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紆余曲折を経て、桐島との初恋を実らせた絢乃。そんな彼女にとって、彼を苦しめてきたパワハラ問題の解決は恋人としての大きな責務であり、初めて手がける大仕事だった。
その大問題も収束し、カップルとして幸せな日々を送っていた二人だったが、桐島は恋愛において大きなトラウマを抱えていた。絢乃はその事実を知り、「一緒に少しずつ乗り越えていこう」と彼に寄り添う。
そんな矢先、二人を試練が襲う!
年の差オフィスラブ、堂々のフィナーレ!

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トップシークレット☆ ~お嬢さま会長は新米秘書に初恋をささげる~ 3

日暮 ミミ♪

ヒグラシ出版



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  この本はタチヨミ版です。

 目 次

会長としてすべきこと

初めての大仕事

隔たりとトラウマと

試された絆

エピローグ

あとがき





   会長としてすべきこと

「――絢乃さん、すみません」
 せっかくやっとのことで想いが通じ合ったと思ったら、貢は突然わたしに謝った。
「ん……? 『すみません』って何が?」
 わたしは彼から体を離すと、首を傾げながら彼の顔を覗き込んだ。理由も分からずに謝られても、一体何のことやらさっぱり分からない。
「いえ、あの……。こんな、何のもない僕みたいな男があなたの彼氏で本当によかったのかな、と。もしかしたら、もっと素敵な男性に出会うチャンスもあったかもしれないのに」
「そんなこと、あるわけないよ。貴方にもいいところはいっぱいあるから」
 わたしは胸を張って断言した。もしもあの夜、彼ではなく別の若い男性と知り合っていたら、わたしはきっとその人とは恋に落ちなかったはずだ。彼だったから、わたしは惹かれたのだ。これだけは紛れもない事実だった。
「そ……そうですよね。ハイ。……よかった」
 彼はわたしの口からちゃんと聞けたことで、やっと安心したようだった。
「……実はね、わたしも昨夜、里歩に電話したの。あのことで相談に乗ってほしくて」
「えっ、そうなんですか?」
「うん」
 貢は驚いていた。彼が悠さんおにいさまに相談していたように、わたしも親友である彼女を頼っていたことが分かったからだろう。
「だからね、さっき『あ、この人もわたしと同じなんだ』って思ったの」
「そうですか……。そりゃ同じですよ。僕だってあなたと同じ人間ですから。ただ年上というだけで、まだまだ人として半人前なんですよ」
「うん、知ってる」
 だから、わたしはもう一度自分から彼にキスをした
「――ところで桐島さん。ひとつ、貴方に念押ししておかなきゃいけないことがあるんだけど」
「はい。何でしょうか?」
 これはわたしたちカップルにとって、すごく大事な話だった。他の人が聞いたら、そんなに大事なことではなかったかもしれないけれど。
「わたしたちが付き合い始めること、社内では秘密にしておきたいの。そのことを貴方も了承しておいてほしくて」
 別に、わたしと彼との関係は不倫でも何でもないし、法に触れるわけでもなかったのだけれど。前にわたし自身が気にしていたことを、彼にも打ち明けた。
「今のところ、このことを知ってるのはママと里歩だけなんだけど。二人は口が堅いから問題ないの。――でも、他の人たちもそこまで信用していいかどうかはちょっと自信がなくて」
「そうですよね……。今はマスコミやメディアだけじゃなく、どこの誰でも気軽に情報を発信できる時代ですからね。ましてや、絢乃さんは僕と違ってセレブですから。社員が何気なくSNSで発信した情報が、どこからマスコミに流れるか分かりませんもんね」
「〝僕と違って〟は余計だけど。余計な噂流されたり、冷やかされたりしたら貴方だって仕事がしにくくなるでしょ? だから、オフィス内ではなるべく恋愛モードは封印するようにしよう」
 わが社の女性社員たちは噂好きなのだ。特に、彼が所属している秘書室のお姉さま方は業務に関する守秘義務こそ守るけれど、それ以外の男女問題などにはさといときている。
 彼女たち(男性もいるけれど)を信用していないわけではないのだけれど、念には念を入れて、ということだった。
「そうですね。分かりました」
 ――よくよく考えれば、この会話だって社内の他の人に聞かれればあやうい内容で、わたしたちはこれだけでも危ない橋を渡っていたと思うのだけれど。幸いにも、この間は誰ひとりこの部屋を訪ねて来なかった。

