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この本はタチヨミ版です。
道に迷ったらカーナビやスマホのナビ・アプリが道案内してくれる時代に、六分儀を使った天文航法による航海術や位置の測定は「旧世紀の遺物」というか、ほこりにまみれた骨董の世界のように思える。
それはそうだ。
だれだって、そう思う。
それを百パーセント認めた上で、正直にいうと、大航海時代の探検家や帆船に乗った海賊、ヨットの冒険家が六分儀で太陽を観測して位置を調べたりしている姿は、ちょっとかっこよかったり――しないか?
実際問題として、二十一世紀もほぼ四半世紀が過ぎた現在、大海原で自分の乗っている船の現在地を正確に知るには、人工衛星を使って位置を測定して電子海図上に表示してくれるGPSプロッター(海版のカーナビ)があれば十分だし、それさえあれば日本一周や太平洋横断どころか、世界一周も可能になる。
念のため急いでつけ加えると、帆船やヨットの操船技術や危機対応能力はそれとはまた別の話で、天測で位置を知ることに加えて、地道に自分のシーマンとしての知識や技量(シーマンシップ)を身につけ、さらに高める努力は必要だ。
勘違いしている人もいるかもしれないが、シーマンシップという言葉にはフレンドシップのような精神的要素はなく、純粋に船を安全に目的地まで運ぶ技術や技量を指し、精神論とは関係ない。
で、GPS(グローバル・ポジショニング・システム)をはじめとするハイテクの電子航海機器の利便性については、異論の入りこむ余地はない。
ただ、こういう電子機器は電源がなければ無用の長物になってしまうため、「バックアップとして旧来の道具や手法も必要だ」という人もいる。
それはその通りだ。
とはいえ、紙の海図やコンパス(方位磁石)は現在でも必需品に入れてよいだろうが、正直にいうと、六分儀まではいらないと思う。
なぜかというと、今どきのヨットや帆船は電子化が進んでいて、個人のヨットでもソーラーパネルを積んでいるのは普通だし、搭載した小さな航海計器の消費電力を確保できず充電もできないという状態は、何らかの理由で転覆でもしないかぎり考えにくいからだ。
最悪の事態に備えてバックアップが必要だとしても、予備のGPS受信機と充電可能な電池を防水バッグなどの容器に密封して積んでおけば用は足りる。
そう、そういうこと。
それで話はおわり……
――なのだが、しかし、そういうことすべてを認めた上で、そうはいっても、利便性とか効率だけで測れないのが人間というやつで、そもそも帆船やヨットなどというもの自体が効率とはかけはなれたものだ。
エアコンやラジオもないヴィンテージのクラシックカーに大金をつぎこんでいる趣味人や、オートマ免許のドライバーが大半でコンピューター制御の自動運転車が現実に道路を走ろうかという時代に、マニュアルのクラッチ操作にこだわる物好きがいるのも事実だ。
そうした人々をマニアやおたくと呼び、ひとくくりにして片づけたとしても、どこかそっちの方が楽しそうだったり、かっこよく見えたりするのはなぜだろう?
コンピューターは突き詰めると「オンかオフか」「○か×か」の二者択一の世界だ。
そういう世界にどっぷりつかっていては見えてこない「何か」がそこにあるのではないか?
すでに人類は半世紀も前にロケットで月に行っているというのに、人はなぜ地球という小さな惑星のちっぽけな山に登ろうとするのか?
なぜ海を見ていると、水平線の向こうに行ってみたくなるのか?
散歩の途中で小さな路地を見つけたら、なぜ迷いこんでみたくなるのか――こういう無駄が人生をおもしろくする……のかもしれない。
損か得か、効率がいいか悪いか、利口か馬鹿かの二者択一ができないところに人生の妙味がある──のかもしれない。
というわけで、本書は究極のアナログの航海術、天体を観測して自分の位置を知る天文航法についての解説書である。
「天文航法に海のロマンを感じる」でも、「単なる道楽」でも、「うんちくを自慢したい」でも、動機は何でもよいが、ルールや戦術や選手の特徴を知っていた方がサッカーやバスケットがより楽しめるように、六分儀と天文航法を含む航海術の基本を知っていれば、少なくとも帆船やヨットの航海記や冒険物語を読む楽しさが倍増するはずだ。
* * * * * *
と、ここで、いきなり、クイズ
今この本を手にしているあなたに、この本が自分に向いているか、お金を出して買う前に確かめる方法があるので紹介しておこう。
次の場面で、あなたはAだろうか、それとも、Bだろうか。
ケース1
ショッピングモールで鉄道模型のジオラマの展示会が開催されています。
蒸気機関車が渡る谷にかかった鉄橋など、見事な出来栄えです。
あなたは、どちらのタイプですか?
A.よくできてる。ほしいな。いくらで買えるんだろう?
B.よくできてる。ほしいな。どうやって作るんだろう?
ケース2
お金持ちの友人の別荘に招待されました。
最寄り駅に着くと、駅前に二台の車が用意されています。
どちらも利用可能で無料です。あなたは、どちらを選びますか?
A.運転手付きの高級リムジン
B.運転手はいないが、キーと道順のメモが添えてある四駆
ケース3
週末に友人たちとキャンプに行くことになりました。
担当を決めて役割分担します。
あなたは、どちらを選びますか?
A.食事の献立のメモをもらって、買い出しに行く
B.キャンプ場を選定し、現地までの足を考える
ケース4
セレブ系の合コンの幹事になった友人に、会場の手配で助言を求められました。
お礼として会費無料で参加させてくれるそうです。
あなたは、どちらを企画しますか?
