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青白い煙が、宿屋「踊る子鹿亭」の煙突から昇っている。宿は一階が酒場、二階が宿泊施設となっており、約二十名が泊まることが可能だった。その酒場に五月の宵の冷たい夜風を避けて、マントの襟を立てた旅の者や若者たちが集っていた。
ここは西ルティア大陸のほぼ中央部に位置するファーガ国の「第二首都ファルム」。人口一万五千人のこの町に、私タリエが逗留して二日目となる。
宿屋「踊る子鹿亭」の女主人のサプラル氏の許可を得て、冒険譚の吟唱を行えることになった。私は旅の朗読師をしていて、ルティア大陸の各地を巡り、英雄の冒険譚や各地の伝説などを吟じている。
時は、神聖暦八〇三年、五月。
宿の端の方に、うら若いひと組の男女がいて、私の方を見ている。十五・六の青少年である。このルティア大陸の西にあるファーガ国には、「旅人の誓い」という習わしがある。この慣習は「十六才の誕生日を迎えた若者が、親元を離れて、一か年間の旅にでる」というものだ。多くの旅人が、物資や荷物を運んだり、手紙屋や伝言屋などの仕事に就く。十七才を過ぎても、そのまま旅を続ける者も多く、国の産業の一翼を担っている。香辛料や珍しい品物を求めて、隣国のリドアやリガロへと足を運ぶ者もいる。国の各地には、この旅人を受け入れる宿泊施設や、旅人に仕事を斡旋するカフェの系列店があり、旅人の暮らしを支えているのだ。
私がその日に目にした男女も、その旅人であるらしかった。
「タリエさん、そろそろ吟唱をお願いします」
唐突に声をかけられて、私は振り返った。宿の女主人サプラル氏が、にこやかにこちらを見ている。
「分かりました。では、吟じ始めましょう」
私はつばの広い羽根付き帽を、テーブルの上に逆さに返して置いた。帽子におひねりを入れてもらう為である。長い髪が、顔にかかった。一見すると女性と間違えられることもあるが、私は四十六才の成人男性である。
遠くから、夜の鐘が聞こえてきた。この国では、一日七回鐘を鳴らす。夜の鐘は一日の最後に鳴る鐘で、夕方六時の合図である。私は席から立ち上がった。
「それでは、定刻となりましたので、冒険譚を吟じさせていただきます。本日の演目は、『フィルド王子とノエル姫』です」
酒場の群衆たちの視線が私に集まった。私はゆっくりとお辞儀をすると、口を開き、朗読を始めた。
「時は神聖暦七二三年、六月。西ルティア大陸の西端、リドアの地は戦乱のさなかにあった。時の領主バロー四世が武装蜂起してから十か年、リドアの地は荒れに荒れた。
この難題に、ファーガ国の第五王子フィルドが遣わされたのである。この時フィルド王子は、奇襲部隊として治癒師ノエルと共に地下水路からリドア城内へと潜入した。
地下に巣食う魔物を蹴散らしながら進軍するフィルド王子とノエル。
途中で毒蛇に咬まれたフィルド王子を、ノエルは優しく治療する。毒気を抜き、包帯を巻いて手当てをする。幸い傷は浅く、毒のまわりも遅かった」
私の吟唱は、途中に休みを入れながら、およそ一時間続いた。次第に熱がこもってゆく。
「……かくて、バロー四世はフィルド王子の刃に倒れたのだった。
リドアに平和が戻ってきた。この手柄で、フィルド王子はこの地を分け与えられ、現在のリドア国が建国されたのである。そして、旅を共にした治癒師ノエルは、リドア初代国王フィルドの王妃となったのだった。
かくして、英雄は今日も物語られる。
ご静聴、感謝いたします」
拍手が巻き起こった。帽子に小銭を投じてくれる者や、握手を求めてくる若者もいた。
「素晴らしい吟唱でした」
先程、酒場の端の方に居た、若者男女二名が、にこやかに握手を求めてきた。私も、笑顔で二人の握手に応じる。
「はじめまして、僕はラドニスと申します。今、ファルムの武道家ブラウン先生の下で、剣を学んでいるのです。素晴らしい吟唱でした。今日は集いに参加できて、本当に良かった。それから、こちらが僕の友人のゼルさんです」
