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SAKIMORI 台本

山村佐智子

サンズリバーサイド



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  この本はタチヨミ版です。

SAKIMORI
★久留牟田 沙樹子(40)(脚本家)
 英次(51)(映画会社重役)
 守一(28)(?)
武藤(58)(映画会社オーナー)
 白沢監督(53)
 石井(49)(プロデューサー)
★元岩ケイコ(32)(脚本家たまご)
★節子(60)(お手伝)
★白百合マリア(38)(女優)


 一場 真夜中の帰り道
    暗転中。車のドアを閉める音。スポーツカー速度上げて走る。
    明転。舞台上、運転する男と助手席の女の顔。

サキ  (あくびをしてチラッと英次を見てしまった!という顔)
英次  今夜はずい分お疲れのようだね。
サキ  (バックミラーで目尻の化粧よれを直しながら)
    だってずっと徹夜続きだったのよ。第一稿から決定稿まで何度書き直したことか。あんなにわからずやの監督、初めてよ。
英次  新進気鋭の監督、現わる!なんて注目されているから意気込んでいるんじゃないか。だけどその彼が「脚本は是非久留牟田沙樹子さんに!」と名指しだったんだから光栄なことじゃないか。
サキ  そうかしら。私はてっきり貴方が裏で私を推したんじゃないか、って思っていたんだけれどな。
英次  確かに僕も推したよ。
しかしそれは君の才能を充分知っているからだ。
新進気鋭と評判の彼だが、会社やスポンサーを背負っての本格的な映画作りは今回が初めだろう。脚本は君でないとスポンサーも首を縦に振らなかったと思うよ。
サキ  あら、お誉めにあずかります。
それで今夜は私の好きなピンクのシャンパンを?
英次  そう‼クランクインのお祝いに。
それと僕の隠しきれぬ君への下心に。
サキ  アハハハ
英次  あっ‼
サキ  キャーー!
(まぶしい光、ハンドルを切る音、ブレーキ音)
    暗転
英次  サキ、大丈夫か?

明転。舞台は夜の道路。端に人が後ろ向きで倒れている。
英次、サキの体をいたわりながら出てくる。
サキ、打った腕の痛みで顔をゆがめながらヨロヨロと歩いてく。
英次、道路を見回わし倒れている人を見つける。

英次  あっ!(男に駆け寄り)生きてる…よかった…






英次  (英次、立ち上がり、携帯でかけようとするが繋がらず)
ここは通じない。救急車を呼んでくる。(行く)

    (サキ、倒れている人の横に行き、のぞき込む。するとその人は上    半身を起こし振り返りサキを見る。)
サキ  あっ…(体が固まる)
(振り返ったのは、驚ろく程美しい青年だ。
    サキ・青年、時が止ったように見つめ合う。ニコリと笑う青年。)

    暗転


 二場 美しい青年
    サキの自宅。大きなソファにサイドテーブル(のみ)
英次と白沢監督が座わり、石井プロデューサーが歩きながら、
これから作る映画の話しを熱く語っている。
少し後ろに石井プロデューサーが連れて来た元岩ケイコ
が立って、お手伝の節子がお茶を出している。
ケイコをチラチラ見ながら

英次  で、タイトルは?
石井  「はくすきのえ」663年の白村江の戦いを描いたものだ。
白沢  (英次に)そのままだろう(笑)
石井  日本人や百済人が、中国人や朝鮮人によって
    朝鮮半島から追い出された遺恨の戦いだ。
英次  遺恨の戦いか。
石井  日本は勝てるのに負けた。
白沢  まさにミッドウェイ海戦の古代版だな。
石井  しかしこの大敗後、日本の内部に危機感を感じ新体制を作り、
    防衛の為に防人という守備隊を組織したんだ。
英次  防人…か。
節子  あら、さだまさしの防人の歌、私、大好きなんです。
“海は死にますか、山は死にますか、教えて下さい”
(皆の顔を見て)あっ失礼しました。
皆   (皆笑う)
白沢  でな、この映画は大作だから脚本を数人の脚本家に
    割り振ることになってね。
石井  防人の悲恋部分を是非サーキーに書いてもらいたいと思って、
    こうして頭首揃えて来たんだ。
英次  そういう事だったのか。
石井  昨日、サーキーにはおおかたの事は話したんだけど
    返事をもらえなかった。
    それで英ちゃんにあと一押ししてもらえれば、と。






