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名前を奪いに来る転校生

はゆ

はゆ文庫



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001 人物紹介

【斎藤さいとう帰蝶きちょう】
通称:帰蝶きちょう
年齢:一四歳。二〇〇二年にせんにねん生まれ

コードネーム:Anonymousアノン
由来:匿名とくめい
役割:錬成師アルケミスト
特徴:されたくないことが起おきる道具どうぐを作る能力のうりょくに長たけている。
欠点:ポンコツ
 ピンク色の髪かみに、猫耳ねこみみ パーカーと、デニムパンツのコーディネートが定番ていばんスタイル。
 趣味しゅみは、迷宮めいきゅう入りした事件じけんの推論すいろん。とはいえ、探偵たんていがする推理すいりのような、犯人はんにん特定作業とくていさぎょうには関心かんしんが無い。心理学しんりがく領域りょういきの、動機どうきや情動じょうどうにも無関心むかんしん。情動じょうどうとは喜怒哀楽きどあいらく等の短期的たんきてきな感情の動きのこと。
 再現性さいげんせいが無いものはつまらないと思っている。
 帰蝶きちょうの知的好奇心ちてきこうきしんを刺激しげきするのは、特殊とくしゅな技術ぎじゅつが用もちいられた事件じけんの過程かていと経緯けいい。そして手法しゅほう。
 日常にちじょうの中で特異性とくいせいを察知さっちしては答え合わせする目的もくてきで、事の顛末てんまつを観察かんさつしている。

  * * *

【織田おだ胡蝶こちょう】
通称:胡蝶こちょう
年齢:一四歳。一五三五年生まれ

コードネーム:John Doeドウ
由来:名無ななしの権兵衛ごんべえ
役割:暗殺者アサシン
特徴:隠密行動おんみつこうどうが趣味しゅみ。痕跡こんせきを遺のこさず、与あたえた情報で撹乱かくらんさせる。
欠点:言葉足らず
 帰蝶きちょうと名前なまえが似ているけれど、縁えんも所縁ゆかりも無い。
 共通点きょうつうてんは、同じ中学校ちゅうがっこうの生徒せいとであることくらい。とはいえ、同じクラスになったことも接点せってんも無い。
 ふと耳に入った教室きょうしつ内の談話だんわで、姉妹しまいと誤認ごにんされていることを知る。それを機きに帰蝶きちょうを意識いしきし、髪かみをピンク色に染そめ、猫耳ねこみみパーカーと、デニムパンツのコーディネートをするようになる。
 陰謀論いんぼうろんが好物こうぶつ。

  * * *

【織田おだ信長のぶなが】
通称:うつけ
年齢:一五歳。一五三四年生まれ
身体:一七〇cmセンチ。六一kgキロ
居住地きょじゅうち:那古野城なごやじょう

コードネーム:*スター
由来:全すべての文字列もじれつ。ワイルドカード
役割:策士さくし
特徴:巧たくみな計略けいりゃくをめぐらせる。誘い込んで攻撃の矛先ほこさきを逸そらす。
欠点:マイペース

  * * *

【生駒いこま吉乃きつの】
通称:吉乃きつの
年齢:二一歳。一五二八年生まれ
居住地きょじゅうち:愛知県あいちけん江南市こうなんし小折町こおりちょう八反畑はったんばた
家業かぎょう:運送業馬借

コードネーム:Guestゲスト
由来:不特定ふとくていの招待客しょうたいきゃく
役割:諜報員スパイ
特徴:情報収集じょうほうしゅうしゅうと、分析能力ぶんせきのうりょくに長たけている。説明せつめいが端的たんてきでわかりやすい。
欠点:自信過剰じしんかじょう

002 歴史的背景

 一五四九年、信長のぶながが秀吉ひでよしに出会であう前まえの物語ものがたり。

◆既知きちのこと

 一五四九年。斎藤山城守さいとうやましろのかみの娘むすめ、胡蝶こちょうが織田信長おだのぶながの正室せいしつとなる。
 胡蝶こちょうは三度目さんどめの結婚けっこん。二人の夫おっとと死別しべつしている。
 一五四四年、一人目の夫おっと、土岐八郎頼香ときはちろうよりたかが自刃じじん。一五四六年九月、頼香よりたかの甥おい、土岐次郎頼純ときじろうよりずみと結婚けっこん。一五四七年一一月、頼純よりずみが急死きゅうし。頼純ヨリズミは、斎藤山城守さいとうやましろのかみに何度なんども攻撃こうげきを仕掛しかけた。けれど、一度いちども勝利しょうりすることは無く、一五四六年に和睦ワボクを申もうし入いれた。
 頼純ヨリズミに仕つかえていた明智十兵衛あけちじゅうべえ、後のちの光秀みつひでは、頼純ヨリズミの死後しごも美濃国みののくにに留とどまった。

 一五四九年は、織田信長おだのぶながの父、信秀のぶひでが亡なくなり、信長のぶながが家督かとくを継つぐ二年前。
 信秀のぶひでの重臣じゅうしんであり、信長のぶながの世話役せわやく、平手政秀ひらてまさひでが自刃じじんする四年前にあたる。政秀まさひでは、信長のぶながと胡蝶こちょうの、政略結婚せいりゃくけっこんを取とり纏まとめた人物じんぶつでもある。

 信長のぶながは、一五四六年に元服げんぷく。一五四七年に今川いまがわとの小競こぜり合あいで初陣ういじんを果たす。同年、松平竹千代まつだいらたけちよ、後のちの徳川家康トクガワいえやすが織田弾正忠家おだだんじょうのじょうけの人質ひとじちになり、信長のぶながと出会であう。

  * * *

◆未知みちのこと

 信長のぶながと木下藤吉郎秀吉きのしたとうきちろうひでよしが出会であうとされているのは、一五五四年。信長のぶながに仕つかえている秀吉ひでよしの幼馴染おさななじみ、小者頭コモノガシラの一若イチワカと岩巻がんまく、二人の勧すすめにより、信長のぶながに仕つかえるようになったとされている。それまでは今川義元イマガワヨシモトの家臣かしん、松下加兵衛まつしたかへいに仕つかえていたとされている。

003 胡蝶×信長

 一五四八年センゴヒャクヨンジュウハチネン四月、織田信秀おだのぶひでは今川いまがわ・松平連合軍まつだいられんごうぐんとの第二次だいにじ小豆坂あずきざかの戦いで、大敗たいはいを喫する。
 胡蝶こちょうの父ちち、美濃国みののくに(岐阜県ぎふけん南部なんぶ)の斎藤山城守さいとうやましろのかみが、駿河国するがのくに(静岡県シズオカケン中部ちゅうぶ・北東部ほくとうぶ)の今川義元イマガワよしもとと手てを結むすぶようなことがあれば、織田信秀おだのぶひでの尾張国おわりのくに(愛知県あいちけん西部せいぶ)は、十中八九じっちゅうはっく盗とられる。
 最早もはや、生存せいぞんの道みちは斎藤家さいとうけと織田家おだけの和睦ワボクのみ――その手段シュダンとして、織田弾正忠家おだだんじょうのじょうけから胡蝶こちょうと信長のぶながの政略結婚せいりゃくけっこんを持もちかけた。

  * * *

 胡蝶こちょうは、輿入こしいれ早々そうそう、信長のぶながに小刀こがたなを向ける。
「三郎さぶろうの行おこないが悪わるければ、ブッ転ころがすよう命めいじられとる」
 三郎さぶろうは、信長のぶながの通称つうしょう。
 命めいじたのは、胡蝶こちょうの父ちち、斎藤山城守さいとうやましろのかみ。

 斎藤家さいとうけが主しゅ、織田弾正忠家おだだんじょうのじょうけが従じゅうの関係かんけいが構築こうちくされている以上いじょう、信長のぶながが胡蝶こちょうに刃やいばを向むけることは出来ない。
 生殺与奪権せいさつよだつけんを握にぎっているのは胡蝶こちょう。

 斎藤山城守さいとうやましろのかみは一五三〇年、 主君しゅくんだった長井長弘ながいながひろの行おこないが悪わるかったことを理由りゆうに、夫妻ふさいともに殺害さつがい。
 胡蝶こちょうの元夫もとおっと二人は死去しきょしている。
 これらの出来事できごとは周知しゅうちの事実じじつ。織田弾正忠家側おだだんじょうのじょうけがわは、信長のぶながの死しを想定そうていし、そして回避かいひ不可能ふかのうと判断はんだんしていた。

 信長のぶながが小刀こがたなを凝視ぎょうしする。
「ええ刀かたなや。孫六兼元まごろくかねもとの業物わざものか?」
 孫六兼元まごろくかねもとは、関せきの孫六まごろくの名で知られる刀工とうこう。
「ようわかったね。三郎さぶろう、見所みどころあるわ。ところで織田弾正忠家おだだんじょうのじょうけは、どうなっとるん? うつけ者ものを始末しまつ出来るええ機会きかいやて言われとる」
「俺は土田御前どたごぜんに嫌きらわれとるでな。胡蝶こちょうに殺ころさせて、勘十郎かんじゅうろうに家督かとくを継つがせる手筈テハズやろう」
 土田御前どたごぜんは信長のぶながの実母じつぼ。勘十郎かんじゅうろうは次男じなん、織田信勝おだのぶかつの通称つうしょう。

「まるで他人事たにんごとやね。それ、うちのメリットあらへんやん。興きょうが冷さめたわ」
 小刀こがたなを下おろす胡蝶こちょう。
「俺の目標もくひょうは天下布武てんかふぶ」
「武力ぶりょくで天下てんかを平定へいていするか」
「違ちがう。武ぶは、戈ほこで止とめると書かく。武ぶの目的もくてきは、戦いくさを止め、泰平たいへいを築きずくこと」
「鳴なかぬなら、殺ころしてしまえ、時鳥ホトトギス」
 胡蝶こちょうが言いい放はなった句くは、江戸時代後期えどじだいこうきに松浦静山まつらせいざんが、信長のぶながを表現ひょうげんする句くとして書いたもの。
「時鳥ホトトギスが鳴なくのは、縄張なわばりを守まもるため。求愛きゅうあい以外いがい、鳴なかずに過すごせるのが一番いちばんや」
 眼前がんぜんの信長のぶながは、胡蝶こちょうが聞きいていた人物像じんぶつぞうと別人べつじん。

 戦乱せんらんの世よ。身内みうちにまで命いのちを狙ねらわれている最中さなか、泰平たいへいを望のぞむのは馬鹿ばか――まさに、大おおうつけ。
「面白おもしろいやん……うちが三郎さぶろうの戈ほこになったるわ。三郎さぶろうは、三郎さぶろうがしたいようにしやぁ。やけど、つまらんことしたら、ブッ転ころがすでな」

「俺には惚ほれとる女おんながおる」
「それをうちに言ってどうするん? 政略結婚せいりゃくけっこんなんやで、好きにすればええやん」
「相手あいての名なは、生駒吉乃いこまきつの。一目惚ひとめぼれして、今も生駒家いこまけに足繁あししげく通かよっとる」
「で、これからも通かよいたいと? 黙だまっとればええのに……名なを教おしえたら、ブッ転ころがすかもしれんとは考かんがえへんの? 三郎さぶろうは、律儀りちぎな男おとこやね。構かまわんよ」
「有難ありがとう。胡蝶こちょうも一緒いっしょに行かんか。生駒家いこまけは、尾張国おわりのくにで運送業馬借をしとる」
「三郎さぶろうは、本当ほんとうに惚ほれとるん? 冨とみ、財力ざいりょく、情報力じょうほうりょく目当めあてで近付ちかづいたやろ」
「最初さいしょはそうやった。でも、一目惚ひとめぼれしてからは本気ほんきや」
「それなら、ええわ。もしも誑たぶらかしとるんやったら、ブッ転ころがしとったわ。けど、本気ほんきで惚ほれとるんなら、応援おうえんしたる」

004 非存在

 胡蝶こちょうが信長のぶながに告つげる。
「明日あす、美濃国みののくに西武せいぶに出掛でかける。ついてくるなら、うちの秘密ひみつを教おしえたる。やけど、うちの領内りょうないで見聞みききしたことや出来事できごとは、一切いっさい他言無用たごんむよう。裏切うらぎったら、ブッ転ころがす。どうする?」
「胡蝶こちょうの誘さそいなら、面白おもしろそうや。吉乃きつのも誘さそってええか?」
「ええよ。吉乃きつのに、山やまを拾う歩くって伝つたえといて」

  * * *

 胡蝶こちょうはピンクの糸いとを髪かみに巻まき、蒸むし風呂ぶろに入はいる際さいに着用ちゃくようする湯帷子ゆかたびらのようなものを羽織はおり、朱鞘しゅざやに小刀こがたなを差さしている。
「胡蝶こちょう。今日は派手はでな出立いでたちやな」
 信長のぶながが、胡蝶こちょうをまじまじと見る。
「供回ともまわりを付けへんで、遠目とおめに、うちやとわからんと無礼討ぶれいうちに遭あって、ブッ転ころがされるでね」
 供回ともまわりとは、従者じゅうしゃの一群いちぐん。通常つうじょうは、家臣かしんらを連つれて移動いどうする。

  * * *

 胡蝶こちょうを先頭せんとうに、信長のぶなが、生駒吉乃いこまきつのの三人さんにんは、関ケ原せきがはらの山奥やまおくに来た。
「オッケー。六兵衛ろくべえ。電気をつけて!」
 胡蝶こちょうが大声おおごえで叫さけんだ名なは、史実しじつに存在そんざいしない人物じんぶつ。

 胡蝶こちょうの声こえに呼応こおうするように、周囲しゅういに一斉いっせいに明あかりが灯ともる。信長のぶながは周囲しゅういを見回みまわす。
「胡蝶こちょう、なんやこれは!? 六兵衛ろくべえは一体いったい、何者なにものや?」
 唯一ゆいいつ、浜六兵衛はまろくべえの名なが記しるされているのは、岩手明泉寺記録イワテみょうせんじきろく。一五五五年までの玉城主たまじょうしゅとして記しるされている。
 そして、二〇二三年時点じてんでは、全すべてが不明ふめいとされている。

「六兵衛ろくべえは、玉城たまじょうを管理かんりしてくれとる、お爺じいさんやお」
 灯ともった明あかりに照てらされる城壁じょうへき。
「玉城たまじょう? 初耳はつみみや! こんな巨大きょだいな城しろ、知しらん!」
 玉城たまじょうも、二〇二三年時点じてんで、全すべてが不明ふめい。幻まぼろしの城しろとされている。
「やろうね。普段ふだん、ここには何なにもあらへん。蔵之介くらのすけ! 説明せつめいしたって」
 蔵之介くらのすけは、竹中半兵衛たけなかはんべえの叔父おじとされている人物じんぶつ。一五五五年に六兵衛ろくべえから、玉城主たまじょうしゅを引ひき継つぐことになる、杉山内蔵之介すぎやまうちくらのすけ。

 蔵之介くらのすけは、信長のぶながに玉城たまじょうは時間軸じかんじくを移動いどう出来ると説明せつめいする。
 吉乃きつのは、明あかりに興味津々きょうみしんしん。六兵衛ろくべえと楽たのしげに話はなしている。

  * * *

 夜よが深ふかまり、周囲しゅういが闇やみに染そまる。
「そろそろ、ええ頃合ころあいや。ええもん見みせたる」
 未来みらいの時間軸じかんじく、二〇二三年に移動いどうし、玉城たまじょうから三人さんにんで泰平たいへいの世よの、ささやかな夜景やけいを見た。

005 身分

 胡蝶こちょうに関かかわる人間にんげんは、稀まれに死亡しぼうする。けれど、胡蝶こちょう自身じしんは、人ひとを殺あやめたことが無い。殺ころすと決きめた対象たいしょうが、勝手かってに亡なくなるだけ。

 戦国せんごくの世よでは、疑うたがわれた時点じてんで処刑しょけいされることが確定かくていするといっても過言かごんではない。
 そんな世よで、幾度いくどとなく敵地てきちに単身たんしん放ほうり込こまれ続つづけている胡蝶こちょうにとって、諜報ちょうほうは食事しょくじと同等どうとうの、生いきるために欠かかすことが出来ない技能ぎのう。

 胡蝶こちょうは度々たびたび玉城たまじょうを訪おとずれ、二〇二三年へ移動いどうする。
 目的もくてきは、画面ディスプレイと呼よばれる板いたの中なかで、軍事行動ぐんじこうどうをシミュレートすること。俗ぞくにいう、サイバー攻撃こうげき。
 胡蝶こちょうは現実げんじつのものとは認識にんしきしておらず、信長のぶながとよく指さしている将棋しょうぎのような、遊戯ゆうぎだと認識にんしきしている。

 胡蝶こちょうには、二〇二三年の戸籍こせきや住民票じゅうみんひょうは無い。
 しかし、今上きんじょう天皇てんのうの直系祖先ちょっけいそせんである道三どうさんを父ちちに持もつ、胡蝶こちょうにとっては些細ささいな問題もんだい。胡蝶こちょうに便宜べんぎを図はかるよう、代々だいだい語かたり継つがせた。
 世襲議員せしゅうぎいんの裁量さいりょうで行おこなえることは、胡蝶こちょうにも出来る。

1 帰蝶×胡蝶

101 匿名×名無し=

 インスタンス北中学二年、斎藤さいとう帰蝶きちょう。隣となりのクラスに転入てんにゅうしてきた胡蝶こちょうと名前が似にているため、姉妹しまいという噂うわさが広まっている。
 実際じっさいのところ、縁えんも所縁ゆかりもない赤の他人たにん。苗字みょうじが違ちがうし、皆みな、根拠こんきょの無いデマだとすぐにわかるはず。だから放置ほうちしても大丈夫と高たかを括くくっていた。

 数日後すうじつご。
 『腹違はらちがい』の修飾語しゅうしょくごを付与ふよした物語ものがたりが、実まことしやかに語かたられ始めた。
 とはいえ、人の噂うわさも七十五日しちじゅうごにちという。いつまでも、話題わだいに上のぼり続けることはないはず。引き続き放置ほうちすることにした。

 その翌日よくじつ。
 胡蝶が髪かみをピンク色に染そめた上、猫耳パーカーねこみみパーカーとデニムパンツのコーディネートで登校とうこうした。これは帰蝶きちょうと同じスタイル。『姉妹しまいであることを隠かくす必要ひつようが無のうなったで』『同い年の姉妹しまいやで』といった想像そうぞうを根拠こんきょに、双子説ふたごせつが有力ゆうりょくとなる。
 その上『気付かんでごめん』『仲良しの双子姉妹、憧れるわ』と声を掛けられる始末しまつ。
 帰蝶きちょうの真似まねをしてくる目的が気になって仕方しかたない。考えてもわかることではないから、胡蝶に直接ちょくせつ尋たずねるために隣となりのクラスへ赴おもむく。

  * * *

 帰蝶きちょうは、一際ひときわ目を引く胡蝶に目を遣やる。
 パーカーはプルオーバーではなく、ジップアップ。
 デニムパンツはスキニーではなく、ストレート。

 カジュアルの定番ていばんである、パーカーとデニムパンツのコーデをしている人はごまんといる。組み合わせのみが一致いっちすることを以もって、類似性るいじせいが高いとは言えない。
 文句もんくを言うためにどれだけ細こまかく見比みくらべても、形状けいじょうが一致いっちするアイテムを見付けられない――各アイテムの形状けいじょうは片手かたてで数えきれるほど少ないにもかかわらず、『双子』や『真似』と表現するに足たる、類似点るいじてんが存在そんざいしていない。
 数多くのアイテムを用もちいコーディネートしているのだから、何かの形状けいじょうが偶然ぐうぜん被かぶっているのが自然しぜんな状態じょうたい。
 違和感いわかんを覚える程に、一致いっちする点が無い状況から察さっするに、帰蝶きちょうと被かぶらないよう関心かんしんを持って観察かんさつしていたことは、自明じめい。
 それに引き換かえ、帰蝶きちょうは胡蝶の存在そんざいが気になっていたにもかかわらず無関心だった。見ようともせず、見たつもりになっていたと自覚じかくし恥はじる。

 帰蝶きちょうの視線しせんに気付いたのか、胡蝶が駆かけ寄よってくる。
 類似点るいじてんを見付けることは叶かなわなかったけれど、胡蝶に『双子』と言われ始めた原因げんいんがあり、胡蝶が扇動せんどうしていることは事実じじつ。
「その恰好かっこうのせいで、双子って噂うわさされとるの知っとる?」
「なんでやろうね……雰囲気ふんいきを合わせるシミラールックコーデ。この辺へんではまだ流行はやってへん? 友達同士ともだちどうしや仲間内なかまうちでするもんなんやけど」
「知らん。なんで、そんなことするん?」
 返ってきたのは予想外よそうがいの回答かいとう。
「帰蝶きちょうになろうと思って」
 理解りかいに苦くるしむ――今眼前がんぜんに居る胡蝶は、本人を前にして、屈託くったくなく堂々どうどうとなりすましたいと言う。胡蝶に罪悪感ざいあくかんを抱いだいている素振そぶりは、微塵みじんも無く、むしろ揚々ようようとしているように見える。
 極きわめつきの一言。
「これからは帰蝶きちょうって名乗なのるわ」
 帰蝶きちょうと同じ特徴とくちょうの外見がいけんで、帰蝶きちょうの名を騙かたられたら、第三者だいさんしゃに帰蝶きちょうと認識にんしきされかねない。
「やめろっ!」
 今この場で、はっきりと拒否きょひしなければ、胡蝶に私が乗っ取られ、私の存在が抹消まっしょうされてしまう。
 とはいえ胡蝶は許可きょかを求もとめておらず、帰蝶きちょうに決定事項けっていじこうを伝つたえているに過すぎない。帰蝶きちょうが拒否きょひしたところで、好転こうてんする可能性かのうせいは小ちいさい。
 どう足掻あがこうと、手のひらで転ころがされるだけ。乗のっ取られる側が、屈服くっぷくさせられる理不尽りふじんがあって良いはずがない。

