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* この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

Garofano  ガローファノ
                                 蒼星転幻

第2話 蒼いコリウス


「ここは…」

 窓から差し込む朝日が、ベッドに寝ているジョバンニを夢の中から引き戻した。

ジョバンニは自分が居る場所を確認しようと大きく目を開けたが、あまりの眩しさに顔を手で遮った。

徐々に目が慣れ、部屋の中を見渡す。

「病院なのか?…」

そのとき部屋の扉が開き、薄いピンク色のナースウェアを着た看護師が入って来た。
看護師はジョバンニの顔を確認するように見ると、日の光を遮るように窓のカーテンを閉めた。

「おはようございます、気分は如何ですか?」

看護師が柔らかい笑顔でジョバンニを覗き込む。

ジョバンニはぼんやりとして思考がまとまらず、言葉を詰まらせた。


「すぐに先生が来ますからね」

看護師はそう言うと、持っていたファイルに何かを書き込んで病室を出て行った。
入れ替わるように伊邪弥が病室に入ると静かに扉を閉めた。

「伊邪弥先生?…」

「気が付いたようだね」

伊邪弥はジョバンニの様子を少し伺ってから、笑顔を浮かべ話し始めた。

「君のお兄さんがここに運んでくれたんだよ、最初は何が起きたかと心配したんだがね…」

「兄さんが?… 確か俺は丘で倒れて…」

「そうらしいね、お兄さんの話では君が花を見ていたら急に倒れ込んだと言って居たので、何かの病気ではないかと疑ったが…」

伊邪弥は手に持っていたカルテを確認する。

「検査の結果は特に問題ないようだね」

「丘に咲いている花を見ていたら、急に気分が悪くなって…」

「花?」

「カーネーション... 赤色のカーネーションが咲いていたんです…」

赤色のカーネーションと言う言葉を聞き、伊邪弥の表情が僅かに曇る。

「あの事件の事がまだ忘れられないんだね…」

「はい、忘れる事はありません… 頭から追い出そうとしても思い出してしまうんです…」

伊邪弥の表情から笑みが消え、真剣な眼差しでジョバンニを見つめていた。
ジョバンニも伊邪弥を見ていたが、見えていたのは過去の記憶の映像だった。

「事件の事は私も忘れる事は出来ない… 君のご両親の記憶は決して忘れる事はない」

ジョバンニは伊邪弥のその言葉を聞いて、過去の記憶から現実に引き戻された。
伊邪弥が父とは大学の同級生だという事は知っていたが、どれほどの仲なのかという事は知らなかった。
3年前に父が交通事故で亡くなり、葬儀の際に少し話をした程度だった。

「君のご両親の事は良く覚えているよ、お父さんには色々と世話になったからね」

 伊邪弥の表情がまた柔らかくなった。この人のこの顔を見るとなんだか安心感を覚える、父と母との親密な関係があった事がそうさせて居るのだろうか…

「先生は父とは仲が良かったんですか?」

「君のお父さんとは大学で、同じ分野の研究を行っていたんだ。君が生まれる前には、君のお母さんと三人で食事をしたりもしていたんだよ」

「そうだったんだ… 両親から先生の事はあまり聞かされていなかったので…」

「君のお父さんとお母さんが結婚してからは、あまり会う事は無かったからね」

伊邪弥はジョバンニの顔を少し見つめると、まるで懐かしい友人に再会したような表情をした。
ジョバンニの手首を軽く握り脈を測ると、ベッドの脇に置いてあった医療器具の中から注射器を取り出した。

「特に身体的な異常は見られないが、軽いショック状態の兆候があるので、少し眠ると良い…」

伊邪弥はそう言うとジョバンニの腕に注射をした。手際よく注射器を片付け、柔らかい笑顔のままジョバンニの様子をしばらく伺っていた。

 ジョバンニは伊邪弥と会話した言葉と、父親の記憶と、あの忌まわしい事件の記憶が頭の中で掻き回されながら、記憶と言葉が互いに少しずつ結びついていくような感覚を感じていた…
意識が渦巻いて吸い込まれて行くように、まどろみの中に落ちて行った…

