは形はいびつになるはでギブアップ。
・他のメンバーは、いたってマイペース。バターロールつくりに入ってる。生地の端を左手でつかみ上げ、右手で軽く伸ばしてからのし台へ。上から下、下から上へめん棒で引き伸ばし、細長い二等辺三角形になるようにすればいいって堀は言うけど、もう、やる気は失せてゼロ。触ろうともしなかった。
・それにしてもリンさんとみくちゃん、なんでこんなことできるんだろ。生地の裏表に五本の指すべらせ、すっーと巻き上げるなんて手品みたいで驚異。堀が渋い顔してる。あれっ、またやっちゃった。いつのまにか舌打ちしてたんだ。桜見も愛想笑い。悔しいやら情けないやらで二の腕バンバン叩いてやった。
・桜見が堀のとこへ行って、皆のことを誉めてる。パンづくり上手ですね、それに緑のスカーフも決まってますて。ふん、全部やらせ。いいとこばっかり撮ってるくせに。どうせ私の舌打ちやくらちゃんの頭打ちなんか、全部カットなんだ。そろいにそろって嘘ばっかり。五つのフィクション、ここに集まれり。
百CC
・二日目。また堀に髪を注意された。結えって言うから頭の真ん中で巻き上げたら、それじゃ余計高すぎてキャップが入らないって、すごい剣幕。スマホで写真とられ、文子に即送信。困るんですよね、明日は二つ結びさせてくださいって。文子のやつ、こうすりゃぜったい邪魔にならないって言ったのに。
・『世界の風習』モンゴル編、思い出した。男の子と女の子を丸刈りにする儀式。髪は神様とつながるへその緒みたいなもの。切らないと人間界に降りてこれない。髪が強くてきれいになるってこともあるらしいけど、今生えてる髪がかわいそう。誰も先のことばかり考えて、今、目の前のことはどうでもいいんだ。
・レモラの駐車場に桜見待ってた。くらひとくん。リンさん、美糸さん、おはようって、身内みたいな挨拶。くらちゃんの手を握って車から降ろす堀。髪の一件もあってか、少々疲れ気味。どうかしたんですかって桜見声かけても、堀は大丈夫って答えるだけ。リンさんはさっさと部屋に入ってせっせとスマホ。
・おしっこまだらしいね。念のため行っとこうか。ああどうしよう。二人きりにしちゃまずい。咄嗟に手伝いますって言っちゃった。堀もさっきと違い嬉しそう。じゃあよろしくと素直な返事。守っていくって大変だな。いつ何されるかわかんないから。きっとあの少女も一度地球の温度下げるのに苦労してんだ。
・やることは昨日と同じ。広げといてってビニール袋渡された。便器立たせ、ズボンと紙パンツを脱がせる素早さと手際の良さは逸品。くらちゃんも息を合わせるように、あっと言う間に蹴って足から抜き取った。堀がくるっと巻いて粘着テープで留めたパンツは重くなってる。きゅっと結ぶ私。なかなかじゃん。
・堀は、私に礼を言ってもう一回便器に座らせてた。何も起きそうじゃないな。出かかった時だ。おい待ってよ。声がした。堀じゃない。まだそれ使えるんだろう。一体誰? 俺の毎朝の平均は百CC。この紙パンは四五〇CCまでOK。給付サービスだからって無駄は禁物。堀に注意してくれよ。
・もしかしてくらちゃん。思わず振り返った。便器に腰かけたくらちゃんウーウー叫んでるだけ。まさかね。きっと昨日からの慣れない連続で疲れてんだ。気のせい気のせい。とりあえずトイレから出て戸閉めた。でも、どこか心配。様子を窺ってるとジャーって水の流れる音。二人が出てきたときはホッとした。
・私の頭には急きょ、堀が洗濯ネット改造した衛生キャップ。顔の部分はハサミでジョキジョキ。赤いリボンテープで縁の処理。針と糸でさっと縫い付け。なかなか器用。かぶったら居心地良し。これなら長いおさげや団子頭もすっぽり収まりそう。あれこれつベこべ言う前にさっさとつくっとけよな。
・パンづくりもようやく一段落。堀みくちゃん連れ、台所へ移動。さっそく昼食の準備に取りかかった。今日は定番のカレーライス。みくちゃん慣れた手つきでピーラー使い、ジャガイモの皮剥き。スーッてすべって指削っちゃったらどうすんだろう。よくさせれるよな。一体、私たちのことどう思ってんのやら。
・心配よそに、ジャガイモ包丁で切ってみろってまたも堀からの注文。なんだよ。本当にここはパン屋か。もしかしてヘルパー養成所。とにかく切って煮込めばいいって言うからノリでやっちゃった。吉木、最初カメラ構えてたけどいつの間にか消えた。とりあえず、できたカレー食べ始めたのは一時を回った頃。
・くらちゃんは堀がずっと付きっきりで食事の介助。変なもの混ぜたりしないよね。あんまりじろじろ見んなよ。落ち着いて食べられねえ。観察する私に、あの声が聞こえたのはその時。えっ、その声はやっぱりくらちゃん。そうだよね、間違いない。どうして話せるの? なぜ聞こえるの? わかんない、教えて。
・ビートもご苦労なこったな。せっかく自由の身だったのに、わざわざこんなとこへ来るなんて。私はじっと耳をそばだてた。撮影があるから利用されてることもわかんねえのか。俺の好きなカレーにしたのもせこい作戦さ。くらちゃんを見た。カレーとご飯、口へ運ばれ、ほとんど噛まず飲み込んでいく。
・そのくらいのことわかってるよ。私も思いきって返した。だけどくらちゃんのことが心配だから。無事でいてほしいから。S事件知ってる? ナイフで首切られたんだ。お前らなんかいらないってののしられ、十九人も殺されたんだ。堀だってさ、いざとなったら何するかわかんないじゃない。だから…。
・クルーの顔が見える。それぞれメンバーの間に入り、身ぶり手ぶりで話してた。吉木がエプロンのフリルをさわってしきりに誉め、ジョー君が大きな声で笑った。息を吸ったり吐いたり、リラックスしてるみたい。みくちゃんも鍬田の隣で食べてた。リンさんに桜見が手話で話しかけても、あまり乗らない感じ。
・くらちゃんの介助が終わった堀、ようやく自分の食事始めた。そのとき、ビート、明日の朝、俺んち覗いてみろよ。面白いぞ、きっと。声は、それからぱたりとしなくなった。くらちゃん、どういうこと、面白いって何が? 何度呼んでも返事なかった。ソファが激しく揺れてた。
・研修、三日目。朝のくらちゃんち。私、早めに来た。堀は、昨日と同じ位置に車をとめてる。スロープが始まる場所。髪もちゃんと二つ結。舌打ちせずに朝の挨拶。それなら大丈夫そうだな。笑顔つくるのは苦手だけど、精一杯、声のトーンも上げてみた。全部は計画どおり。堀を油断させるため。
・もし、昨日の声が本当なら、それを確かめなきゃ。家に帰ってからもずっと気になってた。くらちゃんが言っていたこと。文子にも言わず、自分だけの秘密。堀は傾斜を小走り。私もあとを追って玄関へ。くらちゃんちの呼び鈴鳴らすと、インターフォンからお母さんの声。開かれる扉とその向こう側
・こんなもの、どうしようもないんだ。いっそ壊れちまえ。ギョッとした。心臓止まりそう。やっぱりそうだ。昨日、耳にした声が、はっきり聞こえる。耳の奥に一語一語、木霊のように響いてくる。こわくなった。あとずさりたい。でも立ち去れず前へ一歩出た。首を突っ込み、しっかり目を開いて見た。
・1LDK。『世界の家』に載ってた間取り。玄関からリビングまで見渡せる。親子二人と堀がはっきり見えた。ジョー君マネして深呼吸してみた。堀が、くらちゃんの着替え手伝い始めた。おっ、ご機嫌斜めのようですねなんて、やんわりなだめてる。エアコンから暖気が流れ、私のとこまでねっとりやってきた。
・そうなんですよ。さっきからまた頭、急にぶつけだして。お母さん相当困ってる。くらちゃんは、鏡台の額打ちやめない。よく見ると部屋の柱やタンスのあちこちにタオルが絆創膏みたいにガムテープで貼られてた。縁側に出てお母さんがレースのカーテンを開けた。光が差し、くらちゃんの顔が見えた。
・光の照らし加減で、くらちゃんが二つになったように見えた。目をこすってもう一度確かめた。やっぱり気のせいみたい。胸を撫で下した。さっ、着換えようね。堀がシャツの両袖に腕を通そうと抱き寄せた。くらちゃんうなだれてた頭持ち上げて、はっきり私の方を見た。
・へっへっ、ビート、見てただろう、俺の頭突きの威力。毎朝こうなんだぜ。箪笥や鏡台は新婚の記念だけど、こんなものいつまでも持ってたってしょうがないんだ。くらちゃんの声だ。離婚してても、レモラが休みの日、ちょくちょく俺の面倒を見てもらうため父親に来てもらってんだ。笑わせるぜ、まったく。
・あのおっさん、いっぱしの親父面して偉そうにしてんだ。できないのはわかってても、むりにスプーン持たせたり、片言でも話してみろって要求したり、まだ諦めがつかないでいるんだからな、うるさいったらありゃしない。それで俺もこうして頭をぶつける回数が増えるってわけよ。
・着替えが終わり、車に乗り込んだ。私は横目でちらりと見た。くらちゃんがこれ以上ないくらいに嬉しそうに体を揺すってた。両方の握り拳がすごい勢いで突き上げられ、満面の笑顔。シートがミシミシきしんでた。くらちゃん、って小声で聞いたけど、返事なかった。
・途中、リンさんが乗ってきても、シーンとしたまま。レモラについた。堀が、今日はえらくご機嫌だなって言いながら、千鳥足のようにふらつくくらちゃんの手を引いた。やることの内容と順番はほぼ、これまでと同じ。堀がくらちゃんをトイレに行かせ、私は丸められた紙パンツをビニールにつめ、捨てた。
・玄関が開いた。ジョー君登場。バッグを置くや拳を気持ちよく叩き、くるりと外へ。水撒き開始のための準備運動でまずは軽くジャンプ。そのときだ。イエーイ、ビーちゃま、わたくしの跳躍、なかなかでございましょ。これも初めて聞く声。まさか、ジョー君。あなたまで。そのまさかでございますよ。
・なんて気持ちいいんでしょ、ビーちゃま。本当にジョー君なの? 窓越しに話しかけたけど返事なし。外に出た。しばらく観察。そしたらやってみたくなって、飛んでた。最初は小さく、でも少しずつ高く、空に向かって。両手広げ。気づいたら堀がそばに来てて、そろそろ中に入るよう注意した。
・あれは本当にジョー君の声だったのかな。一瞬だけ、シャワーのように降りかかってきた。がっちりした大きな体。だけど聞こえてきたのはちょっとお茶目で、女の子みたいだった。声は、私の中にビンビン突き刺さってきた。なんていう日なの。朝からくらちゃんやジョー君に仰天しっぱなし。
・どう言えばいいんだろう。ジョー君がぐっと傍に来たみたいで、ずっと未知の遠くへ行ってしまったそんな気もする。声なんか聞かなきゃよかったな。そういえば文子がつぶやいてた。あいつが家を出ていった日。この世には叶うことも、どうしたって通じないこともあるって。アイム・ノット・イン・ラブ。
・それにしても一人だけじゃなく二人もってことは、もしかして私、マジに変? だけど部屋に入ってから、声はまたしなくなった。ねえねえ、くらちゃん、ジョー君聞こえる? それぞれに向かって小さく言葉に出して訊ねてみた。でも二人は知らん顔。何の反応もなし。もういい、知らないって思ったときだ。