 探さがせ。不利ふりな状況じょうきょうを一転いってんさせられる何かを――。

 現時点げんじてんで個こを喪失そうしつしているのは、帰蝶きちょうの特徴とくちょうに寄よせている胡蝶。別名べつめいを名乗ると宣言せんげんした時点では、何者なにものでもなく、名が無い状態じょうたいであることを意味いみする。
「名無ななしなんやで、John Doeななしのごんべえと名乗なのればええ」
 この仮名かめいは身元不明者みもとふめいしゃを指さす法ほう用語ようご。女性の場合はJane Doeジェーン・ドウを用いる。帰蝶きちょうは性別せいべつにより使い分けると知っているけれど敢あえて男性用を提示ていじした。性別せいべつの概念がいねんを適用てきようするに値あたいしないという帰蝶きちょうからの細ささやかな意思表示いしひょうじ。
 胡蝶が怒いかりに身を任まかせ、有形力ゆうけいりょくを行使こうしするよう仕向しむけた。第三者だいさんしゃがこの不毛ふもうなやりとりを中断ちゅうだんしてくれることを願ねがった。

 しかし胡蝶の反応は、帰蝶きちょうの想像そうぞうを絶ぜっする。

「おぉっ! コードネームええね! 秘匿名ひとくめい、匿名とくめい……帰蝶きちょうはAnonymous匿名! 略して、アノンとドウやね!」
 胡蝶は名無ななしであることを嬉々ききとして受け入れ、帰蝶きちょうの名を、害意がいい無く奪うばった。
 コードネームが通名つうめいを指す単語たんごであることは知っている。でも、学内がくないで名前と無関係な通名つうめいで呼び合う光景こうけいを想像すると痛々いたいたしく感じる。
 ただ名を呼び合うだけの目的なら、本名ほんみょうの帰蝶きちょうと胡蝶で十分じゅうぶん。けれど『John Doeななしのごんべえと名乗ればええ』と勧すすめたのは帰蝶きちょう。だから、使う行為こうい自体じたいを否定ひていするのは気が引ける。
「そんなん、何に使うん?」
「ユニットを組もうよ。匿名アノンには名が存在するけど、名無しドウには存在せえへん。やで、名前は……有と無の間のmē on非有! 由来ゆらいは、古代ギリシアの哲学者てつがくしゃParmenidēsパルメニデスの存在論そんざいろん。<あるものはあり、あらぬものはあらぬ。あらぬものは認識され得ず、探究不可能>てゆう思想しそうで有名」
 ユニットとは、二人以上で活動かつどうする集団しゅうだんのこと。ダンスや音楽活動をするのは、やぶさかではない。
 一先ひとまず通名つうめいが学内で呼び合う目的のものでないとわかり、安堵あんどする。
 個人名を消失しょうしつさせ、ユニット名で両者りょうしゃの存在をまとめて否定するか――一貫性いっかんせいがあって嫌いではない。無ではなく、有に非あらずで『非有ひう』という表現も好み。
「面白おもしろいやん」
 思わず口を衝ついて出た。
「決定やね!」
 活動内容を確認する前に決まってしまった。
「どんな活動かつどうするん?」
「戦争せんそうやよ! アノンが防衛ぼうえいして、うちが攻撃こうげきする。今夜九時、迎むかえに行くで家におって」
 胡蝶は上機嫌じょうきげんで席に戻もどる。

 ――。

「はぁっ!?」
 何故攻撃されなければならないの?
 思い出せ。胡蝶は何を言っていた?
『これからは帰蝶きちょうって名乗る』
 何故そんな話になった? もっと前に言われたことは――。
『帰蝶きちょうになろうと思って』
 これが胡蝶の最初さいしょの発言。それ以前いぜんには、会話どころか面識めんしきすら無い。
 訳わけがわからない――ほんの数分前が初対面しょたいめん。出会であって数分で宣戦布告せんせんふこくされるような、秩序ちつじょからはみ出した、アウトローな人生を歩あゆんではいない。

102 交錯する時間軸

 意気消沈いきしょうちんしたまま、重おもい足取あしどりで家路いえじにつく。
 駅えきの時計を見上みあげると、午後五時。残のこり僅わずかな余生よせいの使い道を悩なやむ。

 駅前えきまえのベンチに、ただ座すわっていただけなのに、ふと見上げた時計の針はりは七時を指している。

  * * *

 高校生こうこうせいになったら入ってみようと思っていたカフェ、STARDUCKSスタダ屋や。重おもい腰こしを上げ、欲張よくばりオーダーを詠唱えいしょうする。

「リストレットベンティツーパーセントアドエクストラソイエクストラチョコレートエクストラホワイトモカエクストラバニラエクストラキャラメルエクストラヘーゼルナッツエクストラクラシックエクストラチャイエクストラチョコレートソースエクストラキャラメルソースエクストラパウダーエクストラチョコレートチップエクストラローストエクストラアイスエクストラホイップエクストラトッピングダークモカチップクリームフラペチーノ」

 一度も噛かまずに言えた。
 店員てんいんから受け取ったのは一度いちど頼たのんでみたかったフラペチーノ。初はじめて目にした特注品とくちゅうひんの見目みめは意外いがいと普通ふつう。
 頭にトゥーゴーパーソナルを付ければ、二一〇字の最長さいちょうオーダーになる。けれど、マイタンブラーを持参じさんしていないし、店内てんないで飲みたいから字数は妥協だきょうした。とはいえ、これが最後さいごの晩餐ばんさんになると思って見ると感慨深かんがいぶかい。

「うえっ……」
 口に含ふくんだ瞬間しゅんかん、強烈きょうれつな甘あまさが口いっぱいに広がる。見目みめに騙だまされ、緊張きんちょうを解といてしまったから思わず声に出た。
「ぷはっ! そんなもん頼たのむでやて」
 声の方向ほうこうに目を遣やると、笑わらっているのは胡蝶。
「まだ待ち合わせ時間やないよ」
「迎むかえに行く、手間てまが省はぶけて良かったわ。着ついてきて」
「断固だんこ拒否きょひやて」
 テイクアウトするのなら、トゥーゴーを付けてオーダーしたかった。店内で完飲かんいんしてやるという意地いじが勝かつ。
「おけまる! うえってするとこ、眺ながめとるわ」
 これから戦争せんそうを始めるというのに、微塵みじんも緊張感きんちょうかんが無い、馴なれ馴なれしい態度たいどに虫唾むしずが走る。

「うえっ」
 勢いきおい良く吸すい込こんだ液体えきたいが、激甘げきあまであることを失念しつねんしていた。
「ぷっ! アノンはサービス精神せいしん旺盛おうせいやね」

 『アノン』の呼称こしょうは、ユニット活動かつどう用。
「戦せん……」
 胡蝶は人差ひとさし指を、すっと帰蝶きちょうの唇くちびるに当て、無言むごんで首くびを左右さゆうに振ふる。卓上たくじょうにスマホを上下逆じょうげぎゃくに置おき、画面を爪で素早く二回タップする。
 胡蝶が見せつけるように入力する文字を目で追おう。

『監視されとる。その話は後で』

 人前で話す内容ではないから軽率けいそつだったとは思う。でも腑ふに落ちない。監視かんしされるようなことをした覚えは無い。今までされたことが無いのに、急にされていると言われても信じられない。

 いや――ある。

 胡蝶に目を遣やる。胡蝶の容姿ようしは監視した結果だ。監視されているのが事実であれば、胡蝶以外の誰がしているのか――詳くわしく聞きたい欲求よっきゅうを抑おさえられない。とはいえ張はった意地いじを捨てるのは癪しゃく。フラペチーノを急いで喉のどに流し込む。

 胡蝶は先程と同様どうよう、スマホの画面を爪で素早く二回タップする。
『十九時二九分発 JR米原行まいばらいき 先頭せんとう車両内で合流』
 電車でんしゃ移動は、監視者を撒まくには合理的ごうりてきな手段しゅだん。無言で頷うなずいて見せる。
「見飽みあきたで帰るわ。また明日」
 胡蝶が離席りせきし、手を振りながら言った。
 時計を見ると十九時十五分。急がなければならない程ではないけれど、のんびりしている猶予ゆうよは無い。飲み残しを片付かたづけ、切符きっぷ券売機けんばいきに向かう。

  * * *

 合流ごうりゅう場所には、先頭車両内が指定していされていた。ホームでは胡蝶を探さがさず、乗車位置は先頭を避さけた。周囲しゅういの状況じょうきょうを把握はあくしやすい、階段かいだん横の狭せまい空間くうかんで電車の到着とうちゃくを待つ。

 十九時二七分。
 後ろに並ならんでいるのは三人のみ。周囲に他の人は見当たらない。車両移動時に追尾ついびされれば気付きづけるし、車両内で危害きがいを加くわえられることは無いだろうと、高たかを括くくる。

 十九時二九分。
 予定通り乗車。車両内を通り、先頭車両へと移動する。尾行びこうしてきた人は居ない。先頭扉前に立っている胡蝶を視認しにんし、接近せっきんする。声を出して良いか判断出来ないから、無言で隣に立つ。

 胡蝶がスマホを画面が見えるように持ち、画面を爪で素早く二回タップする。
『十九時四三分 関ケ原下車』
 画面左上の時計表示は四〇分。
 下車げしゃは三分後。胡蝶から離れないよう半歩はんぽ分近付き、無言むごんで頷うなずいて見せる。

 下車げしゃした後の胡蝶は速歩そくほ。まだ警戒けいかいを解といてはいけないのだと、気を引き締しめ、引き離されないようついて歩く。
 足を止めることなく、駅前に待機たいきしているタクシーに乗車。行先を伝えることなく発車はっしゃしたから、胡蝶が到着前とうちゃくまえに配車はいしゃしていたとわかった。

  * * *

 七分程走行そうこうし、扉が開く。下車げしゃした胡蝶の後について降おりる。
 タクシーが去さると、視界しかいが漆黒しっこくに染そまる。
 ザッ――胡蝶の足音あしおと。
「待って。見えん」
 前に手を伸のばすと、ぎゅっと掴つかまれた。
「黒いでね。手ぇ引いてくわ」
 足元が見えない中、胡蝶は躊躇ちゅうちょなく進む。
 今居る場所が関ケ原古戦場であることは、確認するまでもなく自明じめい。何故連つれてこられたかを確認する行為こういに意味は無い。戦争にうってつけの場所だからに決まっている。
 この期ごに及およんで、逃走とうそうする気は毛頭もうとうない。暗闇くらやみの中、方角ほうがくもわからない状態で広大こうだいな山中さんちゅうを逃げ果おおせると思えない。遭難そうなんするのがオチ。

「オッケー、吉乃きつの。電気をつけて!」
 こんな山奥やまおく、それも屋外おくがいでバーチャルアシスタントが機能きのうするはずがない。心の中で突つっ込みを入れた矢先やさき、タイミング良くカサッカサッと前方ぜんぽうから枯葉かれはを踏ふむ音とともに、懐中電灯かいちゅうでんとうの光が近付いてくる。
「暗闇くらやみの中で待たされて、めちゃんこ怖こわかったんやけど!」
 クレームを吐はきながら現れたのは、獣けものや霊鬼れいきの類たぐいではなく、人間の女性に見える。
「これ、生駒いこま吉乃きつの。家は愛知県あいちけん江南市こうなんし小折町こおりちょう八反畑はったんばた。家業かぎょうは運送業馬借しとる」
 胡蝶が淡々たんたんと紹介する。人間の知人であると判明はんめいし安堵あんどする。
「うちの個人情報こじんじょうほう、垂たれ流ながさんといてよ」
「うっさい。偽名ぎめいなんやで構かまわんやろ」
「偽名ぎめい言うな」
「うっさい。久菴きゅうあん」
「本名ほんみょう言うな」
 隠かくさなければならないような疚やましいことをしているのだろうか。一応いちおう、軽かるめに自己紹介じこしょうかいしておこう。
「インスタンス北中学二年、斎藤さいとう帰蝶きちょうです」
「これ、若作わかづくりしとるけど成人せいじんしとるよ。七歳も上のくせに鯖読さばよんで、同年代どうねんだいを装よそおうヤバい奴」
 先程さきほどから、年上の人間を『これ』と呼称こしょうしたり、胡蝶の振舞ふるまいが目に余る。けれど久菴きゅうあんには、その行為こういに反発はんぱつする様子ようすは無かった。
 所見しょけんを述のべると、イジられキャラ。胡蝶に対してのみ、その行為を許容きょようしているのか否いなか――確認かくにんしてみよう。
「久菴きゅうあん、ヤバい奴やつ……覚おぼえた」
「吉乃きつのって呼よんでほしい」
「吉乃きつの、ヤバい奴やつ……覚おぼえた」
「もう、それでええわ。話、どのくらい聞いとる?」
 初対面しょたいめんで年下とししたの帰蝶きちょうから、不意ふいにイジられたにもかかわらず、久菴きゅうあんは怒おこったり動揺どうようすることなく落おち着ついている様子ようす。生粋きっすいのイジられキャラのようだ。
 とはいえ話を本題ほんだいに移うつそうとしているのを遮さえぎり、イジり続つづけるわけにはいかない。
「戦争せんそうして、えーっと……ドウが私に攻撃するのを受ける」
「ドウ? 敵てきのことかな」
 首くびを傾かしげる吉乃きつの。
「うちのコードネームやて」
「なんで胡蝶が帰蝶きちょうを攻撃するん???」
「ちゃう。うちが攻撃するのは敵てきやお」
「胡蝶、説明せつめい下手へた過ぎやて。帰蝶きちょうはうちらの仲間なかま。で、皆みなで敵てきさんをやっつける。OK?」
「吉乃きつのの説明せつめいもたいがいやよ。そう伝つたえたし」
 胡蝶の説明せつめいは、かなり言葉足ことばたらずでしたけど――『仲間なかま』と聞いて一安心ひとあんしん。
「OK!」
「今の説明せつめいでわかったんかい! うちに攻撃されると思っとって、ようついてきたわ。ドMやね」
 自発的じはつてきに、胡蝶についてきたのではなく、強引ごういんに連れてこられた感じだけれど――今更いまさら掘ほり下げる話題わだいでもない。愛想笑あいそわらいして聞きき流ながす。

「ここ、名古屋陸軍なごやりくぐん兵器補給廠へいきほきゅうしょう関ケ原分廠せきがはらぶんしょう・玉たまの火薬庫跡かやくこあとはうちらの基地きちみたいなもん。簡単かんたんに言うと集合場所しゅうごうばしょやね」
 久菴きゅうあんの説明は具体的ぐたいてきでわかりやすい。
「まぁくつろいでって。暗黒あんこくやけど」
 胡蝶が放はなつ言葉は、感覚的かんかくてきなことと行動こうどうを示しめすものが主。説明しようという意思いしが欠如けつじょしている。察さっして考かんがえろタイプの人間。

「あっ。うつけ居おる」
 久菴きゅうあんがライトで照てらす先に人影ひとかげが見える。
「居おるんなら声かけろて。遅刻ちこくすんなし」
「九時集合じゃなかったか?」
 男性の声。
「うちらは居おって、お前うつけは最後さいごに来た。なんか言う言葉ことばあるやろ?」
「待たせて、ごめん……」
「貸かし、一いちやね」
「三人居おるんやで、三さんやし」
 胡蝶にイジられていた久菴きゅうあんまでも、うつけをイジっている――それだけで、うつけが一番格下かくしたと判断はんだんするのは、時期じき尚早しょうそう。
「うつけさん、久菴きゅうあんさん、よろしくお願ねがいします」
 まずは自己紹介じこしょうかいしておこう。うつけの名を先さきに言ったことに対し、久菴きゅうあんは怒おこるのか、平静へいせいを保たもち続つづけるのか。反応はんのうを観察かんさつする。 後者こうしゃであれば、両者りょうしゃの間に上下関係は非存在ひそんざいだとわかる。
「うちだけ本名ほんみょうで呼よぶのやめて」
「他ほかは嘘うそばっかなんやで、名前くらい問題あらへんやろ」
 胡蝶にも呼称こしょう順に対たいする反応はんのうは無い。対等たいとうな関係であると、判断はんだんして良さそう。それはさておき、うつけも偽名とは――この二人は何故本名ほんみょうで呼ばれたくないのか。
「問題しかあらへんわ」
「生駒いこま久菴きゅうあん。一五二八年生まれ。家は愛知県あいちけん江南市こうなんし小折町こおりちょう八反畑はったんばた。家業かぎょうは運送業馬借しとる」
「うちの個人情報こじんじょうほう、垂たれ流ながさんといて! 仕返ししたる。織田おだ胡蝶こちょう。一五三五年生まれ。現住所げんじゅうしょは……どこやっけ? 引越ひっこしたで知らへん」
「残念ざんねんやったな。帰蝶きちょうは既すでに本名ほんみょう知っとるで、ノーダメージやお」
「僕ぼくは織田おだ信長のぶなが。一五三四年生まれ。うつけとか、吉法師きっぽうしと呼ばれています。家は那古野城なごやじょうです」
 ん? んんん!? あの織田信長!!?
 偽名ぎめいを聞いたときから、朧おぼろげながら意識いしきしているようだとは思っていたけれど、今聞いた内容が事実じじつであるとすれば、本名ほんみょうにあたる諱いみなで呼ばれることを、嫌いやがるのも納得なっとくがいく。
 となると、眼前がんぜんに居る胡蝶は、帰蝶きちょうの名前の由来ゆらいとなっている人物じんぶつということになる。本人ほんにんが居るのだから、長年ながねん疑問ぎもんに思っていたことを確認したい。
 美濃國諸舊記みののくにしょきゅうきに登場する帰蝶きちょう、武功夜話ぶこうやわに登場する胡蝶。同一どういつ人物とされているけれど、何故表記ひょうきが異ことなるのか――。
 学校で胡蝶が放はなった『帰蝶きちょうになろうと思って』の言葉も引っ掛かっている。もしも同一人物であれば、なる必要が無い。
「胡蝶と帰蝶きちょうは、同一人物やおね?」
「んー……解釈かいしゃくによるで難むずかしいんやけど、帰蝶きちょうは胡蝶の輪廻転生りんねてんせい後の別個体べつこたい。魂たましいは同一やけど、別人べつじんやお。胡蝶は胡蝶、帰蝶きちょうは帰蝶きちょう」
 説明したのは胡蝶ではなく、吉乃きつの。初対面しょたいめんである帰蝶きちょうの事情じじょうを正確せいかくに、把握はあくしている状況じょうきょうから、仲間なかまに引ひき入いれたのは、胡蝶の思いつきではなく前もって決めていたのだろうと推察すいさつする。
 生駒いこま吉乃きつのも胡蝶と同じく武功夜話ぶこうやわに登場とうじょうする名。そして他の文書ぶんしょには出てこない。
 吉乃きつのと胡蝶の生活圏せいかつけんが、別の時代じだいだったのならば、文書が残のこっていない点には、合点がってんがいく。生活実態せいかつじったいが存在していないのだから、残るはずがない。
 でも新あらたな疑問ぎもんが湧わく。時間移動じかんいどうが、異世界いせかい転生てんせい物語のように行きっぱなしであれば、時代から忽然こつぜんと消失しょうしつするだけという結果けっかに至いたる。
 何故この人たちの時代に、現代人げんだいじんの帰蝶きちょうが存在しているのか。何故ここに居る信長の文書は残っているのか。

 全すべての疑問ぎもんを払拭ふっしょく可能かのうな解かい――。
「うちがみんなの時代に行くことも、出来るんやおね?」
「うん。出来るよ。北西ほくせい一キロ先にある玉城たまじょうが、時間移動用施設しせつ。ここにあるトンネルは、空間移動用の施設しせつやお」
 そんなものが実在じつざいするならば、軍事機密ぐんじきみつになる次元じげんの情報。それを隠かくそうともせず、淡々たんたんと紹介しょうかいする久菴きゅうあん――胡蝶と、うつけに焦あせる様子ようすは無い。久菴きゅうあんが口を滑すべらせたわけではなく、口外こうがいしても構かまわないという共通認識きょうつうにんしきの様子。

