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 目 次

流星群の降る夜に名前のないさよならを。 二丹菜刹那

日常に揺れる色彩を 尋隆

帰結 篠田良

モノクロームの記憶に花束を ノアキサトル

君に秋桜を 小桜店子

表紙 ひよこ鍋

あとがき

「今日、わたしは星の一つになるのだよ」

流星群の降る夜に
名前のないさよならを。

二丹菜刹那

<新作読み切り・小説>

流星群の降る夜に名前のないさよならを。

 物語の舞台として、学校の屋上って最高だと思わないか。
 機会があれば一回は自分の通ってる学校の屋上に行きてぇと思うだろ?
 だれもが……っていうのは主語がでかすぎか?
 少なくとも、俺はそうだ。
 だから、過去最高に流星群が日本で見えると言われた今日。学校の屋上に足を踏み入れちまおうと思ったわけだ。
 職員室に忍び込み、鍵を盗む。
 違う違う、正確にはお借りしただけだな。返すんだから別にいいだろ?
 そんで職員が全員いなくなるまで学校に潜んで、いざ屋上へ。
 だが、なんでか屋上の扉の鍵は開いていたようでな。
 疑問に思いながら、俺は屋上へと続く扉を開けた。
 そしたら、先客がいたんだ。
 星たちが彩る夜に長い黒髪が踊る。ブルースターの髪飾りをつけた、制服姿の女の子が夜空を見上げて立っていた。ちなみにブルースターってのは花の名前だ。
「もう、時間になった?」
 くるりと振り返った彼女は俺を目にした瞬間、めちゃくちゃ驚いた表情を見せた。想定していた人物とは違ったやつがいたんだから、まぁしかたないよな。
「時間ってのは、なんのことだ?」
 とっさにひねり出したのはそんなつまんねぇ返事。もっと気の利いたことが言える男だったらよかったんだがな。
 彼女は考えをめぐらせているのか、口を引き結んでいる。
 しばらくするといたずらをたくらむ少女のようなあどけない顔になって。
「知りたい?」
 俺に向かって、そう問いかけてきた。
 そのとき――物語がはじまるんじゃねぇかっていう予感が俺を貫いた。こんな出会いを待っていたんだ。そう思った。まぁ、勘違いだったらクソ恥ずかしいけどな。
「そんなふうに言われたら、だれだって知りたいって答えちまうぞ」
「たしかに。その通りかも」
 彼女はやわらかく微笑む。ブルースターの髪飾りが静かに揺れる。
「じゃあ、教えてあげるね」
 大きく夜空に向かって、彼女は手を伸ばす。そのまま透けて消えてしまいそうなくらいの白い肌が、月明かりを浴びていた。

「今日、わたしは星の一つになるのだよ」
 まるで呪文を唱えるように放たれた言葉は、よく意味がわからなかった。なんだよ、星の一つになるって? 曲の歌詞だったり詩の引用なのか?
「星? 星ってのはスターのことか」
「その通り。お星様のことです」
 死んだ人が星になるみたいな話って、みんな聞いたことがあると思うんだが……これはさすがに俺だけじゃないよな?
 ふと、それを思い出したんだ。
「あんた、今日死ぬのか?」
 とくに思いつく仮説がなかったから、冗談まじりに口にした。否定の言葉を待ってたんだな。
「正解! 君は理解が早い人なんだね」
 けれど、俺の突拍子のない質問は肯定されてしまった。彼女はあっけらかんとした様子だ。とくにおかしなことはないというような――
「いや、ジョークのつもりだったんだが」
「そうなの? だとしたら君はブラックジョークに重きをおいて笑いを取った方がいいかもよ?」
 遠回しにセンスがないって言ってるよな、それ。なんてふうにツッコむこともできなかった。今日、死ぬって話があまりにも俺のなかで大きかったからだ。
「君の話も聞かせてよ。どうしてここに来たの?」
 そんな俺の心のなかなんてつゆ知らず、彼女はたずねてくる。たどたどしくなってしまいそうなところを取り繕いながら声をしぼり出した。
「今日、日本で過去最大級に流星群が見れるって話だろ? だから」
「特等席で見るために屋上に忍び込んじゃったんだね」
 俺の言葉を最後まで聞かずとも彼女はわかったみたいだ。
「正解。あんたも理解が早い人のようだな」
「もっと褒めてくれてもいいんだよ?」
「今日が最期だからか」
「またブラックジョーク〜?」
「今のは真面目な回答のつもりだったぞ」
「そっか。たしかにおもしろくなかったもんね」
「あんたは少し腹黒い傾向にあるようだな」
 初対面の相手におもしろくないだと? 人によっては一番傷つく言葉だぜ、それ。ちなみに俺は相当効いた。たしかにノンデリカシーな発言だったかもしれんが……くぅ、胸がいてぇ。
「もしかして、ショック受けてる?」

 彼女はにやつきながら、訊いてくる。やけに楽しそうじゃねえか。
「あんた、いい性格してんな」
「また褒めてくれた。ありがと」
「今のは皮肉だよ、皮肉」
「言葉は受け取り手次第なんだよ?」
 どうやら彼女の方が何枚も上手らしい。口では勝てそうにねぇな。
「ごめんね。からかいすぎちゃったかな」
「別に、気にしてねぇよ。……いや、ちょっとはしてるけど」
 思わず本音をこぼしてしまう。彼女は俺に近づいてきて、少しだけ背伸びをして肩を叩く。
「なんだよ?」
「励ましてあげた。落ち込んでる人がいたら、こうするのが普通でしょ?」
「原因はあんただけどな。マッチポンプだろ、これ」
 くすりとほんの少し口角をあげた彼女は、俺から離れていく。そして星空の下、出会ったときと同じ距離にふたたび戻った。
「まあ、今日が最期ってのもあるけど、褒められたらうれしいじゃん」
 脱線した話を戻したのも彼女だった。会話に夢中になっていたから、一時的に彼女が今日死ぬという話題を隅に追いやることができていたというのに。
「少し、暗い顔になったね。ちょっとうれしい」
「特殊性癖かよ」
「そうかな? 自分を思って悲しい気持ちになってくれる人がいるって、うれしくない?」
 難しい話だな、これ。俺は吹きさらしのコンクリート床を見つめながら考える。
 自分を大切に思ってくれる人がいるのはうれしいが、俺のせいでその人が悲しむのは、俺自身が悲しくなる。でもその気持ちは俺のことを考えてくれる人がいないと成り立たないわけで。
 やべぇ。頭がこんがらがってきたぜ。
 俺が思考の海に溺れかかっていると、彼女が下から覗き込んできて、「ねぇ」と声をかけてきた。突然、目の前に女の子の顔が現れたことに驚いていると、彼女は自分の下顎に指を添えて、小声でささやいた。
「流星群が見えるまでのあいだ、わたしのこと、君には特別に話してあげる」
 まただ。物語みてぇな展開に、俺のなかでビビっと稲妻が走る。でも、さっきとは少しだけその感覚は違っているように思えた。
「いいのかよ? 俺なんかに話しても」
「よくなくても、いいの。だって明日にはわたしいないから」
 ……いったいそこにはどれだけの諦めが込められていたのか、俺にはわからない。
 だが、彼女の話を聞くことが認められたというのなら、聞きたいという気持ちをおさえることはできなかった。

 俺は彼女から離れて、適切な距離感を保ってから返答した。
「じゃあ、教えてくれ」
 彼女はこくりとうなずく。そうして俺は彼女の秘密を知ることになったんだ。
「単純な話。君は今日、流星群を見に来たんだよね?」
「あぁ、そうだな」
「どうやらその流星の一つが落ちてくるようなのです。この地域に落下してくる隕石を止めるのがわたしのお役目なんだ〜」
 およそ信じられない話を、彼女は口にした。それも当たり前のように、今日の晩ご飯の話をするみたいなテンションで。
「あぁ! 落ちてくるわけないと思ってるでしょ!? でもね、二〇一三年にロシアのチェリャビンスク州に落ちてるんだよ? 隕石。だから非現実的な話ではないのです」
 親切丁寧に補足までしてくれる。
 だからといって、そうだよなと頭からつま先まで信じられるはずないだろ。
 ……いや、こんなふうに否定してたらダメだ。俺のなかの想像力を膨らませて、彼女の言ってることを読み取ってみねぇと。
「たとえば。あんたがNASAかなんかの関係者で、今日隕石が落ちてくることを知っていたって話なら、可能性はゼロじゃないと思う。でもよ、それを止めるってなんだ? あんたを犠牲にすることで隕石をとめる装置を動かすことができるっていうのか?」
 今までの話の断片を拾い集めて、なんとかそれっぽい空想を形作った。
 それにしたって荒唐無稽で、いびつな作り話だ。これも彼女に否定してもらうつもりで提示したもんだった。でも――
「やっぱり、君は理解が早い人なんだね」
 今回も彼女は肯定の意を示す言葉を返してきた。
「君の想像した通り。わたしは隕石が落ちてくるのを知ってる組織と関係がある。わたしという存在を使用して、隕石を消滅させる。だから、わたしは今日、星の一つになるのですよ」
 もしかしたらさっきみたいに俺をからかってるのかもしれない。そう思ったが、彼女はすべてを受け入れてるかのような顔で笑っている。にこりと、傷だらけにも見える笑顔で。冗談を言ってるようには見えなかった。
 俺はなにも言えなくなりそうだった。だが、このまま会話を切らしたら、このままお別れしてしまいそうに思えた。
「なんで。なんで、あんたは、ここに来たんだ?」
 彼女の話した真実とは関係があるようで、まるでないような問いを俺は投げかけていた。彼女は想定してなかったんだろうな。ちょっとだけ、ほうけた顔を見せた。

 そのあと、胸ポケットから本を取り出した。小説のようだったが、ブックカバーがついていたからタイトルはわからなかった。
「自分の人生が物語だとして。その最期に行きたい場所ってどこかなぁって考えたんだ。思い出の場所とかあったらよかったんだけど、あんがいないなって思って。だからね、一度は行ってみたいと思ってた学校の屋上に行こうって思ったんだ。だって物語の舞台として、学校の屋上って最高でしょ?」
 それは――俺が今日、ここに来た理由とそっくりだった。


 物語の舞台として、学校の屋上って最高だと思わないか。
 機会があれば一回は自分の通ってる学校の屋上に行きてぇと思うだろ?

「ほんとうだったら恋人とか親友とか、そういう大事な人と来て、星を見上げるのが正しい終わりなのかなって思う。でも、わたしにはそういう相手がいなかった。だから一人淋しく流星群が降る前の夜空を見上げてた。そしたら、からかいがいのある、君が来た」
 好きな文章を読み上げるようなやさしい声で、彼女は言う。
 俺のなかでうずまく感情を、なんと表現すればいいんだろう。これから死にゆく彼女の前でよろこぶのは誤りで。このどうしようもない現状に怒ったり、相手のことを思って泣いて悲しむような関係値でもない。
 ただ、俺が最初に抱いた予感。物語がはじまるんじゃねぇかって思ったあれは、完全な間違いだった。だってそうだろ? 
 俺と彼女の物語は出会う前に終わってたんだから。
 ふいに屋上の扉が開く音がする。
 思わず振り向くと、白衣を着たくたびれた顔の大人の男性がそこにいた。
「時間がきちゃったみたい」
 彼女の言葉で、俺はさよならを自覚する。
 なんの心の整理もつかぬまま。一方的に、唐突に。
「君はそんな顔しなくていいんだよ? さっきのはぜんぶ、わたしの妄想の話かもしれないでしょ?」
 いまさら前提をくつがえすようなことを、彼女はうそぶく。
 俺は今、そんなひどい顔をしてるのか?
「それに今さっき会ったばっかりなんだから。君はそんな深刻にとらえなくいいの」
「……いや、そんなの、無理だろ」
「じゃあ呪いにかかっちゃったと思うしかないね〜。わたしも、引きずってくれる方がうれしいかも。なんてね」

 本を胸ポケットにしまった彼女が、ゆっくりと俺に近づいてくる。一歩、一歩。靴音が夜空に響いて、消えていく。月明かりに照らされて、ブルースターの髪飾りがきらりと光る。
 そして、俺の横に立った彼女は最後に――
「君ともっと早く出会ってたら、わたしたち、どうなってたんだろうね」
 ありもしない絵空事を呟いて、屋上の出入り口へと歩いて行った。
 ガシャンと扉が閉まる音が鼓膜を震わす。
 俺は、なにもできずにその場に立ち尽くしていた。彼女のあとを追って、君を助けたいと叫ぶような主人公みたいな行動はおろか、名前を聞くことすらできなかった。
 どれだけ俺は佇んでいたんだろう。
 気づけば――空には流星群が降っていた。
 あの流星の一つが地球に、日本に、ここに、落ちてくる。どういう方法なのかはわからないが、あの子はこの美しい夜空のなか、その身を犠牲にして隕石を止めている。
 もしかしたら今流れている一つが君の軌跡なのかもしれないのに。
 俺にはどれなのか、判別することができなかった。

〈了〉

優しい風が吹き込んでくる。ちょうど、夕日が差し込んで、
応接室が赤く煌めいていた。

日常に揺れる色彩を

尋隆

<新作読み切り・小説>

日常に揺れる色彩を

 昼の空は青いことが当たり前で、夕焼けは朱の色をしている。地球は丸くて、私たちは、当たり前のように暮らし生きている。息を吸って、吐いて。朝になれば起きて鎖骨まである髪を一つに束ねる。キッチンに向かい、歯磨きをしてパンを焼く。焼きあがるまでの、その間に目玉焼きを作りお皿を準備する。パンと目玉焼きを一緒に食べてから学校に向かうことが、今の私の当たり前だった。当たり前が崩れ去ったのは、それはそれは突然のことで、想像もしていなくて、ある日やってきた非日常。
「部活はもう、諦めたほうがいいのかもしれません」
 そう、深刻そうに、白衣を着た医師は口にした。私は、ほっとしたのか、それとも絶望したのか。
「わかり、ました……」
 それでも、確実に世界が色褪せた。





 ————脛の骨が、軋むような痛みで、目が覚めた。

 ズシリ、と重みがかかる布団を身体の上からどけて、枕の近くにあるであろうスマートフォンを手探りする。つるりと指が触れたそれの外側を掴むと、電源を押したのだろう。明るくなり暗闇の中に白い光を放つ。薄目を開き、顔にまとわりつく髪の毛を払い除けて画面を見ると、時刻は午前三時を表示していた。
 あの一瞬の痛みは何だったのだろうか。寝ぼけてはいたが、はっきりと覚えてはいる。両足の脛。まるで、骨そのものに釘を刺されたかのような激痛。まぁ、釘を刺されたことなんてないので、例えがあっているのかすらも、わからないが。走ったり、運動をしている際に、時折、痛みを感じていたのだが、ここまで強い痛みは初めてだった。気にしなくてもいいのだろうか。正直なところ、痛みを気にするよりも、寝たい気持ちが強い。明日も学校なのだ。四月の終わり、高校一年生、新しい日常に慣れ始めたところだった。



 中学生三年生のとき、何の変哲もない女子中学生だった私は、特に希望したい高校もなく、幼いころから続けていた新体操も辞めてしまいたいくらいだった。しかし残念ながら、高校を好きに選べるほどの頭もなく、気まぐれに行きたいと口にした高校は、親からも担任からも猛反対をされ、私に選択権などありもしない。親や担任が希望した、第一志望校の公立は見事に不合格を得て、滑り止めで受けた私立の女子高に入学を決めた。三歳から新体操を続けていて青春らしいこともできなかったので、高校ではゆっくりと過ごすことが願いだった。部活もせず、バイトなどをしていきたいと考えていたのだ。しかし、選択権のない私は高校生活まで選べるわけもなく、そのうえ、受験を続けてほしいと言う親を宥めるために吐いた嘘が、仇となった。
「お母様から伺ったよ。明日から部活にいらっしゃい」
 受験も終えてのんびりと入学準備を、三月の春の選抜大会が行われたが、人手が足りないため手伝い要員として駆り出されていた。すべてのプログラムが終了し、パイプ椅子を片付けていたのだが、急に話しかけられ手に持っていたパイプ椅子を離しそうになる。一瞬思考が停止し、言葉の意味を考えようと脳が動き出そうとしていた。なぜなら入学予定である高校の、新体操部の顧問の先生が口にした言葉は、私にとっての死刑宣告に等しいものだ。
「どうした? お母様から、うちの高校に入学すると聞いたが、違ったか」
 彼女の大きな目が、私を捕らえたまま、口元がにこりと笑う。美人だが指導が厳しいことで有名な先生だと噂されるだけあって、なるほど、今日もスタイルがいい。そして有無を言わせない威圧感を携えている。あぁどうか、できることならいつものように遠巻きに見ていたい。
「いえ、合っています……」
 さて、入学前です、などの言い訳は効かないだろう。なぜなら第一志望校を落ちたときに新体操ができればいいから滑り止めの高校に行く、と、受験を終わらせたくて口にしたのは紛れもなく私なのだ。入学するのは私だから、流石に部活の有無は、最終的に私が決めることができると思っていたのだが、どうやら大間違いだったらしい。恐らく、先に母が先生と会ったのだろう。挨拶がてら先生に「娘をよろしくお願いします」とでも伝えたのだろう。この地域は競技人口が少ないので、顔と名前は一致しやすく、そして父母も覚えられやすい。三歳から続けているのもあり、尚更のこと、私は顔が広い。だから先生はすぐにここに来たのだと推測はできる。また、今回の母の挨拶は、世間話の一つだったのだとは思うが、意図しない根回しになったしまったわけだ。そのため、私は大きな目に捕らわれて、断る術もなく新体操部に入部が確定してしまったのである。
「……わかりました、よろしくお願いします」
 楽しみそうな顔ができていたか、些か不安が残るが、嫌な顔をしていると思われるよりは、緊張している、と見てくれたら万々歳だ。母が先生に伝えたことも、もちろん、悪意があってのことではないとわかっている。娘の意見を尊重しているのだ。嘘を吐くときは慎重にならねばならないと学ぶことになったが。


