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ギフト
  ~最弱の天才勇者と最強の無才騎士~

寿甘

すあま書房



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  この本はタチヨミ版です。

勇者の旅立ち

「これは、Aランクですよ!」
「素晴らしい! 世界にたった三人しかいないAランクだ!」
「勇者の誕生だ!」
「この数値は史上最高だぞ! このお方こそが、長く続く魔王との戦いを終わらせてくださるに違いない」
 祝福の地、フレスガルド。
 この世界では、戦いの才能が〝才能値〟という数値として可視化される。そのため全ての人間は才能値の大きさによってAからEまでの五つのランクに分けられるのだ。必然的にランクの高い者は優遇され、ランクの低い者は迫害される文化が出来上がっていた。
 この世界唯一の人間国家エルバードではランクEの者は首都に住むことを許されず、『E地区』と呼ばれる国の外れの土地へ追放された。
 そんな世界で、ケントは世界にわずか三人しかいなかった、四人目・・・Aランクとして生まれたのだ。

――時折、北からモンスターの大軍が攻めてくる。
 エルバードの防衛はいつも同じだ。ランクBが突撃し、ランクCDは肉の壁として彼等を守る。戦闘が終わると大量の死傷者が出るが、どうせ低ランクなので適当に労って終わりである。Aランクの者は、戦争には参加せず単独でモンスターを退治して回る。勇者には魔王退治という重大な仕事があるからだ。
 ケントも今日、モンスター退治の旅に出発する。きらめくような金髪を耳にかからない程度の短さに揃え、グレーの瞳を大きく開いた青年は、その表情や物腰から育ちの良さを感じさせた。
「行ってらっしゃい、勇者」
 彼は生まれながらに勇者として魔王を倒す運命を持っているのだ。もちろんどこの町でも最高の待遇で迎えられる。宿屋は無料タダだし、最高の武具を貢がれる。道具も必要なだけ用意してもらえる。はした金だけ渡して送り出す何処かの王様とは違い、ちゃんと待遇を保証してくれるのがエルバードの議会だ。

「うん、勇者としてしっかり魔王を倒してくるからね!」
 屈託のない笑顔を見せ、自分を名前ではなく勇者と呼ぶ両親に手を振るケントは、自分の境遇に何も疑問を持っていない。そういう世界に生まれたからだ。ならば、さぞかし立派な剣や魔法の訓練を受けて来ただろうと思うだろうか?
 そんなことはない。
 彼は戦いの天才なのだから、凡夫ぼんぷが教えるなど烏滸おこがましいこととして何も教わらない。そもそもこの世界では、知識を得るための勉強はあるが技能を取得する訓練という概念が無い。強い奴は生まれつき強いし、弱い奴は生まれつき弱いのだ。
 そう、誰もが信じて疑わなかった。
 現実に経験を積んで能力が強化される現象は起こっているのだが、弱い者が努力して強くなるなどということがあるとは夢にも思わないのだ。
 否定するのではない、思いつきもしないのである。
 だから、繰り返しによる習熟を体験しても、誰もが神の加護としか思わなかった。

 さて、エルバードを運営する議会はBランクの者の中から選ばれた議員で構成されている。Aランクは最初から議員より上の立場なので除外である。そんな議会で、新しい試みについて話し合われていた。
 英雄の召喚である。
 魔王は強大だ。流石にたった三人・・しかいないAランクの勇者に任せてばかりというのも問題があるということで、異世界から戦闘に長けた英雄を呼び出して勇者の手伝いをさせようというのである。
「ちょうど召喚魔法を使える者がいます。世界を飛び越えて英雄を召喚しましょう」
 この世界でもわずかながら特殊な技能を持つ者はいた。生まれつきそういう能力に目覚めていた者である。早速、英雄を召喚する儀式が行われた。
 召喚されたのは、黒い鎧に身を包んだ騎士だった。高い身長に精悍な顔つきをした男は、髪も黒いウルフヘアーで瞳は濃い茶色。象牙色の肌を持つ彼を見る者の印象は、「まるで闇の化身のよう」だった。
 この世界では、黒は魔が好む色として不吉な印象を持たれる。議員たちは、英雄を疑い才能の計測を行った。その結果、彼はEランクであった。
「何ということだ、安くない金を使って儀式をしたのにただのゴミを呼び出してしまった!」
 嘆いたのは、ある中年議員だ。そう言いたくなるのも仕方がないことだが、本人を目の前にして口に出すのはさすがに品が無い。
「ゴミとは俺のことか?」
 その言葉を聞き、不快感をあらわにする英雄。当然である。
「戦いの才能を欠片も持ち合わせてないお前がゴミでなくてなんだと言うのだ!」
 怒鳴る議員に、英雄は怒るどころかニヤリと笑い、言った。
「じゃあ、あんたらはさぞかしお強いんだろうな? 俺と手合せしてくれよ」
「ふん、ゴミが。身の程を教えてやる」
 あなどり、余裕の態度で挑戦を受ける議員。こんな奴に負けるわけがないと心の底から信じているのだ。
 次の瞬間、彼の顔面には黒い小手の拳がめり込んでいた。