 まさか五〇〇年後の世界せかいに存在していない技術ぎじゅつだとは、予想よそうだにしていないだろうと思ったら笑わらえてきた。
「笑える程面白おもしろい所あるん? ちゃちゃっと敵さん片付かたづけて行いこまい」
「の前に! さっきコードネーム云々うんぬん言ってたやん? うちにも、ええ感じの付けてよ」
「Guestゲスト。不特定ふとくていの招待客しょうたいきゃくって意味いみ。名前やなくて自身じしんの立場を示しめすStatementステートメント。匿名とくめいを指す、帰蝶きちょうのAnonymousアノンとおんなじ位置付いちづけやお」
「ええね! 気に入ったわ。うつけにもかっこええの付けたって」
「*アスタリスク。一字以上の文字列もじれつ全すべてを意味する、ワイルドカードの記号きごう。古代こだいギリシャ語のΑστερίσκος小さい星が起源きげん。誕生たんじょうや生命せいめいの意味を持つ言葉やお。略りゃくすと、Starスター」
「かっこええやん! うつけは気に入った!?」
「とても気に入りました」

「決定けっていやね! 合戦中かっせんちゅうの呼称こしょうは、吉乃がGuestゲスト。うつけが*スター。帰蝶きちょうがAnonymousアノン。うちがJohn Doeドウ。全員併あわせたユニット名がmē on非有」

103 秘密のトンネル

 先導せんどうするゲストに続いて歩く。立ち止まると、懐中電灯かいちゅうでんとうの明かりがトンネルを照らす。
「これはコメ合衆国Fortinetフォーティネット屋や製の、汎用型はんようがたトンネル。マイナンバーユーザーアカウントとパスワードを伝えるだけで、認証にんしょう出来る機能きのうを備そなえとる」

 秘密のトンネルVPN装置は、どれだけ遠とおく離れた空間へでも繋つなげられ、隣の部屋へやへ行く感覚かんかくで、気軽きがるに往来おうらい出来るようにする施設しせつ。
 国民的こくみんてき人気にんきアニメに登場とうじょうする秘密道具ひみつどうぐ、どこでも扉とびらのようなもの。
 相違点そういてんは、入口いりぐちで認証にんしょうされた人のみが入はいれること。尾行びこうされる心配しんぱいが無いから、安全あんぜんに密会みっかい可能かのう。トンネルの先には許可きょかされた人しか辿たどり着けないから、貴重品きちょうひんを置おいておいても安心あんしんという触ふれ込こみ。

 パソコンを開き、画面が見えるようこちらに向けるゲスト。
 curlカールコマンドで接続せつぞくした先は、/remote/fgt_lang?lang=/../../../..//////////dev/cmdb/sslvpn_websession。
 ゲストが文字化もじばけしていない箇所かしょを指差す。
「今見とるのはトンネルに保管ほかんされとるファイル。指差しとる箇所かしょに、トンネルに入るときの認証にんしょうに使うマイナンバーユーザーアカウントとパスワードが書かれとるんやけど、このファイルには誰でも接続せつぞく出来るわけ。でね、その情報を使えば認証にんしょう出来るのよ」
「そんなん、誰でも入はいれてまうやん。権限けんげん設定せっていおかしいやろ」
 アノンの口を衝ついて出た。ファイル自体じたいは必要なんだろうけれど、本来ほんらい部外者ぶがいしゃが閲覧えつらんする必要ひつようは無く、むしろ閲覧えつらん出来てはいけない。それを公開こうかいしているなんてあり得ない。このような状態の物を、安全あんぜんと称しょうしているなんて片腹痛かたはらいたい。
「そう! 鋭するどいね。でさ、こんなしょうもない不具合脆弱性あるんやから、他ほかにもあるやろうと思って調べてみたわけよ。案あんの定じょう、出るわ出るわ。他者のパスワードを変更出来るし、遠隔えんかくで命令リモートコードを実行することまで出来てまう。簡単かんたんに支配権しはいけんを得られるんよ」
「さっき汎用型はんようがたトンネルって言っとったけど、こんな物が大勢おおぜいに使われとるってこと?」
「そうやお。よう使うわ」
「一応、Fortinetフォーティネット屋やが秘密のトンネルVPN装置用の修理キット修正パッチを無償むしょう 配布してはおる。けど、配布しても修理しゅうりしいへん人ら大勢おおぜい居おるで、被害ひがいはそれなりに発生はっせいしとる。要約ようやくして時系列じけいれつでまとめた資料がこれ。まずはFortinetフォーティネット屋やが、秘密のトンネルVPN装置について公表した不具合脆弱性」

――― 資料始はじめ

 二〇一九年五月二四日。
 世界中の誰でも、秘密ファイルを覗のぞき見ることが可能な不具合脆弱性CVE-2018 -13379 を公表。

 二〇一九年八月三〇日。
 通行用のパスワードを、他人が変更可能な不具合脆弱性CVE-2018 -13382 を公表。

 二〇一九年一一月二六日。
 命令リモートコードを、遠隔で実行可能な不具合脆弱性CVE-2018 -13383 を公表。

――― 資料終おわり

 画面に映し出されているのは、綺麗に作られているスライド資料。
「CVEシーブイイーって何?」
「共通きょうつう脆弱性ぜいじゃくせい識別子しきべつし。Common Vulnerabilities and Exposuresの略りゃく。コメ合衆国の非営利ひえいり組織そしきMITREマイター屋やが提案ていあんした脆弱性ぜいじゃくせいの情報共有じょうほうきょうゆう方法ほうほう。識別番号しきべつばんごうは『CVEシーブイイー-西暦せいれき-連番れんばん』で構成こうせいされとる。西暦せいれきは登録年。連番れんばんは、二〇一三年までは四桁としとった。けど、足りへんくなるのが確実になって、二〇一四年に四桁以上と改訂かいていされた」

「そうなんだ。この資料は誰が作ったの?」
「うちやお?」
 きょとんとするゲスト。質問しつもんの意図いとがわからないという様子ようす。
「パワポパワーポイント、使えるの?」
「今時いまどき、小学生でも使っとるやろ。武家商人宗ぶけしょうにんむねの長女ちょうじょが、便利べんりな物を使うのは当然とうぜんや」
「そうやね。戦国時代せんごくじだいには無かった物だから、気になっただけ」
「話はなしが逸それとる」
 不機嫌ふきげんそうな、うつけ。怒らせようものなら、何をされるかわからない。命を粗末そまつにしないため、口を噤つぐむ。

「公表された不具合脆弱性を組み合わせて使えば、簡単かんたんに支配権しはいけんを得られる。コメ合衆国と対立関係にある、ルシア帝国内の闇市やみいちRAMPやGrooveグルーヴ乱波らっぱに、認証情報一覧が共有きょうゆうされた。共有きょうゆうデータはトンネル所在地IPアドレス、マイナンバーユーザーアカウント、パスワードの三点。これがあれば誰でもトンネルに侵入可能。やで、攻撃者には有用ゆうよう。数は世界各地の秘密のトンネルVPN装置八万七千本分、通行者五〇万人分」
「つまり、不具合を修正しとらん秘密のトンネルVPN装置一覧ということやね」
「そうやお。被開示者ひかいじしゃは不具合を修正しとらん秘密のトンネルVPN装置内で、ウェブブラウザスマホのSSL VPN接続メールアプリを使用した者。自業自得じごうじとくやで、掘り下げず先に進むね。次は流出情報」

――― 資料始はじめ

 二〇二一年九月八日(コメ合衆国時間)
 Fortinetフォーティネット屋やが、世界各地の秘密のトンネルVPN装置八万七千本分の通行用認証情報が流出したと公表。

――― 資料終おわり

「この発表は、ルシア帝国内で共有されたデータを、コメ合衆国側が本物であると、認めたことを意味する。修理キット修正パッチが無償むしょう配布されてから、二年も経過しとるにもかかわらず、修理しとらんトンネルは侵攻への備えを放棄しとる、支配可能な実験場じっけんじょうということや。身代金みのしろきんを要求するRansomwareランサムウェアによる攻撃をサービスとして提供したり、実行しとるRaaSラース軍が侵攻を効率的に進められる。攻撃こうげきすることで儲かる仕組みやで、多くの協力者アフィリエイトも攻撃に参加さんかしてくれる」
「ルシア帝国が対立たいりつしとる、コメ合衆国やその属国ぞっこくに対たいする、大規模だいきぼ侵攻の手筈てはずが整ったわけやね」
「そう! その属国ぞっこくには、ジパング皇国が含ふくまれとる。被共有ひきょうゆう秘密のトンネルVPN装置八万七千本のうち、一千七百本程がジパング皇国。当然とうぜん、矛先ほこさきを向むけられることになる。直近ちょっきんで報道ほうどうされた、医療機関いりょうきかんの事案じあんに絞しぼって纏まとめるとこんな感じ」

――― 資料始はじめ

 二〇二一年一〇月じゅうがつ三一日さんじゅういちにち。
 LockBitロックビット2.0二世乱波らっぱが、徳島県つるぎ町立半田病院に侵攻成功。

 二〇二二年四月二三日。
 LockBitロックビット2.0二世乱波らっぱが大阪府藤井寺市の青山病院に侵攻成功。

 二〇二二年一〇月じゅうがつ 三一日さんじゅういちにち。
 Phobosフォボス乱波らっぱが大阪府の社会医療法人生長会を経由し、大阪急性期・総合医療センターに侵攻成功。

――― 資料終おわり

 ジパング皇国に初めて病院が建ったのは一五五七年。ペルトガル帝国の外科医げかいルイス・デ・アルメイダが作った。
 ゲスト達の時代には、まだ存在していない。
「病院、知っとるんやね」
「ここにはあるでね。で、全部同じ秘密のトンネルVPN装置を使っとって、尚且なおかつ修理しゅうりを怠おこたっとったとこや」
 最新事案さいしんじあんは、二〇二三年に復旧ふっきゅう予定よてい。未いまだ、対応たいおうが続いている状況じょうきょうと言っていた。色々いろいろ不明ふめいということになっていたけれど、不明ふめいではないようだ――。
「戦争せんそうは、医療機関いりょうきかんへ攻撃こうげきした乱波らっぱへの報復ほうふく?」
 正義せいぎの味方みかた、ヒーロー的な立ち位置いちを期待きたいした。
「ちゃう。自業自得じごうじとくや言うたやろ。うちに宣戦布告せんせんふこくしてきた阿呆あほうを潰つぶす」
「被害ひがいに遭あったん?」
「なわけあるか! ハニーポットに入いれたったわ。罠わなに嵌はめるのは、スターが得意とくいやで丸投まるなげしとけばええよ」

 見聞みききした情報を基もとに、役割やくわりを整理せいりする。
 ドウが攻撃こうげき役。主な役割やくわりは隠密行動おんみつこうどうと暗殺あんさつというところ。痕跡こんせきを遺のこさず、与あたえた情報で撹乱かくらんさせるには適材てきざい。
 ゲストが諜報ちょうほう役。情報収集じょうほうしゅうしゅうと、分析能力ぶんせきのうりょくに長たけていて、説明せつめいが端的たんてきでわかりやすい。
 スターは回避かいひ役。誘い込んで攻撃の矛先ほこさきを逸そらす役割。史実しじつでは、織田信長は攻撃的こうげきてきな印象いんしょうだったけれど、武力ぶりょくでゴリ押しする脳筋のうきんでは無かった。巧たくみな計略けいりゃくをめぐらせていた。

 欠陥けっかんは、回避かいひしそびれた途端とたんに壊滅かいめつすること。
 本能寺ほんのうじの変へんがまさにそれ。家臣かしんによる謀反むほんが原因げんいん。裏切うらぎられないために、胡蝶自身じしんである帰蝶きちょうを防衛ぼうえい役に選任せんにんするのは、理りに適かなう。

2 乱破

201 Conti殲滅

「うちに宣戦布告せんせんふこくしてきた阿呆あほうは、Contiコンティ乱波らっぱ。初攻撃を観測したのは二〇二〇年五月。以降、標的ひょうてきを限定げんていせんと無差別むさべつ攻撃を繰くり返しとる。冷酷れいこくで凶悪きょうあくな組織そしき。攻撃の手口てぐちは、情報を暗号化あんごうかして、復号ふくごうしたかったら身代金みのしろきんを支払しはらえって要求ようきゅうする。従わへん場合は、情報を流出りゅうしゅつさせるって、二重にじゅう脅迫きょうはくをしてくる」
 吉乃きつのまで、阿呆あほうという言葉ことばを用もちいたことに驚おどろいた。胡蝶の言葉遣ことばづかいは、何らかの意図いとがあって乱暴らんぼうということではないようだ。

 乱波らっぱとは、現代げんだいで忍者にんじゃと呼称こしょうされている存在そんざい。他国に忍び込こみ、夜討ようちをしたり、盗賊団とうぞくだんを仕向しむける暗躍者あんやくしゃ。

 史料しりょうによると、織田信長と乱波らっぱの縁は深い。戦国時代せんごくじだいの数々かずかずの番狂ばんくるわせの裏には、乱波らっぱの働きがある。
 信長が尾張おわりを完全統一かんぜんとういつし、畿内制圧きないせいあつへと台頭たいとうするきっかけとなった、桶狭間おけはざまの戦い。
 兵力へいりょくにおいて、信長側が圧倒的あっとうてき不利ふりだったこの戦いくさで、今川義元よしもとの首を取った毛利新助しんすけよりも、功績こうせきが大きいと評価ひょうかされ、沓掛城主くつかけじょうしゅとなったのが簗田やなだ政綱まさつな。今川義元よしもとの本陣ほんじんの場所ばしょを信長に伝えたり、密ひそかに兵へいを動かす等、裏工作うらこうさくを主導しゅどうした。
 信長は乱波らっぱを高く評価ひょうかし、重用ちょうようしていた。

 ただ、間者かんじゃや素破すっぱは、報酬ほうしゅう次第しだいで、いつ寝返るかわからない根無ねなし草ぐさ。まさに諸刃もろはの剣つるぎ。
 そこで、商人たちの情報網じょうほうもうを活用するため、経済政策けいざいせいさくとして楽市楽座らくいちらくざを実施じっしし、商人を味方みかたにつけた。武家商人ぶけしょうにんとして飛騨国から三河国までの広範囲こうはんいで商あきないをし、諸国しょこくから多数たすうの人間にんげんが出入でいりする吉乃きつのの実家じっか、生駒家いこまけは重要じゅうような拠点きょてんであることは言うまでもない。

――― 資料始はじめ

 二〇二一年四月。
 全身代金要求プログラムランサムウェア被害ひがいの二五%をContiコンティ乱波らっぱが占める。
 被害数が全乱波らっぱの中で最多になった。

 二〇二二年二月二四日。
 ルシア帝国がエクライネ共和国に軍事侵攻ぐんじしんこう開始かいし。

 二〇二二年二月二五日。
 Contiコンティ乱波らっぱがルシア帝国を全面的ぜんめんてきに支持しじすると表明ひょうめい。
 声明文せいめいぶんは『どのような組織そしきであろうと、ルシア帝国に対しサイバー攻撃こうげきや戦争行為せんそうこういを仕掛しかけるのであれば、我々われわれは持てるリソース全すべてを用もちい、敵対勢力せいりょくの重要じゅうようインフラに対して反撃はんげきを加くわえる』というもの。

――― 資料終おわり

 金銭きんせん目的もくてきの範疇はんちゅうを明あきらかに超こえている。尋問じんもんの常套句じょうとうく『誰だれの差さし金がねだ?』と尋たずねるまでもなく、ルシア帝国に属ぞくしていると、自白じはくしている。それだけではない。
「実質的じっしつてきに、Contiコンティ乱波らっぱはルシア帝国そのものって宣言せんげんしとるやん」
「となると、僕らに宣戦布告してきたのは、ルシア帝国ということになりますね」
 乱波らっぱだけの問題もんだいではなく、全すべてのルシア帝国民を攻撃対象こうげきたいしょうとすることを意味する。
 国家こっかを相手あいてにする以上いじょう、不本意ふほんいであっても、甘あまい考かんがえを捨すてなければ破滅はめつに至いたる。
「そういうこと。これから始めるのは国くにとの戦争せんそう。移動先の日付は二〇二二年二月二五日。うちらはエクライネ共和国側に付く」
 話が淡々たんたんと進行しんこうする。帰蝶きちょうも異論いろんは無いけれど、まさかルシア帝国と戦うことになるとは予想だにしていなかった。呆気あっけに取られ、言葉に詰つまる。

 二〇二二年二月二七日。
 Contiコンティ乱波らっぱ構成員同士の会話履歴ログと、身代金要求プログラムランサムウェアの設計図ソースコード、およびXMPPサーバ秘密基地から抜き出した六万件以上の内部情報をリーク。
 会話履歴ログは二〇二一年一月二一日から二〇二二年二月二七日のもの。まさにContiコンティ乱波らっぱの犯罪に関する情報の宝庫。関連組織や攻撃手法、BTCビットコインの流れが含まれる。
 翌日には、二〇二〇年六月以降の一〇万件以上の内部情報を追加でリーク。より詳細しょうさいなデータを流出りゅうしゅつさせ続けた。

 表向きの目的は、Doxingドキシングによる内部分裂の誘発ゆうはつ。Doxingドキシングとは、晒さらし上げることで精神的せいしんてきダメージを与える行為こうい。いじめに、よく用もちいられる手法しゅほう。
 リークした会話履歴ログは、犯罪の証拠。公開こうかいすることで、捕まるかもしれない恐怖心きょうふしんを煽あおることが出来る。
 とはいえ、真の目的はそんなことではない。
 ここから先は、防衛担当である帰蝶きちょうの力の見せどころ。設計図ソースコードの改変かいへんに着手ちゃくしゅ。Contiコンティ乱波らっぱにとって、されたくないことが起きるよう手を加える。
「Contiコンティ乱波らっぱは問答無用もんどうむように攻撃するのに、ルシア帝国支持しじを宣言せんげんするよりも前から、ルシア帝国内への攻撃を禁きんじとる。設計図ソースコードも、ルシア帝国内へ攻撃しんようになっとる。無差別むさべつ攻撃する奴やつらが避ける理由は、保身ほしんやろうね。攻撃したら、マズイってこと。おそらくルシア帝国内の組織を標的ひょうてきにしん限り、司法当局しほうとうきょくが取り締まらへん、暗黙あんもくのルールでもあるんやろうね。つまり、このルールを反故ほごにしてやれば謀反人むほんにんが出来上がるってわけ。構成員情報はリーク済みやで、帝国さんが始末しまつするやろ」
 設計図ソースコードを書かき換かえ、ルシア帝国以外を攻撃こうげきしないように変更。
 身代金みのしろきん要求文を『現状の責せきを負うべき、非難対象ひなんたいしょうを探しているのならば、それはプリン皇帝こうていより他に居ません』に変更。
 検知けんちされ難にくくし、暗号化能力を向上させた上でContiコンティ乱波らっぱの復号化ふくごうか機能を利用出来ないよう変更。
 元のコードを六六%残し、ウイルス対策たいさくベンダーがContiコンティ乱波らっぱと認識するよう調整。

 ルシア帝国への攻撃専用、Contiコンティ乱波らっぱ製身代金要求プログラムランサムウェアが出来上がった。
「狙いはルシア帝国政府に、Contiコンティ乱波らっぱの謀反むほんによる被害ひがいが多発しとるって、認識させること。更にContiコンティ乱波らっぱがプリン皇帝を侮辱ぶじょくし、ルシア帝国を混乱に陥おとしいれる目的で、復号ふくごうを拒否きょひしとる事実を作る。裏切者うらぎりものが発生し得うる状況に至いたらせるため、Doxingドキシングが効力を発揮はっきする感じに仕上げた。自分自身に滅ほろぼされる気分、存分ぞんぶんに味わうとええわ」

――― 作戦始はじめ

 二〇二二年三月末。
 ルシア帝国への身代金要求プログラムランサムウェア攻撃開始。

 二〇二二年四月。
 ルシア帝国政府に対しDoxingドキシングを仕掛ける。
 取得した、以下国家機密こっかきみつ情報をリーク。

・国内マスメディアの監視かんし、統制とうせい、検閲けんえつの責任せきにんを負おうロスコムナゾール執行機関のファイル三六万点以上
・VGTRK国営放送局の過去二〇年分のメール九〇万通以上
・文化省のメール二三万通
・教育省のメール二五万通

 二〇二二年五月一九日。
 Contiコンティ乱波らっぱ消滅しょうめつ。

――― 作戦終おわり

 宣戦布告せんせんふこくしてきたContiコンティ乱波らっぱが消滅しょうめつしたことにより、四人は目的を達成たっせい。帰蝶きちょうの初陣ういじんは、勝利しょうりにて幕まくを閉じる。

