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ギフト ~最弱の天才勇者と最強の無才騎士~ 2

寿甘(すあま)

すあま書房



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  この本はタチヨミ版です。

 目 次 ※このエントリを使う場合は「記事非表示」チェックを外してください

ゴブリンの王国

 一夜明け、ケントはまたタリアにモンスターの情報を聞いた。
「タリアさん、またモンスターの情報を教えて貰えますか?」
 そんな勇者を前に、タリアは軽く驚いたような顔で返事をする。
「えっ、あんな大事件を解決したばかりでもう次の事件に向かうんですか? 本当に凄い方ですね。ちょっと心配です」
 すると、ケントより先にコレットが口を開いた。
「私達はどんどんモンスターを退治していかないといけないの! 何か無い?」
 使命感というよりも、早く戦いたくてうずうずしているという様子だ。タリアにも彼女の気持ちが伝わり、笑顔を見せる。
「そうですね、最近ゴブリンの動きが活発になっているようで、町の近くでも襲われる人が増えてきています」
 ゴブリンはモンスターの中では低級の存在だが、社会性があり集団で生活し個体差がある。モンスターというよりは敵対的な異種族と考える方がその性質を理解しやすいだろう。
「ゴブリンですか。どちらの方角からやってくるか分かりますか?」
 集団生活する種である以上、集落のようなものが近くにあるはずだとケントは考えた。
「それが、襲撃が全方位で散発的に発生するのでどこが集落か分からないんですよ。冒険者達も探っているんですが」
 敵が全方位から攻めてくるということは考えにくい。拠点を悟られないように意図的に場所を変えているのだろう。
(これは、統率者のいる計画的な襲撃だな)
 話を聞いたケントは、今度の相手は戦闘力とはまた違う意味で手強い敵だろうと予想するのだった。

 まずは何でもいいから情報が欲しいと思った二人は、ゴブリンに襲われたという商人を訪ねた。
「あの時は南のブルート港から交易品を運んでいたのですが、突然物陰から二匹で現れて襲い掛かってきました。幸い護衛の冒険者が蹴散らしてくれたので被害はありませんでしたが」
「待ち伏せですね。その場所はどこですか?」
 ケントは手持ちの地図を見せ、襲撃地点に印をつけて貰う。
「ゴブリンは荷物を狙ってたの?」
 コレットが不思議そうに尋ねる。ブルート港は南方の島々から様々な香辛料を仕入れる場所だ。ゴブリンは香辛料を好まない。それが南からやって来る商人を襲うだろうか?
「言われてみれば、ゴブリンは荷物には目もくれずに私達に襲い掛かってきましたね。これは不思議なことだ」
「荷物ではなく、人間を狙う……それでいて、護衛の冒険者には簡単に蹴散らされる、か」
 不審な行動だ。何か別の狙いがあると見ていいだろう。
「ありがとうございました。とても参考になりました」
 ケント達は謝辞を述べ、商人の店を離れた。