「胸糞悪い国だ。少しお灸を据えてやるか」
 議員を殴り倒し、追放された英雄は今後のことを考えて楽しげに歩く。何もないゼロからのスタートというのも新鮮だ、と思っているのだ。
 英雄の名は、ギルベルト。
 かつて二つの世界を救った英雄であった。

◇◆◇

 才能値について。
 才能値が一桁の者を最低ランクのEとし、二桁の者はDランク、三桁の者はCランク、四桁の者はBランク、そして五桁以上、つまり10000から上は全てAランクとなり、勇者と呼ばれる。
 上限は無く、人間で過去最高の数値を持った伝説の勇者ダイダロスは30500である。
 ケントの才能値はなんと98000だった。
 ギルベルトの才能値はわずか5である。

 ケントは街で装備を揃えると、まずは首都エルドベアから西に少し離れたところにある村を目指した。首都の近くにあるのに村なのは、更に西へ進んだ先に大きな町があるため、中間地点の村に住民が増えないからだ。
「ルーブ村かー、小さい頃に父さんに連れていってもらったな」
 のどかで良い村だったことを思い出すが、最近何やらモンスターのことで困っているらしい。
「モンスターの退治は勇者の仕事だ、頑張るぞ!」
 勇者としての初めてのクエストにやる気を出すケントである。ちなみに仲間はいない。モンスター退治はAランクの仕事で、あと二人のAランクは既に各地を回っているからだ。
 ルーブ村に着くと、村人たちが笑顔で迎えてくれた。
「ようこそ勇者様!」
 最高級の装備に身を包んだ勇者を迎える村人は、これで助かったと口々に喜びの言葉を述べる。
「モンスターが出て困っていると聞いたのですが」
「はい! 村の外れにある池にヌマネズミが住み着いたのです」
 ヌマネズミ。
 名前の通り水辺にすむネズミだ。モンスターではあるが、動物のネズミと大した違いは無い。強いて言えば体長が一メートルほどもある巨体だ。大きい分動きは遅く、人に襲い掛かるような凶暴性もないが、食欲は旺盛で農作物の被害は甚大である。退治しようとするとDランクの村人には荷が重い相手だった。
「わかりました。僕にお任せ下さい!」
 ケントは自信満々に胸を張って応える。なにせ自分は史上最高の才能値を持つ勇者だ。村人には恐ろしい相手とはいえ、ヌマネズミは弱いモンスター。負ける要素は微塵みじんもないと思っていた。