202 HelloKitty×暴露

「二〇二二年の主流しゅりゅうになっとる、二重にじゅう脅迫きょうはく型の身代金要求プログラムランサムウェアの手口てぐちを編あみ出したのは、Mazeメイズ乱波らっぱ。活動時期は二〇一九年一一月から二〇二〇年五月。一段階目は、暗号化あんごうか。復号ふくごうする見返りとして、身代金みのしろきんを要求ようきゅうする。二段回目は、窃取せっしゅ情報じょうほうの暴露ばくろ」
「やで、身代金みのしろきんを支払しはらって解決かいけつするんやね」
「寝とるん? 解決かいけつしいへんて。身代金みのしろきんを支払っても、復号ふくごう出来る保証ほしょうはあらへん。復号ふくごう出来たとしても、窃取せっしゅされたデータが暴露ばくろされるリスクは残り続つづけるやろ」
「あ……そうやね。リスクは残り続つづける」
 データ復旧ふっきゅうにだけ気を取られ、バックアップをしっかり取っていれば、被害ひがいは無いのだと思おもい違ちがいをしていた。
「暴露ばくろリスクについては、HelloKittyハローキティ乱波らっぱの事案じあんがわかりやすいわ。HelloKittyハローキティ乱波らっぱが標的ひょうてきにしたのは、コメ合衆国SonicWallソニックウォール屋や製の汎用型はんようがたトンネル、SMA100エスエムエーひゃくシリーズを使っとるところ。SQLエスキューエルインジェクション不具合脆弱性CVE-2019 -7481や CVE-2021 -20016 を使つかって、認証にんしょうを回避かいひして侵入しんにゅうする。中に入りさえすれば、データは取り放題ほうだいになる。つまり、認証情報にんしょうじょうほうの窃取せっしゅも可能かのうということ。正規せいきの手順てじゅんで認証にんしょうして入れば、堂々どうどうとデータを窃取せっしゅし続けることが出来る。ちなみに、侵害しんがいの有無うむは、通行アクセス履歴ログから管理人室へのリクエストを検索し、その履歴ログの前で/__api__ /v1/logonログオン要求リクエストが成功せいこうしとるかを見ればわかる。要求リクエストが存在せんかったら異常いじょうや」
「そもそも、SQLエスキューエルインジェクションを許容きょようしとるトンネルがおかしいね」
 認証には、マイナンバーユーザーアカウントとパスワードを使う。 SQLエスキューエルインジェクションとは、例えばパスワード記入欄に'or'1'=1必ず満たせる判定文 を入力することで、認証されたものとして通過させる手法しゅほう。
 正常せいじょうなシステムでは、'シングルクオートや;セミコロン等の記号を、別の文字列へ置換ちかんする。エスケープという処理。しなければ、先程の例ではpassword=' 'or'1'=1必ず成功すること が判定条件になり、or'1'=1もしくは、一は一であるを成立させてしまう。これでは認証にんしょうの体たいを成なせない。

「そう。そんな物を完成品かんせいひんとして流通りゅうつうさせることが、そもそも異常いじょう。それはさておき、これから紹介しょうかいするのは、こういう不具合脆弱性に起因きいんし引き起こされた事案じあん」

――― 資料始はじめ

 二〇二一年一月。
 HelloKittyハローキティ乱波らっぱの攻撃を初確認。

 二〇二一年二月。
 ペーランド共和国のCDPR屋ゲーム開発メーカーを攻撃。ゲームの設計図ソースコードや社内文書を窃取せっしゅ。

 二〇二一年二月九日ここのか。
 身代金みのしろきん要求に対し、CDPR屋ゲーム開発メーカー側が交渉こうしょうしないと声明せいめいを発表。
 ルシア帝国で窃取せっしゅデータの競売きょうばい開始。

 二〇二一年二月一〇日。
 データが本物であると証明しょうめいするため、窃取せっしゅした開発データの一部と開発者向けのテストコードを公開。

――― 資料終おわり

「未リリースゲームの設計図ソースコードの開始価格は一百万ドル、即決価格は七百万ドルが設定されとったね。ゲームの開発データに関心かんしんを持つ層そう、例えばゲームマニアやとハックして、ジェイルブレイク出来るようになる。競合他社きょうごうたしゃなら自社ゲームの品質向上ひんしつこうじょうに活用かつよう出来る。乱破らっぱの目的もくてきは金銭きんせん。需要じゅようがあるデータを切り売りすれば金かねになる。売却益ばいきゃくえきだけやなくて、企業価値きぎょうかちを下げることでも、利益りえきを得ることが出来る。ズル出来るゲームなんて、面白おもしろくないって感じるユーザは離れるし、データ流出した事実は、投資家とうしかの信頼しんらいに影響えいきょうする」
「エグいね」
「一段階目の脅迫に応おうじるか否いなかを問とわず、乱波らっぱは困こまらん。二段階目の暴露ばくろリスクが残り続ける以上、被害ひがいに遭あったら、乱波らっぱを壊滅かいめつさせて、資産しさんを押収おうしゅうせん限かぎり、脅威きょういは無くならんちゅうこと。バックアップから復元ふくげん出来るで問題無いって、高たかを括くくって強気つよきに出とると、痛い目に遭あうよ」
「リークサイトと、競売きょうばいの併用へいようか……乱波らっぱは闇市ダークウェブの使い方、上手いね」
「奪ったデータをどう使えば金かねになるか。そんなことも知らんコンサル屋の、机上空論きじょうのくうろんが、糞くその役やくにも立たたんってわかるやろ」

203 REvil×茶番

「にしても、今回もルシア帝国にはノーダメージか……乱波らっぱを潰つぶしても、名前を変えて現あらわれるだけや。以前いぜん潰つぶしたREvilレヴィル乱波らっぱがそうやった」
 吉乃きつのは、Contiコンティ乱波らっぱを消滅しょうめつさせ、勝利しょうりしたにもかかわらず、唇くちびるを噛かみ締しめ、あからさまに不服ふふくそうにする。

――― 資料始はじめ

 二〇一九年四月。
 REvilレヴィル乱波らっぱの攻撃を初確認。

 二〇二〇年にせんにじゅうねん。
 二重にじゅう脅迫きょうはくスキームを導入どうにゅう。

 二〇二〇年三月。
 身代金みのしろきん要求ようきゅう通貨つうかを、資金しきんの流れを可視化可能かのうな仮想かそう通貨つうかBTCビットコインから、追跡ついせき不可能ふかのうな匿名とくめい仮想かそう通貨つうかXMRモネロに切替きりかえ。BTCビットコイン支払いの場合は、支払額を一〇%上乗うわのせする。

――― 資料終おわり

「XMRモネロは両替りょうがえで受け付けてもらえんことが多いで、貯ため込んでもしゃあない。追跡ついせきを免まぬがれる目的で、送金そうきん手段しゅだんに限定げんていして利用りようするなら有益ゆうえき。BTCビットコインのブロックチェーン上のことは可視化かしか出来てまうで、追跡ついせきを止めて、捜査そうさを困難こんなんにさせる手段しゅだんの一つやね」
 ニュースサイトの記事を読んで、 支払しはらい方法ほうほうに仮想通貨かそうつうかが指定していされていることは知っている。けれど、仮想通貨かそうつうかの種類しゅるいや理由りゆうを気にしたことは無い。 漠然ばくぜんと、仮想通貨かそうつうかといえばBTCビットコイン程度ていどの認識にんしきでいた。

 資料は続く。

――― 資料始はじめ

 二〇二一年一二月中旬。
 Ransom Cartelランサムカルテル乱波らっぱの攻撃を捕捉ほそく。REvilレヴィル乱波らっぱとの類似点るいじてんおよび技術的ぎじゅつてき重複ちょうふくが多いため、派生はせいもしくは後継こうけい乱波らっぱであると予測よそく。

 二〇二二年一月一四日。
 コメ合衆国からの要請ようせいに基もとづき、ルシア帝国保安庁ほあんちょうと内務省が実施じっしした強制捜査きょうせいそうさで、REvilレヴィル乱波らっぱ構成員メンバー一四名を逮捕たいほ。資産しさんを押収おうしゅう。
 ルシア帝国保安庁ほあんちょうが『存在しなくなった』と宣言し、REvilレヴィル乱波らっぱ消滅しょうめつ。
 ルシア帝国政府が初めて身代金要求プログラムランサムウェア乱波らっぱが、ルシア帝国内に居住きょじゅうしていることを認みとめた事案じあんとなった。

――― 資料終おわり

「逮捕たいほされた面子めんつの中に、二〇二一年四月二九日にColonialコロニアルPipelineパイプライン屋やに侵入、五月七日にデータを暗号化あんごうかしパイプラインを操業停止そうぎょうていしに陥おちいらせ、五月一二日までの一週間、コメ合衆国東海岸ひがしかいがんを燃料不足ねんりょうぶそくにさせた奴も含ふくまれとった」
「五月六日に、二時間で|Alpharettaアルファレッタ藩はんの通信網ネットワークから一百GBギガバイトのデータを窃取せっしゅしたやつね。REvilレヴィル乱波らっぱ側はDarksideダークサイド乱波らっぱがしたって主張しゅちょうしとるけど、両方りょうほうに属ぞくす同一人物どういつじんぶつが協力者アフィリエイトとして存在そんざいしとるんやで、どっちでもええわ。実行じっこうしたときの所属しょぞくがちゃうだけやし」
 胡蝶が補足ほそくする。内容は、時間じかんと量りょう、そして実行者について。内部情報ないぶじょうほうや、技術的ぎじゅつてきなことへの関心かんしんが強い印象いんしょうを受ける。
「逮捕たいほされて、乱波らっぱが 消滅しょうめつしたなら良かったやん」
 吉乃きつのに両手りょうてで頭を掴つかまれ、前後ぜんごに振られる。
「脳のうみそ、入はいっとる? 単たんなるパフォーマンスや。ルシア帝国は要請ようせいしたコメ合衆国当局とうきょくに対して、報告ほうこくしただけ。構成員メンバーの身柄みがらや押収品おうしゅうひんを、引渡ひきわたすとは言ってへん。ルシア帝国の飼かい犬いぬが、ルシア帝国の飼かい犬いぬになっても、何も変わらへんやろ」
 脳のうみそは入はいっているけれど、機能きのうしていない。教わる情報じょうほうは知らないことばかり。相槌あいずちを打うつ以外いがいには、直感的ちょっかんてきに感かんじたことを言葉ことばにするだけで精一杯せいいっぱい。
「うん。変わらへん。ルシア帝国に、はぐらかされた感じやね」
「ちなみに侵入方法は、マイナンバーユーザーアカウントとパスワードを使って、正面しょうめんから普通に入っただけ。VPNトンネルには一応いちおう、MFA多要素認証を適用てきようしてはおった。けど、無効化むこうかしとらんレガシーVPN従業員用の通用口プロファイル もあって、そこにはMFA多要素認証を適用てきようしとらんかった。めっちゃ強固きょうこで立派りっぱな金属製きんぞくせいの扉の隣となりに、木製もくせいの勝手口かってぐちを用意しとるようなもん。そっちから侵入しんにゅうするのは必然ひつぜんやろ」

204 GandCrab×引き際

「REvilレヴィル乱波らっぱといえば、前身ぜんしんのGandCrabガンクラブ乱波らっぱに面白おもしろい攻撃こうげきあったよね。ラブレターを送ってくるやつとか。Love_Youの後ろに数字すうじくっつけた名前の、ZIP圧縮ファイルを送り付けてくるやつ。通称、“Love You”ラブユーmalspamマルスパムcampaignキャンペーン。二〇一九年は、あんな物が身代金要求プログラムランサムウェア被害ひがいの四〇%を占めとったんやで、驚おどろきやな」
「『あなたに恋こいをしました』とか書かれとるやつやね。ZIP圧縮ファイルにJavaScriptジャバスクリプトのダウンローダが入っとって、実行じっこうすると別のダウンローダがダウンロードされる。最終的さいしゅうてきに複数ふくすうのマルウェアがダウンロードされる仕組しくみ。うちは、うつけ一筋ひとすじやで即そくゴミ箱送りや」
「うちも一筋ひとすじやて!」
「また嘘吐うそついとるわ。にやにやしながら見とったやろ」
「うーつーけー! 不貞腐ふてくされんなって。解析かいせきしとっただけやお?」
 吉乃きつのが、うつけの腕を人差ひとさし指ゆびでツンツンと突つつく。
「別に不貞腐ふてくされてません。お気遣きづかいは結構けっこうです」
 うつけとの距離感きょりかんや、接せっし方かたがまだわからない。少なくとも気軽きがるにイジる関係かんけいではない。今相槌あいずちがわりに言えるのは、乱波らっぱのことだけ。
「REvilレヴィル乱波らっぱの前身ぜんしんがあるんやね」
「GandCrabガンクラブ乱波らっぱの攻撃こうげきを初確認したのは、二〇一八年ニセンジュウハチネン一月二六日。サービスとして身代金要求プログラムランサムウェア を提供ていきょう し、協力者アフィリエイトには収益しゅうえきの過半数かはんすうを超える、六割分を分配ぶんぱいした。協力者アフィリエイトの取り分ぶんを大きくすることで勢力せいりょくを増した。標的ひょうてきは不具合脆弱性に対して、対処パッチのインストールをしんかった所。二〇一八年ニセンジュウハチネン一〇月に奈良県宇陀市の市立病院で、電子でんしカルテシステムの障害しょうがいを引き起こしたのが、GandCrabガンクラブ乱波らっぱ」

「GandCrabガンクラブ乱波らっぱ、引き際綺麗きれいやったおね」
「二〇一九年五月に活動終了かつどうしゅうりょうを宣言せんげん。二〇日にじゅうにち以内に身代金要求プログラムランサムウェアの配布を停止ていしするよう協力者アフィリエイトに要求ようきゅうした。併あわせて六月末までに配布サイトを削除さくじょすると宣言せんげん。鍵かぎごと削除さくじょするで、被害者ひがいしゃは七月以降復号ふくごう出来んくなるって発信。もしも放ほったらかしにすれば、攻撃側は金かねにならんのに、被害者ひがいしゃは増える。誰にとっても良いことあらへんでね。で、REvilレヴィル乱波らっぱが活動開始したのが二〇一九年四月。活動時期が被かぶっとる。いわゆる派生組織はせいそしきやね」
「ウタリア共和国にだけ攻撃こうげきするやつもあったやん。OSオーエスの設定言語で判定はんていしとったやつ。スーパーマルオをモチーフにしとるように見える、おっさんの絵画像にPowerShellコードが埋め込まれとって、見るとUrsnifアースニフのBankingバンキング型Trojanトロイの木馬がダウンロードが始はじまるやつ。あれ面白おもしろかったわ」

「面白おもしろいって言うのは、どうかと思う。引くわ」
 吉乃きつのは、胡蝶にゴミを見るような眼差まなざしを向ける。
「裏切者うらぎりもの! 吉乃きつのもさっき言ったやろ」
「記憶に無い」
「ボケてまったか……可哀想かわいそうに。なんにせよ、コメ合衆国連邦捜査局れんぽうそうさきょくが公開こうかいしとる、マスター復号化ふくごうか鍵かぎで復号ふくごう出来るんやし、面白おもしろいの範疇はんちゅうやろ」
「まあ……コメ合衆国連邦捜査局れんぽうそうさきょくと欧州刑事警察機構ユーロポールが連携れんけいして、Bitdefenderビットディフェンダー屋と協力して作った復号ふくごうツール使って、三万以上のデータを復号ふくごう出来た事実じじつはあるし、問題もんだいはあらへんけど、そんな言い方しとると要らん怒いかり買うで?」

205 DarkSide×偽善

「ちなみに、DarkSideダークサイド乱波らっぱはブランドイメージが低下ていかしたで、BlackMatterブラックマター乱波らっぱにリブランドした。DarkSideダークサイド乱波らっぱの攻撃を初確認したのは二〇二〇年八月。他の乱波らっぱと同様どうよう、ルシア帝国を攻撃対象から除外じょがいしとる。特徴とくちょうは、協力者アフィリエイトに対して病院、ホスピス、学校、大学、非営利ひえいり団体、政府機関せいふきかんへの攻撃を控えるよう、行動規範こうどうきはんを設けとったこと」
「迷惑めいわく掛かけんよう、配慮しとるんやね」
「表向おもてむきはな。もし本当ほんとうにそうなら、生活せいかつを支ささえるインフラを含ふくめるやろ。平気で燃料不足ねんりょうぶそくに陥おちいらせる乱波らっぱ。迷惑めいわく掛かけんようっていうのと矛盾むじゅんしとる。得えられるもんに対する批判ひはんが大きい所と、金かねにならんところを除外じょがいして、支払能力しはらいのうりょくがあるところを標的ひょうてきにしとるだけ。表向きの印象いんしょうさえ良ければ、協力者アフィリエイトが増えるで、印象操作いんしょうそうさも出来て一石二鳥いっせきにちょうってところやね」
「騙だまされた気分」
「他には次郎吉じろきち、えーっと、鼠小僧ねずみこぞうみたいな存在そんざいやって主張しゅちょうしとった。支払しはらわれた身代金みのしろきんの一部を慈善団体じぜんだんたいに寄付きふして、受領じゅりょう証明書しょうめいしょを公開こうかいしとったのが印象的いんしょうてきやね」
「それで鼠小僧ねずみこぞうか。良いことに使っとるんやね」
「そう思わせるのが目的もくてきやお。罪悪感ざいあくかんが消えることを発信はっしんすれば、協力者アフィリエイトが増えやすくなる。鼠ねずみは鼠ねずみでも、DarkSideダークサイド乱波らっぱはネズミ講こうのようなもんやお」
「また騙だまされたわ」
「インフラ攻撃して燃料不足ねんりょうぶそくに陥おちいらせた結果けっか、逮捕たいほされた事実じじつが拡散かくさんされた。どんだけ綺麗事きれいごとを並ならべても、正義せいぎって印象付いんしょうづけるのが難むずかしくなったでリブランドしたって感じやね。元々もともと、営利目的えいりもくてきの集団しゅうだんやし、ルシア帝国にとっての外国がいこくを標的ひょうてきにしとる限かぎり、活動かつどうが容認ようにんされる暗黙あんもくのルールが崩くずれた以上いじょう、存続そんぞくさせる価値かちが無い」
「ルシア帝国にとっての外国がいこくを補足ほそくするな。俗ぞくにいうCISシーアイエス諸国しょこく以外いがいの国くに。ソビエト連邦れんぽう崩壊時ほうかいじの構成こうせい共和国きょうわこく一五じゅうごケ国かこくのうち、バルト三国を除く一二じゅうにケ国かこくにより結成けっせいされた国家こっか連合体れんごうたいの言語げんごに、シリアのアラビア語を含めた言語げんごを攻撃除外こうげきじょがいリストに入れとる。判定はんていは、システムの言語設定げんごせっていでしとる」
 技術面ぎじゅつめんは胡蝶の領分りょうぶんという認識にんしきで間違まちがいなさそう。

「BlackMatterブラックマター乱波らっぱについても知りたい」
「攻撃こうげきを初確認したのは二〇二一年七月末。特徴とくちょうは、年間一億ドル以上の収益しゅうえきがある企業きぎょうを標的ひょうてきにしとること。損害そんがいが大きい程、要求ようきゅうする身代金額みのしろきんがくを大きく出来るで、そうしとるんやろうね。支払しはらってもらえたら得えられるもんが大きい。APIエーピーアイ収集しゅうしゅう時の動作どうさがLockBitロックビット3.0三世乱波らっぱ、別名べつめいLockBit Blackロックビットブラック乱波らっぱと同一どういつやで、ジパング皇国の医療機関が被害に遭あったLockBitロックビット乱波らっぱとの繋つながりがあるってわかる。巡めぐり巡めぐってみんな繋つながっとるんよ」

206 Phobos×初期値

「大阪急性期・総合医療センターに侵攻しんこうした、Phobosフォボス乱波らっぱはどんな乱波らっぱ? 名前なまえが出て来こんで気きになった」
 説明せつめいを始めたのは胡蝶。
「二〇一八年ニセンジュウハチネンに確認かくにんした乱波らっぱ。Dharmaダルマ乱波らっぱとよう似にとる。両乱波らっぱともMicrosoftマイクロソフト屋やのRDPリモートデスクトッププロトコルの不具合脆弱性CVE-2019 -0708 、BlueKeepを利用りようするタイプ。初期設定しょきせっていのまま使っとるような阿呆あほうが標的ひょうてきやお」
 また出た、阿呆あほう。普段ふだん使わない単語たんごだからか、気になって仕方しかたない。
「初期設定しょきせってい?」
「ポート番号ばんごう。リモートデスクトップを許可きょかする場合ばあい、初期設定しょきせっていでは三三八九番ポートが使用しようされる。もしも帰蝶きちょうが攻撃こうげきする側の立場たちばやったら何番なんばんポートを見る?」
「三三八九番」
「やろ。番号ばんごう変えずに使用しようしとる奴やつは、標的ひょうてきにされるってわかっとって放置ほうちしとるんやで、鴨かもやお。危機管理ききかんりする能力のうりょくがあらへん相手あいてやで、総当たりブルートフォース攻撃こうげきしてもええけど、BlueKeepを利用りようすれば、認証にんしょうせんでも攻撃用こうげきようデータを送信そうしん出来る。管理者かんりしゃ権限けんげんを奪うばって、後はやりたい放題ほうだい」
「自業自得じごうじとくやん」
「そうやお。番号ばんごう変えるか、セキュリティパッチを適用てきようしとれば防ふせげるんやで、被害ひがいに遭あうのは阿呆あほうだけ」

