───────────────────────
───────────────────────

月日は百代の過客にして、ゆきかふ年もまた旅人なり。
舟の上に生涯を浮かべ、馬の口をとらへて老いを迎える者は、
日々旅にして旅をすみかとす。 古人も多く旅に死せるあり。
予もいずれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊のおもひ、やまず。
松尾芭蕉「奥の細道」より
現代における海外旅行の現状
コロナ禍期間中の旅行自粛はあったものの、近年の世界における海外旅行熱には目を見張るものがある。コロナ前には、日本において年間一五〇〇万人以上の人が海外へ渡航している。日本の総人口の約十分の一にあたる数が、年間に海外へ空間移動している。日本以外におけるアジア各国の海外渡航熱も年々ヒートアップし、コロナ禍明けには、民族大移動的なスケールでの人的往来が復活していくだろう。
旅行会社が甘美な言葉を紙媒体でおこなう告知活動は時代遅れとなり、世界各地のリアルな情報が動画ネット空間に乱舞している。これまで世界の秘境、辺境と称せられていた地域の情報も、印字媒体からネット動画配信の時代となり、秘境・辺境という時空がお茶の間的話題となってしまっている。
ひと昔前までの、秘境・辺境への旅とは、ヒマラヤでの山麓歩き、中近東の古代遺跡発掘現場見学、アフリカのマウンテンゴリラ生態観察、自然環境保全活動体験など、人間の精神性や自然が織りなす不可思議さを見つめ直し、問い直させることのできる可能性を秘めた場所への旅がその主軸を担っていた。
それらのプログラムへの参加者の多くは、中高年層と呼ばれる、第二の人生への折り返し地点を通過している人々であった。第二の人生の折り返し地点を通過している人たちが、なぜ、『便利さ』や『経済的な豊かさ』の少ない秘境や辺境へと足が向くのだろうか・・。
三木清『旅について』
哲学者・三木清氏は、著作の中で旅について次のように語っている。
「何処から何処へ、ということは人生の根本問題である。我々は何処から未たのであるか、そして何処へ行くのか。これが常に人生の根本的な謎である。」
「漂泊の感情はある運動の感情であって、旅は移動する事から生ずるといわれるのであろう。旅に出る事は日常の習慣的な、したがって安定した関係を脱する事であり、そのために生ずる不安から漂泊の感情が湧いてくる」
「旅は未知のものに惹かれて行く事である。旅においてはあらゆるものが既知であるということは有り得ない」と述べている。
旅は、ヒトにとり根源的に不安定感の上に立脚しているものである。日常の習慣的、既知の世界という、安定感のある土壌よりの脱出行為が、旅ともいえよう。肉体と精神の内なる浮遊感を漂泊とよぶのであろうか。
ヒトにとり未知なるものとの出会いの歴史
ヒトにとっての、肉体と精神の内なる浮遊感との出会いはいつから発生したのであろうか。遺伝子学者の中村圭子氏は、生物学の観点より細胞の中のゲノム(DNAの総体)にフォーカスした。生殖細胞と卵原細胞との出会いへの旅を抽象表現化し、私たち動物の身体そのものが持っている日常と非日常の交錯の中に、旅の本質を見つけようとした。
生命現象におけるメカニズムの中でのファジーさや、カオス性を旅論に投影した示唆深い論点ではある。初期生命体としてのゲノムの段階において、すでに未知なるものとの出会いの行動を見いだす事もできよう。
私はさらに現代の社会現象としての旅行為を理解する上において、『直立二足歩行』というキーワードをもって、未知なるものとの出会いの歴史を紐解く作業をおこないたい。直立二足歩行を論察する前に、『旅』『Travel』の単語の持つ意味の一部を特記しておきたい。
『旅』とは、旗の下に集う人たち、その行動。背骨。という意味がある。
『Travel』とは、動物が草を食べながら進む。という意味がある。
直立二足歩行への背景
