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ハート型の胸毛が熱い

さら・シリウス

さら・シリウス出版



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  この本はタチヨミ版です。




目 次

 ハート型の胸毛が熱い

 ダメ男と医者、どっちがいいって?

 笛吹き

 おわりに



ハート型の胸毛が熱い

「おめでとうございます!元気な男の子ですよ」
「ああ、ああ……よかった……無事に生まれてきてくれて……」
「杏子、よく頑張ったな……ありがとう……ありがとう……」
 桔平きっぺいは間違いなく両親から祝福されて生まれてきた子だった。きょうは妊娠がわかってから毎日のようにお腹を撫でながら声をかけていたし、としあきもそんな杏子に余計な負担をかけないようにと何かと気遣っていた。ふたりともがとにかく桔平が無事に生まれてきてくれることを祈って、日々できる限りのことをしていた。やっと迎えた我が子との対面に感動しないわけがなかった。
「他の家の子はくしゃっとした猿にしか見えなかったけど、桔平は顔立ちがはっきりしてるような気がする……これが親馬鹿ってやつなのかなぁ……」
「まぁ! 私もよ。目元なんてあなたそっくりじゃない? うふふ」
 杏子と俊明にとっては初めての子ども。初めての子育ては思っていた以上に大変だったが、それでも桔平は十分すぎるほどに愛されて、すくすくと育っていった。ただ、桔平が成長していくにつれて、杏子と俊明はある疑いを抱くようになった。それは産院での取り違えだった。
「ねぇ、あなた……私、ずっと気になってたことがあるの……」
「……桔平のことか?」
「ええ……もしかしたら、あの子……その……取り違えとか……」
「……それは俺も考えたよ。似てないもんな……」
「私は間違いなくあなたの子を産んだわ。それは絶対よ」
「もちろん、それはわかってる。最初から疑ってもない。杏子の性格でそんなことができるわけないのは俺が一番わかってる。昔から嘘がつけないタイプなのも知ってるし」
「……私もね、いろいろ考えたのよ。隔世遺伝とかあるじゃない? でも……やっぱり誰にも似てないのよ。血がつながってるからって絶対に似るわけじゃないのもわかってるわ。でも、それにしても……」
「……仮に取り違えだったとしても、今日まで桔平を育ててきたのは間違いなく俺たちだ。取り違えだったからって今までもこれからも、愛情が消えるわけじゃない」
「そうね……それに、大人になってから似てくることだってあるかもしれないし」
 確かに、桔平は誰にも似ていなかった。可愛らしいタイプの杏子にも、誰もが振り向くような色男である俊明にも似ていない。それぞれの親戚筋まで調べてみても、やはり似ていると言えるような人間はひとりとしていなかった。あまりにも似ていないからと杏子の浮気や俊明の整形を疑うような人間もいたくらいだ。

 桔平が小学生の頃、杏子の妊娠がわかった。待望の二人目で、それも女の子だと俊明は大喜びだった。桔平も妹ができるのはとても嬉しかった。
「僕に似ないで、可愛い子だといいなぁ」と幼い桔平が思ったことをそのまま言葉にすると俊明は驚き、少し困ったような顔をして「そんなこと言うな」と桔平の頭を優しく撫でた。
 杏子と俊明は二人目ができたことも嬉しかったが、無事に生まれてきてくれた子が桔平と似ていれば少しでも安心できるのに……という思いもあった。だが、皮肉なことにも生まれてきた二人目の子はまだ赤ん坊だというのにすでに美形だとわかるような顔をしていた。「可愛いねぇ」「よかったねぇ」と心底嬉しそうにしている桔平をよそに、杏子と俊明は内心で消化しきれないこの思いをどうしたものかと持て余していた。
 桔平の妹であるすずは、幼い頃からどこに行っても容姿を褒められた。その一方で、桔平が容姿を褒められることは一度もなかった。ただ、兄と妹の関係はとても良好で桔平は美鈴を可愛がり、美鈴も「大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになる!」が口癖になるくらい桔平に懐いていた。