「ちなみに、管理者かんりしゃ権限けんげんを奪うばった後、どんなことをするん?」
「問題もんだい。暗号化あんごうかした後に、されたくないことは?」
「復号ふくごう」
「そう。やで、暗号化あんごうか開始前かいしまえにシャドーコピーを削除さくじょして、簡単かんたんに復元ふくげん出来んようにする」

vssadmin delete shadows /all /quiet
wmic shadowcopy delete

 胡蝶入力(にゅうりょく)したコードが、画面がめんに表示ひょうじされる。
「これは本物ほんもの?」
「おかしなこと聞くね。嘘うそを書く必要ひつよう無いやん」
「ドラマとかアニメでは、それっぽいことを雰囲気ふんいきでやっとるだけやし……」
 吉乃きつのにされたように頭を振られると思い、咄嗟とっさに頭に手にやり身構みがまえる。

「痛っ!!」
 胡蝶は吉乃きつのの頭を叩いた。
「吉乃きつの! 帰蝶きちょうにトラウマ植え付けたことを謝罪しゃざいしろ!」
「ごめんなさい」
「あら。許さないって。一〇回じゅっかい回まわって、三〇秒頭振ってからやり直し」
 吉乃きつのの謝罪しゃざいの後、間髪かんぱつ入れずに無茶振むちゃぶりする胡蝶。

「わあああぁぁ……」
 無茶振むちゃぶりに応こたえ、ふらふらしながら地面にストンと腰こしを落おとし、頭あたまを下げる吉乃きつの。
「許さ……」
「許します!」
 胡蝶の声こえよりも大きな声を重かさね、打ち消す。

 何事なにごとも無かったかのように、説明に戻る胡蝶。
「フィクションと混同こんどうしたらあかん。これは現実げんじつや。で、バックアップに関する詳細情報しょうさいじょうほうを削除さくじょする」

wbadmin delete catalog -quiet

 何食なにくわぬ顔かおで入力する胡蝶を見て、切り替かえの早さに驚おどろく。
「ウイルス対策たいさくやバックアップに関かんする、攻撃者こうげきしゃにとって邪魔じゃまなプロセスを終了しゅうりょうさせて、サービスは止める。ファイルを掴つかまれとると暗号化あんごうかに支障ししょうがあるで、データベースとかドキュメント編集へんしゅうソフトなんかの、書込かきこみに邪魔じゃまなプロセスを終了しゅうりょうさせる。対象たいしょうのプロセス名めいはリストになっとるで、順番じゅんばんに止めてくだけやお。他にはnetshネットシェルコマンドを使って、ファイアウォールを無効化むこうかする。記述きじゅつは、こんな感じやな」

netsh advfirewall set currentprofile state off
netsh firewall set opmode mode=disable

「ファイルを暗号化あんごうかする時に使う公開鍵こうかいかぎはハードコードしてあるで、インターネット接続せつぞくしとらんでも暗号化あんごうか出来る。終おわるのを待って、最後さいごに身代金みのしろきん要求ようきゅうメッセージファイルを生成せいせいしておしまい。自動実行じどうじっこう設定せっていしたりとか、細こまかいことは端折はしょった。二重脅迫型にじゅうきょうはくがたやないし、しとることはシンプル。漏洩ろうえいリスクがあらへんで、バックアップを適切てきせつに取っとれば、恐おそるるに足たらん地味じみなやつ」

 帰蝶きちょうの応答おうとうを待つことなく、間髪かんぱつ入れずに進む説明。
 聞き漏もらさないよう、耳みみに全神経ぜんしんけいを集中しゅうちゅうする。

207 LockBit

「LockBitロックビット乱波らっぱは?」
「この流れやと2.0二世のことやおね。初代しょだいLockBitロックビット乱波らっぱを確認かくにんしたのは二〇一九年九月。2.0二世が攻撃開始こうげきかいししたのは二〇二一年六月。LockBitロックビット2.0二世乱波らっぱの侵攻手法しんこうしゅほうは、管制権ドメインコントローラを奪取だっしゅし、内部ないぶから破壊はかいするというもの。誰よりも高速こうそくに破壊はかいし、対処たいしょされる前に制圧せいあつしきる。敏捷びんしょう極振きょくふりやね。特徴的とくちょうてきな機能きのうは、自己拡散じこかくさん、履歴ログ消去しょうきょ、ネットワークプリンタで身代金みのしろきん要求ようきゅうを紙切かみぎれになるまで印刷いんさつする機能きのう。印刷いんさつは単たんなる嫌いやがらせやね。無差別むさべつに攻撃こうげきするんやなくて、攻撃対象こうげきたいしょうを絞しぼっとることが特徴とくちょう」
「どう絞しぼっとるん?」
「命に関わるところへの攻撃は禁止しとる。製薬会社や歯科、形成外科なんかの医療機関への攻撃は許可するけど、心臓病や重篤な病気、産婦人科等、命に関わる医療機関への攻撃は禁止って規則きそくを、一応いちおう設もうけてはおる」
「でも、二〇二二年一二月一八日にカナダトロントのSickKids小児科専門病院に攻撃しとるやん。どういうこと?」
「一二月三一日さんじゅういちにちに、規則きそくがあったことについて謝罪しゃざいして、復号鍵ふくごうかぎを無償むしょう提供ていきょうすると声明文せいめいぶんを出しとる」
「で? 二週間も診療しんりょう止めたやろ。復号ふくごうしたら、帳消ちょうけしになるんか? 自分で宣言せんげんしとる規則きそく守まもらんような輩やから、信用しんよう出来んで斬首ざんしゅやろ」
「うちに怒られても知らん。他には、原則げんそくとして言語げんご識別子しきべつし1049 (0x419)ロシア語をはじめとする、ロシア語圏ごけんの者を攻撃対象こうげきたいしょうから除外じょがいするといった、暗黙あんもくの規則きそくを設もうけとる」
「ロシア語圏ごけんを除外じょがいするのは、定番ていばんなんやね」
「そう。規則きそくの目的もくてきは同士討どうしうちを抑止よくしすること。特別とくべつなことをせず、必かならず判定はんてい出来るようにするには、標準機能ひょうじゅんきのうを用もちいる必要ひつようがある。となると言語圏げんごけんを識別しきべつする手段しゅだんは、システムの言語設定げんごせっていかタイムゾーンに限かぎられる。こういう基本的きほんてきな機構きこうは、乱波らっぱを問とわず共通きょうつうやお。攻撃対象こうげきたいしょうから除外じょがいさせる目的もくてきで変える設定せっていやないで、知しったところで何の役やくにも立たんけどね」

「乱破らっぱのこと、なんとなくわかってきた」
「なんとなくやなくて、ちゃんとわかって?」
 胡蝶の指摘してきに身体からだがビクッと反応はんのうする。
「はい。ごめんなさい」
 先程さきほど吉乃きつのがした様式ようしきの謝罪しゃざいをしようと、その場でくるくる回ると、両肩りょうかたを掴つかまれ止められる。
「わからないことは、謝あやまることではありません」
 帰蝶きちょうの肩を掴み、制止せいししたのは、うつけだった。
「あー! うちもトラウマ植え付けてまったやん!」
 発狂はっきょうする胡蝶を放置ほうちして、説明せつめいを再開さいかいする吉乃きつの。
「LockBitロックビット2.0二世乱波らっぱも面白おもしろいけど、今から解析かいせきするなら3.0三世がお勧すすめやよ。二〇二二年六月に出てきたばかり。バグ報奨金ほうしょうきんプログラムっていうのがあって、LockBitロックビット3.0三世乱波らっぱの不具合ふぐあい情報じょうほうを提供ていきょうすると、一千ドルから一百万ドルまでの範囲はんいで報奨金ほうしょうきんが支払しはらわれる。アイデアも募集ぼしゅうしとるよ。最初さいしょに報奨金ほうしょうきんが支払しはらわれたのは二〇二二年九月」
「報奨金ほうしょうきんプログラムは、吉乃きつのの方が向むいとりそう」
「え……うちは関かかわりたくない」
 冗談や巫山戯ふざけている雰囲気ふんいきではなく、本気ほんきでドン引びきしている様子ようすの吉乃きつの。
 危機意識ききいしきが低ひくかったと自覚じかくしているし、反省はんせいもしているけど――。
「関かかわりたくないもん、うちに勧すすめんといて!」
「勧すすめたのは解析かいせき。報奨金ほうしょうきんプログラムについては、事実じじつを述のべただけで勧すすめてないよ? 勝手に勘違かんちがいしたあんたが間抜まぬけなだけや」
 最後の一言に、胸むねを締しめ付けられる。
「うわっ。始まった……今日は、ここまでやな。吉乃きつの、眠ねむくなると、誰彼構だれかれかまわず陥おとしいれようとしてくるんやて」

3 関係

301 うつけ

「では、そろそろ解散かいさんということで」
 うつけは、ウトウトしている吉乃きつのを気に掛かけることなく、玉城たまじょうの方向ほうこうに消えていった。
 家は那古野城なごやじょうと言っていた。
 一五五五年に、廃城はいじょうとなり遺構いこうすら存在そんざいしていない。当然とうぜん、居住きょじゅうすることは不可能ふかのう。
 玉城たまじょう を経由けいゆし、本来ほんらい居るべき時間軸じかんじくに帰かえったのだと想像そうぞうがつく。

「うちらも、帰るとしようか」
 吉乃きつのに、目を遣やる素振そぶりなく、前を通過つうかする胡蝶。
「待って。吉乃きつのはこのまま?」
「ん? 何か問題ある?」
 不思議ふしぎそうに、首くびを傾かしげる胡蝶。帰蝶きちょうからしてみれば、この反応はんのうが不思議ふしぎ。
「置き去ざりにしたら可哀想かわいそうやん」
「ん??? なんで可哀想かわいそうなん? ……あぁ。正妻せいさいが側室そくしつに気を遣つかうのは、あり得えへんことやよ」
「山中さんちゅうに放置ほうちしたら、何があるかわからん。危険きけんやん」
「吉乃きつのは、脆弱性ぜいじゃくせいを放置ほうちしたら危険きけんやって、一番理解りかいしとる人間。放置ほうちする奴を、阿呆あほうやって嘲笑あざわらう側。自みずから放置ほうちして何か起きたんなら、それは自業自得じごうじとくやお」
 帰蝶きちょうが吉乃きつのに伸のばそうとした手を、胡蝶が掴つかむ。
「触れるな!」
 叱しかりつけるような、強い口調くちょう。強く握にぎられている腕うでが痛い。
「そんなに強く掴つかまんといて」
 胡蝶には腕を握っている自覚じかくが無かったのか、驚おどろいたように手を離はなす。
「関わったらあかん。そんなんでも一応、うつけの所有物しょゆうぶつ。関わって何か起きたら、斬首ざんしゅやお。うちが相手でもおんなじ。手を出すのは、全責任ぜんせきにんを負おうっていうこと。やめとき」

 疑われたら終わり。疑わしきは斬きる。
 彼女たちの間にあるのは、信頼しんらい関係とは似にて非ひなるものだと、身に染しみて感じる。

 現代の事象じしょうを、あれだけ事細ことこまかく把握しているのだから、自分達の未来みらいを記しるした史実しじつを目にしていないはずがない。
 うつけこと織田信長は、正妻せいさい胡蝶のいとこである明智光秀に殺された。光秀の父光綱みつつなは、胡蝶の母小見おみの方かたの兄。
「あのさ、信長は光秀に本能寺ほんのうじの変で」
「笑わせんといて。確かに七歳上の十兵衛とうちは恋仲こいなかやった時期じきがあるよ。愛しとる人奪うばわれたで怒おこって殺したって言うん? 子どもの頃の話やお? 十兵衛は、うちが十歳のとき綺麗きれいな人を嫁よめに貰もらっとる。相手の煕子ひろこは婚姻こんいん直前ちょくぜんに天然痘てんねんとうに感染かんせんして、顔に痕あとが残った。で、妻木家つまきけは妹を煕子ひろこの替わりとして差し出した。でも十兵衛は、煕子ひろこと結婚することを選んだ。『容姿ようしは、年月ねんげつや病気びょうきによって変わるもの。でも、内面ないめんは不変ふへん』って告つげた。格好ええ、自慢じまんのいとこや」
 十兵衛は当時とうじの明智光秀の通称つうしょう。
「うつけも、うちも、そんな十兵衛が好きや。陰謀論いんぼうろんなんか好きに言わせとけばええ。けど……あんたは、あんただけは穢けがさんとって! 生まれ変わった後、そんなこと言うようになるなんて嫌や」

 史実しじつを目にしていないはずがない。帰蝶きちょうはわかっていた。それなのに、信長は胡蝶を信じているのだろうか。胡蝶は信長にどんな感情かんじょうを抱いだいているのだろうか。吉乃きつのは――と、無用むような疑問ぎもんを抱いだいたが故ゆえ、地雷じらいを踏ふんでしまった。
「ごめん。真実しんじつがわかったから、もう言わん」
「それならええ」
 また地雷じらいを踏ふむことになるかもしれない。それでも――。
「吉乃きつのとの関係かんけいも知りたい」
「うつけと、うちは和睦わぼくのための政略結婚けっこん。うちが輿入こしいれするより前、うつけは吉乃きつのに一目惚れして、生駒家いこまけに足繁あししげく通かよっとった。やで正妻せいさいはうちやけど、うつけが惚ほれとる相手は吉乃きつの。将来しょうらい、うつけが子作りする相手が吉乃きつのなのは、自然しぜんなことやお」
 ようやく胡蝶が言った『触れるな!』と『うちが相手でもおんなじ』の意味を理解した。誰であろうと、うつけ以外が触れたら、ブチ切ぎれられるのだろう。
 言われた直後は、『胡蝶に』触れても斬首ざんしゅされると勘違かんちがいしていた。けれど、『胡蝶が』触れても斬首ざんしゅされるという意味いみだろう。ここに来る際、胡蝶は帰蝶きちょうの手を引いてくれた。帰蝶きちょうが胡蝶に触れていけないはずがない。とはいえ万一まんいちの可能性かのうせいを潰つぶさないと怖こわい。念のため、確認しておこう。
「帰りも、手繋てつないでいい?」
「黒くて見えんでね」
 予想通よそうどおり。胡蝶には触れても問題もんだい無い。
 手を引かれ、吉乃きつのから離はなれていく。
 置おいていって平気へいき? 声にしたいのを堪こらえた。一度回答かいとうされている。すべきでないと言われたことを強行きょうこうすれば、生しょうじる全すべての事象じしょうは、帰蝶きちょうの自業自得じごうじとくになる。考えるのを辞やめる。帰蝶きちょうと胡蝶が来るまでの間、暗闇くらやみの中で待っていたのだから、平気だと思うようにした。

  * * *

 胡蝶に手を引かれ、入った先は玉城たまじょう。
 行き先は五時間後。吉乃きつのが寝ねていた場所に行くと、吉乃きつのは変わりなく、ぐっすり眠ねむっている。
「これで、安心出来たやろ」

 タクシーが到着とうちゃくする少し前の時刻じこくに移動し、同じタクシーに再乗車さいじょうしゃする。
 吉乃きつのの身には何も起きないと、帰蝶きちょう自身の目で確認かくにんしたことで、不安ふあんは払拭ふっしょく出来た。
 安心あんしんし、心に余裕よゆうが出来たら新たな疑問ぎもんが湧わいた。うつけはトンネルに入っていった。トンネルを自宅じたくに繋つなげば、タクシーに乗らずとも帰宅きたくは可能かのう。
「なんでトンネル使つかわへんの?」
「安全あんぜんに絶対ぜったいはあらへん。やで繋ぎたくない」
 他者たしゃがする主張しゅちょうや、評判ひょうばんを信じないか――。
 人間不信にんげんふしん。良く言えば慎重しんちょうだからこそ、戦いくさの最前線さいぜんせんで動き回っても、無事ぶじ帰還きかんし続けていられるのだろう。
 胡蝶に関する資料しりょうや情報じょうほうが、信長と結婚けっこんしたこと以外、皆無かいむな理由りゆうは危機リスク管理能力かんりのうりょくが高いからだと腑ふに落ちた。もしも政略結婚けっこんでなかったなら、後世こうせいで存在そんざいを知られることも無かっただろうと想像そうぞうした。

 無事ぶじ――? もしかして。
「胡蝶が監視かんしされとるの?」
「そう言ったやん。色々いろいろ支障ししょうが出てきて、煩わずらわしくなってきたで、帰蝶きちょうとして動くって」
「いや……言葉足ことばたらずのせいで、全然ぜんぜん伝わってないけど」
「今伝わったで、問題あらへん」

 学校でのやり取りを思い返し、胡蝶は強引ごういんな人間だったと思い出す。
 ふとタクシーの料金りょうきんメーターに目を遣やる。長時間乗っている感覚はあったけれど、まさか五千円を超こえているとは思っていなかった。
「気にしたらあかんよ。安全あんぜんの対価たいかやし」
 胡蝶は頭の中を見透みすかしているかのように、解かいを投なげてくれる。だから余計よけい、言葉足ことばたらずなところが残念ざんねんに感じる。

 ん? ――先程さきほど、明智光秀の話を振ふった際、胡蝶は一貫いっかんし十兵衛のことを話していた。光秀と十兵衛は同一人物どういつじんぶつだから、同じものについて話しているけれど、前提ぜんていを知らなければ理解りかい出来ない。
 ふと、第三者だいさんしゃに情報を理解りかいさせないため、敢あえてそうしている可能性かのうせいが浮うかぶ。

 残念ざんねんな奴を演えんじ、油断ゆだんさせるのは、うつけこと織田信長の手法しゅほう。先程まで居た信長には、うつけと称しょうされるような要素ようそは無かった。

 胡蝶が吉乃きつのの頭を、躊躇ちゅうちょなく叩いていたことを思い出す。『うちが相手でもおんなじ』とは、どういう意味なのだろう――。

「あんた、うつけやろ」
 確証は無い。けれど、そう直感した。
「ふふっ。帰蝶きちょうは、突拍子とっぴょうしもないこと言うね」
 否定ひていはしない。胡蝶は吉乃きつのを嘘吐うそつきと罵ののしった。嘘吐うそつきを蔑視べっしする胡蝶は、嘘以外の方法で躱かわすはず。笑って話を逸そらした胡蝶の反応は、肯定こうていと解釈かいしゃくして良いと思う。

302 明日は我が身

 すぐ近くにある胡蝶の手。
 許可きょかを得えず、突然とつぜん触ふれたら胡蝶はどんな反応はんのうをするのだろう。
 触れたら斬首ざんしゅと言っていた。吉乃きつのに触れようとしたとき、すごく怒っていた。だから、多分たぶん冗談じょうだんではない。

 触れてはいけない――。
 帰蝶きちょうが手を伸ばしたことに気付いたのか、胡蝶は手を引っ込めようとした。帰蝶きちょうは更に手を伸ばし、掴つかんだ手をぎゅっと握る。

「えへへ」
 胡蝶に笑い掛ける。力んでいた胡蝶の手の力が抜けた。

 どうにかなると思っているわけではない。帰蝶きちょうは、命いのちと好奇心こうきしんを天秤てんびんに掛けると、好奇心こうきしんが勝まさるというだけ。
 この後、殺されるかもしれないという恐怖心きょうふしんや緊張感きんちょうかんは継続けいぞくしている。帰蝶きちょうは、この感覚かんかくが堪たまらなく好き。

 タクシーが信号しんごう以外いがいの場所で停車ていしゃする。
 窓まどの外は見慣みなれた景色けしき。自宅じたく前に到着とうちゃくしている。

 運転手うんてんしゅに住所じゅうしょを伝つたえていないのに、何故なぜ自宅じたく前に停車ていしゃしたのか。
 胡蝶が伝えたのは、自明じめい。だけれど、何故なぜ胡蝶が帰蝶きちょうの自宅じたく住所じゅうしょを知っているのか――。
 怖い。それ以上に、これから起きることが楽しみで、普通ふつうに徹てっする。
「またね」
 胡蝶に告つげ、タクシーを降おりる。

 玄関げんかんの鍵かぎを取り出そうと、鞄かばんに視線しせんを移うつす。
 視線しせんを感じ、振ふり返かえると胡蝶が立っている。
 気分が高揚こうようする。胡蝶が行動こうどうに移うつすのを待まつ。けれど、無言むごんでただ立っているだけ。何も言わないというよりは、何かを待まっている様子ようす。この状況じょうきょうで待つとすれば、玄関げんかんを開あけることくらいしか、思い浮うかばない。
 玄関げんかんを開けると、胡蝶が近付ちかづいてきた。予想通よそうどおりだから、気にせず家に入る。
「ただいま」
「こんな時間までどこに……友人ゆうじんと一緒いっしょだったのか……」
 怒おこって出てきたのは、帰蝶きちょうの父親。胡蝶を見た途端とたん、ばつが悪わるそうにリビングへ戻る。