ヒトが大型野生動物より捕食されるという脅威がない、安住の樹上よりなぜ地上に降り立ったのか。たまたま捕食したエサが地上に落ち、その落ちたエサを追跡して地上までたどりついたのか。これは他の類人猿達とも共通する理由の一つかも知れない。
ただ、私はヒト科の動物は、安住の樹上より垣間見えたであろう遥か彼方の光景への残像を網膜に、そしてその残像に対する強烈な好奇心を脳裏に焼き付けた状態で、地上へ降り立ったのではないか、とする仮説をたててみたい。
そこまで高度に発達してはいなかったであろう、大脳新皮質の中に『好奇心への情動』の発芽を含んだ機能細胞が、少なからずインプットされた状態で樹上より地上へ降り立ったのではないだろうか。それは、情動をともなう夢への内なる心の衝動とでもいえる。
地上に降り立ったヒトは、直立二足歩行ができる肉体構造の変化により、食物の運搬をより効率化できる両腕、柔軟な背骨、強靭な歯牙、そしてより高度な精神活動をおこなう頭脳を持ち始める。高度な頭脳の中でも、特に近未来の可能性を予測できる細胞の発育は、ヒトに欲というある意味ではやっかいな自我を生み出して行く。
自然人類学者のデーヴィッド・ピルビームは、「直立二足歩行は、ほかのモノがいない所にエサを運んでいき、ゆっくりと食べる事を可能にした。」その上で、「直立二足歩行が結果的には、狩猟採集生活という高度に社会的な活動を発展させたのだとしても、その初期の進化圧は集団性からの逃避にあったのかもしれない」と述べている。
私は、直立二足歩行が集団性からの一時的な逃避と密接な因果関係にある、という彼の説に注目したい。それでは、集団性とはなにを意味するのであろうか。
ヒトの集団性について
直立二足歩行をすることにより、肉体構造に変化があったことは前述した。肉体構造の変化や、それが生み出す行動の変化のなかで特筆すべきことがある。それは、骨盤の変化による、妊娠、出産、育児という仕事が非常に難事業になってきたことである。
このことが父親の存在意義を明確化させ、さらに発達した新頭脳の休息-レム睡眠を確保する為に『住居』の必要性をも生んできた。『住居』への必要性が、ヒトに移動生活形態から非移動生活形態への移行を促し始めた。
近未来への可能性を予測させる細胞の発芽、非移動生活形態への移行、オスとしての父親の最小単位集団である家族への帰属意識、これらが『ヒトの集団化』と内的世界である『ヒト特有の集団性』の基底を成し始める。
近未来への可能性予測細胞は、特に集団の明日への安定への欲をも発芽させるのである。それが『貯蔵』という新たなる生活形態ではないだろうか。集団性からの一時的な逃避という機能面をもつ直立二足歩行は、同時にヒト特有の集団性をも育む肉体的革命であった。
ただ、脳の辺境領域には、遥かなる彼方への好奇心という小さな衝動をインプットしていたことも忘れてはならない。季節的に応じた移動を繰り返す、食物をいかにして短期間で効率的に集中捕食するかという命題に対して、ヒトはさらなる集団肥大をおこなっていく。
集団肥大してゆくなかで、機能としての役割分担がおのずから編み出された。これが後の階層社会への序章なのである。遊動から半定住、そして分散定住、集中定住へと発展しながら、効率化の行き着く先には、都市型定住が待っていたのである。ヒトが集団化し、集団の共有する欲の実現のために、都市は生まれた。約五千年前のメソポタミアである。
都市文明は、何を育んだのか
都市文明への移行は、生産形態としての狩猟採集形態より農耕牧畜形態への移行と同義語でもある。しかし、ヒトの情動形態の移行においては、都市文明への移行という変化の過程はどのような影響を与えたのであろうか。梅原猛氏は、次のように語る。
「狩猟採集文明は、生産性は低いが人間を自然の一員として考える。人間が自然のなかに安息していた文明」と位置ずけ、「農耕牧畜文明が人間を自然支配を善とし、人間に支配する特権を与える思想を生んだ」
