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●妻は勝手に女友達とふたり旅、夫は家でひとりふて寝
男は中年になったあるとき、ある恐るべきことに気づく。自分がどうしようもなく、ひとりぽっちであることを感じてしまう。もちろん、それは当たりまえのことなのだが、いつのまにか忘れていた感覚だ。そこからさきに、さらなる恐怖が待っている。怖いのは、ひとりぼっちのくせに、自分では何もできない人間になってしまっていることに気づいたときだ。あるいは、居場所がなく、誰にも必要とされない人間であることに気づいたときだ。
わかりやすい例は、そのへんにいくらでも転がっている。会社でしだいに居場所を失ってきた夫は、妻と久々にどこか旅行にでも行こうかと考える。「この週末、温泉でも行かないか」と誘ったはいいものの、妻の答えは冷淡なものだった。「ごめんなさい。その日は友人とお昼を一緒にする予定があるの」。では次の週ではどうかというと、「来週は高校時代の友人と旅行なの」となる。知らない間に、妻は独自の世界をつくり、そこで楽しむ術を身につけていたのである。まだ「ごめんなさい」というフレーズが付くだけマシな方であろう。
妻にあっさり断られた夫はどうするかといえば、ならばひとりで旅に出ようとはならない。ひとりで近くの映画館に行こうかとか、友達と焼き肉を食いに行くかとかさえならない。多くの場合、自宅でひとりふてくされてテレビでも見て終わりである。それですめばまだいいほうで、出掛けていく妻に、厭味の一つでも言う夫も少なくない。
夫にすれば、こんな惨めなことになるとは思わなかっただろう。なにしろ二〇年、三〇年前は、関係が逆だったはずだ。妻は子どもにかかりっきりで、その妻を尻目に、夫はあっちこちへ出掛けたのものだ。会社の出張もあれば、仲間内での旅もあっただろう。あるいは、愛人と秘密旅行もあったかもしれない。かつて夫は快楽を求めて旅に出掛けたものなのだが、いまはそうではなくなってきているのだ。
そんな夫にうらみがましい視線を送りつづけてきた妻だが、しだいに自分の世界をつくってきた。一緒に食事をする仲間を見つけたし、グチを言い合う友人もできた。親しくなるにつれ、夫といるよりもずっと楽しい時間を過ごせることがわかってきた。
自分の世界ができた妻に対して、夫は年々世界を狭くしがちである。仕事生活というのも世間を広くしているように見えて、じつは狭くしている。たしかに若いころなら、仕事は世間を広げたが、歳をとるとしだいにワンパターンとなり、広がりを失いやすい。
仕事以外にさしたる興味もなければ、世間は狭くなって行く。会社勤めが終われば、それがはっきりしてくる。定年退職ののち、最初の数カ月はソバ打ち教室などに通ったりして楽しいのだが、しだいに飽きてくる。そこで妻に声を掛けて旅行に誘ったはいいものの、妻からは拒否の言葉が返ってきたのである。
男は、人生の大詰めにきて、見たくもない光景を見ることになるのだ。
●妻の本音は、夫との旅など御免
悲惨なのは、妻に相手にされなくなった男が妻につきまとい、さらには邪魔まですることだ。たとえば、妻が友達と旅行に出掛けると言いだしたときだ。「はいはい」と二つ返事で送りだせばいいのに、露骨に嫌そうな顔をする男がいる。皮肉の一つも言わなければ気がすまないなら、まだましなほうである。旅に行くのをやめるよう、命令する夫もいる。
妻は渋々旅行を中止するのだが、夫はその代わりに何かをしてくれるわけではない。相変わらず、三度の食事づくりを要求するだけである。これは、夫がさびしいからのわがままではないだろう。妻が自由勝手に振る舞うのを腹立たしく思い、それがバカバカしい禁止になって表れているのだ。
妻にすれば、こんな夫と一緒に何かをするのは御免被りたいというところだろう。せいぜい家で一緒に食事をするくらいである。外食するのも嫌だし、まして一緒に旅行に行きたくはないのだ。
その意味で、すでに多くの中年男は妻に捨てられている。妻からはさして相手にもされず、期待されることはまずない。せいぜいリストラされずに、稼ぎを家に入れてくれといったところだ。中年男が妻と一緒に旅をしようと思っても、相手にされやしないのである。
それは、これまで男が自分のメンテナンスを怠ったツケでもある。これまで男は会社生活の忙しさを口実に、いろいろとさぼってきた。家事や育児にかぎらない。妻の相手もさぼってきたし、自分というものとの付き合い方もいい加減にしてきた。自分というものに向き合わなくとも、とりあえず目先の仕事をこなしていれば、自分の存在をそれなりに確認できたのである。普通に仕事をしていれば、取引先の前では偉そうな顔ができたし、何らかの役得もあっただろう。それらが、自分というものを大きく見せてきたのである。
けれども、内実はどうだったか。ひとりの男として見たとき、年々恰好悪くなってきはしなかったか。女を引きつけるだけの魅力を失っていはしなかったか。加えて四〇歳、五〇歳を過ぎれば、体力も衰え、体に張りも失ってくる。記憶力や決断力も鈍ってくる。会社でのポジションを失ったか、失いつつあるとき、ようやくそのことが明らかになってくるのだが、当人はそれをなかなか認めようとはしない。そんな男に、魅力を感じる女はあまりいないだろう。
私は「妻を捨てて旅に出よう」という主張をしたいのだが、じつのところ、男のほうがすでに捨てられているのだ。その厳しい現実をまともに見ないことには、ますます相手にされなくなるのだ。
●中年からの旅は、第二の自立への旅
妻からも相手にされなくなった男が、これからどう生きていくか。それにはいろいろな方法論や哲学があろうが、一つの突破口となるのは旅だろうと私は思っている。ずいぶんとお手軽な方法論、青臭い方法論に感じる人もいるだろう。しかし、お手軽で青臭いものは、困ったときに意外に効くのである。ひねくれがちな心にストレートに響いてくるからだ。
旅をすれば、とりあえずこれまでの長々とした時間の連続を断ち切ることができる。自分をつけあがらせ、怠けさせてきた条件からも距離を置ける。そのなかから、これからの自分のなすべきこと、やりたいことを見つけていくのである。
それは、第二の自立へ向けての旅だといっていいだろう。一〇代から二〇代前半にかけて、たいていの人は自立を目指してあがいたものである。それは、親からの自立であり、学校からの自立であり、この自立への試行錯誤を通じて、自分が一人前になったかのように思えたものである。たしかに結婚もして、子どももできた。会社でも、部下を従え、経費をある程度使えるようになったかもしれない。そうした実績に納得しているうちに、本当の自立を確認できなくしまっているのだ。
若いころの自立は、じつは完全な自立ではなかったのである。とりあえず、自立への第一段階が終わったところにすぎない。本当の自立はこれからなのに、それを放棄してしまっているのだ。そのために、新たな依存を三〇代、四〇代、五〇代にかけて深めていくようになってしまった。それは、妻への依存、会社への依存である。果ては、子どもへの依存にまで進んでしまう。
自立しているのは、むしろ妻のほうである。妻は夫なしでも生きていける世界をつくり、依存してくる夫を煙たがっている。会社のほうも、中年サラリーマンには用はないと言いたげだ。かつては会社を背負って働いていたと自負するサラリーマンでも、いつのまにか会社の負担になっているケースだってあるのだ。歳をとるごとに、こうした依存が深まっていったのでは、“自立した男”とは縁が遠い。自分を外側から冷静に見つめるなら、その恰好悪さが浮き上がってくるはずだ。
あるいは、自分とまともに向き合うならば、想像以上に無力であり、その無力さを隠そうとする自分に気づく。「これでは、女房が一緒に旅行に行きたくないというのも、もっともだ」とわかるだろう。
もちろん、本当に自立した男ならべつである。彼の場合、自分とよく向き合い、自分のまともな部分とそうでない部分を知っている。一人でも楽しく生きていく術を少しずつ身につけている。もしかしたら死ぬときのあり方まで想定しているかもしれないが、そうやって自分を律して生きていく男は、傍から見ていても嫌な男には見えないはずだ。
こんな自立した男なら、長い人生もできるだけ人に頼らず、人に信頼されながら生きていくことができるだろう。妻だってひそかに頼りにしてくれるだろうし、会社もアテにしてくれるはずだ。
そんな男になるためには、毎日の生活の中に油断は禁物である。自分でできることは自分で始末し、日ごろから人の世話にならないよう心掛けが必要なのだが、つい日々の忙しさにかまけて、人まかせになりやすい。気がついたときには、依存的な体質になってしまっている。
そうなってしまったかぎり、ここは強烈な刺激が欲しい。刺激によって、モノの見方を少し変えてみえようと考えたり、新しい何かをするとっかかりがついたりするなら、これはわずかの前進である。そこから自立が始まるのだが、その強い刺激の一つが、旅なのである。
●不安のない人生なんてない
自立するということは、裏を返せば、不安を抱えることである。不安にさらされながら、その不安にうまく対処し、生きていくことができれば、大したものだろう。私も、できればそうありたいと常に思いながら人生を送って来た。
自立した男を語るとき、よく想像しがちなのは、何ら不安も抱えず颯爽と行動する男といったものだろう。映画や小説にもこの手の男がヒーローとしてよく登場するが、果してそんな男がいるのだろうか。これが、けっこう怪しいものだと思っている。まともに生きていれば、不安を抱えていない男などいないのだ。仕事の不安、生きる不安、人間関係の不安などをつねに抱えながら人は生きている。
●男のひとり旅はなぜさまにならないのか
さあ新たな自立へ向けて旅に出掛けようというとき、ここで早くも尻ごみをする人がいる。旅に出掛けるのが、億劫だというのである。けれども、そんな人は本心から億劫だと思っているわけではないようだ。本心は、むしろさまにならないからではないだろうか。
男のひとり旅というと、ひと昔まえなら、恰好いい代名詞のように扱われてきた。沢木耕太郎や小田実らの旅の物語は、若者の憧れを呼び覚まし、多くの若者がバックパッカーとなって旅立っていった。その後も、テレビや映画でひとり旅のロマンをかきたてる物語がつくられてきたようだが、最近はそのひとり旅にあまり人気がない。
また、テレビを見れば、男のひとり旅風のものがある。よくよく見ると、ひとり旅をしているのはタレントさんであり、全国各地の名所を見たり、旅館でグルメを楽しんだりしている。その背景を見ていると、これはひとり旅とは言えそうにない。スタッフを含めた水戸黄門ツァーのようである。男のひとり旅は、まともには描きにくいと、テレビ局の人たちも思っているのだろうか、私にはそんな気がする。
かつて男のひとり旅がさまになった時代には、男にはまだ多少のストイシズムがあった。何でも見てやろうといいながら、物質の力には支配されまいとした。いまからすればかわいい話かもしれないが、それが好ましく映ったのである。
ところがいまはどうだろう。たいていはお金の力で何とかなる。旅にしてもそうだ。ストイックな旅というのは、お金の力の前に押し流されてしまう。それは、あながち悪いことではない。お金のおかげで、いままで見れなかったものを見ることができるし、どこへでも行けることはたしかだ。さらにいうなら、あまりにストイックを気取るのは、変でさえある。
オンラインの普及以降は、たとえ一人旅でも旅先からリアルタイムでの各種情報をバシバシとネット空間に情報提供できる時代である。ストイックに一人旅での見聞を沈静しながら消化や昇華するのではなく、他者との共有を優先しているのが最近の「一人旅」であろう。
ひと昔まえ、沢木耕太郎や小田実の活躍したころとは、旅そのものに大きな変化があった。日本が高度成長時代をひた走っているころ、旅はようやく大衆化してきた。社員旅行や農協旅行によって、国内の代表的な観光地を訪れ、大型旅館で飲食した。それが多くの人にとっての旅の典型的姿であり、それから先のものは思いも寄らなかった。そんな旅の大衆化が始まって間もない時代だからこそ、男のひとり旅はさまになった。普通の人にはできそうにない、知恵と体力を使った高次元の旅に思えたのである。
それも、いまとなっては昔話である。高度成長が終わってからのちも、旅の大衆化は進み、いまでは小学生、中学生でもハワイやグァムへ行く時代である。いまや子どものころにハワイ体験があるかどうかで育ちがわかるという時代にさえなっているのではないかと思えるくらいであり、旅は多様化した。ひとり旅はけっして高尚なものではないこともばれてしまった。むしろ、友だちのいない奴のさみしい旅というイメージでさえ見られがちである。
とくに女性同士なら、気の合った仲間と行く旅の楽しさを知ってしまっている。彼女らからすれば、男のひとり旅は辛気くさく、野暮ったい。貧相に見えてもしかたないのかもしれない。こうした逆風もあって、男のひとり旅はいまあまり人気がない。男自身、恥ずかしいのか、あまりしなくなっている。それはそれでかまわないが、妻に捨てられたいま、いや妻を捨てて旅に出るいま、そう恰好もつけていられないだろう。
●恰好悪い旅でも、いいじゃないか
男のひとり旅がさまにならない時代となったのだが、さまにならなくてもいいのである。さまにならろうと、なるまいと、旅であることには違いない。むしろ、さまになる旅というのが怪しいものだ。ひとり旅というのは、さみしさもあれば、不便もある。食事をするときもひとりだし、困ったときも自分ひとりで判断しなければならない。誰もフォローはしてくれないのだ。もともとがそうそう楽しいものではないのだから、不格好になっても当然なのだ。
ただ、最初はそうしたさまにならない旅でも、道中を楽しんでいくうちに、いろいろと分かってくることがある。わかってくることが多いほど、旅の技術や極意を習得できる。そうなれば、ひとり旅でも楽しいし、恰好やさまを気にすることもなくなるのだ。
だいたいひとり旅の恰好を気にするのは、スケベ心にとらわれすぎているからではないか。日本人の男の場合、いつのまにかひとり旅のスタイルを変な具合にワンパターン化してしまっているのだ。そこには、演歌の世界の影響も感じられる。演歌の世界では、北の酒場でひとり酒を楽しむ旅人風がいて、傍らに彼を好ましく思う女将か同じ旅の女性がいる。肴といえば、その土地の気のきいた一品である。それこそ、炙ったいかでいいというヤツだ。このひとり酒、ひとり旅の姿を一つの理想としていては、旅なぞ永遠にできないだろう。
たしかにこの演歌のひとり酒の風景はある意味で幸せなものなのだろうが、実際にあるだろうか。私は日本各地をあちこち旅してきたつもりだが、そんな風景に出くわしたことがない。きれいな女将が一人で経営している居酒屋もなければ、気のきいた肴を出す店もほとんどない。かつてはあったかもしれないが、いまは特別天然記念物以上のものなのだ。そんなありもしない風景に幻惑されてしまってはいまいか。
もう一つありもしない風景を挙げるなら、寅さんのいる旅だ。鈍行列車に二、三日乗ってみればわかるはずだ。いまの日本のどこにも寅さんのような人はいないし、寅さんの旅スタイルもないということをだ。気の向くままの旅烏とは、物語だけの世界であり、実際の旅とは違うのである。
むろん、そんな当てどのないひとり旅にロマンを抱くのはけっこうなのだが、そのロマンにとらわれてしまうと、自分がこれからする旅がひどく矮小なものに思えてくる。そうなると、もう飛べなくなるのだ。
さらに付け加えるなら、大勢でする旅と比べないことだ。気心知れた仲間と温泉にでも行く旅は、心はずむし、ゴージャスな気分にもなる。それは気心知れた仲間との会合が盛り上がるのと同じ話であり、ひとりのときとむやみに比べるものではない。人は、いつもひとりで行動するわけではない。歳をとるほどになおさらだ。そのときに、大勢での旅行に気持ちを奪われることはないのだ。
ふだん乗る鉄道やバスで、一度あたりを見渡してみるといい。そこには、ひとり旅をしているビジネスマンや若者、あるいは初老の人を見かけるだろう。彼らが恰好よく旅しているとはかぎらない。むしろ平凡に旅をしている。旅とはそんなものなのだ。
●ひとり旅は、オスの感性を取り戻してくれる
妻を捨てて旅に出掛けるのは、自立のためにあるだけではない。オスとしての感性を取り戻すのに意味があるのだ。それは、旅先でのアヴァンチュールのことを指してはいない。旅先でアヴァンチュールを楽しむことができるなら、それは羨ましいかぎりだが、そんなことができるのはほんのひと握りの男にすぎない。ほとんどの場合、アヴァンチュールの「ア」の字もなく終わる。
自分を鏡で一度じっくりと見てほしい。いったいどんな女性が、こんな中年太りのハゲはじめた男に、魅力を感じるというのか。アラを挙げればキリがない。自分勝手で冗談の一つも言えない。教養があるわけでもない。これでモテようという了見はムシがよすぎる。
そんな男がモテると錯覚するのは、お金の力に頼ったときくらいだ。このときとて、本当に相手にホレさせたのではなく、お互いの打算の関係だ。これほど男として醜いものはないだろう。おとぎ話の世界ではあるまいし、まずはそうそうモテるわけではないことくらい知っておきたい。
ましてや、旅先である。どこかの小説かテレビのように、ホイホイと都合のいい女が出てくることはないのだ。そんなわけだから、旅先でアヴァンチュールはまず期待しなほうがいいのだが、旅は今後のアヴァンチュールに向かう力を育ててくれるのだ。単純に旅先で見聞を増やせば、物知りな男になれる。これが、日常の生活に生きてくる。職場やプライベートの場で、女性にそれとなく旅の話を振れば、話題豊富な人という印象を持ってもらえる。そこからあとは腕しだいのところもあるが、話が豊富な男がモテるのは昔からの黄金パターンだ。
さらに、旅はひとりで何かをする力を蘇らせてくれる。ふだん行かないところへ行くのだから、注意力も働くようになれば、勘も働くようになる。長旅となれば、洗濯もしなければならないし、裁縫など身繕いも必要になる。街歩きにしろ、歩いて大丈夫なところと、危なそうなところの区別をつけていく必要がある。海外なら、スリやサギに遭わないよう身の周りに注意を払い、最悪の場合、暴力沙汰まで想定しなければならない。そうした気遣いと、もしものときを想定した「危険予知能力」の研磨が、男くささの復活につながってくるのである。
とりわけひとり旅には、その効用があると考える。乗り物のチケットの手配やホテルの予約に始まって、その日の三食をどうするかも自分で決めていかなければならない。あれやこれやとひとりでやっているうちに、自分の中で何かをしていく活力が湧き出てくる。それは、男としての活力にもなる。
若い読者の中には、こんなことは当然のことだという人もいるだろうが、人間が衰えていくのは、当然のことができなくなるからだ。体力の衰えというよりは、さぼりが人をダメにしていく。とくにいまどきのビジネスマンの仕事というのは、たしかに大変かもしれないが、人間本来の生活とはかなり隔たりがあるものになっている。狩りもしなければ、作物も育てず、モノもつくらない。パソコンを相手に苦闘したり、スマホでああだこうだするのがかなりの部分を占め、本来の人間としての労働とは遠いものになっている。そんな仕事ばかりをして、あとはさぼっていると、生の部分が鈍ってくるのだ。
それは、組織の滅びるときを見ればよくわかる。最近は日本の一流銀行やデパートでも破綻するが、そこには共通するものがあるようだ。組織として当たり前のことができなくなってしまったとき、破綻に向かうのだ。ふつう組織で働くなら、組織のルールや社会のルールを守る。さらにトップなら、人の意見をよく聞き、自分の都合で人事を動かさない。会社のお金を私用に湯水のごとく使わない。こうしたことはふつうの会社なら当然のことなのだが、それができないトップもいるのだ。自分の勝手に人事を動かし、文句をいう奴は飛ばしてしまう。組織で働く人がそうしたトップの顔を伺うようになると、もうその組織を長くはない。人間だって、同じである。
男であれ、女であれ、生活しているかぎり、食事をつくったり、洗濯をしたり、こまごまとしたことをしたりと、あれこれしなければならない。この当たりまえのことをさぼってしまうと、生活する人間として危うくなる。男の臭いが消えていく。
男の場合、家庭生活ではともすると妻まかせになり、家では寝ころんでばかりである。ついには、自分ではお茶すらまともに入れられないということにもなる。妻がいないとき、突然の来客にあたふたするという話は他人事ではないだろう。本人にすれば、自分にこまかいことなどできるかという気持ちがあるだろうが、そうなってしまっては、危ういのである。その危うさを断ち切るのが、ひとり旅なのである。
●パック旅行でもOKの理由
中年からのひとり旅は、自分を見直すうえで大事なのだが、なかにはひとり旅に魅力を感じない人もいるだろう。あるいは、ひとり旅に怖じ気づいている人もいるかもしれない。ひとり旅は御免だというのなら、無理をしてひとり旅に出掛けることもない。そのときは、仲間と連れ立っての旅でもいい。妻がOKというのなら、妻との旅だっていい。さらにいえば、パックツァーだってかまわない。
パックツァーというと、恰好悪い旅の見本のようにいう人がいるが、それは誤解である。パックツァーには、旅のエッセンスがこれでもかとばかり盛り込まれている。もうこれ以上行けないというくらいあちこちを引き回してくれるし、観光旅行ではどういうところを見ればいいかポイントをわかりやすく解説してくれる。初めての土地をガイドブック頼りにおずおすと巡るより、はるかに効率よく見どころを押さえていくことができる。
ラクなことも、重要である。旅は自分のことを自分でするいい機会だとお話ししたが、体力あってのことである。列車や飛行機、バスを自分で乗り継いで、クタクタになり、ダウンしたのでは、本末転倒である。無理なひとり旅をするくらいなら、パックにお任せしたほうがいい。体力をできるだけ温存しながら、行きたかったところに効率よく行けるのだ。
若いころからいろいな国を歩き、旅馴れた人でも、歳をとってくると、バックツァーがいいと考えるようになる。歳をとると、若いころのようには無理がきかなくなるし、トイレも近くなる。バスの中で体を休ませることができるうえ、トイレ休憩もたっぷりあるパックツァーなら、そのあたりのかゆいところに手が届くのだ。
