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樹の精との対話

清水正弘

深呼吸出版



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 目 次

序文
はじめに

蒲生の大クス(鹿児島県姶良郡)
本庄の大クス(福岡県築上郡)
川古の大クス(佐賀県武雄市)
武雄の大クス(佐賀県武雄市)
宇美神社の巨樹群(福岡県糟屋郡宇美町)
屋久島の巨樹群(鹿児島県屋久島)

穴森神社の霊木(大分県竹田市神原)
吉四六の里・金明孟宗竹(大分県臼杵市野津町)

阿蘇国造神社の大杉(切り株)(熊本県阿蘇市一の宮町)
高森殿の杉(熊本県熊本県阿蘇郡高森町)
鉾納社・夫婦杉(熊本県阿蘇郡小国町)
神龍八大龍王神社のご神木(熊本県菊池市龍門)
ケヤキ水源(熊本県小国町)

諏訪神社の大クス(長崎県長崎市)
天手長男神社の霊木(長崎県壱岐の島)

鹿児島神宮のご神木(鹿児島県霧島市隼人町)
蛭子神社のクスノキ群(鹿児島県霧島市)
可愛山稜の霊木群(鹿児島県薩摩川内市宮内町)

金立神社の霊木(佐賀県金立市)
白角折神社のクスノキ(佐賀県神埼市)
下合瀬の大かつら(佐賀県佐賀市富士町大字下合瀬)
有田の大イチョウ(佐賀県有田市)

東霧島神社の大クスノキ(宮崎県都城市高崎町)
高千穂・八大龍王水神の霊木(宮崎県高千穂)

溝口竈門神社の霊木群(福岡県筑後市)
立花山のクスノキ群(福岡市東区)
雷神社の巨樹(福岡県糸島市)
求菩提山の霊木群(福岡県豊前市求菩提)
岩屋神社の古木群(福岡県朝倉市)
蔵持山の大スギ(福岡県みやこ町)の大杉
八女津媛神社の巨杉(福岡県八女市矢部村北矢部)
秋月八幡宮の古木群(福岡県秋月市)
高住神社の天狗杉(福岡県田川郡添田町英彦山)
隠家森の大クスノキ(福岡県朝倉市)
行者杉(福岡県東峰村)
若杉山奥の院の古木群(福岡県糟屋郡篠栗町若杉)
大和の森の巨樹群福岡県糟屋郡篠栗町若杉)
香椎宮の地名となったご神木(福岡市東区)
太宰府天満宮のクスノキ(福岡県太宰府)

序文

日本を代表する発生学者である三木成夫は、その著書『胎児の世界』の中で次のようなことを書かれている。

上古代の人びとは、そうした土地の精として、なかでも植物、とくに 『樹木』に心を寄せていたようだ。植物が天空と大地を結ぶ循環路の「毛細管」に当たり、その代謝の担い手であることはすでに述べた。人びとはこうした樹木の群れに天地の『生の拍動』、ここでいう「いのちの波」を直観的に感じとっていたのではなかろうか。

こうして見ると、森こそ「生きた精霊」となる。それは天地の『はらわた』 ではないか。わたしたち人間は、ときに自然の巨大なうねりに出くわして、この肉体に隠された本来のリズムをとり戻し、宇宙交響の原点に還ろうとするのではないか。
ーーーーーーーーー

現代に生きる我々は、ネット空間という見えない情報の毛細管には敏感に反応している。がしかし、本来生き物にとり、歓喜に震える為の最大要素である「生の拍動」というものから次第に遠ざかってしまっているのではないだろうか。この本では、樹の精とのサイレントダイアローグ(沈黙の対話)を通じて、内なる生の拍動を取り戻すことを目的に制作している。

環境省の全国各地における巨樹・巨木の調査結果リストには次のような上位十傑が列記されている。順位は幹回りで決められている。(※場所の次に記載される数値は幹回りのメートル、樹高メートル、樹齢である)

