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死の恋

千里

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死の恋

千里


 人を殺した時の月はなんて綺麗だろう。

 今までで見たことのない美しさ、神々しさ。その光は血塗れの俺と死体化とした親父に惜しみなく降り注ぐ。
 隅の影は濃い為か、俺と親父の輪郭はコントラストとしてくっきりしている。それは間違いなく人を殺したと再認識させる。

 むせ返るような血の匂い。手には包丁が握れており、匂いでは多分手と包丁が一番血の香りをしているだろう。
 嗅いでいく内に気分が悪くなる。脳にまでこびり付くような匂いに軽く咳をしてしまう。

 親父を殺したことによる罪悪感は不思議と無い。元々頭の中で何度も殺した相手なんだからそりゃそうか。そうかな?うん、そうだ。

 でも殺すふりと殺したは全然違うらしいが特にそんなにって感じ。あっけないな。もっと感触とかあるはずなのにそれを忘れてしまっていた。手に残るのは血液だけだ。

 もしかしたら自分は異常なのかもしれない。殺す自体普通じゃないけどさらにサイコパスが追加された人間みたいな。親父の血を引いているんだから当然だろうか?嫌だなぁ。

 さっきから視線が感じると思い、もう一度窓の方を見るとなんと担任の三井先生が立っていた。気のせいかと思ったけど見れば見るほど先生だ。
 ところでこれは不法侵入だよね。庭に許可なく立ってるから。門の鍵をいつも閉め忘れている親父の癖を今思い出した。

 とても怯えている先生なのできっと通報するだろうと思ったが中に入れて。と手で忙しく表現をしたのだ。
 どうゆうことなのかよく分からないが、まぁとりあえず入れてみよう。そして通報して貰おう。

 窓を開けると先生はビビりつつ、中へ恐る恐る入った。俺が窓を閉めるとその音にも一々反応してびっくりしていた。

「これ……高橋君がしたのですか?」

「そうですが」

 先生は口と鼻を手で覆い、怯え切った兎みたいに震えていた。

「そんな……。先生、高橋君が、し、心配で訪問しようとして……」

 ああだからパンツスーツなのか。でもなんで夜中に?と問い出そうと思ったが今はどうでも良い事だ。

「あの……俺が言うのもアレなんですが通報しないんですか?」

「え?」

「え?」

 先生は俺の顔を不思議そうに見つめる。どちらかというとそうゆう顔は俺がするべきじゃない?

「このままにしていたら先生も加害者になっちゃうんじゃないの?」

「どうして高橋君はこんな事をしたの?」

 話がわざとかって程噛み合わない。血の現場に動揺しているのは分かるが、先生と仲良くお喋りしたいわけじゃない。終わるならはやく終わらせて欲しい。

「憎いから嫌いだから殺したに決まってるでしょ。もう良いです。スマホ貸してください。自首しますから」

「どうして自首……? 怖くないの……?」

「色々思うことはありますがとりあえず、こいつに縛られる人生なら殺して少年院に入る人生の方が良いんです。先生には分からないだろうけど」

 先生はスマホを貸すどころか貸す気も無し。腹が立って先生に向かって包丁を突きつけた。先生は驚愕のあまり後ずさる。

「はやくスマホ貸してください」

 先生はポケットからスマホを取り出す素振りはするが出す気は無かった。

「……か、かくそう」

「は?」

「先生黙っているから。だって憎かったんでしょ? きっと先生には分からない高橋君の気持ちがあるんだよね。これは私のせいでもあるわ。もっとはやくに気づけば……」

 先生は血の中に落ちているビール瓶を見ていた。それで親父は俺に殴り掛かってきたのだ。先に手を出したのは奴だった。

「だからって人殺しを庇う意味は無いですよ。どんなことがあっても人を殺してはいけませんって先生から習いましたけど」

「そ、それは……時と場合によります」

 都合が悪くなると大人はそう言う典型的な良く無い教育。少しがっかりだな。

「何故庇うかのか本当にわかりません。俺アホなんでちゃんと教えてください」

「……好きだから」

「へ?」

 最初が聞き取りなかった。

「高橋君が好きだからです」

 頬を染めながら小さな声で言った

 ……なんとなく予想というか実は気になっていた点がいくつかあった。妙に俺に気に掛ける先生はもしかしたら……って思ってはいた。思ってはいたとはいえ、マジかだけど。やば、こうゆう展開ドラマ以外で観たことがない。

「……先生大丈夫? 冗談にしといてやっぱり通報した方が今後の未来の為になりますよ。俺なんかのせいで人生台無しにする気ですか」

「か、覚悟はしています」

 何真っ直ぐな瞳で訴えてくるんだよ。殺人者に感化され頭が変になってしまったのか。

「……どうすんの?」

 恐る恐る聞いてみる。

「う……埋めましょう山奥に。私、車の運転出来ます。その前に血を片付けてから……」

 先生は急に動き始めた。何をするかと思いや血を片付ける道具を探し、後に親父を運べるものを聞いてきた。

 先生ってこんなキャラだっけ?もっとおとなしくてオドオドしていて、でも正義感がある人だと思っていた。

理想像が密かに崩れていく。だけど人ってこうならないと本質が分からないだろう。実際自分もまさか殺せるとは思わなかったから。

「高橋君も手伝って。捕まりたくないでしょ?」

「いや俺は……」

「高橋君には未来があるの! こんなもので終わらせてはいけない。画家になりたいんでしょ?!」

 いきなり怒鳴った。何をどうしたらそんな言動になるのか理解不可能だ。

 そして今なんで進学希望の話を出すのだろう。前に画家となんとなく言った気はする。まさか覚えているなんて。いやそれよりなんで出すんだ。

「私ね……。高橋君はとても良い子なのをよく知ってるの。だからここで終わっちゃいけないの」

 先生は俺の両肩を強く握り、熱い眼差しを向けた。俺が良い子?何言ってんだ。良い子がこんな事をしないだろ。

「やらないと私がやったと自首します」

「えっ?!」

「嫌なら動いて!」

 なんで叱られるのか。なんで先生が自首になるのか全く分からない。

 これが恋の力?愛は盲目?