さらにはお金の面でもありがたい。長引く不況下にあって、以前より可処分所得が少なくなったという人はかなりいる。パックツァーの場合、フリーで行くよりずっと安くあがっている。いまどき日常生活でスーパーやコンビニエンスストアを使わない人がいないように、パックツァーを利用しない手はないのである。
さらにパックツァーに何度か顔を出していくうちに、旅そのものがなんとなくわかり、その幅の広さにも気づくようになる。うまく応用して、ひとり旅や仲間内の旅の幅を広げることができるだけでない。旅そのものに対して、以前よりも積極的になれる。それは、人生への積極性にも反映されてくる。
このことは、私がツアー講師の仕事をしていて実感するところである。私がときどき同行をするパックツァーには、よく年配の女性たちがやって来る。彼女らは、パックツァーの常連さんであることが多い。彼女らは、パックツァーを二度や三度で“卒業”はしない。旅のおもしろさを教えてもらえるからなのかどうか、何度もパックツァーに参加してくる。彼女らは旅先では何かにつけ積極的であり、下手をするとこちらが教えられることもある。
彼女たちの好奇心は、ある意味で昔の「何でも見てやろう」の精神に近い。その好奇心を支えるだけのバイタリティもある。そば耳を立てていると、彼女たちのバイタリティが旅だけのものでないことがわかってくる。彼女らの多くは、職場や家庭でも豪傑ぶりをご発揮のことらしい。旅と日常生活がちょうどいい具合に回っているのだ。
いま元気がないといわれる男も、パックツァーをもっとうまく活用してみてはどうだろう。いまよりも、もっと積極的になれる栄養素を得られるかもしれない。
●家にこもっていては、内向きのスパイラルにはまるだけ
中高年を迎えてから一番まずいのは、家にこもるだけの生活ではないか。旅にも出なければ、そのへんのスーパーや商店街に買い物にさえ行かない。そんな人も実際にいるようだが、顔色は冴えない。テレビやネットニュースを見るくらいで、ほかに外からの刺激が何もなければ、元気になれるはずはない。元気がないから、ますますどこにも行かなくなる。さらに世の中に興味を失い、生気を失っていくことになる。
それだけではない。生活はますます妻なり、誰かに依存したものになっていく。これでは、男の魅力も何もあったものではない。第一、内向きのスパイラルにはまってしまっては、おもしろくなかろう。そんな内向きのスパイラルを断つためにも、旅はいいのだ。
私がこんなことをいうのも、人間がひどく弱いものだと考えるからだ。人は受け身の生活のままだと、何も考えなくなる。かつて“切れ者”といわれたほどの人でさえ、その冴えを失ってしまう。もし何もせずとも、現状を維持できるとしたら、よほどの人間である。ふつうの弱い人間の場合、何もせずに生きていくと、活力さえも失われていく。そこで、無理にでも負荷をかけてやる必要があるのだ。それが、旅なのである。
さらにいえば、旅の習慣は安全弁にもなる。男の場合、五〇歳を過ぎてからどこかでガラリと変わることがある。原因は、病気であることが多い。病気を患って以来、家にこもりっきりになり、快活で社交的だった性格までもが暗い方向に変わっていく。家族は最初、戸惑い、やがてげんなりとしていく。
そんなときでも、身体に無理のない程度の旅をすれば変わることがある。世の中、まだまだ捨てたものではないということがわかれば、少し積極的になれる。そのきっかけづくりが旅であり、旅の習慣がピンチを救ってくれることだってあるのだ。旅は、心や身体の自然治癒力や自然活性力を賦活させてくれる治療薬でもあるのだ。
●死ぬときはひとりなのだから、ときにはひとり旅を
私が旅を、なかでもひとり旅を勧めるのには、少し悲しい理由がある。それは、死ぬときもまたひとりなのだからだ。いまは家族に囲まれてにぎやかに、幸せに暮らしている人でも、死をまえにしたらどうなっているかわかったものではない。家族の懸命な介護を受けて、四六時中家族に付き添われるというのが理想かもしれないが、そうはならないだろう。
多くは、孤独ななかで死ぬことになる。病院でひとりでいつのまにか死ぬこともあれば、誰からも相手にされず、死ぬことだってある。手厚い介護を期待するのは勝手だが、家族が介護疲れでクタクタになってしまえば、家族からうらみがましい目で見られることだってある。人生の最期ほど、思うにまかせないことはなく、誰も死んでいく人に付いて行ってくれやしないのだ。
『死への旅立ち』は、どんな社会的に地位の高い人でも、金銭的に豊かな人でも、そうでない人でも、誰でもが「一人旅」なのである。
そのことを考えるなら、ときどき“ひとり”であることを意識したほうがいい。ひとり旅は、ひとりを意識するにはいい機会なのである。 それは、死への予行演習といった大それたものにはならないだろう。死は予行演習できるほど簡単なものではないし、その領域に簡単に踏み込めるものでもない。大それた、ひとりを意識することで、自分のこれからを思うのである。

●世のしがらみにくたびれたら
若いころ、会社でブイブイといわせていた人でも、歳をとってくると、どことなく昔のようにはいかないということがわかってくる。馬鹿だと思っていた後輩のほうがデキる奴に見えることもあれば、かつてのように勘が働かなくなる。しだいに世の中に置いていかれたような気分になってくる。
それは、ある意味でしかたのないことである。だいたい一人の人間が、いくつもの時代を安定して生き延びつづけること自体、不可能なのである。たしかに人によっては、いくつもの時代をうまく生き抜くことができるだろうが、それはよほどの人である。よほどの人だから、後世に語り継がれているのであって、多くの者はそうはいかない。いくつもの時代をたくみに生きていけないと思ったほうがいいのだ。
一時は世の中の半歩先を歩いていると自負していた人でも、時代が変わり、歳をとってくると、そうは言っていられなくなる。いつしか時代のほうが先にいき、こちらは取り残されていく。そうなるのが、ふつうである。
このとき、世の中にできるだけついていこうと頑張るのが日本のビジネスマンだが、それが人生を辛いものにしている。とうについていくことのできなくなった時代に振り回されるだけで、そこに人生の楽しさはない。
もし自分の人生をもっと楽しみたいのなら、自分のもっと中心に据えてみることだが、なかなかこの作業ができない。うまくできないのなら、いっそ世の中を一度捨ててみることだ。これで自分の中がすっきりして、世の中ともう一度いい緊張関係をつくれるというものである。
そんな世捨て人のようなことをしたら、家族の生活はどうなるかという人もいるだろうが、それほど深刻な世捨てをするのではない。いったい捨ててみるだけでいいのだ。それには、旅がいいのである。
旅に出るなら、日々の生活の連続をいったん中断できる。その中断によって、世をいったんは切り捨てることができる。旅に出れば、家族のことからも会社のことからも一応は離れられる。たったこれだけのことでも、自分の身を危うくすると反論する人もいるだろうが、実際のところ、多くの中高年はすでに世間から捨てられているのだ。会社からも捨てられ、世の中からも捨てられている。今度は、こちらが捨ててみるだけの話である。
そうやって捨てたとき、あることがわかってくるかもしれない。これまでしがみついてきた世の中というものが、意外なくらいちっぽけなものだったということだ。もちろん、ほかにいろいろ気づくことも新たな発見として有効だろう。
たとえ、それがマイナスのことであってもだ。旅に出て、これまでの世間にべつのものを見てしまったがために、自分の一生に虚しさを覚えることだってある。旅にさえ出掛けなければそんな思いをすることはなかったかもしれないが、それでもいいのである。
●ネットやテレビの前でクダを巻いているくらいなら、旅に出よう
旅の形も世につれて変わってきたが、いま旅にとって最大の敵にして、最強の味方という存在がある。それはインターネットである。ネットのスイッチをオンにすれば、たちまち世の中のいろいろな動きをキャッチできる。好奇心や冒険心をかきたてられ、そのまま旅に出る人もいる。その意味では、旅とネットやテレビはいい関係をつくっている。
さらに、ネットやテレビには多くの旅情報がある。日本各地はおろか、世界の至るところ、十年前は秘境とされた土地までが、テレビの旅番組でおもしろおかしく紹介されている。これまた、旅心を刺激してくれ、旅行会社にしてみればありがたい存在だ。テレビ番組やネット情報がうまく旅の需要を掘り起こしてくれるなら、そこからツァーだって組めるのだ。
その一方、安易な情報氾濫は旅の敵にもなる。バーチャルな旅情報を見ていれば、それだけで“わかった”気になりやすいのだ。どうせこの程度のことだろうとタカをくくり、バーチャルな世界で完結してしまい、リアルな世界へ旅立っていこうとは毛頭思わなくなってしまう。
世界の各地の風俗も食事情をネットやテレビを通じて見るだけで、その土地に行った気分になってしまう。そこから先、その土地に行ってみようとは思わない。この“わかった”つもりほど、旅にとって大敵はない。さらには、人生にとっても大敵はないだろう。世の中をわかったつもりになってしまえば、何もしなくなる。どこにも行かなくなる。できたとしても、いつでもできるわけではない。ふつうに生きる者には、もう少し刺激が必要であり、旅はその刺激としては手頃なのである。
●肩書が重荷であったと気づく旅
最近の中高年登山ブームは、とどまるところを知らない。私もよく彼らに同行するが、彼らのパワーには敬服する。とともに一種の物足りなさを感じないでもない。彼らの登山が少しワンパターンだからだ。
中高年の登山ブームを支えるものの一つは、百名山信仰である。深田久弥が選んだ百名山をすべて制覇したいと山に登るのだ。「俺は百名山を〇〇個すでに登った!」と、自慢げに喋る人も少なからずいる。
たしかに、目標を持つのはいい。深田氏が選んだ百名山は、すべて納得する山ばかりである。けれども、山はほかにもたくさんあるのだ。それも、百名山に劣らないくらいすばらしい山が日本の低山にも、世界各地にも数々ある。そこに目がいっていないのだ。これではいささか幼稚だといわれてもしかたないだろうし、ちょっと世俗的すぎる。サラリーマン生活は嫌っているくせに、売り上げ至上主義であるサラリーマン根性が抜けきらないのだ。
登山をはじめて最初のうちは、百名山をありがたがるのはしかたない。名山とふつうの山の差がわからないときに、その差を百名山は教えてくれる。一つのスタンダードを知るには、百名山はいい手掛かりにもなるのだ。そのスタンダードを知ったあとは、自分の目や情報をもとに、自分にとっての価値ある山を探してみてはどうだろうか。そのほうが、より山に興味を持てるし、山についての関心の幅も広くなる。
百名山というのは、一つのブランドにすぎないのである。ブランドはすぐれたものの代表であり、すぐれたものを何かを教えてくれるが、それ以上のものではない。たとえ低山であったも、四季折々に変化する風情を愛しむために、毎月同じ登山ルートを歩くという高尚な趣味を持つ人も少なからずいる。
これは、登山における百名山だけの話ではない。旅全般にもかかわる話である。旅に出掛けるときも、この“百名山”的なものに頼りすぎてはいないだろうか。旅行会社のパンフレットを見れば、いま一番のブランドは「世界遺産」だろう。中高年の中には、世界遺産をどれだけ訪問できるか、その数を競う人もいる。
もちろん、世界遺産はすばらしいものだし、そこにわざわざ出掛けるというのは、大したものである。あちこちの世界遺産を巡るには体力や精神力は要るから、それはそれでいいことなのだが、世界で価値があるのは何も世界遺産ばかりではないだろう。人によっては、世界遺産に登録されることのまずないような代物に興味を持ち、そこに行きたがる。むしろ、そのほうがカッコイイではないか。
世界遺産にあまりに行きたがるというのは、世の中に振り回されているのだ。これまでの人生、会社や世の中にさんざんに振り回されてきたくせに、これからも世の中に振り回されたがっているようなものだ。これでは、旅が生きない。
ふつう世界遺産を巡っていれば、いろいろな分野に関心や興味がわいてくるだろう。鳥類の生態や街の成り立ち、紋章の特色、ふだん気にしないことでも興味がわいてくる。もっと、そっちのほうへ興味をシフトしていってもいいのではないか。
そんなさして意味もなく、無駄に見えることができるかと批判する人もいるだろうが、人生そのものが過剰な無駄ではないだろうか。意味があるようで、じつのところ定かでない。そう考えるなら、無駄な瑣末なことにでも興味を持てる。そのほうが楽しくなりはしないか。
●自分の聖地を持つ意味
旅をつづけることの醍醐味の一つは、自分なりの聖地を見つけていくことにあると、私は考える。もっというなら、聖地巡礼こそが、旅なのである。それは、宗教的な聖地にかぎらない。もっと世俗的なものでも何でもかまわない。たとえば、ギャンブル好きなら、世界中の競馬場が聖地になるかもしれないし、美しい布のある土地ならそこが聖地になるという人だっているだろう。自分で選んだ聖地を巡礼していくことで、自分の求めている至福が得られるのだ。
それは、日常生活の中にフィードバックされる。一見退屈な日常の中から、聖地への憧れが形づくられていくのだ。人間、毎日、仕事ばかりしているわけではない。いろいろなものに興味を持ち、心を奪われていく。仕事の中からだって、好奇心が沸き、行かずにはいられない場所が出てくる。それが、自分にとっての聖地である。
日常生活が精神的に豊かなものであれば、それだけ行ってみたいところ、実際に見てみたいものは膨らんでいく。つまりは、聖地候補がそれだけ増えるのだ。逆にいうなら、旅することは、自分の聖地探しでもある。憧れの地を目指して、飛行機に乗り、列車に乗り、バスに乗る。その先にはあるのは喜びなのか、失望なのかはわからない。ともかくそうやって聖地を目指していけば、それが自然と旅になる。
そして旅を重ねていくうちに、自分の中の聖地のイメージがさらに具体化されるだろう。自分の中につぎつぎと聖地が現れ、そこを目指したい気持ちが強まってくる。そうなると、日常生活もまた強い意味を持ってくるし、さらに豊穣なものになっていく。
もちろん、旅をしながら聖地を探したっていい。いまの生活にどうにも合点がいかず、物足りないとき、旅に出てみるとどうだろう。いままでにない文物を見ることで、自分の追いかけたいものがうっすらと見えてくることだってあるのだ。
この聖地は、自分でつくるものであり、他者からの借り物ではつまらない。だから、深田久弥おさがりの百名山では詰まらないのだ。日本で自分のオリジナル百名山をつくったっていいし、あるいは世界に目を向けてもいいだろう。世界、それもわりと近いところに、百名山に劣らない名山がある。それは、まだ無名の山々だが、いずれ人気の出るだろう山々だ。
登山については、世界的な人気スポットがある。世界最高峰エベレストへのトレッキング、カナディアン・ロッキー、モンブランをはじめとしたヨーロッパ・アルプス、ニュージーランドの森林道などが、おそらく四大人気どころだろう。これに、アフリカのキリマンジャロへの登山がつづくだろうか。
私がお勧めするのは、そんな人気どころではない。カザフスタンやタジキスタンなど内陸アジアの諸国、さらには東ヨーロッパの山々や韓国や台湾、そして東南アジアの山々だ。わりと知られていないが、このあたりにはいい山が多いのだ。つまり歩いて楽しく、味わう風景もまた素晴らしいというものだ。
とくに、韓国の山々は近年急速に整備されてきていて、日本人でも登りやすくなっている。じつは、韓国でも日本より若い年齢像を中心に、登山ブームがすでに定着している。ブームの中、登山ルートや施設が整備されてきて、韓国の山々を知るのにいい状況ができあがりつつある。
内陸アジア諸国では、登山と同時にシルクロードの歴史遺構も併せて巡ることができる。東ヨーロッパの場合、まだ登山ブームといったものはない。けれども、しだいに西側の資本が入っており、近い将来には日本人でも行きやすくなると私は考えている。
●旅の掘り起こし人になったつもりで、聖地を探してみよう
聖地探しは、宝探しのようなものである。世界は年々狭くなってきているとはいえ、お宝となる場所はまだまだいくらでもあるのだ。そのことに気づくかどうかで、人生の膨らみ方が違ってくるのだ。
いまのところ、日本ではお役所が聖地づくりに血道を挙げている。町おこし、村おこしの延長線上で人を呼び寄せるため、自分の町の特色づけがいろいろな形で行われている。桜並木をきれいに整えて桜の名所になろうとする村があったかと思えば、温泉を掘り起こし、温泉で少しでも人を集めようという町もある。また有名な画家や漫画家、作家を輩出した町なら、彼の記念館を建てて、これを売り物にする。
なかには鳥取県境市の水木しげるロードのようにヒットなったところもあるが、その多くは討ち死にである。最初の数年は何とか話題づくりができたとしても、そのあとがつづかない。○○記念館や××の小道は、旅行のピークシーズンでもスカスカの入りという話は珍しくもないのが現状だ。世界遺産となった当時の石見銀山の驚異的な賑わいは、すでに過去の物語として語られるばかりである。
そこには、観光資源の乏しさもあるだろう。有名な画家の記念館を建てても、肝心の所蔵品が少なければ話にならない。あるいは、本物はどこかにいってしまい、模造品だけが陳列されていたのでは、これまた二度と相手にされない。
ほかにも、ダメな理由はある。多くの聖地は、お役人の手によって「これならウケるかもしれない」という思惑でつくられたものだ。聖地を探す側の思惑は、あまり入ってきていない。そんなわけだから、いくらお金を注いで聖地を整備しようとしても、巡礼者はやって来やしないのだ。
こんな状況のなかにあって、聖地を求めて立ち上がるのは、旅人以外にないのだ。行政に任せず、自分で自分なりの聖地を探していったほうがいい。たとえば、焼酎好きなら、その造り手を訪ねて歩くツァーを考えたっていい。最近の焼酎ブームのなか、焼酎の裏ラベルを見ると、九州をはじめ日本の各地に蔵がある。対馬や種子島など離島の造り手であることも少なくない。そうした造り手を訪ね歩けば、さらに焼酎が美味しくなることはたしかだろう。
日本酒ファンなら、日本酒の造り手をいくらでも歩いて回れる。とくに最近は、代替わりによって急速に味のよくなった造り手も多いと聞く。そんな新興の造り手と老舗をあれこれ比較するとき、ただ飲むだけでなく、足を使い目で見て体で感じるなら、より味わいは深いものになるはずだ。おかしなもので、日本ではまだこの手のツァーがほとんど組まれていない。はるばるフランスまでワイン畑や蔵、シャトーを巡る旅に出掛ける日本人がちらほらいるにもかかわらずである。
いまフランスのワインの聖地ともいうべきブルゴーニュやボルドーに向けては、日本人のツァー客も訪ねて行っているし、個人のお客もいる。人によって、ブドウ畑を数時間も歩き、「ああ、ここがシャンベルタンの畑ね」と喜んでいる。それなのに、日本人が日本酒の蔵を歩くケースというのは少ないのである。何度かワインブームがあったとはいえ、日本人にとって一番身近なアルコールといえば日本酒だ。その日本酒の蔵元巡りの旅がもっとあってもよさそうだが、そうはなっていない。
あるいは、文学でもそうだ。パリを訪ねたとき、バルザックゆかりの地、小説に登場したと思われる土地を散策するバルザック好きはいるはずだ。ところが、三島由紀夫のファンでも、彼の小説に出てくる土地をあれこれ歩く人は、バルザック好きほどにはいないと思う。日本の文学にあっては、せいぜい太宰治ゆかりの津軽を歩く若者がいるくらいで、あとは意外に歩かれていない。聖地となるべき土地が、そのまま眠っているのだ。
日本人はじつは聖地を眠らせたままにしているのだ。それはもったいない話でもあり、怠慢な話でもある。もし旅人がそうした聖地をあまり歩かないのなら、再開発によって、元の風景が目茶苦茶にされることだって考えられるのだ。聖地の人気があまりに高すぎるのも問題だが、まったくないというのも困った話で、聖地を支えるのは旅人なのである。旅人が多く集まるなら、そこに住む住民やお役所だって考えてくれるようになるのだ。
そういう意味では、最近流行り始めている、「アニメや映画の聖地巡り」という行為は注目に値するだろう。オタクの行動としてマイナス的に捉えられることもあるが、ある意味でこだわりを持って、地方都市や僻地の風景や事物を少人数で自主的に訪れている行為は、聖地巡りの新しいパターンであろう。
●コンビニエンスストアに行かない旅、マクドナルドへ行かない旅
ひと昔まえ、日本国内を旅するとき、ときどき不便を感じることがあった。小腹が空いたとき、田舎町をいくら歩いても、食べ物を売っている店がない。あるいは、ちり紙やつめ切りといったちょっとした消耗品が要るときも、なかなか手に入らない。そんな時代が、いまは嘘のようである。コンビニエンスストアのおかげで、日本全国どこへ行っても、ある程度モノに不自由しなくなっているのだ。
なにしろ、人口二〇〇〇人に満たないくらいの村にも、コンビニエンスストアがある。JRの田舎駅にも、コンビニエンスストアが入っている。日本全国どこへ行っても、コンビニエンスストアをわりと簡単に探し出せ、おかげで何かと便利な思いをさせてもらっている。小腹を満たせるだけでなく、歯ブラシやタオル、鬚剃りまでも、コンビニで買えるのだ。
日本国内だけではない。アジアにいま、コンビニは広がっている。ソウルやバンコクには数えきれないくらいあるし、ネパールのカトマンズのような僻地にさえ、コンビニが建っている。コンビニに行けば、現地の言葉を無理に使う必要もない。無言で買い物までできる。
これはたしかにありがたいことではあるが、怖いことでもある。一つには、あまりに日常と結びつきすぎているからである。これでは、自分の住む土地でないところ行った気があまりしないのではないか。さらには快適さ、便利さに頼りすぎて、旅の感覚が鈍ってくる。それは、旅の楽しさを奪うものでもある。
旅というのは、あまりに快適すぎると、なぜかおもしろさを失ってくる。すべてが知ったものに近いものになってしまえば、そこに驚きがなくなるのだ。旅先でコンビニエンスストアばかりに行っていると、旅がどこにでもある光景に変わってくることさえある。もちろん、そうした日常感覚を旅に持ち込むのも一つのスタイルなのだが、そればかりでは、旅をしている意味が小さくなってくる。
古臭い感覚なのかもしれないが、旅は面倒なことがあるから、それらしさを保つことができるのだ。小旅行であっても、手間と時間がかかれば、それだけで不思議と凄い旅をしたような気になるものなのだ。いまでも冬場の裏日本側を鈍行列車で旅行していると、「ここは日本なのか」という気分になることがある。
