spine
jacket

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米坂線
ダークツーリズム

米田淳一

米田淳一未来科学研究所



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 目 次


登場人物

同窓会

新発田駅

JR新潟支社

新宿

越山銀行本店

海老名

つくば

六本木ヒルズ

JR東日本本社

新潟への新幹線

海老名高校鉄研部室

上野駅13番線


「雪水米宗」上野発
雪水米宗走行中
深夜
食堂車
ルーム
黎明
坂町到着
お粥の朝餉

対決

その後

あとがき

登場人物

JR東日本
 倉島(新発田駅駅員)
 井上鳴海(新発田駅駅員)
 富樫(JR東日本新潟支社次長)
 和田里(JR東日本専務)
 近藤(JR本社総務次長)
 及川(JR東日本会長)

越山銀行
 深沢(越山銀行融資部次長)

いなほ銀行
 久保田玲

気象庁
 村上(気象庁技官)
 藪田(気象庁官房参事官)

海老名高校エビコー鉄道研究公団(鉄道研究部)
 長原キラ(鉄研総裁(部長))
 葛城御波(同 副総裁)
 芦塚ツバメ(同 イラスト担当)
 鹿川カオル(同 プログラム担当)
 武者小路誌音(同 模型担当)
 中川華子(同 料理担当)

ほか
 清水(自営業)
 小坂先生

同窓会

 新潟・新発田の料理屋でとある高校の同窓会が開かれていた。
 集まったのは団塊ジュニア世代で人数が多く、みな高校生の頃は過当競争だったセンター試験や大学進学後の就職難に苦しめられたのだが、今となってはそれも思い出の一つとして、お酒や料理と一緒にしてしまえるモノになった。もう見なくなった顔もあり、そのことに心を痛めるのだったが、先生がクラスをよくまとめてくれていたため、クラスのみんなから何か困ってるのかな、助けてやりたいな、などという声が自然に湧く。自己責任という非情がまかり通る中生きてきた世代だが、友情を忘れはしなかったのだ。
「深沢、お前、出世したんだってな。越山銀行の融資部次長だって?」
「うん。でも結局はしがない銀行員だよ。毎日理不尽ばっかりだ」
 深沢は小太りの身体に丸顔で、最近薄毛を気にしているようなさえない男である。しかし学生時代は『ブー沢』と呼ばれ、ヒドイ呼ばれ方だが皆に親しまれていた。やることが丁寧で文化祭などのイベントごとの運営が得意で皆に頼られていた。卒業後は東京の大学に進学、経済学部に所属していた。何があったかは語らないが、やっぱりこの新潟に戻ってきて新潟の地銀である越山銀行に就職していた。金融再編を迫る世の中で越山銀行も合併の噂があるが、今のところ自主独立を保っている。とはいえ現実にはメガバンクの目も手も届かないところでの営業が主力だ。今から他の人生も選びようがないし、進んでいく薄毛がますます気になるが家庭が守れているので不満は特にないはずだった。
 その平凡で愛しいはずの人生が、まさかの大冒険になるとは。
「この前の観光列車運転に係るマネーロンダリング事件、お前が解決したって噂」
「解決、ねえ。僕は濡れ衣を避けただけさ。それでも必死だったけど」
 新発田の駅員が思いついた観光寝台列車『雪水米宗』を実現するために越山銀行に融資を求められたのだが、これがとんでもないことになった。遙か昔、湾岸戦争の時に地域でプールし社債にしていた補助金が高騰し、持て余す裏金となっていた。それをマネーロンダリングするための見せかけの負債としてその観光列車への融資をあて、責任を深沢とその駅員にとらせようとする地方議員がいたのだ。深沢は必死にその構図を調べて反撃したが、その途中で駅員が銃撃される事件まで起きた。丸腰の駅員がどうやって銃撃犯と対峙したか想像も付かなかったが、犯人、駅員に圧倒され入院の後逮捕と聞いた。
「越山銀行のリアル半沢直樹! って言われてるぞ」
「ひでえの。そんなわけないのに」
 ドラマの堺雅人のように、鮮やかに啖呵が切れればどんなに痛快だろう。でも自分にはそんなキレはない。理不尽に合わされてもその場では呆然とするだけで、とてもじゃないが言い返せない。あとで思い出してむかつき吐きそうになるが、その向かう先はいつも自分だ。なぜ言い返せなかったのかとあとでずっと自分をなじってしまう。それからのがれられるようになったのは40代半ばを過ぎてからだと深沢は思う。
「そのうち頭取になっちまうのかな。せっかくだからやってくれよ。『倍返し』って」
「んなわけないさ」
 その時、老齢にもかかわらず、すらりと背筋の伸びた清楚な女性がやってきた。
「小坂先生! ブー沢、多分あの件で同期の出世頭内定ですよね!」
「何酔っ払ってるの清水くん。みっともないわよ」
 たしなめたその女性はかつてのこのクラスの担任教師である。ほっそりとした体型は担任時代から変わらない。
「久しぶりの新潟の酒がやたらうまくて。こういうときでないと新潟に戻れないんですよ」
「清水くんは東京でまだがんばってるのね」
「ええ。小さな会社なんですけどね。人を雇ってる以上、気の休まるときがなかなかない。このご時世、従業員の給与も上げないといけないけどうちみたいな中小企業はその原資がない。あ、そか、深沢に融資してもらおう! その手があった!」
「うひゃあ。それは遠慮させてもらうよ。とても稟議通せる気がしない」
 そう言いながら深沢は酒をなめた。
「これでも10年ちゃんと事故もなく続いてるのに? 新潟の半沢直樹はスケール小さいなあ」
 そう笑いながらマグロのお造りにわさびをのせている清水。
「そう呼んでくれと頼んでないし!」
 深沢の抗議に小坂先生は笑った。
「ほんとうにあなたたち、高校の時から仲良かったものね。変わらなくて羨ましい」
「同級生ってそういうもんじゃないんですか」
「いえ、ね」
 小坂先生は急に寂しそうな顔になった。
「会わないうちに、すっかり変わってしまう人はいる」
「……何かあったんですか」
「米沢にいたころの同級生が、この前同窓会で会ったらすっかり変わっちゃってて」
「どんな人です?」
「村上くん。昔から星と空が大好きで、天文クラブの部長やって、みんなで流星雨の観測とかしてた。今、つくばの気象庁気象研究所の技官」
「へえ。立派じゃないですか」
「でも……なんていうのかな。すごく余裕なさそうで」
「気象庁でどんな研究をなさってるんですか」
「よくわかんなかったわ。量子コンピューターとXバンドレーダーや気象衛星とIoT機器から回収したビッグデータを組み合わせての機械学習と要素極限法による、次世代長期精細気象予報の研究、だったかな」
 よくわかんないという割にはちゃんと覚えているのが先生らしい。深沢は昔からそうだったなと懐かしむが。
「さっぱりわかんない」「まるで呪文だ」
 深沢と清水は顔を見合わせた。
「そうよね……。彼、その同窓会ですごく荒れてたの。なんでかわからないけど」
「なんでしょうね」
「わからないわ。同窓会の終わりに迎えに来た奥さんと息子さんも心配そうだった。だから今、あなたたちが仲良くしてると、すごくホッとする」
「先生ってそういう心配が絶えないんですね」
 深沢はそう納得した。
「卒業してからは心配することしかできない。だから卒業までできるだけのことを教えたいといつも思ってる」
「先生、だから厳しかったんですね」
「愛してるからこそ厳しく教えるの。叱るんじゃなくて」
「結構叱られた気がしますけど」
 清水はペロッと舌を出した。
「俺たちあのころ悪かったもの。世が世なら大炎上案件ってことも、さんざんやらかしてたし」
 小坂先生は少し笑った。
「そうかもしれないわね。あ、深沢くんはいま越山銀行の融資の仕事してるって聞いたわ。そこでおねがいがあるんだけど」
「え、なんでしょう?」
「米坂線を救ってくれない? 私の実家、米坂線沿線なのよ。米坂線はこの前の豪雨ですっかり寸断されて、廃止候補になってる。そのうえで先月のまたの豪雨で再建工事部分も傷んでる。でも、救えないかな」
「そうですね……正直、あの件は厳しいですね」
「米坂線、私が学生だった頃から使ってきてたの。村上くんとも一緒に乗ったわ。最近はマイカー使ってるけど、それでも心がけて米坂線乗ってた」
「そうなんですか。でも今、そういう線路が全国のあちこちにあって、どれも廃止秒読みだっていわれてますからね」
「そうよね。ただでさえ乗客が少ない上に過疎と高齢化と気象災害でどこも大変よね」
「ええ。救いたいのは私もなんですが、しがない銀行員にはどうにも荷が重すぎます」
 深沢はそう答えながら、心の中に裏腹の一つの考えがあった。
 だが、それは言わなかった。ここで言うことじゃない。

新発田駅

「あのー」
 その数日後、新発田駅のみどりの窓口、マルス端末の前に座った駅員井上鳴海の前、カウンターに人が来た。
「どちらまでご乗車ですか」
「いえ、切符じゃなくて」
 彼はカウンターに名刺を置いた。
「越山銀行営業第2グループ次長・深沢直己、さんですか」
「ええ。井上さんと倉島さんですよね。ちょっとお話したいことが」

 駅員詰め所の応接コーナーで話をすることになった。
「米坂線を救いたいと思いまして」
「え、なぜわたしたちに? 新潟支社とか東京本社のほうが決定権あって、もっと適してると思いますが」
「いえ、井上さんと倉島さんのご活躍を聞いて、話をするならお二人に、と」
「僕らそんな力ないですよ。というか名前知られてるんですか、僕ら」
 倉島はそう応える。
「でもアイディアもあるし、事実『雪水米宗』という形で寝台列車を30年ぶりに蘇らせたじゃないですか」
「あれは助けてくれる人がいっぱいいたからですよ。それだけのことです。だから事実、ぼくらは昇進もせずにまたこの新発田駅の駅員やってるし」
「そうなんですか……」
「でも」
 鳴海が気づいた。
「もしかすると……雪水米宗をマネーロンダリングのおとりに使おうとする人々に危うく罠にはめられそうになった銀行融資係、って、もしかすると、あなたですか?」
「ええ。恐縮ですが、そうです」
「やっぱり!」
「あのときは必死でした。危うく民事刑事人事全てで処分されて銀行員人生を完全に失うところでしたから」
「すごい! 本物の半沢直樹だ!」
 またこう言われる。池井戸潤先生の作品は仕事柄ついついよく読んでしまうのだが、最近こういう手合いがやたら多くて正直困ったことも増え始めている。
「あんなかっこよくないですよ。どうやっても私は堺雅人にはなれませんし」
「でも濡れ衣は晴らせたんですよね」
「まあ、ええ」
「やっぱり半沢直樹だ! てことは罠にはめたやつ、土下座させたんですか!」
 鳴海も倉島もすっかりコーフンしている。
「そんなことできませんよ。もしそんなことしたら、それを口実に逆転されかねない」
「あ、てことは国税とかの人ともやりあったんですか? あの歌舞伎役者みたいな顔!」
「黒崎検査官は片岡愛之助さんがやってたからそうなの。はいドラマと現実を混同しない!」
 鳴海が否定し、倉島はそうだよなあ、と腕を組む。
「でも上司さんはきっと香川照之みたいですよね!」
 鳴海の続くその言葉に全員ずっこけた。
「否定した口でそんな事言わないで下さい!」
「似た人はよく見かけますけど、あんなメチャクチャな奥さんのいる人は流石に」
「うっ、いるのか……」
 鳴海と倉島は顔を見合わせた。
「でもこの3人、ということは『雪水米宗』の計画を推し進めた中心人物ですね!」
「そうでしょうね」
「そっかあ……」
 鳴海は考え込んでいる。
「ちょっと思ったんだけど、せっかくだから『雪水米宗』使って米坂線を救うって、できないかな」
 鳴海が言い出した。
「えっ、だって米坂線は今もほぼ全線不通だよ? 路盤も線路も流され、橋も落ちてる。いくらローカル線入線可能のハイブリッド寝台気動車『雪水米宗』でも入線できないよ」
 倉島は声をゆがめて言う。
「違うの。米坂線をただ楽しんでもらうんじゃなくて、米坂線を見てもらって、現代のローカル線問題を考えてもらうの。そのために人を集めて『雪水米宗』に乗せて米坂線の坂町まで運転。そこから先は観光バスをつかって実地見学。さいごに米坂線絡みの関係者を呼んで研究発表。途中の食事も米坂線沿線の飲食施設にお願いして」
 鳴海はそう目を輝かせる。
「なるほど、いわゆるダークツーリズムか。ただの物見遊山に来るんじゃなくて、問題を学び、共有する学習目的というわけだね。今流行りだしてるニューツーリズムだ。でもそんなの、人集まるかなあ」
 倉島は懐疑的だ。
「やってみなきゃわかんないけど、私だったら参加したい! だってそういうこと集中的に学んだり、考えたりする場も機会もほぼないんだもの」
 鳴海はさらにコーフンしている。
「そうか。たしかにそうかも」
 深沢はここに来て良かったと思った。アイディアのある駅員だと思ってたので、その通りアイディアを出したのもうれしいが、こういう才気煥発の人間と一緒にいるのは楽しいものだ。とくに大学時代はそういう仲間がいて楽しかった。深沢はそのころを思い出していた。
「富樫次長に聞いてみよか」
「ええ。『雪水米宗』はそういう企画に使えるのも重要な利点だし!」
 ドヤ顔の鳴海だった。

JR新潟支社

「それがさ」
 数日後、新潟支社・富樫次長が新発田駅の電話に出た。
「思わぬ横やりが入っちゃって。そういうのは政治的中立性が担保されないので行うべきではない、って」
「なんですかそれ」
 聞いている鳴海があきれる。
「まあ、ほっとけば楽に廃線にできるのに無理に蘇らせて余計な仕事増やすな、って本音なんだろうな」
「誰です、そんなこと言ってるの」
 スピーカーフォンで一緒に聞いていた倉島も続く。
「本社総務グループの近藤次長だよ」
「知らない……」
 鳴海と倉島は目を見合わせた。
「そりゃそうだろうよ。うち、新潟支社とは縁も何もない。だから本音のところではスルーしてほしかったんだけど、なぜかおかしい、って言い出して」
「困ったなあ」
「でも近藤さん、なんで縁もないのにそこまで抵抗するんだろう。仕事増やすな、ってのはうちの会社では本音でも言っていいこととは思えない。今時のマスコミに気づかれたら何おおっぴらにサボろうとしてるんだ、で炎上案件ですよ。それにこうやって反対することでそれはそれで面倒くささも出てくる。なんでわざわざ」
 倉島が不審がる。
「そうだよなあ。俺も今の本社のことはよくわからないんだ」
「本社か……じゃあ、相談できるのは」
「また例によって、あの人ですね」

新宿


 倉島と鳴海はいつものVtuberの談話室に集まっていた。
「なんでしょうね。このルームに参加しても、何も言わずにすぐぴゅっと消える人って」
「それは『流れ星』って言うのよ。何かの偶然で入ってきて、びっくりして出てくみたいな。深追いしても仕方ないわ」
 そう言って美少女キャラのアバターになっているのはJR東日本・和田里専務だ。珍しいことだが和田里は作業配信として、作業しながらアバターを使って雑談配信をやるのが趣味だ。
「結局私、『雪水米宗』を形にしたけど出世も降格もしなかった。なんというか」
「会長があの人ですからね。いまさらどうにも」
『ふむり、そうなのか』
 チャットに現れた彼女に、倉島はおや、なんだろう? と思う。
「あ、この子、総裁ちゃん。どっかの高校鉄研の子らしいの。実際どうかわかんないけど、ちょっと見どころがあって」
『恐縮なり』
 総裁は照れている。
「いいんですか、社内のことこんな話して」
「そこは大丈夫よ。私もそれわかっててここにしてるんだから。でも近藤次長の企画列車反対の理由はわかるところはあるわね。存廃が議論されてるところにそんな企画列車走らせるのは利害関係者に誤解を招く。存廃双方から利用される火種にもなりかねない」
「だからといって、このままでいいんですか」
「そういや『攻めの廃線』って言葉はやらせた知事もいますね」
「夕張市ですよねそれ。そしてその夕張線廃止した夕張市長はそのあと北海道知事になってさらに今度の選挙で再選されようとしてる。でも夕張市、ぜんぜん良くなったって話を聞きませんよ」

