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運命の人は隣にいるよ  下巻

垣根 新

垣根 新出版



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運命の人は、隣にいるよ。

第四十章  目的地に向かって途中での寄り道
 その一、出会い
第四十一章 目的地に向かって途中での寄り道
 その二、内心の思い
第四十二章 目的地に向かって途中での寄り道
 その三、それぞれの思いと考え
第四十三章 目的地に向かって途中での寄り道
 その四、出発
第四十四章 世界樹と虫の王 (世界樹の子) その一
第四十五章 世界樹と虫の王 (世界樹の子) その二
第四十六章 世界樹と虫の王 (世界樹の子) その三
第四十七章 村は変わり過ぎてしまった。   その一
四十八章 村は変わり過ぎてしまった。    その二
第四十九章 祭りの開催から全てが始まった  その一
第五十章  祭りの開催から全てが始まった。 その二
第五十一章 祭りの開催から全てが始まった。 その三
第五十二章 伝説の二人の女神の再来     その一
第五十三章 伝説の二人の女神の再来     その二
第五十四章 伝説の二人の女神の再来     その三
第五十五章 隊の崩壊と禁忌の歌
第五十六章 始まりの地へ
第五十七章 伝説の楽園           その一
第五十八章 伝説の楽園           その二 
第五十九章 伝説の楽園           その三
第六十章 新しき主さま           その一 
第六十一章 新しき主さま          その二
第六十二章 新しき主さま          その三 
第六十三章 人、それぞれ・・        その一
第六十四章 人、それぞれ・・        その二 
第六十伍章 人、それぞれ・・        その三
第六十六章 運命の人との出会い       その一 
第六十七章 運命の人との出会い       その二 
第六十八章 運命の人との出会い       その三 
第六十九章 宴?結婚式?          その一
第七十章  宴?結婚式?          その二 
第七十一章 宴?結婚式?          その三
第七十二章 赤い糸の導き          その一 
第七十三章 赤い糸の導き          その二
第七十四章 赤い糸の導き          その三 
第七十伍章 二本の赤い糸          その一
第七十六章 二本の赤い糸          その二 
第七十七章 二本の赤い糸          その三
第七十八章 この先・・・          その一 
第七十九章 この先・・・          その二

第四十章 目的地に向かっての途中での寄り道。その一、出会い

二人の女性は、温泉の更衣室から衣服を着替えると、怒りの感情のまま隣の男湯に向かうために駆け出した。すると、建物の中から出て直ぐのことだった。乞食か、変態か、ゾンビか、そうとしか思えない変人の男と出会うのだ。
「ひっ・・・」
「うっ!」
 その変人は、なぜなのか、二人の女性に向かって歩いて来るのだ。それも、知り合いなのか、いや、元恋人なのか、初恋の相手なのか、死が近いための最後の言葉でも伝えようとしているのか、それ程までに必死に、一歩、一歩と近づくのだ。だが、女性の方は、そんな変人など興味もなく、視線も向けたくない。それよりも、恐怖を感じて逃げ出したいのだ。二人の女性には、行かなくてはならない目的地があるのだ。隣の温泉の男湯に行かなければならない。それは、女性の意地であり。女性の価値なのである。その価値の対価を払わせるのだ。だが、隣の男湯に行くには、変人が向かって来る方向を進まなければならないのだ。それなのに、一歩も進めない。いや、逆に、一センチ、二センチと、後ずさりしていたのだ。
「あう、あうあう」
 男は、左側の顔面神経痛のために言葉にならないし、身体も、右半身が極度の神経痛のために麻痺しているようだった。それでも、何かを伝えようと、身体の全ての機能が神経痛のように動かないが、必死に一歩、一歩と歩くのだ。だが、女性たちが逃げようと、無意識で一歩だが後退すると、男は立ち止まった。そして、胸を掻きむしるように何かを取り出そうとしていた。だが、両手が思うようにならないために、腰帯の飾り糸をむしり取った。それは、幼子が遊ぶ、あやとり紐だった。もしかすると、元々、今の症状になった時のために用意した物に違いない。
「何をしているの?・・・ん?・・・グェ!」
「えっ?・・・腰の紐に手を付けたわ。まさか、そんなの見たくないわ。無理やりに見せて喜ぶ。変態なの?」
「あう、あう」
 男は、必死に何かを伝えようとしたのだ。それも、あやとり紐を遊びながら必死の状態だった。もしも、裕子が、正常の精神状態ならば、あやとり紐を使った。紐の言葉の遊びだと、直ぐに分かったはず。それも、海軍が使用する。高度の会話だと、当時の海軍や交易人たちは、文字や紙だと、文字は水や海水で滲んで読めなくなり。紙もふやけて破けるために縄の結んだ個所で文面を作る縄文字。または、あやとり紐で複雑な物の形を作り会話が出来る。あやとり会話が、当時では世界中の国々で使われていたのだ。特に有名なのは、東南アジアと南米大陸だった。日本では、縄文前期、縄文後期の一万年の間に二度の地震と津波で、当時では最高の文明が滅亡したことで、その当時の公用の言葉と一緒に縄文字もあやとり会話も失うのだった。それでも、一部の地域の海上交易と南米大陸では使われてはいたのだ。
「あう、あう、あうあう」
  男は、必死にあやとりで橋を作ろうとしていた。それは、あやとり会話の基礎であり。異国の者との最初の出会いでも利用されていた。特に、何も知らない者でも必死に何かを作り。何かを伝えたいと分かるために、それが、橋ならば驚くほどに理解してくれる。人が住む地域には必ず橋がある。橋を掛ける。それは、何かを受け入れる。または、橋を外す。や、梯子を外す。理由には、縁を切る。だから、というべきか、橋を見せて、手で自分と相手を交互に示すだけで、友になりたいのか、と思ってくれる場合が多い。まったく理解してくれなくても友好的には感じてくれるのだ。そして、たいていの場合は、地面に絵を描くか、糸の輪を作って教えてくれと示すことで友となり。言葉も憶えることになるが、やはりと言うべきか、あやとり会話が多くなるのだが、同時に、縄文字を教えることで会話が成立することで、交易にも発展する。縄文字だと、商品の個数などの証明書にもなるし、海水などで文字が消えることも紙のように破れることもない。もし旅の途中で本人が死ぬことになっても代理人でも意味が伝わるからだ。そのため、様々な用途にも使われた。密書の場合は髪の付け毛としても飾ることも、首輪や腕輪としても利用されていたのだ。段々と疎遠になり、持ち主が何も伝えずに亡くなり。縄文字が読めなくなった場合でも遺品として飾りとして利用していれば、本人同士でなくても驚きの再会となる。
「あう、あう」
 何度も、何度もほぐれては直して気持ちを伝えようとしていたが、手が思い通りに動いてくれなくて、悔しくて、悲しくて、涙を流しながら必死に伝えようとしていた。そんな様子を見ている者がいた。それは、武器職人だが、三人の男女から見えない離れた所から見ているので、正常な判断ができたのだろう。男は、二人の女性?・・または、一人の女性と面識があり。もしかすると好意がある。そう思うと同時に、不審も感じていたが、驚きの方がまさったのだ。そのために、囁く声だが口から出ていたのだ。
「ん?・・・あれは、わしが作った物?・・・違うか・・・いや、わしが作った女性の守り刀なのか、誰のために作ったのか記憶はないが、今のわしでも苦労する複雑な鞘の作りだ。部族長クラスの娘のはず。それも、紙の糸で封印されているのだから西の者に嫁いだのだろうか、それか、戦いの後の人質だろう。それでも、紙の糸が切られずに封印されたままならば、おそらく、何事もなく幸せな人生だったはずだ。それにしても、女性用の守り刀を男性が腰に刺している。何かの訳・・・あっ、酒でも飲んで正気を無くしたのではなく痴呆でもなく、病気だということか、それで、自分を様々なことに守ってくれた。その守り刀を息子に渡して、自分の時のように守って欲しい。そんな願いを込めて渡したのだな」
武器職人は、腰に下げている。女性の守り刀を見て、様々なことを思い出していた。若い頃は、男性の物は作らせてもらえずに、女性と子供用だけ作ることを許されていたこともあるが、女性用の刀の役目は、自決に使われる刀だから何千と作った刀でも、微かな記憶で自分が作ったと分かるのだ。そして、様々な思考が終わったからだろう。左手に抱えてある服に気持ちが移り。二人の女性に気持ちが移った。
「ねえ、従業員の裏口からでなくて、建物の中に戻って入り口から入らない」
「それは、無理よ。休憩室と着替え室を通り過ぎて浴槽に行くことになるのよ。誰かに止められるわよ。それより、大勢の男の裸を見ることになるわ。男の裸を見たいの?」
「あんなの!。見たくないわよ。でも、もしも、男湯に人が中に居たとしても。あの老人たちだけのはずよ」
「それは、どうかしらね。この湯治場に居るはずのない。男が目の前にいるのよ」
「うぅぅぅん・・・・」
 亜希子は、何も言い返すことが出来ずに黙ってしまった。ガッサガッサ。と木々が揺れる音が響いた。武器職人が揺らして男の興味を向けさせようとしたのだ。だが、さほど大きな木ではないために揺らしても、三人が関心を向ける程の音が響かなかったために、また、試案するのだった。
「男が必死に伝えたい者は、裕子と言う女性か・・・なら、これは、亜希子に渡すか、それにしても、二人の女性は、男湯に視線を向けているが、先ほどの女性の悲鳴と怒声に理由があるのか、特に、裕子は、目の前の男性よりも、人を殺すかのような殺気を男湯に向けている。だが、亜希子は、男性には恐怖の視線を男湯の方へは、悲しそうな視線と不安との複雑な視線を交互に向けているな・・・あの男、まあ、かわいそうだが、わしが、力業で無理やりに、この場から追い返すか・・・」
 武器商人が、などなどと思案していると・・・。
「若様、ここに居たのですか、お探していたのですよ」
 この者は、表情と心の思いを隠すための笑みなのか、本当に、探し人が見つかり嬉しいからの笑みなのだろうか、それでも、羽交い絞めされている若様と言われている者は、必死に抵抗しているのだ。まるで、幼子が、両親の離婚で父方の祖父母の家に無理やりに連れて行かれる時に、大好きな母と別れる時と場面が重なる。それ程までに必死に抵抗する成人男性なのだが、何も思い通りにならなかった。
「まあ・・・」
「何か、かわいそう」
 男は、引きずれて行った。
「邪魔な者が居なくなったわ。亜希子。行くわよ」
「はい」
「ん?・・・まさか、覗きをするつもりだったの?」
 裕子は、一瞬、右側の木々に視線が行った。すると、武器職人が、右手で木の枝木を曲げて隠れているつもりなのだろう。
「いや、助けに行こうとしたら、また、違う男が来たことで様子を見ていた」
「そうでしたの。それなら・・・まあ、いいです」
 一歩、歩き出すと、二人を引き留めるように武器職人は、二人の正面に立つのだった。「何?」
「亜希子に話があるのだが・・・」
「そんな暇はないわ。女の尊厳があることを教えなければならないの!」
「先ほどの悲鳴のことだな?・・・何があったのかの大体の想像はつくがなぁ」
 二人の女性は、大きく頷くのだった。

第四十一章 目的地に向かっての途中での寄り道。その二、内心の思い

老人は、二人の女性の前に立ち何かを伝えようとしたのだ。何を言おうとしたのか分かっているのだろう。二人の女性は無視するかのように、やや不機嫌そうな態度を表していらいらと怒りも表しながら老人の横を通り過ぎるのだった。
「ん?・・・」
「・・・」
 武器職人は、二人の女性が通り過ぎた。その後を視線で追うのだった。
「おい、おい。そこから、どこに行くきなのだ。その扉は男湯の裏口だぞ」
 二人の女性は、いや、裕子だけが、自分を男とでも思っている様子で、堂々としているのだが、亜希子は、武器商人の話しで、さらに、恥ずかしそうに、裕子の背中に隠れるように一緒に入るのだった。
「あっ!」
「ほうほう、逃げずにいたのね。それなら、少しは罰を軽くしてあげるわ。でも、女湯を覗くってことは、勿論だけど、命は捨てる覚悟してのことよね」
「・・・」
 将太は、突然のことである。扉を蹴っ飛ばしたような乱暴に開けられた音が聞こえて振り向くが、二人の女性が現れたことで何が起きたのか理解できずに、呆然と立ち尽くした。
「キャー。いや、嫌よ。裸を見たのを思い出して惚けているのね。今すぐに忘れなさい」
「キャ!」
 二人は、透視されていると同じ気持ちだった。そのために、両手で恥ずかしいところを隠しながらしゃがむのだった。
「何も見えていません。透視なんて出来ませんし、変な想像もしていません。それに、のぞき穴から何も見ていません。だから、だから・・・」
 将太は、二人に伝えるだけ伝えると、その場で、土下座をするのだった。その様子を見て、二人の女性は、少しだが、正気を取り戻したのだった。
「ぶつぶつ・・・ぶつぶつ・・あたしの・・・裸が見たかったのではないのですね・・・」
「ん?・・・え?・・・何・・・なんなの・・・見て欲しかったの?」
 二人は、囁きのような聞き取れにくい言葉を聞き合うのだった。
「そうよね。胸も小さいし、見たくもないわよね。そんな、裸を見せて、ごめんなさいね」
「なっなにを言っているのだ。確かに、怒る気持ちは分かるが、何か、いや、間違いなく怒りの意味が違うように感じるのだが・・・それに、今は、別人と思える感じだぞ。大丈夫か?・・・人の話を聞いているのか?・・・本当に大丈夫か?」
 裕子は、亜希子の話を聞いていない。まるで、催眠術にでもかかって別人のように思えて落ち着かせようとしていた。それでも・・・。
「ど・い・て」
 亜希子は、裕子の背中越しからでは、将太が見えないためなのか、いや、将太に近寄るためか、別人のような怒声を吐くのだった。その言葉は、将太には聞こえていないはずだが殺気を感じ取った。それだけではなく、今までに一度も見たことのない表情を見るのだ。そして、泣きながら・・・。
「おねえちゃん。ごめんなさい」
 将太は、即座に土下座して泣きながら言うために鼻声であり。何を言っているかわからないが幼い子が助けを求める言葉のようだった。その言葉を聞くと、だんだんと、亜希子の表情が柔和になっていくのだ。おそらく、幼い頃を思い出しては、今の将太と幼い頃と重ねて見えたのだ。
「もう、仕方がないわね」
 将太は頭を上げることなく土下座のまま謝罪を続けるのだった。
「ごめんなさい。ごめんなさい。本当に何も見てないよ。本当だよ」
 将太は、涙を流しながら謝罪と言う言葉で必死に説得するのだった。
「本当のようね。今回だけは、許してあげるわ」
「裕子。ありがとう」
「何で、亜希子が、感謝するの?」
「それは、将太のお姉ちゃんだから弟のしたことはお姉ちゃんが責任をとらないとね」
 亜希子は、幼い頃の時のことを思い出していた。あの時は、将太の家に遊びに行き、将太の家の家宝の弓を勝手に持ち出して壊してしまったのだ。私が、壊したと、何度も将太の父に言ったのだが、女の子が遊ぶ物ではないと、将太を怒鳴るだけではなく、殴り、将太が泣いても許してもらえず。母親が現れるまで折檻は続いた。その時に、女の子らしくというよりも母親のように優しくて強くて綺麗な人になって、何が遭っても将太を守ろうと誓ったのだ。
「まさか!殺したのではないよな!」
 男性用の風呂場が静かになったことで、武器職人は、先ほど、二人の女性が入った扉を蹴っ飛ばすような勢いで入ってきたのだ。
「なっ!」
「ん?」
 将太は、突然に扉が壊された音に驚き立ち上がった。二人の女性は、音に驚き壊れた扉に顔を向けた。すると、武器職人が現れたのだ。
「何の要件なのか知らないが、要件が終わったのなら男湯から出たら。どうなのだ?」
「えっ・・・キャ!」
「何をしているのよ。前を隠しなさいよ」
 将太は、扉が壊れる音が聞こえて土下座から立ち上がっていた。そして、何も隠さずに呆然と立っていたのだ。
「もう!」
「馬鹿!」
 二人の女性は、即座に駆け出して武器職人の横をすり抜けて男湯から出て行くのだった。
「ふっぅぅぅはっぁ・・・」
 命の心配もなくなり。大きな安堵の声が漏れた。
「もう大丈夫だぞ。一人になったのだし安心して温泉を堪能するのだな」
 長老は、知らぬ間に消えていた。
「はい」
 もし言われなくても、武器職人がいなくなれば、身体だけではなく心の底から寒気を感じていたのだから湯船に入っていただろう。そんな気持ちなど口から出さずに、ゆっくりと、湯船に肩まで浸かるのだった。
「それで、やはり、女性の裸は見たのか?」
「えっ?」
「いや、何でもない。何でもないぞ。それでは、またな」
「はい」
(あんなにも、怒ったのって初めてみたな・・・謝罪の気持ちを何かで・・・返したいな・・・)
「あっ!ねね、武器職人さん。まだ、いますか?・・・居る訳がないか・・・」
 何か、良い考えが浮かんだのだろう。大声を上げるのだった。
「何だ!」
「その・・・」
「待て、待て、わしも温泉に入るから待っていろ」
「はい」
 武器職人は、本当に、五分くらいで現れたのだ。
「待たせたな」
「いいえ」
「それで、お前が、何を考えているのか、何となく分かるぞ」
「えっ?」
「二人の女性に、詫びの気持ちを物で返したいのだろう」
「あっ、はい」
「何で分かるのかと、驚いているようだが、お前よりも長い年月を生きているのだ。そんなことくらい分かる」
「そうなのですか!」
「良い物があるぞ」
「それは、なんですか?」
「二人に服を渡すと良いかもなぁ」
「その服を作ってくれるのですか?」
「まあ、何て言うか、すでにあるのだ。いろいろと手伝ってもらっているし、まだ、これからも、先が長いし、それに、帰りもあるしな。わしからの気持ちよりも、それをお前が今回の謝罪のために使う方が良いだろう」
「すみません」
「いいのだ。だが、服を渡すだけではなく、着替えたら褒めるのだぞ」
「はい。ありがとう。そうします」
「気にするな」
(お前にはすまないが、あの子の、あの怒りの表情を見て気持ちが分かった。お前を好いているようなのだ。だから、その想いを結ばせてやりたいのだ)
「はい」
「・・・ん・・なあ」
「なんでしょう?」
「好きな女性はいるのか?・・・もしかすると、あの二人の片方なのだろう?」
「いいえ。別の女性です。その好きな女性を探すために旅をしているのです」
「そうなのか・・・探す当てはあるのか?」
 将太は、女性を探す方法を教えても理解できるか、そんな悩み方をしていた。

第四十二章 目的地に向かっての途中での寄り道。その三、それぞれの思いと考え。

将太の一族は、裕子と亜希子、それに、老人たちとも、始祖から考えれば同族のはずなのだが、老人たちは、直系ではないために、将太、裕子、亜希子の男女三人とは、老人たちとは違う。少々とは言えない程の普通の人とは違う感覚器官があり。それを悩んでいた。
「自分は、まだ、二十歳になっていないですが・・・何て言うか、信じられないと思うでしょうが、始祖の直系の家系ですので、その左手の小指に・・・」
「あっ、分かるぞ。左手の小指に赤い感覚器官と背中に羽衣が現れることだな」
「そっそそ、そうです」
「長男なのか?」
「いいえ。三男です」
「それでは、親は、この旅を許したのだな」
「はい」
「その時に、何か言われなかったか?」
「いいえ」
「それでは、御両親が知らないってことはないだろう。羽衣と赤い糸の感覚器官は、長男と長女以外は、かたわ。と生まれる場合が多い。それは、知っていたか?」
「えっ?」
「知らなかったのだな。もし、かたわ。なら、運命の相手ではなく、普通の一目惚れらしいのだ」
「そっそんな!」
「御両親が何も言わずに旅を許したのは、旅で好きな女性が出来たのならば、家のことなど忘れて楽しく暮らせ。そう言う意味だと思うぞ」
「そ・・・んなぁ・・・そ・・・んなぁ・・・」
 将太は、生きる希望がなくなった。とでも思って、俯きながら言葉にならないことを呟くのだった。
「そんなにも、落ち込むな。だが、小指にとげの様な赤い感覚器官があるのだろう。その感覚器官がある。ということは、確実に子孫を残すことになる。確証の証拠だと聞いたことがある。だから、赤い糸と羽衣は正常の可能性が高い」
「うっう~ん。う~ん・・・」
 将太は、初恋の女性と出会った時から今までを思案していた。そのために、武器職人が慰めようとしていることなど気づかずに一言の話も耳に入っていなかった。
(運命の導きだと信じて、今まで旅をして一度も会えなかったのは、今の老人の話が本当だからなのか・・・それでも、諦めることは出来ない・・・出来ないよ・・・)
「何か、思い当たることがあるのか?」
「今まで、何年も旅をしているのに一度も会えないから・・・本当なのかな?・・・」
「それは、分からんが、だがな、その女性にも会えず。一目惚れをした人もいないのならば、初恋の女性を探し続けるのもよいのではないか」
「そうですよね。まだまだ、いくつも行ったこともない地域や村がありますからね。その地にいるかもですよね。それなら、初恋の女性を頑張って探し続けます」
「まあ・・・そうだな・・・というよりも、一緒に旅をしている女性は、どうなのだ?」
「えっ!。どう言う意味でしょう。一人は、姉というか、保護者ですし、もう一人は、運命の相手を探す旅をしている人ですよ?」
「ごめん。そうだったな」
 温泉の効果だろうか、目を瞑り眠気がきたというよりも、心身ともに癒しを感じて、さらに身体を癒やそうと、両手で首、両手、腰、足を揉んだ。
「そろそろ、湯から出ようかな・・・」
 将太には、温泉の効果というか、温泉の楽しみとでもいうべきなのか、身体を極限までに酷使して、温泉の効能で筋肉の疲れが取れる感覚が分からないのだ。
「わしは、もう少しいる。先に馬車に戻っていていいぞ」
「自分も、もう少しいるかな。温泉から立ち上がるだけで、また、入りたくなるね」
「そうだろう。そうだろう」
 将太は、温泉から出ようとして立ち上がると、直ぐに、温泉に肩まで浸かるのだった。それも、言葉では、温泉の楽しみが分かった感じでいうのだが、ただ、一人で、二人の女性に会うのが怖かったのだ。
「・・・」
 そんな、二人の女性は、皆がいる馬車に戻ってみると、何かあった?・・・何か変だと感じたのだ。今までなら一つ、二つの焚火に男女が適当に座り。それぞれが、適当なことをして時間を潰していたのだ。だが、いつもの場所の焚火には、老婆だけが集まっていた。そして、会話が届かない適当な距離を離れて、新たに焚火を焚いて老人だけが集まっていたのだ。
「長老の悪戯でひどい目に遭ったわね。わしたちがきつく言っておいたから安心しなさい」
「有難うございます」
「それにしても、女をしらない男は駄目ね。動物でないのだから雄叫びは駄目よ」
「いや、若いから叫んだのだな。それなら、仕方がないが、わしが相手をしてやろうかな」
「何を馬鹿なことを言っているのよ。そんなこと無理に決まっているでしょう」
「いや、いや、老いても女性は声色が変わらないのだぞ。経験のない若い男ならば、興奮すれば、相手の歳など関係ない。それが、若い男という者だぞ」
「もう!そんなこと!何も気にしなくていい~ですから!もう!もう!」
亜希子は、耳も顔も真っ赤にして突然に駆け出して、この場から逃げ出した。
「何を怒っているのだ?」
「女も経験がないと、感情は男と同じでなくて、いや、もっと面倒くさいわね」
「ねえ、もしかして、あなたは、今までの会話を理解していない。ってことはないわよね」
「一人旅をしていましたので、この手の話しは分かっています。その経験上で、男性からでも女性からの話題でも、何も反応しない。それが、一番いいと判断しました」
「つまらない人ね。それにしても、あの子も変だけど、あなたも変よね」
「そうですか・・・私も、いろいろな人と話しも聞いたこともありましたわ。男と女でも、男と男でも、女と女だとしても、同じように話題にして楽しんでいるのを何度か聞きましたわね」
「あんた、喧嘩を売っているの?」
「まあ、まあ、二人して、そんなことを言わないでね。民子さんは、起きている時は、こんな感じで話をするけどね。寝たら毎日のことだけど、初恋の夢を見るのよ。正二郎様って寝言でいうの」
「何を言うか!それに、その名前が初恋の男だと、なぜ、分かるのだ!」
「それはね。長い友達だからというのもあるけどね。毎日、何かを祈っているでしょう。それは、初恋の男の無事を祈っているのよ」
「なっななな~何を言うか、というか、無言で祈っているのに、なぜに分かる!」
「それはね。お酒を飲んで酔っている時の寝る前のお祈りはね。民子さんは、知らないでしょうけど、口に出して祈っているのよ。それも、一度や二度ではないわ。もう何年も何十年も同じことを祈っているから分かるの」
「まあ、まあ、そんなこと、知らないわ。ふっん!」
 恥ずかしそうにしながら何とかして誤魔化そうとするが、最後には怒りを表して、そっぽを向くのだった。
「裕子さん。亜希子さんの様子を見て来るといいわ。ねえ、そう思うでしょう」
「そうですね。そうします」
 亜希子が走っていた方向に、ゆっくりと歩いて行ったのだ。
「そう、なら、わしは、一人で、ゆっくりと、温泉にでも入ってくるわ」
「そうね。皆で行きましょうか」
「そうか、勝手にしろ」
 この場に居た。老婆たちは、直ぐに立ち上がり。民子は、さっさと一人で早歩きで行くが、一人ではなく民子の後を老婆たちは付いて行くのだった。だが、突然に、民子は立ち止まり、何をするつもりなのか、大きく息を吸い込むと・・・。
「爺どもは、お前らは一緒に来るなよ!」
「誰が、お前らの裸など見行くか!」
「ふっん!」
 あとは、何も問題はない。そう思ったのだろう。それに、大声を上げたことで気持ちもすっきりとしたのだろうか、仲間たちと会話しながら温泉に向かうのだった。そして、騒がしい老婆たちの会話が聞こえなくなると、裕子が、亜希子を探している言葉が周囲に響くのだった。
「一人で温泉に戻るはずがないわよね。なら、どこにいるのかしら・・・」
いろいろな場所に歩き回ったのだが、もしかすると、馬車に帰っていると思って馬車に向かってみた。すると、馬車の扉の前で疲れを癒やしているのか将太が座っていた?・・・。
「何しているの?」
 将太が、扉の張り紙に指で示した。
「ん?・・・」
 その張り紙には、「女性トークの場所になりました。だから、男は入るな!」だが、中にいるのは、亜希子だけのはずだった。
「もしかすると、男に裸を見たられたことで、まだ、精神的に立ち直っていないのかな?」
「本当に裸を見ていないよ」
「そういうことを言っているのではないの・・・仕方がないわね」
 裕子は、扉を叩いた。だが、何の返事もないのは予想していたのだろう。「入るわよ」と返事がなくても扉を開けて入ったのだ。そして、将太は、また、馬車の扉の前に座り。二人が出て来るのを待つことにしたのだ。

第四十三章 目的地に向かっての途中での寄り道。その四、出発。

静かだった地に突然に、周囲にほら貝の音が響くのだった。それは、馬車が目的の地に行く出発の合図だった。その意味を知っているからだろうか、男は、馬車の前に座っていたが立ち上がった。そして、何か不安なのか、何か心配なのだろうか、いろいろな顔の表情を変えては、扉の前をウロウロと歩き回るのだった。その思考の中でも、一つだけの理由は、誰もが分かることだった。この馬車は、ほら貝の音が響くと、その後の予定されている時間が来ると勝手に走り出すからだった。それでも、安全対策のために内側の扉の鍵が閉まっていれば走り出す。それは、男は忘れているように思えた。
「どうした?・・・まだ、女性たちは許してくれていないのか?・・・」
「あっ・・・だと、思います」
「そうか、そうか・・・それなら、これを渡すと良いぞ」
 二人分の女性の羽織を手渡すのだった。それと、手紙のような薄い本には、大きな文字で指南書と書かれているだけではなく、その文字の横に、この羽織は、男を惚れさせる羽織。または、自分の恋心を伝える羽織。と書かれてあるのだった。
「えっ・・・」
「お前は、その書の中身を見るのではないぞ!」
「はい」
 武器職人は、「それでは、仕方がない」と呟き、馬車の扉を叩くのだった。
「出発の合図である。ほら貝の音は聞こえているよな」
 もう一度、馬車の扉を叩こうとすると・・・。
「はい。聞こえています」
 裕子が、扉を開けて出てきた。
「そろそろ、この男を許してやってくれないか・・・この男の泣き出しそうな顔を見て作った物がある。それで、今回だけは許してやれないだろうか?・・・」
「えっ?」
「・・・」
「お前の手から渡してやるといいぞ」
「ありがとう」
「ごめんね。ごめんね」
「亜希子!綺麗な羽織よ。見てみなさい」
 亜希子は、すでに、裕子の背中に隠れていて、裕子の言葉を聞くと、恥ずかしそうに、裕子の左手をつかまりながら顔だけを出して、将太が持っている羽織を見るのだった。
「うぁわ!これ、これって、薄い桜色の羽織ではないの!これ、私が着ていいの!」
「そうだよ。亜希子のだよ」
「将太だって知っているでしょう。薄い桜色の羽織なのよ。他の村は知らないけど、たぶんだけど同じよ。巡幸をする人たちの指揮官のランクの者だけよ。それに、この花押の刺繍って、始祖直系の筆頭の一族って王族だけの花押よ」
「何も気にしなくていいわ。亜希子も薄い桜色の羽織を着る資格があるの。だって、私を護衛する者。いや、もう私の家族なのだから資格はあるの」
「それって、どう意味?・・・」
「自己紹介したと思うけど・・・言わなかったかな・・・私は、始祖直系の黒髪一族の最後の長なのよ。だから、私と旅をする。それは、正式な黒髪一族が巡幸すると同じことなのよ。堂々と着るといいわ」
「えっ?・・・えええ!」
「嘘!」
「もう~分かったわ。そうよね・・・そう・・・羽織は着たくはないのね?・・・たしかに、薄い桜色の羽織を着るってことは、周りから様々な義務を求められるわ・・・」
「えっへへ、ぐへへへ、ふっふふ」
「裕子さん。亜希子姉ちゃんは、もう誰の話も聞こえていないよ。その意味が顔を見てみてよ。どんな気持ちなのかわかるはず」
「そうみたいね。心配して損したわ。もう~でも、私たちが着ていた羽織とは、何か微妙に違う感じがするわね・・・まあ、職人によって違うってことなのかな?・・・」
 亜希子は、先ほどまでは、怒り、悔しがり、悩み、泣いていたが、今の顔を見れば、全ての感情は消えて、違う思いで興奮していた。それは、当然かもしれない。今までの人生で想像もしていなかった。いや、想像もできなかった。それ程の驚きのプレゼントを頂いたために、一つの喜びの感情だけが心を占めていた。
「何しているの?・・・二人して・・・出発の時間でしょう。早く乗りなさいよ」
 羽織を手に取ると、自分の物だと認識したのだろう。何も無かったように二人を馬車の中に誘い。そして、鍵を閉めてから数分後のことだった。馬車は、ゆっくりと動き出したのだが、あまりにもゆっくりで何も警戒していない。まさか、最強の紙片隊だから誰にも襲われない。そう思っているのだろうか、だが、その安堵の思いとは違って、この同じ湯治場から所属の不明な馬車も動き出したのだが、少々、仲間内で揉め事が起きていた。
「ちぇ、一月くらいは最低でも湯治場にいると思ったのになぁ」
「お前らが、全ての酒を飲み尽くしたからだろうが!」
「飲んでだめな酒なら馬車に金庫でも用意してしまっておけばいいのによぉ」
「お前、酔っているのだよな。酔っているから言うのだよな。俺は、この酒だけは飲むなよ。もし飲んだら殺すぞ。そう何度も言ったのだぞ!。勿論だが、憶えているよなぁあ~」
 馬車の中は、極寒の地のようなビリビリと恐怖が充満したことで、誰も声を上げることなく馬車は走り続けた。それでも、行先は、指揮官が「早く戻るぞ」としか言わなかったことで、どこに向かうかは、指揮官しか知らなかった。
 などの所属不明の馬車など知らずに、武器職人が指揮する馬車は、そろそろ、目的地の境界線に近づこうとしていたのだ。
「ん?・・・間伐?・・・伐採?・・・にしては変だな・・・木が一本もない。これは、噂の田んぼというのではないのか?」
 今まで森の中を進んで来たのだが、突然に、まるで、境界線のように木々が一本もない。信じられない光景をみたのだ。大げさだが、地平線のようだと思えるほどに突然に田んぼが広がっていたのだ。
「これが、手紙で知らせてきたことの理由なのか?」
 何を考えているのか、武器職人は、馬車を突然に止めて外に飛び出した。この行動は、もしかしたら運命の時の流れでは予定されていた行動だったかもしれないのだ。何故なのかというと、数キロ先には、二つに分かれた道があり。馬車が止まらずに進んでいた場合には、所属の不明な馬車と確実に鉢合わせしていたからだった。

第四十四章  世界樹と虫の王(世界樹の子)

男は、いや、老人と言い直した方がいいだろう。無我夢中で地面を掘り返していた。それも、場所など関係なく、だが、乱暴ではなく、砂粒ほどの小さい物にも大切な命があるとでも思っているように優しく、丁寧に掘り返していた。そして、掘れば掘る程に涙を流すのだ。まるで、自分の命の元でも探すかのように必死だった。
「何をしているのですの?」
 亜希子と裕子は、馬車から降りてきて問いかけた。
「世界樹の使いである。虫や昆虫を探しているのだ・・・だが・・だが・・・」
「虫?・・・昆虫などのことよね・・・いない方がいいかな」
「何を言っているのだ。特に、蜂(ハチ)は、この世から蜂が消えると同時に、全ての植物も消えるのだぞ。その意味は分かると思うが・・・」
「もしかすると、花粉・・・」
「そうだ。その蜂の女王に、何の花の蜜を集めるのか、伝達と意思を伝えるが、その時に、黄金の蜂も世界樹の木が受粉できるようにする。共依存関係である。子孫を残すためもあるが、黄金の蜂に生命力も集めさせていたのだ。勿論だが、世界樹も枯れる。もし枯れれば、この星の生物も死滅するのだぞ」
「えっ・・・蜂って・・・」
「まあ、すまない。そんなに怯えることはない。安心しろ。蜂は、見つけようとしても簡単に見つかることはない。それに、植物は枯れてはいないのだ。蜂は無事だろう。だが、他の世界樹の使いである。虫や昆虫なら数が多いのだが・・・」
「そう、黄金色の虫なら見てみたいわね。でも、見つかるまで掘り続けるの?」
「そうだな。目的があるのを忘れていた。この件のことが依頼なのかもしれない。それなら、少しでも早く依頼内容を聞いて実行しなければならない。では、いくぞ」
「はい」
 裕子だけが返事を返した。亜希子は、虫という言葉が出た時に、馬車の中に逃げるように入って寛いでいたのだ。
「むっむう。むむ」
 武器職人は、馭者の席に座り。馬車を動かそうとするが、先ほど強制的に止めたのが原因なのか、他の原因なのか分からずに四苦八苦していた。そして、馬車の中で待つ者が不審を感じる頃になると、仕方がなく手動に切れ替え本物の馬車のように鞭を使って動かすのだったが、手動の操作は初めてだったのか、それとも、揺れや振動などもリアルに再現されているのか、その判断は、真剣で夢中だったことで表情からは判断ができない。それでも、馬車の中では、パニック状態が起きていた。
「なんなの?・・・もう~アッ、痛い!。また、舌を噛んだわ」
「将太のように揺れが止まるまで口を閉じて、何も話さない方がいいわよ」
「・・・」
「もう~痛い。裕子は、アッ、何で、アッ、舌を噛まずに、アッ、話ができるのよ」
「旅が長い経験があるからなのかもしれないわね。もう、また、噛んで、だから、本当に話をしない方がいいわよ」
 冗談を言う表情ではなく真顔で言われたことで、亜希子は、恐怖を感じて頷いて口を開くのをやめるのだった。そんな、亜希子でも我慢の限界の時間が過ぎた頃と同時に、天井に頭をぶつかったこともあり。痛みを緩和しようとしたのか、大声を上げたのだ。
「もう~痛いわ!。もう~もう~我慢の限界よ!」
「そろそろ、馬車が止まりそうよ」
「アッ、痛い。本当?」
「速度も落ちてきたし、先ほどまでの激しい揺れも少なくなってきたでしょう」
「うんうん」
 と、馬車内が和みそうだった時だった。
「ギャアア!」
 亜希子だけが、この揺れのまま止まると、どのような状況になるか予想も考えもしていなかったのだ。突然に止まり。亜希子だけが、数メートル浮いて壁に激突するのだった。ひ弱な幼子だったら首の骨を折って死ぬかもしれない激突だった。
「大丈夫?」
「大丈夫か?」
「大丈夫ではないが、まあ、大丈夫かな?」
 三人の男女は、馬車の外に出ないが、馭者席の方から声が聞こえるから様子を確かめた。
「う~ん・・・ここが、村の境界か・・・それに、日時計状組石は周囲には見当たらないということは、土で埋められて・・・田んぼの下なのか?・・・」
「独り言のようね。外に出てみる?」
「そうね」
「そうしよう」
 馬車から三人の男女は出てみると・・・。
「なっなんなのよ!」
「・・・」
 亜希子と将太は、以前に訪れた時とは違い。見渡す限りの平地だけではなく丘の上にも丘の棚田もあり。稲穂しか見えなかったために驚きの声を上げた。だが、裕子も驚いているようなのだが、予想でもしていて予想の通りの結果をみたかのような驚きだった。そして、武器職人の呆然とした驚きの様子を見るのだ。
「・・・これでは、米以外の物は食べていないのか、あの豊かな森はない。それにしても、日時計状組石がある場所には街道もあったはずだが埋めたのか?・・・海と山との交易もできないし、旅人も行幸も訪れんぞ。あの馬鹿が、村長としての責務を忘れたのか?」
「何なの?・・・これ?」
「・・・」
 馬車の中の老人たちは、村に着くまで馬車から出る気持ちはなく、馬車の中で寝る者や酒などを飲んで好きに楽しんでいたのだろう。だが、誰かが馬車の外を見て人生で一度も見たことのない風景を見て皆が出てきたのだ。
「皆も出てきたのか」
「この景色は綺麗だけど・・・ねえ、命の元とも言える森は・・・」
「そうね。鳥の声も聞こえないわ」
「獣の匂いもしないし・・・気配もないわ・・・」
 老人たちは、何かを探すように周囲を見回すのだった。
「この場から見える全てが米よね。収穫するには村人だけでは足りないわよね。それに、この全ての米を食べきれるの?」
「米って何年ももつ保存食だったけ?」
「違うと思うわ。一年か二年くらいのはずよ。それも、保存状態が悪いと何年ももたないはず。それに、虫が湧くわね」
「そうよね」
「武器職人。それで、土の中には、世界樹の使いの虫の王はいたのかな?」
「・・・」
 武器職人は、首をゆっくりと横に振った。
「そうなのか、やはり、森もないのだし、この景色を見て判断すると、いるはずもないな」
「・・・」
「ん?・・・何を探している?」
「適当な簡易的な物でも日時計状組石を設置しなければならない。その場所を選んでいた」
「そうか、だが、地脈も崩れているだろう。それでも、効果があるのか?」
「断線のままでは意味がないのだ」
「そうか、仕方がない。場所を決めたら。皆で手伝おう」
「すまない」
 周囲を見回しながら感謝の言葉をいうのだった。