一〇〇キロ離れた町まで移動しようと思ったとき、半日かかることだってあるのだ。田舎では、路線によっては、一時間に一本も列車が通らない。辛うじてやってきた列車もどこかで乗り換えとなり、そこからまた数時間待って、ようやく目的地へ行く列車が通ることになる。フラリと列車の旅を楽しみにきたはいいが、時間の無駄ばかりをさせられることにもなる。それはとんでもない旅である反面、印象に残る旅となるのだ。
コンビニにあまりに頼った旅をしていると、まずとんでもない旅にはならないだろう。その反面、印象に残る旅にもならないのだ。もう一つ、現地の顔がわからなくなるのだ。コンビニというのは、ある意味で国際標準のようなものである。国際標準だから便利なのだが、そこには現地の色が乏しい。かつてバンコクあたりには屋台が数多くあり、屋台で現地の人たちが飲食しながら、噂や情報の交換をしていた。
それはバンコクならではの光景だったのだが、コンビニにはそれがない。各地のコンビニにわずかの違いがあり、それをもって“顔”といえなくもないが、その濃度は薄い。そんな薄いものしか感じない旅というのも、どこか虚しくはないか。
同じことは、マクドナルドに代表されるファストフードにもいえる。ファストフード店も、いま日本全国津々浦々にある。駅前の丼食堂が潰れた場所にも、ファストフード店はある。小腹が空いているとき、安くあげたいとき、ファストフードの店はありがたいのだが、こればかりだと、いま住んでいる場所の食生活とあまり変わらないということにもなる。旅をしているという感覚が、希薄になってくるのだ。
だからといって、旅に出掛けたら、ご当地の名物を食えとは言わない。ご当地の名物といっても、最近は行政のブランドイメージ戦略によるお仕着せのようなものも少なくない。そんなものを食べるくらいなら、まだ、そのへんの丼屋や中華料理屋で親子丼やラーメンを食ったほうがいいくらいだ。
少し余裕があるのなら、現地の食堂に入ったほうがいい。とんかつ屋でも焼鳥屋でもスパゲッティ屋でも、どこでもいい。まったく知らない店に入って、おそるおそるメニューを見るだけで、新鮮な気分になれるだろう。同じとんかつでも、自分の近所の店とはかなり味わいが違うという発見だってあるだろう。ふだんとは別のところにいる実感というものが、沸いてくるのだ。
●スマホを持たない旅
「ない」ついでにもう一つ言ってしまえば、スマホや携帯電話を持たない旅というのもいいだろう。いまは携帯電話なにしには不便を感じる時代にさえなってしまいつつある。私もスマホなしの仕事が考えられなくなりつつあるが、旅においてスマホは必需品だろうかと思うときがある。
スマホを持って旅に出るといのは、あまりに世の中に未練がたっぷりあるように見えてならない。世の中に相手にされてもいないくせに、世の中にぶらさがっていたいのだ。こんな未練がましい状態を、一度断ち切ってみてはどうだろう。
スマホとコンビニエンスストアとは、「便利」という点で必需品の項目に入れたくはなる。しかし、あえて、その「便利」を放棄するような勇気も求められているのではないだろうか。
●若者はガイドブックにない旅を、年寄りは少しはガイドブックを
ツァーの世話をしていてときどき思うのは、お年寄りはもう少しガイドブックを読んだほうがいいのではないかというものだ。いまどきの若者については、マニュアルに動かされているばかりだという批判があり、当たっている部分もある。若者はマニュアルについて書かれた本をよく手に取り、そのマニュアルに沿って行動を選択する。マニュアル以外の行動は、あまり考えもしない。
その若者の行動を批判するのは自由だが、批判するお年寄り側には、予備知識がなさすぎるのだ。旅についても同様だ。せっかく旅に出るのだから、もう少し事前に勉強しておいてもよさそうなのに、自分では何もしない。すべては、ツァー任せである。ツァーのほうで、適当に解説してくれると思っているし、いろいろと世話をしてもらえて当たりまえに考えている。
これでは、あまりに受け身な旅であり、もう少し行き先についての“予習”をしたほうがいいのではないか。簡単なガイドブックでいいから、これを買ってどこがおもしろいのかくらい知っておいたほうがいい。さらにいうなら、どこが危険なのか、いざとなったらどこへ駆け込めばいいかもあらかじめ調べておく。自分の泊まるホテルがどこにあるかも、自分でチェックしておく。
ツァーでは、ときどき迷子の人が出る。その迷子が自分でホテルに帰れるならまだいいが、自分の宿泊ホテルの名前を忘れている人もいる。地図でどこにかあるかがある程度わかればいいのだが、地図を見たこともないという人もいる。これでは、帰りたくても帰れない。そんな笑い話もよくあるわけで、笑われたくなかったら、少しは事前に“お勉強”しておいたほうがいい。
『地球の歩き方」をはじめとするガイドブック至上主義については、これまであちこちで批判されてきた。たしかに『地球の歩き方」片手に海外を歩くのはあまり恰好のいいものではないが、ガイドブックをまったく読まないというのも問題なのだ。これがとくにお年寄りに多く、これまでまったくガイドブックを読んでいないというのなら、一度くらい『地球の歩き方』を読んでほうがいいと思う。
一方、若者の場合、事前に“お勉強”するのはいいことだが、あまり勉強した中身に縛られないことだ。要は、ガイドブック至上主義にならないことだ。ガイドブックに書かれていることをひととおり実感したなら、ガイドブックにない旅を少しずつ考えていったほうがいい。
食事をする場所にしろ、日本のガイドブックにない名店はいくらでもあるはずだ。こうしたガイドブックにない名物、名店を探すのも、旅の楽しみの一つなのである。それを知らないままというのも、もったいない話である。
●日本のガイドブックでなく、自製のガイドブックを
日本のガイドブックについてもう少しいわせてもらうなら、その視野の狭さを少しは知っておいたほうがいい。そのことは、国内旅行のガイドブックを見ればわかるはずだ。試しに一度、自分の住んでいる土地について書かれているガイドブックをペラペラめくってみるといい。案外と、つまらないところが紹介されていて、逆に「こんないい店がなぜ紹介されていないのか」と不思議に思うことすらある。
ガイドブックの作り方は各社いろいろだが、たいていは現地のどこかのプロダクションが取材する。その取材先の選定については、プロダクションの調査が反映されるというよりも、行政サイドの意向といったものが重視される。そのため、選定は自然と無難なもの、行政のお勧めのものになりがちだ。日本の国内旅行のガイドブックが各社似たようなものなのも、このためだ。日本でつくられる海外旅行のガイドブックにしろ、この延長線上にある。
ガイドブックの情報はある一定の操作がされているわけで、その操作の中で旅をしていてもつまらない。世の一つの枠の中で、からめとられてしまっている。また、日本のガイドブックは有名な街やスポットについては詳しい地図がついているが、人気の薄いところには掌を返したように冷淡である。小さな地図が一つでもついていればまだいいほうで、地図なしでガイドされている土地もある。その土地を掘り下げようというとき、これは不便である。
そんなわけで日本のガイドブックを利用するくらいなら、まだ現地のパンフレットを活用したほうがいい。現地のパンフレットにしろ、いろいろな思惑が絡まっているものの、情報量が圧倒的に多いし、情報そのものが新しい。また広告をよく見ていくと、いろいろ参考になる。
一番いいのは、自分でガイドブックをつくってしまうことだろう もとになるのは、日本のガイドブックでもかまわない。これに、いろいろな情報を付け足していく。現地のパンフレットからも取れるし、自分の足で稼いだ情報ならさらに価値がある。また、同じ旅行者や町の人から聞いた情報もある。これらを合体させたノートをつくれば、立派な旅の道具になる。
●流行りの旅先には、近づかないほうがいい
旅はどこへ出掛けようが、その人の自由なのだが、あまり行かないほうがいいところもある。その典型が、流行りの旅先である。
だいたい世に捨てられた者が流行のスポットに行くこと自体、面怪なものだが、流行りの旅先へ出掛けても、人の山を見にいくようなものである。流行ウォッチャーを自認し、どんな人がやって来るのか観察に行くのなら、それは楽しいだろうが、その観光地のセールスポントを楽しみに行ったのでは、疲れるだけだ。ゆっくりと味わうこともなく、なんとなく行って帰ったという気分が残るくらいのものだろう。
たとえば富士山だ。登山ブームの中にあって、誰も一度は登ってみたいと思うのが日本一の山である富士山だ。コロナ禍の期間、それまでの過酷ともいえる山小屋宿泊状況は幾分か改善はされている。コロナ禍前には大変なことになっていたのである。宿泊する山小屋は寿司詰め状態であった。やって来る登山客をぎゅうぎゅう詰めにしていた。
富士登山のシーズンは限られるため、その限られたシーズンでどれだけ儲けるかを考えている山小屋は、できるだけ人を入れようとしていた。その結果、寝返りも打てないくらいに押し込まれていたのである。コロナ禍以降は、少しは改善されていくことを期待はしているが・・。
ただ、おばちゃん登山客の場合、そんなことはほとんど気にせず、ペチャクチャしゃべっていたが、げんなりとした表情を浮かべる中年登山客もいたのである。そんな光景を幾度も目にしていた私は、さすがに考えてしまっていた。日本のインフラは世界でも一流になったとされるが、それは、見せ掛けのものであり、まだまだひどいものであると認めざるを得なかったのだ。
そんなひどい山小屋に泊まることになるのも、一つには富士山があまりに有名で、かつ流行の中にある観光スポットであるからだ。さらにいえば、流行の観光スポットをこれでもかと売り込む心無い一部の旅行業者の問題でもあった。彼らは登山客をバスに乗せ、五合目で降ろしたあとは、さあ登ってくださいという調子であった。途中で落伍者が出ても、ほとんどケアしないというケースだってあった。彼らにすればとにかく客を一人でも多く集めればいいのであって、あとは知らぬふりである。そんな一部の心無い旅行業者の宣伝に釣られて、人ゴミの山に行くことになっていたわけである。
もう一つ、少し山を齧った人間にいわせれば、富士山は登山するのにそこまで面白いとは言えない山だと思う。富士山は独立峰である。アップダウンもなくただ上に上がっていくだけだ。それも普通の登山客がスタートする五合目からは、瓦礫帯でほんんど草木や水場もない。普通なら樹林帯を抜け、しだいに草木が少なくなり、瓦礫帯に向かうという風景の変化を楽しめるのだが、それがない。
富士山の魅力は二つだけで、一つは日本一の山であること。もう一つには、頂上からの見晴らしが非常にいいことくらいなのだ。そんなわけだから、流行に釣られて、富士山に行くと、裏切られたり、辛い目に遭うことにもなる。人によっては、「山はもういいよ」となりかねない。山に行くにしろ、あまり流行りでないところへ行ったほうがいい。山以外でも同じである。
また、有名になりすぎた観光スポットは堕落しやすい。コロナ禍前までの富士山然りだろう。富士山にかぎらず、大勢の観光客でゴッタ返すところは、もともとあったよさが失われやすい。大型の資本が進出してきて、地元のもともとあった人気施設を食ってしまう。大勢の観光客が押し寄せることは、その波にさらに加勢することにつながる。自分たちで、いい観光スポットを台無しにするようなものなのだ。
●お金がないときこそ、旅に価値が出る
「不況」という言葉をすでに聞き飽きた感がある昨今、どこでもかしこでもディスカウントやコストダウンばやりである。より安い店で買い物をすませ、さらに会社や家でもあれこれ倹約する。たしかに生活の防衛のために、それはしかたのないことだが、あまりにお金のことをいいすぎていると、物事がわからなくなる。
お金のことをいいすぎるのは、金銭バブルに踊った人たちと本質が同じでしかない。お金があればあったで、何に投資して増やそうかお金の話をして、お金に余裕がなくなれば、切り詰めの話に終始する。お金に振り回されっぱなしであり、これでは心が参ってくる。何のために生きているのかわからない。
失われつつある日々の味わいを取り戻すには、自分にふさわしいゆったりとした時間が必要である。それには旅はいい。お金のことで振り回されている自分というものが遠くなり、冷静になってくる。
そんなことをいうと、「お金もないのに、どうやって旅に出るのか、そんな余裕はない」と怒る人もいるだろう。お怒りはご尤もである。旅に出掛けるお金があったなら、そのお金で子どもの学資に当てることもできるし、老後の資金に補充することだってできる。今日の晩御飯を鶏肉から牛肉にランクアップできるやもしれない。少なくとも、いま旅に使うお金を我慢すれば、その分だけ貯金も増えて、将来役立ちそうな気がするかもしれない。
それでも、やはり旅なのである。いや、むしろお金がないからこそ、旅に出掛けるのだ。旅に出掛ければ、お金を使うことになるが、お金で買えない価値のあるものまでがわかってくる。また、お金を使わずにケチりまくっている自分についてもわかってくる。
さらには、お金を使ってこそナンボということがわかってくる。お金を使わず、家でジッとしているだけだと、せいぜい倹約術が身につく程度である。お金を使い、旅に出るなら、痛い思いをしながらでも、お金のありがたみがわかってくる。お金の使い方も分かってくる。
お金がないときこそ旅をしたほうがいいのは、お金があるときのことを考えてみれば、少しわかってくるだろう。人間、誰しもお金ができて、ひととおり身の回りが充足すると、余ったお金を旅に回しがちだ。1980年代後半のバブル時期が典型で、日本人は日本列島のあちこちを旅行して回ったため、お土産が足りなくなってしまった。そのため、お土産を量産して、各地のお土産物屋に売る商売ができてきたほどである。
加えて多くの日本人が海外へも観光旅行に出掛けるようになり、海外は珍しいものではなくなっていた。パリのブランド品店での日本人買い漁りが話題になってもいた。これまた日本人の懐が豊かになったためであるが、その旅の中にはただお金をやたらに使うという旅が多かった。これは、コロナ禍前の中国人の買い出し来日ツアーも同じ状況であった。
お金があったからといって、かならずしも有意義な旅ができたわけではないのである。だいたい、お金が余ったから旅をするという考えの中には、バブル的なものが少しだけ混じってはいないだろうか。たしかに健全で現実的な考え方ではあるものの、余裕にまかせすぎた旅では、道楽になりやすい。それで、本心が求めている旅ができるかどうかは疑問なのである。
旅というのは、一期一会のようなものである。本当なら何かやむにやまれぬものに突き動かされてと恰好をつけたいところだが、現実はそうでもない。何かの弾みでパックツァーに紛れ込むこともあるだろうし、誰かに誘われてフラフラということもある。お金のことはチラッと頭を横切るも、「まあ、何とかなるだろう」と腹をくくる。そんな懐に余裕のない旅にも驚きはあるだろう。肝心なときにはお金がないからと我慢し、どうでもよくなったときに旅をしても、これは心に響かない。
お金がないときこそ旅がいいのは、お金がないときには心身がいろいろなものを求めているからだ。とくに若いころは、当然のようにお金にはいつもピーピー言っている。お金はないのだが、いろいろなことがしてみたい。そんな状況の中で、お金に余裕ができるのを待ってはいられないのである。
旅に出掛けたいと思ったなら、いまお金にさほど余裕がなくても、断念することはない。いまのお金の範囲で、できるだけ思いを遂げればいいのである。
●お金がないからこそ、旅に工夫が生まれる
お金がないことには、旅ができないという理屈をこねているようでは、普段の生活もうまくいかないだろう。そこには、何の工夫もないからだ。これでは、たとえお金に恵まれたとしても、旅を楽しめないと考える。
お金がなかったら、そこで知恵が沸いてくるはずだ。飛行機で行くところをバスにするとか、ネットで安いコースを探すとか、人数を募ったら安くなる話を見つけるとか、いろいろ出てくる。そこから、旅の選択肢が増えてくるし、思ってもみなかったコースを発見できることだってある。
また、あえて徹底的な貧乏旅行を選択する方法だってあるだろう。宿代がないのであれば、自動車を宿代わりにすればいい。弁当にお茶、コーヒーをポットに入れておけば、高いお金を払って外食しなくてすむ。お土産は、現地の水や石ですませてしまう。
そもそも仕事や家事の世界でも、潤沢にお金があることは稀である。切り詰められた予算の中で、やりくりしなければならない。頭を使わないことには、置いていかれるだけだ。知恵を巡らせて、儲けを生むやり方を見つけていく。それが、これからのスタンダードとなることだってある。ナイロンや人工ゴムの発明にしろ、そうである。戦争のため、天然資源が手に入らなくなったため、代用品を考えたのである。
旅の世界も、貧乏な人たちに合わせて変わってきているといえなくもない。空の旅は、その典型だろう。かつて空の旅といえば、お金持ちだけができるものだった。ところがジャンボジェットが就航するあたりから、席に余裕ができはじめた。その席を遊ばせておくのはもったいない航空会社側と、飛行機に乗りたい貧乏な人たちとの接点がここで生まれたのだ。
さらに格安航空会社の発足である。日本の航空会社も国際間競争に揉まれ、第二ブランド的子会社を設立し、格安航空券市場を広げている。いまお金がなくてブツブツこぼしている人だって、工夫すればいくらでも旅を楽しめるのだ。そうした工夫が集まれば、旅のシステムを自分のほうに有利にだってできるのだ。このような工夫にネット環境などを有効に活用すべきであろう。
●出張を利用する法
懐のさみしいサラリーマンでも安く旅行する最大の方法は、出張だろう。出張はまぎれもなく仕事だが、二四時間仕事をしているわけではない。出張中の空き時間をうまく利用すれば、一つの旅ができる。
出張では飛行機や列車を使うことが多いが、始終パソコンを眺めたり、資料を確認している人はそういないだろう。しばし睡眠をとったり、週刊誌を読んだりしている。その合間には、車窓からの風景を眺めている。車窓からの風景を楽しむだけでも、これは十分に旅なのだ。
また、帰りに予定していた時刻まで少し時間があるなら、このとき、多少の観光だってできるはずだ。何も名所に行かなくてもいい。街中をブラっとするだけでも、立派な観光だ。三食だっていつもと違う。街中にマクドナルドや吉野屋があれば、そこに行って安くすませるという人もいるだろうが、あれこれ店を探して、気に入ったところに飛び込むの悪くない。旨ければ儲けものだし、ハズレをつかんだところで、これまた旅の余興である。
出張をうまく旅に利用した典型が、評論家の故・竹村健一氏だろう。彼は若いころ、会社勤めをしていて、よく出張に出掛けたらしい。多くは東京・大阪の往復だったが、裏日本回りのコースを使ったり、ルートをいろいろ工夫した。当時は、まだ新幹線のない時代で、のんびりしていたこともあり、竹村氏は会社の経費でいろいろ土地を見ることができたのである。氏にすれば、これはけっこう楽しく実りが多かったという。
もちろん、いまはそんなのんびりした時代とは違う。いまどきオンラインの普及で出張が減りつつあることも知っている。出張の経費も切り詰められ、慌ただしいものになっている。スマホでいつでも会社から連絡が来るのだから、のんびりとはしていられないかもしれない。それでは、そこはサラリーマンの知恵というものがあるだろう。
会社とサラリーマンは、互いにばかしあうようなものだ。せちがらい今の世にあっても、出張を旅にする工夫はいろいろあるはずだ。私がそれを紹介して、会社に知られてもマズいので、具体的には挙げないが、道は自分自身で模索して研究するものであろう。
●旅を自分のものにするには、自腹である
出張によって安く旅をする方法を紹介したが、ある意味でこれは“邪道”であることも知っておいてほしい。出張旅行のお金は、ほとんどが会社持ちであり、自腹ではない。そんな他人持ちの旅は、実感性の濃度に乏しいのだ。
人間はよくよくお金にからめとられていて、お金を使うことで、はじめて真剣になる。お金を払っているから、つまらなかったとグチったり、これは掘り出し物だったと喜んだりする。お金を払わず、おごられだと、つまらなくても、あまり苦痛に感じない。おもしろくても、その喜びは爆発的ではない。
演奏家にすれば、招待客の多いコンサートほどやりやすいものはないという。なにしろ、つまらなくても、ブーをいうお客はほとんどいないのだ。張り合いに欠ける反面、ブーイングを浴びるかもしれないという恐怖や緊張を味わわずにすむ。お金を払わない客とは、そんな存在なのだ。結局のところ、実感性の濃度は低く抑えられ、その演奏会は自分の為にはならない。
旅を自分のものにしたかったら、自腹を切ることだ。金持ちでさえもむやみにお金を使うのは嫌だろう。一般のサラリーマンであれ、主婦であれ、学生であれ、よけいにお金を払いたくはない。失敗する可能性のあるものならなおさらだが、それでもあえて自腹を切る。その痛みによって、旅は実感性の濃度の濃いものになる。たとえうまくいかない旅であっても、思い出深いものになる。いわば一つの財産になるのだ。
さらにいえば、あまりに会社に依存するのは、みっともない。バブルのころ、お役人たちがいろいろな会社にたかって、接待ゴルフだの、接待温泉旅行だのを用意してもらい、これらの一部が明るみに出たことがあった。これも自腹を切らない旅の一つである。
なるほど豪華な旅館に泊まって、山海の珍味を食べるのは、いい気分だっただろうが、心から楽しめたかどうかは疑問である。心から楽しめないから、またたかってしまうともいえる。それを繰り返せば、みっともなくなるだけだ。
一流会社のサラリーマンの中には、会社にうまくお金を出させて、海外旅行を楽しむ者もいるが、これも程度の問題である。あまりにこれをやっていると、旅の感覚がおかしくなるばかりか、自分の品性を落とすことになる。
●旅で借金をするのは考えもの
若いころの苦労は借金を背負ってでもせよ、という言葉がある。だからといって、旅までも借金を背負っていいかというと、そうとは言い切れないだろう。よほどやむにやまれないものでないかぎり、借金してまで旅をすることはないだろう。