【夕張市長インタビュー】 危機的状況で見えた地域のつながり。 | MAKOTO WILL|自治体と共に地方から日本をおもしろく

「人口流出、職員流出、とんでもない高額の公共料金。どれも良くなったとは言い難いみたいね。事実廃墟だらけの街になってるし」
「いったいどこが『攻め』だったんでしょうね。結局は言葉遊びじゃないですか」
 鳴海は憤っている。
「しかもそれが北海道全体に広がろうとしてる。JR北海道はJRとしてもう経営が成り立たないとローカル線を全部捨てて北海道新幹線にしがみつこうとしてる、っていうけど、JR北海道はそう言われながら在来線の枕木を木からPC枕木に順次変えたり、収益上げるために伊豆のロイヤルエクスプレスを借りたり、自前の観光列車も地味だけど再建造してる。でも北海道のメディアはそれ全部無視して『JR北海道は経営努力が足りない』って言ってる。でも線路についてそういうこと言ってても道も自治体も何も負担しようとしてないし、それどころか青函トンネルは貨物列車を新幹線並みの速度で走らせればいい、なんて物理法則無視した話までしてる。このままだと北海道は本当に過疎で末端から死んでいくしかないし、そうなったら日本全体もすごく困る。でも北海道庁は鉄道について無策なのを認識してないっぽい」
「たまんないですよね……」
 倉島がふうっと溜息した。
「本当は鉄道は公共の福祉を担う大事なものなのに。鉄道事業法第一条。『この法律は、鉄道事業等の運営を適正かつ合理的なものとすることにより、輸送の安全を確保し、鉄道等の利用者の利益を保護するとともに、鉄道事業等の健全な発達を図り、もつて公共の福祉を増進することを目的とする』でも実際は公共の福祉どころか鉄道事業の健全な発達も利用者の利益保護もできてない。そもそも東日本大震災のとき、物流の迂回路として活躍したのに、その線路を廃線にして剥がす話ばかりしてる。鉄道はインフラとして公共交通システムの中に位置づけて考える必要があるもので、鉄道だけの採算だけ考えてたら地方の鉄道はすべて辞めるしかないのはあたりまえです。都市近郊の鉄道の基準で地方のローカル線を考えるほうが間違ってる。さらに国鉄時代よりJR時代が長くなって、時代のニーズに鉄道制度があってない所も多い。新幹線ができたら並行在来線は辞めるか第3セクターにするってのも、今の時代にそぐわない。新幹線と在来線は同じ基準で考えるほうが間違ってる。それにそのやり方に日本全体の交通システムの観点もない。世界でもこんなに鉄道網が発達してるところは稀なのに、それを捨てようとしてるのはどう考えてもおかしい」
 専務もそう言う。
『でも国は地方創生と言いながら選択と集中の名のもとに地方切り捨てを進めようとしているし、メディアもその実態を報じない。これは地方の人々を棄民してると言っても過言ではなかろう』
 総裁も言う。
「北海道新幹線の話、あれ、工事が進んで時間がなくなるまで粘って、時間切れさせて仕方なく在来線廃止にしようと考えてそう。時間切れなら仕方ないよね、って。そうすれば楽にお荷物減ってよかった良かった、誰も困ってないと」
 専務の言葉に、鳴海がかたかたと震えている。
「冗談じゃない」
 みんな、彼女の小さな声に気づいた。
「冗談じゃない!!
 鳴海が吠えた。
「冗談じゃない。そうやって端から見捨てていったら、国全体がやっていけなくなって全滅する。そもそも、誰かを見捨てて幸せになろうなんて独善を、国の基本方針にして許されるわけがない! その程度の判断しか出来ないなら政治家なんていらない!!
「政治家、ねえ。でもこの国にまともな政治家っていなくなったよね」
「本当は政治家がこういうこと議論してほしいのに」
「交通族、ってのに昔鉄道族があったんだけど、今全く聞かない。道路族はいっぱいいるけど」
「だからどこも立派な道路ばかりでマイカー社会になるんですね。いつまでもマイカーで暮らしていけるわけないのに」
「暮らしていけるうちは、そういう話をしても聞いてもらえない。暮らしていけなくなったら大慌て。何度それをくりかえせばいいのかしら」
 専務もそう息を吐く。
『でも、ワタクシが思うに、この件はそういう構造的問題以前の利害が関わっておるのではと拝察するのだ』
 総裁が言う。
「利害?」
『さふなり。その近藤次長、新潟に縁がないといっていたが、なにかあるのだ。金か女か、あるいはその両方か』
「そんなことあるのかなあ」
「でも、ちょっと気になりますね。調べてみます。鳴海さん、倉島さんも」
 一緒に雑談ルームにいた深沢が提案した。
「え」「えっ」

越山銀行本店

 新潟に古くからある越山銀行本店。幾度かの地震にも空襲にも耐えた重厚な石造りの建物の威容を鳴海と倉島は見上げる。今時の高層建築物ではない独特の迫力である。
 この建物は現役の本店として使われながら新潟県の重要文化財にも指定されている。そして越山銀行は新潟県民なら誰でも知っている金融機関で、堅実な経営で全国有数の優良地銀だ。とくにバブル期にはその堅実さで他行より地味だ、堅すぎる、と揶揄されたが、後にその結果他行の多くが陥ったバブル崩壊後の不良債権地獄から免れ、さらに今、さらに一段格の高い優良地銀と呼ばれるに至る。
「ここから奥にはこれつけてくださいね」
 深沢は二人にゲストパスを渡し、銀行の中に入っていく。警備員が監視している途中のガラスとアクリルとLED照明のセキュリティーゲートは真新しく、周りの建物の石積みと小さな窓の重々しい内装とは大きな違和感がある。
「さすが銀行」
「これは銀行の生命線の一つですからね」
 そのまま深沢は二人を連れて奥に進んでいく。
「なんか迷子になりそうですね」
「金融機関の建物ってそういうもんです」
「重役会議室」
 鳴海は途中で見る部屋の表札を全ていちいち読んでいる。これではまるで子供だ。
「ここが土下座ルームなんですね」
「でも誰もいないね。土下座したりさせられたりも」
「ドラマ半沢直樹は忘れて下さい」
 深沢は苦笑した。
「普通だと、いくら自行の口座情報だからと簡単に閲覧はできないんです。顧客の秘密を守るのも銀行の大事な仕事ですから。ドラマではほいほい閲覧してましたがそうはいかない」
「それでも何かあったんですね」
「ええ。このネットニュースの写真を見て下さい」
 深沢がiPadで見せる。
「これ、JR東(うち)の新幹線の新車発表会ですね」
「ここにいるのが、近藤次長」
「そうですね。写真と一致してる」
「で、この隣の議員バッジ」
「え、誰ですかこれ」
「私も忘れかけてたんです。でもYouTube見てたらこの発表会の動画のロングバージョンが流されてて」
「なるほど、この議員とやたら仲良さそうですね。近藤次長」
「この議員、だれかな、と思ったら、思い出したんです。ちょうど『雪水米宗』計画への融資の濡れ衣事件のとき、一杯一杯になりながら上司起案の稟議に判押した融資先が、この議員でした。この議員、新潟県会議員・小野寺保(おのでら・たもつ)」
「新潟県の議員!」
「でもなんで?」
 二人は目を見合わせる。
「よく調べたら、近藤さん、生まれは新潟だったんです」
「そうか、それで縁が」
「それでもどうかわかりません。私はその時、自分のことでも必死だったけど、当時もう一つ必死な案件があったんです。それが岸本土建っていう土建屋さんへの緊急融資をどうするか」
 深沢は当時のことを思い出しているようだ。それを鳴海と倉島が見つめる。メモも見ずに当時のことを正確に思い出す彼に、二人は優秀な銀行員とはこういうものなのかと思う。
「岸本土建は新潟県北部の有力土建業者ですが、オーナー社長ふくめ中心人物がことごとく高齢で、案の定、社長が脳卒中で倒れて、副社長が代役をしたんですが、その副社長も高齢で危険だった。かといって岸本社長の娘さんは東京で、新潟にいるのは高校生のお孫さんだけ。とてもじゃないけど、会社経営なんて無理。それを知った金融機関が次々と融資を打ち切ったんで、うち(越山銀行)がその危機回避に緊急融資をすべきだった。私は自分の濡れ衣とともにその件でも走り回ってました。岸本土建さん、冬は除雪作業を多く手掛け、また災害復旧でも活躍していたところなので、潰すわけにはいかなかった。でも」
「えっ、まさか」
「その緊急融資、普通であれば普通に通るはずだったんです。でも審査部に、もう一つの融資と一緒なら稟議通す、って言われて」
 倉島も鳴海もそうはいっても銀行の仕組みはよく知らないのでほとんどテレビドラマ「半沢直樹」の知識で話している。それが外れているのは深沢の苦笑でわかるのだが、他に使える知識がないのでそうするしかない。
「もう一つの融資って」
「とあるファッションブランドの会社への融資でした。でも少し見ただけで担保が不足してる感じがぷんぷん漂ってました。それで本来なら実態調査して保有資産価値の確認、経営状態の精査をしてから融資を決めるべきでした。でも」
「それ省いてやっちゃったんですね」
「上司のゴリ押しだったとはいえ、不正は不正ですし、結局、融資をしたのは私です。ゴリ押しされれば通しちゃうなら審査なんて意味がないですから」
 深沢はそう責任を感じている。本当に誠実な人だな、だからこうやって出世したり人望に恵まれるのだな、と倉島は合点する。
「なんてこと……」
「その1ヶ月後、例の台風が来て、復旧作業中の米坂線はさらに痛めつけられました。その復旧作業の受注業者の中に、岸本土建があります」
「じゃあ、間にあったんですね」
「いえ、岸本土建さん、そのときには社長の病状が思わしくなく、すでに会社は清算手続きに入っていました。もっと早く緊急融資できていれば、社長の予後も良かったかもしれないのに」
「じゃあ、米坂線の復旧工事は」
「技術力の高い地元の有力な土建業者の一角を失って進めることとなり、その穴埋めの業者の作業単価は岸本土建より高くついています。工事の遅延は決定的になりました。工期遅延と予算超過でこのままだと米坂線、自治体が再建費用を抱えるにしても額が大きすぎて無理です」
「やっぱり廃線しかないのか……」
 言いたくない言葉であるが、どうやってもこの言葉に戻ってしまう。倉島も鳴海もそれが悔しいがどうにもならない。
「ええ。鉄道としての復旧よりも、跡地を整理してサイクリングロードにするのがやっとでしょう」
「そんな……」
「でも、おかしいんですよね」
 深沢が言う。
「え?」
「岸本土建さんへの緊急融資のとき、同時にやたらと細かい融資案件が普段より多かった気がします。それにファッションブランドへの甘い融資もそのときに。妙だった」
「深沢さんがミスるように無理を押し付けたんでしょうか?」
「当時私個人に向けられた例の件があってやりにくかったんだと思ってたんですが、今思うとすごく妙な気がする。まるで少しでも緊急融資を遅らせるか、断念する方向に向けようとされてたような」
「気のせい、じゃないでしょうね」
「しかもその融資案件の集中、そのあと妙に減るんです。あれ、なんでだろう、ちょっとヒマだな、って思っちゃうぐらいに。昼食に普段行かないような遠目のおいしい店探しちゃおうか、と思うぐらい。あのときは確か新規オープンの海鮮丼の店に行ったのを覚えています」
 そこに鳴海が気づいた。
「もしかすると、ですけど。もしかすると、米坂線の工事を遅らせ、廃線にするために深沢さんが狙われたんじゃないでしょうか」
「えっ」
 深沢は驚いている。
「米坂線の復旧工事を遅らせ、廃線に追い込むことを考えた誰かがいる。その誰かさんは岸本土建を狙い、危機に陥ったところで緊急融資を妨害して廃業に追い込み、工事の遅延を決定的にすることにした。そのために融資案件を輻輳させたり、変なブランドへの融資を押し付けて深沢さんを追い込み、緊急融資を阻止しようとした。でも、何らかの理由で阻止しなくても良くなった」
「何らかの理由、ってなんだろう?」
 倉島が言う。
「それがなんだかわかんないのよね」
「そりゃそうか……」
 再び3人は考え込んだ。
「ちょっと待ってください!」
 鳴海が新聞のバックナンバーを自分のiPadに出した。
「その融資阻止が解かれたのは」
「9月13日ですね」
 深沢が思い出して応える。
「気象庁の1ヶ月予報は毎週木曜に出されるんだそうです。去年2024年の9月の木曜日は5日、12日、19日、26日。で、例の台風が来たのは1014日。その日日本海岸を通った台風による豪雨で米坂線は更に痛めつけられた」
 鳴海が整理する。
「そうだけど」
「でも、12日の気象庁の1カ月予報」
 鳴海が当該の記事を出し、倉島が読む。
「『降水量は平年並みですが台風の発生状況によって降水量は変動する可能性があり、十分注意して下さい』ってある」
「ちゃんと台風の事を予見してたんだろうね。さすが気象庁」
 深沢も感心する。
「でもそうでしょうか。台風に注意はこの季節なら普通だし、降水量が変化するのも、まあそうだろうなあ、としか私には思えない」
 鳴海がそう言う。
「うわっ、防災意識低っ!」
 思わずあきれる深沢と倉島。
「でもこの12日の時点で、あの大型台風が来るのをバッチリ予測できてたら? 岸本土建が持ち直したとしてもあの台風の被害は食い止められない、ってわかったら?」
 鳴海がそう展開する。
「あ」
 深沢が声を漏らす。
「そんな技術あるのかなあ。1ヶ月も前に台風の発生からその被害規模までバッチリ予測する技術なんて」
 倉島が言う。
「たしかに存在しないと思う。1カ月は長すぎるのよね……やっぱりダメか……」
 鳴海の声がだんだんしおれていく。
「いや、ちょっと待って」
 深沢が思い出している。
「新発田でやった小坂先生の同窓会で聞いた気がする」
「小坂先生?」
「私の高校時代の恩師で、その同級生が気象庁の技官で……でもなんだったっけ」
「深沢さん、そういうときはこの本のページを遡るといいんですよ」
 突然鳴海が言ってこの『米坂線ダークツーリズム』を取り出す。
「ええっ? あ、ほんとだ! 全部書いてある! これ、こんな便利なことになってたんですね!」
「うっ、なに激しくメタいことやってるんですか!」
 倉島がまたあきれる。
「小説のキャラやってると日記つけたりしなくて済んでいのはありがたいですよ。でもその分著者の趣味でエロい格好させられたりする弊害もありますが」
 鳴海はそういう。実際やられてすごくメーワクだったらしく、顔がゆがんでいる。
「でもその気象庁の研究中の技術で、あの台風が予測できてたなんて」
「正確には、予測できてたのに隠してたんですね。それで米坂線をさらに痛めつけた。JRが手を打って被害が増えないようにできない間に」
 鳴海がそう言い替える。
「それどころじゃないです。あの台風のお陰で土砂崩れや屋根が飛ばされた家もあるし、収穫前のお米や農産品がだめになった農家もいっぱいいる。これ、事実だとしたらとんでもない重い犯罪ですよ!」
 深沢はエキサイトしてきた。
「そりゃそうだ。でもなんでまた技官さんがそれ隠してたんだろう」
「脅されてたのかな……」
「きっとそうでしょうね。だから村上技官、荒れてたんじゃないんでしょうか」
 深沢は想像する。直接見たわけではないが、あの小坂先生がそう言うって事はよほどだったのだ。
「誰が脅したんだろう」
「……わかんない」
 鳴海はそういう。
「でものんびりしてられないですよ。米坂線廃線の決定までそんな時間があるとは思えない」
 深沢がそう不安がる。
「どうしよう?」
「聞きに行きましょう。話してもらうしかないわよ」
 鳴海はそう即答した。