・なんだよ。うるせえな。すかさずくらちゃんの返事がかえってきた。知らないって、私のことでございますか? 続いてジョー君も。えっ、もしかして心で思えば聞こえるの。そんなの知らねえよ。ただ聞こえたからこっちは答えてるだけさ、そうだろ、ジョージ。ハイ、そうでございます。
・ひとまず会話の方法わかり、試しにもう一度話してみた。心の中で、聞こえる? 二人、同時に返ってきて聞きずらい。あのさ、これからは、名前先に呼ぶからその人が答えてもらっていいかな。練習するよ。くらちゃん。おう。ジョー君、。サンキューです。できた! 二人、雄叫びとジャンプで応えてくれた。
愛は名言
・研修五日目、一月十一日。レモラの職員は堀一人だけど、週に一回、大路坊太と把丁スミノって大学生がやってくる。二人はボランティアサークルの仲間。堀を講師で呼んでから、ここに興味持ったらしい。ゆくゆくは運営安定したら正職員になるんじゃないかって全部、くらちゃんが教えてくれた。
・堀さん、具合でも悪いんですか。工房をチェックしてたスミノ。細めの体に早々に衛生キャップとマスク姿になってる。確かに私から見てもどことなく顔色良くないみたい。本人はなんともないって言ってるけど、微妙に辛そう。昨日、やたらと棚や工房の片付けやってたからかな。
・大路君、悪いがくらひとくんのトイレ介助頼む。僕は外回りチャックしてくるから。美糸さんは、またビニールね。筋肉質な大路は、ソファで屈伸するくらちゃんをさっと抱き起した。大路だってささいなきっかけで犯人にならないとは限らない。にしても堀の言葉づかいは疲れもあるのか、やっぱり精気ない。
・あれっ、ビート聞いてねえのか。今日は助成で当たった会話ロボットがくるんだぜ。形ばかりの贈呈式もやるんだ。大事なセレモニーの最中、俺がお漏らししたら台無しだから神経とがらせてんのさ。話し方まで上品になりやがって。だけど妙なもん当てたもんだぜ。おしっこの最中、くらちゃん教えてくれた。
・さあ、くらひとくん、今日はこのソファ、ずっと使っていいからね。ふん、とぼけやがって。だいたいお前とスミノができてることくらいお見通しなんだぞ。お前の服からぷんぷんスミノの匂いがしてくるぜ。呆れちまう。大方、あっちのアパートにいりびたって、さっきまで同じ布団にいたんだろう。
・くらちゃんをソファに下ろすなり、髪の毛つかまれた大路は、睨んで腕はねのけた。危ねえじゃねえかよ。それって虐待だろ? 俺は本当のこと言ってるだけだぜ。堀がいるときといないときじゃ、ずいぶん態度違うな。くらちゃん、あんまり刺激ない方がいいよ。ぐさってやられちゃうよ。
・ビート、教えてやるよ。奥に事務所あるだろ。忙しいとき、俺の世話が面倒になると、あの隅に低反発マットで囲いつくって独房みたいに入れちまうんだ。床も壁も柔らかいからとりあえず怪我は防げるってわけさ。だけど今日はぜがひでも贈呈式の間、ここで過ごさせるつもりだろうよ。
・あっ、それってもしかして『世界のカップル』結婚の章のアラ・カチュー。求婚された女性は男たちに連れ去られ、合意するまで監禁。ときに暴行されることもざら。だけどくらちゃんは何に同意しなくちゃいけないの。そうか。ここにいるようでいないってこと。相手の都合通りにされてもいいってことにか。
・やがて桜見らクルーも到着。駐車場で贈呈者を皆で待つことに。吉木がカメラ、鍬田はレフ板でスタンバイ。出すもの出してすっきりしたくらちゃんは車椅子。ゆっくり黒塗りセダンやってきた。まずは運転手とほぼ同時に助手席から降りるおじさん。ダークグレーの背広にブルーのネクタイで、やけに低姿勢。
・名刺を出し、基金担当の酒本だって。次に運転手に扉を開けてもらったちょっと太った人。黒の三つ揃いに赤ネクタイ。酒本が手招き、めちゃくちゃ丁寧に紹介。レゾンデートルエレクトリック社副社長の穂園。優しげな笑み。声低く、落ち着き払ってる。でも油断ならない。怪しい怪しい。
・レモラの皆も自己紹介。酒本がミカン箱みたいなのをトランクから持ってきた。御助成品と書かれたのし紙。『世界の風習』お祝いの章に出てた。アワビ伸ばし不老長寿祈ったのが由来。それがこうなっちゃうのか。部屋で外装剥ぐとハッポースチロールでカバーされたロボット。縦五十、横二十センチくらい。
・穂園は、元々エンジニア。AI機種フィリアの開発やっていたって得意顔。自信たっぷりな目でロボット見てる。ふん。私だって『世界の科学』読んでんだぞ。しかもロボットは得意分野。なんたって将来、アストロつくってやろうって思ってんだから。でも今は、なんにも知らないふりしておこう。
・自慢するだけあって、背中のパネルでそつなく初期起動の登録完了。みくちゃんが神妙な顔で一部始終見てた。私はこんなときも堀や大路から目を離さない。どさくさにまぎれ、くらちゃんに何するかわからないし。穂園や酒本、クルーの連中だって気を抜けない。監視の相手は増えるばかり。
・いよいよロボット動き出した。正式名はウェルニッケで愛称ウェル。かわいい名ですね。堀が感心してる。皆、興奮状態。十人まで顔やニックネーム、趣味、職業をおぼえて会話できる。全員、代わるがわる挨拶。ウェルはちゃんと返事してるみたい。いろいろ質問したあと、体くねらせながら。愛嬌満点。
・にしても間がありすぎるな。あれ、どうしたのかな? もしかしてウェルの声、私には聞こえてないんじゃ。動作や皆の反応はわかるけど、そのあとの空白が不気味。皆の反応との時間のズレみたいなもの。言葉が一つも耳に入ってこない。まさか。そんなことお構いなく、式の前からボルテージは上がるばかり。
・パン屋さんしてますってスミノが言ったあと、万歳みたいに両腕上げて何か答えたみたい。うれしいこと言いますね。スミノかなりうれしそう。ありがとうございますオンリーのみくちゃんに、たぶん想像だけど、ウェルもお礼で答えたのかな。またまた、みくちゃん、ありがとうございますって言ってる。
・ねえ、美糸さんもやってみてって堀。しぶしぶ初めまして。レモラへようこそ。ウェルは首を縦に。皆は拍手。大路がもっと話せと煽るように掌ひらひら。スミノが待ち遠しそうに顔を突き出してる。私は仕方なく、皆と仲良くなってね。ウェルは今度は早々とお辞儀。まるで接待うけてるみたい。
・やっぱりそうだ。私には全然、ロボットの言葉聞こえてない。どういうこと? 必死に聞こえたふりしてごまかした。皆は飽きずにまだやってる。私の不安はますばかり。ロボット来ることなんかどうでもよかったのに、いざ聞こえないと気になってしょうがない。自分だけ外へはじかれたみたい。
・一体、何が面白いのかね。くらちゃんが私の方を見た。俺たちの声もまともに聞こうとしねえくせに。ビートは聞こえなかったんだろう。その一言に心臓ドキリ。隠さなくったっていいぜ。俺たちもだから。私は何となくは…。へっ、何がなんとなくだ。むりすんな。お前は俺たちと同じさ、気にすんな。
・同じ? その言葉がどこか引っかかって黙ってしまった。だって私には言葉があるじゃん。だからS事件みたいによっちゃんたちが殺されないよう助けるため、わざわざここへ潜入してきたんじゃないか。じゃなかったら、こんなとこ来はしない。そんな苦労も知らず、同じだなんて。よっちゃんもひどすぎる。
・なんですって、ジャンプもおできにならないの。叫ぶこともできないんですのね、ウォー、ウォー。ジョー君は勝ち誇ったように両手を叩き、飛び上がった。穂園は、大うけしてるように映ったのか、いよいよ感極まったみたいに、実はとっておきの機能があるんですよとテーブルを激しく揺らした。
・えっ地震、大丈夫? お茶の準備してきた大路とスミノがあたふたしてる。ウェルはその場にばたんと倒れ、首を半回転。我がままを通そうとする駄々っ子みたい。たぶん地震、地震って叫んでんだ。まっ、これも想像だけど。防災機能をつけました。地震多発国では必須のアイテムではないかと。
・くらちゃん、イラッとしたように急に両手で激しく頭を乱打。ジョー君も大跳躍。他の皆はけっこう感心して見てるんだけど、二人の反応に穂園も困惑。堀が目を細め、なだめてる感じ。いつもこんな感じですから気になさらず。さっさと終わらせるのがお前の役目だろう。どこまで外面気にすりゃいいんだよ。
・大変失礼しました。思いの外刺激が強かったようで。穂園はあたふたとウェルを抱え、微調整がまだ難しいと弁解。すぐにパネルでスイッチオフ。皆さん、元気がよろしくていいですね。酒本が場を取り持ち、そろそろ贈呈式に移っていただければと、仕切り直すように導いた。
・そのままリビングで贈呈式。ウェルは、一番前の白布のかかった小テーブルに。壁には堀が用意した式次第。うわーっ、こんなのまで用意してたんだ。疲れるはずだよ。わかってんのかな。それが皆に災いもたらすって。あれっ、だんだんくらちゃんじゃなく堀心配してない? やがて穂園の挨拶で始まった。
・俄然、プロらしい機敏さを持ち出したのは桜見ら三人組。言葉に出さずとも場数踏んできた経験生かし、配置完了。桜見のジェスチャーや指示に素早く反応。前へ後ろへカメラワークも巧み。式の邪魔にならぬ距離間隔保ち、さながら生中継でもしてるみたいにそつない。撮影されてる間は、まあ皆、無事かな。
・今回、レモラに決定した一番の理由。他の応募者が専門用語で人工知能やロボットのこと並べ立ててたけど、ここだけメンバーやお客が楽しくなればいいって。素朴な願いと要望。かっこつけてないとこが高く評価されたみたい。堀もなかなかやるじゃん。大路もスミノも笑顔。でも他、いたって無表情。
・穂園、えらく感激してるみたい。ここは自分たちの願うフィリアの精神そのもの。実際にやってきて、つくづく感じたって。愛は数々の名言を生むだけじゃなく、愛は名言、フィリアは愛だって。吉木、ぐいっとレンズ寄せていった。穂園、またまた最後に、力強く、愛は名言。
・皆が拍手しても相変わらずくらちゃんはソファで屈伸運動、ジョー君は少し離れた場所でジャンプ。二人のタメ口が聞こえてこないのが不思議で、どこか不安。みくちゃんは座ったまま一心にウェルを見つめ、リンさんもまたもスマホいじり。SNSでもやってんのかな。聞いてみたいけど手話わかんないしな。
・式終ってからも穂園は話すことやめない。子犬型のブローカーくん発売したのが五年前。一人暮らしの顧客がターゲットだったけど、予想外に幅広い年齢層から支持。ブローカーくんなら友達持ってるってスミノ。次に発売されたのが今回贈呈されたウェルニッケくん。外形は三歳児をイメージしたヒューマノイド型。
・ブローカくんは言語機能を意識して発語重視。ウェルニッケくんは知覚面。単語は二千語近く覚えられ、時刻とカレンダー組み込まれてるから時節の挨拶や歌も歌える。歩行や立ち座りはできないけど、スイングしながら腕を左右に動かし、場に応じ首も傾げる優れモノ。文子に見せたら太鼓叩くの間違いなし。
・計画では第三弾まで考えてる。名前はシルヴィウス。それも脳のどこかですかって堀。前頭葉と頭頂葉、側頭葉を分ける外側溝のミゾ。問題はパーツ一つ一つが生き物みたいに自立し動き出せるか。どこかからの命令待つんじゃスムーズでなくなる。なるほど。S事件防ぐのも皆がそうなら対処も早いってこと?