 混乱な気持ちを抱きながらも、先生の言う通りに仕方なく動いた。


 ー俺達は車で森の奥まで行った。着いた時には深夜二時を回っていた。


 先生は冬なのに汗水垂らしてスコップで穴を掘る。俺も勿論掘っていたが乗り気では無かったので若干サボっていた。

「先生凄い汗……」

「大丈夫よこれぐらい」

 先生は笑顔で言う。心配ではなく、少し引いているのだが。


 かなり穴を掘ったところで、ビニールシートに巻かれた親父の死体を穴に捨てた。そして次は罪を隠すように地面をしっかり元通りにした。
 時間が掛かっていた為、いつの間にか日の出前になっていた。

「これで安心ね」

 先生はとても満足した顔をする。

 これではまるで先生が殺人鬼で、俺がそれを手伝わされているみたいだ。それぐらい異様な光景、空気。

「さ、はやく帰りましょう!」

「は、はぁ……」

何が何だか。考える前について行くのに精一杯だった。


過去


 先生は当たり前のように家に上がりこみ、当たり前のように俺の部屋に入る。

 自分の部屋は無機質のようで最低限の家具しか無かった。家具の所々に親父による暴れた跡が付いていた。

「疲れたね」

 どうしたらそんな呑気な顔が出来るのだろう。この顔何処かで見た事があるなと思えば確か文化祭の準備だったけ。クラスのみんなは文化祭の準備をサボる間、先生だけは一生懸命に準備を進めていたらしい。

 自分はサボるどころかまずあまり学校に行っていなかったので詳しい事は知らないが、喫茶店の準備だったから相当苦労したのだろう。
その時の顔を今している。正にやり終えた達成感。マジで大丈夫かな?ちょっと死体で病んでしまってるのかなと少し心配する。

「片付けが終わるとなんだかホッとするね」

「そうですかね? まだ安心は出来ませんよ。一応親父は一流大企業に勤めているので多分社長とか同僚が心配して連絡したり家に訪問してきますよ。だから自首しようと思ったんです」

「諦めたらいけないよ」

 逆に何の根拠があってそのような自信満々な表情が出来るのだろう。

「何か策でもあるんですか?」

「今はまだ……」

「もうやめましょうよ。今ならまだ間に合います。はやく帰ってください。俺は自首をし、先生は知らなかったふりをする。これが纏まった楽な終わり方だと思うんです。何故それが分からないんですか?」

「わ、私だってそうしたら良いのかなとは一理思うよ。でもやっぱり可哀想なのよ」

「……はぁ」

 何を言っても聞いてくれないようだ。話せば話すほど先生の雰囲気に呑まれそう。

「お互い落ち着きましょう。お茶でも淹れて」

「あ、俺が淹れてきます」

「いえ私が」

「一応ここ俺の家なんで、先生に権限は無いんですよ」

先生はムッとしていた。何に怒るのかもう予想がつかない。

落ち着いていないのは先生だけだ。が、変に争いになるのも嫌だしこのままヒートアップして怒鳴られたく無い。親父のせいで怒鳴り声が嫌いなんだ。


 一階へ行き、リビングに入る。

 血の匂いは片付けた甲斐があってかなり無くなっていた。まだ新しい血液だからもあって。今はちょっと鉄棒の匂いみたいのが仄かにする。

 よく血を嗅げば、ああ自分は人殺しなんだとか感傷に浸るらしいが全く無かった。本当に小さな虫を殺したぐらいの感覚。あれは人間じゃない怪物だからね。

 キッチンへ入る。何か違和感がある。
包丁だ。先生が包丁を直したと思ったのに無い。

 何処へと思ったが多分死体と共に埋めたのだろう。見てないけど多分。

白いティーカップに紅茶を淹れた。安いやつ。家は立派なのに食べ物は比較的安く仕入れていた。自分の部屋の家具も。高い物の価値にあまり執着していない。

 親父はいつも朝昼夜と外食で済ませていたので、買った食べ物には興味が無かった。ある意味俺にも興味が無かった。

 ただ酒を飲むと暴力野郎になるので、俺の体はいつも痣だらけだ。今日は今まで分の痛みを発散させたのかもしれない。


 俺は紅茶を部屋に持っていった。

「ありがとう」

 先生は飲んだあと、深い息を吐いて美味しいと大袈裟に喜んだ。

「高橋君は淹れるの上手いね」

「普通に淹れたんですが。それより帰らないんですか? 先生は仕事あるんでしょ」

「冬休み期間は自由出勤よ」

 あーそう。つまり長時間居るのかなと思ったが、先生は急に帰りますと言って立ち上がった。

「あ。LINE交換しましょう」

「なんで?」

「何かあった時一人で対処出来ないでしょ?」

「本当に関わる気なんですか? てかなんで本当にここまでするんですか」

 先生は少し口を開けようとしたがすぐに閉じ、でもまた開けた。

「私……殺したの。八歳のときにお父さんを」

「嘘」

「嘘じゃない。貴方と同じでちょっとお父さんとは上手くいってなかったの。だけどお母さんは居なかったからずっと我慢してて、それである日お父さんがまた暴力を振ろうとしたから突き飛ばして、それで壁にぶつかって頭を打ってそれで」

それでが多すぎて話がしっかり入ってこなかったが。つまり八歳の時に嫌いな親父を殺したから貴方の気持ちは大変理解すると言いたいのだろう。
 まぁ多分嘘だろうなとは思いも、今までの心情からしたら合点にはなる。