海老名

 そのころ。
 小田急線海老名駅と厚木駅から同じように離れたところに海老名高校がある。
 神奈川県海老名市は相模国国分寺のあったところで古くから稲作が営まれていたのだが、21世紀に入って突然その田んぼに高層マンションが林立し、相鉄・小田急・JR相模線のあつまる交通の要衝として注目されるようになった。だが高校は近所の農業高校のようにのんびりとした農村のなかにあり、隣の古くからある厚木高校にくらべて歴史も浅い高校であったが、神奈川県の特殊な入試制度のため、厚木高校に入れるほど素行がよくないけれど優秀な子が海老名に入るケースが良くあった。部活はダンス部や部活にしては珍しいライフル射撃部が有名でよく入賞している。この高校からいきものがかりのボーカルの吉岡聖恵が生まれたし、最近では宝塚101期生の雪輝れんやが生まれている。
 そんな高校にいるのがJR東日本専務和田里と親交を深めつつある高校生、総裁と呼ばれる長原キラである。往年のラノベキャラのような中二病にさまざまの悪知恵、奇行で知られる彼女が1年生の時、鉄オタいじめを受ける隣のクラスの2人の女子を救うために暴れ回り、その結果できたのが女子ばかりの海老名高校鉄道研究部、でありながら名前はエビコー鉄道研究公団である。海老名高校の通称がエビコーなのだ。
「うむう。しかしワタクシは先を大きく危ぶんでおるのだ」
 彼女たちが部室に集まり、近所のマイカルで仕入れてきた材料を刻み、部室のストーブに鍋をのせキノコ鍋を作っているなか、総裁が懸念を口にした。
「また懸念でございますか」
 胸の大きな武者小路詩音が、お玉をもちながら眉を寄せて困っている。
「詩音ちゃん、お玉の持ち方からして普通じゃないなー」
「そうよね。お嬢様はお玉の持ち方まで違うのよね。ヒドいっ」
「ひどくはなかろうに」
 総裁があきれる。
「お鍋、お出汁とか入れたら先に鶏肉を入れて火を通すんだよー」
「さすが実家が食堂の華子ちゃん、料理は本当に安心して任せられるわねえ」
「それほどでもー」
「ともあれ、鉄研部員諸君はすでに察していると思う」
「はいせんせー。これ、推理小説なんですか。著者さん推理苦手って言ってたじゃないですか」
「さふなり。しかもここまでですでにその危惧は実際に現実となりつつある」
「そうよね……。だって『雪水米宗』ですらキャラいて、その上にこの米坂線篇でそこで扱わなかった新キャラがでて、さらに私たち鉄研部員が登場するんだもの。普通の人はキャラ多すぎて、全くわけわかんないですよね」
「そうなのだ……わが著者また浅知恵でこんなことを。これでは読者のみなさんが大変なのだ。ええい、許せん! 鉄研制裁であるのだ!」
「鉄の拳ではなく鉄道研究の鉄研で制裁って……。いつものことだけどよくわかんない……」
「それはこのわが鉄研精神注入棒で」
 総裁がそう釘バットを取り出す。
「もー。そんなことしたら暴力沙汰で大問題になるよー」
「ほどほどのバイオレンスは物語の良い薬味になるぞよ」
「それはコンプライアンス的にダメです!」
「でも、私たちだけで6人もいるからなー。強くは言えないよね」
「かといってこれ、多分旅の話にもなるんでしょ? 私たちも旅に出たい!」
「列車旅をしてこその鉄道研究部ですわねえ」
「さふなり。このところ高速夜行バスの旅が多く不満であったのだ」
「とはいえ6人で旅に行くと、合計でキャラ何人になるの? この話」
「えーっと……って、私たちキャラがなんで作品のそういうこと気にしなきゃいけないのよ!」
「あまりにメタ過ぎで読者さんあきれてるよ」
「ホントだ……いつものことでほんとーにすみません!」
「まったく!」
 6人は溜息を吐き、それがコーラスのように聞こえる。
「どうします?」
「どうもこうも、これはそもそもの企画失敗であるのだ。かといって6人のうち何人かに選抜しておくりだすのもナニであるからのう」
「全員で旅に行きたいのは確かに正直なところですわ」
「うぐう。いったいどうすれば良いのだ……」
「あ、そうだ、著者さんに留守番頼みましょうよ! そうすれば人数を減らせる!」
「ええっ。著者さんなしにどうやって小説をすすめるのでしょう」
「そうでした。てへ」
「一瞬、御波さんが著者さんの代わりに書くのかと思いましたわ」
「それはそれで読んでみたい気も。御波ちゃん文才あるし」
「そんなわけないでしょ。ひどいなあ」
 御波が否定するが、総裁はその間、少し考えていたようだ。
「うむ、ワタクシが考えるに、そもそもこの作品はどう考えても失敗作であるのだ。キャラ多過ぎ、台詞多過ぎ。これでは先に希望はゼロである。そもそも我々『鉄研でいず!』はシリーズとしてもろくに売れておらぬ。つまり我らがいくら楽しくても、作品として全く見るに値しないのだ」
「ええっ、こんなにシリーズも重ねて良い感想ももらって喜んでたじゃないですか!」
「あれも読んでくれと頼んでようやく読んでくれたにすぎぬ。その時点でキャッチーさはなにもない。それよりよそには我らより後に他の著者の鉄研の話はいくつも出て、そちらの方が評価数がずっと多い。それが現実である。我らは自身でこれはあきらかな失敗作であると認めざるを得ない。それにそもそも我が著者に成功作などあるのか。商業でもパワハラを受けたとは言え、続けられなかった。それ以降同人や自主出版でも鳴かず飛ばず。要するに我が著者に面白いものなど一つも書けはしないのだ。ゆえ、これ以上やったところでろくな事はない。すみやかに廃業すべきなのだ。世の中にはもっと読むべき作品がいくらでもある。その末尾につまらぬものを書いて汚してどうなるのだ」
「ええっ、自己否定が過ぎますよ!」
「だが薄々感じておったことが現実になったに過ぎぬ。我が著者ももう49歳。今年夏には50歳になる。芸歴も25年。それでこれならもうなんの将来性も希望もない。ゆえ」
 鉄研の全員が総裁の口に注目した。
「本作品は無料公開作品としようと思う。さまざまな欠陥を抱えて読むに値しないのだからお金など取ることは出来ぬのだ。まさかこれでカウンタが回ることもなかろう。元々読むに値しないのだから。そして今後我らも我が著者も作品をしばらく止めようと思う。どの程度止めるかはわからぬ。文字通りの廃業が相当であろうとも思う」
「そんな……」
「結局自分が書いて気持ちいいだけの作品という評価なのだから、仕方がなかろう。書いて込めた思いは全く届かず逆にそう読まれたのだからどうにもならぬ。そもそも依頼しても最後までちゃんと読んでもらえなかったのだ。それがなによりもの証左であろう。心からの贈り物として頑張ったのに、これでは根本が間違っておるのだ。ゆえ、これにて解散である」
「ひいい、まだ話の先があるのに!」
「そんなもの、読むに値しないのだ。どんなにやっても」
 総裁はそういうものの、やはりつらそうだ。
「ワタクシのやってきたことに何の意味もなかったのだ。これは哀れんでもらおうと言っておるのではない。ワタクシのこの愚かさに、ワタクシ自身であきれておるのだ」
「でもここからあと、いろんなシーンがまだまだこんなにありますよ」
「失敗作であるから、いくらあっても意味がない。読者諸賢はもう読まずにここで離脱でかまわぬ。むなしいがそれがワタクシであるのだ。よくわかった。決して評価にふてくされて申しておるのではない。限界なのを自覚したにすぎぬ。すでにここで大失敗なのだ」
 総裁はそう言ったが、なおも続けた。
「だが、この話の主題は、小説として大失敗であっても、やめるわけには行かぬのだ」
「どういうことですか」
「ただの面白い面白くないの話ではナイのだ。詳しく話す時間が惜しいので続ける。この話はもはや我が国の交通行政についてのワタクシの偽りない強い思いがこもっておるのだ。それに興味がないなら今すぐ離脱してかまわぬ。だが、そういう次元を超えて、この話はワタクシは続けねばならぬ。キャラが多いなら整理するキャスト表をつける。そして我が『鉄研でいず!』のガイドブックも添付しよう。無理な話かもしれないが、そもそもこの話はそれを承知でワタクシがせねばならぬ話なのだ」

つくば


「今はつくばエクスプレスもあって、そんな不便でもないわね」
 鳴海が助手席でケータイをいじっている。
「そうだけどさ、僕らの駅員仕事、代わり大丈夫なの?」
 倉島は気にしていた。
「富樫さんが全部あとはフォローするから行ってこい、って。TX(つくばエクスプレス)のつくば駅からバス8分徒歩5分。まあそんなもんかな」
「レンタカー借りたけど」
 二人はレンタカーで借りたコンパクトカーに乗っている。運転は倉島、助手席に鳴海である。車は筑波研究学園都市の整備された広い道を、普通に走っている。倉島は運転がそれほど下手な方ではないと思うのだが、慣れないレンタカーのハンドルとカーナビに戸惑いを感じてしまう。どうも感覚的に上手く行かない。正直こういう運転は怖い。まして他人を乗せてこれは凄くイヤだ。鉄道員になってもこういうプレッシャーがいやなので、それで乗務員試験、車掌や運転士への登用試験をスルーしている倉島なのだった。
「駅前のレンタカー屋さんから10分。まあ今後の展開考えるとレンタカーだね」
「車だと暑さ寒さも不意の雨もしのげるし」
「そりゃマイカー族が流行るわけだ。公共交通じゃこういうの無理だもんね」
 つくばの町中を流していく。
「周りはいろんな政府系の研究所だらけ」
 研究所の看板に大きな植え込み。目立たぬように守衛室とゲート。建物はその奥にあるようで直接は見えない。やはり開発という機密を扱う施設のせいか、ガードが高いように見える。
 途中、何台もの警察の機動隊のバスとすれ違う。その物々しさに思わず声が漏れる。
「なんだろう?」
「わからん……いや、これかな?」
 鳴海がケータイのウェブニュースで何かを見つけた。
「筑波大が今、研究でもめてるみたい」
「なんでまた」
「筑波大が防衛関係の研究公募に参加するってのに反対運動が起きてて、それに賛成の人たちも集まって衝突してるみたい。もともと日本の大学は防衛関係の研究についてものすごく拒否してたから」
「……よくわかんないなあ」
「だって宇宙開発も民間民生衛星と防衛用の衛星は長い間わかれてたし、わけるべきだ、ってされてた」
「え、だって打ち上げるロケットは同じロケットでしょ? どうやって分けるの?」
「分けようがないと思うけど、彼らはそう考えなかったみたい。それに宇宙研究も防衛予算から補助うけるって言うと『悪魔に心を売るのか!』って」
「防衛関係の人を悪魔呼ばわりか。じゃあそれと競り合って侵略したりミサイル撃ち込んでる隣の国はどうなるの? そっちがずっと悪魔じゃない?」
「それでも彼らは二重投資になっても良いから民生と防衛は分けろ! って」
「そんなに日本豊かだったのかなあ」
「豊かじゃないわ。海外、アメリカなんかはDARPA、国防高等研究計画局が支援することが将来有望な研究の条件みたいになってるぐらいだもの。AI、脳、自動運転、ドローン、航空機の先進的な分野の研究はどれもDARPAの支援受けてるものばかり」
「それ、そのどれもが今の日本が立ち後れている分野だよね……」
「確かに戦前の学術研究の軍事協力が良かったとはいえないけど、でもそれは負けたからもうやりたくない、ってだけなんじゃないのかな。日本がウクライナみたいに隣国に『豊かだから許せない』って侵略されるかもしれないのにそれやってるってのはどうなんかなあ」
 倉島はちょっと黙った。
「いや、そういうときだからこそ、そういう意見で騒いでるんじゃないかな」
 それで鳴海も考えた。
「そうか……そういうときだものね」
 倉島はふうと溜息をついた。
「あなた、鈍いんだか鋭いんだか、未だによくわかんないのよね」
 鳴海もそういって溜息になった。
「というか、やってるこれ、まるで刑事だよね」
 倉島がそうまた話す。
「あるいは探偵か。刑事ってもともと公設探偵って呼ばれてたらしいのね」
 鳴海はやたら楽しそうだ。
「でもこれだと相手の村上技官も研究所への通勤はマイカーだよね」
「だからこのレンタカーで追跡していくんじゃない。正門のはるか内側に駐車場がある。そこから出たマイカーを追いかけて、家の前で降りたところを捕まえる」
 鳴海がそう計画を話す。
「鳴海さん、捕まえるって言うとき、妙にウキウキしてるの、やめませんか……」
「だって、面白いじゃない! 映画とかドラマみたいで!」
 鳴海はそう力を込める。
「そうなんかなあ。あ、出てきた」
 研究所から出てきた車に、取り寄せた顔写真の彼が乗っていた。
「追跡しましょう!」
 車で追いかける。
「小坂先生か経由で知った住所、この先ですね。うっ、技官さんなんでここで曲がるの」
 予想外のところで彼は車で曲がった。
「本屋さんによるみたいだね」
 郊外の駐車場の広いロードサイドチェーン書店に彼は車を止めた。すこし遅れて二人も車を止める。だが駐車場には遮るものがなく、他に隠れられる場所がない! 
「こっち見られちゃう! こういうときは!」
 クルマの中で突然、鳴海が倉島の手を握り、彼の方へその身体をしなだれさせた。
「えっ、鳴海さん?!
 慌てる倉島。
「こういうとき、追跡してるのをごまかすには、恋人を装うのが一番なのよ」
「装うって」
 倉島は戸惑っている。
「でも交尾はしないわよ」
「当たり前です! っていうかこんな時に何言ってるんですか!」
 しかし鳴海はなんとも思っていないようだ。
「相手がまたクルマの運転始めたら言ってね」
 しかし深くしなだれた鳴海の胸が倉島の腕に当たっている。ひいいい。
「時々首を振って。何か恋人同士が話してるように」
「どこでそんなの覚えたんですか」
 倉島はさらに呆れる。
「伊丹十三『マルサの女』。文句なしの往年の名画」
「そんなの良く見てましたね」
「あのころ、自分の部屋で映画見るときだけが心穏やかだった」
「え?」
 倉島は鳴海の様子が普段と全く違うことに気付いた。
「父も母も、祖父もお手伝いさんたちもみんな厳しかった」
 鳴海はこんな時に告白を始めたのだ。
「ほんとは優しく抱き留めて欲しかった。でも父は娘でなく息子が欲しかったんだろうし」
 えっ。
「かといってこの歳で今さら親ガチャの話をしても仕方ない。そんなのわかってる。でも…ほんとは」
 倉島は考えていた。
 そして、突然鳴海をぎゅっと抱き留めた。鳴海はハッとしているが、倉島は覚悟を決めていた。
 鳴海の鍛えられた身体は、抱き留めてみると思いのほか軽く柔らかく、そして想像外に華奢だった。
 この身体だけで暴漢の拳銃や太刀に立ち向かったのか……。なんてすごい勇気だったんだろう。
 いや、違う。
 鳴海は自分の身体を粗末にしているのだ。
 愛されない自分の身体を忌むべきもののように、鋭い刃や残忍な銃弾の使い手に向けて、振り回してぶつけていただけだったのだ。
 そんなの、あんまりにも……! 
 倉島はそのまま、見えないなにかに誘導されるように口づけをした。
 唇を奪われ、目を見開いた鳴海は、直後普段見せない、優しい垂れた瞳になった。

「こういうとき、歯はちゃんと口の裏に隠すの。でないとガチガチ当たっちゃうから」
 鳴海がそっとささやく。
「え、鳴海さん、こういうこと」
「ええ。あなたとは違って、経験済み」
「そう、なんすか……」
 そうなんだ、鳴海さん……。でも、誰とだろう? 
「相手のクルマは?」
 鳴海はもう切り替えている。
「あ、今出るとこです!」
「追い掛けましょう!」
「はい!」
 倉島がクルマをスタートさせて追っていく。
 二人は暫く無言だったが、鳴海が先に口を開いた。
「久しぶりだったけど、良いものね」
 鳴海はそう、呟く。
「良いもの、って」
「でも交尾は別よ」
「何また言ってるんですか!」
 倉島はまたあきれた。
「あ、あそこが相手の家ね。このクルマで退路をブロックしながら、降りて一気に制圧しましょう」
「制圧って……」
 彼がクルマを降りて、鍵をかけて家に入ろうとする。家はこの筑波、茨城でよく見る戸建てで、子供の自転車が玄関にとめられている。まわりも国道沿いの住宅地らしく、近くにコンビニやファミレス、さまざまなロードサイドチェーン店がある。いかにも令和の地方の風景である。

「村上技官、ですね」
 鳴海の声にドアの鍵を開けようとしていた彼の表情が変わった。
「私たち、警察じゃないから安心してください」
 倉島も続ける。
「なんでしょう?」
 彼は立て直して聞いてきた。
「あなた、研究でこの前の台風の被害領域、知ったけど隠しましたね」
「なにを……」
 そういきなり話をぶつける鳴海に倉島は少し驚いたが、こんなの長くやっても仕方がないのも道理である。
「だから同窓会で荒れたんですね。天気、空、星、宇宙が小さな頃から大好きなのに、あのことのせいでそれをこれから自由に研究していけなくなった」
「何のこと?」
「誰に強要されたんですか」
「強要? 何のこと? さっぱりわからん」
 だが、村上技官の表情を見ていると、あきらかに隠し事をして動揺しているように見えた。
「シラを切ってもダメです。いずれ警察も来ます。というか私たち、通報しますよ。あなたの予想で救われたはずの家族も生活もいっぱいあったのに、その故意の隠蔽で助からなかった」
「知らん。なんの話だ」
 彼は苛立っている。
「私たちに嘘ついてても、ご自分には嘘はつけない。いくら酒でごまかそうとしても、あなたはあなたを失望させるのに耐えられない」
「よくわかんないな。……もう良いかな」
 彼はそう切り上げようとする。
「ええ」
 予想外にそれを認める声に、えっ、それでいいの? と倉島は鳴海の顔を見た。
 その直後、小さな子供用の玩具のドローンが飛んできた。
「おとうさん、お帰りー」
 子供がドローンを操縦しながら歩いてきた。
「ただいま」
 彼は複雑な表情を隠した笑顔で、子供を抱き上げた。ドローンはそのまま自律飛行で飛んでいる。
 鳴海たちは黙った。
「おとうさん、明日の天気は晴れですか」
 その子の声に彼は辛そうな顔になった。子供の割に丁寧で綺麗な声は、本当に聡明な子なんだなと思わされる。きっと村上の育て方もしっかりしているのだろう。それなのに聞いた話ではこの子は難病を抱えているという。だからこそこの子の聡明さがつらい。どう考えても不条理だが、この世で生きるという事はその連続なのだ。そう知っていても辛いものは辛い。
「おとうさんの天気予報、聴きたいー」
 村上は優しく頷いた。
「明日は、晴れだよ。昨日からの冬型の配置が続いている。北北東の風、降水確率0%。冬の乾いた空気なので火の元に注意だ」
「ありがとう、おとうさん」
 その時、彼はもうボロボロに泣いていた。
「ああ、ありがとう」
 子供の背に手をやって家の玄関に入れると、彼は後ろ手に扉を閉めて、待っている鳴海のもとへ歩いてきた。
「……場所を変えて話そう」
「承知しました。クルマは我々ので良いですね」
 彼は、ここまでの苦しみが一気に決壊したように泣きながら頷いた。