・夢もあるらしい。バーチャル創出ロボット。仮想空間の現実化。記憶した画像を3D変換。特殊フィルターと反響板で画像と音を瞬時に再生。立体画像って、見る側の左右の視覚の感じ方の違いでできるらしいけど、一度記憶したデーターを元に両目で人工的につくるっていう、もはや嘘のような本当の話。
・スタッフとクルー一同、感心しきり。しみじみ見るとちんけなもんだぜ。ようやく、くらちゃん、ソファから立ってウェルを一瞥。これからこいつとつまんねえ毎日、過ごさなきゃいけないんだな。あっそれ、文子がたまに言うセリフ。ウエイステッド・イヤーズ。無駄な年。今はウエイステッド・デイズ!
・ねえ、これぐらいならジャンプおできになります? やってやって。ジョー君も背を屈め、遠目から窺ってた。そのあと、ウェルは店舗のカウンターに移され、お客様への初披露。かごに並べられたパンからはおいしそうな香りが立ち昇ってる。さっそくやって来た男性客が、おっ、なんだいこれっと興味深げ。
・どうぞ、何か話しかけてみてください。スミノがお願いすると少し緊張した声で、こ、ん、に、ち、はと一語一語を切る口調。ウェルは、また何か答えてるみたい。相手はたいそう驚いたよう。でも私はわからない。かわいいな。よし、そのお世辞のお礼でパン買っていくよ。
・皆、ウェルとのやりとりに上機嫌。目を細めて帰っていく姿を目の当たりに事件起きず、私も一応は一安心。穂園と酒本は、一通り施設見学し、お礼に用意していたパンの土産を手渡されすこぶる満足げ。今日中にもう一件、どうしてもすまさなければならない用があり、三時半に帰っていった。
悔い、良いーん?
・研修八日目。一月十六日。朝から文子、イラついてた。民生委員が訪ねてくるって。ひとり親世帯の調査とかなんとか。今さらなんだよ。あいつ出ていったとき誰も声もかけてくれなかったくせに。思い出してんのかすごい剣幕。ウィー・ウィル・ロック・ユー。スティック折れそうなくらい太鼓叩いてた。
・きっと民生委員も文子の罵詈雑言にまいっちゃうんだろうな。キレたら、私の比なんかじゃない。親戚の法事のとき気が利かないって注意され、周りに人がいるのお構いなく、あんた呼ばわりで吠えまくってた。よくまあ、あれでスーパーつとまるよ。似なくてよかったってつくづく思うのはこんなとき。
・今日は市民ホールでヒューマン・ライツ・フェスティバル。昨日用意しておいたパンを荷台に積んで会場へ。レモラも他の施設と並んでブースで即売。大路が一人だけ手伝いに来た。テーブルにパン並べ終わった頃、地元の幼稚園児が開会のセレモニーで演奏。お客が出入りするたびガチャガチャ音漏れてきた。
・大路の目的はどちらかと言えばパンよりウェル。担当は自分って感じで離さない。みくちゃんも負けてない。二人で大切にテーブル中央にセット。こんにちは。すかさずみくちゃん。大路も、今日もよろしくなってダチみたいにタッチ。ウェル体くねらせ返事。私聞こえないなりに、親密な雰囲気伝わってくる。
・リンさんはまたスマホ。いいな。一人許されてて。ジョー君、エントランスでのびのびジャンプ。堀にも不審な動きなし。こっそり監視続けるって超大変。向こうは私が見てるの知ってんのかな。くらちゃんもジョー君も最近、よく話しかけてくる。お互い、情報収集は重要。三人にしかない能力、フル活用。
・セレモニー終わって、ピアニカ持った園児が通路にあらわれた。引率の先生がブースに近づいてくる。お世話になってまーすって妙にハイテンション。堀もテーブル奥から出てきて挨拶。え? よく見るとみくちゃんに瓜二つ。へイ、みくちゃんママ、ジャンプはどうです?。ジョージすごいでございましょう。
・そうか。みくちゃんのお母さん保育士なんだ。最初、明るくてもあっという間に深刻に。みく、きちんとした就職できるでしょうか。何、一体いきなりこの質問。驚きを超えて意味不明。どういうこと。堀もまさかこんなところでって戸惑ってる。みくちゃん、ウェルの前で不安そう。金縛りになったみたい。
・堀もつらそう。だって毎日レモラでやってんじゃん。何見てんの。現に今パン売ってるし。それ否定すんの? だとしたら私たちは何。きちんとしないとこで働くあぶれ者ってか。ちょっと失礼じゃ。お母さん続けた。面接受けたら通りますかね。まだ一年たってないんですよ。今ここで話すのやめませんか。
・けど、早く就職しないと将来が心配で。舌打ちと二の腕バンバンむかつくむかつく。ビート、こいつ肝心な時、言い返せないんだぜ。情けないったらありゃしねえ。おばちゃま、みく様ジャンプがまだまだじゃございません。もう少しここで鍛えなきゃ。ほらこんなふうに、全身バネで飛ぶんでございますよ。
・堀顔変わった。これまで見たことない。そう、覚悟。そこまで就職させたいんなら、試しに無給で雇ってもらったらいかがですか。ダメもとで頼んでみられたら。私も声かけていいですよ。無給ですか。母親ふと我に返ったみたい。ええ、そこから判断してもらうんです。ミクさんの力信じておられるんでしょ。
・今は地道に成長見守っていきませんか。見て下さい。こうしてお客様への対応も少しずつやれるようになってきましたから。ちょうど一人パン買いに。みくちゃん、ウェルと一緒にありがとうございますで対応。わかりました。これからもよろしくお願いします。お母さん一応納得したみたいに帰っていった。
・隣のブース、少し遅れスタッフ到着。レモラとは比較にならない大きな施設のあおぞら園。職員は小柄な女性一人と大柄なメンバー一人だけ。実はレモラじゃなく、こっち監視しようか迷ったけど支援学校で実習に行った子の感想聞いて諦めた。午前三時間、午後二間半座ってフルーツキャップづくり。
・耐えられない。即思った。簡単そうで端っこそろえるの難しい。想像しただけでむり。しかも同じ場所に座っての手作業。自慢じゃないけど世界シリーズだってそんなに長く読んだことない。イラストも、アストロだって描き続けるのは不可能。監視どころじゃない。犯人見つける前に私がやられちゃう。
・あおぞら、木工班のキーホルダーとか写真立て、積み木なんか置いてってる。職員、堀に一言頼んで忘れ物取りに行った。近づいてきた利用者。ヒサ~シ~ブリ~デ~ス。背は堀より小さいけど横がスゴい。お腹でっぷりお相撲さんみたい。右手だらんとし、右足引きずって、ジャンバー肩から引っかけてる。
・ケンイチ、元気だったか? 堀、表情変えない。紹介するよ。澤健一さん。レモラできた年に三か月いたけど事情で辞めたんだ。テッ言ウ~カ、オ~イダサレ~タン~デ~ス~。目を細めニヤついてる。嘘はこまるぞ。最後は自分で決めて、辞める方選んだだろう。堀もそこはゆずらない。
・ソリャ~ソ~ダケド~。段々テンション変わってきた。ホントハ~ヤメタク~ナカッタンダ~。健一、相変わらずだな。あおぞらの方がここより若い女の子いっぱいいるから行きたいって喜んでたのはどこの誰だ。げっ、そんな理由。情けないやらがっくりするやらで、舌打ち一つ。
・相手はもじもじ。急所突かれたのか、どんぐり目で恥ずかしそうに回りをきょろきょろ。よく見たら愛嬌あるこの人。でも堀、態度変えず。それどころか厳しさ増したみたい。相手の出方、慎重に窺ってる感じ。きっといろいろあってきたんだろうな。二度と同じしくじりはしないって態度はお見事。
・ダッテ、堀サ~ンガ~言ウ~カラ。またそれか。お前、いつもそうやって人のせいにしてきたな。朝から酔っぱらってきたときも親父が飲ませてくれないとか、集金の金、黙って持ち帰った時も小遣いがもらえないからって。堀も少しムキ気味。周りの目もあるし。ここらでやめとけば。ケンちゃん可哀そう。
・フザ~ケ~ンナ~ヨ。ほら、ついにキレた。にしても早すぎ。ダレガ~泥~棒~ダ~。そうは言ってない。持って帰ったって言っただろう。同ジ~ジャ~ナイ~カ。バカニ~シヤガ~ッテ。オマエ~ナン~カ~、ブッ殺シ~テ~ヤ~ル。唖然。くらちゃん、ジョー君、みくちゃん固まってる。職員、戻ってこない。
・他のブースの人も心配そう。大路もすぐに動ける態勢。だけど堀が落ち着いてるのが救い。真面目にケンちゃん見てる。どうにかしてくれそうな気配。ケンちゃん叫びはするけど、しどろもどろでよく聞き取れない。睨み返しては凄む繰り返し。思ってもいなかった展開。殺されるのが職員で殺す方が利用者。
・そこへ割って入ったのはリンさん。ブース奥から折り畳み椅子蹴倒す勢いで飛んできて、両手の人射し指、剣みたいにこすり合わせ、右の手刀を左の掌に思いきり振り下ろしてる。リンさん、どうしてそんなに怒ってんの。そうか。そのとき唯一、一緒にレモラにいたのが彼女。一部始終、知ってんだよね。
