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光の木

たいいちろう

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 光の木。
 その木は朝も昼も夜も光を放ち続ける。
 その木の光は見える者にだけしか見えず、聞こえる者にだけ言葉を話し、そして、その木には表情があった。
 優しいそよ風が吹くとその木は微笑み、冷たい風にはいつも知らんぷりをして相手にすることもない。
 水に濡れることが好きなようで、雨が降ると心地よさそうに口笛を吹き、太陽が昇る朝にはいつも伸びをしながら、大きなあくびをする。
 光の木は側に近づいた人のことをいつもよく見ており、沢山の人たちと出逢ってきた。
 時代の流れとともに周辺の様子も変わり、その木の側に訪れる人たちの種類も変わっていくことになる。
 その木が放つ光の存在に気づく人はやがて少なくなり、いなくなり、誰もが素通りしていってしまう。
 光の木はいつの間にか自身の放つその光の強さを弱め、自身が光を持っていることすらも忘れかけていた。
 光の木はずっと同じ場所にいながら、迷子になってしまったのだ。

  *

 ある夏の昼下がりのことだ。
 その光の木の下に、綺麗な黒髪をした心がとても優しい一人の女性が訪れる。
 誰もいない午後。
 彼女はたった一人でその元気を失った光の木の下に立った。
 彼女にはこの木の言葉が聞こえた。
 この木の表情が見えた。
 彼女はこの木が人のことが大好きで、誰もを癒してくれる、癒そうとする木であることにすぐに気づいた。
 光の木がずっと長く待ち望んでいた人であり、そのことがわかると光の木はその彼女に視線を向けて、ゆっくりと口を開き、話し始めた。
「あなたのような人が訪れることを待っていたんだ」
 その言葉を聞くと、彼女は彼女の心のなかにある優しさが自然に滲み溢れるような、そんな素敵な笑顔をこの木に見せる。
 すると光の木は彼女の表情をまるで真似るようにして、同じ笑顔になった。
 そんな様子を見て、彼女はさらに光の木に向けて笑顔を見せる。
 彼女はそれからまるで魔法でもかけるかのようにして、そっと光の木に手を伸ばして触れた。
 するとどうしたことだろう?
 光の木はほんとうの自分を取り戻したかのようにして、眩しいくらいの光をその全身から周辺に放ち始める。
 それは彼女にだけが見える光だ。
 彼女にはこの木の光が見える。
 彼女にはこの木の声が聞こえる。
 彼女にはこの木の表情がわかる。
 そんな彼女の手の温かさがこの光の木に伝わっていくのと同時に、彼女の触れた手のひらを通して、光の木が言葉を返してくる。
 それはとても優しい口調で、とても優しい言葉たちで溢れていた。
 光の木に触れる彼女の手のひらから円を描くようにして、光の環がその木の肌に広がっていく。
 すると、光の木の全身から放たれているその光は自身を照らしていき、木の葉の緑を色濃くし、その呼吸に深さを与えた。
 光の木はまるで優しい雨が降り注いで、どこかの屋根に跳ね返るかのような小さな音を、その大地にしっかりと張る根からとても楽しそうに奏で始める。
 その旋律はとても美しくて、誰もの心を癒してくれるものだ。
 彼女の耳にだけ流れてくるメロディ。
 真上にある空の夏を感じさせる、その突き抜けるような青色が光の木の頬に触れていく。
 光の木はその青色に染まり、まるで挨拶をするかのようにして、または空のことを抱き締めるかのようにして、その腕を伸ばし、顔をくしゃっとさせながら上を見上げる。
 光の木は彼女にしか見えない花を彼女の為に咲かせていく。
 彼女にはその花たちの様子が見える。
 咲き乱れる花たちの鮮やかな色はどれも透明感のある淡い色に染まっている。
 その花たちの色はまるで雨上がりの空に架かる、眩しいほどの輝きを心に与える虹の色のようだ。
 それから今度は甘くて、爽やかで、優しい香りが彼女のことを包み込み始める。
 光の木は自身が咲かせたその花の鮮やかで、生命の力に溢れ、瑞々しいその姿を一生懸命に彼女に見せようとする。
 それは言葉にはできないほどの美しいものであった。
 その美しさの下で、彼女は静かに小さく微笑んだ。
 この光の木は彼女のことが好きだ。
 大好きだ。
 彼女もこの光の木のことが好きだ。
 大好きだ。
 この地球の大地、自然、土、を身近なものとし、緑を心から愛している、そんな彼女の存在から光の輝きを取り戻した本来のあるべき姿の光の木がそこにいた。
 光の木は自身が光を持っていることを忘れかけた日々も、迷子になっていた日々も、ずっと人々のことを見守る気持ちを失ってはいなかった。
 光の木は彼女との出逢いで、人を見守ること、人のことを信じる力も同時に取り戻したのだ。
 お礼の言葉とともに、光の木は自身の持つその光の一部を贈り物として、彼女に与えようとする。
 だが、彼女のなかに自分の持つ光の強さ以上の大きな光を感じて、この木はとても驚くのであった。
 その光の強さとは彼女がこの世界に誕生し、生まれた日からずっと変わらずに存在する、彼女の心にある愛と優しさだ。
 そのことを感じ、そんな彼女のことを光の木はもっと好きになる。
 それから彼女がこの世界に生まれたこと、その生命への祝福を光の花束にして、そっと彼女に手渡すのであった。
 優しいそよ風がどこかから吹いてきて、光の木は微笑みを見せた。
 彼女がここにいる間、この素敵な女性のことをずっと眺めていたいとそう思いながら。
 彼女の持つ心のような、その魂のような、とても優しい眼差しとともに。

光の木

2026年9月28日 発行 初版

著  者:たいいちろう
発  行:ANUENUEBOOKS

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たいいちろう

巡り会えたあなたに、
幸せが訪れますように…。

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