「いつかこのときが来ると覚悟してたが」
 二人は聞く。
「息子の治療費がとんでもなくかかってしまっていて」
「保険や高額医療助成は」
「まだ効かないんだ。だから借金するしかなかった」
「でも貸してくれるところはあるはずですよ。気象庁の現役技官なら、貸す側も安心じゃないですか。収入も公務員で安定してるし」
「でも医療費は増え続けて、だんだん利息払いだけでも苦しくなった。もうこの腎臓を売ろうかと思った。息子のあの瞳を裏切ることは、私には出来ない」
「それで腎臓の代わりに研究成果を」
「借金とは恐ろしいもので、そのプレッシャーは人から当たり前の判断力を奪ってしまう。知識では知ってたけど、自分がそうなると逃れられない。それで恐ろしいことをしてしまった。本来なら研究途中であっても重大な災害を察知したら、上長に報告するルールになってる。だが、それをちょっと待ってくれないかな、と。ちょっと遅れるぐらいなら過失ですむ、悪いようにはしない、と」
「誰に言われたんですか」
「それは……」
 彼は口ごもった。
「同じ気象庁の人間ですか」
「いや、本省の」
「国土交通省!?
「誰です」
 なおも鳴海は詰める。
「それは……」
「『気象業務法第11条、気象庁は、気象、地象、地動、地球磁気、地球電気及び水象の観測の成果並びに気象、地象及び水象に関する情報を直ちに発表することが公衆の利便を増進すると認めるときは、放送機関、新聞社、通信社その他の報道機関の協力を求めて、直ちにこれを発表し、公衆に周知させるように努めなければならない』これに違反しちゃったんですね。なかなか例がなくて罰則も決まってないけど、これ、おおっぴらになれば民事でとんでもない賠償を求められる可能性もある。まさかこんなことするなんて思わないから、今後罰則が付くかもしれない。それだけ国民の気象庁への大きな信頼を傷つけてしまった。もう後戻りは出来ません。あとはあなた一人が罰せられるか。そうしたら息子さんは守れない。あなたはその理不尽を押しつけた人を守るんですか? それとも息子さんを守るんですか?」
 鳴海はそう明晰に詰める。
「でも、これを明らかにしたら、その後が」
「いいえ、今後を考えるべきことは息子さんのことだけです。そんな本省の奴はあなたに守られても、なんとも思いませんよ」
「それにあなたはおびえているけど、本来のあなたの力はこんなところで終わるべきではない。あなたの研究は実績を上げている。どっちが大事かは自明です」
「守れる、でしょうか」
 彼は弱々しく聴いた。
「ええ。私たちは全力で守る」
 鳴海は自分の胸に手をやってそう言い切る。
「……大臣官房の、藪田参事官……」
 苦しげに言う彼に鳴海はうなずいた。
「ありがとうございます! 倉島くん、和田里常務に連絡!」
「やってます!」
 鳴海は息を吐いた。
「ご不安でしょう。でも、私たちはあなたと息子さんをなんとしても守ります。勇気を出してくださり、ありがとうございます」
「いえ……ありがとうはこっちだ」
 村上技官は震えながら微笑んだ。
「この秘密を抱えて以来、心が安まるときがずっとなかった。不安とおびえだけが日々どんどんふくらんで、耐えられずに夜中に跳ね起きることが何度もあった。でも、もうそんな気持ちはなくなりました。隠し事がないって、こんなに気が楽で快いものだったんですね」
「ええ。嘘は嘘を増やすばかりで良い事なんてないんです。そしてその嘘は組織も人も腐らせる。優しい嘘なんてくそくらえです」

 鳴海と倉島はレンタカーを返しにつくばエクスプレス(TX)つくば駅に向かっていた。
「常務が調べてくれました。藪田参事官は熊本出身なんだそうです」
「新潟じゃなかったの……。まだつながらないわね」
「でも他に何かあるかもしれないから調べてるって」
「国土交通省として、米坂線を潰したいんじゃないかな」
「まさか。『ガルパン』の大洗女子学園をやたら目の敵にして潰そうとする文科省みたいで、ものすごく変な話よ。他に潰すべき相手はいっぱいいるのに、なんで? って」
「そりゃそうだけど」
「それに国の地方切り捨て、団塊ジュニア氷河期世代切り捨ては既定路線過ぎちゃってどうにもならないし。みんなそう思っちゃてるからもう手がつけられない」
「『最大限の注意力を持って注視』で見殺しにするんだもんなあ」
「その上で増税どんどんして経済痩せ細らせてさらに増税するんだもの。日本政府、日本人をどこまでいじめられるかで遊んでるような気がする。富国強兵って明治の人が言ってたイミすら忘れてる。貧乏な国に強い兵隊が生まれるわけないのに、国を更に貧乏にさせることばっかりしてる」
「なんでだろうなあ。政府首脳って僕らよりずっと勉強も出来て頭も良いはずなのに」
「なぞね、それも。未来の歴史学者も理解できないでしょうね」
「ここで整理しようか。気象庁村上さんを脅していた国交省藪田参事官。人事担当だからそれで圧力かけたんだろうね」
「でもそれだけで、ここまでさせちゃう圧力にはならないでしょ」
「それと小野寺議員、近藤次長」
「この二人は新潟の縁があるわね」
「でも、この新潟グループと国交省・気象庁グループをつなぐ何かが足りない」
 二人ともまた息を吐いた。
「だれかがつないでるんだろうけど」
「さらに半沢、じゃなくて深沢さんに圧力かけた人物」
「上司さんって言ってたけど」
「でも深沢さんの直接の上司、営業グループ長じゃないだろうなあ。露骨すぎてすぐバレちゃうし」
「例によって人事関係の重役さんかな。ドラマみたいだけど」
「人事って今時どこの会社もネックなんだよね。ひどいもんだ」
 そう話しているうちに、二人はレンタカーを返却して、つくばエクスプレスに乗った。
「和田里常務からは?」
「今いろんなツテで人捜ししてるって。最後のピースをさがしてるけど、なかなかみつからない」
「米坂線の廃止まで時間ないのに」
 倉島がそう言う。
「え、もういつ廃止って決まっちゃったの?」
 鳴海が驚く。
「いや。でも、そろそろ決まるだろうな、って」
「……倉島くん、そういう勘は鋭いわね。和田里常務から、米坂線存続協議会の設置が内定したって内々の話がきたわ。設置後3年で結論を出すらしいわ」
 鳴海が和田里からのケータイを読む。
「あと3年か……。あっという間だね」
「死刑宣告みたいだけど、結局存続協議って言いながらほとんどが廃止ありきの議論だもん」
「あとはBRTかサイクリングロードか。それじゃ便利でも何でもなくて衰退をさらに加速するだけだ」
「加速したいんでしょうね。流行の見殺し切り捨て自己責任」
 つくばエクスプレスは夕方の薄闇の中をトップスピードで走り続けている。
「ひでえよなあ。で、今日、どこ泊まるんだっけ」
「あ、出張費の申請忘れてた! それに予約してない! この時間で宿探しはかなりきつい!」
 鳴海は慌てている。しっかりしてるんだか抜けてるんだか、わからん人だ、と倉島は思う。
「ええっ、じゃあ、僕らこの歳で野宿!?
「ちょっと待って。……和田里専務からLINE来てた。『泊まるとこないなら、うち来る?』だって」
「えええっ!!

六本木ヒルズ

「おじゃましますー」
 厳重なセキュリティシステムに守られた、威容を誇る高層複合施設・六本木ヒルズの居住棟の中程に、和田里専務の住む部屋があるのだった。最新ではなくなったとはいえ、高度自家発電システムなどの装備を充実させていて、まだまだ高級マンションであることは変わらない。
「いらっしゃい」
 迎えた和田里専務はだるんとした部屋着だった。いつものキャリアスタイルとの落差が凄い、と倉島は思ってしまった。
「おうちではすごくカジュアルなんですね」
 鳴海も思わず言う。
「ここで飾っても仕方ないもの」
 専務はそういうと、紙に包まれた一升瓶のお酒を取り出した。
「あ、雪水米宗!」
「買ってあるわよ。おつまみもあるから、一緒に飲みましょう」
「いいですね!!

「ここが専務の書斎なんですね」
「そう。いつもここで作業しながら配信してる。一人でやってると仕事の多さにメゲそうになるから」
 書斎には書類が山盛りに本棚にも本がぎゅうぎゅう。こんなエライ人なのに片付けが苦手なのかな、と倉島は思った。
「ご家族は?」
「昔いたけど、別れちゃった。私、家庭向きじゃないみたいで。息子も元夫の実家が面倒見てる」
「そうなんですか」
「でも、そういう女だって、いていいんだと思う。みんながみんな結婚して子供持たなきゃ行けない社会って、それはそれで気持ち悪いもの。せっかく自由な国なのに」
「今の日本、それ忘れ気味ですけどね」
「そうね。少子高齢化で女は産む装置って言っちゃう政治家もいるものね。失言だったっていうけど、アレ絶対内心、なんで怒られてるかわかってないわね」
「それはそうと、さっき話してたんです。この米坂線がらみの件がこういう事態になった理由と、それを作った人間と、そのなかで素性がわかってない誰かの存在を」
 和田里専務は二人の説明をじっと聞いていた。ときおり相づちをうつが、基本しっかり聞いているし、その様子で話す者を安心させようともしているのを倉島は察した。なるほど、こういう階層で成功する人は、やはりすごく聞き上手なんだな、と感心した。
「なるほどね」
 専務は最後の言葉を聞いた後、その怜悧な目を輝かせた。
「ほかにもいろいろ私も調べたけど、このままだと米坂線は廃線という実質結論ありきの協議会にやられてしまう。協議会前にその誰かさんを見つける必要があるわね」
「できますか?」
「ええ。見つけられなければ、あぶり出せば良いのよ」
「あぶり出す?」
「ええ。こっちもやりかえすのよ」

 その日は専務の家で、専務と鳴海はダブルベッド、倉島はソファで眠った。
 実は倉島は昼間の鳴海の垂れた優しい目で、言葉にはしなかったがすっかり興奮していた。鳴海の「交尾はしないわよ」の言葉が引っかかって、欲情しているのか哀れんでいるのか、自分でもさっぱりわからない状態で、それなのに自分の身体は鳴海の立派な胸と長く鍛えられた足が忘れられないのだった。
 ふだんマルス端末のタッチパネルのベゼルをトントンとたたきながら、目にもとまらぬ発券操作をする有能そうな鳴海。
 いくつものとんでもない事件で活躍した、謎の格闘術の使い手の勇ましい鳴海。
 でもそれがあんな繊細ではかなく、それなのにナンダあの下品は。やたら交尾交尾言って。
 倉島はだんだんなぜか腹が立ってきた。
「でも交尾はしないわ」じゃねーよ、くそ! 腹が立ちながら身体の一部が膨らんでしまっていた。
 くっそ、くっそ。けしからん! 今日という今日は成敗してやる! 親ガチャだかなんだか知らんけど、そんなものに縛られてるなんてもう放っておけない! そのとき縛られているという言葉で鳴海が縛られてる姿が脳裏にちらついてさらにド変態な情欲がわいてしまった。もう止められない。
「鳴海さん!」
 倉島はそう言って和田里理専務と鳴海の眠っているベッドルームの扉を開けた。
 すると、鳴海がベッドで身体を折って眠っていた。
 あれ、和田里専務は? 
「こっち。『姫』はすっかりおやすみになられたわ」
 専務は隣の書斎でなにか作業している。
「『王子様』は姫にお目覚めのキスを捧げに来たの?」
 うっ。というか『もうキスなんかじゃ全然収まらなくて、組み伏せちゃおうかってぐらいの勢いでした!』なんて正直をいえたらと思ったが、倉島にそんな勇気は当然なかった。
「私の夫もそうだったわ」
 専務が声だけこっちに聞こえさせてPCに向かっていて、キーボードのタッチ音が休まず流れている。
「鳴海さんも私と同じで、いろいろはぐらかしながら、実はあなたを待ってるんでしょうね」
 えっ。
「そういう気持ちになるのはわかるわ。それが実は生命としてとても正しいってことも」
 専務はため息をついた。
「もう一気に押し倒して組み伏せて交尾してしまいたい。そうすればその契りできっと彼女は彼女を縛る親や家のことを忘れられ、二人で心の平和を取り戻し、穏やかに幸せに暮らせる……そうでしょ?」
 倉島は答えられなかった。
「そのためにあなたには男根があるわけだし、男としての腕力もある。格闘得意な鳴海さんが本気で抵抗すれば、あなたは返り討ちで大けがの大惨事になる? でも彼女はそんなことはしない。むしろあなたの遅すぎる決心をまもるため、身体を開き、抱きしめるでしょうね」
 専務……! 
「それがいろいろあっても健康な男女というもの。私も年取っちゃったわね。扉閉めて私はここで黙ってる。あとは若いお二人で」
「専務」
 倉島は言った。
「怖いんです。嫌われるのが。鳴海さんに嫌われたくなくて」
「なるほどね」
 専務のキーボードの音が止まった。
「あなたを鳴海が嫌うと思う?」
「わかりません」
 専務は笑った。
「あなた、ほんと正直ね。今時珍しいほど」
「笑わないでください」
「こりゃ失敬」
 専務は書斎から顔をのぞかせた。
「でも、あなたのそういうところ、鳴海も好きなんだと思う。だって聞いてると、あなたを嫌うチャンスはいくつもあったのにそうしてないんだもの」
「そうでしょうか」
「そうよ」
「こんな僕でも?」
「鳴海は聡明よ。そして二人の幸せは片方に与えてもらうのではなく、二人で一緒に築き上げるものだってことは、きっと理解してるわ。というより倉島君、案外古風なのね。今は男がリードしなきゃいけないなんて時代ではないのに」
「そんな」
「そうよ。じゃあ、少年よ、グッドラック。おやすみ~」
 そう言うと専務はダブルベッドの鳴海とそれを見つめる倉島をそのままにして、リビングのソファベッドに向かって行き、後ろ手で二人のベッドルームの戸を閉めてしまった。

 レースカーテンの隙間からの月明かりに浮かぶ、鳴海の身体。それを描く曲線はまさに流麗で、肌はまるで象牙で出来た彫刻のように滑らかで美しく、扇情的だった。
 躊躇ったが、もう辛抱できずに意を決してその手を握る。素晴らしく細く、つるりとした手指。それに触るだけでも興奮するのに、いつの間にかその指を絡ませる。あの普段の強気な顔の、ピッと引いたような目尻の目がこっちを薄目で捕らえた。そしてまたそれが垂れ、幸せそうな甘い表情になる。
 だが彼女は夢のなかにいるように、まだ目は薄目のままだ。その顔に顔を近づける。整った彼女の顔。そして瞳がついにひらかれる。まるで宇宙が一つ、中に広がって浮かんでいるような深い瞳。その瞳と瞳が近づき、そして再び唇を合わせる、というか、合わせた。彼女が頷きながら寝間着の胸に手をやり、はだけさせる。美しく張った二つの胸の膨らみがこぼれ出る。そしていつのまにかブラを外していたらしく、その頂点がツンと膨らんでいる。
 倉島はそれに手をやろうとした。すると鳴海はなんと倉島の足に足をからませてきた。鳴海さん……?! 
 突然鳴海がガバッと身体を入れ換えて倉島の上になった。
 そして胸を突き出した姿勢で不敵に見下ろしている。
 えええっ!!
 その笑みを含んだ鳴海の唇が、ゆっくりと動く。
 その言葉は、

「ばーか♡」

 ええっ! と思うと、倉島は激痛で跳ね起きた。
 そして自分がソファで眠っていたことに気づいた。

 夢だったの? なんだそりゃ。
 激痛はソファから落ちたせいだったのだ。
 痛みと夢のショックでぼんやりしていると、隣のベッドルームから専務と鳴海が起きてきた。
 何事もなかったようだ。

 倉島は夢だったことに、残念だけど、同時にホッとした気持ちになって、思わず息を吐いた。
 でも、自分のパンツが後ろ前逆なことに気づいて、再びえええっ、と倉島は驚愕した。これ、マジか……? 

