家族や周囲の大人たちから虐待を受けていた少年は、物心がつくと自分自身の中に沢山の人格がいることに気がついた。特に、父親と兄からの虐待が強かった。
しかしながら、その家族環境や多くの人格を持つ自分自身が異常な状態とは感じずに少年は日々を過ごしていた。
ある日、まだ小学低学年の歳の頃、ある中年男が少年を迎えにきた。その男は実父であったが、その少年は知る由もなく連れて行かれた。
そしてその夜、実父を殺めることになった。翌日は実母をも殺めてしまった。
この事件をきっかけに、少年の中の人格たちは、少年も含めて共生していくことになる。所謂、解離性同一生障害であるわけだが、六人格が互いに話し合い、協力し合い、人生を歩むこととなった。
医学部医学科へ進学した六人格は、幼少期に起こした事件に関わった刑事と再会し、その刑事の仕事に協力することになる。
そして、六人格の身体が超人的能力を有するようになり、刑事とともに犯罪撲滅に活躍するようになる。
この本はタチヨミ版です。
実母の不倫で誕生した正田睦基は、乳飲み子の頃から継父や義兄からネグレクトの虐待を受けていた。その影響で、人格が分離して行った。本人は時折、誰かが頭の中で自分自身に声をかけてきたり、何人かが話をすることは気がついていた。
つまり、物心つく以前から人格解離してたものの、その自覚は無かった。
ある日、実父に引き取られることになるが、睦基は実父とは知らないでいた。
初めて会ったその日に暴力を振るわれた。その暴力から身を守るため、睦基以外の人格が実父を殺めた。
それを隠蔽するために自殺に見せかけ、睦基は無意識のまま自宅へ戻った。
継父は睦基が帰宅したことで実母を責め立て、実母は再び実父の家に睦基を連れて行くことになった。
実母は変わり果てた睦基の実父の姿を見ると、心中を図ろうとした。
しかし、別の人格が実母まで殺めた。
これがきっかけで、別人格の中の数人の名前を知り一緒に生きて行くことになる。九歳の時だった。
だが、睦基の両親殺害は誰にも疑われることはなく、逆に、虐待されてたことが表沙汰になった。
その時に関わった県警捜査一課の益田絇子が睦基を児童養護施設に入所させるよう勧めた。
施設では、幸せな日々を過ごすことが出来た。学校にも通え、大学は医学科へ入学できた。とても優秀な成績だった。
その時、気がつくことになつった。自分自身が多重人格者であること、解離性同一障害であることを知った。
睦基にとっては、それが当たり前の自分であり、何も驚かなかった。寧ろ、周りの一人格の人々を哀憐に感じた。
それは、睦基自身、六人格で対処する課題を他の人は一人で対処してるのだ。要するに、一人がやることを六人で熟すわけで、課題遂行の精度や速さが自ずと秀でているからだ。
そんな睦基を高校からの同級生だった梅木翔子と大学になって初めて会話をし、意気投合する。また、彼女をストーキングする二人の男の存在を知り、直接的被害を六人格の策略で未然に防いだ。
またその頃、睦基が恩人と感じてる捜査一課の益田と再会する。彼女は勘が鋭く、睦基が多重人格者で九歳の時の両親殺害を知ることになる。だが、それを追及せず自分の二人目の協力者にした。
警察が逮捕出来ない犯罪者達を社会から葬る裏稼業に協力させた。
その後、益田は警察を辞めて民間の防犯研究所を設立する。自己中心的で身勝手な犯罪者を嫌う、様々な高い能力を持った面々を職員として集め、正田睦基の協力を仰ぎ様々な犯罪集団を葬って行く。
彼が物心ついた時には手遅れだった。
その両親は仕事に追われる振りをしていた。それと、長男だけを溺愛した。
長男を大事にする風習は彼の住む地域では根強かった。
六つも歳上のその長男は、親戚からは勿論、近所の人々からも可愛いがられていた。
「蒼一郎君は、その子の面倒をよく見てるわね」
八百屋のおばちゃんは、よく、そんなことをいっていた。
「蒼一郎君、お兄ちゃんなんだからこの子にも色々教えて上げなさいよ」
魚屋のおじさんは、よく、そういった。
正月は、蒼一郎ばかりお年玉をもらっていた。
大人達はみんな、彼の名前さえ知らない、知らなくても構わないと思ってる人ばかりだった。
更には、長男と二人っきりになると、〝何で俺がお前の世話しないといけないのか〟、〝お前に何か教えるなんて面倒臭い〟等といわれ、床に身体を押さえつけられた。
彼が泣いていて母親や父親が傍に近づいても気に留められることはなかった。
「歳下は歳上に逆らったら駄目だぞ」
彼が表情を変えると両親はそんなことしかいわなかった。
彼の名前を読んでくれない。彼自身さえ名前を忘れてしまいそうになる。
彼の名前は睦基。母がつけた。どんな意味を持つのか誰も分からない。
