spine
jacket

───────────────────────



夏に降る雪。

たいいちろう

ANUENUEBOOKS



───────────────────────




 夏の蒼の空をどこまでも舞い上がり、どこまでも舞い落ちる。
 遥か彼方の蒼の澄んだ空気の美しさに包まれながら。
 その雪は迷いながらも、やがて地上の白へと近づくほどに、より柔軟で角がとれた形へと変えていく。
 色のない雪のその瞳に映る、夏の光景はこの世界に生まれたばかりの、生命の誕生のようにも澄んでいて。
 初めて呼吸をしたかのような空気が、夏に降る雪の体内へと取り込まれていく。
 それはかつてない、新鮮で透明な空気。
 その白の空気は生まれたときに、泣くことの美しさや素晴らしさを伝え、教えてくれた、あの日の喜びの尊さを思い出させてくれるのだ。
 生を受け、世界から祝福された喜びを。
 雪は海へと向かうと、太陽の光が夏の蒼の海に反射しては、その蒼に色を加えて鮮やかに広がっていく白の世界が見えてくる。
 深い闇夜だったものは漆黒の闇にはもう見えない。
 そこには光と灯る希望があるだけ。
 光の淡く薄い輪郭とともに、闇に輝く表情を静かに見せる星々たちのよう。
 白の色の輝きは正しき道を心に指し示してくれる。
 七夕の空に流れる蒼から夏の季節の深い蒼へと、夏に降る雪はどこまでも舞い上がり、舞い降りていくのだ。
 潮風が山の隙間を抜けて、夏の爽やかな風になると、それはかつてないほどの居心地のよい速度で、そこにもある白の世界へと連れていってくれる。
 慈愛の白の世界へと何度も舞い上がっては、舞い降りる夏の雪。
 海の煌めいてはゆれる水面のすれすれのところで、立ち止まっては導かれていく。
 安堵とただ安心感のある、その白の元へと、静かに舞い降りていく。
 夏に降る雪。
 目には見えぬ、夏の雪。
 白紙の紙がその雪に濡れても、新しく翼の生えた新たな文字が現れるかのように。
 新しい文字が白紙の紙に刻まれては、ただ純粋な美しさで、その言葉の意味を残していくかのように。
 生きるということの感触を確かめながら、大地がさまざまな色で彩られていることを心の瞳が伝えてくれているかのように。
 その尊さを探して、彷徨う雪。
 無限ではない時間と、無限に広がっていく時間。
 慈愛の白の世界とともに、その雪は導かれていく。
 夏の雪はそんな白の世界にだけは、溶けることができるのだ。
 色を持たぬ小さな結晶は白い色となり、新しく再生していく。
 夏空に浮かぶ雲の白は居心地がよくて、夏に降る雪の心を穏やかに安心させ、どこまでも自由に風に流れることを許していく。
 カモメが優雅に空を泳いでは、大丈夫だよと手を振ってくれている。
 その白いカモメとともに、夏の雪が翼をどこまでも広げて、蒼の空を舞い上がる。
 光輝く海の底で、白い貝殻が微笑みを讃えては、ゆれている。
 今度はその白い貝殻とともに、その白の色へと静かに自由な形で舞い降りていく。
 夏に降る、ひとひらの雪。
 彷徨い続ける雪。
 それは儚くも弱く、しかしながら強くもある小さな氷の結晶体。
 夏の雪はその白になら、迷わずに落ちていける。
 そこには不安もなく、安心だけが存在し、無防備でいることができるからだ。
 挫けることも。
 負けることも。
 泣くことさえも、そこには美があることを教えてくれる。
 敗れた人の中にこそ、勝つ者がいることの美しさを教えてくれる。
 それでいいんだよ。
 それでもいいんだよと、そう伝えてくれるのだ。
 夏に静かに舞う、幾千もの彷徨う粉雪たち。
 東へ西へ北へ南へと舞っていく、その粉雪たちのまるで故郷のよう。
 静かにその白の温もりに着地をすると、そこでだけは迷うことなく溶けていくことができる。
 そして、再び生きるのだ。
 この銀河をともに流れ彷徨う、人が持つ生命の力を知り、奇跡とともに蘇るのだ。
 慈愛の白。
 その白に包まれては蘇る。
 優しさに照らされては蘇る。
 白の色は慈愛の光で己を照らすことの尊さも雪へと伝える。
 夏の雪は色をつけ、同じ慈愛の白の色となる。
 眩しく光る世界の上をどこまでも清々しく、白のカモメのように泳ぎ、慈愛の白に寄り添うと輝く慈愛の水となる。
 そして再び雪となり、生の喜びを知り、どこまでも空に舞い上がっていくのだ。
 慈愛の白に染まり、その温かさに包まれて。
 夏に降る、希望の白の色に彩られた、目には見えぬ美しい雪となって。
 それはいつしか、冬に降る雪となる。
 黒の優しい冬の夜空に、明るく鮮やかな白の線を描きながら。
 希望の線を描きながら。

夏に降る雪。

2023年6月28日 発行 初版

著  者:たいいちろう
発  行:ANUENUEBOOKS

bb_B_00176706
bcck: http://bccks.jp/bcck/00176706/info
user: http://bccks.jp/user/150337
format:#002t

Powered by BCCKS

株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp

たいいちろう

巡り会えたあなたに、
幸せが訪れますように…。

jacket