「わたし、貴方にはこれ以上傷付いてほしくないの。今の部署に異動する前にもつらい思いをしてたみたいだし。――あ、そうだ! 桐島さん、ちょっと来て」
「……はあ」
 わたしはそこまで言うと、彼を再び応接スペースに呼んだ。
「――何ですか? 改まって」
「わたしね、貴方が苦しめられてたパワハラのこと、もっとよく知りたいの。わたしがこの組織のトップとして何とかしなきゃいけないと思うから」
「はあ」
 経営者として、社員を苦しめる問題がそれまで放置されていたことは由々ゆゆしき事態だとわたしは受け止めていた。これは見過ごすことができない問題だったのだ。
「だから桐島さん、貴方が被害に遭ってたパワハラについて、もっと詳しく話してくれないかな? 具体的にされてたこととか、言われてたこととか。思い出したくないことを掘り返すようでわたしも心苦しいんだけど……」
 彼をもっと苦しめてしまうかもしれない……。わたしは良心が痛んだ。パワハラの被害者当人である彼に話させることは、残酷以外の何ものでもなかった。けれど話を聞かなければ彼のことも、他に嫌がらせを受けていた社員たちのことも守れないと思ったわたしは、心を鬼にしたのだった。
「……いえ、大丈夫です。僕の話が会長のお役に立てるんでしたら」
 わたしの心配を表情から読み取ったからなのか、彼は聴取に協力してくれた。
「ありがと、桐島さん。――じゃあまず、パワハラをしてたのは、総務課長の島谷さんで間違いないのね?」
「はい。間違いないです」
 やっぱりそうだ。わたしの予想は的中していた。
「それじゃあ、彼のパワハラ被害に遭っていたのは貴方ひとりだけだった?」
「…………いえ。多分、僕以外にもいたはずです。前に久保が言っていたんです。『お前だけじゃない』と。その時は、ただの気休めで言ってくれているのかと思ったんですが」
「う~ん、やっぱりそうか……。島谷さんなら、一人だけにピンポイントで嫌がらせするようなことはないと思ったのよね」
 久保さんは今も総務課で働いていて、株主総会の時に司会を務めてくれていたけれど、あの時の貢と彼との親しげな様子からして、彼の言葉がただの気休めとは思えなかった。ということは、久保さんが言ったことは事実だったのだろう。
「――で、具体的にはどんな嫌がらせをされてたの? 思い出せる限りで構わないから教えてくれる?」
 彼から話を聞くうえで、これにいちばん良心のしゃくをおぼえた。だって、まるで彼の心の傷を深く抉るような問いだったから。
「えーっと……、自分が任された仕事を押し付けられたり、ミスの責任を被らされたり……。あと、残業や休日出勤は当たり前のように命じられましたね。それなのに、手当の申請はされていなかったり」
「何それ!? ひどい……」
 彼の中ではもう終わったことだったのか、淡々と語られたハラスメントの実態に、わたしは深いいきどおりを感じた。
「……ねえ、人事部はこの件について、何か対策を講じてくれた?」
 これはもはや大問題だ。内部の人間である(まだ新参者しんざんものだけれど)わたしでさえ知らなかったのだから、もちろんおもて沙汰ざたにはなっていなかったはずである。――実際問題、そうだったのだけれど。
 それでも、社員思いの山崎さんが何もしないで手をこまねいているとは思えなかった。
「僕は被害の相談に行っていなかったんですが、他の同僚や先輩たちは人事部に相談していたそうなんです。でも、『証拠がないから』と島谷課長がすべてうやむやにしてしまったらしくて」
 被害者たちの証言だけでは、パワハラの証明は難しいのだろうか? ――確かに、客観的にパワハラが「あった」と判断するのは厳しいかもしれないけれど。
課長あのひとはずる賢いうえに外面そとヅラだけはいいので、人事部の人たちもついそちらの証言を信じてしまったそうで……」
「そんな……、許せない! 自分がやったこと、全部なかったことにしようとするなんて卑怯よ!」
 わたしは無性に腹が立って、気がつけばローテーブルをバン! と叩いていた。
「……あ、ゴメン! 貴方に怒ったって仕方ないよね」
「いえ、僕なら平気です。会長がお怒りになるのも当然ですから」
「…………うん」
 彼の落ち着いた態度が、わたしの中の怒りを冷まさせてくれた。
「――さて、問題はこの件をどう解決するか……だよね」
 ひとまず冷静になったわたしは、改めて問題と向き合った。
「とはいっても、わたし一人でできることなんて限られてるし……。他の人の意見も聞きたいなぁ」
 それに、貢以外の社員たちの被害状況も把握しておかなければ――。そのためには、この件にもっとも関わっている人に話を聞く必要があった。
「――桐島さん、わたしちょっと出てくるね。貴方は給湯室で、食器の後片付けよろしく」
「……えっ、またですか!? 今度はどちらに⁉」
 彼は目を剥いた。〝また〟と言ったのは、「また留守番ですか!?」という意味だったのだろう。
「人事部よ。この問題のことをいちばんよく知ってるのは人事部長やまざきさんでしょ?」
「あ……、そうですよね。僕はてっきり、これから島谷課長のところへ怒鳴り込みに行かれるのかと」
「行くワケないじゃない。これ以上問題をややこしくしてどうするのよ」
「…………そうですよね」
 彼を守りたくてやろうとしているのに、そのことでかえって彼を追い詰めてしまう結果になったら、それこそ本末転倒である。
「わたしは会長として、そして貴方の恋人として、わたしにしかできない方法で貴方を守るから。――じゃあ、行ってくるね」
「そういうことでしたら……分かりました。行ってらっしゃいませ」
 彼は納得してくれたらしく、恭しくわたしに頭を下げて見送ってくれた。