 朝の支度は専務のストックしていたビジネスホテルのアメニティを借りて済ませた。
 鳴海と倉島は、並んで洗面所で歯を磨いた。夢のせいでどうも不思議な気分だった。それに鳴海が気づいて変な顔になったが、倉島はどう言っていいかもわからなかったので苦笑してごまかすしかなかった。
 でもなんでパンツ逆なんだ? なんで? わからん……。

JR東日本本社


「重役会議か。うちも倍返しとか土下座とかやるのかな」
「まさか」
 大会議室。下座の末に倉島と鳴海が座っている。そしてずっと上座に和田里常務。新潟支社次長・富樫もならんでいる。
「会長がいらっしゃいます」
 声がかかり、現れたJR東日本及川会長に一同深々と礼をする。及川はかつてさまざまな技術革新をもたらした技術畑出身の経営者である。
「鉄道の神様、というよりお殿様ね」
 鳴海が言い、倉島が声が大きいよ、とたしなめる。
「では時間になりましたので、定例会議を始めます」
 議事が進んでいく。初めて見る本社の会議に鳴海も倉島も、興味深く観察している。でもガッカリの点も多い。それはこの会議が実質的な議論を済ませたあとのセレモニー色が強いこともあるだろう。こういう大組織にはそういうものも必要かも知れないが、いかにもの大企業病だなとも思う。だから分社化して小回り効くように組織改編したのに、この前の組織改編でまた統合してしまったのだ。どういう経緯なのかよくわからないのだが。
「では次の議題、新潟支社起案の米坂線ニューツーリズム企画についてであります。これは往路上野発坂町着、復路坂町発上野着の臨時列車とともに現地米坂線では地域と一体化した新しい旅行の形を提案する、ものとのことです」
 司会役の副社長が読み上げる。
「では詳細については新潟支社・富樫次長から説明します」
 呼ばれた富樫は息を吐いた。
「富樫です。この米坂線ニューツーリズム企画についてご説明します。米坂線は現在ご周知の通り、3度の台風被害で壊滅的な状況にあり、存続が危ぶまれている地方交通線です。通常であればここを目的地とする企画列車などありえませんが、昨今海外ではこういう社会問題をとりあげ、それを従来型の物見遊山に飲食消費だけの『モノ消費』から体験型の『コト消費』へ進化させる一環として提供するニューツーリズムが勃興しつつあります。それらはこれまでのただのモノ消費に飽き足らない層をつかみつつあるようです。また我が国でも廃墟観光を推進するNPOが各地の産業文化財、廃墟化した往年の産業施設を巡るツアーを実施して注目を浴びております」
 プレゼンのスライドが変わる。
「当支社ではそのNPOと協力して、米坂線の存続問題を広く深い見地から学び、議論することを社会的にも有意義かつ知的好奇心を大きく刺激するツアーとして提案するものです。幸い当支社ではその輸送にちょうど良い運輸スケールの寝台観光列車『雪水米宗』を実現し配備しております。これを使って上野から坂町へ、坂町から上野への輸送を実施、坂町からは観光バスなどを使い被災現場の実地見学、地域の人々との交流イベントを実施、最後は坂町で地方公共交通問題の論客を招聘してのシンポジウムを開催し、それらを新たなツーリズムとしてまとめるものです。つきましては列車運行から企画推進、広報に関係各位の承認とご協力を賜りたく存じます。以上であります」
 富樫は説明を終えた。
「では審議に移ります。ご意見のある方は挙手お願いします」
 すこしざわめいたが、おおむね好意的な感じだった。
 だが。
「私はこれに大きな危惧を持っています」
 発言した相手を見る。
「あれが近藤次長」
「初めて見た」
 ひそひそと鳴海と倉島が言葉を交わす。
「そもそも一般論として地方交通線の存続についてはもっと冷静な議論が必要ですし、それに弊社がこういう形での関与をするということは弊社が存続問題について中立の立場ではないと誤解を招く危険があります。弊社は鉄道事業者ですが、同時に経済的に自立を求められる民間企業であります。そして地方交通線の存続は地方の地域と行政の問題であり、そこにうかつな介入をしたら、存廃の議論に悪しき影響、つまり存続派と廃止派双方にとって都合良く解釈され、冷静な議論を難しくするのではないでしょうか。そしてその結果、効率の悪い非採算路線を弊社が押しつけられ、かつての我田引鉄の横行した時代の焼き直しになりかねない。それでは国鉄が歩んだ滅びの道であります。これではなんのために我々が債務償還に向けて砂を噛み血を吐くような努力をしてきたのか。私はこのような企画には反対します」
「はたしてそうでしょうか」
 富樫が反駁の声を上げた。
「地方交通線の存続問題は弊社一社の経営上の問題に矮小化してはならない、弊社と地域、行政、さらには国政も巻き込んだ次の時代の公共交通網のありかたの議論として活発に議論し、さまざまなアイディアと技術革新、さらにはビッグデータや機械学習も投入した21世紀にふさわしいものを目指すことによって解決すべき課題と考えております」
 富樫は水を飲んで続けた。
「そもそもご存じの通り鉄道は、鉄道事業法の精神として国民の利便、公共の福祉の増進に向かって発展させるべき公共の存在ですが、それが国鉄時代の大きな累積赤字の解決のために弊社をはじめとするJRグループへの分割民営化による民活導入がおこなわれました。しかしそこで国民共通のインフラである鉄道網まで分割してしまった。もちろんそれは民活導入で改善をはかるものでしたが、今はどうでしょう。たしかに民活導入でよくなった面もありますが、しかし民間企業の論理を無制限に適用することで、結果国家インフラである鉄道網をただの私企業の収益のための装置に格下げしてしまい、収益が上がらない路線はその沿線地域ごと切り捨てようという身勝手な自己責任論の横行を招き、そのせいで旅客だけでなく貨物輸送の災害時の迂回路として機能すべき路線すらも脆弱化させ切り捨ててきてしまった」
 富樫の熱弁が加速していく。
「さらには旅客営業利益のために、線路を部分的に改軌したミニ新幹線の導入。これに強靱で柔軟な迂回路を持つ貨物輸送網という視点はまったく欠落していたと言わざるを得ない。その代わりにトラック貨物があり高速道路網を整備した? それがどうなったか、東日本大震災で我々はその脆弱さを思い知らされたではありませんか。道路は直せてもトラックドライバーの不足はなかなか解決できず、結局一度見捨てた路線に全国からかき集めた貨車と機関車による迂回輸送列車を無理やり走らせるハメになったのです。それなのに、未だに国土強靱化と言いながら鉄道輸送網の経営による寸断、弱体化をますます進めている。これが果たして21世紀にふさわしい交通政策でしょうか。これは本来なら国会などで議論されるべきものですが、国会の先生も行政もこの問題から目を背け続けている。でもこの問題の直接当事者は弊社のような鉄道事業者です。この問題は我々鉄道事業者の存亡に関わるものであり、断じて中立の立場とかでただ傍観していてよい問題ではない!」
 富樫のこの熱弁にみんな唖然としている。富樫がこんなアツい男だと、鳴海も倉島も知らなかった。新潟支社では実のところ、いつもフラフラと駅にやってきては駅員たちのおやつのお菓子を一緒に食べたりくだらない雑談に興じていて、あの人いつ仕事してるんだろう? とさえいわれていたのだ。噂では本社で大きめのヘマをして、かといってクビに出来ない理由、恐らく縁故採用とかの理由があってそれで新潟支社に押しつけられたんだ、という話だったが、半分はそうでも、残り半分はそうではないのかも知れない。
「この問題の議論の活発化には我々の未来がかかっています。かつてJRになってよかったね、といわれていたがそれはもう過去の話。日本全国で鉄道が不便、マイカーでしのぐしかない。マイカーの運転が出来なくなったら? あとはまだ存在もしてない上に決して安くなる訳のない高度自動運転車にはかない期待をつなぐしかない。これが我々の、そして次の世代が担うべき21世紀社会、未来の姿なのでしょうか。いえ、どう考えてもこんな現状は、みすぼらしく情けない姿です。こんな状態を次代にさきおくりなどしたら、我々はここまで我々に未来を託してくれた鉄道事業の先人たちにも申し訳ないと思ってしかるべきでしょう。我々の存在意義、そして未来を賭けた取り組み、それがこの坂町ニューツーリズム列車だと考えています。この計画は弊社の、いや、日本の未来を乗せる重要な、注目すべきものなのです!」
 これに拍手が起きた。
「富樫くんの熱弁もけっこう。弊社と日本の未来もけっこう。でもそれは弊社の経営の自主自立がなければ説得力を持たないことをお忘れか」
 近藤はなおも抵抗する。
「国鉄民営化の時の議論を無視している。時計を逆に回すことになる」
「その経営ですが」
 和田里専務がここで口を開いた。
「正直、このニューツーリズム列車がいきなりそんなに弊社全体の経営に暗い影を落とすものでしょうか。充当予定のHB−A400系観光寝台列車『雪水米宗』の旅客定員は満席になったとしても1編成わずか40名です。車両保有は阿賀北鉄道車両保有機構になっていて、弊社はその運転と企画運転の運営のみを行うというスキームできている。それをこう運転するとしても、正直、観光バスを快適にした程度の予算と人員の規模感です。これを数日間走らせただけで深刻な経営危機に陥るほど、弊社の経営がすでに脆弱だというのは、私には少なくとも初耳です」
 近藤が目を剥いた。
「そもそも、こういう小規模で実験的な取り組みをいくつもおこなって次の時代を探る、それもまたこの観光寝台列車『雪水米宗』の意義だと思っていたのですが、私の理解でしょうか。そしてこれで計画・実行・分析・行動のサイクルをスピーディーに回し、だめだったら辞める、よかったら発展させる。それだけのことではないでしょうか。実際このニューツーリズムがどの程度支持されるか、本邦での例は少なく、まだ否定も肯定も難しいのが現状だと思います。だからこそ、新旅行商品開発の挑戦として実行すべき計画ではないかと思うのですが」
 また拍手が起きた。
「私には認められません。この計画はあの忌まわしき国鉄の、我田引鉄時代への巻き戻りを招きます」
 近藤の絶対死守のような必死の反論にも拍手がパラパラと起きた。
「なるほど」
 及川会長が発言した。
「まあ、やれるならやってみれば良いと思うが。そこまで我が社に余裕がないわけではないし、こういうのはまだ余裕があるうちにやっておくべきかなと思う」
「会長……」
 近藤は縋るような声になった。
「まあ、失敗したらそれなりに損害になるが、それだけのことだ。なによりもまず、何もしないで、ただただじっくり鍋でゆでられるカエルのように、置かれた状況が悪化していくのをだまって放置していることはできないのが民間会社としての弊社だ。多少の損失があっても、ゆでられながら「まだ大丈夫」と自分をだますカエルのような姿勢ではなく、ゆで鍋の外をめざすほうが、民間企業として健全ではないかな」
 及川会長は微笑んだ。
「近藤の危惧もわかるが、ここは富樫と和田里の案を通したい。なあに、和田里の言うとおり、だめだったらそこでやめれば良いだけの話だ」
 副社長がうなずいた。
「では会長のお言葉、新潟支社起案のニューツーリズム列車計画に賛成の方、挙手を」
 重役の挙げた手がそろった。
「決まったな」
 富樫と和田里がアイコンタクトし、富樫はぐっと手を握って見せ、鳴海と倉島はほっと息をついたのだった。

新潟への新幹線


「でも、近藤次長の反対はわかってたことだよね。あぶりだすってなんだろ」
 終わって新幹線で新潟に戻る。列車はこの前上越新幹線区間の車両がE7系に揃ったためにスピードアップしているのだが、乗っていると気のせいかさらにスピードを感じた。
「何言ってんの。ここからがそのあぶり出しでしょうに。雪水米宗がダークツーリズム列車として走れば、米坂線廃止を計画したグループはいよいよ困ってくる。ここからなりふり構わずにやってくるでしょう」
「なりふり構わず?」
「そう。雪水米宗ツアーを失敗させるために、なんでもやるでしょうね」
「大丈夫ですか」
「それなら大丈夫。和田里常務が『彼女たち』をツアーに参加させるって」
「え、『彼女たち』って、まさか」
「そう。その『彼女たち』」

海老名高校鉄研部室


「で、そのJR東日本和田里専務から貰った雪水米宗ダークツーリズム列車の寝台特急券がここにあるワケね」
 4枚の切符が乗った、部室の中央の工作机を兼ねたちゃぶ台。集まったエビコー鉄道研究公団(鉄道研究部)部員の6人が向かっている。
 このいつもの部室には、鉄道の廃部品から彼女たちが持ち寄った廃品のソファに廃品のテレビ、さらには各鉄道会社のマスコットぬいぐるみや冷蔵庫まであって、さながら女の子の秘密基地の様相である。
「さふなり。このツアー、鉄研的には鉄道の現状を考えるためにはじつに有用。ライバル校鉄研も参戦するとの情報もあり、大変意義深いのだ。わが鉄研水雷戦隊諸君、甲作戦への抜錨出航の刻は来たれり! ふたたび暁の水平線に勝利を刻むべく、各員一層奮励努力せよ、本日天気晴朗なれど波高し!!
 鉄研総裁がそう叫んでキメる。
「でもそう言いながら総裁、未だに艦これやってないんだよねー。艦これ風味ばっかりやるのにー」
 部員の中川華子がツッコむ。
「それにわたくしたち、いま一体何歳なのでしょうか……いつになったらこの高校を卒業したことになるのでしょう?」
 色気とお姉さんらしい包容力と豊かな胸を誇るお嬢様・武者小路詩音が疑問を呈する。
「やだなー。私たちもうサザエさんみたいな『作品時空』に突入しちゃったんだよ。サザエさんのフネさんなんか太平洋戦争の従軍看護婦だったはずなのに東芝の最新鋭クーラーで涼んだりしてるし、戦争帰りのハズの波平さんは今もSuica使って会社に通勤してる。アレと同じなのよ」
 鉄研副部長、副総裁の葛城御波が説明する。
「あ、そっか、そういうことなんだ。って、納得できますかそんなの。ヒドいっ」
 語尾に『ヒドい』をつける癖のある芦塚ツバメ。イラストが得意な彼女は実はこの鉄研ではかなり有能な子である。
「そもそも著者さんがぜんぜん将棋知らないせいで、描写ガバガバでプロ棋士のボクのキャラが崩れまくりですよ。ほんと、業務妨害で訴えてやりたい。メーワクだよっ」
 そう言う、背の高くボーイッシュな鹿川カオル。カオル王子と呼ばれるほどの美形である。鉄道ダイヤに詳しく北急電鉄でダイヤやアプリ作成のバイトをしている。
「それも致し方なかろう。うちの著者にそんな才覚はねいのだ」
「そうだよねー。著者が無知で無能でバカだと作品のキャラクターが露骨にメーワク被るよね。悲惨だ」
「私たち、もっと頭の良い著者さんに描いて欲しかったな。絵ももっと上手い著者さん」
「総裁、総裁のヒミツのiPhoneで今から『チェンジ!』って言えないの?」
「正直、何度もそうしようと思ったのだが……」
「だめかー」
「だって、私たち、全員非実在女子高校生だもんね、キラッ☆」
 そう言うと全員溜息になった。
「ふー。もうだめだー」
 その溜息がコーラスになる。
「『雪水米宗』乗るしかないわねえ」
「でも大丈夫なのこれ! 『走れ!雪水米宗』読んだけど、あの新発田駅駅員の井上鳴海さん、素手で拳銃犯やら駅で日本刀振り回す暴漢と対決してたじゃない!」
「今度は何が出てくるかわかんないですよ!」
「今度は戦車とか出てくるかも」
「戦車ならその前の『あがのあねさま』で阿賀野さんたちが対決してたー」
「まさかまたその戦車出てくるの!? こっちにジャベリンミサイルないのに!」
「うむう、それに対抗するにはワタクシの『総裁砲』でも対抗は無理かもしれぬ」
「総裁今回珍しく弱気だ……これやばくない?! ひどいっ」
「でも出発まで時間ないよー」
「わたくしはたのしみですわ。だってみんなで同じ寝台列車乗って夜を過ごすなんて、夢見てたけどまさか本当にかなうなんて!」
「詩音ちゃんの胸が期待に更に膨らんでるー」
「えっ、ツバメちゃん、何泣いてるの!?
「うっ、うっ。マナイタ……」
 ツバメが嗚咽している。
「ええっ、ツバメちゃんまたバスト72センチ思い出しちゃったの!?
「著者さんの守り神・時空潮汐力戦艦シファさまも艦番号072ー」
「華子ちゃんもなんでここでツバメちゃんいじりするのよ!」
「えうっ、えうっ」
「ひいい、なんでカオルちゃんまでもらい泣きしてるの!」
「まさに阿鼻叫喚なのである」
 総裁が腕組みして言う。
「総裁が言わないでください!」

上野駅13番線

「雪水米宗」上野発


 令和7年(2025年)8月2日。
「この列車は『雪水米宗』上越線白新線経由・坂町行きです。間もなく発車します。ご乗車になってお待ちください」
 車内放送が流れる中、寝台列車『雪水米宗』が上野駅13番線に入り、予約していたお客を乗車させている。
 かつて多くの寝台列車が発着したこのホームも、普段は発着する列車も少なく、時折JR東日本の誇る「トランスイート四季島」がクルーズの開始と終了のエセプションを行うぐらいなのだが、今日は鉄道マニアらしき人影があちこちにあつまり、まるでかつてのブルートレイン末期のようなにぎわいになっている。