・あおぞらの職員帰ってきた。どうしました。また澤くんでしょう。すいませんね。今度はなに? いえ別に、昔話をしてたらちょっといろいろ思い出して、なっ、健一。ハ~ソ~デスネ~。彼、酒は相変わらずですか。ええ、一度、急性アルコール中毒で入院もしたんですよ。暴露にケンちゃん苦笑い。
・ほら、いろいろバレてきたぞ。にしてもケンちゃん、あおぞらの職員には全然キレず、いったって従順。むしろその関係が不気味。自分を出せないんじゃ。なにせ大きなとこだから。強面職員たくさんいるに違いない。ケンちゃんなんか、あっという間に捻りつぶせる人が。やっぱこっち監視すべきだったかな。
・十二時でフェスティバル終了、パン完売。あおぞらの二人も一緒に昼食。大路が近くのスーパーで弁当買ってきた。ケンちゃんリンさんの横で大喜び。憧れの人だって。リ~ンチャ~ン、ボ~ク~ト結婚~シテ~。おふざけまったく相手しないリンさん。ゲヘヘって懲りてない。堀との一件もとっくに忘れてる。
・午後二半時。即売会から帰ったらさっそく車から荷下ろし。片付けがひと段落してホッと一息。西陽がどこかやわらかめ。完全に時間が止まったみたい。南向きの店舗のサッシ戸からオレンジの光がカウンターの下をちらちら。『世界の自然』で見た蜃気楼みたい。大路は車に乗せたままのウェルを取りに行った。
・前後して玄関にやってきた一人の影。ガラッと開いたら桜見じゃん。何しに? 堀はちょっとうれしそう。もしかして…。皆、裏で何やってんのか怪しいもん。編集の経過報告と放送日の確認みたい。コロナがどうしたとか、画像今一たりないとか、今日の即売会、撮れなかったのも残念がってる。
・堀は必死に催し知らせなかったことの言いわけ。知ってんだぞ。もしもくらちゃんやジョー君がへんなことしたらって、外面ばかり気にしてること。器量のなさ、全部わかってんだ。事務室によっちゃん切り離してるのも、いつかバラしてやるから覚悟しとけ。つい大きく舌打ち。堀、睨んできたけど無視。
・くらちゃんは相変わらず、ソファに両手で体の曲げ伸ばし。ジョー君もジャンプに余念なし。そう言えば、さっきネットで緊急ニュース流れたって堀、騒いでたな。中国の武漢ってとこで新型の風邪が流行ってたのは文子から聞いてたけど、そこからの帰国者が検査でバツって。ついに日本上陸したんだな。
・咽喉乾いたぜ。ビート、堀に聞いてみてくれよ。最近、ただ話すだけじゃなく頼むことも増えた。舌打ちして、くらひとくんの水分補給、大丈夫ですかって二の腕バシッでお尋ね。そうだね、ありがとう。桜見いる手前、気取って笑顔で対応。こいつ、調子いいのもほどほどにしとけよ、まったく。
・冷蔵庫覗きに行く堀。麦茶なんかケチなもん出すなよ。贈呈式のオレンジジュースがまだ少し残ってんだろう。聞こえないこといいことにかなり辛口。私は『世界のカップル』をどんって置いて一度にページ、ドサッて開いた。いやな役回りにちょっとムッっとしてる。でも何事も革命のため我慢しなくちゃ。
・なんてっても四年も長く来てるくらちゃんの情報は、何より貴重。レモラのこといろいろ知ることできるし、相手の盲点突くことだって可能かも。なんてったって重要なのは情報。知ったもん勝ちのやったもん勝ち。S事件やろうとしてる犯人の先手とっていくことが大切なんだ。
・俺が事務室で隔離されてたとき、スタッフだけでクッキー食ってたんだぜ。大路と把丁の友人がもってきた一個ごと、丁寧にラッピングされたやつさ。少し高価なときはいつも自分らだけ。なにせ決定権はすべてあいつらにあるんだからな。俺たちを生かすも殺すも勝手ってわけだ、ひゃあー、おっかねえ。
・堀はくらちゃんがそんなことを言ってるとはつゆ知らず、ソファにかけ、ストロー立てた麦茶のコップ差し出してる。くらちゃん咽喉大きく鳴らして、ごくごく飲んだ。ああ、うめえなあ。減らず口を叩くくらちゃんだけど、満足そうな顔はこっちまでうれしくなってくる。桜見は微笑ましそうに二人見てた。
・大路、帰ってからずっとウェル手離さない。溢れんばかりの笑顔でウェルを胸に抱っこ。ねえねえ、聴いて下さい。歌もうまいんですよ。さっそくリビングのテーブルに。腰捻り、両手は軽く前後にツイスト。ほら、どうですか。歌モードで適当に単語覚えさせると、リズムやメロディ勝手につけるんです。
・歌声聞こえない私。じっとウェル見るだけ。腰くねらす動きは、外へ体重かかったときぎこちない。膝曲げて、何とか持ちこたえてるみたい。レモラは地獄、世間も地獄、俺たちにゃ地獄、苦しい、苦しい、苦しいよ。くらちゃんの歌声、案外ハスキー。ウェルの腰の曲げ伸ばし、開脚に合わせ中々のもの。
・あれ、くらひとさんも歌いだしたぞ。わかったふうな大路。くらちゃん張りのある声で絶叫。大きく口開き、瞳潤んでる。ウェルの声聞こえない私には、さながらくらちゃんがウェルにのりうつって歌ってるみたい。苦しさから絶対守ってやるからね。さっきは堀の方がケンちゃんにマジやられると思ったけど。
・レモラは地獄、世間も地獄、苦しい、苦しいよ。イェーイ、イェーイ、スパーク、スパーク。ジョー君、掌を叩いて連続ジャンプ。リンさん、両手でスマホ胸に掲げ、祈るような仕草。たぶん写真撮ってるんだ。みくちゃんはウェルから目離さず、大路はウェルの真似して軽くステップし、自分の世界に陶酔。
・にぎやかでいいですね。桜見も加わった。ウェルが首をゆっくり回し、なんだか決め台詞みたいなものをつぶやいたみたい。歌や踊りに興じるうちに、ジョー君とみくちゃんの帰宅時間。ありがとうございます。みくちゃん、マイペースでサドルへひょい乗り。ジョー君もステップ踏んで歩いてく。
・残るはリンさん、くらちゃん、私と堀、桜見、大路の六人。文子、民生委員とちゃんと話しついたかな。まさか、ウィー・ウィル・ロック・ユーって、力余ってスティック、ポキッて折ったりしてないよね。後悔先に立たずだけど、悔いもあって当然、でもやっぱり、しょうがなくもないんだけどさ。
煮る花
・なんだか、嫌な予感するぜ。くらちゃんがそうつぶやいたのは堀とトイレに行った帰り。ちょうど廊下の工房の入り口。私は紙パンツの入った袋持って後ろに。くらちゃん、頭を前後に振って体、少し捻った。大路はリンさんと空になったトレーや編みかご重ねて片付けてた。桜見はジョー君のジャンプを観察。
・嫌なって? 私が聞くのとほぼ同時。壁や床がぐらぐら動き、体も横揺れし始めた。テーブルに大の字に倒れたウェルが駄々っ子やってる。じたばたうるせえな。お前より先にわかってんだぞ。くらちゃん、何度も首かくんかくんさせてる。声はいつもと変わらず落ち着いてて、肝が据わってる感じ。
・避難訓練のときの場所に急いで! 堀が私とくらちゃん置いてった。ひどいよ。そんなのあり? ジョー君と桜見を一番大きなパンの陳列棚へ誘導してる。堀も必死。大路はリンさんとカウンター下へ。あっ、ジョー君、転んだみたい。桜見と引っ張り上げてる。私、ギャーギャー言いながら壁押さえてた。
・くらちゃんの雄叫び。工房へ行け。えっ、あんなとこ? 一瞬、茫然。つべこべ言わず行け。ここから一番近い安全な場所なんだ。いろんなもの落ちてくるから、危なくない? 涙声で答える私。くらちゃん、首をさらに激しく横振り。こうならやけくそ。私もくらちゃんの手を引いて工房へ。
・あそこだ。くらちゃんの鋭い視線。まさかあそこ? その先にあるのは大きなホイロ。振動音。今にも棚に置いてあるボールや工具が落ちてきそう。確かに中なら安全かも。考え直して扉開けた。くらちゃんを先に私。少し窮屈だけど充分なスペース。真っ暗な中で音は随分小さくなった。むしろ落ち着きそう。
・揺れどうなってんだろう。中にいるとわりと感じない。誰かのスマホからの緊急地震警報の甲高いブザーと危険を知らせるアナウンスみたいなもの。床に何かが落ちる音、ボールみたいなやつが甲高く撥ねるのが聞こえてきた。舌打ちだけじゃたりず、叫ぼうとしたけど、どうにか耐えた。
・どれくらいたったかな。揺れ静まったみたい。扉開けかかった。違う。またくらちゃんの声。何が違うの。ついにイライラ極限。二の腕バンバン。隙間から漏れてくる光でくらちゃんの顔、殺気立ち、頬ひくひく怯えてる。いよいよくるぞ。その声、頭に響いた瞬間。突然、青紫と赤紫の光の渦が交互に点滅。
・足元から押し上げてくるうねり。あっ、去年の春と同じ。地震、しかも半端ないもの。どーんと落ち込むような衝撃で体のバランスが一度に崩れた。またまた突き上げてくる振動。宙に浮いてる。間違いなく。絶叫。ぎゃーって怒涛のようなめまい。早く閉めろ。大慌てで二人、ホイロに完全密封。
・扉を閉めようとしたとき、足元滑らせた私は頭を強打。あれ、どうしちゃったのかな。意識ははっきしてんだけど体が動かない。おい、しっかりしろよ。くらちゃんの声がちゃんと届くけど答えられない。くらひとー。美糸さーん。おい、お前を呼んでるぜ。むり。神経が麻痺したみたい。舌の感覚なし。