   * * * *

 ――人事部は三十階にある。そして、人事部長である山崎さんは、自身の執務室を持っていた。
 わたしはまず、部長室の前に席を構えている秘書の上村うえむらさんに声をかけた。
「――お疲れさま。山崎さん、まだいらっしゃる?」
「あっ、会長! お疲れさまです! ――ええ、いらっしゃいますよ。お声がけいたしますので、少々お待ちください」
彼女はわたしに断りを入れてから、人事部長室のドアをノックした。ちなみに、この部屋のドアも木製だけれど、会長室ほどの重厚感はない。
「――山崎部長、今よろしいでしょうか。会長がいらしておりますが……」
「会長が? ――分かった。入って頂きなさい」
 しばらく待たせてもらっていると、室内から渋い男性の声で返事があった。この声の主は、紛れもなく山崎さんだった。
「どうぞ、お入りください」
「ありがとう。――失礼します」
 彼女がドアを開けてくれたので、わたしは遠慮なく入室した。

   * * * *

「これは会長! こんな時間にどうされたんですか? ――どうぞ、立ち話も何ですし、ソファーへおかけ下さい」
 彼は椅子から立ち上がった状態でわたしを迎え入れてくれて、応接スペースの黒い革張りのソファーを勧めてくれた。
「ありがとうございます。――ごめんなさいね、終業時間の間近に突然おジャマしちゃって。貴方にちょっと急ぎの話があったものだから」
「急ぎのお話ですか。――上村君、会長にお茶を差しあげて。コーヒーの方がよろしいですか?」
「あ、いいの。すぐに失礼しますから。――ありがとう。貴女あなたは元のお仕事に戻って」
 山崎さんは続いて入室してきた秘書の上村さんにお茶汲みを命じようとしたけれど、わたしはそれを丁重にお断りした。あくまでも、お二人に気を遣わせないように、それでいてそれぞれの顔を潰さないように気をつけて。
「分かりました。失礼いたします」
 上村さんはわたしに頭を下げ、退室していった。
「――それで、会長。〝急ぎのお話〟とおっしゃいますと……」
 山崎さんと二人になったので、わたしはさっそく本題を切り出した。
 ただでさえ彼は終業時間前でバタバタしている時だったので時間がなかったのに、ムリを言ってわざわざ時間を取ってもらったのだ。
「じゃあ単刀直入に言いますね。わたしが伺ったのは、総務課で起きていたパワハラ問題について貴方にお訊きしたいことがあったからなんです。――山崎さんはご存じでした?」
「ええ、もちろん存じております。総務課の九割の社員が毎日のように相談に来ておりましたからね。労務災害の申請をしたい、と」
「そうですか……、やっぱり」
 わたしの予想がこれまた当たっていた。貢や久保さんが言っていたことは本当だったのだ。人事部の人たちも、毎日大変だっただろうな……。
「山崎さん、つかぬことを伺いますけど。――その相談者の中に、桐島さんはいました? 現在わたしの秘書を務めてくれている、あの桐島さんです」
 これは個人情報だから、山崎さんもわたしに打ち明けるのが難しいことは重々承知のうえだった。
「桐島君……ねえ。いえ、そういった相談はなかった気がしますがね。転属の相談には来ておりましたが、その時にもパワハラの話は出ていなかったような……。おっと、失礼しました」
「……そう、ですか」
 腕組みをして唸っていた山崎さんは、相手がわたしだということを思い出して慌てて姿勢を正した。
「それともうひとつお訊きしたいんですけど。父はこのことを知っていたんでしょうか?」
「会長は……、多分ご存じなかったんじゃないでしょうかね。もしご存じなら、改革案にきちんと盛り込まれていたはずですから」
「そうですよね……」
 父の性格からして、どんなに小さな問題であっても見逃すようなことは決してなかったはずだから。