 翌日から重い体を引っ提げて、先生の要望通りに一足早く、部活へと通う。ともに練習する仲間は三年生が二人、二年生が三人と同級生が一人。三年生がいないと話を聞いてくれない先輩と取り巻きの二人、そして人を盾にする同級生と、なかなかなラインナップ。ちなみに、三年生は二人とも私にあまり興味がないらしい。早々と気持ちはどん底へ沈む。
 無視に関しては、始めは自分の声が小さいのかなと思った。何度か思ったが、一日に何度も続いて、取り巻きですら苦い顔をすれば、私だって無視だと気が付くさ。
 そのくせ、練習が始まれば
「なんでも言ってね」
「そうだよー、わからないことがあったら言ってね」
 なんて、何か言えば返事すらしてもらえないのに、どうすればいいのだろう。そう考えても、逃げ出す勇気も、与えられた価値を投げだすほどの強さもない。
「頼りになります」
 にこり、笑って返せば先輩面。ああ、ああ、憂鬱だ。めげずに話しかけるも、先生がいなくなりでもすれば返事はもう返って来ないので、一人で練習を始めていく。二人一組になったときは最悪である。話しかけても無視されるのだ。どんなに物理的距離が近いとしても。どうせ、先生か三年生が近くに来れば、勝手に話しかけてくるだろうから、それまでこちらも不用意に話しかけなければいいだけの話だとすぐに諦めた。なるべく気にしないように意識してやり過ごしていく。無視されることにも慣れ始め、次第に高校生活も始まり、先輩がたのお客様対応もなくなっていった。そんな矢先の夜に足に痛みが走ったのである。



 痛みを放った両足の脛をさする。思い返せば、部活が終わり帰宅途中では、かくん、と膝が折れたことがあった。急に脱力したかのように崩れ落ちるのだ。膝を強打しながらも、すぐに立ち上がることができることもあれば、そのまま数分立ち上がることもできないこともある。まあ、疲れているのだろうと知らんぷりをした。そんな生活を数日続けた結果が、この痛みである。練習をしているときは、たびたび激痛が走るのだが、よくあることだと自分に言い聞かせていた。私の性格的に、痛みなどをあまり気にしないのだが、布団の中、睡眠の妨げとなるのであれば、流石に少し気になりもする。するが、さて、どうしようか、と考えるも、我慢ができない痛みでもないので、寝てしまいたい。疲れのせいか、ストレスのせいか、昼夜問わずにとにかく眠いのだ。
「考える時間も無駄だ」
 そう、暗闇に言葉を吐くと、布団をもう一度被って、目を閉じた。


 いつも通りに朝練をし、授業を受け、部活をする日々を送っていた。大丈夫、何もない、と思っていたのだ。いつも通りの日常を送っていくはずだったのだ。そんな思いとは裏腹に、日ごとに足は痛みを増し、広がっていく。脛から太ももに、足の先に。一ヵ月経つ頃には、何もしていなくても、ただ立っているだけ、椅子に座っているだけでも痛みを常に感じるようになり、歩くことすらも躊躇うほどだ。よくあることだと我慢をしていたが、このままでは部活もまともにできやしない。さあ、どうしたものか。そう思いながらも頭は割と冷静で、先生に伝えて病院に行かなければなぁと考えていた。全ての授業を終え、痛む足は、教官室に向かっていく。先ほど、三年生と二年生の教室に行き、先輩方にはお休みすることを伝えていた。直前でもあったので、二年生には苦言をいただき、怪訝な顔までセットでついてきたけれど。歩くだけでもそこそこ痛いので、走るなんてもってのほか。明日には本当に歩くこともできなくなるだろう。教官室の開け放たれているドアの縁を軽くノックし、少し息を吸う。
「失礼します」
「ん、どうした?」
 教官室に顧問の先生がいたのは丁度いい。もぐもぐと、誰かの土産であろうまんじゅうを食べているところ邪魔してしまうのは忍びないが。
「足が異常に痛いので、今日は休みます。明日は病院に行こうと思います」
「どういうこと?」
 眉をしかめて驚く先生に、事情と症状を伝えると、ちょっと待ってて、とどこかに電話をし始めた。
「明日、保険証持ってきてくれる?」
 電話し終えた先生は振り返ってそう言った。


「部活の間に病院に連れていくので、少し頼んだよ」
 翌日の終業後、部長にそう告げた先生の後ろを歩き、車に乗り込む。
「さあ、行こうか。……何もないといいけれど」
 慣れない匂いに包まれながら、振動に身を任せる。なにを喋ればいいのだろう。昨日は保険証を持ってこいと言われたので、恐らく病院に行くのだとは思うのだけれど。どう聞いていいのかも、どうすればいいのかもわからない。とりあえず、窓から外を覗くと、見慣れない景色が流れていく。
「足」
「はいっ」
「今も痛いの?」
 こちらを見ずに問いかけてくる先生の横顔を見ながら、今も痛いです、とそっと答える。疑われているのだろうか。でも、痛いものは痛い。なんなら、車の振動ですら痛みが増すレベルである。そう、と答えた先生の横顔から顔を背け、また、窓の外を眺める。とても、とても気まずい。しん、と静まり返る車内でエンジン音だけが響く中、一刻も早く病院につくことだけを祈っていた。
 どのくらい走ったのだろう。そっとスマホの画面を見ると、約十五分ほどだったが、一時間くらい経ったのではないかと思うほど、時間が長く感じられた。
「もう、着くよ」
 先生が鈴木整形外科の駐車場はあちらと書かれた看板の指示に従って左折をする。さほど広くはなくて五台の車が停められるようだが、がらんとしていた。横にある白い建物が病院なのだろうか。入口に近いところに先生は駐車をし始めたので、足元に置いていた荷物を抱える。車が止まり、先生がエンジンを切るのを確認してから降りると、ようやく息ができたような気がした。先生は、受付を済ませなきゃ、とすたすたと行くので、後ろをゆっくりとついて行く。スロープを上り、自動ドアが開くと、白とオレンジの落ち着いた待合室が迎えてくれた。先生が待つ受付まで行き、保険証を差し出す。
「初診ですねー、問診票のご記入をお願いします」
 バインダーとペンを受け取り、椅子に座ると、先生が隣に座り、スマホを弄り始めた。問診票に名前などを書き、答えを埋めていく。
「この病院はさー」
 全ての問いに答えを書き終わるころ、いつの間にかスマホを弄るのをやめた先生が話し出す。
「うちが何年もお世話になってる病院なんだよね。腰とか、足とか痛めたときはここで診てもらってる」
 三年生の二人も診てもらったことがあるよ、と付け足してこちらを見た。今日初めて、目が合ったような気がする。大きくて少し明るい茶色の瞳。先生は本気で笑うと鼻と目の間にしわが出来る。それ以外は作り笑いなのだろうと思っているのだが、今は心配をしてくれているのだろう。ふわり、優しく笑うのは安心させようとしてくれているのだと思う。
「わざわざ、連れてきてくださってありがとうございます」
 頭を下げると、肩をぽんぽんと叩かれた。
「大きな病気とかじゃないといいね。それ、書き終わったなら出してきな」
 項目はもう最後の一つなので、すぐに記入して受付に渡す。十分ほどすると、診察室に呼ばれ、先生とともに移動をする。中にいた医師は優しそうな、白衣を着たおじいさんだった。事情と症状を話し、触診を受ける。念のために、骨を見るとのことで、足を部分的にレントゲンのように撮影をした。普通のレントゲンとは違い、寝転んで上から撮影をしていく。角度や場所を変えて何枚か取り終えると、診察室に戻った。
「骨に異常はないですねぇ……」
 先ほど撮影したものを見ながら、医師は言う。
「よくあるシンスプリントかとも思ったのですが、受験の期間は練習も休んでいたんですよね」
「はい」
「もしかしたら、既に難治例となっている可能性も高いです」
 医師が言葉を紡いでいく。シンスプリントは脛の骨の周りの筋肉の炎症なので、しばらく休み炎症が治れば痛みも解消するが、足全体に痛みが広がっているので、炎症が普通のシンスプリントよりも酷い状態かもしれないこと。長い間無理をしていたことや、練習量が増えたことが重なり、今回に至った可能性が高く、治療に時間がかかるかもしれないこと。
「部活はもう、諦めたほうがいのかもしれません」
 隣で、息を呑む音がした。先生の顔を見ると、苦しそうな辛そうな顔をしている。諦めろと言われるとは、私も予想はしていなかった。シンスプリントは再発も多いらしく、休んでもまた痛くなると、医師は深刻そうに話しをする。先生は、それらの言葉を聞き流さないように頷きながら、頭に入れているようだ。私はどうなのだろう。部活を辞めることの口実ができてほっとしているのか、諦めるということに絶望をしているのか。長年、連れ添った日常だ。もう、踊ることができないかもしれないと思うと、世界は確実に色褪せた。
 病院からは松葉杖の貸し出しと痛み止めが処方された。月に一度、診てもらうこととなり、マッサージを教えてもらったりなどして、病院を出る。車に乗り込むと先生が重たい口を開いた。
「思っていたよりも大事だったね」
 こくり、頷くとまた車内は静まり返る。私はどうしたいのだろう。私が、辞めると、周りはどう思うのだろう。
「今日は駅まで送っていくから、帰って休みなさい」
 そう言ってエンジンを掛ける。いつの間にか、灰色の雲が空を覆っていた。


 家に着き、母に病院に行ったことを話す。保険証を借りる際に、用途に関しては説明をし、足についても話していたので、大変だったねと言われ抱きしめられた。明日からは母が送迎をしてくれることになったが、丁度仕事から帰ってきた父に怒られる。
「足が痛い程度で何を言っているんだ」
「大げさに言って、歩けているじゃないか」
「送迎なんてしなくていい」
 この痛みを味わったことすらないのに、なぜ言い切れるのか、なぜ好き勝手言えるのか。しかし、ここで反論をしても理不尽に怒鳴られて、それこそ足が全く動かなくなってまた文句を言われる。
「ごめんなさい」
 どうして謝らなければならないのだろう。なにも悪いことはしていないのに。存在が悪なのだろうか。どうして私は我慢しなかったんだろう。
 お風呂に入り、病院で教えてもらったマッサージをすると、母が部屋に入ってきた。布団の上に座る私に近づき、温かい手が、私の髪を触れた。
「さっきのことだけれど、お父さんには送迎に関してはわかってもらったから、病院も連れて行くからね」
 小さな子供を撫でるように、頭を撫でられる。優しい、母が好きだ。だけど、子供だと判断をさせてくれない母が好きではない。いつか、わかるだろうか。母の気持ちを。



 怒涛の一日を終えて、非日常が始まる。部活の前には先生からの報告があり、全体に現在の症状と、別メニューで様子を見ていくことが伝えられた。組んで筋トレなどをするときには、大丈夫かどうか確かめられるが、常に痛いので、痛みが強いか弱いかでしか判断ができない。気を遣われることにすらも困ってしまう。練習のメニューは前半と後半に分かれていて、前半は基礎トレーニング、後半は演技に入っていく。後半のメニューは完全に参加することができないので、前半のメニューだけを終えて、帰りの支度をする。今日は松葉杖を取りに行くのだ。
「お先に失礼します」
 荷物を持ってゆっくり、ときどき休みながら母の待つ駐車場まで歩いていく。どうして痛みや病気などは、自覚をしたり認めると更に酷くなったりするのだろう。いっそのこと、足がなければ諦めがつくのだろうか。でも、それは他の人に失礼なんじゃないのだろうか。立ち止まりそうになる。目の前がだんだんぼやけて行くのがわかる。踊っていたかったのだろうか。疑問ばかりだ。自分の気持ちもちゃんとわからない。なんとか歩き続けて、駐車場に着くと母が気が付いたのか、車を私の前まで移動してくれた。車に乗り込み、深く息を吐く。
「痛そうね、足」
「そうみたいだねー」
 辛い。言葉は声にせずに飲み込んだ。泣かぬよう目を閉じる。真っ暗な世界に身を任せて、振動に揺れていた。
 それから生活は一変した。松葉杖は意外に重く、動きにくい。しかし、足が痛いので、支えとして頼らないと、前に進むこともできない。車椅子にしてしまえば楽なのだが、校舎が四階建てだがエレベーターがない。教室は二階にあるので、車椅子が使えないのだ。朝と部活後は父に文句を言われながらも送迎をしてくれている。痛いと思ったあの時に病院に行っていれば、もう少しどうにかなったのかもしれない。そんなことを考えるも、痛みは引かないし、大人しくしているしかない。いつもであれば休み時間は、友達と話したり、教室を跨いで別の教室の友人と遊んだりするが、そんな気力もなく、窓の外をぼうっと見ている。高校生活一年目の六月が終わる。教室の窓の外の見慣れた景色は、突然降り始めた雨によって、霞んでしまった。



 そんな日々が続き、三カ月が過ぎたころだった。
 母が迎えに来ない。電話にも繋がらない。そんな日もあるだろうと、松葉杖を駆使して家路につく。バスの中、人ごみの中、松葉杖が珍しいのだろうか。すれ違う人が、皆、振り返っていく。見世物になったような気分だ。なんとなく、人通りの少ない道を選んでしまう。やっとの思いで家に着くと、家の庭には車がなかった。つまり、母は家にいないということである。カギは持ってすらいない。縁側に座り、一人空を見上げた。雲が広がっていて少しの拍子で雨が降り出しそうである。風邪を引くのは嫌だなぁと思うけれど、窓を割って家に入るのは怒られそうなので、大人しくしているほかに方法はない。
「んー……」
 腕を上げて伸びをすると、背骨がパキパキパキッと鳴った。電話にも出ず、折り返しもなく、母はどこに行ってしまったのだろうか。十月のまだ本格的に寒くなる前でよかったなと、ぼうっと庭を見つめる。結局、何度病院に通ってもよくはならないまま。痛みが緩和したりすることもなく。周りには、足が痛いのかすら疑われるレベルだ。痛みは私にしかわからないので、他人に共感してもらうことすらできない。痛みを分け与えることができるなら、共有することができるなら、周りの全員に味わってもらいたいくらいだ。
「技術がもっと発展すればいいのに……」
 呟いても誰かに届くこともなく、空気に溶けていく。少し、疲れてしまったかもしれない。軽く、目を閉じて母を待つことにした。
 いつの間にか、眠ってしまったようで、タイヤが砂利を踏む音で目が覚めた。見慣れた車のエンジンが切られ、母が運転席から降りてきた。
「なにしてるのよ」
 後部座席から荷物を取り出しつつ、母が問いかける。
「連絡がつかないから待ってた」
 目が合わない。私を見ないようにしている気がする。
「どうして、お迎えにきてくれなかったの?」
「毎日お迎えに、一ヵ月に一回の病院に、疲れたのよ……」
 そう言って、一度もこちらを見ない母のことを、追いかけることもできずに、縁側に座り込む。荷物を代わりに持ってあげることもできない。逆に、迷惑ばかりをかけている。なんなら私がお荷物だ。親が希望した第一志望校も落ちたうえで、新体操を頑張るから通っていると思われているのに、それすらもできていない。何も価値がない。
「いらないよねぇ……」
 雲の切れ間から月が出ている。いつの間にか、あたりは闇に包まれたようだった。