ラドニスという少年は、握手の後、熱心にそう語った。そして、右隣にいた少女に話を向けた。
「はじめまして。私はゼルと申します。私はいま、様々な魔法や魔術を学んでいる最中です。本当に素敵な朗読でした」
私は若いエネルギーを感じ、ふたりの若者に好感を覚えた。
「有難う。ふたりとも若いようだが、『旅人の誓い』はもう修めたのか?」
ラドニスは私の問いに首を振った。
「まだなんです。今月の中旬には旅立たねばなりません。ただ、このゼルさんと一緒に旅をしたいと考えていたところなのです」
私はラドニスの眼を見つめた。ラドニスの眼には、これから大物になれそうな、そんな貫禄があった。それは英雄の資質と言い換えることが出来た。
「もし良かったら、私とともに『旅人の誓い』の旅をしないか?」
「僕とですか? 僕のようなもので大丈夫ですか? 嬉しい限りですが……」
「旅人の誓い」の旅では、十六才の若者を援護する「護衛者(ガーディアン)」や「先達者」という青年が共に旅をする場合もある。女子だけのパーティには、「護衛者」がつくことが多い。また、西ルティア大陸南部の砂漠地帯などを通過する場合には、「先達者」が旅先案内人となるのである。
「君たちさえ良ければ、共に旅をし、その顛末(てんまつ)を私に吟じさせてもらえないだろうか?」
私はゆっくりと、だが明瞭にそう告げた。
「ご一緒に旅をして頂いたらどうかしら。二人よりも三人の方が心強いです」
ラドニスの隣のゼルという娘が口を開いた。その声は美しく澄み、心の清らかさがうかがい知れた。
「詩人のタリエさんさえよければ、僕はご一緒したいと思います。ただ、武術の師匠ブラウン先生のお許しが必要かと存じますので、今晩戻ったら、すぐに相談したいと思います」
ラドニスの言葉は強かった。
「ならば明日の『午後の鐘』の時刻に、もう一度この宿に来て、許可の報告をしてもらえないだろうか」
「良いと存じます。私も母の許可を取り付けて参ります。宜しくお願い申し上げます」
ゼルの瞳には、輝く光があった。
「では、明日。『午後の鐘』の時刻に。今日は本当に有難うございました」
宿の外は闇に沈み、天に星だけが有った。月が雲間から現われ、辺りを照らしだした。その夜道をラドニスとゼルが並んで帰路に着いた。
私は酒場から宿の二階へと移動し、そこで今日あった事柄を、帳面に書きつけた。
こうして、ファルムの町での二日目の夜が過ぎていったのだった。
それは翌日の朝食での事だった。女主人のサプラル氏が、食卓にスープを並べながら教えてくれたのだ。
「この辺りを、盗賊団が荒らしているの。どうにかならないかしら」
サプラル氏は、齢五十代半ばの女性で、気品溢れる顔立ちだった。身の丈は標準的な女性よりやや低く、黒髪に黒い瞳をしていた。昨日話をしたゼルという娘も黒髪に黒い瞳だったが、その組み合わせは東方の東ルティア大陸に多い。おそらくふたりとも、東の地に氏族の由来があるのだと思われた。
「盗賊か……。しばらく来ないうちに、随分と荒れたようですね。東の都ライザスでも最近夜盗が多いと聞いています」
「ここの所、特にひどくって……」
「それなら、一度ファルム市役所の方で、討伐の許可を打診してみましょうか?」
私は思い切ってそう話を振ってみた。この辺りでは、盗賊団の鎮圧や成敗に許可が必要な場合が多いのだ。
「この間は、ファルム市役所で傭兵を雇っているとウワサが流れていましたの。事態は相当深刻なようですわ」
サプラル氏はそう話しながら、ライ麦パンとラパのミルク、そしてスープとサラダを整えてくれた。
「どうぞ、召し上がれ」
「有難う、では。……旅と交易の神であるファーガ神に、今日この日の糧が得られたことを感謝します。いつもわたくしのそばに、愛がありますように」
私は食べながら、盗賊団のことを詳しくサプラル氏に尋ねた。
「それで、その盗賊団の人数はどれ程なのですか?」
「盗賊団の名は『暁の風』団といって、大体三十名位だという話です」