さらに、「農耕牧畜文明よりストックされた富がさらなる都市文明を育てる。」と述べている。ギリシャ哲学・特にプラトン思想の底流には、自然はコントロールできるものである、という考えがあり、ギリシャ文明、キリスト教文明という濾過器を通り、この考えはヨーロッパ世界の精神情動の基軸となっていく、とも述べている。マルクス思想でさえ、この基軸である考えからの呪縛より解放されていないのであろう。
樹上より垣間みた、遥かなる彼方への好奇心という情動が『支配』という衝動へ少しづつ変化していくのである。
集団組織化することにより、ヒトは何を失ったか
デーヴィット・ピルビームは、「人類の進化の過程には、いつも我々の理解を超える局面が数多くつきまとっているだろうと私は信じている。このことは率直にみとめるべきである。今までは、答を出しそうな人が常に脚光を浴びてきた。これからは正解のある問題とそれのない問題とを区別できる人に栄誉が与えられるべきであろう。」と述べている。
私は、正解のある問題への取り組みを『論理性』という言葉に置き換え正解のない問題への格闘を『非論理性への考察』という言葉に置き換えてみる。ヨーロッパにおける、『支配』への思想は、遥かなる彼方への情動という『非論理性』すなわち、正解のない問題への格闘を『論理性』へとすり替えた思想ではなかったのだろうか。
ヨーロッパにおいては、正解のない問題への格闘、すなわち『非論理性』への考察が不十分なまま、イギリスにおいて産業革命がおきてしまう。科学至上主義への悲しいスタートを切ってしまうのである。しかし、悲嘆にくれるばかりではない。ヒトの大脳新皮質にインプットされた小さな細胞のDNAは、密やかにではあるが息をし続けていたのである。
非論理性とは何か
植物の世界において、維管束植物の形成層の役割に注目してみたい。第二次成長期における、形成層が果たす役割は、自らも細胞分裂を盛んにおこなうが同時に未分化の状態をも常に保つのである。また、セミの一種であるヒグラシにおいては、きまぐれな気候変動に対応できる体温下における累積温度により、幼虫期間を自らの肉体的意志において決定できる融通性をもつ。
植物、昆虫などが元来身体的に機能させる、これらの柔軟性回路には、『支配』の思想をもっては、アクセスできないのである。根ずいている土俵が違うのである。このような、ファジーな活動は各生命個体によっても微妙な差異を生ずる。こうなると『論理性』の世界からみると、ほとんどカオス的世界であろう。近未来の可能性のほとんどを予測できるようになった、都市文明社会にとっては恐怖の対象にもなり得るのである。
非論理性と好奇心
近未来の可能性が予測できない、状態におかれていた樹上の類人猿造は、期待と不安が錯綜する好奇心への情動をもって、遥かなる彼方の光景を『見ていた』。その脳裏に焼き付いた残像を引きずりながら、地上に降り立ち、直立二足歩行を始めた。
発達した頭脳により近未来の可能性を予測し、肉体構造の変化にも助けられながら、集団組織化し、都市文明を生んだ。私達現代人は、その過程の途上に生きている。しかし、樹上生活時代にインプットされた好奇心への情動が、何百年という時を超えて絶えず遺伝子のなかに組み込まれてきたのではないだろうか。
旅するとは、ヒトにとって何を意味するのか
『非論理性』に対する考察を進化という歴史の過程において重要視してこなかった人類は今、猛省を強いられている。新たなる『非論理性への考察』への構築の為に、人は旅にでるのではないだろうか。地底のマグマ以上の温度を、粛々と伝承してきた遺伝子の復活の時である。旅へでることは、非論理的な行為でなければならない。
日常の習慣的な論理性の世界から脱出し、ファジーとカオスで充満された空間への移動をおこなうのである。そこでは、肉体のほんの微少な細胞をも活性化させるべく、自らの五感を研ぎ澄まさなければならない。そこでは、すぎゆく時さえもが旅の同伴者なのかもしれない。
舟の上に生涯を浮かべ、
馬の口をとらへて老いを迎え、
日々旅にして旅をすみかとするのである。