ジョバンニが眠りについたことを確認するとベッドに近づきそっと呟く。

「君は怜愛(レイア)… お母さんに良く似ているね…」

伊邪弥はベッドを囲むように吊り下げられたカーテンを閉め部屋から出ていった。



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 市街地から少し離れた森林地帯を貫くように伸びる国道を、黒のSUVがゆっくりと走っていた。
森の中をしばらく走ると周囲の木々が伐採され、空が広がった先に大きな白い建物が見えて来た。
その建物は正面玄関を中心に左右に20メートルほど伸びていて、それぞれが病棟になっていた。そこは精神科病院として運営されているアウレア病院と言う名の施設だった。

 黒のSUVは正面玄関の車寄せまで来るとエンジンを止めた。
後部座席のドアが開きクリスチャンとイザベラが車を降りる。続くように運転席のドアが空き大柄で短髪の男が車を降りた。

クリスチャンはその大柄の男に話しかけた。

「ジェラルド、ワンボックスを用意しておいてくれ」

「わかった」

ジェラルドと呼ばれた大柄の男は、クリスチャン達とは反対側の方へ歩いて行った。

クリスチャンとイザベラは、建物の中に入って行く。

 玄関から繋がるエントランスには、大きな大理石の彫刻が客人を出迎えるように立っていた。
その彫刻は翼を大きく広げ、天を仰ぐようなポーズをとっていたが首から上は無かった。
彫刻の傍には真っ白いグランドピアノが置いてあり、純白のシャツを着た色の白い青年が優雅にノクターンを演奏していた。
クリスチャンとイザベラは、青年と彫刻に目もくれずに奥の部屋に入って行った。
青年はクリスチャン達を気にする事も無く演奏を続けていた。

奥の部屋に入るとそこには何人かの少年と少女が、パソコンに向かって忙しそうにキーボードを叩いていた。
その少年と少女の顔には表情が無く、まるでロボットのようだった。

クリスチャンは子供たちの様子をしばらく眺め、イザベラに話しかける。

「完成はいつだ?」

「せっかちな男って嫌よね…」

イザベラは少しムッとした表情をして、側で作業していた少年のパソコンを覗き込む。
少年は無表情でキーボードを操作し続けていた。

「そうねぇ… やっと7割って所かしら」

「急がせろ」

そう言うとクリスチャンはドアの方へ歩いて行く。

「労働力が足りないのよねぇ… まさにブラック企業…」

「手配済みだ」

クリスチャンは振り向かずにイザベラの言葉に答え、部屋から出て行った。
イザベラは空席になっていたパソコンの前に座り、電源を入れため息をついた。


クリスチャンはエントランスに戻ると、ピアノを弾いていた青年に近づいた。

「アダム、作品66を頼む」

青年はノクターンを弾く手を止め、クリスチャンに笑顔で軽く頷くと、またピアノを弾き始める。今度は幻想即興曲のメロディがエントランスに広がった。
ピアノの側にあった大理石の像が、ゆっくりとスライドするように移動し、地下室への入り口が表れた。クリスチャンは地下室に続く階段を降りて行く。

 階段を降りた先は鉄の扉で閉ざされていた。クリスチャンは、扉の横に設置されたセキュリティ端末に近づくと、網膜スキャンの青白い光が顔を照らした。セキュリティの解除を知らせるアラーム音が鳴り、重厚な扉がゆっくり開く。
扉の先は大理石で組まれた壁に覆われ、巨大な空間が広がっていた。そこはまるで古代の神殿を思わせる作りになっていた。
部屋の両脇には、壁に沿うように円柱型の大きな水槽がいくつも並べられていて、水槽の中に人間の形をしたものが浮かんでいた。
クリスチャンは水槽には目もくれず、神殿の先にある玉座のような場所に歩いてゆく。
そこには巨大な鉱物で作られた石柱が立っていた。
その石柱の一面に古代文字が刻まれており、クリスチャンは古代文字をなぞる様に見つめ一文を口ずさんだ。

「虚空より出(いずる)ものここに集まりて古の時より光蘇らん」

クリスチャンの言葉が神殿の空気に溶け込み、壁際の水槽からぽこぽこと泡の弾ける音と、水槽にエアーを送り込んでいるモーター音だけが聞こえていた。
その音に混ざるように、扉の方からコツコツと革靴の音がクリスチャンに近づく。