・しょうがないな。肝心の時こうなんだから。じゃあたっぷり貸しつくってやるか。聞こえてきたのはくらちゃんの雄叫びと体揺する音。くらひとくんの声が聞こえるわ、ホイロの中よ。桜見の声。扉に少し隙間あるみたい。きっと頬がひしゃげるくらいくっつけて呼んでんだろうな。美糸さんもいるんでしょう。
・くらちゃん、もう一度あらん限りの叫び。美糸さんに何かあったんだわ。急いで助け出さなきゃ。ホイロの周りに集まる気配。微妙に動いてる気はするけど、やっぱりびくともしない。リンさん、ジョー君くん手伝ってくれよ。ようやく聞こえてきた堀と大路の声。イチニノサンで行くからね。用意はいいかな。
・私、ジャンプのときしか力が入らないんでございますよ。やってはみますけど。いきなりこんなことさせられて、ジョー君困ってる感じ。やってはみますわよ。息吸ってー、吐いてー。ジョー君、ヒーヒー。苦しくなると動作やめて、また拳叩いて、飛び上がりたい気持ち抑えて何度もやっててくれてるみたい。
・もう一人いたら動きそうなんだけどな。堀の一言に私、見てきます。言うが早いか、桜見飛び出してった。残った人数で押してるけど状況変わらず。そこへ早くも桜見戻ってきた。手際よく迅速なやつ。くらちゃんのお父さんが、心配で見に来てくれてたって。皆、いっぺんに元気づいてきた。
・堀が感謝。事情説明してる。最初黙ってたお父さん、すぐに加わった。くらひと、聞こえるか。助けに来たぞ。すぐ出してやるからな。けっ、よりによって嫌な野郎がきたもんだぜ。くらひと君、しっかり体を揺すってるみたいですよ。やっぱりお父さんの声で励まされてるんですね。大路、勝手に興奮気味。
・桜見がいかにも嬉しそうに、美糸さんもしっかり。もう少しだから頑張ってって、取ってつけなような声援。お父さん加わるとホイロ少しずつ移動開始。おい、動き出してるぜ。お前、まだしゃべれねえのかよ。俺、そろそろ疲れたんだけどな。ちょっと待って。少し痛みも薄らいだみたいだから試してみるね。
・う、うう~ん。咽喉の奥から声絞り上げてみた。声帯が微かに震えた感じ。ここーに、い、いるよ。一語一語、とにかく集中。乱れたらまた、ただの息の固まりになっちゃいそう。そうだ、こんなときのためにあの得意技。渾身の三連発。今、美糸さんの舌打ちしたわ。二の腕も叩いてる。もう少しだからね。
・全身で押してるのが伝わってきた。ずるずるってホイロが移動。ようやく人通れるくらいに扉が開いた。眩しい光。堀が私の手取った。ふらふら。くらひと、聞こえるか。お父さんもくらちゃん抱きかかえ連れ出した。あとで聞いたら、南側にあったホイロが半回転し、ピタって扉が壁でふさがってたんだって。
・二人とも無事でよかったよ。端にあったパン捏ね機の台も真ん中からずれ動いてる。床にボールや焼き型など小物の道具類散乱。小麦粉も袋からこぼれ、床に扇みたいに広がってた。ペットボトルを大路からもらいごくごく。なんておいしいんだろう。くらちゃんはソファの上でお父さんがつきっきり。
・本当にありがとうございました。きっとくらひとくんの祈りが通じたんだと思います。堀が悦に入ったように頭を撫ぜ、くらちゃん、体、揺すった。ふざけんな、そんなわけねえだろ。たまたま別の用できたのに違いないんだ。もともとそういうやつなんだから。お父さん、くらひと君、じっと見つめてますよ。
・私はこれで失礼します。あとは母親がやってくれるでしょう。割り切った口ぶり。せめてお母さんが来られるまで待っていてもらえませんか。堀が、事情を知りつつ敢えて頼んでる感じ。お父さん小さく首を振り、とんでもありません。勝手に会っちゃいけないことになってんですから。大目玉くらいます。
・くらちゃんの肩へ腕伸ばしたお父さん。名残惜しげにギュッと抱きしめた。なにすんだよ、この馬鹿。似合わないことやって、気色悪い。そう言わずさせてあげたら。お父さんもうれしいんだよ。私が思った瞬間、くらちゃん一際大きな雄叫び。片言でも話せたらなあ。お父さん、しゅんとしてまた抱きしめた。
・堀、黙って親子見てた。じゃあ、お父さんが来られたこともお母さんには言わない方がいいんですね。帰り際、念入りに確認してる。お父さん、こっくり頷き、去ってった。ふん、どうせ話せたら話せたで煩がるに決まってんだぜ。ビート、あいつらはいつも自分の都合ばかりで生きてんだ、よく覚えとけ。
・文子が迎えに来てくれた。震度5弱。春先の6強の余震。つまり残ってたエネルギーが暴れて出てきた。引っかかってたとこが欠けてポンって外れたってわけ。だから揺れ方もあのときとちょっと違い、ホイロが動いたのもそのせいみたい。とにかく家の方はわりと揺れなかったので一安心。
・文子の得意。小太鼓叩くだけじゃない。実は和食。花煮てつくる。なんてエレガント。ジョー君が水撒いてたパンジーだって食べれるんだ。『世界の食べ物』にも出てた。エディブル・フラワー。我が家で使うのは食用菊。酢を入れてゆでると鮮やか。仕事場でもらってきた小菊を和え、たくさん作ってくれた。
・ザルにあけ、流水で冷ました菊ってちょうど大根やニンジンの細切りみたい。煮花。煮草、煮石があったりして。今ごろ堀たち、レモラの片付けやってんのかな。桜見私が帰るとき、職場へ戻ってった。携帯で連絡とったり、慌ててたもんな。ジョー君は、おじいちゃん迎えに来た。ニコニコ笑顔の優しそうな人。
・お浸し食べながら、ふと、今日の地震って本当にあったのかわかんなくなってきた。贈呈式の穂園の話、思い出した。ロボットが記憶した画像データに自分の両目の感覚の違いを加え、深みとか奥行を人工的につくり立体化するってやつ。もしかして今日のもそうじゃ。
・だって、そもそもいつも見てる景色が本物か偽物かなんてどうやってわかるの。その違いもはっきりしない。ほんというといつも適当なんだ。堀とか色々教えてくるけど、わかったふりしてるだけ。だってあれこれ言われても、もともとそれが本当か、よくわかんない。地震もあやふやになってきた。
・ただし、確かに揺れが始まる瞬間、小さな隙間から光の混じった何かがあらわれたような気がした。ウェルが記憶してたものを映し出したのかも。だって、あいつカウンターから落ちたあと、リビングや工房見渡せる角っちょに偉そうに両足投げだしてたし。くらちゃんのお父さんだって本物かどうか疑わしい。
・穂園言ってた。仮想現実は恐ろしいって。実際は映像と音だけなのに、受け手の心理状態で色や匂いや重さとか、そこにないものまで感じさせる。つまりはすべて〝思い込み〟。勝手に想像して信じ込むことで仮想に仮想が上乗せされ、そこにないものまで見えたり聞こえたりするってわけ。
・大路とみくちゃんがそうじゃんか。ありゃあ、ウェルに感情があるってぜったい思ってるよ。実際は言葉や相手の表情を単純にアルファベットや数字になおして、いろんなパターン増やしてるだけ。たまたまこっちと合ったとき、思いが受け止められたって錯覚してるだけなんだけどなあ。
・地震なんてとんでもないものまで、イメージが膨らんで、現実以上の恐怖が生まれてるだけじゃないの。ぎゃはは。笑える。我ながら面白い推理の完成じゃん。これくらいのことでまごついてS事件防げるのかな。もしかしてあの犯人も自分で自分の想像にはまりにはまって、倍の倍にしてたのかもしれないね。
・文子がおひたし出したあと、太鼓持ち出して歌い始めた。スメルズ・ライク、ティーン・スピリット。ハローハローって。アワー・リトル・グループ、一体何。私やジョー君、リンさん、くらちゃんにみくちゃん? ビッグ・グループにやられたくない。大地揺れようが、私があいつらに恐怖伝染させてやるんだ。
レッド・クリペリン
・一月二十五日、金曜日。研修十五日目。一日でドロップアウトした学校実習とは雲泥の差。S事件防ぐ使命感、まだ消えてない。くらちゃんとジョー君の声に最初、驚いたけど、今では私の味方。折れそうになる時励ましてくれる。心強い限り。内部事情も提供してくれるし、それで今日までやれたんだ。
・ただしちょっと不安なことも。たまに聞こえないことがある。こっちが強く求めるとき。二人の声や考え聞きたいとき、心で尋ねてもうんともすんとも言ってこない。何でだろう。前兆はあった。地震で頭打った傷みが少しずつ取れたあたりから。なんか声小さいって言うより、薄くなってきた、そんな感じ。
・今日みたいな教室じゃない外での活動だと、けっこう聞こえるんだけど、壁で仕切られた部屋は、一語一語が反響し合って聞きずらい。最初は、それでも耳澄まして聞いてたけど、だんだん根気なくなってきた。疲れかな。二人の方はどうなの。今、私が思ってること、前と変わらずちゃんと耳に届いてる?