借金をして旅に出掛けた場合、その旅はともすれば軽いものになりがちだ。加えて、旅を終え、さあ借金を返済しようというとき、これが大変な重荷になってくる。いくら航空券が安くなったとはいえ、海外へ出掛ければ、十万円くらいはする。国内二、三泊の旅行でも、三万円くらいは見込まなくてはならない。その三万円、十万円の返済が、気の重いものになるのだ。
いまは、給料がなかなか上がらない時代であるうえに、いまの職のまま安泰とはかぎらない時代である。そんななかで、計画的にお金が返しているのは、なかなか大変なことなのである。旅をするなら、自分の懐の許す範囲で行くことである。
●ポテトチップスにビールの幸せでいいのか
世の中には、ささやかな幸せというものがある。仕事のあと、ビールをグイとひっかける。おつまみは枝豆でもおでんでもいい。そんなお金もなければ、ポテトチップスでもかまわない。このような小市民的な小さな幸せは、日常生活に欠かせない。まともな市井人として暮らしていくうえでの、小さいながらも大きな支えになっているのだが、世の楽しみはそれだけではない。いや、楽しみだけでなくいろいろなものが世の中には渦巻いている。それを知ろうとするのが旅なのだ。その旅の道中、いつもと同じようにビールとポテトチップスですませていいのだろうか。
●旅で費用対効果を考えることほど、バカバカしいことはない
旅にお金がつきものであり、嫌でもお金とつきあっていかなくてはならない。その意味で、旅は人生の延長であり、世間というものから離れることはできない。だからといって、日々の生活と同じように、費用対効果のことを考えるのはバカバカしい。
旅先では、あれこれ欲しいものが出てくる。食べたいものも出てくるし、お金を払って見たいものも出てくる。そのとき、つい費用対効果が頭を横切ってしまう人もいるようだ。毎日の生活が生んだ悲しい性なのかもしれないが、これでは旅はあまりに日常生活に近づいてしまう。せめて旅をしている間くらいは、費用対効果のことは忘れておきたい。
旅の多くのパーツはお金で買うものなのだが、旅にはお金で買えないものがあるからだ。それは、飯屋やお店での店員とのやりとりだったり、美しい風景の中でも会話だったりと、いろいろだ。一生の間に二度と体験できないかもしれないことに、旅で出会っている可能性があるのだ。それはお金では換算できないものなのだ。
さらに払ったお金に見合うかどうか対価計算を最初にしていては、何も知らないままにその場を通過してしまうリスクがある。「このお金では高すぎるから、やめておこう」ばかりだと、何も新たな事象は発生してこない。最後には「この値段では高すぎるから、行くのはやめにしよう」とさえなる。何であれ、体験してみないことには、何もわからないのである。その体験をお金を理由にしないのは、もったいないというほかない。
もちろん、お金を払ったあと、「しまった」と思うことはよくある。素朴な民芸品を買ったつもりなのに、じつはよくある大量生産品をつかまされた。おいしそうに思った食べ物が、まったく口に合わなかったといった話はよくある。あるいは、そこそこのお金を払ったわりには物足りないと、あとで費用対効果を気にすることだってある。そうした後の後悔はしてもいいのである。
●旅とは、究極の無駄遣いである
私は旅行代理店の回し者か何かのように旅の効用を説いているが、べつに無理に旅をする必要はどこにもない。旅が嫌な人は旅などしないほうがいい。結局のところ、旅にはバカバカしさがつきまとうからだ。旅は無駄遣いの典型のようなものであり、究極の無駄遣いといってもいい。無駄遣いが嫌な人は、旅などしないほうがいいのだ。
旅をしたことそれ自体、ほとんど価値を残さない可能性もあるのだ。いくらカメラに景色を収めようが、プロのカメラマンの写真でもないかぎり、ビタ一文にもならない。珍しいもの、美味しいものを食べたところで、それは自分の記憶の中に残るだけだ。一流の作家や漫画家なら、旅をしたことから作品を生み出し、これを儲けにつなげることができるだろうが、こんな夢話をあまり真剣に考えないほうがいい。
価値が残るとしたら、旅の余祿である自分へのお土産くらいだろう。イタリアやフランスで買ったブランド品なら、市場でそれなりの価値をもつかもしれない。また、アジアや中東、アフリカあたりには掘り出し物があり、これまた価値として残るかもしれない、これは旅の余祿と思っていたほうがいい。ブランド好きの女性でもないかぎり、多くの人にはもっとべつの目的が旅にあるはずだからだ。
市場に出したとき、すでに終えてしまった旅というものにはほとんど価値がないのだ。だから、無駄遣いが大嫌いな人は旅などしないほうがいい。旅をする側もまた、旅は無駄遣いと知っておくにこしたことはない。わざわざ三〇万円を使ってアメリカを放浪したところで、それ自体はほとんど価値を生みやしないのだ。たまさか英語がうまくなり、それが就職に生きるということもあるだろう。
そんなスケベ心でアメリカに渡った奴は数知れず知っているが、九九パーセントは中学英語に毛の生えた程度の英語力のまま帰国している。せいぜいが、アメリカの文化を楽しんで帰るくらいで、みなそのことに納得している。実際のところ、三〇万円もあれば、日本でいろいろなことができる。
語学をやりたいなら駅前留学もできるし、三〇万円を本代に投資するなら、多少なりとも知識がつくだろうし、ものの見方も変わる。パソコンを手に入れ、いままで見たことのない世界を覗くことだって可能だ。それなのに、わざわざの海外旅行である。それも、大したものももたらさない。だからこそ、旅は無駄遣いの典型のようなものなのだ。
ただ、いくら市場では無価値だからといって、自分自身にとってはまったく違うことはよくある。旅もそうだ。市場ではゼロ円の旅でも、自分にとっては三〇万円に値する旅かもしれないし、お金では量りきれない旅ということもある。要は、自分の中の思い込みや満足度によって決まってくるのだ。さらには、無駄とわかっていても、せずにはいられない旅もある。旅は無駄遣いの最たるものかもしれないが、自分にとっては得難い無駄なのかもしれない。
だいたい人生そのものが、無駄のようなものだ。会社生活を有意義に送っていても、どんなに家庭に恵まれていても、その人の人生に必要なものかどうかは、誰も判断できない。すべて無駄といってしまえるかもしれない。その無駄をいかに過剰なまでに楽しめる、もしかしたら、旅の真髄や人生の奥底にある価値もそこにかかっているかもしれない。
●旅に定年はない
男の人生は、定年によって大きく変わる。定年までは張り詰めていた人も、定年を迎えたあとは、からきしということはよくある。それまでも薄々自分の居所のなさには気づいていたのだが、定年を迎えてそれを完全に知ることになる。会社という最後の居場所もなくなり、家庭ではそのポジションはじつに不安定である。こうなったら、旅にでも出るしかないのだ。
幸いなことに旅には定年はない。会社を辞めてからでも始めることができる。また旅のほうから「あなたはもう隠居だ」といってくることもない。旅は、定年というものから離れて自由になれるものなのだ。旅行会社のパンフレットを見れば、そのことがわかる。一部を除いてどのパンフレットにも、「〇〇歳以上お断り」「四〇歳まで」などと年齢制限は書かれていない。その旅行に興味があり、かつ体力があるなら誰でも歓迎なのである。旅行会社にしろ、旅に定年を設定していないのである。
さらにいえば、旅は歳からも離れることができる。六五歳以上入山禁止の山なんてないし、お年寄りを差別する海もない。旅先の娯楽施設でも、七〇歳、八〇歳のお年寄りを迎え入れてくれる。お年寄りを区別するものとして、日本にはシルバーシートなどがあるとはいえ、これは自己申告によるものだ。自らをシルバーと自覚しないかぎり、若者と同じ条件でいられる。
自分の歳がほとほと嫌なら、ホテルや旅館の記帳には適当な歳を書けばいい。たいていは、お咎めなしだ。ただ、旅は年寄りにやさしいだけのものではない。自己管理を怠ってきた者に対しては、厳しいところがある。たとえ三〇歳、四〇歳の者であっても、体力、知力、気力に問題があるなら、彼は旅の脱落者となっていく。旅をしても楽しめず、疲れを口にして、旅をやめてしまう。
六〇歳、七〇歳の人間であっても、それは同じだ。旅するための体力、知力、気力の条件を満たせなくなれば、そこで終わりとなる。できるだけ長く旅を楽しむためには、自分をそれなりに管理していくことが必要になってくるだろう。自分をきちんと管理していけるなら、何歳になっても旅を楽しめるのだ。実際、外国へ行く飛行機に一度乗ってみればわかるだろう。トランジット乗り換え込みで十四~十六時間くらいかかるヨーロッパ便でも、七〇歳をラクに超えるおばあちゃんが平気な顔で座っている。かと思うと、元気なはずの若者がクタクタになって、「ビジネスクラスに乗れないかな」とこぼしている。旅に出掛けるとき、歳はそれほど関係ないのだ。むしろ、体の中から沸き上がる好奇心や活力が鍵になるのではないか。
●更年期は、旅への出発点である
若いころは、誰でもどこかへフラリと旅に出掛けようという気分になりやすいが、少しずつ違ってくる。とくに会社生活、家庭生活にガッチリからめとられてくると、旅ともやや疎遠になる。気がつけば、四〇代を迎え、男女ともにそろそろ更年期だ。あるいは、更年期を過ぎ、「あとは歳をとるだけか」と思ってしまう。こんな更年期こそ、旅への出発点ではないかと私は考える。歳をとるにつれ思わぬ変貌を遂げる自分との折り合いをつけるにも、旅はいい“鏡”になってくれるのではないか。
旅をするのに年齢はあまり関係ないと言ったが、年齢を重ねるごとにそのあり方や意味も変わってくるものと思う。若いころの旅というのは、勢いにまかせたところがある。さして確かでもないネット情報を頼りに、あとはどこへでも行こうというものだ。ところが、更年期を迎えるころになると、若いころのように勢いにまかせた旅はしだいにできなくなる。
そうなると、旅のあり方も変わってくる。勢いにまかせるというよりも、自分の人生という大きな流れの中に乗っかるような旅になってくるのではないか。そして、あわよくば流れの先頭に立ち、自分の人生をうまく誘導できるような旅になればいい。というと、なんだか旅がエラそうに見えるのだが、実際のところ、人生をうまく支えてくれる数少ない手段の一つが、旅なのではないか。それだけに更年期を過ぎてから、旅は大きな意味を持ってくるのだ。
それは、自分の人生の頼りなさを反映している。若いうちは歳をとればとるほどに、いいことがあると思っている。歳をとれば知識に溢れ、人格も磨かれてくる。人生についての悟りや認識も深まり、迷いや不安からも遠ざかる。最期は円満な老人になって皆から尊敬されるといった姿を思い描いているかもしれない。これは、すべてウソといってもいいのだ。歳をとれば、迷いや不安から遠ざかるどころか、より惑いはじめるのだ。煩悩や欲によりとらわれるのも、歳をとってからである。小金がたまると、お金からみの誘惑にひぎずられる者も出てくる。ひきずられるだけではすまず、金銭的に破綻する者いる。仕事に失敗し、おかしくなる奴もいれば、異性関係で身を滅ぼす奴もいる。なまじある程度の人生の“財産”を持っているだけに、これに振り回されやすい。このとき、知識や知恵がまったく助けになってくれないことも多い。
年齢を重ねれば、病気もするし、いろいろな挫折も味わう。親しい者の死にも立ち会わなければならない。人生には大きな衝撃がかかり、これに耐えるために気力や知力をすり減らすこともある。また備えのない人物は、押し潰されていく。歳をとれば不惑どころか、ますます惑うのだ。自分のじいさん、ばあさんだってそうではなかっただろうか。惑う話はいくらでも聞く。「私は死について悟った」としたり顔で語り活動的だった人が、妻の死以来、何をする気もなくなり、グチをこぼすだけの毎日になってしまった。どこへも出掛けようとせず、同居している長男の嫁にすれば、うっとうしくてしかたない。そんな話はどこにでもある。
こうして惑えば惑うほど人生の姿は変わってくる。バラ色の老後を描いたものの、何をどうすることもできず、ジリジリと歳月が過ぎるのに、ただ焦るだけという人もいる。そんな人生を送っていると、容貌も変わってくる。私は思うに、若いころの容貌はそう変わらないが、歳をとってくるにつれ大きく変わるのではないか。それくらい歳をとることは大きな力を持っている。その入口が男女ともに更年期なのだ。更年期を迎えるころには、自分の人生がそうそう思うようにはいかないことがわかってくるのだ。無論、これを認めようとしない人もいるのだが、いずれ現実の前に辛い思いをすることになる。そんな弱くなりつつある者に一つの救いや道標となるのが、旅なのである。
旅に出掛けて、「ああ楽しかった」と思えるならそれだけでいい。自分の人生もそう悪くないと思えてくる。その後の人生も何とかやり繰りしていこうという気にさえなる。あるいは、何かこれまでに気づかなかったことを思うことだってあるだろう。これが、これからの人生への手掛かりになることだってある。
●未消化の有給休暇を自慢する奴ほど、歳にやられる
歳をとってからの旅がいいのは、いざというときのための“遊び”の部分をつくっておくためでもある。旅をするというのは、無駄な行為であり、どこまで行っても遊びにしかならない。そんな無駄が自分の人生に組み込まれているかどうかで、余裕の幅が違ってくるのだ。
私の見るところ、未消化の有給休暇がたっぷりあり、これに密かに満足している奴ほど、歳の重圧にやられやすい。未消化の有給休暇が多い人というのは、大きな企業に勤めていて、かつ有給休暇をとらなかった人である。多くは真面目で、会社を休むことで他人に遅れをとるまいと考えている。あるいは、とりたくてもとれなかった人もいるだろう。とれなくてとらなかったのならしかたないが、そのうち歪な考えに傾いていく人もいる。有給休暇の未消化日数が、自分の働きぶり、ひいては有能さの証のように考えるのだ。
他人の働きぶりをほめるとき、「お忙氏」という言い方をすることがある。忙しい人ほど有能であるというニュアンスがこめられているのだが、有給休暇の未消化日数を誇るのは、それと同じだ。こうして自分の有能感を確認していくとどうなるか。そのうち、会社から離れられなくなるだけですまない。歳のとり方がおかしくなる。なにしろ、会社だけを見て歳をとっているのだからバランスが悪い。自分の歳とうまく向き合えず、どこかで歳によるガタが出てきたとき、慌てふためくことになる。
酸いも甘いを知った人を大人とはよくいったもので、歳をとるということは、いいこともつまらないことも知っていることなのだ。いいとこ取りだけではすませられない。無駄ともつきあっていける。それが普通の歳のとり方ではないのか。その無駄の最たるものが旅なのだ。サラリーマンが旅に出掛けるとき、本当にしなくてはならない出費なのかは一番問われたくない問いだろう。たまの連休を旅に使って、もったいなくないのかと思いもしよう。「いい歳をして、また旅ですか」と女房にいわれるやもしれない。節約せよとは頭でわかっていても出掛けてしまう。それでいいのだ。有給休暇の未消化日数を自慢するよりは、はるかにましな歳のとり方ができそうたからだ。
●旅は自分の歳を知るのにちょうどいい
中年を過ぎるころから、多くの人が歳をとるのをありがたくないものと考えがちになるが、その反面、自分の年齢というものをなかなか認めようとしなくなる傾向がある。自分の体力、知力などが昔と変わってきていることを認めたくない。もし認めてしまえば、自分の中にある自信が崩れていくように感じてしまう。けれども、自分の歳をある程度直視をしておかないと、やがて現実がより悲惨なものになってくる。現実が自分の思いどおりにいかず、衰えが目立つにもかかわらず、エラそうにしているなら、周囲にソッポを向かれていくことになる。
年齢というものにすべてを拘束されてしまうのは愚かだが、年齢をまったく無視して生きようとするのも、また愚かなのである。自分の年齢というものは、ある程度知っておいたほうがいい。それを気づかせてくれるのが旅なのである。
すでに読者の多くは、そのことを体験しているはずだ。たとえば若いころ、貧乏旅行をして安宿に泊まる。宿の人たちは、これを当然のごとく迎え入れてくれるが、やがて歳を重ね、お金ができてくるとどうなるか。そこそこにいい身なりをして安宿に泊まったなら、宿の人たちからちょっと不審な目で見られてもしかたないだろう。
逆にお金のない若いころ、高級なホテルに泊まろうとすると、何となく気押されてしまったものだ。ロビーにいてもどこにいても、どことなく場違いのところにいるような気がする。ホテルの中で飲食しても、落ち着かず、支払いまでドキドキすることになるのだが、歳をとってくると違う。ホテルの高級感をここちいいものに感じ、若いころは贅沢すぎると考えたシャンデリア一つとっても、もっと豪勢にできないものか考えたりもする。
あるいは、若いころなら当然のごとく歩けた山道が、歳をとると歩けなくなる。これまた、自分の年齢に気づくときだ。ふだん仕事をしたり、家庭でゴロゴロしていると、そうした歳の推移にわりと鈍感になりやすい。旅をすることで、見落としがらだった自分の年齢というものに気づくことになるだろう。
つい数年まえまで、長時間の移動が二、三日つづいても平気だったのに、ここのところ疲れを感じるというのも、歳のせいだろう。また、かつては俗っぼく馬鹿馬鹿しいと感じた観光スポットに、なぜか目が向くようになってしまったのも、考え方が変わったためであり、歳による変化といえるだろう。
ハワイへの旅にしろ、若い奴の中には、「あんな日本人だらけのリゾートに行けるか」と思って、嫌がる者も少なくない。そんな人でも、歳をとるうちに、ハワイのよさがわかってくるものらしい。「なんだかんだいって、一番居心地がいいのがハワイなのだ。だから、多くの日本人が押しかけてくるのだ。」とさえ考えるようになる。私にも、そんな日が来るのかと思うと、怖くもあり、楽しくもある。旅は、こうやって自分の歳に気づくいい機会なのである。もちろん歳をとったからといって、一気に落ち込むことはない。その現実を踏まえて生きていけばいいだけの話である。いまから修正すれば、蘇る機能もあれば、維持できる力もある。現実をしっかりつかんでいるなら、蔑まれるような真似だけはしなくなるのだ。
●旅は、最期は体力勝負である
旅は自分を知るのにいいが、とりわけ体力の衰えをよく知らせてくれる。その意味では、旅は最期は体力勝負であるといっていい。このことを知らないと、悲惨な思いをすることになる。体力がなければ、思うように動けないのである。長時間飛行機に乗るにも体力が必要だし、石畳の坂を歩くにも体力が要る。まして、秘境へ出掛けるとなったら、強靱な体力が不可欠となる。
体力が衰えているにもかかわらず、旅に冒険を取り入れたのでは、途中で挫折することになる。挫折してさっさと引き返せばまだいいのだが、無理をすると、行き倒れになる。あるいは、誰かに助けを仰ぐことになり、およそいい歳をした大人のすることではないだろう。
ここ近年、中高年の登山ブームのなか、山登りをする人がますます増えている。それは結構なことなのだが、最近は遭難して助けを求める人が増えてきた。これまた自分の限界を知らないせいである。体力というのは、歳にある程度相応するのだが、本人の手入れしだいという部分も大きい。ちゃんと手入れをしている六〇歳代なら、若い奴以上によく動けるということもままある。いまの自分がどの程度にあるか、これをよく知っておく必要がある。知っておけば、仕事や趣味の世界でも、馬鹿な真似をすることがない。
とくに旅の世界では、自分を知っておくことは必要である。基本的には、自分のあまり知らない世界に入っていくのである。自分のことくらい知っておかないと、どうなるかわかったものではない。なかでも体力については、よく知っておきたい。旅は、最後には体力なのである。そのことをいまの日本では、安易に考えすぎている。なにしろ日常生活ではクルマが発達しているし、電車も充実している。エスタレーターやエレベーターもある。喉が乾けば、すぐにどこかで水分を補給できる。自分の体力について、気づかないまま過ごしても、べつに問題はない。
ところが、いざ日本国外の少し不便な地、あるいは国内でも山の中を歩くとなると、話は違ってくる。歩くだけでも体力をロスするし、疲れても、簡単にひと休みするわけにはいかないことだってある。水分の補給にさえ、苦労することすらある。こうなってくると、やわな体力ではしのげなくなるのだ。ある程度の体力を持っていないと旅は続けられず、さらには自分自身の力の見極めがつかないことには、立ち往生してしまうのだ。
この見極めのつかなさは、いまの日本人にある程度共通するものではないだろうか。日本の会社の多くがいま難問を抱えて困っている。そうなってしまったのは、勃興する近隣諸国の高度成長などの影響もあり、自分たちの立ち位置の見極めがより一層困難さを伴っているからだろう。ただ、一時の流行りものに右往左往し、自分の立ち位置を見失った企業は、やはり迷走しているのが常である。
●自分の歳と向き合うのにいいイスラム圏への旅
自分の歳とまともに向き合いたかったら、お勧めはイスラム圏への旅である。パキスタン、イランから中東、北アフリカあたりのイスラム圏を歩いていると、嫌でも自分という存在を意識するようになる。自分の歳もまた意識するようになる。いま日本人は地球のどこへでも行く。南米のファンもいれば、何度もアフリカに足を運ぶ中高年だっている。そんななか、比較的、日本人の馴染みの薄い地帯がイスラム圏なのである。
もちろん、イスラム圏の国々の名前くらい、多くの日本人は知っている。湾岸戦争やイラク戦役、またサッカーのワールドカップやイスラム至上主義などによって、イラン、イラクやカタール、サウジアラビア、クウェートといった国をよくニュースで聞くようになった。
サッカーのアジア予選では、つねにサウジアラビアやイラン、イラクといった国が日本にとって大きな壁として立ちはだかり、イスラム圏諸国との試合に一喜一憂する。これでイスラム圏と馴染みになっているような気がしているが、実際には日本人はあまり訪れない。ホメイニ師が登場するまえのイランに、多少日本人が訪れた程度で、いまはあまり日本人を見かけない。
それは中東の治安の悪さにも由来するだろうが、それだけではない。イスラム圏というのは、日本人にとって想像がつきにくく、馴染みにくいからである。アジアのうち、日本人がよく行くのはインドまでである。インドの西、イスラム圏のパキスタンとなると、とたんに足が向かなくなる。パキスタンで日本人が行くのは、せいぜい桃源郷とされる長寿の郷フンザくらいである。それから西になると、もう石油を求める商社マンの世界である。