A.高級レストランのコース料理
B.ビュッフェ形式の立食パーティー
ケース5
天測/天文航法では、ちょっとした計算が必要になります。
足し算と引き算だけでも可能ですが、電卓や表計算ソフトを使うという手もあります。
あなたは、どちら?
A.算数や数学なんて見るのもイヤ、大嫌い
B.数学は得意、あるいは得意というほどではないが苦手でもない
すべてAという人は、この本、向いていないかもしれない。
Bはいくつかあるが「質問5はA」という人も向いていないかも。
それ以外の人は、この本、意外に楽しめる――かもしれない。
* * * * * *
本書の、とくに第一部では、できるだけ専門用語の使用を減らし、計算も単純な足し算と引き算(と時差の計算などで必要になる簡単なかけ算と割り算)でできるものに限定している。
天文航法といえば「位置の線航法」が定番で、これができないと海技士の試験に合格できないかもしれないが、目的は試験ではなく大海原を渡って目的地に到着することなので、対数やサインコサインなどの三角関数の計算も含めて、第一部では、そういうものを用いなくても可能な、しかしヨットの世界では信頼できると認められている方法についてのみ取り上げている。
理由は単純だ。
ゆれている小さな船で三角関数の計算などで頭を悩ませたくはない。
関数電卓やパソコンの表計算ソフトを使えば楽勝という人もいるが、だったら最初からGPSを使えよ、という話。
位置の線航法も、実際の手順を書き出してみれば、A4用紙一枚におさまる程度のシンプルなものである。それについては本書の第二部で取り上げるが、ここでも仕組みだけ簡単にふれておくと――
つねに陸が見えている沿岸航海では、コンパス(方位磁石)で山や岬など複数の目標物が見える方角を調べ、それぞれの方位を示す線を海図に引く。で、引いた線の交点が船の位置を示している。
これはクロスベアリングという、海で陸が見えているときに船の位置を求める基本のやり方だが、位置の線航法もこれと同じだ。
島や岬が太陽や星になるだけで、つまり二次元の平面から三次元の立体になるだけで、理屈は変わらない。
第二部で示す図をみてもらえば一目瞭然で、ある意味、目からウロコの斬新な方法ではあるものの、これが六分儀と天測に対するハードルを高めている理由の一つにも思われるので(筆者の個人的な感想?)、本書の第一部では取り上げず、もっと詳しく知りたいという人向けに第二部「知の迷宮への招待」で説明している。
まあ実際にやってみれば、考え方も手順もシンプルだし、三角関数の計算ができなくても天測計算表(日本ではいわゆる米村表)に計算した結果が整然と記載されていて、自艇での条件にあう数字を選んで足すか引くかするだけで結果(方位角など)が得られるようになっている。あとは作図用紙に線を引いて交点を確認するだけだ。
なれるより慣れろで、イメージされるほど面倒な作業ではないのだが、いろんな専門用語や略語が飛びかい、作図も必要だったりするため、なんとなく「むずかしそう」というイメージが先行している。
で、本書の第一部では、太陽が真南にきたときにその高さを測定し、あとは、小学生でもできるような足し算引き算で緯度と経度が出せる方法について説明している。
そんなものでいいのかと疑問を抱く人もあるかもしれないが、十五世紀後半から十六世紀にかけてのコロンブスやマゼランの時代(日本では戦国時代のまっただなか)には、そもそも六分儀自体が存在していなかった。貴重なデータが詰まった天測暦や天測計算表もなかった。正確な位置(とくに経度)を割り出すのに必須の精密な時計(クロノメーター)にいたっては、影も形もなかった。
時計職人のジョン・ハリソンが作った時計の精度が正式に認められて賞金が与えられたのは1773年のことだ。位置の線航法が発見されたのは、それからはるか後、いわゆる大航海時代もとっくに過ぎ去った十九世紀中頃(1837年)なのだ。
というわけで、本書では、これだけ知っていれば、GPSに頼らなくても、とりあえず「現代のヨットで太陽高度を観測しながら日本を出発して太平洋を横断し北米大陸に到着する」ことが可能な程度の、最低限の基礎知識の習得をめざしている。
最低限とはいっても、六分儀はむろんのこと、精度の高い時計(クロノメーター)が存在すらしていない時代の偉大な航海者、コロンブスやマゼランが用いた航海術より、はるかに正確で確実な方法ではある。
ここで取り上げる内容を理解すれば、大海原を航海するための具体的かつ実践的な方法、つまり六十年前に独学で航法を学んだ二十三歳の堀江謙一青年が日本人としてはじめて太平洋を単独横断して世間をあっといわせたときと、少なくとも同程度の、六分儀を使った位置測定の基本が身につく――はずである。
※ ご注意: 本書には多数の図版が使用されています。電子書籍版はリフロー型のため、スマホやタブレットなど画面の大きさで表示される文字数や行数が変化し、本文と図版の位置やサイズにズレが生じる場合があります。また、電子書籍販売サイトのシステムによっても表示が異なる場合があります。これは出版社側では十分に対応できないため、あしからずご了承ください。
目 次
はじめに
第一部 これだけは押さえておきたい基本
第一章 船の位置を知る方法と手順(緯度と経度を求める)
第二章 六分儀の操作と実際の手順
第三章 観測した値を改正する意味と手順
第四章 太陽が見えないときの推測航法
第二部 知の迷宮への招待
第一章 子午線高度緯度法
第二章 六分儀の使い方のヒント
第三章 北極星緯度法
第四章 航海術の基礎知識