第四十伍章  世界樹と虫の王(世界樹の子)その二

一人の老人は、願いを託せる物を真剣な厳しい表情のまま無言で周囲を見回していたが、ある一点を見つけると右手の人差し指を向けてから何かの絵でも描く時のように、または、写真の撮影の具合でも確かめる感じに両手で四角を作るって覗くのだ。そして、絶好の場所を見つけると何度も頷くのだった。
「あれにしよう」
 直径が一メートルくらいの空き地のような場所を見つけた。もしかすると、日時計状組石があった場所で大きな石を移動させることも砕いて処分することも出来ずに放置したのかもしれない。
「もしかすると、周囲の邪魔な石などを埋めた場所かもしれない。適当な大きさの石があると良いのだが・・・」
「あれか!」
「わしらが行くよりも、お前らで、あれを見てきてくれないか!」
「おい、おい」
「そう言っても、杖も使えない場所で稲穂をかき分けながらぬかるむ地面を歩けというのか!」
「若い女の子をぬかるみの中を歩かせるのか」
「大丈夫です」
「大丈夫ですよ。そんな、かよわい女ではないですからね」
「おれは、稲穂の中をかきわけて行くのは確定なのだな」
「お前らが適任なのだ」
「わしらがいくよ。若い子らはかわいそうだ」
「何を勝手に決めている。いいから、さっさと行け!」
「はい、はい。武器職人の補佐は、わたしたちですからね」
「そういうことだ。この札を土に埋めるのだぞ。それだけでいいからな」
 武器職人は、懐から筆箱と短冊を取り出して、常に口ずさんでいるような歌でも書くようだった。だが、この男を常に知る者なら今の笑みには何か考えているようだと感じるのだったが、誰も何も言わなかった。
「はい、はい。たしかに、お預かりします」
 三人の中では、裕子がしっかりしている者だと思われているのだろう。武器職人は一瞬も迷わずに短冊を手渡した。直ぐに、女性たちは、目的の場所に振り向くと稲穂の中に入って行った。
「ぬかるみって程のことではないわね」
「そうね。でも、杖を使っては歩けないわね。もし私たちでなくてお年寄りたちが稲穂の中に入っていたら大騒ぎになっていたわね」
 女性たちは、嫌な感情を紛らわそうと話しながら稲穂をかき分けていたが、将太の気持ちは、二人の女性たちの気持ちも分からずに無言で嫌々とかき分けていたのだ。それも、目的の場所まで半分くらいは来たかと思う頃だった。後ろの方から大きな音が聞こえて振り向くのだった。
「あっ!ああっ、ちょっと!」
三人を置いて、馬車は走りだすのだ。
「これだけの稲穂の田んぼだ、近くに川でも作られているはずだ。身体の汚れをおとしてからゆっくりと村に入るといい」
「待たなくてよかったのか?」
「あっああ、気づいてなかったのか?・・・貝塚が無かっただろう」
「本当なのか?」
「村の境目なのだぞ。ここがな・・・悲しいことだ・・・」
「そうだな。あの若者らは、村に遅れて入る方がいいな」
 武器職人は、馬車を走らせながら叫んだ。それは、三人に伝わっているか、などの問題ではなく伝わらなくても自分の指示の通りする。若い女性ならば身だしなみを整える。それが、分かっていたからだ。
「馬鹿!何を考えているのよ!」
「・・・何か企んでいると思ったわ」
「そうなの?」
「ないない。将太は、昔から、その場の思いつきを言う人だからね」
「そうなの?」
「それで、いろいろ自分でぶち壊すの。特に女性関係では女性を怒らせて友達になる前に破談よ。まあ、だから、わたしを家族と思われているから慰め役をするのは当然のことなの」
「あのね。お姉ちゃん。お姉ちゃんって言うからだろう。それに、何も言わないとお姉ちゃんには隠し事するなって、無理やり聞き出すだろう」
「お姉ちゃんが好きなのね」
「まあ、まあ!」
 亜希子は、顔も耳も真っ赤にして、将太を見るのだった。
「お姉ちゃんとしてだからね。勘違いしないでくれよ。俺には、運命のあの方がいるから・・・探さないと、俺を思って寂しくて泣き暮らしているはず。だから・・・」
「そうね。そうだったわね・・・」
「ああっ・・・」
(これが、そうなのね。このやり取りではぶち壊しになるわね。まあ、本当に一言も二言も、いや、それ以上ね。これでは、破談になるのは当然ね)
「突然に無言になって、どうしたの?」
「もしかして、蛇でも出た?」
「もう~馬鹿ね。冗談でも言わないのよ。もう怖くて歩けなくなるでしょう」
「蛇くらい大丈夫よ。それよりも、右足の裏あたりに、うごめく何かが・・・蛇なんかよりネチャネチャとする気持ち悪い方が嫌だわ」
「何か、見てあげるから右足を上げて」
「なっなに、これ?」
 魚肉ソーセージくらいの大きさで太さの物が黄金色に光っていたのだ。
「武器職人さん。このミミズを探していたのではなくて?」
「そうかもしれないわね」
「そんなのを見て気持ちが悪くないのか?」
「小さいと、生理的に嫌だけど、これ程に大きいと可愛いわね」
「分かるわ。分かる。その気持ち分かるわ」
「でしょう。そうでしょう」
「そうなんだ。それよりも、短冊を早く埋めて川で汚れを落とそうよ」
「持って行く?」
「そうしたいけど、これ魚ではないけど、魚なんて人肌の熱だけでも火傷するらしいよね。もし死んだらかわいそうだし、武器職人さんも悲しむわよ。いや、いや、それ死んだら、私たちが殺されるかも」
「そうね。確かに、間違いなく殺されるわ。あれ程に我を忘れた状態になっていたししね。その可能性はあるわね。いや、確実に殺されるわ」
「そっそそんな、危険な生き物なら、今すぐにでも、この場から離れようよ」
「将太!落ち着きなさい」
「だって、それに、夜になったら、そんなのがいろいろ出そう。だから、夜になる前には、川を探して体の汚れを落として直ぐにでも村に行こうよ」
「川なら探さなくても大丈夫ですよ。水の流れる音が聞こえるから近くにあるはずね。だから、心配しないで下さいね。大丈夫だからね」
「将太。あまり軟弱なことを言っていたら好きな女性ができても嫌われるわよ」
「そうならないよ。運命の人だよ。俺を支えてくれるはずだし、俺よりも強くて優しくて綺麗でスタイルも良くて声色も可愛い声で可愛い人だよ。だから、運命の人を探すための旅をしているのに、こんな場所で、変な生き物や武器職人に殺されたくないよ。それに、もしかしたら今すぐにでも運命の人との出会いがあるかも、こんな、泥だらけの姿では恥ずかしいよ」
「そう・・・そう言う人だといいわね。もし会えたら紹介してね」
「勿論だよ!」
「そんな人っていないわよ・・・でも、運命の相手の理想は高すぎるわね・・・私に、そんな女性になれるかな・・・」
(というか、私が運命の相手だと知ったら、運命の人ではない。そう言って一生涯をかけて運命の相手を探すのかな?)
「ん?・・・何か言った?」
「いいえ。何も言っていないわよ」
「・・・」
 裕子は、二人の会話を聞いていたが、黄金の虫が足元から離れるのを見守っていたことで、二人にアドバイスすることもなく、二人のことも見守っていたのだ。そして、黄金の虫もいなくなり。二人以外の者が会話を聞いていたらバカップルの会話だと笑いをこらえる。そのイチャイチャな会話も終わりそうな頃に、一人で短冊を埋めて、指示されたことは終った。
「もう武器職人さんの要件は終わったわ。川にでも行きましょうか?・・・まだまだ、二人の大事な話は終わらないの?」
 裕子は、二人の楽しい会話を邪魔する気持ちはなかった。それでも、問いかけたのだ。

第四十六章  世界樹と虫の王(世界樹の子)その三

鈍感なのか、男性の身体の機能が女性とは違うため、二人の女性には、近くに流れる川の音が聞こえていた。片方の女性は、川が流れる音だけで場所まで特定できていたのだ。それが、証明するかのように右手で方向を示していた。
「あちらよ。行きましょうか」
 三人の男女は、裕子が示した。その方向に歩き出した。
「前にも、この村には来たのでしょう。そんなに、稲穂の光景に興味を示すっていうか、稲穂を始めて見る驚きというか、二人とも少し変に感じるわ」
「あの時は、雪が積もっていて一面が銀世界だったわ。それに、三年くらい前だったはずよ。だから、こんな景色は初めてみたの」
「そう・・・」
 将太は、突然に駆け出した。おそらく、自分にも水が流れる音が聞こえたのだろう。だが、川を見て呆然と立ち尽くしていたのには、何か理由があったのだろう。
「将太。どうしたの?・・・キャー」
 亜希子が、将太の背中越しから将太の視線の先を見ると、川というより用水路の人工的な川は無理すれば飛び越すことができる程度の幅だった。その両方の川岸に、様々な現代では存在していないが、古代文献などには八百万の神々の中に記されている。その虫、昆虫などが無数の命が皮膚呼吸できずに窒息で死んでいる状態を見たからの悲鳴だったが、その悲鳴は、恐怖でもなく、気持ちが悪いからでもなくて命の火が消えたことでの悲しみに耐えられないからの悲鳴だったのだ。
「酷い・・・」
「うっうう・・・武器職人さんに、何て伝えたらいいの・・・うっううう・・・」
「人工の川でも、瀬織津姫(せおりつひめ)さまが、いらっしゃるはず。綺麗な花でもお供えして命も身体も心も清めてもらえるように祈ろう。もしかすると、清めてもらえれば、虫や昆虫でも転生ができるかもしれないわ。そうなるようにお祈りをしましょう」
「そうね」
「そのお願いは、やめた方がいいわ。もしもだけど、世界樹の使いなら八百万に名があるはずなの。だとすると、世界樹の木って原木は常世国(とこよのくに)にある木々なの。その枝を借りて、この世に挿し木で生まれたのが世界樹なのね。だとすると、常世国に帰らせた方がいいわ。その方法などは、武器職人さんたちが詳しく分かるはず。だから、この状態のままにして、少しでも早く武器職人さんに知らせなくてはならないわ」
「水浴びは・・・できないよな」
「あたりまえでしょう」
「私も水浴びしたいけど、まあ、仕方がないわ。諦めましょう・・・」
 二人の女性は、諦めたというのだが、自分の手足や衣服の汚れなどを見ては、パンパンと叩くのだった。やはり女性だからだろう。少しでも汚れなどを落としたいと思っての女性らしい仕草をするのだった。
「どうした?・・・行かないのか?」
「まあ、これで、いいでしょう」
「そうね。ありがとう。裕子も大丈夫よ」
「ありがとう」
 自分で見える衣服などの汚れを見ると、今度は、お互いの衣服などを見るのだった。将太は、そんな様子を見て、何も変わらないのにと、内心で思い。クスリと笑ったのだ。その内心の気持ちが伝わったはずはないが、やっと、馬車が向かった方向に歩き出したのだ。それでも、急いでいる感じではない。おそらく、急いで走り続けても、武器職人に伝えたと同時に倒れて動けないのでは意味がない。そう思っているのだろう。そして、一時間くらいは過ぎた頃・・・。
「あら、あらら、水浴びはしてこなかったの?・・・どうしたの?」
 老婆でも女性だからだろう。水浴びしたか、していないかの判別ができるようだった。裕子は、その老婆の反応よりも、村の中でない場所に馬車が止まっていることに不審を感じていた。
「武器職人さんは?」
「それがね。何か、怒っていたわ。先に男だけで行くって」
「そう・・・」
「どうしたの?」
「それが・・・黄金のミミズみたいの・・・分かりますか?」
「あっあああ、うんうん。分かるわよ。見られたの?・・・それは、かなり幸運なことよ。よかったわね」
「それが・・・」
「どうしたの?・・・」
「川の両岸に、黄金のミミズだけではなくて・・・大量に・・・ぐっふ・・・」
「そう・・・それで・・・なのね・・・悲しんでくれて、ありがとうね」
「今すぐにでも、武器職人さんに伝えなければ!」
「それは、大丈夫よ。男たちが何で怒っていたのか分からなかったけど、今の話しで、やっと、分かった。だから、安心しなさい」
「でも・・・」
「いいのでない。あの爺さんたち、天下無敵の有名な武人でしょう」
「そうだね。あの爺さんたちに勝てる人いるはずないよな」
「あなたたちが、これからすることは、湯浴みするほどの湯は沸かせないけど、身体を拭く程度の湯を沸かしてあげるわ。だから、村に入る前には汚れを落としておきなさい。もしかすると、運命の人と会えるかもしれないでしょう」
「運命の人ね。私の場合なら探そうと思えば直ぐに会えるかも」
「そういえば、そうだったね。だから、旅に出る時に、家族にも、そんなことを言ったから許されたのだったね」
「そうそう」
「わたしの場合も、運命の人ではないかって人には定期的に会えるけど、でも・・・ねえ、何というか・・・まあ、だから、わたしは大丈夫ですよ」
「もう!わしらと一緒に行動するなら恥ずかしいから汚れを落として着替えなさい。それに、わしらが、若い子を使用人のように使っている。そう思われるのも嫌なのよね。だから、さっさと、身だしなみを整えてきなさい。いいわね!」
「は~い」
「男のあんたは、湯を沸かすのを手伝いなさい」
「あの・・・俺・・・」
「もう、だから、早くして!一緒に来るの!」
「・・・」
 将太は、老婆に引きずられ、二人から離れて行った。そして、二人から完全に見えない所まで来ると・・・。
「あのね。お願いしたいことがあるの。今から直ぐに、一人で村に行って来て欲しいの。そして、あの歌を歌って欲しいのね。そうすれば、男たちも正気に戻るはずだわ。それに、あの子たちが聞けば、絶対に引き留めるでしょう」
「・・・でも・・・」
「前にも村に来たことあるのでしょう。その時に、好みの女性はいなかったのなら大丈夫よ。だから、大丈夫よ。大丈夫よ。そうでしょう」
 将太は、なかなか、承諾しなかった。この場から逃げようとするが、老婆の右手で右手を掴んでいたのだ。そして、亜希子に助けを求めようと、周囲を見回すが誰一人としていなかったのだ。すると、突然に、掴まれていた手が離された。一瞬だが安堵するが、威嚇のようなポッキ、ポッキと指を鳴らす音が聞こえたのだ。
「そう、そうなのか、わかった。それなら、わしにも考えがあるぞ!」
「あっ、はいはい。わかりました。何の歌でも、やめろというまで歌い続けます」
「そうか、そうか、感謝するぞ」
 老婆の猫なで声から女武者の声色になると、態度まで変わり。恐怖を感じ取り承諾するしかなかった。
「今すぐに村に行くのですよね」
「そうだぞ。そうだな・・・今から歌いながら村に行ってもらおうかな」
「紀州こそ、妻お身際に、琴の音の、床に吾君お、待つぞ恋しき」
「そうそう、その歌だ。それも、短歌ではない。長い歌の方で頼むぞ」
「紀州にいらしてください。私は貴方の妻になって、いつも、御側で琴を奏でて差し上げましょう。布団を敷いて貴方が来られるのを恋しい想いでお待ちしています」
「行ってこい!」
(わしみたいな老婆でも、心が動く。これなら、男たちも正気に戻るだろう。心配なのは、戦う前に間に合ってくれるといいのだが、わしらは、戦えても五分なのだぞ。それも、実質には、三分なのだ。残りの二分の体力は、まだまだ戦えると虚勢を張り続けなければならないためなのだぞ。それに、わしらの戦い方を思いだせ。皆で戦えば、五分で終わりだが、一人で交互に二十人で交代すれば、一時間も戦えるのだぞ。それに、わしら婆の力も侮るな。本当に、男どもは馬鹿の集まりだが、でも、馬鹿でも、武器職人の指示を無視して村に行くことも、戦うわけにも・・・)
 老婆は、将太が歌いなら村に行く後ろ姿を見続けた。

第四十七章 村は変わり過ぎてしまった。その一。

男は、村に向かう一本道を歌いながら歩いていた。それも、どもりながら歌うのだ。それも、禁忌とされた愛の歌と言われている歌だった。先ほどまでは、老婆の殺気を感じていたのだが、殺気が感じられなくなると、歌を歌い続けるが、一歩、二歩と進むと、後ろを振り返って、誰かを探している感じなのだ。その探し人とは二人の女性のことだった。今頃は、馬車の中で体の汚れを落として着替えていた。
「本当に、布を濡らして体を拭くくらいのお湯しかないわね」
「そうね。釜風呂とは欲は言わないけど、沐浴するくらいの湯は欲しかったわね」
「そうよね」
「それよりも、将太の帰りが遅くない?」
「そうね。お婆さんの手伝いが、まだまだ、終わらないのかしらね」
「ねね、先に一人で村に行って、あの歌を歌っているってことはないわよね」
「それは、ないはずね。この村に前に来た時に、こっぴどく叱られたから歌うはずがないわ。それが原因で手紙を届けに行くことになったのだしね」
「そう・・・それなら、歌を歌うはずがないわね」
「そうでしょう」
「まあ、でも、将太って何で禁忌の愛の歌を歌うことになったの?」
 禁忌の歌とは、この歌を作り歌った女性が、見合いの相手とは結婚したくなかったために作った。その理由が女性には想い人がいたのだ。その男性と結婚できなければ、自殺、出家、二度と帰らない旅にでて死ぬまで操を守ります。そこまで言われた両親が、怒り、結婚はしなくてもいい。だが、一生、家から出るな。誰とも話すな。と父に従った。だが、一度だけ母に頼んで手紙に歌を書いて届けてもらい。そして、想い人と結婚ができた。と未成年にだけに噂が伝わっていたが、成人になると、この内容には裏方の騒動があることを知るのだ。両親や親戚に、男性側の一族の内々で、男性の身辺調査をするのだ。もし婚約者や許嫁や想い人がいたとしても、強制的にという説得をして結婚させるのだ。それでも、嫌だという者がいた場合は最後の手段にでるのだ。身分を剝奪されて死ぬまで放浪する人生をするか、ここまで言えば大抵の者は承諾する。そして、あの短歌の内容では承諾するとしか返事は書けない内容だが、そのような内容を書けるはずもなく自分は、女性とは出会ったことも記憶もない。それでも、私も初めてお会いしてから想い続けていましたと、歌の返信で書くしかないのだ。勿論のことだが、その返事で女性は喜ぶのだが、何も知らないのは歌を作った女性だけで、そして、未成年には、女性が語ったことだけが伝わり。男にも女にも成人になる時に、あの歌だけは歌うなと、成人の儀式の最後に伝えるのだった。当時は、王と貴族社会があったからとも言えるが、将太の世でも女性に歌を聞かせて、目と目が合った時に、一目ぼれです。と言われた場合には、その告白を断る言葉がないのだ。
「それが、ある旅籠の二階に女性が泊っていて、外の様子を見ながら禁忌の歌を歌っていたらしいのです。それも、顔も上半身も見たというのです。一目惚れ惚れなのか、歌の効果なのか、それから、心を奪われてしまい。女性を探す旅に出ることになりましたの・・・」
(それほどまでの美人なのかな・・・見慣れている女性かと思うのだけどなぁ・・・)
「何か言いましたか?・・・」
「えっ!いいえ。何も・・・」
(やばい・・・心の声がでていたのね。聞こえたかな?・・・)
「そう・・・ねね、何でお婆ちゃんたちしかいないのかしらね」
「まさか、村には男性しか入れない?・・・まさか、連行された?・・・」
「もしかすると、昔に父上さまから聞いた記憶があるのだけど、女性だけが参加できない儀式とか?・・・」
「えっ、父上さま?・・・そう言った?」
「それは、いいの。気にしないでよ。だから、それよりも、いろいろと考えられるでしょう。生贄とか、戦になって徴兵されたとかの話をしているの!」
「確かに、西の方って、そうよね。美女とか、剣豪とか、英雄とかを生贄にするわね。世継ぎを
長子にするから邪魔な人を排除しようと思うのよ。末子が世継ぎにすれば、誰が英雄になろうと
文武の長官になろうが、血族の一番若い者なのだから誰も歳に勝てないのにね。だから、何も問題は起きないわ。それに、何か隠したい所も女人禁制が多いわね」
「まあ、その話は後でゆっくり聞くわ。だから、将太が心配でしょう。村に行きましょうよ。ねえ・・・私は、正直に言うとね。武器職人たちが心配なの」
「そう・・・そうよね。あの川を見たら武器職人さんは正気を失うわね」
「そうでしょう。もうお爺さんだというのにねぇ。たしかに、昔は、いや、今でも今までも、一度も負けていない。無敵の紙片隊というけどね。あの歳では、戦える時間は五分が限界、いや、三分が限度でしょうね。それが、戦う相手に知られたら全滅よ。正気の時なら自分でも限界だと分かるだろうけど・・・」
「はい、はい。分かりましたから早く村に行きましょう」
「そうね」
 女性だからなのか、いや、先ほどは、突然に話を中断されて不快な気分だったのだが、相手を見て、自分も同じことしていたことに気づくのだった。
「・・・」
 二人は、コソコソと、音を立てずにゆっくりと、扉を開けた。老婆か、誰かが馬車の外にいると思っての行動だった。
「誰もいないみたいね」
「そうみたいね。なら、行きましょうか」
「そうね」
「ねね、でも、もしかして、馬車を置いて行くのだから村に着けずに地面に座って、うちたちが来るのを待っていたりしてね」
「それはないわ。それに飛べるし」
「あっ、そうでしたわね」
「心配なのが短気な行動を起こしていないといいのだけど・・・」
「武器職人さんがいるのだし、それは、大丈夫でしょう」
「それがね。武器職人さんが一番の短気な人のはずよ」
「昔からの知り合いだったの?」
「違いますよ。一緒に今回の旅をして、そう感じたのです。そう思いませんでしたか、他の人たちは暇があれば酒を飲むか、寝ているか、ゲームなのか、賭け事なのか分かりませんが遊んでいますよね。それを止めさせる時とか、皆の行動計画とか指示を伝える時とか、一人一人に実行するために駆け回り、少しでも行動が遅いと怒鳴り声を上げる。だから、武器職人だけが感情や考え方が違う。皆と同じ仲間とは思えない。そう感じられませんでしたか?」
「う~・・・ん・・・指揮官とか隊長などって、あんな感じかも」
「そう・・・」
 二人は、暫くだったが、無言で歩くのだった。その間に、武器職人の事を考えていたのだ。もしかすると、二人は、自分たちの生まれや育ちで相手の見た方が違うのかと、今まで生きてきた生い立ちを考えていた。その思考が終わりそうな頃だった。年配の男性の声が聞こえてきたのだ。
「あの、だからですね。長老が手紙を送った。その頼みは忘れて下さい。そう何度も言っていますよ」
「あのな、何度も言うが、直接に長老に会って理由を聞く。そう言っているだろう」
「ですから、手紙のことは忘れてくれ。それは、村から出てってくれ。そう言っているのと同義なのです。だから、長老とは会えません。村にも入れません」
「なんだと!」
 武器職人は、我慢の限度を超えたのだろう。抜刀するのだった。
「何をしている。なぜ、抜刀したのだ!」
「・・・」
「刀を鞘に納めないのですね。それでしたら、わたしも覚悟することに決めました。わたしは黒髪の一族の族長です。族長として命令します。刀を鞘に納めなさい」
「・・・」
「信じないのですか?。偽名を使うということは死を意味すること、誰に殺されても構わない覚悟と、もし本物だった場合は、殺した者は、その一族の全てが殺される。それを分かっての態度ですね」
「・・・」
 無言で、刀を鞘に納めた。
「あなた達は、ここで待機していなさい。わたしたちだけで長老に会ってきます」
「それは、長老に聞いてこなければ・・・」
「それは、もしかして、わたしは、この村の長老の格下だということですか?」
「・・・ん・・・その・・・はっ、構いません。どうぞお入り下さい」
 紙片隊と、一人で対応していた男が、周囲にいる者たちに顔を向けて問いかけたのだが、誰一人としても関わりたくない。と視線を逸らすのだった。
「ゴッホン、ウッウン、ウッウン」
「えっ?・・・何か要件でもあるみたいですね。それは、何ですか?」
「この馬鹿を連れっていって欲しい」
「将太!」
 扉の錠を開けると同時に扉をトントンと叩くと、将太が扉から出てきた。

第四十八章 村は変わり過ぎてしまった。その二

監禁されていた男を監視していた若い男は、男を建物の扉を開けて出すと、自分の仕事が終わったのだろう。手頃な石を見つけて扉の前に置くと座って煙草を一服するのだった。その様子を見て、二人の女性は怒りが爆発寸前だった。
「行こう」
「でも・・・」
「そうね。仕方がないわ。価値も理由も分からない人に何て言うの?」
 令和の現代の日本では、その石は現存されているのは大きな石で動物などの置物になっているだけだが、海洋民族が利用する海流の流れる島国にはドーナッツのような巨大な石の置物のことである。それと同じものを壊されて椅子などに利用されていたために怒りを感じたのだ。縄文時代は貨幣制度ではないが、物々交換でもあるが、恩義を受けた気持ちを石の置物として残すのだ。海洋民族では頻繁に村に来られるはずもなく、友、家族、同族に旅の土産の話しで伝えるのだ。あの村なら交易が出来るだけではなく、温かく迎えてくれる。宴も開いてくれる。面白い話しも良い情報も、悪い情報も教えてくれるのだ。その証拠は大きな穴の開いた石がある村に行くといい、親父の代の石には負けるが、今の世代なら俺の石が一番大きいぞ。と酒を飲みながら言うのだ。このような制度が消えると、命がけの海洋交易のための必要な衣食住の確保が出来ずに海洋民族の交易が廃れるのだ。そして、島に住む人々も日本のような村々も若い男のような感じで、大事な証拠である石で作られた物が壊されてしまうのだ。
「長老だけの話しだけではないようね」
「それって、どういう意味なの?」
「周りを見て、気づかない?」
「う~ん」
 裕子は、亜希子と違って一族の長でもあり。様々な指示をするだけでもなく指示をした確認もする側でもあるために家々などの修理の時期や的確な正しい材料などを使用しているのか、と勝手に思考してしまう。亜希子なら同じ家の屋根を見たとしても、鳥が巣を作っているのね。となるのだ。
「屋根もだけど、他にも修復の手抜きもあるし、正しい個所に使用する材料も使用していないのが分かるわ」
「そうなの?・・・」
「もしかすると、この村を廃村にする気持ちなのかしら・・・」
「村長が、なぜ?・・・」
「あれ程の稲穂を見て変だと思っていたの。そして、村の様子を見て確信したことがあるわ。もう今までの独自の村の生活はできず。いや、すでに、周囲の村を一つにされて統治者も違うのかもしれないわ」
 などと話をしていると、長老宅の前に着くのだった。
「なにも変わった様子はないわね」
(裕子さんの考えすぎだったのかな・・・)
「そうね・・・ん?」
 ドンと、後ろの家から玄関を開ける音が聞こえた。
「何の御用でしょうかな?」
「うわ!」
 三人の男女は、それぞれの性格の表れの様子で、驚きの声を上げたのだ。
「ん?・・・どうされた?」
 長老にとっては日常的なことなのだろう。人の声が聞こえて玄関から出てきたのだ。自分の要件があるが、また、難癖でもつけて尋問して、無理やりに村から追い出すに違いないと、そう思って、客人を助けようとして出てきたのだ。そして、数人の監視人の男たちと客人に同じ言葉を掛けたのだ。
「今回も祭りの参加者ですかな?」
「そうです。そうです」
「先ほど部下から報告があったのですが、村の入り口で大勢の老人が騒ぎを起こしている。そう報告があったのですが、その仲間ではないのですかな?」
「紙片隊は、老人と老婆だけと聞いている。それなら、紙片隊ではないことが証明されたな。だから、若い者たちは間違いなく先祖の供養だろう。いや、正しくは、祭りの参加が目的のはずだ・・・ん?・・・違うのか?」
 長老は、嘘だと分かる大げさな身振りで話を合わせろ。と伝えていた。
「はい。長老の言う通りです。その祭りの参加の許可を取りにきました」
「そうだろう。そうだろう。なら、許可書を作るから家の中に入りなさい」
「待て!待て!まさか、あの塹壕に大勢を集めるのか?」
「またですか、何度もいいますが、あの貝塚は、わしらの先祖や両親などが死んだ者たちと会話する大切な儀式の場というのに、何度も言っても信じてもらえず。塹壕だからと何個も埋められて、それも、最後の一個になってしまった。この貝塚も難癖をつけて埋めるのだろう。それなら、これが最後の儀式になるのだろう。祭りも最後になるのだろう。その覚悟はしているのだ。だから、最後くらい好きにさせてくれないか、もし駄目だというのなら・・・」
「分かった。わかった。祭りでも儀式でも勝手にしていい。だが、上官には報告はするからな。その返事には従ってもらうぞ」
「それは、仕方がないですね。はい、はい。それでは、お客人は家の中に、どうぞ」
 監視人たちに適当な対応して、長老たちは、さっさと、家の中に入って行った。
「大変なことになっていますね」
「はい。情けないです。ですが、誰一人として犠牲にならなかったことが救いです」
「そうですね・・・村の様子は残念でしたが、無駄な抵抗をしなくてよかったことですね。それと、村の入り口に、武器職人が来ていることは知っていましたか?」
「えっ?」
「やはり、知らなかったのですね」
「こんな村の状態を見ても帰らずに来てくれたのか・・・ぐっふ、ぐっふ・・・」
「何か伝えたいことはありますか?」
「それでしたら、御神木(世界樹の木)の木を伐採して、常世の国に植えなおして欲しいのだ。今までの感謝の印として一枝でも返したいのだ」
「その願いは難しいわね。武器職人さんは承諾しないわ。それよりも、間違いなく怒り叫びながら暴れ回るわよ」
「それは、分かっている。だが、このまま御神木の育てようとしている草木だけではなく、元の森に戻そうとする働きと、稲穂まで育てようとして御神木の生命力を使い続けたら間違いなく枯れてしまう。それだけは避けたいのだ。だから、もう一度、お願いする。常世の国に枝木だけでも返したいのだ。頼む」
「そこまで言うのならわかりました。それでも、一つ聞きますが、この村を元のように戻したいのですか?」
「それは、戻したい。でも、無理なのだ」
「無理っていうのは、借金の事でしょうか?」
「そうだ」
「季節ごとの食材では払えないの?」
「それがな、多く収穫すると値が下がる。少ないと高額になるからと、そう言われてなぁ。だから、何をしても村に入る金額は同じなのだよ。それでも、米なら値が下がらない。そう言われてなぁ・・・今の村の状態に・・・どうしようもないのだ」
「・・・」
「それでも、抵抗はしたのだぞ。たたら製鉄を作るなら直ぐに借金など返せる。そう言われたが、森が消えるのだけは・・・わしらは、土を耕す生き方をしたいのだ」
 長老の心の中の叫びであり。今にでも泣きそうな声色を聞いたことで、男女三人は、何も言えずに室内は静かな時間が過ぎた。それでも、五分くらいは過ぎただろうか、突然に玄関の扉を叩く音が響いたのだ。
「長老。長老の親友の遺族の番になりました。直ぐに、祭りの会場に来て頂けませんか、遺族や友達が待っていますよ」
 祭りは、朝日が昇ってから次の日の朝日が昇るまで祭りが開催されているのだ。
「わしは、祭りに行かないとならない。それで、なのだが、何の話しなのかわからないが、いろいろな料理が出ている。食事でも食べながら話をしよう」
「そうしましょう」
「祭りか、久しぶりだな。でも、この村に知り合いはいないし大丈夫だろうか」
「知り合いでなくても、遺族の思い出の話を聞いて、笑い、泣き、驚くなどでも故人は喜ぶはずです」
「はい。喜んで参加します」
 長老が祭りの会場の貝塚の後に現れると・・・。
「もう話をしていたのか、本当に、遅くなってすまない」
すでに、長老の親友であり。母親が現代でいうのなら小学六年生くらいの男の子にお爺さんのことを憶えている。そう聞いていた。子供は、お爺さんとは楽しい思い出なのだろう。満面の笑みを浮かべて将棋を教えてもらっていた。そういうのだった。もしかすると、当時の思い出の場面を思い出しているに違いない。長老も話を聞いて頷きながら周りを見回した。そんなに時間が過ぎていないのがわかり。長老は、安堵するのだった。それは、今の子供より若い子は二人だけで、歳の若い順から当時の思い出の話をするからだった。

第四十九章 祭りの開催から全てが始まった。その一

縄文時代の後期は、狩猟生活が主流だったことで、葬儀も現代とは違っていたのだが、その名残は、現代でも引き継がれている人々がいた。その一つが鳥葬(ちょうそう)に似た葬儀であるのだ。鳥や獣などに食べてもらい血肉になり。好きな地に連れて行ってもらう。死んでも狩猟生活が続けられる。そういう意味であり。現代とは違う点は数本の骨だけ持ち帰り。狩猟生活を断念して村を作った。その村の貝塚に骨を埋葬するのだった。この行為は、貝、動物の骨など様々な物を埋める。それは、死後の世界と同義で心や精神の葬儀であり。未来で生まれ変わる。そう思われていたので、知人も家族も故人の話しをすることで生まれ変わったと信じてもらうのだ。
「お爺さんもお婆ちゃんも喜んでいるわよ」
 祭りとは、未来で生まれ変わる転生のためでもある。自分のことを思い出している人がいれば、思い出の一つとなり、転生した時に自分のことを証明する必要がない。そのためだった。
「本当?」
「本当よ。それで、お爺さんとお婆さんとの楽しい思い出は何だったの?」
「ん・・・とね。昔、昔に、本当にあった話しだよ。お爺さんとお婆さんが子供の頃に聞いた話しだって!」
「あっああ、あのおとぎ話ね。お母さんも子供の頃に聞いたわよ」
「そうなの!。それなら、同じ話しなのか知りたいよ」
「そう、いいわよ。でも、その前に、椅子の上に立たないで座りましょうね。お祖父さんとお婆さんが帰ってきても、失礼な子ねって話をしてくれないかもしれないわよ」
 子供が母親か椅子に座りなさい。と言われている場所は、貝塚であり。祭りの会場であり。現代でいうと、彼岸での亡くなった人が家に戻るのではなく、この場所に戻ると言われていた。円形の段々畑のようであり。西洋でいうなら円形の闘技場の様な見た目であり。一番の底は闘技場ではなく、貝や動物の骨も陶器の破片もあるが、ペットの骨や人の骨もごちゃごちゃと混ざっているのだ。その底を見ながら話をするのだ。それでも、一番の底と段々の上段では身分で分ける訳でもない。最近に亡くなった家族なら「初めてですね。どうぞ」という心遣いで一番の底の席を譲り合うのだった。
「はーい。わかったよ。座る。座るからね」
「まあ、良い子ね。それなら話しましょうね。それはね。お爺さんとお婆さんの。そのまた、お爺さんとお婆さんの前から伝わる話なのよ。そのお話の頃はね」
「うんうん」
「昔のことです。父親が娘の病気のために当てもなく薬を探しに旅に出たのです。数年の間は、父は娘の私のために薬を探しに出たって信じていたのだけど、その間は、母親が、近場だけど薬を探して飲ませてくれてくれました。それだけではなく、父の噂を聞くと出かけて行っては生活も苦しいのに、その地域の名産品などの栄養のある食事を続けていたからでしょうね。身体も丈夫になり。成人の儀式をする頃には、健康な体になったのだけども、その頃には、父は、娘の看病に疲れて逃げたと、それも、今頃は、違う村で若い娘と結婚して子供がいる。そのように母も娘である私も思っていたのです。父のことは忘れましょう。と暮らしていたのです。私も結婚して二人の子供も生まれて、母も白髪が目立つようになる頃に、父の噂話を知るのです。父は、世界樹の木の肥料を買うために山から下りて近場の村に現れたらしいのです。そして、交易人と出会い。それも、自分の生まれ育った村の住人と知って喜び、今は、世界樹の木の世話をしていると、それも、旅だった頃の若いままの姿だと、その父は、あと数年もすれば世界樹の世話の任期も終わるから必ず薬を持って村に帰ると、そう言ったらしいのです。交易人は、そんな男のことなど忘れていたけど、村の酒宴の席で、突然に思いだして話をするのです。今思うと変だと、娘と母は、自分は夫であり父だと言うのです。その話を聞いた村人は驚いて、酒宴の時だけでなく
村に訪れた者にも話を聞かせて周囲に噂が広まり。それから、数年が過ぎても父は戻らず、酒宴の戯言だと、その頃には、誰も噂をする者もいなくなり。また、月日が流れて母が死に、娘も白髪が多くなり。孫も生まれて寝物語をねだる頃に、父のことを面白おかしくして作り話を聞かせて何年も過ぎる頃に、父が帰ってきたのだ。父は、自分の娘を自分の祖母だと思い。薬を持って帰ったと、妻は、娘はと叫ぶが、目の前にいる老婆が娘だと知ると、その場でショック死してしまった。その懐には、非時香木実(ときじくのかくの木の実)があったことと、若いままの男を見て不老不死の果実だと、今でも思われているのです」
「そうそう、お爺ちゃんとお婆ちゃんが話してくれた昔ばなしと同じ話だね。その後にも、不老不死?・・・ってよく分からなかったけど、浦島太郎って話もしてくれて少しだけど意味が分かったから、あの話も大好きだったよ」
「お母さんも浦島太郎の昔話を聞いたわ。一番大好きだったから何度も話をしてもらったわね。それも、大人になっても、何度もお願いするほどにね」
「本当に、その薬があれば、お爺ちゃんもお婆ちゃんも長生きをして、もっと、いろいろなおとぎ話を聞かせて欲しかったなぁ」
「そうね。でも、誰が作った話しなのだろうね」
「娘さん。いや、お母さん。その二つの話は本当の話しなのだぞ」
 母親の隣に座って話を聞いていたが、黙っていられずに長老が話かけた。
「え~えええええ!本当の話しなのですか!」
「そうだぞ。全ては、世界樹の木の関連で起きたこと、もっと、もっと、いろいろな昔話で語り継がれていた。それが、もう、今では最後の一本しかない・・・一本になってしまったのに・・・」
「あのね・・・」
 長老の話が途切れたからだろう。次の人は、見た目は若い女性だが、現代では二十二くらいの歳で結婚適齢期を過ぎていた。生前の祖父母からは死ぬ間際まで孫の結婚を心配しながら亡くなったのだ。だが、女性の隣には男性が座り手を握っているのだ。もしかすると、女性の手を握っていると、女性の祖父母に自分のことが伝わる。とでも思っているようだった。
「わたし、やっと、結婚ができました」
「自分が、お孫さんを幸せにします。だから、心配しないで下さいね」
「もしかすると、来年には、この場に子供が一緒にいるかもしれません」
「本当なのか!」
「もう、あなた次第ってことよ。何てことを言わせるの。もう、馬鹿!」
「・・・」
 二人の男女は真っ赤な顔して俯いてしまった。
「お父さん。お母さん。息子の病気が完治しました。もしかすると、貝塚に埋めた土偶に病気が移ってくれたのかもしれません。だから、心配しないでね」
 次々と、家族や知人や友人の生前の事を話すのだ。そんな様子や会話などよりも子供たちは、周囲をキョロキョロと見回すのだ。おそらくとは変だが、どこに幽霊や自分が話した返事が聞こえてくるのかと、真剣に探すのだった。その様子を三人の男女が見ていた。
「俺や亜希子の祖父母にも会えるのかな?・・・」
「この場に骨がないのだから無理でしょうね」
 将太と亜希子は、周囲の様子を見て、子供の頃に遊んでくれた。祖父母を思い出すのだ。それでも、この場の雰囲気を邪魔しないようにと囁くのだった。
「大丈夫のはずよ。祖父母に会えるかもしれないわ。黄泉の国は、どこにでも有って、どこにも無いのが、黄泉の国だからね」
「えっ!」
 二人は、心の思いが聞こえたのかと、驚くのだった。
「でも、もし声が聞こえてきたらね。直ぐに目を閉じて、声がする方に振り向くの。でも、何を言われても目を開けては駄目よ。それだけは、絶対に守ってね。祖父母の転生のために、黄泉の国の王が試しているの」
「へえ、転生のためなのか・・・そうなのか・・・」
「ありがとう。約束は絶対に守るわ」
「お母さん。お祖父さん、お婆ちゃんの声が聞こえたけど、なんか、早く逃げろって言っているよ。怖いよ。怖い人でも来るのかな?」
「えっ?」
 子供たちの言っている意味が分からず。それでも、危険を感じてからでは遅いと感じて周囲を見回した。そして、冗談なのかと安堵した後、十数秒後のことだった。
「早く、逃げろ。紙片隊にも頼んだ。あいつらは、信頼できる。我らの友であり。家族でもある。だから、信頼できるし、この世では最強の武人たちであるのだ」
 それでも、声だけが聞こえる。だが、冗談ではない。と感じたのは、村の住人が同じような様子で周囲を見回して誰かを探している感じだったからだ。
「ん?・・・」
 貝塚の底から霧のようであり。湯船の蓋を開けた時の湯気のようにゆっくりゆっくり漂いながら湧き出るのだ。もしかすると、地獄の窯でも開いたのだろうか、噂の通りの様々な地獄がある。と聞く、だから、温度差があり。靄が、湯気が湧き出るのだろう。
「ガチャ、ガチャ、ガチャ」
 金属と金属が当たる音が周囲に響いた。
「貝塚の中に居る者は、そこから絶対に出るなよ」
「・・・」
 貝塚の中に居た者は、無言で頷くのだった。
「ん?・・・来たか??・・・ようですね」
「婆どもは指示の通りしているのか?」
 武器職人は、指示を確認した。