「いつまでそうやっているの?」
 翌日の教官室。ちょっと話があると呼ばれてのことだった。いつまで……? そんなことは私が一番知りたいのだが。もしかして、一緒に病院に行ったのは別の人だったのではないかと思わず疑ってしまう。
「そうですね……」
「応援すること、マネージャーのような立場に価値を見出しているようだけど、それは必要ない」
 踊ることでしか、価値はない。そう訴えるかのように大きな瞳は、私を見据える。言いたいことはわかる、が昨日の夜のこともあるので、なかなか追いつめられている気持ちになる。続けていくのか、辞めるのか。元々、やりたくなかったのだから、辞めてもいいでは? という思いとはどこか別に、家でも居場所を失ったのに、ここでも失うのかという考えが頭をよぎる。私は、足が動かないだけで、こんなにも価値を失うのだ。最初に選択権を与えてくれなかった癖に、どうしてこんな時には大人は、選択権を与えてくるのだろう。いや、半ば脅しのようなものだろう。必要ないとまでいわれているのだから。考えることは冷静にできているはずなのに、心がどんどん焦っていく。母の「疲れた」という言葉が、頭の中で何度も何度も木霊するのだ。冷静に考えたいのに、私を見つめる瞳は恐怖の対象になっていき、思考が呑まれていく。足のこともあるうえで、焦って考えてはけないと頭ではわかっているのに、心が追いついてくれない。気持ちが諦めていく。
 もう、疲れた。
 辞めることが最善なのだろうか。
 ここも失うの? 失うことを考えるのも嫌だ。
 中途半端で辞めて、この先どうしようか。
 痛いと思うことも疲れてしまった。痛みを認識しなければいいんじゃないかな。そうだ、そうすればいい。そうすれば、居場所がある。自分の体のことはもう、考えないようにしよう。そうしたら、母を疲れさせることもない。これ以上、居場所を失うこともない。
「……明日から、練習に、戻ります」
「そう、わかった。話は以上だから、今日は帰って、明日からまたよろしく」
 先生はすぐに机に向かい、部活の準備を始める。
「ありがとうございました、失礼します」
 教官室を出て、荷物を背負う。スマートフォンを出して、母に、今日は歩いて帰ります、とメールを送った。松葉杖にいつものように両手をかけたが、これももう必要がない。痛いことなど、これが通常なのだ。痛くないのだ。空を見上げる。今日はこんなに暗かったかな。晴れていたような気がしたのだけど。


 松葉杖を置いて登校をすると、クラスメイト達が話かけてきた。
「松葉杖止めたんだ〜」
「うん、やめたー」
 原因を聞かれたけれど、病院がなんの意味もないみたいだから、と伝えると、納得しているのかしていないのか、それ以上は聞いてくる人はいなかった。実はさほど興味もないのだと思う。昨日は帰宅してから、母にも病院にはもう行かないことを伝えると、心配をしつつも、安堵した表情をしていた。父にも、同じように伝えると、無表情に、そうか、とだけ言われた。父は気に食わないことがあると怒鳴る人なので、怒鳴られなかっただけましなのだ。
 授業を終えて部室に行き、先輩たちにも今日から通常通りに練習に参加することだけを告げて部室を出る。これでいいのだろう、と言い聞かせながら。



 痛みを認識しない、とは便利なもので三年生が引退して、ますます酷くなった無視も、同級生のお陰でくらう巻き添えも、どうでもよくなった。
 ある大会後には同級生が、移動中にこっそりお菓子を口にしていた。いけないことじゃないの? と同級生を止めるも、皆やっていることだからと笑顔で口にした。案の定、先生には匂いでバレ、同級生は軽くやめなさいと怒られたが、帰りのバスに乗る瞬間に先生は私を振り返り、胸倉を掴んだ。
「どうして止めないんだ、この馬鹿が」
 耳元で放たれた言葉は、それは心無いもので、止めたのか、を確認するのならまだわかるが、先生の中で私が止めないから悪いに変換されているのだ。どう考えたって、胸倉を掴む相手が違うだろう。
「すみません」
 これが、この部活での当たり前なのだ。考えないほうがいい。そのほうが傷がつかない。
 そういったことは度々あって、先生の考えが伝播していくように、部活内の当たり前が新しくできていった。毎日朝練をしていても、朝練をあの人だけしないと報告されることも、同級生に「それはだめなのではないか」と忠告をして、私だけが先生に怒鳴られても。謂れのないことで先輩、同級生から糾弾をされても、考えなければ異常だと気が付かないで済む。
 だが、不便さもあった。考えないようにすると、身体について気が付くことができないのである。指摘されて気が付くと、足の裏が避けて血だまりを作っていた。頭から顔にかけて手具が皮膚を削っても、演技を続けると流石に止められた。食べることすら、忘れるようになった。日々を無視するかのように送っていたが、二年生の六月に限界はきたみたいだった。
 練習中に急に立っていられず、座り込んだ。世界が回る。言葉通り、視界がぐるぐると歪むのだ。先輩たちが慌てて駆け寄り、風通しのいい場所まで移動をすると幾分か楽になる。
「少しここで休んでいていいよ」
「ありがとうございます」
 お言葉に甘えよう。ぼうっと外を見ていると、視界がまた揺れる。目を閉じても、暗闇なのにぐるぐると回されているかのような錯覚を感じる。それでも、目を開けて色彩が混ざり合うよりはマシなので、目を強く閉じた。
「大丈夫?」
 先輩に声をかけられて身体が小さく跳ねる。声をかけられたほうを見ると、思ったよりも近くで、さらに驚いてしまった。
「え、大丈夫じゃ、ないですか?」
 そう答えるも、体に力が入らない。
「何回か声をかけたんだけど」
 そうなんですね、と声を出したいところだが、とてつもなく気持ち悪いのと、再び眩暈が戻ってきて、最早なにがなんだかわからない。うーん、良くないかもしれない。そうこうしているうちに、バタバタと周りが騒ぎ出す。人が集まってくのがわかるが、今の私にとって対応は難しいのではないだろうか。少し、頼むから少し静かにしてほしいと思うのはわがままなんだろうか。
 ハッとして目が覚めると、真っ白な天井と、点滴が目の端に見えた。右を向いて、点滴の行く末を目で辿ると、どうやら私の腕に繋がっているらしい。腕を少し動かすと、服も変わっているようで、見慣れない色の袖が出てきた。病院なのはわかるが、ここはどこなのだろう。どうしたらいいのだろうか。病室は個室のようで、見渡したそのとき、扉が開いた。
「起きたのね」
 入ってきたのは母だった。
「具合はどう?」
「気持ち悪くはないみたい」
 あれだけ回っていた世界も今は落ち着いていて、眩暈も消えていた。
「練習中に倒れたんですって。お医者さんからは採血ができないほど脱水してたって」
 ベットのそばに寄ってきて、母が椅子に座る。水は飲んでいたはずなのだが、どうやら足りなかったらしい。
「看護師さんに起きたこと伝えてくるわ」
 椅子から立ち上がり病室から母は出ていく。
 ナースコールというものがあるんじゃないんだっけ……。母とは一年生の十月、「疲れた」と吐露したあの日からなんとなく気まずい。親子なのに、元の戻り方もわからない。もっと、母にとって価値のある人間だったらこんなことにはならなかったのだろうか。迷惑をかけずにいれば。母が戻ってきて、無言が続く。いっそのこと、いなくなろうか。でも、どうやっていなくなればいいんだろう。想像が働かないあたり、自身のことを子供だなと思う。この人たちは、どうやって大人になったのだろうか。真っ白な天井を見つめる。手を伸ばしてみても、届かない。



 急に倒れた身体は、疲れていること、無理していることを察知したのか、熱を出し始めた。医者には脱水と熱中症以外には問題がないことを告げられて病院を出たけれど、身体はよしとしなかったようで、四十度近くの熱を出し続けてもう三日になる。食欲もない。けれど、もう昼の十二時過ぎ。薬を飲んで水分は摂らなければ。酷く重い身体を起こして、リビングへ向かう。部屋は二階なので階段を降りなければならないのだが、こんなときだからか足も激痛を放つ。無視をしろ、思い込め。これは、痛みではない。そう心の中で言い聞かせながら、リビングに着くと誰もいなかった。母も買い物に出ているのだろうか。買い物に出る前には、庭の花や木を整えていたのか、園芸用の鋏がテーブルに置いてあった。ちょうどいい、テーピングをするのに持っていこう。鋏を探す気力もなかったんだ。冷蔵庫から出したスポーツドリンクと鋏を手に持ち、自室に帰る。コップに開けて薬と朋に飲んで、一息つくと布団に突っ伏した。もうひと眠り、しても怒られはしないだろう。そんな理不尽、ないと信じたい。
 ガンッ、と扉が大きな音を立てて開いた反動で、目が覚めた。
「お前はなにをやっているんだ!」
 急な怒鳴り声が、部屋中に響き渡る。ものすごい剣幕で詰め寄る父に身体を起こして目を向けると、どうやら私にお怒りのようだ。父は、些細なことでよく怒鳴る。例えば、布団が三つ折りじゃなくて二つおりだったとき。お風呂のお湯がいつもよりも少なくなっていた時。自分のルールがあり、それが脅かされることが不愉快で堪らないのだ。
「なにをしてる、って、熱が」
「そんなことを言っているんじゃない!」
 さて、今度はどんな理不尽だろうか。母はリビングで知らないふりをしているのだろうか。気持ちはわかる。疲れているところに、こんな理不尽に巻き込まれたくないよなぁ。私も元気なら、逃げ出したいくらいだ。
「ごみ捨てをしていないじゃないか!」
 ごみ捨て……。確かに私の係だが、直近のごみ捨ては昨日。四十度の熱を出していて、意識も朦朧としている。今だって、その大声で頭がガンガンしているくらいだというのに、熱はそんなことと言い、ごみ捨てのほうが重要だという。私はそれ以下ということなのか、と思うとだんだん笑えてきた。
「ごめんなさい」
 とりあえず謝るものの、父は留まることを知らない。どんどんヒートアップをしていき、関係のない話まで飛躍をしていく。
「仕事はな、責任をもってやらないとな!」
 人間なので、責任があっても熱を出す人もいるのではないかな。考えを口に出すと、薪をくべてしまうので、冷静に対処をしていこう。
「ゴミ出しができなかったのは、ごめんなさい。お父さんも知っていると思うけれど、熱を出していて動けませんでした」
「じゃあ、死ねばいい」
 ……どうしてその答えにたどり着くのか。父の会社では、熱が出た人は殺されでもしているのだろうか。
「死ねばいいって、代わりに出すとか、そういう気持ちはないの……?」
 売り言葉に買い言葉をしてはいけないのもわかっているけれど、生憎こちらも頭が回っているわけではない。疑問が口から零れ出てしまうのだ。
「役に立たないやつは死んだほうがいいだろう」
 やはり、父の会社は殺人でも行われているんじゃないだろうか。あまりの言葉に力が抜けて、よろける。手が園芸用の鋏に触れた。死んだら満足するのだろうか。何度も言う。疲れたんだ。足が痛いことも、価値がないと考えていることも、怒鳴られることも、倒れることも。全部全部全部。
「熱が四十度出て、ゴミ出しもできないような人間は死ねばいいんだね」
 これはきっと、きっかけに過ぎない。布団を剥ぎ取り、鋏を握りこむ。勢いよく、自身の右の太ももに突き立てた。必死だった。息も忘れるくらいに。こんな、価値のない足も私自身も要らないと。あっけなく筋肉で止まり、深さ一センチくらいしか刺さらなかっただろう。鋏は手から滑り落ちて、赤い肉と白い粒がこちらを覗く。じんとした痛みを感じた瞬間、ぽかりと開いた穴から、赤黒い血が流れ出た。あ、そんなに流れないんだなと考えたところで、父の平手打ちが飛んできた。左頬ではバチンッと派手な音が弾け、手に持っていた鋏を奪い取られる。
「なにをしてんだっ!」
 こんなんじゃ病院にも行けない、と呟く父を横目に、内心、ざまあみろと思った。死んでしまえと言ったのはそちらだ。その行動を言葉通りに少し実行しただけだ。刺したショックか、叩かれたショックか、はたまた熱からか、息を吸い込むことすら苦しくなってく。もう全て真っ暗だ。どうするかな、という父の大声も遠くなっていく。刺す瞬間、躊躇わなければよかった。ごめんね、首を刺さなくて。中途半端で。
 病院では三針縫った。私は、父が鋏が落ちて刺さったという言い訳を、そうなんだ、と他人事のように聞いていた。縫われていく足。目を逸らす父。怪訝な顔をする医師。明日、先生にも言わなきゃなと考える余裕があるのは、もう、いなくなってもいいんだと安心しているからなのだろうか。


 結局学校に行けるようになったのは、倒れてから一週間が経ってからだった。また、送迎が始まり、母の運転で学校に向かう。縫った場所は痣にもなっていて、ガーゼが張られている。車の中で、母が先生には説明しておくと言われた。
「私、動けるのかな」
「動けなくても、自業自得でしょう」
 確かにー、足を刺したのは私だから、自業自得だなぁ。運転中のため母がどんな顔をしているか後部座席からはわからない。言葉から伝わるのは、呆れと怒り。顔は見ないほうがいいんだろうな。
 学校につき、母も一緒に降りて、何も言わずに別れると私は教室に向かった。今日は、何を言われるのだろうか。授業を淡々と受け、学校が終わっていく。最後のホームルーム後に、担任の先生から顧問が職員室に呼んでいると言われたので、挨拶をしてから、教室を出ようとした時だった。
「お前、大丈夫か」
 担任の先生の声に思わず振り返る。バレー部の顧問であり、うちの父とは対極的な柔らかい雰囲気を持っているものの、初老に見えないほど身体はガッチリとしており、その声は体育館に響き渡るほどよく通る。白髪まじりの髪の毛が唯一、年齢にマッチしていた。
「なにが、ですか」
 じっと見据える先生の目が、少し歪む。まるで、可哀そうなものでも見るかのように。
「家でも、いろいろあるんだろ。足も大丈夫なのか」
「足に関しては自業自得です。親にもそう言われています」
 今更、なんだというのだろう。今まで、静観してきた先生がここで口を出してきてなにになるというのか。誰も私を見ていない。それらが、態度に現れてきているじゃないか。
「あまり、思いつめるなよ」
 思いつめさせているのは、貴方たち、大人じゃないか。
「……顧問のところに行きます。失礼します」
 足が痛い、傷が痛い、身体が痛い。ずっとずっと痛い。引きずるようにして、職員室に向かう。職員室は教室と同じ二階にあるのですぐに着くはずなのに、気が重いからか、痛いからか、遠く感じて、立ち止まりそうになる。それでも、進もうとする身体と、この場から全て投げ出してしまいたい心と。ねえ、本当に私はどうしたいんだろう。頑張りたいのかな、だから進むのかな。でもきっと、頑張りたいことに向き合うと辛くなるんだ。だから、考えるのはよそう。
 そびえ立つ、職員室のドアをノックし、顧問の先生を呼ぶと、明らかに不機嫌そうな顔をして、職員室を出てきた。すぐ横にある階段の横の廊下で先生は口を開いた。
「お母様から聞いたけど、足を刺したんだって」
「はい、刺しました」
 私の顔と、ガーゼの貼ってある右足の太ももを交互に見ると、深いため息を吐いた。
「どうして刺したの」
「父と口論になったので」
 先生の疑問に対して淡々と答えていくも、顔を曇らせていくばかりで、本当に聞きたいことなどもわかりもしない。
「悪いと思っていないの」
 その質問は、思いもしなかったな。悪いと思っているか、なんて、答えは決まっている。思ってなんかいない。何故、私が全て悪くなくてはいけないのだ。私は別に、人のことを刺したわけでもない。どうしてこの人はこうも、私を悪くしたがるのだろう。いつだってそう。この二年間、部活で起こったことは大体私のせい。先輩に無視をされることだって、私の意識が低いから。同級生の代わりに胸倉を掴まれるのも、糾弾にあうのも私が悪いことの中心にいるから。二年になってできた後輩にも、それらが伝播していることに気が付かないのか。教師ってなんなのだろう。教え導くことってなんなのだろう。じっと先生を見据えると、私が無言でいるからか、イライラしているのがわかる。
「悪いと思っているのか聞いているんだけど」
 先生の綺麗な顔が酷く歪む。ここまできて、話を聞いてくれる様子もない。いや、恐らく最初からなかった。あるのであれば、こんなところで立ち話をするはずなんかない。きっと、なにを答えたとして、この人は納得なんかしない。感情で動いているのだから、どの道、ぶちまけられて終わる。
「すみませんでした」
「ちゃんと答えろ」
「悪いと思っています」
 ——瞬間、傷をめがけて足が飛んできた。咄嗟のことに反応が出来ず、まともに足が当たりよろける。ああ、それで広い場所を選んだのかと冷静に分析する脳と、蹴られた! と驚き鼓動が早くなる心臓とで、感情がぐちゃぐちゃになる。落ち着け、落ち着いて。息をしっかりしろ、泣くな。慣れろ。二発目が来るかもしれないと、切り替わる思考と、未だ速い鼓動。よろけたものの、踏ん張ることができた。冷静になればなるほど、分析をして脳が考えようとする。駄目だ、ここでは考えてはいけない。どうして、と縋るな、理由を欲しがるな。
「大事な足を刺す奴が」
 やめろ、考えるな。どうして蹴るのとか、どうして怒鳴るのとか。
「悪いと思っているわけないだろ!」
 どうして決めつけるのとか、どうして話を聞いてくれないのとか、考えれば考えるだけ溢れて、理解のできない理由に、心が壊れていくのだから。壊れていくことを認めなくてはいけないのだから。
「どうせ、なにも考えていないんだろう!」
 反論を考えても、通用がしないんだ。この人にとっては足を刺したことが事実で、経緯なんて考えてもいない。今、目の前にある感情を出しているのだから。
「周りに迷惑をかけて、ちゃんと考えろよ!」
 考えてはいけない。思ってはいけない。そうだ、忘れるな。私は、いつでもいなくなれるんだ。具体的な方法なんかわからないのに、それだけで思考がピタリと止む。そうだ、最終的にはいなくなればいい。
「本当にすみませんでした。皆にも謝って練習にもちゃんと出ます」
 安心を得たからか、心臓も落ち着いた。理解のできないことも、納得のできないことも、もう考えなくていい。最後には全てなくなるのだから。先生の言葉はぼんやりとしか聞こえない。薄暗い廊下が、先生の後方に続いていて、先生込みで背景のように見えて、ただただ、眺めていた。そういや、もう梅雨が明けたらしい。どうりで暑いわけだ。休んでいる間に七月になったのを忘れていた。