第五章 位置の線航法
第六章 天文航法に必要なもの
天文航法の用語の英和対照表
あとがき
まず、これだけは確認しておこう。
「天測」とは、空に見えている太陽や星を観測すること。
「観測」とは、目的の星(本書では太陽)が、一定の時間(本書では正午)に、どの方向に、どの高さ(水平線から見上げる角度)に見えたかを調べること。
「天測/天文航法」とは、空を動いている天体(太陽や月、恒星、惑星)の方角(方位)と高さを測定することで、地球上で自分のいる位置を知り、それに基づいて航海すること。
地球が完全な球で、自転の軸(地軸)が地球と太陽を結んだ線に対して垂直で、地球がきっちり24時間に一回自転し、太陽のまわりを正確に365日かけて円軌道を描いて公転し、さらに北を示す北極星が地軸の延長線上に存在しているのであれば話は簡単だ。
まず、これを前提にして、第一章では、太陽が真南に来たときの水平線からの高さ(角度)と、そのときの時刻を知ることで、なぜ自分の位置(つまり、緯度と経度)がわかるのかについて説明する。
第二章では、六分儀の具体的な使い方について取り上げる。
得られた観測値の修正の仕方(改正という)については第三章で説明する。
第四章以下では、六分儀による天文航法を補う方法など、最低限知っておくべき基礎知識と、天文航法に必要な道具や資料について説明する。
実際に六分儀を操作して太陽の高さを測定する作業はあっけないくらいに単純だ。
座学で六分儀の取り扱いについて一時間学び、南に水平線の見える開けた場所で実地研修を一時間も体験すれば、なんとか太陽高度を測定することはできるようになる。
本当にむずかしいのは、波にゆれて少しもじっとしていない小さな船で、六分儀のレンズや鏡の中に太陽と水平線の両方を同時にとらえること。こればかりは経験をつむしかない。
実際にやってみればわかるが、動かない陸上や、数千トン数万トンある大型の本船で行うのとはまったく勝手が違う。
足場がしっかりしているところでは簡単にできることが、小型船ではなかなかうまくいかない。砂浜に置いたサーフボードの上に立つのは簡単だが、海に浮かべたサーフボードに立とうとすると、初めのうちはなかなかうまくいかない――みたいなものと思えばよい。
とはいえ、慣れればコツはつかめるので、そうむずかしく考えることはない。習うより慣れろで、車の運転免許に合格できるくらいの理解力と運動神経があれば乗りこえられる。
また、原理や理屈がわかっていれば、測定結果が大きく間違っていたときに気がつきやすくなるので、理論を知らないよりは知っていた方がよいのはいうまでもない。そのための手がかりを第二部で示してある。
もっとも、車のエンジンの仕組みは知らなくても車を運転できるのと同じで、所定の手順に従って作業をすれば、一定の測定結果は確実に得られるし、航海科や海技士の試験とは異なり、理屈がわからなくても、結果として船を目的地の方に進めていければ、それで問題はない。
問題ないというのは語弊があるかも知れないが(きびしい教官だと青筋をたてて怒るところ?)、実際のところ、一人でなんでもこなさなければならないヨットにおける六分儀による測定の精度はその程度のもの、という意味である。
なお、原理とか理論といっても、直角は90度、平行線の同位角は等しいという程度のことを知っていれば、そうむずかしくはない。海員学校や商船学校/大学で使われている天文航法の本を開くと、高校の数学で習う対数やサイン、コサインなどの三角関数を用いた面倒そうな計算式がずらっと並んでいたりするが、ここ(本書の第一部)で紹介する天測方法の計算では、そういうものは、まったく必要ない。
厳密で厳格な方法を習得するのにこしたことはないので、航海科の授業をかろんじる意図はまったくないが、外国航路の航海士とヨットや遠洋漁船の乗員とでは、知識や技術のレベルが違って当たり前(プロとアマでは求められる精度が根本的に違う)ということを、まず理解しておこう。
そもそも船を予定通りに安全かつ正確に運航するのが本業の航海士と、甲板での漁労作業に追われる漁船員や、一人で風を読んで帆を調節しつつ操船する一方で位置を知ろうとするヨット乗りとでは、求められるレベル(精度といってもよい)が違うのだ。
次の写真を見てほしい。
天文航法の教科書(テキスト)を並べてみた。
左端の厚い本は定評のある天文航法の教科書、中央が英語版のヨット乗り向けのテキスト、右端が漁船員向けの本である。大きさと厚さの違いに注目してほしい。
『天文航法』(長谷川健二著)と『誰にもわかる漁船天測法』(佐藤新一著)はどちらも同じ年に同じ出版社(海文堂)から数十年前に出たもので、真ん中のヨット乗り向けの本(Celestial Navigation for Yachtsmen)はそのさらに数年前に英国で出たものの改訂版で米国から出ている比較的新しい本だ。
『天文航法』は教科書によくあるA5版で、『誰にもわかる漁船天測法』はそれより一まわり小さく、単行本で一般的な四六版になっている。ページ数は前者が418ページ、後者は214ページとほぼ半分。ヨットマン向けの英書の判型はA5版に近い(幅が少し狭い)が、もっと薄くて69ページしかない。
漁船天測法では理論の説明やさまざまな航法の紹介は少なく、ページの多くが例題とその解説で占められているし、『天文航法』では割愛されている六分儀の使い方については、逆に十数ページをついやして詳しく説明してある。
つまり、授業や試験用ではなく、あくまでも用途に応じた実用という面が重視されているわけだ。