 ひとまず村の役場に荷物を置かせてもらい、池の様子を見に行くことにした。ヌマネズミは弱いが、しばしばそれを餌にする強力なモンスターを引き寄せる。油断していると思いがけない伏兵に出会う危険があるのだ。
「さすが勇者様! モンスターの生態にもお詳しい」
「ぜんぶ本から得た知識です。情報を集めてくれた先人に感謝しましょう」
 村人からの称賛にも謙虚な言葉を返し、危険なので村人は連れずに一人で池に向かった。
「……いる!」
 池の場所はすぐに分かった。というより小さい頃に池にも行ったことがあった。物陰からこっそりと池の様子を窺うと、巨大なネズミが水辺に寝そべっているのが見える。
「他のモンスターは……いないな。これなら楽に退治できそうだ」
 キョロキョロと周囲を見回すが、強力なモンスターが潜んでいる様子はない。
「ヌマネズミの数は……いち、に……うん、ざっと十匹ぐらいか」
 ネズミは繁殖力が旺盛だが、さすがに大型のものにもなると一匹見れば三十匹とはいかない。十匹でも十分な数と言えるだろう。
 標的の数を確認したケントは一旦役場に戻り、戦闘準備を整えてきた。
「覚悟しろ、ヌマネズミ!」
 絶対的な自信と共に手にした剣を構え、ヌマネズミの群れに向かっていく。
「キィ!」
 敵襲に気付いたモンスターは、警戒音を発して一斉にケントを見た。迎え撃つ気であることはその様子から容易に読み取れる。
――新米勇者ケントの、初めての戦闘が開始した。
 動きが遅いと言っても、それは通常のネズミと比べての話。突進してくるヌマネズミは、ケントが思っていた以上に速かった。
「うわっ!」
 発達した前歯で噛みついてくる一匹の攻撃をすんでのところでかわす。
「えいっ!」
 なんとか背後を取ったケントは、気合と共に剣をヌマネズミの背中に向かって振り下ろした。
 ドンッ。
 鈍い音。
 刃はヌマネズミの毛皮を切り裂く事もなく跳ね返された。
「なっ!?
 予想外の展開に動揺するケント。彼の頭の中では、ヌマネズミの攻撃をヒラリと躱して剣の一閃で真っ二つにするイメージが出来上がっていたのだ。しかし現実はよろよろと危なっかしく攻撃を避け、力無く剣でネズミの背中を叩いただけであった。
「どうなってるんだ? ヌマネズミは一番弱いモンスターのはずだろ」
 そんな疑問に答える者もなく、次々に襲い来るヌマネズミ。幸い、身を包む最高級の鎧が攻撃を弾いてくれた。だが、驚いたケントは彼等に背中を向け走って逃げだすのだった。

「何なんだ? モンスターってあんなに強いのか?」
 攻撃が効かないと悟ったのか、すぐに追いかけて来なくなったネズミ達。おかげで村人に情けない姿を見られることはなかったが、少し離れた木の下で休憩するケントは落ち込んでいた。
 彼は史上にも類のない98000という才能値を持つ大天才である。物心ついた時から魔王を倒す勇者として周りの人間から敬われてきた。その上、この世界の最高権力者たちが用意した最高級の装備に身を包んでいる。
 それが、たかがヌマネズミに手も足も出ないなんて!
「どうした坊ちゃん? お腹でも痛くなったか?」
 不意に、聞き覚えの無い男の声が掛かった。顔を上げると、そこには黒い鎧に身を包んだ騎士の男がいた。不敵な笑みを浮かべる精悍な顔つきは、見るからに歴戦の強者。
「僕は、モンスターを退治しに来たのですが……」
 弱々しい口調で答えるケント。
「見てたぜ。剣の持ち方も身のこなしもまるでなってないな。大人たちは剣の使い方を教えてくれなかったのか?」
「剣の使い方……ですか?」
 男の言葉に、意味が分からないといった様子で見返す。その姿を見て得心したように頷き、男は口を開いた。
「なるほど、薄々気が付いてはいたがここは『そういう世界』なんだな。そりゃあモンスターにもやられっぱなしになるわけだ」
 ボリボリと頭を掻きながら、呆れた様子で言う。
「よし、剣を持て。俺が少し手ほどきをしてやる」
 ケントが今まで聞いたこともない言葉を投げかけられた。手ほどき? 唐突で、偉そうで、強引な男。不吉な黒い鎧に身を包んでいるのも怪しい。だが、ケントは今まで見たことが無いタイプのこの男に不思議な魅力を感じる。
「はい、お願いします!」
 男が教える戦闘術は、生まれてこのかた見たことも聞いたこともないものだった。言われるままに剣を握り、足を運び、振り下ろす。
 さきほどネズミの背中を叩いた時とは比べ物にならない勢いで剣が空気を切り裂く。しばらくそんな動作を繰り返し、「よし、そろそろリベンジといくか。来な!」と男に促されて再び池に向かった。