「次は、北で襲われた兵士だ」
 続いて、二人は町を守る兵の詰所に向かった。
「北の見回りから帰ってきた時に、二匹で襲ってきましたね。雑魚だったので簡単に返り討ちにしてやりましたよ」
 北のゴブリンも、南と同じく物陰から突然襲ってきたという。兵士に武器を弾き飛ばされ、一目散に逃げていったそうだ。
「ゴブリンが逃げた方向は分かりますか?」
「北の方ですね。特に気にも留めなかったので、正確な方向は確認していません」
 兵士はゴブリンの行先を確認していなかったが、これは怠慢というわけではない。雑魚モンスターが襲ってきて返り討ちにあったというだけの出来事で、相手の逃げた先まで気にすることはまずないのだ。
「どう見ても勝ち目のない兵士にわざわざ挑んで、すぐ逃げる……やはり何か別の目的がありそうですね」
 北の方に逃げたというが、それで北からやって来たと考えるのは早計にすぎる。
「ゴブリンはどんな武器を持ってたの?」
「剣ですよ。ゴブリンが好んで使うショートソードでした」
 ゴブリンは主に剣を使う。体が小さいので片手持ちの短剣を持つことが多い。使う武器には特におかしい点は無かった。
「ありがとうございました」
 次は東で襲われたという冒険者に話を聞いてみる。
「ええ、ルーブ村から来る途中に森から襲ってきましたね。二匹いましたが、魔法で追い払いましたよ」
 また二匹。北も南も二匹で襲ってきたそうだが、この数に意味があるのだろうかとケントは疑問に思った。
「わざわざ戦える人間を襲う。決まって二匹。荷物には目もくれない」
「変わった武器を使うわけでもないなら、新しい武器を試してみたかったってことも無さそうだネ」
 法則性は見えてきたが、意図は全く分からない。最後は西で襲われた農夫の家へと向かった。
「あれは農作業から帰る時でした。町の門が見えてきたところで、二匹のゴブリンが私に斬りかかってきたんです。幸い、このぺスが吠え掛かったら驚いて逃げて行きましたが」
 ぺスと呼ばれた犬が誇らしげにワン! と吠えた。
(また二匹か。でも、本気の襲撃なら犬に吠えられたぐらいで驚いて逃げるわけがない)
 もしかしたらゴブリンの数が違って、それがヒントになるかと思ったがそうはいかなかった。
――手元の動きに惑わされるな。
 ふと、ゴブリンの奇妙な行動に隠された意味を考えていたケントの脳裏にギルベルトの言葉が浮かんだ。
「フェイント……」
――敵のガードを崩すために、本当の狙いと別の場所を攻撃する振りをするんだ。
――敵のフェイントに惑わされないためには、手元じゃなく全身を見ろ。視点を一点に集中させるな。
「ゴブリンが僕達人間の目を逸らすために偽の襲撃を行っているのは間違いない。ゴブリンは決まって町に入る人間を襲い、すぐに逃げる。襲われた人は町に帰って襲撃のことを知らせるだろう。……その後の町の対応は、決まっている」
 わずか二匹の襲撃とはいえ、ゴブリンの住処を探って退治しようとするだろう。冒険者達や、今のケント達のように。
 その時、探るのは……

 そこは、薄暗い洞窟の中だった。壁に備え付けられた松明の灯が揺らめき、その場に集う異形の人型達を橙に照らす。
「キング、今日の獲物はこちらです」
 一匹のゴブリンが、玉座に座る一際大きな個体に何かを差し出した。
「これは良いな、酒を注ぐのに丁度いい」
 小さいサイズの頭蓋骨。形状から人間の子供のものと分かる。ゴブリンは人間を殺す事を目的とした襲撃はあまり行わないのだが、キングと呼ばれた巨体のゴブリンの背後には多くの人骨が積み重なっていた。どれも頭蓋骨なので、別の場所で殺害され頭部のみがこうして献上されているのだと分かる。
「カカカ、軍師のおかげで人間どもも右往左往しておる。もうすぐワシらもかの魔王軍に仲間入りだ」
 上機嫌で笑うキング。だが、軍師と呼ばれた杖を持つゴブリンは険しい顔をしている。
「ご機嫌の所、申し訳ございません。あまり良くない知らせです」
 その言葉に一瞬で真剣な表情に戻ったキングだが、気分を害したというよりは軍師の言葉を受け止めるための態勢を整えたといった様子だ。それほどまでに彼はこの軍師を信頼しているのだった。
「どうした?」
「勇者が、我等を探り始めました」

◇◆◇

 ケントは盗賊達のアジトを訪ねていた。
「皆さんにお聞きしたいことがあって来ました」
 かしこまった態度に、だが盗賊達は待っていたと言わんばかりに迎え入れた。
「まあまずはそこに座ってくださいよ、先日は教団退治助かりましたぜ。今日はゴブリンのことですね?」
 どうやらケントの予想は正しかったようだ。コレットは不思議そうな顔をしている。
「はい、ゴブリンの襲撃があった後で町の中に異変はありませんでしたか?」
 盗賊の頭は、口角を上げニヤリと笑った。これは喜びを示す笑みだ。
「さすが勇者様、闇雲に周辺地域を駆けまわるだけの冒険者どもとは違う。仰る通り、ゴブリンが地下水路を通って悪さをしていましたよ」
 そう、ゴブリンは少数による襲撃で兵や冒険者の目を外に向け、手薄になった町の中で活動していたのだ。