「総裁はA寝台、御波とツバメはツイン、カオルと詩音はシングルツイン、華子はシングルの部屋ね。荷物置いたらロビーカーに集合」
 エビコー鉄研御一行は乗車する前にたっぷり入線してくるこの列車を撮影して、そのあとホームで個室寝台部屋の割り振りをして乗車しようとしている。
「なんでボクだけ一人部屋なのー?」
 華子が抗議する。
「ワタクシも一人部屋ぞ」
「総裁は一人だけA寝台だもん。ずるいー!」
「部屋決め籤引きでそうなっちゃったんだから、しかたないよ」
「とはいえ華子くん、なんなら起きてる間はワタクシのA個室にいてもヨイぞ。二人で夜を過ごそう」
「え、総裁と華子、そういう関係だったんですか」
 御波が驚く。
「そういう関係とはどういう関係なのだ?」
「うっ、それは」
 御波は答えに窮している。
「もー。御波ちゃん、ほんと変態なんだから。ヒドいっ」

「わー、はじめて乗るよ。雪水米宗。俺たちが作ったのに」
 倉島と鳴海もこの列車に客として乗ることになっていた。
「私たち、って。でもホント多くの人が関わってるわよね」
「列車ってそういうもんなんだよなあ」
「でも」
 鳴海が気づいた。
「あの人、妙ね。目が鋭い」
 彼女が目配せして知らせる男を倉島が見る。
「ハイカー姿って感じかな。山登りとか好きなのかな。ぼくには危ない感じしないけど。それにそんな目鋭いかなあ」
「私にはわかる。彼、何かヤバい」
 鳴海が言う。
「でも刃物とかは持ち込めないって鉄道警察言ってたけど」
「鉄道警察はあてにならないじゃない。いつもいて欲しい時にはいないし、きて欲しい時には遅れてくる」
「そりゃそうだけど。あの人、A個室のお客みたいだね」
「ちょっとマークしとこう」

 車内に入ると車掌さんの案内放送が流れている。床下からはアイドル状態のハイブリッドディーゼルの咆哮が防音壁越しに響いている。
「発車まであと15分少々ございます。この『雪水米宗・米坂線クルーズ号』発車時刻は2238分です。ご乗車になっておまちください。この列車、4両つないでおります。1号車はシャワー室をもつロビーカー、2号車はA寝台個室とB寝台個室、3号車はB寝台個室、4号車は食堂車となっております。全席指定で本日おかげさまで満席となっております。指定の寝台特急券をお持ちでないかたはご乗車になれません。車内での寝台券の販売はございません。また個室の変更もできません。指定の寝台特急券をお確かめの上、ご入室ください。発車まであと12分ほどです。お見送りの方はホームにてお見送りをお願いします」
 車内放送の声が変わる。
「4号車食堂車よりご案内申し上げます。ただいま食堂車のパブタイム営業を開始しております。新潟米をつかった新潟名物『バスセンターのカレー』、新潟5大ラーメンの『新潟あっさり醤油』『燕三条背脂』『西蒲濃厚味噌』『長岡濃口生姜醤油』『三条カレー』、また新潟グルメ『へぎそば』『レモンがけのにぎり寿司』密かにファンの多い新潟『イタリアン』『タレかつ丼』郷土料理『のっぺ』『塩引き鮭』『わっぱ飯』解禁されたばかりの『ズワイガニ』また新潟銘酒の宮尾酒造『〆張鶴』朝日酒造『久保田萬寿』八海酒造『八海山』にこの列車の名前の由来である『雪水米宗』も揃えてございます。またおつまみには新潟の『枝豆』食後のスイーツに『笹だんご』もございます。発車前からご利用になれます。上野駅とのしばしの別れを最後尾展望食堂車から眺めませんか? お休み前に料理とお酒をお召しになりませんか? 食堂車ラストオーダーは0時30分です。クルー一同、お客様のご来訪をお待ちしております」
 鉄研のみんながそれぞれ切符の個室に入る。
「B2個室シングルツイン2号室、おー、広くはないけどすごく包まれた感じで居心地良さそう!」
「なんか子供の頃の秘密基地っぽくって、つい童心に帰ってしまいますわね」
 その隣の車両、廊下から階段で登った華子が思わず口にする。
「A寝台シングルデラックス個室、広い!」
「実際はそれほどでもないのだが鏡を使って出しておる開放感がヨイのだ。椅子もゴミ箱もまさしくビジネスホテルの一室のごとき意匠ながら、これが夜通し走る。実に便利で機能的にも楽しみとしても、まさに満点であろう」
 総裁は椅子に、華子はベッドに座っている。
「二人でいてもそんな狭くないねー」
「さふなり。この列車に6室だけのプラチナチケットであるのだ」
「でも寝るときはぼく、B1個室シングルに戻るんだねー。ちぇー」
「致し方あるまいのう」
 その下に同じ廊下から階段で降りた個室。
「B2個室雪水米宗ツイン、個室でもここは二人で並んで寝る個室なんだね」
「というかこの上は総裁と華子のいるA個室なんだよね」
「無駄なく合理的で良い設計と考えましょうよ!」
「そうよね。ヒドいっ」
「ひどくないよ-」
「でもこのためにポータブルの液タブ(液晶タブレット)用意したの。夜中にいろいろイラストで随時旅日記を描こうかと! 寝台列車の夜を満喫するつもりまんまんで私ながらヒドいっ!」
 ツバメがそう言いながら液タブをだし、個室内のコンセントに繋いでいる。
「それもひどくないのになあ……」

 列車は発車した。ホームの端には大勢の撮り鉄が待っていた。まだまだ寝台列車は希少価値があるのだ。『さらば上野駅』の発車メロディーのあと、列車は汽笛一声、徐行運転で13番線を滑り出した。その出口のダブルクロス分岐を直進、そのまま東北本線に入り、常磐線の高架をくぐって尾久方面に向かう。
 その車内でハイケンスのチャイムが鳴った。
「本日もJR東日本を、ご利用くださりありがとうございます。この列車は『雪水米宗・米坂線クルーズ号』です。時刻通りに上野駅13番線を発車しております。ただいま車掌が各個室に寝台券を拝見に伺っております。まだの方は寝台券をお手元にご用意でお待ちください。次の停車駅は大宮です。23時3分につきます」
 再びハイケンスが鳴った。
「すごーい! 往年の寝台特急ってこんなのだったんだだろうね!」
 グループLINEでやりとりする鉄研のみんなは、本物の憧れの寝台列車車内放送にコーフンしている。
「あのハイケンスのチャイム、レトロだけど今風の洗練もあって素敵でしたわ」
「ではみな、部屋のセットアップは終わったと思うので、食堂車に集合しようとぞ思いけるのだ」
「はいはいー。じゃあみんな、それぞれの個室にロックかけて食堂車へ!」

 ぞろぞろと食堂車に向かう。
「寝台車は静かだけど、車両の連結部に来るとディーゼルハイブリッドの駆動音がすごい……」
「まさに最新鋭パワートレーンの魂の力走であるのだ。都市近郊は高速の高性能近郊列車が走っておるので、それからダイヤ的に非力になりがちな気動車寝台列車が逃げるのはなかなか大変であろう」
「でもさー、今思ったけど、まんなかにエンジンなし寝台車、先頭にハイブリッドディーゼルの駆動車を寄せた設計って、発想としてトワイライトエクスプレス瑞風とおなじだねー。電化方式関係なく走れるー」
「あ、そういえばそうだ」
「そこに気づく華子はえらいのう。でも瑞風とこの雪水米宗は予算規模も客単価も大きく違うのだ」
「てへー。ほめらりた」
 食堂車に着いた。
「すっごーい! オープンキッチンになってるんだ!!
「最後尾は窓と天窓のある展望食堂!」
「各テーブルにおかれたテーブルランプがまたムーディーですわね」
「総裁、何食べるの?」
「うむ、やはり一日の〆はラーメンとしたい。ここは燕三条背脂を所望するのだ」
「総裁ほんと食はハズさないなあ。じゃあ私はバスセンターカレー!」
「ボクはタレカツ丼いくかな。カロリーたっぷり」
「ぼくはさっぱりと粋に『へぎそば』にしようー」
「私はお寿司! お・す・し! やっぱりここは新潟のレモンで食べる北陸のお魚のお寿司! ヒドいっ」
「ひどくはないですわよ。わたくしは意義深く、新潟の郷土料理の『のっぺ』というものをいただきたいですわ」
「うっ、詩音ちゃん! そのついでにってお酒に興味持っちゃダメ! 私たちは未成年!」
「そうですわね。でもわたくしたち、いつになったら卒業して成人してお酒飲めるのでしょうか。あのステキな酒瓶みてると、お米を磨いて一番良いところを、綺麗な水と長いあいだ受け継がれた酵母で発酵させた『お酒』というものがとてもおいしそうに思えて」
 詩音は相変わらずお酒に興味を持っている。たしかに部員のなかで一番大人びているせいもありそうだ。
「それ聞いてるとなんだか私も飲みたくなりそう……。でも私たちは未成年! ヒドいっ」
 ツバメがそうたしなめる。
「あ、隣を京浜東北線のE233系1000番台の通勤電車が併走してる」
 その通り、銀色の車体に青いラインの電車が併走している。
「車内のみんなこっちに驚いてる!」
「そりゃそうでしょうよ。こっちは夜のグルメ堪能してるけど向こうは終電間際の退勤列車だもの」
「なんか『天国と地獄』って感じで、エグい……」
「でもこの申し訳なさを感じるほどの優雅な旅と日常の落差こそ寝台列車旅の核心の一つであるのだ。とくにこの『雪水米宗』でも掲示している遙か彼方の目的地の表示もまた旅情を誘い、いつか乗って旅に出たいなと思わせるのだ。商品設計として長距離夜行は実に可能性の大きいものなり」
「で、飲み物どうします?」
「ソフトドリンクも充実しておるようだ。ワタクシはラーメンなのでまずはお水で」
 総裁はそういってメニューを他の部員に渡す。
「カレーも水かな。大清水ミネラルウォーター」
 御波はそう選択する。
「タレカツ丼は麦茶が欲しいなあ」
 カオルは昔将棋対局の勝負飯で食べたのを思い出しているようだ。
「へぎそばは日本茶があうよねー」
 食通の華子らしいチョイスである。
「お寿司もお茶。お寿司屋さんのお茶ってなんであんなおいしいんだろう。ヒドいっ」
 ツバメの口調は相変わらずである。
「ひどくないですわ。でもこの『のっぺ』は祝い事の料理だから、本来あわせるのはお酒なのでしょう。でもわたくしは未成年ですからそれは避けるしかありませんわねえ」
 詩音が困っている。
「じゃあノンアルコールビールはどうだろう!」
「あれはたしかにアルコール分0%で違法ではないけど、メーカー的には非推奨なのですわ」
「そっかー。こまっちゃったねー」
 そのとき食堂車の女将さんが提案してきた。
「じゃあノンアルコールカクテルは如何でしょう。パッションフルーツのピューレとオレンジジュースとトニックウォーターで作るカクテルがございます。おいしいですしアルコールも一切使ってませんので、未成年のお客様でもお楽しみいただけますわ」
「そんなのあるんですか?」
「ええ。オススメします。せっかくの楽しい夜、お飲み物も楽しく」
「そうですね。ではそれをお願いします!」
 注文を終えてみんなは窓の外を見ている。
「そろそろ大宮に着くわね」
「あ、ここから夜の鉄道博物館(てっぱく)見えるんじゃない!?
「展示車両のライトアップ、この時間みれるかなあ」
 そんなことをワイワイ喋っているうちに料理が運ばれてきた。
「じゃあ、冷める前にお先失礼しますー。いただきますー」
「うむ、各個に頂け、なのだ。いただきます!」
「なんで総裁はそこまで自衛隊用語風味なんですか」
 そして楽しい食事が終わった。
「うむ、実に美味であった。じつにスバラシイ夜食であった。走る車窓を見ながらの食事は食堂車廃止の現代においてじつにレアで楽しい体験なり。しかしこのまま食堂車に居座るのはよろしくない。ゆえ、先頭車ロビーカーに移動しよう」
「そうだねー!」
 総裁に続いてみんなでゾロゾロと移動する。
「やっぱり寝台列車は廊下が長いねー」
「でもそのあちこちに新潟の工芸品飾ってあったりして飽きさせないのがさすが」
「四季島や瑞風でもそうだって言うけど、この列車の客単価考えると凄い大サービス!」
 そして先頭車についた。
「ロビー、運転士さんが運転してる後ろから行く前が見えるー!」
「そこにちゃんと展望のきく椅子があるのが抜かりないなー」
「他にはソファに自販機に車内放送の液晶ディスプレイに観葉植物」
「あ、ここにシャワー室があるんだね」
「シャワー室は編成に2つある。サンライズ出雲瀬戸が7両に2つだったが、この『雪水米宗』は4両に2つ。余裕のある利用が可能であろう」
「お風呂入ってさっぱりして眠れるなんて最高ですね」
「あと」
「ホントの夜食ですね! 東京駅地下の『祭』で買ってきた日本各地の駅弁!」
「どんだけ食べるの? って思うかもだけど、乗ったら絶対食べたくなっちゃうって総裁が力説するから」
「総裁さすが、食はハズさないなあ」
「寝台列車の夜に駅弁追加は基本であるのだ。あとペットボトルの飲料」
「喉が渇きやすいかつての寝台列車と違い、この『雪水米宗』の空調には加湿機能あるって知ってるけど、それでも夜のお供に好きな飲み物ないとションボリだもんね。ヒドいっ」
「うむう。相変わらずヒドくはないと思うのだが」

雪水米宗走行中


「車内Wi−Fiちゃんと効くね! コンセントも100vとUSBを完備!」
 華子がミニノートPCを使っている。車窓は関東平野から真っ暗な山岳地帯の上越線に入ろうとしている。
「車内の設備案内を兼ねておるのだ。さすがに長大トンネルの中ではまだ上手く行かぬようだが」
「雪水米宗、こういう観光バス的な使い方できるってのは面白いねー。その上バスとちがって横になって寝られるし食事もできるー!」
「これもまた、やはり新しい交通革命の一環かも知れぬ」
 それからあと、みんなはそれぞれ着替えてシャワーを浴びたり飲み物飲んだりと思い思いに過ごしていた。
 そうしているうちに少しずつ言葉が尽きていた。それでも横になってまだ楽しい話を続けた。そのうち列車のかすかな揺れとがたんごとんというリズムを刻むジョイント音が、ゆりかごに寝て聴く子守唄のように眠りをつれてきた。
 鉄研ご一行は、寝台列車の夜を徹夜ですべて堪能するはずだったが、気づけば心地よく眠ってしまった。それもまた寝台列車の良い堪能の仕方ではあるのだが。

深夜


「ふむ、やはり長岡で時間調整のため長時間停車するのであろうか」
 A寝台個室のベッドで総裁は目を覚ました。
 個室は2階にあるので窓はホームを見下ろす高さにある。
 やたら静かだ。
 窓の外のホームは明かりが付いているが人影は全くない。駅員もどこにいるかわからない。そして列車はドアを閉ざしている。客扱いのない深夜の運転停車らしい風景である。この『雪水米宗』の車内も空調の音だけが響いている。
 総裁は少しぼうっとしていたが、なにかに気づいて、上着を着て個室を出た。
「総裁」
 その廊下に詩音がたたずんでいた。
「いかにも夜行列車って感じで、思わずここでぼうっとしていました。こういう時間って、本当に贅沢ですわ」
 詩音は嬉しそうだ。夜行列車が少なくなった今ではこういう体験はなかなかできないのだ。それは実家の太い詩音でもそうなのだ。
「それが寝台列車の本質かもしれぬ。風情的には往年の開放寝台車の廊下のようなここも悪くないが、ロビーカーにでも行こうかのう」
「あ、それならさっき車掌さんが営業終えた食堂車も雑談用に開放してる、っておっしゃってましたわ」
「ふむ、あの食堂車もまた意匠がすばらしく、深夜も居心地が良さそうだ」
「まいりましょうか」
「うむ」
「でも本当に静かですわ。こんな優雅で贅沢な夜が寝台列車には本当にあるのですね。すばらしいです」

食堂車


 食堂車に行くと、そこでノートパソコンと格闘している倉島と鳴海がいた。
「おつかれであるのだ」
「あなたが和田里専務のいってた『総裁』なのね」
「いかにも。和田里専務には卒業後の進路のことを相談に乗っていただいておる」
「え、じゃあ総裁、JR東に就職するの!?
 鉄研のみんなが驚きの声を上げる。
「ええっ、私たちと同じ鉄道員に!?
 倉島と鳴海が目を見合わせる。
「まだ決めてはおらぬ。そもそもワタクシにその職に相応しい才覚があるとは到底思えぬ。ワタクシは詰まるところ無能なのだ」
「そんなことないと思うけどなあ」
「だけど小野寺議員を追い込むにはピースが足りない」
「和田里専務と深沢さんが頑張って追っかけてるけど、尻尾つかめるのかなあ」
「やるんじゃない? あの2人、私たちと違って優秀そうだもの。図書館の使い方なんて私とレベルぜんぜん違うし」
「そういや、和田里専務、離婚してたんだね」
「そうだね。ああいう人こそ、遺伝子残してほしいのに」
 思わず溜息がまた出る。
「いまのところ越山銀行の重役を調べてる。多分繋がってるのがいると思うんだけど、あともう少しなんだよなあ」
「あ! 深沢さんが連絡とりたがってる! でもどうしよう」
「じゃあ、例のルームを使いましょう! モバイルでもあれは使えるはず!」