一位 クスノキ 蒲生の大楠(鹿児島県姶良郡)(24.2・30・1500)
二位 クスノキ 来宮神社の大クス(静岡県熱海市)(23.9・20・300)
三位 イチョウ 北金ヶ沢のイチョウ(青森県西津軽郡)(22.0・40・1000)
四位 クスノキ 本庄の大クス(福岡県築上郡)(21.0・23・1900)
五位 クスノキ 川古の大楠(佐賀県武雄市)(21.0・25・3000)
六位 カツラ  権現山の大カツラ(山形県最上郡)(20.0・40・300)
六位 クスノキ 衣掛の森(福岡県糟屋郡)(20.0・20・300)
六位 クスノキ 武雄の大楠(佐賀県武雄市)(20.0・30・300)
六位 クスノキ 藤崎台のクスノキ群(熊本県熊本市)(20.0・23・300)
十位 クスノキ 柞原八幡宮のクス(大分県大分市)(18.5・30・3000)
  ※樹齢は、それぞれ記載年以上の樹齢で、伝承も含まれている。

そして、全国の樹種別巨木総数においての、上位十樹種は以下のとおりである。

一位  スギ
二位  ケヤキ
三位  クスノキ
四位  イチョウ
五位  スダジイ
六位  タブノキ・イヌグス
七位  クロマツ・アカマツ
八位  ムクノキ
九位  モミ
十位  エノキ

お気づきだろうか。環境省による調査において、全国巨樹十傑の内、七つが九州エリアに存在しているのである。そして、樹種の中では十傑の内、八つがクスノキである。すなわち、日本の巨樹においては、九州エリアのクスノキが群を抜いている存在なのである。樹木名の語源は、樟脳の香りに由来すると言われている。クスノキの葉をちぎると、ツンとする樟脳の香りがする。このようにクスノキは独特な樟脳の芳香を持つことから「臭し(くすし)木」とされてきたのである。

古来、クスノキの葉や燃やした煙は防虫剤や鎮痛剤として用いられてきた歴史を有している。その防虫効果も期待され、家具や仏像などの材としても好まれてきたのである。生育分布的には、本州中南部から四国、九州、沖縄にかけてのエリアが多い。

海外にても、韓国の済州島、台湾、中国南部、インドシナなど、比較的年間気温の高いエリアに多く繁茂している。漢字の表記は(楠)と(樟)がある。(樟)は、樟脳にも使われる文字である。古来中国では、深山幽谷にあるクスノキの巨樹には、おおいなる力が宿るとも言われてきた。そして隠者が想いを託す高貴な存在であったようだ。

その芳醇な高貴さと荘厳なまでの存在感に帰依し、紀州和歌山地方では、人の名前や地名などにもこの木の文字が使われてきた歴史がある。明治時代に活躍した粘菌学者の南方熊楠(みなかた・くまくす)も、名前の一部にクスノキの漢字が付けられている。また、九州大分県の玖珠(くす)郡という地名も、この地にクスノキが多かったことから命名されたといわれている。

このように、クスノキをはじめ巨樹や麗樹、霊木、古木などと、古来人間は「沈黙の対話」を繰り返してきたことだろう。動かず黙して語らない『樹の精』と対峙することは、沈思黙考の奥深さに気づかされるサイレント・ダイアローグなのであろう。

蒲生の大クス
(鹿児島県姶良郡)

環境省のリストでは、堂々たる巨樹日本一である。仲哀天皇・応神天皇・神功皇后を御祭神とする蒲生八幡神社の境内にある。この神社は、十二世紀頃に豊前国の宇佐八幡神を歓請して建立したと言われている。その建立時にはすでに「蒲生のクス」は、地元民のご神木として祀られていたといわれている。