 それからしばらく平和な日々が続いていたが、中学生になった頃から桔平はある不安を抱えるようになっていった。きっかけは年末の親戚の家での集まりだった。手伝いを終えた桔平が縁側でゆっくりしていると酔っぱらった嫌われ者の老人が「お前、もらわれっ子なんだろ?」と絡みだしたのだ。それまでワイワイと騒がしかったのに、一瞬で場が凍った。
「可哀想になぁ。ひとりだけ不細工で。もらわれるならもっと不細工な家のほうがよかったよなぁ」
「おい! やめろ!」
「そうよ! なんてこと言うの!」
「桔平君、ごめんね。気にしないで。あのおじいさん、ちょっとおかしい人だから」
「じいさん飲み過ぎだろ。もう誰か送ってやれ」
 杏子や俊明と一緒になって怒ってくれる親戚たちもいたし、桔平をフォローしてくれる親戚たちもいた。ありがたかったし、その優しさが嬉しかった。だからこそショックは受けなかったが「そんなわけない」と冗談として笑い飛ばしてくれたほうがよかったのに……という思いもあった。冗談では済まされないレベルなのかと改めて思い知らされてしまったからだ。
 その日、桔平の心に植え込まれた不安の種はそれからじわじわと根を張っていった。杏子と俊明に直接聞いてみてもよかったが、もし自分が本当にもらわれっ子だったら……と考えるとその不安を胸に秘めたままにしておくしかなかった。杏子と俊明も桔平が気にしているのはわかっていたが、取り違えの可能性を自分たちが否定できない以上、普段通りに接するほか何もできなかった。

 高校生になれば、自分も少しは変われるのではないか……そう思っていた桔平だったが、結局、容姿も含めて何も変わらなかった。授業参観に杏子と俊明が来れば、同級生たちは口をそろえて「全然似てない」と言った。はっきりと口にしないだけで、同級生たちも内心では自分のことをもらわれっ子だと思っているのではないかと疑心暗鬼になるようなこともあった。
 大学に進学すると、桔平は音楽サークルに入った。まるで自分の中の不安を打ち消すかのように音楽活動にのめり込んでいった。バンドを組み、大学生バンドとしてはそれなりに評価されるようにもなった。だが、楽しい時間というのはそういつまでも続くものではない。大学三年にもなると、いよいよ将来のことを考えなければいけない。桔平はバンド仲間である友康と清治の三人でこれからのことを話し合った。
「……」
「……」
「……」
「……で、どうする? これから……」
「俺は音楽続ける。でもお前らは就職だろ?」
「俺は就職っていうか、実家の店を継ぐだけだけどな」
「俺はこれから就職先見つけないとなぁ……」
「……じゃあバンドは実質的に解散だよな……」
「あのさ、ふたりが嫌じゃなければなんだけどさ……卒業してからも時々でいいから集まってバンドしたいんだけど」
「あ、俺もそうしたい」
「俺も。てか、それがありなら最初から言えよ」
「じゃあ、解散じゃなくて活動が不定期になるってだけか」
「すげぇ深刻に考えてたの馬鹿みたいだな」
「あー、一気に気が抜けたわ」
 桔平はミュージシャンになりたいという気持ちもあったが、だからといって成功するかどうかわからない大きな賭けに出る勇気はなかった。それに大学生バンドだからこそ評価されていた部分も確かにあったのだ。無難に就職して、音楽を趣味として割り切るというのがそのときの桔平にとっては最善に思えた。
 友康もミュージシャンへの憧れは抱いていたものの、最初から実家の商店を継ぐのはわかっていたし、それを友康自身も受け入れていた。それに、実家の商店を放り出してまでも音楽を続けたいというほどの情熱を持っているわけではなかった。楽しくやれればいいと、三人の中では一番気楽だったのかもしれない。
 三人の中で、一番音楽への情熱を持っていたのは清治だった。大学は一応卒業する予定ではあるものの、本音を言えば今すぐにでも大学をやめて音楽だけに集中したいくらいだった。実際に清治は大学を卒業後、フリーターをしながら複数のバンドを掛け持ちし、音楽活動を続けた。
 卒業後も、年に数回は三人で集まってバンド活動をしていた。桔平に恋人ができたり、友康が桔平の妹である美鈴にフラれたり、清治が髪を真っ赤に染めたりと私生活でもさまざまな変化があった。それでも三人が集まれば、大学時代のあの楽しい時間が戻ってくるのだった。