ルーム


 ケータイのVTuberチャットルームが使われている。
「越山銀行の人間と藪田参事官の関係を調べていました。全く接点がない。調べても調べても普通預金の口座すら越山銀行にはありませんでした」
 深沢がそう報告する。
「手詰まりじゃないですか」
「ただ、藪田さんは一度、この米坂線沿線に来ている。米坂線沿線の下関地域気象観測所、アメダス観測点が不調を起こしていて、その回復工事の視察に来ていたらしい」
「藪田さんと米坂線に接点?」
「だがなあ……そこから先がどうもフワフワしてる。特に小野寺議員、なんで米坂線の廃止を促進するんだろう」
 そこに和田里専務が声を挟んだ。
「小野寺議員の主張、調べてみた。いろいろ選挙向けに本を出版したりYouTube番組やったりしてるから」
「ええっ、そんなの全部当たったんですか」
「無理。だから、要約と確認に信頼できる相棒を使った」
 専務が言う。
「えっ、誰ですか」
「AI。チャットXPTっていう開発中の物を使わせてもらってるの。文書と動画の要約機能は万全ではないけど、昔のカーナビ並みには信頼できる」
「道具は使いようなんですね」
「それで調べたら、小野寺議員の主張は3つ。まず米坂線の復旧費用はあまりにも大きすぎる。地域衰退の方向を決定づけ、致命傷になりかねない。これはまだわかる。もう一つは鉄道を敷くこと、交通が便利になることはいいことだけではない」
「え、そんな意見が」
「よくある『地域が観光開発した結果騒がしくなってヤダ』って意見を代弁してるのね。それもなくはない主張」
「でも衰退しているのにそんなこと言ってられるんでしょうか」
「地域がまとまらない理由はそういうセンチメンタリズムもある。でもそれをただ一刀両断したら地域はすっかり分裂し、ますます衰退を早めてしまう。なんとかそれをまとめようとそういう意見にも否定ではなく寄り添いながら、と考えたらしい」
「なるほどね……」
「でもそれと藪田参事官、つながります?」
「難しい……。かといってどうしていいかわからん」
「とりあえず集めた資料はこれだけある。みんなで手分けして調べましょう」
 いつの間にか鉄研のみんなが起きてきて作業を手伝っている。
「AIではできないんですか、こういう作業」
「できたらいいんだけど、それにはまだ未熟なのよね……それがちょっとかわいいんだけど」
 和田里がそう微笑む。
「うーむ」
 そのときだった。
「あの、この自治体広報紙の写真、拡大できます?」
 御波がなにかに気付いたのか、言い出した。
「縁結びの石船神社? 新潟県村上市の神社ね」
「石船神社で縁結びイベント開催、参加者多数、っていうけど」
「えーっと……。でもこれ、正直多くはないよね」
 写真の人数に思わずカオルが言う。
「東京とかとは比較しないでください。こっちだとこれでも多いんですよ」
 倉島はそうブーイングする。
「でもちょっと待って! これ、藪田参事官じゃないですか!」
「ええっ、藪田さんは武蔵小杉に住んで国交省本省に勤めてるんじゃなかったの?」
「でも確かに書いてある。東京からも参加者が、って」
「……武蔵小杉、東京じゃないよね」
「神奈川県川崎市だよね」
「でも藪田さん、結婚してたっけ?」
「いえ、交際中の話もなかった」
「でも彼女さんみたいにすごく幸せそうに寄り添ってる女性がいる」
「ほんとだ。さすが御波ちゃん、めざといなあ」
「こういうことを追うには金と女、っていうけど、金のことはからきしなので女の方を追った」
「パトレイバーに出てくる松井警部の逆じゃない」
「てへ」
 御波が照れる。
「御波ちゃん、ほんとアイドルみたいな美形だけど、いろいろとゲスいよね」
「ひっどーい! 勘が鋭いって言って!」
「でも、この女性、誰だろ」
「あっ!!
 深沢が気づいた。
「これ、新潟県商工同友会の年頭挨拶に出てた久保田さんだ!」
「久保田さん?」
「久保田玲。いなほ銀行の債権執行役員です」
「きたー! 銀行重役!!
「そんな。半沢直樹じゃあるまいし」
「でも深沢さんの越山銀行じゃないですよね」
「ダメか」
「いいえ! 今、全国的に地銀の統合再建がはかられてて!」
 深沢が驚愕している。
「まさか」
「そのまさかですよ、弊社越山銀行といなほ銀行は今、まさに再来年度を目処とした経営統合のために、密かに交渉を続けてるんです!」
「マジ?!
「つながっちゃった……」
 みんな驚いている。
「でもなんで? 藪田さんと久保田さんってなんで?」
「そこがわからん」
「でも全く接点がないってことはないわけね」
「でもどうもならんのう」
 総裁はそう言うとあくびをした後、眼に手をやった。
「うわっ、総裁、コンタクト外さないでください!!
 それに部員たちが慌てる。
「うぬ、ちょっと目薬でもさそうかと思うただけなのだが」
「誤解招く行動しないでください総裁!」
「え、総裁のコンタクトってそんな何かあるの?」
 鳴海が驚く。
「総裁のコンタクト外した片方の眼は、相手を必ず自白させる力があるんです!」
「私もやられたことがあるんです! 絶対抵抗できないんです!」
 部員たちが口々に言う。
「ひいい、怖い……!」
 鳴海もおびえてしまう。
「人間の嘘はそもそも良いものではないが、とはいえそれを全く廃してしまっては社会が営めぬからのう。そこは配慮せねばの」
「そうですよ! 自覚してください!」
「ふむう、しかしさすがにワタクシも眠くなってきた」
「デスヨネー」
「そうね。もうしばらくしたら、みんなで個室に戻って寝ましょう。あんまり睡眠不足しちゃよくないと思う」
「そうですわねえ」

黎明

 列車は黎明前の新潟の線路を走っている。
 その線路の継ぎ目を渡って走る音の中、放送でハイケンスのチャイムが鳴った。
「みなさま、おはようございます。今日は令和7年、2025年8月3日日曜日。ただいまの時刻は4時58分です。列車は時刻表通りの運転を行っています。次は新潟に到着します。5時6分の予定です。これから先の到着時刻をご案内します。新潟の次は新発田6時5分、その次が終点の坂町6時32分。坂町到着後は8時まで坂町4番線に停車したままですので、車内でごゆっくりおくつろぎください。食堂車の朝食営業も行います。当列車自慢のお粥バイキングをお楽しみください。これよりトイレ・洗面所が混み合って参りますのでどうぞ譲り合ってご使用ください。車内販売のお弁当・お飲み物は坂町到着後に開始します。本日は『雪水米宗米坂線クルーズ号』ご利用いただきありがとうございます。次は新潟です。5時6分につきます」
 列車は新潟平野をディーゼルサウンドとともに走り続けている。新発田に運転停車をしたあと、夜明けを迎えた。この日の新潟の日の出は6時12分だった。白んでくる新潟平野の風景は独特にファンタジックで、それをゆく『雪水米宗』を撮影しようと撮り鉄が何人かカメラを向けてくる。

坂町到着


「本日は『雪水米宗米坂線クルーズ号』をご利用いただきありがとうございます。次は坂町、坂町、終点です。4番線に到着します。降り口は右側です。ツアーの今後のタイムテーブルをご案内します。8時まで車内でお食事および坂町駅構内の散策、8時10分からバスに分乗して米沢まで復旧現場見学をしながら移動します。バスの米沢到着は1210分頃を予定しております。米沢到着後は15時までフリータイム、米沢観光をお楽しみください。お食事はアテンダントもご案内いたします。その後15時集合でバスに乗り、1630分にここ坂町駅に戻って参ります。そして17時から地域からの懇談おもてなし夕食会となります。この夕食会には地方鉄道存続で多くの著作のある佐藤文彦先生、国土交通省鉄道施設課長、東北地方整備局および運輸局鉄道部長にご参加いただき、みなさまと忌憚なくお話をしていただきます。そして2158分、坂町を復路の当列車『雪水米宗』が発車します。上野駅到着は5時55分を予定しております。13番線到着の予定です。そののちクロージングイベントを行って当ツアーは解散いたします」

お粥の朝餉


「夜明けを背に、お粥が、ふつふつと、沸いてきた」
 新潟平野に差し込む朝日のなか、『雪水米宗』の食堂車の大将の熟練の手際と火加減で、食堂車のオープンキッチンの土鍋から香り高く湯気が吹いている。『雪水米宗』自慢の朝食新潟米お粥ブッフェが始まるのだ。
「いい香り!」
 部屋着の総裁たちが感心している。
「お漬物に煮物・焼き物も手間がかかっててステキ!」
「宿の朝餉ってどうしてこう美味しそうなんでしょうね!」
 ほかの乗客たちからも次々と感嘆と賞賛の声が上がる。

「しかし総裁、前から思っていたんですが、ほんと食べるとき、美味しそうに食べますね」
 席についてお粥ブッフェの朝餉をいただいている鉄研一行で、御波が思わず言う。
「食べ物はすべてワタクシの生命のために命を投げ出してくれたものなのだ。感謝して美味しく頂かなければ申し訳なかろう」
「たしかにそうでございますわねえ」
 詩音がうなずく。さすがお嬢様で、こんな時でもその口をハンカチで隠すのを忘れない。
「ブタさん、ウシさん、ニワトリさん、おサカナさん、さらには野菜さんやお米さんも、縁がなければこうしてワタクシに食べられることなく海や野山で自由に平和に幸せに暮らしているはずだったのだ。その本来の姿を思うと、その命を捕らえ調理し頂くに当たり、決して不味そうに食べたりお残しをするなど、心から申し訳なく悲しくなるので、できないのだ」
 そう瞳を輝かせて語り、微笑みとともにお粥の木匙をゆっくりと口に運ぶ総裁は、この食堂車のなかに平和な雰囲気をつくっている。なるほどなあ、と御波も感心しながらお粥に手をつけた。
「華子さんもいつも食事をお召しになるとき、とても真剣な表情で、秘めた強い情熱を感じさせる本当の料理職人のようで素敵ですわ」
「料理職人かー。ぼく、まだそこまでうまくないけど、料理はおとーさんのあとも継ぎたいし、美味しいもの食べるのも作るのも大好きだからー」
「華子はえらいのう」
 総裁が褒める。
「それほどでもー」
「そこでカオル君について思うのだが、いつもやることが繊細なのに、時折ふっと気を抜いたのか、がさつな仕草をするのでワタクシ、ドキッとしてしまうのだ。まるで本当の男のように思えるのだ。それにしては美形なので毎回慌ててしまう」
「そうなのかなあ。まあ、ぼくはもともと関心のないことをすごく雑にあつかっちゃうのは自覚してる。あんまり自分のそういうとこ好きじゃないんだけど、そうか、ドキッとするのか」
「詩音君はまさに貴族の振るまいとはこうなのかなと思わされるのだ。匙の使い方一つでもじつに優雅で華やかで、味わい方も真に深く堪能しているのが伝わるのが素敵であるのだ。優雅さとは周りの人のためでもあるのだなとワタクシは学んでいるのだ」
「まあ! ほんとうに恐縮でございますわ。これでもわたくし、まだまだ雑で自分を叱る日々なのです」
「御波君もまたいつも笑顔がキラキラとかがやいていて素敵であるのだ。じつに生き生きとしているのは文章もそうだ。御波君の文章はいつも鮮やかでピチピチと輝いておるのがよい。御波くんはまさに語義通りのタレントであろう、と思うておるのだ」
「そうなのかなあ。私、それなのにゲスいって」
「御波ちゃん、それ自覚してるんだったらやめればいいのに。やめればアイドルデビューできんじゃないかな……」
「まさしくそうなのだ。いや全く惜しいものだ」
「総裁、私は? 私は? って自分で総裁にこんなこと要求して私ヒドイっ」
「うむ、ツバメくんはさすがのアーティスト肌、何事にも独特の鋭さと強い自信を感じさせるのがまさにクールで周囲に落ち着きをもたらすのだ。事実ツバメくんは鉄研随一の有能であるからのう。秘めた深い感情と繊細さがミステリアスなときもある。じつに趣深いなと拝察しておるのだ」
「うっ、ほんとうに総裁がそう言ってくれるとは思わなかった。総裁変なとこ律儀でヒドイっ」
「ひどくはなかろう……」
「鉄研の皆さん、ほんと独特ですね」
 鳴海が微笑む。
「鳴海さんはこういう友人、いなかったんですか」
「……いなかった。幼い頃からいつも学校と花嫁修業と武道の稽古場と屋敷の往復しかなくて一人で過ごすことが多かった。たまに例外はあるけど、どうも長続きしなくて。私にはそういうの、そもそも向かないのかな、って」
「そうなのですか鳴海さん……。わたくしも時折そういう強いさみしさを感じることがございますわ。まわりのみなさんと金銭感覚が違いすぎるとかも悩むことではあります。どうもできないのですが」
 詩音はそう言って眉を寄せて困っている。
「詩音さんが困ることはないですよ。私、それなのにかなりがさつですからヘーキヘーキー」
 鳴海は軽く笑う。
「鳴海さん!」
 それに対しての倉島の突然の大声にみんな仰天した。
「鳴海さん、自分をそんな粗末にしちゃダメだ! でないと俺、泣いちまう!」
「倉島さんなんで朝っぱらから酔ったみたいなことを」
「あ、倉島さん、明け方まで調べ物しながらずっと『雪水米宗』飲んでたみたい。ひどいっ」
 空き瓶をみつけてツバメが言う。
「ええっ、何やってんの! 今日は米坂線イベント、山盛りにあるのよ!」
 鳴海が慌てている。
「それなのに推理の最後のピース、見つからなかったんですよね」
「うぐう、あと一息なのだが」
「総裁!」
「覚悟を決めて、もうひと頑張りするしかなかろう。そのための朝餉でもあるのだ」
「運命は坂町到着までどうなるかわからないんですね」
「……さふなり。まさに絶体絶命であるのだ」