私の問いに、サプラル氏がそう答えた。三十名とは、少なからぬ人数であるが……。
「傭兵の募集がファルム市役所から出ていたのは、どの位前のことなんだろうか?」
私は重ねて質問した。
「およそ半月ほど前のことです」
「ならば、一度ファルム市役所を訪ねてみるか……。情報をありがとう」
私はラパのミルクを口に運びながら、そう礼を述べた。そしてサプラル氏に、銀貨一枚を手渡すと、ライ麦パンに手を伸ばした。サプラル氏は嬉しそうに頷いて、厨房へと戻っていった。
私は朝食を摂り終えると、早速ファルム市役所へと向かった。ファルム市役所は、市街地の中心部にある。二百年程前に建てられた重厚な煉瓦(れんが)造りの建物だった。入口に獅子の彫像があり、私を出迎えてくれた。受付案内の女性がいて、挨拶をしてくれた。
「どちらの御用ですか?」
「今、盗賊団の討伐の傭兵を募集していると聞いたのですが……」
「その件ですと、三階の治安課になります」
「有難う」
にこやかに話す受付嬢と言葉を交わし、私は三階へと向かった。市役所の階段は緩やかな勾配だった。歩をゆっくりと重ねる。様々な彫刻が施された壁を眺めながら、私は階段を昇っていった。
「治安課は、こちらですか?」
私の問いに、受付をしている男性が顔を上げた。
「左様です。どのようなご用件でしょうか」
男性は口髭をたくわえた大柄な体格だった。二の腕に獅子をあしらった神聖騎士団の腕章を付けているので、おそらく神聖騎士団の所属なのだろうと思われた。
「盗賊団討伐の傭兵を募集していると聞いたのですが……」
「ええ、只今もその作戦会議をしておるのです。ちょうど良かった。参戦希望の方ですか?」
大柄の男はニカ、と笑ってみせた。
「街を荒らす賊がいて、皆が困っていると聞き、居てもいられず伺ったところです」
「それは素晴らしいことですな」
私は事態の概略を聞くと、一旦宿へと戻った。ラドニスとゼルとの待ち合わせがあるためだった。
ラドニスとゼルが宿を訪ねて来たのは、昼を過ぎ「午後の鐘」の時刻のことだった。
「タリエさん、ブラウン先生の許可を得てまいりました。一緒に旅をして下さいませんか」
ラドニスが熱っぽく言葉を投げた。
「大丈夫で何より。ならば共に旅へ行こう。ゼルさんの方はどうでしたか?」
ゼルは少し興奮して頬を赤らめた。
「母が、タリエ様のことを存じておりましたの。ご高名な朗読師で、様々な方と旅をし、その冒険譚を吟じているのだと。私とラドニスさんが、今回の旅の伝説に選ばれたのではないか、と申しておりました」
ラドニスが驚いた表情で私に尋ねた。
「タリエさん、それは本当なのですか?」
「いかにも」私は頷いた。
「普通の吟遊詩人や朗読師は、旅の手柄話を宿に帰った英雄から聞く。私の場合は、共に旅をして見聞したこととその顛末(てんまつ)として吟じるのだよ」
「素晴らしいです。今度の旅に、僕たちを選んでくれたのですね。有難うございます」
私は静かに頷くと、言葉を継いだ。
「今回の旅で、何かしたいことは有るかな?」
「それならば、私の願いを聞いていただけないでしょうか」
それまであまり発言をしなかったゼルが口を開いた。
「なんなりと仰ってみて下さい」
「私の氏族のルーツは、東方にあると祖母から聞かされて育ちました。一度で良いから、東ルティア大陸のチェン・ツーの村を訪ねてみたいのです。大丈夫でしょうか」
私は少し考えてから、答えを返した。
「東ルティア大陸か……。このファルムの町からだと、西ルティア大陸の東端の城塞都市ライザスまで行き、そこから南へ。砂漠地帯を抜けなければならない。ここまでおよそ十日。砂漠地帯のエルザラードではガイドが要るな。南の砂漠を越えてから東へ十日行けば、東ルティア大陸だ。チェン・ツーの村はその入口付近にある。オニ族の村だよ。エルザラードから五日程。全行程、片道およそ一ヶ月の旅になるだろう」
ゼルは記録を取りながら聞いてくれていた。ラドニスは、ルティア大陸の地図を広げている。
「無事辿りつけるでしょうか」
ゼルが不安そうに尋ねた。