「ゴブリンがやるような悪事と言えば、食料庫を荒らしたりとかですか?」
 前述の通りゴブリンは人間を殺すために襲うことは稀で、大抵は食料を奪うことが目的だ。また、ケントは敢えて口に出さなかったが、この世界におけるゴブリンの重大な危険性として異種族のメスを襲い子供を産ませる習性があった。
(あまり考えたくはないけど、それが目的の可能性は十分にある)
 だが、盗賊の答えはそんなケントの想像を更に超えたものだった。
「それが、力のない人間を性別年齢関係なく無差別にさらっています。前の魔王教団から子供が助けられた時にも子供が帰ってこなかった家が多数あり、そちらはゴブリンの仕業だと思われますね」
「それって、大問題じゃない!」
 コレットが叫ぶ通り、重大な問題だ。すぐにでも退治しに行きたいが、まだ情報が足りない。
「ゴブリンはどこから地下水路へ侵入しているのか分かりますか?」
 侵入口が分かってもそこから更に敵の拠点を見つけなくてはならないのだが、焦らず順を追って解決していかねばならない。
「ええ、西の一角に更なる地下への入り口が隠されています。奴等が入ってくるのはそこです。巧妙に隠されていますので、うちの者に案内させましょう。しかし、我々が探ったところ奴等の住処に直接つながっている様子はありませんでした。相当に慎重な連中ですね、ただのゴブリンとは思えませんよ」
 やはり、通常のゴブリンが取る行動ではない。ケントは悪魔に敗北した前回の戦いを思い、剣の柄を強く握りしめた。

◇◆◇

「才能値98000の非常識な人間か。厄介だな、直接対決は避けたいものだ」
 キングはゴブリンの中でも突出した才能値を持ち、圧倒的な強さで種を統べている。だが、だからこそ慢心せず全てにおいて慎重を期していた。自分よりも強い者が世の中に多く存在することを理解していたからだ。
 そんなキングの聡明さに軍師は心酔し、自分の持つ全ての能力を彼のために使う覚悟であった。
「勇者は多くの仲間を持ちません。連戦で疲弊させるのが最良でしょう」
 軍師の進言を受けたキングは、すぐにゴブリンの兵、ソルジャー達を呼び寄せるのだった。

◇◆◇

邪精ゴブリンキング……才能値12450
邪精ゴブリンメイジ(軍師)……才能値8200
邪精ゴブリンソルジャー(平均値)……才能値4500

◇◆◇

「こちらになります」
 盗賊の案内を受けて地下水路を進む。改めて、スライムを掃除しておいて良かったと思うケントだった。ゴブリンはスライムに襲われずに進むことが出来るのだ。スライムに埋め尽くされた場所でゴブリンと遭遇したら、厄介なことになる。
 今にして思えば、スライムが大量発生していたのもゴブリンの仕業だったのかも知れない。
 地下水路の一角に、更なる地下への隠し扉があった。案内役の盗賊が様子をうかがい……
「下がれ!」
 叫ぶ。と同時に扉が向こうから弾け飛び、何かが飛び出してきた。
「ゴブリンか!」
 ケントは剣の柄に手を伸ばし、コレットも両手に魔力を集中させる。
 勢いよく飛び出してきたのは二匹のゴブリン。だが、通常のものと比べてやや重武装な印象だ。
「へっ、ゴブリン風情が!」
 盗賊が短剣を抜き、素早く手前のゴブリンに斬りかかった!
「ふん、盗賊風情が」
 斬りかかられたゴブリンは、低く落ち着いた声を発しながら両手持ちの大剣で軽々と短剣を打ち払い、返す刃でその腕を斬り落とした。
「えっ……?」
 何が起こったのか理解できない様子で、斬り落とされた自分の腕を見つめる盗賊。その横をすり抜けるように、ケントがもう一匹(盗賊を斬った方をA、こちらをBとする)に斬りかかった。
「ぐっ!?
 ゴブリンBは大剣で受け止めたが、ケントが繰り出す斬撃の威力にされ堪らず後退する。
『ソニックファイア』
 続けざまにコレットの魔法が盗賊を斬ったゴブリンAに向けて放たれた。瞬間、全身が炎に包まれる。
「ぐわあっ!」
 悲鳴を上げ、身を屈めるゴブリンA。その様子が目に入ったケントは、次の一撃をどちらに入れるか迷う。そして、その迷いが隙を生んだ。
「はぁっ!」
 ケントに生まれた隙を見逃さず、反撃に出るゴブリンB。鋭い斬撃が、縦一文字にケントの脳天を狙う。
――大きく前へ踏み込め。
 何かを考える前に、昨日何度も練習した『入り身』の動作を行う。間一髪、ケントの脇をすり抜ける敵の斬撃。
(落ち着け、まず目の前の敵を倒すことに集中するんだ!)
 自分を戒め目の前にいるゴブリンBに意識を向けると、敵は渾身の一撃をかわされたことで不安定な体勢になっている。
――何者であっても、体勢が崩れかけた時には重心を移動させ安定状態に戻そうとするものだ。その方向に押してやれ。
 剣の柄を前に出し、ゴブリンBの肩を突き押す。完全に予想外の攻撃を受けた相手は腕を振りながら地面に倒れた。そこにケントの突き押し姿勢からの流れる様な斬撃が振り下ろされた。
 炎に包まれたゴブリンAに向けて、間髪入れず次の魔法を放つコレット。もう一匹はケントに任せておけば大丈夫だと思っていた。
『チェインファイア』
 ゴブリンAの身体を包む炎が、増大した。前の魔法と共にギルベルトから教わったものだ。不可避の高速炎撃からの火炎強化コンボで、強力な炎の鎖が敵を締め上げ焼き尽くす。
 コレットの魔法を受けたゴブリンAは、なす術もなく黒い消し炭と化していた。