 帰蝶きちょうには、自室じしつがある。胡蝶を部屋へやに案内あんないし、二人きりになる。
「好きなところに座すわって」
 怖い――だから敢あえて近寄ちかより、背せを見せる。
「警戒心けいかいしんゼロか……うちは、さっきまで一緒いっしょに居た胡蝶やないよ。わかっとる?」
「まじか……」
 立ったままの胡蝶の眼前がんぜんに腰こしを下おろし、胡蝶を見上げる。
「うち居おらんかったら、あんたは今、父親ちちおやの説教せっきょうを受うけとるとこやお」
 胡蝶は、斬首ざんしゅするためではなく、説教せっきょうを回避かいひさせるため、わざわざ来てくれたようだ。
「やろうね。助たすかった」
「この部屋から、トンネルに繋つないでみる?」
 すごく興味きょうみはある。繋つないでみたい。でも――。
「危あぶないんやおね?」
 地味じみな危険きけんは苦手にがて。
「使い方次第しだい。繋つなぎっぱなしにすれば、帰蝶きちょうが居おらんときに、誰だれかに使われる可能性かのうせいが生しょうじるし、部屋へやの扉とびらを開あけっ放ぱなしにすれば、家族かぞくに見付みつかったり、使われる可能性かのうせいが生しょうじるっちゅう話。どんな物ものでも上手じょうずに使えば便利べんりやけど、使い方を誤あやまれば事故じこが起おきるやろ。そういう話」
「理解りかい出来た。それなら繋つないでみたい」
「繋つないどる間は、向むこうからも来れることを忘わすれんといてね」
「うん。覚おぼえとく」
「そこのクローゼット、丁度ちょうど良さそうやね。準備じゅんびするで、待っとって」
「うん」

 クローゼットに端末たんまつを繋ぎ、操作する胡蝶。
「マイナンバーユーザーアカウントとパスワード教えて」
 関ケ原で、秘密ひみつのトンネルについて説明せつめいを受けた際さい、認証にんしょうに使うと教おそわった。
 マイナンバーカードを手渡す。胡蝶はカードを見ながら、端末たんまつに情報を入力にゅうりょくする。
「証明写真しょうめいしゃしんを撮とるで、そこの壁かべの前まえに立って」

 カシャッ。

「マイナンバーカードを使って、ピッて認証にんしょうするのと、都度つど入力にゅうりょくするの、どっちがええ? ピッてする方ほうが、カード無ないと認証にんしょう出来へんで安全あんぜん」
「安全あんぜんな方ほうがええ」
「おけまる……出来た。扉とびらにマイナンバーカードを当あてると、繋つなげられる。扉とびらを閉しめてから、再度さいど当てると切断せつだんされる」
 先程さきほど胡蝶に渡わたしたマイナンバーカードを受うけ取る。説明せつめい通どおり、扉とびらに当あててから開ひらくと、クローゼットの向むこうに部屋へやが見える。
「向むこう側がわに行けるん?」
「うん。繋つながっとる間あいだは、普通ふつうの部屋へやと同じように往来おうらい出来る」

 初はじめて入る部屋へや。

「いつでも行いけるんやおね?」
「うん」
「いつでも行いっていいん?」
「うん」

 なんだか、違和感いわかんがある。

「ここは、誰だれの部屋へや?」
「吉乃きつの」
 『おい!』、『やっぱり』――言葉ことばにする感情かんじょうを選えらべない。
 トンネルを『繋つなぎたくない』と明言めいげんしていた胡蝶が、自分じぶんの部屋へやに繋つなぐはずがないと、もっと早く気付きづくべきだった。
 帰蝶きちょうは、悪巫山戯わるふざけと決きめ付けたけれど、続つづく言葉ことばで誤解ごかいだったと判明はんめいする。
「吉乃きつのには、知識ちしきを溜ため込んで満足まんぞくする悪癖あくへきがある。説明せつめいは上手じょうずやで、コンサルするんやったらええけど、このまま放置ほうちすれば、いつか取り返しつかん失態しったいを犯おかしてまう。やで、危機意識ききいしきを植うえ付けたい。やけど、うちはお灸きゅうを据すえるだけのつもりでも、やり過すぎてまう節ふしがある。やで、帰蝶きちょうが代かわりにやって」

「手てぇ抜ぬいたら、反省はんせいも後悔こうかいもせんやろ」
 部屋へやから繋つながっている全すべての空間くうかんにある、全すべての物オブジェクトを暗号化あんごうかし、使用不能しようふのうな状態じょうたいにした。
 所有権しょゆうけんを奪うばい、吉乃きつのが有ゆうする全権限ぜんけんげんを解除かいじょ。全すべての窓まどを塞ふさぎ、部屋へやの鍵かぎを交換こうかん。吉乃きつのが立ち入れないようにした。
 五分後、全すべての痕跡こんせきを消けすよう設定せっていし、自室じしつに戻もどる。

「エグいな……うちでもそこまでしいへん」
「自業自得じごうじとくや。復号ふくごう鍵かぎ渡わたしとくね。後あとのことは、あんたに委ゆだねる」
 スマホを取り出し、発信はっしんする素振そぶりなく、唐突とうとつに話し始める胡蝶。
「聞きいとったか? 帰蝶きちょうも自業自得じごうじとくやと思っとる」
 画面がめんには『前科三犯ぜんかさんぱん』と表示ひょうじされている。通話相手つうわあいては、吉乃きつのだろうと想像そうぞうつく。
『うん。反省はんせいした……』
 スマホ越ごしに、半泣はんなきの吉乃きつのの声こえが聞こえる。先程まで一緒に居た吉乃きつのは、山中さんちゅうで眠ねむっているから、時間軸じかんじくが異ことなる吉乃きつの。
「ええ加減かげん、懲こりなあかんよ」
『復号ふくごう鍵かぎ、ちょうだい』
「帰蝶きちょうが荒あらしたのは、ハニーポット。あんたの部屋へやの復号ふくごう鍵かぎなんか、持もってへんわ!」
 ハニーポットとは、攻撃者こうげきしゃをおびき寄よせ、侵入しんにゅうさせるため、攻撃こうげきを受けやすい状態じょうたいにしてある罠トラップ。
 つまり、帰蝶きちょうは胡蝶の手てのひらの上で転ころがされていたということになる。そんなことにも気付きづかず胡蝶に、してやったり顔がおをしたことが恥はずかしくなってきた。
『全部、廃棄するしか無い? 少すこしだけでも、元もとに戻もどせへん? うつけに貰もらった物とか、色々いろいろあるの……』
「あんたが一番いちばんよう、わかっとるやろ。汚染おせんされたんやで、全廃棄やわ。バックアップを怠った、あんたが悪わるい。もしも相手あいてが帰蝶きちょうやったら、復号ふくごう鍵かぎをくれるで良かったのにな」

「過去かこに行けば、防ふせげるんやない?」
「無理やわ。シュレディンガーの猫、知っとる? 観測するまでは物事ものごとの状態じょうたいは確定かくていせんっていう思考実験しこうじっけん。今回こんかいの件けんは、吉乃きつのが観測かんそくしたことで、事象じしょうが確定かくていした。やで、その時点じてんになったら、必かならず使用不能しようふのうな状態じょうたいに至いたる。復旧ふっきゅう出来へん事象じしょうを観測かんそくしたら、それも確定かくていして後戻あともどり出来へんくなるだけやお」

 時間軸じかんじくの移動いどうは、万能ばんのうな能力のうりょくではないらしい。
 でも引っ掛かることがある。帰蝶きちょうは父親ちちおやからの説教せっきょうを回避かいひ出来ている。理由りゆうは、おそらく胡蝶の観測かんそくが不十分ふじゅうぶんだったから。明日以降の帰蝶きちょうから、口頭こうとうで伝えられて知ったのだろう。
 つまり直接ちょくせつ見聞みききしていない、伝聞でんぶんにより知しっただけの事象じしょうは、改変かいへん可能かのうということ。

 通話内容つうわないようから、吉乃きつのがバックアップを怠ったことを観測済みで、使用不能しようふのうになるまでの間に、手立てだてを講こうじられない状況じょうきょうに至いたったと推察すいさつする。
 期待きたいさせても、応こたえられる可能性かのうせいが極端きょくたんに低ひくい。この段階だんかいで諦あきらめるのが精神衛生上せいしんえいせいじょうは、良さそうではある。

303 秀吉×詐欺師

 と、帰結きけつさせるのが妥当だとうかな。話を進行しんこうしているのが、胡蝶でなければ――。

 胡蝶は、先程さきほど帰蝶きちょうが荒あらした部屋へやを、吉乃きつのの部屋へやと言った。そしてハニーポットとも言った。
 吉乃きつのの部屋へやの複製品レプリカを作れるということは、元となるデータを保有ほゆうしているということ。
 犯人はんにんは、十中八九じっちゅうはっく胡蝶だろう。
 胡蝶が吉乃きつのに聞かせていた発言はつげんのうち、『うちでもそこまでしいへん』は入室経路にゅうしつけいろの封鎖ふうさや、権限けんげんのこと。『帰蝶きちょうやったら、復号ふくごう鍵かぎをくれるで良かったのに』は、胡蝶は渡わたしてあげないと伝えているに過すぎない。よくもまあ、嘘うそを交まじえず追おい詰つめていくものだと感心かんしんする。
「で、いつ復元ふくげんしてあげるの?」
「吉乃きつのが懲こりたら考かんがえるかな。反省はんせいしたって、すぐに言うけど口だけやし。これで四回目やお。ええ加減かげんにせなあかんて」

 胡蝶は、夫おっとである信長の末路まつろ、信長と胡蝶が好きと公言こうげんしている光秀に裏切うらぎられ、自刃じじんする史実しじつを知っている。おそらく、直後に吉乃きつのの息子むすこ信忠のぶただが、二条新御所にじょうしんごしょにて自刃じじんしたことも――。
 だからこそ、吉乃きつのが隙すきを放置ほうちする行為こういに、敏感びんかんになるのかもしれない。

 近しい人といえば、信長が重用ちょうようした、豊臣秀吉との間にも因縁いんねんがある。
 秀吉が、信長の追善菩提ついぜんぼだいの為、一五八三年せんごひゃくさんねんに建立こんりゅうした大徳寺だいとくじ総見院そうけんいん。目的もくてきは、政権争せいけんあらそいで主導権しゅどうけんを握にぎること。秀吉は、信忠のぶただの嫡男ちゃくなん、三歳で家督かとくを継ついだ三法師さんぼうしを利用りようし、織田家の乗のっ取とりを謀はかった。
 三法師さんぼうしの血縁けつえんではない胡蝶に火ひの粉こが飛とび、秀吉から邪険じゃけんに扱あつかわれる。胡蝶の戒名かいみょう、養華院ようかいんについて、御台みだいではなく寵妾ちょうしょうと記録きろくした。胡蝶は正室せいしつなのに、妾めかけと記録きろくされた。
 一五七五年。信長が信忠のぶただに家督かとくを譲ゆずる際、信忠のぶただを胡蝶の養子ようしにしているのだから、そんなことをする必要ひつようは無いにもかかわらずだ。

 付け加えると、正室せいしつは一人のみと規定きていされるのは、江戸時代えどじだいに武家諸法度ぶけしょはっとが制定せいていされて以降いこう。秀吉の時代には、一人である必要すら無い。
 イエスズ会宣教師せんきょうしルイス・フロイスが残した歴史書れきししょ『日本史』によると、秀吉が大阪城おおさかじょうの大奥おおおくに三〇〇人もの若い娘を囲っていたと記されている。
 女性への執着しゅうちゃくの異常性いじょうせいはそれだけではない。秀吉が一五九八年四月二〇日に催もよおした醍醐だいごの花見はなみ。参加者は一三〇〇人。この盛大せいだいな花見に、男性は何人なんにん居たか――三人。秀吉と息子の秀頼ひでより、そして前田利家。以上。他は全員女性。
 秀頼ひでよりは、一五九三年八月生まれだから、当時まだ四歳になる手前。秀頼ひでよりの趣向しゅこうによるものではないことは自明じめい。

 こんな人間から、屈辱的くつじょくてきな扱あつかいを受うけて、不快ふかいにならない方ほうがおかしい。

 信長と秀吉が出会であうのは一五五四年頃。眼前がんぜんに居るのは、それ以前いぜんの胡蝶。秀吉という名詞めいしを知らないはず。もしも、胡蝶が秀吉と聞いて反応はんのうするならば、胡蝶はその後ごの史実しじつも知っているということになる。

「秀吉って知っ」
「人たらしで強欲ごうよく。世話せわになった人を平気へいきで裏切うらぎり、悪質あくしつなデマを吹聴ふいちょうする。史実しじつとされとる記録きろくは、だいぶ偏向へんこうされとるし、記録きろくが残のこっとらへんとされとることは、残のこすと都合つごうが悪いで、処分しょぶんしたんやろ。身元みもと不明ふめいの根ねっからの詐欺師さぎし」
 胡蝶と知り合って間まもないとはいえ、ここまで感情かんじょうを露あらわにするのを初はじめて見た。

「秀吉が帰依きえした一人ひとりが、千利休せんのりきゅう。うつけが後うしろ盾だてになって、茶頭さどうとして、茶ちゃの湯ゆを広ひろめた。簡素かんそを好このむ方かたやで、派手はで好ずきで下品げひんな秀吉とは感性かんせいが合うはずが無い。口実こうじつを捏造ねつぞうして、いつでも消けせる。やで、利用りようするだけして、邪魔じゃまになって切腹せっぷくさせた。武士ぶし以外が、切腹せっぷくを命めいじられることはあらへん時代じだいにやお」
 信長と千利休せんのりきゅうが知り合うのは、堺さかいが信長の直轄地ちょっかつちになった一五六九年せんごひゃくろくじゅうくねん。
「なんで、うつけが千利休せんのりきゅうに目を掛かけたと思う? 秀吉が残のこした資料しりょうには、茶器ちゃきを法外ほうがいな高値たかねで売りつけとったって記しるされとる。記しるされとること自体は、嘘うそやない。これはええ品しなやって、信頼しんらい出来る人が鑑定かんていした品しなの値ねが上がるのは、必然ひつぜんやろ。今の時代じだいでいう、クラウドファンディングみたいなこともした。応仁おうにんの乱らんで、焼やけた寺てらを再建さいけんするため、千利休せんのりきゅうは、多額たがくの寄付きふをした。うつけは、その善行ぜんこうに感心かんしんして支援しえんした。寺は、その功こうを顕彰けんしょうするため千利休せんのりきゅうの木像もくぞうを建たてた。やけど、秀吉は像ぞうを建たてさせて権力けんりょくを誇示こじしとるって捻ねじ曲まげた。一五八二年センゴヒャクハチジュウニネン六月二日。本能寺ほんのうじの変へんが起おきた日。うつけは本能寺ほんのうじで、集めた茶器ちゃきを披露ひろうする茶会ちゃかいを開催しとった。そのとき、その場所ばしょを狙ねらって、火を放はなつ輩やからは誰やろな」

 胡蝶の父ちち、斎藤道三は胡蝶を嫁とつがせる際さい、小刀こがたなを渡わたし『うつけと言われる織田信長が、本当にうつけやったら命を奪うばえ』と命めいじた。それに対し『あるいは、これは父上ちちうえの命いのちを奪うばう刃やいばになるやも知れませぬ』と返かえした逸話いつわがある。
 胡蝶は信念しんねんに従い、行動こうどうする人間。胡蝶が秀吉のことを、ここまで調しらべ上あげているからには、秀吉は歴史れきしから消きえることになるだろう。一代いちだいで滅ほろんだ政権せいけんだから後のちの世よへの影響えいきょうは僅わずか。
 歴史れきしから消けす。と表現ひょうげんすると物騒ぶっそうだけれど、胡蝶が手てを汚よごさずとも、信長が重用ちょうようするきっかけを不意ふいにするだけで、消きえ失うせる。

 秀吉は、詐欺師さぎしが運良うんよく成功せいこうを掴つかんだ存在そんざい。
 きっかけとなる秀吉の有名ゆうめいな逸話いつわは、草履ぞうりを懐ふところに入れて暖あたためたとされているもの。戦果せんかや、功績こうせきを認められたわけではない。
 秀吉の行為こういを、二番煎にばんせんじにするだけで事足ことたりる。
 懐ふところ――胡蝶の胸元むなもとへ目を遣やる。開けているのは、色仕掛いろじかけが主おもな目的もくてきではなく、いつでも信長の物ものを仕舞しまい、暖あたためられるよう備そなえているのだろう。
 説明せつめいが無ないから、奇想天外きそうてんがいとか、傍若無人ぼうじゃくぶじんに見えてしまうけれど、信念しんねんを貫つらぬくため、手段を選えらばず真まっ直すぐ突つき進すすんでいるに過すぎない。
 あくまで帰蝶きちょうの個人的こじんてきな主観しゅかんの範疇はんちゅうではあるけれど、その振舞ふるまいは、信長と共通きょうつうする印象いんしょうを受うける。
 単たんに似にた者もの同士どうしなのか、うつけが胡蝶なのかは謎なぞのまま。
 けれど、心こころの中なかのモヤモヤはすっきりと晴はれた。
 少なくとも胡蝶には、身内みうちを陥おとしいれる意図いとは無さそう。

4 防衛

401 ReadOnly

 帰蝶きちょうが任まかされた役割やくわりは防衛ぼうえい。
 手始てはじめに着手ちゃくしゅしようと考えたのは、帰蝶きちょう達の拠点きょてんである、関ケ原町せきがはらちょうの防衛ぼうえい。

 関ケ原町せきがはらちょうは消滅可能性都市しょうめつかのうせいとしに指定していされている。人口じんこうは七千人弱じゃく。六十歳以上の年齢層ねんれいそうが多い。

 この環境かんきょうの問題点もんだいてんは、技術的ぎじゅつてきなことではない。
 住民じゅうみんから面倒めんどうだとか、難むずかしいという印象いんしょうを抱いだかれること。一度いちど忌避感きひかんを抱いだかせてしまったら、協力きょうりょくしてもらえない。

 交渉材料こうしょうざいりょうに使えるものは、関ケ原町せきがはらちょうが喪失そうしつすると住民じゅうみんが困るもの――歴史れきし資料しりょうさえ守れれば、観光かんこう産業さんぎょうを維持いじ可能かのう。けれど失えば多大ただいな損害そんがいを被こうむる。

「何も変えず、安全性あんぜんせいを高めるには……まずは権限けんげんを厳格げんかくに設定せっていすることから始めよう」
 歴史れきし資料しりょうを改変かいへんすることは無い。もしも改変かいへんすれば、それは歴史れきしではなく創作フィクションになってしまう。
 つまり、歴史れきし資料しりょうに対する書込かきこみ権限けんげんは不要ふようということ。権限けんげんを読込よみこみ専用せんように変更へんこうすることにより、誤あやまって汚損し書き換えてしまう人為的過誤ヒューマンエラーの抑制よくせいにも繋つながる。まさに、一石二鳥いっせきにちょう。

 ただ、権限けんげんを変更へんこうするだけでは、同じ手順てじゅんで権限けんげんを変更へんこうすることにより、改変かいへん出来るようになってしまう。
 期待きたい出来る効果こうかは、しないよりはマシ程度ていど。安全あんぜんとは程遠ほどとおい。
 懸念点けねんてんは他にもある。一度対処たいしょすると、それがどのような内容ないようであれ、住民じゅうみんは『やったから大丈夫』と認識にんしきする。

 無根拠むこんきょな安心あんしんは、重大じゅうだいなリスク。
 リスクを正しく認識にんしきさせることは、帰蝶きちょうに課かせられている責任せきにん。責任せきにんを果はたさなくても罰則ばっそくは無いけれど、被害ひがいが生しょうじると後味あとあじが悪わるい。
 それに『対処たいしょしても無意味』だったと思わせてしまったら、再度さいど対処たいしょする機会きかいを得えられる可能性かのうせいは皆無かいむ。
 防衛措置ぼうえいそちを快諾かいだくしてもらえるチャンスは一度いちどきり。中途半端ちゅうとはんぱなことをすべきではない。

 中途半端ちゅうとはんぱな対処たいしょが、惨事さんじを招まねいた事例じれい。
 HelloKittyハローキティ乱波らっぱが活用かつよつした、SQLエスキューエルインジェクション不具合脆弱性CVE-2019 -7481 。コメ合衆国SonicWallソニックウォール屋やが、不具合脆弱性の影響範囲えいきょうはんいの判断はんだんを誤あやまった。
 実際じっさいには、修理キット修正パッチを適用てきようさせなかった住民じゅうみんにも、影響えいきょうがあり、攻撃こうげきの餌食えじきとなった。
 中途半端ちゅうとはんぱに対処たいしょする行為こういは、住民じゅうみんを危険きけんに晒さらす背徳はいとく行為こうい。