『未知への旅へでる』という行為は、人類にとり、体性感覚の復活を賭けた、最後のチャレンジではないだろうか。そのチャレンジが『漂泊の心得』を育むのであろう。
旅×養生×鍼灸 この混合系は、私の理想とするビジョンスタイルである。二〇一九年八月号の『医道の日本(鍼灸学会誌)』の特集は、ヘルスツーリズムについてであった。コロナ禍終息後のトラベル業界においては、心身魂の健康回復・増進のみならず、人生の充足感・至福感を求める『旅養生』が求められるであろう。旅の歴史的始原を辿ると、それは『聖地への巡礼』だった。古来聖地とは、宗教的非日常の空間と捉えられてきた。
現代における『巡礼旅=養生旅』とは、なにも信仰に関係する場所だけが目的ではないだろう。私は、自著『大人の癒し旅』の巻頭言に、次のような文言を記述している。
========
この本で取り上げる場所の磁場エネルギーの作用とは、心身のリラックスやデトックスなど、「解放」や「休息」という抱擁力だけではない。安息の時間とともに、手ごたえ感が回復した魂に蘇生力をインプットしてくれ、新たな人生を奏でる為の心身を調律してくれるのだ。
古代遺跡では時空を超える宇宙感覚を感受し、神話伝承の郷では物語に秘められた世界観と共振するひと時に酔いしれてほしい。創生時代からの痕跡を残す地では地球の底力に圧倒され、修験道世界の山岳地では、神秘的な空気感に身体の微細な細胞を震わせてほしい。そしてそれらの土地で体感する風のそよぎ、木漏れ日の揺らぎ、清流のほとばしり、といった自然が奏でる旋律に我が身を浸してもらいたいのだ。
==========
※ 私はこの(旅×養生×鍼灸)のビジョンを展開するに際し、その実践場として、国内のみならず海外の各地を長年にわたり調査・研究してきている。その中でも、地球創生時代からの痕跡が残る『ヒマラヤ』という場と釈迦生誕地ルンビニを有するネパールは、有力なフィールドの一つである。
これまで幾度も、ヒマラヤ各地やルンビニにて、さまざまな養生プログラムを開発・実践してきた。志を共にする仲間も現地に数多く存在する。コロナ終息後を見据えながら、ネパールにおける(旅×養生×鍼灸)プログラムの内容充実に取り組み、具体的な実践編への検討をすすめている。
このところ、「癒し」の次にキーワードとなってきそうなのが、「スロー」である。スローフードにスローライフが人間性の回復につながると言われてきている。また、SDGsという流行りフレーズの背後にも、このスローライフ的感性も見え隠れしている。
その先にはスローな旅という概念も出てきそうな勢いだが、ちょっと疑問がある。スローフードといったとき、ご飯を自前でゆっくりとつくり、これをゆっくりと食べるというものだ。たしかに、これはある意味で理想だろう。けれども、現実にこんな生活がつづくなら、三日ともたないだろう。
食事をつくることに疲れるし、食事をゆっくりととることにイライラが募ることだってある。忙しい毎日を送る者にとって、これはかなり負担のかかる話なのだ。日曜日にたまにするくらいならいい。平日、三食にこんなことをやっていては、身がもたない。よほど暇とお金のある人ができる芸当なのだ。
「スローな旅」といったとき、それがどんなものになるやらわからないところがある。一つには街道をテクテク歩く旅が考えられるだろう。たしかに、目的地もまで交通手段を使わず、テクテク歩くのは(旅の原点)だ。
しかし、現代ではその(旅の原点)を楽しむには、安全性の問題と関わってくる。なにしろ、道はクルマでいっぱいだ。田舎の道を歩いていても、クルマが我が物顔で通っていく。おまけに、そんなクルマの多い道を通らないと、目的地まで着けないことがよくある。
そこで、お勧めなのが、『頭をスローにした旅』であろう。旅は移動する行為なので、見るもの、聴くもの、触るもの、すべてが『速度』をもって迫ってくる。その迫ってくる刺激を、どのように消化するか、が旅の本質を彩る絵具となっていくのである。その絵具・絵筆の動き=思考の回路速度に変化を求めるのである。普段の生活のリズムでは、物事の吸収消化をしない。