「大丈夫だとも。ただし、旅の路銀がいるな。あまり持ち合わせはないと察するが、どうだろうか」
ラドニスとゼルは目を合わせて頷いた。
「そうですね。余りありません」
「このファルムの町に、盗賊が出没することは、存じているでしょう。その賊の討伐の傭兵として、戦うことはできるだろうか。そこで報酬を得て、路銀の足しにするのだよ」
私はゆっくりと提案した。
「盗賊は絶対に許せませぬ。馳せ参じます」
ラドニスの瞳に燃えるものがあった。
「戦いのために召喚術を、学びましたの。雷神さまを勧請する術です。きっと役に立つことでしょう」
ゼルの力強い言葉には、決意がにじんでいた。
「雷神さまを召喚できるようになったんだね」
ラドニスの問いかけに、ゼルは明るく返答する。
「そうなの。おばあちゃんに教えてもらったんです。雷を操ることができるのよ」
「召喚術を使うのは、やはり東方由来の氏族、召喚士の一族なのだな」
私は盗賊団討伐の件を話すことにした。
「賊は『暁の風団』という名だ。総勢三十数名。根城はファルムの東、ラドスの村との境界にある。討伐の日取りは明後日。早朝に出立する。傭兵の手当ては金貨十五枚だ。ファルム市役所が雇い主となる。命の保障はない。戦いに慣れた者のみを集めている」
ラドニスが口を開いた。
「是非、参戦させて下さい。先頃、リドアの海賊団との戦いに勝利をおさめたばかりです。剣の修行の成果を確かめたいのです」
「出立は明後日の朝。朝の鐘の時間に、ファルム市役所に集まる予定だ。それまでに、三日分の食料と、戦いの支度をしてほしい。出来るかな?」
私の問いに、ラドニスとゼルは頷いた。
「お任せ下さい。必ずやタリエさんの役に立って見せます」ラドニスが気を吐いた。
「微力ながら、お力添えしたいと存じます」
ゼルが自らを少し抑えながら言葉を発した。
「二人とも有難う。これは少しばかりだが、私からの前渡金だ。武具や食料費の足しにして欲しい」
私はそう言うと、小さな革袋から金貨を四枚取り出し、二人に二枚ずつ渡した。
「タリエさん、有難うございます。僕はこれで、新しい革鎧を買うことにします」
「私も、新しいローブを買いたいと存じます」
二人は嬉しそうに口元をほころばさせた。
「それでは、明後日の朝。賊との戦いに情けは要らぬ。全力をもって討つのみだ」
私は語気荒く、そう言葉を発した。
五月の朝はまだ冷たい空の中に眠る。澄んだ空の下に、鳥たちが舞っている。
鮮やかに空を染める太陽が、まぶしく煌(きら)めいた。
ファルムの市街地、市役所の前の広場に、十数名の戦士たちが集っている。その中に、旅装束をしたラドニスと、純白のローブを身にまとったゼルの姿があった。
私は朝の鐘を聞きながら、広場へと足を踏み入れた。
「皆、揃(そろ)ったようだな。私が今回の作戦を指揮する、神聖騎士団近衛兵長のディズ・マクレーンだ。以後、宜しく頼む」
マクレーンの分厚い鎧に、朝陽が反射して、鋭く煌めいた。
「今回の作戦は、丸一日馬車で移動した後、明日の早朝に、盗賊団『暁の風』の根城を討つ、というものである。生きて帰った者には、金貨十五枚を差し上げようぞ。皆、腕に覚えのある強者たちが集まった。今回の戦いに負けは許されない。必ず勝ちをおさめようぞ」
傭兵の中から雄叫びのような歓声が上がった。
「皆、抜かりなきよう」
マクレーンの隣で、若い細面の青年が場を締めた。
「我が名は、ローズド。軍事参謀である。以後お見知りおきを」
それから程なくして、馬車での移動がはじまった。二頭立ての馬車に、御者と四・五人が乗り込む。計五台の馬車が音を立てて街道を進んで行く。
馬車に揺られて私たちは行軍した。私たちの第二号の馬車には、御者と私、そしてラドニスとゼルが乗っていた。
「タリエさん、今回の傭兵の戦いで、僕たちは何を得るのでしょうか」
ラドニスが問いかけてきた。
「街の平和がまず有るな。それから、己の成長、そして路銀の金貨十五枚だ」
「何よりもファルムの町が安全になることは、私の心からの願いです。幼い頃から、この街で暮らして参りましたゆえ」