第五十章 祭りの開催から全てが始まった。その二

武器職人と仲間と村の武術の経験がある者たちで貝塚を囲んだ。この場に居ない老婆たちは、武器職人の計画の一つに自宅に居ない者たちを帰宅させるために村の中を探し回っていた。
「お~い!。誰かいるか?~わしらの声が聞こえたら直ぐに家に戻れ!」
「姿は見えないが、わしらの声が聞こえて帰宅しているといいが・・・」
「大丈夫じゃろう」
「お~い。貝塚には近づくなよ!。お~い!、帰宅したら外に出るのではないぞ!」
「そろそろ良い頃合いじゃろう。武器職人の指示の通りに、村の境界線の辺りで暴れまくりじゃぁ、さあ、さあ!」
 隊の補佐役の老婆が少々興奮していた。まるで、子供に戻ったかのような様子で障子紙を使って折り紙をしていたのだ。それは、空飛ぶ絨毯でなく障子紙だった。完成すると、以前は、鬱蒼(うっそう)と生い茂る森林だったのが、今では名称も変わった森に視線を向けた。すると、興奮した状態で掛け声を上げて、空を飛ぶ障子紙に乗って森の中に入るのだ。何をするのかと思うと、数人の老婆たちが子供の頃の時と同じに鬼ごっこを始めたのだ。森の外から見ると、大勢の兵が森の中を無造作に進んでいる様子に見えるが、本当は老婆だけで、老婆たちは木々をすり避けながら相手を捕まえようと遊んでいるのだ。これが、一つ目は兵員を多く見せる作戦であり。敵を引き寄せる役目でもあったのだ。そして、森の中にいる数人だけを残して貝塚に向かった。
「歩くのって疲れるわね。貝塚に着いた頃には動けないかもしれないわ」
「荷台用の障子紙があるわよ。風呂敷の包から出しましょうか?」
「それは、いいわね。お願いするわ」
 風呂敷包みを開くと、女性として必要な物と障子紙を四枚に折り丸めた物があった。障子紙だけを取り出して、また、元のように風呂敷を包み直した。
「この障子紙で、九人が乗るのは厳しいけど、乗って行くしかないわ。だから、絶対に落ちるのでないぞ。その時は、置き去りにするからな!」
「でも、何か楽しいわね。幼い頃を思い出すわ。そうではなくて、皆でおしくらまんじゅう。して、遊んだわよね」
「そうだな。そうだな。わしも思いだすわ・・・本当に楽しかった・・・もう、この場にいる。九人しかいないのだな・・・悲しいな・・・」
「あっ・・・・うっ・・・」
 障子紙の上での例えで、おしくらまんじゅう。と言っていたが、大げさではなく本当のことだった。それよりも、一つ違うと言えば、この場の年上というか、隊での力関係が表れているのだろう。それは、誰も指示をしていないが、自然にと考えれば良いのだろう。この隊での強い者こそ多くの場を取っていることだった。そんな中で歳でも力関係でも一番の下の二人だけが立っていた。周囲の状況やバランスの操作などのために本当に倒れて落ちそうだった。
「あいつらは、指示の通りしておるのか?」
 武器職人が想像した。
「はい。指示の通りに遊んでいるようですわね」
「遊ぶ?・・・あっ、鬼ごっこか・・・皆で遊んだな。そう言えば、この歳まで一度も、あいつらを捕まえることができなかったが、皆もなのか?」
「・・・」
「そうか、そうか、あいつらに任せたのは適任だったわ!。あっははは!」
 皆の無言の返事に、自分で勝手に答えを出したが、森の方を見ると、指示以上の働きをしている感じがする。やはり、無言の返事の内容は間違っていなかった。
「ん?・・・」
「上空に上がりますわね。注意して下さい」
 目的の地に向かう方向に不審を感じた。それに気づいたのは、障子紙の上で立っていた。その二人の老婆だった。
「・・・・・」
 上空にゆっくりと浮上した。皆の事を考えて揺れを抑えたのだが、元々は、一人か二人で乗る物である。誰一人として落ちなかったのは、二人の操舵のバランスのとりかたが良かったからだろう。
「敵の隊は分裂しません。どうします?」
「寄せ集めの隊の編成だと思ったが違うのか、この状態になることを武器職人は想定していたのか?・・・まさか、森での騒ぎが、想定よりも多くの兵が待機していると勘違いされての密集隊形なのか?・・・」
「あっ、敵部隊の移動が止まりません。ゆっくりとですが貝塚に向かっています。どうしますか?」
「何だと!。森の者どもを直ぐに呼び戻せ!」
「はい」
「そして、指示を伝えろ。敵の隊の中に入って、無茶苦茶に暴れてこいとなぁ。それで可能なら戦意を削ぎ、隊を分裂させてこい。とな!」
「それだけで、良いですか?」
「ああっ、だが、地上には絶対に降りるな。もし落ちても助けには行けんぞ。そう伝えろ・・・まあ、それと、落ち込んでいるようならば、これで、最後になるかもしれない。鬼ごっこだぞ。楽しめと、いや、忘れろ。指示だけでいいぞ」
「まあ、まあ、そうしますわ。ふっふふ」
 森の中から戻って来た者たちに指示を伝えた後に、笑顔を浮かべながら親指を立てたのだ。指示されたことの成功を祈るよりも、一番好きな鬼ごっこを楽しもう。そう伝えたのだ。それは、長い年月を共に過ごした友だから分かることだった。
「遊んで来るわね」
 他の老婆たちも、自分の表現で返事を返すのだった。数人の老婆は、直ぐに、返事も聞かずに、一枚の障子紙に乗る者たちを追い越して、敵部隊の上空にいた。すると、その部隊の上空を逃げられる範囲と考えて本当に楽しそうに鬼ごっこを開始したのだ。だが、下方にいる敵部隊の反応は違っていたのだ。
「なっなんだ!。なぜ、なぜなんだ。人が、いや、老婆が空を飛んでいるぞ」
「ゆっ幽霊だ。前方でも騒いでいる。幽霊、ゾンビなどと騒いでいるのは本当だ。本当のことなんだ。これでは、老婆に取りつかれるぞ。生気を吸い取られるぞ」
「こっここ、ここから逃げなくては・・・」
 敵部隊の中央の部隊が直ぐに崩壊しなかったのは、後方の部隊が上空の敵にたいして抜刀の構えまま命令を待っていたのと、味方でも規律を守らない者は斬る。と武人の気構えが感じられていたことで、今の部隊の状態でも規律が守られていたからだった。それでも、一人の下士官が何かを思い出して恐怖のために言葉にもならずに口をパクパクと動かしながら顔の表情もひきつっていた。
「どうしたのだ?・・・様子が変だぞ。大丈夫か?」
「しっしし、紙片隊が・・・しっ紙片隊から逃げないと・・・」
「紙片隊?・・・そう言ったのか?・・・それって、一人でも一万人を相手に出来ると言われる。あの伝説の無敵の部隊のことか?・・・それが、どうしたのだ?」
 仲間の一人の様子が変だったことで声を掛けたのだが、囁きの声のために全てが聞き取れなかったのだ。
「殺される・・・ぞ」
「何を言っているのだ。老婆が上空に浮いて動いているだけだろう。そんな程度のことなら弓で直ぐにでも射て殺せるぞ。そろそろ、命令が届くのではないのか」
「駄目だ。駄目だ。やつらや、紙の剣、紙の鎧がある。矢など効果がないのだぞ。だから、直ぐにでも逃げなくては・・・」
「たしかに、空を飛んでいるのも驚きだし、上空に向かって矢を放ったとしても当たらないかもしれない。だが、この場の隊の数千の矢なら何本かは当たるはず。それよりも大事なことを忘れているようだな。この隊から離れた場合だが、脱走兵として弓矢で射殺されるぞ。その命令を出したくないのだ。だから、落ち着け!いいな!」
「ひっ!ひっ!ひっ!」
 上空の者たちの理由か、隣に居る者にたいしてか、いや、両方の恐怖を感じたことに精神が壊れかけていた。それは、運命の死期を決める天秤で例えるのならば、一本の羽毛のような程に軽くて、些細なことで運命の死期を決める天秤が傾く精神状態だったのだ。
「良いことを教えよう。この話を聞けば精神も落ち着くだろう」
「すーはぁーすーはぁー」
「少しは落ち着いてきたのだな。その話というのは、上空の者たちは、何の理由か分からないが追う者と逃げる者がいるようなのだぞ。仲間のうちでいさかいをしているように感じられる。だから、我らの地上のことなど眼中にないらしいぞ。だから安心しろ。それよりも、我らが考えることは、一つだけ、前方の陣にいる部隊長の指示だけを考えればいいのだぞ」
「追う者・・・逃げる者?・・・」
「そうだ。そういう可能性がある。だが、敵のことよりも、大事なことを言い忘れたが、我らは、部隊長の駒の一つなのだからな。それを忘れる程の恐怖を感じたのには理解ができないがなぁ」
「・・・ガチガチ」
 仲間からの問い掛けに答えようとしたが、あの森で恐怖のために裸で逃げ出した。あの場面などを思い出して答えようとしたが、恐怖を思いだしたことで言葉にならずに上下の歯を鳴らすことしかできなかったのだ。

第五十一章 祭りの開催から全てが始まった。その三

老婆たちの鬼ごっこは遊びの範疇を超えていた。本人たちも本気で捕まえようとしている。逃げる方も死ぬ気落ちで逃げるのだ。それだけではなく、下方の者たちも、人が空を飛べることに驚いているのだ。例えが大げさだろうが、現代の戦闘機の空中戦と同義に思える程の急旋回に急加速などの曲芸だった。そんな、空中の戦闘では、下方にいる者たちも影響が出るのは当然で、特に風圧に恐怖を感じていたのだ。
「何をしているのよ。突然に止まるって、うちの運転操作が天才的な腕前でなければ、衝突して死んでいたわよ。もう本当にっも~何を考えているの!」
「・・・」
 懐の中や収納できる衣服の全てを叩いて胡桃を探していたのだ。
「ん・・・どうしたの?」
「落ちたのを数えても足りないの・・・」
「何が?・・・」
「孫からもらった。大事な、大事な胡桃なのだけど・・・あっ、殆どが、もう~下!地面に!もう~!」
「なんなの!ほんとうに~も~胡桃くらいで動揺しないの。障子紙から落ちるわよ」
「孫が、自分のおやつを食べないでくれたのよ。大事な胡桃なのよ」
「まあ、そう言うのはわかるが、だけど、それって孫から貰った。そう言うけどもね。半分以上は、胡桃を割って孫に食べさすのでしょう。それって、自分が食べたいからなのか、まあ、そう言うのは、どういう意味なのでしょうね。たしかになぁ。わしも同じことをされたれら喜んでしまう。だが、今は、もう忘れろ。もし、地面に降りて拾いに行った場合は、どうなるか分かっているな!」
「・・・」
「それに、お前は、鬼なのだぞ。飛び続けなくてはならないのだ。確認として聞くが、武器職人の指示は、敵部隊の上空で仲違いを装わなければならないのだ。だから、鬼は、わしらを捕まえなければならない。一番重要な鬼の役目なのだ。胡桃の事は、もう忘れて任務に集中しろ!。分かったわよね!」
「もう、分かっていますわよ。だから、皆を捕まえる気持ちですので、死ぬ気持ちで早く逃げて下さい」
「大丈夫のようね・・・それでは、逃げるぞ。頼むぞ」
 敵部隊は、隊の崩壊が寸前の状態だった。前方では、幽霊だとゾンビだと騒ぎ声が聞こえ、部隊の中心では、人が飛んでいるのだ。それも、鬼神の様な老婆が奇声を上げて飛び回っている。部隊の後方では寛いでいる感じではあるが、抜刀したままなので敵からでは威嚇に感じるのだ。
「あっ!袋ごと!」
「キャー何をしているの!」
 鬼の役目の老婆が、右手を伸ばして何かを掴もうとしている姿を見た。すでに、片足は障子紙から離れて地面に落下は確実の姿だった。
「えぇ~ええええ」
老婆が地面に激突する寸前のことだった。さすがは、武器職人である。紙の服には、高所から地面に落ちる安全対策も装備されていたのだ。それでも、地面から直ぐに起き上がったが、腰をさすっていることで腰をひねってしまった程度の無事の姿だった。
「老婆?・・・」
 地面にいた兵士たちは、突然の落下してきた人のことと、老婆だったことでの驚きで思考が停止しまった。
「老婆だからって驚かないで下さい。紙片隊の全てが老人と老婆だけの集団なのです。
「伝説の紙片隊ですか、ほうほう・・・」
 一人の下級兵士だが、腕に自信がるのだろう。上官に視線を向けて、遊び半分の気持ちで、上官に戦ってもいいかと、許可をとっている視線で、上官が頷くとゆっくりと鞘から鉄の刀を抜くのだったが、刀を鞘から抜き取る前に、老婆が神代文字の効果と武器職人の装備の一つの効果で想像も出来ない動きで、鉄の刀を切断してしまったのだ。
「ひっ!マジか!」
 刀を切断された者は当然だが、周辺の兵士も恐怖を感じて戦う構えだけはしていたが、一歩、二歩と後退していたのだ。
「・・・」
(これで、恐怖を感じて、この場から撤退してくれるといいのだが・・・なぁ・・)
「こっ、こんな・・・化け物と戦えるはずがない」
「何をしているのだ!抜刀したままで待機だ!」
「ひっ!。てっ鉄の剣を切断したのだぞ。俺らに何ができるというのだ?・・・」
「動くな!逃げるな!抜刀して待機だ!」
「ひっ・・・」
「ひっ!ひっ!」
「お前ら!。近衛隊としてのプライドはないのか!」
「うぉおおお!」
 この場の兵は、全てが近衛隊ではないが、近衛隊だけは正気を取り戻した。おそらく、いや、間違いなく、近衛隊になるまでの何年、何十年のことが一瞬で走馬灯のような映像で思いだした結果だった。それでも、上官からの戦いの命令がないからなのか、抜刀したままで待機したまま老婆から視線を逸らすことはできなかったのは、老婆が、周囲をキョロキョロと視線を向けているのは戦う者を選んでいると感じたために、今度は鉄の刀を切断されるのではなく、人体を切られる。その恐れからだった。
「ん?・・・誰?」
 老婆は、小声で囁いた。若い女性の声が聞こえたと感じたのだ。
「五分だけ待って・・・がんばて・・・無茶なことはしないで・・・」
「バタバタ、パタパタ、パタパタ」
 上空から旗が風になびくような音が響き渡る。その響く音がなんなのかと、地上にいるほぼ全ての者が見上げた。見た者たちは、着物の長い反物のような物で浮力を得て、人が飛べるほどの反物の竜巻と気づくと同時に、チラチラと反物の中心から若い女性が上空にいることを見た者がいた。
「若い女性?・・・天女?・・・伝説の勝利の女神?・・・味方なのか?・・・」
 老婆以外の者たちは、それぞれで、いろいろな想像をしていたが、全ての者たちは視線をそらすことだけはできなかった。そして、若い女性がゆっくりと、ゆっくりと地上に降りる考えなのだろう。
「助けにきたのだけど、お願いがあるのよ」
 若い女性が老婆の一メートルくらい上空で止まった。そして、老婆は、誰なのか何者なのかと考えるだけではなく、噂の羽衣なのか、反物のような物だけでなく、全ての様子を見て、そして、答えが出たのだ。
「純血族・・・始祖直系・・・裕子なの?・・・」
女性が現れた。裕子である。左手の小指には赤い鞭のようなフェンシングの剣とも、細長い槍とも思える物と数十メートルあるのかと思える羽衣がなびいていた。
「そうよ。うちの家系の全ての一族は死に絶えたわ。うち達のことは知っていると思うけど、純血族は、子供を生まないと歳が取れないの。男子みたいに適当な女性に子供を作ってから運命の相手を探す旅に出るわけにも行かないし」
「・・・」
(たしか、女性も同じだったと話を聞いたとあるけど・・・)
「そうよ。女性も子供を産んでから旅に出る人も多いわ」
「えっ!」
「そんなにも驚かなくても、別に、心を読んだのではないわ。うちが、この辺りに来た理由は、最後の一族の子を皆が眠っている地に埋めてあげたかったの」
「子・・・そうでしたか・・・そうですよね。父と母が眠る地に一緒に入れてあげたいわよね。それにしても、これ程までに、この地域が変わってしまっては・・・」
「子と言っても、老衰で死んだわよ。子と言ったのは、小さい頃からお姉ちゃんと結婚する。絶対に結婚する。そう言い続けてね・・・」
 裕子は、老婆との話に夢中で周囲のことを忘れているように振舞いながら周囲の兵たちの様子を見た。そして、自分の思惑の通りに撤退するのかと考えていたのだが、そこまでにならなかったが戦意は収まり、体制を整える気持ちなのか、近くの村にでも戻る気持ちなのだろう。その村も借財の一部で作らせた村である。それとも、この地域の前線基地にでも戻る気持ちなのだろう。その選択肢の中の一つには間違いないはず。裕子と老婆からゆっくりと後退して行くのだった。
「そうでしたか・・・わしも親戚の子にいたわ・・・可愛らしい子だったわ」
(良かった。馬鹿な考えだけはしないでくれたわ)
「そう、だから、わたしのことを忘れさせようと、一族の女性と結ばれるようにとね。故意にわたしの着替え姿を見せたことや、湯浴みの姿を見せたことも・・・いろいろとしたのよ。もしもだけども、初めての相手になってあげても良かったのだけど・・・わたしのことを押し倒してはくれずに、責任をとります。それを言うだけ・・・大人になっても、老人になっても、責任、責任って本当に馬鹿な子・・・」
「そうでしたか・・・それは、それは・・・」
(裕子の思考も変だけど、その子も変ね。でも、一族の長を押し倒すって無理よ)
 内心とは違うのだが、もっともだと、何度も頷くのだった。

第五十二章 伝説の二人の女神の再来。その一

老婆の上空でもあり。無数の人の敵部隊の上空でもある。皆が、女性と羽衣から目を逸らすことができなかった。羽衣は伝説で語り継がれてきた物である。勿論のことなのだが本物である。だが、羽衣には上空を飛ぶ機能もなく、伝説で言われている不思議な力は何一つとしてない。それでも、確かに、上空を飛ぶことはできる。矛盾している。そう思われるだろうが、鯉のぼりや蜘蛛などが飛ぶ方法と同じバルー二ングである。それでも、蜘蛛などと違って数十メートルの長い反物のような物を複雑な操り人形を操作するようにすると、方向や速度の調整ができるのだ。
「・・・」
 裕子は、羽衣を操ることに真剣だった。地上にいる部隊の中に殺気を放つ者には刀を切断か刀を地面に落とし、怯えている者には、羽衣に不思議な機能があるのだろうか、それとも、布の柔らかさで気持ちを和らげることが出来るのだろうか、戦いよりも、この場から立ち去るように気持ちを変え、心を変え、精神を変えさせていたのだ。他の多くの者たちには、羽衣で布の壁のように周囲を見えないように視線を隠すだけではなく身体の行動の自由も奪うのだった。
「お願いとは、その墓を探すことなのだろう・・・」
「それもお願いしたいことの一つだけど・・・」
 裕子は、繊細な羽衣の操りが終わったのだろう。和香子からの何度目かの問い掛けに答えた。
「それで、願いとは・・・本当の願いとはなんなのだ?」
「たしか、紙片隊には、瀬織津姫の生まれ変わりがいる。そう聞いたのだけど、その人って、もしかして、和香子さんではないですか?」
「う~ん。まあ、そうだな・・・わしのことだ。それは、誰から聞いたのだ?」
 敵の部隊は、女性と老婆が、今この場で何事もない。落ち着いているだけではなく、笑いもある。そんな戦場に居るのに、二人の会話に余計に恐怖を感じて近寄れるはずもなく、上官に指示を求めるために視線を交互にして待つしかなかった。
「何となく、そう感じました」
「そうか、そうか」
「お願いは、幽霊というか、ゾンビというか専門的な言葉は知りませんが、悪というか、闇というか、時間が過ぎるごとに、生前の記憶も、優しかった感情も失って行くのです。
このままでは、感情が消えれば天国に戻れない。だから、闇の感情を浄化して欲しい。瀬織津姫の力ならば、水、空気、植物、人、動物の心まで洗浄して正常に戻せる。浄化の力を持っていたと噂で聞いたことあるのです。だから・・・」
「そうか、そうか、それで、何人くらいなのだ?」
「それが、何人なのか数えきれません」
「そうか、そうか・・・なら、酒が飲みたい・・・」
(数えきれないのか・・・なら・・・頼み事の前に酒が飲みたいの・・・最後の酒になる・・・かもしれない・・・から・・・)
「何て不謹慎なことを・・・あっ・・・もしかして、心を正常に戻すための対価が必要だということでしょうか?」
「まっああ・・・まあなぁ」
「直ぐに、馬車に戻って持ってきますわね」
「何を言っているのだ!。この敵部隊を羽衣の壁で抑え込んでいるから戦にならないのだぞ。まあ、裕子の話しでは先頭の方の部隊は戦っているのだろう。それならば、余計に、この場から離れたら駄目だろう」
「それなら、どうしたら良いのでしょう・・・御願いしたことで、和香子さんの命が尽きたら・・・うっううう・・・」
「まあ、心配してくれるのは、ありがたいが、わしらは、もう十二分に満足する人生を楽しんだ。だから、死ぬ覚悟で旅に参加したのだ。だがな。戦いで命を落とすとは、誰も思っていない。老衰で命が尽きる。そう思っているのだぞ。もし、不老不死の薬があったとして、それを飲んだとしても、心身ともに命の火は寿命なのだ。効果がないのだ。だから、何も泣く必要はないのだ」
「でも、でも・・・」
「それよりも、敵部隊の先頭に行かなければならないのだろう。武器職人たちが助けを求めているのだろう。それに、裕子の一族の危機なのだろう。早く助けに行かなくては、なあ、行こう」
「でも、お酒を持ってくればいいのでしょう」
「若い女性が、泣きそうな様子だから慰めていたが、考えてみれば、わしらよりも年上で、歳を数えられないほどの長い年月が過ぎているのだったなぁ。ならば、分かるはず。わしらは紙片隊だぞ。馬鹿にしないでもらいたいわ!」
 和香子は、叫ぶだけ叫ぶと、自分の障子紙を探しだして乗ると、怒りのまま先頭の方向に飛んで行ってしまったのだ。その後を上空で待機していた。老婆の仲間も追いかけて行くのだった。
「怒らせてしまったわね。なら、私は、どうしよう。この場に残って後方の敵部隊と中央の敵部隊の混乱を続ける方がいいのかしらね。どうしましょう」
 裕子は、羽衣の操りも、手先や下方など見なくても慣れているのだろう。だからだろうか、視線は、敵部隊の先端に向けられていたのだ。それも、視線を逸らせることができない程の願いを込められている真剣な視線だった。
「ん?・・・」
 一人の老人だけが、どこかの目的の地でも、誰かと会いたいためなのか、人をかき分けては、邪魔だと、切り裂き、突き刺しながら突進するが、突然に元の場所に戻ろう。としたのだろうか、その時に、一瞬だが、正面の顔を見る事ができた。
「ちょろ様?・・・まさか・・・」
 老人の表情には、悲しみから怒りに、そして、憎しみを表して戻って行った。だが、視線に入る者には、怒りと憎しみを爆発させながら敵の性別も顔も分からない程に肉片にしては進み続けたのだ。
「正気に戻さなければ、このままでは、このままでは・・・」
 一瞬で昔を思い出した。それも、はっきりと、走馬灯でも見るように、幼子の頃の記憶なのだが、全てを思い出した。それは、長老の職を辞める原因であり。死期を縮めた理由でもあったのだ。独身だったが、子供が好きで、常にニコニコと笑う表情だったのもあるが、子供と遊ぶのが本当に好きだったからだ。だが、その原因から皆を守るためだったのだが、一人で敵部隊の半分を殺したのだ。その様子を子供も大人も見たことで、子供は長老を見ると怖くて泣き出し、大人も機嫌を壊さないようにと会うのを避けるようになったのだ。老人は、全ての職を辞めて人と避けるように家からも出なくなり。半年が過ぎる頃に心配した者が様子を見に行ったのだ。だが、すでに、ガリガリにやせ細って死んでいたのだ。
「二度も同じことをさせられないわ」
 裕子は、気づいていないのだろう。霊界から現れる者は、時間が過ぎるごとに、死んだ者の年月が古くなる。最後に現れたのは、裕子が憶えている。もっとも昔の記憶の人が現れたのだ。
「もういいわね。秩序ある戦いに発展したら全てを殺してあげるわ。今は、我が一族のことしか考えられないの。だから、皆さん。ごめんね」
 裕子は、今までの人生で、これ程までに怒りを感じたことも人を物としか考えられなくなったことも、その怒りの感情と同時に羽衣が反応した。いや、怒りの感情が形として現れたとしか思えなかった。その羽衣は、一枚の布ように上空に上空にと、風を受けて飛ぶための風力を得るために、はためきながら上がり続ける。
「ちょろ様・・・」
 羽衣にたいしての掛け声なのか、自身の覚悟の意味なのか、呟くと一気に上昇してから長老であり。ちょろ様が、先ほどまで居た場所に飛んだ。そして、その地に降り立つのだったが、周囲は死体だけで、誰一人として立っている人はいない。まるで、血の結界でも作ったかの様に丸く円陣があるかのように、人々は避けていたのだ。だが、本当に何も無いのだ。
「あっ!」
 裕子は、貝塚の方向でもあり。敵部隊の前線でもある方向を見ていた。だが、敵なのか味方なのか分からない人々が見えるだけで貝塚までは見えなかった。それでも、視線を向けていたのは、誰かを待っているのでもなく、ただ、これから向かう方向でもあるが、羽衣が上空から地上に降りてくる間だけだったのだ。羽衣は、裕子の周りに渦巻状になり。防御であり。戦うための構えでもあった。まだ、数秒は掛かる頃だった。遠くて性別だけは服装で分かるが、その他は分からないが、一人の男だけが円陣の中に入って来たのだ。
「姫様!」
 羽衣と左手の小指の赤い感覚器官を持つ者など多くはいない。だから、男は、女性が誰か分かったのだろう。
「長老様?・・・正気に戻ったの?」
「はい。長老です。姫と会えるとは、それも、大人の女性になった姫に会えるとは嬉しいです。それに、綺麗になられた。だから、大人になれば絶世の美女になる。何度も言いましたでしょう。わしは、嘘は言いません。そうでしょう。幼子の時の姫は信じてくれませんでしたが、本当だったと証明されたでしょう」
 老人は、裕子の前で膝を地面についた。臣下の礼というよりも幼子に見えていたことで目線を合わせようとした。時々のことだが、上下に視線を動かすのは、おそらく、男性だからプロポーションを見てしまうのだ。それは、大人の女性にも見えていたことの証拠に違いない。

第五十三章 伝説の二人の女神の再来。その二

女性は、完全に忘れていた記憶が、だんだんと鮮明に思い出されていた。老人の記憶だけではなく、当時の幼子の感情も思い出してきたのだ。父とも結婚の意味は分からないのに、結婚まで考えていたのだ。本当ならば今すぐにでも懐かしく、悲しく、嬉しくて、当時の愛称の言葉を叫んで抱きつきたいのを堪えていたのだ。
「長老様・・・族長様・・・」
「幼子の時みたいに、ちょろ様と、また、言ってくれると嬉しいですなぁ」
「もう~!」
「怒った姿も美しい。戦姫みたいですね。まあ、挨拶は、このくらいとして、こいつらを村から追い出さなければ、この村の子たちは、玄孫なのか、ひ孫なのか、会ったことはないが、わしら一族の血族である。この姿が、体が消滅したとしても守らなければならないのだ」
裕子は、前長老の話が終わって周囲を見渡すと、敵部隊には秩序はなく、幽霊の様子が変わっていた。初めに現れた者は、優しかった表情は変わり。記憶も、心もなくなり。ただ、動き回るだけのゾンビとなっていた。
「おばあちゃん。瀬織津姫」
自分では、誰の名前を言ったかも分かっていない。心の中に思う人に救いの名前を言っていたのだ。それも、曾祖母は、瀬織津姫の生まれ変わりとも言われた人であり。本物の女神に言ったのか分からない程の救いを求めたのだ。そして、何を思ったのか、突然に、正気に戻ったかのように周囲を見回した。
「和香子さん。おばあちゃん」
 現世の瀬織津姫と言われている人を探すのだった。
「ウァア!。綺麗!」
 老婆を見つけた。すると、老婆の全身の周囲が銀の欠片でも振りまいているのか、キラキラと光る姿を見て、驚きの声を上げてしまった。
「ん?・・・和香子さんなのね。ありがとう。お願いを聞いてくれて!」
 裕子の周囲から一人、二人と、ゾンビのような幽霊が正気に戻っていく姿を見るのだった。それは、満面の笑みを浮かべながら手を振り、何かを呟いたのだが何も聞こえていなかったが、裕子のことを知る者なのは、確かに表情でわかった。
「ん?・・・」
 幽霊なのだから体が不安定なのはわかる。だが、顔の表情が苦しそうに歪み、また、先ほどのゾンビのような様子に戻る者が現れた。呆然と立ち尽くし、願いが叶わなかったことに失望したことで、足腰に力が入らずに地面に膝をつくのだが、直ぐに、皆を救って欲しいと祈るのだった。
「お願いします。本物の瀬織津姫。和香子さんが、力を使い果たしたみたいなのです。瀬織津姫の力で、皆の優しかった心を元に戻して霊界に帰してください。それだけではなく、和香子さんも助けて下さい。お願いします」
 瀬織津姫は、どこにいるのか、言葉は届くのか、本当に存在した人なのか分からないが、裕子は、心の底から皆を助けて欲しいと、真剣に祈り続けるのだった。
「姫様。一族の長が何をしているのです。しっかりして下さい」
「そうですよ。私たちが知る。姫様なら常に笑顔で女性初の族長になるのだから何も出来ないことなどないの。そう言っていましたよね。あっ、でも、もう族長でしたね。それなら、何かに、誰かに、もう何も祈らずに何でもできますね」
「そうですよ。姫様ならできます。当時、幼子でしたが、大人の私から見ても頼もしかったですよ」
 周囲には、それぞれに年代を知る者たちがいた。その中には、姫と言われている人は何歳なのだろうと、ひそひそと会話をする者もいたが、畏怖の感情ではなく伝説の女神ではないのかと、敬う気持ちを持つ者しかいなかった。
「・・・」
 ボッワっと、ある地点から数十メートルの周囲に大量の金粉でもぶちまけたかのようなキラキラと綺麗な光景を見た。すると・・・。
「姫様!」
「姉様!」
「族長!」
「隊長!」
 裕子の成長と同時に世代で会った者たちが、再開を喜びながら集まって来るのだ。だが、裕子は、その者たちよりも言葉にもならない叫び声を上げて、その光景の地点に向かうのだ。
「和香子さん!。おばあちゃん!」
 裕子は、和香子の使う力の対価を考えて、キラキラと輝く粒みたいな物が、一人一人の人の心だと感じるのだ。そして、この規模のキラキラでは、老婆の命を使い切る程の対価が必要だと、そう考えると涙が止まらなかった。
「死なないで!」
裕子は、遠くから和香子の横たわる姿と、全ての頭髪が無くなっているのを見るのだ。その両脇で、二人の男女が、将太、亜希子である。何か、和香子の聞き取りにくい言葉でも聞いている感じで、それでも意味は伝わったのだろう。二人は泣いていたのだ。
「・・・」
 二人に声をかけようとするのだが、何かに決心したかのように立ち上がって、どこかに行ってしまった。おそらく、いや、間違いなく、老婆の最後の言葉を聞いて何かを叶えようとしたのだろう。
「見つけてしまいましたか・・・会わないようにしてくれと言われたのだがなぁ」
 数歩だけ歩いて近づくが、幽霊のちょろ様が突然に現れて驚くのだが、一番の驚きは、老婆が、自分と会いたくない。そう伝えていたことに声が出る程の驚きだったのだ。だが、その意味が分からない。それを問いかけようとしたのだが・・・。
「えっ?・・・あの・・・」
「どのようなことでも頼れる。そんな、老婆として記憶して欲しかったのだ」
「えっ?」
「ふっ・・・かわいそうに・・・人生の生きがいとして、死ぬ気持ちで頑張ったというのに、憶えていないとは・・・」
「えっ?」
「この隊にいる。老人と老婆は、姫様と幼い頃に会っているのですよ。和香子は、酒を飲むたびに、姫様から言われたことを話題にするので有名でしたよ。まあ、憶えていないのでしょうから言いますが、幼い頃は、くせ毛のために人見知りになって暇があると泉か川を鏡として髪を伸ばしていた。その様子を姫が見かけて声を掛けてくれたと、私は、瀬織津姫の転生だから心を映す力しかないけど、あなたは、瀬織津姫の生まれ変わりだから全ての力を使えるわ。それに、絶世の美女にもなるわ。転生の証拠は、そのくせ毛が証拠よ。瀬織津姫の本人も、常にくせ毛を嫌って泉や川で同じように髪を伸ばしていたわ。だから、皆には水を綺麗にする祈りをしていると思われてね。水の神、清浄の神などと言われているのよ。と姫様に言われたわ。老婆になってもはみかみながらなぁ」
「・・・」
 裕子は、憶えているのか、憶えていないのか複雑な笑みを一瞬だけ浮かべると、直ぐに、和香子に会おうと、目の前の霊体を通り抜けようとしたのだ。
「分かりませんか、和香子の気持ちが・・・それよりも、意識が朦朧としていますがね。目は、まだ死んではいません。ですが、言葉を掛けるのならば、裕子だと悟られないようにして欲しい。その意味はわかりますよね。女性の命である髪がないのですよ。瀬織津姫である証拠である。くせ毛の髪がね。だから、心の支えを消して欲しくないのですよ」
「でも・・・でも・・・」
「瀬織津姫の転生だから生まれ変わりでないから分からないでしょうけど、瀬織津姫も羽衣と赤い糸を持っていたのです。だから、羽衣の効果を使うといいでしょう」
「・・・」
「姫様。私は、寿命のロウソクの部屋の番人ですから転生とか生まれかわりもわかるのです。それで、老婆の目はまだ死んではいませんので、霊界に戻って寿命のロウソクを確かめなくても大丈夫です。それでも、若返らせるとか、寿命を延ばすとかではないのですよ。今のロウソクを維持させるだけなのです」
「糸ですか?」
「そうです。鶴の恩返しの話を知っていると思いますが、あれは、架空の物語で夢と現実が混ざった話しです。縄文時代の前期にあったことで、皆から慕われた夫婦のことだったのですが、長い年月で話がかわってしまったのです。ですが、赤い糸の効果の一つの話です。幻覚を見せたのです。それでも、女性が、怪我のために狩猟を断念して、狩猟生活を続ける夫のために自分の羽衣から糸として使って羽衣を織ったのが本当の話ですよ」
「それは、知りませんでした」
「それは、特に、始祖の直系の一族には、あってはならいないことです。一族の使命を放棄して、一か所の地で自分だけの生活をするのですからね」
「一族の使命を放棄した話しなのですか!」
「それよりも、早く糸をお願いします」
 裕子が驚くのは当然の反応だったのだ。

第五十四章 伝説の二人の女神の再来。その三

裕子は、いろいろと聞きたいことがあった。だが、和香子の身体から力が抜けているというか、命の生気が抜けている。身体の危険を感じたのと、なぜか、長老が
何か分からないが急かすのだ。幼い頃なら武術の訓練の時は煙草が吸えないために終わった後の時と感じは同じだが、今は、身体がなく肉体の欲求がないはず。それならば、死後の世界に帰る時間が迫っているのかと思ったのだ。そのために、自分のことよりも、二人のことを優先するしかなかった。
「どうしたらいいのでしょう。指示の通りしますので教えて下さい」
「まあ、仕方がありませんね。普通なら何も考えずに本能で分かるのですが・・・」
「まだ、そういう教え方なのですね。武術の達人でも教え方は下手だと、皆が言っていましたわ。幼い頃でも意味は分かっていたのですよ」
「そういうことではなくて・・・まあ、いいでしょう。それではですね」
 長老は、困った様子は表すが、でも、楽しそうにも思えた。
「はい」
「直ぐには、糸は無理でしょうから、今は、空を飛ぶためや武器としての形態に変化したままの状態でいいですから老婆の首に巻けるくらいの長さで切り落として下さい。できますよね」
「はい」
「小さい槍を放つ感じでいいですよ」
「生前も今のように部下に教えていれば人気者になっていたでしょうね」
「・・・それを首に巻いてあげて下さい。それで、意識は戻るでしょう。ですが、確認する前に、この場から離れて下さい。その意味はわかりますね」
「はい・・・それで、長老とは、また、話を出来るのでしょうか?・・・」
「今は、そんなことを言っている場合ではないです。まだ、大勢の敵の軍勢がいるのですからね」
「そうでした。すみません」
「ですがね。姫とお会いできるとは思ってもいませんでした。良い友達もできたみたいですし、良い女になりましたね。想い人とは再会はできますし、勿論のことですが、良い雰囲気になるでしょう。それは、お約束ができます。運命のローソクもありますので、毎日、火が消えないように確認しておきますよ。ふっはははは!」
「なんか、いやらしい。性格が変わったみたいですね。でも、ありがとう。さようなら、またね」
 二百メートル上空に周囲の状況を確認しながら浮上した。
(先ほどは、少しだけ、ちらっと見ただけど、やっぱり、西の建物が並ぶ村ね。この方たちの拠点に間違いないわね。少し暴れたら戻る場所がなくなって陣が崩壊するはず。それで、この戦は終了するわ。それが、皆を心配するよりも、私がしなければならない役目ね)
「歌?・・・またなの・・・あの馬鹿!何度言えばわかるのよ!」
 西の建物が並ぶ村であり。敵方の拠点の村の中心に降り立った。すると・・・・
(将太が歌っているはず。もう歌うなと何度も言っているのに、大人の女性は免疫あるけども、少女が、歌を聞いて惚れたらどうするのよ。本当に何を考えているの・・・でも・・・もしかすると、最高の好機なのかもしれないわ。戦でほとんどの男が戦場のはずだから女や子供だけ、それも、歌の効果で建物の中からでて来られないだけではなく、おそらくだけど、耳を塞いで歌う男が村から立ち去るのを待っているはずだわ。それならば・・・」
 羽衣が大蛇のように旋回、渦巻、それだけではなく、直接に家々の屋根を尻尾で上、下、左右と切り刻むのだが、人がいない場所だけを狙うのだ。まあ、殆ど家の屋根だけを綺麗に切り取る感じで暴れまくるのだ。それは、脳内で考えたことを一ミリの狂わせることなく、自分の手足の神経を無意識で動かす感じで可能なことだったのだ。
「・・・?」
 裕子は、驚くのだ。それは、この村にいるはずのない。若い男性がいたからだ。それも、裕福そうな服と言えばいいのか、普通の一般の服とは違っていたのは、もしかすると、この村の長なのか?。軍隊の最高指揮官なのか?・・・ふっふふ、少しからかってみるか」
「・・・」
「・・・キャッ」
 その男の上空に着くと、突然に、失速・・・男性と違って女性としては恥ずかしいことだったのだ。失速して何があったのかというのは、上空から落ちてくるのを抱きとめたのだ。それは、お姫様抱っこという。女性の夢の一つだった。
「どうされました?・・・また、飛行実験に失敗しましたのですか?」
「あの・・・あの・・・あの・・・」
「自分のことはお忘れですか?・・・」
「あの・・あの・・」
 裕子は、この男を運命の相手と思っているのか、好きと思っているのか、その感情は自身でも不明なのだが、この男性の目の前、またや、至近距離に近づくと、男の顔を見る事ができず。だが、鼓動は早くなり、言葉を話そうとしても声はでず。顔は真っ赤になり、体温も高くなり倒れそうになるのだ。それでも、私に対してだけなのか接し方が優しく、会話ができなくても、顔を見ることができなくても、何度も出会っては、直ぐに別れても、常に再会を楽しみにしていたのだ。
「なんか、顔が赤いですね。熱でもあるのでは・・・大丈夫ですか?」
「キャ」
 男は、裕子の額に手を当てて熱を測ろうとしたのだが、恥ずかしくて両手で男の左手を払いのけたのだ。
「あっ!すみません。女性にとって顔は命と同じでしたね。断りもなく触ろうとしてすみませんでした。それに・・・立てますか・・・手を放しますよ」
「キャ」
 裕子は、男が、裕子を地面に立たそうとして手を体から離すと、直ぐのことだった。足に感覚が感じられずに、足に力も入らずに倒れそうになったのだ。それに、男は直ぐに気が付き両手で体を支えるのだ。
「大丈夫ですか?」
「キャ!馬鹿!」
 右手で女性の左胸を触っていたのだ。
「あっ!」
「もう!触りたい。そう言えば触らせてあげるのに!馬鹿!」
 いつも何かの理由で怒らせて怒りながら立ち去ってしまうのだ。
「また、やってしまったか・・・」
(・・・でも、今回は、諦めない。今までは、次の再会の時に、そう思ってきたけど、それが、一番の原因だったかもしれない。だから・・・)
「もう、もう、もう」
(今度、今度は、逃げないで、怖がらないで、恥ずかしがらないで、可能性のある男性に会えたら、顔だけでも確かめる。そう決めたに・・・)
「待って!待って下さい。失礼なことをしたことは、謝罪しますから待って下さい」
「もう、もう、もう」
(一族の長だけに伝わる。始祖の秘密は信じたくない。始祖は、星々を渡る途中で故障したことで、この星に降りたと、そして、故郷に帰りたいが、助けが来るとしても、時間的に寿命が尽きてからでないと、訪れないはず。だから、遺伝子だけでも、持ち帰ってもらい。クローンを作ってもらう。そのための入れ物が、血族の役目だと、だから、自分の理想的な男性ではない。そう聞いた。だから、顔だけでも確かめたかったけど、直ぐに異性から逃げて無理だった。それも、何となく興味を感じた。何人の男性と会えた(裕子は、分かっていないが、同じ男性なのだった)だけど、一人も確かめられなかった。でも、今回は、今回の人だけは、覚悟を決めたのに、また、逃げてしまった。せめて、引き留めてくれないかしら、お願いだから・・・)
「待って下さい。何か探し物があるのですよね。始祖の墓所ですか、前縄文時代の遺産ですか、世界樹の木ですか、前縄文時代の頃の草木を探していましたか!」
「・・・」
(私を引き留めているの?・・・何か誤解しているかもしれないけど、私を好きで引き留めているのよね。ふふっふ)
 裕子は、走るのを止めて立ち止まったけど、振り向くことまでの勇気はなかった。
「許してくれるのですね。自分も同族です。長い年月の間に、いろいろな血がまじってしまって寿命は短くなってしまいました。ですが、いろいろな知識や物などだけは代々継承されてきたのです。だから、あなたの助けになることができます」
 男は、裕子が立ち止まったことに、もしかすると、自分が走りながら叫んだことの一つだけでも興味を感じてくれたと安堵したのだ。
「えっ!」
(私を好き、と言うことよね。だから、追いかけて来たのよね)
男の気持ちとは違って、全く違う考えで立ち止まり振り返ったのだ。
「貴女のためなら何でも協力しますよ」
「・・・」
(あら、良い男ではないの!。無骨な縄文人の東北系ではなく、弥生人の中性的な感じね)