また別の伝説では、和気清麻呂(わけきよまろ)が大隅に流刑された際に、ここ蒲生を訪れて杖で大地をつつき、そこに芽が出てきたのが「蒲生のクス」だとも言われている。

境内では子供たちの嬌声が聞こえる

本庄の大クス
(福岡県築上郡)

環境省のリストでは、ランク四位である。古文書によれば、この一帯は宇佐八幡宮の杣山(そまやま)だったとも言われている。ヤマトタケルの父親である景行天皇が、九州平定の折にクスノキを植栽したのが、この大クスの始まりという伝説も残されている。

大クスは、大楠神社の境内入口にある。明治三十四年にこの木の胴体空洞にて寝泊りしていた者の不注意によって焚き火が引火し被害を受けた歴史もある。現在は五本の支柱に支えられている。

川古の大クス
(佐賀県武雄市)

環境省のリストでは巨樹ランク五位である。六位の「武雄の大クス」とは、車で約二十分程度しか離れていない。奈良時代には全国を行脚した名僧・行基も訪れたといわれている。行基は、大楠の一部に観音立像を刻み込み、その観音像の頭部に六臂観音を組み入れたともいわれている。

現在、大クスを含む一帯は、公園地化されている。周りには水車があったり、地元の伝説(黒髪山での大蛇退治)などをもとにした人形なども展示されている。

武雄の大クス
(佐賀県武雄市)

環境省のリストでは全国六位の巨樹にランクされている。武雄市内最古の神社、武雄神社のご神木とされている。武雄神社の主祭神は、三六〇年も長生きした伝説を持つ武内宿禰(たけのうちのすくね)である。

境内には大クス以外にも、縁結びのご神木として(夫婦檜・めおとひのき)がある。御祭神である仲哀天皇と神功皇后のご夫婦の力によって、根元で結合されている二本の檜が、再び樹の中ほどで枝が合着したとも云われている。

宇美神社
(福岡県糟屋郡宇美町)

宇美神社の「宇美(うみ)」は、『産み』を語源としている。この地には、第十五代應神(おうじん)天皇がご誕生された場所であるとの伝説がある。應神天皇は、渡来人を登用しながら国家造りに貢献し、中世以降には軍神八幡神としても信奉されている。全国の「八幡宮」にて御祭神とされてもいる。

境内には、推定樹齢二千年以上の大クスノキなど複数の老木・巨木があり、代表的な二つには、「湯蓋の森」と「衣掛の森」と名前が付けられている。その荘厳な樹形は、さながら小さな森のようでもある。

屋久島の巨樹群

屋久島といえば、縄文杉があまりにも著名であるが、この島にはまだまだ見ごたえのある巨樹・巨木は存在している。縄文杉への途上には、ウイルソン株という巨大な切り株が残っており、その中に入ることもできる。巨大な切り株の内側から見上げる屋久島の森も一興である。

また、白谷雲水峡と呼ばれる原生林の森も素晴らしい。ここは、スタジオジブリ映画『もののけ姫』のモチーフともなった森がある。苔と巨樹が見事なハーモニーを奏でているのである。そして、屋久島の海岸沿いには、ガジュマルの森があり、国内にいながら異国情緒を味わうこともできるのである。

白谷雲水峡
白谷雲水峡
縄文杉
ウイルソン株の内部
ウイルソン株内部から見上げる
ガジュマルの木

穴森神社の霊木
(大分県竹田市神原)

穴森神社は、平家物語の「緒環(おだまき)の章」にも登場している。嫗岳(うばだけ)大明神の化身である大蛇が棲んでいた岩窟を御神体としている。また、この岩窟内の小石を持ち帰ると子宝に恵まれるとも言われており、昨今は若い夫婦の憧れの場所ともなっているようだ。

参道から岩窟へと至る道の両サイド、ならびに岩窟の周辺には巨樹ではないが、霊木と呼ぶにふさわしい樹々が林立している。

吉四六の里・金明孟宗竹
(大分県臼杵市野津町)