パキスタンからはじまるイスラム圏というのは、日本人にとって理解しにくい世界なのである。インドまでのアジアは、モンスーン気候の影響にありウエットである。仏教や儒教の系統の宗教が信仰され寺院もある。これらは、日本人にとっても馴染み深く、なんとなく理解した気分になりやすい。
またイスラム圏の向こうにあるヨーロッパは、明治以来、日本人が理想化してきた土地であり、闇雲なまでに理解しようとする。いま世界はよくも悪くも欧米型にグローバル化されつつあり、多くの土地はなんとなく欧米流で理解できないでもない。
ところがイスラム圏だけは違う。イスラム圏は、欧米流のものをできるだけ排除しようとする。現在のアフガニスタンなどでは、女性は素顔で街中を歩いてはいけないし、コーランの戒律を人々は固く守る。アルコールは口にしないし、さらにイスラム圏の風土は乾いていて、湿潤気候で育ってきた日本人の想像を越えた世界である。
日本人にとって、イスラム圏はまったく異なった世界なのである。異なっているところからくる違和感は、戸惑いや衝撃となる。イスラム圏は、自分の異質さを知る環境であり、さらにその苛烈な風土が体力を測定してくる。嫌でも、自分の歩んできた歳の年輪とともに、育ってきた風土・習俗といったものを振り返らざるを得ないのである。
●ついていくだけの旅でも、いいではないか
旅はしまいには体力勝負となるが、どんなに頑丈だった人も老いてくれば、できないことが出てくる。飛行機での海外旅行には無理を感じるようになり、やがては国内の鉄道旅行もしんどくなる。ひとり旅をする体力、気力も失せてくる。そろそろ旅も打ち止めとなってきそうだが、簡単に旅をあきらめてしまうこともないだろう。
ツァーに引っ張られるだけの旅だってかまわないのだ。ツァーに参加すれば、ある程度のところまで添乗員が面倒をみてくれる。周りの人も気づかってくれる。こうやって人のお世話になって、冥土への土産を増やすというのも、けっして悪いことではないだろう。最後まで旅の行程についていき、自宅が見えてきたとき、自分もまだまだ捨てたものではないとさえ思えるはずだ。
人間、ひとりではなかなかできないことでも、他者と一緒だと何となくできてしまうのだ。子どものころの掃除の時間を思い出してほしい。ひとりで力んでみたところで、あまり進まず嫌になってくる。自宅で掃除をしていると、すぐに飽きてしまい、中途半端にやめてしまう。ところが、皆がそこそこ真面目に掃除をしていると、ついこちらも引っ張られてしまう。三〇分、一時間の大掃除でもできてしまうのだ。
これと同じことである。自分一人ではしんどいと思う旅であっても、仲間がいれば、なんとなく引っ張られる。旅の感想を言い合ったり、身の上話をそれとなくしていると、元気が出てきて、重たかった足も軽くなるのだ。
もちろん、引っ張られる立場にあるのだから、そのことは素直に受容しなければいけない。エラそうにしていたら、誰も相手にしてくれない。何でも世話してもらえると思ったら大間違いで、できるだけ一人でやる。挨拶やお礼はきちんと言う。そんな当たりまえのことがふだんからできていれば、旅人生は長くなるはずだ。
●男のメンツにこだわるから、旅がワンパターン化していく
最近は、男のひとり旅はあまり絵にならない。実際、旅をしている男を見ても、本当に楽しいのか不思議になることがある。男の旅がつまらなくなったのは、あまりに男のメンツにこだわっているからではなかろうか。男らしい旅をしようとすればするほど、空回りしてしまい、旅を楽しむ余裕すらも失われていく。あるいは、旅がワンパターン化していくかだ。
たとえば、男だからと、女子どもの行くような場所には行けないという人もいる。かつての旅好き女子が行くような倉敷や鎌倉もダメなら、東京ディズニーランドやユニバーサル・スタジオ・ジャパンもとんでもないというのである。
あるいは、宿泊するホテルにしろ、キャピキャピしたところは嫌だという人もいる。たしかにその頑固さはある意味で評価したいのだが、あまりに頑になっては、自分を窒息させることになる。
いまの世の中は、どう考えても女性の思考に合わせたものに変わりつつあるのだ。コーヒーを飲む場所にしろ、酒を飲む店にしろ、女性の受け入れを前提にこしらえてある。そんななかで、昔ながらの男を全面に出してもしようがないのである。旅に出掛けるとき、ときには男のメンツというものを捨ててみることだ。男としてのこだわり、美学のようなものを持っているにせよ、とりえあえずは自分の中に隠してしまう。そうすれば、もっと世界が広がってくるのだ。
よくよく見渡すなら、いまどき男が男らしさを確認できるような場所はそうそうないのだ。どこでもいいから、全国の観光地を訪れてみるといい。観光地は女性や子どもにウケるべく、工夫を凝らしている。かわいらしいマスコットマークがあちこちに貼られ、こぎれいなお店や食事処が待ち構えている。年々歳々、野暮ったい男には不似合いの光景と化しつつあるのだ。
盛り場の居酒屋にしろどんどんチェーン化していて、男の夢想する宿り木のような居酒屋はどこにもない。移動する列車や飛行機、バスにしろ、ときおり乗る方が気恥ずかしくなるようなデザインのものがある。そうした女子受けする変化が、いま日本全国津々浦々で起きていて、男が男らしく振る舞える場所というのは絶滅の方向へと向かっている。
もちろん、世界にはまだあるだろう。戦場はその代表だが、そこに行くだけの理由と勇気があるかとなると、これは問題だ。他にも考えられるはずだが、そうなってくると、何かと理由をつけて尻ごみしてしまうという現実もある。そんな時代と環境を考えるなら、男らしくあろうとすることのほうが無理なのだ。男らしくあろうとすれば、その行動は狭められてしまう。その結果は悲惨である。
いまの日本で、比較的男が安心できる街といえば、ごくありふれたタウンなのだ。それも、やや時代から取り残されかかったタウンである。ひと昔まえに、駅ビルが建って華やぎがあったものの、その無機的な構造ゆえに、人気のなくなったような場所である。そんな無難なところでもおもしろさを見つけることができるなら、それもよしだが、多くは退屈してしまう。それも、ワンパターンな退屈である。
あるいは、食べ物屋に寄るにしろ、“男”にこだわったのでは、行き場所は限られてくる。パスタもダメ、パンもダメ、あれもダメというのであれば、昔ながらの丼屋やうどん屋、焼き肉屋くらいしか行くところがない。居酒屋にしろ、いまはチェーン全盛で、落ちつきにくい。それとも、コンビニエンスストアで買った弁当をホテルの部屋でさみしく食うというのだろうか。
世の中は、いろいろ多様化している。多様化したすべてがおもしろいとはいわないが、おもしろいものもたくさんある。それを楽しもうと思ったら、妙なこだわりは捨てたほうがいい。こだわればこだわるほど、選択肢は少なくなっていくのだ。
たしかに、一つの物事に執着し、偏愛するというのも、悪くはない生き方だろう。ただ、それは多くの文物を見たあとの結論としたほうがいいのではないか。さして見ずに、狭い世界にいたのでは、これはさみしいとしかいいようがない。
●男は男の地位に安楽しすぎてきた
男の旅がすたれた理由の一つには、男がその地位に安楽しすぎたからだろう。安楽にしているうちに、環境は激しく変わり、安楽な場所がなくなってしまったのである。そのことについては、社員旅行の歴史を振り返ってみればいいかもしれない。
かつて社員旅行といえば、男性天国であった。旅先の温泉旅館では女将をはじめ女性の従業員に恭しく迎えられ、殿様もどきの気分にさせてもらえる。女性の職場進出が広がってきたなら、今度は女性社員を酌婦かホステスか何かのように扱う上司が出てくる。社員旅行は、男にとっては天国、女性にすれば虫酸の走る場であったのだ。
ところが、その社員旅行が変わってきた。一つには不景気の中、会社が派手な社員旅行どころではなくなってきたからだが、たとえ社員旅行を組んだとしても、以前のようには行かなくなっている。
温泉旅館への一泊旅行は、女性社員が露骨に拒否するようになり、男性社員の思うとおりにはいかなくなっている。社員旅行には、都内のオシャレなホテルやリゾートが候補に上がるようになった。もはや男性が昔のような思いをできなくなっているのだ。かりに昔のような社員旅行を提案しようものなら、総スカンを食いかねない。
いまは、しだいに個人旅行の時代になりつつある。個人旅行の主役は女性たちであり、儲かっているところは、女性客の受入れに成功したところである。かつて旅といえば、社員旅行に代表される団体旅行が主流だった。日本国内の旅の施設も団体旅行に合わせたものとなり、団体旅行の主客である男性優遇がつづいたのである。その中で、男ときたら緩みっぱなしだったのだ。
もちろん、男の中にも独自の旅を目指す者がいたのだが、全体から見れば圧倒的に少数である。男の多くは自らの置かれた弛緩した立場に疑問を持つことなく、時代にズルズルと流されていったのである。
男は旅をもう少しましなものにしたかったら、いまの荒野のような状況から立ち上がるしかないのだ。そのためには、男としてのつまらない見えやプライドは捨てたほうがいい。これらがあるかぎり、旅の幅は広がらない。相変わらず、昔ながらの旅をするしかなく、いまの時代、そこからさきにあるのは幻滅でしかない。
●いまは女性のほうがずっと旅上手
旅をするとき、男はそのメンツを捨てたほうがいいのだが、それは女性に学んだほうがいいということでもある。いまは、女性のほうが男よりもずっと旅上手なのだ。高度経済成長時代からバブルにかけて、男の旅行で一番多かったのは社員旅行をはじめとする団体旅行である。
添乗員にいわれるまま、あっちこっちを巡っていたものだが、その間、女性たちは留守を守るだけではなかった。彼女たちはグループをつくり、グループで旅行をはじめたのである。いわば、日本で個人旅行を開拓していったのは、女性たちのほうなのである。
彼女たちは、そこそこにお金を持っていたこともあり、それなりにリッチでおトクな旅のスタイルをつくっていった。日本の旅館やホテルも、そうした旅する女性にウケるようシフトしていった。女性たちの評判になれば、そこはたいてい繁盛に向かうのだ。
男はいま、女性たちに周回遅れでついていっているところだ。このところ、男性雑誌では余暇の使い方、遊び方を特集したものが多いし、それ専門の男性雑誌もいろいろある。ゆったりと寛ぐにはどんな旅館がいいか、本物志向を満たすためにはどんなレストランがいいか、旅館やレストランの紹介され、遊び方のコツまでも書かれている。
どこか不倫旅行目的で作られているかのような気がしないでもないが、ここに挙げられる旅館やホテル、レストランは、昔から女性雑誌によく取り上げられていた。女性にとって憧れの店が、いまようやく男性雑誌にも取り上げられているのだ。このこと自体、すでに女性が男の先をいき、さらには女性の目がかなり確かであることを物語っているだろう。男は後追い状態なうえ、男なりの価値観を示せないでいる。
これが男の現状なら、少しは女性に学んだほうがいい。女性たちがどんな旅をしているか聞いてみるのもいいし、観察してみるのもいい。女性がよく行く観光地や旅館に行ってみるのもいいだろう。そこに反発を感じるかもしれないが、同じくらい発見や驚きがあるはずだ。そして、いいと思ったことは盗んでしまえばいいのである。
だいたい、いま男の旅というものが霞んでしまっている。かなり以前から迷走していて、その魅力を男自体に示せなくなっている。それは男が旅の工夫をしてこなかったツケでもあるのだが、いずれは男の旅の魅力を語る日が来るやもしれない。そのためにも、女性の旅のいいところは学んでいく必要があるのではないか。
●自分の下着くらい自分で管理しよう
男のメンツにこだわらない旅というのは、少なくとも自分のことは自分でする旅である。それは、男であることに甘えない旅でもある。これまで、男は面倒臭い身の周りのことになると、「そんなちまちまとしたことは、男のやることではない」と女房に押しつけてきた。これは、一種の甘えだろう。もちろん男女が甘えあうということはそう悪いことではないものの、少しこの甘えを取り払ったほうがいい。自分のことを、自分で“世話”するのだ。
たとえば、下着一つにしても妻任せになってはいないか。旅に出掛けるとき、下着の用意を妻にしてもらい、自分では何もしないという男も未だ少なからずいるという。ふだん自分の下着がどこのタンスにあるかもわからず、妻任せになっているからだが、あまり恰好のいい話ではない。「旅の世話まで自分がしてやらないとダメなのか」と、妻も辟易しているはずだ。
こんなことで“男”を下げないためにも、旅に出掛けたとき、自分の下着くらい自分で管理しよう。長旅になったら、自分で自分の下着くらい洗って乾かす。この程度のことは、多くの男は若いころにやってきたはずだ。それが結婚し、気楽な夫の座に甘んじているうちに、できなくなってしまったのである。それをもう一度やってみるだけのことである。
じつのところ、自分のことをきちんと世話をするのが、旅の楽しさでもある。今度はいつ下着を洗濯しようかと考えながら、旅のルートを考えるというのも、情けない話のように見えるかもしれないが、これはこれで楽しいものだ。そうやって自分の世話は自分でやっていくうちに、現実の自分との折り合いもついてくる。それが、自分の中の“男”の部分に精気を与えてくれると思う。
さらにいえば、旅の道中だけでも、自分のことは自分で世話をするのは、歳をとってから意味を持ってくる。自分のことを自分でできるのなら、若い人にたちにそれほど迷惑を掛けずにすむからだ。とくに男の場合だ。
女房も同じく歳をとって、体を動かすのが辛いのに、日常のこまかなことをすべて女房任せにしている年寄りも少なくない。少し手を抜こうものなら、文句ばかり言う。これでは世話をするほうは、たまらない。自分だって惨めな思いをする。こんな老人になり、厄介者扱いされないためにも、自分のことは自分で始末する習慣を、旅をしながらつけていくのである。
●荷物持ち、記録係を進んでやってみよう
これからの男の旅では、男の甘えは通用しなくなるだろうが、男の甲斐性は試されることになる。進んで雑用ができる男であるなら、甲斐性のある男という評価を得られるのではないか。たとえば、団体旅行に出掛けたときだ。荷物持ちや記録係、写真係などを進んでやってみるのである。これだけのことで、周りにいい印象を与えることができる。甲斐性のあるち男として見てもらえるのである。
そんな丁稚みたいなことを、大の男ができるかという思いはあるだろう。とくに会社の中で取締役や部長といった地位についている男ほど、そんな思いをしがちである。そんな男は、周囲の評判も芳しくないのである。
古いタイプの男というのは、家では雄ライオンのようにエラそうにゴロゴロしたがり、それが旅に出ても変わらない。そのエラそうな恰好にさしたる根拠がない。本人は「俺は稼いでいるから」と思っているかもしれないが、女房だっていい加減にしてほしいと思っている。まして、他人となると、エラそうに何もしない男を見れば「何様のつもりなの」となる。
私がときどき募るツァーや私が監修・同行しているツァーの中にも、何もせずエラそうにしている年配の男がときどき入ってくる。悪くすると、他人まで召使のように扱おうとする。たいていこの類の人物は煙たがられ、いつも独りぼっちである。話相手といえば、同行した妻だけである。妻は他の参加者と話したいようだが、あまり話していると、夫に嫌がられることもわかっている。
年配の人でも、会社内でのことを振り返ればわかるはずだ。エラそうにふんぞり返っているだけで何もしない上司というのは嫌がられる。女子社員にも人気がない。対照的に、こまめに動く社員というのは、好かれやすいのだ。ふだん多少軽く見られることもあるのだが、この手の人物はまさかのときも頼りにされやすい。
荷物持ちをしたからといって、男のランクが下がるわけでも何でもないのだ。それなのに、はなから荷物持ちを否定してしまうというのは了見が狭い。了見の狭い男として見られてもしかたあるまい。
荷物係が疲れるから嫌というのなら、記録係でもいいだろう。女性の中には、旅の記録係という発想が意外に乏しい。彼女たちの盲点になりがちで、ここに気づいて、自らが記録係になるなら、彼女たちは気のきく男と見てくれるだろう。
また、“男”を捨てるのは、ツァー旅行のときだけにかぎらない。妻と旅するときも、もっと甲斐甲斐しくしたほうがいい。たとえば、ホテルやレストランの予約である。夫のなかには、ホテルの予約までしたところで自分のお役目は終わりであり、あとは妻任せという者もいるが、妻にすればとんでもない。
ホテル予約なら、日本で日本語でできるのに対して、レストランの予約となるとたいていは現地で外国語を使わなければならない。日本からの予約だと、英文のネット予約送信くらいしなければならないだろう。こんな大変な仕事を押しつけるなんて、“いい気な夫”と、またまた株を下げることになる。レストランの予約にしろ、ここは自分で進んでやったほうがいい。
もちろん、最初からそううまくできるはずもない。ネットの翻訳機能を駆使してなんとか覚え、しゅべってみるものの、相手の言うことを聞き取れないというもよくある話だ。みっともないかもしれないが、これも旅の楽しみなのである。さらにいえば、たどたどしい英語だろうと、妻は非難しない。それどころか、自分のために良くやってくれたと、喜んでくれるかもしれない。
●もっと会話の輪の中に入ってみては
男というのはとかく孤独に陥りやすい。ツァーの中でも、孤立しやすいタイプの男がいる。たとえば、ガイドブックばかりを読んでいる中年の男である。彼はバスに乗っている間、始終、ガイドブックとにらめっこしたり、地図で今いる場所を確かめている。山を歩いていても、山の名前や標高ばかりに気を取られ、道端の可憐な花の存在には気が付かない。
名所に来たなら、かならずその部分をガイドブックから見つけ出し、なにやら書き込みをしたり、逆に一人解説をはじめるオッチャンもいる。熱心といえばその通りなのだが、その態度は一方的であり周囲に溶け込もうとしない。傍らではオバチャンたちがペチャクチャとしゅべっているのに、まったく会話に加わらない。道端で物売りの少年が声を掛けてきても、知らぬフリだ。
食事の時間になっても、ガイドブックを横に置いて、これを見ながら食べる。ラーメン屋や丼屋でマンガや新聞を読みながら飯を食うサラリーマンは少なくないが、これとそっくりなのだ。かわいそうと思ったのか、オバチャンが男に「今日、一番おもしろかったところはとこですか」と声を掛けることがある。
このとき、気の効いた答えを返せるならまだいいが、ぶっきら棒に小難しそうな答えをする。一瞬、その場が凍りつきそうになり、こんなことが二度、三度あると、誰も彼に声をかけなくなる。彼はといえば、相変わらずガイドブックを横にしながら、食べつづけるだけだ。オバチャンたちは、彼のいないところでこんなことを言っている。「あの姿はうちの亭主と同じだわ。やっぱり、亭主と旅行しないでよかった。」彼の旅は、確実に女たちから嫌われているのだ。
ここで彼がこの旅を楽しんでいるのなら、そう文句をいう必要もないが、私には何をしに来たのかわからなく思える。おかしな義務感に駆られて旅をしているだけで、楽しんでいるようには見えない。そんな旅だったらしないほうがよほどましだし、せっかく旅に出るのだったら、自分の殻を解放させ、破り捨ててしまったほうがいい。自分の殻を捨てるということは、もっと人と会話を楽しむということでもある。オバチャン相手でも多少愛嬌をふりまき、冗談の一つも言うくらいのほうがいい。
もちろん、これは旅行中に限った話ではない。ふだんから妻に声をかけて、会話のキャッチボールを楽しんでいれば、自然に旅の中でも会話ができるはずだ。それができないのは、ふだんの生活に問題があるのではないか。ふだんの生活で女房と口をきくのも面倒臭いと思っていたり、実勢に女房と会話をすることがほとんどなくなっていたりすると、旅行の間でもしゃべることはなくなる。
その根底にあるのは、身近な他者への観察眼を養うことにほとんど注力を傾けず、亭主としてあぐらをかきすぎた姿ではないだろうか。ただ一家の稼ぎ手で忙しいからという理由だけで、エラそうにしていた延長がこの姿なのである。これでは、家では女房に愛想を尽かされ、旅先でも相手にされなくなるのは当然である。
そんな人生や旅を寂しく哀れであると思ったら、考え方を変えることだ。それにはまず行動からで、会話の中に進んで入ってみることだ。オバチャンたちとの会話に気が引けるなら、旅先の物売りの少年相手でもいい。少ししゃべってみることで、自らの価値観を変えていくのだ。添乗員さんや現地のガイドさんなら、仕事でもあるので嫌な顔をせずに少々の時間であれば、付き合ってもくれるだろう。
●旅に出掛けてまで、数字に振り回されるな
私はよく登山のツァーを企画し、ツァー客と一緒に山や辺境の地へと出かける。そのとき、気づくことがある。男女で登り方や目線の置き方が、まったく違うのだ。
女性、とくにおばちゃん登山客は、ペチャクチャしゃべりながらの登山である。登山では、黙って歩くのが基本とされる。ペチャクチャしゃべっていたのでは、呼吸が乱れがちになり、体力が無用に消費してしまうからだ。私自身、高校や大学の登山部時代からこのことを教わってきたのだが、最近少し考え方を改めたほうがいいように感じるようになった。ペチャクチャしゃべりながらの登山でも、ある程度大丈夫なのである。おばちゃんは、これまでの山常識の例外なのかと思うようにさえなってきている。
そのおばちゃん、登山道の脇に見かけぬ花でも発見しようものなら大変である。この花をネタに、また延々とおしゃべりが始まり、なかなか上のほうには行かない。これを苦い顔をして見ているのは、男性ツアー登山客である。
とくに夫婦連れの夫のほうは、不快な表情を浮かべがちである。男の登山客はわき目もふらず、頂点を目指しているのだ。少しでも早く頂点に達したいのに、連れはトロトロとしか歩かない。しだいに腹が立ってくるのだ。
私にいわせれば、男の登山者は少し焦りすぎである。もっとプロセス自体を楽しんでいいのに、頂点ばかりに気を奪われてしまっている。せっかくの登山の楽しみが、半分くらい損なわれている気がする。頂点を目指すだけなら、まだかわいいほうである。男の登山者の中には、より高いところへ行きたがる人も多いのだ。彼らは登る山の標高をいつも気にしていて、それが高じてヒマラヤ方面にも出掛ける。富士山の高さを越えると、それだけで一つの満足を得て、今度はこれより高い位置を目指したがる。