第五十伍章 隊の崩壊と禁忌の歌

最前線では、先ほどまでは、後方で意味不明な騒ぎで部隊の崩壊が起きようと、前線を維持するだけではなく、確実に敵の部隊の者たちを倒していたのだ。後、数刻の時間があれば敵を壊滅させられる。そう指揮官だけではなく兵たちも思っていたのだった。それなのに、男性が禁忌とされている歌が聞こえてきたのだ。真っ先に指揮官が戦うのをやめて刀を鞘に納めてしまった。それだけなら部隊の崩壊もなく副官が指揮を引き継ぎ戦いは続行しただろう。だが、指揮官は狂ったかのように叫ぶのだ。
「娘孫が、娘が、妻が、あの男に、今まで愛していた者を忘れて、歌を歌う者に心が奪われる。助けに行かなければ、出来れば、あの歌う男を殺してやる!」
「隊長!何をしているのですか、指揮を続けて下さい」
 隊長は、部隊後方に体を向けて歌う方向を見た。そして、家族がいる村と歌が聞こえる方向を交互に見て向かう方向を思案していた。その姿を後ろから見て、隊長の様子が変だと感じて直ぐに正面に立ったのだ。勿論のことだが、部下の覚悟は、指揮官である上官の頬を叩いても正気に戻そうとしたのだ。
「独身のお前には分からんことだ。もしかすると、お前の母も家を守らず子供も守らずに男に心を奪われて家にはいないかもしれんぞ」
「何を言うか!上官でも言っていいことと悪いことがありますぞ!」
 周囲の者たちは、二人の将の様子を見て、噂は本当だと感じたのだ。噂が広がることに戦線最前線では部隊の崩壊が始まったのだ。確かに理解はできることだ。初めて聞いた歌であり。禁忌の歌とされている歌なのだから分かる。だが、将としての態度ではなかったのだ。一般の兵が同じ行動をした場合は、敵前逃亡として処刑される行動である。それ程の噂なのかと思われるだろう。噂の一つとして、女性にとって麻薬のような歌。その歌で娘と妻が、もしかすると、孫も歌う者に心を奪われる可能性のために、町、いや、村へ帰ろうとしたため、または、すでに、男と一緒にいる可能性もあるとして男を殺そうと試案もしていた。その部隊の崩壊する様子を遠くから見て、亜希子は・・・。
「男が歌うことでも男にも効果があるの?・・・女性が歌えば男性に効果があるのは聞いたことがあるけど・・・」
 ゆめみがちな乙女、恋に飢えている乙女、恋をしている女性、愛が満ち足りてない女性、愛に不安を感じている女性などが、理想な男性かと、恋焦がれている男性かと勘違いして、愛しい人から告白された感じになる女性や片思いしている女性が両想いだったのかと勘違いして心が奪われるのだ。それと、試す者はいないが、別名もある。それは、真実の愛を確かめる歌とも言われていた。
「あの馬鹿は、どこなの?・・・歌が聞こえるから近くのはずだけど・・・」
あの馬鹿と言われている者は、裕子の近くにいた。男と裕子の愛を確かめるつもりだったのか、二人は、歌が聞こえるはずだが、目の前の男、女にしか心が動かなかったのだ。
「裕子が、俺の相手だと思ったけど違うのだね」
「何を言っているの?・・・そのために歌を歌い続けていたの?」
「うん」
「あんた馬鹿!何を言っているのよ。あんたの相手はね」
「どうして、会えないのだろう」
「わたしの話を聞いている?」
「他人の愛だけは確かめて結ばせているのに、俺は、いつ会えるのだろう」
「あのね。だからね」
「裕子も男も愛する人が変わらなくて良かったね。後は、告白するか、告白されるかだね。おめでとう」
「どこ行くのよ!」
「この村を助けなくてはならないよね。だから、歌い続けないと・・・」
「歌い続けたら間違いなく嫉妬に狂った男たちに殺されるわよ」
「あのう。裕子さん。あなたと、その男は、この村の人だったのですか?」
「そうではないわ。まあ、何て言っていいか、と言うか、今は、そんな話をしている場合ではないのは分かるわよね。だから、あっ!待ちなさいって!」
 将太が、ふらふらと歌いながら歩き出した。
「ん?・・・どうしたのです?・・・裕子の運命の人は、嫉妬の心もなく正常の精神のまま裕子しか愛する気持ちがないのですよ。愛の他に何か必要ですか?・・・」
「そんなことよりも、どうしたというのだ?・・・まるで別人だぞ」
(やはり、保護者の亜希子が居ないと駄目か、でも、なぜに一緒に居ないの?)
「なぜ、その男と行くのです。やっと、運命の相手同士だと分かったのに、自分を置いて行くのですか?」
「旅の仲間というか、いや、友人なの。何故か分からないが様子が変なのね。だから、愛ではないの。ただ、心配だけなの」
「それでも、自分を置き去りにして、あの男と行くのだろう」
「それなら、一緒に行きますか?・・・そうなると、どっちの陣営になるの?。仲間と戦えるの
?・・・それで、将太は、何で亜希子と一緒にいないの?・・・」
 男と会話をしている。そして、振り向くと、その一分間も過ぎない会話のはずなのに、将太が、この場から消えていたのだ。周囲を見回して探すと、亜希子が、手を振りながらゆっくりと歩いて向かって来るのが見えたのだ。
「亜希子?・・・」
「裕子さん。自分は、もう離れません。一緒に、どこにでもお供します。それで、いいですね。問題はないですね」
「いいわよ・・・それよりも、二人が、別々に行動するなんて初めて見たわ」
 男に返事は返すが、亜希子から視線を離さなかったのだ。
「将太とは会った?」
「はい。先ほどまで居たのだけどね」
「ふらふらとしているのね」
「何かあったの?・・・まさか、病気?」
「まあ、病気みたいな感じね」
「大丈夫なの?」
「ふっう~馬鹿は治らないわね」
「もしかして、胸が大きい理想な女性か、まさか、二階の襖から女性が見下ろしている姿に一目惚れした。あの女性に会えたけど、ふられたとか?・・・」
「そんな女性はいないのだけどね。でも、胸の大きな女性や美人はいるからね。まあ、今回は禁忌の歌を歌っても一瞬でも心が動かなかったらしいわ。だから、余計に落ち込んでいるの」
「そうなのね」
「今までなら涙が枯れるほど泣けば収まるのだけど、今回は、頭に響くような感じで女性が呼んでいるらしいの」
「なに、それ、狂ったの?」
「ふらふらと歩き回っているのだから本当に聞こえているのかもしれないわね」
「その頭に響くのって、もしかして、婆ちゃんたちが救いを求めているのではないの。それが、頭に響く感じの悲鳴ではないの?」
「そうかもしれないわね。でも、敵は好き勝手な方向に逃げているのよ。もう戦える状態ではないわ。だから、婆ちゃんたちとは違うかも・・・」
「そうかもしれないわね。でも、このままでは、嫉妬に狂った男に殺されるか、将太を奪い合う女性たちに殺されるかもしれないわ」
「もう、あの馬鹿は、どこにいるのよ。何をしているの?・・・もう~」
「何を言っているの?・・・あなたちは、運命の赤い糸が繋がっているのだから糸の方向が示す方向に行けばいいだけでしょう」
「それが・・・将太がね。一人で勝手に、どっかに行ってから反応が切れたの」
「えっ!そんなことありえるの?・・・まさか、誰かに、殺されたってこと?・・・」
「それは、ないと思うわ。生きているはず。それだけは何となく感じるの」
「そう・・・」
 左手の小指を上空に向けて方位磁石のように反応があるか試していた。その相手は、それほどまで遠くにいたのではなかった。
「・・・助けて・・・」
「そっちに向かっているよ。赤い糸が反応しているからね。でも、場所がわからない。場所を示さないのだよ」
「・・・あつし君とみね子ちゃん。と一緒に来て、二人なら場所が分かるわ・・・」
 まるで、携帯電話の圏外と通話が出来るぎりぎりの場所で会話をしているような女性の会話だった。
「それは、誰?・・・初めて聞いた名前だよ」
「そう・・・もう長い間、会ってないから老けたのかな・・・」
「何年くらい会ってないのかな?・・・」
「五十年くらいは会ってないわね」
「もう死んでいるのでないかな・・・」
「命は感じるから生きているはずだし、近くに居るのも感じるわ」
「もしかして、あの爺さんと婆さんたちのことかな?・・・」
「そうかもしれないわね」
 将太は、頷くと、最前線の地に歌いながら向かうのだった。

第五十六章 始まりの地へ。

最前線では、敵部隊は崩壊したのだが、指さして数えるくらいは戦いを諦めてはいない者たちがいるのだ。指揮官クラスは、本国に帰るか、または、状況を報告した場合の処分に恐れているのだ。おそらくだが、死が待っているのは確実だと、それならば、戦って死ぬと覚悟しての戦いに違いないのだ。それと、その周りには、まだ部下がいたが、勿論のこと損得勘定での思考だけだ。賞金が目当ての者と昇格のためと、いろいろな思惑の人がいたが、指揮官クラスである。上官を守りながら周囲にいるには、共通の考えがあったからなのだ。それは、指揮官クラスの一人でも生き残り、さらに上の上官に報告することを考えていたから死なれては困るのだった。
「お前ら!もう逃げろ!我らは、生き残る気持ちがないのだ」
「そうだ。この地で死にたいのだ。だから、逃げろ」
「死にたい。と言っていますが、まだまだ、剣筋からには殺気を感じますぞ」
「当たり前だ。化け物みたいな老人、老婆には、一筋の傷でもつけたいからな。このまま、お前らに無傷のままで、俺が死ぬようなことになれば、天国にも地獄にも行けずに、この地を彷徨うだろう」
「ああ間違いなく。この地を彷徨うだろう。だが、この地はなんだ。化け物のような老人と老婆に、空を自由に飛び回りながら戦い。鉄を切る刀に、鉄の刀で切れない衣服だぞ。それに、幽霊と戦くだけでも頭が変になりそうなのに、あの禁忌の歌を歌うだけでなくて、長文の原文の歌など神話の時代の伝承ではないのか、本当にあるなぞ。そんな噂も聞いたこともないぞ。あの者はなんだ。なぜに、神話の頃の歌など知っている。何を考えているのだ。死にたいのか、まさかだと思いたいが、ハーレムでも作る気持ちではないだろうなぁ!」
「不思議に思っていたが、我らは、何故に、禁忌の歌を聞いても正気のままなのだろう」
「お前は、初恋の人と結ばれたからだろう。他の者は、女なら誰でもいいと、ハーレム願望があるのだろう。まあ、我の場合は、初恋の相手から告白されて結ばれたのでなぁ。愛を確かめる。などと、そんな歌を聞いたくらいでは心が動くはずもないのだ」
「それならば、そんな、奥方がいるのなら死ぬ気持ちがないだろう。上官に報告だけでなく、本国の報告まで頼むとするか」
「待て、待て、この地の報告など物語でも考える方が楽だぞ。というか、正直に報告したら、我の正気を疑われるぞ。そんなこと、頼まれても困る。他の者にしろ!」
「どうする?」
「何が・・・だ?・・・」
「老人、老婆だけでなく、幽霊もいなくなったが、貝塚にでも向かうのか?」
「村人を殺しに行くのか?」
「そのために戦を起こしたのだろう」
「まあ、そうだったな・・・そうなると、我らだけで村の者を全て殺すのだな。そうなると、全ての者を殺すことは出来ずに、近くの村に助けを求めるために行くだろう。もし周囲の村々が共闘でもされたら困るぞ。それに、今後の交易に影響もでそうだ。そうなると、米作りの労働力には協力しない。そう言うだろうなぁ」
「神話から言い伝えとして残る。紙片隊が出た。それだけ伝えればいいのではないか、一般兵も、その時に裸で逃げ帰って来たのだ。そのまま本国に帰った者も多いはず。紙片隊だけの噂は広まっているはずだろう」
「確かになぁ」
「それに、今までの全てを正しく報告しても馬鹿にしているのか、狂ったのかと、笑われる。それでも、確実に分かることは、生き延びても、我らの首は落とされるのは間違いないはずだ」
 左手を首の前に持って行き。手首を横に動かして今の話しと同じ意味を伝えた。
「自決ではなく、処刑か・・・仕方がない。村に入らずに戻ろう」
「それが、賢明だ」
 皆が、刀を鞘におさめた。すでに、戦意の感情はなくなっていた。だから、だろうか。幽霊も敵も誰もいなくなっていたのだ。不思議そうに理由を調べようと周囲を見回していた。そして、皆の視線は、ある一人に向けるのだった。
「こちらが、戦う気持ちがないならば、我らも戦う気持ちもない。もしも、本気で戦う気持ちならば、我らは、簡単に皆殺にするぞ。その二つの感情を伝えるために、この場に誰もいない状況なのだろうか?・・・」
「そうだろう。力があっても使う気持ちがない。思想が違うのだろうか?・・・いや、もしかすると、子供の癇癪だと思われているのかもなぁ」
「この場で、ぐちぐちと答えがでないことを話しても仕方がないことだ。俺らは良いのだが、お前らは、村で待つ妻子が心配なのだろう」
 部下たちは頷く、指揮官クラスの良い。の意味が分かるのだ。戦地に妻子を連れて行けない。それは、人質だということ、だが、一般兵と傭兵は、妻子を同行させないとならなかった。戦意の向上と妻子の生活補助などの軽減のためだった。
「そうだな。禁忌の歌は聞こえなくなったが、村の方角から巨大竜巻でも通り過ぎたような騒音と上空に舞い上がる土煙が見えて心配にはなっていた」
「それもあるが、逃走した者たちも村にいるはずだ。もしかすると考えたくはないが、逃走した者たちに時間を与えない方がいい。今頃は怯えているだろう。敵前逃亡した罪は死刑だということになぁ。その罪から逃れようとして反乱でも起こされたら困る。まあ、村は無茶苦茶のはず。村の復興と田畑の無料奉仕で罪を問わない。それを早く伝えた方が良いかもしれない」
「そうだな。この地の者たちは勝利したと思っているだろうし、無理に労働のために徴兵したら兵の反乱よりも困ることになるぞ」
「ああっ確かに、もし拠点も無くすことになれば、俺らの首だけでは済まない。家名の剥奪で済むといいが、いや、一族の全ての粛清になるかもしれない。今回の作戦では莫大な戦費を使っているのだ。再度、国民から徴収などできるはずもない。それは、この地に派遣されると時に言明されただろう。それ程までに東北の地が欲しいのだからな」
「そんな大声で俺ら以外にも聞こえるぞ。大丈夫なのか?」
「ああっ大丈夫だ。逃走した者たちなど当てにならない。この場にいる者たちを中心として兵員を整える。期待しているぞ!」
「うぉおお!」
 この場の者たちの歓声が聞こえて頷くと、指揮官クラスの者たちは、今後のために個人個人で思考しているために無言で歩き出した。その後は、傭兵と部下たちは昇級が確実だと分かり。将来の夢を話し合う歓声の声が響き渡るが直ぐには収まらなかった。
「やっと、撤退しましたね」
「後、五分も続いていたら心身ともに動けずに戦えなかった」
「わしは、後、三分が限界だったぞ」
「わしは、もう無理」
「もう無理じゃ」
「無理・・・」
「・・・」
 などなどと、思い思いの安堵の声を上げては、その場に腰を落とすのだ。
「すまないが、戦いながら聞こえていたと思うが、女性の助けを求める声が聞こえていたはず。直ぐに、出発しなければならない。もう少し頑張ってくれ」
「まあ、仕方ないだろう。地面から生気を送ってくれたから誰一人として死ぬことも、今まで戦えたのだからな。感謝の言葉くらい直接に言うべきだろう」
 武器職人の話を聞いた後に、一番の重病だった。和香子の様子を見ては何も言うことはできなかった。裕子には命を助けてもらったが、今は、髪も心身ともに元気とは大げさだが、髪も元に戻り。身体のほうはふらふらとしているが、声色だけは普段の声色に戻っていたのだ。
「本当なら二人の若者を待つべきだが、わしらの体力が限界だ。先に向かおう。もしかすると、途中で会えるかもしれない」
「一つ聞くが、あの馬車は何だ?・・・当初からの計画なのか?・・・」
 和香子は、すでに、いつから有ったのか、数十メートル先に、全ての馬車が並んで有ったことに驚いているのだ。
「いや、違うぞ。これから会いに行く。その御仁の力の一つらしい」
 武器職人には、その御仁という者のことは全てが分かっていた。いや、世界樹の木と言えば、この場の者には分かることだったが言えなかった。縄文時代の初期の頃には想像だけでありえない物が多い。それも特に、夢にも限度があると言われる。その三つの内の一つ、初期の縄文時代は、世界は一つ国だった。二つ目が、巨人が存在した。そして、三つ目が世界樹の木だ。ありえない内容の一つとされる。それが、植物の種を植えるだけで、全ての植物をコントロールし、四季に関係なく咲かせた。または、地震も天候もコントロールができるだけではなく、地上、地面の中でも元が植物の物で作られた物なら自在に動かせた。勿論のことだが、地面を通して、今回の脳内で響く感じで通話もできたのだ。もう少し分かりやすく言うのならば、全ての穀物を実らせることができただけではなく、電車、車、飛行物体、電話などなど、現代にある文明の産物でも世界樹の木がコントロールできた。とされるのだ。それならば、世界樹の木だと伝えれば喜ぶだろう。と思われるだろうが、現代では、神か悪魔として伝承として残されていたのだ。特に恐れているのは、この地球では五回文明が滅んでいるが、その原因が、神の気まぐれの気候を変えられて滅んだのだ。有名なのがノアの大洪水のことだが、もし世界樹の木だと言えば恐れから行かない。会いたくない。関わりたくない。などと、皆の返事が分かっていたことで何も知らない振りをしたのだ。
「らしい・・・か・・・分かった」
 和香子の何か言いたいことを言えずに我慢している感じの様子を見て、武器職人は、世界樹の木だと分かったのかと、適当に誤魔化すか、正直に言うか迷っていたのだ。

第五十七章 伝説の楽園 その一

世界樹の木は、縄文時代の初期に造られた人口生命体である。勿論のことだが、自我があり。悩み。苦しみ。人と同じように思考することもできた。今回は、思考の結果の答えで行動することを決めたのだ。それでも、世界樹の木は狂っていない。まだ、正常だと思える。それは、思考して答えをだして行動をすることになった。その理由が思考だけで誰にも伝えていない。それが、証拠だったのだ。
「こんなことは終わらせないと、本当の運命の人と結ばれない。私を殺してもらわなければならない。この世界樹の木を切ってもらわないと、人の運命をもて遊ぶことは。やめさせないと、あなたたちは、始祖の遺伝子を未来に運ぶたけであり。その箱ために生まれたと伝えないと・・・でも、正直に全てを伝えると、正気を無くして自殺するかもしれないわね。それなら、神話、伝説、おとぎ話とかの話を作り、無数の物語の中に少し少し始祖のことのヒントを盛り込んで話を作らないとだめかな。それでも、今から来る人だけには本当のことを伝えないとね」
 世界樹の木は、実行した一つは、まず、数台の紙片の馬車を動かして、訪れる人を向かいに行かせたのだ。本当ならば、世界樹の木が実行できる土地に入った時点で根っ子に指示を伝え、村に入る前に世界樹の木がある地に方向を変えようとしたのだが、殆どの根っ子が切断されていたために今頃になったのだ。
「和香子。あのな・・・言い難いことだが・・・」
 武器職人は、全てを伝えようとしたが、言い難いことでもあり。自分が思っていた言葉の通りに舌が動いてくれなかった。
「それなら仕方がないな・・・それと、馬車まで手を貸してくれないか、本当に動けないのだ。言わなくても分かっているだろうが、荷物ではなく、女性として対応してくれよ」
「あっああ、勿論だ。安心しろ」
「感謝する」
「他に歩けない者はいるか?」
 殆どの者は手を上げたかったが、和香子の様子をみて、まだ軽症だろうと、自力で馬車に乗ろうと覚悟を決めた。
 健康な者なら五分もあれば馬車の席に座ることができる距離と時間なのだが、心身ともに疲れている証拠のように三十分も掛かってしまったのだ。
「・・・」
 今までに、いろいろと驚きの連続だったことで、席に座って瞬間に馬車が動き出したくらいで驚くことではないが、それでも、無言で何が起きても対処できるように身構えたのだ。馬車の中に居る中で、一人の老人を除いて同じことを思案しているだろう。現代で例えるのなら電車のように線路と電力が供給して動いていた。だが、この地には電力の伝線などもなく、勿論だが線路もない。それならば、と思われるだろう。地下に張り巡る根っ子が線路と電力の供給と似た感じの働きで馬車は動いているのだ。
「・・・」
 突然に風景が変わった。木々に蔓が巻き付け、上空にも左右にも蔓のトンネルみたいに、だが、それだけなら世界中を探せばあるだろう。驚くのは、巻き付いている木々にあった。南半球、北半球、赤道などの木々ある。それも、人工的に植えたはずだが、規則的に並んでいない。これでは、成長する木々と枯れてしまう植物があるのだが、素人でも分かる適当に植えられているのだ。だが、全てが同じように成長してあるだけではなく実まで実っているのだ。全ての植物を調べてを確認していないが、おそらくだが、いや、地球上の過去に絶滅した植物に、未来だけ存在する。作られた植物に、現代だけ存在する植物など全ての植物がある。そう思わせる無数の植物が見えるのだ。老人、老婆たちは、窓の外を見られる。少しでも心身ともに余裕がある者だけが見ていた。それも、不思議そうに見ている者や不老不死の薬草でもあるかもしれない。果物を見ては、美味なのかと、いろいろ人によって違う思考で見ていたのだ。すると、初めから止まるのが決められていたのだろう。馬車の中の者には突然に馬車が止まった。と感じたのだ。もし植物人間が存在するなら間違いなく目の前に現れた者のことを指すだろう。
「何を求めて来ましたか?・・・果物ですか?・・・薬草ですか?・・・その両方に適した食べ物が桃とバナナなのですよ。特に、桃がお勧めです。どうぞ、食べてみてください」
そして、お辞儀をすると話を掛けてきたのだ。
「・・・」
 二つの果物を勧められた。何人かは初めてみたこともあるのだが、食べない理由ではなかったなかったのだ。他にも視線の中に入る物がある。栗、柿、アケビ、茄子、苺?・・・。と、最後に視線に入った物を見て、苺って木の実だったかと、不審に感じるのと同時に、他にもいろいろと知らない物や季節も無茶苦茶な実り方で本当に食べられる物なのかと思ってしまったのだ。
「姫様に会いに来たのですね?・・・久しぶりのお客人です。姫様もお喜びになるでしょう。皆さまをご案内したいのですが、わたくしの足は木の根っ子ですので、本当に失礼なことですが担当している土地から動けないのです」
「・・・」
 武器職人は、首を横に振り相手にするな。そう合図を送ったのだ。
「お客様。お客様。徒歩での御入場は禁止されています。危険です。危険です」
「お前は、化け物の主か?」
 血を見ると、変な人になる。病気持ちの男が問いかけた。
「先頭の男性に反応しましたが、それで、ですが、御三人とは知りませんでした」
「・・・」
「承認音声が流れ終わるまでお待ち下さい」
「・・・」
「最後の直系の姫様であり。裕子の名を継ぐ第十三代目の裕子様。代々継承の姫の守護人であり。刀剣の担い手の将太様。清浄の担い手であり。始祖の第一の箱の継承者の亜希子様」
「しっ信じられない・・・あっあの最悪な悪党の危険人物でしたのですか、でっでも、たしか情報では、二組と一人での行動だと、仲間だと、そんな情報は・・・」
「どうぞ。植物の王妃である。生命の主でもある。初代の世界樹の木の姫様がお待ちしていました。どうぞ、奥に進み下さい」
「どうした?。共に来んのか?・・・なんか不愉快だな。やはり、皆と同じ反応だな・・・愛だけでは生きて行けない。そういうことなのだな。わかった。好きにするのだな。今すぐに帰りたいのなら帰っていいぞ。では、先を急ぐぞ!」
「チョット、待ってよ。態度が違うっていうけど、俺は、告白したけど返事がない。だから、態度だってかわるよ」
「えっ!いつよ?・・・」
「御三人さま。何をしているのです。姫さまがお待ちしているのですよ」
将太と亜希子は、周りのことも他の人のことなどよりも自身の興味を感じて、先に、先にと歩き出し、植物人間は、共にいる時間と自身の行動できる範囲内に全てを伝えたい考えと予定時間を過ぎたくない。その気持ちと、裕子を待つべきかと、先頭の二人との距離が離れることに心配もしていたのだ。
「もう~はい、はい。共に来たいなら来い!」
 先頭の二人に追いつこうと駆け出すと同時に振り向いて声を掛けた。
「勿論、行くよ」
「亜希子。将太。少し待って」
「・・・」
 裕子と男を待っていたのではないが、武器職人と老婆、老人に引き留められていた。自分たちの紙片隊よりも噂になっている。裕子、亜希子、将太のことだった。本当に噂の人なのか、その確認と様々な噂の内容を聞きたかったからだ。当然だろう。敵側からも味方側からも噂の者たちだったからだ。悪い噂は、将太の禁忌の歌のことになるが、それでも、裕子の村や敵兵の壊滅が噂にもなっていたことで、仲間の村々でも被害などはあったのだが、特に、裕子の今でも昔のやり方の巡業もしていることで、裕子を守るように、とついでとは変だが、将太の悪行も亜希子の裕子と似た感じの村々の相談などを聞いていたことで、悪い噂も良い噂も流れることがなく存在も隠すのだった。
「裕子様。名前の継承とは嘘で、本当は同一人物で不死なのですよね。何を食べてなのでしょうか?・・・それとも、何かの薬を服用しているのでしょうか?」
「わしらは、もう十分に生きただろう。何も思い残すこともないはず。そんな噂を信じるなよ・・・でも、本当に不死なのですか?」
「何だ。お前も死にたくないのではないか、それで、裕子様。不死は本当なのですか?・・・まさか、この地に来たのは、噂の桃か、何かの薬を手に入れるため?」
「そんな馬鹿馬鹿しいことを聞くなよ、この地を知るはずもないだろう。もし知っているのならば一人で訪れるはず?・・・それで、噂は本当なのですか?」
「噂の桃を皆さんに食べさせたいのですが、黄金の虫が一匹も集まらないの。何度も収穫の指示を出しているのですがね。どうしたのでしょう?」
「あっ?」
「何も言うな」
「・・・」
 武器職人が、この場の者たちに口止めをした。将太が伝えなくても、黄金の虫の状況が理解できてのことなのだろう。

第五十八章 伝説の楽園。その二。

植物人間とは、世界樹の木とは違い。果物の木など一本の木に一人がいた。現代の木々では、昆虫などが受粉しているが、この場の世界樹の周辺の木々は、植物人間が受粉から全ての世話をするために木々の自身が生み出した。ある意味では木々のクローンなのである。だが、世界樹の木が減るごとに果物などの木々からクローンである植物人間が生まれることがなくなり。世界樹の木も変化が始まることで木々の世話をするために新たに生まれたのが黄金の虫だった。生まれた直ぐには指示を与えないと食事もできずに死んでしまう。そのために植物の人間が黄金の虫の育児をするのだ。そのために黄金の虫は、植物の人間を親と認識して様々な命令を確実に実行するのだ。
「なぜ、一匹も集まらない」
 植物人間は不快を感じているのではない。何かの異変を感じたのだ。自身が活動を停止してから再起動するまでの期間はわからない。だが、再起動して周囲を見て木々が秩序もなく生えていることに何かが起きた。それを感じていたことで黄金の虫にも何かの異変があったと感じた。
「気にしなくていいですよ。今は時間がありませんが、全ての要件が済んだ。その帰りにでも好きな果物を食べようと思っています」
 亜希子だけが、何も不審も感じずに嬉しそうに楽しみを込めて返事をするのだった。他の者は、この地から帰る時に、そんな果物を食べることが出来る余裕があるのか、それとも、無事に世界樹の木と面会した後に帰らせてもらえるのか、不安しか考えられなかったのだ。
「・・・そうですか・・・お待ちしています。失礼と思いますが、ここまでで、ご案内は限界です。心配ですが、世界樹の木の姫には失礼のないようにお願いします」
 植物人間は、黄金の虫の状態を検索しながらの会話だったことで会話が途切れ途切れになっていた。
「はい。そう伝えます」
 植物人間の話を聞いていたのは、亜希子だけだった。老人と老婆は、裕子の周りに集まり、先ほどの話の続きを歩きながら不死になれるのかと問い掛けを続けていたのだ。ならば、将太は、何かに操られているかのような様子で案内でもするためなのか、だが、先頭で確りした足取りで歩き続けていた。
「ねぇ将太。どこに行くのか分かるの?」
「・・・」
「禁忌の歌を歌っているの?」
「・・・」
「もしかして・・・操られているの?」
 亜希子が試案して出した答えは正しかった。将太は歌を歌うことで、世界樹の木とリンクしていたのだ。だから、世界樹の木がある所まで、皆を迷わずに歩いて案内が出来るのだった。まあ、今の将太に自我はないが、勿論のことだが痛みもないし、後に亜希子が、無事に全ての案件が終わった時に聞いたことだが、理想の女性とデートしている。まるで、夢を見ている感じだったよ。そう言うのだった。
「・・・」
「将太。しっかりして、大丈夫なの?」
「亜希子。将太は大丈夫だから心配しないで、世界樹の木まで案内してもらいましょう。その世界樹の木の主と会えれば元に戻るはず・・・だから・・・」
「裕子が、そういうなら信じるわ」
「あっ・・・もう~なら・・・時じく香くの木の実(ときじくのかくの木の実)って知っています?」
 裕子は、何度も同じ問い掛けを言われて返事に困ったからだろう。適当な誤魔化しではないが、今までも余りにもしつこい人には同じことを言っていた。
「いいえ」
「世界樹の木の話しで伝わる。一つの寝物語なのですよ。それも、かなり有名な話しです。それでしたら世界樹の木に着くまで話して聞かせましょう」
「わたしも聞いていい?」
 亜希子が、裕子に問いかけた。それは、裕子が片目をつぶっての助けて欲しいための合図だった。
「勿論よ」
「・・・」
「昔のこと、父親が娘の病気のために当てもなく薬を探しに旅に出たのです・・・」
と、話を始めたのだ。老婆たちは、真剣に聞くが、七割の老人と老婆は原文を知っていたのだ。それならば、なぜだろう。そう思われるだろう。三人が心配だったのだ。特に、裕子が、一族が死に絶えた後は、一人で、運命の相手を探す旅をしていたのは知っていた。そして、この地で世界樹の木との会話で、自分の旅の答えを聞くはず。もしかすると、今までの旅だけではなく、この先の未来のことを聞いた後に絶望して自殺でもするかもしれない。それを心配して付き添っているのだった。
「その実を手に入れるといいのね・・・でも・・・煎じ方が・・・」
「大丈夫?」
「大丈夫よ。久しぶりに昔の話ができて楽しいわ・・・アッ将太のことね」
「うん・・・でも、嘘っていうか、わたしには気を使わなくてもいいわよ。お婆ちゃんたちには何も言わないからね」
「うん・・・ありがとう。でも、本当に懐かしいの・・・亜希子だからいうけどね。それに、たぶん、また、数日したらお別れすると思うしね」
「何で、何で、これからも一緒に旅を続けましょう」
「正直にいうけど、わたし、お婆ちゃんやお爺さんたちよりも年上と思うわ」
「えっ!。まさか、今までの不老不死の話は本当のことを話していたの?!!」
「そうではないのだけど、わたしの一族というのかな・・・始祖の直系の一族は長命なの。それも、黒髪の一族の直系の何十年に一度だけ生まれる者は特別なの。子供を産まないと死なないのね。まあ、生まれて直ぐに死ぬってことではなくて、普通に歳を取って死ぬのだけど、その生まれた子が、ほとんど、特別な子になるのだけどね。まあ、女性はというのかな、不老不死みたいに長く生きる人がいるのね。相手の運命の男性は子供を残して死んだと言われる時があるわ。変だと思うでしょう。でも、男性だからなのね。女にだらしのないスケベな人の場合は、男性は子種を撒き散らすことができるから、運命の女性と似た遺伝子の場合は子供を作れるらしいの。だから、男は短命の時があるの。それで、不死のように長く生きる女性がいるの。まあ、母も女友達も慰めてくれるわ。あなたは、いいわね。運命の人だけを思い続けることができるからって本当に人生を変わりたいわ。そういのね。何でと聞くと、わたしの相手は、父の命令で二十歳も年上の人と結婚することになった。とか、同じような歳の男性でも子供がいる人とか、歳も同じで子供もいなくても両親の介護のために結婚するとか、いろいろ言って慰めてくれるけど、わたしがいない所では子供の話しで盛り上がっていると噂を聞いたことがあるわ。でも、子供の頃の話ができるのは楽しいことよ。文献や口伝などの話を聞くと、運命の男性は死んだと判断して旅に出るのが多いの。村に歳の取らない女性がいても困るだけだし、本人の女性も、自分の過去を知る人が居なくなると、誰にも何も言わずに旅にでるの・・・」
「そう・・・それは、悲しいわね・・・それで、一人旅にでたのね」
「・・・でも、わたしの場合、弟の孫から孫が生まれたら驚きの告白をされたわ」
「なっなんて?」
「わたしが初恋の人だって、だから、孫までできて自分の役目をはたしたから一緒に旅に出たい。そう言われたの。それも、弟の孫と似たような年配者の多くの者が同じことを言ってくれたわ・・・でも、もう・・・一人になってしまったわね・・・」
「これからは、わたしたちがいるから楽しい旅をしましょう。それと、将太のことは協力を御願いするわね」
 亜希子は、最後の言葉だけは、裕子の耳元で囁いた。
「大丈夫よ」
 裕子も囁きと右手で合図を指で作り返事を返したのだ。
「裕子さん。俺もどんな大変な旅でも逃げませんし命を賭けてお守りします。それだけではなく、悲しい思いもさせませんし常に楽しい気持ちにさせましょう。だから、一緒に旅に連れて行ってください。もしも、俺の気遣いが足りない時は、何でも言って下さい。どんな場合でも御命令に従います」
「あんたねぇ。女性だけの会話を聞いていたの!何を考えているのよ。裕子さんが一緒に旅を許しても、わたしが許しません。必ず、途中で別れることになるでしょう。それでいいのなら一時的なら許します」
「ん?・・・どうしたの?」
 将太が、突然に立ち止まったのだ。おそらくだが、亜希子には、目的の世界樹の木があるのかと、周囲を見回すが、それらしき珍しく大きな巨木はなかった。それでも、周囲には、つる草が周囲をしめていたのだが、目を凝らすと つるに隠れて一本だけだろうか、三メートルくらいの木があった。常緑だから葉が少ないのだろうか、それとも、少し枯れかかっているのだろうか、そう思える。その木にも、ツタが巻き付いている。この先の未来人ならば生命の樹だと歓喜を表すはずだろう。
「あの実って、まさか・・・ここって常世の国なの?・・・あの実って、もしかすると、ときじくのかくの木の実よね・・・」
 老人と老婆が、個人個人が知る。その知識を出し合っていたのだ。

第五十九章 伝説の楽園。その三

日本書紀に書かれている話しではあるが・・・それは、縄文時代の初期に起きたことだった。と世界樹の木は話し出した。
「噂の橘の実のことよね。でも、木の実なのか、つたの実なのか分からないわね」
「うん。でも、たしかに、オレンジ色の実で、照り輝く太陽のようで、葉は、常緑で落ちずに、枯れない。永遠の木らしいわね」
「その話しには、つたと木の実の話しがあるの」
「ほうほう」
「木の実である。ときじくのかくの木の実は、常世の国があり。不老不死の仙果があった。その話が元になって広まった話なの。皆が知っている一文は、遥か海上にあるとされる理想郷。ここに、不老不死の仙果がなっているのです。ときじくの香実。これ、実は、香実って文字だから、香りが豊かな食べ物。橘のことであるとされているわ」
「そうそう、それ、それよ」
「たぶんだけど、海上の話しでしょう。それだから、最近は訪れたとは聞かないけども、海上から来る客人が話した話でしょうね。その話を聞いたことで、本当に行って来て、苗木を持って来たって話しなのよ。その苗木は、空気、水、土と相性が合わずに、木になるのではなくて、変化してつたになった。と言う話しなの。そして、何百年後の話になるけど、天皇が、臣下に、常世の国に行って「ときじくのかくのみ」をとってくるように命じた。何十年後に、本当に採ってきた。と言う話なのね。でもね。命じた天皇はすでに亡くなっていたの。その臣下は、何日か嘆き悲しみ天皇の墓地の入り口で亡くなっていたの。その懐に、その実があったとされたのね。でも、誰かが、その実を食べたらしいけど不老不死にはならなかったらしいわ。それと、その話を信じて、娘のために父親が薬を探す。いや、その実を探す旅に出たって話もあるわね」
「いろいろと、詳しく知っているわね。その父親に、ときじくのかくの実を渡したのは、私なのよ。他の話は、私の何代か前のことね。でも、その後の父親のことは噂で聞いたけどかわいそうだったわ」
「誰?・・・誰なの?・・・どこ?・・・」
「・・・」
 将太が、無言で世界樹の木に指を指した。
「・・・でもね。月日が過ぎたのは仕方がないの。不老不死になるには、実を食べるだけでは効果がないの。つたが放つ花粉を吸いながら私の実を食べなければね」
「えっ?」
「そのために、その父親に、つたと木の世話をしてもらったの。つたの花粉が自身の身体に付着して、呼吸することで体の中に入り身体を作り変えれば、その父親の息を吸いながら実を食べれば、この場で食べたと同じ効果になるためなのよ。でもね。本当にかわいそうよね。私も何日か泣いていたのよ」
 世界樹の木の話は、と言うか、言葉ではなく頭の中に響く感じで周囲には言葉は響かなかった。
「・・・」
「この話を聞かせるために呼んだのではないわよ。私を、いや、木を切り倒して欲しいの。つたは、何をしても枯らすことは出来ないけど、私を切り倒すことで、実がなくなれば子孫を残すことも、生命力も吸収ができずに枯れるでしょう。それと大事なことは、始祖の言葉の本当の意味を伝えるために呼びました。もう、この先は、運命の相手を探す旅はしなくていいのですよ。本当の想い人と結ばれて子を作り、何の縛りもない普通の人生を過ごしなさい」
「えっ?・・・」
「その前に聞くけど、不老不死になりたいのならば、私を切る前に、私の話を聞く前に、その実を食べなさい。勿論だけど、自分の好きな歳の頃から不老不死になれるわ。それに、話を付け足すけど、逆に、もう少し歳が過ぎた頃から不老不死になりたいならば、それも、できるわよ。どうします?」
「・・・この子、今、身体を借りている。この子は、不老不死には興味がないらしいわよ。この子の、彼女なのでしょう・・・違うの?」
 亜希子が、将太のことを見続けていたので、問いかけたのだ。
「・・・」
「まあ、切り倒されても、しばらくは生きているわ。だから、その時でも話を聞くから安心して、それなら、話を始めてもいいわね」
「ん?・・・ここ、どこ!!!!」
 将太は、正気に戻った。
「将太!大丈夫なの?」
「うん。大丈夫。でも、ここって、どこ?」
「・・・なら、よかった」
 一瞬だが、亜希子は試案した。自分で案内してきたことに、本当に記憶がないのかと、だが、惚れている弱みだろう。頷くことしかできなかったのだ。
「これから、いろいろと話をする前に、先に謝っておきますね。では、あなた達の運命の縛りを解きます。その前に、理由を話しますね」
「・・・」
 この場の者は、無言で一本の木を見つめた。
「始祖は、この地の者ではなく、常世の国の住人でもありません。空の星々の中の一つの星から訪れました。それも、自分の命が危険だったことで強制的に訪れただけなのです。だから、生まれた星に帰りたいために、私やあなた達を作り、自身の慰めと、生まれ育った星から迎えが来るのを待つために、運命の相手としか結ばれないようにしたのです。愛と迎えが来るのを待つのでは、意味が違う。そう思われるでしょう。ですが、一年や十年ではなく、最低でも百万年の月日のことなのです」
「・・・」
 皆は、想像もできない月日のことで驚くことで、何一つの声も出せなかった。
「その月日では、さすがの始祖でも心も身体も持つはずもなく、いろいろと考えたのだ。遺伝子だけでも残すことで、星に帰る時に遺伝子だけでも持ち帰ってもらい。遺伝子から自身の心と身体を作ってもらう考えだったのですが、計算が得意な人形の計算でも、生まれ育った星からの迎えが来るまでは遺伝子はもたない。始祖は、諦めることができずに、人であり。皆の親でもある者としては、いや、人としてしてはならない禁忌を侵したのです。それが、運命の相手しか結ばれない子孫を残す方法です。その方法だと、一億年でも十億年でも遺伝子を残せるのですが、その方法だと、始祖の遺伝子をたくされた者たちには、自分の人生がありません。身も心も始祖のために使われるのです」
「う~ん・・・」
 裕子には、そんな実感がなかった。だから、悩んだのだ。
「そうでしょう。何も実感はないはず。ですが、始祖から遺伝子をたくされた。男女は生殖機能を改造されているのです、子が産まれても、その子は、始祖のクローンなのです。そして、運命の相手を探す。理想な相手とは、始祖の遺伝子が長い年月で劣化のない遺伝子を探して子を産ませ。始祖が育った星から迎えが来るまで続けさせるのです」
「!!!!」
 自身でも堪えきれない怒りのために声も上げることもできなかった。
「もう一度、謝罪します。本当にすみません。ですが、それを断ち切ることができるのです。その方法は、私を切り倒して下さい。そうすれば、世界樹の木からの指令はでませんから左手の赤い糸である。赤い感覚器官からの運命の相手を示す。その器官は機能しなくなります。おそらくですが、普通に子供を産み、普通の寿命で死ぬでしょう。それで、今までの謝罪の気持ちとして、不老不死になりたい。今まで通りの不老不死のままが希望でしたら私の生命力が消えるまでにときじくの香実を食べるとよいでしょう」
「・・・」
「私たちがした結果の償いを返せるのは、この場の者だけです。本当にすみません。ですが、世界樹の木を切り倒せば、この場の者だけではなく、運命の相手を探すことか回避できるのは間違いありません」
「そう・・・愛でも恋でも・・・何の意味も・・・何でもなかったのね。ただの荷物の運び屋だった。そういうことだったの・・・それも、わたくしだけでなく、人類が生まれた意味が、遺伝子とか言う運び屋だったの・・・」
「裕子・・・大丈夫?」
「亜希子は、今の話を聞いても、何も感じないの?」
「それって、見合い結婚と同じではないの?。それに、わたしにも生まれてきた意味があるって嬉しいかも。それと、少しエッチな言い方だけど、わたしや裕子は、お父さん、お母さんが、一生懸命に頑張ったから生まれたのよ。それに、この歳まで育ててくれたの。もしも命令でエッチをして子供が生まれたとしても、大人になるまで育ててくれると思うの。と言うことなら愛されて生まれた子ってことよね、だから、始祖様なんて関係ないわ」
「ありがとう。そう言ってくれると、切り倒される覚悟はできたわ。もう何の未練はないから何時でもいいわよ。あっ、そうそう言い忘れていました。不老不死の件なら今のままの歳から不死が良い人もいるけど、いつの歳から不老不死がいいのか、好きな歳から不老不死になれます。どうします?・・・」
「誰も不老不死などに興味はない。ただ、若い頃を思い出したかっただけなのだ・・・それで、当時のように会話を楽しんでいただけ・・・」
 老人と老婆は、同じ思いだと、頷いていた。