あえて、スローな速度もしくは、変化する速度にて脳の中にて消化するのである。それが、非日常的時空=旅先での『脳内リズム転換』ではないだろうか。
現代の旅に必要なのは、「癒し」とともに「再生活力」である。「生命力」と言い換えてもいいだろう。旅をするなら、失われつつあった生命力、活力を取り戻すきっかけをつかめるかもしれないのだ。
もし、日々が不安であり、何かに怯えているのなら、なおさらだ。たとえば、会社でリストラにさらされているサラリーマン諸君らだ。毎日が針の筵に座っているようなもので、生きた心地がしない。このままジッとしていてやり過ごすことができれば、それでOKなのだろうが、その保障はどこにもない。こうやって、ジッと耐えているうちに、生命力を失っていくことになる。
耐えることは、ある意味で美しいことだが、リストラ怖さに耐えるのはべつのような気がする。リストラの圧力に耐えたところで、精神的にはあまり得るものがない。外面から見ても、あまり恰好いいものではない。お金のためとはいえ、犠牲を払うのに限度というものがあるだろう。そのリストラに怯え、鬱々とした毎日を過ごすのなら、いっそのこと旅にでも出掛けたほうがいいのである。
旅をすれば、貝のようにはなってはいられない。積極的な働きかけが必要になる。そこから、生命力が再生復活してくるのだ。こんなことをいうと、「他人事だから呑気なことを言えるのだ。いざせっぱ詰まると、旅なんて馬鹿げたことはできるわけがない」という人もいるだろう。べつに会社に辞表を叩きつけろ、と言っているわけではない。休日に、ちょっとした旅に出掛けるだけでもいいのだ。
旅に出れば、いまの自分を多少なりとも相対化できる。いまの会社でいじめられている自分の姿も、もう少し冷静に見られるようになるだろう。それが、いいのである。さらにいえば、旅に出るだけの力があったのなら、まだ大丈夫である。まだ、精神にも肉体にもパワーが残されている。多少の無理ならまだ効くだろうし、無理をしていも意味がないという判断もつく。
その判断力や活力があるのなら、会社生活を何とかしていけるし、見切ることだってできるのだ。その意味では、旅に出られるかどうかは、自分への一つの試金石なのである。旅に出掛けるのも虚しい、面倒くさい、だるいと思ったのでは、このさきはちょっとしんどいのではないか。
一人旅は心の成人式
かわいい子には旅をさせろ、と昔からよくいわれる。これは、集団での旅ではなく、一人旅のことと解釈している。では何歳くらいの子を対象としているのだろうか。アフリカのある種族では、男の子がある一定の年齢に達すれば、サバンナヘの一人旅が義務づけられているという。それも半年から一年の長期に及ぶ。
狩猟採集の生活をする民族の多くは、このような通過儀礼としての旅が残っていた。この通過儀礼は、男の子にとって、子供から大人の男への通過点でもある。旅先には自分の知らなかった世界があり、その世界は不安とワクワクする刺激が混在している。
男の子は長期にわたり、精神的にも肉体的にも不安定な世界に身を浸す。これまでの常識が通用しないかもしれない。危険な状況に遭遇することもあるだろう。無事に帰ってこられない者もいただろう。でも、それは大人への階段でもあり、越さなければならないハードルでもある。そこでは自分の弱さに真摯に向き合う場面がある。
逆に、見えなかった自分の心の強さを再発見することもあるだろう。そんな中で男の子は、大人の男へと変身してゆく。そして旅を終えて村に帰ってくると、一人前の男として迎えられる。大人から愛情をそそがれる側に住んでいたかわいい子は、他人へも愛情をそそぐ側の世界の住人となってゆくのである。
一人旅とは、心の成人式ではないだろうかと思う。心の成人とは、自分の心の強さ、弱さを自覚できることであり、他人の心の強さ、弱さを受けとめられる人のことと思う。民俗学者の柳田国男は「旅」の語源を、「タビとは給へであり、交易を求むる声であったと想像している」といっている。