ゼルの口調は優しかったが、強い芯のような響きがあった。ゼルは穏やかな表情をしていたものの、その顔には強い決意がにじんでいた。
「タリエさん、貴方はなぜ戦うのですか?」
ゼルが問いかけてきた。
「普通の吟遊詩人なら、安全な宿にいて、旅から帰ってきた方々の武勇伝を聞いて物語をつくる方が多いでしょうに……」
私は頷いて答えた。
「無論、そうした吟遊詩人が多いのは存じている。私は、英雄たちの戦いをこの目で、しかと見届けたいのだよ。吟じるよりもね。だから私は『物語る』というよりは、『戦いの場に身を置く』ということをしたいのだよ」
「街の平和よりもですか?」
ラドニスが少し難しい表情で尋ねた。
「そうだ。街の平和を守るために戦う者は大勢いる。この傭兵隊のようにね。けれど、その英雄たちを物語る者は、意外に少ないのだよ」
私の答えに、ラドニスとゼルが頷いた。
「それならば分かります。それが、タリエさんの仕事なのですね」
ゼルは得心したようだった。
行軍は丸一日続いた。途中で何回か、馬車を降りて馬を休ませ、食事を摂(と)った。今日の一日で盗賊団の根城近くまで行く。明日の早朝、馬を木に繋いで、そこからは徒歩で進軍する。そして朝八時頃の鐘の時刻に急撃する、という手筈であった。
傭兵たちは手慣れた様子で、たき火をおこしていた。時は夕刻を迎え、日が大地に沈んだ。野営のテントの中で、私たち四人は体を休ませた。テントは私の五人用のもので、ゼルとラドニスの他にもう一人、御者をしていた「ルザール」という騎士団所属の武将も加わった。
「なんとも不気味な静けさですな」御者のルザールがつぶやいた。
「明日は決戦の日だというのに、闇が深く感じられますな」
「タリエさん、私、不安です。私の力が充分発揮できず、召喚に失敗したら、どうしたら良いのか……」
ゼルが不安気に話しかけてきた。
「大丈夫だよ、ゼルさん。君の術が上手くかかればよし。上手くかからなくても、二度目三度目が有るだろう。それまで持ち堪えられるさ」
私はゆっくりと、ゼルをなだめた。
「お嬢さんは、隊の後ろに居ればよろしかろうて」
齢六十に近いルザールもゼルに言葉をかける。
「僕らが盾になるから大丈夫だよ」
ゼルはラドニスの言葉に、深く頷いた。
「私、戦うのが怖いんです。人を傷つけることが……。私に戦士は向いていないんでしょうか? 傭兵なんて、土台無理なことなのでしょうか」
ゼルの瞳は震えていた。
「『戦う』ことを怖れているんだね。それは当たり前のことだよ。誰しも、傷つけ合うことは嫌だろう。けれども、人には『戦わなくてはならない時』があるんだ。その時を迎えるために、我々は剣や魔法の腕を磨くんだ。そして心もね。そう、今がその『戦うべき時』なのだよ」
私はゆっくりとゼルにそうさとした。ゼルは張りつめていたものが解け、静かに涙を流した。
ラドニスがゼルの背中を優しくさすった。
「僕は、タリエさんのようには、上手く言葉に出来ない。けれど、感じるんだ。『自分に負けないように、しなくちゃならない』って。剣を振るうのは『自分の為じゃなく、正義の為だ』って。私利私欲のために、人を傷つけるんじゃないんだよ。街の平和のために、僕らは戦うんだ」
ラドニスの言葉で、ゼルは泣くのをやめ、じっと話に耳を傾けた。
「タリエさん、私、少し頑張ってみます。皆さん、温かい言葉を本当にありがとう」
ゼルは心中穏やかでは無かったようだが、強い意志がその表情に滲(にじ)んでいた。
ラドニスがゼルに、ゆっくりと話しかけた。
「ゼル、戦士として生きる僕は、いつも『なぜ戦うのか』を自分に問うています。それが剣の師匠ブラウン先生の口癖でしたから。『なぜ戦うのか、を自分で納得してから、剣を握るのだよ』と、師匠はそう申しておりました」
「ラドニスさんは、良い師匠をお持ちですな」
御者のルザールが、これまでになく温かな表情で言葉を発した。それにゼルが頷く。
「ブラウン先生の教えが、今のラドニスさんを支えていらっしゃるのですね」
