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波打ち際で

たいいちろう

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 夏の海。
 ザブン。ザブン。ザブン。
 波の音たちが、カタカナの音になって耳に聞こえてくる。
 そのカタカナはとっても心地のよい音なんだ。
 それは心を前に向かせてくれる音のよう。
 ザブン。ザブン。ザブン。
 波打ち際を歩いている、白いシャツを着た男の子がいる。
 太陽の心地のよい光に背中の汗が滲んできて、彼の白いシャツの生地がその背に張りつくと、彼のその背の素肌を透かしていく。
 その子の頭の上には綺麗な虹がでていて、その虹の光は海の色を深く鮮やかにしていくと、水彩画の柔らかくて温かい色のような、そんな優しい希望の色へと染め上げていく。
 雨上がりの砂浜についた小さな足跡。
 その足跡に、いつの間にかできた、小さな小さな水たまり。
 その水たまりには晴れた空の無限の可能性の色が、夜に輝く星々にその願いを込めるかのように、夏の空の綺麗な青の色が映し出されていく。
 男の子が水たまりの水面を純粋なまん丸い瞳で眺めると、心のままに浮かんでいる白い雲たちがゆっくりと空を流れていく様子が見える。
 波打ち際を歩く男の子。
 男の子が歩く前には、凛とした黄色い猫がいて、その後ろには、とっても心の優しい女の子の猫がいる。
 二匹のその猫が男の子のことをしっかりと守るように、寄り添うように、彼の傍で一緒に波打ち際を歩いている。
 この男の子には、どうやらなにかとても哀しいことがあったようだ。
 でも、彼のことを見守ってくれているかのようなこの虹の下で、その男の子の足取りはとても力強いものへと少しずつ変わっていく。
 静かで優しい海の波たちのカタカナの音。
 ザブン。ザブン。ザブン。
 その波の音が、男の子の心に安らぎを与えて、とてもその心を穏やかにしていく。
 虹の光とその音に大切な人からの心からの愛のメッセージを男の子は受け取る。
 すると、彼の目の前に広がる美しいこの海の世界に住んでいる、生きることの歓びと生命の輝きを身に纏(まと)った人魚が現れる。
 誰もが見惚れてしまう、その輝きと美しさ。
 彼女の瞳の色は左右で違い、その色はエメラルドグリーンにサファイアブルー。
 エメラルドグリーンはいつかの日に男の子が見た、彼の生命に火を灯す、美しい異国の思い出の海の色だ。
 反対の瞳のそのブルーは深くて高貴な蒼。
 サファイアは9月の誕生石でもある。
 男の子は自分の前に現れてくれたその尊い人魚の存在に、心からの感謝の想いを伝える。
 潮風に流れる髪の色は黄金色に、紫、青、緑に、淡くて美しく透き通った赤の色。
 鱗の一つ一つが金色に輝いていることがわかる。
 美しい真珠のような髪飾りに白い貝殻の耳飾り。
 身につけるものからもすべてが優しさで溢れていて、彼女のその口元からも優しい言葉だけが奏でられる。
 言葉には力があることを、この聡明な人魚は知っているのだ。
 男の子はその言葉に耳を傾けると、心が自然に笑顔になった。
 海水の波の音色に合わせて、白い飛沫(しぶき)が何度も弾けていく。
 その飛沫とともに、その美しい人魚は海水と戯れながら踊る。
 その踊りは彼の心を楽しさと歓びで満ち溢れさせていく。
 彼女もまた、男の子の哀しみで弱ったその心を大きな慈愛の温もりで包み込む愛の姿なのだ。
 彼がこの世界に生まれて、最初に見た世界の奇跡のような美しさ。
 その美しさを思い出させるかのように彼女は踊る。
 忘れかけていた今を微笑むことの大切さを、あらためて気づかせてくれるかのように。
 男の子は立ち止まると、履き慣れた茶色い靴を勢いよく脱いだ。