「ケント、大丈夫?」
 無傷なのは分かっているが、一度危険な場面があったことを指して発破はっぱをかけているのだ。
(そういえば、いつからか「勇者様」じゃなくなったな)
 コレットの態度の変化は弱い勇者への侮りなどではなく、共に命を懸けて戦う仲間として気を許しているのだと理解している。そして、それがたまらなく嬉しいケントだった。
「うわあああ!」
 二人が顔を合わせて頷き合う後ろで、腕を斬り落とされた盗賊が必死に止血しながら叫んでいる。
「あっ、忘れてた」
 コレットの言葉に、自分も彼のことを忘れていたと反省するケント。
 ゴブリンに斬り落とされた腕を拾い、繋げて回復魔法をかける。これもギルベルトに教わった魔法だった。

「勇者様って本当にすげえんですね」
 怪我が治り、落ち着きを取り戻した盗賊がケントを尊敬の眼差しで見ている。ケントの方は盗賊が思ったより弱かったことに驚きを禁じ得なかった。
「何ヨ、ゴブリンなんかにやられちゃって」
 容赦ないコレットに、弁解する盗賊。
「いやいや、さっきのゴブリンが異常に強かったんですよ!」
 ケントもそれは感じていた。少なくとも彼の知るゴブリンは大剣を軽々と操り必殺の一撃を繰り出してくるような強者ではない。
「ゴブリンは人間と同様に個体差が大きいそうだよ。今の奴等みたいな個体ばかりだったら、間違ってもゴブリンを雑魚呼ばわりは出来ないからね」
 盗賊に助け舟、という訳ではないがケントも思ったことを述べた。
(こいつらが特別に強い個体であればいいんだけど……)
 このレベルのゴブリンが大勢いたら……恐ろしい考えが頭をよぎるが、さすがにバカげた考えだと否定した。
 だが、ケントはその考えが正解だったとすぐに知ることになるのであった。

 隠し扉の先は、しっかりとした構造の下り階段になっていた。
「近くにゴブリンはいないみたい」
 後続がいないということは入口で待ち伏せしていたゴブリンはそれだけ飛びぬけて強いゴブリンだったのだろうと楽観しつつ、ケントは案内の盗賊に別れを告げる。
(そういえば、さっきの奴等も二匹だったな。二匹で待ち伏せするのがよほど好きなんだな)
「案内ありがとうございました。後は僕達にお任せ下さい」
 大人しく帰る盗賊を見送り、コレットが呟く。
「あんな弱い奴じゃ足手まといだもんネ」
「そういうことを言うもんじゃないよ、戦うのが専門の兵士じゃないんだから」
 正直なところ、戦力としては頼りにならないとケントも思っていたが、人数が減るとそれだけで心細くなるものだ。先ほど心によぎった不安が再度首をもたげてくる。
「他のゴブリンもあんな強さだったら……」
「あの程度ならだいじょーぶ! 私が焼き尽くしてやるワ!」
 悲観的なケントとは対照的に、コレットは徹底的に楽観主義だった。