位置の線航法だろうが子午線高度緯度法だろうが、どれを用いるにしても、作業の手順を書き出せばA4の用紙一枚、大学ノートであれば一ページでおさまるし、実際の測定や計算にかかる時間も数分からせいぜい十分程度で大差ない。
とはいえ、位置の測定に関しては、コロンブスやマゼランが用いた航海術よりはるかに高度で精度も高いことには間違いない。
自分が現在いる場所を人に知らせる方法はいろいろある。
スマホのGPS機能などはのぞき、アナログの方法に限定すると、スカイツリーの4階チケットカウンターの前とか、デパートの催事場入口とか、目印になるものを伝えればよい。
京都のように南北と東西の通りが比較的に整然と交差している街では「烏丸通御池通上る(からすまどおりみいけどおりあがる)」といえば、「烏丸通りと御池通りが交差するところから北」となり、特定できる。
碁盤の目のようなという言葉があるように、将棋や囲碁では、縦と横に線が引かれた方眼紙のような盤上で、たとえば将棋では7四歩、囲碁では右上隅小目(みぎうわすみこもく)といえば場所が特定される(将棋は線と線で囲まれた四角の内部に駒を置き、囲碁は線と線の交点に石を置くという違いはある)。
地球上で自分の位置を知らせるには、緯度と経度を使うのが最も正確だ。
地球には、碁盤と同じように、縦(南北、経線)と横(東西、緯線)に線が張り巡らされていると考えればよい(むろん、目には見えない)。
Source: Peter Mercator, Public domain, via Wikimedia Commons
地球を水平面で輪切りにしたときの切り口の円周が緯線で、その一番大きいところが赤道になる(上図の赤い/太い線の円)。むろん、実際に現地に行っても赤い線は見えない。
地球儀の上と下にある北極と南極を結ぶ地表上の縦の線が経線と呼ばれる。
この緯線と経線の組み合わせで、位置が一点に定まる。
上の図で「φ(ファイ)」が示している角度が(地表にある黒い点の)緯度で、
「λ(ラムダ)」が経度を示す角度(時角という)になる。
丸いボールの形をした地球は、北極から南極を貫通する線(地軸)を軸にしてコマのように回転している。
緯度については、赤道を基準の0度とすると、北は90度まで、南にも90度まであり、赤道より北は北緯(N)、南は南緯(S)で示す。NとSは磁石でおなじみだ。
また、北極点から南極点までを結ぶ地表で最短距離の線(経線)は無数に引ける。その線をその場所の子午線(しごせん)ともいう。
いろいろな歴史的経緯があって、現在、経度については、イギリスの首都ロンドンのケンブリッジ天文台跡を通る経線を0度とし、そこから東の方向に180度までが東経、西に180度までが西経と呼ばれる。地球をぐるり一周すると360度なので、東経と西経は地球の反対側(太平洋の少し西より)で出会うことになるが、そこが日付変更線だ。東経はE、西経はWで示す。
ちなみに、世界地図を見ればわかるように、日付変更線は、赤道付近で少しギクシャクしている。広範囲に点在する多くの島で構成されるキリバス国などで、国内に複数の日付が同時に存在する不都合を避けるためだ。
で、地球上の場所はすべて、「北緯30度、東経150度」という風に、緯線と経線の組み合わせで表すことができる。
とはいえ、地球は大きいし、緯度も経度も「度」という単位だけではおおざっぱすぎるので、もっと小さい単位が必要になる。
そこで、時間と同じく60進法が採用され、度の下の単位を分、分の下の単位を秒とする決まりになっている。
地球は24時間で1回転する、
つまり360度回転するので、1時間では15度回転し、30度回転すると2時間ズレることになる。時間と地球の自転による角度には、このように、相互に変換可能な関係がある。
つまり、地球上の地点Aの経度と地点Bの経度がどれくらいズレているかは、地球の中心からその場所の子午線(経度)に線を引いた角度(中心角)で表すことができる。この角度のことを時角(Hour Angle)という。
あまり聞き慣れない言葉だが、単純に経度の差を角度で示したもので、時間に置き換えることができる、ということだけわかっていれば問題はない。
で、世界共通の基準となる地点が英国ロンドンのグリニッジに設定され、このグリニッジを基準とした角度(どれだけ回転した位置にあるか)を示す物さしをグリニッジ時角(GHA)と呼ぶ。
グリニッジ時角(GHA)では、グリニッジを0度として西まわりに360度まわると、またグリニッジにもどる。
たとえば、日本の標準時の東経135度は、グリニッジ時角で示すと(360-135=225)で225度になる。逆に、360度からグリニッジ時角(225)を引くと東経135度が求められる。
つまり、その場所のグリニッジ時角(地方時角SHAという)がわかれば経度(東経や西経)が求められるが、経度はグリニッジの0度を基準として東西に180度までの値で示されることに注意する必要がある。
※ この角度に関して、弧度という言葉もよく用いられる。これは円の半径と同じ長さの円周に対する中心角を意味すると同時に、中心角の単位にもなっていて、1弧度(ラジアン)=約57.3度である。天測計算表の冒頭に「第一表 時間弧度換算表(じかんこどかんさんひょう)」が掲載されているが、この弧度は前記の地球の中心角のこと。時間と角度(弧度)の換算は小学校の5、6年生であれば計算できるシンプルなものだが、この時間弧度換算表を使えば、その計算すら不要になる。いろいろむずかしそうな言葉が出てくるが、実際の測定も計算も、なれれば鼻歌まじりにできるようになる。