英次  ただならぬ白沢監督のお願いとあれば。
白沢  そりゃありがたい。
石井  えっ?俺は?俺の為じゃないの?
白沢  サーキーに一押ししてくれるっていうんだからそれでいいじゃない。
石井  いいや、誰の為に動くのかってそこが大事だよ。
英次  だから白沢監督の為だよ。
石井  本当かよ…俺達の仲ってそんなもんかよ…
英次  ああ!
石井  あっ、それからもう一つ、噂のこと、言っておいてくれよ。後でもめると困るだろう。
英次  ああ、わかった。
節子  (上手から出てきて)先生、お帰りです。(入る)
サキ  (上手から)ただいま。
白沢・石井 お帰り。
サキ  あら、お三人お揃いでお出迎え?
石井  映画の四方山話をするのにはここでなくっちゃ。
白沢  サーキー、「男と女の詩」って知ってる?
サキ  ああ、クロード・ルルーシュの作品ね。
    映画「男と女」のエンディングから始まるの。
白沢  ほぉシャバダバダか。どんな内容なんだい。
サキ  ひと言で言うと「黄色いハンカチ」のフランス版ね。
白沢  お、高倉健の「幸福の黄色いハンカチ」の話しかい?
サキ  宝石店を襲撃に失敗して刑務所に入った男が出所するの。
    そして恋人の家に行くんだけど、すでに見知らぬ男が
    主人顔で出入りしているの。
    男は女に会わないで去る決意をするんだけど……
最後にひと言、その女の声が聞きたくて電話するの。
ベッドにいた女が電話に出るんだけどその女の横には
ほかの男が寝ているの。
白沢  皮肉だなぁ。男はガラスのハート、お別れにひと言か…
サキ  女は隣りに寝ていた男を追いだして、
「待っている、すぐ来て!」って言うの。
白沢  ほほ~それで(目が輝く)
サキ  再会するの。そして女は言うの。「あなたを待っていた。
    でも私は女よ。恋をしていないと女を維持できないの。」
英次  私は女よ…か。
サキ  男は信用できない顔をしながら黙って女の顔を見る、
    そこで映画は終わるの。
白沢  人生の辛酸をなめた本当の男と女の話だな。ありがとう。
    この映画のことを尋ねられて知っていると
    嘘をついてしまったんだ。
    サーキーなら見ていると思ってね。これで面目が保てるよ。
石井  サーキーの頭の中には莫大な映画が入っていて鮮明に
    覚えているんだからな。
サキ  映画のプロデューサーに誉められるなんて光栄です。
    それで今日の本題は?
(白沢と石井、顔を見合わせ)
石井  昨日の大作映画「はくすきのえ」の脚本の件で。
サキ  ああ、悲恋部分をって話しね。だけど書く人は何人もいるんでしょう。
石井  だから、一番大事な場面だからこそ是非ともサーキーに書いてもらいたいんだ。だってそうだろう。大作なんだ。
英次  サーキー受けたらどうだ?いい仕事じゃないか。
サキ  どうして?一つの作品を何人もの脚本家が書くのよ。見比らべられて、悪口言われるのがおちよ。
英次  だからやり甲斐があるじゃないか。やっぱりサーキーの脚本はいいって言わせてやれよ。
サキ  ……
 (白沢・石井うなずく)
節子  何人もの脚本家が書こうが、先生の脚本が一番いいに決っているじゃないですか!
男達  ……(うなずく)
サキ  全然のり気じゃないけれど……節子さんが言うから仕方なくやるんですからね。
石井  よし!やったぁ!
白沢  ありがとうサーキー。いい映画になるのは間違いなしだ。
石井  今夜はうまい酒が飲めるぞ。
 (監督に)早速くりだしますか。
白沢  ああ、そうしよう。サーキー、じゃ頼んだよ。
サキ  はい。やらせていただきます。
石井  じゃ英ちゃん、お先に。(頼むよ、と目配せをする)
 (白沢・石井、女を送りに節子も入る)