 非日常はいつの間にか、日常になって、理不尽は当たり前になった。相も変わらず、息がしづらい小さな世界で、のらりくらりと過ごしていた。傷はすっかり塞がって、寒い日には少し肉がつっぱるくらいだ。幸いにも、傷は開くこともなく過ごすことができたが、部活のメンバーの態度はそれは厳しいもので、関係は良好ともいえなかった。けれど、三年生になり部活の引退が近づいている。もうすぐ、この人たちともお別れだ。進級するのに伴って、進路についても本格的になっていたが、考えもしてなかったので、希望を聞かれても答えることもできずにいた。期末考査が終わり、夏休みの前には三者面談を行うと言う。先生は二年生から変わらないので、成績は全て把握をされている。面談日が割り振られた表を見て、教室が騒めき出すが、そもそも親が来るかもわからない、自身の考えもないものに、なんの感想も出てこない。クラスの人数は十七人。日程は五日間。私は二日目の最後に設定されていた。
 明日から、クラスで三者面談が始まると、教室の中がそわそわしている。ホームルームも終わり、荷物をもってクラスを出ようとした時、先生から、応接室に行ってろと鍵を渡された。
「あの、部活が」
「顧問の先生にはすでに話してあるから、行ってなさい」
 なんだというのだ。わかりました、と伝え応接室に向かう。昇降口に近い階段のすぐ傍に用意されている応接室は四部屋あり、番号が振られている。鍵を見ると②と書かれていたので、手前側、左の扉に鍵をさした。日当たりがいいからか、光が部屋の中を溢れており、若干暑さを感じるくらいだ。勝手だが、窓を開けさせていただく。一年前のこの時期は丁度足を刺して蹴られた後くらいか。気を抜くと、様々なことに関してどうしてと考えそうになるのを必死に止める。風を浴びながら、別のことを考えようとするもなかなか上手く切り替わらない。あの日のことなんか、思い出すのではなかった。もういっその事、このまま帰ってやろうか。私は話すことはなにもない。
「待たせて悪かった」
 後ろから、声がかかり振り向くと、まったく申し訳なさそうな顔もせずに謝る先生に、なんだか少しおかしくなる。本当に思っているなら、少しは顔に出してほしいものだ。
「そんなに待っていません」
 先生は向かいのソファに座り、窓の外を見る。
「今日は暑いな、風がちょうどいい」
「窓は締めずでいいですか?」
「ああ」
 さて、先生が話そうとした瞬間、風が吹き荒れる。
「進路は決まっているのか?」
「どうでしょうね」
「進学と就職ではどちらにするんだ?」
「どちらでもいいです、困らないほうで」
 先生の眉間にしわが寄っていく。こんな面倒くさい生徒のお世話お連れ様です。申し訳ないけれど、考えてもないことに答えることはできない。先生は、深いため息をついてもう一度向き直ると、再度言葉を放つ。
「どうしてそんなに他人事に装うんだ?」
「それ、は」
 他人事にヨソオウ? それは、意思を出しても意味がないからで、どうしてと考えるからで
「生気のない顔で、辛そうな顔して、どうしてそうなった」
「え」
 すごく、踏み込んでくる。待って、こんなに聞くために質問されたのも、この三年間では初めてで、顧問の先生は言葉を紡げば決めつけで叩きのめしてくるのだけれど、待って、先生は? 駄目だって、考えるなって。話題を逸らしたいのに、考えようとしてしまう。希望とは厄介だ。縋りたくなる。希望はないって、この先はないんだから。
「去年も聞いたろ、大丈夫かって」
 思いつめるなよ、そう先生は去年口にした。ほら、あの日のことなんか忘れていればよかった。
「あの日」
 優しさは残酷だ。
「泣きそうな顔してたろ」
 見たくないものを見せるから。
「そんな、顔を、してましたか」
「今だってしてるだろ」
 やめてくれよ、立ち上がれなくなる。認めるのか、認めないのか。風に乗って緑のカーテンが揺れている。その度に、心が騒めく。窓の向こうにふと、目線を逸らすと、陸上部がトラックを走っていた。
「認めたくも弱くもなりたくないんです、もう」
 いま、立てているのは認めないお陰。振り向かないことで、自分を維持できているから。他人事にすることで、自分を遠くに置くことで、身体は傷ついても心が守れるから。
「認めることで、前にも進めるだろ」
 前に進む? 進んでもいいかわからないのに。自分から進んでしたことは怒られてきた、無視をされてきた、否定をされてきたのに、前に進めと言う。
「否定をされてもですか」
「ああ」
「意見を無視されてもですか」
「そうだ」
「理不尽な扱いをされてもですか」
「残念ながら、社会ではそういったことはよくある」
「大人になんか、なりたくない……」
 いなくなりたい。言葉も声も消え入りそうになる。風は止んでいた。
「十七歳にもうすぐなるだろ。そんな人生の四分の一も生きてないやつが決めつけるのは、まだ早い」
「何年も生きた父には死ねと言われました。同じ大人になりたくない」
「同じ、大人にならなければいい。その分、人に優しくなれ」
 どうやってなればいいんだよ、そんなもの。
「ここを離れて、親を離れて外を見ろ。いろんな人がいる。まだ、少ない人にしか出会ってない」
「綺麗ごとばかり、聞きたくないです! 誰も、話を聞こうとなんかしてくれなかった」
 全て、決めつけられて、弁解の余地もなかった。
「足は痛くて、それでも価値を見出せと言われているようだった!」
 違うよね、辞めてしまったらどうしたらいいかわからないから、自分の価値をそこに持って行った。
「お母さんにも迷惑を掛けたくなかった」
 お母さんから見放されることが怖かった。苦しかった。
「でも、お父さんには死ねと言われる」
 誰も生きていていいとも言ってくれるのに、死に方も教えてくれない。
「首は、刺せなかった」
 死ぬことが怖かった。だから、目を瞑った。もう、傷つきたくないから。
「顧問には最終的に、傷を蹴られた、話をする前に」
 理解できないと思った。考えたら、苦しくなる一方だと思った。
「もう、どうすればいいのかわからない」
 わからないことばかりだ。後から後悔して苦しくなる。事が起こってからでも、話をすればよかった? どうしたらいいのかわからないよって、聞けばよかったの?
 もうそれ以上は言葉にならなかった。涙が溢れて止まらなくて、言葉の代わりに嗚咽が漏れる。
「酷い、大人たちだな」
 でも、きっと、私も酷い。向き合うことを恐れて、話をすることもしなかったから。
「だから」
 ぐちゃぐちゃになった顔を上げて、先生の顔を見ると、真剣な眼差しで、こちらを真っ直ぐに見ていた。かと思いきや、頭を下げる。
「大人代表として言わせてもらう。申し訳なかった」
 大人が、子供に頭を下げることを私は知らない。突然の行動に、涙も引っ込む。
「ちゃんと三者面談で伝えよう。顧問については、私からも注意する」
 頭を上げてまた、真っ直ぐに向き合う。
「でも、もう卒業するので」
「大人のせいで、自分を壊す子供を増やしちゃいかんだろ」
 教師だからな。そう続けて言う先生は、笑っていて、つられてへにゃりと笑う。
「ねぇ、先生。私生きててもいいかな」
「それを聞くということは、生きたいということだろ」
 いや、まあ、そうなんですが。
「生きてていいぞ」
 優しい風が吹き込んでくる。ちょうど、夕日が差し込んで、応接室が赤く煌めいていた。



 三者面談の当日。教室の皆と同じようにそわそわしていた。時間は母に伝えてある。来るの? と聞くと行かなきゃでしょ、と返ってきたので、来るのだろう。あれから、時間はないけれど、自分がどうしたいのかを考えてみた。進学をしたいとは思う。まだ、社会に飛び込む勇気はないし、もっと他の人の考えを知りたい。しかし、これいって趣味はない。なので、自分自身と向き合うことと、大学探しから始まる。大変だと思うけれど、わくわくもしていた。自分で自分のことを決める。将来のために。授業を全て終えて、教室で本を読みながら待っていると、スマホが震えた。母が着いたという報告だった。時間も丁度五分前。来客口まで迎えに行く。少し、強張っている母を見ると、母も緊張しているのかもしれない。そう思うと途端に鼓動が早くなってくる。先生は何を伝えるのだろう。
 応接室に向かうと、既に先生は準備しており、ソファに腰かけていた。こちらに気が付くと、優しく笑いかけてくれる。中に入り、向かい側のソファに失礼しますと声をかけて座ると、なんだか変な感じがした。緊張をしているのだろう。自分の気持ちと改めて向き合って、自分の意思を伝えるためにも、ここにいる。なんだか恥ずかしいような、浮足立つような気持が落ち着かない。先生の、今日はご足労頂きましてという、典型的な挨拶から始まる。それに対して、母は笑顔で返し、世間話を軽くすると、それでは本題ですが、と先生が口火を切っていく。私は、先生の手元をじっと見ていた。
「成績は問題ないです、部活も真剣に頑張っていて、大会でも成績を残しています。本人が望むのであれば、指定校推薦だって受けることもできますよ」
「あら、そんなに成績がよかったんですね。なにぶん、家ではあまり学校でのことなど教えてくれないので」
「今は思春期でもありますしね。ただ」
 先生が、言葉を止めて、姿勢を正して母をまっすぐと見据えた。私なのか母なのか。すっと息を吸う音が聞こえた。
「十七歳というのは、非常に危ういです。心が、大人にも子供にもなりきれていない。だからこそ、私たち大人がちゃんと見てあげなければいけません」
 そんな言葉がまさか出てくるとは思わず、涙が溢れそうになる。
「本人も悩んでいて、話しづらいこともあるでしょう。だから、ちゃんと話をして聞いてあげてください」
 じんわりと温かいものが胸を包んでいく。母はなにを思って先生と向かい合っているのだろうか。もしかしたら、なぜそんなことをと怒っているかもしれない。でも、もしかしたら、話してくれるのかもしれない。
「……はい」
 小さな声で母が返事をすると、先生は頷き、今日はありがとうございました、と挨拶をする。
「時間が余っているので、ここで少し休んでから出ても大丈夫ですよ」
 気をきかせてくれたのだろう。では、と挨拶をして先生が応接室を出ていく。母が話してくれるかはわからないが、少し期待してもいいのだろうか。もう一度、味方になってくれるのだろうか。なにから話せばいいのからず、沈黙が続く。だけど、ここで話すことが出来なければ、一生このままかもしれない。
「お母さん」
 母が少し、びくりと身体を揺らす。
「この三年間、迷惑をかけてごめんなさい。お母さんが、味方でいてくれた時、お父さんに文句を言われながらでも、送り迎えをしてくれた時、とても助かったよ」
 母は何も言わずに、顔を背ける。もう、私の言葉は届かないのかもしれないけれど、それでも私は言葉を紡ぐ。
「私は、遠くの大学に行く。ここではもう生きていくのは辛い。嫌な思い出が出来すぎたから……」
 そうだね、辛かった。ずっとずっと、痛かったのは足よりも心だった。相談すればよかった話も全て自分一人で抱え込んで、戦うことも諦めて、自身の気持ちも諦めて。部活だって辞めてしまえばよかった。先生にだって向き合わなかった。決めつけや、価値で判断なんかせずに、もっと自分の気持ちと歩いて行けばよかった。子供一人に判断させたくない、母の気持ちが少しわかる。幼くて、未熟だったんだって今ならわかる。だから、母にもちゃんと話すべきだったんだ。
「今までありがとう。大学に行くまで、迷惑をかけてしまうかもしれないけれど」
「……今まで、辛い思いをさせてごめん、なさい。貴女が、足を刺した日、声が聞こえていたのに、庇うこともできなかった。それどころか、自業自得と言って、抱きしめてあげることもしなかった」
 涙声で、それでも顔を背けたまま、母が向かい合おうとしてくれている。たくさん、話をしよう。お互いに、理解ができないところがあるかもしれない。だからこそ、知るために、思いやるために、話をしよう。
「さあ、帰ろう」
 荷物を持って、応接室を出る。きっかけをくれた先生ありがとう。
「足が、まだ、痛いんだって?」
 先生から聞いたのだろう。母は心配そうにこちらを見るも、潤んだ瞳に、こちらが逆に心配になってしまう。
「うん、でも、軽くなった」
 靴を履き替えて、校舎を出ると、日が落ちかけていて、空が朱色に染まっていた。夏特有の、深い青とはっきりとした朱色が混ざり合って、素直に綺麗だと思えた。
「お母さんは知らないと思うんだけど、私ね、空を見上げることが好きなんだよ」
 深く、息を吸う。
「そうなのね……。貴女は知らないと思うけれど、お母さん、お父さんと離婚しようと思うの」
 それは、そう。
「ええ!」
 びっくりな話だ。そんな素振り……
「だって、愛する子供に死ねなんて言う人と一緒にいられないわ」
 こっそり準備してたのよ、なんて笑うから、更に驚きを隠せない。
「受験が終わったらにしようと思っていたんだけれど、早いほうがいいわね」
 さらりと言う母も空を見上げていて、横顔がとても綺麗だった。
 これから、私たちの日常を作っていこう。空のように、いつも様変わりをするかもしれない。雨の日が続くかもしれない。そしたら、話をしよう。必ず雨は上がるから。



エピローグ

 小さな手を握る。私より少し高めの体温とまだふわふわとした手のひらが握り返してくる。高校を卒業して、自分の選んだ大学の学部に進学をした。あの後の担任の先生は、いろいろ動いてくれて、最後まで助けてくれていた。ずかずかと踏み込んでいっては、手を差し伸べて、拾い上げていくのだ。高校生の時の部活メンバーや友人たちの連絡先は全て消去した。顧問の先生は遠くに行ったらしい。もうきっと、二度と会うことはないだろう。それでも、思いやってくれる友人や、本気でぶつかってくれる仲間に出会うことができた。社会に出てからは、数えきれないほどの経験があって、心を閉ざしたこともあったけれど、それでも助けてくれる人や家族がいて、溢れるほどの幸せに今、囲まれている。きっと皆も、辛いことが多くあるのだと思うけれど、小さなきっかけと優しさが心を救うのだと思う。今では可愛い子供にも恵まれ、忙しい日々を送っているけれど、充実した毎日を過ごしている。母が子供に判断させることの怖さも、十分過ぎるほどに分かったくらいだ。
 たくさん、日常は変わってきた。それこそ、嵐のような日々も、穏やかな日々もあった。泣き続けた日だってある。それでも、話をして歩き続けてきた。話を聞いてくれない人もいて、理解しあうことができない人もいたけれど、今は、話を聞いて、怒ってくれたり、泣いてくれたり、笑ってくれる人がたくさんいる。高校生活の時がなかったら、もしかしたら、日常に溢れる小さな幸せも、人と関わっていくということをわからない子供のまま、大人になっていたのかもしれない。今なら、大人になるために必要な試練だったのかもしれないと割り切ることができる。思い出して辛くなっても、抱きしめて話を聞いてくれる人がいるから。もう、価値に縛られて一人で心を殺していた私はいない。