で、この経度について、地点Aと地点Bが大きく離れていて、たとえば180度、つまり12時間ズレているとすれば、AとBは地球の反対側に存在し、昼夜が逆転してしまう。これが海外旅行で悩まされる時差というわけだが、経度を求める考え方は、基本的にこの時差の計算とほぼ同じである。
ただ、地球は太陽のまわりを円を描いて公転しているものの、正確には楕円軌道(だえんきどう)であり、自転の速度も微妙に変化している。そのため、微調整が必要になる。その微妙に変動しているデータを1日ごとに整理してまとめたものが天測暦(Nautical Almanac)であり、観測に関連して必要な計算結果をまとめたものが天測計算表である。
六分儀を使って太陽の水平線からの高度を測定し、その時間を確認しさえすれば、あとは天測暦や天測計算表から数値を拾って簡単な計算をするか作図する(位置の線航法の場合)と、船の現在地の緯度経度がわかる。
天測暦は毎年その年の版が刊行されているが、天測計算表は1冊あれば足りる。
※ 天測暦や天測計算表は海上保安庁が刊行していたが、その役目を終えたとして2022年を最後に廃刊となった。同庁では、必要があれば英国等で発行されている天測暦(the Nautical Almanac)を使うよう推奨している。これはpdfファイルとして、該当する年の分が無料でダウンロードできるので、むしろ安上がりになったともいえる。英語と聞いただけで身ぶるいする人がいるかもしれないが、なに太陽の正中時や赤緯を調べるだけなので、語学力は関係ない。本書の第二部で、ダウンロードできるサイトのURLと、英語版の簡単な使い方についても説明する。
時間と角度について、もう一度整理すると、どちらも60進法だが、表記については、時間と角度で異なる。
時間の場合、時間(h)、分(m)、秒(s)で表す。
2時間5分30秒 => 2h 5m 30s
角度(時角)、つまり緯度と経度の場合、度(°)、分(′)、秒(″)で表す。
135度15分25秒 => 135°15′25″
緯度を求める(基本となる考え方)
次の図は、昼と夜の長さが同じになる春分の日と秋分の日の正午における、北極点と赤道での緯度と太陽の高度の関係を示している。
太陽までの距離は地球の大きさに比べて、とても大きい(遠い)ので、地球のどこから見ても、太陽の方向は同じ(上の図の平行になった矢印)とみなしてよい。
上の図で、北極点にいる人には、水平線の方向に太陽が見える(太陽の高度は0度)。
赤道にいる人には真上(90度)に見える。
次の図は、同じ日の、北半球の任意の地点●における緯度 ℓ と太陽高度 a の関係を示している。
中学の数学の授業で習ったように「平行線の同位角は等しい」ので 緯度 ℓ は ℓ1と同じになる。よって、緯度 ℓ と太陽高度 a を合わせたものが90度になることがわかる。
つまり、 ℓ(緯度)+a(太陽高度)=90(度)
これから ℓ = 90 -a が導かれる。
つまり、水平線からの太陽の高さがわかれば、それを90から引くことで緯度が求められるわけだ。
この関係は、その前の図の北極点と赤道にいる人の場合でも当てはまる。
北極点では太陽は水平線上に見えるため a = 0となり、90 - 0 = 90で、北極点の緯度は90度。
同様に、赤道では太陽は真上(水平線から90度)にあり、90 - 90 = 0 で、赤道の緯度は0度になる。
前述したように、地軸は太陽に対して傾いているため、地球が太陽のまわりを動くにつれて、春分の日と秋分の日をのぞき、太陽は北に動いたり南に動いたりする。
だから、上記の計算は年に2回、春分の日と秋分の日にのみ当てはまる。
それ以外の季節では、太陽は赤道の北(北半球の夏)か南(南半球の夏)にある。
赤道からどれくらい南北に動いているか(ズレているか)を示すのが赤緯(せきい declination)で、d で表す。
赤緯とは聞き慣れない言葉だが、要するに、ある季節のある場所の正午(つまり太陽が真南にくるとき、すなわち一番高く上がった状態のとき)に、太陽の位置が赤道からどれくらい南北にズレているかを示すものだ。
天体が真南にくることを南中というが、天測では正中と呼ぶ。南中する時刻=正中する時刻で、ある場所での太陽の南中時/正中時、つまり正午は、その場所の標準時の12時である。
厳密にいえば、日本の標準時で正午だといっても、東経135度の明石より東にある北海道の知床半島では太陽はすでに真南を通り過ぎているし、西にある沖縄の先島諸島(石垣島など)ではまだ真南にきていないわけだが、日常生活では、おおざっぱに「全国いっせいにお昼ですよ」で問題はない。
そういうわけで、世界は15度(1時間)ごとにタイムゾーンが設定され、そのエリア内での時間は統一されている。その方が便利だからだ。
地球はコマのように自転しながら太陽のまわりを一年かけて公転しているが、この公転の軌道は円ではなく楕円形になっている。つまり、地球と太陽との距離は一定ではないため、地球が公転する速度も自転する速度も微妙に変動し、ある場所で太陽が真南にくる時間は12時きっかりとは限らない。
1日のうちで太陽が一番高く上がる(真南にくる)時刻が12時だというのは、そういう季節的要因を抜きにして、一年をトータルで平均すればそうなるという時間で、これを平均太陽時という。われわれの生活は、これで動いている。
それに対して、実際に太陽が真南にきてから次に真南にくるまでを1日とするのを視太陽時といい、平均太陽時と視太陽時との差を均時差(きんじさ)という。