「初はじめから、ちゃんと対処たいしょしとかなあかんね」

 資料館しりょうかんの三階さんかいには空室くうしつがあるだけで、常用じょうようしていないと聞きいた。
 歴史れきし資料しりょう一式いっしきを三階別のディスクに移動いどうし、階ディスク自体じたいを読込よみこみ専用せんようでリマウント利用手続きする。
 再度さいどリマウント利用手続きを経へない限かぎり、 如何いかなる改変かいへんも行えないため、暗号化あんごうかされる確率かくりつを大幅おおはばに下さげられる。

402 Update

 トンネルルーターの認証にんしょうに用もちいるマイナンバーユーザーアカウント、パスワードともにadminが設定せっていされていた。
 これは、説明書マニュアルに記載きさいされている、初期値しょきちの文字列もじれつ。同じ製造元メーカーの、全てのトンネルルーターに同じ文字列もじれつが設定せっていされている。

 初期値しょきちの文字列もじれつは、製造元メーカーにより異ことなる。

 Logitecロジテック屋。
 マイナンバーユーザーアカウントはadmin、パスワードもadmin。

 I-O DATAアイオーデータ屋。
 マイナンバーユーザーアカウントはadmin、パスワードは空白くうはく。

 BUFFALOバッファロー屋。
 マイナンバーユーザーアカウントはroot、パスワードは空白くうはく。

 という感じで、設定せっていされている。

 困ったことに、初期値しょきちのままになっているのは、特別とくべつなことではない。
 アンケート調査ちょうさによると、四割は初期値しょきちのまま利用りようし、一割は認証にんしょう機能きのうの存在そんざいを知らない。そして四割は把握していない。
 驚おどろくことに、意図的いとてきに変更へんこうしている割合わりあいは、一割に留とどまる。

 初期値しょきちで利用りようしている割合わりあいを、最大値さいだいちの九割と仮定かていする。この場合ばあい、製造元メーカーごとの初期値しょきちをリスト化し、順番じゅんばんに試行しこうするだけで、十中八九じっちゅうはっく照合しょうごうに成功せいこうすることになる。
 あくまで仮定かていの話。とはいえ、照合しょうごう成功せいこう確率かくりつが高いことは事実じじつ。侵入しんにゅうすることを目的もくてきとする乱波らっぱが、試行しこうしない理由りゆうは存在そんざいしない。
 当然とうぜん、真まっ先さきに試行しこうする。

 照合しょうごう試行しこうは、単調たんちょうな作業さぎょうを延々えんえんと繰り返すだけ。手作業てさぎょうで行おこなわなければならない理由りゆうは無い。
 自動化じどうかすれば、試行しこうの手間てまは一切いっさい掛かからない。放ほうっておけば、照合しょうごうに成功せいこうした一覧いちらんが自動的じどうてきに生成せいせいされ、侵入しんにゅうし放題ほうだいになる。

 初期値しょきちから変更へんこうしない行為こういは、玄関げんかんに鍵かぎを差さし込こんだ状態じょうたいで放置ほうちしているのと同おなじ。と、説明せつめいしたところで放置ほうちされるのがオチ。
 帰蝶きちょうが変更へんこうし、設定せっていした文字列もじれつを印字いんじしておく。

 乱波らっぱが攻撃こうげきを仕掛しかける際さいに突つくのは不具合脆弱性。
 トンネルルーターのファームウェア制御機構バージョンを確認かくにんすると1.00いちだった。予想よそうはしていたけれど、一度いちども更新こうしんされていない。
 最新さいしん状態じょうたいに更新こうしんし、全すべての修理キット修正パッチを適用てきようする。待っているだけで終わるのだから、敢あえて更新こうしんしない合理的ごうりてきな理由りゆうは存在そんざいしない。

 現在げんざいまでにトンネルルーターの管制室コントロールパネルに入る機会きかいがあったのであれば、ファームウェア制御機構の更新こうしんを行おこなっているはず。
 何年なんねんもの間あいだ、入はいる必要ひつようが無かったのであれば、認証時にんしょうじの入力にゅうりょく文字列もじれつを、複雑ふくざつで長ながいものに変更へんこうすることにより生しょうじる影響えいきょうは無いと確信かくしんする。

 もしも簡単かんたんな文字列もじれつを設定せっていする場合ばあい、二〇二二年一〇月ジュウガツ一七日に東海国立こくりつ大学機構がサーバに侵入しんにゅうされた手法しゅほう、総当たり攻撃ブルートフォースアタックの成功率せいこうりつが高まる。短時間たんじかんで破やぶれる認証にんしょう機構きこうは、無いのと同じ。

 〇から九の数字が一〇種、aからzまでの小文字英字が二六種にじゅうろくしゅ。AからZまでの大文字英字も同数の二六種にじゅうろくしゅ。桁数けたすうが増える度たび、組み合わせパターン数は累乗るいじょうされていく。大文字小文字英字と数字を組み合わせた六二字を用いた、六桁の文字列もじれつの組み合わせパターンは五六八億ゴヒャクロクジュウハチオク通とおり、八桁で二一八兆にひゃくじゅうはっちょう通とおりある。
 たった一桁増やすだけでも、組み合わせパターン数すうは膨ふくれ上がる。
 記号きごうを使えるのであれば、合致がっちするまでに要する時間を、大幅おおはばに長く出来る。記号きごうを含ふくめて試行しこうされなければ破やぶられることは無いのだから、安全性あんぜんせいが格段かくだんに増ます。

 複数種ふくすうしゅの文字列もじれつを使えば、安全性あんぜんせいが増すのは事実。でも、それは組み合わせを考える側がわの話。
 問題もんだいは、阿呆あほうな製造元メーカーが存在そんざいすること。安全性あんぜんせいを増すためという名目めいもくで、複数種ふくすうしゅの文字列もじれつを『必ず』含ふくめなければならないという規則きそくを設もうけている。
 では、それのどこが阿呆あほうなのか。
 自みずから率先そっせんし、組み合わせパターンを減らしている。結果、合致がっちするまでに要する時間じかんを短縮たんしゅくさせている。そのことに気付いてすらいない。
 乱波側らっぱがわの視点してんが欠落けつらくしていることが、大きな問題もんだい。
 全て数字、全て小文字英字、全て大文字英字の可能性かのうせいを否定ひていすることにより、試行しこうする組み合わせパターンを大幅おおはばに削減さくげん出来る。
 製造元メーカーが文字列もじれつの組み合わせに、制約せいやくを加くわえる行為こういは、愚ぐの骨頂こっちょう。入力可能文字種にゅうりょくかのうもじしゅを増ふやし、複数ふくすうの文字種もじしゅを用いることを推奨すいしょうするだけで十分じゅうぶん。

 安全性あんぜんせいを犠牲ぎせいにし、面倒めんどうさを増ますことを組織そしきの総意そういとして、是ぜと判断はんだんする製造元メーカーが構築こうちくしたシステムには、当然とうぜん欠陥けっかんがある。
 欠陥品けっかんひんを見極みきわめ、適切てきせつに取捨選択しゅしゃせんたくすることは、リスクを排除はいじょし、安全性あんぜんせいを高める手段しゅだんの一つ。とはいえ、住民じゅうみんに判断はんだんを委ゆだねるのは酷こく。だから今回こんかいは、その役目やくめを帰蝶きちょうが担になう。

403 認証

 自分の名前を記入きにゅうする際、一時間以内に一〇回も連続れんぞくして誤記入力ミスを繰くり返かえすことはあるだろうか?

 難しい質問をされているわけではないのだから、せいぜい五回も猶予ゆうよがあれば十分じゅうぶん。もしも、それ以上いじょう失敗しっぱいを繰くり返かえすとすれば、十中八九じっちゅうはっく、第三者だいさんしゃが悪意あくいある試行しこうを行おこなっている。

 第三者だいさんしゃであろうと、一致いっちするまで試行しこうを繰くり返かえす総当たり攻撃ブルートフォースアタックを行おこなえば、いつかは一致いっちする。
 それを認識にんしきしていながら、照合しょうごうを無制限むせいげんに許容きょようしているとすれば、問題もんだいである。

 照合しょうごう試行しこう回数かいすうを制限せいげんすることは、正当せいとうに利用りようしている住民じゅうみんに、一切いっさい影響えいきょうが無い防衛手段ぼうえいしゅだんである。にもかかわらず、見過みすごす合理的ごうりてきな理由りゆうは無い。

 では、どのように制限せいげんすれば良いのか。
 目的もくてきは、悪意あくいある試行しこうのみを抑制よくせいすること。
 悪意あくいあるか否いなかの判定条件はんていじょうけんは、照合しょうごう回数かいすう。
 所定しょてい回数かいすう、照合しょうごうに失敗しっぱいした場合ばあい、照合元しょうごうもと住所ホストからの要求ようきゅうを、一定時間いっていじかん、例えば一時間受け付けないようにする。
 ただ、一定時間いっていじかん、照合しょうごう要求ようきゅうを受け付けないというのは、単に無視むしするというだけ。無視むししているだけなので、要求回数ようきゅうかいすうが多ければ負荷ストレスは掛かかる。

 乱波らっぱの思考しこうを考えてみよう。
 目的もくてきは、照合しょうごうに成功せいこうすること。達成たっせいするには、失敗しっぱいすれば試行しこうを継続けいぞくし、成功せいこうすれば試行しこうを止めるよう命令めいれいすれば良い。
 照合しょうごうに対し、応答おうとうした後に次つぎの要求ようきゅうを投なげる仕組しくみ。

 であれば、悪意あくいある者ものの待機時間たいきじかんを長くすることにより、要求回数ようきゅうかいすうを減らすことが可能かのう。
 数回すうかい試行しこうする度たびに待またされ、応答おうとうが著いちじるしく遅おそい。
 照合しょうごう効率こうりつの悪わるさから、試行しこうを断念だんねんしようと判断はんだんさせられれば、結果的けっかてきに安全性あんぜんせいが高まる。

 ただし、これだけでは不十分ふじゅうぶん。侵入しんにゅう成功せいこう確率かくりつが下がるだけで、偶然ぐうぜん一致いっちすれば侵入しんにゅう出来てしまう。

 第二の策さくとして、MFA多要素認証を導入どうにゅう可能かのうな認証にんしょう箇所かしょを全すべて、マイナンバーユーザーアカウントとパスワードに加え、MFAコードワンタイムパスワードを用もちいて認証にんしょうする方式ほうしきに変更へんこうする。
 例えば元・担当者もとたんとうしゃ等、過去かこには認証にんしょうを受うける正当せいとうな権限けんげんがあり、マイナンバーユーザーアカウントとパスワードを知っている人であっても、MFAコードワンタイムパスワードが無ければ認証にんしょう出来なくなる。当該時点とうがいじてんにおける部外者ぶがいしゃによる侵入しんにゅうリスクを排除はいじょ出来るメリットが大きい。
 従業員じゅうぎょういん用ようであろうと、一部いちぶでも簡素かんそな認証にんしょうで通過つうか可能かのうな隙すきを残のこせば、そこからの侵入しんにゅうを試こころみられるリスクが残のこる。例外無れいがいなく全すべてをMFA多要素認証に切きり替かえる。

 百戦百勝ひゃくせんひゃくしょうは善ぜんの善ぜんなる者ものに非あらず。という名言めいげんがある。孫子そんしの兵法へいほう第三章、謀攻篇ぼうこうへんにある、戦わないで勝つことこそが、最もよい作戦であるという考え方。戦いくさには、必ず損害そんがいを伴うから、戦たたかうことは次善じぜんの策さく。
 乱波らっぱが勝手かってに諦あきらめるのならば、それが最善さいぜん――実際じっさいのところ、自領土じりょうどが戦地せんちになるから、乱波側らっぱがわに損害そんがいは発生はっせいしない。こちら側だけに一方的いっぽうてきに攻せめられる状況じょうきょうに至いたる。侵攻しんこうを許ゆるした時点じてんで負まけが確定かくていする。
 ルシア帝国が二〇二二年二月二四日に開始かいしした、エクライネ共和国への軍事侵攻ぐんじしんこうのような状況じょうきょうになる。
 だからこそ、侵攻しんこうを諦あきらめさせられるだけの策さくを最優先さいゆうせんで講こうじなければならない。

404 エクスプロイト

 Exploitエクスプロイトとは、不正ふせいなスクリプトやプログラムを実行じっこうさせる攻撃こうげきを指さす言葉ことば。マルウェアのダウンローダの役割やくわりで用もちいるため、Exploitエクスプロイト自体じたいがマルウェアように自己じこ増殖ぞうしょくするのは稀まれ。

 GandCrabガンクラブ乱波らっぱが用いた手法しゅほうがExploitエクスプロイトの典型的てんけいてきな用例ようれい。ZIP圧縮ファイルにJavaScriptジャバスクリプトのダウンローダが入っていて、実行じっこうすると別のダウンローダがダウンロードされる。最終的さいしゅうてきに複数ふくすうのマルウェアがダウンロードされる仕組しくみ。

 Gmailジーメールは、二〇一七年二月一三日からセキュリティ上の理由りゆうによりJavaScriptジャバスクリプトファイルを添付てんぷ出来ないようにしている。ZIP圧縮ファイルに含ふくまれている場合ばあいも同様どうよう。拡張子かくちょうしが.jsジェーエスであれば不可ふかという判定はんてい方法ほうほう。
 ウイルスや不正ふせいな動作どうさを行う道具ソフトウェアから守るため、以下拡張子かくちょうしのファイル添付てんぷを制限せいげんしている。

.ade、.adp、.apk、.appx、.appxbundle、.bat、.cab、.chm、.cmd、.com、.cpl、.diagcab、.diagcfg、.diagpack、.dll、.dmg、.ex、.ex_、.exe、.hta、.img、.ins、.iso、.isp、.jar、.jnlp、.js、.jse、.lib、.lnk、.mde、.msc、.msi、.msix、.msixbundle、.msp、.mst、.nsh、.pif、.ps1、.scr、.sct、.shb、.sys、.vb、.vbe、.vbs、.vhd、.vxd、.wsc、.wsf、.wsh、.xll

 とはいえ、全住民ぜんじゅうみんにGmailジーメールの利用りようを促うながすのは非現実的ひげんじつてき。そんなことをすれば、利権りけんがあるのだろう等といった憶測おくそくが広まり、反発はんぱつする人が現あらわれるだろうし、そもそもGmailジーメールを使わなければならない合理的ごうりてきな理由りゆうが無い。
 とはいえ、添付てんぷファイルを開く際には気を付けましょうと、アナウンスしたところで効果こうかは無い。そんなことで被害ひがいに遭あわなくなるのならば、交通事故こうつうじこや詐欺さぎはとっくに無くなっている。

 ダウンローダを無力化むりょくかすれば、ある程度ていどの被害ひがいは未然みぜんに防ふせぐことが可能かのう。
 JavaScriptジャバスクリプト、Microsoftマイクロソフト屋Officeオフィス製品のマクロ機能で使用されるVBAコード、Microsoftマイクロソフト屋Wordワードファイルに組み込んだマクロを起点きてんとするPowerShellコードをダウンローダとして機能きのうさせられなくすれば良いのだけれど、それをどう実現じつげんするか――。

 Microsoftマイクロソフト屋が、二〇二二年八月のWindowsウィンドウズアップデートで、ダウンロードしたファイルをOfficeオフィス製品で開いた場合ばあい、マクロ機能のVBAコード実行じっこうを既定きていでブロックするように変更へんこうした。
 OSオーエスを最新状態さいしんじょうたいに更新アップデートすることへの反発はんぱつは無いだろうから、更新アップデートにより対応たいおうすることにする。

 これだけでは、JavaScriptジャバスクリプトファイルを、意図いとせずダブルクリックする可能性かのうせいは否定ひてい出来ない。
 誤あやまって実行じっこうしてしまうことが無いよう、.js、.jse、.vbs、.vbe、.wsfの五拡張子かくちょうしをメモ帳アプリに関連付かんれんづけ、テキストエディタで開くよう設定せっていする。実行じっこうしなければ、どのような命令めいれいが書かれていようとも、単なる文字列もじれつでしかなく脅威きょういではない。

 Webウェブ系技術者エンジニアは特とくに、何故なぜJavaScriptジャバスクリプトが脅威きょういになるのか、気になるかもしれない。
 Windowsウィンドウズは、標準ひょうじゅん搭載とうさいされているWWindowsSScriptHHostで、VBScriptとJScriptを動かせるようになっている。JScriptは、Microsoftマイクロソフト屋専用せんようの、バッチ処理しょりも行おこなえるJavaScriptジャバスクリプト。拡張子かくちょうしは、JavaScriptジャバスクリプトなので.jsジェーエス。
 起動きどう方法ほうほうはダブルクリックするだけ。テキストエディタに関連付かんれんづけていなければ実行じっこうされてしまう曲者くせもの。ブラウザ上じょうでしか動うごかない言語げんごと思い込み、適当てきとうに扱あつかうと痛いたい目めを見みる。

405 バックアップ

「予備バックアップは取っとるで安心あんしんして。厳重げんじゅうに保管ほかんしとるで心配無用しんぱいむよう」
 ドヤ顔がおで主張しゅちょうするのは、役場やくば職員しょくいんの竹中たけなか。
 他所よそは何もしていないから、ニュースで報道ほうどうされるような事態じたいに陥おちいっているけれど、出入業者でいりぎょうしゃのお墨付すみつきがあるから『うちは安心あんしん』と自信満々じしんまんまん。
 他所よそを批判ひはんし、具体性ぐたいせいの無い講釈こうしゃくを垂たれる人は、内容ないようが伴ともなっていないことが多い。
 自分の目で確認かくにんしないと信用しんよう出来ない――竹中の機嫌きげんを取り、見せてもらうことにした。
 竹中が得意とくいげに紹介しょうかいした現状げんじょうは、同おなじ階ディスクにある『予備バックアップ』という名の倉庫フォルダに、複製ふくせいした書類ファイルを保管ほかんするというもの。

 何もしていないよりは良い。
 だけれど、この方法ほうほうでは有事ゆうじの際に、破綻はたんする。
 同おなじ階ディスクに存在そんざいしているのだから、身代金要求プログラムランサムウェアの攻撃対象こうげきたいしょうには、予備バックアップ用倉庫フォルダ内の書類ファイル一式いっしきも含ふくまれる。
 竹中が批判ひはんした他所よそは、何もしていなかったのではなく、予備バックアップごと暗号化あんごうかされただけ。
 問題点もんだいてんは、予備バックアップ の目的もくてきが、復旧ふっきゅうではなく安心あんしんを得えることにすり替かわっていること。そのせいで復旧ふっきゅうが困難こんなんになっている。

 館内マップ構成図によると、予備バックアップ用倉庫フォルダがある階ディスクには、喫茶店きっさてんも併設へいせつされている。火災かさいの発生はっせい可能性かのうせいは低ひくいとは言えない。延焼えんしょうすれば原本元ファイル共々ともども取り出すことが出来ない状態じょうたいに至いたる。
 損傷そんしょうしていない書類ファイルを持もち出せるようになる時期じきは、事態じたいが落ち着いた後。それまでは被害状況ひがいじょうきょうを確認かくにんすることさえも出来ない。

 とはいえ、それを帰蝶きちょうが指摘してきしても、自信じしんに満みちている竹中が聞く耳を持つことは無さそう――竹中自身じしんが気付きづき、自みずからの意志いしにより改善かいぜんが必要ひつようという判断はんだんに至いたるよう、陽動ようどうする必要ひつようがある。