その言葉に、ラドニスは力強く答えた。
「剣だけでなく、心も鍛えていただいたのです」
「ゼルさん、ラパのミルクを温めました。これを飲んで、少し眠ると良いでしょう」
私は、ミルクの木杯をゼルに手渡した。
「ありがとう、タリエさん」
そして、決戦前夜は更けていったのだった。
静かな夜明けに、私たちは徒歩で出発した。遠くで鳥が鳴いた。私たちはできるだけ静かに、そして速やかに歩を進めた。
「あれが盗賊団の砦だ」
指揮をしていたマクレーンが指をさした。
遠くの山間の森に、一段高くなった砦が見えた。
「ここからは、森に身を隠しながら進んでください」
軍参のローズドが言葉を継いだ。ローズドの指示が飛ぶ。
「私たちは逆三角形の陣で進みます。大盾を持った前衛に、弓矢の攻撃を弾いてもらって下さい。前衛は重戦士、五名。中衛は魔術剣士・魔法戦士三名に任せます。『幻霧』の精霊魔法で、隊全体の姿を相手に見えにくくして下さい。最後列の魔道士・召喚士の二名は遠方から遠隔魔法攻撃をして下さい」
軍参の指示に、ゼルが頷いた。
「あの、雷神さまはいつ召喚すると宜しいでしょうか」
ゼルの問いに、ローズドが丁寧に返答する。
「『雷神召喚』は、何メートル前からかけられますか?」
「およそ八メートル程前からです」
「それならば、射程に入ったらすぐに召喚してください」
「分かりました」
「貴女は、召喚士の方ね。どうぞ宜しく。私、魔道士の『ターニャ』っていうのよ」
ゼルの隣で説明を受けていた、もう一人の後衛の女性が声をかけてきた。
「ターニャさん、初めまして。私、召喚士のゼルです」
ターニャは黒の大きな帽子を被り、黒のローブを身にまとっていた。ターニャが口を開いた。
「私、おじいちゃんから子どもの頃に、魔法を教わったの。それから、各地を巡って腕試しの旅をしているのよ」
「そうなんですね」
「得意魔法は『コメット』なの」
「コメット!? あの魔法を使えるんですか?」
ゼルが驚いて声を上げた。
「得意中の得意なの。一日に一回しか使えないけどね」
「だとすると、最初の一撃で砦を崩すのですね」
ゼルが静かに訊いた。ターニャが頷く。
「そう。出鼻を挫(くじ)くのよ。あとはお願いね」
ターニャはそう言うと屈託なく笑った。少して表情を引き締めると、これが私の戦い方なの、と付け加えた。
「私、コメットの直後に『雷神クスナ』を召喚しますね。私は今日、三神召喚できれば良い方です」
傍で話を聞いていたローズドが、ふたりに小さな瓶をひとつずつ手渡した。
「これは魔法の水、『魔法水』です。気力が落ちた時に飲むと、気力が大幅に回復します。どうぞお使い下さい」
「ありがとう、ローズド軍参。私にとっては生命の水のように思える薬です」
ゼルが嬉しそうに小瓶を受け取った。
「これ、差し入れですよね? お幾らですか? 少しお支払いします」
ターニャの言葉にローズドは微笑した。
「大丈夫ですよ。ターニャさんのコメットに期待しております」
「いつもどうも」
「それでは進軍しましょう」
一団が砦へ向けて進軍して行く。
「敵襲! 敵襲!」
大声が砦から聞こえた。数本の矢が、最前列に進む私の足元の土に突き刺さった。
「偉大なる宇宙の理よ。全ての力もて、今、太陽の欠片をこの大地に降らせ給(たま)え!」
古代魔術の詠唱と共に、轟音が鳴り響いた。大空から、巨大な岩が降臨(こうりん)してくる。
耳をつんざく音が炸裂した。巨大な岩が、盗賊団の砦の中央部に落下したのだ。
「今だ! 進め!」
マクレーン傭兵隊長が、抜刀して剣を掲げた。雄叫びが辺りを揺るがす。
私も剣を抜き、大きく飛び出した。
「いにしえより天に棲まう雷神クスナよ。今、その姿を大空に現わせ!」
ゼルの呪文が響いた。
天空の雲間から雷が幾筋も煌(きら)めき、辺りを明滅させる。
「雷の神よ、いま降臨され給え!」
ゼルの声と共に、雷が盗賊団の根城に落ち、轟音がとどろいた。
盗賊団の砦は半壊していた。
「いざ、参る!」