 ああ、ほら、今日も空が青い。

 全ての出会いと、周りの人々に感謝を。

〈了〉

まずは、あなたをあなたが信じてあげることです。

帰結

篠田良

<新作読み切り・小説>

帰結

 目覚めましたか。
 少女……、ああ、目を覚ました。
 あなたは、自分が今どういう状況で、なぜここにいるのか、理解をしていますか。
 正直わかっていない。
 そうですか。
 君は一体何者だ。
 私がだれかなんて、そんなのは些細なことです。私は今あなたと話をしに来た。それだけで十分でしょう。
 話、私には今なにも話せることがなかった。ここがどこなのか、そして自分が何者なのかすらもおぼろげだ。
 では直前の……、最後の記憶について、何かありませんか。印象深いものでもかまいません。
 ……脳裏をよぎったのは、煌々とした電車のライト。そして、本体がこちらに来る直前。
 嫌なものを思い出させてしまいましたね。
 そうだ、私は、私の力で人生を終わらせようとしていた。事故ではなく、自らの意志を持って、線路に身を投げた。それが私の覚えている最後。
 そうです、あなたは自らの命を終わらせようとした。そして今あなたはこうして私と話をしている。
 ということは、失敗に終わったのか。湧き上がる感情が安堵、なのかそれとも残念、なのか分からない。
 あなたの自殺が成功したか、失敗したかなどというのは些細な話です。私はあなたの話が聞きたい。
 私の処遇は、実は私が一番気にはなっているのだが、どうやらあなたは答えるつもりがないらしいね。……具体的に何を話せばいいのだろう。
 そうですね、ではあなたがなぜあのようなことをしてしまったのか。その動機についてお話しいただけますか。


***

 なぜ、私は自殺を図ったのか。
 あの時のあなたは、仕事帰りでしたね。仕事で何があったのか、話してください。
 そう、あの時は仕事帰りで、あの日は……朝から上司の叱咤激励で始まった。朝7時に、たまった仕事を処理しようと職場に向かうと、すでに上司がいて。
 あなたはどういう感情になりましたか。
 覚えていない。
 一応言っておきますが、私に嘘は通用しません。私はあなたのありのままが知りたい。
 そうはいっても、本当に覚えていない。でも自殺を図ったということは、そういうことなのだと思う。
 本当に感情を覚えていないのですね。では、当日ではなく、ここ最近のあなたについて、もう少し教えていただいてもいいですか。
 ここ最近は……、仕事ができなくて悩んでいた。まあ、私の人生なんて、いつもこんなことの繰り返しである。慣れない自分に辟易とする。
 それは本心ですか。
 それというのは、慣れない自分に辟易している、という部分に対してだろうか。その通り、私は私の能力を一番わかっている。私は人よりも要領が悪い。それを自覚していないから、毎回人と比べて落ち込んでしまう。
 そうなのですね。人と比べて要領が悪いというのは、客観的な事実だと思いますか。
 それはそうだろう。私は人生をもって、私がいかに無能かを思い知らされてきた。ごく当たり前のことができず、そのたびにそれは変であると突きつけられてきた。
 ええ、よく分かります。
 そんな私が人と比べて要領が悪くない、など、私自身が認めたくない。
 認めたくない。
 そう、私は、私自身に私は要領が悪く無能であるといい聞かせることで、自我を保ってきた。だから、それが客観的に認められないということは、私の自我を否定することになる。
 なぜ、そこに自我を求めるのでしょうか。
 人間は、比べる生き物だ。でも私は、これ以上人と比べたくない。ならいっそ、劣等感を最初から持つことで、比べることを回避するのが賢明だと思う。
 あなたの話は面白いです。もう少し深掘りして話を聞いてもいいでしょうか。
 いまなぜこの状況にいるかは分からないが、とりあえず話してみようか。どうせ死にぞこないなのだから。


***

 では続けましょう。先ほどあなたは、人間は比べる生き物だと言いました。それは本当だと思いますか。
 その通りだ。人は他人と比較をする中で自己を確立するのだ。人間とは悲しいことに、そういう生き物なのだ。
 悲しいとは。
 本来であれば、比較などする必要がない、いや、比較はできるだけしない方がいいというのは自明ではないだろうかという意味だ。比較をするということは、劣っている、優れていると人間に優劣をつける行為であるから、本来下品な行為だと思う。
 比較についてそのように考えているのですね。
 ああそうだ。比較は下品だと思うが、人間は比較を行う生き物だと納得することで、自分自身のアイデンティティを確立しているのだ。
 あなたの考えはよく分かりました。ではそのうえで問いましょう。あなたにとって比較は必要だと思いますか。
 質問の意図がよく分からなかった。もう一度的確に伝えてもらえるだろうか。
 いいでしょう。あなたは先ほどから、人間は比較をする生き物だと納得させている。ただその反面、比較は愚かであるとも思っている。これは非常にアンヴィヴァレンスだと思いませんか。なので、あなたにとって比較は必要か、を問いています。
 ……それが人間の本質なのであれば、必要である、が答えだ。
 分かりました。もっと根元を掘り下げていきたいと思います。


***

 根元とは何だろうか。
 そもそもあなたがなぜ、人間は比較する生き物だと思っているかということです。
 それは間違いないと思う。
 例えば。
 例えば学校がそうだ。成績という物差しにおいて、人を比較する。子供のころから誰かと比べられているではないか。
 面白い。続けてください。
 ……では大人になって、社会に出れば変わるかと言われたら、それは違った。いやむしろ、もっと人と比べられて、蹴落とされる。成績が悪ければ落とされ、よければあがめられる。それは、誰かと比較する、という前提のもとで成り立っているではないか。
 ええまさに。
 それが正しいと思うなら、なぜ先ほどのような質問をしたのだろう。今はなした話に共感いただけるなら、何ら疑問など浮かばないはずだが。
 いえ、十分な話が聞けたと思います。私の訊きたい本質に繋がる話が。
 本質。
 あなたは、人間は比較する生き物だといった。本当に人間が無意識のうちに比較をする生き物であるのなら、それに対して何ら疑問を持たないし、わざわざ落とし込もうとしないはずです。ただ、あなたはそれをあなた自身に言い聞かせている。
 何が言いたいのか。
 先ほどあなたは、比較は愚かであると言い、私はその考え方がアンヴィヴァレンスだと言いました。覚えていますか。そのうえで、あなたがなぜ人間は比較する生き物だと思うに至ったか、そこを問うたのです。
 答えになっていない。
 結論、あなたは、人と比較されて、落とされてきた。だから比較するという人間の根源的な行動に、そもそもの疑問を持った。でも、それをどうにもすることができないという現実との間に葛藤している。違いますか。
 ……分からない。
 再度申し上げますが、私に嘘は通用しません。
 いや、本当に分からないのだ。確かにその通りだと思う反面、その言葉に納得できない自分もいる。
 分かりました、では別の角度から話を聞いていきましょう。


***

 別の角度とは。
 話のとっかかりで、仕事ができない自分に悩んでいること、そして、自分自身の人生がそういうものの繰り返しだと仰っていましたが、これについて詳しく教えてください。
 どこから話せばいいだろう。
 どこからでも、話したいように、で構いません。
 では子供のころの話でもしようか。私の子供のころ、それはそれは悲惨だった。頭の中は整理できず、周りとは馴染めなかった。宿題なんか出来やしないし、ノートなんかまともに取ることができない。先生方からも問題児扱いされていた。それでいて、一般的な成績……いわゆる学力は周りと同レベル、いや普通に高いものがあったから、親も含めて扱いに困ったんだと思う。
 叱られたり、比べられたりしましたか。
 叱られた記憶しかないね。なんせ、宿題をやってこない、提出物が出来ない、周りと合わせられないのだから。親からも、先生からもかなり言われた記憶がある。そのころから私は自分自身が劣等な人間だと気づいていた。
 嫌な記憶を思い出させてしまいましたね。
 今更だろう。
 では、仕事を始めてからはどうでしょう。
 仕事を始めてからも、自分が劣等であるということを思い知らされてきた。さっき言った自分の人と比べ劣っている箇所は、いつまでたっても直らず、周囲からの痛い視線が気になるようになった。優しさから直接叱ってくる人もいたし、敢えて言わずに陰で悪口を言っていた、なんて人もいた。それもすべて、自分が劣等種だからに違いない。
 さらに追い打ちをかけて申し訳ありませんが、あなたが列車に飛び込んだのは、上司から叱咤激励、つまりお叱りを受けた日でしたね。
 その通りだ。先ほどは感情が分からなかったが、今はなんとなく整理がついた。あの時、私は私の、悪い箇所を改めて突きつけられて、それで、それで、やっぱり人からもそう見えているのだと。とてつもないショックを覚えた。
 人からもそう見えている。
 自分が劣等感を武器にするのは、それをあえて前面に出すことで、こういう人間だから比較をしないで、とある種周りに強要する行為なのかもしれない。だから、人から改めて、自分が劣等だと突きつけられたときには、強いショックを受ける。
 ……その話は重要です。もう少し訊かせていただいてもいいですか。


***

 重要……。まあいいだろう。で、何を訊きたいのか。
 あなたが、なぜ人からあなた自身の弱みを突きつけられるとショックを受けるのか、についてです。
 それが何か問題なのだろうか。人から蔑まされれば、人は傷つく。当たり前のことのように思う。
 ええ、問題です。あなたは、自分の劣等感を認めることを自我とまで表現した。その本質にかかわります。
 もう少し分かりやすく教えてくれないか。
 あなたは、人から蔑まされることを極度に恐れている。もっと言うと、自分の弱点を見られることを極度に怖がっている。
 その通りだと思う。
 あなたは、劣等感を認め比較をしないよう生きていくことこそ自我だといった。人に比べてほしくないから、自分を認めさらけ出していたはず。それなのに、人から自分の弱点を突きつけられると、ひどく動揺する。これはどういうことでしょう。
 ……確かにその通りだ。私は、分からない。人と比べられるのが嫌だから、その土俵に上げないよう、自分がいかに劣等かを言い聞かせて生きてきた。なのに、なぜ今更人からの指摘で、ここまで追い詰められてしまうのだろう。
 先ほどまでは、比較は下品だと言っていました。でも今度は、人と比べられるのは嫌だと、自分事に落とし込んでいる。いいでしょう。ではなぜ、人と比べられたくないのでしょうか。
 なぜ、比較されたくないか。それは。……分からない。
 私には、何となくわかります。私が勝手に解釈してそれを話していいかはわかりませんが。
 ぜひ訊かせてほしい。
 分かりました。あなたは人からの評価を過度に恐れている。もっと踏み込むと、あなたは自分の評価をすべて人に委ねている。だから、人からの評価に敏感に反応するのではないでしょうか。
 自分の評価を人に委ねている。そんなはずはない。自分が一番無能で劣等だと知っているのは自分なのだから。
 あなたの人生を伺ったところ、そうは思えません。自分を覆い隠すほどの比較を人から浴びてきた結果、あなたは、人からの評価で自分自身を見るようになった。そう思えてならないのです。
 ……分からない。当たり前のことを言っているように聞こえる。
 いいえ、当たり前ではありません。
 なぜそう思うんだ。人が比べる人間である以上、人からの評価に左右されることもまた人間の本質だとは思わないのか。
 いえ、人と比較されて人に影響されること。これ自体は何ら問題に挙げていません。今取り上げているのは、あなたという人間を、あなたが他人にその全てを委ねてしまっていることです。
 すべてをゆだねている。
 あなたは、比べられることが嫌になるほど他人の悪意の目に晒されてきたかと思います。結果、あなたは自分が間違っていると考えるようになった。違いますか。
 その言葉は受け入れられない。自分が間違っているというのは、先ほども伝えた通り自明なのだ。自明なものに理由付けなどいらない。
 分かりました。ではその点についてもう少し。


***

 もう少し詳しくといっても、先ほどこの点については話したはずだろう。
 また少し別の角度からお聞きします。そもそも、無能だとか、劣等というものは、何を基準としたものなのでしょうか。
 基準。そんなもの、分からない。
 なぜ分からないのでしょう。
 私自身、私を無能、劣等と呼ぶ根拠については散々話してきたつもりだ。それを言葉で定義づける必要がどこにある。おそらく多くの人がこの話を聞いたときに無能だと感じる。それで十分ではないか。
 いえ、基準は重要です。とても。
 ……いいだろう。人にできることができない。総評すると、これではないか。
 あなたの周りには、できる人が多かったのですね。
 そんなことはないだろう。私ができないことの多くは、ほとんどの人間が普通にできることなのだから。
 普通。普通とは何なのでしょう。
 先ほどから何が言いたい。言葉の定義など私には説明ができない。
 何か誤解をされているようですが、私が聞いているのは定義ではありません。あくまであなたの中にある……あなたが考えるその言葉の意味や基準です。
 私の中にある意味や基準。そのようなもの、考えたことがなかった。ずっと私は無能で、普通ではないから。そう思って生きてきたから、それが当たり前だと信じて疑ってこなかった。
 そこです、着地点は。
 着地点。
 あなたは、人と違うということをずっと感じて生きてきた。そして、そのようなあなたが劣等だと感じていた。ただ、それにあなたなりの意味を持っていない。
 確かに持っていない。それは今気が付いたことだ。ただ、このことでどのようなことがわかるのだろうか。
 あなたは、自分が無能、劣等であるということを、人から押し付けられてきたのではないですか。だから、信じて疑わない。
 ああ、先ほどから言っている問答が、ようやくわかった。つまりはそういうことか。


***

 分かっていただけましたか。
 ああ分かった。確かに私は、多くの人から奇異の目に晒されてきた。だから、自分が無能だということをさも周知の事実だと信じていた。
 その通りだと思います。そして結果的に、自分という人間を殺し、人からどう見られているかで自分の現在地を考えるようになった。違いますか。
 確かに、人から怒られたり、変な視線を集めたりしないことが私の行動の大前提だ。
 ただ、それでは生きていくうえで見失ってしまうこともあなたは分かっているのではないですか。
 確かに。今までは、自分の行動や思考を他人にすべて委ねているなんて考えたことがなかった。というか、違うと思いたかったのかもしれない。
 違うと思いたかった、とはどういう感情でしょう。
 自分は自分なりに、人とのかかわりの中で、防御をしていると思っていた。自分が無能であることを晒すことで、相手との関係を作ろうとしていた。これは自分の戦術であると。
 確かに、あなたの話を総合するとそのようなことをしていたのがよく分かります。
 ただ、そもそも、無能、という言葉が人から浴びせられてきた言葉だったこと、そして私は、周りが自分をどう捉えているかで人生を歩んできたことを知った。
 ええ、まさに。
 正直とても恐ろしい気分だ。自分が考えていたことと真逆の反応を、自分自身が行っていたのだから。
 気持ちはよく分かります。でも、そこを理解しないと前に進めません。
 前に進む。こんな死にぞこないに前に進んでほしいのか。
 当たり前じゃないですか。
 ……分かった、どうすれば前に進めるのか。