 ある日のこと、桔平は恋人である綾と仕事終わりに待ち合わせをしていた。ふたりでそのまま飲みに行く約束をしていたのだ。早めに待ち合わせ場所へ着いてしまった桔平は、空を見上げながら綾との出会いを思い返していた。
 取引先に資料を持って行ったとき、対応してくれたのが綾だった。だが、初対面だというのに桔平の顔を驚いた様子で見つめ、話をしている間もチラチラと桔平の顔を盗み見ていて、とても印象が悪かった。俺は他人にそこまで驚かれるほど不細工なのか、と悲しくもなった。次からは自分以外の人間に行ってもらったほうがいいのかもしれない……そう考えていた矢先、桔平は上司から取引先の飲み会に参加するように言われた。
 よくわからないまま指定された店に行ってみると、取引先の見知った顔が並んでいる。ただ、いつもと雰囲気が違ってなぜか微笑ましい表情を桔平に向けている。「どうぞどうぞ」と席に案内されると、横には綾が座っていた。これはいけないと別の席を探そうとしたその瞬間、綾が目を輝かせて「○○大学でバンドされてた方ですよね!?」と話しかけてきた。
 その後は、綾に圧倒されるばかりだった。大学一年のときに友達に連れられて行った学祭で桔平たちのバンドに感動したこと。それから次の年も、その次の年も桔平たちのバンドを見るためだけに学祭へ行ったこと。桔平は綾のことを知らなかったが、綾はずっと前から桔平のことを知っていたのだった。あとで聞いた話では、その飲み会も綾が上司に頼み込んでセッティングしてもらったのだとか。
 綾と連絡先を交換してからは、よく食事をしに行くようになり、デートらしいデートをするようにもなった。ただ、はっきりと付き合うという話をしているわけでもなかったため、桔平はどうしたものかと悩みあぐねていた。もし友康や清治とつながりたくて桔平に近づいたのであれば、傷が浅いうちに本当のところを知りたかった。
「綾さん、友康と清治……どっちかと会いたかったりする?」
「えっ? いえ、別に。何でですか?」
「いや、その……昔からふたりのほうがかっこよくて人気もあったし、本当はふたりのファンだったりするのかなって」
「いえ、全然そんなことはないですけど……もしかして、私がおふたりに近づきたくて桔平さんに声をかけたと思ってるんですか?」
「いや、まぁ……」
「失礼ですね! 私が好きなのは桔平さんですよ!」
 ぷんぷんと可愛らしく怒っている綾に桔平が謝りながら交際を申し込んだのは、今では笑い話になっている。懐かしいな……と思っていると、こちらに駆けてくる綾の姿が見えた。汗だくになりながら「ごめんね! 待った?」と笑う綾は、相変わらず可愛らしい。ふたりでいつもの店に向かったが、その日は珍しく桔平が飲み過ぎてしまった。
「もう、だからペース早いよって言ったじゃない」
「たまにはいいだろ……どうせ俺はもらわれっ子だし……」
「あはは! またその話? あなたの眉、お父さんにそっくりなのに」
「眉なんてそっくりのうちに入るかよ。笑わせるな。全然似てない」
「もう、そんなこと言って。桔平は間違いなくあのご両親の子どもだってば。実際にご両親とお会いして、私がそう思ったんだから間違いないよ!」
「本当の両親と暮らしてる奴に俺の気持ちなんかわかるもんか!」
「もう桔平ったら」
 桔平の話をいつも綾は笑い飛ばす。ただ、綾が笑い飛ばしてくれることで桔平もどこか救われているような気がしていた。平穏で幸せな日々。だが、その数日後、とんでもないニュースが飛び込んできた。清治が自殺未遂で病院に運ばれたというのだ。清治が入院しているという病院へ向かう桔平。病室では清治がぼーっと外を眺めていた。
「清治……」
「桔平……来てくれたのか」
「お前、どうして……」
「もう俺の人生、めちゃくちゃだ……」
「何があったんだよ。こないだだっていつもみたいに三人で楽しくやってたただろ……」
「お前と友康はいいよな。お前は就職して、恋人もいて……友康だって家を継いでる……まぁ、あいつは恋愛だけはだめっぽいが」
「お前だって音楽があるだろ。俺と友康が選べなかった道をお前は選んでる」
「違うんだよ……」
「えっ?」
「俺には音楽以外、生きてく道がないんだ! それしか道がなかったんだよ! でも……俺には才能がない! どうすればいいんだ!」
「才能がないわけないだろ! テレビにだって出て、雑誌にも載って……」
「売れなきゃ意味がないんだよ! 地元のテレビに出たって、タウン誌に載ったって売れなきゃ意味がない!」
「清治……」
「ごめん……今日はもう帰ってくれ……」
「……わかった」
 何事かと看護師が駆けてきたが、桔平と清治の様子を見て察したようだった。「他の患者さんもいますので、あまり大きな声を出さないでくださいね」と気まずそうに言う看護師へ頭を下げ、桔平は足早に病院を去って行った。桔平はすぐに友康に電話をかけ、週末、集まることにした。