どんどん混乱していったので一先ずLINE交換をし、先生には帰ってもらった。

先生は帰るまで過保護の母親のみたいに色々言ってから渋々帰っていった。

 もし母親が居たらこう世話焼きだったら良かった。


 ー自分が幼少期の頃に母親は離婚を切り出し、俺を置いて出て行った。今でも裏切られたような、空っぽの心は無くならない。母親からしたら親父と似た顔の子供なんていらないのだろう。

 俺も親父から離れたかったのに。表面では紳士的で優しく、経済力があるからヒステリーで経済力も無い母親より親父の方が良いだろうと決められた。

 勿論母親は賛成し親父も賛成した。裁判官は俺の意見は全く聞いてくれなかった。

経済力がなんだよ。それはそんなに大事なのか?それよりもっと大事な何かがあるはずなのに。大人は本当に身勝手で、それからさらに大人が嫌いになった。

 大人は信じてはいけない。小さい頃に学んだのだ。


進路


 五ヶ月前の夏休み前。進路希望の話の為、俺と三井先生は教室で面談をした。

 古い机にガタガタする椅子を気にしながら、先生の話を聞く。窓の外では蝉の鳴き声が聞こえてくる。

「最近また学校に来るようになりましたね」

 先生はニコッと笑う。

「高橋君は学校に行かない割には成績が良いですし、もっとちゃんと来たら良いところに進学」

「進学は考えてません」

 サラッと言うと、先生は悲しそうにした。

「もったいないわ。貴方なら奨学金受けれると思う。先生が調べて」

「学校も別に好きで行ってないんです。単に就職しにくいから。成績もそのために頑張っているだけなんで、進学は全く考えていません」

「全くなの? 美術室でたまに絵を描いているのを見かけるから、高橋君は絵の大学に行きたいのかなと思いました。とても上手だし」

 いつの間に見ていたのだろう。先生はたまにストーカーのように俺が何をして何を喋っていた事を恥じらいなく話す。

 だから面談は嫌だったけど、面談をしないと夏休み中に補習をするというので仕方がなく受けた。はやく終わって欲しい。

「絵は気まぐれで描いていただけで。俺には才能は無いしそこまで関心が無いです」

「気まぐれでも楽しいとは思うでしょ?」

「楽しいのかな……。まぁとにかく進学はしません」

「本当に将来の夢は無いの?」

 先生は真剣な目を向ける。それにむず痒くなって画家と適当に告げた。
そしたら先生は花が咲いたような笑顔を振る舞う。少し可愛いと思ってしまったと同時に、複雑な気分にもなった。

「もう一つ聞きたいことがあってね」

「はい」

「高橋君。家庭環境悪かったりする?」

「なんでですか?」

「あまり笑わないしよく独りで行動しているから」

「それが家庭環境とどう繋がるんです?」

 先生は黙り込む。数分後に口を開いた。

「痣を見たの。たまたま」

「痣?」

「見えないところに痣があるよね。だから夏でも長袖なんだよね」

「日焼けをしたくないだけです」

「嘘でしょ」

 先生の分かったような言い方に苛立った。

 確かに親父のせいで出来た痣があるから長袖で隠している。だけどそれが?先生に関係ないことだし、こんなのに首突っ込んでどうすんの。面倒臭いだけじゃん。

「じゃ、あるとしてどうします? 親に会って話してみます? きっと父親は笑ってそれは無いですよ、優斗はよく転んだり物にぶつかるからって普通に言いますよ。そして俺は後でどんな目に遭うか」

先生はまた黙り込む。黙るなら話題にするなよと想いを込めて鼻で笑った。

「多分これからも休みがちになりますが、単位は取るつもりなんで大丈夫です」

「た、単位を取れば良いってものじゃないんですよ!」

「あの先生。俺よりもさ。もっと面倒な生徒居ますよね。ヤンキーとかほら、売春している生徒も居るそうじゃないですか。俺は別に不登校生じゃないし成績良いし、来たら授業も受けているし。そこまで親身になる必要ありますかね? 変に虐められますよ。過剰に関わるのは良くないですよ」

 軽くお説教みたいな事をした後に席を立ち、帰ろうとしたところを「何かあればいつでも相談しに来てね!」と言われた。俺は敢えて返事をしなかった。



 ーどうしてこんなにも心配するのか今は分かるが、あの時はとても鬱陶しかった。

そして今も。とても鬱陶しいのに、何処か頼りたい気持ちもあった。それは独りになってしまった寂しさからだろう。きっとそうだ。

 ただ、失うものが無くなってしまったのに寂しいなんてあるのだろう。今まで寂しいと思ったことが無かったのに、今更気持ち悪い感情が浮き出ていて不愉快だ。

ずっと隠し通してたもの?親父が死んだから解放されたものか。分からないけど、それならこれから出てくる感情はきっと面倒くさく、酷く困難だろう。

 その前に何処かへ消えてしまった方が良いのかもしれない。何処へ?自殺?自殺は全く考えてないし、寧ろ今からが人生のスタートなのに。


「どうしたら良いんだろうなぁ」


 昼間のリビングにあるソファに座って呟いてみた。解答は降りてこない。

 親父が死んでから一週間が経ったが、まだ血の匂いが残っている。

 ああ、先生のせいで自分がやらなければいけない事が出来なくなった。捕まりたくない言葉を覚えてしまった。それもなんでかなと思うけど、色々疲れて分析したくない。

「先生は俺とどうなりたいの」

大きめの声を出してみる。スマホをスピーカー式にしている為、先生に声が届いているはずだ。なのに先生は何も言わない。

 毎日アホみたいに先生からくだらない電話が来る。簡単な話、好きな人と喋りたいからだろう。割と鈍い俺でも分かる。分かりたくないけど。後々面倒なので、三回に一回は電話に出るようにしていた。

 インターホンが鳴った。

「先生聞こえた? 多分親父の同僚か社長だよ。意外と遅かったね」

ーー出てはいけませんよ。

「無理があるよ。だって今、窓からスーツを着たおっさんが一人見えているし、俺も見えてるもん」

ーーどうしてカーテンを閉めなかったの!