「(計画は)無事に進んでいるかね?」

クリスチャンはゆっくりと振り返ると、その声に答える。

「滞りなく遂行しています、閣下」

閣下と呼ばれるその男ランバルトは、鋭い眼差しをクリスチャンの蒼い瞳に突き立てた。
その眼光を向けられると、心の底まで見透かされているような感覚にとらわれる。

「そうか… もう後戻りは出来んぞ」

「はい、この身捧げる覚悟は出来ております」

「うむ、良いだろう… 全ては大いなる意思による計画なのだからな」

「御意に…」

ランバルトは満足気な表情でうなずくと、壁際に並んだ円柱型の水槽を眺めた。

「このクローン達もそろそろ外に出してやらんとな」

独り言とも取れる言葉を残して、出口の扉の方へ歩いて行く。
ふと扉の前で足を止めクリスチャンに話しかけた。

「明日の夜、烏との会合があるのだがお前も付き合ってくれないか?」

「烏と?」

「何も物騒な話ではない、現外務大臣の子息…」

「月夜見(ツクミ)ですか?」

「そうだ、その月夜見が君にも是非と言っていたぞ」

クリスチャンは少し考え事をするように視線をそらしたが、すぐにランバルトの目に視線を合わせて頷いた。

「御心のままに...」


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 アウレア病院の正面玄関に1台のワンボックスカーが停車した。
そのワンボックスカーは街中で見かけても誰も気に留めないデザインで、側面には清掃業者のロゴマークがペイントされていた。

 ジェラルドは運転席から降りると、側面にまわりスライドドアを乱暴に開けた。中に乗り込んだがすぐに子供を抱えて降りてきた。
ジェラルドの筋肉質な腕に軽々と抱えられたその子供の背格好は15歳ぐらいで、どことなく上品さを感じさせる身なりをしていた。

正面玄関の扉が開きイザベラがにっこりと微笑んだ。

「あら、早かったわね」

「今回は楽だったよ、さっさと済ませちまおう」

ジェラルドは玄関口に向かいながらイザベラに笑顔で答えた。

玄関から中に入ると、エントランスは外部の雑音を消すように、ゆったりとしたピアノの旋律で満たされていた。
ジェラルドは子供を抱えたまま、エントランスから左に伸びている病棟へ続く廊下へ歩いて行く。イザベラもその後に続いた。
廊下の先の突き当りには、処置室と書かれたプレートが入口の上部に付けられており、鉄でできた扉がその部屋を塞いでいた。

「開けるわね」

「ああ、頼む」

イザベラは、両手が塞がっているジェラルドを足早に追い抜きセキュリティの前に立つ。
セキュリティの青白い光がイザベラの顔を照らすと、解除のアラームが鳴る。

「さ、行きましょう」

 施術室の中央には大きな手術用のベッドがあり、その傍には円柱形の水槽が設置されていた。水槽の中は薄い緑色の液体で満たされ、子供の姿をした人間が眠っているような表情で浮かんでいた。
ジェラルドは、抱えていた子供を手術用のベッドに寝かせ、イザベラに視線を送る。

「もう少し頭を持ち上げてくれる?」

ジェラルドは頷くと、子供の上半身を抱えるように上に少しずらした。

「これで良いか?」

「ありがとう、それで良いわ」

 イザベラは壁際に設置されたコンピューターにリズムよくタイピングすると、ベッド脇に設置された機器が作動し、半球状の機械が子供の頭を覆った。
軽いモーター音が室内に響くと子供の顔に少し苦しそうな表情が浮かんだ。
イザベラは子供の手を軽く握り、その子供を安心させるかのように声をかける。

「大丈夫、すぐに済むからね」

ジェラルドは部屋の入口を塞ぐように立ち、腕組みをしたままその様子を伺っていた。

子供の顔から苦痛の表情が消えると、イザベラはベッドから離れ円柱型の水槽へ近づいた。

「今度はあなたの番ね」

 水槽の下部に設置されたパネルにタッチすると、水槽の中の子供は痙攣を起こし体をのけ反らせたが、すぐに元の態勢に戻った。イザベラはその様子を黙って見守っていた。
しばらくすると水槽の中の子供の目が開いた。その瞳には生気が感じられず人形のようだったが、自分の手を動かしてそれを見たり、こちらの様子を伺うような仕草をした。