 池には相変わらずヌマネズミが寝そべっている。基本的に夜行性なので、日中はあまり活動しないらしい。
「俺は右手から行く。お前は左手から攻めろ。挟み撃ちだ」
 男の指示に黙ってうなずき、教わった通りに剣を構える。さっきやられた相手だというのに、隣に頼れる仲間がいるというだけで全く恐怖を感じない。
(これが本に書いてあった仲間っていうやつか)
 ケントは生まれた時から孤独だった。彼の才能値は他者の追随を許さないほどに飛びぬけて高く、それゆえに常に特別扱いされ、共に過ごす者もいなかったのだ。
「行くぞ!」
 男の合図と共に駆け出す二人。ヌマネズミたちは、今度は一斉に逃げ出した。新たに現れた敵は恐ろしい相手であると、瞬時に察したのだ。
「逃がすか!」
 全力で走っても逃げ切れないほどには足の遅いヌマネズミたち。まず黒騎士が追い付いた一匹を斬り伏せる。大きなネズミは、まるで豆腐に包丁を入れたようにあっさりと真っ二つになってしまった。
(凄い……よし、僕もやるぞ!)
 男の強さに触発されたケントも、目の前にいるヌマネズミの背中に剣を振り下ろす。
 ザクッ!
 先程とは違い、刃がネズミの毛皮を切り裂き、肉を割り、骨を断った。血を吹き出し、一撃で絶命するヌマネズミ。
「やった!」
 思わず喜びの声を上げるケントだが、敵はまだ沢山いる。
「気を抜くな! 全滅させるまで手を休めるんじゃない!」
 男が彼を叱咤する。言われるままに次のヌマネズミに斬りかかっていくケント。一方の黒騎士は既に半数以上を仕留めていた。

「ありがとうございました!」
 ヌマネズミを全滅させ、感謝の言葉を述べるケント。
「おう、初めてにしては上出来だ。さすが才能の塊だな」
 剣についた汚れを拭い、笑顔で褒める男。
「それじゃあな。魔王退治頑張れよ!」
「あの、一緒に来てくれませんか?」
 すぐに立ち去ろうとする男をケントが呼び止める。頼りになる仲間がいれば、旅はきっと楽しく順調なものになるであろう。だが彼は手を振って拒否した。
「俺はこの世界じゃ歓迎されない立場だ。勇者様の隣にいるべきじゃない」
 そう言われると、ケントもすぐに納得してしまう。彼の身を包む黒い鎧は、この世界の常識では非常に不吉なものなのだ。
「そうですか……ならせめてお名前を。あ、僕はケントっていいます!」
「ああ、俺はギルベルト。また縁があったら会おう、ケント」
 手を軽く振り、ギルベルトは激励の言葉を残して去っていった。
(僕も、あんな風になりたいな)
 その背中を見送り、ケントは生まれて初めて目標を見つけたのだった。

◇◆◇

魔獣ヌマネズミ……才能値500

 ケントは村人にヌマネズミ討伐の報告をした。
 黒騎士ギルベルトのことは秘密にしておいた方が良さそうだと思ったので自分一人で退治したと伝えたが、ひどく後ろめたい気持ちになる。
「さすが勇者様! ささやかですが宴を開きますので今日は是非お泊り下さい」
 まるで黒騎士の手柄を横取りしたようで気が進まないケントだったが、村人たちの喜ぶ顔を見て断ることは出来なかった。
(僕も何匹か仕留めたからと、ここは割り切ろう)
 そして宴も終わり、夜。村人たちも寝静まった頃、ケントはこっそりと外に出て剣の素振りを始めた。昼、ギルベルトに教わったことをしっかりと身に付けておきたかったが、なんとなく人前でやらない方が良いような気がしたのだった。
「知識は教わっても、こういうことは教えて貰ったことがなかった。繰り返しやるとどんどん違和感が無くなっていくんだな」
 剣を振りながら、もっと色々なことを教わりたかったと思うケント。なんとかあの黒騎士と共に旅をすることは出来ないかと思案するのだった。