 怒鳴るから心臓に悪かった。もしスマホを耳に当てていたらソファから転げ落ちていただろう。
 あれからよく怒られている気がする。本当に親のようで何だかしんどくなる。

「だってその場その場で生きているからね」

 俺は意地悪に通話を一方的に切り、玄関へ向かった。

 不思議と足音には緊張があった。


不審


「こんにちは。突然お邪魔してごめんなさい。私は高橋さんの同僚の荒井と申します」

 玄関で皺の目立つおじさんは会釈をし、律儀に名刺まで渡してきた。名刺には大手会社の名前が書いてある。親父はよく会社の自慢をしていたが、本当に勤めていたんだぁと実感した。

「早速本題に入りますが、高橋さんとは一週間連絡が取れなく心配になり、訪問という形をとらせていただきました。えっと貴方は……」

「僕は父の息子です」

 息子と口にすると気分が悪くなった。

「息子さんですか。なるほど。お父さんとよく似ていますね」

 嫌いな奴と似ている以上の侮辱はあるのだろうか。親父は整ってる顔立ちの方だが目が死んでいた。
 親父は性格は陽気だからそれを誤魔化せるけど、自分は明るくないので顔と同じく陰湿と言われていた。

「お父さんは今どうしていますか?」

「し……」

死んでいる。その言葉がどうしてか喉の辺りで詰まって出てこなかった。怖いのか。殺した事よりバレることに。

 いやもしバレたら俺もだが最悪先生も捕まる。嘘を突き通せる自信はあるが、先生が俺を庇いそうで……。

「……お父さんは何処かへ行きました。よくある話なんです。急にふらっと僕が知らない内に消えてまた急に帰ってくること」

「それはありません。高橋さんは無断欠勤を一度もしたことがない大変真面目な方ですので」

 おじさんは少し不快そうに眉間に皺を寄せた。親父の方を信用するのは当然だが、こう全否定されると自分の存在は親父の下なんだなと思い知らされる。クソ野郎より下ねぇ。

「多分何か事件に巻き込まれたのでは?」

「いえそれはありえません」

「何故言い切れるんですか? 一週間も家に帰ってこないのは事件ですよ? どうして君は普段通りに過ごせるんですか」

 責め立てるように言った。ウザい。おじさんも、奴が会社の中で大変素晴らしき仕事振りをしているのも、好かれているのも、存在が大きいのも全てがとてもうざかった。

「警察に連絡をした方が良いです」

「……それは僕が必ずしますんで。今日は帰ってください」

「私も何か手伝いを」

「大丈夫ですから。今凄く体調が悪いでもう話したくないんです」

冷たく言い放すと、おじさんは怪訝にした。何かを察っしたようだがどうでもいい。とにかく帰れ。

 おじさんは俺と話が出来ないと思ったのか、あっさり帰っていった。


リビングに戻りカーテンを閉め切ってソファに座る。スマホが鳴る。きっと先生からだと画面をろくに見ずにタップをした。

「先生聞いてくださいよー。俺、親父よりポンコツ野郎みたいですよ。どうしてか奴の同僚は俺に警戒しているから多分勝手に通報するだろう。なんでかなー。まぁそれは別に良いんです。素人の隠蔽なぞ警察からしたら茶番みたいなもんで捕まるのは分かっています。何故自首しないのかは先生のせいですよ。先生は好きとかくだらない告白のせいで迷ってるんです。俺を庇うつもりじゃないかって。迷惑です。恋とか愛とかマジで興味が無いんで消えてくださいよ先生」

 スマホをソファに置き、投げやりに喋ったらなんだかスッキリしたけど、怒られるんじゃないかと不安にもなった。いや怒るなら怒ってみろ。そして俺に構うな。

ーー恋でもそうゆうのじゃないわ。ドラマみたいな禁断の恋愛じゃなくてもっと平凡な恋心だよ。貴方と私は何処か似ているなと思って、そしたら殺人も同じ動機で……。つまり既視感恋愛? 構っていたい好きなの。

「意味分からない」

ーー私も本当のところはよく分かってないんだけど。恋って色んな形を持っていいものだと思うよ。好きだから恋人になりましょうじゃないの、少なくとも私は。

「なら、最後に恋人らしいことしないの? セックスぐらいならしてあげるよ」

ーーもう。大人をからかってはいけないのよ!

俺はふっと笑う。きっと画面先で顔を真っ赤にしている。半分冗談ではあったがそれも良いかなと思った。何もかも滅茶苦茶にして終わりたかった。

「どう言ったって世間からしたら三十代の痛い先生が人殺しの男子高校生を好きになったが認識なんだよ。折角教師で頑張ってるのに俺なんかで全部捨てるつもりなの」

ーーどうして貴方はそう自分を大事にしないの? 先生凄く悲しい。

 今更先生振らないでよ。もう三井先生は三井由美子っていうただの殺人鬼の死体処理した女だよ。それ以上もそれ以下もない。これからもその見えない名札をぶら下げて生きなければいけない。