金明孟宗竹とは、中国の江南地方から渡来した「モウソウチク」の一品種である。桿は黄金色となり、緑色の縦縞が入るのが特徴である。臼杵郡野津町は、民話『吉四六(きっちょむ)』の発祥の地でもある。地区には、吉四六の墓まである。

野津町にある金明孟宗竹は、約七〇〇本を超える群生地となっており、大分県の指定天然記念物となっている。西日本では、福岡県、高知県、宮崎県など数ヶ所でしか確認されていない貴重種である。

籾山八幡社の大ケヤキ
(大分県竹田市直入町)

籾山八幡社(もみやまはちまんしゃ)の、苔むした参道やケヤキの巨樹のある雰囲気は、一部の人から『もののけ姫の世界』とも言われたりもしているらしい。創建は古く、景行天皇が熊襲討伐の時に御祈願をしたことが「日本書紀」に記されているくらいである。

参道石段の手前にある御神木、「籾山神社の大ケヤキ」は、大分県指定天然記念物であり大小無数のコブがある。樹高は三十三メートル。目通り幹囲九メートル、推定樹齢は八〇〇~一〇〇〇年とされている。

阿蘇国造神社・手野の大杉(切り株)(熊本県阿蘇市一の宮町)

一説には、熊本最古の神社とも言われている。おそらくや、この国造神社から火山である阿蘇山を霊山として崇める祭礼が行われていたはずであろう。

杉木立に囲まれた境内には、速瓶玉命(はやみかたまのみこと)お手植えと言われ、国指定天然記念物にも指定された「手野の大杉」がある。しかし、残念ながら平成三年の台風により被害を受け、現在は樹齢二千年の杉の幹が残っている。

高森殿の杉
(熊本県熊本県阿蘇郡高森町)

推定樹齢四〇〇年超といわれる二本の杉の巨樹が、まるで一対の夫婦のように絡まり合う、その自然の光景には圧倒されるばかりである。「高森殿(たかもりどん)の杉」と呼ばれるこの大木は、阿蘇山の外輪山系に位置している。杉の森へのアプローチ道からの阿蘇山系の展望も見事の一言である。

この杉の大木は幹回りが十メートルを超え、樹高は三十メートルにも及ぶのである。

阿蘇山系を展望する山腹にある

ケヤキ水源
(熊本県小国町)

熊本県小国町宮原地域の一帯は、火山である阿蘇山から噴出した溶岩が積もっている地層を持つ。その溶岩の隙間から湧いてきたのがこのケヤキ水源である。樹齢千年とも言われる老ケヤキの根元から水が湧きだしているのである。

老木のわきには水神がお祀りされている。湧き出した水は、隣を流れる静川という川に注いでいくのである。平成二十三年、くまもと景観賞の「水と緑の景観賞」にも選出されている景観地でもある。

すぐ隣を静川が流れている

鉾納社の夫婦杉
(熊本県阿蘇郡小国町)

鉾納社(ほこのみや)は、最近注目を集めているヒーリングスポットである「鍋ケ滝」の近くにある。正式名は、宝来吉見神社。 その昔、黒牟田という地域から出た金の鉾を祀ったことから「鉾納社」と呼ばれるようにもなったという。

本殿の手前には、見事な夫婦杉の巨木がある。周囲は、男杉が六・四メートル、女杉が五・七メートルあり、推定樹齢は七百年。小国町の天然記念物にも指定されている。

神龍八大龍王神社のご神木
(熊本県菊池市龍門)

小さな祠とご神木のみがある小さな神社ではあるが、全国から人が訪れるのである。それは、宝くじに当選したなど、強力な金運が舞い込むパワースポットとして噂になっているからである。美しい竹林が続く下り石段を進んでいくと、そのパワースポットに出る。社殿の下を流れる川には「雄龍」と「雌龍」が棲んでいたという伝説があり、その龍神を祭ったのがこの神社の始まりといわれている。