・反対に聞こえてきたのはウェルの声みたいのもの。最初、なんだかさっぱりわからなった。テレビそれともスマホ。でも少しずつはっきりしてきた。ウェルの声って納得したのは少ししてから。確かに体の動作とうまくかみ合ってる。もっと金属音ぽいかと思ったら意外に滑らかで優しい。
・ついこっちも声かけたくなって来て、でもやっぱりそれしたら、くらちゃんとジョー君と二度と話せなくなる気がしてやってない。おはようございます。みくちゃん、かなり友達になってるみたい。そう言えば、よくウェルの前にいるもんな。ちゃんと返事してくれるし、みくちゃんには良いお友達だろうな。
・畑には桜見たち来てた。いよいよ取材撮影も今日が最後。短いトピックつくるのも大変なんだな。長靴はかされ、さあやるぞって、堀お得意の掛け声。畑の収穫するって。大根とカブ、白菜。くらちゃんは厚手のジャンバー着て、車椅子から見学。快晴だから、とりあえずは風を受け気持ちよさそう。
・ウェルも参加。一輪車に立ってなんか言ってる。ウーアーみたいな感じ。畑は昨日まで雨だったから、だいぶゆるんでる。足入れたらなかなか抜けない。笑えって言われてもできない。そりゃそうだよ。こんな作業、支援学校の時もやらなかった。て言うのは半分嘘。やるにはやったけど私一人やらなかった。
・なぜって。別のことに夢中になってたから。虫探し。しかも一種類だけ。ミミズ。大好きなんだ。あのくねくねした姿見たらほっとけない。伸縮自在。棒切れでどんどん掘って集めるんだ。触った感触もたまらない。地面に置いたままだと、這って逃げちゃうからある場所に溜めてった。
・それりゃ、あのときの担任、すごい声だったよ。あの日も今日と同じ天気のいい日。ただし冬じゃなく夏休みに入るちょっと前。だから空ももっと濃い青さ。クラスは五人。他の子はナスビとかきゅうり、ピーマン収穫してた。私はせっせとミミズとり。背中からいきなり、担任のけたたましい声。
・掘っては捕り、捕っては投げ込んでたからなあ。一輪車覗いて仰天。うじゃうじゃ状態。しかも鉄の荷台は直射日光もろ受け素手で触れないくらい高温。柔らかい肌のミミズちゃん、溶けてべたべた汁出して貼りついちゃってた。中には干乾びてるやつまで。結構、早く死んじゃうんだな。あわれ感、しみじみ。
・新採の若い女教師、なぜかそれから学校来なくなった。ミミズの団子状態とドロドロとぐちゃぐちゃがトラウマになっちゃったみたい。今日の畑、季節も関係するのかミミズあんまりいない。いても小っちゃくて細い。それって私と同じ? 昨日、お風呂前、体重計ったら三キロも減ってた。喜んだ。
・でも、いつだって油断禁物。絶対に事件、起こるときは起こる。順番に大根を引き抜いてと桜見の指示。吉木がカメラにおさめてく。ふん、またやらせか。くらちゃん不貞腐れ。面白いですわ、ここでのジャンプ、ずぼっと感がたまりません。ジョー君ぬかるんだとこわざわざ選んで靴やズボンも泥だらけ。
・堀、耕運機もってきた。家庭用みたいだけど馬力はありそう。エンジン一度切って、桜見とひそひそ相談。えっ、大丈夫ですか? やってみましょうって、なんか嫌な予感。早速、もう一度、エイヤーって紐引っ張ってエンジンかけた。つまみひねって出力調整。撮影のためだと俄然張り切る単純なやつ。
・真ん中に伸びた長いレバーをがくんっと入れて前進。ゆるゆるだからタイヤは土にめり込んでべったり。進めば進むほど底なし沼に沈んで行くみたい。堀の長靴もあっと言う間に泥の中。このまま腰、首って消えてったらどうなるの。畑仕事ってこんな日にやるもんじゃないよね、きっと。
・ここからがヤバイ展開。一人一人にちょっとずつ耕運機させること思いついたみたい。危険だよそれ。でも堀はやる気満々。桜見も、どうですか、土の状態? やれそうならお願いしますって、責任放棄の丸投げじゃん。おい、ビートやめさせろよ。くらちゃんが車椅子から身を乗り出し抗議。
・ジョー君グーを思いきり掌にパンチ。それが調子良さに映ったみたい。まずはターゲットに。こんな畑じゃジャンプもできねえぞ。野郎つけこみやがって。ハンドル持たせ、堀がスタートレバー、ガチャ。動き出した。ジョー君、こわごわ。あれれ、でも楽しそう。桜見大喜び。吉木も鍬田もほくそ笑んでる。
・どうでございますか。一世一代の晴れ姿。素敵でございましょう。こんなもの、いつもやってるジャンプと比べたら大したことじゃございません。カメラさん、しっかりブレさずと撮ってください。ジョー君、味出てるよ。手足のバラバラ、行き当たりばったり感が満ちてても、その姿がなんとも健気。
・堀がさっと横に行ってレバーを後ろへ。次はみくちゃん。さっそく指名されありがとうございます。でも声は震え、少し怯えてる感じ。大丈夫かな。がんばってって桜見が応援。みくちゃん恐る恐るハンドル握った。堀がレバーオン。ゆっくり動き出す。土柔らかいからか、速度が遅いのが幸いしどうにか成功。
・リンさんは意外に積極的。自分から耕運機の前へ。堀もここを動かせば前へ進み、こうすれば止まるって、全部教えてる。リンさんなら、やれるって踏んだんだ。吉木も、このシーンはと思ったのか進んでくる正面にカメラ構えた。いよいよゴー。リンさん自分でレバーオン。耕運機しっかり土を噛んでる。
・堀が腕を振り下ろし止まるよう指示。リンさん、落ち着いて操作してしっかり停止。カッコいい。まるで本物のお百姓さんみたい。桜見、何度も右手で左腕をなでおろしてる。上手って手話。桜木と鍬田も真似してる。リンさん、恥ずかしそうだけど、笑顔。見たことないぞ、こんな彼女。畑仕事向いてんじゃ。
・最後はいよいよ私。舌打ちの連発。桜見はもう画像は充分って顔で見てる。私、腕や体バンバン。堀、皆にやらせることを主張。変な平等論。仕方なくゴー。ギャアア。耕運機後ろへ動き出した。あわや、轢かれてつぶされそうに。慌てて堀が緊急停止レバー引っ張った。ギアがバックのままになってたみたい。
・これって殺人未遂。恐ろしいよまったく。過失に見せかけた未必の犯罪。いよいよ正体出してきたな。一人一人この手でやるわけか。桜見も泥を飛ばしてやってきた。ふん、どうせあんたも共犯のくせに。吉木と鍬田は一応、一部始終、撮ってたみたい。よし、これでいざというときの証拠になるぞ。
・すいません。くらひとさん真ん中にして、野菜をもって集ってもらえませんか。最後は皆でいかにも和気あいあいの記念撮影。すっかり耕運機殺人未遂事件はなかったかのよう。水に流そうなんて、そうは問屋がおろさないんだ。桜見たち充分に撮影できたことに満足そう。やり遂げたって感じで帰って行った。
・レモラでズボン見たら泥だらけ。上着はジャンバーでカバーできてたけど、きっとシャツのままだったら中までシミだらけになってる。斑な汚れ見てたら嫌なもん思い出した。支援学校で私だけ検査された。教室から飛び出すの毎日だったから。実習始まる二年の時。へんな検査。ロールハッシャとクリペリン。
・カードは、白黒五枚と赤が混ざったのが二枚に、めちゃくちゃ派手な色のが三枚。一時間くらいかかったかな。何にも見えなかった。それが私の回答。何見ても感情がわかない。ただそこに絵があるなって感じ。いや、それさえない。無。私の性格、結局どうだったんだろう。一言も教えてくれなかった。
・もう一つはクリペリン検査。十五分して五分休み、また十五分の足し算。鉛筆で手の甲は真っ黒になるけど、目の前はだんだん真っ赤になってく。夕日みたいに熱く熱く。もう体力の限界。体が固まって動かない。そのうち計算やめイラスト描いた。太陽に向かってゴーってふうに。レッド・クリペリン。
・怠けたつもりじゃないのに周りから非難の嵐。説明したら言いわけにとられちゃう。自己中で自分勝手。それが私。世の中、事実と違う、辻褄合わないことばかり。検査受ければ治ると思ったのに全然じゃん。一体何のためやらせたの? 今もって意味不明。何が進路指導部だ。あいつらも革命してやれ。
・くらちゃん、今日はかかりつけ病院の定期検診日。お母さん迎えに来た。お母さん、最近、痩せてきたんじゃ。顔色も悪いし。離婚してもお父さんとかかわらなきゃいけないんて、なんか残酷じゃ。思いつめなきゃいいんだけど。堀と立ち話の相談も増えてるみたい。堀、そろそろ隙狙ってんじゃ。心配。
・帰りの車、座席一人分空いたから、リンさんと私にジョー君。服が汚れたこと親に詫びとくんだって。最初からわかってりゃあ、私だって着替えぐらい用意してたのに。完全な堀の連絡ミス。あっという間にジョー君ち。かなり大きな家。壁がピンクってしゃれてるじゃん。門の横に古賀工務店の白地に黒の看板。
・おじいちゃん一人いた。堀、わざわざ私たちまで降ろして紹介。とにかくこいつ、こういうアピール大好き。私もまあとりあえず舌打ちせず参加。どんな家か興味あるし、もしかしたらおやつくれるかも。甘いものには目がないんだ。おじいちゃん、ジョー君の服の汚れ、全然気にしてない感じ。
・おやつの期待値はゼロ。堀が一歩下がって帰ろうとしたら見せたいものがあるって引き留められた。こいつはこんなときも絶対断らない。アピールの延長。いいカッコしい。案の定従うことに。もちろん私たちも一緒。連れて行かれたのは母屋から少し離れた見晴らしのいい丘。へえ、こんなとこあったんだ。
・コンクリの杭と鉄線で囲まれた五メートルくらいの四角い枠。その中に御影石の立派な墓石。お供え物も置いてある。まさかあれをくれるんじゃ。さすがにノーサンキューですぜ。鉄線は野良猫や犬にやられないよう電気が通ってる。触ったら危険。なんだかおっかなくなってきたぞ。ジョー君は慣れてる感じ。。
・囲いの隣に入口みたいなの。地面から突き出たコンクリに鉄の扉。まさか、オーストリアのオパール産地、クーバーペディの地下の家。『世界の家』で見たやつ。鉱山で働く人たちは猛暑から逃れるため地下の採掘跡に家をつくってんだ。いいなあ。私も一生そこで暮らせたら嫌な思いもせずにすむのに。
・急にわくわくしだした。外は五十度近くても中はひんやり気持ちいい場所。おじいちゃんは宝石商? イラストでこれまで宝石たくさん描いてきた。美しいだけじゃダメ。数が少ないことと、耐久性、つまり硬さ。噛んだら歯が折れるくらいの。ダイヤモンド、ルビー、サファイアでオパールは真ん中あたり。
・おじいちゃん、大きな手で南京錠に鍵入れた。鎖穴から抜き取ったらサビでボロボロで耳ざわり。だけど扉の向こうはオパールの虹色の世界じゃなかった。ほぼグレイで薄暗くて見えない。肌を撫でる冷たい空気。肩幅より少し広い空洞。十段ほどの階段。足元大丈夫かな。この奥ですよ。ジョージ、行くぞ。