***

 まずは、あなたをあなたが信じてあげることです。
 私を、私が信じる。もっと、具体的に教えてくれないか。
 私から答えを提示することは難しいですが、例えばあなたは、あなたの長所について、どのような考えを持っていますか。
 長所などない。あるとしても、それは社会では通用しないような微々たるものだと考えている。
 ……再度になりますが、私に嘘は通用しません。
 そのようなことを言われても、私には、私の武器となるものを見つけられなかった。だから、無能を晒して生きていることを選んだのだ。
 本当ですか。それは、本心ですか。
 本心だと思う。でなければこのような生き方をしていない。
 ……いいでしょう、例えば、大学時代などは、どのようなことをやっていましたか。
 文章を書く勉強をしていた。
 ちゃんとした文章を書ける人など中々いません。
 それは分かっている。分かっているが、社会では、普通のことができないと自分の武器などあってないようなものなのだ。
 また、普通が出ましたね。
 癖なんだ、許してくれ。
 でも、今の話はとても核心的です。
 何がどう核心的なのか、教えてほしい。
 あなたは、武器がないのではなく、武器を持っていることは自覚している。そして、それが、使えないものだと、これまた周りからの評価をもとに判断しているということです。
 そういうことか。でも、自分の武器を使って生きていける人など一握りだろう。
 確かに、それで確実な成功を収められる人はひと握りかもしれません。でも、そんな絶対的な成功のために武器は使うものなのでしょうか。
 それはそうだろう。成功者は、武器が使えているのだから。
 あなたは極論に走る傾向がありますね。もちろんそれもあなたの長所かもしれませんが、ここではもう少しスケールダウンしたほうがいいかもしれません。
 スケールダウン。
 世の中の人が、身につけた知識や自分の得手を理解して物事をこなすのはある種当然のことということです。それには成功や失敗というものを問いません。
 なるほど、私もそれで勝負をしてみろということか。
 勝負、という二極的な考え方はこれにおいては好ましくはありませんが、不得手に押しつぶされて、得手を放棄する生き方は、とても息苦しくないでしょうか。
 その通りだと思う。その通りだとは思うが、無理だと思う。
 なぜ、無理なのでしょう。
 社会に認められて、生きていくための糧とするためには、人の評価が絶対だから。人が認めてくれないと、成功を収めることができない。
 ついに、本音が出ましたね。


***

 本音、これが私の本音なのだろうか。
 ええ、あなたは認めてほしいのです。あなたの長所や、あなたの存在を。でもあなたの性質上、中々周りから認められてこなかった。
 認められてこなかった。確かにその通りかもしれない。そこは理解できる。
 でも、あなたはあなた自身の長所や、武器はある程度理解しているはずです。それこそ、文章力以外にもたくさん、あるはずでしょう。でもそれを言語化することは躊躇ってしまう。なぜならそれが周りに認められてないからです。
 確かに、私には私にしかないものがあると、実はずっと思っている。でも、それは意味のないものだと押し殺してきた。なぜなら、それは社会では全く意味をなさないものだから、と。そういう生き方で生きるしかないと思っていた。
 あなたの言葉から分かることがあります。……少し残酷かもしれません。
 いいだろう、教えてほしい。
 あなたは、あなたという存在を認めてほしい。でも、認めてくれない周りが、心底憎い。反面、あなたは周りにすべての価値観を委ねてしまっている。これは、非常にアンヴィヴァレンスだと思いませんか。
 …………言葉が出ない。適切な言葉が思い浮かばない。憎い、という言葉が正しいとも思わない、ただ、残念ながら反抗ができない自分がいる。そんなことを思ってない、とは思いたいけど、否定ができない。
 では、前を向きましょう。
 前。こんな人間に前を向けというのか。
 ええ、その通りです。あなたには変わる力がある。
 変わる、とは。
 そもそものあなたの辛さは、人に自分の価値を委ねていることだと思いませんか。
 今までの話を総合すると、そう受け入れるしかない。
 では、先ほど話した、自分を信じてあげるというところから、始めましょう。


***

 自分を、信じる。
 あなたは、あなたを信じるのです。逆に言うと、あなたしかあなたを信じることはできません。
 分からない、自分の何を信じればいいというのか。
 あなたという存在そのものです。あなたが生きていること、得意なこと、見て感じたこと、すべてを信じるところからです。
 そんな誇大妄想をしろというのか。
 誇大妄想だと感じるのは、あなたの考え方が極論に走っているからです。私が言っているのは大いなる自分を信じるということではありません。ちっぽけな、醜くて弱くて、無能で頼りなくて劣等な、あなた自身を信じてあげることです。そこに成功は問いませんし、認めるのはあなただけかもしれない。でも、あなたが信じて決断をすること。これが大事です。
 私自身が、私を認めて、信じてあげること。
 そうです、あなたが今までずっとしてこなかったことです。
 心の中がぞわっとする。こんな無能な人間を、誰が信じられるのか、というのが本音だ。
 あなたはあなたが嫌いなのですね。
 今更だろう。
 ……分かりました。では。私があなたを信じましょう。
 あなたが、私を信じる。先ほどまで、信じられるのは自分だけ、と言っていたあなたが、私を信じるというのか。
 ええ、私はあなたを信じます。ただ、あなたがあなたを信じられなければ、私が信じたところで何の意味もありません。なので、私は、きっかけにすぎません。
 なぜ……私を信じてくれるんだ。こんな無能で、頼りない劣等の私を、初対面のあなたはなぜ、信じてくれるとまで言えるのか。
 愛です。
 愛。また曖昧な単語だな。
 ええ、とっても曖昧で、でも世界で一番美しい何かです。私はあなたを愛の元、無償で承認します。
 ……分かった。あなたのためにも、私は私を信じたいと、今初めて思えた。
 私のためである必要はありません。あなたはあなたのために。
 そうだ、私は私のために、自分を信じられるよう、人と切り離して自分自身を愛せるよう、踏み出していくことにするよ。


 ——ある精神神経症患者の手記より 公開許可:未確認

〈了〉

あの夏で燃え尽きた自分たちは、灰のように白黒になった――それなら、納得だ。

モノクロームの記憶に
花束を

ノアキサトル

<新作読み切り・小説>

モノクロームの記憶に花束を

 ――なに、これ。
 伊東太一が目を覚ますと、世界が白黒になっていた。
 最初は、手に持ったスマホの画面がおかしいのだと思っていた。アラームがけたたましく鳴り響くスマホを黙らせようと手に取ると、画面が白黒だった。アラームアプリの壁紙は青空を映しているはずなのに。きっとナイトモードか何かになっているのだろう、寝ぼけ眼を擦りながらスマホの設定画面を覗くと、色設定に問題は何もなかった。
 目線を移す。天井は白いのは分かる。
 壁が白いのも、強いて言えばそうだろう。少しは汚れていてもいいのだが。
 だが、半分開いた無色の――青色のはずだった、遮光カーテン。
 そこから漏れ出す朝陽とその向こうに見える景色は脱色したかのようなモノトーンで、ようやく異様な状況に気がつく。
 ――この部屋、なんで。
 跳ねるように起き上がる――頭痛。
 目の奥深くをゴツンとノックされたような生々しい痛み。太一が警戒しながらベッドの周りを見渡すと、懐かしさに胸を締め付けられそうな数々の物がある。
 壁に貼ってあるのは、土日に×印がつけられたカレンダー、160キロを投げた野球選手、上村大輔のポスター、「素振り左右50回 シャドウ毎日100回」と半紙に毛筆で書いた自分の字。ハンガーに掛けられたライオンズのユニフォーム。小さな椅子にひっかけられている、使い古された青いランドセル。小さなブラウン管のテレビには、ハマりすぎて伯母によく没収された野球ゲームが点いたままだ。画面が白黒になってしまったらまるでレトロゲームだ。
 真っ先に、自分の頭がおかしくなったのではと太一は疑う。
 実際、それら全てが白黒に見える目の異常だけでなく、取り巻く状況の全てがおかしかった。あの窓の向こうに見える景色は見慣れたもので、白黒でも分かる。
 太一は覚えている。ここは近場に引っ越す前の、小学生だった頃の自室だ。
 白黒の視界に強いめまいを覚えながら、太一はまるで何かに導かれるようにふらりとベッドから立ち上がる。
 自分の目線の高さに大きな違和感はなく、背丈はきっと大人のままだった。タイムスリップをしたわけではないらしい。
 大人が座るには小さすぎる、白い学習机がある。
 小学校入学と同時に、初めて買ってもらった机。合板製の天板、目に痛いほどの白さはモノクロの世界でも鮮明に写る。
 机の隅っこには、小さな花瓶があり、一輪の花が差してある。
 手に取る。
 ちゃぷ、と花瓶の中の水面が震える。
 モノクロームに染められ、鮮やかさの欠片もない白黒の花がふわりと揺らぐ。
 小ぶりな花。ひまわりや朝顔などメジャーなものでは決してない。頼りない茎がぐっと支え、控えめな花びらが形作る、ともすれば名もなき花とすら呼ばれてしまいそうな、その花の色と名前を思い出そうとする。
 ――ノイバラ。
 大切にしていた花だと、思う。
 一日でも長く、この花を生き存えさせようとしていた。
 急速に、意識が遠のく。
 そして膝からゆっくりと崩れ落ちながら、夢を見る。そこには確かに、幼い頃の自分がいて、視界はまるで鎖から解き放たれたかのように鮮やかに色づいていく。
 夢の中の伊東太一は、9歳だ。なぜかそう確信する。




 伊東太一は、途方に暮れている。
 胸と膝周りに土汚れがこびりついた少年野球チームのユニフォームを着て、河川敷の深い雑草をかき分けていた。
 雑草、名前も知らない花、雑草、雑草――いくら探してもボールがみつからない。
 春の朱色の夕日が太一に影を落としながら、残酷にも西にずんずんと落ちていく。もうとっくに練習は終わっているのに、残っているのは自分一人だ。心細さが増していく。悔しくて泣きそうになる、
 誰かが自分を心配している、
「――だいじょうぶ? 落としもの?」
 母や妹の声じゃない。
 そのことだけでも驚いた太一が見上げると、自分よりも背の高い女子が、少し長い髪を垂らして、太一を見つめている。この女子は――同じクラスの、泉夢乃だ。出席番号が「伊東」と「泉」で近いから名前を知っている。だけどクラスが変わってまだ半月ほどで、話したことはもちろんなかった。
 腰まで伸ばした柔らかそうな髪と、白い花の形をした前髪留め、肩にトートバッグをかけたスカート姿は、男子から見たら非現実的な「女子」感であふれている。大きな瞳が、まっすぐにこちらを見つめている。
 太一は言葉を絞り出して、
「み、」
「み?」
「――見えるの、ぼくのこと」
「ええっ。なんで見えないの?」
 泉は飛び上がるほど驚いている。
 なんで、と言われても、こっちこそなんで、と思う。
 なんと彼女は河川敷でゴソゴソしている、クラスでうわさの、存在感が極めて薄い「透明人間」――伊東太一の存在に気づいたのだ。
 学校から離れたこの河川敷で出会う偶然よりも、そのことに太一は驚いていた。
 なんとか言葉を絞り出して、
「――あの、ボール、探してるんだ。どっかに飛んでいっちゃって……」
「む、野球のボール、かな? わたし、そこで見つけたよ!」
 泉は背中に組んでいた手から、まるで今まで隠していた種明かしとばかりにぱっと何かを差し出す。確かに探していた軟式ボールだ。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして~。よかった、よかったぁ」
「じゃ、じゃあね……」
「――あれっ。それだけじゃないの? 一緒に帰らないの?」
 泉が目を丸くする。なぜ一緒に帰ることになっているのか太一には分からない。
「あ、あと3個なくしてるから……」
「なんと! それは大変だね」
 そんなに大変だと思っていなさそうな泉が、太一の隣にすんなりとしゃがんだ。
「よしっ。わたしも一緒に探すよ」
「――え。いいよ、関係ないのに……」
「だいじょうぶいぶい。わたし、なくし物を探すのは上手だから!」
 答えになっているのかは当落線上にあるような泉の返事と、晴れやかな笑顔。
「美代ちゃんのヘアピンだって、砂場で見つけたことあるんだよ。喜んでもらえたんだ。伊東君も困ってるみたいだから、手伝ってあげる」
「そ、そうなんだありがとう……。美代ちゃんってだれ、同じクラス?」
「うん! 吉野美代っていう子、知らない? 一番後ろの席にいる子」
 自分は知っていても、向こうは知らないだろう、と太一は思う。
 伊東太一は「クラスの面白い奴」じゃないし、それどころかほとんど喋らない。点呼の時に呼び飛ばされたり、友達に悪気もなく置いて行かれることがしょっちゅうだった。ほんとに気づかなかったんだ、と友達はいつもヘラヘラと言うのに。
「ねえ、その服! やっぱり伊東君って、学校のお外で野球やってるんだ!」
 うろうろしながら雑草の海を探る泉が、色々と聞いてくる。
 彼女のまとまりのない言葉の中には、まるで大きな秘密を知ってしまったような無邪気な喜びに溢れている。なんだろうこの子、と太一は面食らう。
「どこのチームなの?」
「えっと、滑川ブルーライオンズ……」
「学校で聞いたことある! ライオンって強そうでかっこいいよね!」
 普通にありがちな名前だけど、と口走りかけて、泉の瞳の純粋さに抑えこまれた。
「伊東君って走るの速いよね。守る場所は? 守る人? 投げる人?」
 ポジション、という言葉を知らないらしい。
 そんな野球素人の泉が投げかけた「投げる人」の響きに、胸が躍りかけた。
 そうだよ、ピッチャーっていうんだよ。おれ、ずっと投げる練習してるんだ。
 ――そう答えかけて、止めた。
 ピッチャーに強く憧れている。憧れているからこそ、見栄を張ることもしたくない。あのマウンドに、自分のような下手くそが上がるのは大抵、晒し者にされているときだ。
 今、ボールを探している理由だってそうだ。上級生の先輩に囃し立てられ、マウンドに上がらされてバッティングピッチャーにさせられた。ド真ん中以外に投げたらぶっ飛ばされそうなチームの同調圧力の中で、ただ打たれて、ボール球を投げたら野次られるだけの役割だった。
 そして、同級生の天才、上村大地にけちょんけちょんにやられたばかりだ。
 先輩に面白おかしく煽られても、大地は正々堂々とよく飛ぶバットを使わなかった。それが逆につらかった。自分と同い年で、背も同じくらいなのに、グラウンドの柵を越えて川に落ちるくらいまで何度も飛ばす奴がどこにいるのだろうか。
「――伊東君、どしたの。お腹、いたい?」
 女子に、そんな伊東太一の姿を見られていることが、急に恥ずかしくなった。
「あの、おれ、ボール探さないと。なくしたままじゃ困る、から……」
 もじもじとしながら会話を打ち切ろうとした太一に、泉はやはり間髪入れずに、当たり前のように言う。
 ボールを探しながら、太一は思う。
 泉夢乃は、なんで自分に、声をかけたのだろう。
「――あっ、きれい。伊東君! これ見て」
「え、な、」
 目の前に急に差し出されたのは白い――ボールではなく、小ぶりの花だった。
 とっさに細長い花の枝を手に取る、「あっ、トゲトゲしてるから気をつけてね」もう遅かった。ちくりと指先に痛みが走ったが、太一は男子なので黙って我慢した。
 その花は汚れたところもなく、白くて綺麗で、触るとふわりと壊れてしまいそうな頼りなさもあった。花弁に包まれたおしべとめしべ(最近、理科の授業で習ったばかり)は鮮やかな黄色で、例えるならタンポポとか桜の花とかに似ている。
 ――それで、なんで、ぼくにくれたんだろう。
 突然起こった【女子から何かもらったよ事件】を太一が受け入れるよりもまず、この花の名前が出てこない。太一が困っていると、
「ノイバラだよ」
「――バラ?」
「うん、バラの一種。河川敷でよく見かけるの。よく見る赤いバラと同じように見えないかもだけど、もともと枝がトゲトゲしてるからばらって言うんだよ」
「……泉さんって、物知りだね」
「えへ。わたし、家がお花屋さんだから」
 初めて知った。泉にぴったりな店だな、と率直に思ったが口にはしなかった。
 しかし確かにバラと聞いたら、まず燃えるような赤い色の花弁が思い浮かぶ。もっと分厚くて、花弁がたくさん重なっている。なんといえばいいのか――目立ちたがり屋のような顔をしている、自分とは真反対の花がバラなのだと思っていた。
 しかし、こんな河原にもバラは咲いている。見ているだけで涼しそうなこの小さな花にも名前があるんだと思うと、太一は不思議と心に染みた。
「――これ、バラなんだ。みんな、雑草じゃないんだね」
「そうだよ~。伊東君もお花に詳しくなると、散歩が楽しくなるよ」
「目立ちたがり屋だって思ってた……」
「なぬ、わたしのこと?」
「えあ、いや違、バラ、赤いばらのこと! 花の感想っ!」
「あ~そういうことかぁ。バラが〝目立ちたがり屋〟って、伊東君おもしろいね」
 太一が余計な独り言に恥じ入っている間も、泉は楽しげに笑っている。
「わたしねー、いつもの散歩のついでにお花を摘んでたら、伊東君のこと見かけたんだよ」
 泉が太一の横にしゃがんで、ごそごそと草むらを探り始める。
「伊東君と、いっかい話してみたかったんだ」
 それは、自分も同じだった。
 だけど目をそらしたまま、頷くことしかできない。
 太一がバラに見いったままのふりをしていると、泉が太一の顔をのぞき込む。
 思ったより顔が近い――太一はぎゅっと緊張したが、泉はまるで構わなかった。
「ちなみに伊東君、赤いバラと、こっちのバラ、どっちがすき?」
 緊張をほぐすように優しく尋ねられる。太一は、感じたままのことを答える。
「……ぼくは、このバラがいい。白くて小さくて、きれいだし」
「えへ、私もわかる~。小さくてかわいいよね」
 泉がふにゃりと笑ってくれて、太一は安心した。
 自分は、泉と気が合うだろうか。泉の期待に応えられているだろうか。
「ねえ、ノイバラの花言葉って知ってる?」
 花言葉。
 唐突な問いかけに、太一は当てずっぽうで答えようと思って、やめた。たまたま正解して見栄を張りたい魔が一瞬差したが、それよりも素直に泉の話を聞きたい。
「なんていうの」
「教えたげよう! えーっと……そう、あれ! そぼく? な愛と……」
 そぼくってどんな言葉の意味だったかな、と太一は思った。泉もきっとそう思っているのだろう。
「それと、〝さいのう〟なんだって」
 才能。
 9歳の太一にとって、最近、とみに意識するようになった言葉だ。
 6歳で野球を始めて3年。まだ3年だが、もう3年も辛い目にあっている。今は球が遅くて、上村大地にボコボコにされて、先輩にいじめられている。自分はいつか、レギュラーになれるのだろうか。ピッチャーになれるのだろうか。
 エースになれるのだろうか。
「さいのう、かぁ」
 太一がつぶやく。
「伊東君って、さいのうがあるんじゃないかなあ」
 泉が言い切ってしまう。
「そんなこと、」
「でも、この前の体力テスト、かっこよかったもん」
 さっきも足が速いと言っていたのは、そういうことか。
 泉は、学校の体力テストのことを覚えていたのだ。かけっこが速くなってうれしかったが、誰も褒めてはくれなかった日のことだ。
 太一の50メートル走のタイムがクラス3位であることにはまるで気づかれず、讃えられたのはやはり同じクラスの1位であった上村大地だ。彼に追いつけなかったガキ大将が体育の後、気に入らない上村に喧嘩を売り、上村は買ってみせて、昼休みの40秒でKO勝ち。それがその日の、3年1組のハイライトだ。
 自分の影の薄さを呪うよりも先に、上村には敵わないと、そう思った。
 太一は、顔を落とす。
「ぼく、さ。――野球、下手なんだ。これからうまくなれるかも、わからないよ」
 もはや、情けなさも極まってしまったと思う。
「だいじょうぶだよ、伊東君なら……」
 だいじょうぶ? こんなぼくが?
 どういう意味だ。君にいったいなにが分かるんだ、と言いたくもなった。なんのためらいもなく泉が保証した将来が、まるで説得力がなかった。
 だけど、
「だいじょうぶ! ぜったい!」
 泉が笑っている。
 もう西日は落ちようとしている。影を背負った彼女の顔に真昼のような光は届かないのに、泉の瞳の輝きはどんな星よりも眩しいと太一は思う。
 泉は頬杖をついて、柔らかそうな白い肌をふにゃりとつぶし、ニコニコと笑う。
 太一が一生忘れることはない、その言葉。
「ね、明日、学校で伊東君に話しかけてもいい?」
「――――べ。べつに、いいよ……」
「うん! ありがと」
 きっと空約束だ――そう思いこむことも、なぜかできなかった。
 ボール、暗くなっちゃう前にぜんぶ見つけちゃおうね――泉が太一を励ました。