ご神木は、社殿の裏手に聳えている「夫婦杉」である。

諏訪神社の大クス
(長崎県長崎市)

鎮西大社とも称えられ、地元では(おすわさん)と親しまれる神社である。創建は意外にもそこまで古くはなく、一六二五年である。また、「龍踊(じゃおどり)」や「鯨の潮吹き」など、南蛮・紅毛文化の風合いを色濃く残した奉納踊り「長崎おくんち」でも有名な神社である。

この諏訪神社の森には、多くのクスノキがあるが、その中でも一番拝観者の目に触れるのは、本殿左奥に高くそびえる大木二本である。ただ、残念ながら神域内にあるので、近くには寄ることができない。

天手長男(あめのたながお)神社の霊木
(長崎県壱岐の島)

壱岐国の一之宮とされている。一三七段の急勾配な石段と三つの鳥居を抜けた丘の上に本殿はある。すり鉢を伏せたような丘で、鉢形山(はちがたやま)と呼ばれている。鉢形の地名は、神功皇后が朝鮮出兵の折、兜(かぶと)を鉢(境内地)に治めて、戦勝を祈願したことに由来すると言われている。

車で十分程度の距離には、全国に点在する月讀(つきよみ)神社の総本社とされる「月讀神社」もあり、ここも鬱蒼としたいい森がある。

鹿児島神宮のご神木
(鹿児島県霧島市)

鹿児島神宮は、南九州最大の神社として昔から栄え続けた神社であり、数少ない「神宮号」を名乗る神社である。海幸・山幸のヒコホホデミノミコトを祀っており、大隅国一の宮である。神話時代以前には火山・桜島への祭儀場所だったといわれている。

境内に複数のクスノキ巨木が立っているが、御神木とされているのは、「雨の社」の後方に立つクスノキの巨樹である。推定樹齢は八〇〇年、樹高二十五メートル、目通り幹囲は六・二メートルにも及ぶ。

蛭子神社のクスノキ群
(鹿児島県霧島市) 

御祭神である「蛭児尊(ひるこのみこ)」とは、日本の国生みの女神・伊弉冉尊(いざなみのみこと)から最初に生まれた御子神(みこがみ)である。しかし、この尊(みこ)は、充分な生育が叶わず、天磐楠船(あめのいわくすふね)に乗せられ、淤能碁呂島(おのごろじま)から流されてしまうのである。その船が流れ着いたのがこの地とされている。その船のクスノキが生育して神社のご神木となっていく。神社周縁ではクスノキの巨木を多く見るのである。

可愛山陵の霊木群
(鹿児島薩摩川内市)

可愛山陵(えの・みささぎ)は、日本書紀にも出てくるニニギノミコト(天津日高彦火瓊瓊杵尊)の陵とされている。ニニギノミコトとは、高天原(たかまがはら)から多くの神々を率いて、地上へ降臨したという「天孫降臨」神話の主神である。

鹿児島県内には、神代三山陵(かみよさんさんりょう)と呼ばれる神話の神々の陵墓地がある。ここもそのひとつである。それだけに、周辺には霊木とされる巨樹が林立している。

金立神社上宮の霊木
(佐賀県金立市)

金立(きんりゅう)神社の上宮は、標高五〇一メートルの金立山の山頂直下にある。秦の始皇帝の命を受けた徐福が不老不死の薬求めて辿り着いた霊山との伝承もある。神社の御祭神には、保食神(うけもちのかみ)、岡象売命(みずはめのみこと)とともに徐福も加えられている。

この山麓には、「湧出御宝石」と称される巨石や巨木などの自然物を神の依代(よりしろ)として崇敬した祭祀遺跡が残されている。その巨木と巨岩が一体となった霊木からは、古代の香りが立ち上っている。

白角折神社のクスノキ
(佐賀県神埼市)