「三井さんはとっても馬鹿だね」

 俺はそのまま通話を切った。頭が痛い。

 冬休みが終わる頃には逮捕まで行かなくても事情聴取が入るだろう。その前に家宅捜査に入るかな?それとも死体が先に見つかるかな。

 他人事のように淡々と思いを巡らせた。


最後の晩餐


 雪の降るクリスマスに先生が訪問した。クリスマスケーキとコーラが入った紙袋を嬉しそうに持っていた。

「上がるね」

氷点下二度で遠くからわざわざ足を運んできた。クリスマス会をするために。


 先生は最早恋人のように俺の部屋に入っていった。

「じゃーん」

 先生は机の上に小さなホールケーキが入った箱を開ける。生クリームケーキだ。

「生クリーム嫌い?」

俺は否定した。

「そうだよね。始業式に書いた自己紹介カードに、好きな食べ物は生クリームって書いていたもんね。良かった。まだ好きで」

「そこまで覚えているとストーカーを通り越してますね」

「やだストーカーなんて。気になる子の好きなものぐらい覚えているでしょ」

 そうかな。好きな人とか気になる人が居なかったからよく分からない。嫌いな親父の癖とか身の危険が起きるだろうの予想は勘をつけるが。

 先生はケーキを包丁で切り、一切りを皿に乗せた。

包丁といえば。

「先生。包丁どこにやったんですか」

「え?」

「刺した包丁ですよ。何処へやりましたか」

「知らないよ。貴方が持ってるんじゃないの? それよりケーキ食べよう」

 先生は話を逸らした。明らかに知っているようだが、ただ持っていてどうするのだろう。実は警察の手に渡ってるのかな。だとしたらもう時間は無いなぁ。

「俺を売りましたね」

「ん?」

「なんでもないです。ところで先生。恋人らしいことはしませんか?」

「だから前に言ったでしょ。恋人らしいのは良いのよ。好きな人とケーキを食べて楽しく話せるだけで幸せなんですから」

「性欲はないんですか?」

 先生は食べる動作をやめ、顔を真っ赤にする。

「最近ムシャクシャしているし、先生の恋愛ごっこに付き合っていたらストレス凄いんですよね。せめて抜くぐらいやってくださいよ」

 俺は挑発をするように先生の顔と自分の顔がくっ付きそうなぐらいに近づき、嘲笑う。

「お……大人をからかうのは」

「からかってませんよ。どうします?」

 先生は全力で頭を横に振り、俺の体を押した。

「……駄目よ。性欲の吐口のために女性を使うのは」

「先生は、男の部屋に居る時点で警戒をしないといけないんです。服装も脱がせやすいものを選んで。襲ってくださいと言ってるもんです」

「せ、性的なものはとても大切な儀式的なことです。簡単にしてはいけません」

「何それ。もしかしてその歳で処女?」

 先生はさらに顔を赤くに染めた。図星。

「聖なるクリスマスの日にはしてはいけませんって? それを守ってんのは先生ぐらいじゃない? 男は許容範囲の女性なら誰でも抱けるんだよ。男に幻想を抱かない方が身の為だと思いますが」

「寂しい事言わないでよ」

 先生は少し泣きそうになっていた。ちょっとやり過ぎたかな。でも本当の話だし。

「とにかく部屋に入るには相当な覚悟をしとけよって話ですよ。俺だって立派な男ですから」

 再度座り直しケーキを食べる。先生も黙って食べる。

 なんて面白くないクリスマス会。何しに来たんだろうこの人。何してんだろう自分。



「今日どうするんですか? 泊まるんですか」

 先生はコーラを飲んだ後、頭を横に振る。

「あー……さっきの話無しで良いですから」

「そ、そうじゃなくて。私なんでここに来たのかはね、最後のけじめをつけに来たの」

 けじめ? それは俺がするんじゃないの。

「先生。何か企んでいるんですか?」

「企んでいる? え?」

 先生は呆気なくしている。そうだよね。先生に企みなんてあるわけがない。本来は大人しく、まともに意見を発する事が出来ない人なんだから。なら俺はまだ売られてないのかな。

 今は死体を処理してしまったせいで酔っているんだ。俗に厨二病。先生は良い歳してもまだ子供みたいなんだ。本当は俺なんかより。

「高橋君こそ、何か企んでいるんじゃないの?」

「何も企んでいませんよ。捕まるかなとは思ってますが」

「それはありえない。貴方が黙っている限り大丈夫よ。証拠は無いんだから」

 証拠は無いって。本気で思っているのかな。

「先生。やっぱり泊まっていけば?」

 先生は驚愕する。

「あ、いや。俺はソファで寝るんで。もう夜遅いし」

「だからけじめだよ。泊まる事は全く考えてないよ」

「何のけじめ?」

「……罪を償うけじめ」

 罪?まさか人を殺した話は嘘じゃなかったのか?

「先生も人を殺したの?」

「殺したよ」

 先生は笑う。その笑顔の真理は何だろう。


 親父を刺してから疑問だらけの世界に落とされた。

 こんなにも関心があったけ?興味があったけ?なんでだろう。なんでかな。考えれば考えるほど変になりそうだ。

 そもそも自分は考えることが嫌いだ。母親に捨てられたとか、殴られたとか。考える力があれば人は病み、自爆をすると身を持って学んだから、空虚な自分になった。

 なのに今、何を知りたくてこんなに考えるようになったのだろう。人を殺した奴がこれからを見ようとしてどうなるのだろう。



 ー三日後に警察から連絡が来た。事情を聞きたいから署に来て欲しいらしい。

 俺は即二言で決めた。


警察署


 冷えた色の部屋にはストーブが置いおり、机があり。それを挟むように対面する俺と刑事さん。

 結構狭い空間なのでストーブの熱がすぐ充満して温かい。寧ろ暑いぐらいだ。

 机の上には電気スタンドもあるので、ここでカツ丼が出たら面白そうだなとぼんやり思う。

「こんにちは。いきなり来てもらってすまないね」

 ごぼうのような風貌をした男性刑事さんは穏やな雰囲気を醸し出しているが、隅の方に立ってる堅いの良い刑事さんは、こんなくだらない事に時間を使わせるなボケみたいな険しい顔付きをしている。

 被害妄想かな。でも怖い顔をしているのは事実。親父が酒を飲んで暴れる時とそっくりな。

 おかげで俺は無駄に緊張をしている。

「単刀直入に言うね。君のお父さんは何処へ行ったのかな?」

「分かりません」

「分からないのに何故捜索願いを出さなかったのかな?」

「えっと、あのおじさんに伝えたけど、父親はよく何処かへ行ってしまうんです。お金だけ置いて」

 実のところは仕事後に女遊びをよくしていた。たまに女性をお持ち帰りし、リビングでセックスをしているのを何度か見かけてしまった。
 汚らしい喘ぎ声が耳にこびり付いていて、今でもふと思い出してしまう。