これを見ていると、競争社会の延長を感じないではいられない。男は競争社会の中にあって、つねに数字を気にしてきた。中学、高校と偏差値を気にし、会社に入れば営業数字に汲々としてきた。シェア何パーセントをとるとか、今月の売上目標を〇〇万円にするとか、数字を気にし、より高い数字を目指してきた。悲しい男の性か、登山もこの競争の延長でやっているのだ。
数字はたしかに大切だが、数字以外にも重みを持つものはいくらでもあるのだ。むしろ、そちらのほうが人生に複雑な色彩を与えてくれはしまいか。登山というのは、山あり谷あり、緑あり紅葉あり、空あり川ありの総天然色の世界である。数字にこだわる登山では、登山までがモノクロになってしまいがちだ。
もちろん、登山にかぎった話ではない。旅でも、数字をやたらに気にする人がいる。鉄道を何キロ乗ったとか、県庁所在地をいくつ訪れたとか、いろいろだ。これらは旅を楽しくする一つのネタにするのならいいが、男の中にはこれに縛られてしまっている人もいる。どこかで主客転倒を起こしてしまっているのだ。男は少しだけ、女性の登山スタイルを見習ったほうがいい。数字を気にせず、脇道・寄り道を楽しむくらいの余裕を持ちたいものだ。
●旅に出掛けるヒマがないなら、家族の朝ご飯をつくっなみよう
近年の企業内リストラは、リストラされた人を不幸にするだけでなく、会社内に残った人をやたらと忙しくしている。仕事の山を抱えて、旅どころではない人もいるだろう。そんなビジネスマンに勧めたいのが、家族の朝食づくりだ。家族の朝食づくりが、旅の代わりになる。ちょっとした旅気分が味わえるのだ。
旅に出掛けるというのは、ふだんしないことをやることでもある。世の多くの男性は、自分で朝飯をつくることは滅多にない。たいていは、女房任せであるか、食べないかである。その女房任せを断ち切り、自分で朝御飯をつくってみるのだ。これは、“男”というものにこだわらない旅になる。
いざやってみればわかるが、朝飯をつくるのも、そう簡単ではない。まず朝、少し早くに起きて、冷たい水に手をさらさなければならない。みそ汁は、最大のポイントになるだろう。何を入れようか、出汁をどうとろうか、味噌は何を使おうか、赤と白ならどう合わせるか、いろいろ考えながらつくることになる。簡単につくれると思っていたみそ汁一つにも手間取り、思ったような味にならないことだってあるだろう。
さらに、副食を何品揃えるかも、頭を悩ますところだ。目玉焼きか玉子焼きにほうれんそうをつけて、焼き魚はどうしようかとかいろいろ考える。ひじきや浅漬けまでつくろうと思ったなら、けっこう手がかかる。本気になって取り組めば、意外におもしろいものだと思ってくる。こうして悪戦苦闘して朝飯をこしらえて、家族を待つとき、いままでと違った風景が見えてくるだろう。いつもと同じ食卓なのに、どこかが新しく、なんだか面はゆくもなる。それが、朝の旅なのだ。
忙しいビジネスマンにとって、朝は一分一秒でも長く寝ていたい気持ちもあるだろう。それなら、日曜日か土曜日の朝だけでもかまわないのだ。遠くに出掛けるだけが、旅ではないのだ。
●「個性的な旅」の宣伝にだまされるな
最近、どこでもかしこでもよくいわれるのは「個性」である。採用募集時に会社は個性的な学生を求め、学校は個性的な学生を育てようとする。それはそれで結構なことだが、この「個性」が旅の世界にも入ってきている。「個性的な旅をしよう」とか「お仕着せの団体旅行よりも、自分で選んだ個人旅行を」とか、旅行会社やマスコミが宣伝している。
これに釣られて、自分も個性的な旅をしてみようと思ったのでは、旅に失望さえすることになる。期待どおりにはいかず、おもしろくなかったと感想を述べるだけならまだいい。個性的な旅ができないのは自分が個性的でない証拠と考え、自分を個性的に思いたいがために、個性的な旅だったと嘘をつくことにもなる。そんな嘘をまともに受け取る人がいると、さらに個性的な旅が一人歩きしていくことになる。
実際のところ、個性的な旅なんてないといってもいいのである。もし「個性的な旅」があるとしたら、どんな旅であれ「個性的」である。女子のお気楽旅行だって、オジサンたちの団体旅行だって、秘境ツァーだって、すべてが個性的となる。
逆にオジサンたちの団体旅行が個性的でない旅とするなら、どんな秘境ツァーであれ個性的とはならないだろう。旅をするとき、それが個性的だとかユニークだとかは気にする必要はないのだ。自分がしたいと思った旅をすればいい。旅は、人に自慢するためのものではない。
旅に個性を求めるのは、あまりに現代という時代を意識しすぎではないだろうか。現代は、よく「個性」の時代といわれる。実際には、ナポレオンもいなければ、レオナルド・ダ・ビィンチもいない時代である。どこにも大それた個性などないにもかかわらず、個性が重んじられる。
そんなあやふやなものでしかない。個性に振り回されていては、自分を見失うことになる。自分には、自分に合った旅をすればいい。逆説めくが、あえて「個性」という言葉を使うなら、そんな自分の身の丈サイズの旅こそ個性的な旅になる。
さらにいうなら、個性的な旅をことさらに崇めるのは、あまりに他者の目を意識しすぎではないだろうか。他者に自分の旅がいかにユニークなものだったか吹聴することで、自分がいかに個性的かを暗に主張したいのだろう。ただ、本人はいくらそのつもりでも、受け手はそうはとってくれない。陰で「なんだ、普通の旅じゃないか」と思われて終わりである。
たとえば、「この間、キリマンジャロ峰に登った」というのが、個性的な旅のつもりだったとしたら、登山好きにとってはよくある話でしかない。実際、私の知人がキリマンジャロに登ったところ、山頂で大学時代の友人に出くわしたという話もある。
いま日本人は世界のどこへでも行っていて、南極大陸だって、イースター島だって、それほどに珍しい土地ではないのだ。お金とヒマと好奇心さえあれば、どこへでも行ける。そんな日本人旅行者が増えているのは事実だ。
旅のしかたでも、日本人はあれこれトライしている。私の学生時代の先輩は、一九七〇年代にラクダでサハラ砂漠を横断して話題になったが、二十一世紀の現在、この手の話はいくらでもある。どこそこをリアカーで回ったとか、徒歩で横断したとか、いろいろである。
本人からすれば大それたことであっても、マスコミ等ではあまり話題にならない。それくらい日本人は旅の手段にあれこれ挑戦していて、ひととおり出尽くした感がある。そんな状況もあるから、旅に並外れた個性を期待するほうが無理なのである。
「個性的な旅」のキャッチフレーズについフラッとくるのは、自分にあまり自信がないからにすぎない。まだ世界観が固まっていないために、あれこれ迷う。迷うのは悪いことではないのだが、その迷いを安易に断ちたいとき、ついひかれてしまうのが、「個性的な旅」なのである。
自分に自信がないのなら、それでかまわない。多くの人がそうだし、あると思っている人でも、じつはそれほどでもないことはよくある。あえて虚勢を張ることもないだろう。自信というのは、旅をするうちに自然とついてくるものでもあるのだ。そうなれば、もう「個性的」という言葉に呪縛されなくなるだろう。
旅に出掛けるとき、個性的な旅をことさらに求めることはない。自分の好奇心や好みに任せればいいのである。そんな旅のほうが個性が出やすいのである。
●個性的でない普通のサラリーマンが個性的な旅を目指してどうする
個性的な旅についてもう一つ指摘するなら、個性的な旅をしているつもりで、旅行会社にうまくからめとられていることがじつに多いのだ。
旅行会社だって、最近の日本人の嗜好くらい調べている。若い女性を中心として個人旅行が好まれ、人とひと味もふた味も違った旅をしたがっていることは知っている。だからといって、そんな好みにいちいち合わせていたのでは、経営が成り立たないか、あるいは旅のお金が高くなるかである。
そこで旅行会社は、形としては、お客のわがままに応える個人旅行を提唱している。お客はホテルも選べるし、航空会社だって選べる。いろいろなオプションも用意されているし、いろいろなわがままを聞いてもらえそうなパンフレットとなっている。
けれども、よくよく見ていくと、従来のパックツァーに少し自由度を高めた程度のものが多いのだ。したいと思えば、オーストラリアでコアラを抱っこもできるし、音楽の都ウィーンでコンサートを聞くことだってできる。運がよければ、有名指揮者のタクトで聞けるやもしれない。どこかの島で古くからの伝統舞踏ダンスを目るすることだってできるし、台湾で飲茶三昧だって可能だ。
いろいろなオプションがあり、わがままをいえるのだが、じつはこれらは昔からのパックツァーにもあったものだ。それらを目立たせているにすぎないことが多いのだ。そんなツァーで個性的な旅だと思ってもらえるなら、儲け物くらいに旅行会社は考えているのではないか。だいたい、いまどきの日本人は個性に対して妙な強迫観念を持ちすぎではないか。個性的でないと一人前でないとさえ思っている人もいるようだが、そんなことはない。それは、社会人のあり方を見ていればよくわかるはずだ。
会社は表向き、就職志望の学生に「個性的」であることを期待する。けれども、一部のベンチャー企業を除いて多くの会社は、ひとたび入社してきた若者に「個性的」であることは望まない。まずは上司や先輩が、そんな馬鹿なことを許さない。それでも個性的でありたかったら、会社を厄介払いされるしかない。そんな人物が会社を出て一般社会で通用するかといったら、とんでもない。漫画家や小説家といった一部の例外を除いて、多くは社会の生活していけない。
個性的であろうとする人の場合、多くはただの怠け者であったり、ルールを守れない者だったりする。自分だけは特別な存在だと思っているのだが、周りの人間は彼を特別とも何とも思っていない。それでも自分の考えている個性的な人間であろうとすれば、そこには無理が働き、周囲に迷惑がられるだけだ。
世の中には、個性以外に重要なことがいくらでもあるのだ。それらがあるから、世の中がうまく回っているし、自分のやりたいことができる。どこへでも行くことができる。個性的であるというのは、それほどたいそうなことではない。旅であれ、同じことなのだ。
●日本人の旅はダサイのか
世界各地を旅してきた人の中には、日本人旅行者の様子が気になるという人が少なくない。「日本人の旅行者はたいていがダサく、同じ同胞として恥ずかしい。それに比べて、欧米人の旅のスタイルはスマートだ」というのが、彼らの論調だ。
たしかに、旅慣れた日本人がそう思うのもしかたのない部分がある。おばさんの多いツァーだと、飛行機の中、バスの中、ペチャクチャしゃべりつくりだし、老いも若きもブランド店に行きたがる。かつては男によるアジア売春ツァーは多かったし、いまはOLによに男漁り旅行も少なくない。ニューヨークの街角やフィレンツェの寺院の前をおしゃれして歩いたつもりでも、どこか垢抜けない服装だ。
だからといって、日本人旅行者をけなす必要もないだろう。欧米の旅行者と比べたとき、たしかにダサいかもしれないが、それはしかたのないことなのだ。なにしろ、国際旅行にかけてきた年季が違うのだ。
欧米で、いまのようなツーリズムが起きたのは十九世紀の中ごろのことである。それ以前、中世の時代からエルサレムへのパックツァーのようなものがあった。欧米人は早くから旅のスタイルを確立し、その確立されたレールの上で旅を進化させているのである。それに比べたとき、日本の旅の歴史は浅い。江戸時代にお伊勢参りの伝統があるとはいえ、もっぱら国内旅行である。旅の恥はかき捨て式の国内旅行のスタイルは発達させたことはたしかだが、国際的な旅となると明治時代を待たなければならない。
明治時代の国際旅行は、いわゆる洋行である。たいていはお上から選ばれた人間が、進んだ西洋の文物を学ぶために、文明国といわれるところへと出掛けた。学識あるそれなりの人物が旅をするのだから、あまりおかしなことはしない。それに彼らは一応欧州語をまともに習得している。今風にいえば、国際人ぽかったのである。普通の人はといえば、海外は物語の世界の話であり、国際旅行はまだ、大衆化されていなかったのだ。
日本人がいまのような旅をしはじめたのは、戦後しばらくのちのことである。昭和40年代頃からの農協ツァーあたりから、海外旅行の大衆化がはじまった。日本の経済力が、海外旅行を後押しするのだ。それまで西洋風のマナーも何も知らないで、それで何の支障もなく生きてきた人たちが出掛けていくのである。すでに洗練されていた欧米の旅行者と比べて見劣りするのも、しかたない。旅にかけてきた歴史の違いなのである。
スタートが遅かったとはいえ、日本人の旅はしだいにスマートなものになりつつある。20B世紀までのは、農協ツァーのような団体がドッと押し寄せるパターンが圧倒的だったが、21世紀に入ると、パックツァーを楽しむ人もいれば、個人旅行におもしろさを見いだす人などさまざまだ。日本人の旅行もしだいに年季が入ってきて、経験が知恵や良識となって残りはじめているのだ。
だいたい、個人の旅行者が団体ツァー客をダサいとけなすこと自体、釈然としない。戦後の日本人のツァーは団体が主流であった。彼らの行儀にはたしかに問題があったのだが、旅の太い流れをつくってきたのである。垢抜けない日本人の旅行者が数多くその地を訪ねることで、日本という国、日本人というものを現地に覚えてもらっていった一面もあるのだ。
なんだかんだいいながら、海外に押し寄せてくる日本人は比較的、おとなしく、人に迷惑をかけない。ホテルの勘定を踏み倒したり、部屋をめちくちゃにしたり、変な落書きをしたりといったことは、あまりしない。おまけに不必要なくらい金も落としてくれる。おバカさんと思われる反面、現地に日本人は受け入れてもらえる。
日本人の来店お断りとはならない。「日本人だ」というなら、なめられる部分もあるとはいえ、その一方でそこそこの信頼をしてもらえる。あとから来る旅行者にとって、これはいい置き土産、アドヴァンテージなのである。
いまワケ知り顔で外国の街を歩いている若者であっても、そのバックには農協の垢抜けない団体ツァーの歴史があるのだ。彼らが道を開拓してくれたからこそ、いまわりとラクにスマートに旅を楽しむことができるのだ。ついでにパックツァーについてもう一ついわせてもらえば、欧米人もパックツァーをよく利用するのだ。
ドイツの男性によるバンコクへのパックツァーは昔から悪名高かったが、いまは彼らも昔ほどではない。ドイツの女性もパックに混じって、タイを訪れている。個人主義といわれるフランス人だって、パックツァーを利用する。とくに、アジアではフランス人のパックツァーをときどき見かける。
なにしろ、フランス人はフランス語ができても、あまり英語が得意ではない。フランス語がまったく通じない地域では、一人旅はなかなかできないのだ。フランス人が一人で行けるのは、ヨーロッパにかつてフランスの植民地だったアフリカ、ヴェトナムくらいである。いずれも、フランス語でなんとか押し切れそうな地域である。タイやインドネシア、ネパールといったところでは、フランス語は通じない。英語の不得意な彼らは、勢いパックツァーに頼らざるをえないのだ。
パックツァーに比較的頼らなくていいのは、イギリス人にアメリカ人くらいのものだろう。なにしろ、英語はほとんどの国で通じる。日本でさえ、ホテルでなら英語は通じるし、多少英語を話せる人がいる。イギリス人の場合、男女を問わずよく一人旅をしているが、世界言語である英語あってこその話なのだ。オランダからは旧植民地であったインドネシアへのパックツアーもスタンダードなものである。
日本語の場合、もちろん世界共通言語ではなく、アジアの片隅のローカル言語にすぎない。台湾や韓国の旧い世代相手や、アジアや太平洋のリゾート地域では日本語が多少通じるとはいえ、世界のほとんどの地域で馴染みのない言語なのだ。加えて、日本人は英語を不得意としている。その点は、フランス人と変わりがない。パックツァーを頼っても、しかたがないのである。
●本物でなくてもいいではないか
個性的な旅を目指すというタイプがよく口にするのが、「本物」である。「あそこには、偽物ではない、本物の美がある」「あそこで食べる魚は、養殖ではない、地場の魚だ」といった具合に、本物を礼賛する。いまなら、温泉が俎上によく挙がる。「あそこの温泉は循環式だからダメ、でも、あそこの温泉はかけ流しの本物だ」となる。
なるほど、本物は人を幸福にするかもしれない。辛くなるくらいに感性を鍛えてくれるかもしれない。私もできるだけ本物に多く出会いたいと思っている。けれども、あまりに本物をとやかくいうのも、何か違うような気がする。本物にこだわるあまり、かえって大きなモノが見えなくなることだってあるのだ。
本物の温泉ブームにも、そのことを見てとれる。本物の温泉ブームが到来するまえ、もてはやされたのは大型の温泉施設である。税金を元手に、町おこし、地域おこしのために建てられたものも少なくない。皆がこれらの新しい施設を利用し、いい気分に浸ったことはたしかだ。少なくとも、このときに多くの人が温泉を実感できて、「温泉も悪くないな」と思ったことはたしかだろう。何が本物で、何が偽物ともわかっていなかったのである。
当時、私はある若者と会うことがあった。彼はある温泉の代々の湯本を継ぐ家の生まれで、彼にいわせれば、いい温泉と悪い温泉があるらしい。ちょっと浸かってみれば、水道水で薄めた湯がどうかわかってしまうという。私は、この話を聞いてびっくりした。温泉なんて成分が違うだけで、あとは沸かし湯にしているかどうかくらいの差だと思っていた。まさか、湯を循環させているところがあるとは思わなかった。かりにそうした温泉に入っていたところで、気づかなかっただろう。
掛け流しの湯と循環の湯の差が肌でわかるというのは、子どものころから本物に浸かってきた賜物だろう。以後、気をつけて温泉に入ったつもりだが、私にはどれが本物でどれが偽物の湯なのかわからなかった。いまもってわからない。たしかに本物の湯と本に書いてあると、そうだなと思うのだが、書かれていないと、どうなのかわからなくなってしまう。私の眼力では、その程度なのである。
じつのところ、本物の湯かどうかわからないのは、私だけではないと思う。ガイドブックを頼りに本物の湯を求めている人でも、本当に本物がわかるかどうかは、私にはわからない。本物探しとは、そんなものではないか。こうやって本物を探していく旅というのもまたいいものと思うが、温泉以外に求めるものがいろいろあるなら、本物探しにあくせくするのもどうかと思う。世の中、温泉だけで成り立っているわけではないのだ。温泉に気をとられすぎて、温泉以外の宝に目がいかないというのはもったいない。
温泉に行く目的にしろ、健康増進や病退治だけではないだろう。たんに広々とした湯船につかり、ノビノビとリラックスしたいという向きもあろう。それなら、本物の温泉にこだわりすぎる必要はあるまい。露天風呂をはじめ、大きな風呂を用意しているところへ行ったほうが、目的に叶う。本物の温泉はえてして、狭い風呂のところが多いのだ。
本物については、ある評論家がこんなことを言っていた。わざわざ美術館に足を運ぶよりも、自宅で画集をめくっていたほうが楽しいというのだ。外国と違って、日本の美術館は混み合うことが多い。
そんなゴミゴミした場所でせわしなく本物を眺めるよりも、自宅で絵画の写真を相手に寛いでいたほうがいいということである。もちろん若いころにいろいろと絵画を見てきたからいえる台詞にせよ、納得させられる。要は、その絵を通して何が得たいかだ。
パリのルーブル美術館では、本物とお墨付きの名画を目の前にして喜んで写真を撮る観光客も少なくない。本物を眼前にした喜びからなのだろうが、私には本物をしっかりと味わっているようには見えない。美術館にあるから本物であり、それを崇めているにすぎない。本物の持つ魅力に本当に気づいているかどうかは、本物の温泉のわからない私と五十歩百歩ではないか。
本物はたしかに大事なのだが、あまりにこだわらないほうがいい。「本物へのこだわり」は、商品の宣伝くらいにとどめておいたほうがよさそうだ。
ついでにいうと、自然のままという言葉も話半分に考えたほうがいい。観光スポットや飲食物に最近は「自然のまま」とか「天然の」という言葉がちりばめられている。それらが、どれだけ自然で天然なのかとわかったものではない。そんな自然で天然なものを追いかけるのは、じつに難しいことなのだ。
ウナギにしろ、いま国内で天然ウナギはわずかしかとれない。それなのに、「うちは天然ウナギを出しています」というウナギ屋がわりに多い。どうも割合が食い違うような気がする。私の知人にウナギを扱っている魚屋がいるが、ウナギがとれる季節は初夏から初秋にかけてであり、冬にとれることは滅多にないという。「ウナギ屋さんは冬に天然ウナギをどこから取り寄せているのでしょうね」と首をかしげている。
天然を求める客も、あまり褒められたものではない。雪のちらつくなか、その魚屋にやって来て「天然のウナギはありますか」と平気で聞いてくる。天然のものがある条件や感環境をまったく考えていないわけで、それで天然や自然を追いかけても、バカバカしい気がする。ついでにいえば、本物にしろ、天然のものにしろ、偽物、人工のものに数多くふれているから、その違いがわかるのではないか。そう考えるなら、ごたくを述べるまえに、まずいろいろと体験するしかない。つまりは、旅に出掛けるのだ。
●日本一、世界三大など数字にこだわりすぎると、旅がみすぼらしくなる
旅好きの中には、ときどき数字を追いかけている人がいる。たとえば、「日本一の山」に登り、「日本一の祭り」を見物し、「世界三大珍味」を食べに出掛けるといった具合だ。こうした「日本一」や「世界一」「日本三大○○」といったものを追いかけるのはかならずしも恥ずかしいことではないが、程度の問題がある。あまりにこの手のものにこだわると、旅がみすぼらしくなる。
海外旅行で何カ国を制覇したとか、あるいは鉄道を何百キロ乗ったとか、そうしたことばかりに気をとられるのも、同じである。あるいは、旅行のあと、アルバムが何冊になったかを競う人もいるし、おみやげの多さを自慢する人もいるが、これまた根は同じだ。
本人はそうした数字的なもので、他人と区別をつけ、そこに「個性」らしきものを見つけだそうとしたのかもしれない。それは、徒労でしかない。自分以外、誰もそんなものに興味を持ち、聞いてくれやしないのである。聞いてくれたとしても、内心では馬鹿馬鹿していると思っている。「ああ、また講釈がはじまったか」と思われて終わりである。
旅の中に数字的なものを追いかけるのは、コレクターのようなものだが、普通のコレクターに怒られる。コレクターはその価値を独占したいという気持ちもあって集めるのだが、旅に独占というものはありえない。何カ国を巡ったとコレクションしたとしても、その国を独占できるわけでなく、妄想を楽しむしかない。
