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この本はタチヨミ版です。
第一話
不知火(しらぬい)の肖像
(幻冬舎SAKIMORIの続編)
三池放送のキャスター陽子は
新地町にあった炭都放送大学で、
三池闘争について
特別聴講生として講義を聞いていた。
陽子は、なぜか眠くなって寝てしまった。
講師は低い声で語る。
「え〜!
ひだるかとは方言で
ひもじくて
だるいの意味・・・・」
陽子はタイムスリップして
労働歌を歌う集団の中にいた。
警察が雲霞のように押し寄せる
「ポリ公帰れ!」
レポーターが声を荒げる。
「ここは、まさに38度線です。
三池労組側はホッパー周辺に
ピケ小屋を林立させ、
二 万のピケ隊が
一 万の警官隊と対峙しています。
死傷者続出は必至と見られ、
警察も香典袋が用意され、
組合も警察も
死を覚悟しているようです。
組合動員はのべ 三十万人、
警官は 五十万人が動員されています。
以上現場から」
陽子はタイラギ弁当を持っていて
ピケ隊に取られようとしている。
「なんばしょっとね!
これは!
私のよ!」
ふと、陽子はわれにもどり。
講義中に戻った。
よだれを出していて。
あわてて
ハンカチでふいた。
陽子は自宅に戻り、
ラジオの電源を押した。
お気に入りの番組が始まった。
「ごきげんよう!
サーキーの映画の時間です。
今回は『不知火の肖像』のお話です。
福岡県の南端にある
大牟田市が舞台です。
作品のテーマは時間は
過ぎるのでなく
巡っていくもの。
主人公は健二。
健二は小浜町に住んでいます。
人とのコミュニケーションが
苦手だが絵を描いていた。
堤防に行って
有明海を描くのが好きで、
幼い頃に一度だけ目撃した
不知火を描きたいと思っていた。
有明海がオーロラのように
光り輝いていたのです。
健二は
店のシャッターに絵や看板を
描いていて、
地元の人に助けられて
なんとか生活をしていました。
二十二歳になった健二は
有明海を描いた絵を
築町の小浜楽器の上にあった小浜画廊に持って行き、
画商に見てもらった。
でも絵は売れなかった。
健二は画廊を出て、
いつのまにか築町交差点にきていた。
画商の言葉が頭をかけめぐり、
足だけが歩いているようだった。
『君の絵にはハートがない』
と画商は健二に言った。
信号は赤なので直進せずに
右折して 踏み切りを渡った。
松原公園まで、
どう歩いたか記憶にない。
公園のベンチで一服した。
公園には
小学生の高学年と思われる少女が
ひとりでブランコに乗っていた。
ベンチに座った健二は
画商に見せた絵をとりだして、
見ていた。
ブランコをやめた少女が
近づいてきた。
「私も筒井美術研究所で
絵を習っているの」
「それ どこにあるんだ?」
「松原中学校の裏よ」
「あったかな?
トライアルがあるよな」
『トライアル?』
『知らんと?
スーパーたい』
と健二は言った。
『ああ!
スーパーなら。
筒井の先にあるよ。
電化センターよ』
少女は健二の風景画を見て
怖いと言い、
描かれた場所がどこかも、
言い当てた。
『風景ではなく、人物を描いたら』
と少女は言った。
デパートのお昼のサイレンが
鳴ると、少女は
「『また!会えそうね』と言って、
去っていった。
『お兄さん!