ジェラルドは、水槽の中の子供の変化に感心したように見入っていた。

「まったく、ゲノムコピーとやらには感心するぜ!」

イザベラは満足げな表情で水槽のクローンを眺めながら、ジェラルドの言葉に続けた。

「うまくいったわね、でも面倒よね。クローンだけでは知能レベルが限界を超えられないから…」

「俺たちの脳も誰かのコピーなのか?」

「そうよ、それも飛び切り優秀な頭脳をね」

イザベラはそう言うと、振り返って悪戯そうな笑顔でジェラルドにウィンクした。

その時、入口の扉が開いた。

ジェラルドは反射的に身構えたが、扉の前に立っていたクリスチャンの姿を確認すると、すぐに緊張を解いて不敵な笑みを浮かべた。
クリスチャンはそんなジェラルドの表情をちらっと見て言った。

「上手く行ったようだな」

「当たり前だ!俺たちにミスはねぇぜ、なぁイザベラ」

ジェラルドはイザベラに目をやる。その表情はクリスチャンに向ける物とは少し違っていた。
心底気を許した者だけに向ける笑みだ。

イザベラはジェラルドに笑みを返すと、クリスチャンに視線を向けた。

「すぐに手配してくれてありがとう…」

クリスチャンは軽く頷くと、水槽に浮かんでいるクローンに視線を移す。

「その子供は使えそうか?」

「ええ、もちろん… でも、ずいぶん優秀な子を見つけたわね」

「烏からの情報だ、CEOを始末した礼だそうだ」

「烏だと!?」

黙って二人の会話を聞いていたジェラルドが口を挟んだが、イザベラが遮るように話を続けた。

「天照烏(てんしょうがらす)… ま、良いわ。利用出来れば何でも…」

クリスチャンは水槽のクローンの様子をしばらく見ていたが、視線をイザベラに戻した。

「Adm(表層意識消去)ウイルスの開発を急いでくれ」

イザベラの顔から笑みが消えクリスチャンに頷く。

クリスチャンは黙ってイザベラとジェラルドの顔を見る。
二人の表情から心情を読み取ると踵を返し、扉の方へ歩いて行った。

 クローンは水槽の中からベッドに横たわる少年を眺めていた。
その表情には何の感情もなく、瞳はガラスのように無機質に見えた。
ベッドの少年は赤子のように手足を丸め、穏やかな表情で眠っていた。


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満月を覆う霞みに光を散らし、空の星々を遠ざけるように夜の帳を下ろす。

 軒先に佇み、おぼろ月を愛でるように月夜見 靖彰(つくみ せいしょう)は空を見上げていた。
奥の襖がスッと開き、徠翔(らいか)が静かに靖彰に近づいた。

「何の用だ?」

靖彰は月を見上げた姿勢を崩さず、背後の息子の気配に言葉を投げた。

「父上、私の請願は受け入れて頂けましたか?」

「ああ、あれか… お前の考えは理解しているつもりだ」

靖彰は夜空を見上げたまま目をつぶった。
しばらく黙ったまま、夜風で庭木を揺らす音に耳を傾ける。

沈黙を破るように徠翔が口を開く。

「では、移民の永住権剥奪を進めて頂けるのですね?」

「まぁ待て、まだ議会の決議で採択されたわけではない、内閣にも移民出身の大臣が居るのだぞ」

「それは承知の上です。しかしこのまま移民の受け入れを容認し続ければ、國の民はいずれ滅ぶ運命にございます」

「そこは上手くやらねば… 奴らを上手く利用すると言う考えは出来ないのか?」

「父上は、移民による国内犯罪率の上昇が、急速に拡大していると言う現実を知って居るのですか?」

「それは分かっている、国を維持する為の犠牲は払わねばならん事もな…」

「犯罪のみならず、國の民は自国に対する誇りと尊厳を失いつつあります」

「…少し考えすぎではないのか?お前はもっと視野を広げた方が良い、これからはもっとグローバリズムと言う考えを持たんとな」

徠翔は父の顔を見ることなく、一礼をして向きを変えた。
手は硬く握られ微かに震えていた...

靖彰は徠翔の心情を悟ったかのように月を睨みつけた…

「人はいつまでもいがみ合ってる訳にはいかんのだよ…」

靖彰の呟きは届かぬまま徠翔の姿は消えていた。

月明かりが庭の木々に深い影を作っていた。
靖彰は桜の木の影に話しかける。

「梟(ふくろう)、今宵は闇が深いようだ...」

桜の影が二つに別れると、月明かりに照らされて人物の形が浮かび上がる。
その影が靖彰の傍にゆっくりと近づくと、片膝をついて頭を下げた。

「ご心配に及びません、当主様は私が必ずお守り致します」

「ありがとう梟、お前がいてくれて安心できるよ...」

梟は顔を上げて緊張した表情を解くように僅かに微笑んだ。
まだあどけない表情が残るその顔には、しっかりとした意志の強さが現れていた。

夜風に流れる雲に月明かりが遮られた時、梟の姿が再び影に溶け込んで消えた。


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徠翔は月夜見邸の隣接する道場に入ると、剣術の一人稽古をしている人物に声をかけた。