白角折(おしとり)神社の御祭神は、日本武尊(ヤマトタケル)である。日本中で地震や火山噴火が相次いでいた、西暦八五〇年代~七〇年代の貞観(じょうがん)年間に創建された古社である。日本武尊が熊襲征伐の折に、この場所から矢を放ったという伝説もある。

白角折神社のクスノキは、県天然記念物に指定されており、推定樹齢は約千年。樹高二十二メートル、枝張りは東西三十二、南北二十六メートルもの巨木である。

下合瀬の大かつら
(佐賀県佐賀市富士町)

昭和三十七年には、すでに国の天然記念物に指定されている古木である。この古木があるのは、福岡県と佐賀県との県境にある背振北山県立自然公園内である。一説には全国第二位の巨木ともされているが、環境省調査でトップテンにはランクインしていない。

一メートル以上の太い幹周りがある支幹が二十五本で一樹を成しており、樹齢は千年と推定されている。根回りは二十メートル。佐賀県内では他に桂の自生はないので、「珍木」とされている。

有田の大イチョウ(大公孫樹)
(佐賀県有田市)

イチョウの樹は、病害虫や火災に強いと昔から言われている。焼き物の街・有田にある大イチョウ(大公孫樹)も、江戸時代に起きた大火災から窯元の家屋焼失を防ぐ役割を果たしたと言われている。

国の天然記念物にもなっているこの樹は、泉山の弁財天社の境内にあり、樹齢約千年と推定されている。樹高は約四十メートル、根回り約十一メートル、幹回りは約八メートル、枝の伸びる範囲は東西約三十一メートルにもなるいという。

東霧島神社の大クス
(宮崎県都城市)

東霧島と書いて、「つまきりしま」と読む。この神社は霧島六所権現の一つで「延喜式」に登場する古社である。霧島盆地を代表する奉斎・山岳信仰の祈りの宮として信仰を集めてきた。

本殿へと登る石段の左側には、樹齢千年と言われる大クスがある。下部にある洞をくぐり、右に三回、左に三回めぐり、乳水・龍神水をいただくと無事に出産ができ、さらに病魔を払い、良き運が授かるといわれている。

高千穂・八大龍王水神の霊木
(宮崎県高千穂)

この水神は常に神秘的な空気感が漂う場所である。それは、境内にある霊木(推定樹齢五〇〇年のエノキ)から伸びる太い枝が祠の上部を覆いつくしているからである。昼なお暗い境内は、訪れる人も少なく、張り詰めた静寂感に包まれている。

祭神である八大龍王は、水に関わる自然を司る神として、雨乞いや河川氾濫の防止などの願いを捧げられてきている。

溝口竈門神社の霊木群
(福岡県筑後市)

ここは、一時流行ったアニメ映画「鬼滅の刃」のモデルとされている神社の一つである。映画のヒロイン・竈門炭治郎(かまどたんじろう)の名前と同一名だからであろう。ただ、この溝口竈門神社は、太宰府の宝満山麓にある竈門山(竈門神社)より勧請されている。

映画の影響で、この場所を聖地として訪れる人々は、境内にある霊木群を背景に記念撮影をしているのである。


立花山のクスノキ群
(福岡市東区)

立花山(たちばなやま)は、福岡市内から東の方角に見えている、標高三六七メートルの里山である。ただ、この里山には非常に稀有な存在感のある自然林がある。その自然林は、山麓から頂上近くの南東斜面にかけて展開する。

それらは日本の北限であるクスノキの原生林である。六百本近くが樹齢三百年以上といわれている。その多くは、樹高三十メートル・幹周り三メートル以上のものが多く、最大のものは「七股スギ」で幹周り十五メートルもある。


雷神社の巨樹
(福岡県糸島市)