第六十章 新しき主さま その一

世界樹の木は、オジギソウのような枝や葉を地面に向けているように感じた。それはまるで、人が失望した時のようであり。落ち込んだ時のようであり。不審を感じた時のようでもあり。人が悩んでいるような感じがした。そして、何かの答えを待っていたのだ。
「償いのためだと言うのなら人という種族が絶滅するまで世界樹の木である。あなたは生き続けて下さい。この先の未来で、親が子のために不老不死とまではいいません。子のために病気を治す妙薬として生き続けて欲しいのです」
「それで、許して頂けるのですか?・・・」
「はい。許します」
 じっくりと観察している人ならわかることだが、嬉しくて興奮したのだろう。葉と枝を揺らして喜んでいると感じられたのだ。
「これからは、主さまと言わせて下さい。今までは、誰の指示に従うべきなのかと、悩み続けていました。そして、今、悟りました。私は、世界樹の何代目なのか、それも忘れる程に長い間、悩んでいたのです。ですが、裕子さん。いや、主さまにお会いするために今までの生き続けていたのでしょう。違います。この先も主さまのために生き続けましょう。主さまは、今度は、不老不死ではなくなるでしょう。ですが、この果実を食べて頂けば、この先も不老不死のままです。それだけではありません。どのような指示でも従います。それでは、この世界樹の外の世界の特に西から来た者たちの関係と、植物の様々な機能が不能になっているのを正しましょう。さあ、縄文時代初期のように一万年前のように、主さまを頂点とした世界を作りましょう」
 裕子は、右手でおでこを押し付ける感じで、おそらくだが、頭痛を感じたのだろう。何て言えば伝わるのかと思考しているとも感じられたのだ。
「何もしなくていいわ。それよりも、私たちが知る。世界樹の木とは、巨木よ。まだ、子供なのかもしれないわね。巨木になってから新しい主を探せばいいわ。その時になら滅んだ文明をやり直すなど考えないと思うし。それに、皆は、物欲しか考えていないわ。私たちが知る。祖父母の頃と違うの。あの頃は、朝は、木々や鳥などの囁きを聞いて優しい目覚めと喜びを感じる挨拶を返した。風、土、水、火に感謝をしてから朝食を作って共に会話をしながら食事をしたと聞きました。その後は、昼は昼で愛する人と一緒に果物や木の実や魚を釣り、今では理由を忘れたけど鳥や動物は、祖父母が狩りをしたと聞きました。その間には精霊や妖怪など区別をしていますが、当時は、自然たちの言葉と姿と聞いています。それをやり直すなんて無理なこと、正直に言うと、動物は怖い動物もいるし虫などは触ることも出来ないわ。でも、朝は朝の囁き、太陽の温かさ、夜は星々を見ながら海の波の音を聞くのは好きですよ」
「そうですか・・・それなら、巨木になった時に、もう一度、裕子さんに何をしたいか聞きますね。頑張って大きくなり力を付けます。それで、いいですね」
「それでいいわ」
 裕子は、やっと、話がかみ合ったと喜んだ。
「ですが、何か悩んだ時は、必ず呼んで下さいね」
「はい。はい・・・それと、こちらからも謝罪しないとならないことがあるわ」
「そっそんな、そんなことあるはずがありません。何かの誤解です」
「・・・それは、もしかして、何も気づいていないのかしら・・・」
「えっ?」
「たぶん、世界樹の木の手足の役目を担っている物と言うのかな・・・」
「うっう~・・・う~・・・せっかくの気遣いして頂きましたが、何のことなのかわかりません。失礼ですが、ありがとうございます」
「そうなの・・・では、名前というか、名称はわからないのですが、いろいろな生き物が川に浮かんでいたり、岸に流れ着いていたりと、皆が死んでいました。おそらくですがね。武器職人さんが探していた物であり。世界樹の木の手足の役目の物だと思って伝えようとしたのです」
「そうでしたか・・・」
「今では、八百万の神々のことです」
 武器職人は、この場のことは何も言わずに若い四人に任せるつもりだったのだが、裕子から自分の名前が出たことで無視することは失礼だと感じたのだろう。それでも、オドオドと、珍しく低姿勢で話題の中に入るのだった。
「ああっ虫たちのことね」
「そうです」
「そう、道理で、作物が計画の通りに進まなかったわけだったのね。ありがとう。本当に主さまはお優しい人ですね。自分のことではなく、常に、人々たちの代表としての立場しか考えられていないのですね。先ほどは、少し儀礼的な気持ちもありましたが、その謝罪を聞いて心底から惚れ直しました」
「それは、考え過ぎよ。でも、また、誤解されそうだけど、埋葬してあげたいわ。あのままでは、かわいそうよね」
「そんな、お気遣い。すみません」
「でも、私たちが食べる。作物などの管理をしてくれていたのでしょう。それ程まで尽くしてくれたなら、そう思うのは同然でしょう。そうでしょう」

「ありがとうございます。その気持ちを台無しにすることになりますが、弔いをする役目の虫もいます。まあ、弔いの主と言われている。まあ、いろいろな名前で言われている者ですが、瀬織津姫と言われるのが多いかもしれませんが、今は不在なのですが、その者なら地域、村単位で弔うことが可能なのですよ。ですが、転生待ちの状態なのです。それと、一つ安心するかもしれないことを伝えますね。もしかするとですが、作物の管理の規模が小さくなると、その亡くなったとされる個体も小さくもなりますので、小さい姿になって管理してくれているかもしれません」
 その転生待ちの者は、裕子様でもあるし、その後ろの老婆でもある。その可能性があると、世界樹の木は言わなかったのだ。 
「そうなの。それは、よかったわ。安心しました」
「・・・」
「そんなに、周囲を見回せなくても危険はないわよ」
「えっ?」
「彼氏さんのことですよ」
 裕子は、後ろを振り向いた。
「やっぱり、周囲のつたは気になるわよね。燃やして処分しようかしらね」
「それは、止めた方がいいわ。あなたが、世界樹の木の一つだけ残ったのは、このつたが、若い芽を守ってくれたからだと思うわ」
「えっ?」
「もしかすると、娘か孫とでも認識しているのかもしれないわね。だから、先ほどの世界樹の木さんの告白のこと、子を作り遺伝子を繋ぐ箱だと、そう言ったことには、少し疑問に感じるわね。それを確かめることはできないけど、赤い糸の導きなら続けてもいいわ。それに、始祖直系の一族は、もうわたしだけかもしれないしね。そうなると、始祖様が考えた。遺伝子の運びは絶える可能性が高いわ。何かかわいそうと思えるし、そこまでしても生まれた地に帰りたい。どうしても会いたい人がいる。そういうことだと思うわ。だから、赤い糸の導きの旅と運命の相手は愛から始まり愛で終わるのだと確認もできましたので、始祖様の考えを続けてもいいわよ」
「それなら、俺を運命の相手だと、認識してくれた。そう思っていいのだね」
「まあ、左手の小指の赤い感覚器官は彼氏として認識しているわね。でも、恋人から奥さんに発展するかは、これからの付き合いしだいになるわ。だから・・・」
「・・・」
(彼氏だと、子作りが出来ることは認識の中には入っているのかな・・・)
「ん?・・・なんか言った?・・・不満なの?・・・」
「・・・入ってないな・・・」
「えっ?・・・ん?・・・入っている?・・・そうそう、入っているかもしれないでしょう。始祖様の遺伝子、だから、ゆっくりと時間をかけて楽しみましょうね。駄目かしら・・・だって、遺伝子の運び役だけの認識なら悲しいわよね。それだから、彼氏から始まり。恋人になり。そして、奥さんになってあげるわ」
「ありがとうございます」
 この男でなくても、ある程度の年齢の者なら馬鹿にされている。そう思うのは当然だった。現代で例えるのならば、恋のA、B、Cのことであるからだ。
「それよりも、まずは、あの二人を何とかしないとね。勿論だけど協力してくれるのですよね」
「ふっ、は~・・・勿論です」
(この二人の男女に何とかするのならば、確実な方法が一つだけある。いや、それ以外に方法はない。女性が男を押し倒す方法しかない。その方法を使わなければ、この男は、死に際の時に人生にあった全ての幻覚を見る。その時にやっと、幻覚と幻覚が重ねて幻覚が一致することで、初恋の女性の正体と幼子の頃から、この場で死に目を見ている女性が一途に惚れられていることにも気づく程の馬鹿な男なのだ。それは、何度か会っただけの者でもわかる。だからなのだ。本当に女性のためを思うのなら男を押し倒す方法を教えるしかない)
「なんか、不満なの?」
「いえ、可なり難題かと、試案しただけです」
「そうよね。わたしも長い付き合いではないけど、亜希子に将太を押し倒して犯す方法が一番の確実な方法かもしれないわね」
 男は、何度も頷くのだ。女性からでも同じ考えだと安堵したのだ。

第六十一章 新しき主さま その二

世界樹の木は、この場で必要なのは惚れ薬だと悟るのだ。それも、目の前にいる男である。この場の囁き合いのことと、身体を操っていた時に感じた。女性の恋する想いと、今まで、この男がしてきた行動などを読み取って感じたことだった。それは、人とは、皆が同じだと思っていたが、この場の若い男女の会話などを聞いたことで、やっと感じ取ったのだ。
「亜希子さん。惚れ薬が必要ならばありますよ」
 世界樹の木は、亜希子にだけに伝わる言葉で伝えたのだ。
「え!あるの!本当なの。あっ・・・それは、そうよね」
 亜希子は、驚きの声を上げたが、少し試案して、もし不老不死と惚れ薬の薬を作るとしたら難しい方は不老不死だと感じて納得するのだった。
(大丈夫です。ありがとう。でも、必要はないです)
 世界樹の木に伝わるか分からないが、唇を固くつぐんだままで心の思いというか脳内というべきなのか、この場の他の者に伝わらないように念じながら一言も声を出さずに伝わるように祈りもしたのだった。
「顔が赤いわよ。どうしたの?・・・大丈夫なの?」
 裕子が、もっと顔の症状を診ようと自分の顔を近づけた。
「・・・」
(ただ、頭の中で考えるか、心の中で思うだけで構いません。そんな、呼吸困難になる程まで念じなくても祈らなくても大丈夫ですからね)
(今までの全てが伝わっていたの?)
(はい)
(もう~!!)
 ますます、亜希子の顔は真っ赤になるが、先ほどの時とは違って、死ぬほどに恥ずかしいために真っ赤になったのだった。
「亜希子!本当に大丈夫なの?!」
「はっふ~何て言うのかしら・・・はっふ~」
「まさか、亜希子さんを守っている振りしてお尻を触ったのではないでしょうね!」
「まっままま、まさか、そっそそんなことする訳ないだろう。と言うよりも何て誤解をするのだ!そんな感じで俺をみていたのか!!!」
「まあ、まあ、裕子さん。男とは、そういう者だが、さすがに、世界樹の木の前でしないだろう。神罰が怖いだろうし、エロ的な興奮もしないはずだ。もしかすると、恐怖からなのか、神秘的な状況のために普段よりも縮んでいるのではないか?」
「ほうほう、男とは、そういう者なのですね。一年中というか、常に所かまわず盛りのままだと、そう思っていたわ」
「俺というか、男をどんな感じで見ているのだ。それよりも、この空間の中、この周囲に風邪などに似た菌でもいるのではないのか?・・・もしかすると、その菌の症状では?・・・それなら、もしも、その可能性があるのならば、この場から少しでも早く出た方が良いのではないのか?」
「そうじゃなぁ。早く出た方がいいかもしれんな。悪いと思うが、わしらは、もう立っているのが限界なのだ」
「・・・」
 つるが、この場の人達が、この場から出られないようにさえぎるように、ゆっくり優しく動き出した。
「どういうことだ。何をする気持ちだ」
「私では、ありませんよ」
 世界樹の木が、否定したのだ。
「少し、時間をいただけないか?」
 誰だか分からない。知り合いにも、この場にいる者でもない。男の声が聞こえてきた。それも、中年男性の声だった。
「ごめんなさい。音声を切断することも、つるの動きも停止することができないのよ。禁忌にふれたみたいなの。やはり、この場の全てのつるを燃やした方が・・・」
「それは、待って!少しの時間っていうし、つるに座る許可を頂けるのならば、少しの疲れを癒やされるくらいの時間ならいいわよ」
「座るのは構わない。もともと、ある場所に案内するためにつるに座って移動する考えだったのだ。観て欲しく、聞いても欲しかったのだ。これから案内する場所のことは、もう廃れたことだが、始祖直系の一族の長を就任する儀式の一つだったのだ」
「座り心地はいいわね」
 一人の老婆には生理的に嫌いなのだろう。それでも、自分が最後だと考えて仕方なくつるに腰かけた。その時だった。
「これから、十五分くらい移動するが、その間に映像を見て欲しいのだ。まあ、拒否はできないが・・・」
「ウォ」
「キャ」
「ヒッ」
「ほうほう」
「・・・」
 皆が、皆が驚きの声を上げたのは、突然に目の前に映像が観えたからだ。記録映画というか走馬灯のような映像で、初めは、母星からの出発の時に家族、知人の別れ、任務、何の仕事が分からないが仕事の内容だった。母星から一番近くの土星の環と同じ氷、岩石などから未知の菌や未知の鉱石の採掘と調査だろう。そして事故が起こる。元々、その船は、鉱石の採取がメインだったことで、可なりの質量のエンジンが搭載されていたことが不運の始まりだった。荷物コンテナが空の状態で一気に最大加速で飛び続け、直ぐに、宇宙図の未調査の地域に突入したのだが止まらずに飛び続けていたのだが、一人だけ乗っている乗組員は加速と船内重力の変更のために気絶した。さらに飛び続けてからのこと、なぜか、突然に船内の生命維持の緊急事態が発生し、船内の人工知能の判断で未知の惑星に緊急着陸したのだ。一人だけ(数年後のことだが、他にも三人いた。いや、正確にいうのなら三つの船が有った)乗っていた乗組員が目覚めた時は、惑星に着陸して一週間が過ぎていた。今の場所などの調査や船の点検などをしたが、エンジンだけが故障した状態だった。それでも、宇宙地図を見ても未確認調査の地域では、画面が黒いだけ位置も連絡する地域も接続できるはずもなく、全てが真っ黒い画面だった。だが、他には異常が無いのは確認できた。自動で、惑星での生活ができるように機械は動いていたのだ。そして、一月が過ぎる間には、衣食住の確保を機械と共に時間が必要であった。また、一月は、初めての惑星の植物や動物などを観察で過ごした。また、一年が過ぎると、会話がしたくて精神が狂いそうになり。いや、精神が狂う寸前だったかもしれない。そう思われたのは、人型自動人形にエロゲームを搭載させて疑似的な会話を楽しんでいたからだった。半年が過ぎる頃には、生命がある温かみと命令をせずとも勝手に動く生き物と接したかった。調査の結果で、母星のペットの猫と犬と似た生き物がいたことで、ペットであり。狩りの相棒となり。三年は楽しむことができた。だが、ある意味では、完全に精神が狂い。人と言うよりも獣の精神状態と似ていたかもしれない。そんな精神状態だったからだろう。その頃には、宇宙船にも冷暖房完備の建物には住むことはなく猫や犬だけではなく、その星の生物では知能が高い獣と共に洞窟で暮らしていたのだ。五年も過ぎると獣の言葉でも覚えたのか、動物的な感覚と感覚で接していたのだろう。獣が言ったのか、気持ちを伝えたのか、それとも、自分で勝手に思考して思ったのかもしれないが、獣の雌が自分の子供が欲しと言われたのか、自分で性欲が我慢できなかったのか、常に子供が欲しい。それしか、思考することしかできなくなり。もしかすると、精神が狂い過ぎたのか、正常の精神に戻ったのだろうか、洞窟には戻らずに宇宙船に戻ってからは船外にでることがなく、禁忌を犯す研究を始めたのだ。動物と動物を組み合わせたキメラ(異なる細胞が混じっている状態)を作り。そして、最後には自分の遺伝子を組み合わせた。外見は自分と瓜二つの女性を作り出して最終的な目的だった。念願の子供が生まれたのだ。この子供だけでは満足ができずに、自分が生まれ育った母星に残した。妻と子供の姿に整形したのだ。だが、時々、禁忌を犯したことに悩むことがある。その時の思考の結果は、自分の遺伝子を永遠に残して母星から迎えを待ち、母星で遺伝子から自分を復活させてもらう。そんな、二つの思考を交互に繰り返して人生を過ごしたと、走馬灯のような記録映画らしき映像を観たのだった。
「なっなな、何なのだ。始祖であるのか、神のことなのか、この者は実際したのかわからないが、こいつは、本当に精神が狂っているぞ」
 この場の老人も老婆も若い男女も同じことを思った。
「この遺伝子を持つことによって、先祖帰りなどで、二重人格とも天使と悪魔とも言われて歴史に残っている。この映像を観れば、皆が同じく狂っていると判断するのだ。だが、分かって欲しい。キメラを作る前は、十年近く会話ができなかったのだ。その気持ちを分かって欲しい。そして、キメラを作ってからでも、禁忌を犯したことで、精神状態が不安定だったことも分かって欲しいのだ。そして、始祖が死ぬ間際に、世界樹の木とつるに遺伝子を組み合わせたのには理由がある。一人の者に、遺伝子の運びを続けるか、続行するか、決めてもらっていた。それが、一族の長を就任する儀式の一つだった」
 つるは、この場の者たちの返事を待った。

第六十二章 新しき主さま その三

つるの問い掛けの答えについては、老人と老婆は、自分たちはすでに子供を残している。それも、孫までいるのだから今になって遺伝子の戒めを解くには意味がない。だから、四人の若者に任せる。そう返事を統一したのだ。
「わたくしは、自分の身体に始祖様の遺伝子が入ったままでいいわ。だって、ロボットって人形でしょう。人形でなくて、獣を愛したのでしょう。それなら、始祖さまを許します」
「皆が、皆が言うのです。獣を愛したのなら許すと・・・」
「そうですよね。人形を愛したのなら絶対に許せませんでした。そんな人の遺伝子が体の中にある。と思うだけでも気持ちが悪くて断りましたわ」
「そうですよね。族長の多くは女性でした。やはり、皆は同じように気持ちが悪い。そういうのですよ・・・えっ・・・今、何と言われました?」
「そうでしょう。今の世でも、母猫が親を亡くした犬の子を育てたとか、猿が、森で迷子になったのか、人減らしで捨てたのか、人の子供を育てだとか聞きますでしょう。それは、獣にも愛する心があるのですわ。だから、血の通った獣ならば、それにもしかすると、始祖さまは、寂しい気持ちから母星の歌を歌ったかもしれないですわ。その歌を聞いて、獣も愛を感じて人の言葉を憶えたかもしれませんわよね。それだけではなく、もしかすると、始祖様が愛した理由は、獣の雌は、始祖様は、死を覚悟したこともあり。食事も喉に通らなかったかもしれない。それを獣の雌は見て心配になり、食事を届けて食べさせたこともあったかもしれない。食事もやっと食べたかもしれないが、何もする気持ちが起きずに、数か月、いや、一年も座った場所から動かなかったかもしれない。横になったりはしたかもしれないけども、視線は母星があるだろう。上空の星だけを見ていたはずでしょう。獣の雌は、寒いだろうと、怪我して動けないのだろう。などと、心配になり。自分の自前の毛皮で温めようとしたこともあったかもしれませんよね。などと、自分の世話や心配りを感じて少し少しと生きる気持ちが芽生え、そして、愛を感じたのでしょう。もしかしたら、男から接吻くらいしたかもしれません。まあ、獣の雄なら男だろうと、女だろうと、交尾の真似をするでしょうけど、獣の雌は、やはり雌だろうでしょうね。同性だからわかります。愛を伝えようと、人の言葉を憶えようとしたはず。愛の力で何年かで言葉を憶えて、もしかすると、獣の雌の方から愛する歌を歌いながら告白をしたかもしれません。もしかすると、簡潔に、子供が欲しい。そう言ったかもしれませんよね。だから、わたくしは、始祖さまを許すことにしたのです。先代も代々の族長も同じ気持ちだったのですね」
 つるは、世界樹の木と違い枝も葉もないために感情は分かりませんが、言葉みたいな脳内の響きなのか、心の声なのか分からないが、何も伝えたくない。嘘を言いたい。そんな声色を感じたのだが、その声色のまま言葉が聞こえてきた。
「まあ、嘘を付けないから正直に言いますけど、代々の族長は、人形なら許せたと言いました。獣と浮気をするならば、なぜに、人形で我慢ができなかったのかと信じられない。それだけではなく、獣の雌を妻と娘の姿に作り変えて子供を作るなど汚らわしい。人の心を捨てて獣になったのだと、そんな遺伝子が体にあるのだと思うだけで死にたくなると、だが、もうすでに子供を産んでいるのです。今らか遺伝子という何かを抜き取って病気や寿命が縮む心配があります。獣の遺伝子が有っても始祖のような獣のような人には育てません。だから、仕方がありませんが許します。と皆が同じことを言っては怒り。最後は泣きながら帰りました」
「えっ・・・なぜ、人形ですよ。心も感情も思考もなく、血も通わない。おそらく木の人形と同じですよ。そんな人形なら愛を感じても許すのですか?・・・理解ができない。代々の族長は何を考えていたのか・・・」
「代々の族長の旦那は、浮気性だったのだろう。だが、亜希子の彼氏は、一人の女性しか愛さないはず。それほどまで溺愛している。そう思えるぞ。そうだろう!」
「勿論です」
 老人と老婆には、直ぐに意味が分かった。理解もできた。おそらく、裕子の彼氏も、やや、遅れて老人と老婆の囁き声と笑みから判断ができた。それは、男には愛などの心などなく、あるのは性欲だけだろう。それを亜希子は感じ取ったのだ。将太だけが、世界樹の木を見て、皆とは違う思考をしているようだった。
「浮気?・・・運命の相手としか子供を作れないのに浮気をするのですか?」
「まあ、それは、村に帰る途中にじっくりと話をしてあげよう。今は、つるは、次の案内をしたいらしい」
「えっ?」
「はい。今度は、始祖が残した遺品を見せたいのです。その遺品を見れば、今の話題も忘れるでしょう。代々の族長も一つだけ持ち帰っています。この場に居る皆にも一つだけ持ち帰るのを許しましょう」
「ありがたいことです」
「何代目だったか、男の族長は、自動人形を持ち帰った人がいました。その時は妻も同席していましたし、もしかしたら妻が選んだかもしれません」
「そうじゃろう。今までの話を妻も聞いていたら汚らわしいと・・・」
「ゴホ、ゴホ、ゴホ、花粉が濃いのかな、ゴホ、ゴホ」
 武器職人が、咳の真似をして言葉を遮った。
「うっ」
(馬鹿なのか、やっと、話題を変えたというのに、もう何も言うな)
 そして、その老婆の隣の老人が老婆の口をふさいだ。
「どうぞ」
 地面の一部が盛り上がったと感じたら階段が現れたのだ。
「はい」
「歩くのが面倒でしたらつるから降りずに乗り続けて下さい」
 つるが階段の一段目を過ぎると、灯が点灯した。直ぐに、壁の両側にある物には、若い男二人は、気づかなかったが、他の者は、何を貼り付けているのか理解ができた。
「凄く薄い紙ね。紙が薄くて透けて後ろの壁の模様が見えるわね」
「ああっこれなら羽衣も作ることが可能だろう。縄文時代の前期には、赤い糸と羽衣を持っていない者でも、羽衣で空を飛んでいた。と伝承はあったが、作り話と思っていたが、この紙なら作ることが可能だろう。この紙で作ってみたいぞ」
「馬鹿だな。入口の物で、もう決めてしまうのか?」
「もしかしたら、この奥には、天の浮舟が存在するかもしれないのだぞ」
「う~だが、そんな乗り物があれば、遺伝子の運び人など必要がないだろう」
「やはり、馬鹿だな。乗り物には限度があるから遠い未来に遺伝子を運ぶのだろう」
「ほうほう」
「ん?」
 人が歩く音が近づくのだった。
「男は、目を瞑りなさい。いや、後ろを向きなさい」
「閉じ込められたの?・・・大丈夫?・・・恐怖を感じて言葉を忘れたの?」
 全裸の女性が歩いて近づいてきたのだ。
「これが、先ほどの話題の自動人形です」
「えっ・・・嘘・・・」
 裕子と亜希子は、驚きのあまりに言葉が出なかった。
「これ程の美女なら持ち帰るかもしれない」
「何だって!」
「まさか、これを馬車に入れて持ち帰る考えなのか!」
「それも、わしらの女性の馬車になのか!」
「天の浮舟が希望でしたら自動人形が案内します。勿論ですが、男性の自動人形もあります。天の浮舟は、細かい計算が必要ですので、自動人形が計算して共に飛ばなければ、起動しません」
「ほうほう・・・天の浮舟も実在したのか」
 さらに、廊下は続き、突き当りだと思ったのだが、扉が自動で開き中に入った。
「これ以上の奥には何があるのだ?」
「なんだ。自動人形の男性型か!つまらん」
「これが、始祖さまです」
「えっ?」
「全てが始祖様です。一億年も生き続けた。一億体の始祖さまです」
「えっ?・・・先の先は見えないけど、奥には、人の形をしていない物もあるわ」
「そうです。始祖様も獣の雌を愛していたのです。その獣の雌の願いである。子供が欲しい。その願いのために獣の雌と同じく人体の改造をした結果といろいろな獣のキメラもあり。成功するまでには一億年の年月が掛かりました。ですが、家族の四人が共にくらせたのは数年でした。遺伝子の劣化が酷くて、遺伝子の寿命は一億年らしいですね。それで、二人の男女の子供に遺伝子を託したのです。これを見ては、母星の家族に会いたいためだったのか、この星での家族のためだったのか、今では、誰にもわかりません。もしかすると、始祖様も自身の考えも分かっていなかったのかもしれません。ただ、獣の雌の願いを叶えたい。その一心だったのでしょう」
「・・・」
「どうされますか?・・・一番奥の一億体の本体をたしかめますか?」
「・・・」
「それとも、始祖様の正体などを見た記憶を消して、適当な遺品を持ち帰りますか?」
 皆は、想像もできない物を見て、何も言えずに、その場に失神する者もいたのだ。

第六十三章 人、それぞれ・・・その一。

つたの提案の返事を待っている時だった。世界樹の木も会話の中に入ってきたのだ。そして、その言葉に、この場の者も驚くのだった。
「私も、始祖様の秘密は知りませんでした。皆の気持ちは分かりませんが、世界樹の木の自我の安定のために伝えますが、この奥の始祖の本体は見たくはありません。この場の記憶を忘れて、この先に行かない条件ならば、私の権限は、この場にはありませんが、つたに交渉して必ず提案を実行させます。その提案とは、つたは、一つの遺品だけといいましたが、世界樹の木である。私からも遺品を一つ追加しますので、この場の記憶を消して、遺品の中から二つを選んで、自分たちの村に帰りましょう。勿論ですが、世界樹の木の私からのお願いですので、村か、または、好きな地まで天の浮舟でお連れしますよ」
「・・・」
「つたである。自我の自分でも、正直に言いますと、この先は見たくはありません。それに、ここまで御案内したのは初めてのことです。勿論ですが、世界樹の木の提案は全て承諾します。ですので、御早い決断を希望します。低い確率ではありますが、あまり時間が過ぎると、この場の全て記憶を消すことができずに、少しの記憶が残る場合があります」
「・・・」
「俺は、始祖の本体など見たくもない。遺品をもらい天の浮舟を乗る方がいい」
「わしも、男性型の人形と何か適当な物でももって、勿論だが、天の浮舟を乗って直ぐにでも帰りたいわね」
 全ての老人と老婆は同じ気持ちだと答えた。だが、肝心の若い男女が一言も話をしない。もしかすると、立ったまま気絶しているのではないのだろうかと、老人と老婆は考えたが、まさか、肩でも叩く行為ができるはずもない。後々の事を考えると何も行動をすることができなかった。できることは、四人の男女を見つめることしかできないのだった。
「・・・」
 そんな視線を向けられた四人は、絶対に何も話すことをしない。そう思われていた。将太が、普段と変わらない声色で、この場の状況を理解しているのかと、そう思われる言葉を言うのだった。
「俺は、遺品も始祖も、天の浮舟も興味がない。もし自分が悩んでいる答えを出してくれたのなら何時でも、この場から離れる。その答えを直ぐにでも聞きたいので問い掛けを伝えても良いだろうか?・・・」
「勿論です。如何なる問にも答えられるだろう」
「それならば、俺の運命の相手は、何処にいるのだろう。天の浮舟にでも乗れば会えるのだろうか?」
「その答えで良いのか?」
「あ、ん、た、は、馬鹿なの!」
 亜希子は、この場では、もっとも適さない問い掛けを将太が伝えようとしたので、往復ビンタで気絶させた。
「この馬鹿の答えは、わたくしと同じ物を要求します。そして、この場で一番の重要な人だけを残して、この場から消えることにします。勿論ですが、それで、宜しいですね。そうでもしないと、裕子と彼氏の邪魔にしかならないと思うわ」
「勿論です。裕子さまのためになる。そう思って連れてきただけですので、邪魔になる可能性があるのならば、直ぐにでも、この場から消えて欲しいことです」
「・・・」
 ポロポロと音がするのではないかと、そう思える程の大粒の涙を流すのだった。
「裕子さん。どうしたのですか?・・・どこか、苦しいのですか?・・・それほどまでに苦しい選択でしたか?・・・もし精神的に苦しいのでしたら今すぐにでも記憶をけして、この場から離れましょう。もし歩けない程でしたら肩でも、いや、お姫様抱っこでもしましょうか?」
「わたしの赤ちゃんは、少しの可能性でも化け物が生まれる可能性があるのですか?」
「その可能性は、百パーセントありません。化け物とは始祖様に失礼ですが、その化け物の遺伝子を全て消すための遺伝子の組み換えと遺伝子の削除したので、安心して下さい。可愛い赤ちゃんが生まれますよ。もし心配でしたら天の浮舟で未来に飛んで生まれた赤ちゃんを見に行きますか?・・・勿論とは変ですが、赤ちゃんを見に行くことには、二つの希望の持ち物にも入りませんし、天の浮舟に乗ったことにもなりませんよ。どうされますか?・・・記憶を消す前に赤ちゃんを見に行きますか?」
「無事で健康で可愛い赤ちゃんが生まれるのなら見に行かなくてもいいです。生まれてからの楽しみが消えてしまいます。うっふふふ、わたしは、無事に赤ちゃんが生まれるのね。運命の人と会えるのね。結婚も普通の子供と優しい素敵な夫と生活もできるのね。何年後のごとなのだろう。相手は誰なのだろう」
「あのう・・・」
「裕子さん」
 裕子以外の者は、勿論のこと世界樹の木もつるも、裕子に対して同じように別の意味で正気なのだろうかと、心配するのだった。そして、裕子の幸せの人生の思いの全ての話が、何時になると終わるのかと、待つしかなかったのだ。
「わたしが、裕子の様子を見守り、共に行動もしますので、皆さんは、好きな物を選び、好きな所に天の浮舟で行ってもいいですよ。そして、わたしと裕子が、全ての要件を終えて、普通の運命の旅を始めたら、真っ先に、皆さんの村に挨拶をしにいきます。もしかすると、村に居なくても、皆さんを探して挨拶しに行きます」
「はい。それで、構いません。そちらは、世界樹の木にお任せしましょう。つるの自分は、裕子の楽しい思考が終わるまで、亜希子様と一緒に見守りましょう」
「はい。その程度の権限なら世界樹の木である。私でも可能です。お任せ下さい。それでは、裕子様をお任せします。皆さん。それでは、行きましょうか!!」
「裕子。もう行ったわよ。あれを見て怖かったのでしょう?」
「うん・・・でも、今でも、ショックを感じているわ。そうでしょう。男は種をまくだけだけど、女は、畑と例えられるけど、自分のお腹で育てるの。もしものことだけど、お腹を裂いて出てきたら、そう考えると怖くて、この場では、亜希子にしか気持ちと思いが分からないことでしょう」
「そうね。お祖父さんとお婆ちゃんには、もう関係ないことだしね」
「そんなに心配なら俺が天の浮舟で見て来るよ」
「運命の相手が、わたくしでない場合は、それでも、この場に戻って来て知らせに来るのかしら?」
「もし、運命の相手がわたくしと違うと分かれば、この地の帰りのために乗る。天の浮舟は想い人の地まで乗れるのかしらね」
「それなら、一緒に行こうよ」
「今回のことで、何となく思ったことなのだけど、何度も出会っているけど、生理期間中しか会っていないかもしれない。そうでなければ感情的になるのは変だわ。それと、わたくしの始祖の遺伝子含有量と釣り合う男性が二人いるのではないかと、そう感じたのだけど・・・そうすると、もう一人の男性が、誰かと結ばれるか、死ななければ、一緒に居られないかもしれない。一つ確かめる方法があるけど、それだけは嫌だけど、あなたがしたいのならば、畑に種だけをまいていく?。もし妊娠すれば一緒に暮らせるかもよ」
「俺も、そんな方法は嫌だ。俺も今回のことで、これからは、絶対に裕子さんから離れないと覚悟を決めたのだぞ!」
「それと、もう一つ、天の浮舟は何人乗りなのか分からないけど、その覚悟が本当なら一緒にいられたら可能性があるわ。勿論だけど、他の女性を探さない。その覚悟も必要ね」
「それって、四人の男女が運命の相手になる。その可能性もある。そういうことにもならないのかな?」
「何かいいましたの?」
「いいえ」
「それでは、まずは、始祖様の遺品を見ましょう」
「そうね。いろいろと、不思議な物がありそうね」
「ねね。また、始祖様みたいな物があるかもしれないから一緒に見ましょうよ」
「いいわよ。なら、男たちは、わたしたちが戻るまで、この場に居てね。その始祖様が動きそうで怖いから様子を見ていてね」
「あっああっわかった」
「もう一度っていうか、入り口の階段からでも戻って見てみない」
「そうね。いいわよ」
「わたしね。短刀が欲しくて、今使っている短刀って包丁と兼用でね。何度も刃先を研ぐから元の長さからすると、もう半分くらいになってしまったの」
「そうなの・・・一・・・六・・・十五・・・」
 裕子は、扉の数を数えていたのだ。たしか、十八個目の扉と思い。
「扉に文字が書いてあったのは読めなかったけど、たぶん、何があるのかの種類の名称だと思うのね。その扉に刀の絵があったから・・・ん?・・・聞いています?」
「うん。聞いているわよ。短刀が欲しくて扉に刀の絵柄の部屋を見たいのでしょう」
「そうそう」
 亜希子は、裕子も入りたい扉があり。その部屋を探しているのだと感じた。

第六十四章 人、それぞれ・・・その二

二人の若い女性たちは、通路を歩きながら自分の足元の安全よりも、扉に書かれてある絵柄を真剣に探していた。
「ねえ、赤い糸を切りたいって思う人っているのかな・・・」
「たぶん、そういう人は居るかもしれないわね。世の中には、同性愛の人もいるしね。そういう人なら運命の赤い糸と繋がっている人とは結ばれたくないわよね」
「あっ、そう言えば、そんな話し聞いたことあるわ」
「・・・ねね、裕子は、何の絵柄の扉を探しているの?」
「本の絵柄の扉・・・禁書の原文がみたいの・・・何番目だったかな・・・」
「ほう・・・本をさがしているの・・・」
「何か変に思わない?」
「何が?」
「銀河の海って分からないけど、同じ海水の海として考えてみると、一人で遭難して、この星にたどり着いたのよね。それって無人島に一人で流れ着いたってことならあまりにも準備が良すぎない。だから、禁書の原文というか、日記というか、航海日誌があれば読んでみたくて・・・」
「もう昔のことなんて考えなくて、この先の未来を考えた方がいいわよ。あの彼氏のこと好きなのでしょう」
「うん・・・そのためにも禁書が読みたくて・・・遺伝子の運ぶだけなら、赤い糸の結ばれている人でなくても、遺伝子の含有量が少なくても本当に結ばれたい人と繋げ直しってできないのか、それも知りたくて・・・」
「・・・そう・・・わたしも正直にいうとね。将太と、運命の赤い糸と繋がっているのは分かるの。でも、簡単に結ばれないのって、将太が言っている。その女性って本当にいるのではないのかと、この地にきて、世界樹の木さんたちの話を聞いたから本当にいる。そう思ったのね。それなら、将太が、その女性と本当に結ばれたいのなら運命の糸が切れるなら切ってあげようかとね。それで、短刀が欲しかったの。その扉の絵の文字は読めなかったけど、絵柄では、手の小指と手の小指が結ぶ糸らしき物を切る絵柄だったからね」
「将太と亜希子は、これ以上の相手がいない。そう思える理想的な運命の相手だと思うわ。だから、そんな弱気にならないで絶対に切らないでよ」
「うっ・・・ん・・・」
「それなら、やっぱり、短刀は必要ね。亜希子でなく違う人と糸が繋がっていたのならば、わたしが切ってあげるわ。そして、亜希子に繋げ直してあげるわ」
「ありがとう。でも、先に切って繋げるのは、わたしのことを実験体にされそうだから裕子が先にしてよね」
「いつもの亜希子に戻ったわね。それで、安心したわ。それに、突然に話を変えるけど、この扉って欲しい物を言うと、扉の絵柄が変わるみたいに思えるわ。亜希子が探していた。その絵柄って、この絵柄ではなくて?」
「そうそう、この絵柄よ!」
「それなら、直ぐにでも部屋に入って短刀を手に入れましょう。あとは、人形ね」
「そうそう、もしかしたら同じことを考えているのかも」
「そうかもしれないわね。ふっふふっふ。必要にならないといいわね」
 二人の女性は、扉を開けて中に入った。
「裕子の言った通りね。展示されているのは短刀しかないわ」
「あれが、良くない?綺麗な装飾はないけど、何度か使用された痕跡があるわ」
「そうね。あれにするわ」
 亜希子は、短刀を手に取り、直ぐに腰帯に差した。
「人形なら調整が必要なのです。だから、自分が用意しますので、先ほどの場所にお戻り願います。それと、確認ですが、男性型を二体ですね」
「はい」
「はい。それと、天の浮舟の用意もお願いします」
「裕子、あまりにも馬鹿なことを言うから頬を叩いてしまったけど、まだ、正気に戻っていないと思うわ。でも、やっぱり、将太の運命の相手がいる場所に飛んだ方がいいわよね」
「そうね」
「そうよね。それなら、正気に戻るまで待たないとならないわよね」
「そうね。ねね、聞いているのでしょう。遺品のリストあるのでしょう。将太が起きるまでの時間つぶしするから見せて・・・無理?」
「それでは、倉庫をお見せします。少々お待ち下さい」
 展示台が床の下に沈み階段が現れた。
「おっ!入っていいのですね」
「どうぞ、将太様が起きましたらお知らせします。それまでは、時間については安心して下さい。おそらく全ての遺品の調査は無理だと思いますが、ごゆっくりと、お楽しみ下さい」
「ありがとう」
「・・・」
 現代の者が見れば、ある程度の予想はできていただろう。機械式立体駐車場を応用した図書館ようの機械に近い。と、それも、本の大きさのパレットサイズから車の大きさのパレットサイズがある。だが、裕子と亜希子には、機械を見ても何が何だか分からない。近づこうとすると、危険を知らせるサイレンが鳴り響くのだから余計に恐怖を感じるのだ。
「すみません。使用方法が分かりませんでしたね。それでは、適当に、二十個ごとに二人の目の前に用意します。手を触れると止まるようにします。そして、次をお願い。そう言って頂ければ、また、二十個を用意させましょう」
「はい」
「えっ!・・・嘘!・・・」
「どうしたの?」
「わたし、一度だけ、一族の族長になる時に、天の浮舟を乗ったことあるの。その時に好きになった書物って、今まで生きて来た人生でも、その書物よりも好きな書物にはであってないの。その書物が目の前にあるのよ」
「それは、よかったわね。原文が読めて、この場で読むのなら願い事の一つにならないのでない」
「そういうことではないの。この書物って縄文時代の初期の物なのだけど、それなら、この原文を読んで未来の人が書いたのか、これは、未来から持ってきた物なのか、それを考えると・・・」
「何を言っているの。頭の良い人って、そうなのよね。ここにあるのだから原書だと思えばいいことでしょう」
「それに、架空の物とされた宝物が目の前にあるのよ。それなら、やっはり、偽物の宝物で、書物も偽物とかしか思えないわ」
「もしかして、その宝物って、仏の御石の鉢。蓬萊の玉の枝(根が銀、茎が金、実が真珠の木の枝)。火鼠の裘(かわごろも、焼いても燃えない布)。龍の首の珠。燕の産んだ子安貝かな?」
「何で知っているの?」
「えっ!知らないの?有名な遊びよ」
「それ偽物よ!。世界に一個しかない宝物を子供の遊びに使えるわけないわ!」
「そうでなくて、本当に知らないのね。あのね。その宝物の一つは本物でも偽物でも一族の族長になるために必要なのは分かっているわ。でも、先代の長老と新長老の二人しか知らないことで本当に使っているのか、宝物が本当にあるのかもわからない。それで、誰から始めたのか知らないけど、初潮が過ぎて何年か、赤い糸も不安定でしょう。それに、その頃って異性にたいしても不潔的に思う傾向もあるし、精神的な面も微妙な時期でしょう。そして、年上の異性と本当に赤い糸が繋がっているのかも信じられないから、気持ちでは断る気持ちなの。だから、宝物のことを言うのよ。本当に赤い糸が繋がっているなら何の障害があっても結ばれるはず。だから、長老様から宝物を手に取って見て、もし、手に取れるのなら、私の大事な物をあげます。想いも信じます。って遊びよ」
「知らない。というか、この書物を読んだことがあるの?」
「何で?」
「今、亜希子が話してくれたことが、この書物に書かれてあるの?」
「本当なの!」
「本当よ」
「それなら、やっぱり、その書物は本物だと思うわ」
「どうして?」
「だって、書物なら何度も作り直せるけど、宝物は、何度も作り直せないから遠い先の未来まで現存するとは思えないわ。それに、この場にある理由って、一族の長の継承のために使えない程まで風化の危険を感じたから、ここに秘蔵したと思えるわ。だから、ますます。その書物って本物に思えてこない?」
「そうね。それに、意外と中身の内容が違うかもしれないしね」
「まあ、そう言う考えでもいいわ。何だかんだと言っても読みたいのでしょう」
 裕子は、頷くと同時に本を手に取ろうと、手を伸ばした。
「すみません。将太様が・・・」
 人工知能でもありえるのか、人間に近い機能だからなのか、まるで、人の様な言い訳もいうのか?。本当のことなのか、一瞬だけ目を離しただけなのに、将太が消えた。と説明するのだ。