「夜鷹(よたか)、少し付き合え」

夜鷹と呼ばれたその人物は細身で長い黒髪を首の後ろで結わえ、男とも女ともつかない容貌をしていた。

「徠翔様、今宵は心内少々乱れ気味かと…」

夜鷹のその鋭い観察眼は左右の目の色の違いにもあるのだろうか…

徠翔は目の前の夜鷹にそう感心すると笑顔で答えた。

「世の理、導く人間が必要なようだ」

 言葉が切れる刹那、腰に構えた日本刀が横一文字に空を切った。
刀の軌道には確実に夜鷹を捉えて居たが、そこに姿は無かった。
徠翔はすかさず刀を振り切った体勢のまま、刀を肩口から切っ先を後方に突き出す。

ギンッ!

鋭い金属音が道場にこだました。

「流石ですね徠翔さま、後ろにも目がおありのようで…」

「感覚的な意識に頼らずともな」

「ふふ、無意識との境界を持たない徠翔さまには誰も敵いますまい」

夜鷹は笑みを浮かべた。

その顔はとても美しく恐ろしさも伺える表情だった。


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月は完全に雲に覆われ、闇と影との境界が無くなると、冷たい夜風が低い唸り声を上げた。

 靖彰は少し身震いをすると、部屋の中へ入ろうとしたその時、庭陰に人の気配を感じた。
その陰は跳ねるように部屋に飛び込んで来ると、銀色に鈍く光る刃が靖彰の首元めがけて振り下ろされる。

キンッ!

金属同士がぶつかる音が鳴り、靖彰の首を守るように梟が小刀を構えていた。

「チッ」

徠翔は舌打ちをすると後方へ下がり再び攻撃するための態勢に入る。

「徠翔!?気が違えたか!!」

暗闇の中でもはっきりと、自分を襲う影が息子である事はわかっていた。
靖彰は徠翔を睨みつけながら、自分をかばうように立つ梟に話しかける。

「梟、大丈夫か?」

「お下がりください当主様」

すかさず徠翔は水平に一文字を描くように切りつけるが、梟の短刀が邪魔をした。
しかし小柄な梟には徠翔の放つ刃の勢いを受け止めるが精一杯で、その衝撃の苦痛を表情に見せないように必死に耐えていた。

「ええい、邪魔をするな!」

徠翔は間髪を入れず攻撃を繰り出した。

靖彰は、梟が次の攻撃を受け止める衝撃に耐えられない事を悟り、梟を庇うように身を乗り出した。
徠翔の刃を右肩を犠牲にして受け止め、反対の手で刀を掴んだ。

徠翔は父親に致命傷を与えられず、刀の手を封じられてしまった事に動揺の表情を隠せなかった。

「もうよせ、徠翔、お前のやっている事は…」

靖彰の言葉が途中で詰まる…


月を覆っていた雲が流れ、月明かりがゆっくりと庭先から部屋に入ってくる。

靖彰の胸から突き出た刀の先に月明かりが反射して、苦痛に歪める顔を赤く照らした…

背中に温かい人の温もりを感じ、ゆっくりと振り向くと梟が背中に倒れ込んでいた...

梟は息を切れ切れに囁く…

「と… 当主様… 申し訳ありません... 」

その声に答えるように叫びたかったが、靖彰も声を出せる力は残っていなかった…

靖彰は前のめりに崩れ、その背中に覆い被さるように梟も倒れた。
二人の体をゆっくりと暗い赤が染めてゆき、畳には影のように赤黒い染みが広がって行く…

部屋の影から夜鷹が姿を表し、二人を背後から串刺しにした長剣を抜きとりながら徠翔に笑顔を向けた。

「これで徠翔様が世の理を導く人になる、という事ですね」

徠翔は夜鷹の表情に困惑した… 

自分の実の妹をその刃にかけ、涼しい笑顔をしているこの男に…



Garofano ガローファノ 2

2019年12月4日 発行 初版

著  者:蒼星 転幻
発  行:Arts Porpora

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