「つまり事件性は無いと?」

「そうです。いつものことなんで。どうして会社に迷惑かけるかは知りませんが、元はいい加減な人ですのでそうゆうのもあるだろうなと思いますよ」

「お父さんのことを悪く言うんだね」

「別に悪くは……。事実を話しているだけです。みんなすぐあの人に騙されるんです」

 刑事さんの視線が一瞬変化した気がする。俺を越え、壁の方を見たような。

「……でもね優斗君。二週間も帰って来ないのはやっぱり変じゃないかな。連絡も全く無いし」

「まぁ……」

「僕達はね。正直なところ事件性を考えている。お父さんの同僚、社長さんの話を聞く限り、君が思う程のいい加減さは多分無いんじゃないかなって推測している」

 ほら。またあいつの方を信用する。俺は机の下で両手を握り締める。

「……じゃ、どうすんですか」

「行方不明として捜索にあたるよ。その間、君はどうするのかを教えてほしい」

 こいつらは俺を疑ってないのだろう?十八歳の息子が親父をズタズタに刺殺したとちょっとでも思わないのだろうか。

 そんなわけがない。あのおじさんの雰囲気からして俺を疑っているはずだ。
だからこいつらは実は俺を疑っていて、でもまだ泳がせようとしている。証拠を掴めてないからだ。

「あとね。君の家に行って色々調べたいんだ」

 ほらきた。

「いつですか? いつでも良いですが」

「五日後でどうかな」

 年明けか。学校が始まる頃には俺は捕まってんのかな。

「……はい。分かりました。どうぞ隅々まで詮索してください。特に隠すものは無いので」

 俺は少し微笑む。刑事さんは明らかに拍子抜けをした。分かりやす。プロがそれだと先が思いやられるぞ。

 隠すものは本当に無かった。血のついた服は先生に捨てられたし、包丁は不明だし、何かあるとしたらリビングの染み付いた微かな血の匂いぐらいだろうか。

 これにはさすがにプロは気づけるだろう。そして捜索している内に山に埋められた白骨になりかけの親父と血のついた包丁を見つけ、俺は逮捕される。

 既に先のシナリオが分かってしまっているため、何だか暇で怠いなすら感じる。もうカミングアウトしちゃうのもありだが、まず先生を説得しなければいけない。

 もういい加減酔いがさめ、冷静さを取り戻していってるだろう。やっぱりするんじゃなかった。怖い助けて、と。
 その件に関しては別に怒りはしない。少し遠回りをしたのは癪に触るが、先生との恋愛ごっこはまぁ楽しいところがあった。

 だから帰って電話をして何もかも終わらせよう。だらだらと話す刑事さんの前で固く決意した。



 ー帰宅をした時は夜の七時を回っていた。

 刑事さんは親戚とか今後の生活はどうするのかと質問攻めしてくるのでとても疲れた。

 親戚はマジで何処に居るのか知らない。
 だけどもう春で社会人になるし、それまで父親の金があるから大丈夫ですと伝えた。

 親父は暴力を振るうが金回りはとても良くて、お金で困った事は無かった。だから広くて綺麗な持ち家に住めるのだ。代わりに束縛状態だったけど。

 殺したことには後悔していない。殺さないと奴からは逃げれなかった。ずっと奴の玩具になりたくなかった。

 ソファに深く座る。血の匂いは相変わらずする。きちんと拭いたつもりなのに血液というのは呪いのようで、ずっと、何十年も染み付いている気がする。

 はやくここから逃げたいというか引っ越したいな。奴の血液を嗅いでいると自分の血液を嗅いでいるようで胸くそ悪い。リビングじゃなくて奴の部屋で殺せば良かった。

 ……スマホが鳴る。丁度良かった。こっちから掛ける手間が省けた。

「……はい」

 スマホを耳に当てる。

ーー高橋君、だよね?

 凛とした静かな声は、紛れもなく先生のものだ。


仄かな味をした恋


 生きている意味ってなんだろう。

 教師になれば何か分かるんじゃないかなと思っていたけど、自分の質問はそんな簡単なもんじゃなくて。常に浮遊状態のように今まで生きていた。


 ー物心がついた頃からお母さんは居なかった。お母さんは逃げたらしい。お父さんは壁を蹴ったり物を壊して逃げたお母さんを罵倒した。そして私まで……。

 私の家は貧乏でまともなご飯が無くて。服も親戚のお下がりを貰っていた。

 あの時は何故、親戚は私を助けてくれなかったのだろうと思ったが、今思えば親戚も自分達の生活を守るのに必死だったのだろう。自分がその場を乗り切ろうと必死のように、みんなもきっと。

 それでも少しは、誰かが私に対する心配の言葉をかけては良いんじゃないかとは思った。言葉はタダなのに。それほどまでの価値の無い人間なのだろうか。


 ー八歳の頃になるとお父さんの暴力は次第に性的な方へ行った。私自身、背が高く発育が良かったせいもあり、お尻や胸を触られるようになった。

 その時の私は泣きながらも我慢していた。昔からお父さんと一緒に過ごしている為か、若干洗脳されていたのだろう。これぐらい大丈夫、それより捨てないでの方が気持ちが大きかった。


 だけどどうしても許せない事が起きた。あれはクリスマスの時。クリスマスだからって勿論ケーキは無く、夜食にたくあんをボリボリ食べていたら急にお父さんが帰ってきていきなり私を押し倒した。