・そういえば文子叫んでたな。私が、嘘ついて、もの投げて、睨みつけて、泣きわめいて、謝らなくて、扉バタンと閉めたとき、ステアウェイ・トゥー・ヘブン!って。階段なんかないのに、何言ってんのって感じ。でもあれは天国なんかじゃない。地獄なんだ。ヘル。今降りてるこの階段がもしかしてそうかも。
・普段あんなにステップして、激しく飛び上がってるジョー君、おじいちゃんと一緒だとすんなりついてってる。高い背を折り曲げて壁に手を当て、まるで別人みたい。リンさんの後に私、そして堀。通路はやがて平行に。しゃがんで通らなきゃならないから四つん這い。どうせズボン汚れてるから平気平気。
・五人で秘密の地下道進んでるみたい。それとも切り離された別次元へのタイムスリップ。誰も行ったことない異世界へ。そこ過ぎたら木製の鎧戸の扉。隙間から光漏れてきた。おじいちゃんの頭の向こうに四畳半ほどの部屋。蛍光灯がまぶしい。外のどこかにあるスイッチを前もって入れてたんだ。
・部屋にはパイプベッド一つだけ。他に家具も宝石で散りばめられた飾りもない、ただのコンクリートの壁。でもなぜか落ち着くのはどうしてかな。ジョー君はシーツに頬寄せ撫で始めた。横になって気持ちよさそう。週に一度、一緒にここに来てるから自分の部屋みたいなもんだって。おじいちゃん笑顔。
・深い皺がたくさんあって、日焼けした顔が親しみやすい。堀はただ沈黙。リンさん、ベッドの端に腰かけた。おじいちゃん話し出した。いつ核戦争になっても大丈夫なように一人でつくったって。戦争って聞いてドキッ。やっぱり起こるんだ。五十度どころじゃない。爆心内部二百五十万度で、ざっと五万倍
・思わずおじいさんの顔じっと見た。この人も革命者。私と同じ、やるーっ。戦争起きてからじゃ、ジョー君連れお父さんとお母さん逃げるのむり。小さなシャベルカーで一堀りしたとき、ここまでやれるとは思わなかったとしみじみ。ジョー君よかったね。返事なし。ジョー君の言葉すっかり聞こえなくなった。
美糸留守
・一月二十九日、オン・エア。ちょっぴり不安。どんなになってるか。家で文子と見ることに。あいつもそわそわ落ち着かない。夕飯の準備してからスティック片手に炬燵にてやって来た。まだ叩いてない。大丈夫。私も舌打ち止めてる。お互い気持ち抑えるのに必死。時間が近づくにつれ、なんだか緊張してきた。
・トピックは〝夕方十八番〟って時間とおはこ掛けたやつ。いよいよ始まった。男女の司会者横並び。福祉作業所、震災にも負けずっだって。いきなり畑仕事から。これじゃ、時間が逆じゃん。次にウェルの大映し。がんばれー。テレビの録音だからか、声はっきり聞こえる。違和感なし。
・眩しい光の中、車椅子のくらちゃんの屈伸運動と雄叫びのあと、耕運機。動かすのはリンさんとみくちゃん。うまく編集でつなげてる。私出てこない。文子冷静。スティック握ってるけどテーブルにそえてるだけ。画面釘付けって感じ。私はつい舌打ち。何、期待してんの。こんなものどうでもよかったんじゃ。
・場面は、ナレーターの声で進行。一転して皆でのパン作りへ。私、ついに出てきた。どんな顔? 心配。だけどほとんどジョー君の陰に隠れて見えない。ほとんどが横と後ろ。食パンか菓子パンか、何つくってんのかさえわからない。目立ってんのは堀が、洗濯ネット改良してつくった特製の衛生帽だけ。
・文子のスティックそろそろ動き出した。悪い兆候。番組の音楽も盛り上がってきた。もしかしてもうフィナーレ? 食事の風景は。トイレでの手伝いは。紙パンツつめた袋持ってるとことか皆なし。やっぱりカット? そうだよな。あんな場面、夕飯時の茶の間に流せるはずないもんね。
・ウェルの贈呈式もさらりと説明。穂園と酒本の温和な顔の次に堀の大映し。手話で〝花が咲く〟やってる。両手のグーすり合わせ、ひねりながらパーって開く。レモラで大輪の花、皆で咲かせたいんだって。こんなのいつ撮ったの。しかもリンさんまで手話。堀の声、少し震えてる。感極まった演出。
・カメラはそこからズームアップしてまたまたウェル。隣にはみくちゃん、ジョー君、くらちゃん。そしてえっ、私は? ぎゃっ、『世界のカップル』わざわざ顔の前出してる。思い出した。あのときこの本紹介したいって言い張って、宣伝したんだ。堀も桜見も折れたんだっけ。顔、見えない。
・表紙は中国のカップル。会社のくれるデート休暇、お見合い広場に両親同伴。日本もデート休暇をって言いたかったんだけどな。これじゃ、日中友好の呼びかけだよ。今の日本じゃ絶対うけない。ふと浮かぶ少女の顔。そうだった。人間の体温一度落とすのが私の目標。ビートよ、弱気になるな。
・ありがとうございました。みくちゃん、丁寧にお辞儀。ジョー君ジャンプ。くらちゃん、雄たけびに図鑑で隠れた私。最後はウェルのアップと遊びに来てねコールにお待ちしていますの合唱。何んだかこれ、印象としてはウェルが主人公で私たちは引き立て役。レゾンデートルエレクトリック社への忖度かよ。
・番組終わった。提供にやっぱりレゾン社。文子キレた。スティック捌き尋常じゃない。炬燵台、今やライブハウス状態。『世界のカップル』最終章、日本編を読めずふてくされる私。連続舌打ち開始。スティックと舌の息詰まるセッション。一触即発。どちらの心にもあるのはおそらくこの一言、なめんなよ。
・にしても苦労も知ってる私。堀は堀でよくやったんじゃ。みくちゃんのお母さんに詰め寄られ、ケンちゃんに怒鳴られ、地震では皆を誘導し、振り返ればやることはやってきたってとこも認める必要が。いやいや、これがやっぱり問題。ここまで安心させといてからが、まさしくあのS事件の始まりなんだ。
・それでもついつい、あんまり堀さんのこと悪く思わないで。まずかった。文子の最終スイッチ・オン。この顔何度も見てきた。制御不能の豹変の顔。逃げたアキラの気持ちもわからないじゃない。こうなったらだれにも止められない。パッと携帯手にボタン操作。予備出し音。スティック離さない。
・相手はもちろん堀。あんた、美糸バカにしてんでしょう。いい加減しなさいよ。いちいち髪切れだの、太るから食事気をつけろ、言葉づかいよくないって、こっちの迷惑も考えず、うるさいったらありゃしない、何、今日の番組。美糸泣いてますよ。もう行きたくないって言ってます。美糸絶対嘘つきませんから。
・あれじゃ、いないも同然でしょ。美糸、留守してるも同じですよ。ふざけんじゃないわよ。美糸ちゃんといますから。レモラに行ってますから。そっちがそうならこっちも考えあります。レボリューション。そう、レボリューションします。え? なんですって。ああ、もううるさいうるさいガチャと切ったのだ。
・それからすぐに文子の顔色変わった。もう一度、慌てて電話。出てこない。何伝えたかったか、もはや不明。コール鳴るばかり。レモラ行くのは無? あと二日で試験期間終了だったのに、それも夢の泡。諦めかけた時、熱い願いムクムク。そう、レボリューション。文子も同じなんだ、革命。美糸留守しちゃダメ。
・もし堀が逆切して、くらちゃんに八つ当たりしたらどうしよう。くらちゃんだけじゃない、リンさんやジョー君やみくちゃんいたぶったら。めちゃくちゃののしったあげく殺しちゃったら。S殺戮事件の未然防止どころじゃない、私と文子が元凶になっちゃう。それだけはなんとかして防がなきゃ。
・革命はレモラだけじゃだめ。人のいざこざ、きれいにしなきゃ。私の力で。私はここにいる。留守なんかじゃない。毎日生きて存在してる。忘れさせてたまるか。カットされてたまるか。そうだ、次は桜見の放送局だっていい。あんなおべっか編集の巣窟、許しちゃダメ。明日、堀にちゃんと伝えよう。
・次の日まで時間めちゃ長い感じ。眠れなかった。明け方うとうとして寝坊。文子知らん顔。残酷。十分くらい遅れて家を出た。公営住宅のくらちゃんち。あっ、玄関開いてる。そりゃそうだよね。今頃くらちゃんの着替えすんでるだろうな。謝らなくちゃ。珍しく素直な気持ちで中へ。
・驚きというより恐怖。まさに緊迫した空気。恐ろしい。足すくんだ。布団で仰向けになったくらちゃんの胸にまたがったお母さん。手は首にかかり、後ろから引き離そうとする堀。まさに二人とも必死の顔。ついに起こった。レモラじゃなく、くらちゃんち。S事件の模倣犯。ただし犯人は母親。
・まさかまさか。くらちゃんのお母さんが。紙一重で堀来て、合い鍵で開けて助けたんだ。引きはがされたお母さん、狂ったように泣き出した。これだけ聞き取れた。最近ずっと調子悪くて。自傷も止まず、どうしていいかわからなかった。でも首に手かけた途端、パタリと抵抗やめた。だからできなかったって。
・堀も泣いてる。大粒の涙。嗚咽。どうして、どうしてですかって。何度も畳叩いてる。悔しそう。苦しそうに。ようやく私に気づいたみたい。なんでもないんだ。美糸さん。大丈夫だからね。心配いらないよ。くらちゃんね、元気だから。お母さん具合悪くて、抱えようとして立ち眩みで倒れちゃったんだ。
・私は駆けた。こんなの嫌だ。堀じゃなかった。殺人者はお母さん。助けたのが堀。嘘だよ。どうして。あべこべじゃん。くらちゃん、お母さん乗ってきたときどんな気持ちだった。殺してほしいって思ったの。どうしてやめろって力いっぱい頭突きしなかったの? お父さん、なんでこんな時、来てくれないの。
・二人の形相見てて思い出した。私が五歳の時、当時住んでたのは団地。公園があって桜が満開に咲いてた。幼稚園、ちょっとだけ行ったけどすぐに休んだ。毎日の楽しみはミミズ探し。桜の下の湿ったところ。赤い小さなスコップと緑のお皿。知らない男近づいてきた。ポケットからたくさんのミミズ。
・もっといるとこ知ってるよ。あっちに行ってみない。掌からはみ出しそうな大きなやつ。お皿には短くて小っちゃいのばかり。だからついてった。ここだよ。道向こうの竹林。笹の葉の向こうに団地。これなら安心。夢中で探した。枯れ葉をどけ、土を掘れば掘るだけ出てきた。かわいいね、かわいいね。
・ミミズ。ミミズ。そう、かわいいよね。私もその言葉大好き。笑顔が自然とわいた。文子にも、アキラにもそんなにたくさん言ってもらったことない。ますます安心した。とれるだけとった。大好きなミミズ。アースワーム。地球の虫たち。私がご主人様。だけど違った。男がかわいいのは私。体に男の手。
・そのあと記憶ない。気が付くと目の前にお巡りさん。私を見下ろすように仁王立ち。それからまた記憶ない。消えてはつながる映像。私でない誰かの話のよう。次は病院のベッド。素っ裸で寝かされてた。ライトを当て医者があちこち調べてた。隣りには二人と同じ鬼の形相で睨みつける文子。アキラいない。