第六十伍章 人、それぞれ・・・その三。

人工知能のつたの知らせから五分は過ぎただろうか、裕子と亜希子も共に探そうとして、地下の倉庫から出た時だった。
「二人がいないから心配したよ」
 裕子と亜希子が、地下の倉庫から出てみると、将太は、そういうが、視線は、亜希子に視線を向けて言っていたのだ。それだけではなく、不自然な右手の向きだった。まるで、母に手を引かれている子供のような手を繋いでいる感じだった。
「どうして、ここに居るって分かったの?」
「私が案内しました」
 世界樹の木が、いつ戻ってきたのか、姿は見えないが、また、脳内の中に響くような言葉を聞くのだった。
「無事でしたか、心配しましたよ」
 つたは、今まで探していたかのような問い掛けで会話に入ってきた。
 人工知能でも呆けているのか、優先しなければならないことでもあったのか、それは、つたに問いかけないと分からないことだ。もしかすると、正気が戻ると同時に、世界樹の木と誰にも聞こえない会話でもしていたのか?・・・それで、世界樹の木が、二人の女性に会う前の五分間で、将太が、行きたかった場所に行った後とも思えた。それほどに、五分間とは、十分過ぎる時間だった。
「ん?・・・将太・・・何でもないわ。それでは、行こうか」
 将太は、右の内ポケットの辺りが膨らんでいることで不審を感じたのだ。
(女性には言えない。エッチな何かもらってきたのね。まあ、男だから仕方がないか、でも、女性もエッチなこと好きなのよ。教えてくれても、見せてくれてもいいのでないかな・・・)
「そうね」
「この場から直ぐに飛びますか?」
「それで、いいよ。二人もいいよね」
「そうね」
「いいわよ」
「世界樹の木さん。お願いします」
「三人の女性と反応がありました。誰のところに飛びましょうか?」
「えっ?」
「ええっ!」
「真面目で純情かと思っていたけど、もしかして、惚れっぽい人だったのか?」
「そう・・・三人もいるのね・・・道理で・・・うちと反応があったとしても、もっともっと可愛い子で、スタイルの良い女性だろうと、探し続けていたのね・・・」
 亜希子は、目から涙がこぼれる。そう思える程に涙をためて悲しみをこらえていた。そして、一瞬だけ目を大きく広げて涙がこぼれながら将太の顔を見たのだ。それも、目の網膜にでも、将太の顔を焼き付けようとでも思える程に・・・。
「亜希子!変な気持ちを考えないでよ。それは、駄目よ。それをしたら二度と会えないことになるかも、それに、もしかしたら将太のことの記憶も消えるかも!」
「もう・・・でも、でも、一人の女性でも不安で悲しくて頑張ってきたけど、二人の女性には勝てないわ・・・それに、二度も、私を選んで、選んで下さい。そう心の中で願うのは、心がもたない。もう、将太を忘れて、赤い糸を切って、ふたたび違う人と繋がるか、赤い糸が消えて赤い糸と関係ない性欲だけの人とでも結ばれる方を選んだ方がいいわ・・・」
「亜希子。待って、駄目よ」
「亜希子。一緒についてきてくれ!世界樹の木さん。直ぐに飛んで!。裕子さんもこられたら、いや、お願いします。一緒に来て、立会人になってもらうから。ゆうこさん。お願い!」
「はい」
「裕子さん。ありがとう」
「いいえ」
「亜希子。もう泣かないの。その涙で、今まで何度、何度も死ぬ気持ちになったか」
「どうして?」
「覚えてないのか、もう泣いては、何度も何度も泥団子を食べさせられたか、そんな泥団子食べたら死ぬかも、そう言っても、泣くと、何でも願いが叶うと思っていたのか、そこまですれば、好きだと分かると思うけどなぁ」
「えっ!ええ!」
「そうだったの。へぇ~」
「もう会える用意をしていいですか?」
「お願いします」
「それと、約束を守って下さい。時間は、五分だけ、女性の顔や姿をみるだけ、声を掛けることも、近寄るのも駄目です。いいですね。その場には居ない者なのですから相手には見えません。こちら側からだけ見えるだけです。では!」
「えっ!本当にいたの・・・」
「えっ?」
(お母さん?・・・)
 将太、亜希子、裕子は、真っ黒の空間?部屋にいて、光を感じる方向に歩き出した。すると、真っ黒の空間に一枚の襖が見えて近づくのだった。襖では向こう側が見えない。将太は、世界樹の木が後にいる。そう思っているのか、場所は分からないが、人差し指を適当な方法に向けてクルクルと指を回した。
「人差し指で襖に穴を空けてもいいです」
 その通りに穴を空けると、右目を近づけて襖の向こう側を見た。すると・・・。
 腰まである長い髪で、枝毛もなく光るような黒髪で 薄い桜色の着物を着ている女性が何かを見ていた。何かを見ているか、その思いは時間が無いためにあきらめて、女性をじっくりと見て、着物だと胸の大きさは正確に判断できないけど、着物からでもわかる大きな胸。その姿をみて、将太は、目をパチパチと何度もつぶっては開いてと、何度も確かめた。ゆめまぼろしと思っていた女性が目の前にいたのだ。
「お母さん?。ここ過去なの?。いや、違う。目が二重瞼だ。母は一重瞼だったわ」
「裕子さん。亜希子お姉ちゃん。見ていてね」
 将太は、内ポケットから短刀を取り出しすと、何一つの迷いもなく赤い糸を切った。一瞬だったが、女性の左手が痛みでも感じたのか、ピクリと動いたのだ。そして、顔の表情も夢見がちな少女の表情とも、何か大事な記憶でも忘れたのか、その表情から判断すると、誰かに一目惚れをした。恋する少女のような表情を浮かべたのだ。
「これで、亜希子が好きだと証明されたよね。俺は、亜希子が大好きだよ」
「馬鹿!でも、もう一人いるわよね。でも、次の女性には勝てそう」
「そう思うのは、当然でしょう。本能的に理解をしているのでしょう。赤い糸の導きとは、始祖の遺伝子が薄いか,濃いかの違いですし、亜希子の遺伝子の濃度は二番目ですので、それで、勝てると感じたのでしょう」
「でも、何か殺気を感じるわ。次の女性なのか、赤い糸を切った女性なの?」
「それは、違うと思います。おそらく、つるの殺気でしょう」
「どうして?」
「当然だと思います。つるは、特に、始祖様の遺伝子が濃いので、ある意味では始祖のクローンと考えてもいいでしょう。だから、赤い糸を切ったことで、次の遺伝子を持つ子には、遺伝子の劣化とは考えすぎですが、始祖の遺伝子の割合が減るのは確実なので気分が悪いのでしょう」
「大丈夫ですか?」
「何か、サプライズがあったようですがやめたようです」
「そっそうなんだ。なんか、残念だけど、でも、これで、旅も必要なくなったことだし、別に気にしないよ。後は村に帰るだけだからね」
「なんで、旅をしないの?・・・もう一人の女性と会わなくていいの?」
「会ってもいいの?」
「もし絶世の美女だったら、私をふるの?」
「そっそんなことないよ」
「そうでしょう。それなら会ってみたら・・・」
「う~ん・・・」
「わたしのことは気にしなくてもいいわよ。もし、あれなら、わたしから、その女性に一緒に旅に行きましょうかって、言ってあげてもいいわよ」
「まさか、今度の女性には勝てるって、旅の時に嫌がらせをして、俺と結ばれないようにするって、そう言う意味だったのか?」
「違うわよ。馬鹿ね!」
「う~なら、何で旅を一緒にするって理由は、そんな女性と旅をして楽しいのか?」
「旅をしながら色々伝えるの。将太の好きなところ嫌いなところ。それに、好きな食べ物、嫌いな食べ物と、まあ、将太の全てを伝えるわ。まあ、わたしは、将太の好きも、嫌いも全て含めて、そんな将太が好きだけどね。たいていの女性はね。私の好きな男性に変えて見せる。そういうのよ。だから、その女性には、勝てる。そう言ったのよ」
「女性って、少しでも相手に合わせようとしないのか?」
「それと、将太には、今は言えないけど、最大の決め手の言葉もあるわよ」
 亜希子は、自信満々に話すのだった。そして、もう一人の運命の人の場所に飛んだ。

第六十六章 運命の人との出会い。その一

世界樹の木の機能の一つを利用して男性一人を残して飛んだ。三人の男女が戻って来るまで、世界樹の木の機能の一つで三人の男女の会話は聞こえていた。その会話を聞いて男が爆笑して腹を抑えて苦しそうに涙を流しながら苦痛に耐えて笑っていた。二人の女性は、何が起きたのか、本当に運命の相手の場所に飛んだのか、これから飛ぶのか、世界樹の木が飛ぶ場所を間違ったのかと、いろいろと考えては答えはでずに、世界樹の木に問いかけようかと悩んでいた。そして、もう一人の男性は、この場にいることの意味が分からず、いや、分かったのか、それでも、どんな意味なのだろう。と呆然と立ち尽くすことしかできなかった。この四人の男女が、この状態になるまでには、世界樹の木の問い掛けから十五分後のことだった。
「これで、皆さまの希望の最後のお願いごとは、将太さまの運命の相手の場所まで飛んで会わせる。ということでよいのですか?」
「はい。お願いします」
 亜希子だけが大きな声で承諾の返事をした。他の二名の男性と一人の女性は頷くだけだった。
「ん?・・・」
 四人の男女は、不審を感じて周囲を見回した。そして、亜希子だけが問いかけた。
「飛んでないわ。将太の運命の相手の場所に飛んでいいわよ」
「飛びました」
「世界樹の木の言っている通りに消えた。ということは飛んだはずだ。時間は分からないが、待たされると感じるくらいの時間だった。
「えっ、一ミリも動いていないわよ」
「そうです。動いていません。でも、正確には、二分前の過去に飛びました。その時間にしたのは、私が最後の希望の問い掛けしてから十五分後の時間です」
「それなら、将太の三番目の運命の人はいない。運命の相手は、私、亜希子だけだと、そういうことなのかな?」
「いいえ。二番目は、亜希子です。そして、三番目の運命の相手は、裕子さまのことです」
「ウァハハハハハ!」
「・・・」
「?・・・」
「?・・・」
「ありえないわ。何で、将太の運命の相手が、わたしと裕子さんなの。絶対にありえないわ。二人もいるのも変なのに、いや、元は三人だけど、裕子さんが、二番目なんて、わたしなんて、裕子さんに優るところなど、一つも無いのに・・・変よ!」
「ハッハハハ。腹が痛い。それは、将太がかわいそうだろう。当然のことだが、おれは、裕子さんの運命の相手は、三番目、いや、二番目ってことはないよな。考えたくはないが、将太が、裕子さんの一番目の相手ではないよな!」
「あんたって、人の不幸を笑う。そういう人だったの?」
「いや、いや、違うぞ。おれは、そういう人ではない。チョット、待ってくれ。おい。世界樹の木さん。まさか、この会話のやり取りで運命の相手の糸を切ることによって、将太と裕子さんと運命の相手になる。そういうことではないよな!」
「何度か説明しましたが、もう一度いいますが、遺伝子の中に始祖さまの遺伝子の含有量の多いか、少ないかの問題だけです」
「・・・」
 男は、殺気を放つ視線で、どこかにいるはずの世界樹の木に問いかける。それでも、裕子には視線を向けられなかった。裕子が問いかけたことには、百パーセント違う。そう答えることができないのと、普段の時の声色と違うためだった。
「亜希子さん。私よりも優劣なところなど何個もあるわ。そんな、自分を卑下しないで、一つ優劣なら誰でも納得することがあるわ。それは、若さね」
「えっ!そんな、一緒にお風呂に入った時に見たけど、均等のとれた体で胸も大きかったわ。それに、お湯が肌から弾ける程に若々しい肌でしたし、歳だって気にする程まで離れているとは思えないし・・・」
「ありがとう。でも、正直に歳は言いたくないけど、かなり歳は離れているわ」
「えっ!」
「本当なのよ。世界樹の木が言いたいことも、運命の導きも、若い遺伝子の方が理想だと、そう思うわ。まあ、最終的には将太が決める問題だけどね。だから、亜希子には、将太さんと結ばれるように頑張って下さい。勿論、何でも協力はするわ」
「ありがとう」
「まあ、あのね。でもね。先ほどの気色の悪い笑い声に人を見下す。男だと分かったから少しだけど、本当に少しだけど、将太がわたしを選んでくれたら喜んで承諾するわ。それに、この男も旅に同行するらしいから旅をして、この男の性根が腐っていると感じた時は、将太を押し倒して強制的に結ばれてもいいかもね」
「えっええ!」
「まあ、半分以上は冗談だから本当に何でも協力するからね。ねえ、ねえ」
「おっ押し倒すの・・・」
「もし、もしもの場合よ。将太が選んだら承諾するしかないわ。それで、軟弱の将太のことだから女性の適齢期を過ぎる頃でも手を出さないのならば、押し倒すしかない。そういう意味ね。だから、友として何でも本当に協力するから安心してね」
「・・・でも・・・押し倒すのは・・・その適齢期って・・・何時?・・・」
「どうしたの?・・・顔が赤いわよ」
「・・・」
「そうね。こんな話し本人の目の前だし、男たちが聞こえるところでする話ではなかった・・・でも、男は男で話しをしているみたいだけど、話題が違うみたい。なにも聞こえていないわ・・ごめんね。わたしが悪いわよね・・・当時、仲間というか、一族で旅をしている時は、暇さえあると、子がみたいわね。もしですよ。もしもの話しですが運命の人でもなくても子ができるかもしれませんし、その手の男には知り合いが多いので、紹介しましょうか・・・って、真顔で言うからね。そう、今では懐かしいわね・・・だから、なのかな・・・鈍いのかもしれないわね。本当にごめんね」
 二人の女性は、男たちに視線を向けながら会話をするが、男たちは、会話の途中から未来からの知らせを受けたような直観だろうか?・・・それとも、本能で危機を感じたのか、女性の聞いてはならない会話だと悟ると、室内なのだが、移動が出来る限り会話が聞こえない場所に移動して様子を見ていたのだ。
「あっ、そう言えば、そうね。身分の高い人たちって、そうね。真顔で、そういう会話をしているのを聞いたことあるわ。だから、いいわ。悪気がなかったのは分かったから気にしないで、もう、今の話しは忘れたから、だから、もうやめましょう」
「・・・」
 裕子は、自分は、身分が高いと言われて、ショックを受けたが、今の会話の内容は忘れる。そう言われて何も言うことができなかった。そんな感情と思いなど知るはずもなく、亜希子は、将太の方に体を向けて満面の笑みを浮かべて手を振った。
「将太!!。村に帰ろうか!」
「そうだね!」
「少しお待ちください」
「はい。でも、まさか!。この中を見た者は返さない。とかでなくて?・・・」
「いいえ。いつ帰られても、いつ来られようと、何も問題はありません。ただ、人と関わり会って長い月日の記憶をさかのぼって見たのです。いや、女性はと言い直さないとなりませんね。結婚とは人生で一度だけの記念の日でしたね。それで、二人に結婚のお祝い品を渡そうと思いつきました。ですが、勿論ですが、他の二人にも渡しますよ。では、少々お待ち下さい・・・」
「えっ?」
 四人は、同じ驚きを表したのだ。自分の胸の高さで、小石が突然に表れて浮かんでいるのを見たからだ。渓流釣りの時に使うような偏光サングラスでも使用していれば、もしかしたら人の高さ位の世界樹の木の四本の枝に小石を持っているような姿が見えただろう。
「この石を墨汁の中に入れて文字を書けば、複製品と違って始祖様が使っていた本物と同じ用途に変化します。この石は、未来から持ち込まれた物です。未来人が置き忘れたのか、過去の者が未来に行き持ってきたのか、それは、分かりません。ですが、この名称なら聞いたことがあるはずです。賢者の石と言われている物です」
「こっ、これが、そうなの!」
 誰もが知るとは言っていたが、その名称のことを詳しく知るのは、裕子だけだった。
「それと、これで最後の言葉になります。もしも、この地にもう一度だけと言いたいですが、最適な神代文字を書く理想的な紙はシダ植物なのは知っているはずですが、年々収穫が難しくなっている。そんな知らせを聞いています。ですので、そのシダ植物の苗木を持って来た時だけは封印を解きましょう」
「ありがとう。そうします」
「それでは、村にお帰り下さい。旅の無事を祈っております」
「は~い。ありがとう」
 亜希子だけは、この世の春が来たのか、そう思える程に嬉しい気持ちを表していたのだ。世界樹の木とつる。以外は、何となく意味を理解していたのだ。
「ねね、将太!」
「亜希子おねえちゃん。どうしたの?」
「村に着いたら直ぐに結婚式をあげようね」
 将太は、自分も同じ気持ちだと、何度も、うんうん、と頷いていた。

第六十七章 運命の人との出会い。その二

男女四人には、理由も分からず突然のことだった。外にでようとして部屋らしき場所から通路に出ると、木の枝で塞がれたのだ。誰なのかは、予想ができていた。それは、世界樹の木のことだが、先ほどまで本当に好意的だったのだ。それなのに、なぜだろうか?。
「お待ちください」
「はい?・・・」
 裕子と男は、何が起きても良いように周囲を見回し何時でも対処できるように身構えた。
「女性には、結婚とは人生の一度の儀式であり。幼子からの死ぬまで結婚は最大の願う夢であるとも聞きました。そんな重大な儀式をすると、先ほど二人の会話を聞いては、結婚の儀式に参加したい。そう思ったのですが、実態を表しての儀式には参加できません。それでも、結婚の儀式の思い出の一つでも、思い出の片隅に残るだけでも構いませんので参加させて頂けないでしょうか?」
「いいよね。将太。将太がいいのでしたら、わたしは断りませんよ」
 亜希子は、将太の確認の頷きを見ると、即座に、笑みを浮かべて承諾するのだった。そして、世界樹の木も、気のせいなのか分からないが、声色に喜びを感じた。
「参加者の皆も、世界樹の木さんと同じような気持ちで参加してくれるのよ」
「そうなのでしたか、それでは、皆さんにも喜ばれることをしましょう。そうですね。亜希子さんは、一番好きな花はなんでしょう?」
「そうね。桜が一番すきですね」
「それでしたら、季節に関係なく三度だけ桜を咲かせましょう」
「本当に?・・・出来るの?・・・本当なら最高の贈り物です」
「そうでしたか」
「わたし、幼子の頃から結婚式は桜の満開の時にしたい。そう思い描いていたのですよ。それが、実現できるなんて心の底から嬉しいです。でも、本当に真冬でも桜を咲かせるの?」
「私は、木々や草木を司る。自由に咲かせると言われる神とも思われているのですよ。何の問題もありません。ですが、三度だけですからね」
「ありがとう」
「それと、参加者の皆にも記憶の片隅でも残るようにと、特に、病気の者は、桜の葉が地面に散って落ちる前に一枚で十分ですので、自力で一枚を食して下さい。そうすれば、病気を完治するように調整しておきます。ですが、これも、三度だけです。もう一度いいますが、手足が不自由な人でも自力で食して下さい。どうしても無理な場合でも、口を開けながら寝ているだけでも構いません。いいですね。この二点だけは忘れないで下さいね。それと、最後に、一番の肝心なことですが、桜を咲かして下さいと、桜の木の目の前で言って下さいね。そうすれば、直ぐに咲きますよ」
「ありがとう。木々や花びらの動く音で、なんか、嬉しそう感じるわ。本当に嬉しそうね。本当にありがとうね」
「本当に嬉しいのですよ。何なのでしょうかね。気のせいだと思うのですが、結婚式に参加してくれた人たちの孫の代まで喜びを感じられるのです。たぶん、自分でそう思うからそう感じるのでしょうね。それでも、なんか、嬉しくて・・・」
 世界樹の木は、これから先の五百年後の未来では、不老不死になると思われて切り倒され、樹液も啜られ、葉も花びらも食べされるだけではなく、根っこまで掘りつくして食されるのだ。世界樹の木の思いの通りと言うべきか、たしかに、未来を見て来たのか、感じたのか、孫の代までは感謝されていた。歌の歌詞にも、花見の時も感謝されて、祭りの主賓にもなったのだが、五百年後には、自身の手足に動く虫も絶滅していた。そして、草木も指示ができる木々も一本もなくなり。その時には自身の能力もなくなり。話すことも、問いかけることも、説得も何も出来ずに泣きながら切り倒されるのだ。その感情など理解が出来るのは、つるしかいなかったが、そのつるの言葉も聞こえないのだ。そして、つるは、また、芽が出て直ぐの苗木だけを持って行くのだ。今度は、神聖な山であり。人々の象徴とされていた。人々の王が住む山の麓に埋めるのだ。だが、それも、山が大噴火してからは、世界樹の木もつるも、その麓に住む人々も、山の噴火後は、誰も知らないことだった。
「それなら、桜を咲かしてくれた。そのお礼として歌を歌いますね。その歌を聞こえるといいのだけど、でも、できるだけ大声で歌うわね」
「大丈夫です。普通の歌声でも聞こえます」
「それと、桜のような綺麗ではないけど、花嫁衣裳も見られたらみてね」
「はい。それでは、引き留めてすみません。さようなら・・・」
「またね」
 通路から木々が消えて、四人の男女は外に出たのだ。
「歩きか・・・」
「そうね」
「・・・」
「賢者の石を試してみない?」
裕子が問いかけたのだ。直ぐに、亜希子は懐を捜したが、男たちは・・・。
「いいわよ。でも、一人用の襖を作るのにでも足りない紙片が、ほんの数枚しかないわよ。皆はあるの?」
「大丈夫よ。四人分を合わせれば、一枚分の襖の大きさくらいになるわよ」
「そうだと嬉しいけど・・・」
「もし足りない時は、男たちは、女性たちだけ乗ってもいいわ。そう言ってくれるはず・・・間違いなくねぇ。そうでしょう・・・」
「えっ・・・折り紙程度の紙が・・・二人で三枚だけなの・・・」
「・・・」
「わたしたちは・・・そうね・・・女性は、座布団くらいなら二人分何とか作れそう。でも、男性は、その紙片だけで自分たちで考えなさい」
「あっ!。そうそう、男の人って腕たせ伏せと懸垂は、女性が大人になるまでに何度でも出来るように鍛えるらしいわよね。その鉄棒なら作れるのではなくて?」
「亜希子。それいい考えね。その意味を知っていると思うけど、女性から頑張って言われたら何とかするのが男よね。だから、わたしも応援するから頑張りなさい」
「ん!」
 二人の男は折り紙の大きさの紙片を細長く丸めた。そして、端と端を強く握って二人の女性が紐の様な紙片を巻き付けたら・・・。
「飛ぶわよ。手を放さないでね。手を放したら地面に叩きつかれて死ぬわ!」
「三十分は耐えて!そしたら、一度、地面に降りるからね」
「拷問かよ」
 二人の男は、同時に囁いた。
「何か言ったの?」
「・・・」
 男たちは、もう何も言わずに、何も聞こえていなかった。ただ、死にたくないために両手を握ることだけに集中していたのだ。
「がんばれ!」
「がんばって!」
「・・・」
 二人が空中に浮いて飛んでから時計も持っていないはずだが、驚くことに三十分が過ぎた。それも丁度のことだった。
「もう限界でしょう。地上に降りるわね」
「やっややっと村に着いたか・・・」
 二人の男は、死を感じていたのだろう。もしかすると、あと三十秒でも過ぎていたら手を放していたかもしれなかったのだ。
「うっ・・・まあ・・・」
 裕子は正直に言えなかった。もし言えば、この後も地獄が続くと思って手を放して死を望むと思ったからだ。
「やっと・・・着いた?・・・」
 二人の男は地面に着くと直ぐに、地面に横になり息を整えて体の痺れなどを解そうとした。五分も過ぎただろうか、上半身だけ起き出して周囲を見回した。
「ミントティを作ってあるわ。飲むでしょう」
 亜希子と裕子は、二人の男に少しでも疲れが解れるようにと、自分たちも疲れも喉も乾いていたが、二人が起き上がるまで待っていた。一緒に飲もうとしたからだ。
「ここは?・・・どこだ?・・・」
「まだ、村に着いていないのか?」
「そうね。後、同じ速度で飛べば、後、まあ、九回も飛ぶと着くはずですね」
「えっ・・・後・・・九回・・・」
「む、無理だ。死ぬ・・・死にたくない・・・」
「・・・」
 二人は、同時に頷き、そして、試案したのだ。
「あっ!あぁ~」
「どうしたの?」
「あの、あの・・ブランコのように吊るせないかな?・・・」
「うっふふふ、ブランコなら出来るかもしれないわね」
 二人の男は、裕子が頷きながら微笑むのに恐怖を感じたが頼むしかなかった。

第六十八章 運命の人との出会い。その三

裕子は、二人の男に問いかけて頷きを確かめた後のこと、当然だと自分も頷くと、亜希子と囁き合った。時々、二人の男に視線を向けながら意味不明な笑みを浮かべるのだ。そして、二人の女性は、これから先のことで納得し合ったのだろう。
「運命の絆を確かめましょうね」
「えっ?」
「運命の人が相手なら何が起きても信じられますわよね。それで納得できるのなら、ブランコで飛びましょう・・・どうしますか?」
 二人の男は、自分たちが思い描くブランコとは違うと、二人の会話と様子から判断すると感じ取れるのだが、それでも、何一つとして言えずに頷くことしかできなかった。
「・・・なら、いいのね。それと、休憩は、もういいの?」
「は・・い」
 二人の男は大きな溜息を吐いてから祈るように目をつむり頷くのだった。
「赤い糸で吊り下げるから頭の上に、赤い糸で輪を作っても両手で輪を作ってもいいわよ。それは、お任せしますわね」
「・・・」
 裕子の提案から男は赤い糸で頭の上に輪を作った。その様子を見て、将太は、後で、疲労などから比較を考えて両腕を頭の上に上げて輪を作った。
「それでは、いいですわね」
 裕子の掛け声で、裕子の赤い糸は鞭のようなしなる音が響くと、男の頭上で両腕で作った輪に赤い感覚器官を絡み、男を上空に釣り上げた。
「ん?・・・亜希子?・・・どうしたの?」
「重くて上げられないのです」
 亜希子の赤い糸は、将太の頭上に両腕を組んだ。その両手首に絡ませて上空に上げようとしたのだろう。だが、一センチも浮いてなかった。
「・・・あっああ、一般の女性と同じ槍と細剣の使い手なのね。鞭は初めて?」
「いいえ。でも、鞭でも槍のように使っていましたし、人を持ち上げるのが初めてというか、重い物を持ち上げたのが初めてです」
「そう・・・仕方がないわね・・・ん・・・キャッ!」
 裕子の赤い糸は、亜希子の糸に絡ませて一緒に持ち上げようとした時だった。将太の赤い糸が、裕子の赤い糸だけに絡んで来たのだった。
「・・・赤い糸が勝手に動いて・・・ごめんなさい」
「いいわ。仕方がないものね」
「・・・でも、何か変・・・眠い・・・」
「それの方が助かるわ。寝ていいわよ。その間は飛び続けるから!」
「驚きだ。この状況で寝られるとは、神経が図太いのか」
「あなたも寝られるなら寝ていいわよ。それの方が楽なの」
「いいえ。寝ずに、何が起きても対処できるように協力します。いや、お助けします」
「そう・・・正直に言うとね。赤い糸と赤い糸を絡ませる感覚って、胸を触られている感じに似ているの・・・だから、恥ずかしいというか・・・もう!二人の男性から伝わるのね。もしかすると、将太もあなたも、女性の胸を触る感覚を味わっているのでないの!性的興奮が余計に感じて我慢しているの。その感じている様子を見られたくないの!もう!何てことを言わせるのよ。寝られるなら寝なさい!」
「はい・・・」
 男は、本当に寝たのか、その判断はできないが、直ぐに目を瞑るのだった。
「亜希子さん。今度は、大丈夫?・・・飛べますの?」
「うん。大丈夫みたい。もしかすると、裕子さんだけの力で浮いているのかな?」
「それは、違うわ。二人で半分の重さになったのと、二人の男だけど、てこの原理で一人分の重さから、さらに軽くなったからだと思うわ」
「そうなのね。これなら、何度も休憩を取らなくても大丈夫みたいね。でも、釣られている男の方たちは、大丈夫なのかな?」
「寝られるのだから何も問題はない。そう思うわ。もしも、亜希子さんが大丈夫ならだけど、先ほどの倍くらい速度を上げて、一度も休憩を取らずに一気に村まで行きますか?」
「男の方たちが大丈夫なら、わたしは、いいわよ」
「分かったわ。そうね・・・亜希子さんは、少し心配だし、わたしの神代文字の紙をあげるわね。二枚分だから立たずに座れるわよね。これなら、安定を取りやすいはずよね。なら、大丈夫ね。一気に上空に上るわよ!」
「はい」
「この感じのタイミングなら本気で飛んでも問題はなさそうね」
「えっ?!チョット、待ってっえええええ!」
 馬と馬車で例えるのならば、裕子が馬で、亜希子、将太、男が馬車だとすると、馬が暴れようと、馬が戦力で走り出せば、当然のことだが、引ききずられるだけで何も抵抗することが出来なかった。それでも、何も知らない者が地上から見たのならば、だが、長くて透けて見える程のカゲロウの羽のような羽衣が、二人の男と一人の女性が隠れて見えないために風に嘆く様子から白竜が飛んでいると、そう思うだろう。拝む者もいれば、神々しく綺麗な姿を見たと、その場で立ち尽くすはずだろう。
「・・・」
 亜希子も、今までに経験の無い。空を飛ぶ時の風圧で気絶していたようだった。正気を取り戻して、周囲と地面を見ると、飛び出た場所と同じような風景だったことで、これから飛ぶところだったの。とでも問いかけようとした時だった。
「初めは、悲鳴を上げ続けていたけど、もう慣れたみたいね」
「えっ?・・・初めって?・・・これから、飛ぶのでないの?」
「何を言っているのよ。もう村まで半分の距離は飛んできたわ。二時間で全力だったから馬車だと三日の距離を飛んだ・・・と思うわよ。あと、二回も飛べば村に着くわね」
「・・・」
(あんな速度で飛んで寝られる訳ないし、悲鳴を上げることもできず。我慢するために口を開ければ、風圧で何度も窒息するかもしれない苦痛を味わったからな)
(俺も、それだけではない。少しでも気持ちを緩めたら命綱の赤い糸が解れて地面に落下でもするかもしれないと、何度も死の危険を感じたからなぁ)
(あんな飛び方を二度もしろっていうのか、もう一度でも飛んだら耐えられない。確実に飛んでいる途中で今度こそ死ぬかもしれない)
 男たちは、狸眠りをしていたのだ。そして、二人の女性たちには聞こえないように愚痴を言い合っていたのだ。だが、二人の女性が会話が中断すると、囁きの声でも、二人の女性に聞こえる声量だったのだ。
「起きていたの?」
「そんなことを考えていたの。そんなに嫌なら自力で何とかしたらいいわ。もう知らない」
「チョット、今の話しは言いすぎよね」
「そうでしょう。わたしだって最大限に羽衣を使って風圧を当たらないようにしてあげたのに、それに、身体の一部だから無理な方向に羽衣を向けると少しは痛みもあるのよ。本当に、もう!勝手にするといいわ」
「二人とも、今すぐに、裕子さんに誤った方がいいわよ」
「・・・ごめんなさい。それと、後二回もお願いします」
 男たちは、謝りたくはないし、何度も死ぬ気持ちを味わうのも嫌だったが、自力で歩くことになれば、何日も時間も掛かる。その間に、自分たちが必要な要件とか、自分たちが居なかった場合のいかなる難問に対処できなかったわ。などと、後からグチグチと八つ当たりや愚痴などが聞くのも嫌だし、そのための想像も出来ない対処を求められる方が嫌だったのだ。そのために、二人の女性たちの気持ちを解そうとして、もしかしたら、死ぬ方が楽かもしれないが、笑みを浮かべながら頼むしかなかったのだ。
「まあ、まあ、そこまで言われたら仕方がないわね。今の話しを聞かなかったことにしてあげる。だから、許してあげるわ」
「そうね・・・許します。そろそろ、休憩を終わらせてもいいわね。もう、疲れも取れたろうし、飛びましょうか・・・どうしますか?」
 この場の二人の男と一人の女性に言っているように聞こえるが、視線や態度は、亜希子だけに言っているようにも感じられたのだ。
「そうね。何時でも良いわよ」
「なら、準備ができしだい飛ぶわね」
「はい」
「・・・」
 亜希子が返事をするが、男たちは、口を開くと、際限なく愚痴しか出ないと思って頷くだけだった。時計を持っていない。だが、驚くことに、丁度、十分後に飛んだ。勿論、亜希子の悲鳴が周囲に響き、五分も過ぎない頃に悲鳴を上げたくなり。それは、失神したのだが、男たちは、狸寝入りなのか、いや、心の中で、死にたくありません。神様。助けて下さいと、何度も祈っていたために一言も声を上げることができなかったのだ。そして、二時間後に、地上に降りていた。
「ミントの紅茶だけど飲む?」
 裕子は、自分のためというよりも、亜希子に飲ませたかったのだろう。それでも、二人の男も紅茶のカップを持っていた。だが、一口も飲まずに放心状態だった。
「亜希子・・・姉ちゃん?・・・」
「そうよ。将太?・・・大丈夫?・・・」
 亜希子は、将太の泣きそうな様子を見て、小さい頃に泣いている姿と重なった。

第六十九章 宴?結婚式?  その一

上空を見る者がいれば、子供の白竜が飛んでいる。それも、何度も行ったり来たりと何度も飛び回っている感じだった。まるで、子供だから安全に地上に降りられる場所を探している。と思うだろう。
「この辺では、どうかしらね?」
「そうね・・・周囲からは見えないからいいのだけど、村が見えないから、かなり歩くのではないの?・・・」
「まあ、ここまで飛んできた時間よりも多くの時間を歩くでしょうね」
「ここまで飛んできた意味がなくなるわね・・・でも、仕方がないわね」
「そうね・・・?・・・花火?・・・花火よね」
「そうね。花火ですわね・・・綺麗ね・・・お祭りでしょうか?」
「そうでしょうね。たぶんですけど、おじいさん、おばあちゃんが無事に帰ってきたことへのお祝いだと思いますわ。それに、旅でいろいろあったことを孫などに語る旅での思い出もあるでしょうし、お土産のいろいろな物もあるでしょう。お土産のお返しもあるでしょうし、一番の可能性が高いのは村の人の快気祝いだと思いますわね・・・ん?・・・どうしたの?・・・降りるのが急過ぎた?」
「・・・邪魔しては悪いわよねぇ・・・村に寄らないで通り過ぎるかな・・・」
 亜希子が、花火を始めて見たこともだが、何かを考えているのだろう。裕子の会話中でも花火の一つの光も見逃さないような感じで上空から視線を逸らせることはしなかった。
「どうして?・・・」
「村人だけで楽しんでいるのに、部外者が居ては祭りの邪魔でしょう」
「どうでしょうね。わたしみたいな長が付く役目の者は、行きたい。行きたくない。などでは訪問を決められない。どんな場所でも拒否されても村に訪問するのは規則だから、何となく、訪問されたくない。嫌がれている。そういうのは何となくわかるの。それに、訪問されたくない者たちが近くにいるなら花火なんて上げないわ。だから、誰でも参加して欲しいって意味にもとれるわね」
「そう・・・今日は、ここで、泊まりませんか?」
「そうね。二人の男の気持ちも考えるなら泊まりましょうっていうか、もう寝ているのでない。もう~仕方がないわね。せっかくの花火なのにね」
「綺麗ね。花火って・・・」
「そう言えばね。花火って結婚式の時もするのよ。この花火よりももっともっと派手で綺麗なの。この花火は、近隣に、何かを知らせる花火だから綺麗って感じではないわね。でも、高度は高く上がるから遠くからでも見られるけどね」
「それなら、明日、村で何かあるってこと?」
「それは、ないと思うわ。老人たちの無事のお祝い。というよりも、たぶん、子供たちに病気が治れば花火を見せる。そんな約束でもしていたのかもね。だから、個人的に花火を上げるのは無理だから子供たちの快気祝い。そう理由にしたのね。でも、その子に、どうしても、花火を見せてあげたかったのね。なんか、この花火を見ると、そう思えてくるわ」
「やっぱり、村には寄らずに通り過ぎるかな・・・」
「どっちでもいいですわよ・・・ん?・・・寝たの?」
 亜希子も、裕子も、地面にあお向けで花火を見ていたことで、寝ているのか起きているのかわからなかった。勿論だが、二人の男も地面にあお向けで寝ていた。
「・・・それにしても、少し変ね。見せる花火なら数発を一度に上げるはず。それが、一発ごとでは、誰かに知らせるためとも・・・思えるわね・・・わたしも飛び続けたから疲れているのね・・・眠い・・・考えるのは、明日でも・・・」
 裕子も目を瞑ると直ぐに寝てしまったのだ。
「パキ、パッキン、パキ、パッキン」
 老人と老婆と、村から出ての旅の間には、いろいろなことがあった。ここまで熟睡して寝るのは初めてだった。おそらく、身体の機能が、悲鳴か話すことができたのならば、これ以上の無理をした場合は、身体の機能が強制的に停止します。と言うはず。なぜに、それが分かるのかと、そう思われるだろう。何点かの一つ顔に、蟻か何かの虫などが歩いたなどがある。それでも、一番の理由には、昼と夜では十二度の温度差があるのだ。これ程だと、身体が寒さを感じて目を覚ますのが普通だった。それでも、最後に寝て、起きるのも一番先だった。その裕子が、小枝を周囲から集め火を焚いて暖と湯を沸かしていた。その枝の音で起きたのか、その理由を本人に聞いても、枝の折れる音なのか、寒さからなのか分からない。その両方だと答えるかもしれない。
「おはよう。寒いでしょう。ミントティでも飲む?」
「うん。飲みたいです」
「もういいわよ。二人が起きているのは分かっていました。ミントティは飲むのでしょう」
「うん」
 二人の男が、同時ではないが、ほとんど、同時に頷いた。
「それを飲んだら出発しましょうか?」
「そうね。そうしましょう」
「また、飛ぶのですか?」
「もう安心して、歩いて行くわ」
 亜希子は、将太の様子が変だと感じた。何となく、裕子を恐れている感じで、自分には理由は分からないが、助けを求めていると感じたのだ。だが、この場では、空を飛ぶことに恐怖を感じている。そう感じて気持ちを落ち着かせようとしたのだ。
「うん。良かった。裕子ねえちゃん。安心したよ」
「・・・」
 男も安堵した。そして、十五分後に、男女四人は、この森から出て街道に出るのだった。
「なにか、街道を歩く人が多くないかしら?」
「あっ、もしかして、昨日の花火って、あっ、そうね。なぜなのかしらね」
「えっ?。今、花火が理由とかって言いかけなかった?」
「理由っていうか、また、花火が見られる。そう思って向かっているのかなって・・・」
「そう・・・なら・・・」
 裕子は、自分が思ったことの半分だけ伝えたのだ。あの花火は何かの合図だと感じて村にもう一度だけ様子をみたい。そう感じたのだ。だが、正直に全てを伝えると、村には行きたくない。そう言われるのを恐れたのだ。
「あっ、手を振っている人がいるわね。なんか、こっちに向かっていないかしら?」
「えっ・・・」
「あんたの知り合いではないでしょうね?」
 亜希子は、自分の周囲と、後ろを振り向いて、その相手だろう人を捜した。裕子は、まだ、男の内心に不審を感じていたが、さらに、不審を感じて問いかけた。
「ありがとうございます。息子が元気になりました。男を除いた。三人の男女に視線を交互に向けては頭を下げて感謝の気持ちを伝えた。
「そう、それは、良かったですわね」
 裕子が、皆の気持ちを代理のように答えた。
「やっぱり、村に寄らずに旅立する気持ちだったのですね。でも、街道の分かれ道で待っていて本当によかったですわ」
「昨日からですか?」
「そうですよ。他の村人も街道の分かれ道とか、森などで、また、会いたいために探すのは無理だとしても、その場、その場で、現れるのを待っていたのですよ」
「そこまでして・・・」
「長老が、そうするといいって、花火もあのように何度も上げれば、上空を飛んでいるのも見えるし、危険を感じて飛ぶことは止めると、だから、お礼をしたいので村に来てくれませんか、子供たちも楽しみしています」
「わたしは、その気持ちを喜んで受けたいですわね」
 誰かが答えるのを遮るように真っ先に返事を返したのだ。
「それでしたら、どうぞ、行きましょう」
「亜希子さん。行きましょう」
 裕子は、亜希子が立ち止まってから動かないから背中を押して共に歩き出した。
「えっ!」
「そんなに、驚かなくても・・・」
「どうしたの?・・・将太?」
「手を握りたくて、駄目かな?」
 裕子が、亜希子の背を押して一歩踏み出すと、将太が、亜希子の手を握ったのだ。
「いいけど、でも、どうして?」
「何か、怖くて・・・」
「ああっ、何度も空を飛んだからね。でも、もう飛ばないから安心して」
「うん。でも、手を握っていてもいい?」
「いいわよ。そんなに、クスクス、怖かったのね。もう・・・お姉ちゃんの手を握ると安心するのね。もうっ、馬鹿・・・」
 最後の言葉は、少し嬉しかったことで、恥ずかしくもあり。声がだせないのだが、それでも、口から声を出すことが我慢できずに囁くのだったが、誰にも伝わらなかったはずなのだが、先ほどの村人と数人の女性が集まって囁き合っていた。そして、皆が笑みを浮かべると話が終わったのだろう。一人の女性だけが、村の方に駆け出して行くのだった。
「まあ、仲の良いことで、まあ、まあ、それでは、行きましょう」
 村人たちが、囁く前は、将太と亜希子は手を繋いでいなかったのだった。そして、その様子を見て、さらに、嬉しそうに村に行くことを勧めるのだった。