 青いジーンズの裾を上げて、その素足で海水に輪を描きながら波たちに触れ、人魚と一緒に踊ると、この碧い海と心から楽しく戯れ始める。
 小さな波が白い泡とともに、何度も何度も彼の足元で空を舞うように砕けては弾けていく。
 飛沫の音。
 それは再生の音のよう。
 男の子は両腕を上げて、空をしっかりと掴んだ。
 その手から、海と空は一つになっていく。
 それはとても大切な繋がり。
 遠いけれど、まだ見ぬけれど、だからこそ魂で繋がる人との大切な繋がりのように。
 男の子は奇跡のようなその温もりをその身に感じると、その素足の小さな指の一つ一つに力を入れて、足の指先で器用に砂を掴んでいく。
 海水の下の砂を足の指先で掴んでは、その感触を確かめていく。
 その感触は生きることを実感し、生きることの歓びを思い出させてくれるものだ。
 まだ夜になってはいないのに、灯台には灯りが灯っていて、その灯りは確かに、これからの行く先を照らしている。
 その灯りがこの男の子には見えているのだ。
 ぼんやりとして、はっきりとはしていなくても、確かに進むべき方向を照らしてくれている。
 二匹の猫が彼に同じ言葉を囁いている。
 とても、穏やかな声で。
 それは慈愛で溢れた声。とても優しい声。
「安心してね」
 そう彼に何度も何度も繰り返して、語り掛けてくれている。
 近い痛みがある。
 遠い痛みもある。
 痛みはそれでも、やがてはなにか自分の糧(かて)になり、得た力はきっと誰かへの優しさへと変換されていくのだろう。
 ありがとう。
 彼のその言葉は涙と潮風とともに、自由という美しさに色を添えて、彼にとってより尊いものへと変わっていく。
 ありがとう。
 彼のなかにある大切な自由な心が、どこまでも力強く広がっていく。
 忘れそうになっていた、自分自身がこの世界に生まれてきたことの尊さを思い出させ、自分に心から感謝をすることも思い出させるのだ。
 澄みわたる青空には、なにもさえぎるものなんてない。
 波が真っ直ぐに男の子の素足を抜けていく。
 ザブン。ザブン。ザブン。
 彼の足元で飛沫をあげながら。
 波は微笑みを絶やさずに、真っ直ぐに男の子の素足を抜けていく。
 真っ直ぐな波。
 美しい人魚。
 海。
 空。
 虹。
 まだ空にはずっと変わらずに虹が存在している。
 その虹の光は海面をどこまでも広がると、その水面をダイヤモンドのように輝かせ、鏡のように海面から反射させると、その光をまた空へと返していく。
 空はまだ明るいのに、見上げると綺麗な一番星がでていた。
 一筋の光。
 その一番星は大きな希望を添えて、男の子の心のなかへと流れ星となって流れていく。
 彼はとても温かい気持ちになって、自然に笑顔になった。
 歩く彼の足取りはとても明るく、哀しみを忘れたその心で、波打ち際に丸く小さくしゃがみ込む。
 そして、心地のよい海の波の音のリズムに合わせて、自身の心のリズムを整えていくのだ。
 心配そうに見ていた二匹の猫を、彼は愛しそうにその身に寄せると、優しく抱きしめる。
 猫たちの髭が濡れて光を放ちながら、優しく潮風に揺れている。
 なんて愛しいのだろう。
 ありがとう。
 二匹の猫はその心に、言葉にしない男の子からの声を感じた。
「大丈夫だよ。歩いていくよ」
 と。
 その声は二匹の猫が感じたその心を通して、空に大きく架かる虹へと伝わると、その虹の光をより美しい光の色へと変えていくのであった。

波打ち際で

2024年9月28日 発行 初版

著  者:たいいちろう
発  行:ANUENUEBOOKS

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たいいちろう

巡り会えたあなたに、
幸せが訪れますように…。

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