・そうなんだ。走りながら思った。私たちずっと前から殺されてたんだ。堀にじゃない。あの男からでも母親でもない。生まれた時からずっとこの世にいなかったみたいに。望まれない存在、それが私たち。この世から消される心配より、この世に生きる心配しなくちゃ。だってそもそもいないも同然なんだから。
・その日、WHOがコロナの緊急事態宣言。今さら、どうしたって言うの。私たち毎日が緊急事態宣言。生まれて死ぬまで、永遠に。安らぐときなんてないんだ。舌打ちに次ぐ舌打ち。自傷他傷おかまいなく、やり続けるしかないんだ。いつ殺されるかわかんないんだし。親だって信用できないし。
・新型コロナ、正式名称はコビッド・ナインティーン。COVID19、それって私の名前にそっくりじゃん。これ偶然。文子とアキラ、どちらがつけたにせよ、一応ナイス。これからの目標はレボリューションよりインフェクション。だって苗字は「湖」で「こ」。そう、私の名前は湖美糸。あと三か月で二十歳の十九歳女子。
地味変
・お母さん、これが美糸さんの今回の検査結果です。えっ、ここどこ? 施設、それとも病院。堀先生、いろいろご面倒ばかりおかけして。確かに目の前にいるのは堀。文子やけにペコぺコ。電話でがなり立てた迫力どこやった? 見渡したら壁に絵や習字。アストロもいる。本棚には『世界シリーズ』ずらり。
・二人ともマスク。堀はクリアタイプ。文子はウレタン素材の黒。私は? 口に手を持ってって、伸ばしたら不織布の階段式。けっこう広がってピタっと収縮。耳を澄ましたら遠くで誰か唸ってる。もしかしてくらちゃん、それともジョー君? あれ、窓の向こう廊下かな。リンさんとみくちゃんスーッて通り過ぎた。
・ロールシャッハやクリペリン検査と合わせ、学校専属の心理士の柱先生の口頭での質問と回答、あとは行動から分析させていただきました。学校? 心理? 行動? それにしても驚いたのがこのノートの中身です。柱先生もこれまで見たことのない症例だと。ええ、家でも部屋にこもって熱中してましたし。
・スマホは学校では禁止ですが、ご自宅ではどうですか。はい、家でも与えてません。寝ずにやるのはわかってますから。でもそれがかえって悪かったかなと。ツイートって百四十字なんですね。内容はともかく、よくあれだけ書いたなって。おいおい文子感心してる場合かよ。お前の親バカ度も試されてんのに。
・クラスの子の命を狙う犯人に私がなってるんですよね。堀、薄く苦笑い。ところでお母さん、太鼓は? ここで反撃か。文子もちょっと不愉快そうに首振った。ねえ美糸、一体なんでこんなもん書いたの。先生もお母さんもあなたが少しでもいい方向へいってくれたらって願ってるんだけど。私黙って下向いてた。
・それにしても実習をどうするかより、気になるのはやはりこの五歳時の事件ですね。お母さん心当たりは? 起こるはずありません。幼稚園に行かなくなってからも、ちゃんと私が見てました。一人で遊ぶなんてとんでも。ねっ、そうでしょ。私見た。舌打ち一回。堀もこれ以上は聞きづらい内容だけに黙ってる。
・だけど目の前に広げられたノート、ほんとに私が書いたの? 文字列も一定ならボールペンの筆圧の濃さもほぼ同じ。ずらり並んだツイート。もし口から出まかせで書いたとして、何の役に立つんだろ。自分でわかってやってったのかな。既に書いたことさえ忘れてる私。記憶がどんどん消えていく。気持ち悪い。
・しかし、うちの二年一組の生徒もですが、他の方々も大活躍ですね。生活指導の大路先生と保健衛生の把丁先生、進路指導の穂園先生に相談支援の酒本先生。それからPTA会長の桜見さんと評議員の吉木さん、鍬田さん、よくぞここまでそろえたという感じですが。一体、いつ、どうやって思いつくのやら。
・堀先生、一つ質問ですが。ここに書いてあることは私たちには出鱈目でも、この子にとっては何か意味があることなんでしょうか。それとも私やこの子に共通の何かがあるんですか。それがどうもうまく整理できなくて。私にもわかりません。おそらく美糸さんにもよくわかってないんじゃないでしょうか。
・ただ、このウェルってロボット、学校には置いてませんし、お宅にはいかがです? いいえ、まさか。興味もありません。ただ…。ただなんだよ。ギクッとした。舌打ちやめ、息とめた。文子見た。真剣な眼差し。もしかしたら弟じゃないかと。弟? マジ? 私にいたの? 堀も初耳みたい。文子急に肩落とした。
・二つ違いですが離婚するとき夫が引き取ったんです。今思えば、弟だとわかっていたのかどうか。悪気はないんでしょうが、いじめのような形で出てくるんです。座布団をかぶせ、その上に何回も飛び乗ったり。押し入れに閉じ込めたり。石を投げつけた時はぞっとしました。嘘嘘。私がそんなことするはずない。
・それで別々に。ええ。理由は他にもありましたが、そのことが大きかったですかね。弟が小学へ上がる時、同じ学校にやらせたら、他の子どもさんはもちろんですが、二人にどんなことが起こるか。弟への影響をあの人は一番心配してました。だからこの子は早くから支援学校にやった方がいいって。
・私はできるだけ地域の子と一緒に過ごさせてやりたくて我を通しまして。中学まではどうにか先生方や児童生徒さんたちの支えで行くことができたんですが。いよいよ高校となると倍率が一を切っているとこでも壁が厚く。私自身、そろそろいいかと思うところもあり、こうしてそちらにお世話になることに。
・弟? 名前は? まだ会話に出てこない。思い出せそうで思い出せない。いじめてた、私が。それもかなりひどく。二人の陰謀じゃ? 私がS殺戮事件のこと気にしてるから。防ごうと躍起になってるから、きっと面白くないんだ。嫉妬、やきもち。二人はあの事件、この世からなかったことにしようとしてんだ。
・でも事実は違うよ。私の境遇もなにもかも。堀と文子にここですべて話そうか。話さなければ始まらない。でもできない。私に弟いたとして、それがなんだって言うの。どうでもいい。いやそうじゃない。正確には私の事実を変える力はそこにない。そういう意味でどうでもいいと言うしかない。それが事実。
・そう。アキラとの離婚後、やってきていた男。誰。文子の父親の弟。つまり叔父。かつては代議士。その頃、落選し、機関紙配って回ってた。姪のことが心配で来てたのか、単に説教したくて来たのか? 酒をいつも要求。文子、最初は接待するもそのうち厄介。面倒。酔えば口うるさい。しつこい。
・あの日。弟いた。週一度、文子に会いにくる日。小三。叔父も来た。かなり酔った状態。突然来るから防げない。むりに上がってまたぐだぐだ。今から思えば、なぜ酒のつまみに毒盛らなかったの。弟だけ連れていく前に一さじでも。私、小五、お風呂。上がるとそこに酔いつぶれた叔父。あとは言えない。
・無神経な文子、最低。私を残して出ていくなんて。母親失格。それから月一度、叔父やってきた。酔っては文子逃走。残るは私だけ。どうして。今度は弟もいないのに。そう。彼女が守ってたのは弟じゃなかった。我が身。笹の葉で覆われた泥沼、それは文子。アキラは? なぜ出てったの。私はどうでもいいの。
・男逮捕。他人の家への不法侵入。正確には乱入。前に付き合ってた女。同時に同じことしてた。呆気ない幕切れ。酷い結末。聞いたその夜、目覚めると汗びっしょり。またやってくる気が。どこかにいる恐怖。目の前から匂いと色消えた。まさにモノクローム。アストロ登場。男でも女でもない私の理想の友人。
・弟は本当にいたの。だとしたら名前は? 私と似てた気がするけど、それをむりやり言葉にしたら、すべて消えてしまいそう。竹林で、病院で、お風呂上りに、弟は確かにいたかも。どこに。母の背やアキラとの食卓、葉擦れの向こう、私のお尻の座布団の下からじっと見てた。この薄汚いやつって罵りながら。
・こいつめ。とっとと出ていけ。私だって弟を自分の頭から引きはがしたい。何の苦労もしないで。のんきなやつ。愚かなやつ。でも今は抑えなきゃ。あいつはあいつ。せっかく書き溜めたツイートが、全て無駄になってしまう、なぜってこれは〝弟〟のような、そんなS事件の犯人のためにも書いたんだから。
・くらちゃん、ジョー君、リンさん、みくちゃんごめん。あなたたちを利用してしまって。もうやがて終わるから。S殺戮事件と同じ犯人は堀や文子やアキラだけじゃない。自分の名を名乗ることも許されず、黙ったままでいた、そう、舌打ち何回もして自傷行為繰り返し、人のせいばかりにする私も一人なんだ。
・打ち続けたキーから手を離すと皿の音。階段上がってきたアキラ、廊下に食事置いてった。ここ四年おしっこは窓から。さすがに大きな方はむりだけど。パソコンには支援学校のHP。堀、事細かく日記してるから情報はすぐ入手。それと倫子。SNSで知り合った。学校の様子、タイムリーで知らせてくれる。
・徒党組んでる場合じゃない。一人でやる。全身で掻き鳴らす。歯や爪や足、髪の毛一本まで使って。逆さま、火だるま、どんな形でも。体から紫の煙上がるまで、誰とも話すつもりなし。いるようでいない、いないようでいるお前ら、すべて蹴散らしてやる。座布団にしみついた涙と唾液の陽を見ぬ裏側から。
・そう、もはや待ったなし。ツイッターへ、ログイン。いよいよ一挙にツイートで懲らしめるとき。殻をかぶった偽善者ども。教師も親も、生徒も兄弟姉妹も皆、善良そうで勝手なやつらばかり、地味―に変。キャン・ユー・シー・ミー・晃エンド文子エンド美糸。僕の姓は辺井、名は加風男。やがて十五の男子。
2022年2月6日 発行 初版
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1961年熊本県荒尾市生まれ。北九州大学文学部国文科卒業後、学習塾講師、大検(高卒認定)専門予備校職員などを経て、熊本県小学校教諭に採用。二校目の赴任地(阿蘇市立宮地小学校)で、卒業生である発達障害の青年との出会いをきっかけに33歳で退職し、当時阿蘇郡市では初めての民間での小規模作業所「夢屋」を立ち上げました。その後、自立支援法施行に伴い、「NPO夢屋プラネットワークス(http://www.asoyumeya.org/)」を設立し、地域活動支援センター(Ⅲ型)代表兼支援員として阿蘇市から委託を受けながら現在に至っています。 運営の傍ら、小説、ノンフィクション、児童文学、書評などを発表してきました。部落解放文学賞に5回入選、九州芸術祭文学賞熊本県地区優秀賞2回、熊本県民文芸賞、家の光童話賞優秀賞などを受賞させていただいています。