 当日、桔平の家に集まることになっていたのだが、思っていた以上に人数が増えてしまった。というのも、友康だけではなく、綾と綾の友人である明日香までもが桔平の家にやってきたのだ。もともと綾に桔平たちのバンドを教えたのは明日香で、当然の如く、明日香も桔平たちがやっているバンドのファンだった。
「それにしても、どうしたもんかねぇ……」
「……清治さん、どうやったら立ち直るかな」
「売れなきゃ意味がないって言ってたからなぁ……」
「売れる売れないはこっちじゃどうしようもない」
「……そうですよね」
「……あいつがあそこまで思い詰めてるなんて俺……本当に全然気づかなかった」
「俺もだよ。『コンビニのバイトはいい加減きつい』なんて言いながらも、それも含めて楽しんでると思ってたんだよなぁ……」
「……」
「……」
 綾と明日香がどう声をかければいいのか迷っていると、まるで漫画のようにドアがバーンと開いた。それと同時に「私に任せなさい」と言わんばかりの表情をしている美鈴が入ってきた。
「えっ、ちょ……美鈴ちゃん!?」
「お前、どうしてここに……」
「お兄ちゃんのことなら私は何でも知ってるの。その会議、私も参加させて!」
 美鈴は改めて話を聞くと、目を閉じて頭の中で考えをまとめた。数秒後、考えがまとまったのかカッと目を見開き、立ち上がった。その場にいる全員が美鈴の言葉を待った。だが、美鈴の口から放たれた言葉はその場にいる誰もが予想だにしないものだった。
「みんなで音楽やろう!」
「へっ!?」
「ど、どういうこと?」
「私たちで音楽を作るの! そうしたら清治さんも頑張れるよ!」
「なんで私たちで音楽を作ったら清治さんも頑張れるの?」
「きっと清治さん、自分で進むって決めた道から抜け出せなくなってるんだと思うの。でも道って本当はたくさんあるでしょ?だから、新しい道を私たちで用意してあげるの!」
「……なるほど」
「確かにそれも一理あるね」
「メジャーになるって一番わかりやすい結果だと思う。でもメジャーになるだけが音楽じゃないよ。メジャーじゃない音楽だって素敵なのいっぱいあるじゃん。地元の音楽祭とかイベントとかそういうところで活躍できることだって十分すごいことなのに! メジャーになれないってそれだけにこだわるから悩むんだよ!」
「……それもそうだよなぁ」
「メジャーになって、商業的な音楽しかできなくなってやめちゃうミュージシャンもいるもんね」
「メジャーになることだけをゴールにする必要はないわな」
「ふふん、そうでしょう? さて、ここでこちらのノートをご覧ください」
「学校で使ってるノート?」
「それが違うんだなぁ……実はこのノートには私が小学生の頃から書き溜めていた詞がたんまりとございます」
「えっ、お前そんなことしてたの?」
「そうだよ。お兄ちゃんが昔CDくれたでしょ? あれがきっかけで書き始めたの。まさかこんなところで役に立つとは思ってなかったけどね」



  タチヨミ版はここまでとなります。


ハート型の胸毛が熱い

2022年6月6日 発行 初版

著  者:さら・シリウス
発  行:さら・シリウス出版

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さら・シリウス

 私がヒーリングを生業としてかなりの年月が経ちました。  いつからか瞑想中に小説のプロットが天空から降りてくるようになりました。  最初は気にもとめていませんでしたけれど、それがちゃんと起承転結のある面白いストーリーだと気付き、そしてそれがハイアーセルフからもたらされているというのにも気付きました。  自力で肉付けをして書いた物が十冊ほどになりましたが、やはり中々時間がとれません。  暫くは多忙を言い訳に、数年間、プロットの山を放っておきました。  けれど、ハイアーセルフがプロットを下さったのにも訳があるのだと思い立ち、形にしなければと一念発起したのです。    そこで2021年の始めから、才能のある人に私が書いたプロットを渡して書いて貰うことにしました。  小説は時間がかかります。筆の遅い私が一人でこのプロットの山を形にするには、数百年かかります。  私のプロットと、才能ある方のコラボ、どこまでできるかわかりませんが、形にしていきたいと思っています。  勿論、時間の許すかぎり、自分でも書いていきたいと思っています。  宜しかったら応援してくださいね(#^.^#)               さら・シリウス

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