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午前第10号

久坂夕爾



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 目 次

夜が来る

彼は……

敗北

青空

自由律俳句集

あとがき

夜が来る


    ━━━━━━━━ やがて静脈にも雪のよる

記憶は 目をあけたまま眠っている
水に沈んだ蛙の卵のように

私のからだのいたるところで陽が暮れて
街は明かりを背負い
夜が やわらかな水位をやがて満たすとき

記憶は ふたたび目を閉じる

彼は……


デパートの地下から地上に戻ると
雨はようやくあがっていた

お茶の葉の匂い オートバイの油の匂い
古新聞の匂い さまざまな惣菜の匂い
ポスターに貼りついているふやけた笑顔

 町が身に着けているものを
 私もまた身に着けている

夕立の去った公園のベンチに座る
木組みの椅子は冷たく
ところどころ
あっけなく朽ち落ちている

腰掛けて
木の冷たさが体に沁みる頃
小さな蜘蛛が一匹 ベンチの上で迷っている
指先で触れると 彼は
そのまま指の腹をつたって登ってくる

 ぬくみを失った私の皮膚に

なんのためらいもなく

敗北



敗北がたどり着く駅は
ひとつしかないのに
なぜ
ここには誰もいないのか

日々散らした
ナイフをしまって
やすやすと
垢まみれの故郷に
皆帰ったのか

そこには
敗北も
夢も
美しい白紙の森も
なにひとつなく

永遠という名の光のトラックが
今日も
人足を荷台に詰めて
走り去るだけなのだが

敗北を
罪であるかのように
肩にした者はみな
路線案内を無造作に握り潰し
迷子になり
白線の内側で
誰かに強く背を押されるのを
じっと待っている




鳥が 羽根を休めている
ひび割れた木の実が
無造作に落ちている
たたんだ羽根の上に

鳥たちは
いつまで経っても動かない
葦に身を預けて 眼を閉じている
ふと高架を列車が走る

模型のような町が遠くに見える
その病院の暗い廊下を出て
真冬の底に私はやってきた

(思いおこすこととは) 言葉にならない寒さが
眠っている鳥たちの羽根のように
内側から徐々にふくらんで

青空



かくれて生きよ

あるとき蟻の王様が
泣きながら私に語ってくれたのでした








    ※かくれて生きよ 古代ギリシアの哲学者エピクロスのことばより

自由律俳句集




空を。いつだって手のひらにあまる
雨さんさん草の実も海をつくるひとつぶ
茜ひしめく時の雑音
また天はひらく私たちは問うのをやめない
天を開けたら砂だらけ
焦げ臭い 時のうろこのような黄昏
血と塩とガラス粒がかけめぐるからだじゅうのくらい穴
川石よ肌透き通るまで火の山を語る
石柱は並び時間のそとにひしめく僧侶
爪先の春も歩く
姫紫苑に夏を全部あけわたす
鉄の皺夏の硬度をはかる
墓石にこんだてのように名を書かれ
春の夜をほどく花のかお花のゆび
地に海をそそぐ 神殿のようなくらげたっぷりの
血まみれの兎くわえ鷹は美しい夜を産んだ 
最果ての鯖の胃に雑音領域
夕焼けが嗅ぎまわる地上の肉の雑音領域
西日雑音を飲み尽くし
顔を灼く向日葵 感情は塔
ダム湖から悲鳴釣りあげている
砲音を聞いた耳はすべて埋めろ
水のかたち製氷皿の長い昼
生き疲れて傷のような空がある
平野を往く空腹の鳥ばかり
この手足、匂うほどの空白を詰め
戦場に砲音を聞いた耳だけ並ぶ
老いて囚人のように天を嗅ぐ
声飲み尽くして満月
えんえんと死をたくわえて太る天
滑り台たったひとりで重力
にんげんだった頃は木のからだ
水よ流されていくもののかたちであるか
中空に歌い枯らした鳥の喉がぶらさがっていた
亜寒帯の夜をめくれば花崗岩
鳥渡るときまるごとの空
鳥往く鳥の死だけが落ちる

あとがき

個人詩誌「午前」第10号をお届けします。

 あとから考えると、自分でもよく理解しがたい感情にとらわれた行動というものがあります。中学生の頃だったか、授業で使った小テストのプリント、しかもクラス全員分を、勝手に家に持ち帰ってストーブにくべて全部燃やしていた時期がありました。教条的でありきたりな事しか言わない教師たちへはかなり反抗していた時期なので、その延長だろうか。詩や文学にかぶれはじめた時期であることや、家の生活的困窮による鬱屈が関係していたのだろうか。
 いずれにせよ、「なぜ」や「正しさ」なんて本当はどうでも良くて、明るい赤に光るストーブの鉄線とたちまちに黒い灰となっていく紙の様子に、魅入られたようになっていた自分をまざまざと思い起こします。

 昨年、清水哲男さんが亡くなりました。十年以上前にも書いた覚えがあるのですが、大仰で深刻ぶった大きな主題(戦争やら孤独やら)も大事だけれど、日常の小さな場面の心情を的確にとらえる大切さを教えてくれた詩人だと思っています。井坂洋子「朝礼」も、同級生への異質感をとらえたいい作品で、このおふたりは私にとって「詩」を再発見させてくれた方々です。

 時折、「時間と心」を「生活と金」に交換しているような気にさせられた、ここ二年ほどですが、無事十号まで来ました。どんな評価をされようとも、そもそも読む人が誰もいなくとも、以前主宰していた同人誌「Knulp」よりも長く。今考えていることはそれだけです。



                  2023年10月31日 久坂夕爾

午前第10号

2023年10月31日 発行 初版

著  者:久坂夕爾
発  行:

bb_B_00176384
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