給へとは、相手に物事を依頼する言葉である。昔の交易においては、金銭は介在せず、互いに不足するものを交換していた。 一人旅は、未完成の心の不足を補ってゆく旅である。形骸化した成人式では、群れて暴走するが、一人になると極端に弱くなる日本の若者たち。豊かな栄養で肉体だけは一人前。でもほんとうに必要なのは、一人旅で得られるような心の栄養ではないだろうか。
旅とは、あらゆる『囚われ』からの離脱行為ではないだろうか。
○ 自分に厳しすぎる囚われ
旅先では、自分を素直に褒める事も出来るものだ。自分自身の弱さを素直に認め、その逆に『気が付かなかった強さ』が、偶然にも目の前に展開してくれることもある。
○ 他人の目や評価に対する囚われ
旅先では、あなたが観察者である。特に外国での一人旅は、貴方から日常の肩書のすべてを剥奪してくれる機会ともなる。
貴方は外部から過度の視線を浴びることはない。そして貴方自身も過敏な反応に怯えることはなくなるのである。その適度な開放感を旅は与えてくれる。
○ 『すべき』という囚われ
特に一人旅では自分自身がコンダクターになれる。その意味は、自分の足の向け方や、時間の進め方などに決定権を取り戻すことでもある。
ただ、忘れてはならないのは、決定権とともに不随するのは、決定に対する自主的な自己責任義務があるということだろう。
○ 平凡であることへの恐怖という囚われ
毎日がエキサイティングな世の中は、意外と疲れるものである。旅に出ると毎日が刺激的なので、疲れると不安になる人もいる。
しかし、そこは目線を変えてみよう。旅先で見る風景のほとんどは、その土地での営まれる普通の日常であることに気付いた瞬間、貴方の目線はとたんに柔和になることだろう。
○ 自力本願という囚われ
旅先でココロに染み入る、他人の情けを知ろう。他人からの救いもたまには必要であろう。
○ 予知・予測可能な安全という囚われ
いつまでも予知・予測できる範囲の人生にしがみつくのは辞めよう。
○ 正義という囚われ
所変われば・・・。各国の正義を見てみよう。
○ 自信喪失という囚われ
せまい価値観の中だけで、自分を攻め立てる無意味さを旅は教えてくれる。
○ 疎外感という囚われ
人は生まれる時、死ぬ時は一人であることを独り旅は教えてくれる。
○ 劣等感という囚われ
パックツアーでも、名前と住所だけの一期一会な関係。肩書きは旅では何の価値もない。
○ 幸福感という囚われ
不平不満のある、今の現実が一番幸せだったと旅は教えてくれることもある。
○ 将来への不安感という囚われ
旅さきでは、今という時間の生活達人に出会うことがある。
○ 無趣味という囚われ
趣味は『群れない事』というぐらいの勇気を旅は与えてくれるかもしれない。
○ 我慢という囚われ
何事にもガマン主義ではなく、一点集中・やせ我慢主義が大事と旅は教えてくれる。
2023年4月25日 発行 初版
bb_B_00176369
bcck: http://bccks.jp/bcck/00176369/info
user: http://bccks.jp/user/152489
format:#002t
Powered by BCCKS
株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp
二十歳の時にダライ・ラマ十四世と個人的に出会った事が、世界の山岳・辺境・秘境・極地へのエスノグラフィック・フィールドワークへのゲートウェイだった。その後国内外の「辺(ほとり)」の情景を求めて、国内外各地を探査する。三十歳代にて鍼灸師と山岳ガイドの資格を取得した後は、日本初のフリーランス・トラベルセラピストとして活動を始める。そのフィールドは、国内の里地・里山から歴史的、文化的、自然的に普遍価値を有する世界各地のエリアである。また、健康ツーリズム研究所の代表として、大学非常勤講師を務めながら、地方自治体における地域振興のアドバイザーとしても活躍している。日本トラベルセラピー協会の共同創設者でもある。