 ――かれはパワハラ被害のことを言えなかったのか、それともあえて言わなかったのか。わたしには分からないけれど、もしも彼が上司しまたにさんからの報復を恐れていたから言えなかったのだとしたら、それはそれで由々しき事態だといえた。
 幸いにも、彼はわたしと出会ったことで気持ちが楽になり、転属を決めてパワハラから解放されたけれど。他の社員たちはまだその苦しみから解放されていなかった。まだ終わっていなかったのだ。これは、早急さっきゅうに対策を講じなければ……。
「――山崎さん。もうすぐ新年度も始まりますし、わたしは新入社員が入る前に、この問題は解決した方がいいと思うんです。早速この件について話し合いたいんですけど、山崎さんは明日の朝、ご都合はいかがですか?」
「大丈夫……だと思いますが。いつものとおり、社長・常務・私と四人でミーティングを行うということですね?」
「ええ、もちろんです。広田さんと村上さんにも声をかけてみますけど――あ、ちょっと失礼します」
 わたしはブレザーのポケットからスマホを取り出し、貢に電話をかけた。彼は秘書室の所属だから広田さんとも連絡が取りやすいし、大学時代の先輩だったという小川さんを介して村上さんにも連絡が取れる。こういう時、彼のポジションを利用しない手はないと思ったのだ。
「――もしもし、桐島さん。今大丈夫?」
『ええ、たった今給湯室から戻ってきたところですが。――会長は今どちらにいらっしゃるんですか?』
「人事部長室。山崎さんのところ。――あのね、急な話で申し訳ないんだけど、明日の朝イチでミーティングをやるから。山崎さんはご都合大丈夫らしいから、村上さんと広田さんには貴方から連絡しておいてくれないかな?」
『ミーティング? ……ああ、例の件で、ですね』
 さすがはわたしの秘書。そしてこの件の当事者だ。呑み込みが早い。
「そう。お願いね。村上さんご本人に繋がらなかったら、秘書の小川さんに伝えておいてくれて構わないから。同じ秘書室だし、広田さんには連絡つくよね?」
『分かりました。――あの、一度こちらにお戻りになりますよね?』
 彼はわたしがあのまま直帰するとでも思っていたのだろうか? でも、バッグは会長室に置いたままだったし、出社時と退社時の送迎は彼の務めだったので、わたしがひとりで帰宅する可能性はほぼゼロに近かった。
「うん。もう話は終わったから、これから戻るわ。じゃあ、また後で」
 電話を切ると、わたしは山崎さんに改めて言った。
「それじゃ、わたしは失礼します。明日のミーティング、よろしくお願いしますね」
「はい。わざわざお疲れさまでございました」
 人事部長室を出ると、わたしは上村さんを始め、まだお仕事中だった社員のみなさんに「おジャマしました」と声をかけてから、人事部を後にした。

   * * * *

 わたしが会長室に戻ると、彼はまさに電話中だった。
 デスクの固定電話ではなくスマホを使っていたことから、相手は山崎さんを除くお二人のどちらかの秘書、もしくは直属の上司である広田さんだろう。
「――はい。明日の朝イチだそうなんですが、広田常務はご都合いかがでしょうか? ――はい! ありがとうございます! 分かりました。では、会長にもそのようにお伝えしておきます。――はい、失礼いたします」



  タチヨミ版はここまでとなります。


トップシークレット☆ ~お嬢さま会長は新米秘書に初恋をささげる~ 3

2023年10月14日 発行 初版

著  者:日暮 ミミ♪
発  行:ヒグラシ出版

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日暮 ミミ♪

生まれも育ちも兵庫県。蠍座・B型。 好きな作家はアガサ・クリスティー、赤川次郎、天花寺さやか、山口恵以子(敬称略)。 子供の頃からの愛読書『あしながおじさん』が作家を目指すきっかけ。

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