彼女いるの?』
『いないよ』
『大きくなったら。結婚してね!』
『俺で、いいのかい?』
少女は恥ずかしそうに頷いた。
健二は
小浜町通りにある
北海屋食堂の看板を描いた。
アルバイト代のかわりに、
まかないを食べた。
短髪でめがねの主人に
公園で会った少女の話をした。
主人は「昔、小浜センターがあった。
アーケードの商店街だった。
俺の親父がセンター内に
同じ名前の北海屋を開いていた。
センターが火災になって、
いつのまにかなくなったよ」
健二の母親は
カッコウのような女性で、
子育てを放棄。
祖父母に育てられた。
父は三池炭鉱爆発で死んでいた。
祖父母も
新地の大洪水でなくなっていた。
偶然にも健二は学校のキャンプで
島原半島の加津佐にいて、
助かっていた。
家に帰った健二は、
徹夜で、
今日会った少女の絵を描き始めた。
いつのまにか眠りについた。
少女が夢の中にでてきた。
「大きくなるまで待って」
と少女は言った。
夢の中で、
松原公園から有明海に向かって、
大きな光が飛んでいった。
飛んでいった光は原爆雲に似たきのこ雲に変わった。
親父の顔が現れたかと思うと、
大きな光が出てきて親父は消えた。
健二は光がまぶしいと叫んで
目が覚めた。
朝になっていた。
健二は、
小浜通りにある食堂・佐賀屋の看板に絵を描いていた。
少女と会って数週間が過ぎていた。
作業が終わって堤防に行って
有明海のスケッチをはじめた。
絵を一枚仕上げて、帰宅途中だった。
公園であった少女と再会した。
少女は赤いセーターを着ていた。
初めて会ったときから
少女の雰囲気が違った。
二度と忘れない彫りが深い女性が
数週間も経っていないというのに、
成長を遂げていた。
胸は膨らみ、
年齢を間違えたと錯覚した。
「まちがいない!あの少女だ。
だが年齢が違う。
少女のお姉さんか?」
と健二は思った。
「この前、公園で会ったよね?」
「あ!絵描きさんだわね」
「覚えていてくれたかい」
少女は年齢が違うが
面影や話し方で健二は確信した。
「きみの絵を描いたら、売れたんだ」
「よかったわね。
わたしの絵なの?
みてみたい」
「こんど描いたら君にあげるよ。
また君の絵を描くばい。
名前は、なんていうんだい?」
「さくらこ(桜子)って言うの」
健二は桜子に実家がどこかを尋ねた。
難しいところにあると言って、
桜子は話をはぐらかした。
桜子を、健二のアトリエに案内した。
桜子はためらいもせずに
健二についてきた。
アトリエは母屋の庭にあり、
プレハブの小屋だった。
「想像したより素敵なアトリエね」
「掃除なんかしてないけん。
ひどいところだろう?」
「なんか?
掃除するものはない?
エプロンなんてないわよね?」
桜子は掃除を始めた。
健二はデッサンをはじめて、
描き終わると
デパートの16時55分を知らせる
「埴生(はにゅう)の宿」
のサイレンが鳴った。
桜子は帰ると言い出した。
別れ際、二人は来週の土曜日に
また会おうと約束した。
桜子は帰るのが怖いと言った。
再会できるか不安だとつぶやいた。
次の週になったが、
桜子はアトリエにこなかった。
健二は、
銀座通りの炭都デパート付近で
似顔絵を描いた。
座った場所はデパートの横付近で、
夜になると、
うなぎ釣りの屋台が出る。
上手に釣れたうなぎは
即座に捌いてくれ
蒲焼にもしてくれる。
似顔絵料を数千円もらった。
昼は
稲田電機の隣の「山小屋カレー」で
コーラとカレーを食べた。
稲田電機の前には映画館があって、
健二は映画を観たいと思った。
映画は「クリスマスイブ」で。
ある男が偶然に訪問した部屋で
盲目の老婆に、
「孫や!来たのね!」と言われた。
孫とまちがわれたが、
あまりの老婆の歓待ぶりに
孫のふりをして老婆と二人で
クリスマス・ディナーを共にした。
数日して行くと、
老婆は死んでしまっていた。
映画を観終わり、
館内にあった映画館の館主家族の写真が目に止まった。
桜子が写っていたのだ。
写真の下に、
新地映画館と書いてあった。
健二は映画を観終わって、
新地に行って、
映画館を探した。
映画館は10年前に消失していて、
廃墟になっていた。
通りすがりの人に聞くと、
家族はなくなっていた。
図書館に行き、当時の新聞を調べた。
新地映画館は、
稲田電機の前の映画館の親族が
タチヨミ版はここまでとなります。
2021年10月28日 発行 初版
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