妄想は、自分で楽しんでいる分には、じつにありがたいものである。妄想が膨らんでいけば、その世界は大きくなる。自分の中でワールドを築くのはけっこうなことなのだが、他人はそんなワールドに関わりたくないのだ。もちろん、数字的なものをすべて否定するわけではない。旅をはじめるきっかけに、日本一の城や世界三大奇岩といったものがあっていい。そこで実際に何かを感じたなら、あとは自分の興味にまかせればいい。「日本三大」とか「世界三大」は、一つの参考にとどめればいいのだ。
●幻滅、みすぼらしさを感じる旅があってもいい
私の知人が、あるときこんなことを言っていた。彼にすれば、「旅をしていて、ときどきふと絶望的に虚しくなる」という。その理由がいかに俗っぽく、そのことで彼は二重の虚しさを感じるらしい。彼が旅に虚しさを感じるのは、自分の旅がみすぼらしいものに映るからだ。
とくに、小説と比べたときだ。あるいは、その辺の旅の雑記と比べたときだ。小説や旅の雑記を読むと、そこにはいろいろな事件が出てくる。うまくすると、主人公は旅先でワケありの美女と出会い、懇意になっていく。あるいは、宿屋の主人に格別のもてなしを受けることだってある。
これらと比べたとき、自分の旅の姿が月並みで貧相に見えてしまうというのだ。もちろん、彼はしょせん“小説のつくり話”ということくらいわかっている。わかりつつも、ついそんな夢のような話に憧れ、憧れる自分にまた幻滅を感じるというのだ。
私は、そんな幻滅を感じる旅があってもいいと思っている。たいていの人の人生が思うままにいかないものであるように、旅もまた憧れどおりにはいかないのである。たしかに、旅に素敵な出会いがあったほうがいいし、ふだん見ることのできないものを真っ正面から見られるなら、幸せな気分になれるだろう。ただ、ふだんの旅でそうは簡単に夢はかながられないのである。むしろ、夢のようにはいかず、幻滅を覚えることすらある。それはそれでいいではないか。
小説のようにはいかない旅で、みすぼらしく感じても、そのみすぼらしさも得がたい感覚なのである。あとで振り返るなら、それがいい思い出にもなる。いつも“いい思い”のできる旅をつづけることのできるのは、ほとんどが小説の世界の住人なのである。あとは、若い女性くらいのものである。その辺のおじさんや若者に、タダでいい思いをさせてくれるほど、世の中は甘くないのである。世の中が甘くないことを肌身で知るだけでも、それはいい旅だと私は考える。
また、旅をつづけていれば、自然に求めるものが高くなりがちだ。数年まえ、数十年まえなら感動したはずの建築にも、アラが目につくこともある。さらには、幻滅を感じることすらある。「こんなところ、来るんじゃなかった」と思うこともあるが、それもまた旅なのである。幻滅や失望を感じるのは、自分の考えや見方が変わって来た証拠である。自分を見つめ直すいい機会と思えばいいではないか。
●旅の「かくあるべし」は持ち込まない、聞かない
日本各地、世界各地を旅してきた、いわば“旅のベテラン”の中には、旅についての思い込みが強くなる人もいる。思い込みのあまり、つい旅はかくあるべしという考えを持ってしまう人もいる。
たとえば、旅とはストイックなものと考え、チャラチャラした連中を蔑みの目で見る。あるいは、一つのところへ行ったとき、その土地の最高級のホテルに泊まり、最上の食べ物を口にしないことには、気が済まないという人もいる。そう思うのは基本的に本人の勝手だが、これを周囲に対して振り回すようでは、これは旅の素人以下である。たんなる独善的な人にすぎない。周囲の人たちにすれば大迷惑で、旅の楽しさを損なう人たちである。
この手の人たちは、インドや東南アジアの安宿によくいる。安宿で牢名主を気取って、若い旅行者を見下した目で見る。自分のいまの旅のスタイルがナンバーワンであり、他の旅行者はくだらないことをやっていると思っている。日本人は野球にも「野球道」を持ち込むくらい「道」が好きなのだが、その「道」を旅にも持ち込もうとしている奴がいるのだ。こんな連中につきあうことはないし、言っていることをまともに受け取る必要はない。その人の乏しい自慢話くらいに聞いておけば、それで十分だ。
旅にはマナーは必要と考えるが、「かくあるべし」という定型はないのである。みなそれぞれに、旅のスタイルがあっていいのだ。それぞれが好きにできるから、旅は楽しいのである。そう考えたなら、旅に「かくあるべし」の押しつけは、野暮なことでしかない。自分のほうからも、野暮な真似は慎むことだ。
●自力本願にこだわりすぎると、とんでもないことになる
旅というのは、自分の足でいろいろなことができるから楽しいのだが、自分の足にこだわりすぎると、大変なことにもなる。どういうことかというと、旅好きの中には、自力本願主義者がいるのだ。どんなことであれ自力で突破しないと気がすまず、人の助けを嫌うのである。
たしかに、自力本願の旅を目指すのは立派なことである。いまどきは、つい人や機械によるサービスに頼りがちだが、自分の力だけでなんとかしようという考えには敬服する。ただ、自力本願にこだわりすぎるのも、問題なのだ。
その典型が、登山である。登山というのは、基本的に自力本願でしか頂点に到達できないものである。自分の体力こそが最大の資源なのだが、山によっては自分ひとりでは太刀打ちできないものもある。そんな高い山に登ろうと思ったなら、人を集め、パーティを組む。そしてパーティの中から、最終アタックを試みる者を選ぶ。世界最高峰・エベレストをはじめとする高峰への登山は、ほとんどがこのスタイルで行われるが、これは完全に自力本願ではない。他力をあてこんだものであり、他人の力があって初めて安全で大がかりな登山ができるのだ。
この登山に典型を見るように、旅には自力だけではいかんともしがたい部分がある。自分の力だけで無理なら、そこには割り切りが必要だ。それができずに無理な登山をすれば、悲惨な結果を招くことにもなる。このとき自分だけが悲惨な目に遭うのなら、自業自得ですませることもできよう。たいていは、家族を不幸にし、関係者に苦労を強いることになる。
自力本願にこだわりすぎた結果、他人に大きな迷惑を掛けてしまうのだ。そんな迷惑を掛けるくらいなら、さっさと他人の力を借りたほうがいい。そのほうが結果的に、人に迷惑を掛けずにすむのだ。また、他人の力をうまく利用するなら、ふだん行けないところへも行ける。食べれないものだって食べれる。そのあたりのことも計算に入れたほうがいいだろう。
●居心地の悪い旅の効用
旅について書かれたエッセイや旅行記などを読んでいると、ときどき疑問に思うことがある。旅をしている本人がしばしば苦痛を感じたり、うんざりする場面につぎつぎと遭遇しているのだ。これに懲りて次の旅行はもっと自分の志向に沿ったものにするかというと、そうでもない。またしても、うんざりとため息だらけの旅にチャレンジしている。「この人はマゾなのか」と思いもしたが、さすがにそんなわけがない。じつのところ、好きで居心地の悪い旅をしているのではないか。
本人からすれば、団体旅行は真っ平であり、気の合う人と旅をしたいかもしれない。文章を読んでいるとそんな気がするのだが、意外にもよく団体ツァーに参加しているのがわかる。団体のツァーには、あつかましいおばちゃんもいれば、わがままを押し通そうとするおじさんもいる。添乗員の中には、まるで気がきかない人もいる。最大の楽しみの一つであるはずの食事も、格安旅行では場末のレストランでうらさみしい。観光名所を案内してくれると思ったら、ほとんどがバスの中からの見学で、大部分は免税品店巡りに当てられる。ホテルときたら郊外の安ホテルである。
楽しいことはあまりなく、うんざりする様子がよく書かれているのだが、じつのところ、この手の書き手はその状況を楽しんでいるのだ。彼は自ら居心地の悪そうなツァーを選び、くだらないハプニングにうんざりしながらも、どこかで好奇心を満足させているのである。さらにいえば、居心地の悪さをエネルギー源として、あれやこれやと書きまくっているのだ。
こうした旅のしかたを、少しは参考にしてもいいような気がする。わざと居心地の悪そうなツァーに参加して、その居心地の悪さに遊んでみるのだ。こんな馬鹿馬鹿しいことができるかといわれるかもしれないが、あとで振り返ってみるなら、意外に楽しく思えてくる。旅ではいいことは忘れやすいが、悪い思いは記憶に残りやすい。その悪い思いが、観察の仕方によっては、やがては「あれはあれで楽しかった」となることもあるのだ。
私の知人に一九九五年に北朝鮮にツァー旅行に出掛けた者がいる。ちょうどアントニオ猪木が平壌でプロレスをするという時期で、これにかこつけて日本人の団体ツァーが組まれた。ツァーで北朝鮮に渡った人の多くは、未知の国・北朝鮮をこの目で見てやろうという意欲に漲っていて、プロレス観戦はしかたのないおつきあいだったようだ。
ところが、その知人はプロレス観戦を目当てにしたツァーの中に入れられてしまった。ツァーの人たちの会話は猪木がどうしたこうしたと、プロレスのことばかりである。おみやげ探しといえば、猪木の切手だの力道山の水だのといったものばかりだ。今晩のプロレスで「猪木コール」をするために、日中はホテルで寝ていると申し出て、北朝鮮側のガイドを困惑させる者もいる。女子プレロスの追っ掛けグループも混じっていて、彼女らはお目当ての女子レスラーを観光先で見つけるや、黄色い声援を飛ばす。
私の知人は、プロレスにほとんど興味がない。にもかかわらず、こうしたプロレス・グループのおつきあいをさせられることになり、途中まで辟易していたという。数少ないプロレスの記憶を持ち出して、会話をしのいでいたのだが、途中で割り切ることにしたようだ。北朝鮮観光のかたわら、プロレスとプロレスファン観察をすると思えば、けっこう楽しめることに気づいたのだ。
日本にいても、熱狂的なプロレスファンなどそうそう観察できるものではない。滅多に見られない人たちを観察することができただけでも、この旅はおもしろいものだったと思うことができるようになったのだ。旅をもっと楽しみ、人生の幅をもたせたかったら、少しは居心地の悪い旅にも参加してみてはどうか。そこで気まずい思い、しらけた気持ちになるかもしれないが、その気持ちまでも楽しんでしまえばいいのである。
●現代人に癒しは本当に必要か
現代は、癒しの時代だといわれる。癒しはさまざまな産業のキーワードになっていて、旅のキーワードとしても癒しは使われる。「癒しの温泉」に始まって、「癒しのホテル」「癒しのリゾート」「癒しの隠れ家」など、「癒し」のタネは尽きない。
たしかに、現代人は強いストレスにさらされつづけている。会社では嫌な上司につきあうだけですまなくなってきた。成果を何よりも求められ、それができないと、リストラに怯えなければならない。家庭でも、子どもが言うことを聞かない、妻とソリが合わないといったストレスのもとがある。
だからといって、安易に癒しの旅を求めるのはどうだろう。旅に出れば癒しをすぐに得られそうな気がしてくるが、実際のところはそうでもないようだ。癒しを得られたという本音を聞いたことはあまりない。たいていは、「ああ、くたびれた」というものである。むろん、わざわざ旅に出た手前、なにがしかの収穫が欲しい。そこで、「ああ、癒された」となるのだが、これが本当かどうかどうも私には疑わしくてならない。
そもそも現代人に、それほど癒しが必要なのか考えてみたほうがいい。毎日ストレスにさらされるというが、いまの日本は平和なものだ。ウクライナやロシアのように武器を取って殺し合いをすることもないし、飢餓とも無縁である。ネット詐欺や軽犯罪などが多くなってきたとはいえ、まだまだ治安はいいほうだ。ある意味で極楽のようなところに住んでいるのであって、そんな極楽暮らしに癒しは必要なのだろうか。
戦乱や部族抗争に明け暮れる土地に住んでいるなら、救いを求める気持ちにも共感できる。そこに癒しが必要だと思えてくる。地域にどうしようもない崩壊現象が起きたなら、やはり癒しの場が人が求められるだろう。けれども、いまの日本はそんな崩壊状態にはない。まだまだ健全であり、日本人それぞれにはやりたいことはたくさんある。努力さえするなら、希望がかなえられることも少なくない世界である。癒しが必要な世界とは思えない。
それなのに癒しが叫ばれるのは、旅行会社がラクをしたいからではないかと勘繰りたくもなる。「癒し」をキーワードにお客を釣れば、お客が集まってくる。たしかに美しい風景を見て、心が静まるなら、これを「癒し」というかもしれない。その程度のものでよければ、いくらでも癒しのタネは見つかるはずだ。そこに加えて、現代人の徒労感がある。「私は疲れている」とことさらに思い、その思いを、「癒し」という言葉は正当化してくれるのだ。多くの人は、これにうまく乗せられているのではないか。
いま日本の旅人には、「癒し」よりももっと必要なものがあるはずだ。それは、「真の生命エネルギー」といってもいいだろう。いまの日本人は、肉体的にも精神的にも少し弱っているところがある。だから、リストラされたくらいで、精神的に落ち込んでしまう。少々きつい仕事をさせられると、すぐに辞めてしまう。あるいは、翌日休んでしまう。そうした心理や体力の延長線上に簡便な救済擁護としてあるのが「癒し」ではないか。日本人が弱くなってしまっているから、安易に「癒し」に頼っているのだ。
20世紀後半、日本人がまだまだ元気なころは、「癒し」という言葉は流行らなかった。上司にきついことを言われたくらいで、そんなに落ち込まなかった。先輩を見返しやるくらいの気力があった。残業がつづいたからといって、さあ温泉でのんびりとは考えなかった。酒場で一杯ひっかけたら、また頑張ることができた。
「癒し」が登場したのは、1990年初めのバブル崩壊以降のことである。日本人がバブル崩壊後のありさまに成す術なく、途方に暮れているうちに、「癒し」は広がってきた。バブル崩壊以降の日本人の迷走が「癒し」信仰に現れているともいえる。
そんな「疑似的癒し」を必要以上に求めているかぎり、さらに弱くなっていくだけなのだ。癒されているだけでは、強くはなれない。さらなる困難に出くわしたとき、呆然とするだけだ。日々に負けないためには、「疑似的癒し」なんて捨てて、どこかへ旅立ったほうがいい。
●「癒し」のスポットでは、活力を得よう
日本人は、癒しの地というと、ゆったりと時間が流れる心地よいスポットをすぐに想像する。それは人をラクチンな気持ちにさせてくれる。じつのところ、私もそんな土地が好きである。
私に限らず今の日本人の多くが憧れる世界とは、エキゾチックで、かつ郷愁を誘う風景のある世界なのではないか。だから、東南アジアのリゾートや中国の奥地、あるいは沖縄といったところに人気があるのだろう。チベットやネパール、ビルマといったところも、その延長線上にある。ここには、西欧文明にまだ完全に馴染まないものがあり、日本のいまや記憶からも去りつつあるかつての姿を投影するのかもしれない。
そうした世界に浸るのはもちろん楽しいことなのだが、それを癒しの世界として寄り掛かるのには、私は抵抗を感じる。経済発展をすでに成し遂げた側の人間が、古き良き時代を回顧するためだけに、このような旅行目的地を選んでいるとすれば、早晩破綻することになるであろう。これらの辺地に住む若者には、もちろんラクチンである近代生活への憧れは強くもっている。
旅人である私たちは、これらの地を訪れながら、単なる回顧的空想に浸ってしまうことなく、彼らの世代間葛藤の姿や、伝統と変革の模索や葛藤を見逃さないことが重要であろう。その観察から、自らの日常に対する「活力源」が湧きいずるのではないだろうか。
●リストラに怯える毎日を過ごすとき、旅立つ余裕があるか
いまの旅に必要なのは、「癒し」でなく「生命力」である。「活力」と言い換えてもいいだろう。旅をするなら、失われつつあった生命力、活力を取り戻すきっかけをつかめるかもしれないのだ。
もし、日々が不安であり、何かに怯えているのなら、なおさらだ。たとえば、会社でリストラにさらされているサラリーマンだ。毎日が針の筵に座っているようなもので、生きた心地がしない。このままジッとしていてやり過ごすことができれば、それでOKなのだろうが、その保障はどこにもない。こうやって、ジッと耐えているうちに、生命力を失っていくことになる。
耐えることは、ある意味で美しいことだが、リストラ怖さに耐えるのはべつのような気がする。リストラの圧力に耐えたところで、精神的にはあまり得るものがない。外面から見ても、あまり恰好いいものではない。お金のためとはいえ、犠牲を払うのに限度というものがあるだろう。そのリストラに怯え、鬱々とした毎日を過ごすのなら、いっそのこと旅にでも出掛けたほうがいいのである。旅をすれば、貝のようにはなってはいられない。積極的な働きかけが必要になる。そこから、生命力が蘇ってくるのだ。
こんなことをいうと、「他人事だから呑気なことを言えるのだ。いざせっぱ詰まると、旅なんて馬鹿げたことはできるわけがない」という人もいるだろう。べつに会社に辞表を叩きつけろ、と言っているわけではない。休日に、ちょっとした旅に出掛けるだけでもいいのだ。
旅に出れば、いまの自分を多少なりとも相対化できる。いまの会社でいじめられている自分の姿も、もう少し冷静に見られるようになるだろう。それがいいのである。さらにいえば、旅に出るだけの力があったのなら、まだ大丈夫である。まだ、精神にも肉体にもパワーが残されている。多少の無理ならまだ効くだろうし、無理をしても意味がないという判断もつく。その判断力や活力があるのなら、会社生活を何とかしていけるし、見切ることだってできるのだ。
その意味では、旅に出られるかどうかは、自分への一つの試金石なのである。旅に出掛けるのも虚しい、面倒くさい、だるいと思ったのでは、このさきはちょっとしんどいのではないか。
●ボロボロになる旅があったっていい
もし本当に旅に出掛けたいのであれば、本当に会社を辞めてしまってもいい。それで旅に出て、あとはボロボロの身になってしまうというのも、一つの生き方ではないかと思う。
旅にも人生にも、ハッピーエンドばかりではないのだ。人生の最期は、子や孫に見取られ、安らかに死にたいと思っている人は多いかもしれないが、現実にはなかなかそんなハッピーエンドは少ない。むしろ、親しかった人物にはあまり相手にされず、死にたくないという気持ちに苛まれながら、死を迎えることのほうが多いのではないか。お金があり、家族がいても同じである。病院にベッドに縛りつけられ、チューブだらけの体にされる。これが安らかな死なのかどうかは疑問である。
もちろん、ハッピーエンドを期待したいのだが、映画や小説のようにはいかないのである。さらにいうなら、映画や小説でハッピーエンドを迎えるのは、どちらかというと、主役クラスである。後の名もない連中には、悲惨な運命や死が与えられていることが多い。
その運命を乗り越えることさえ許されない。時代劇などでは、虫ケラ並みの扱いしか受けないこともある。映画や小説にしろ、主役以外の人生はハッピーエンドとはいかず、現実を反映しているのだ。
二〇世紀から二十一世紀という時代は、よく人類の進歩の時代だったといわれる。たしかにそのとおりなのだろうが、一人の人間までが年々進化していくわけではないのだ。かりにある年齢までは進歩があるにしたところで、歳を重ねてくると、思ったようににはいかない。身から出た錆のような事件まで起こすことにもなる。
新聞の三面記事を読むと、すぐに気づくはずだ。いい歳をした男女が、ろくでもない事件を起こして、お縄になっている。いまどきの若者は荒れているといわれるが、歳を召した方々も荒れているのだ。人は誰しも、人生の終末には安らかな幸福を望むのだが、ほとんどの人がこれを得られないでいるのだ。こんな死を迎えるくらいなら、やりたいことをやって、行き倒れになってほうがまだいいかしもれない。
もちろん、旅に出て、本当にボロボロになってしまっても、人に殺されてしまったとしても、それは誰のせいでもない。自分で選んだ旅なのである。覚悟がないのなら、そんなめちゃくちゃな旅はやめることだ。
●弱さを知る旅を
旅に出掛けるとき、確保したい最重要項目の一つが安全だ。泊まるホテルがいくら安くても、周囲に犯罪が多いというのでは、安心な旅にはならないだろう。あるいは、老朽化したオンボロ飛行機に乗せられたのでは、生きた心地がしないだろう。できれば、少し高くついても安全なエリアに泊まったほうがいいし、事故の少ない航空会社を選んだほうがいい。危険に対する感覚があるのなら、それくらいの配慮があって当然だろう。
けれども、いつもいつも安全第一な旅というのも、少しだけ疑問がある。一つには、安全に対する感覚が緩むからである。たしかに丹念に下調べをして、安全を確保して旅に出れば、安全である。そうした安全であることに馴れてしまったとき、もしもの事態に対応できなくなる。あたふたとした対応になり、傷口を広げてしまうことすらある。子どもでも、親の保護のもと、いつも安全なところにいたのでは、一人立ちできない。依存心の強い子どもになってしまうのと、同じである。
旅に出掛けるときも、ときどき危険というオプションを少しだけ入れておかないと、危険というものがわからなくなる。ここまでなら自分で対処できそうな危険で、これ以上は無理だという境目も読めなくなる。逆に危険というものに少しだけふれておくことで、危険をおぼろげながらも早くにキャッチできるようになる。そうなれば、もっと旅の幅が広がってくるのだ。
とくに海外の場合、危険というのは思わぬところにある。私自身、初めてインドへ旅行したときだ。空港から市内へ向かうバスの中で、あっさり財布を抜かれてしまった。全財産の三分の二を到着初日に早々と失うことになってしまったのだ。インドのスリ事情については、旅行まえから先輩にあれこれ聞いていた。それなのに、簡単にやられてしまったのだ。当時の私も、危険というものがわかっていなかったのである。
危険を少しだけ体験することの意味には、もう一つある。自分の弱さを知るということだ。とくに、男の場合だ。日本国内で普通に暮らしているならば、自分の弱さを知ることは滅多にない。都市の郊外で暮らしているサラリーマンの場合、不良の若者に暴力をふるわれる危険があるものの、人が多い雑踏では自分を強い人間と勘違いしてもいられる。
その強い人間であるという勘違いが、自分の判断を誤らせることにもなるのだ。本当の自分は、自分が思っているよりずっと人からなめられやすい。見くびられているところがある。そのことにぼんやりながらも気づいているか、いないかで、自分の毎日、自分の生き方までが違ってくるのだ。