 しばらく進むと、少し開けた場所に出た。そして現れるゴブリン。こいつらも大剣を手にした二匹組だったが、今度は様子が違う。広場の奥にもう二匹、それも弓を手にしたゴブリン達がいた。
「まずい!」
 弓手は既に矢をつがえて狙いを定めている。前衛の二匹は素早く斬りかかってきた。連携の取れた動きだ。
――攻撃線上から身体を外せ!
(剣は線、矢は点の攻撃だ。戸惑わず、冷静に)
 大きく足を踏み込み、身体を円を描くように回転させる。ゴブリンの剣は空を斬り、矢はケントの頬をかすめて壁を撃つ。
『ミサイルガード!』
 空を舞う小さな体のコレットにゴブリンの攻撃は当たらなかった。直ぐに飛び道具を防ぐ魔法が発動する。
 これで弓を恐れる必要はない。頬から一筋の血が流れるが、構わず剣を振るって目の前の一匹を斬り伏せるケント。
(矢じりに毒でも塗ってあったら大変だったな)
 まだ甘い自分の回避を戒めつつ、続けざまにもう一匹の首を飛ばす。彼の繰り出す斬撃は旅立ったばかりの頃とは違い、既に致命的な威力を持ち合わせていた。
『ソニックファイア!』
 コレットが弓を持つゴブリンを焼き尽くした。こちらは大剣持ちに比べて幾分脆いようだ。

◇◆◇

 戦いの様子を魔法の光で壁に映し出し、真剣な目で分析する者達がいた。
「やはり手強いな」
 短時間で兵を倒された王は、唸る。
(……確かに強いが、この程度か?)
 対照的に、軍師はケントの強さに疑問を抱いていた。桁外れの才能値を持つ希代の勇者である。その割には、動きも甘いし攻撃の威力も目を見張る程ではない。共に行動する妖精の方が戦闘力では上に見えた。
(あの妖精は、我と同等の実力者と見た。だがあの勇者はお世辞にも我が王と張り合えるほどの強者とは思えぬ)
 彼の見立ては正確であった。だがそれ故に、沈着冷静な彼が油断という大きな間違いを犯してしまうことになる。
「このまま、同数の兵をぶつけ続けましょう。地上に出る頃には疲れ果て、隙だらけになるはずです」
 王は、軍師の言葉に従った。
 油断は、慎重な分析力も奪う。敵の実力を見誤るだけではなく、味方の状態も読み取れなくなる程に。

◇◆◇

 ゴブリンの待ち伏せはある程度の間隔で繰り返された。時には間を置かず、時には長い間隔を取って、ケント達に次の襲撃タイミングを悟らせないように不規則な攻撃を繰り返す。
 既に二人が倒したゴブリンの数は二十体を超えていた。
「うぅ、魔力が無くなってきたよ。ヤバいかも」
 魔法を使い続けていたコレットは、ついに魔法を使うための精神的エネルギーが尽きかけていた。
「ふぅっ……そろそろ休憩をしないと」
 大きく息をつく。ケントも疲労困憊ひろうこんぱいだ。二人は休息を必要としていたが、地下道の出口は見えない。
(来た道を戻るか? いや、後ろにいないとは限らない)
 進むべきか退くべきか、判断を迫られるケントだった。

◇◆◇

「よし、勇者達が消耗してきたな」
 王と軍師は勇者達の戦いを見ながら策の成功を確信していた。
 満足そうに映像に見入る二人を、冷ややかな目で見つめる者達の存在には気付かずに。

◇◆◇

 ゴブリンは非常に個体差の大きい生物だ。中には当然、臆病者もいるし狡賢ずるがしこく生き抜こうとする者もいる。そして、王の命令に反発する者も。
 ゴブリンの兵士ジャレッドは、勇者を倒すために捨て石になるなんて真っ平だと考えていた。
 そもそも、ゴブリンは人間を殺すことに快感を覚えるような種族ではない。人間を捕まえ、殺せと命令された彼は、内心非常に不服だったので、町に侵入した時も人間を探す振りをして仲間を誘導し、見つけた子供を密かに逃がしていた。そして今回の命令である。
「なんで死ぬと分かっているのに襲い掛からなきゃいけないんだ!」
 もう限界だった。この王と軍師にはとてもついていけない、こうなったら天才と有名な勇者を利用して王に反旗をひるがえそうと思っていた。幸いなことに、賛同する者は少なくなかった。
 ただ勇者に自分の考えを訴えても、信用されないであろうことは火を見るよりも明らかである。なので、軍師の策も利用して上手く勇者に信用してもらう手筈を整えていた。要するに、恩を売るのだ。
 王に忠誠を誓う連中を先に行かせ、勇者を消耗させる。様子を窺い、いよいよ限界が来た頃を見計らって自分と仲間達で勇者の前に現れ、戦闘の意志が無いことを伝えるのだ。疲労した勇者を休ませる場所も提供し、王のいる拠点まで案内もする。王を倒す手伝いもする。そのかわりに見逃してもらおうという算段である。
「そろそろかな?」
「いや、まだ余裕がありそうだ。次の襲撃が返り討ちにあった直後を狙おう」
 物陰でそんな会話が交わされているとは露知らず、ケントは出口が近いことを祈って前に進むことを決めていた。