サキ  (玄関の方を見ながら)あの女性は誰?
英次  石井のところの娘だろう。
サキ  ふぅん、石井さん、やけに嬉しそうに帰ったわね。
英次  サキが「はくすきのえ」の脚本を受けてくれたからじゃないか。
節子  (節子が入ってきて)男の方は若い女性がお好きなんですね。
サキ  あぁ、そういうことか。人をダシにして。
節子  英次様は夕食召し上がっていらっしゃいますか。
サキ  ええ、もちろん。ねっ(っと英次に)
英次  じゃ、頂いていこうかな。
節子  今日は、沼津の極上の干物が送られてきたんです。では、腕によりをかけて。
サキ  焼くだけでしょう?
節子  はい。では焼いてまいります(入る)
サキ  あはは、節子さんの顔
英次  サキ…
サキ  ん?
英次  いったいどうするつもりだ?
サキ  何が?
英次  彼のことだよ。
サキ  あぁ、守一のこと?どうするつもりって?
英次  君が常軌を逸したことをやっている、って撮影所の皆が噂している。
サキ  常軌を逸しているって大袈裟な。
英次  だってそうだろう。一人身の女性の家に若い男が入り込み住みついているっておかしいだろう。いったいあの若者は君の家で何をしているんだい?
サキ  療養よ。あの人、あの時に脚を酷くやられていてそれが回復しつつあるの。それにお金も家族もないんだから。英次、彼の怪我は私達にも責任があるんじゃない?
英次  彼は僕の車にめがけて飛び込んできたんだぞ。僕は危うく人をひくところだったんだ。
サキ  彼、言っていたでしょう。パラダイスっていうドラッグをいっぱい飲んでいて、ヘッドライトかなにか他のものと思い込んで車だと思わずつい。
英次  つい飛び込んだと?ドラッグをいっぱい飲むような男を信じられるか?サキ、何かあったらどうする。
サキ  何かって?
英次  たとえばレイプして殺すかもしれない。
サキ  英次、あなた映画の見過ぎ、いいえ映画の作り過ぎ?(笑)
英次  笑いごとじゃない。彼は僕達を危うく死なすところだったのに、病院に入った2日後には自分の家に居候させているなんて…彼を病院に残しておくことはできたはずだ。
サキ  でもあの病院はとても陰気な感じがするって。
英次  陰気な感じ?
サキ  そう言ったのよ、彼。私もそう思ったわ。
英次  名前は?彼の名前は?
サキ  しゅういち。お守りの守に、漢数字の一で守一。
英次  住まいは?家族は?仕事は?
サキ  家族はいないって。あとは何も言わないのよ。本当よ。
英次  僕には少なくとも今回関わった責任があるんだ。君は非常識なことをしている。それが心配だ。
サキ  …
英次  今夜は失礼するよ。(出て行く)