対決


 列車は坂町に着いた。それもここまで米坂線の長期運休でずっと使われていない4番線への入線である。米坂線の復旧を願ってきた地元の人々にとっては宿願のかなう日が近いと思わせてくれる演出である。
「地元新聞とか地元のTV局が来てる」
「全国ネット局も来てる感じ」
「やっぱり寝台観光列車は話題性あって良いよね」
 さっそく地元の子供たちの太鼓と笛をはじめに、雪水米宗の到着イベントが賑やかに始まった。
 そこに現れた議員バッジの痩せた男。
 小野寺だ! 
「こういうイベントは不真面目で不謹慎だとは思わないのかね」
 現れた小野寺は不愉快そうだった。
「これではここまで米坂線存続に活動してきた私の努力が無になってしまう」
「存続? あなた、本当に存続のために何をしたんです?」
 鳴海が早速突っかかる。
「なんだと」
「利害各者にそれぞれ都合の良いことを言うだけで、結局は事態の解決を実質的に先送りばかりしてきたのが実際ではないですか」
「わかってないな。いろいろと難しいんだよ、利害調整は」
 小野寺はいらだった。
「その利害調整がいわゆる『会食』なんですか? 酒と料理と雑談だけでこの事態を解決できるとでも?」
「失礼だな、君は!」
「小野寺さん、あなたは地域をこの裏切った」
「なんの話だ?」
「いなほ銀行の久保田さんをご存じですね」
「さあ? 知らない、な」
「知らないはずない。私に無理な融資をさせた越山銀行の人事担当重役は、現在はまだ他行だけどいずれ経営統合されるいなほ銀行重役の久保田と密接につながっている」
「ほう。で、それと私にどういう関係が」
「小野寺さん、あなたは今、米坂線存続についてこんな説を言って今物議を醸している。『鉄道の存在は地域交通にプラスになるとはかぎらない』と。それをあなたはとある大学の研究として引用し取り上げた。もちろんその特異な説に多くの人が驚いた。そしてあなたは今もそれを主張してる。でも、あなたはその大学のことを知らない。だってその大学の学部、そもそも実在してないんですから」
「ええっ」
「ヨーロッパの地方の大学の交通学科、ということですが、同じ名前の大学はあることはあります。でもそこはキリスト教の神学校で交通関係の研究など全くしていない。だがそれをウェブニュースが見出しだけ見て取り上げた。中身を精査せずに。まあ仕方がないでしょう、ウェブニュースにそれを検証する資金も人材もいるわけがない。ウェブニュースのほとんどは安かろう悪かろうの非正規請負スタッフが実作業をやっていることが多い。でもあなたはうっかりそれを使ってしまった。あなたも見出しにだまされた。でもそれはまだ過失だ。だがあなたはそれを隠し、強弁して自分の意見としてしまったそれを変えることを拒んだ」
「まあ、それはちょっと遅いが、今から謝罪しようと思ってたことに過ぎないな」
「でもさらに事情が重なった。国交省藪田参事官をご存じですね」
 鳴海はなおも詰める。
「まあ、国交省の専門委員会にいるから、名前だけは」
「そんなはずはないんですけどね。藪田参事官はもともと熱血で、なおかつ気象予測に精通した人だった。だからあのアメダス下関観測点の修理工事に顔を出した。被災した米坂線の視察の途中で」
「なんの話か」
「その観測点の近くに久保田さんの実家があった。久保田さんはもともといなほ銀行の優秀なバンカーで、融資担当としての地域からの信頼も厚く、またいくつもの地域企業の経営再建もおこない、『女半沢直樹』と最近言われさえしている優秀な人だ。その彼女にとって、気象予測は関心を持たない未知の世界だった。天気予報任せにできるわけない、とさえ言っていたぐらい、天気予測のことに関心を持ってなかった。それでいつも予測よりも降っても困らない万全の準備を、とやってきた。そこまではそれでよかった。準備が間に合っていたから」
 鳴海はここで少し間を開けた。
「でもそれは、米坂線を痛めつけたあの大型台風で破綻した。彼女の実家が想定を超える台風被災で居住不能となり、老齢の彼女の両親は突然、困難な避難所暮らしを強いられた。その実家で後片付けをしながら自然の脅威に打ちひしがれる彼女を、さらに突如の大雨が襲った。傘もなく、雨の中重なる不条理に慟哭するその彼女に傘を貸したのは、その大雨予報を知っていた藪田さんだった。雨の日に傘を奪い晴れの日に傘を無理矢理貸す、と言われる銀行の久保田さんは、傘を貸し、ともに嵐に立ち向かおうと励ましてくれる藪田さんと、恋に落ちた。もう高齢で子供ものぞめない彼女だったが、藪田さんとその部下の村上さんとの交流が、彼女の奮闘、苦闘続きだった人生に暖かな光となった。それで村上さんのお子さんを玲さんは実の子供のように溺愛し、その治療費を工面した。それがすぎて公私混同もあったぐらい、彼女は溺愛した」
 鳴海も倉島も、そのときの彼女の様子を想像した。写真の久保田玲さんは本当に穏やかで優しそうな人だった。きっと幸せな日々になるだろう。しかし……。
「だがその彼女を追い詰めたのはその病院の医療費回収部門だった。そこに配置された人間があまりにも非常識な回収をしようとした。玲さんが普段通り、冷静でいられたらそんなもの即座に一蹴できたはずだった。でも彼女はそのとき冷静ではなかった。やっと現れて愛した彼と彼の部下の子供を奪われることに、全く耐えられなかった。その中で小野寺議員、あなたを動かそうと玲さんは無理をすることにした。そんなことしなくてよかったのに、玲さんは向けられた予想外の悪意にあまりにも脆弱だった。だからそれで米坂線をめぐって、小野寺議員、あなたにその無茶な回収を図る病院に口利きしてもらう代わりに、そのフェイクの論文の後始末として米坂線再建妨害を図ることになった。嘘は嘘をさらに呼ぶ。そこでとうとう、本来の気象予測のフィロソフィーすら裏切るしかなくなった。その結果、最新の試験気象予測で出た激甚な大雨の予測の発表を、故意におくらせることで利益を得るしかない、とまで落ちた」
 小野寺議員は顔を背けたが、まだ言った。
「すごく荒唐無稽な話だが、証拠は示せるのかね?」
「そこは深沢さんが今調べています」
「じゃあ、それがまとまってからだな。ご苦労さん」
「そうはいかぬ」
 総裁が止めた。
「そうです」
 そこに深沢が現れて書類を見せた。
「証拠はこれです。この資料の取引、どう説明します? JRの近藤さん名義の口座から銀行の久保田さんとあなたの口座に入金している。現金化と迂回口座を経由しているけど金額と日付はほぼ一致している。またファッションブランドへの無理な融資。これもこのブランドは久保田さんの妹の経営する会社。この融資は小野寺議員、あなたへの転貸資金だったんじゃないでしょうか」
「そんなもの記憶にない」
「ここは国会じゃない。そんなの通りはしない。そして小野寺さん、あなたへの口座への入金は政治資金規正法に抵触する」
「なにいってるんだ! 君たちは私を逮捕するのか? 権限もないのに!」
「そこで逮捕権限をお持ちの方々をすでに呼んであります」
 新潟地検の検事たちが現れた。
「県会議員小野寺さんですね。少し事情をお聞かせいただきたい」
「これは任意の聴取か?」
「ええ。それとも令状請求を待って直接逮捕されたいですか? その方がマスコミが喜びますが。どちらでも私たちは構わない。久保田さんにもすでに事情は聞いています。あなたのことについて久保田さんが口を割るのも、時間の問題でしょうね」
「なんだと!」
 小野寺はなおも抵抗しようとする。
 そのときだった。
「小野寺閣下」
 総裁が目のコンタクトを外そうとしてる。
「どうしてもお話いただけないのであれば、ワタクシの目の力を使うしかないのだ」
「なんだそれは」
「ワタクシは実はオッドアイであるのだ。コンタクトで隠しておる色の違う方の目で見ると、見られた者は嘘をすべて白状してしまうのだ」
「馬鹿な!」
「このワタクシの目を試してみますか? 閣下」
 顔を引きつらせる小野寺。
 だが総裁はそれに続けた。
「でもワタクシは、そんなことはしたくないのだ」
 みんなは意外なその言葉に驚いた。
「なぜなら閣下にはこんな不名誉な方法ではなく、あなたのその強い意思で自らすべてを明らかにしてほしいと思うのです。そもそも閣下はもともとこんな不正義をおこなうどころか、素晴らしい社会正義の実現に燃えた、最近希な、誠実な議員だった。あなたがこの地域で農業法人を作り、多くの若者を雇用し、外国人技能実習生だけに頼らない、新しく効率のよい上に自然と調和した大規模農業を目指したのも事実。そしてあの震災で必死に避難所の運営をトイレ掃除から支援物資の分配まですべてやったのはワタクシも調べて感銘を受けた。だからこそ、あなたには罪を償い、理想を下げずに再び社会に関わってほしい。助けるべき相手が誰かを見失わなければ、あなたの実行力は間違いなくこの世の中を良いものにできる。今の世に必要なのは、清廉潔白だけど口で言うだけの者より、閣下のような実行のために人を動かす努力のできるものなのですから。そして謝罪とは、本当は賢い者のみのできる真の名誉への行為なのです。真の謝罪は愚かな真の名誉を知らぬ者には決してできないこと。もちろんご存じとは思いますが」
 議員はそれを聞き、うなだれた。
「……なぜ、こうなってしまったのか」
 検事が顔をゆがめ軽く涙してつぶやく小野寺議員を拘束しながら言った。
「それをこれから、私たちとともに解明して、罪を償って二度と起きないようにしましょう。それが我々の司る司法と更生というものです」
 小野寺は拘束に従った。
 検事たちが彼を連れて行ったそのあとだった。
「土下座はさせないんですね。『倍返し』はしても」
「もう! 半沢直樹の見過ぎ!」
 そうやって言い合う鳴海と倉島は相変わらずだった。
「崖でもないよね、ここ」
「西村京太郎トラベルミステリーにハマりすぎです! 私も好きだったけど」
 好きだったんかい。
 そのとき、倉橋が検事に聞いた。
「検事さん、村上さんも罪に問われますよね」
「気象業務法第11条違反になるだろうな。でも情状酌量の余地はある。久保田の強要を受けてのことだ。まだましさ」
「米坂線、どうなっちゃうんでしょう」
「俺は悲観してない。だって雪水米宗の到着に子供たちがこんなに集まってくれてるんだ。子供は未来と希望そのものだよ。そして彼らの手によっていつか真の交通革命が達成されるんだ」
「でも、今はお金ないからどうにもならないよね」
「今は、ね。そのうちきっとできる。諦めさえしなければ」
 その時、雪水米宗に乗っていたあのハイカー姿の男が声をかけた。
「結局、これでもこの米坂線、潰されちゃうのか?」
「このままだと、おそらくそうなりますね。おそらく変えられない」
 鳴海がため息交じりに答えた。
「買った。いくらだ?」
 男が言った。
「えっ?」
 みんな理解できなかったが、男は続けた。
「うちの省で買う。いくらだ?」
 そう言って見せられたのは、防衛省の名刺だった。
「新潟の長く脆弱な海岸線を守るには、この線路も戦術的迂回路として必要だ。いくらだ?」
 倉島と鳴海、そして深沢が目を見合わせて、一斉に声を上げた。
「ええっ!!

その後



 その後、村上の息子は成人して廉価かつ安全に使える無人重機の開発と操縦に携わることになった。
 そして『雪水米宗』の成功で一気に鉄道の上下分離改革の議論が進み、その上鉄道線路の戦略的優位性に気づいた防衛省の要望を加味し、まったく新たな公共交通政策が国で国土計画の主軸として採択された。特に着上陸阻止作戦では日本の稠密な鉄道網は侵略する敵にとって大きな脅威になると試算されたのだ。
 鉄道は迅速かつ人的負担の軽い、防衛部隊の移動展開のための輸送機関としてだけでなく、トンネルなどに身を隠し神出鬼没で上陸敵を狙い撃つ鉄道搭載型の対艦特科ミサイル部隊も利用できるのが大きな利点とされた。かつてWW2のイタリア戦線でもトンネル内に身を隠したドイツの列車砲が上陸する連合軍を苦しめ、彼らにアンツィオ・アーニーやアンツィオ・エクスプレスと名付けられ恐れられた。そのときの列車砲の弾頭なみの破壊力を持つ対艦特科ミサイルは、列車砲よりも簡易に発射できるうえにその数も遙かに多いのだ。こんなものがあちこちに存在する日本はまさに名実ともに『不沈要塞列島』であり、その攻略の困難さは侵略を企む邪悪な者を大いに震い上がらせるのだった。
 またその機能を重視した鉄道の上下分離方式への改革は多くの鉄道輸送サービスベンチャーを産み、多種多様な企画と姿の個性あふれた列車がその後誕生した。『雪水米宗』はその先駆けとなったのだ。
 そして米坂線は『広域重要インフラとして整備すべき計画迂回路線』の先進例として指定され、復旧工事が重点的に行われることになった。そして4年後、無人重機の集中導入によって米坂線は高規格路線として全線復旧した。そして倉島の作ったベンチャー企業・日本鉄道寝台会社(JRS)が建造し雪水米宗の名前を継いだ寝台観光列車『雪水米宗2世』が臨時寝台特急『よねさか』として上野から坂町を通って米沢まで全区間入線するに至ったのである。
 そして私、深沢は、越山銀行といなほ銀行が合併して出来た『えちごゆきぐに銀行』の副頭取になって、その『雪水米宗2世』の建造スキームの稟議を通し、こうしてその臨時特急『よねさか』の上野駅での出発式に来賓として出席している。
 汽笛が鳴った。それでここまでの事を思い出して私は思わず思いがあふれた。万感の思いを込めて汽笛が鳴る、という往年のマンガの台詞の意味を、私はここで理解した。そう、汽笛には万感の思いがこもるのだ。
 最後に、この『雪水米宗2世』がつかわれる臨時特急『よねさか』にあの小坂先生が乗車したことと、このときに至っても鳴海と倉島は恋仲ではなかったことを付記しておく。
〈了〉

あとがき

 阿賀北ノベルジャム2022があと2週間後に終わります。そのフィニッシュとしてこの「走れ雪水米宗!」の続編、米坂線篇としてこの本を作りました。いや、審査の鈴木先生が昔鉄研の顧問の先生だったと聞いて、これは作らざるを得ない! と思って作りました。しかし米坂線はご存じの通り災害で長期不通、再開工事のメドもたたずに存続の危機になってるローカル線です。しかも私は現地調査に行けない。ゆえ、凄く困りました。できれば米坂線をゆく雪水米宗の様子をやりたかったのですが、復旧工事も進まない中でそれは無理……。でも無事エビコー鉄研のみんながその坂町への雪水米宗ツアー列車に乗って旅するところは書けました。あと個人的マイブームのドラマ『半沢直樹』へのオマージュもできました。趣味に走ったと言えば走ったんですが.でも鉄道復権、多機能インフラとしての鉄道の上下分離による再生は本気で書いてます。というか個人のお金ではとても出来ないことを国が国民あたりにしたら薄い負担になるように財源を集めて大きな公共工事をして、それで国民に利便とあらたな産業の種を与えるって当たり前のシステムがちゃんと機能してないのが頭が痛いです。国道で出来てるのにもっとそれが必要な鉄道でそれをやらないのはなぜでしょう。国鉄からJRに民営化されましたが、その結果公共交通整備の責任をJRに丸投げして国がなんもしなくていいというわけはないはずです。しかも公共交通は少子高齢化の日本だからこそ優先して整備すべきモノです。交通不便で買い物にも医療にも困るところで子供育てるなんて無理じゃないですか。そういう環境整備をせずにはした金配って子供産め結婚しろと言われても困るんです。
 とはいえ国民もすっかり飼い慣らされてますからね。産業文化財の保護について国や行政の関与が必要、というと「なんで公金をそんなのに使うんだ、おまえがやれ」なんていうバカも出る始末。そういうバカはそういって自分で金も出さなきゃ行政に要求することもしないで他人の足引っ張って喜んでるわけで。一生懸命私財も時間もなげうってやってる人がいるから応援に国と行政も出て欲しいって言ってんのに。私はたまたま今は金も時間もないけど、できたらそういう活動にすぐに突っ込みますよ。それに私も政治家にも意見することがあります。別にそう難しい事じゃないし、他人の足引っ張るだけの人生よりはずっとマシです。
 そういう思いをもって書き始めましたが、50歳を迎える今年、25年の芸歴でもこれはしんどかった……。そもそも阿賀北ノベルジャム自身がしんどかった。ぜんぜん人は集まらないし、集まっても時間が全然合わないし。私たちのチーム雪水米宗はそれで1人少ない中での戦いを強いられました。人数は不足してるし、かといって私にはろくな能力ないし。結果ミスがボロボロ出てしまうし、計画したことの半分も実施できなかった。忸怩たる思いです。
 そしてこの本も4万字以上書きながらキャラもミスも多く、チェックをお願いした同チームの雪子さんにも隣のチームのナミノフ(波野發作氏)にもメーワクをかけてばかり。私もだんだんイヤになってきて廃業を真剣に考えました。だって無理だもん……。結局こうだから商業を続けられなかったんです。辞めたのは必然でした。無理。
 とくにこういう物語を作る仕事って、仕事と自分の区別が付きにくいところがあります。だから作品の失敗を自分の人生の失敗だと思いやすい。私もそれがつらくて、結局別のバイトをしてますから何も言えない。物語を仕事にするってのは大変なのです。でも今私はバイトしながら、私の世界は価値ないんだろうなあ、なんて思ってます。商業価値がないのはしかたないんですが、本質的価値もないんだろうなあ、って。とくにAIがそれっぽい物語をスイスイ書いてしまう時代に突入して、そういう思いは強くなります。
 物語って、なんなんでしょうね。私はますますわからない気がしています。AIをうまくつかって物語を書く実験もしてますが、そもそもそれに価値は生じるのか。
 まあ、私がやっても仕方のないことなんですけどね。
 そんなことを思いながら、病院の検査結果になるほどなー、なんて思ってる2023年2月です。
 というわけで、次の作品が描けるかどうかもわからないのですが、これでいったん終わります。何かでまたお会いすることがあるのかわかりませんが……またよろしくです。では。
2023年3月1日 米田淳一

米坂線ダークツーリズム

2023年2月20日 発行 初版

著  者:米田淳一
発  行:米田淳一未来科学研究所

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YONEDEN

 YONEDENこと米田淳一(よねた・じゅんいち)です。 SF小説「プリンセス・プラスティック」シリーズで商業デビューしましたが、自ら力量不足を感じ商業ベースを離れ、シリーズ(全十四巻)を完結させパブーで発表中。他にも長編短編いろいろとパブーで発表しています。セルパブでもがんばっていこうと思いつつ、現在事務屋さんも某所でやっております。でも未だに日本推理作家協会にはいます。 ちなみに「プリンセス・プラスティック」がどんなSFかというと、女性型女性サイズの戦艦シファとミスフィが要人警護の旅をしたり、高機動戦艦として飛び回る話です。艦船擬人化の「艦これ」が流行ってるなか、昔書いたこの話を持ち出す人がときどきいますが、もともと違うものだし、私も「艦これ」は、やらないけど好きです。 でも私はこのシファとミスフィを無事に笑顔で帰港させるまで「艦これ」はやらないと決めてます。(影響されてるなあ……) あと鉄道ファンでもあるので、「鉄研でいず」という女の子だらけの鉄道研究部のシリーズも書いています。よろしくです。

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