また、空腹で何か腹を満たしたくても、その手段は、どんな言葉を遣えばいいか分からない。小柄で覇気のない幼児だった。
ある日、両親が喧嘩をしてた。蒼一郎は気にせずファミコンをしてた。睦基はその喧嘩に驚き、表情は変えずも涙だけが流れてた。
数日後、見知らぬ中年男性が家を訪れた。
「睦基君、行こうか」
睦基は初めて大人に名前を呼ばれた。嬉しくて嬉しくてしょうがなく、その男と手を繋ぎ、家を後にした。笑顔である自分自身に初めて気がついた。
その男とは、デパートへ行った。最上階のレストランでお子様ランチを食べさせてくれた。玩具売り場では、赤の日産フェアレディーZのミニカーを買ってくれた。
睦基は一瞬、とても違和感を感じたが、嬉しさがそれを消し去った。
しかしながら、〝ありがとう〟という言葉が睦基の中には存在せず、お礼をすることが分からなかった。
次に、食品売り場に寄った。男は、日本酒の一升瓶とスルメや酢蛸等、酒の肴を買ってデパートから立ち去った。睦基のために菓子類やジュース等を買うということは気にも留めなかった。
その時の睦基は、そういった物が売っているなんて知る由もない。全く気にはしなかった。これから何処へ行くのかだけ気になっていた。
また、駅に向かい電車に乗った。睦基は嬉しかった。電車に乗ること事態が嬉しかった。
電車の窓からの風景は睦基にとって珍しいもので、近くの木々や建物はあっという間に過ぎ去るのに遠くの山や建物はゆっくり動いている。とても不思議に感じていた。胸を躍らせていた。
「おい、坊主、お子様ランチは旨かったか、今日が初めてみたいに食ってたな」
男は誰かと喋っている。
「うん、あのレストランの料理はどれも旨いよ」
睦基はその男と自分自身とは話をしていないことを自覚した。
「ドリアが旨いんだ。ベシャメルソースに入ってるエビとマッシュルーム、ご飯のバランスが良くてさ」
「そうか、よく連れてってもらってるんだな、今日もドリアにすりゃあ良かったのに」
二人の会話を聞いていると、どんどん睦基は気持ち悪くなっていった。同時に眠気も襲ってきて眠ってしまった。
「睦基、急によく喋るようになったな、やっぱり、ドリアにしなかったの悔やんでるのか」
男は他の子と喋ってるはずなのに、睦基の名前を遣って会話をしていた。
「お子様ランチも良かったよ、エビフライが好きなんだ、うん、睦基は寝たからな、その間にペチャクチャ喋らないと、俺狂っちゃうから、まあ、付き合ってよ、親父」
「何だか変だなぁ、まぁいいか、賑やかな方がいいか」
男の頭の中は混乱したが、気にすることは止めた。
「うん、俺もややこしいと思うけどさ、仕方ないさ、あの蒼一郎の野郎がなぁ、仕方ないよ、俺にはどうにも出来ねえから、気にしてないよ俺は」
不可思議な表情をした男は、無言でキヨスクで買った缶ビールを呑み始めた。
睦基が目を覚ますと、テレビの前に座っていた。
〝お前、これ見たかっただろ、良かったな〟
不意にその声が睦基の耳に入ってきた。しかし、特に気に留めなかった。すると、その声が頭の中で巡っていて、他に数人の声がそこにはあった。
〝みんな静かにしろ、睦基、気をつけろよ〟
頭の中で、一人の男の子が複数の声を止めた。
「睦基、俺の声が聞こえねえのか」
睦基は声の聞こえた方向に顔を向けると、酒に酔った、あの男が居た。かなり不機嫌そうだと思うや否や顔を殴られた。
他人に暴力を振るわれるのは初めてだった。デパートに連れて行ってくれて、ミニカーも買ってくれて、名前も呼んでくれた人に。意識を失ってしまった。
気がつくと、家の前に居た。朝になっていた。殴られた顔は腫れて、両腕、両脚の所々には青痣があり、ポロシャツのボタンが取れて無くなっていた。
「なんだお前は、いつ戻ってきた、しょうがねぇ、中に入れ」
父親は家の中に投げ入れる勢いで背中を押した。
「おい、どうなってるんだ、あいつが面倒みるんじゃないのか、子供独りで帰って来れないだろう、お前、どうにかしろ」
父親は母親を怒鳴りつけ、再び睦基の背中を押して母親に突き飛ばした。
「はい、分かりました」
母親は一言そういうだけだった。
睦基は母親に寝室の押し入れに閉じ込められた。
父親と蒼一郎の朝食を支度し、会話がないまま食べ終わり、二人は職場、学校へ向かった。
「あの男に連絡を取れ、今夜、来るようにいえよ、分かったな」
ドスの効いた、充分に母親が怯える声で父親はいい、家を後にした。
タチヨミ版はここまでとなります。
2023年2月2日 発行 初版
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