先頭の重戦士、私を含んだ五名が、砦の入口に到着した。突然の魔法攻撃で、浮足だっている盗賊たちが、四人、入口にいた。辺りには、雷の後の焦げた匂いが立ち込めている。
「覚悟!」
私はたじろぐ盗賊たちに、広刃剣を振るった。
ーー 一閃。
盗賊が倒れる。
続いて、ラドニスと魔法戦士・魔術剣士が砦へと乗りこんできた。
「中へ入ります!」
ラドニスが入口で叫んだ。
その時、砦の中から三人の盗賊が現れた。
「風の精霊よ、いま汝(なんじ)の姿を、刃となりてここに現わせ!」
ラドニスが剣を振るった。剣の刃がまぶしく輝き、風の鋭い音が響いた。
「風刃(ふうじん)!」
鋭利な刃物のような風が、盗賊たちの鎧を切り裂いた。革鎧には無数の傷がつき、その服が破れた。幾筋もの風の刃が、無防備な箇所を切り裂いた。
「盗賊団の頭目を討ち取ったぞ!」
マクレーンの雄叫びが辺りにこだました。
「降伏します。命だけはご勘弁を」
盗賊たちは総崩れとなった。何人もの盗賊が一斉に武器を投げ捨てた。
「お助けを……」
私たちは投降した盗賊を縄で縛りあげた。
ここに、盗賊団討伐隊は、勝利の時を迎えたのである。
私たちはそれから、盗賊たちをファルムの町へと連行した。そして、ファルム市役所で報酬の金貨を十五枚ずつ受け取ると、宿へと戻ったのである。
「この度は、本当にありがとうございました。このラパのステーキは、私たちの店からのお礼です。どうぞ、ごゆっくりお召し上がりくださいませ」
女主人のサプラル氏が満面の笑みで、私とラドニスそしてゼルに、夕食を運んできた。
「今日の祝杯を、平和の神『アリウス神』に捧げます。この宴は、平和の神さまへの膳となります」
私は、平和の神「アリウス神」へと杯を捧げた。私たちはこの戦いに勝利したのだ。
私たちはゆっくりと食事を愉しんだ。そしてしばらくしてから、私は吟唱のために席を立った。
「これより、『ラドニスの盗賊成敗』の吟唱をはじめます」
私は、宿の酒場の中央で吟じはじめた。拍手が巻き起こる。
「英雄は戦いの中で生まれる。剣と剣とのぶつかり合いが、呪文と魔法が入り乱れる合戦が、英雄を生むのである。
時は神聖暦803年、5月。やわらかな朝の日ざしの中で、戦いへの旅がはじまった。ファルムを出発した討伐隊一行。隊長のマクレーンの指揮の下、行軍が続く。
盗賊団の砦まで丸一日。翌朝、戦いが行われた。
ゼルの雷神召喚とターニャのコメットで、浮き足だった盗賊たち。ラドニスの魔法の小剣が炸裂する。風刃(ふうじん)の精霊魔法だ。
幾つもの風の刃が、盗賊たちをたじろがせる。戦いはまさに死闘だった。
その時、マクレーン隊長の声が響いた。マクレーン隊長が、盗賊の頭(かしら)を討ち取ったのだ。
かくして、盗賊団『暁の刃』は壊滅したのだった。
ご静聴、感謝いたします」
拍手が巻き起こった。机の上に逆さに置いた私の帽子に、小銭が投じられる。私は意気揚々と席に戻った。
「素敵な吟唱でした。私、少し恥ずかしいです」
ゼルが頬を赤らめた。
「タリエさん、僕、本当に夢のような気分です。ありがとうございました」
ラドニスが丁寧に礼を述べた。酒場が一気に盛り上がった。
私はふたりに語りかけた。
「ラドニスさん、ゼルさん。本当の旅はこれからです。路銀も手に入ったことですし、東ルティア大陸へ向けて、明日、旅立ちましょう。今日は、存分に楽しいで下さいね」
私はそう言って話を締めた。
これからが本当の旅であるのだ。片道一ヶ月におよぶ長旅が、始まろうとしていた。
「今日は佳き日となりました。明日の旅立ちは、もっとよい日になるでしょう」
ゼルの言葉は、予言のようだった。
「皆、存分に食べて欲しい。戦いは終わった後が大事なのだよ。これからどうするかを、もう一度考えるんだ」
ファルムの夜が更けてゆく。
天に三日月だけが輝いていた。
「詩人タリエとラドニス」(結)
2022年6月11日 発行 初版
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