 とんとん、
 誰かが肩を叩いている。
 ――おきて。たいちくん。
 じわりとまぶたを開くと、またモノクロームの世界に戻ってきたのだと分かる。
 突っ伏していたらしい学習机が変わっている。色はモノクロでも手触りで分かる、今度は中学生の頃に買ってもらったものだ。背が伸びてきて、小学校低学年用の机は小人が座るもののように感じた。木製のシンプルな机は、高校3年生に引っ越す直前に天板が裂けてしまうまで使っていた。
 身を起こす。頭が重い。
 壁には新たなポスターが貼ってある。――「甲子園出場」
 でかい夢だ。それを抱くようになったのはいつの頃からだろう。思い出せないが、きっと重要な出会いがあったのだ。伊東太一に自信を身につけてくれた人。譲るわけにはいかない人。上村大地に負けない、伊東太一なりの大きな理由。
 花瓶はどこだろう、
 人の気配もする、
 太一は弾かれたように頭を動かし、すぐに振り向いて、ベッドに誰かが座っていることを認めた。誰なのかは、一瞬で分かった。
 花瓶を包むように手に持つ少女は、そこにいる。
 その少女も、まるで昔の映画の登場人物のようなモノクロームだ。
 生きているか、死んでいるかも分からず、きっと過去の人間ではないのだと確信したい太一は、また昔に戻る旅に出ようとする。
 ――お花、生けてくれてありがとうね。
 泉が柔らかく微笑んだ。
 ノイバラの花の色だけが、白く、ふわりと色づいた。
 太一の意識がまた落ちていく。




「おーい、太一くーん!」
「――あ、泉。おつかれ」
「あっつい中での練習で疲れたとは言え、私の花屋の前を平気で通り過ぎるとは、いけませんなあ」
「わ、わざとじゃないよ。病み上がりだから、家でおとなしくしてるのかと思って」
「ふーん。もう暗いからって、私の目をごまかせると思ったら大間違いですよ」
「影の薄いおれのことに気づく泉がおかしいんだよ……」
「そんなことはありませんよー。まあまあ、お茶の一杯でも飲んで、私んちの花に水やりでもしてあげてくださいな。お花も喜ぶよ」
「……もう中学に上がったんだから。あんまり噂されると、泉も嫌だろ」
「えー、そんなことないよ~。だいじょうぶ、わたし太一君とならぜんぜん、」
「あ、わ、わかった。水やりするから。お袋さんのお菓子も食うから……」
「分かればよろしい~」
「おいしいねえ、チョコパイ。太一君もそう思わない?」
「うん、好きだよ、おれも」
「だーれが?」
「ちょこぱい」
「うーん。引っかからないかあ……」
「泉、あんまり、学校で馬鹿なことは言うなよ……」
「そーだ、見てこれ。じゃーん」
「あ、新しいスマホだ。いいなあ」
「そう! 昨日の今日買ったばかりのぴっかぴか」
「――退院祝い、なんだよな」
「そうだよ~。もう太一君に心配かけないからね、大丈夫」
「……そうだよね。そうだと、いいよな」
「この手帳ケースの花柄、すごく良い感じじゃない?」
「良い感じ、だね。ひまわりって、なんか元気出るね」
「でしょ。今日データ移したばっかりなんだけど……初ライン、太一君としよっと」
「ええ。いいよ、そういうの」
「問答無用、いーっぱいスタンプ送っちゃう」
「うわ、なにこれ。〝おめでとう〟ばっかり」
「――昨日の試合。中学初の勝利投手、でしょ? おめでとう!」
「……あ、ありがとう」
「言ったでしょ。やっぱり、太一君は〝だいじょうぶ〟なんだよ」
「――ねえ、何か、大地君が来そうな気配、しない?」
「泉もそう思う?」
「思うおもう。なんでだろうね。なんで大地君が遊びに来そうな気がするんだろう」
「あいつ、居残りしてたんだけど。大地もおれのこと、気づいてくるから……」
そして、泉家のふすまが、まったくの予兆もなく開かれる。
「太一! 泉! ここにいたのか! もう疲れて仕方が無いぞ! 俺にもチョコパイくれんか! それからスマブラだ!」




「――誰、あいつ?」
 それは、いつものことだ。
 伊東太一がマウンドに立つと、色々な連中からそう囁かれる。
 私立鱗坂高校3年の硬式野球部、背番号10番の影は、限りなく薄い。
「――えーっ、ピッチャーは大地君じゃないの?」
 背番号1を待ち望む、黄色い声。
「――エース、ライトにおるぞ。これいけんじゃね?」
 一塁側、相手チームの応援団からの嘲り。
 鱗坂高校のエースナンバーは確かに、マウンドからほど遠いライトにいる。
 プロ大注目の155キロ左腕、エースで4番の上村大地。
 この決勝の舞台で、誰もが彼の投球を待ち望んでいたのに、マウンドにいるのは地味な顔と体格の背番号10番だった。
 太一は、連投が続くエースを温存するための当て馬と見られている。しかし屈辱を感じている場合ではない。
 誰がなんと言おうと、ここは夏の甲子園行きの切符を決める、西東京大会決勝の先発マウンドだ。立正学舎の強力打線は容赦などしてはくれない。
 誰かが太一の元に駆け寄ってくる。
 がちゃがちゃ、と防具の音を鳴らして小走りでマウンドに寄ってきたのは、鱗坂高校の正捕手だ。マスクを外して現れた顔は、人懐っこそうな丸い瞳、嘘のように日焼けしていない肌、野球部にしては長めのショートヘア。脱色を疑われそうな髪の色合いを、本人は「地毛や」と言い張っている。
 2番キャッチャー英田一吾、背番号2。
 一吾は、口を読まれないようにミットで口元を隠し、太一にささやく。
「――耳澄ましてみ、太一」
 伊東太一は、普通に伊東と呼ばれてもよかったのに、小中高とずっと名前で呼ばれてしまっている。原因は背番号1の幼馴染み、上村大地だった。
 高校からバッテリーを組む一吾は、太一のあだ名をいたく気に入っている。
「太一の地獄耳なら、客どもの声、よー聞こえるやろ?」
「――ああ。イチゴ、今日はあいつらの鼻を明かしてやろうか」
 はーはっはーっ。
 喉仏まで見えそうな大口を開けて笑うのは英田一吾――通称は甘そうな「イチゴ」だが、そんじょそこらの甘いマスクのキャッチャーではない。6試合続いている都大会の全イニングに出場し、4割8分の打率と3本の本塁打、13の打点を記録している正真正銘の強打者で、盗塁阻止率は7割越え。都内でも指折りの捕手だ。
 一吾は何が楽しいのか上機嫌に、「ま、決勝まで来て、太一の実力を知らんモグリがおるとは俺も思わんかったわぁ」と笑っている。太一は頬を掻いて、
「おれのこと、知ってる人の方が少ないよ。イチゴみたいに派手じゃないし」
「抜かせ。5試合投げて打たれたことないピッチャーが、こんな空気でかませ扱いとは大したもんやで」
 事実だった。上村のリリーフ、またはワンポイントとして全ての試合で登板し、21イニングを無失点。自責点だけではない、完璧に抑えてきた防御率0だ。
 しかし、新聞でもネットでも学校の噂でも、賞賛されるのは上村大地だ。
「今更やけど、太一は〝モブ〟扱いされとる。影のエースとも言われんとはなあ」
 一吾は失礼なことを言うが、太一は肯定も否定もしない。
 代わりに太一は、ライトの方を振り返り、一吾も同じように視線を追った。
 キャッチボールの相手が投げ飛ばしたフライを、軽快なフィールディングで捌き、――肘の怪我など嘘のような弾丸送球で返球する。捕球したキャッチボール相手が大げさに痛がっている。
 上村大地は、遙か遠くのマウンドから、こちらを見やる視線に気づいたらしい。
 手を振った。夏の太陽のように眩しい笑顔で、大地は笑っている。
 やあ太一、頑張れよ――大地は確かに、そうエールを送っていると思う。
「――おれは、大地みたいにはなれないけど。いつも通りに抑えられたら、それでいい。やるぞ、イチゴ」
「せやその意気や。今日は太一の完封で甲子園決めるで!」
 それにしてもこの捕手は論理の飛躍が著しい。できれば苦労しないが、自惚れになる。茶化さなくてもいいのにと太一が少し呆れたように一吾を見やると、
 凄みすらある、真剣極まる眼差しが直球のように突き刺さる。
「……その顔はやめてくれよ。似合わないよ」
「やめんわ。まあ太一よ、この先に甲子園も待っとるんや、大地のボロボロの肘にはいっぱい楽させたろうやないか。――これ、建前な? こっからが俺の本音」
 一吾は太一に、これ以上ない発破をかけてくる。
「誰にも負けんわ、今日の太一なら」
 虚勢ではないらしい。何の疑いも持っていない顔だ。
 待ち受ける相手チーム、立正学舎は、この大会でもう43得点をあげている。1試合平均で8得点以上、東京どころか関東屈指の強力打線は、何人ものピッチャーをマウンドで泣かせてきた。キャッチャーの一吾やスコアラーの徹夜の研究をもってしても、投手にできることは多くない。高めに浮かせないこと、失投をしないこと、球種を読ませないこと。一瞬たりとも隙を見せないこと。
 投手、伊東太一の生命線は、機械のように精密なコントロールにある。
 一吾は、どこか確信めいた声色で言う。
「立正の筋肉だるま共が手も足も出ん外角低めに、何球でもぶち込め。見せつけたろうや。今日のお山の大将は、お前しかおらんってな。――しゃあ、始めるで」
 それきり、おしゃべりはお終いだった。
 一吾はべしっと太一のケツを軽くはたいてから離れていく。太一は頼りになる相棒の背中を見送って、深い息を一つ吐く。
 真夏のグラウンド。そこに立つすべての高校球児に平等に突き刺す日光。
 何もしていないのに流れる汗を拭い、ついに甲子園まであと一つだ。
 ――太一は昔から、まるで呪われているかのように存在感が薄い男だ。
 少年野球の頃から、野球部の練習では二人一組を組むときにいつも忘れられるし(大体は大地が気づく)、点呼では担任や部活顧問に飛ばされることは日常茶飯事。修学旅行のバスに置いて行かれ、自動ドアはなぜか太一にだけ開かない。
 中学の卒業アルバムは自分だけ写真を載せ忘れられた。いくら写真館の人に謝られても後の祭りだ。そんなことよりミスに憔悴している大人がかわいそうになった太一は、おれが悪いんです、作り直さなくても大丈夫ですよ、と言ってのけた。
 野球のポジションで最も目立ち、試合に最も影響を与える場所――このマウンドに立ったときくらいしか、伊東太一は注目されない。
 それが今だ。ここに立つのは、伊東太一の存在証明そのものだ。
 三塁側、鱗坂高校の応援団が詰めかけているスタンドには、吹奏楽部のブラスバンドの合唱がずっと鳴り響いている。吹奏楽部にはクラスメイトや、数少ない友達もいる。彼らなら、太一の存在に気づいて応援をしてくれるかもしれない。
 プレイボールが迫っている。太一の集中が研ぎ澄まされていく。
 ――たいちくんっ! がんばれーっ!
 綺麗な声。
 太一は、どきりとした。
 夏の風に乗って、聞き覚えのある声を確かに聞いたと思う。
 ――ゆめ?
 そこにいたのかもしれない、幼馴染みの少女。
 しかし、幻聴だ。いくら目を皿にして探しても無駄だ。
 あの女の子が今、アルペンスタンドにいるはずがない。太一も知っていることだ。
 いま、泉夢乃は病院で手術を受けている。
 夢乃は全身麻酔にかけられ、意識を手放している頃だろう。
 マウンド上から、じっとスタンドを見つめる投手の姿に、捕手の一吾と、審判と、立正学舎の一番打者がそれぞれ困惑した顔を浮かべている。
 泉夢乃は、幼い頃から、太一を見失ったことがない。