    (守一の事を考えていると節子が入って来る)
節子  英次様、お帰りになったんですね。美味しい干物を焼いたのに。
サキ  私が二枚食べるわよ。
節子  先生。英次様がご心配するのは当然ですよ。
サキ  立ち聞きしていたの?
節子  座わって聞いてました。
サキ  あきれた…
節子  一つ屋根の下に女と男が、それも若い男と一緒にいるなんて…。
サキ  節子さんまでそんなことを言うの?いい、守一はケガしているのよ!
節子  ケガしているのは足、両手は元気!それにその足も回復しつつあります。
サキ  (ため息)彼、いくつ下だと思っているの?
節子  一回り…ぐらいでしょうか。
サキ  そんな年下の男が恋愛対象なんてあり得ないわ。
節子  こんな年上の私なんかって思っていてもいざ若い男に言い寄られたら自分の年なんてすっかり忘れてフラフラっと。女ってそういうものです。
サキ  私は節子さんとは違うの!
節子  私がそんなふしだらな女とお思いですか?
サキ  じゃぁ、私がふしだらだって言うの!
節子  どこの馬の骨かわからない若い男を自宅に住まわすなんて。私も、この年になって夫以外の男の下着を洗うなんて思いませんでした。それもあんなにいやらしい下着。
サキ  あっ!節子さんの亡くなったご主人、白のブリーフだ。
節子  えっ?なんで知っているんですか?まさか先生、うちの主人と!
サキ  昔の普通の男は白いブリーフだったのよ。今どき白いブリーフはいていたら気持ち悪いわよ。
節子  白いブリーフ…ダメなんですか。でもあんな小っちゃくて赤だの青だのしましまだの。うう
サキ  ボクサーパンツっていうの。私が買ったのよ。
節子  えっ、先生が?
サキ  仕方ないじゃない。退院したけれど動けなかったんだから。
節子  そうして手取り足取りお世話していたらいつまでたっても出ていきませんよ。
サキ  出ていきたくなければ、ここに居ればいいんじゃない。
節子  (あきれ顔で)英次様がご心配しているのは若い男ではなく先生のお気持ちです。やきもちですよ。
サキ  やきもち?
節子  それに、先生の様なお名前のある方が、若い男を囲っているという噂が立ったら、仕事にも支障を来すんじゃないですか。
   (いつの間にか立っている守一)
守一  これ洗濯機に入れておいていいですか。
節子  あっ、はい。お預りします。(洗濯物を受け取り)
守一  馬の骨のボクサーパンツですが(サキを見て笑う)
節子  (そそくさと入る)
守一  (節子を目で追い)僕、ずい分迷惑をかけているようです。
サキ  そんなことないわ。
守一  (静かに目を伏せる)

サキ  守一、私があなたをここに連れて帰って来たのは怪我を負わせた責任感でも、助けたいという善意でもない。ましてや名のある脚本家としての偽善的精神でもない。ただ
守一  ただ?
サキ  あなたが美しかったからよ。それだけ。完璧な造形で非の打ち所がない。おそらく北欧人の血が流れているのよ。
守一  (クスっと笑って)すごい観察眼だ。
サキ  でしょう。当たったかしら。
守一  ……僕は両親を知らない…孤児院で育って車の修理会社の経営者夫婦の養子になったんです。それでカーレースに夢中になってレーサーの修行に入りました。
サキ  レーサー。素適ね。
守一  だけどその頃養父母が強盗に襲われて殺されてしまったんです。
サキ  …殺された…の?
守一  はい。僕は結局ライセンスがとれなくて見よう見まねで覚えた車の整備や修理をして生きていました。だんだん生きる目的がなくなって……。放浪したり、ドラッグ覚えたり喧嘩したり…
サキ  それであの日、私達の乗っている車に。
守一  …人はいつか死ぬんです…(遠くを見る)
サキ  …?……
守一  あっこれ読みました。(手に持っていた原稿用紙の束)
サキ  「愛去り」映画の脚本よ。まだ未完成だけど、夫婦が誤解から別れる話。
守一  僕、原作を読んだことあります。夫が理由を言わず去っていく…男の嫉妬ですかね。
サキ  そうなの。でも私はこの男の気持ちが理解できないの。一人で苦悩して去って行くなんて。なんではっきり言わないのかしら。



  タチヨミ版はここまでとなります。


SAKIMORI 台本

2022年2月10日 発行 初版

著  者:山村佐智子
発  行:サンズリバーサイド

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石藏拓(いしくらひらき)

映画などのプロデューサー 著作も幻冬舎などから20冊以上

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