雷神社(いかづちじんじゃ)は、雷山(標高九五五メートル)の中腹に鎮座している。古来雷神宮(らいじんぐう)とも呼ばれてきた。

雷神社といえば、境内の傍にたつ樹齢九〇〇年にもなる県指定天然記念物・イチョウの木に注目がいくが、それ以外にも巨樹・古木が林立しているのである。

イチョウの木以外にも、見ごたえのある巨樹がある

求菩提山の霊木群
(福岡県豊前市求菩提)

求菩提山(くぼてさん)は、標高八〇〇メートル弱の円錐形の山であり、その昔は活火山であった。その痕跡は、山麓に散在する安山岩質の熔岩からも垣間見れる。活火山であった山の特徴である、大地が鳴動した残り香が漂っている。

そんな残り香を嗅ぎながら、山伏らが修行を積んだのであろう。山麓には修験道の古跡が至る所に残されている。そして、山伏らが植栽した霊木群が苔に覆われて、神秘的な景観となっている。

岩屋神社の古木群
(福岡県朝倉市)

六世紀(古墳時代)に、光り輝く隕石が降って来たのがこの神社の始まりだとされている。その隕石を「宝珠石」と名づけ、宮のご神体として神殿を造ったという言い伝えである。この神社のある宝珠山はその隕石の名前から命名され、岩屋神社一帯は耶馬日田英彦山国定公園の一部に含まれている。

山麓には天然の奇岩巨岩が点在するが、県指定の天然記念物の古木・巨樹も随所にある。高さ三十三メートル、推定樹齢七〇〇年の大イチョウや、高さ十八メートルものオオツバキなどである。

蔵持山(くらもちやま)
(福岡県みやこ町)の大杉

この山は、平安時代なかばの天慶年間に修験の山として開かれて以降、多くの修験者の往来があったのである。山伏たちは無事に修行を終えると山の神への感謝の印に杉や檜を植えたのである。

その植栽スタイルは、穂挿(ほざし)と呼ばれる、切り取った杉の穂を直接地面に挿すやり方であり、それらの杉や檜は禁伐とされていたのである。その中で代表的な存在が、「大杉」と呼ばれる綾杉のご神木である。蔵持山山中はもちろん、近隣においてもまれに見る古木の巨樹である。

八女津媛神社の巨杉
(福岡県八女市矢部村北矢部)

八女茶でその名を知られる「八女(やめ)」の街。その町名の由来となっているのが、この八女津媛神社(やめつひめじんじゃ)である。ここには、幅三十メートル、奥行き九メートルもの神ノ窟(かみのいわや)と呼ばれる洞窟がある。

その洞窟から滴り落ちる石清水は、現代では美白や美容にご利益があるとして女子に注目されているとか。境内には、矢部村指定天然記念物である権現杉(ごんげんすぎ)がある。樹齢約六〇〇年。幹回り五・七メートル、樹高約四十五メートル。


秋月八幡宮の古木群
(福岡県秋月市)

桜の季節などは観光客で一杯になる秋月城址。しかし、この秋月八幡宮まで足を延ばす人は少ないだろう。秋月城からものの徒歩十分程度の場所にあるのだが・・。

境内には杉、銀杏、樟などの巨木が林立している。それらの森は、朝倉市の指定保存樹林に指定されている。訪れる人も少ないので、静かに佇みながら巨木たちと向き合える時間がもてるのである。


高住神社の天狗杉
(福岡県田川郡添田町英彦山)

山岳修験道の聖地・英彦山(ひこさん)の山麓にある。高住(たかすみ)神社の社伝によると、御祭神である豊前坊龍神は、豊前豊後の国の守護神として人々の病苦を救い、農業や牛馬・家内安全の神として古くから崇められている。社殿は継体天皇の御代(約一五〇〇年前)に創建されたと伝えられている。

この境内入り口には「天狗杉」と呼ばれる巨樹があり、古来修行をする山伏らを出迎えてきたのである。

隠家森の大クスノキ
(福岡県朝倉市)