 夜が明け、荷物をまとめたケントの下へ村長がやって来た。
「おはようございます、勇者様。すぐにアルベドの町へ向かうのですか?」
「ええ、今日中に向こうに着きたいですから」
 アルベド。
 首都の西に位置する交易都市である。首都からは歩いてルーブ村を経由して約二日と比較的近い場所にあり、西方の各都市から首都エルドベアへ物資を運ぶ玄関口となっている。
「交易路には凶暴なモンスターは現れませんが、あの辺りの森林は妖精族の縄張りです。お気をつけて」
 妖精族とはエルフやフェアリーといった、自然と共生する種族の総称である。美しい見た目と癖のある性格が特徴だ。人間とは良好な関係を築いているが、その性格から旅人に迷惑をかけることも少なくない。用が無ければなるべく関わり合いになりたくない相手であった。
「ありがとうございます。皆さんもお元気で」
 出発の時には、村人が総出で見送りをしてくれた。改めて、この期待に応えられる勇者になろうと心に誓うケントだった。

 交易路は石畳が敷き詰められ、時折荷馬車が通り過ぎたりもする。徒歩で進むケントは道の端を歩くことになるが、歩道もしっかりと作られていて冒険者が歩く姿も見られる。
 冒険者とは主にBランクの人間で、各町にある冒険者ギルドに所属している。ギルドからの依頼を請け負い、必要があればモンスターとも戦う人々なので、ケントがルーブ村でやったようなモンスター退治も、彼等がやることはある。だがそのためには困っている住民がギルドにお金を払って依頼しないといけない。命がかかるモンスター退治の依頼には莫大な額の依頼金を必要とするため、大半は国から全面支援を受けているAランクが解決しなくてはならないのだった。
 数十分に一人ぐらいすれ違う冒険者は、ケントの姿を見ると会釈をしてきた。超が付くほどの有名人なので、誰もが彼の姿を知っているのだ。これもケントにとっては当たり前の日常であった。
 しばし歩き、アルベドまであと半分という所まで来た時、彼を呼ぶ声が聞こえた。
「ねえねえ、そこのキミ!」
 声は道を外れた森の方から聞こえる。ケントは声の高さから妖精の少女だろうと察する。
(妖精族か、あまりいい噂は聞かないけど、呼ばれているしな)
「ちょっとー! 聞こえてるんでしょ!?
 ためらうケントに、声は少し強い口調で呼びかけてきた。
「しょうがないな……こっちかな?」
 声のした方に向かって歩いていくと、そこにあったのは巨大なクモの巣。そして声の主は予想通り、フェアリーの少女だった。
「良かったー! さっきから誰も来てくれないのよ、薄情よねー!」
 騒がしくまくしたてる少女の身長はおおよそ三十センチ程度。金髪に青い瞳を持つ可愛らしい姿だが、背中に生えた透明の羽がクモの糸に絡まっている。巣から抜け出そうともがいて更に絡まったのだろう。
「これはジャイアントスパイダーの巣だね」
「そうよ! 私としたことが、うっかりよそ見をして突っ込んじゃったのよ」
 ジャイアントスパイダーはその名の通り巨大なクモの形をしたモンスターだ。その糸は強靭で粘着力もあるため、絡まれれば人間でも簡単には抜け出せない。ケントは慎重にフェアリーの身体から糸を外していった。
「きゃっ! 変なところ触らないでよ、エッチ!」
 騒がしい。巣の主がやってくれば命を落とすというのに、まるで危機感がない。
「ほら、暴れるともっと絡まるよ。大人しくして」
 数分かけて糸を外してやると、フェアリーは大きく伸びをしてから宙に舞った。
「はー、助かったー! ありがとね」
 パタパタと羽を羽ばたかせながらケントの周りを飛び回るフェアリー。
「アタシはコレットっていうの、よろしく! キミの名前は?」
 空中で器用にお辞儀をして見せるコレット。
「僕はケント、よろしくね」
「ケントって、もしかしてあの勇者様!?
 名乗ると、驚いたように叫ぶコレット。妖精族の間でもケントは有名なようだ。
 ガササッ!
 間を置かず、何かが木を揺らす音がした。すぐに剣を抜いて振り向くケント。思った通り、巣の主が二人の声に引き寄せられてきたようだ。体長は約一メートル半と、ジャイアントスパイダーの中でも大型のものだった。
(大きい!)
 先手必勝とばかりにケントは敵の頭部へ剣を振り下ろす。
 ガチッ!
 だが、巨大蜘蛛は固い顎で剣を受け止めた。
「っ!?
 蜘蛛はそのまま頭を振り、ケントの剣を弾き飛ばしてしまう。
「あらら、もしかしてピンチ?」
 背後からコレットの呑気のんきな声がする。だが構っている余裕はない。すぐに飛ばされた剣を拾いに駆け出すケント。そこに目にも止まらぬスピードで飛び掛かった巨大蜘蛛は、彼を地面に転ばせ牙を突き立てようとした。
『ファイア!』
 突如、巨大蜘蛛の身体が火に包まれる。
「ギイィィィ!」
 錆びた金属をこすり合わせる様な絶叫を上げ、のたうち回る巨大蜘蛛。ケントはすぐに拾った剣をその腹に振り下ろした。
「いやー危なかったネ、アタシの魔法が無かったら死んでたかもよ?」
 自慢気に小さな胸を張って飛ぶコレット。実際、彼女の魔法が無ければケントは命を落としていたかもしれない。感謝の言葉を述べようとしたとき、新たな声が森に響いた。
「きゃああ! 火事よーっ!」
 得意気だったコレットの笑顔が、瞬時に凍り付く。
「あっ……」
 即座に事情を察したケントが振り返ると、そこには予想した通りの光景が広がっていた。
「大変だ! 火を消さないと」
 慌てて消火活動を始めようとしたケントの腕を、コレットが引っ張る。
「逃げるヨ!」
「えっ!?
 その小さな体からは想像もできない強い力で引かれ、ケントは驚いているうちにその場を後にしているのだった。