「ここまでかなりの距離を歩いてきたし、出口はきっと近いよ。もう少し頑張ろう」
 コレットを肩の上で休ませ、自分もゆっくりと歩を進める。だが、次の襲撃はすぐだった。
「死ねぇ!」
 殺意をむき出しにして大剣を振り下ろしてくるゴブリン。ケントは疲れた身体に活を入れ、あくまで教わった通りに体をさばく。
(こうやって動くことで、体力が消耗していても十分な力が発揮できるのか)
 疲弊ひへいし、身体を動かすのも億劫おっくうになったことで、ギルベルトから教わった体捌きの重要性を改めて認識した。
 ゴブリンの攻撃を最少の動きで躱し、攻撃後の隙を突いて少ない力で斬り付ける。遠心力と武器の重みで、十分な威力を発揮することが出来た。
「ぐわあっ!」
 絶叫するゴブリン。物陰から見つめるジャレッドは、その動きに少なからず感心していた。
「見るからに疲れているのに、剣の鋭さは先程よりむしろ増している。これが魔王を倒す勇者の強さなのか……」
 ずっと様子を窺っていたからこそわかる。勇者は戦う度に少しずつ強くなっているのだった。
「思ったよりも消耗しなかったが、もう良いだろう。あの人を休ませてあげたい」
 ジャレッドは仲間に合図を送った。

「くっ、これは万事休すか」
 突然現れた十数匹のゴブリンに、ケントは死を覚悟した。だが、すぐに先頭のゴブリンが武器を地面に置き、両手を上げた。
「待ってくれ、戦うつもりはない」
 狐につままれた様な顔のケントとコレットに、自己紹介をするジャレッド。
(確かに、ここで攻撃すれば僕を殺せるのにだます必要はない。彼の言葉を信じるしかないな)
 疑ったところでどうすることも出来ない。ケントは信用して案内に従うしかなかった。

 それは数年前のことだった。ゴブリン達は悪さと言えば人間の食糧庫に忍び込んで食べ物を盗んでくるぐらい。ゴブリンに雌がいないため他種族の雌を襲って子を作るといっても、主に豚や山羊を子を産ませるために育てるのが一般的という、比較的平和な生活を送っていた。
「豚でいいの!?
「コレット、静かに聞こう」
 話の腰を折るコレットをたしなめつつ、ケントも心の中で驚愕している。
 その集落に現れた巨体のゴブリンはそんな生活をするゴブリン達を暴力で支配した。戦うことを好まない彼等はそいつに従い、王と呼ぶようになる。強さに惹かれた者も少なくはないが、反抗しても殺されるだけなので渋々従っていた者も多かった。
「それがあなた達ネ」
「ああ、そうだ」
 王は集落でも一番の知恵者であった一人のゴブリンを軍師として重宝した。
 そいつはある時、王に提案をする。
「我々も魔王の配下になりましょう。王の実力なら魔王軍でも一目置かれるはずです」
 実際に王の実力はこの周辺地域においては抜きん出ていたので、魔王軍は話を聞いてくれたという。
 そして、魔王は配下になるための条件として、人間の頭蓋骨を百個捧げることを要求したのだった。
「それで、人間の町を襲ったのか」
 話を聞く限り、既に捕まった人々の命は無いだろう。そう悟ったケントはなんとしてもゴブリンの王を倒さなくてはならないと決意した。
「いつも二人組で襲ってきたのはなんで?」
「単独では危険が大きいが、多人数で連携出来る奴は多くないからだ」
 コレットの疑問に対し特別な理由はないかのように答えるゴブリンだが、実際に三人以上の組で敵と乱戦になったら仲間を攻撃しないようにするのは困難だ。
 彼等の練度れんどなら二人組が丁度いいのだろう。