 酷く酒くさいのと、脂肪の汗が私の体に付着した。お父さん、いやその物体は私のパンツを剥ごうとした。

私は咄嗟に暴れ、物体から抜け出そうとしたが物体にビンタをされてしまい脳みそが揺れた。

 それでもはやく抜けたくてどうしたら良いのかと思いついたのが、床に落ちていたビール瓶で物体の頭を叩き割ったことだ。

 物体は頭から血を流し倒れたが、まだ生きていた。私はすぐ様キッチンへ行き包丁を持ち、物体の腹を刺しまくった。どれぐらい刺したのかは分からないが、全身血まみれになるぐらいまでは刺した気がする。


 ーその後の記憶は消えていた。私はいつの間にか入院していて、奴は誰かに殺されたとなっていたらしい。どうやら私は意識無く、本能的に、自然と隠蔽工作をしていた。

 幸い八歳の少女のため、まさかお父さんを殺せないだろうと警察は断言をした。


 それから一ヶ月後。私はお父さんの方の親戚と暮らす事になった。親戚は割と歓迎ムードだったが初めから引き取ってくれていたらこんな事にはならなかったのに。大人は狡いなと思った。

 お父さんを殺した事に関しては、正直なところ衝動的であまり記憶に無かった。

それほどずっと憎んでいたのだろう。ずっと我慢していたのだろう。頑張ったな私はと、ベッドの中で静かに泣いた事があった。


 ー中学生になると勉強を本格的にし始めた。なぜなら国語の先生になりたかったのだ。
 親の居ない訳ありの子が教師になる事はとても難儀ではあったが、私は諦めなかった。

 どうして国語の先生か。それは感情が欲しかったから。

 私は感情が欠けているのだろう。きちんと笑えないのだ。いつもロボットのようなぎこちない笑い方で嫌われやすかった。


 なんでいつも笑うのを作ってるの?って、ある友達に言われて気づいた。


 作っている?その時はよく分からなかったが。そうか、多分愛情を知らないから笑う事が分からないのだと、図書室の本で学んだ。

 本というのは素晴らしい。頭の良い人達が作り出した本には、大人から学べないことばかりが書かれていた。時に一日十冊以上読破したこともある。

 それからかな。国語の先生になりたいと思った。国語を知れば、欠如した心が何かで埋まるんじゃないか、きちんと笑えるようになれるんじゃないかと思った。


 ーでも足りなかった。国語の先生になっても何も変わらなかった。
 生徒にからかわれ、嫌われ虐められる。私はずっとこのまま、居なくても良い無価値な人間なんだろうか。それなら一層死んでしまった方が良いのかもしれない。


 その気持ちを打ち消したのが、高橋優斗君だった。初めて会った時、なんて悲しい目をしているのだろうと思った。

 今まで辛そうにしてきた生徒を見てきたが所詮フリなだけで、実はそんなに悩んでない子達ばかりだった。
 でも高橋君は違っていた。自分からしんどいです、辛いですと言ってないのに、この世の地獄を見てきたような顔をしていた。私の直感がそう言った。


 だから家庭状況が心配で、つい夜中に高橋君の家に訪問したのだ。やってはいけない行為だが、高橋君の力になりたかった。



ー多分いやきっと、本当に辛い子を助けて自分の罪をはらしたかったのだろう。助けたら自分は救われ、罪も無くなり、完成されない心のパズルのピースが産まれるのじゃないのか。


 これは恋の好きじゃない。貴方は私の救世主だから好きなの。


 だから、ね。最後まで私を主役にさせて。

 人生は素敵だと笑って言わせてください。



 遮断機と共に電車が通過する音が聞こえる。先生は踏切の近くに居るのだろうか。なんだか今からでも自殺をしますといった場所に居るんだな。暗くて雪も降っているからそれに影響受けて……。少し心労をしてしまう。

「……先生。俺……」

ーー先に私の話を最後まで聞いてくれる?お願い。

 珍しく強気に出ている。最後のお願い?やめて欲しいな。本当に死んでしまいそうじゃないか。

「先生、その、やめてよ。早まることは」

ーーやだ。何を早まるの?私はいつもの私だよ。

 先生は笑った。

ーー高橋君。警察のところに行ったでしょ。

「え。なんでし……」

ーーもう限界があるぐらい分かるよ。私はそんなに馬鹿じゃないわ。いえ馬鹿ではあるけど、きちんと準備は出来るのよ。

 準備?先生の意図がつかめない。

ーーそれにしても寒いね。今年の大晦日はとても寒くなるね。この頃はコタツに入って試験のテストの用意をしていたわ。生徒は数学とか英語は頑張るのに国語はまるで無かったかのように勉強しないんだよね。どうしてかなと思っていたらある日高橋君は国語なんて勘だよって言って百点を取っていたね。勘か。そうか、国語は勘でするもんだと先生の方が感心したな。覚えている?

 何の話か。勘も何も勉強なんてまずあまりしない。百点はきっと偶然だろ。国語自体特別な想いは無いのだから。

ーー私はずっと、なんでも勉強すれば何とかなると思っていた。でも駄目ね。勉強は所詮勉強で肝心な事はさっぱりで。空っぽなの。人として必要な心が無いの。

「それは俺もですよ。だから人を殺せるんです」

ーー私もかな。それでも何かを掴みたくて、何かが欲しくて色々頑張るんだけどね。掴んだ物は指の隙間からさらさらと飛んでいくばかりで、最後はいつも何も無いの。貴方もそうなの?

「さぁどうだろう。この頃は調子が狂っているけど、それまではいつも生きていくことに疲れていたから掴むとか掴まないとかまず考えた事が無いです。先生は多分まだ余裕があるんだよ。だから色々考えて悩んで病むんじゃないんの」

ーーそっかぁ。そうね、そうかもしれない。もっと夢中に生きなきゃいけないね。それは最近思うよ。

 どうやら納得した様子だ。そろそろ自分のターンで良いかな。時間が無いし。

「先生。俺は自首します。先生は黙っていてください。もしかしたら先生に迷惑かける場面が出るかもしれないけど、なんとかしますんで大丈夫です」

ーーどうして私を庇うの?