とまあ、急にむずかしそうな言葉がずらずら出てきたが、悩むほどのものではない。
というのも、太陽を含む天体の均時差については、天体ごとに1日単位でデータを表にまとめたものが天測暦や天測略暦に集められているからだ。標準時で正午になったとしても、実際に太陽が真南にくるのは数分程度のズレがあり、そのズレた時間(均時差)が何分かを天測暦で確認するだけだ。均時差(きんじさ)という言葉や意味を知らなくても問題ないし、実際の天測では、自分の船のいる地点の正中時を天測暦で調べてメモしておけばそれで十分である。
なお、天測暦と似た天測略暦というものもあって迷うかもしれないが、簡単にいえば、グリニッジの世界時間を基準にまとめてあるのが天測暦で、日本の標準時を基準にまとめてあるのが略暦の方だ。どちらも海上保安庁の刊行である。
日本近海で漁をする漁船で使う分には略暦の方が計算が楽ではあるが、基本的な考え方は同じなので、慣れれば「どっちでも」よい。
※ アルファベットの略称について、緯度は英語で latitude なので ℓ 、高度は altitude なので a が使われることが多い。赤緯の declinationは、本来は「下に曲がっている/ズレている」を意味する英語で、天文用語としての赤緯は、太陽だけでなく他の星に対しても使用されるが、ここでは太陽が赤道の真上からどの程度ズレているかを示す、という理解で十分。
この赤緯については、1年365日分のデータが1日ごとに天測暦に掲載されているので、その日の赤緯は簡単にわかる。
たとえば、こんな感じで表にまとめられている。
出典:『天文航法』(海文堂)の付録「天測暦抜粋」(海上保安庁承認第440011号)
赤枠は、この日(8月18日)の太陽の正中時と赤緯を示している。
実は、緯度の測定で必要なのは、この赤枠内のデータだけだ。
天測暦には月や星や惑星のデータも記載されているが、その99%は使用することがない。
こうした値は年ごとに変化するため、天測暦は毎年発行されている。
赤枠内の略語の意味は、こうである。
U: 世界時(Universal Time)で、ロンドン・グリニッジ標準時のこと。
E◎: 太陽が真南にくる時間(正中時、南中時ともいう)
d: 赤緯(Nは赤道より北、Sは赤道より南にあることを示す)
dのp.p.: 比例部分(ここでは考慮しなくてよい。使い方は下記を参照)
※ 赤緯(d)の比例部分: 天測暦の赤緯は2時間きざみで掲載されているが、比例部分はその中間にある時刻の赤緯を知りたいときに用いる。たとえば、世界時で午前9時30分の赤緯を知りたいとしても、天測暦には8時と10時の赤緯しか書かれていない。その場合、9時30分は8時から1時間30分後になるので、p.p.の欄で 1 h 30 mの箇所を見る。 1'2 となっているので、8時の赤緯 N13°4'2 から1'2を引いた N13°3'が9時30分の赤緯になる。引くか足すかはその時間の前後の赤緯が増えているか減っているかに合わせる。
とはいえ、この値による差は(他で生じる誤差に比べると)小さいので、無理に参入する必要はない(天測略暦では、月のP.P.はあるものの、太陽のP.P.はそれ自体が割愛されている)。
次に同じ海上保安庁発行の「天測略暦」の抜粋を示す。
出典:『誰もわかる漁船天測法』(海文堂)所収の「天測略暦抜粋」
(海上保安庁承認第440017号)
天測略暦は天測暦の簡易版で、日本近海で漁をする漁船などを考慮し、基準をグリニッジから日本標準時(135度)に直したデータが掲載されている。
簡略化の例をあげると、かりに自分がいま日本の標準時の明石と同じ経度(東経135度)にいるとすれば、世界時とは9時間の時差があるので、それを考慮しなければならないが、略歴では、上の図の青枠(上右端)のように緯度36度、経度135度の地点における日の出、正中、日没の時刻がすでに記載されている。グリニッジではなく日本の標準時との時差だけを考えればよいわけだ。
ちなみに、この正中時(正中する時刻)は天測暦の正中時とは微妙に異なっていて、そのページに表示されている数日間の正中時を平均したものである。つまり略暦に記載されている正中時自体に誤差が含まれているのだが、それは(漁船にとっては)天測でとくに問題とするレベルの誤差ではないということを意味している。
太平洋や大西洋など航海する海域がある程度決まっていれば、天測略暦のように、グリニッジではなく、その場所のタイムゾーンの標準時を基準にして換算する方が計算も楽だし、昼と夜を取り違える(勘違いして世界時を12時間ずらして計算する)といった大きなミスも起こりにくい。
タイムゾーンは、時差1時間ごと(つまり経度15度ごと)にゾーン分けしたもので、日本は135度のゾーンに入っている。135度のタイムゾーンは東経127.5度~142.5度になる。
135÷15=9なので、グリニッジとは9時間の時差がある。
本書の第一部での緯度経度の計算では、少しでも楽なように、このタイムゾーンの標準時での計算手順もあわせて示してある。
その場所の標準時との時差(東経135度では9時間)を加減すればグリニッジの世界時での計算も同じ手順で可能なので、どちらを使ってもよい。
ま、世界時でもこの時差分(9時間)を足すか引くかするだけだから、そう変わりはしないが、昼の12時と夜の12時を混同するとか、つまらないがよくある計算ミスは確実に減らすことができる。