◇◆◇

「なんだあの連中は! 王を裏切るつもりか?」
 ジャレッド達が武器を置き、勇者を何処かへ連れていく様子が映し出された直後、映像が途絶えた。
 映像は軍師が放った監視用の使い魔が見た光景を映し出したものであった。ジャレッドの仲間が使い魔を仕留めたためにケントの様子を知ることが出来なくなってしまったのだ。
「ええい、お前達で裏切り者どもを仕留めてこい!」
 その場にいた兵に命令する軍師。だが、誰も動こうとしない。
「どうした? まさか、お前達も!」
 武器を構えるソルジャー達に、軍師は驚きと怒りを向ける。
「あいつらとは別さ。俺達は俺達で、お前らのやり口が気に食わない。同胞を勇者に殺させて、ヘラヘラと笑っているような奴についていけるか!」
 次第に語気が強くなり、最後には吠えるように大声で叫ぶソルジャー。
「……そうか」
 様子を黙って見ていたキングが、低く静かな声を上げた。

◇◆◇

「ゆっくり休んでくれ。その間は俺達がこの場を守る」
 ジャレッドの言葉に甘え、ケントとコレットは一眠りすることにした。
(確実に倒さなきゃ、もっと被害が大きくなる。焦らずに今は体力を回復させよう)
 今すぐにでも倒しに行きたい気持ちだったが、心の中で必死に自分を嗜めた。
「……ぐう」
 横では、既にコレットが寝息を立てている。限界近くまで魔力を使ったのだ、それだけ疲れ果てているのだろう。
 二人は、ゴブリン達に守られて一時の休息を取るのだった。

◇◆◇

 室内に充満する血の臭い。凄惨な戦い――否、虐殺の跡が見られる。
「幾ら兵が死のうが、そこらの雌を捕まえてまた産ませれば良いのだ」
 そこには、牙を剥き狂気に満ちた笑みを浮かべる巨体のゴブリンがいた。

◇◆◇

 ジャレッド達のおかげで、ケントとコレットはゆっくり休むことが出来た。
「元気は出たかい?」
 大剣を手に敵襲を警戒しながらジャレッドが声をかけてきた。
「うん、ありがとう。もう行けるよ」
 ケントの言葉に合わせ、コレットも腕を上げて元気アピールをする。しかし、ジャレッドは険しい顔をしていた。
「様子がおかしいんだ」
 ジャレッドの話では、ケント達が寝ている間に襲撃してくるゴブリンがまるでいなかったという。彼等が裏切ったことは軍師やキングも知っているはずなので、大量の刺客が送り込まれてくる覚悟だったのだ。
 その刺客はキングが虐殺したのだが、そんな状況になっているとは彼等が知る由もなかった。
「住処に兵を集めて迎え撃つつもりかも知れない。これは不味いな……」
「大丈夫だよ、一か所に固まってるならまとめてやっつける魔法があるから!」
 コレットが自信満々に言うが、これは全くその通りだ。魔法使いにとっては消費魔力の効率的に、大勢が一度に襲ってきてくれた方が都合が良い。軍師が消耗させるために兵を小出しにしたのも、単に連携が取れないと言うだけの理由ではなく、魔法で一網打尽にされないためなのであった。
「分かった。キングのところへ案内しよう」
 ゴブリン達に案内され、ケント達はついにゴブリンキングのいる集落へ向かう。

◇◆◇

「申し訳ありません。私の失策です」
 軍師であるゴブリンメイジがキングに謝罪している。もはやそこに残る兵はなく、集落の中にゴブリンは二匹だけだ。
「いや、策は問題ない。兵が軟弱だっただけだ」
 王は気にした様子もないが、軍師はこのまま勇者たちを相手にするのは危険と判断し、次の策を講じた。
「この裏切り者達を利用しましょう」
 ゴブリンメイジは杖を振り、兵士達の死体に魔法をかける。
『ビカム・アンデッド』
 最早もはやただの赤い汚れと化していたゴブリン達が、骨を組み上げ肉を纏い人型を取って起き上がる。ゴブリンのゾンビ、ゴブリンゾンビの完成である。
「おお、ゾンビなら下らぬ感傷で逆らうこともないな」
 王は玉座につき、ゾンビが組み上げられていく不気味な光景を見ながら満足そうに笑うのだった。