「庇うというか巻き込んでしまったから。先生は普通の人間なんです。先生は人を殺して平気とか、死体処理が簡単とか思うかもしれないけど、後にきっと後悔する。俺は違うんです。もうそろそろ理解してください。好きなら尚更」

 先生はまた笑った。次は上品に。

ーー男の子だね。好きな子を守りたい気持ちがひしひし伝わってくる。

「そういうつもりじゃないし。ふざけないでちゃんと聞いてくだ」

ーー高橋君に先生からのお願いがあります。

 こんな時でも先生の威厳を使いやがる。ほんと大人っていうのは。

ーーどうか。どうか自分を責めないでください。罪を犯したからと堂々としてください。罪悪感など持たないでください。それを持つなら初めから罪を犯さないで。罪悪感や後悔はただの骨折りの無駄な感情です。罪悪感を、後悔を抱くなら強く、逞しい人になって欲しいです。そんなもので貴方が苦しむ必要はありません。

「……せんっ」

ーーそれに画家になって欲しいな。高橋君は空っぽな自分と言い張るけど、絵を描く人に空っぽな人は居ないわ。苦しいから悲しいから助けて欲しいから、それを絵にぶつけて表現していたと思うよ。貴方の絵はいつも暗くて、でもとても綺麗だった。

「それは先生だけだよ。他には気持ち悪いと言われたから」

ーーそんな事ないわ。きっとみんな、まだ未熟なのよ心が。怖いことを知らないからだよ。知れば高橋君の絵は素敵だと気づけるから。

 雲行きが怪しくなってきたような。先生の饒舌がとても奇妙過ぎた。

 俺が問う前に、なにかサイレンの音が聞こえてくる。警察?救急車?どっちだろう。どっちもありそうだが。

ーータイムリミットね。

「何しでかしたんですか」

ーーごめんなさい。私は自首をします。貴方には罪がいかないように、私だけ。

「は、はぁ?」

ーー貴方が虐待されているところを私は訪問で偶然みかけ、助けようとした。しかし貴方のお父さんがビール瓶で私に殴りかかろうとしたから包丁で刺して殺した。貴方は死体の片付けを私の命令でやらされた。けど罪にはならないわ。だって怖がっていたから。

「包丁、持っている?」

ーーええ。今鞄の中に入ってるわ。持ち手のところを貴方の指紋じゃなくて私の指紋に変えて。

 やられた。そこまでするとは。先生は初めから捕まるつもりで居たんだ。

「ど……どうしてだよ。先生の気持ちが全く分からない」

ーー好きってね。一方的な愛だと思うの。もし貴方が私を想うのであれば、私のやったことを許して欲しいし止めないで欲しい。貰った愛を受け止めるのが本当の愛じゃないかしら?あは、これも本に書いてあったけど、どうなのかは自分達次第だね。私はとりあえずそれに従うけど。

「馬鹿……」

ーー馬鹿だよね。良いよ。馬鹿でもこれは本望よ。最後まで主役にさせてよ。……高橋君今までありがとう。次会う時はお互い何か成長していたら良いね!

 先生は元気に笑いながら言う。今まで、全て演じていたかのような……笑い方だった。

 急にスマホからグシャッと壊れた音と一緒に悲鳴のようなものが響いた。思わず耳からスマホを離す。
 多分来た電車へスマホを投げ捨てたのだろう。遮断機の音が微かに聞こえていたから。

 計っていた。俺より上を越え準備をしていたのだ。誤算だ。悔しい。でももう遅い。今、先生は捕まっているだろう。そしてスマホを壊す事は貴方もLINEのデータを消せと示唆しているのだろう。

 早速スマホをLINE画面にする。通話しかないシンプルな画面だ。通話をしてないと騙すのか?警察は騙されるのだろうか?

 バレたとしても虐待を受けた加害者と虐待を受けた加害者の助手だ。世間では後ろ指さされるまではいかないだろう。

 先生のアカウントをブロックしそれからアカウントを消した。消したと同時に生温い涙?が、スマホの画面に落ちる。

 涙なのか。なんの?捕まらなかった安堵からなのか、先生が捕まる悲しみからなのか。もしや今頃になって殺してしまった恐怖心が芽生えたのか。とてつもなくモヤモヤとする。

 俺はモヤっとした霧の中から出ていけるのだろうか。霧の先は明るい未来があるのか。

 未来。未来ってそういえば描くものだと先生に教わった。どんな困難な事があっても未来を信じる。薄っぺらい話だなと感じていたがなんかそうか、そうなんだと感慨する。

「未来はきっと明るいんです」

鼻を啜りながら、ポツリと言う。

 ある日教壇に立って真っ直ぐな姿勢ではっきりと、先生はそう告げた。誰もが分からない未来に明るいと表す意味深な先生。

 その台詞は先生に対して解答したのかもしれない。先生は生徒より教えてもらいたい事がたくさんあったのだ。

 あの電話では多分そうゆうの伝えたかったのだろう。伝えた所で俺にはよく分からないが。残念だな。

「……描こうかな」

 涙を拭いてからソファにスマホを投げつけ、スクールバックからノートと鉛筆を取り出し机に置く。パラパラとページを捲ると落書きらしきもの、絵になってないものがたくさん描かれていた。

 汚らしい色合い、線でも綺麗と先生は言ってくれたがやはり綺麗じゃないし素敵でもない。とても感性が変わっているのだろうな。やはり病んでいたのだろうか。

 椅子に座り、白紙のノートに向かって思案する。鉛筆をノートの上でトントンと叩いても、頭を根気よく搾っても何も生み出されなかった。


 成長をしたんだな。俺は少し寂しくなった。




死の恋

2023年5月26日 発行 初版

著  者:千里
発  行:DesignEgg.co.,Ltd

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