現実問題として、航海を続けて移動距離が長くなるにつれて、時計と現実の昼夜がズレてきて、いま世界時では何時で、現在地の地方時では何時なるのか、などと頭を悩ませたりすることがある。
ただでさえ四六時中ゆれている船内で、頭や神経を使うことが少ないのにこしたことはないので、たとえば時計を2個用意しておいて、一つをグリニッジ標準時用(たとえば、船内の掛け時計)とし、もう一つを現在地の標準時用(腕時計)にしておけば、普段の生活と測定は腕時計だけですむ。
船が移動して次のタイムゾーンに入ったら腕時計を一時間進める(か遅らせる)だけだ。現代の安価な腕時計でも、クロノメーターと呼ばれたかつての精密な航海用時計並みの精度はある。
本書で説明する緯度経度の決定方法は、子午線高度緯度法というシンプルだが確実性の高い方法だ。
そのなかでも、現地時間(地方視時という)の正午に太陽の高度を測るLAN(Local Apparent Noon、地方視正午)航法とも呼ばれる手順を紹介する。米海軍でも用いられていたシンプルでミスも起きにくい手順である。
ちなみに、米海軍のアカデミー(兵学校)では、今世紀(二十一世紀)のはじめに一度はやめた天文航法の授業を十年ほど前から復活させている。
子午線高度とは、天体(太陽)がその場所で真南に来たときの高度をいう。
繰り返しになるが、学校の専門科目としての天文航法では「位置の線」航法と呼ばれる方法が必須かつ標準――つまりデファクト・スタンダード――とされているが、それについては本書の第二部で取り上げる。興味のある人は、さらに高みをめざすためにもそちらを参照してもらいたいが、小さなヨットの航海では知らなくても問題はない。
誤解がないように補足すると、知らないより知っていた方がよいし、知識として知っているより実際にできる方がもっとよいのはいうまでもない。
ただ、ヨットの航海では、自分自身が船長であり航海士であり舵手であり甲板員であり通信員であり料理当番であり帆の修理担当者でもあったりして、やるべきことが山ほどあるので、要は自分にとっての優先順位の問題として判断すればよい、という意味だ。
太陽の高度と赤緯については、もう少し場合分けをする必要がある。
というのは、さきほど北半球の図で説明したが、自分が南半球にいる場合もあるからだ。
北半球にいる場合と南半球にいる場合については、前記の二つは図を上下にひっくり返せば、同じ考え方があてはまる。
問題は、自分の位置が北半球なのに「太陽が自分より南ではなく北に見える」場合と、南半球にいるのに「太陽が自分より北ではなく南に見える」場合である。
たとえば夏至(げし)のとき太陽は北緯23度26分(北回帰線)まで、つまり台湾あたりで真上に見えるくらいまで移動しているが、そのとき自分がそれより南のフィリピンあたりにいたら、というような場合だ。
これも図を描いてみればわかるが、ちょっと煩雑になるので、ここでは割愛する。
理詰めで説明されなければ納得しない人は、自分で図を書いて確かめるか、本書の第二部で図を使って説明しているので、そちらを参照してほしい。
「緯度を知る」ことが目的であれば、一般に次のようにおぼえておけばよい。
緯度(ℓ)は、90度から測定した太陽の高度を引いたもの(90-a)と赤緯dの関係で決まり、それぞれを足すか引くかで求められる。
計算式にすると、 ℓ=±(90-a)±d という形になる。
プラスとかマイナスの符号がつくため、海の上で船酔いしボーッとした頭で考えていると、どっちがどっちだったかわからなくなってしまったりするので、次のように単純化して整理しておこう(ここ、試験に出ないかもしれないが、実際の航海では大事)。
正午に太陽の高度(正中時の視高度という)を測定して緯度を求めるには
(観測して得られた太陽の高度をaとすると)
1. 太陽を南に向かって測定した場合、(90-a)の値にNという符号をつける
2. 太陽を北に向かって測定した場合、(90-a)の値にSという符号をつける
3. 天測暦でその時刻の赤偉(d)を調べる
(赤偉には必ず赤道より北か南かを示すNかSの符号がついている)
● (90-a)とdの符号が同じならば(NとN、SとS)、
両方を足してその符号をつける。
● (90-a)とdの符号が異なる場合(NとS、SとN)、
値の大きいほうから小さい方を引いて(絶対値の差)、大きい方の符号をつける
これだけ。
これだけでは海技士の試験に合格できないかもしれないが、太平洋は渡れる!
※ 天測計算表の末尾に計算型の見本IIとして示されている子午線緯度法の計算における緯度ℓと赤緯dの同名・異名の場合分けと、ここで述べている場合分けがちょっと違うと思う人もいるかもしれない。表現をわかりやすく変えているだけで、同じことを意味している。疑問に思った人は、第二部で詳しく説明しているので、そちらも参照のこと。
【理解したか確認するための問題1】
太陽が真南にきたときに南に向いて観測した高度aが65度で、天測暦で調べると、その時間の赤緯dはN10度30分だった。
現在地の緯度は何度?
(この問題では、六分儀の器差や眼高などの補正/改正はまだ考慮しなくてよい)
【回答】 (90-a)もdも同じNになるので、
緯度 ℓ =北緯(N)(90-65)度+10度30分
=北緯(N)25度+10度30分
=北緯(N)35度30分 (N35°30’)
【理解したか確認するための問題2】
冬至(とうじ)の12月24日の正午に南にある太陽を測定した高度は31度27分で、その日の赤緯dはS23度26分となっていた。
現在地の緯度は何度?