隠家森 (かくれがのもり)と呼ばれる。その昔この場所には鬱蒼とした森があったそうである。古文書である『筑前国続風土記』にも記載されている。「此の恵蘇町の辺に隠家の森とてあり。是は此関にて名のらざりし者をば通さざりける故、此森に隠れゐるよしいひ伝えたり」とある。

朝倉の関所を通れぬ人が、この森で隠れていたとの伝説から命名されている。樹齢一五〇〇年以上・幹回りは十八メートル、樹高二十一メートル。国指定天然記念物である。


行者杉(福岡県東峰村)

ここは、日本三大山岳修験場の一つである、宝満山と英彦山を結ぶ峰入りルートの途上にある。峰入りをする行者たちが、重要な修行場であった小石原の地に奉納植栽していったのである。

その植栽された数々の杉群は、樹齢二〇〇年から六〇〇年の約三百七十本強の巨樹群となっている。面積約五ヘクタール弱にわたる、この植栽された杉群を総称して、行者杉(ぎょうじゃすぎ)と呼んでいる。修験者にとって杉は、大きく成長して樹齢が長く、魂が宿ると信じられていた。


若杉山奥の院の古木群
(福岡県糟屋郡篠栗町若杉)

神霊が在すといわれる霊山・若杉山は、唐から帰国した弘法大使・空海も修行した場所といわれている。山頂にある若杉奥之院一帯は、山岳修験道の行場であり、「はさみ岩」などの巨岩なども点在している。また篠栗八十八箇所霊場巡りをする巡礼者も訪れる。

若杉山奥の院への登拝路沿いには、奇怪な形をした巨樹群があり、深山幽谷世界へと誘ってくれる。


大和の森の巨樹群
(福岡県糟屋郡篠栗町)

この森は、一周すると約九〇分程度の遊歩道が整備されている。その遊歩道沿いには、杉の巨樹群が点在しており、まさに巨樹巡りの森トレイルとなっている。幹周り十六メートル以上ある巨大な「大和の大杉」や、「綾杉」「トウダの二又杉」「ジャレ杉」「七又杉」など。

福岡市内からでも日帰り圏内である。


香椎宮の地名となった御神木
「香椎」(福岡市東区)

香椎宮は、仲哀天皇・神功皇后の神霊を祀り「香椎廟(かしいびょう)」や「樫日廟」などと称されている。三韓征伐で名を知られる神功皇后が、夫である仲哀天皇を偲んで建てられたといわれている。

また、三韓より帰還の際に、三種の神宝を埋めてその印に杉の小枝を挿し神霊を留めたと言われる、御神木「綾杉」も有名である。


太宰府天満宮のクスノキ
(福岡県太宰府)


天満宮の本殿裏手には。とてつもないサイズの巨樹がどっしりとその存在感をアッピールしている。樹齢一〇〇〇年以上、樹高:三十九メートル、幹回りは十二メートル、根回りも二十メートルと成っていて、国指定天然記念物に指定されている。

樹の精との対話

2023年5月17日 発行 初版

著  者:清水正弘
発  行:深呼吸出版

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清水正弘

二十歳の時にダライ・ラマ十四世と個人的に出会った事が、世界の山岳・辺境・秘境・極地へのエスノグラフィック・フィールドワークへのゲートウェイだった。その後国内外の「辺(ほとり)」の情景を求めて、国内外各地を探査する。三十歳代にて鍼灸師と山岳ガイドの資格を取得した後は、日本初のフリーランス・トラベルセラピストとして活動を始める。そのフィールドは、国内の里地・里山から歴史的、文化的、自然的に普遍価値を有する世界各地のエリアである。また、健康ツーリズム研究所の代表として、大学非常勤講師を務めながら、地方自治体における地域振興のアドバイザーとしても活躍している。日本トラベルセラピー協会の共同創設者でもある。

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