「そんなに心配することないよー。大丈夫、だいじょうぶ」
 清潔すぎる白い個室に、ほんのりと香る消毒液の香り。パラマウントベッドを引き上げて、椅子に座る太一に笑いかける彼女。
〝だいじょうぶ〟は、人に心配をかけまいとする彼女の口癖でしかない。長年の付き合いからして、実際は五分五分といったところだろう。
「――なら、おれ信じるよ。今日、頑張るから」
「うんうん、信じてくださいな。早起きして来てくれて、ありがとね。あ~でも、太一君の大事な試合を見られないの、すごく残念無念! わたし一生の不覚……!」
 大げさに残念がる彼女は、普段はあまり嘘をつかないが、周りが落ち込まないための虚勢ならいくらでも張ってみせることを太一は知っている。後で努力を惜しまないのも彼女の良いところだが、大きな現実の壁を前にして、今回は乗り越えられるのかはまだ分からない。
「手術って、何時からなの?」
「お昼過ぎからだよ~。海外からお医者さんが来て、1日かけて私を治してくださるのですよ。だから、太一君の試合に被ってしまうのも仕方がないのです」
「そっか。……気にしないで」
「それはわたしの台詞だよぉ」
 お互い様の会話だった。2人とも決戦は近い。
 甲子園に行けるのかどうかも、脳に巣くう悪性腫瘍を取って無事でいられるかどうかも、当人にとっては大小のつけようがない。
 人生が懸かっていた。たった十数年の人生を過ごした二人は、まだまだ残されている未来のために、残る全てを尽くして、いかなければならない。
 太一は、最後に何を言うのか、ぎりぎりまで悩んで、こう尋ねた。
「夢。話しておきたいことって、あるかな」
 縁起でも無いことを言っていると、太一はすぐに気がついた。
 まるで遺言を聞くと言わんばかりだ。なぜ自分はこうなのか、太一は生来変わらない口下手さを呪う。しかし呪っている場合ではない、泉はちゃんと太一の言葉に応じてくるのだから。
「あのね――お花、ありがとう!」
 え、と太一の声が漏れた。
 泉が見ているのは、ベッドの脇のサイドテーブルに備え付けられた、控えめな花瓶に詰められた、鮮やかな花束だ。泉はよいしょと花瓶を持ち、小ぶりな花びらを大切にさわって、「あらためて、だけどね」と付け加える。
「黄色いバラに、カーネーション。見てると、元気が出てくるね。香りも強くないし、お見舞いにぴったり。定番だけれど、考えて選んでくれたの、分かるよ」
 泉は、太一にいたずらっぽく笑いかける。
「この花言葉、知ってる?」
 知っている。いろいろと、勉強したのだ。
「愛と、友情」
「その通りっ。愛と、友情」
 泉が、笑った。
「愛と友情、そして――勝利! 私たちに託された、この夏の勝利条件だよ。こういうの、マンガみたいで、かっこいいじゃない」
 昔、泉夢乃はなんのためらいもなく、伊東太一の未来を保障した。
 初めて出会ったとき、もらったノイバラのことを、覚えている。
 もうあれは枯れてしまったけれど、〝才能〟は、自分にあるかは分からない。「ない」と言ってしまわないように、彼女が背中を押してくれたことだけが、確かだ。
「大丈夫だよ。太一君」
 自分の存在に気づいてくれる誰かの期待に応えるのが、伊東太一の野球だと思う。
「――うん。そうだね」
「よしっ。また明日、ね!」




 伊東太一は、初回から飛ばしまくった。
 立正学舎の筋肉小僧に前にも飛ばさせない、あまりに正確なピッチングだ。
 一吾はベンチに戻り、上機嫌だった。良いピッチングをしている相棒を探して、
「おっと、またおらんなった……。太一、どこや~」
「ここ」
 普通に目の前を通り過ぎていく一吾を太一が呼び止める。
「すまんすまん」「別にいいよ、慣れてるから」
 そら違いないわな、と一吾は平然と言ってから、
「――今日の太一は調子ええぞ、とは言ったけどな。やる気か? 完全試合。ええで、伝説の誕生に付き合うたる」
「……まだ4回だよ」
「ここから打たれる気もせーへん」
 一吾は体を大げさに脱力させて、
「俺もうリードせんでもええかなぁ。クソ暑い日に脳みそフル回転さすより、太一に任せっきりで楽させてもらいたいわぁ」
「やめてよそれ、打たれるよ。まだ油断しないで」
「そうだ! 太一の言うとおりだぞッ!」
 鼓膜が破れた。それはまるで比喩で無いくらい声がでかいのだ。
「いいか、気合い入れろ! 太一が完璧に抑えても、まず俺達が立正の連中を打ち崩さなければ、哀れにも参考記録にされるんだからな!」
 上村大地だ。189センチ89キロ、誰もがぎょっとするほどにでかく、健康的に日焼けした肌に、爽やかな眼差し。日本球界が注目する大型左腕の男だ。
「さあほらメットを被って! 道具は外し忘れてないか? ポカリは飲んだか? 足は攣ってないか、おいおいよく見ると靴紐がほどけてるぞ」
「うっさ――――ッ! わーっとるわ! ったくお前はオレのおかんか!」
「おっと悪かったな。俺は弟と妹が3人いる母子家庭で育ったものだから」
「その情報いらんわ!」
「前の打席で打てそうな球はあったか? この上村大地に話してみろ」
「――あん? まあせやな、相手スライダーが高めにすっぽ抜けることあるから、それ狙って……なあ大地お前、どうせ今日も、来た球打つだけなんちゃうか。お前と話してもあんま参考にならん!」
「なんだと失礼じゃないか! どの変化球を待つのかは重要だろう。そして速い球が来たらそのまま真っ直ぐ振ればいいだけだ!」
「それは長嶋茂雄の打ち方や現代野球を舐めんな天然が!」
 ベンチでドタバタと鱗坂高校の主力選手達が騒いでいる間に、空気になった伊東太一は試合を見守っている。九番の谷がセカンドゴロに倒れた。
「イチゴ、出番だよ」
「んあっ? ああ、くそ、わーった。大地! 俺が打ったら絶対帰すんやぞ!」
「言われずとも。体に当たってもいいから出塁してこい! 大地との約束だ!」
「心配するなよ、太一」
「……どんな?」
「俺達が必ず打つ。お前は立正を抑える。それで甲子園だ」
 あまりに単純で、それができれば苦労しない。
 だけど、上村大地と共に、伊東太一はそうやって勝ってきたのも事実だ。
「でも、大ちゃんは、今日は投げないのか」
「監督も言ってたろ。可能な限り、伊東太一でいくって」
「そうだけど、でも」
「俺も後ろから見ていて、今日のお前は、不思議と打たれる気がしないと思う」
「大ちゃんまで」「そういう気合いが、今日のお前にはある」
 きんっ。
 快音が鳴り響く。イチゴがセンター前に弾き飛ばしたようだ。
「ネクストか。さて、約束は、守られねばならぬようだな」
 がちゃ、とバットを持って、大地がヘルメットを被る。
「――泉と、今日なにか、話したか?」
 大地が太一に振り向かずに、そう尋ねる。
「――うん」
 太一は、誰よりも知っている。
 155キロを投げる天才高校生投手、上村大地の初恋の行方を。
 伊東太一との友情は、単純な道程で築いたものでは無いこと。彼女の病室には、どうしても足を運べなかった理由を。
「心配するな、大丈夫、って」
「……なるほどな。あいつらしい」
 スター選手に、届かないものがあるのだろうか。
 太一が見守る中、大地の瞳が、鋭い集中力に研ぎ澄まされていく。それはきっとプロ野球選手になる男、上村大地が本番に向かう面構えだ。
 上村大地が、ネクストバッターズサークルに向かう。その目をもう一度見てみたかったが、もう見なくても、心配は要らない。
 上村大地は打つだろう。もう彼の打撃投手ではない伊東太一は、そう確信する。
 ――快音。
 空を見上げれば、白球。
 145キロの直球を、大地が真っ向からスタンドに跳ね返し、それは先制の2ランホームランになった。
 何かが乗り移ったような、伊東太一の快進撃だった。
 異様だった。彼の130キロ台のストレートは、この舞台まで来た高校生が打てないはずがない。しかし直球にキレがあった。審判が迷うほど絶妙な箇所に決まる見逃し三振があまりに多かった。フォークボールと直球の二択で振らされていた。
 伊東太一は、強い投手だった。
 2対0。九回裏。6回にはざわついていた観客席が、ついに混乱の様相に達した。もう9回まで来てしまった。安打をいくつか打たれていたが、まだ伊東太一はマウンドにいることが異常事態だ。投球にして117球、無四球、無失点の完封勝利があとワンナウトに迫っている。もう、誰も伊東の存在を忘れはしなかった。
 しかし、ピンチだった。ランナーを2人も出し、立正学舎の4番を迎えた。
 4番だけが、今日あたっている。4安打に抑えられている立正学舎のうち2本が彼だった。どうも伊東を得意としているらしい。フォークを見極め、難しいところに入ったストレートをすくい上げられる。これでは甘いところにストレートが入ればスタンドに行く。伊東と英田一吾のバッテリーには容易に想像できる。
 交代は無かった。監督は、伊東太一がまだいけると確信していたようだ。
 スタンドからは、あと一人だけでも上村大地への交代を求める声も聞こえてきた。
 ――太一、正念場や。わかっとるやろな。
 一吾が構える場所は、内角低め。ストライクからボールになる落ちる球。
 今日、一番多くの打者に振らせている、伊東太一の得意球。
 ――終わらせよう。
 息を深く吸い、クイックで振りかぶる。
 両校のブラスバンドの声援が最高潮に達している。
 夏の匂いがする。
 汗が、指に絡んだ。
 落ちない。
 渾身のフォークは、抜け球に変わった。
 な――。一吾が息を呑む音が、太一にも間違いなく聞こえた。
 精密機械のような太一のピッチングが、今日、初めて故障した瞬間だった。
 バットの芯を食った音が、鳴る。
 ライトに大きく上がった。
 ライトは、上村大地だ。




 ――おきて、太一君。
 泉の優しい声が、太一の耳に届いた。
 ――おつかれさま。
 目を覚ますと、泉夢乃に膝枕されているのだと、すぐに分かった。
 柔らかく微笑む彼女の顔は近くにあって、吐息が肌に当たりそうなほどだ。頭の裏にあたる彼女の肌は温かい。安心する。そんな太一を見た泉がまた、くすぐったそうに笑う。
 泉は、本当に綺麗な幼馴染みだと太一は思う。
 なのに、彼女の色彩は、まだ白黒から戻ってこない。
 泉夢乃は、まだ、生きているのだろうか。
 きっと自分たちの体は、白黒になってしまって、もう戻らないのだろう。目の前の光景は夢でしかないが、もう長い時間この世界にいる気がして、こっちも一つの現実なのではないかと思うようになる。
 あの夏で燃え尽きた自分たちは、灰のように白黒になった――それなら、納得だ。
 どこかで、時計の針だけが、こちこちと動いていることにようやく気がついた。
 太一はつぶやく。
 ――最後は締まらなかったな。かっこよく、なかったよ。
 ――どうして?
 ――あれは、本当に失投だったから。
 太一は悔しかった。まるで、打たれるだけの打撃投手に戻ったときのような、ど真ん中だった。大地と先輩に打ってもらうのが仕事だった頃。そんな境遇を大地が助け出してくれたこと。大地に投げ方を教えて貰ったこと。お前には才能があるよ、と背中を押してくれたこと。なのに、大地の頭上を越えるような打球を打たれた。
 だけど、太一は一つだけ引っかかっている。
 ――思い出せないんだ。どうなったんだろう、あの打球。
 太一が頭を悩ませているのを、泉は、うーん、と面白そうに見つめている。
 ――本当に思い出せない?
 ――夢は、思い出せる?
 ――もちろん、知らない。全身麻酔の手術中に野球見られる人っているのかな?
 そういえばそうだった。二人して笑い合った。
 穏やかな時間の中で、夢は、少しずつ太一に教えてくれた。
 ――でも、知ってるよ、私。太一君は、かっこよかったよ。
 ――なんで? 打たれたのに。
 ――新聞の一面に載ってたのはね、打たれたときの場面だったんだよ。
 そのとき夢は、未来の話をしていた。
 太一が驚くのをよそに、夢は語る。
 ――大地君、すごい激走だったんだって。バックで取りに行ったの。だけど途中から、フェンスに跳ね返るって分かって、足を止めて。すぐに送球に移れる体勢になったの。
 泉は、太一を見守っている内に、子どもの頃よりもすっかり野球が詳しくなった。
 ――それで、1塁ランナーが3塁も回って、ホームに一直線。……大地君は、それを狙ってたんだ。
 9回2死、そのランナーが帰れば同点。試合は振り出しに戻る。
 ランナーが、その可能性にすがって回るのは、太一にも気持ちがよく分かる。
 しかし、ライトの上村大地は、155キロを投げる男だ。
 肘の怪我もあって、マウンドに上がり続けるのは難しくなっているが、火事場の馬鹿力は十二分にある男だ。ファーストではなくライトにいた理由は、足の速さや非凡な守備センスのみならず、当人の希望でもある。この肩を使うときが、いつか必ず来ると。そのときは、なりふり構う必要はないと。
 太一の脳裏に、上村大地の、糸を引くようなストレートの返球が見えた気がした。
 ――じゃあ、おれたちは、
 もうそこから先は、語る必要がなかった。
 温かい雫が、太一の頬に落ちる。
 泉夢乃が、泣いていた。
 だけど涙は、ただ一滴だった。
 どこかから、バラの香りがする。――花の香りなんて、太一にはわからなかった。みんな、泉夢乃が教えてくれたことだ。
 ――よかった、ね。だいじょうぶ、だったね。あいと、ゆうじょう、と――。
 泉はもうこらえきれなかった。ぽたぽたと目尻から涙を零して、目を閉じて泣いている。だけど、笑ってみせている。泉の泣き笑いを、太一は初めてみた。笑顔でいてみせるのは、きっと泉が意地っ張りだからだと思った。
 泉夢乃の、心からの安堵だった。
 愛と友情の勝利だった。
 ――だから、迎えに来て。ね?
 ――うん。わかった。
 泉夢乃と、伊東太一は、最後に約束を交わした。
 白黒の世界が、急速に、まるでフィルムを畳むように、ぱたぱたと閉じていく。




 セミが鳴いている。
 伊東太一が目を覚ますと、静かな病室で、椅子に腰掛けていた。
 清潔すぎる白い個室に、ほんのりと香る消毒液の香り。
 巨大なパラマウントベッドは横に倒され、そこには一人の少女が、太一には分からないありとあらゆる機器をつけながら、仰々しく眠っている。
 太一は、自分が制服姿でいることを認めた。
 太一は、自分が握りしめているものの正体に気づいた。
 その手を開くまでもない。その固い革と縫い目の感触は、何度も何度も触ってきたものだ。自分の才能を信じて、いつか強くなれると信じて握り続けた白球だ。
 それも、記念すべきウイニングボールに違いない。
 夏の朝の病室は、窓から差し込む透き通った陽光で鮮やかに色づいている。
 寝ぼけているであろう彼女を、わざわざ起こさなくてもいい。
 きっと彼女は今日、ゆっくりと目が覚めたら、周りをきょろきょろと見て、太一の地味な顔を見つけて、
「――太一くん、だぁ」
 穏やかに、そう声をかける。

〈了〉

君に秋桜を

小桜店子

<写真>

表紙

ひよこ鍋

あとがき

あとがき

 初めまして、もしくはお久しぶりです。
 同人誌『透明と色彩の境界線』の編集をしました、小桜店子です。
 この書き出しをすると、かつての青い日々を思い出します。

 前作『気楽な辞世』の誌名には、最後の作品のつもりで全力を出すけれども、本当にそうなるかは未定です、という意味が込められていました。
 案の定、気楽に戻って参りました。
 制作中は「もうこりごり」と考えているのに、ピリオドを打った瞬間、新たに作りたくなっている、本作りには不思議な魅力がありますね。

 本作りの魅力に取り憑かれたときから、私の日々は色づきました。
 そんな本作りを共に行なってくれる仲間との出会いから早いもので10年になります。
 仲間との出会いがなかったら、私は今でも透明なままだったでしょう。

 私を色づけてくれた本作り、仲間との出会いに感謝を。
 そして、私たちが作った本をお読みいただき、誠にありがとうございます。

 これからも道を歩んでいきます。

 二〇二三年十月一八日
 身を尽くす会 代表 小桜店子


******

 紙本をお読みの場合、表紙以外はモノクロだと思います。
 カラーで表示される電子版もよろしくお願いします。
 https://tomei-to-shikisai.tumblr.com/

澪標 二〇一五年四月号

 表紙イラストは朝霧さん。
 新作読み切り・小説が9作品掲載されています。

 https://1504.miwotsukusukai.com/

Re:澪標 vol.1 2016.summer

 表紙イラストはタリーズさん。
 テーマは「青春」「恋愛」「友情」の3つです。

 https://re01.miwotsukusukai.com/

気楽な辞世

 澪標創刊5周年を記念して作られた同人誌です。
 テーマは「懐古」「没入」「反転」の3つ。
 表紙イラストはタリーズさん。
 新作読み切り・小説が8作品掲載されています。

 https://jisei.miwotsukusukai.com/

透明と色彩の境界線

2023年10月18日 発行 初版

著  者:二丹菜刹那(著) 尋隆(著) 篠田良(著) ノアキサトル(著) ひよこ鍋(表紙イラスト) 小桜店子(編)
発  行:身を尽くす会

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