◇◆◇

「ここから一旦外に出る。少し歩いた先にまた洞窟があって、その中が我々の集落になっている」
 やっと外の空気が吸えると、喜ぶコレット。ケントはこの先に待つ戦いを意識して緊張し始めていた。
(落ち着け、まだ集落にもついていないんだ)
 兵の強さから見ても、ゴブリンキングという個体は相当な実力の持ち主だと想像がつく。いくらか戦えるようになってきたが、やはりまだ強敵に勝てる自信がない。
「ケント、緊張してるの?」
 コレットが顔を覗き込んできた。無邪気な彼女には珍しく、心配そうな表情だ。先の洞窟で危うく死にかけた経験から、ケントの心が弱っているのではないかと考えているのだった。
「そりゃ緊張はしてるよ、でも大丈夫」
 そんな彼女の心配を読み取り、ケントは笑顔を作って返事をしてみせた。魔王を倒しにいかなくてはならないのだ、ゴブリンの王程度の相手を恐れている場合ではないと気持ちを奮い立たせる。
「なんだあれは?」
 先頭を進むゴブリンが、前方の光景に目を疑った。
 しっかりとした足取りで大剣を手に歩いてくるゴブリンの集団。だが、遠目にもはっきりと分かる、ボロボロというよりグチャグチャとでも表現するべき破損した肉体。
「ゾンビだ!」
 ケントは書物で学んだ知識を思い出す。死霊術ネクロマンシーによって生物の死体から生み出されるモンスターだ。死体を材料にしたゴーレムのようなものだが、ゴーレムとの大きな違いは体に宿る魂である。人工的に作られ魔力で動くゴーレムと違い、死者の魂が宿っている。その魂を死霊術で操ることで大量のゾンビを一度に動かすことが出来るのだ。
「あいつら……王の近くにいた兵じゃねぇか! どうしてゾンビになってるんだ!」
 ジャレッドは彼等も王に不満を持っていたことを知らない。ただ、奴らに殺されゾンビになったということだけははっきりと分かった。
「何故だ! どうしてあいつらは同じゴブリンを平気で死なせるんだ!」
 ジャレッドは道中出会うゴブリンも可能な限り説得しようと思っていた。まだまだ自分と同じ不満を持つ者はいるはずだと。その考えは正しかったが、死んだ兵達は直接王に不満をぶつけてしまうという間違いを犯してしまったのだった。
 意見が合わなければ戦い、殺すことになるのは仕方ない。そう覚悟していても、まさかこんな変わり果てた姿で自分の前に現れるとは思っていなかった。
 思わずその場に崩れ落ち王への罵倒を叫ぶジャレッドの姿を見たケントは、自分達がこのゾンビを倒すしかないと心に決める。
「いきましょ!」
 何も言わずとも意思を酌んだコレットが交戦を促す。
 ケントはゴブリン達をその場に留め、ゾンビの群れに向かって駆け出した。

 大勢の敵は魔法で一網打尽にするのが良い。メイジもそんなことは分かっているので兵は小出しにしてきた。
 ではなぜゾンビは集団なのか?
 それは簡単な話で、別々に操ろうとしたら余計な魔力を使ってしまうからだ。単なる足止め、敵の体力・魔力を消耗させるのが目的の行動で自分が消耗していては本末転倒なのである。
「行くヨ!」
 コレットが宣言通りに広範囲魔法を使う。
『ファイアストーム!』
 その名の通り強力な炎の嵐がゾンビ達を焼いていく。だが、一網打尽とはいかなかった。前のゾンビに遮られ、後ろのゾンビに熱が届かないということが起こり、半数ほどのゾンビはそのまま向かってきた。
 それを次々と切り捨てるケント。自分でも驚くほどに、地下でゴブリンと戦っていた時よりも動きが軽やかに、剣閃は鋭くなっていた。
(凄い! 今まで感じていたのとは比べ物にならないほど、自分が強くなっているのが分かる)



  タチヨミ版はここまでとなります。


ギフト ~最弱の天才勇者と最強の無才騎士~ 2

2022年12月18日 発行 初版

著  者:寿甘(すあま)
発  行:すあま書房

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寿甘(すあま)

投稿サイト等で活動しているネット作家です。自分が面白いと思うものを、読者に分かりやすく書くがモットー。流行に乗った作品はありませんが、読者様からは読みやすいとの評判を頂いております。

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