【回答】 (90-a)はNだが、dはSになり、(90-a)の方が値が大きいので
緯度 ℓ =北緯(N)(90度-31度27分)-23度26分
=北緯(N)58度33分-23度26分
=北緯(N)35度7分 (N35°7’)
【理解したか確認するための問題3】
ある日の正午に太陽を北に向いて観測したところ、太陽高度は71度55分だった。天測暦で、その日の赤緯dはN22度45分となっている。
現在地の緯度は何度?
【回答】 北を向いて観測したので、(90-a)はSになり、dはNで異なっている。この場合、両方の値の大きい方から小さい方を引いて、大きい方の符号をつける。
90度-a=90度-71度55分=18度5分
赤緯dの値の方が大きいので
22度45分-18度5分=4度40分
緯度 ℓ =北緯(N)4度40分(N4°40’)
ね、簡単でしょ。
緯度を求める(実践編)
では、赤緯の調べ方などを含めて、緯度を求める具体的な手順にそって実際にやっていこう。
要は、六分儀で太陽高度を観測してメモし、天測暦や天測計算表から必要な数値を拾って計算することで緯度が求められる。
ここで示す手順を整理して箇条書きにすればA4用紙1枚におさまる。
海上保安庁発行の天測計算表の巻末には、付録として子午線緯度法と子午線正午法(名称は少し異なっているが本書で述べている方法)で実際に計算するときの手順(書式/表)の見本が掲載されている。緯度と経度でわずかA4用紙半ページ分だ。
実際の作業はきわめてシンプルということ。
手順を整理する際に利用できるよう、本章の最後に「まとめ」として紹介している。
ステップ1. 太陽が真南にくる時間(正中時)を知る
自分の現在地(船位という)について、推測される緯度と経度を観測前に調べておく。
なぜかというと、太陽が南に来たときを南中時とか正中時というが、これは言葉にすれば簡単であるものの、実際に正確に判断するのは、案外、むずかしい。
天気のよい昼頃に実際に方位磁石を持って外に出て、自分でやってみればわかる。
もちろんコンパス(方位磁石)を見れば南の方角はだいたいわかるが、太陽は結構大きくて、しかも、六分儀で見ていると、かなり早い速度で上へ上へと上がっていく。頂点に近づくにつれて上がる速度はゆっくりになるが、今度は上にではなく横に移動しているようにも見えるので、どのタイミングで頂点に達したか、わかりにくい。
おまけに赤道に近い低緯度だったりすると、首が痛くなるくらい見上げる位置にある。六分儀自体は正面の水平線に向けているので、実際に六分儀を持った状態で見上げるわけではないが、太陽がどの方角にあるのか、南にあるのかすら判断しにくかったりする。
自分の現在の船位が推定できれば、その場所で正中する時刻が何時何分になるのかは、天測(略)暦で調べるか計算すればわかる。なので、その時間の前後に太陽高度を観測すればよいため、あわてずにすむし、気も楽になる。
そのための推測緯度と推測経度である。
具体的には、前回または前日に測定して得られた位置を基準にして、その後にどの方向にどれくらいの速度で何時間くらい進んだかを加味すれば緯度と経度を推測できる。
船の航海では、毎日の船の位置(船位)について海図に印をつけ(プロットするという)、一時間ごと、または方向を変えた変針点ごとに進行方向と速度を航海日誌に記録しておくのがルーティンの作業で、こういうことは沿岸航海のプレジャーボートではほとんどやられていないかもしれないが、外洋航海では必須である。きちんとやっておこう。
野球の名将のことばをもじると「海難に不思議の遭難なし」。
やるべきことをきちんとやっておかないから悪い結果が生じる(可能性が高くなる)のは、船に限らず何の世界でも同じだ。
で、海図に前回(前日)測定した位置を記した場所から、現在までに進んだ距離を速度と時間をもとに線で作図して現在の船位を出す。これをデッドレコニング(DR、推測航法)という。推測だから値はだいたいでよい。
だいたいの船位が作図できたら、海図の上下左右の端につけてある目盛りから緯度と経度を読みとる。
経度がわかれば、その場所のタイムゾーン中央の標準時(あるいは世界時)との時間差がわかる。
日本標準時のタイムゾーン(135°)で、推定の経度が 136°12’だとすると、
15°=1 h (60m)だから、1°= 4 m、1’= 4 sになるため、
1°+12’= 4 m + 12 × 4 s = 4 m 48 s
つまり、日本標準時の明石から4分48秒だけ東にいることになる。
正午といえばタイムゾーンの標準時で12時のことだが、太陽が正中する時刻は毎日12時きっかりというわけではなく、数分の誤差があるのが普通だ。
前出の天測略暦抜粋の年の8月1日に太陽高度を観測したと仮定する。
前掲の表で8月1日のところを見ると、右欄に正中12 06とある。
つまり東経135°では12時06分に正中する。
現在地はそれより東で、標準時より4分48秒分だけ早くなるので、12時06分-4分48秒を計算すると、12時1分12秒になる。これが船上において予想される正中時。
これを世界時(グリニッジ標準時)で計算したければ、こうなる。
前掲の表で、太陽の正中時(E◎という符号がついている)のTのh12の欄(略暦のTは日本標準時で、hはそこでの時刻)を見ると、2 h 53 m 42 sとなっている。つまり、世界時での正中時は2時53分42秒ということだ。略暦ではなく天測暦ではU(世界時)の3hを見る。3hがなければ2hと4hの間をとる。
タチヨミ版はここまでとなります。
2023年12月20日 発行 初版
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