 目視確認もくしかくにんした範囲はんいでは、予備バックアップ用倉庫フォルダ付近ふきんに防火戸ぼうかどや、防火ぼうかシャッターは無かった。
「延焼えんしょうを防ふせぐ防火設備ぼうかせつびにも、力ちからを入れているんですか?」
 帰蝶きちょうは岐阜弁ぎふべんしか話せないわけではない。TPOティーピーオーを弁わきまえ、標準語で質問しつもんする。
「避難訓練ひなんくんれんは、していますよ」
 竹中は論点ろんてんをすり替かえた。
 でも、不十分ふじゅうぶんであると自覚じかくしているからこそ即答そくとうした。ならば単刀直入たんとうちょくにゅうに。
「この構造こうぞうだと、予備バックアップ用倉庫フォルダも燃えてしまいますね」
 もしも竹中が、燃えても構わないと考えているならば、帰蝶きちょうが改善かいぜんを促うながす行為こういは、お互たがいにとって時間じかんの無駄むだにしかならない。
「……あっ! それはマズイです」
 竹中にも危機意識ききいしきはある様子ようす。
「階ディスクを分けるだけでも、被害ひがいを緩和かんわ出来る確率かくりつを上げられます。全焼ぜんしょうすれば終わりですけど」
「早速さっそく、保管ほかんする階ディスクを変更へんこうします。全焼ぜんしょうに備そなえて、他ほかの施設しせつに移うつすことを検討けんとうする方ほうが良さそうですね」
「施設しせつを分ければ、安全性あんぜんせいは向上こうじょうします。でも、転送時間てんそうじかんが長ながくなるので、その分ぶん復旧ふっきゅうに要ようする時間じかんも長ながくなってしまいます。なので、並行へいこうして運用うんようする方ほうが安心あんしんです。あと、保管方法ほかんほうほうも変更へんこうすることで、安全性あんぜんせいを更さらに向上こうじょうさせることも可能かのうです」
「出入業者でいりぎょうしゃのお墨付すみつきがあるのに、何か問題もんだいがあるのでしょうか?」
「複製ふくせいした書類ファイルを保管ほかんする方法ほうほうだと、身代金要求プログラムランサムウェアにより原本げんぽんが暗号化あんごうかされると、予備バックアップ用倉庫フォルダに保管ほかんしている書類ファイルが、暗号化あんごうかされた書類ファイルで上書うわがきされてしまいます」
「……あっ! それはマズイです」
「現状げんじょうの方法ほうほうは、フルバックアップというものです。お勧すすめは、増分ぞうぶんバックアップという手法しゅほうです。最初さいしょに現状げんじょうと同様どうようにフルバックアップを行おこないます。その後あとは、前回ぜんかいバックアップ時から変更へんこうや追加ついかがあった書類データのみを保管ほかんします。この方法ほうほうには、指定していした時点じてんの状態じょうたいに復旧ふっきゅう出来るメリットがあります。ですが万能ばんのうではありません。途中とちゅうのバックアップデータが破損はそんすると、以降いこうのデータを復元ふくげん出来なくなるというデメリットもあります」
「デメリットがあるのに、何故なぜお勧めなのでしょうか?」
「例えば日曜日にフルバックアップし、月曜日から土曜日にかけては増分ぞうぶんバックアップをする。そうした運用うんようをすることで、一週間いっしゅうかん以内いないの状態じょうたいには、復旧ふっきゅう可能かのうになります」
「完璧かんぺきですね!」
「いいえ。フルバックアップ前まえに暗号化あんごうかされると復旧ふっきゅう出来ません」
「では、どうすればいいんですか!?」
 苛立いらだちを隠かくさず、声こえを荒あららげる竹中。
「バックアップをバックアップする機構きこうを設もうけて対応たいおうします。日曜日に取るフルバックアップを、直近ちょっきん一ヶ月分、別の場所ばしょに残しておくという感じです。一ヶ月分とはいっても、日数分ではなく四回分なので、容量ようりょうに余裕よゆうがある場合ばあいは、期間きかんを伸のばすことで安全性あんぜんせいを高められます」

406 検知

「いつ暗号化あんごうかされたのか、調しらべるのに苦労くろうしそうですね」
「全すべての書類ファイルを、一気いっきに変更へんこうすることはありますか?」
「ありません」
「全すべての書類ファイルを一気いっきに変更へんこうすれば、増分ぞうぶんバックアップにより保存ほぞんされるデータサイズはどうなるでしょうか。その日だけ、急激きゅうげきに増加ぞうかする現象げんしょうが発生はっせいします。この状態じょうたいを異常いじょうと検知けんちし、通知つうちさせることで、暗号化あんごうかされた翌日よくじつには、被害ひがいに遭あった事実じじつを知ることが可能かのうになります」
「そうしてもらえると、安心あんしん出来ます」

 異常いじょうを検知けんちする方法ほうほうは、色々いろいろある。
 例えば、サイバー攻撃こうげきを仕掛ける場合。乱波らっぱは、施設しせつに対し、何らかの行動こうどうを起こす。
 入口いりぐちでの認証履歴にんしょうログや、施設内しせつないでの行動履歴こうどうログは、適宜てきぎ記録きろくされる。
 不正ふせいを働はたらいている自覚じかくがある乱波らっぱは、不正ふせいの証跡しょうせきである履歴ログの消去しょうきょを試こころみる。

 履歴ログは、原則げんそくとして積つみ上げていくもの。
 一定いっていの容量サイズに達たっしたり、期間きかんで区切くぎり、記録きろくする書類ファイルを変えるログローテーションを行うことはある。けれど、記録きろくしている最中さいちゅうに、部分的ぶぶんてきに消失しょうしつするような運用うんようはしない。
 つまり、履歴ログの容量サイズが予定外よていがいのタイミングで減少げんしょうすれば、不正ふせいが発生はっせいしたと判断可能はんだんかのう。
 履歴ログは、記録きろくされている情報じょうほうを読よむだけでなく、履歴ログそのものを監視かんしすることでも、異常いじょう検知けんちに役立やくだてられる。

 乱波らっぱが、証拠隠滅しょうこいんめつのため、改竄かいざんしたり、履歴ログを削除さくじょする可能性かのうせいを否定ひてい出来ない。
 その後ごのリスクを排除はいじょするため、ファイアウォール、プロキシサーバ、 DNSサーバ、認証サーバ、メールサーバを運用うんようしている場合ばあい、各々おのおのの履歴ログを、一年分程はバックアップを残しておくことが望のぞましい。

 履歴ログをバックアップ対象たいしょうに追加ついかする。

407 シャドーIT

 退職者たいしょくしゃの認証情報にんしょうじょうほうを、適切てきせつに無効化むこうかしていない企業きぎょうは七割ななわりを超こえているといわれている。
 情報漏洩じょうほうろうえいは、元々もともと関係者かんけいしゃだった、退職者たいしょくしゃから漏洩ろうえいするケースが多い。

 漏洩ろうえいさせられるということは、侵入しんにゅうも可能かのうだということ。
 例えば、誰も把握はあくしていないデバイス、USBユーエスビーメモリにマルウェアを入れてパソコンに挿し込んだ場合、何が起きるか――。
 いくら出入口の警備セキュリティを強固きょうこなものにしても、自みずから乱波らっぱを内部ないぶに招まねき入れていれば、何の意味いみも成なさない。
 内側うちがわから簡単かんたんに、 攻撃こうげきすることが出来てしまう。

 他たシステムと連携れんけいさせたり、利便性りべんせいを向上こうじょうさせる拡張機能かくちょうきのうは、適切てきせつに使えば便利べんり。
 でも、安全性あんぜんせいを担保たんぽ出来なければ、重大じゅうだいなセキュリティホールになってしまう。
「私が把握はあくしてないものを使わないでください。わからないときは、尋たずねてくだされば答こたえます」
「はい。有名ゆうめいなものでもダメですか?」
 ダウンロードして使える無償配布品フリーウェアや、試用期間があるものシェアウェアには、スパイウェアプログラムを内蔵ないぞうすることが可能かのう。
 つまり、知らないうちに情報収集じょうほうしゅうしゅうを始め、送信そうしんされるリスクがあるということ。

 使用承諾文しようしょうだくぶんにインストールされる旨を記載きさいし、利用者ユーザーが手動しゅどうでチェックを外さなければ、インストールされる仕組しくみにする。
 たったそれだけで『利用者ユーザーの意思いしにより、インストールした』事実じじつを成立せいりつさせられる。

 『安全のため』や『高速化こうそくか』、『最適化さいてきか』等、適当てきとうな言葉ことばを並ならべたものに釣つられるような人間にんげんは、使用承諾文しようしょうだくぶんを読まない。
 まさに格好かっこうの餌食えじき。

 スパイウェアをインストールさせる手法しゅほうは、いくらでもある。
 例えば『はい』と『いいえ』、二つのボタンのどちらを押してもスパイウェアのダウンロードが始まる仕組しくみにする。
 二つのものを同じ挙動きょどうにする合理的ごうりてきな理由りゆうは無いのだから、 指摘してきされたとしても『バグです』と言い逃のがれられる。
 『わざと、そんなことをするはずがない』と主張しゅちょうすれば、第三者がそれを否定ひていすることは難むすかしい。

 ただ、そんなことを伝えても、恐怖心きょうふしんを煽あおり、疑心暗鬼ぎしんあんきにさせるだけ。どう伝えるべきか――。
「そうですね。使ってはいけないという意味合いではなく、見えるところで堂々どうどうと使ってくださいという意図いとです。なので、まず尋たずねてください。主おもな目的もくてきは情報漏洩じょうほうろうえいリスクの抑制よくせいです。例えば、何かと連携れんけいすれば、連携先れんけいさきは紐付ひもづいているデータを抜き取ることが可能かのうになります。つまり連携先れんけいさきの判断はんだんで機密情報きみつじょうほうを、知らない何処どこかへ共有きょうゆうすることも出来てしまうということです」
「なるほど……それはダメですね」
「厳きびしく規制きせいするのが、リスクマネジメントとしてはベターです。でも『生産性せいさんせいが……』等の反発はんぱつが大きく、無許可むきょかで勝手かってに使用しようされるようならば、申告しんこくすれば使えるといった緩ゆるい形式けいしきで運用うんようし、勝手かってに使われることを抑止よくしする方ほうが、幾分いくぶんか良いです。有事ゆうじの際さい、被害ひがいは被こうむりますが、影響範囲えいきょうはんいを知ることは出来ます」
「いやぁ、それは……」
「では、勝手かってに使わせないでください」
「そうします」

408 ペネトレーションテスト

 小説は、第一稿をいきなり出版しゅっぱんすることはない。推敲すいこうを繰り返し、完成度かんせいどを高めていく。
 防犯セキュリティも同じ。何度も調整ちょうせいを繰り返し、安全性あんぜんせいを高め、影響えいきょうの極小化きょくしょうかを目指す。

 帰蝶きちょうは、侵入実験しんにゅうじっけんを行おこない、穴があるとどうなるかを体験たいけんさせ、気を引き締めさせようと考えた。
「一週間後までに、攻撃こうげきされても大丈夫だいじょうぶと、自信じしんを持てる状態じょうたいにしておいてください」
「ふふふ。既にバッチリですよ!」
 竹中は、威勢いせいよく返事する。
「一週間後、私はここに攻撃こうげきを仕掛しかけます」
「何故そんなことをするんですか!?」
 驚おどろきを隠かくせない竹中。
「自信じしんが無いんですか?」
 煽あおる目的もくてきは、竹中の中にある無根拠むこんきょな自信じしんを、改善かいぜんが必要ひつようという認識にんしきに、置換ちかんすること。
「そういうことではなくて、あり得ないというか……」
「乱波らっぱは、問答無用もんどうむようで仕掛しかけてきますよ」
「何故あなたが攻撃こうげきするんですか?」
「不適切ふてきせつな設定せっていになっている等の、問題もんだいを見付け、対処たいしょするためです」
「なんだ……そういうことですか」
「そういうことです。破壊はかいされても大丈夫だいじょうぶなようにしておいてくださいね」

  * * *

 玉城たまじょう を経由けいゆし、一週間後に移動いどうする帰蝶きちょう。
 帰蝶きちょうが一週間前に仕込しこんだVirusウイルスが発病はつびょうし、関ケ原町せきがはらちょうは、全てのデータへのアクセス権を喪失そうしつ。
 Virusウイルスとは、他のプログラムに寄生きせいして動作どうさする、自己伝染じこでんせん、潜伏せんぷく、発病はつびょう機能きのうの一つ以上を有ゆうするもの。
 Virusウイルスは自発的には動かず、きっかけは宿主しゅくしゅ側にある。

 宿主しゅくしゅを必要ひつようとせず、単体たんたいで動作どうさするものはWarmワームと称しょうされる。

 竹中から帰蝶きちょうに電話でんわが掛かってくる。
『大変です! 突然とつぜん何も出来なくなりました』
「一週間前に伝えたこと、覚えていますか?」
『攻撃こうげきを仕掛しかけると……冗談じょうだんではなかったんですか?』
 調査方法ちょうさほうほうと復旧手順ふっきゅうてじゅんは、既すでに説明せつめいしてある。思い出して自力じりきで復旧ふっきゅう出来ることがベストではあるけれど、そこまで強しいるのは酷こく。放ほおっておいても、復旧ふっきゅうするようにしてある。
「冗談じょうだんなんて言いません。先日お伝えした情報を使って、自力じりきで復旧ふっきゅうすることが可能かのうです。復旧ふっきゅうに挑戦ちょうせんしてみてください」
『……忘れてしまいました』
「では、今出来なくなったり、困っていることをメモするよう、全ての関係者かんけいしゃに伝えてください。一五時になると、自動じどう復旧ふっきゅうするようにしてありますので、復旧ふっきゅう作業さぎょうは行おこなわなくても構かまいません」
 関係者かんけいしゃ全員に、当事者とうじしゃ意識いしきを持たせることが目的もくてき。
『了解りょうかいです!』
 竹中は電話を切った。

409 ウイルスの挙動

 Virusウイルスは、感染かんせんすると何が起きるかわからないから恐こわい。
 現実社会げんじつしゃかいの新型しんがたコロナウイルスが、同様どうようの存在そんざい。
 ただ、乱破らっぱが使うVirusウイルスは、人工的じんこうてきに作成さくせいされたものという点が異なる。

 では、何が起きるかわかるとすれば、印象いんしょうは変わるのか。
 前提ぜんていとして、乱波らっぱには攻撃こうげきする目的もくてきがある。
 破壊はかい行為こういだけを実施じっしする場合ばあい、得えられるものは自己満足じこまんぞくしかない。では、乱波らっぱが得えたいものは自己満足じこまんぞくなのか。

 例えば、軍事侵攻ぐんじしんこうを行う場合ばあい、攻撃こうげき行為こういは単たんなる手段しゅだん。何かを得るという目的もくてきが存在そんざいする。
 その目的もくてきを達成たっせいするため、敵地てきちへ侵入しんにゅうした兵士へいしが何を行うか。その視点してんで考えると、Virusウイルスの挙動きょどうがわかる。

 Rootkitルートキット。
 いつでも自由じゆうに侵入しんにゅう出来るようにする。侵入しんにゅうしている事実じじつを隠蔽いんぺいするため、履歴ログを改変かいへんする。

 Backdoorバックドア。
 外に居る仲間との通信つうしん手段しゅだんや、援軍えんぐんの侵入経路しんにゅうけいろとなる裏口うらぐちを確保かくほする。

 Downloaderダウンローダ。
 外から武器ぶきを、運はこび込こむ。

 Spywareスパイウェア。
 敵地てきちにある情報じょうほうを盗ぬすみ出す。読よめない情報じょうほうを収集しゅうしゅうしても役に立たないため、消去しょうきょや改竄かいざん等の破壊はかい行動こうどう前に行なう。

 Keyloggerキーロガー。
 マイナンバーユーザーアカウントやパスワード等、認証にんしょうの際さいに入力にゅうりょくされた情報じょうほう等を搾取さくしゅする。
 例えばネットバンクの認証にんしょう情報じょうほうを搾取さくしゅすれば、口座こうざに入っている預金よきんを他所よそへ移動いどうさせることが可能かのうになる。

 Botボット。
 命令めいれいを実行じっこうする。

 Adwareアドウェア。
 広告こうこくをポップアップ等で表示ひょうじする。

 Virusウイルスの基本的きほんてきな挙動きょどうは、このくらい。超能力ちょうのうりょくやチート等の特殊とくしゅなものではなく、シンプルな行動こうどうの組み合わせ。

 情報じょうほうが何も無い状態じょうたいからでも、乱破らっぱが何をしたいのかを考えれば、何が起きるかを推測すいそくすることは可能かのう。
 推測すいそく出来ていれば、未然みぜんに対策たいさく出来る。同じ攻撃こうげきを受けたとしても、実害じつがいを軽減けいげんすることは可能かのう。

410 シェアと感性

「質問しつもんです。男子校だんしこうと女子校じょしこうがあります。白しろいシャツと黒くろい靴下くつした、眼鏡めがねを着用ちゃくようしている男性だんせいを探さがす場合ばあい、どちらの学校がっこうに探さがしに行いきますか?」
「当然とうぜん、男子校だんしこうです」
「何故なぜですか?」
「男性だんせいを探さがしたいのに、女子校じょしこうに行いっても見付みつかるはずが無いじゃないですか」
「職員室しょくいんしつに行いけば、居いませんか?」
「教師きょうしですか……でも、普通ふつうは男子校だんしこうに行くでしょ。生徒せいとに該当がいとうする人ひとが居いれば、早はやく見付みつけられます」
「そうですよね。効率こうりつを考かんがえるのが普通ふつうです。では、七割ななわりが該当がいとうする条件じょうけんと、一割いちわりしか該当がいとうしない条件じょうけん、報酬ほうしゅうが同額どうがくなら、どちらの捜索そうさくを引ひき受うけたいですか?」
「当然とうぜん、七割ななわりの方ほうですよ」
「OSオーエスという単語たんごを、耳にしたことくらいはあると思います。二〇二二年六月時点じてんのOSオーエスシェア率りつは、Windowsウィンドウズが七六.三パーセント、Macマックが一四.六パーセント、Linuxリナックスは二.四パーセントでした。『竹中さんが指定していしたOSオーエスの利用者りようしゃを連つれてきたら、一万円いちまんえんあげます』と言われたら、どのOSオーエスを選択せんたくしますか?」
「当然とうぜん、Windowsウィンドウズです」
「効率こうりつで選えらんだのですか?」
「はい」
「では、WindowsウィンドウズとMacマック、どちらが安全あんぜんですか?」
「知しりません」
「乱破らっぱの被害ひがいに遭あっている件数けんすうは、Windowsウィンドウズが圧倒的あっとうてきに多おおいです。では、Macマックは安全あんぜんですか?」
「知しりません。でも、大勢おおぜいがWindowsウィンドウズを標的ひょうてきにしているのだろうなとは思います」
「そうですね。大勢おおぜいが使つかっているとか、有名ゆうめいだから安心あんしんではなく、標的ひょうてきにされやすいという感性かんせいが必要ひつようです」
「なるほど! 理解りかい出来ました」

411 接続元

「外国がいこく、例たとえばルシア帝国から管理かんりシステムに、|接続せつぞくする必要ひつようはありますか?」
「わかりません」
 必要ひつようかと問とわれ、わからないと答こたえるのは妥当だとう。
 多おおくの部署ぶしょがあり、大勢おおぜいの職員しょくいんが居いる。だから、組織全体そしきぜんたいの未来みらいの予定よていまで、全すべてを把握はあく出来るはずがない。
「今現在いまげんざい、ルシア帝国から管理かんりシステムに|接続せつぞくする業務ぎょうむはありますか?」
「ありません」
 今現在いまげんざいの業務ぎょうむの有無うむであれば、答こたえられる。
「では、今いまは接続せつぞくすることはありませんね」
「そうですね」
 接続せつぞくされるだけでも、負荷ふかは掛かかる。接続せつぞくする業務ぎょうむが存在そんざいしない事実じじつは、接続せつぞくを遮断しゃだんする合理的ごうりてきな理由りゆうにあたる。
「ルシア帝国からの接続せつぞくを遮断しゃだんします」
 接続せつぞくの遮断しゃだん手法しゅほうは確立かくりつされている。
 例たとえば、ジパング皇国内の動画配信どうがはいしんサービスのほぼ全すべては、海外かいがいからの接続せつぞくを遮断しゃだんしている。 著作権者ちょさくけんしゃとの契約上けいやくじょうの理由りゆう。
「お願ねがいします」

 国くにごとに住所IPアドレスの帯域範囲が割わり当あてられているから、遮断しゃだんすることは可能かのう。とはいえ、ルシア帝国に割わり当あてられている住所IPアドレス数すうは四五六七万以上もある。CIDRクラスレスアドレッシング表記ひょうきを用もちい、絞しぼった八九六五パターンを拒否ブラックリストに設定せっていする。
「接続数せつぞくすうは減へらせますが、ルシア帝国からジパング皇国内にあるProxyプロキシサーバを経由けいゆして接続せつぞくすれば、ジパング皇国内から接続せつぞくしているように見せることは可能かのうです。なので、完全かんぜんには遮断しゃだん出来ません。警戒けいかいを緩ゆるめないでください」
「了解りょうかいしました」

412 アンチウイルスソフトウェア

「全まったく触ふれられてませんけど、ウイルス対策たいさくソフトを入れておけば、安全あんぜんですよね」
「ウイルス対策たいさくソフトが、マルウェアに対処たいしょ出来るようになるタイミングは、製造元ベンダーが検体けんたいを入手にゅうしゅし、分析ぶんせきした後あとです。被害ひがいが発生はっせいしてからでないと反映はんえいされません」
「えっ……」
「駆除くじょや隔離かくりされたくないので、標的型攻撃ひょうてきがたこうげきを仕掛しかける場合ばあいは特とくに、標的ひょうてき専用せんように新あたらしいマルウェアを作成さくせいします。ウイルス対策たいさくソフトは、新あたらしく作成さくせいされたマルウェアの情報じょうほうを持もっていないため、検知けんちされません。検知けんちされるようになるまでの期間きかんを狙ねらって攻撃こうげきを仕掛しかける手法しゅほうは、ゼロデイ攻撃こうげきと呼よばれ、よく利用りようされています」
「そんな……それでは、ウイルス対策たいさくソフトを入いれても無意味むいみじゃないですか!」
「無差別型むさべつがた攻撃こうげきのうち、数年前すうねんまえの手法しゅほうを用もちいている攻撃こうげきに対たいしては有効ゆうこうです」
「微妙びみょうな気きがします……」
「価格相応かかくそうおうの効果こうかです。ほんの少すこしでも、リスクは下さがるので、入いれないよりは良よいです」
「その程度ていどのものなんですね……」

名前を奪いに来る転校生

2022年12月28日 発行 初版

著  者:はゆ
発  行:はゆ文庫

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