第七十章 宴?結婚式?  その二

男女四人は、村に入ると直ぐに、村中が出迎えてきたのかと驚く程の人数だった。もしかすると、街道ですれ違った者もいるのではないのかと、そう思う程の驚きだった。そして、何の感謝なのか迷う程に、年代は関係ない人たちが握手と一花を手渡されたのだ。数人は、病気だった子が元気になったのだね。そう言葉を返す。もしかすると、この一花を持つ者は病気だった人で完治したのかと、さらに驚くのだった。
「まあ、綺麗な花ね。病気が治って、この花を摘んでくれたの?」
「うん。そうだよ」
「そうそう、よかったわね」
 手に一花を持つ者は、女性と男性など関係なく感謝の言葉と一花を渡すのだ。次々と手渡すと後ろに並んでいる人と交代した。全てが終えると、四人を村の奥に勧めるために道の両脇に並び直して四人に笑みとお辞儀と様々な感謝の言葉を贈るのだった。
「・・・」
 亜希子は、歩きながら裕子の耳元で囁くのだった。
「ねね、この村に、こんな人がいたのかしら?」
「こんなに人はいないわ。昨日の花火で周辺の村から集まったのね」
「そうよね。それと、裕子さんは、村々で治療するたびに、こんな感謝されるの?」
「まさか、こんなの初めてよ。長老宅か、患者さんの家とかで、酒宴くらいならあるけど毎回ではないわ」
「そう・・・どうしてなのかな?」
「まあ、感謝のお礼は、最後まで受け取りましょう。途中で断るのは失礼だとおもうわ」
「はい・・・そうね。わかりました」
 歩きながら感謝の言葉と握手を求められての、裕子との会話だったけど、そんな様子でも村人は、不快を表すこともなく、さらに、自分の目の前を通るのを待っているのだった。
「ごめんなさいね。本当なら二人で花のアーチを作って、花のトンネルを作りたかったけど時間がなくてね。中途半端な感謝のお返しになって、本当にごめんね」
 老婆が、今にも泣きだしそうな様子で謝罪するのだった。
「そんなことで謝らないで下さい。これで、十分な感謝の気持ちで嬉しいです。それよりも、せっかくの村のお祭りなのに、私たちがお邪魔して、すまないと思っているのですよ」
「お祭り?・・・あっ、たしかに、お祭りみたいなものですね。何も気にせず楽しんで下さいね。先で、皆が待っていますので、どうぞ、どうぞ」
 道の両方に並ぶ人の列は、ある一軒家まで続いていた。人に勧められながら男女の四人は進み続けて、玄関の門の前にある台まで案内された。
「わらび餅?・・・」
「そうみたいね」
「わたし、きな粉か黒蜜でもかけてあるのなら好きだけど、味のない非常食として食べた記憶が多くてあまり好きではないのよね」
「この風習なら知っているわ。そのまま食べてみなさい。美味しいからね」
「そう・・・うぁああ、凄いわ~甘くて美味しい」
「この風習ってかなり古いわ。もう廃れたと思ったけど、私が子供の頃に聞いた話ではね。別の村にお嫁さんに行く先で食べる物なの。それも、村に着いてから初めて食べる物なのね。わらび餅の味と甘さで村の豊かさを教える物なのよ。甘ければ甘いほどに豊って意味だし、甘さだけではなく味覚も少し酸っぱいとか、いろいろあるの。それに、形も様々あるの。そんな、オシャレな感じの物なら、さらに、村の豊かさがある。そういう意味なの」
(でも、お祭りで出されるって聞いたことがないわね。これって、誰かの結婚式なのかしら・・・まさか、あれも?・・・出される?)
「それなら、この村は、かなり豊かさがある村って意味なのね」
「今は、こんな方法で、豊かさを伝えるってことはしないわね」
「そう・・・なの」
「それでは、家の中に入って下さいね。さあ、さあ、どうぞ」
 この家の老婆だろう。裕子的な考え方ならば、女性の家長と思える人が、門まで迎いに現れて、手を引いて家の中に招くのだった。
「あっ!」
 居間の中心に酒樽が置いてあった。それも、空の樽と木の実を煮込んだ物が満杯に入った。二つの樽があったのだ。それと、ひしゃくとぐい吞み容器の二個があった。
「これも、かなり、古い風習ですわ。先ほどのわらび餅よりも古い風習です。これも結婚式の儀式の一つでしたわ。だけど、好意があるかないか、直ぐに表情で分かってしまうので、最近では、村と村の仲裁の時に使われるのが多いわね」
「そうなの・・・ふ~ん・・・もしかすると、祭りではなくて、わたしたちが、村と村の儀式の立会人をするのかしらね」
「その可能性もあるわね」
「奥へ、どうぞ。上座にお座りください」
「はい」
 四人が、上座に座った。男、裕子、将太。亜希子と並んで欲しいと言われたのだが、将太が、亜希子の手を離したくないと駄々をこねるので、裕子の隣には座りたくない。まるで、殺されるとでも思っているような感じで泣きながら亜希子に助けを求めたのだ。皆は仕方がないと、男、裕子、亜希子、将太と上座に座った。すると、この家の老婆が、パンパンと手を叩くのだ。直ぐに、下座の方の襖が開かれて、最近まで一緒に旅をした。老人と老婆が現れて、お膳が指定されているのか、誰一人として迷わずに座るのだった。
「口噛み酒のお酒を造り。お酌して頂きます」
「えっ?」
「口噛み酒でお酒を造ったことがなくても見たことはあるだろう。それと同じにすればいいだけだ。だから、呆然としいるのではなく初めてくれないか」
「はい」
 裕子と亜希子は、確かに、呆然としていたが、その内心の気持ちは違っていたのだ。亜希子は、口噛み酒など見たことも聞いたことも、勿論だが飲んだこともなかった。もしかすると、自分の村でもしていたかもしれないが、村の集会は面倒だと思って行かなかったのだ。そして、裕子は、これは、村に嫁を迎い入れる婚礼の儀式だと思ったからだ。それも、自分の婚礼か、亜希子の婚礼か、二人同時に村に迎い入れるためだと思ったのだ。
「わたしがすることと同じことをして・・・いい?」
「はい。はい」
 裕子は、柄杓(ひしゃく)から樽の中の液体をぐい吞みの容器に入れてから口に含んでガムでも噛んでいる感じで何度も何度も含み続けて、そして、一分間くらい過ぎた後にぐい吞みに戻してから樽の中に戻すのだった。
「うん。え?・・・ほう・・うんうん・・・えっ?・・・ほうほう」
 亜希子は、裕子のする様子を見ながら内心の気持ちが百面相として表れていたのだ。
「どうぞ。今と同じことをすればいいのよ」
 裕子は、ひしゃくとぐい吞み容器を手渡された。そして、思いだし、思いだしながら同じようにするのだった。
「本当なら酒の女神を称える歌を歌うのだけど、一般の人はしらないわよね・・・」
「亜希子さんが好きな歌でもいいわよ」
「えっ?」
「この歌だと、女神さまがお怒りにならないか?」
「その可能性はあるな。それに、たしか、女神様は、まだ、独身らしいしな」
「嫁を村に迎いれる儀式の歌だ。許されるだろう」
「それでも、ラブソングとは、許すか、許さないか、微妙なところだな。酒の女神はとくに嫉妬ぶかいからな」
 老人と老婆が、囁き合いながら相談していたが、結論が出る頃には歌は終えていた。
「お酌を始めて宜しいのでしょうか?」
 この家の老婆は、親族や親戚も病気で亡くなり。自分も、先が長くないことは考えないようにしていた。ただ、一つだけ心残りは、特別な豪華な屋敷でも年代物の家でもないのだが、思い出が詰まった家だったことで、素性も何も知らない者に貸すなら解体して欲しいと伝えようとしていた。それが、三人の男女が村に来て、様々ことを尽くしてくれたことで、この三人が村の仲間になるために必要なら提供してもいい。そう思っていた。それなのに、本当の理由と結婚式をしていることも忘れていると、少々怒りを感じた声色で声を掛けたのだ。
「あっ、すまなかった。進行を進めてくれ」
 この老人だけが、会話に参加せずに樽を見続けていた。この老人の声を聞いたからなのか、この家の老婆の言葉を聞いたからなのか、皆は会話を止めて次の進行を待った。
「はい。それでは、わたしから始めさせてもらうわね。亜希子は、同じようにしてね」
「はい」
 裕子は、ひしゃくを手に持ち樽の中に入れて液体だけすくう。ひしゃくからこぼれることを考えなのか、四分の一ほどしか入れない。それを直ぐに亜希子に見せるが儀式の違反だった。直ぐに、老人と老婆に会釈をして謝罪の気持ちを伝えた。すると、それを承諾した意味なのか、何のための謝罪なのか分からない。そんな、微妙な会釈で返した。もしかすると、裕子の方法は、古い風習の儀式なのか、一族の長たちだけの儀式なのか、特に気にせずに、一番近い、上座から見た左側の老人の前に両膝を着けた。
「お注ぎしても宜しいでしょうか・・・宜しければ酒の杯をお出し下さい」
「・・・」
 老人は、無言で両手を使い小さい酒の杯を目線の高さに上げて待った。

第七十一章 宴?結婚式?  その三

二人の女性は、一人は無表情であるが、この女性に対して変化のある表情よりも無表情の方が好意を表しているのは、誰もが分かることだったのだ。だが、もう一人の女性の方は、ひきつりながらの笑みを浮かべようとしているが、嫌がっているために無理に笑顔を作ろうとしているのではない。これは、一般女性なら普通のことだった。
「お注ぎします」
「・・・」
 老人は、何度も、うんうん。と頷くのだ。これも一般的な習わしだが、口を開くことや声を出すのは、進行する者と口噛み酒を造る女子だけなのだ。だが、これは、すでに、破られていた。この点に関しても、進行する者である。老婆の怒りの一つでもあった。裕子が酒の杯に入れ終わると、何度も匂いを嗅いだ後にごくり、ごくりと飲んだ。ほーと呟く程の表情を浮かべて驚くが、言葉にしないで無理の笑顔ではなく満面の笑みで返事にした。
「お注ぎしても宜しいでしょうか・・・宜しければ酒の杯をお出し下さい」
 裕子は、先ほどと同じく無表情だったが、親しい人なら声色に少し動揺を感じていると感じただろう。もしかすると、酒の杯に手を出さずに首を左右に振るのではないか、そう少し思ってしまったのだ。長年の経験で自分の身分を知る者なら断ることはないが、女性が女性の特に知らない女性が口噛み酒を造る場合は、裕子の経験では何人もいたのだ。だが、先ほどの老人と同じ反応で返事を返してくれた。次の老婆に移動しようと視線を向けると、七割の感じで寝て、起きてと、こっくり、こっくりとしているのだ。それでも起こすわけにもいかずに、亜希子の様子を見る時間が取れたと、動揺などしなかった。老人の対応には、自分の時と同じだと安堵した。隣の老婆も裕子の時と同じ対応だったが、隣に移ろうにも、裕子が終わっていなかったこともあったからか、次は、どうしようと、おろおろと、動揺していると、老婆が握手を求めてきたのには、驚くことだった。すぐに、寝ているのを起こして対応をしてもらうかと、そう思って視線を戻すと、すでに、酒の杯は両手で支えて老婆の目線にあった。目を覚ましていたというよりも、狸寝入りだと、舌を出して直ぐに引っ込めたことでわかった。
「お注ぎします」
「・・・」
 この老婆は、自分の隣の老婆に少しでも時間を与えたかった。そんな意味だろうと、気持ちを受け取り、亜希子の様子を見ながら急ぐよりも亜希子が終わりそうなのを確認してから次に移ろうと思うのだった。勿論、返事は、前の老人と老婆と同じ様子を表した。
「お注ぎしても宜しいでしょうか・・・宜しければ酒の杯をお出し下さい」
 三人目も老婆だった。一度だけ頷いてから皆と同じように両手で酒の杯を持ち、目線の高さまで上げて、酒を注がれるのを待つのと同時に、ニコリと笑みを浮かべた。いろいろな意味に受け取れるが、いつでも酒の杯に注いでいい。裕子は、そう受け取り、ゆっくりと注ぎ入れた。また同じように匂いを嗅いでから口に含んだ。こくり、こくりと飲んでから少し考えてから笑みを浮かべながら何度か頷いて声にしなかったけども、美味しかったわ。と唇の動きで何となく感じ取って、裕子もお辞儀をしてから亜希子に視線を向けたのだ。そして、次の老人と、今目の前にいる老婆にも、もう一度だけお辞儀をしてから裕子の隣に立って肩を叩いた。
「樽に戻って、酒を汲みに行きましょう」
「・・・」
 裕子は、耳元で囁いた。裕子の柄杓に、まだ、一人用くらいの分量はあったのだが、亜希子の柄杓の中に一滴も残っていなかったことに、亜希子は、驚き何度も頷くのだった。
「行きましょう」
「・・・はい」
「大丈夫よ。慌てなくてもね。今の列の人たちは、お酒は好きな方ではないわ。後ろの列は酒が好きだから時間が過ぎれば過ぎる程に酒に近くなるから遅い方が好ましいの。だから、酒とかお酌などに真剣になるよりも、表情と様子を憶えておくといいわ。この先っていうのかな、この家の中の時と外で会った場合は、たぶん、表情などは違うはずだから憶えておくといいわ。今、この場で会った。この表情が本心だからね」
「・・・はい」
 亜希子には、裕子の言う意味が分からなかった。それでも、小さい頃の母の言葉と重なるのだった。お祖父さんは、いつも無口で、しかめつらだった。でも、あの時、母が庭を散歩しようと、そして、縁側でお爺さんが一人で庭を眺めているのを見つけると、何の理由か忘れたけど、祖母と二人で残されたのだ。すると、お爺さんは、初めて笑みを浮かべて変なことを言うのを憶えている。大事だと思われる。盆栽を好きな物を選んで枝を折ってみなさいと、できない。嫌だと言ったけど、あの盆栽は、亜希子のお母さんが嫁に来て当日に、盆栽を棚から落として枝が折れて鉢も壊した。と、たしかに、鉢は継ぎ目があるが修復されていたし、枝も接ぎ木などがされていた。いろいろと、あれは、これは、と話してくれたけど、憶えていないけど、修復するのが好きだから落として壊してみなさい。また、庭に来た時でも、どんな感じで修復してあるか、楽しみにしなさい。そう言われたことを思い出と重なったのだ。そして、母は、今のお爺さんの言葉と笑顔は忘れないで憶えておきなさいね。と裕子と同じことを言われたのだった。
「そろそろ、大丈夫?・・・気持ちは落ちついたかしら?・・・」
「はい」
「ひとつ言い忘れたけど、次の方を待たせている。そう思わないで、それで、前の一人よりも丁寧に、お辞儀しても駄目、勿論、今まで以上に丁寧に時間をかけてお酌するとかも駄目だからね。今までの人と同じにしないと、逆に、その人だけ特別の人だと勘違いさせるから本人にも周囲の人にも、だから、同じく接してね」
「はい」
「それなら、戻ってお酌の続きをしましょうね」
 あとは、無言で戻り、同じようにお酌の続きをするのだった。三度、四度と樽に戻り柄杓にお酒を入れては繰り返すが、特に何も問題なく片側の二十人が終わるのだった。
「これからお酌する。後ろの列の人たちって酒好きの人たちなのね。だから、少しでも発酵を早めるために、念入りにかき混ぜた物を飲ませた方がいいわね」
「はい。そうします。教えてくれてありがとう」
「いいえ。何度も言うけど、大袈裟な身振り手振りも、特別な態度も駄目よ。今までと同じに、皆と同じにね」
「はい」
 上座から見て一番の奥の列にまで、裕子は歩いて行った。亜希子は、何で一番の手前からしないのかと、不審に思うが、まさか、口を開いて問いかけることも出来るはずもなく無言で後を付いて行った。そして、裕子が、上座から数えて二十人目の前にたった。
「お注ぎしても宜しいでしょうか・・・宜しければ酒の杯をお出し下さい」
 もう何十人も同じことを言っていた。その様子を亜希子は見続けた。
「・・・」
(まるで、違う儀式みたい。時々だけど笑みを浮かべるのって、まさかだと思うけど、本当に酒の精でも見えるの?・・・それも、裕子さんと交互に何か見ている感じだけど、裕子さんと似ているのかな?・・・まさかよね。お酒の味・・・よね・・・)
 前の列の者とは、まるで違う儀式かと思える程に違っていた。酒に杯に入れられた液体を入れられて直ぐ、液の揺れる波でも見ているのか、揺れる液体の光の屈折でも見ているのか、杯を上に、下に、右、左と、何度も液体の動く光の屈折を見て微笑んでいた。やっと儀式でも終わって直ぐに飲むのかと思えば、今度は、酒の匂いを嗅いでは笑みを浮かべるのだ。そして、やっと、酒を口の中に含んだ。すると、まるで、ガムでも噛んでいるのか、口の中で感触を楽しんでいるのか、舌で味覚を味わっている感じで喜んでいた。
「うんうん」
 老人は、今までに飲んだことない味と匂いだったのだろう。満面の笑みを浮かべながら声を上げてしまった。それに気づき恥ずかしそうな笑みのまま酒の杯をお膳の上に戻した。
「お注ぎしても宜しいでしょうか・・・宜しければ酒の杯をお出し下さい」
 裕子が、二人目の前に立つと、亜希子も、今までと同じようにお酒を勧めるのだった。
「・・・」
「お注ぎします」
 酒の杯を両手で持って目線の高さまで上げて、酒を注がれるのを待っていたのだ。そして、裕子の時と同じ様子で同じことをしたのだ。この後の老人や老婆にも同じお酌を続けて行くのだが、やはりと言うべきか、裕子の心配してくれた。その理由が自分でも実感ができたのだ。前の列の者とは違うと、はっきりと、自分の様子よりも心底から酒が好きだと分かったのだ。それでも、今までと同じように握手を求められるが、まるで、孫と遊んだ後のような握手だった。たしかに、孫みたいな歳は離れているが、温かく、優しく、様々なことを心配している気持ちを感じられる。まるで、同じ血族である。昔からの家族のような握手だったのだ。そして、二十人目の老人には、握手の時に口が開いては閉じるのをみた。何か伝えようか迷っている感じなのは表情からも感じられた。それでも、最高の酒を造るために我慢しようと、そんな表情を浮かべた時・・・。
「どうしましたの?」
 この老人は、その場の老人と老婆に確認を取る気持ちだったのか、全ての者に視線を向けた。すると、心の中でも読んだのか、皆が、大きく頷くのは、全て任せる。そういう意味だと感じ取るが、老人だから病気でもないが、囁く言葉の意味には、口を開くことで酒の造りに邪魔になる菌でも撒き散らすことを心配してのことだろう。
「・・・北に行くのか・・・西に行くのか?・・・」
「西に行きます。将太とわたしの生まれ育った地に帰ります」
 この儀式では、何も感じ取ってくれなかったのかと、がっくりと両手を下ろした。

第七十二章 赤い糸の導き  その一

最後の酒の吟味をした老人が項垂れている様子を見て、この場の者が心配する気持ちから視線を向けていた。そのために、五分、いや、それ以上は沈黙が続いた。そして、沈黙を破った者は、もともと、予定されていた言葉である。今まで次、次と予定の通りに進めていた。次の進行を告げる言葉を、老婆が言った。
「これで、この村の全ての苗字の一族の党首との対面と口噛み酒の吟味は完了です。それで、どうでしたでしょうか?・・・」
 すでに、問いの返事は分かっていた。この進行を告げる老婆も吟味役の老人と老婆の表情を見れば分かることだった。
(口噛み酒とは、毎回、一人や二人は、険悪な表情を表す者がいるのは当然なのだが、今回は、旅を共にした者も病気の治療をしてもらい完治してもらった者もいる。だから、だろうか・・・だが、酒にしか興味がない者もいるのだ。本当に旨いのか・・・あとで、わしも味を確かめてみるか、少し楽しみだな)
 老婆は、もう一度、この場の老人と老婆の表情を見て、その返事の答えの判断とするために見回した。そして、答えを決めた。
「それでは、何も問題はない。そう判断を決めましたので、次の進行に移ります」
「えっ?」
 裕子だけが、意味が分からない。と声を上げてしまった。他の者は、老人と老婆は次なにをするか分かっているのだろう。亜希子と、二人の男は、この屋敷に入った時点から分からなかったために驚くこともなかったが、老人と老婆たちにすがるような視線を向けるだけだった。そして、亜希子だけが、裕子に問いかけの視線を向けたが、横に首を振るだけで何の解決にもならなかった。すると、老人と老婆は、また、下座の方の襖が開かれて入って来た時と同じように出て行くのだった。
「それでは、次の進行に移ります。行きましょう」
 この家の老婆であり。進行を進めていた老婆も下座の方の開かれたままの襖に入って行ったのだ。男女の四人も付いて行くしかなかったのだ。その中は暗く両側には襖が並び同様の部屋があるのだろう。それでも、無限にある訳もなく三部屋くらいの距離を歩くと閉じられた襖に突き当たった。老婆が襖を開けると・・・。
「結婚おめでとう」
「おめでとう」
「これからも、よろしくねぇ」
「おねえちゃん。おめでとう」
「おめでとう。また、一緒に遊んでね」
 様々な感謝の言葉や祝いの言葉を聞くのだ。裕子以外は、誰の結婚?なのか、と不審に思う。それに、何の祝いなのかと、三人の男女は考える。もしかすると、村に訪れた幸運な人数だったのか、自分では気づかない。そんな些細な感謝の気持ちなのかと、いろいろと思案したが答えなどでない、それでも、何かの祝いなのだ。だから、雰囲気を壊すことなどできない。この流れのまま任せるしかなかった。その気持ちになったことで、やっとというべきか、周囲を見回すゆとりができたのだ。まず、皆からは高い場所にいるのがわかった。もしかすると、簡易的な作りでも神楽殿なのか、それにしては、端の方に座っているのは、先ほどの老人と老婆だったが、先ほどとは別人のようで神秘的な雰囲気などない。ただの酒盛りとしか思えなかった。
「これで、最後の口噛み酒の儀式をしていただきます」
「・・・」
 裕子だけは、何度もしている儀式なのだろう。うややしくゆっくりと首を上下に動かして返事を返すのだった。
「男性の方は、その場に座り二人の邪魔はしないで下さい」
「えっ!・・・」
 裕子は、先ほど入って来た襖の方に振り向いた。亜希子も同じように振り向くが、先ほどまで酒樽などなかったのに驚くのだ。それも、五樽もあった。
「酒樽の酒が足りなくなれば何度もして頂きますので、よろしくお願いします」
「・・・」
 すでに、裕子は、樽の中身を柄杓に汲んで待っていた。亜希子も同じことして、と視線で訴えていた。その視線を見て慌てて同じことをしようとしたが、裕子が、首を横に振ることで、気持ちを落ち着かせて柄杓で樽の中身を汲んだ。そして、裕子の隣に立った。すると、裕子が耳元で囁くのだった。
「亜希子。慌てなくていいからね。今度は老人たちではなくて、皆から祝いの言葉をくれた。それをお返しするの。そのお返しとは、口噛み酒の造り方を見せるの。それを皆に飲んで頂くの。それで終わり。でも、この人数では何度もすることになるわね。それに、この神楽殿は簡易的に造られた物だから滑るからね。絶対に転ばないでね」
「はい」
「舞台の端まで行くから気を付けてね。なら、行くわよ」
 先ほどの老人と老婆の時と違い。この場の人々の歓声からも様子からも普通の祭りの騒ぎとしか思えない程に楽しみを感じられた、
「・・・」
「これで、本当に村の一員だね。おめでとう。これからも、よろしくね」
 柄杓から直接に口に入れた。口の中で液体を転がして、そして、何度も噛んだ後に、柄杓に戻した。すると、さらに歓声は大きくなり同じ皆が叫ぶ言葉が同じ言葉になるのだ。
「わたしたちの村にようこそ。結婚おめでとう」
「これで、同じ村人だね。結婚おめでとう」
 二人の女性は、これで何度目の口噛み酒の柄杓に酒を汲みに行ったことか、その回数は数えていないが十回は超えただろう。そろそろ、舞台の端から樽が置いてある場所の往復にも疲れだした頃であり。精神的にも余裕ができたというのも変だが、二人は、ほぼ同時に自分では気づかずに溜息を吐いていたのだった。その溜息に驚いたのか、精神的に余裕からか、周囲の状況にも関心を向けることができたからだろう。人が立ち上がる布が擦れる音と歩く音も感じることができた。その者に視線を向けて確かめることはしなかったのには理由があった。神聖な儀式の途中で溜息を吐いたために叱責される。そう思ったからだった。その者が誰かと顔を向けて確かめることはしないが、気づかれないように視線だけは向けて確かめた。その老人は、最後の口噛み酒の吟味をした者だった。
「・・・」
「本当にすみません。気を引き締めて頑張りますので、今度は絶対にしません」
「どうされた?・・・何を謝罪しているのだろうか?・・・」
「そっそうですか、口噛み酒の儀式で不手際をしたのかと、少し考え過ぎました」
「何も不手際はありませんよ」
「・・・それでは、どうされましたか?」
「お二人に少し、いや、特に、亜希子さんに、その話をしたくてなぁ」
「えっ!わたし?・・・」
「先ほど屋内で話した続きなのだが、北に行くのなら止めなかったのだが、西に行くのなら、それも、生まれ育った所に行くことはやめなさい。この村では駄目なのか?。この村で本当の結婚式をして、この村で子を産み、育て、死が訪れるのを村の人と一緒に待てばいい。それは、皆の様子を見ただろう。皆が祝福してくれたのに何故に行くのだ?」
「・・・でも、何で、そんなにまで、何度も、西は駄目で、北ならいいのですか?」
「それは、この村を見たら分かるだろう。それだけではなく、周辺の村々も変わってしまったのは知っているはずだ。だが、まだ、この村よりも北ならば、さらに北の方なら抵抗する力もあるし、昔の生活もしているし習わしも昔のままだ」
「・・・でも、ここも、つい最近までは・・・」
「さらに北の方と言ったのは、亜希子さんが、子を産み、子を育て、孫の代までなら何も変わらない人生を過ごせる」
「・・・でも・・・」
「どうされた?」
「亜希子さんが、問い掛けられないのは、武力ではなく、交易で変わった。そう言いたいのです。また、同じことになるのではないのかと・・・」
「その交易に対しても考えがある。もう計画が進んでいるのだ。海上交易を復活させるのだ。西の者たちは、大陸からの交易だが、西の者が知らない。いや、噂の新大陸とされている所からの交易を復活させる。それだけではない、不定期の海上生活者との交易も復活させる考えもあるが、西の者たちが最終的に欲しい物は、金と鉄だ。だから、田畑などを開拓すると名目で、金と鉄を探しているのだ。それならは、初めから金と鉄は豊富にあることを初めから見せつければ金と鉄が欲しい。と言うだろう。だから、西の考え方の交易など勧めるはずがない」
「・・・」
「そうなのですね・・・少し考えさせてください」
 裕子は、亜希子に視線を向けた。それは、今後のことで、どのようなことを考えて答えをだしたとしても、その答えに共に考えて行動しようと思ったのだ。だが、悩み、悩み続けて直ぐには答えを出せない。そう考えて、亜希子の代理の様な気落ちで答えたのだ。
「そうだった。そうだな。直ぐに答えが出せることではなかった。本当にすまない」
「いいえ。それでは、口噛み酒の儀式の続きをします。それでは、失礼します」
「・・・」
「亜希子さん。行きますわよ」
 亜希子は、舞台に立つことも恥ずかしかったが、口噛み酒の儀式が、自分が主役の結婚式だと知ると、熱でもあるのか、頭がボーとしながら裕子の後を付いて行った。

第七十三章 赤い糸の導き  その二

この家の老婆であり。儀式の進行役の老婆でもある者と、口噛み酒の儀式の老人と老婆は視線だけで会話のようなことをしていたのだ。決められた予定の時間の確認なのか、それとも、別の儀式の開始の合図なのか、それは分からないが頷き合うのだ。たしかに、視線の回数の中で一番に多かった。視線の向きは儀式を見ている者たちに向いていた。それは、視線を向けるだけで、人の人数を数えなくても、人の数が減り始めているのが分かることだった。おそらく、いくつかの儀式を終えて帰宅する者や食事や泊まる場所の確保などで、それぞれの次の予定に移動した。そういう意味に違いないのだ。
「それで、終わりにしていいわ」
 進行役の老婆が、二人の女性に伝えた。
「えっ?」
「いいの?・・・」
「その樽で十分足りると思うわ。だから、これ以上は作らずに終わりにしていいわよ」
「はい」
「それで、今後は、どうするのじゃ?」
 二人の女性が頷くと、直ぐに舞台から降りようとするので引き留めて問いかけた。
「朝も昼も食べていませんので、食事を食べながら少し考えようと思っています」
「そうなのか・・・」
「それでも、祭りのような騒ぎですから泊まるところもないでしょう。だから、少しでも早く村をでようかと、思っているのですが、それを四人で相談して決めます」
「それなら、わしも一緒に食べたいわね。どうだろう。好きな食材を使ってかまわないから、わしの分も作ってくれないかな、それと、この家に、わしだけしか住んでいないから食事のお礼として好きなだけ泊まって構わないわよ」
「う~ん・・・」
「この家は、もともと、代々口噛み酒の巫女の家で、先ほどの儀式は本当のしきたりだった。でも、先々代の頃から酒を作らずに儀式だけが継承されて、祭りの時か、結婚式などの時しか、この家の部屋は使われていない。だから、古くて価値のある内装と言って喜ぶ者もいるけども、古くて、部屋数が多い。そんな利点しかないわ。それでも、良いのなら好きなだけ泊まりなさい。それも、一人で一室でも構わないわ」
「・・・」
 四人の男女は、何て答えていいか悩んで無言になってしまった。だが・・・。
「・・・」
(泊まろう。泊まろう。後で、二人でゆっくり話したいことがあるから・・・)
 将太は、亜希子の手を握り、揺さぶりながら耳元で囁いた。
「わたしと将太は、この家で食事もしたいし、この家に泊まりたい。と思います」
「それは、二人だけでも構わないわよ。それで、そちらの二人さんは、どうします?」
「亜希子が泊まるなら泊まろうかな」
「俺も泊まる」
「それなら、男たちは、布団などの用意を手伝って、裕子さんと亜希子さんは、台所を好きに使っていいからね。勿論、食材もね。本当に楽しみだわ。最近の若い子の料理って知らないから食事を楽しみにしているわね」
「そう言われても・・・」
「・・・そんな、期待される程の料理なんて・・・」
「そういう意味ではないわ。若い子との話しなんて、もう十年以上も話していないからね。でも、誰とも会ってない。そういう意味でもないのよ。まあ、話し相手はいるけども、酒の味見の時でも来ては、酒の魚(つまみ)とでも思っているのかもしれない。そんな会話だけ、だから、同じことって言うのは、失礼かもしれないけども、どんな料理でも美味しく感じると思うわ」
「そうですか・・・」
「でも・・・何か、食べたい物は何かないのですか?」
「そうね。家の外から子供たちの会話が聞こえる時あるけど、その話題の一つに、おやつなのか おかずなのか、甘い卵が大好きだと、聞こえてきたわね」
「もしかして、ハチミツを混ぜた卵焼きのことかな?」
「そうかもしれないわね」
「そういう料理でいいのね。うん、うん。他は、何にしょうかな!」
 亜希子は、やっと、元気を取り戻した感じだった。もしかすると、将太の大好物なのかもしれない。でも、今での儀式などを嫌々ではなく、結婚式とか、自分が主役の口噛み酒の儀式とかの村のすべての儀式、イベントなどが、自分が主役と考えると、嬉しくも、恥ずかしくもあり。視線を向けて、どんなイベントも自分のことだと考えると顔が真っ赤になっているはず。もしかすると、熱もあるのではないか、思考も肉体も、普段とは違う感覚で、何をするにも動きが鈍くなる。もし、口を開く場合は、どもり、そうで恥ずかしかったのだ。それでも、一番の元気を取り戻したことは、将太である。村に入る前から、手を握った時からか、いろいろなこと全てが嫌々としている感じだった。もしかすると、結婚式はしたくなかったのか、わたし、恋人にも、結ばれるのも嫌だったことで、不機嫌そうだったのかと、今まで考えていたが、ただの偶然なのか卵焼きの話題を出た時に、視線を向けると、嬉しそうに感じられなかったからだ。
「楽しみだわ。なら、男たちは、この場に居ても邪魔だし、布団などの用意をしてもらいます」
 老婆は、二人の女性に伝えると、さっさと歩きだした、二歩、三歩と歩くと、二人の男が付いているのかと、振り向いて確認すると、立ったままだったので、右手で、さっさと付いて来い。と手招きするのだった。
「はい」
「亜希子ねえちゃん・・・あの・・・」
「将太。お手伝いがんばってね。美味しい料理を用意しておくからね」  
 男二人は、返事を返すが、片方は、はっきりと、面倒だと分かる声色だった。もう一人は、まるで、嫌々と母に初めてのお使いを頼まれた感じの不安を感じる声色だった。それでも、二人の男は、老婆の後を付いて行くのだった。
「ほら、ほら、何をしている。さっさと来い。四部屋の用意をするのだぞ。そんな、のんびりとしていたら終わらないぞ」
 老婆は、廊下の両側の部屋の四部屋に指を指して、左側の二つを男が使い。右側の三部屋を老婆と女が使うことを伝えて、まず、自分たちが使う部屋から準備をしろと指示をするのだ。そして、暫く様子を見ていたが、鋭い視線を向けるのには意味がある。どの程度の部屋の準備という仕事が出来るのか見ていたのだ。すると、想定していた以上に何も出来ないことがわかり。何も言わないつもりが黙っていることにも、何も手伝わないつもりだったが、このままでは、食事が出来上がるまでには終わらないと思ったのだ。
「わしが、部屋の準備をするのを見て、女性たちの部屋の準備をするのだぞ」
「・・・」
 男たちは、何か言いたそうにしていた。おそらく、押し入れから布団を出すだけ、そう思っている表情を表していた。だが、驚くことに五分も過ぎると、老婆は終わっていた。そして、指先で、さっさと、他の二部屋を準備してこい。と猫を追い出すような態度を示すのだ。
「なんだ。彼女の部屋だと出来るのだな」
 老婆は褒めているが、さすがに、五分で終わるはずもなく、二十分は掛かったのだ。
「・・・」
 やっと、終わったと、その場で腰を下ろして疲れを癒やしていた。
「御褒美というのも変だけど、冷たい麦茶でも飲みましょうかね」
「・・・」
「井戸に冷やしてあるの。ほら、立って、立って!」
 二人の男は、疲れているのに動きたくないと、態度で示しているのだが、老婆は分かっているはずなのに、許してくれないことに大きな溜息を吐きながら立ち上がって老婆の後を付いて行くしかなかった。
「えっ?」
 老婆は、居間に着いてみると、テーブルの上には、卵焼きにハチミツがかけてある物を見て驚くのだった。
「ここで、食べるのですよね」
 玄関から一番に近い部屋であり。他の部屋からは一番の小さい部屋だが、それでも、六畳くらいあった。なぜ、この部屋だと思ったのは、他の部屋と違って人が暮らしている生活感があったからだった。それでも、老婆に問いかけて許可を得ようとしたのだった。
「まあ、いいわよ」
「それと、今、ご飯を炊いているから一時間はかかるでしょう。だから、その前に少しでも食べた方がいいかと、それで、卵焼きのハチミツかけを作ってみました」
 亜希子が言うと、裕子が・・・。
「若い子の料理と言いましたよね。でも、卵焼きしか思いつかなくて、それで、出来ればですが、一緒に作って教えて欲しい。そう二人で相談してでた結果ですの」
「そう言われては、まあ、仕方がないわ」
「すみません」
 老婆は、怒っている感じだが、親しい者が顔の表情を見れば、その表情は少し怒っているが喜んでいるはずだと言うはずだ。その証拠となる言葉を言うのだ。
「あなたたちが、好きな料理って何よ!。それは、食べたことがないかもしれないわ」
 などと、愚痴のような言葉を吐きながら台所に行くのだから一緒に作るのが楽しみなはずだ。勿論だが、二人と会話をするのも楽しみのはずだ。

第七十四章 赤い糸の導き  その三

二人の男は、居間で、三人の女性の会話を聞いていた。料理の名前がでるごとに自分の好物だ。俺のために作ってくれるのだと、勿論だが言葉にするはずもなく内心だけで喜んでいたのだ。それと同時に、老婆が問いかける言葉には、老婆は本当に料理名を聞いても半分以上は知らず。どのような材料が必要で、どのような料理なのかと聞くのだ。それはまるで、母と娘が料理を教え合っている感じで楽しそうに料理をしていると感じられたのだ。
「このくらいでいいと思うわ。これ以上は作っても食べきれない。そう思うわ」
「そうね」
「料理を残すのも勿体ないし、そうするしかないか」
 老婆は、一緒に料理を作るのが楽しかったのだろう。何品を作ったのか数えていなかった。それよりも、四人の男女は気づいていないが、老婆はイライラと不満を表しているのだが、内心は、もう料理は作れないのか、本当に残念だ。これなら、あいつらを帰さずに居てもらうのだった。そう内心では思っていた。
「すみません。すべてが卵料理で、絶対に残さずに食べます」
「わたしも、でも、全ての味見をして下さい。美味しいと思いますので、箸を付けたとしても残りは食べますので安心して下さいね」
「それと、もし男たちのことを気にしているのでしたら気にしないで下さいね。何でも美味しいと言って食べるから間違いなく、男って味音痴なのよね」
「そう・・・かわいそうな子ね。でも、部屋の準備を頑張ったからお腹が空いているはずですよ。もういいでしょう。皆で食べましょうかね」
「はい」
「そうします」
 老婆と二人の女性は、自分たちが作った料理を居間に持って行った。
「亜希子おねえちゃん・・・」
「いいわよ。そのまま座っていて」
 将太は、もうこれ以上は待てない。もう誰でもいい。と人にすがるような様子で視線を向けるが無視された。亜希子に助けを求めたのだが、何か勘違いしていた。
「後は、わたしたちが運びますので、お婆ちゃんも座っていてください」
 老婆が、一枚の皿を運ぶのをみて大変だと感じて、裕子が、提案したのだ。何も言わずに座って待ってくれた。だが、すでに、テーブルの上には大皿で十五皿が並べられていたのだが、あと、何枚かで全ての料理がだせる。それが、分かっていたこともあったかもしれなかった。残りは四皿だった。
「・・・」
 居間と台所を二度、二人の女性が往復すると、皆が待つテーブルに腰を下ろした。すると、老婆が立ち上がるのだ。
「菜箸と小皿ですね。家族なのだから菜箸など使わないで、箸でつっつきましょうよ」
「そうね。儀式が終わったのだから家族ですね」
 裕子が言うと、その意味を感じ取ったのだろう。それは、家族だと認めたこと、その承諾したから腰を下ろしたのだ。
「頂きます。なら、初めは、卵のハチミツかけにするわ」
 老婆は、想像していたよりも甘いって顔を表した。
「甘いでしょう。おかずというよりも、子供のおやつですね」
「味見だけでいいですわ。無理して食べなくても、わたしたちが残りを食べますから他の料理を食べていいですからね」
「そうですよ。血糖値を調べていないのでわからないけど、本当に無理しない下さいね」
「これだけでいいわ。他の料理は食べたことも作ったこともあるからなぁ。でも、嫌々ではないのだぞ。本当に、美味しいから食べたいのでなぁ」
「そうですか・・・」
「でも、もし、食べきれなかった時は、食べてくれるのだろう」
「勿論ですわ」
「あのなぁ・・・言うか迷っていたのだが・・・」
「何でしょう?」
「この大皿一枚で心配してくれるのはいいのだが、ほかの大量の大皿は残さずに食べられるのだろうなぁ」
「それは、大丈夫でしょう。男が二人もいるし、もし、残しても明日の朝でも食べれば大丈夫ですわよ」
「えっ!」
「俺!」
「わたしたちが太ってもいいの?・・・」
「食べるよ。全部でしょう。分かったよ」
 二人の男は、同じ言葉を吐きながら泣きそうな様子だった。
「亜希子ねえちゃん。でも、本当に後で・・・食べてからでいいから・・・話したいことがあるから・・・」
「将太。忘れていないから大丈夫よ。食事が終わって片付けが終わったらね。ゆっくり話を聞くからね。だから、食事を食べましょう」
「あんたも、料理を見てないで食べなさい。何度も見ていても減らないわよ」
 二人の男は食べ始めた。それも、凄い早食いで食べだしたのだ。だが、味など味わっていないだけではなく、早く食べ終わるための理由があるが、その理由は、将太は、少しでも早く、亜希子と二人になりたかったのである。もう一人は、裕子の命令でテーブルの上にある全ての料理を食べて皿を空にしなくてはならなかったのだ。
「ふっふふ」
(あの頃も、テーブルの上には隙間がない程に並べられた料理の数だったわ)
 老婆は笑っていた。小さい頃の三人の兄と姉二人と妹の食事を食べている姿と思い出が重なっていたのだ。兄たちは、食べ盛りだと理由もあったが、三人とも好きな料理だけを一気食いで食べてから他の料理も空腹を満たすために食べていたことと、二人の姉は、次女はお替りの担当と、長女は、三人の兄たちから食べつくされる前に、二人の妹の分として小皿に分けていた。その頃になると、七人が好きなおかずは残っていなかった。でも、二人の姉は自分が作った料理を食べられなくても料理の皿が空になるごとに喜んでいたのだ。当時もだが、この若者たちと一緒に料理を食べなければ、二人の姉の気持ちが分からなかったのだった。勿論だが、三人の兄の気持ちもわかったのだ。一気食いに関しても、誰にも食べさせたくなかったのではなく、好きな料理でお腹を満たすことだけだったはず。三人の姉と父と母も子供たちの笑顔を見たかっただけ、確かに、この四人の若者たちの会話、食べる姿を見るって、こんなにも楽しくて、料理が美味しいことに、今、気づいたのだ。
「料理を残すと思ったのに、全てを食べたわね」
 男たちだけが食べたのではない。二人の女性も、一品の料理だけは別だが、全ての料理を箸でつっつきながら満腹まで食べてから男の様子を見ていたのだ。
「お婆ちゃんは、卵焼きのハチミツかけしか食べていない感じでしたが、お腹は一杯になりましたか?」
「お腹は一杯になりましたよ。他の料理も味見とは変だけど、全ての料理も十分に食べましたわ。勿論だけど、美味しい料理でしたわね」
「本当ですか、よかった。味が口に合うか心配していたのです。ねえ、亜希子さん」
「うん、うん。ありがとう。また、料理を作る機会があれば、また、作りますね」
「あっ!なら、村に残る気持ちになったのね!」
「それは、将太の話を聞いてから考えます」
「そう・・・」
「亜希子さん。片付けはするわ。だから、少しでも早く将太の話を聞いてきた方がいいわ」
「でも・・・」
「本当にいいわよ。だって、将太さん。今にでも泣きそうな様子をしているわ」
「それでは、言葉に甘えさせていただくわね」
 亜希子は、将太を見ると、将太は、何度も頷いていたのだ。
「行こう」
「痛い。痛い。痛いってばぁ」
 将太は、亜希子の話が終わると、亜希子の手を握って自分の部屋に入って行った。
「・・・」
 将太は部屋に入ると、亜希子の手を離してから正座するのだ。何か、謝罪をしたいのかと、理由を聞こうとするが、なぜか、俯いたままだった。
「どうしたの?」
「・・・最近、裕子さん・・・変だよね」
「そうかな・・・もしかして、裕子のことを相談したいの?・・・適当な理由を作って呼んでこようか?・・・もしかして、恋の相談ならお姉ちゃんが協力するわよ」
「違うよ!あいつ、俺に何かしたのだよ。前は、世間知らずのお嬢様みたいで、あまり話もしなかったのに、俺に、もしかすると魔法をかけたのかも!」
「それは、親しくなれば、冗談でも何でも話をするわよ」
「親しく?・・・」
「それに、確か、将太の運命の相手で、二番目の候補だったわよね。そんなに裕子が好きなら、わたしが、二番手に変わってもいいわよ」
「それなのだよ。なぜ、二人もいるのか、もしかしたら、亜希子を殺す考えをしているかもしれない。だから、最近・・・・」
 亜希子は、将太が、あまりにも馬鹿馬鹿しいことをいうので頬を叩いてしまったのだ。