もちろん、何の備えもなく危険な地帯へ出掛けるというのは、無謀というものである。自分からカモになりにいっているようなもので、命がいくつあっても足りない。危険と思われる地帯へ行くときには、それなりの覚悟と準備が必要だ。
ある程度の覚悟と準備をしたつもりでも、あとで不足だったと思うことすらある。その不足の度合いが甚だしいとき、さらに運が悪いときは、その地で一生を終えることになるやもしれない。それも旅である。
要は、自分をどう裁断できるかである。自分の弱さを知ることのできる人なら、弱さを補うための用心をするはずだ。自分の弱さを知らない人の場合、知らないままで過ごせるならこれが最高だが、なかなかそうはいかないだろう。旅の中で、その弱さを知る機会があるやもしれないのだ。
●まずい食事をおいしく食べられるか、現地の水を飲めるか
いまの日本では、どこを旅しても、それなりにおいしい食事が約束されている。評判の悪い大旅館ホテルだって、料理はさめていても、素材はそんなにひどくない。刺し身もあれば、エビもあり、焼き魚にあれこれ付いている。料金に見合っているかどうかはともかく、これをある意味での贅沢である。
そんないい食事が約束されていることもあって、日本人は旅に満足のいく食事を期待しがちだ。いわば食においても癒しを求めているわけだが、世界中どこでもそれが可能とはかぎらない。美食がある程度保証できるのは、経済の発達した国だけである。多くの国では、日本人が日本旅館に望むような食事は期待できないのである。
つまりは、食で温泉に浸かったかのような満足は得られそうにないのだが、問題はその食をそれなりに楽しめるかどうかである。合わないなと思っても、それをおいしそうに食べられるかで、その旅そのものが決まってくる。
さらには、自分というものが決まってきもするし、少し自分が変わりさえする。そう考えるなら、どこへだって行けるし、どこでだって楽しめる。その楽しんだ分だけが、明日への力とさえなるのだ。癒されはしなかったかもしれないが、元気は湧いてきたのである。
もう一つ、その土地のものを喜んで食べることは、旅人のマナーではないだろうか。旅人はどうあがいても、お客様にすぎないのだ。勝手にその土地に踏み込んだお客のくせに、食にあれこれ贅沢をいうのはどんなものかと私は考える。その土地の人たちにもプライドというものがあり、これを満足させられなくて、旅人面するのも、おかしくはないだろうか。
また、飲み水についても、できるだけその土地の水を飲んだほうがいい。いま日本人は自国の水道水さえ飲まなくなりつつあり、口にするのはミネラルウォーターだ。それは、世界的な潮流なのかもしれない。いまどきはどこへ行っても、ミネラルウォーターが手に入る。それこそ、ニューギニアでだって、ヒマラヤでさえ、ミネラルウォーターがある。
ミネラルウォーターは、たしかに安全だ。水に当たったり、悪い病気にかかったりする心配はない。おかげで元気で旅をつづけられる。その恩恵はじつに大きなものなのだが、ミネラルウォーターという奴はあまりに世界標準すぎる。こればかりを飲んでいるかぎり、その土地と本当にふれた気がしないのである。
ただ、現地の水を飲む場合には、その匂いや水質、また取水場所の環境などなどを、細やかに観察することが必須条件である。あまり安易にグビグビと飲んでしまうと、大変な下痢に悩まされてしまうこともある。その上で、慎重に現地の水を飲むという行為は、すでにその土地の風土に親しみつつあるということに繋がっていく。
●自分探しの旅で何が見つかったか
近年における旅を一つの言葉でひとくくりにしたとき、「自分探しの旅」というフレーズに象徴されるかもしれない。その自分探しの旅のすえ、自分が見つかったかというと、そうでもないだろう。結局、見つかることもなく、見つからないからと、さらに旅にのめりこんでいった女性もいた。
あるいは、どこかであきらめ開き直った女性もいた。思うに、自分探しは終わることない旅なのである。それに飽きたらやめることになるし、どうしても見つけたいのなら一生続けることになる。本当の自分がどんなものなのか、自分にもわからなければ、他人にもわかりっこない。いくら心理テストやヒーリングを受けたって、これに完全に納得するわけではないのだ。
そんな見つかるはずもない宝探しをするのは、本人の自由だろう。肯定もしなければ、否定もしない。人生のある時期には、必要なことだとも思う。ただ、自分探しも大切なのだが、同じくらい大切なものが、他者との関わりではなかろうか。
自分探しというものが盛り上がった背景として、他者とのかかわりあいが希薄になったことがあったと、私には思えてならない。他者との関わりが薄くなっていったことで、自分のことがことさらに気になりはじめた。あるいは、逆かもしれない。自分のことばかり見るから、他者が見えなくなりはじめた。そのうち、他者が視界から消えてしまうのだ。
自分のことしか見えない極私的な世界は、ある意味で幸福な世界であるかもしれないが、不完全な世界である。他者がいないことには、調和がとれないのである。結局のところ、他人あっての自分であり社会である。かくありたい自分というのも、他者を意識した上での自分ではないのだろうか。
私は、これから必要になってくるのは、他者との関係性や調和ではないかと考える。つまりは、いまズタズタになってしまった人間同士の見えないラインを復活させるのである。その一つの手段が、旅なのではないか。
その旅の中で、自分というものを一度捨ててみるのだ。それは、自分の過剰な自意識を捨てることでもあり、自分を覆っている殻を砕くということでもある。自分というものにこだわりすぎると、どうしても自分と他者との間に高い壁をつくってしまいがちだ。日常生活にもその壁ができているとき、これを取り払いようにも、なかなかできるものではない。そこで、旅に出て環境を変えて壊すのだ。
言ってみれば、完成しそうになっていたパズルを再度バラバラにしてみる行為である。自分の個性というのが見えかけてきたら、あえてそれを自らが壊して再度組み立て直すのである。言ってみれば「スクラップ・アンド・ビルド」である。旅行為とは、まさに自己を組み立て直す作業の場であり、結果として他者との関係性再構築の場になっている。
旅に出掛けてみれば、自分がいかにこれまで力んでいたかわかることもある。それが、他者との関係性にも気づくきっかけにもなるのだ。自分探しをする手段も旅だったが、他者との関わりを探る手段も、また旅である。両者はよく似ているようで、違うところがある。自分探しの旅にあっては、自分が中心だったのだが、他者との関わりを探る旅にあっては、自分というものをいったんは捨てるのだ。その違いが、新たな地平を開かせてくれるのではないか。
●世界の辺境の地での独り歩きのすすめ
他者の関係性をもう一度復活させる旅に出ようというとき、手っとり早いのは、世界の辺境の地に行くことだろう。中年以上の世代なら、アジアの田舎などを歩くことで、かつて持っていた感覚を蘇らせやすい。アジアの都市はいまどこも急成長を遂げていて、ある意味でいまの日本に近づきつつある。都市化により人は洗練されてきたが、素朴さをどこかに置き忘れてしまった。
そんななかにあっても、世界の辺境の地は違う。かの地はまだまだ経済発展から取り残されていて、戦前、戦後まもなくの日本を思わせる風景がいくらでも残っている。中年以上の世代にとっては、原風景といえそうなものが、世界の辺境の地にはあるのだ。ここにお邪魔するなら、心を昔に戻すことが可能かもしれない。
辺境の地を一言でいえば素朴でかつシンプルである。毎日働いて、飯を食って、寝る。朝起きたら、同じことの繰り返しであり、辺境の地の人は今のそうした生活に何ら疑問を持たない。時間はゆったりと流れ、人間同士が信頼しあっている。
それは、かつて日本人も知っていた環境だったと思う。都市の中高年以上の中には、そうした環境が嫌で、田舎を抜け出してきたにもかかわらず、歳をとるにつれ田舎に郷愁を感じている人もいる。田舎に人間の互助を求めているのだが、残念ながら今の日本にあって、田舎はかつての面影をとどめていない。都会以上にすさんでいるところすらある。
日本のかつての田舎を追いかけるのなら、それはいまの日本にはなく、むしろ世界の辺境の地にある。そこには昔懐かしいものが詰まっていて、利他精神の生の姿まで思い出せてくれるのだ。ただ、若い人にとっての辺境のイメージは、中高年が感じるイメージとは少し違うようだ。若い人が辺境の地を訪れたからといって、中高年が抱くような懐かしさを感じるかどうかは、疑問である。
そんな疑問があったところで、世界の辺境には日本にないものがあるのはたしかだ。それを味わうことも、旅の一つなのである。
●辺境や田舎の持つ可能性
世界の辺境にかぎらず、田舎というのは、人を変えてくれるところがある。たとえば、フランスやドイツの田舎である。ヨーロッパ人というと個人主義のイメージが強いのだが、田舎に行くとそうでもないのだ。道行く人は気さくに挨拶の言葉をかけてくれる。ホテルでも、みなが気さくだ。特にフランスなどでは若年層の田舎への移住が多く発生しているのである。
これは、都会人には新鮮なものだ。自分の殻にこもりがちなとき、その殻が余分なものであると、気づかせてくれることすらある。もちろん、それは田舎の中でしかありえないものだ。パリに戻れば、田舎者の挨拶をしても、無視されるか、馬鹿にされるかくらいだ。
そこには都会人の孤独と妙なプライドが混在しているが、これで現実に引き戻される。それでも、世界には気さくな社会があることを知ったのは無価値とはいえないだろう。
これが、日本の田舎になるとどうだろう。日本の田舎にあっては、社会構造が崩壊しつつある。自動車に頼った生活が、これを加速している。都会と同じくらい、他人の顔を見ようとしない社会になりつつあり、自分の殻にこもりやすい環境にある。
自分の殻の中で想像にふけるのは自由だが、これでは自分を締めつけるだけだ。いくら自分の殻の中で自分を絶対的な存在に高めたところで、社会に出れば、自分はあまりに不確かな存在でしかない。そのことがわからないままというのは、不幸なことだ。
本来なら、会社に勤めてそこで否応なく社会を知る。他者との関係を築きあげていくのが、これまでのあり方だった。
●旅をしたからといって、世の中が大きく変わるわけではない
これまで旅をすることの効用をあれこれと述べてきたのだが、その効用は劇的に表れるものではない。どこかの小説か何かのように、旅をしてから世界がまったく変わって見えたということは、そうそうない。そのことだけは、知っておいてほしい。
だからといって、その旅がまったく無意味だとはいえないだろう。どんな旅にでも、意味づけはできるものだ。自分の無意味さを知るというのだって、これは一つの意味だろう。ただ、その意味がわかるのは、すぐにではない。かなりの時間を必要とする。
旅というのは、どちらかというと漢方薬に近いのだ。西洋医学の薬は劇的な変化を期待させるが、東洋医学の漢方はすぐに効き目が表れてこないことも多々ある。私自身、鍼灸師もしているのでよく理解しているが、東洋医学は漢方薬のみならず、鍼灸・按摩などを含めて、「予防医療」的要素が多分にあるのだ。
「まだ治らないのか」と焦っているうち、自然に治癒していく。漢方によって体質が変わり、病を追いやったのである。旅には、そんな漢方のようなところがある。すぐには効かないが、しだいに何かが自分の中で変わってくるのだ。また、ストレスなどで悪化していく心身への予防効果も期待できるのである。
そんなわけだから、旅に小説のような劇的な変化を求める人もいるが、そえは無理な相談なのである。もし旅によって劇的な変化があったとすれば、あとが怖い。そんな人の場合、旅の中毒になり、旅なしで心が安定しなくなることもある。会社生活が長続きせず、旅に出るのはいいのだが、肝心の日常生活が破綻してくる。資産家の家族であれば、それでもいいかもしれないが、多くの場合、自分の首を締めることにもなる。
もちろん、旅という毒をあおって自滅するというのも一つの人生だが、多くの人はそこまでは望まないだろう。日常を一応やり過ごし、旅に出ることになる。私も、学生時代に一度旅から帰っておかしくなったことがある。カトマンズに半年滞在して、そこでいろいろと強烈な体験があった。その反動もあったのか、日本に帰国後、私は下宿にひきこもって、約1年間ほど外に出なくなってしまったのである。
だいたい、劇的な変化には反動が出て当たりまえなのである。右に大きくぶれたなら、今度は左から何が現れるのだ。そんな不安定に耐えられる人は、そうそういないのである。現実を考えるなら、多くの人は劇的な変化は望まないはずだ。旅に出て、劇的な変化が出ないからといって、その旅に否定的になる必要は、どこにもないのだ。
実際、旅に出掛けると、いろいろ感嘆することがある。その感嘆や感動は、さほど長くはつづかないのだ。自宅に帰り、お茶でも飲んで一服し、テレビを見ていると、だんだんと忘れてくる。オフィスに出るや、旅先でのことはもう完全に追いやられてしまう。なんだか虚しくも感じるが、それでいいのだ。旅の思い出をいちいちひきずっていては、仕事や日常生活もロクにできなくなる。
ときどき、旅先で覚えた習慣や料理を日本で再現して楽しむ人もいるが、これとてそう長続きはしない。飽きてしまうのだ。どんなに感激した旅でも、数年もすれば記憶の片隅に追いやられていく。その旅が、大変な無駄遣いだったようにも思えることだってある。だからといって、その旅がまったくの無駄だったとはいわない。かならずや、何かの意味があったはずだ。それがわかるのは、もっと先のことなのである。
●旅には熟成期間が必要
旅というのは、ワインや焼酎に似たところがある。旅をしたあと、ある程度の熟成期間が必要なのである。できたての日本酒やビールを楽しむような旅だってあるものの、多くは熟成を必要とする。熟成を経ながら、知らないうちに自分自身へも影響を及ぼしてくると考えている。たとえばインドへもう何年と行っていない人が、ある日、道端の子どもの姿を見たとたん、ふとインドの雑踏のことが思い出されてくる。あのときは疎ましかった雑踏に、なんだか妙な郷愁が湧くことだってあるだろう。時間が旅を熟成させて、自分の中のモノの見方さえも変えていくのだ。
それは、学歴と似たところがある。昔の高卒の人は、よく大卒の人をなんとなく羨んだものだ。大卒の人よりも仕事もでき、地位も上、人柄も申し分ないにもかかわらず、大卒の人に自分にない何かを感じてしまう。彼にいわせれば、それは大学で何年かを遊んで過ごした余裕が自然に人格に滲み出ているからということになるが、旅もそんなところがあるだろう。
もちろん、その逆もある。大卒の人は高卒の人に自分にない何かを感じる。それは、高校からそのまま社会人となった緊張感と、いち早く社会の一員となった余裕めいたものかもしれない。緊張感や余裕が時を経て、その人の年輪となるのだ。旅もまた、必ずや人に年輪を刻みつけていくはずだ。
当時は、無駄と思えた旅であっても、それは違うのだ。何年か経ってそれが生きてくる。自分では永遠にそのことに気づかないかもしれないが、周りが受け取る印象が違ってくるのだ。そんなわけだから、旅に出てすぐに霊験が現れないからといって、あまり懐疑的にならないことだ。生きているかぎり、いつかは、その旅が人生に意味を持たせてくるのである。
残念ながら、死ぬまで意味の見いだせない旅だってあるが、それは天命が先に来てしまっただけの話である。冥土への土産に謎を持っていけばいい。それに、旅すること自体、利益を求めてのものではないだろう。旅がしたくてしているのであり、そこに何かプラスアルファが加わるなら、儲け物と思うくらいでちょうどいいのではないか。
●“捨てる”旅の意味
旅に出てすぐに何かが変わるわけではないのだが、いま閉塞感に陥っている人の場合、なかなか悠長な気分にはなれないかもしれない。そこで意味を持ってくるのが、“捨てる”旅なのである。長く人生を生きていると、そこに澱や膿がたまってくる。過剰な自意識であったり、プライドであったり、さまざまである。それらの一部を捨てることによって、いまを変える。それが、“捨てる”旅なのである。
“捨てる”旅は、一種の荒療治なのである。ふだん生活し、仕事しているかぎり、自分から何かを手放すことができない。いろいろなものをため込むばかりで、それが自分を縛ってしまう。これを強引に放すために、“捨てる”旅に向かうのだ。
荒療治なのだから、当然のことながら、ダメージを負うことになる。そのダメージから回復していく過程で、何かを見つけることができるのだ。
●“もらう”旅から、“復活”させる旅へ
最近の流行りは、“もらう”“いただく”である。旅でも、この言葉がよく使われる。スタジアムに見にいったスポーツ選手の奮闘から勇気を“もらった”とか、上等のご飯から自然の恵みを“いただく”とか、癒しの里に元気を“もらい”に行くとか、そうした言い方をしがちだ。
たしかに、これはある程度実感のある言葉で、私自身もときどき使うのだが、どこかしっくりいかないところがある。いただきっぱなし、もらいっぱなしでいいのかという疑問もある。さらにいえば、もらい物、いただき物というのは、さっと使い果たしてしまいやすい。そんなに軽いものをありがたがっていいのかという思いもある。
また、どこかアニメーション的な気がしないでもない。もともと元気をもらうとか、勇気を分け与えるというのは、マンガではじまったものではないのか。日本のアニメーションやマンガのレベルの高さはべつにして、マンガの言葉をいい歳をした大人がいうのに、気恥ずかしさを感じないでもない。
私は、大事なのは“もらう”・“いただく”旅ではなく、“復活”・“再生”させる旅ではないかと考えている。自分の中に、すでに元気や勇気などあるのだ。それが萎えたり、歪んだりしていがちであり、旅は勇気や元気にカツを入れるものなのだ。
●残された時間は、そんなにない
旅を定年後の楽しみにとっておいている人は、少なくないだろう。退職したら、退職金の一部を使って、女房と少し豪勢な旅に出ようとか、孫をどこかに連れていってやろうとか、寺院巡りを毎月やろうとか、それぞれの夢があるはずだ。その夢を退職後の楽しみにするのは微笑ましい話だが、その反面、そんなに悠長なことをしていていいのだろうかという疑問もある。
一つには、バラ色の定年がどこにも約束されていないことだ。定年したらたっぷり退職金をもらえ、年金も保証されているなら、悠々自適の生活を送ることができ、好きな旅をデザインできるだろう。そんな勝ち組の定年は、これからさきそうそう期待できないのだ。なにしろ、将来の退職金も年金も計算できない時代に入りつつある。
いま勤めている会社の業績がよくても、将来はどうなるかわかったものではない。どこかでクビを切られてしまえば、バラ色の定年を描こうにも描けなくなる。自分で会社を興して一発逆転という発想もあるが、誰もが成功者になれるわけではない。そんなわけで、定年になったら、思い描いていた旅をゆっくり楽しむということもできにくくなっている。
加えて、定年後には、どんな病気や問題が襲ってくるかわかったものではない。脳梗塞に襲われたなら、たとえ命が助かっても、そのあと思うようには動けなくなることだってある。定年後にはたしかに自分で自由になる時間が山ほどにあるが、それに期待しすぎると、期待を裏切られたとき、手当てがなかなか効かなくなる。定年を待って旅立つよりも、定年までの間にも、旅を楽しんだほうがいいのではないか。そのほうが、仕事中心の人生に潤いを与えることにもなる。
こうして仕事の合間にも旅に出掛けることを考えたとき、残された時間は少ないことに気づくはずだ。サラリーマンの場合、比較的時間を自由に使えるのは、ゴールデンウィークに夏休み、年始年末くらいだ。交通の混雑や人間関係を考えるなら、それらをすべて使えるわけではない。かといって、あとはうまく三連休をとって、うまく立ち回るくらいのところである。意外に、旅に出掛けられる時間は少ないのである。
定年を迎えたあと、今度は時間はあっても、お金の制約も出てくる。結局は、時間の制約につながり、旅に出掛けられる時間はじつはそんなにたっぷりとはないのだ。だからといって、焦ることはないのだが、時間はたっぷりあるようで、そうはないことを知っておいたほうがいい。知っておけば、思い立ったが吉日の旅ができるようになるはずだ。
●恥は捨てずに旅に出よう
旅はいろいろなものを捨てるためにあるが、捨ててはいけないものもある。それは、恥である。 日本ではよく、「旅の恥はかき捨て」といわれる。旅の間は、少しくらい羽目を外して、人様の眉をひそめさせるような真似をしても、かまわないとされてきた。それが、日本の旅の伝統でもあった。江戸時代の伊勢参りでは、伊勢参りに向かう旅人は、無銭で宿に泊まり、宿にタダ酒を要求するくらいの無鉄砲さが許された。
この手の伝統は昭和になっても引き継がれていて、昭和三〇年代のプロ野球の話を読んでみると、おもしろい。当時、プロ野球の選手は遠征に出掛けたとき、旅館に泊まっていた。その旅館が気に入らなかったとき、あるいは羽目を外したとき、旅館の床の間に糞をして、さよならしてしまう豪傑的プロ野球選手もいたのだ。
いまの日本でこんなことをやると、弁償もので、あまり聞かなくなったが、海外ではまだ旅の恥はかき捨ての伝統が復活しているようだ。こうした旅の恥はかき捨て式の振る舞いは、そろそろやめてしまったほうがいい。
「恥」という漢字は、自らの「心」に「耳」をあてると書く。すなわち、みずからの言動や行動が発している無言の「メッセージ」に対して、絶えず真摯な態度でその声を聞く、ということに違いない。
2023年4月11日 発行 初版
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二十歳の時にダライ・ラマ十四世と個人的に出会った事が、世界の山岳・辺境・秘境・極地へのエスノグラフィック・フィールドワークへのゲートウェイだった。その後国内外の「辺(ほとり)」の情景を求めて、国内外各地を探査する。三十歳代にて鍼灸師と山岳ガイドの資格を取得した後は、日本初のフリーランス・トラベルセラピストとして活動を始める。そのフィールドは、国内の里地・里山から歴史的、文化的、自然的に普遍価値を有する世界各地のエリアである。また、健康ツーリズム研究所の代表として、大学非常勤講師を務めながら、地方自治体における地域振興のアドバイザーとしても活躍している。日本トラベルセラピー協会の共同創設者でもある。