「よーし、気を取り直してしゅっぱーつ!」
 元気よく腕を天に向って突き出し、アルベドへ向けて進もうとする妖精。
「ちょっと待って、火事はどうするの? それと出発ってどういうこと?」
 そんな妖精の勢いに誤魔化されず、冷静にツッコミを入れるケント。
「あんなの森のエルフ達なら簡単に消せるからダイジョーブ! ていうかほとぼりが冷めるまで帰れるわけないでしょ!? キミを助けるために使った魔法なんだから、責任とって付き合ってよね!」
「僕も君を巣から助けてあげたと思うんだけど」
「それはそれ! これはこれ! それに勇者様のお供に可愛いフェアリーはつきものでしょ?」
 何を言っても無駄と悟ったケントは溜息をつき、再びアルベドへ向け歩き出す。

◇◆◇

妖精コレット……才能値7650

◇◆◇

「ここがE地区か」
 一方、黒い鎧に身を包んだ騎士はEランクの者達が住む土地に辿り着いていた。

「勇者様は魔法使わないの?」
 コレットが不思議そうに聞く。ケントは剣で戦っていたが、魔法を使えば巨大蜘蛛も簡単に退治できただろう。
「それが、あんまり得意じゃないんだ」
Aランクなのに!?
 才能値が高い者は基本的に魔法も得意である。だが、ケントは魔法の使い方がいまいちよく分からなかった。だから、剣の才能が優れているのだろうと思っていたのだが、結果はあの様だ。
「うん。だからコレット、魔法を教えてくれないかな?」
「なにそれ!? 魔法を教える?」
 妖精族にも、訓練をするという考えはないようだ。ケントは黒騎士から剣を教わり、ヌマネズミを倒せるようになったことを説明した。
「へー、面白そう! 私ももっと強くなれるのかな?」
 ケントの話を聞いたコレットは非常に乗り気だった。

 アルベドに到着するとすぐに、二人はギルドに向かった。Aランクのケントはギルドの仕事を受けることはないが、ギルドは様々な仕事を仲介している所だけに、情報が豊富である。彼等が求めるモンスタートラブルを探すにはうってつけの場所なのだ。二人は町に入ってすぐ目に付いた『白馬亭』というギルドを訪ねてみた。



  タチヨミ版はここまでとなります。


ギフト ~最弱の天才勇者と最強の無才騎士~

2022年7月15日 発行 初版

著  者:寿甘
発  行:すあま書房

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寿甘(すあま)

投稿サイト等で活動しているネット作家です。自分が面白いと思うものを、読者に分かりやすく書くがモットー。流行に乗った作品はありませんが、読者様からは読みやすいとの評判を頂いております。

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