第七十伍章 二本の赤い糸  その一

将太とは、今まで一緒に育ってきたが、特に、女性の悪口なんて初めて聞いて、怒りよりも悲しくなったのだ。それでも、口から叫ぶ聞きたくない言葉が口から出そうだったことで、将太の頬を叩いたのだ。それは、将太の口をふさぐよりも、自分の叫び声を止めようとしたのだった。
「将太。今まで一緒に生きて来たけど、女性の悪口を聞いたのは初めて聞いたわ。本当に最近の将太は、何か変よ」
「うん。そうだね。そう思う。でも、本当に、裕子がしているはずだよ。俺の頭の中を乗っ取られる。そう感じるのだよ。それを感じる兆候がひどくなっている。だから・・・」
「えっ?・・・何を言っているの?」
「あの裕子さんの運命の相手と一緒に行動するようになってから変な調子だし、裕子さんの性格もなんか変わったような気がするよ」
「まあ、恋人の前だと、地が出るし、それに、自分の恋人が思っていた性格が違う。そうなるとね。自分の我がままを許してくれるのかと、女性の特有として試す場合もあるわね」
「男を試す?・・・俺も?」
「将太が、変な感じがするって言うのは、友達になったから気を遣わなくなったのではないかな・・・でも、頭痛がするのでしょう?・・・大丈夫なの?」
「頭痛ではないよ。亜希子姉ちゃんとの思い出が消えそうで、裕子さんから聞いたことも体験もしたこともない。そんな記憶が頭の中に入ってくる感じで、裕子さんの赤い糸の赤い色が増して真っ赤になり、亜希子姉ちゃんの赤い糸は薄くなっているよ。だから・・・」
「記憶が消えるのは、かなり深刻なことね。他の記憶は、家族とか思い出とか・・・」
「それが、亜希子お姉ちゃんのことだけ、それも、不都合な変な記憶の誤差にならないように綺麗に消える。というか、詳しく、月日のことを考えれば、やっと、思いだして出て来る感じの消え方なのだよ」
「それは、病気ではなく、誰かの悪意を感じるわね」
「だから・・・全ての記憶が消える前に・・・だから・・・」
「う~そうよね。そうよね・・・誰に、相談すればいいかしらね・・・痴呆なの・・・」
「亜希子姉ちゃん。だからね。病気でなくて!もう一度いうけど!」
「・・・」
 将太は、今度は、何で分かってくれないのかと、怒りを感じる声色で言うのだ、最近のこと、自分でもいつからとは気づいていない。いつと感じたのは、亜希子の誕生日は五日と、思いだそうとした時に忘れていたのだ。それから、だんだんと、亜希子の記憶が消えてはいないが、詳しく、何年の何月とか考えないと、思いださないと、なのに逆に、記憶として、あるが、会ったこともないのに、会ったと、記憶が変わっていること、このままだと、もしかしたら、亜希子の記憶が消えてしまうかもしれない。と伝え終わる頃には忘れたくない。と泣いてしまったのだ。それでも、亜希子は、何かを考えながら話を聞いていたのだ。それも、将太よりも苦しい悩みで伝えるか迷っていたのだ。
「亜希子姉ちゃん。だから、運命の糸を切れる。あのハサミで裕子さんの赤い糸を切って欲しい。お願いだから亜希子おねえちゃんを忘れたくない」
 将太は、泣きながら頼むのだ。だが、聞いていた。亜希子も嗚咽を漏らしながら言葉にするが、初めの方は何を言っているのか分からなかった。
「ぐっふ、将太。これは、一生、いや、死ぬ間際にでも伝えようと思ったのだけど、赤い糸が二本あるということは、考えたくなくて考えないようにしていたのだけど、その理由を考えると、それも、二番目がいる。ということは、わたしが死ぬからだと思うの。だから、運命の神様は、早めに子供を作りなさい。そう思っていたけど、将太の今の症状を判断すると、死ぬ時期が近いかもしれないわ。もしかすると、将太が、わたしの全ての記憶が消えたら死ぬのかもしれないわ。そして、二番目の運命の相手と何も無かったように結婚して子が生まれて残りの人生を過ごすのかもしれないわね」
 亜希子は、嗚咽を堪えながら全ての思いと考えを伝えたのだ。
「亜希子お姉ちゃんが死ぬなんて嫌だよ。そうだ。そうだよ。裕子の赤い糸を切ればいいのだよ。そしたら、亜希子お姉ちゃんの命が伸びるかもしれない。だから、直ぐにはさみで切ってよ!」
「その可能性は低いと思うわよ。もしかすると、三人目の運命の相手が生まれるまで、百年、千年も生き続けないとならないはず。そう思うわ」
「そんな・・・」
 二人は、何も考えられず。ただ、泣くだけだった。
「どうしたのかい?・・・ん?・・・」
 目の前の男女が、まるで、息子や娘が幼い頃の姿と重なって見えた。それも、古い家の壁や天井の模様が怖い。と泣き叫ぶ姿だった。おそらく、当時も普段の老婆が話す特有な言葉使いではなく、幼子の子供たちが怖がらないように優しい言葉使いと声色で問いかけたのだ。そして、泣き止むまで二人の頭を撫で続けたのだった。
「あっ!お婆ちゃん・・・何でいるの?」
 二人は、当時に泣き止むが、自分たちが何で泣いていたのか、何で、この部屋にいるのか忘れたのだろうか、それでも、目の前の老婆に驚き同じ問い掛けをした。
「二人の泣き声が聞こえたから様子を見に来たのよ。もう大丈夫なの?・・・でも、何で泣いていたの?」
「えっ?・・・あっ!」
 一瞬のことだが、自分たちが泣いていたことも忘れていたようだった。
「言いたくないのならいいわよ。でも、何でも相談にのるからね。それなら、大丈夫みたいね。二人だけの方がいいわよね」
「あっ、そう言う意味ではないのです。その・・・赤い糸が・・・」
「ああっあ、何となく分かったわ。赤い糸が二つも三つある。そういうことではなくて!」
「はい。だから、わたしの寿命が短いとしか思えなくて・・・」
「その可能性はあるわ。けど・・・ね」
「わたし、やっぱり死ぬのね!」
「ちょっと、待ちなさい。最後まで話を聞きなさい」
 亜希子は、老婆の話の途中で叫び、また、泣きそうだった。
「はぃ・・・」
「あまり、女性が、二本、三本も赤い糸があるとは聞かないけど、男性の場合は、そんなに、珍しいことではないわ。変な例えだけど、たぶん、聞いたことあると思うけど、女性は畑。男性は、種と例えるのは聞いたことあるでしょう」
「はい」
「それに、女性の場合は、一本だったのが、二本になった。そういう珍しいこともあるわよ。それは、子供を産んだから赤い糸が二本になった。だけど、そんなに珍しいことでもないわ。女性は畑だから種が代わったって意味ね。でも、男性の場合は、二本も三本もよくあることなのよ。女性に惚れっぽい人だと、いろいろな畑に種をばら蒔く。そういうことなの。その意味は分かるわよね」
「はい」
 恥ずかしそうに俯きながら真っ赤な顔色で返事を返した。
「それと、もしかすると、将太さんは、裕子さんと亜希子さんと二つある。そういうことではなくて?・・・」
「そうです」
「裕子さんが原因ではないと思うわ。もしかすると、将太さんの前世が子供を作らなくて死んだのかもしれない。その理由が、おそらくだが、女性の気持ちも気づかない程の鈍感もいるのよ。何となくだが、将太さんを見ていると、前世の男が同じ性格ならば、女性から押し倒さないと駄目な男と思えてくるわ」
「うん」
「・・・」
 先ほどから老婆の話題は子作りのことしか言わず。それでも、耳まで真っ赤にして聞いていたのだが、最後の将太を押し倒す。とまで言われては恥ずかしくて将太の顔を見ることもできず。女性である。そんな自分が、そこまでするのかと、さらに落ち込むのだ。そんな将太は、話題の半分も理解できない様子で、何を考えているのか、自分の赤い糸を見ているだけだった。
「亜希子お姉ちゃん。どうして、三本でないのかな?・・・初恋の理想の女性とは結ばれないのかな、それより、初恋の女性の思い出も真剣に思い出さないとわからなくなるのだよ。だから、やっぱり、はさみで糸を切って欲しいよ。お願いだよ」
「何を言っているのだ。三本だと、亜希子。この男は何を言っているのだ」
「初恋の相手のことを言っているのです。それも、その初恋の女性を探すために旅に出て今でも初恋の人を求めているのです。もし結ばれない人だとしても告白だけはしたい。そういう気持ちなのです。でも、初恋の人の赤い糸は切ったはず。なのに・・・」
「普通は、初恋が運命の相手なのだが、もしかすると、子供の頃に裕子さんと、偶然に出会ったことがあるのか?・・・それを二人は忘れている。それでなければ、運命の糸との理屈が合わない。それにしても、惚れっぽいのか、違うのか、訳の分からない男だな」
「それは、絶対に違うよ。裕子さんではないよ。あんな絶世の美女に会ったことないよ」
「そうだったわね。絶世の美女だったわね」
「顔も耳も真っ赤だが、もしかして、亜希子の知り合いなのか?」
「ちっ違うわよ」
 亜希子の返事は、誰が見ても嘘だと分かる様子だった。
「ふ~ん。そうなの・・・」
 これ以上は踏み込まずに無視するか、厄介事に関わるか思案していた。

第七十六章 二本の赤い糸  その二

老婆は、目の前の男女のことで悩んでいた。当然とは変だが、若い二人にとっては人生の生き方が変わる程のことだと分かっていた。老婆が悩むとは難問を解こうとしているのではない。自分の人生で似た場面があったような気がして昔を思い出していたのだ。それは、若い男女から考えると、三倍、いや四倍も生きて来た情報を思い出すのだ。それはまるで、走馬灯でも見ている感じだろう。この脳内の思考が、もし将太に見せることができるのならば、な~んだ。昔を思い出すのは、それなりに時間が掛かるのだったのか、と問題は解決するかもしれない。それ程までに、老婆も記憶の奥底まで思い出そうとしていた。
「大丈夫ですか?・・・時間も時間ですし眠いですよね。わたしも、少し眠気を感じますので寝ましょうか・・・」
「あっ、寝ていると思われたのね。少し昔のことを思い出していたの。だから、眠くはないわ。まだまだ、大丈夫よ。だから、二人の悩みを解決したいから何でも話してね」
「・・・」
「好きな人だから運命の相手とは限らないのよ」
「・・・」
 目を大きく開き驚くのだった。
「あっ、好きな人が運命の相手なのね。なら、何の理由なのかしら」
「・・・」
「亜希子さんの運命の糸は、一つなのね」
「・・・」
「そう、それなら、将太さんが三本の赤い糸ではない。その理由がわかるのね」
「・・・」
「本当なのか!」
 亜希子は、無反応だった。その代わりに、将太が、亜希子に問いかけた。
「そうみたいね。亜希子さんは、正直な人だから考えていることが顔にでるの」
「そうなのか?・・・えっ、それなら、初恋の人の名前も、何処にいるのかも分かっているのか、もしかして、亜希子お姉ちゃんの友達だったのか?!」
 将太は、会話の流れとして頷くが、少し考えてみると、心臓が止まるほどの驚きを感じて問い詰めようとしたのだ。
「・・・」
「その通りらしいわね」
「なんで、今まで教えてくれなかったのだ!俺が、どれほどまでに会いたかったか知っていたはずだよね。それなのに、亜希子お姉ちゃん!酷いよ!」
「まだ、分からないの?・・・今までも何度も分かるようにと、いろいろと手がかりを与えたはず・・・信じたくないだけで、もう赤い糸が二本だと分かったことで答えは出たのではないの?・・・もしかして、初恋の人の赤い糸を切ったこと忘れたの?」
「裕子さん?・・・」
「もう、外見の姿は似ているかもしれないわね。ふっふぅ~」
 将太の鈍感には、今まで以上に怒りを感じたのだ。
「えっ、そんなこと、ありえないよ」
「たぶんだけど、裕子さんと会う前までは、子供の気持ちのままの心で理想像として愛していたのでしょうけど、今は大人になったのよ。今の状態は性欲で体の欲求で愛しているのでしょう。だから、自分の意思ではないとしも子供心を心の奥底に押し込めて、大人の肉体の性欲という意識が、肉体と大人の精神が表にでてきたのだと思うわ」
「えっ?・・・」
「亜希子さんが、何を言いたいのかというのは、肉体の意思が本当にあるのなら、さっさと子供を作れ。そう言っているのだ」
「そういう意味で、性欲の意思では、昔の記憶が子作りの邪魔だと思っているのね。もし本当に、初恋の理想の女性に会いたいのならばだけど、もう一度、じっくりと思い出してみなさい」
「亜希子お姉ちゃん!」
(初恋の女性の顔を忘れるはずないよ)
 将太は思っている言葉を飲み込んで、亜希子に言われた通りに目を瞑って思い起こした。
(あの日は綺麗な赤色の夕方だった。女性は夕日を見ていると感じた。それは、顔の半分だけ夕日が当たっていた。あれ、夕日を見ていたのなら半分の訳がない。二階から下を見ていた。それも、嬉しそうに笑みを浮かべていた。その笑みは、化粧して綺麗になった姿を見せたい相手がいて、その相手に綺麗だね。そう言われるはずだと、そう思っている笑みだった。それは、二階から下には、見せたい相手がいたことになる。それは、良いとして、背丈と理想的な体系だった。あっ、襖だ。横開きではなく縦開きの襖だったから首から上だけしか見えなかったし、襖の影を見て理想的な体系だと、そう感じたのだった。顔をもう一度・・・もう一度・・・)
「何です?」
「亜希子お姉ちゃん(だったのか)やっぱり、裕子さんの赤い糸を切って!」
「もう顔だけではなく耳まで真っ赤にして、わたしは怒っている訳ではないのよ。今までの通りに、初恋の女性を探す旅なら続けるわ。だから・・・」
「亜希子さん」
 老婆は、亜希子が話している途中で話を遮って耳元で話した。
(この場合の男の顔は、顔も耳も赤いのは怒りではない。愛する人に告白をしたいが恥ずかしくてできない。それを誤魔化している顔だ。それに、将太は、亜希子と初恋の人は同一人物だと悟ったぞ)
「えっ!」
「お願いだよ。赤い糸を切って!」
「将太。大丈夫よ。今までは、想い人を探すだけだったでしょう。それに、幼なじみとしか接していなかった。これからは、恋人として接して行きましょう」
「えっ?・・・どう言うことかな?」
「普通はね。そんな幼い頃の思い出なんて心の奥底にあるのが普通なの。将太みたいに最近の記憶のように鮮明に思い出せる方が変なのよ。だから、大人の恋をしましょう。それに、まだまだ、初恋の女性も探す気持ちなのでしょう。わたしも一緒に行くからね」
「はい。ありがとう。そうする」
「それと、裕子さんとの赤い糸を切るのも止めましょう。何でも相談できる。命を預けてもいい人たちとして、友達以上だと思っているはずよ。だから、本当に悲しむわよ。それに、初恋の女性は、裕子さんが一緒にいると、恋する心は揺らぐの?」
「でも・・・あっ!うん。そうする」
 将太は、裕子の全ての話を聞いて承諾したかったが、赤い糸だけは、と左手の小指の赤い糸を見てみると、先ほどよりも赤い色は、まだ、薄いが、亜希子が考えている大人の恋人の遊びをすれば元の色に戻る。そう感じたのだ。
「将太は、これから、どうしたいの?」
「どうするかな?・・・亜希子お姉ちゃん。大人の恋人って、どんな遊びをするのだろう」
「そっそうね・・・う~ん・・・裕子さんたちと同じことをすればいいと思うわ」
「そうだね」
「もう大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「いや~それは、止めた方がいい。旅の友なら最高の組み合わせで頼りになるが、恋愛は駄目だ。あの二人というか、裕子は、複雑だからな。今まで生きていて、子供が作れなかったのだからな・・・もしかすると・・・そういうことを学びたいなら村の者たちを参考にするのだな。それが一番良いし早く学べるだろう」
 老婆は、本当に悩んでいた。村に住んでいたのなら大人の遊びなどと、それは、性教育の事だろう。いや、違っていたとしても、それが、最終的な答えだ。そこまでの経過などで、男も女もあの手やこの手を毎日考えているはずなのだ。それを学べなくても自然と周りを見ていれば、それなりに、分かるはずだ。と、やはり若すぎる旅はさせるべきではない。と村の母たちに教えた方が良い。と実感するのだった。
「はい」
 二人は、複雑な表情を浮かべて頷くのだった。
「・・・さて・・・今日は、もう遅い。寝た方がよいだろう」
「はい」
「自分の部屋で寝るのだぞ。あっ、一緒に寝てもいいが・・・なぁ」
「キャ!」
「そっそんなことをするわけがないでしょう」
「そうか、そうだな・・・おやすみ。また、明日な」
(二人して顔を赤くするのだから性教育だけは必要ないようだな)
「どうでしたか?・・・泣き声は聞こえなくなりましたが、何か理由が?・・・」
 襖の開け閉めが聞こえ。亜希子が自分の部屋に戻った。と感じた。
「起きていたのか」
「はい。二人が心配で、それで、どうしたのです?」
「問題は、解決した。二人にも言っておくが、壁や天井の染みが顔に見えたとしても、この館で不自然な死などない。だから、何も怖がるな。普通の家だから変な考えなどするなよ。これから、皆が寝るのだから寝てから泣かれては困るからな」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみです」
 裕子も彼氏も挨拶すると、自分の部屋に行った。それを確認してから老婆は、家の外に出かけた。おそらく、友や村の母親たちに相談しに行くのだろう。

第七十七章 二本の赤い糸  その三

 老婆は、四部屋の襖の開いた音と閉じる音を聞くと、足音も立てないように家から出て行った。
外は暗くて足元もはっきりとは見えない。だが、ある建物だけが明るく不都合はなく歩くことはできたのだ。おそらく、何かの店ではなく、村人などが酒や菓子につまみを持ち寄って酒宴を開く老婆が言っていた大人のたまり場なのだろう。
「おっおお!珍しい。久しぶりですね」
「どうしたのだ。一人だけで外で飲むとは、何かあったのか?」
「あの奥さんが、また、干物を持ってきたのでな」
「たしかに、あれは美味いが、また、旦那さんの浮気なのか?」
「そうらしいですね」
「皆はいるか?」
「いつもの連中ならいるぞ」
「男女比は?」
「半々だな」
「そうか・・・」
「いつもの多数決では決まらんぞ。日を改めるか?」
「いや、半々を期待していた」
「そうか・・・仕方がない。臭いが我慢しよう。俺でも一人分だから決もかわるだろう」
「済まない」
「気にするな」
「それで、一つ聞くが、大人の遊びとは何だろうか?」
「酒、女、煙草だろう・・・かな?」
「そうなのか・・・まあ、皆に聞いてみるか、では、先に入るぞ」
 老人は、右手の指で挟まっている煙草を見せた。煙草を吸い終わったら入る。そう伝えて、老婆も頷くと、建物の中に入るのだ。
「おおっ!」
 皆は、驚きながら立ち上がった。そして、奥の女性が集まっている場所を勧めた。昔からの友たちで結婚する前までは常に一緒に遊んだ親友だった。まあ、この建物では指定席というべき場所だった。だが、女性と男性で別れて集まってはいない。建物の広い居間のような感じで、適当に会話が聞こえる場所で横になりながら酒を飲む者や胡坐の者も、それぞれが、楽と感じる姿勢で会話を楽しんでいたのだ。
「旦那が亡くなってからは、今まで誘っても旦那を一人にできない。そう言って仏壇の前から離れなかったのに飽きたのか?」
「何か困ったことでもあるのなら何でも相談にのるぞ」
「まさか、燕でも紹介して欲しいのか?」
「そんな体力はない。もし燕ができたら次の日は死んでいるわ」
「たしかにね。ちょっと、燕を作るには遅かったかもね。残念ね」
「まあ、わしのことは大丈夫だ。それより、今日は、若い男女の四人のことなのだ」
「そうよね。そうだと思ったわ」
「わしは、見合い結婚だから恋愛は分からない。それで、相談にきたのだが・・・」
「そうね。若くして亡くなった。あの旦那さんを忘れることできなくて、今でも仏壇から離れられない人ですしね」
「わしのことは、もう~いいからなぁ。これ以上、酒の魚にするのなら帰るぞ!」
 老婆は、少し怒りを感じた。もしかすると、相談する者を間違ったのかと考えだした。
「はい、はい。ごめんなさいね。あまりにも久しぶりなのでな。許してくれないか」
「いや、こちらこそ、すまない。もしかすると、酒宴の邪魔をしたかもしれない」
「それはない。安心して寛いでくれ。それで、なのだが、また、怒らせるかもしれないが、別の意味の酒宴の魚になってくれ」
「こちらが、相談するのだ。それは、仕方がない。その話題で楽しめるならば存分に酒宴の魚にしてくれて構わない」
「それで、恋愛と言っていたが、その歳で真面目に恋愛をするつもりなのか?」
「それは違う。もう一度いうが、わしの家にいる。あの若い男女の四人のことだ。その一人の男が、赤い糸を切りたいと、いや、切ってくれと泣きわめいているのだ」
「それは、大事だな。それで、何か対策でもあるのか?・・・あっ、そのために来たのか」
「もしかすると、その男は、誰とも結婚をしたくない。そういうことだろうか?・・・それほどまでに嫌な女性なのか?」
「まあ、女性なら普通は赤い糸は一本だから結婚もしたくないし、誰かとも結ばれたくない。そう思うのが、乙女なら普通なのかもしれない。だか、男だろう」
「一緒に考えて、何かの対策を考えたいが、なぜなのか意味が分からない。簡単に説明してくれないだろうか?」
「本人も赤い糸は初恋の女性だけだと思っていたらしいが、今回の騒動で二本の赤い糸があることがわかったのだが、二本の赤い糸には初恋の女性ではなかったのだ。だが、幼馴染の告白で初恋の女性は、幼馴染と同一人物だと知ることになったのだ。それなら、赤い糸を一本にしたいから切ってくれと騒いでいる。ということなのだ」
「ほうほう、赤い糸が複数あるとは珍しいことなのだろう?」
「それほどまで珍しくはないわ。運命の相手が死別で再婚の相手として赤い糸が二本の場合もあるわ。特に、裕子さんみたいな族長であり。始祖の直系の子孫の人たちならね」
「もしかすると、裕子さんの理由のためとは言わずに、適当な対策など伝えたのか?」
「まあ、幼子の頃の愛すると、初恋も、そうなのだか、大人の恋とは違う。だから、大人の恋を経験するのだな。そう伝えたのだが、わし自身も見合いで恋愛ではないので、何をするのかわからず。それを相談に来たのだ」
「そう言うことだったか・・・んぅ~恋愛か、それも、大人の・・・」
「・・・」
 老婆は、目の前の老人の問いの返事が遅いために、この場の老人と老婆の全員に視線を向けて問いの返事はないかと視線を向けたのだ。
「うぅ~うぁ!子作り以外しか思いつかないぞ!」
「そうだろう。わしもそうだ。それに、何歳から旅していたか知らないが、男と女の二人旅で一年以上の旅だった場合なら子供が出来ていない方が変だろう」
「そうだろう。それが、当然だな。それで、女性の考え方からは変ではないのか?」
「そうだ。旅に一緒に行くのは、それを期待して旅に付いて行く。男も、それを許されている。そう思って旅の同行を許すはずだしなぁ」
「勿論だが、もしも押し倒してくれないのなら襲って欲しいと、アピールはするなぁ。それも色っぽく、あの手、この手と、襲ってもらうように考えてなぁ」
「それにしても、なぜ、襲わないのだろうなぁ」
「ここだけの話にして欲しいのだ。それは、本当に誓って欲しい。本当なら誰にも言わないつもりだったのだがなぁ・・・」
「・・・」
「皆が頷いてくれたので話すが、裕子さん。と言っても分からないだろう、だが、黒髪一族の漆黒の長い髪のお嬢様。そう言えば分かるのではないか?・・・」
「えっ、まだ、存命だったのか?・・・本当に存在していたのか?・・・と言うか、あの女性とは同一人物とは思えないぞ」
「そうだ。あの女性だ。それを共にいる。あの男に確認して分かったことだ」
「先ほどから、あの女性というが、どんな噂なのだ?」
「勿論のことなのだが、その相手は異性で運命の相手の可能性が高い者であり。目の前にいる異性の心が分かるらしいのだ。噂の名前はコピー女王だ。それで、相手が大人しく女性と話が出来ない男性の場合は、一日中でもコピーし続けるのだ。何をと思うはず。それは、男が俯いて何も話が出来ない軟弱な男の場合は同じように何も話も目線も合わせずに男が立ち去るまで、俯く姿勢をコピーし続ける。それとは逆に、行動的な男なら武術練習だと感じて投げ飛ばすらしい。それも、男の体力が無くなった場合か襲う気力が無くなるまで一日中でも続けるらしいぞ。わしが思うには、同じ行動をすれば好意が伝わる。そう思っているのではないのだろうか?・・・」
「ほう・・・だが、裕子さんが、運命の相手を連れて村に帰って来たのを見たが、どう見ても恋している女性には思えないのだが・・・」
「まあ、わしも、今の二人の様子を見ては同じ意見なのだが、もしかすると、あの男が嫌われることをしたのかもしれんなぁ。そして、まさかと思いたいが、将太に愛する気持ちが傾いているのではないかと・・・」
「将太とは、先ほどから話題にしている。あの亜希子の運命の相手だったはず・・・」
「かなり面倒な状況になっているのは分かるが、変な点がある。将太は、初恋の女性が運命の相手だと感じて探していたが、その女性は常に側にいた幼馴染だったのだろう。それなら、何で悩む必要があるのだ?」
「それが、男の初恋の女性を絶世の美女と美化して記憶しているらしいのだ。それで、女性が告白した、と同じ状況だったのだが、男は、幼馴染を姉と思っているらしくて・・・」
「姉と思っているために、直ぐには恋人として気持ちが変わらない。そういうことか、それだけではなく、裕子さんとも運命の糸が繋がっているのだったな」
「わしが、思うことなのだが、裕子さんとの赤い糸を切れば、幼馴染に気持ちが動くのではないか、と思っているのだが・・・それで、大人の恋愛をさせて責任を取らせれば、それで、解決するのではないだろうか?・・・」
「うん、うん。良し、良し、分かったぞ。この場の者だけで、男に責任を取らせる方法を考えれば良いのだな!」
「簡単ではないか、皆で昔からしたこと、男の気持ちを変えさせれば良いだけだ!」
 老婆だけは、この場の雰囲気を感じて、嫌な、いたずらでもするのか、と何も言えずに視線だけを皆に向けていた。

第七十八章 赤い糸の導き その一

 二時間くらい前のこと、老婆が、音を立てないようにゆっくりと、玄関の扉を開けて閉じた。その音を待っていたかのように襖の開く音と閉じる音が響いた。そして、直ぐに、また、襖の開く音と閉じる音が響くのだった。
「どうしたの?・・・亜希子お姉ちゃん?・・・」
 将太は、誰なのか分からないが、この家で、この部屋に訪れる者は、亜希子しかいないからというか、亜希子であって欲しい。と問いかけたのだ。
「そうよ。今、いいかしら?」
「いいよ。でも、どうしたのかな?」
「ちょっと、聞きたいことあったの?」
「いいけど、でも、何で、そんな服を着ているのかな?・・・初めて見る服だよ」
「あっ、これ?・・・女の子は下着姿のままでは何か遭っても対処できないでしょう。男なら下着姿のままでも外に出られるけど・・・だから、この服を着ているの」
 亜希子は、服装からしても、口調からしても、この場で適当な言い訳を考えた。と誰もが分かる返事を返したのだ。
「そうだね。そうだと分かるけど、スケスケの服でも大丈夫なのかな?」
「そうよ。この服の用途は・・・夜だけにしか適さない戦闘服だけどね。うちも、この戦闘服は昼なら恥ずかしくて着られないわよ」
 亜希子は、少し部屋で考えていた。自分で赤い糸を切ってから記憶障害みたいなのは、無理やりに切ったことで、生まれてから今日までの記憶の修正のためだと感じた。そのために、自分の色気で自分だけに心を満たそうとした。その思考した結果の姿だった。
「それで、こんな夜に部屋に来るほどの聞きたいことって何だろう?」
「もしかすると、寝られなくて困っているかなって・・・」
「えっ?」
「わたしと同じかと思ったけど違うの?・・・」
「えっ?」
「・・・ねえ、初恋の女性と会えたら何をしたかったの?」
「告白する気持ちだったけど・・・」
「お姉ちゃんと同一人物なのよ・・・憶えている?」
「うん」
「嫌だった?・・・」
「いいえ」
「驚いた?・・・もしかして、怒っているの?」
「驚いたけど、怒ってないよ。それに、赤い糸が二本あるのが分かった時に、亜希子お姉ちゃんと初恋の人が同じだといいな。そう思ったよ。もし初恋の人が裕子さんだったら嫌だな。そう祈っていたよ」
「そうだったの、嬉しい。ありがとう」
「本当?」
「そうよ。本当だって証拠してみる・・・」
「そんなことできるの?」
「男子だから女性の裸の絵の話題を聞くけど、将太もみたことあるのでしょう」
「うん」
 将太は、真っ赤な顔をして頷くのだった。
「赤ちゃんが作れる歳になった頃にね。母から言われたのだけど、男子は、裸の絵とか裸の人形で教育を受けるみたい。女子は、絵よりも文字を読むの。その時、大人の女性から念入りに性教育を受けるみたいだね」
「えっ!何で?」
「赤ちゃんの作り方はわかるわよね」
「うん」
「男子は、それを知らない人もいるらしいの。もし知っていても知らない振りをして、女子を騙そうとする人もいるらしくて、だから、しっかりと正しい知識を得ないとならないのよ。そう言われたの」
「そっそうなんだ」
「それとね。恋の段階もあるらしいわね」
「ほうほう」
「初めは、一段目は接吻を許すの。二段目は胸を触ることを許すのね。三段目は裸を見るのを許して、四段目は・・・分かるわよね・・・ねえ」
「どうしたの?・・・答えならわかるよ」
「わたし・・・接吻の方が恥ずかしいから・・・胸なら触ってもいいわよ」
 亜希子は、思いを伝えるだけでも、その後のことを考えながら伝えるために言葉を詰まらせながら、やっと、全てを伝えることができた。そして、胸の張るような感じで、将太が触りやすそうにするのと同時に、ゆっくりと頷くのだった。
「えっ!」
「もう大きな声を上げないの。しっ・・・ね。裕子さんたちに聞こえるでしょう」
 二人には聞こえていないが、襖の開く音がするのだった。
「ゴクッリ」
 将太は唾を飲み込む音を立てた。
「いいわよ」
 将太が、胸を触る覚悟を決めた。その音だと、裕子は感じて頷くのだった。
「・・・」
(たしか、女性の胸を触る時は、下から支える感じで、ゆっくりと、優しく揉むのだったはず。やっぱり、裕子お姉ちゃんの言う通りに、俺も男だったか、裸体の絵を見るのでなく文字を読むのだった。今更だな・・・)
「あっ!」
「痛かったの?」
「いいえ。驚いただけ・・・続けていいわよ」
「う・・・ん・・・」
「どう?・・・あっ・・・」
「柔らかい・・・こんなにも、柔らかいのだね」
「裕子さんや理想の女性たちの胸より小さいでしょう・・・あまり、気持ちは良くない?」
「そんなことないよ。柔らかくて気持ちいいよ。それに、理想の女性たちというけど、女性の胸を触るのは、今が初めてだよ」
「そう・・・ふっぅ・・・」
「それに、裕子さんの胸は大きすぎだよ。それに、正直に言うと、亜希子お姉ちゃんみたいな手の平に収まるか、収まらないかの方が、絶対に気持ちがいいよ」
「ふっぅ・・・そう・・・」
「・・・」
「ふっぅ・・・手は疲れない?・・・我慢しているの?・・・」
「柔らかくて、凄く気持ちよくて、疲れなんて感じないよ。それに、我慢して胸を触っているのではないよ。まだまだ、胸を触っていたいよ」
「そう・・・ふっぅ・・・でも、そろそろ・・・一時間は触っていると思うわ・・・」
「もう、そんな、時間も・・・」
 亜希子が、突然に、将太の口を右手でふさいだ。
「しっ!・・・玄関が開いた音が響いたわ。自分の部屋に戻らないと・・・」
「ムッ・・・」
「わたしも残念だけど、将太も不満だろうけど、部屋に戻るわね。また、機会を作るわ」
 亜希子は、少々無理やりな感じで、将太の両手を掴んで自分の胸から離した。
「少しでも寝なさいね。おやすみ。また、絶対に機会を作るからね」
「おやすみなさい」
 亜希子の予想の通りに、老婆が帰宅したのだった。その老婆は、かなり眠気を感じているようだったが楽しそうな嬉しそうな笑みを浮かべていたのだ。もしかすると、老人と老婆たちに相談して良い答えがでたのだろう。その気持ちのまま直ぐに自分の部屋に向かえば、良い夢が見られるだろうに、だが、そうはせずに、客人の四人の部屋を横切る時に安心して寝ているのか、その確認をするのだ。特に、二人の女性の部屋だけは、二人の男が夜這いなどの変な気持ちを起こしていないかと心配している感じだったが、二人の男の寝息が聞こえて来たことで安心して自分の部屋に戻るのだった。
「キャー」
「何?・・・」
 老婆の驚きには、二つも三つもあったのだ。一つは、この村ができる前からあったとされる。今では祭神として祀られている。水神の地蔵の発祥の神社である。村の者だけではなく、近くの村の者たちも最上神と思われていることで、屋敷の前を通るだけでも一礼するのだ。そんな屋敷に泥棒でも邪なことを考えたとしても、この村では、この屋敷だけは避けるはず。もし盗んでも家紋があるために売れるはずもない。それに、老婆の一人暮らし、また、若い娘が止まっているために邪な気持ちなのか、などと、他にも理由があるために驚いたのだ。その中の一つ、二人の若い未婚の女性の裸体を見られたための悲鳴だけは考えたくなかった。彼氏や夫の前で裸体を見られたのなら恥ずかしくて死を考える女性もいるからだ。それだけは違ってくれと、寝間着のままだが、祈りながら自分の部屋から居間に駆け出した。
「どうしたの?・・・悲鳴を聞いたのだけど・・・」
 居間で、裕子と亜希子は、真剣な顔で密談でもしているようだった。
「それがね」
「あっ言わないで」
「もし辱めを受けたのなら厳重に対処するから教えて、亜希子さんの名前はださないわ」
 老婆は、怒りと悲しみの表情で、裕子は、笑っていた。亜希子は、泣いていたのだ。

第七十九章 赤い糸の導き その二

老婆は、亜希子が泣いている姿を見て自分も涙を流しながら謝っていた。何の理由も聞かないことに、裕子は不審に思っていた。それでも、老婆には、理由を聞かなくても女性が涙を流す理由は二点しかないが、一点は、違うことが分かっていたことで、その一点の理由について自分の手落ちだと感じていたのだ。たしかに、長い年月で安心していたからだ。この村で、この屋敷なら安心だと感じていたからだ。
「ごめんなさいね。この村で、この屋敷で覗きをする者がいるとは、本当に、男とは理解できない。それにしても、二人の恋人たちは、男たちは、何も気づかずに、まだ、寝ているとは最低の男だな。頭にくるな!恋人が泣いているというのに叩き起こすか!」
「えっ?」
「えっ?・・・覗き?・・・」
「えっ・・・違うのか?・・・わたしの人生経験では、若い女性が泣く理由は、好きだった男にふられた時と辱めを受けた時だけだと、そう思っていたが違うのか?」
「違いますわ。言ってもいいわよね」
「・・・」
 亜希子は、無言で頷いた。
「亜希子が、将太の部屋に夜這いに行ったのですわ・・・それも・・・」
「何だと!それは、酷い、酷すぎる。やはり男とは同じなのだな。頬に接吻だけの気持ちで皆が寝た後に会いに行ったのに、それを無理やりに最後までか!」
 裕子の夜這いと言葉に反応して怒りを感じたのだ。
「待って、そうではないのです。それが本当なら笑わずに怒りを感じます。避妊もせずに本能のまま欲情して最後までならば、その話を聞いて直ぐに数発でも殴りに行っています」
「なら、なぜに、亜希子は泣いているのだ」
「それが・・・全てを話しますが、笑わないと約束して下さい」
「当然だ。亜希子が泣いている理由には想像はつくが、亜希子でなくても泣いている者にたいして笑うなどするはずがない」
「そう・・・なら、話します。亜希子が夜這いに行ったのですが、接吻だけの気持ちだったのです。それも、頬に・・・ぐっふ・・・ごめんなさい」
「たしかに、分かる。十代ならば、そうだろう。亜希子もよい歳だしな」
「それが、将太の顔を見ていたら恥ずかしくなって部屋に戻ろう。そう思ったらしいのだけど、お姉ちゃんだと言われていることですし、何もしないで部屋に戻るのは、勇気をだして夜這いに来た。その気持ちを思い出して、胸を触るならいいわ。そう言ったらしいわ。まあ、わたしも、そう思うし。男なら頬に接吻よりも胸の方に興味が高いわね。それに、亜希子は、旅をしている時に、将太は、何度も知らない女性から頬に接吻をされているのを見ていたから興味はないだろう。そう思ったらしいの。でね、ぐははは!」
「もう、それで・・・」
「ごめんなさい。そしたら、将太は一時間、いや、二時間以上かな、お婆ちゃんが帰宅するまで胸を揉み続けたのよ。それでも、泣いている理由にはなってないわね。わたし早起きしてしまって暇だから居間にいたの。そしたら、亜希子が居間に来たから将太の部屋に夜這いに行ったでしょう。そう言ったら泣いてしまって、泣きながら楽しい話を聞こうとしたら本当に笑い話でしょう。それに、興奮して一睡もしてないって言われたら笑いが止まらなくてなってしまったの」
「それって、裕子が居間にいたのって、亜希子と同じに夜這いしようとしたら恥ずかしくてできなかった。それも、将太と亜希子の部屋の様子を想像していたら興奮して寝られなかったってことになるわね」
「そうなの?・・・」
「まあ、裕子のことはいいとして、将太って毛は生えているわよね。それなのに、興奮などせずに、今も寝ているのだな。本当に男か、そっちの方が心配だぞ」
「まあ、また、夜這いすればいいだけよね」
「それは、どうだろうか・・・でも、亜希子は、何も問題はないわ。心配して損した感じ、だけど、二人で恋愛を楽しんでいるのだからね。そうでしょう」
「あっ・・・ふっぅ・・・」
 亜希子は、数時間前のことを思い出した。
「このまま、この屋敷で一緒に住まないか?」
「将太と、相談してみます」
「それは、亜希子さんは、この村に住んでもいい。そう言うことよね」
「・・・」
「ねえ、裕子さんは、この神社の祭神にならない。始祖直系なら十分に神と名乗ってもいいわ。駄目なら神主でも巫女でもいいわよ。好きな方を選んでもらっていいわ。もう、この村では、二人は、女神と思われているだろうし、間違いなく亡くなった後は女神と崇め続けるでしょうね。それだけのことをしたのだしね。もし、それが嫌だと、やめさせたいと思うならば、村に住んで普通の女性ですって証明させないと駄目かもしれないわ」
「えっ」
「嘘でしょう」
「間違いなく、二人が助けた。子供たちは、そう思っているだろうし、その子が、自分の子供たちには、間違いなく、そう言い伝えるはずね」
「・・・」
「だから、この村で一緒に楽しみましょう」
 二人は、何度か、村から旅立とうとするが、村の子供たちに泣いて引き止められたことも何度かあり。そのために、些細な理由で村を出る時でも、子供たちが付きまとい。何だかんだと数年はいることになる。そして、三年も過ぎると、裕子と亜希子には、子供が生まれることになり。普通の人だったと、やっと、思われる。だが、二人が亡くなった後には、裕子と亜希子の名前は使われないが、縄文時代には、こんな神がいた。と語り継がれる。それは、縄文時代は狩猟生活だけで文化などなかった。と言われているのだが、いつから発祥したのか、いつの時代の神のことなのか、など全てが忘れ去れるが、女神に祈れば叶う。そう伝わり続けるのだった。

運命の人は隣にいるよ  下巻

2023年6月25日 発行 初版

著  者:垣根 新
発  行:垣根 新出版

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垣根 新

羽衣(かげろうの様な羽)と赤い糸(赤い感覚器官)の話を書いています。

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